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物語13
夕暮れの公園、砂場には幼い影が揺らめいていた。彼らの唇から零れ落ちるのは、この世ならぬ、断片的な叫び。それは、耳を澄ましても届かぬ、遠い異国の古の詩篇めいていた。砂という名の時間の中に、見えざる何かを築き上げているらしかったが、その全容は、薄暮に沈む幻の城郭のごとく、ついに判然としない。それは、人が生において、絶えず何かを積み重ねながらも、それが何であるのか、なぜそれが必要なのか、永遠に問い続ける、あの切ない感覚に、奇妙なほど似通っていた。 やがて、一人の少女が、重力さえもが彼女の存在を忘れたかのように、軽やかに、ベンチに腰掛け談笑する母親たちの許へと還った。「なんのお話をしていたの?」少女は尋ねた。その声には、砂場で過ごした時間の熱が、微かな陽炎のようにまだ揺らいでいた。母親は、その問いに、微かな、しかしどこか諦念の滲む笑みを浮かべて応じた。「あなたたちのことを話していたのよ。」 次に、母親は尋ね返した。「みーちゃんたちはお友達と何を話していたの?」少女は顔を逸らしたまま、まるで、手のひらから零れ落ちた水滴を掬い上げるように、遠い記憶の淵から呟いた。「え?なんのことだろ?神曲?」母親は困惑の色を顔に浮かべ、問い返した。「しんきょく?なんだろうね?絵本の話かしら?」彼女の声には、子供たちの織りなす奇妙な世界と、自分たちの日常の間に横たわる、見えざる、だが断ち切れぬ壁を感じているような響きがあった。少女は口ごもりながらも、「なんかな?アリスとボブとチャーリーと…」と続けた。その言葉は、砂場に築かれし、触れ得ぬ城の、ひび割れた設計図の一部であるかのようだった。母親は、少女の額に滲む汗を、まるで忘れ去られた記憶の欠片をそっと拭い取るように優しく拭い、ペットボトルの水を差し出した。少女は、その喉の渇きを癒すと、まるで、不可解な戦場へと向かう兵士のように、再び砂場へと駆け出して行った。その小さな背中には、傍観者には理解し得ぬ、だが揺るぎない使命感が宿っているように見えた。 母親たちからは、諦念にも似た、しかしどこか達観した声が漏れる。「子供って、無限の燃料をその身に宿しているわよね。いったいどんな構造をしているのかしら、とさえ思うわよ。私たちにはもう、あんなにも熱中することなんてできないわよね。」一人の母親が、失われた文明の謎を解き明かすかのように、思索の言葉を紡ぎ始めた。「アリスとボブとチャーリーって、YouTubeの新しい誰かの物語なのかしら?子供たちって、本当にすぐに新しいものを見つけてくるものね。私たちがようやく手を出し始めた頃には、もうその流行は夕暮れのように終わりかけているんだもの。そうそう、私たち母親が手を出し始めたり、グラビアアイドルが、息を切らして取り組み始めたりしたら、たちまちTikTokとかでは見向きもされなくなるものね。」 「そうなのよね。そもそも流行りのものが私たちのタイムラインには流れてこないのよ。悲しすぎない?これって。」別の母親が、まるでそこに実体のない壁があるかのように、そっと手を触れる仕草で言った。「わかる!こう、何て言うのかしら、AIのような存在に認定されてしまっているというか、もうおばさんですよ、と。女子高生とかとは見ている世界が違うのよ、と、静かに宣告されている感じよね。」「そう!それなのよ…。」母親たちは、自らの会話の渦に深く身を沈め、時の流れさえも忘れ去っていたかのようだった。それはまるで、砂場で子供たちが築き上げた、形を持たぬ城の中で、彼女たち自身の言葉だけを紡ぎ続けているかのようだった。 静寂が、どこか遠くから届く囁きのようにあたりを包み込んだ。子供たちの声は、その中に溶け込み、ほとんど意識に上らない。「…アマネ君、大丈夫かな?」誰かの呟きが、古びたレコード盤の溝に刻まれた、微かな傷のように耳の奥に引っかかった。「歪みがすごい」別の声が、乾いた音を立てて響く。「中村さんと、星を継ぐ者の影響かもしれない」。空気を満たす奇妙な重みが、肌にまとわりつく。それは、いつもそこに厳然と存在していたはずの物理法則が、少しばかり居心地悪そうに身をよじっているような感触だった。 どこかの砂漠で風に舞う無数の砂粒のように、頭の中をさまよった。途方もない数の視線、あるいは意識が、この一点へと収斂している。そんなことを想像すると、胸の奥で、小さな、しかし確かな金属音が鳴るような気がした。 子供たちは、まるで不可侵の約束でもしたかのように、手を繋ぎ、そしてゆっくりと目を閉じた。彼らの瞼の裏には、何が映っているのだろう。あるいは、何も映ってはいないのかもしれない。ただ、無限の闇だけが、そこに広がっているのかもしれない。 彼らの閉じた目の前で、不可視の文字が、夜空に浮かぶ星座のように、静かに、だが執拗に点滅し始めた。それは、ある種の頌歌のようでもあり、あるいは深い淵からの報告書のようでもあった。 『我らは慈悲と峻厳との間の、正しく均衡を表象すなり。助けによりて、良き吟味と認識は得られん。 一方は昇り、他方は下る。 更に、知恵の蛇の内には昇りゆく螺旋が見え、剣の内には降り行く白き輝きの奔流在り。 様々な色調に染まりて、一層暗きに変わるなり。…』 それは、現実と非現実の境界を曖昧にする、古の呪文のようでもあった。 世界各地で数多の光が天使の輪の様に輝いている、それは物語の行方に影響を与える言の葉
物語13 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 511.8
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 90
作成日時 2025-06-14
コメント日時 2025-06-15
| 項目 | 全期間(2025/12/06現在) | 投稿後10日間 |
|---|---|---|
| 叙情性 | 20 | 20 |
| 前衛性 | 15 | 15 |
| 可読性 | 5 | 5 |
| エンタメ | 3 | 3 |
| 技巧 | 20 | 20 |
| 音韻 | 2 | 2 |
| 構成 | 25 | 25 |
| 総合ポイント | 90 | 90 |
| 平均値 | 中央値 | |
|---|---|---|
| 叙情性 | 20 | 20 |
| 前衛性 | 15 | 15 |
| 可読性 | 5 | 5 |
| エンタメ | 3 | 3 |
| 技巧 | 20 | 20 |
| 音韻 | 2 | 2 |
| 構成 | 25 | 25 |
| 総合 | 90 | 90 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


とてもおもしろいと思いながら拝見しました。神曲の話までとはいかなくても、公園で遊ぶ子供たちと、それを見ている母親たちとの間には大きな隔たりがあるのではないかというのは、なんとなくわかります。無邪気に遊んでいるようで、実は大人の想像を超える話をしたり、体験をしているのではないかと。 しかし、母親たちは取り留めもない雑談で盛り上がり、子供の存在など忘れてしまう。その隙に世界を揺るがすようなことを子供が計画したり実行してもおかしくないと感じるのは、やはり両者との隔たりのせいだと感じるのです。 この詩に共感したのは、私はその隔たりに違和感を覚えたのでママ友と公園にいくのをやめたということです。子供のことをまっすぐ見て、でも声はかけず、どんどん練られる計画はそのまま見守っていたい。 そんなことを考えさせられる作品でした
お読みくださりありがとうございます ちょっといつもと違う感じで書いたのですが、コメント貰えて嬉しいです。 この角度からの作品をも少し書く予定なのでよろしくお願いいたします。
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