作品投稿掲示板 - B-REVIEW
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出禁になるための散文   

作成日時 2017-03-05
コメント日時 2017-03-10

れもんの若い木々  真夏だった。北部の田舎からでて、金が尽きてしまい、更生センターで寝てた。「ブルックリン最終出口」を読みながら。そこでは夕方の五時から朝の八時まで泊めてくれる。駅のすぐそばにあって、建物は小さいけど、心地よい清潔さがあった。労務者たちかあるいはルンペンたちが、それぞれのスタイルで畳ベッドで休んでる。まだ午后七時、消灯まで時間があまってる。ぼくが便所に立って、戻ってくると、大柄な若い男が、ぼくのまえのベッドで力なく、うつろな眼差しで天井をみてた。ぼくは気にしないふりを決めて本をひらいた。 きみは本を読むんだね?  ええ、そうですよ。 ちょっと話を聴いてくれないか?  身の上話だろうとおもった。まあ、それだってわるかない。いずれ小説のねたになるかも知れない。ぼくは坐ってかれに顔をむけた。かれは話しはじめ、それはこんなものだったとおもう。 ◎  おれはこのあいだまで港で働いてたんだ。港湾労働ってやつで、荷降ろしや荷積み、品ものの仕分けもやってたんだ。もちろんフォークにも乗ってな。それがきのう馘になっちまった。きっかけは黒人の船員だった。やろうと知り合っておれはすぐに打ち解けた。ジャズの話しをしたんだ。ドルフィーとか、モンクとか、オルドロンなんかについて下手くそな英語で語りあったんだ。ちょうど休憩時間で一緒にメシを喰ってた。そんときだった、やつはおれに見せたいものがあるんだってツった。それでおれは仕事が終わったあとにやろうについてったんだよ。やろうは倉庫の裏手の、だれも来ないようなところからシートにかぶさったなにかを運んできた。 なんだよ、それは? タイムマシンだ。  もちろん、そんな与太を信じるほどに螺子はゆるんじゃいない。ただやろうはいったんだ、こいつを験してレポートを書けば、1000万はかたいってな。   あんたがやればいいじゃないか?    ああ、でも残念ながらおれは健康診断で落ちたんだ。    だから、日本人のおまえに頼むんだよ。  おれはやろうの眼を見た。やろうはシートをはぐってモノを露わにした。そこにあったのはアイス・クリーム売りの屋台車だ。──こいつはいかれてるか、ふるってる。あるいはふるってて、いかれてるにちがいない。    金は山分けだ。 わかったよ。  やろうは解説書を渡すと、「あとは頼んだ」といって呑み屋街のほうへ消えてった。いったい、何者なんだ? おれは屋台車を調べた。後部にタラップとレバーがあった。そしてブレーキも。おれはタラップに両の足を乘せ、レバーは引いた。かくして屋台は走りだし、ひとびとの注目を浴びながら帰ったというわけ。つまり、そのころはまだ棲むところがあったんだってなわけだ。  屋台のどこに次元転送置があるのか探した。そいつは冷蔵庫のなかにあった。おまけに時限ダイヤルもあった。ただしその発動には燃料がいる。おれは酒と売女をそろえて、次の日にでも買いにいくことにした。  すさまじい夜だった。たぶん金が入ったら、もっとすさまじくなるだろう。かの女の通名は《蠍》だった。おれは仕事をさぼって市場へと繰り出した。肉屋の店員がおれに近寄ってきやがる。  いらしゃいませ。   燃料が欲しいんだ。    うちは肉屋です。スタンドなら表通りにあります。3年まえに潰れましたが、バイトの女の子はけっこうかわいかったですよ。   いや、そうじゃない。鶏肉が欲しいんだ。    なんてひどいことを。   あんた、売る気あんの?    もちろんいい挽肉がありますよ。赤身で。   あいにく挽肉じゃあだめなんだ。    きょうは挽肉むきの1日だとおもうけどねぇ。曇りだし、雨も降りそうだ。わたしなら挽肉にしますよ。   いや、だめだ。やめとく。おれは社会によって弄ばれる悲しい生き物なんだよ、たぶんこれからもずっと騙されてるって知りながら、踊りつづけるんだ。わかるだろ?    わかります。──じゃあ、なにがいいんです?   レバーを100鞍牟。    なんと怖ろしいことを。  それでもけっきょくおれは鶏のレバーを手に入れた。肉屋は不安そうな、落ち着かない素振りでしばらくこっちを見つめてた。どうだってかまうもんか。おれはタイムマシンで別の世界にいってやる。過古を変えつつ、世界線を移動しつつ、おれが最高の人生を送れるだろうところへたどり着いてやる。レポート? そんなものはケツ喰らえだ。  帰ってきてマシンに肉を投入した。しばらくして焦げるみたいな臭いと、咀嚼音が聞えてきた。いったいなにが始まるってんだ? ダイヤルをセットしたが、マシンはうごかなかった。おれは酔っていたし、庭のれもんにしょんべんして眠った。明くる日、文屋の知り合いに電話した。かれは最近競馬を憶え、おれに8千円の貸しがあった。 もしもし、おれだ。 金ならいまないし、おまえのくだらない短篇だって載せてやらないよ。 金も短篇もどうだっていい。おれはタイムマシンを手にれたんだぜ。 なら、とっとと幕末時代にでも消えてくれださいな、だ。  まあ聞けよ、──おれは話した。ことのあらましから、報酬のことまで。少し喋り過ぎてしまったのかも知れない。かれは時間が空き次第、マシンを見に来るといった。 やっぱりデロリアンなのか? いいや、アイス売りの屋台さ。  またしてもずる休みをして室にいた。トム・ウェイツの「バッド・アズ・ミー」を大きな音で鳴らし、隣の親子喧嘩を聞かないようにしてた。26歳の息子と67歳の父親が、もうずっと諍いのなかにあった。世相もよろしくない。吸血鬼のような政治屋どもが、それぞれの縄張りについてうだうだとやってる。こんな世のなかにあっても投票にいくやつはいるし、それでなにかが変わるとおもいこんでる痴れもので世界はいっぱいだ。他者を変えようとするのは不毛だ。おのれを変えたほうが手っ取り早い。──そんな浅ましい考察を繰り返してるうちに文屋は、いつのまにやら、おれの室に入り込んで非加熱麦酒を呑んでた。楽ちんだ、挨拶の必要もねえ。 犬のアインシュタインは元気? 生憎と犬は飼ったことがないんだ。 だれが先に乗るんだ? 8千円のほうだ。 わたしは冗談はきらいだ。   気が合うな、おれも冗談がきらいなんだよ。   それとも利子をあげて8万にしてやろうか?  かれは観念したみたいで、おれの冷蔵を勝手にあけて、おれのカナディアン・クラブをおれのグラスに注いでくれた。そしておれの机のうえにおき、おれのほうへ差しだした。これで答えは決まった。おれたちは乾杯をして酒を呷ると、外階段を降りて駐輪場のはずれにある繁みへと歩いた。シートをかぶったマシンが隠してある。おれはそいつを引っ張って、かれの、やつのまえまで滑らせた。    本気なのか? とりあえず説明書を読めよ、燃料は入れてある。 原発でも襲ったのか? そんな必要はない。肉屋で売ってるんだ。 おかしな肉屋だったが。  おれたちは説明を読み、操作方法とレポートの書式や提出期限について確かめあった。まずはやろうが実験台だ。おれは高見の見物と決め込もう。 まあ、3日だな。 それくらいあれば充分だろ?   ああ、そんなところだ。   健闘を祈る。  文屋は屋台を押して帰った。おれがどんなに勧めてもどうしてか乗らなかった。まあ、いい。おれはれもんの若い木々にしょんべんをして、室にもどった。親子喧嘩はまだつづいてる。おれはふと親父のことをおもいだした。やつは廃材で拵えたおかしな家に棲んでた。おれのことを召使いのように扱ってた。いまではプノンペンで身ぐるみを剥がされ、乞食をやってると聞いた。10年もまえの又聞きだから、プノンペンではなく、セゴビアの刑務所にでもいるのか知れない。  隣室の狂騒にぴったしの音楽はなんだろ? レコードラックを眺め、おれは股ぐらをさすった。そろそろ女の子を用意する時間だ。きょうは水曜日だから、本来なら《蝸牛》が来る。でも、そんな気分じゃなかった。あんな感傷主義者とはごめんだ。というわけでダイヤルをまわして《鋸鮫》に頼んだ。ちょいど攻撃的だが、知性のある女なんだ。それから三時間もあと、その女を後悔してるおれがいた。どこで機嫌をわるくしたのか、女はなにもかもに当たり散らし、持って来た映画を鑑賞しだした。   なあ、それはないだろ?    きょうはそんな気分じゃないっていってるでしょ!    カタツムリのなにが気に入らないのよ!    カタツムリとやりなさいよ!  したかなくおれは映画につきあった。そそるものはなにもなかった。それでもかの女とシャワーを浴みるころには、わるい状態からどうやら快復したみたいで、冷えたシェリーを何杯かやってから、かの女のなかに突っ込んだ。    また今度!   もちろん!  電話が鳴った。文屋からだった。えらく昂奮してる。なにをいってるのか、はじめわからなかった。よくよく聞けば、時間旅行に成功したらしかった。でも、なにかがおかしかった。    おい、こいつのおかげでいい記事が書ける! なにしろ、なんでもわかるんだ!──それから長ったらしい歴史の講釈が始まった。帝銀事件? 下山事件? 北関東少女連続殺人? 小学生の売春組織?──おれにはどうだってよかったが、ともかくマシンは無事だったらしい。帰って来れたんだ、おなじ世界線ってやつに。   レポートはまかせたぜ。──そういって電話を切った。  そろそろ仕事にいかなくてはならない。おれは残業を含む10時間にむかった。帰ってくると、だれかがおれの室にいる。それはまちがいなく《蝸牛》だった。泣きながら、おれのベッドに坐り、背中をこっちにむけてる。ハーランド・ビールをあけて机にむかい、いうべき科白を小一時間、探した。  (短篇集「旅路は美しく、旅人は善良だというのに──そのほかの短篇」より抜粋。/6月下旬刊行予定。ISBN978-4-9909502-2-4)。


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2019/11/19 02時54分11秒現在
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コメント数(4)
もとこ (2017-03-05):

面白い。ぐいぐい引っ張られるようにして、最後まで一気に読んだ。とにかく文章力がすごい。特に会話シーンは絶妙だ。全盛期のハードボイルド小説や、懐かしの60年代アクション活劇映画を彷彿とさせる軽妙なやり取り。アイス・クリーム売りの屋台型タイムマシンという設定が、まったく無理なく成立している。夜の女たちの通り名も最高。最後に何かオチがあるのかと思ったが、そんな読者の期待をあざ笑うかのように物語は小粋に終わる。 この主人公による、毎回舞台設定が異なるシリーズとか読んでみたい。中田さん、本が出たら必ず買うから、できれば「夢沢那智賛江、中田満帆与利」とサインしてください。

花緒 (2017-03-05):

いろいろと不備の多いB-REVIEWに再び、投稿してくださり、有難うございます。ざっと読ませて頂きましたが、文章の繋がり方、ストーリの展開が独特で、面白い作だと感じました。取り急ぎ、お礼まで。

三浦果実 (2017-03-05):

ファンタジーは本当に終わってしまったのだろうか。3.11以降、現実を忘れさせてくれる映画やら小説やら音楽やら、それら物語は負け続けているのだろうか。死んでしまいたくなるようなイジメを受け続けている中学生は物語に救われないのだろうか。女性から相手にされないまま独身で終わるおじさんを安らかにさせる物語はもう失せてしまったのでしょうか。男にフラれてひきこもってしまったアラサー女子を魅了する物語は、もう終わってしまったのかな。 もしも、物語が死んだ、そんな世界なら、中田さんが創るタイムマシーンに乗り込んで、冷凍冬眠されたままジオン公国へ行ってしまいたい。 中田さん投稿有難う御座います。

中田満帆 (2017-03-10):

 これは抜粋なので、これで完結ではないですが、それも面白いかもしれません。カーヴァーの「浴室」みたいでね。  物語は死なないでしょう。いくら小説や映画、演劇と入ったものを駆逐したところで宗教があり、人生がある。

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