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中央特快
今生の別れになるふたりは 哀しみなんかとっくのとうに撃ち抜いてしまったから いっさいがっさい、もう何にも要らない 最後のパーティーに着ていく服もない、うたう歌もない さようならなんかをオレンジ色の電車に押し込めて 出発するの黙ってみてた よーし、これでみんな旅へ出たね どこか遠くのしらない街で勝手にどうにでもなればいい この街の朝焼けはもう二度とみたくない アスファルトに根っこが生えたまんま立ってたら ぎゅうぎゅう詰めのビルの悲鳴がきこえてきて シティポップで上書きしようって いけ好かない真似をしたのに 結局なーんかホロリとしちゃって いやだなあ、こんな大人になる予定なかったのにねって ふたりで何回か笑えたらきっとよかったんだけど そんな瞬間、まったくなかった はじめからずっとずっとひとりだったし こんな街に朝焼けとか、あるはずないとおもった
作成日時 2017-09-19
コメント日時 2017-09-29
中央特快 ポイントセクション
作品データ
P V 数 : 636.1
お気に入り数: 0
投票数 : 0
ポイント数 : 0
項目 | 全期間(2022/07/07現在) | 投稿後10日間 |
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※自作品にはポイントを入れられません。
- 作品に書かれた推薦文
80年代の一億総中流社会において、アイデンティティとは買う物で決まった。家を買う、車を買う、服を買う、あるいは、映画を観る、音楽を観る、全てが己のアイデンティティであった。自己表現とは買うことだった。自己表現とは「この音楽を聴く私って素敵でしょう?」ということだったのだ。その時代の音楽を私は嫌いではない。また、自分が十代を過ごしたその時代を後悔もしていない。古き良き時代だったのかもしれない。 「シティポップで上書きしようって」という言葉にそんなことを思った。
0〈この街の朝焼けはもう二度とみたくない アスファルトに根っこが生えたまんま立ってたら ぎゅうぎゅう詰めのビルの悲鳴がきこえてきて シティポップで上書きしようって〉 この四行が、とても際立っていると思いました。「根が生えたように立ち尽くす」というような言い方がありますが、それを文字通りの実感で捉えている感覚。もともと、感覚をベースに比喩を生み出す、のに・・・その比喩が感覚を呼び戻すようなところが、とても面白いと思います。ビルの悲鳴が聞こえる、という感性。それを、上書きしてしまおう、という「軽さ」・・・ ここまで書いて、なるほど、前半の歌詞のようなフレーズは、「シティポップ」なのだ、と思いました。 思いつつ・・・いささか、歌詞に寄り過ぎている、という印象もあり・・・そのときの感情を、解き明かすように歌うと、やはり、歌詞のように聞こえるのだと思います(もちろん、歌詞が詩ではない、ということではないのですが) 先にあげた四行のような、鋭く自身の感覚を掘り下げて行く、突き詰めていく、その過程で生れる言葉に、その人のオリジナリティーが際立ってくるのではないだろうか、と、考えています。
0三浦くん さいきんわたしの中で空前絶後のオトナブームが来ていて、シティポップ大流行。 いけ好かないやつもシティポップで上書きしてしまえば、なんだかかっこよく赦せてしまっていうかなんていうか。 いやなオトナだな、ほんま。
0まりもさん こんばんわ。 コメントありがとうございます。わたしは歌詞っぽいとよく言われます。 今回もなるほどふむーとおもいました。 >>先にあげた四行のような、鋭く自身の感覚を掘り下げて行く、突き詰めていく、その過程で生れる言葉に、その人のオリジナリティーが際立ってくるのではないだろうか、と、考えています。 大変勉強になりました。その4行だけぎゅうぎゅうにかけるようにようく向き合ってかいてみたいと思いました。なかなか詩を勉強する場がないので、いつもみなさま方のコメントから学ばせていただいておりますが、実践に至れず。
0りさん、こんにちは。 三浦さんのいう80年代っぽさって確かに何処か漂ってますね。「シティポップス」というか「シティハンター」(漫画版)を思い出してしまうんですが。 あの頃は浮かれたもの勝ちな時代で、最初は70年代の挫折感の圧力から解き放たれた清々しさがあったのに、その開放感がだんだん自重によって自ら閉塞していくようなところがありましたね。田中康夫がパロディではなく本気で「なんとなくクリスタル」を書いてしまったことと、その悲しいほどの馬鹿馬鹿しさに、僕らの上の世代は気がついていませんでしたが。 この詩の最終連のやさぐれた絶望はまさに今の時代の感覚かな。こんな時代に住むしかないけれど、こんな時代に朝焼けなんてあるはずがない。たとえ目の前にそれらしきものがあっても、少しも信じる気にはなれませんね。
0Migikataさん こんにちわ。 ええ、全く信じる気になりません。しかし喪失を抱えなければならないようなそんな気もしています。 去年あたりから音楽シーンではシティポップが再燃しているので、最近よく聴いています。 むかしのシティポップもよく聴きます。あのあたりのちょっと気だるいような閉塞していく感覚は嫌いじゃないです。言われて見ますとシティハンターもたしかにシティ感がよく出てる漫画ですね。 シティっていけ好かないけれど、なんだろうそのかっこつけ感に憧れみたいなのは、やっぱりあるかもしれないです。 コメントありがとうございます。
0--今生の別れになるふたりは 哀しみなんかとっくのとうに撃ち抜いてしまったから いっさいがっさい、もう何にも要らない 最後のパーティーに着ていく服もない、うたう歌もない 切ないです。着たい服も夢もわからない、と言った感じでしょうか。こんな朝焼け見たくないにも、焦燥感や自己の嘲りが含まれているように感じます
0素晴らしいと思いました。それ以上、語る言葉をあまり持ちませんが、小道具の使い方が上手いですね。中央特快、シティポップなど、絶妙なアナクロ感が光る作品だと思いました。東京って他国の大都市、例えばニューヨークとかパリとかと比べて、絶妙にダサいのですよね。景観が整っていないのもそうですが、人と人との距離感が、完全に個人主義が浸透している訳ではないし、かと言って村社会的な共同体が残っている訳でもないし。中途半端にそれぞれが隔絶した中での、個人の交わりから浮かび上がってくる叙情がうまく描かれているように感じました。
0この作品好きです。特にスマホで読んだら、とてもよかったです。夜の中央線に揺られながら読みたい気がしました。
0加地さん はじめまして、おはようございます。切ない心情のときに書いたので切ないと仰っていただけたら切なさも吹き飛ぶくらい嬉しくなります。 時々、感情や抱えきれないものを昇華するために詩を書くのかなあと思うことがあります。また詩を評価されることがそれを受容して頂いたように感じます。(この認識がよいのかわからない気持ちもあるのですが) コメントありがとうございました!
0花緒さん おはようございます。確かに東京ダサい?のかもしれません。 ちょっとフィルターかけるような見方をするとそのダサさが活きるのかなあ、なんて気持ちもしました。 あと気持ちを美化したのと同様に都市も美化していく、そこで生じるなーーんか、かっこつけのいけ好かなさみたいな心情が書きたかったのかなあ、といま気がつきました!
0survofさん おはようございます。昔中央線沿いに住んでいたので特に思い入れがあります。 あの辺は東京の中では文化も独特でとてもすきです。 ストレートでシンプルな感想、とてもうれしいです。コメントありがとうございます!
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