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出口まで39キロ~南仏紀行   

fiorina 
作成日時 2017-11-25
コメント日時 2017-12-08

 

 言葉とはうぶ毛のようなものだ。その国の言葉を持たずにそこで生きるとは、全身のうぶ毛を抜かれた赤裸の皮膚を晒して生きるようなものだ。 鮫たちに襲われた因幡のウサギのように、ガリバーのように。 一つの言葉を獲得することは、洪水に押し流されながらいっぱいのコップの水を飲むに等しく、 笑顔で投げかけられる何気ない一言が、すべて疑問符の付いた矢となって、四方八方から襲いかかる。  私たちは日常のすべての局面を、言葉で切り抜けていたのだ。まだテロが世界に暗くのしかかる前だったが、そしてフランスのなかではのどかで危険の少ない街に思えたが、それでも、夜は突然やってきて、それは切り抜けることのできない恐怖を意味した。身振りで伝わることは稀だった。伝わらないということは、決裂に似ていた。いまも兵士や従軍記者、様々な支援のために戦場に赴く人々が、銃を持った相手に対して、真意が伝わらないことの恐怖を想像すると、慄然とする。歴史のなかでは、戦火や貧困を逃れるために、何の準備もなく他国にわたった幾多の人々がいる。その困難さの一端を初めて知った思いがした。               *  その頃住んでいたc市から隣町の県庁に、滞在許可の申請に行くことになった。書類をとりまとめ、書いてもらった地図を手に午後一番のバスに乗った。乗り過ごすのを怖れて途中でタクシーに乗り換えた。県庁の窓口で何とか予定の手続きをすませ、帰途についた。  ところがタクシーに乗り換えたために、帰りのバス停を見つけることが出来ない。とりあえずc市の方向に歩き出した。そのうちバス停にぶつかるだろうと期待したのだが、大きな弧を道なりに歩いた後ふと気がついたら、「出口まで39キロ」と言う文字が目に入った。私は車の運転をしないのだが、これは高速に乗り上げたのではないかという察しがおぼろげについた。けれども既に歩いて来た距離もゆうに5キロは超えていた。  既に夕暮れが近く、ハイヒールを履いて大きなバッグをもって歩いている女を、パッパカパーと警笛を鳴らして大型トラックが次々と通り過ぎていく。行けども行けどもバス停はなく、脇道に降りようにも、ガードレールの向こうは急な斜面になっていて、何とか降りたとしても人家もなかった。  心細さを極限まで募らせながら歩いていると、一台の業務用らしい車が通りすぎたところで脇道に停車した。走っていくと「・・・・・タンタルディ(いけないんだよ)」と言った。彼はドアを開けて乗るように促した。私は乗った。運転手は目も鼻も口も顔全体が丸く大きく厚いアフリカ人だった。「誘拐」という文字がふと浮かんだが、このまま歩き続けるよりはましな気がした。彼はいくつか質問をしようとしたが、私は自分の行き先を告げた以外はもう口をきく元気もなかった。口をきいたとしても同じだったろうし・・。  一時間後見慣れた風景にでたところで降りたい旨を言った。お金をわたそうとすると「とんでもない!」という身振りをし、彼の勤務先らしいディスコのカードをくれ、がっと頭ごと抱くような荒っぽい挨拶をして笑ってドアを開けてくれた。まだ、9/11以前のことであり、誘拐されたとしても、アフリカかアラブの庭に面した小さい部屋をあてがわれて、お手伝いさんをするのならいいかも、などとと甘い考えにふけったりもしていたのだった。


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湯煙 (2017-11-26):

どなたかだったか失念しましたけど、異国の街を移動中に車上からパッと笑顔を見せた途端に集団で睨む相手の側も笑顔になって難を逃れた、そのような出来事があったという、著書かなにかで読んだのを思い出したりしましたが。fiorinaさんのこの作品を読んでいろいろと考えてみたり、貴重なことだなと、そのように思いますね。

まりも (2017-11-27):

冒頭から直喩が続きますが、実体験に即した、非常に体感的に伝わって来る比喩であるがゆえに、切実な感覚を伝えることに成功していると思いました。〈伝わらないということは、決裂に似ていた。〉言葉は、何のために生まれたのか。自らの身を守るという切実さが、生み出したものであるのかもしれない。そんな、個人を越えて(大袈裟ですが)人類の原体験を肌身で感じているような感覚が伝わってきます。テロの根源にあるものは、不信、疑惑、憎悪、警戒・・・といった感情だと思いますが、野生動物が人に怯え、牙を剥き、たとえば傷ついた獣を助けようとしているのに、暴れたり噛みついたりする必死さ、その必死さを恐れて、異質なものを排除しよう、不信を払いのけようとする感情・・・言葉が伝わらない、介在しない、という情況と、それは似ているのかもしれない、と思いました。 言葉を知らない赤ん坊が、他者に無心に笑いかけるのは、恐怖や憎悪を知らないから、でしょうか。あまりにも周囲が異質なものだらけで、何を警戒していいのか、それすら、わからないから、でしょうか。 生れたばかりの赤ん坊が、ひたすら泣き続ける。それは、やはり恐怖や混乱から生じている叫びなのでしょう。その叫びが、産着に包まれ、あたたかく胸に抱かれると、今度は快感と安心に替わる。にっこり微笑む。その不思議と、フィオリーナさんが記した〈全身のうぶ毛を抜かれた赤裸の皮膚を晒して生きるようなもの〉との間について、考えています。母語は、あるいは産着であり、母の胸の安心でもある、のか・・・。 心細さを抱えている時の心情は、赤ん坊の叫びと似ているのかもしれません。驚くほど安易に知らない人の車に乗ってしまった、その驚きの体験記を読みつつ・・・車に乗せてくれたアフリカ人は、フランスにもともといる人ではなく、移民なのかもしれない、フランスを訪れたばかりの頃の、心細さを知る人だったのかもしれない、と思いました。

fiorina (2017-11-27):

*湯煙さま、ありがとうございます。 >異国の街を移動中に車上からパッと笑顔を見せた途端に集団で睨む相手の側も笑顔になって そういうときの笑顔には翻訳間違いはないでしょうから、一瞬にして流れたものが思い浮かびますね。 昔、アメリカの戦争映画を見ていて、深刻な状況にあってもジョークを投げあいながらというシーンが多く、とても新鮮でした。 (日本の戦争映画にも笑いはあったでしょうが、重く苦く暗いものでした。) 命をどこか軽くしておくと、いい笑顔ができるのかな?とおもったり‥。

コーリャコーリャ (2017-11-27):

まじで良い話 ほんとにあったんだろうなあ かっこいい というのもこの文章を書いてるひとはちっとも自分の(その当時の)レイシズムについて包み隠さず書いてある こういうのが本当の実感の記述ってものだと思う 誰でもないこの私にしか言えないような記述は本当に正直ですよ いいやつとわるいやつなんてどの人種にもいる なんてことをいまの国際情勢はまともに言えないような風になっちゃってますよね 言葉は決裂ににていて つまり言葉ってのは人と人のつながりの、社会の基本で それがうまく使えないとか全然わからないというのはいわばその社会から捨てられているようなもので それも高速道路で 危険をおかしてまで手を差し出してくれるのは黒人の兄ちゃん 人種差別するひとたちはその差別の対象への無知から来ています あるいはシンパシーのなさとでも言いましょうか わからなさから来ているんですよね そのわからない結果がOKだった それだけのことなんですけど その時の気持ちはまさにドラマだったろうなあ そういう風に思う文章でした 

fiorina (2017-12-04):

*まりもさん、ありがとうございます。レスが遅くなり、すみません。 >自らの身を守るという切実さが、生み出したものであるのかもしれない。 >そんな、個人を越えて(大袈裟ですが)人類の原体験を肌身で感じているような そうですね。私は子どもの頃から身の程知らずといいますか、環境に頭から突っ込んでいたのでそんな原体験が他にも多かったように思います‥。 このときも、どうしてそんな状況になったの?という当然の疑問はそれとして、この状況はまさにをロビンソン・クルーソーやガリバーのようだ!!と感じていました。身振り手振りは想像していた以上に役に立ちませんでした。 私たちが母国語で何気なくしている会話(おしゃべり)は、実に大海のような語彙の中から最適な語を選びとり、組み合わせて声に乗せ、 成り立っていたのですね。 会話を始める時点で共感の着地点を無意識に探し、それを見出すことで「じゃあね!」笑顔で終わることができていた。 少なすぎる語彙の中では、勇気を出してスムーズに始まったどんな会話も、すぐに座礁し、気まずい沈黙を迎え、それは決裂に似ていました。 >テロの根源にあるものは、不信、疑惑、憎悪、警戒・・・といった感情だと思いますが、 >野生動物が人に怯え、牙を剥き、たとえば傷ついた獣を助けようとしているのに、 >暴れたり噛みついたりする必死さ、その必死さを恐れて、異質なものを排除しよう、 >不信を払いのけようとする感情・・・言葉が伝わらない、介在しない、という情況と、 >それは似ているのかもしれない、と思いました。 地中海を越えてたくさんの人種と言語が行き交い、私には彼らはもはやそれに慣れているようにみえましたが、 歴史の途上で言語はどれほど共に暮す人々を翻弄したろうかと思います。 そしてそれは大陸の人にとっては共通の歴史であり、 日本がどれほど日本語という穏やかな海で私たちを育んできたかを、 世界の中でも特殊なこととしてみるようになりました。 >心細さを抱えている時の心情は、赤ん坊の叫びと似ているのかもしれません。 >驚くほど安易に知らない人の車に乗ってしまった、その驚きの体験記を読みつつ・・・ >車に乗せてくれたアフリカ人は、フランスにもともといる人ではなく、移民なのかもしれない、 >フランスを訪れたばかりの頃の、心細さを知る人だったのかもしれない、と思いました。 その頃はまだテロの時代ではありませんでしたので、外国とは言えヒッチハイクで親指を立てて車を止める映画なんかもよくあったりして、不安よりは「助かった!」と安堵して乗りました。私はドラマの「ルーツ」でクンタ・キンテのファンでしたので、アフリカ人のこともよく知っているような気がしていました。 でも、この後に起こった様々なことを思い合わせると、当時の私が「赤ん坊の判断力」というのは、当たっているかもしれません。 この南仏シリーズを投稿している意味を考えると、我ながら首をひねらざるをえないところがあるのですが、 現実にあったひとつの時間、一つの場所、として流し読んでくださるとうれしいです。

fiorina (2017-12-04):

コーリャさん、ありがとうございます。レスが遅れてすみません。 >ほんとにあったんだろうなあ  はい。南仏シリーズは、本当にあったことだけを書いています。 経験自体は悲惨ですが、今となっては書くのが楽しいので筆が滑らないようにしなくては…。 レイシズム、は自分以外の人間に対してむかしからなぜか本能的に持っていたので、 言葉の助けがなかった頃の私の目は、動物の仔の怯えに近かったかも‥。 むしろフランス人だからアフリカ人だから、というのは特になかったかもしれません。 >つまり言葉ってのは人と人のつながりの、社会の基本で それがうまく使えないとか全然わからないというのは >いわばその社会から捨てられているようなもので  >それも高速道路で 危険をおかしてまで手を差し出してくれるのは黒人の兄ちゃん ほんとにそうなんです。 その社会からの置いてけぼり状態は、自分だけが井戸の底にいて真っ青な青空を見上げてる、という感覚でした。 言葉がここまでのことをなし得るとは、かつて想像できませんでした。 とくに南仏の人々は、フランスに居るんだからフランス語を話すだろう、と疑わないようで、 道を歩いてたら買い物帰りの奥さんみたいな人に気軽に話しかけられて、 私が行き詰まって黙っていたら、どうしたの?と心配して何度も尋ねてくるので、 走って逃げたこともありました。 相手が悪くもないのに心ならずも嫌な思いをさせるのも、憂鬱のひとつでした。 >そのわからない結果がOKだった それだけのことなんですけど >その時の気持ちはまさにドラマだったろうなあ そういう風に思う文章でした 「そのわからない結果がOKだった」 まさにそれですね。 なんかすごいことをおっしゃっていただいたような気がします。 本当にありがとうございました。 

田中修子 (2017-12-07):

『言葉とはうぶ毛のようなものだ。その国の言葉を持たずにそこで生きるとは、全身のうぶ毛を抜かれた赤裸の皮膚を晒して生きるようなものだ。』 冒頭のこれだけでなんだか、ゾーっとするほど何かを、語りつくされた気がします。 かっこいいなぁ。 それからは、fiorinaさん独自の潔さ、そうして心の奥の方にこっそり隠れている度胸と落ち着きが見える丁寧な旅行記で、素敵で。 最後にはふっと、以前の作品とあわせて、「9/11のあとならば、甘い考えにはふけれなかったのだろうな。9/11とはいったいなんなんだろう」と、うんと静かに問題提起をされたようで。 その手の話題には、普段耳を塞いで拒否している私の心にもチェロの音のように静かに滑り込んでくるような、そんな感じがしました。

fiorina (2017-12-08):

田中修子さん、ありがとうございます~ >冒頭のこれだけでなんだか、ゾーっとするほど何かを ボ~ッとうぶ毛が野焼きのように燃え上がる感覚もあったりして、 うぶ毛のことを忘れている今は、生まれた国で生きているなあと実感します。 >独自の潔さ、そうして心の奥の方にこっそり隠れている度胸 現実の私は多分そうではないと思いますので、ある意味の極限状況を、 少し離れてみているような誰かがいて、「潔さ」や「度胸」はその誰かのものかもーと思ったり。 この南仏紀行は、以前投稿した【ダグマ】の前後を埋めるものとして書いていますが、 言葉を喪失して沈黙していた時期に、自分の内側にはたくさんの言葉が降り積もっていたと、あとで気づきました。 その経験から、修子さんの書くものを読んで、幼時の、声にできなかった頃に、 言葉が全身を巡って、励ましたり癒やしたりしながら言葉としても成長したんだろうな、と想像しています。 人体の不思議!


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