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蝉時雨
八月の通り雨を、 軒先で遣り過す。 君の息遣いは遠く遠く、 僕の鼓動ばかりが鳴り止まない。 背中に黒い虫が留まった。 まるで僕の浅はかな君への想いを、 嘲るようにあるいは諭すように。 星々の舟に乗って、 大海原を漕いで往けたなら。 こんなささやかな恋、 握り潰せるというのに。 ぐしゃり。 それでもまだ、生きてゆけるというなら。 それでもまだ、人間だというなら。 さあっと雨が引いて、 連山の嶺々を視界に収めながら、 俄に蝉の声が鼓動の音など掻き消して、 不意に、 君が口づけをした。 世界が回る。 たとえばこんな情念の結晶が、 こうも軽くしなやかに顕れるのだとしたなら。 僕はその返事に目一杯の笑みを浮かべて、 缶コーヒー片手に、 こんな蒸し暑い日も悪くはないと、 限りなく永遠に近い十分間を畳むことにした。 千思万考の渦にあって、 君の温もりはそれでも尊いと、 夢よりも儚い恋に縋った。 天つ空に見透かされても、 小揺るぎもしない拍動に急かされて。 ああ、切ない。 黒い虫は死んでしまった。 きっと役目を果たして寿命を全うしたのだと、 鋭利なまでの残酷さを孕みつつ、 僕は君しか見えない急ぎ足で、 その柔らかな肉体を後ろから掻き抱いた。 蝉の鳴き声がうるさかった。 ただ灼けつくように暑い、 蒸した午後のことだった。
蝉時雨 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 435.2
お気に入り数: 1
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2025-08-09
コメント日時 2025-08-10
| 項目 | 全期間(2025/12/06現在) | 投稿後10日間 |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合ポイント | 0 | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
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| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


相変わらず繊細な言葉遣い。生まれ持っての感覚を持っていらっしゃると思います。 夏の情景に、大胆な叙述、勇気をもって人と対する、世界と対する。 大切なものが自然と分かってしまう心をお持ちですね。
0いつもありがとうございます。 恐れ入ります。 本当に励みになります。 日々勉強だと思っています。 少しずつでも、頑張ろうと思います。 失礼いたします。
1こんにちは、 黒い虫のイメージがなかなか鮮烈ですね。 >>僕は君しか見えない急ぎ足で、 >>その柔らかな肉体を後ろから掻き抱いた。 掻き抱いた、という表現が印象的です。
0コメントありがとうございます。 恐れ入ります。 黒い虫はそのものずばり、虫の知らせという言葉から思いつきました。 掻き抱く、ちょっと強いイメージですね。 うんと抱きしめる。 そんな感じを意識しました。 割と流れるように出てきた詩だと思います。 ですがその分、未熟さは多いかと。 お読みくださいまして、本当にありがとうございます。 心より感謝申し上げます。 また頑張ります。
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