別枠表示
サヨナラアオハル
キーンとした空気に肌がやられる。 洗い物のし過ぎで手の皮が剥ける。 想い人が言い残した台詞を反芻する。 切り立った崖のような心。 万物に闇を見るメシア、 そこに在るのは鍋底の澱、 足下には撒き散らされた白い紙片。 あの時の視線は、 紛れもなく憐憫からくるそれだった。 闇を哀れむ?まさか。 ボロ切れのような瞳に、 掴めない虹が映る。 何もかもを見透かされたようで。 涙が滾々と溢れ出て、恋は終わった。 青一色の波が止め処なく押し寄せる。 私のなかの平衡感覚が乱れ彷徨う。 不協和音は美しいと、 子どもの頃から思っていた。 なのに彼の心は不協和音さながらで、 私では受け止めきれなかった。 それを見透かされていたから。 悔しい、 今度はそれだけを反芻するのだ。 ***** 切々と、自我を切り刻む。 カノンのように、 或いはあなたとなら、 そう思っていたのに。 ひとりよがりの五線譜。 白く塗り潰された四角い部屋の中から、 遠く切り取られた空を見る。 あなたも同じ色を、もしかしたら。 ぐしゃり、心が拉げる。 しかし、空模様は移ろっても、 部屋の形は変わらない。 雨が降ったり雲が遮ったり、 頭上高くあの星空にも似た心模様は、 当て布だらけのオーバーオールのようで、 天空の輪廻に恋の輪廻を重ねて、 またも私は泣き崩れた。 循環する世界、 またいつか、誰かと巡り合える。 根拠のない希望が、 人々を取り結ぶ俯瞰した存在の影を想起させて、 四角い部屋は牢獄の代わりだと悟った。 紺青の空、 私はそこにすべてを垣間見た。 だから私はあの人に、 それをそのまま贈ることにした。 あの人は、笑った。 柔らかな輪郭を残り香として、 そして跡形もなく去っていく。 俄に匂い立つ砂煙。 万華鏡のように煌めき出す視界。 出口の見つからないラビリンス。 人の心を完全に理解しきることは、 誰にとっても不可能だと、思い至って。 ようやく。子ども時代の終焉。 誰もがたどるかもしれない道、 遠回りをしながら、 幸せへの途方もない道を、 一歩前へと歩み出す私。 ***** また、人を好いた。性懲りもなく。 それは人類のサガ、抗えない。 けれど、それでいい。 ドジな人で、こんな私でも役に立てると、 不躾な心が性懲りもなくざわめいたからだ。 私は縋った。 ひとりでは解けない智慧の輪も、 ふたりでなら、或いは代を継げば? それで生きた証なら、残せるのだろうか。 それは命の輪廻。私は怖かった。 私のこれまでの行き道が、 何処かそこで断裂していることに、 気づいてしまって。 けれど、袋小路に入ったときに、 小さな掌が差し出されて、 この人を裏切ってはいけないと、 はじめて思った。 君はカワイイ、そう言われたから、 あなたもカワイイ、そう言い返す。 虹の端っこを、ようやく掴まえた。 やっと大人になった。肩なんか並べてさ。 見れば今どきのクセに丸い顔なんかして、 男らしさの欠片もない眠たい目で。でも。 こんな関係もいいね、互いにそう思えて。 長かったアオハルの卒業を心から祝った。 もう四角い部屋はない。 視界を埋め尽くす紺青。 昼になればまた虹が見えるだろうか。 これが正しいとは間違っても言わない。 私たちは番と呼ぶには、 あまりにも落伍者そのものだと思うから。 分断された轍。 僅かな赤日の残り香。 同じ道を歩く、そのための道しるべ。 そうだ。少しくらいはみ出し者でも、 弾かれずに生きて行けるように。 壁は壊せなくとも。火種は消えなくとも。 できることなら何だってするから。そして。 この人に約束した。 空が傾いても、闇が世界を覆っても。 ソバニイルヨ。 もう独りぼっちとは、サヨナラだよ。 たとえふたりして鼻つまみ者になってもさ。 だから、サヨナラアオハル。
サヨナラアオハル ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 629.8
お気に入り数: 1
投票数 : 1
ポイント数 : 0
作成日時 2025-07-31
コメント日時 2025-08-18
| 項目 | 全期間(2025/12/05現在) | 投稿後10日間 |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合ポイント | 0 | 0 |
| 平均値 | 中央値 | |
|---|---|---|
| 叙情性 | 0 | 0 |
| 前衛性 | 0 | 0 |
| 可読性 | 0 | 0 |
| エンタメ | 0 | 0 |
| 技巧 | 0 | 0 |
| 音韻 | 0 | 0 |
| 構成 | 0 | 0 |
| 総合 | 0 | 0 |
※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文


あいかわらず、薄い膜に保護されたような、あまりに繊細な言葉の使い方、特に比ゆ的な形容詞 の使い方が、美しいです。それに加え、恋という主題に、浮かれることなく向き合っておられて、 ひとつの実感が形になったことに、安堵を覚えました。カタカナの使い方には、もう少し 注意が必要かと思いました。
0おはようございます。 >>キーンとした空気に肌がやられる。 洗い物のし過ぎで手の皮が剥ける。 引き締まった冒頭で好きですね。 キーンとした空気に肌がやられる。という表現が印象的でした。
0ありがとうございます! カタカナの使い方、今後気をつけようと思います。 ご教示くださいましたことに感謝です! 自分なりに少しずつ頑張りますので、よろしくお願い申し上げます。
1ありがとうございます! さり気ない冒頭にしようと思いながら試行錯誤しました。 キーンという語は、ドナルド・キーンの名前がふと思い浮かんだことから、用いてみました。 またぼんじゅーる様の作品拝読させていただき、勉強いたします。 重ねて、感謝申し上げます。
1青春。
0コメントありがとうございます。 未熟者ではありますが、精進します。
0