そう、あれは日曜の昼過ぎ、シャンゼリゼ通りの路傍に望む夕暮れ色の一通り小さなカフェ。
僕はそこで、シナモンのよく効いたアップルパイと、一杯ではとても満ち足りることのできない、すこし薄味のミルクティーを飲んでいた。
僕はそこで**を待っていた。
相変わらず僕はどこでも、既に読みつぶした小説を、新たな発見を期待する心持ちでコートから取り出して、カフェで暇を消費していた。
正直に言うと、新書を買う余裕が僕にはない。
この本だって自分で買った記憶はない。
数十回聞いたこの登場人物Aが自信満々に語るキザなセリフも、もうつまらない。
それよりも道を踊り行くカップルの声やら仕草が気になって仕方がない。
大袈裟で、一つのコメディショーのようだと、色のない透明な小説を読む振りをしながら思う。
数十ページこの空の紙をめくったところで、ふとコップの中を覗いてみる。
たぶんミルクティーの底に砂糖が沈んでいた。
どうやら思ったよりも砂糖は入ってたらしい。
向かいのテーブルでスコーンを注文した貴婦人はもういなくなっていた。
日除けの傘の下で寝ていた猫も同じだ。
僕は店を追い出された。
その日もやっぱり想像通りの休日だった。
今日の僕に残ったのは、4ユーロと心。
それに加えて無駄に丈夫な体だけだ。
ただ、何故かそんな絶望も僕には妥当だと思った。だから今日も自殺をせずに床に着いた。
朦朧とする頭の中でふと僕は思い出した。今日待っていた"**"と言うのは君の事だ。
でも何故か僕は、君の目を*を口を*を声を*を思い出せなかった。
どうしてだろう。
僕らは"なんだった"のだろうか。
そんなことを考えてると、凄く悲しくなってきた。もし、"そうであったの"ならなぜ思い出せないんだろうか。
僕は待っていた。
笑えない位のアップルパイとミルクティーと一緒に僕は待っていた。
"そうであった"僕ら。
君がくれた小説。アップルパイ。ミルクティー。
読みつぶした小説からはシナモンが香る程、僕はそうやって待っていた。
そして僕は。
やっぱり僕はもう二度と貴方の口付けを、覚えてはいなかった。
作品データ
コメント数 : 1
P V 数 : 335.3
お気に入り数: 1
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2025-11-09
コメント日時 2025-11-10
#現代詩
#縦書き
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| 総合ポイント | 0 | 0 |
| 平均値 | 中央値 |
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
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2025/12/05 22時14分37秒現在
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何かが阻んでいる、"君"の記憶。それをつなぐために、アップルパイやミルクティーがある。自殺まで考える死と生のあわいにある主人公の、小さな喜びは、圧倒的な希望であるはずの、"君"との口付けを、薄闇の中で必死に抱きしめている。
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