闇は常に背後に広がっている、心にだって写らない。そうして深淵を覗く時深淵もまたこちらを覗いている。
湾岸を半周する連続都市群。
そして、全てが円環する場所。
瑠璃鶲区、通称青区。
ここは途方もない連続都市の中で最も栄えている場所、鉄の街。
空が低く感じるほど高いビルとビルの間を蠢いているのは、時代に逆行したオールドスクールな現実拡張型網膜や、防酸撥水性自動変圧型のフィットスーツを着付けた区民達、空中にはテクノバイクや反重力車の混濁の群れ。その当たり前の街並みはホログラムによって色彩豊かに、そして旋律的に彩られている。そしてこの都市の日常を照らすのは重い雲の向こうの太陽ではなく、裂けた大地から発せられた周星光環ファイバーの弾幕的な青白い光。まるで大地の切り傷から血が噴き出ているように。その上には反射によって青く光る鉄でできた橋がかかっている。そこには黒髪の長髪でいかにもな、メロドラマ風の古くさいコートを着たアジア系の男が防護柵に寄りかかっていた。そして両足には滅多に見ないアージエンス社型の義足をつけていた。
彼は紫煙を吐き出しふと歩き出した。流れる煙と真黒に染まった髪の影がその後を追う。
この街は鼻を裂くような鋭い鉄と焦げた光学回路の匂いしかしない。いまや人々は皆一様に自らの身体を義体化し、この鉄の街に溶け込もうとしている。
肉体の牢獄とはよくいったものだ。もはや肉体は無くなり、魂と記憶だけが鉄の鳥籠に収まり彷徨っている、それは帰るあてを見失ったように。
そう思うと何かを盲信して狂ってしまうやつと、何かを憎悪して狂ってしまうやつの狂気は鏡のようだ、まるで境目がない。
この街は色んな階級の人間が住んでいる。金を持て余したやつは四肢や臓器の制御インターフェイスとして生まれた電導伝達神経を脳にまで埋め込んだり、反動主義の人間はこの時世に関わらず生身を全うしようとしたり、果てには、使い捨てとして国家プロジェクトである太陽系開発のセッションに組み込まれ、その寿命と肉体を引き換えに競争している各国の膨大な電脳空間(セカンドスペース)にスパイとしてピークする権利(キー)を与えられた哀れなテクノ階級のヤツらもいる。
この国は、いや、世界は悩むことを覚えてしまった。それが緩やかな自殺であることには気づかないフリをして。きっと俺らは死を望んでいるんだろう。
彼はそんな独白をメメント(記憶ハードウェア隠体端末)に記録した。
しかし、彼の本心は現代技術でも探り取れない、心が具体化した世界、ロボティクスと結びついた生体工学でも手の届かぬまた別のところにしまわれていた。深い心の影に。
ジェイムズ・リーは文化省直列の研究機関で考古学者として働いている。閃光と共に消えた文明と歴史をサルベージする仕事だ。
一枚の葉書をリーは目を凝らして見つめていた、ヘッディングには"翌月から六ヶ月間の準汚染区域(ユーロ地区)調査を認可する。受領手続きを完了し次第、、、、、"と書かれていた。
クソだ。よりによって欧地か。ユーロ地区といえば世界的に見てもまだ汚染がひどい場所だ。死んでこいと言われているもんだ。俺は使い捨ての電池じゃない。もっと気使って扱ってもらいたいもんだ。ただ仕方ないことにこれは俺が選んだ仕事だ。とにかく一度文化省に行って受領手続きを済ませなきゃならない。
えっと、期限は、、、
今日中だと!?さっき受け取ったんだぞ!
これは総務部が悪いのか、郵便局が悪いのか。改めてクソだ。
彼はそう思いながらも重い義足をそそくさと交互に前へ出した。そんな義足からはオイルが足りていない音がする。
だが、彼はすぐに足を止めた
今朝チューマーのマックリンにスキャンコードエラーの原因を確認してもらうために生体認証IDを預けていたのだ。
まずい。事とは重なるものだ。
マックリンに生体認証IDを預けた時はこういう場合のためにIDはハードウェアとして取り外せるチップを使用しているんだと感心していたが、ちがう。そもそも自己証明の方法が生体認証ID一つしかないこの仕組みがおかしい。
リーはそんな事を考えつつも気づけばマックリンの店の前まで歩を進めていた。
おい、マックリンいるか?
しかし、返ってきたのはホログラム発生機の冷却ファンのブンブンとした虫のような音と、マックリンがいつも見ているロボクシングの生中継の実況の声、そしてその雑音の真ん中には沈黙がどっしりと構えていた。
どこかへ出掛けているのだろうか、しかし几帳面なあいつが鍵も閉めず生活感丸出しのままどこかへ外出するだろうか。
そんな事を考えていると店の横のガレージが開く音がした。
SF小説の書き出しです。
作品データ
コメント数 : 1
P V 数 : 339.8
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作成日時 2025-09-05
コメント日時 2025-09-07
#現代詩
#縦書き
| 項目 | 全期間(2025/12/05現在) | 投稿後10日間 |
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| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
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2025/12/05 18時35分20秒現在
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おはようございます。 社会、であるとか人間それ自体に対して見つめて居たいという意識を背後に読み取りましたが、如何でしょうか。 >>いや、世界は悩むことを覚えてしまった この素直な一文が、僕は好きです。
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