私は詩です - B-REVIEW
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PICK UP - REVIEW

ひらいて、とがって

ひらひらとひらかれひかれて

ひざこぞう、に出逢ってください。そして手をのばして作品の言葉にためすすがめつ、触れてほしい。

帆場 蔵人@⚰

ねね

私は、こんな詩に出会いたい。

読者が 作品世界に囚われて、しばし 動けなくなるような 動けない時間を持つことで、自由を得るような そんな詩に わたしは 出会いたい。

真清水るる

薬売り

胡散臭さがたまらない

怪しいものや不思議なものが好きな方におすすめしたい、世にも奇妙な掌編——

沙一

書かざる言わざる、雄弁に水銀を

黙って笑ってろ、沈黙は金

これを見ているあなた、恥ずかしくはないんですか? 答えられないのですか。 なんでですか。 理由があるという訳でもないのですか? ああ、そうか。 全部、冗談だというのですね。

鳴海幸子

夏は夜。月のころはさらなり

田舎の夜道は暗くとも、恋は華やかで明るい——

沙一

あなたとどんぐりとハナミズ……

悪意のないホローポイント弾

ここには○○の残酷さが描かれている。 ○○が何なのかは、読めばわかる… …かもしれないし、わからないかもしれない。 感じ方は「人それぞれ」だから。

R

祖父の痕跡

黙想を貫いた彼が最後にみたものは…

祖父の遺物が並んだ「私」だけの世界… 彼の深層に踏み込むべく「私」は宝物箱に触れてしまうのか…祖父とは一体何なのか…

つつみ

直列つなぎ-うんこ!!(……

青春の現代詩

青春はいつも、エロくて汗臭い。そして切ないけど優しいところもあり、美しい瞬間もあるけど、昆虫たちも僕らも命を捨てて夫婦になることを受け入れる。それが生きるということだから。個人的には、僕は飯田華子さんの紙芝居を観に行きたい。

蛾兆ボルカ

ちがう星

ピッチャーとキャッチャーみたいだね

それから時々 おなじ星

neue Ära records

いつまでもあいさつをしてゆ……

伝説の流行語はここから始まった

「かきかきたぶんしない」は伝説になった。わからない人には永遠にミューズは来ない。

neue Ära records

粘土

こんにゃろっというやり場のない怒れる者よ

ほの暗い系男子がたどり着いた極北のモノローグがきみにはわかるまい

neue Ära records

菊の花

2020年10月の裏番長/裏大賞

これの良さがわかるまで詩を書くんじゃない

neue Ära records

死んだベテルギウス

地球は退屈な諦念に埋め尽くされてる

重力に支配された地球人にはわかるまい

neue Ära records

風吹き抜ける青

残酷なロマンティズムがきみにはわかるまい

そのまま生き地獄で野垂れ死にするといいという孤高の美

neue Ära records

ぢんせぃ

その喪失感は夢かうつつか

ネットとリアルがボーダーレスな、デジタルネイティブ世代の感性──

沙一

潮風

潮の香りにのまれるように

不思議な気配が手招きをしている

帆場 蔵人@⚰

空の下

大自然という舞台への出奔

二人が走り出す。広大な大自然という舞台へ。

羽田恭

明るい朝の歌

明るい朝のうらには、暗い夜があった

外をみつめることが、内をみつめることにつながっている──

沙一

震え 揺れ 回る

一気に詩情が注ぎ込まれていく。 それが 震え 揺れ 回る。 詩を詠み終えても、止まらない。

羽田恭

生きるためにパイを焼く

どうしようもなく生きていくということ

ただパイを焼く。それだけなのだけれど、衒いも奇抜さもなく心にぶつかってきて揺さぶられる。

帆場 蔵人@⚰

別れ

靴の哀しみ

歩くための存在でありながら、誰かが履いてくれないと歩き出せない存在が、絶望して待機してる

蛾兆ボルカ

パパの日曜日

しがない日常に飽きてしまったすべての人へ

ごく平凡な日曜日のパパが、壮大で絢爛豪華な世界へ旅立つ——

沙一

「中央公園より」

わかりあえなくたっていい

人種、国籍、性別、年齢、人間同士のわかりあえないディスタンス、そんなことよりも、おたがいに笑っていよう、ここはみんなの公園だから——

沙一

わたしの髪は生きているのか……

心を亡くしてしまいそうなときに

ささやかなお洒落をたのしむ、それは自分が自分であることをわすれないために、ひつようだったのかもしれない——

沙一

angel coffee?……

一瞬と、永遠

幸せなコーヒーと、降りやまない雨、好きな人といるとき、あなたならどちらを選びたいですか?

沙一

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私は詩です    

私は詩です 貴方は詩ではないです 貴方は詩人であり 貴方の書くものは詩です が 私は貴方の詩ではありません 私は詩です 私は詩人ではないです 貴方は私の書いたものに 「こんなの詩じゃない」 と言ったから きっと私は詩人ではないです でも あなたに詩じゃないと言われたとき 自分のことのように とても傷ついたから 私はきっと 詩なのです 私は詩です 貴方が 恋人と街を歩くとき 家族と食事をするとき ふと思いついて スマホを取り出し 詩を書いている そのとき 私はずっとノートの前で 独りで 部屋の中で 詩じゃない何かを書いていました でもきっと ノートに書かれたこれは 私です

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作成日時 2021-03-03
コメント日時 2021-03-29

私は詩です ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 37
P V 数 : 1865.3
お気に入り数: 6
投票数   : 8
ポイント数 : 6
#縦書き
項目全期間(2021/05/07現在)投稿後10日間
叙情性21
前衛性00
可読性11
エンタメ00
技巧10
音韻00
構成21
総合ポイント63
 平均値  中央値 
叙情性11
前衛性00
可読性0.50.5
 エンタメ00
技巧0.50.5
音韻00
構成11
総合33
閲覧指数:1865.3
2021/05/07 00時23分19秒現在
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    作品に書かれた推薦文

私は詩です コメントセクション

コメント数(37)
みやび
みやび
作品へ
(2021-03-03)

0
小林素顔
みやびさんへ
(2021-03-03)

よろしければ、もう一度コメントをいただけませんでしょうか? よろしくお願いします。

1
右肩ヒサシ
作品へ
(2021-03-03)

小林さん、こんにちは。 うーん、何が詩で何が詩でないかを決めるのは自分しかないと思います。誰かがひよこの雌雄を分けるみたいに、手当たり次第詩とそうでないものを二つの箱へ分けていくなんてあり得ないことです。詩史を踏まえて定義づけされた詩の概念はあるかも知れませんが、じゃあそれからはみ出たものは何でしょうか? ポエマーとか詩人とか自称するのはとても恥ずかしいことです。日本現代詩人会に入っていたって恥ずかしいでしょう。詩を書くということはその孤独な羞恥に耐えることだと思います。他人の評価を無視することは簡単ですが、最後まで自分の書いたものを信じることは難しいですね。僕も無視と軽蔑に晒され続けています。 ただ、小林さんのこの詩のように自信を持って自分は自分だとも言えません。

3
みやび
みやび
作品へ
(2021-03-03)

《自分のことのように》 この一文があるからこそ個人的な感情だけでは完結させられない世界観を感じます。 でも単純に俯瞰しているだけというわけでもなく、《私は詩です》のとおり「自身のできごと」である自覚との間を行ったり来たりする心の揺れがあるともおもえます。 諦観なのか達観なのか、どっちつかずな曖昧さが続くのが読んでいて心地よかったです。

1
石原誠
石原誠
作品へ
(2021-03-03)

どこにも出すことができなかった詩への哀愁と愛情を感じました。 詩について詩で表現するのがとても面白かったです。

0
真清水るる
作品へ
(2021-03-03)

「私は貴方の詩ではありません。」と、いう魂の叫び。ごもっともです。 わたしも、私の詩を 詩ではないと 言われたことがあるので、ほんとうに その通りだなあ。と、思いました。 ただ、思うに。自作詩作品が 詩ではないと言われた場合って、逆に詩人の 仲間入りしたてことではないのでしょうか? もし、詩を書かなかったとしたら 詩ではないなんぞと 言われるはずはないのですから。

0
小林素顔
右肩ヒサシさんへ
(2021-03-04)

コメントありがとうございます。 実を言いますと、B-REVIEWの私のコメント履歴を追えばすぐ分かるのですが、過去に私は「これは詩じゃない」とビーレビ投稿者に向かって言葉を投げつけた人間なのです。今となっては、その発言を恥じ、後悔しています。 >誰かがひよこの雌雄を分けるみたいに、手当たり次第詩とそうでないものを二つの箱へ分けていくなんてあり得ないことです。 まさしくその通りで、以前の私は自分のエゴから人に向かって自分の気に入らない作品を「詩じゃない」と罵っていました。人として大切なものが欠けていたのだと思います。今でも欠けているかもしれません。この作品は、そんな自分のことを思い出しながら書いたものです。 >他人の評価を無視することは簡単ですが、最後まで自分の書いたものを信じることは難しいですね。僕も無視と軽蔑に晒され続けています。 私はそもそも苦しみを感じるほどに作品を発表し続けてきた経験がありません。むしろ人に対して苦しみを与えていた側だったのです。少なくとも、以前は。私が右肩さんの詩を批評するなんてことは、本来なら資格がないのだと思います。ですから今回のこの作品は、非礼をまき散らしていた過去の自分に対する懺悔なのです。 >小林さんのこの詩のように自信を持って自分は自分だとも言えません。 以前、Twitter上で「詩人の人格と詩作品は切り離されて考えられるか、同一視されるものか」というような議論が起こった時(多分起こったのだと記憶しているのですが定かではないです)に、私ならどちらの側だろうかと考えた際、「切り離せるけど、やっぱり心のどこかで傷つくだろう」と思ったのです。この作品はその意識の表れです。ですので、決して自信をもって自分は自分だ、と言っているわけではなく、切り離せないだろうな、傷つくだろうな、という気持ちからの表現が現れたのだと思います。 人を傷つけていた私が、自分だったら傷つくだろうと気づいたとしても、もう遅いのですが。 恥ずかしい話をしてしまいました。もしかすると軽蔑されているかもしれませんが、もしお許しいただけるなら、今後もよろしくお願いいたします。

1
小林素顔
みやびさんへ
(2021-03-04)

コメントありがとうございます。私の重ねてのコメントのお願いに応えてくださり、申し訳ございません。 >《自分のことのように》 >この一文があるからこそ個人的な感情だけでは完結させられない世界観を感じます。 我ながら自分語りの強い詩かなと思っていたのですが、この部分が逆に世界観を広げる効果をもたらしていたとしたら、良かったです。 >でも単純に俯瞰しているだけというわけでもなく、《私は詩です》のとおり「自身のできごと」である自覚との間を行ったり来たりする心の揺れがあるともおもえます。 >諦観なのか達観なのか、どっちつかずな曖昧さが続くのが読んでいて心地よかったです。 自分としては直球を投げるような作品ばかり書いてきたので、こういう気分に揺らいだ作品はどのように人に読まれるのだろうと気になっていたのですが、心地よいという評価を頂けて、嬉しいです。

0
小林素顔
石原誠さんへ
(2021-03-04)

コメントありがとうございます。 >どこにも出すことができなかった詩への哀愁と愛情を感じました。 >詩について詩で表現するのがとても面白かったです。 哀愁と愛情というより、罪悪感と懺悔なのかもしれません。 それでも、この詩の構造を面白いと感じてくださったことに感謝いたします。

0
小林素顔
真清水るるさんへ
(2021-03-04)

コメントありがとうございます。 >わたしも、私の詩を 詩ではないと 言われたことがあるので、ほんとうに その通りだなあ。と、思いました。 私の記憶が確かならば、真清水さんに私が「これは詩じゃない」のようなことを言った記憶はないのですが、あまりに方々にそういうことを言っていたので、もし言っていたとしたら、申し訳ございません。 >「私は貴方の詩ではありません。」と、いう魂の叫び。ごもっともです。 私が方々で「これは詩じゃない」と言ってきたことを思い出して、それを言われた人たちはどういう思いだったのだろうかと思いを馳せながら出てきた言葉です。なので、どちらかというと、自分の言えた言葉ではないのです。 >ただ、思うに。自作詩作品が 詩ではないと言われた場合って、逆に詩人の 仲間入りしたてことではないのでしょうか? >もし、詩を書かなかったとしたら 詩ではないなんぞと 言われるはずはないのですから。 詩を書けばそれすなわち詩人とも言えますが、正直、詩人の定義とは何なのか、私からは軽々に論じることは出来ないような気がします。申し訳ございません。

0
田中修子
作品へ
(2021-03-04)

私の詩の読みは読みはおかしくて、詩を読むときに詩というより、その詩を書いた作者の声のほうがうるさくて文字がしっかり目に入ってこないような気がする時がある。 「俺の卓越した語彙力を見ろ」「詩を書いている私は素敵でしょう」「俺を見てくれ」「私のやってること、芸術でしょう」そんな声というか主張というか。 もちろん書いてネットや紙媒体に出すからにはみんな少しはあるのだろうけれども。 素顔さんのこれまでの詩は「俺を見てくれ」「俺の詩の技術を見てくれ」とかの声がとてもすごかった。 でもこの詩なのか、文字列なのか分からないけれど、素顔さんのそのままが書かれているようで、とても気楽に読めるなあと感じた。肩の力がいい具合に抜けている感じ。 書いた人の中で揺らいでいるあたたかい何かが自分にも伝わってきた。 詩だろうが、文字列だろうが、なんでもなかろうが、なんだっていいじゃないですか。 それがなにかの「感じ」を人にあたえるならば、そのことはとても素敵だと思う。人は結局ひとりだから。 詩とは何か、散文とは何か、小説とは何か、また文字列でなくても、音楽とは何か、絵とは何か、それらを厳格に定義づけられることなんてないんじゃないでしょうか、本当は。もちろんピアノやヴァイオリンをやってれば音楽と呼ぶことは可能だけど、雨の音が時に人によっては音楽になるように、意外と曖昧なもの。 短めの文字列で人に何かを伝えるもの、それをだいたいの人が詩と呼ぶ。私も詩と呼ぶ。であるのならば、作者の中の何かしらの優しい揺らぎの伝わってくるこの文字列は私は詩だと思った。 なんだか少し変わりましたね。

2
真清水るる
作品へ
(2021-03-04)

小林素顔さん、わたしは 素顔さんに そのようなことを 言われたことは ありません。 わたしも、他人様に 同じことを 言われたことがあるのです。 たまから 共感いたしました。

1
小林素顔
田中修子さんへ
(2021-03-04)

コメントありがとうございます。 今回のこの文字列?は、 >「俺を見てくれ」「俺の詩の技術を見てくれ」とかの声がとてもすごかった。 と修子さんの仰る過去の小林素顔から切り替えて、嘘なく書けるか(それはもちろん事実をそのまま書くという意味ではなく)が要点だったので、「素顔さんのそのままが書かれているようで」と仰っていただけると、とてもありがたいです。内臓、うまく出てますかね。 >書いた人の中で揺らいでいるあたたかい何かが自分にも伝わってきた。 懺悔の気持ちで書かれた文字列ではありますが、その中に伝えたいものが修子さんに伝わっているとしたら、嬉しいです。 >短めの文字列で人に何かを伝えるもの、それをだいたいの人が詩と呼ぶ。私も詩と呼ぶ。であるのならば、作者の中の何かしらの優しい揺らぎの伝わってくるこの文字列は私は詩だと思った。 自分語りだったり、詩そのものを語ったり、禁じ手かなとは思っていたのですが、修子さんに詩だと思って頂けたなら、たぶんこの目論見は成功しているのでしょう。かといって、過去の自分の行いは許されないのですけれども。 >なんだか少し変わりましたね。 そろそろ変わらないといけない時期だと自分でも思っています。できれば成長の方向に変わりたいと思っています。

1
小林素顔
真清水るるさんへ
(2021-03-04)

>小林素顔さん、わたしは 素顔さんに そのようなことを 言われたことは ありません。 承知しました。私の思い過ごしで良かったです。でも、我ながらやっぱり人としてどうかしていたと思います。気を付けていきたいと思います。 >わたしも、他人様に 同じことを 言われたことがあるのです。 お気持ちお察しします、ということが言える立場ではないのですが、言われた時の真清水さんのお心を想像すると胸が締め付けられ、また言った側の人間の立場に立つと、なんて愚かしいこと自分はしていたのだろうと悔悟の気持ちでいっぱいです。

0
福まる
福まる
作品へ
(2021-03-04)

あくまで私の感覚ですが惹き込まれる何かを感じました。「詩」に定義はないのかもしれませんがこんな詩が書けて「羨ましい」と強く思いました。確かに書き手の方は「詩」そのものかもしれませんね。

0
neue Ära records
作品へ
(2021-03-04)

そうですね、艶のつけかたがその人らしいかどうかだとおもうんですよね詩というものは。「その人らしい」って作者の何をわかるっていうのって多くの人に言い返されるかもしれませんけど、文をみたらその人の人格や人柄、あるいは姿まで見えちゃいますよね。読める人には読めていて。声も姿も隠したつもりの匿名の作品だってあなたは隠れてるつもりかもしれないけれど本性が全部見えてますよって言ってあげたくなる作品ってありますよね。で、僕はいつも思うんです。カッコつけ(艶つけ)すぎな作品とか無理して美しく書いてるなとかどっからか引っ張ってきた観念だけの言葉使ってるなとか。で、こういった掲示板とかのコミュニティだと、そういう外面だけを装ってる作者の人が、思わず悪態を晒したり思わず情緒をみせてしまったりするじゃないですか。きっとその当人にとっては不本意なそんな言葉。そんな言葉に出くわした時、それだよあなたが詩句にしなきゃいけない言葉はって教えたくなったこと何回もありますよ。でも、そういうのって読解でも批評でもなんでもないからこの場所では言えなかったりしますよね。作者さんにとってホントに必要性の高いアドバイスなんだけれども。 「詩なんて猫かぶりでいいんだよ」って叱られたことがあると、私が好きなある詩人さんが言ってらっしゃったんです。 そうだよなあ猫かぶりでいいんだよなあって、そう思ったんですよね私は。 それは書いてる人が見えてるから猫かぶりでいいって言えるんですよね。その猫かぶりした人は詩人じゃないかなあって思うんですけど、猫かぶりを無自覚にやってる人は詩人じゃなくてガチでタチの悪い人。ちゃんと物事をもっと知った方がいいのにって思っちゃったりしますよね。本作はちゃんと猫かぶりを自覚されていていいなあと思いましたよ。 ただ、ふっと思ったんですが、僕は言葉を信じていない詩人が好きですね。最近はホントに本を読まなくなってしまったんですけど、小林秀雄さんは飽きずに何回も読めていて。この人、絶対、言葉を信じてないって感じるんですよ。だから直観の批評であり、その言葉は文学なんじゃないかって思います。 素顔さんの作品からは、その不信とのジレンマが垣間見えるから良いのかなあ、なんて思います。

2
小林素顔
福まるさんへ
(2021-03-04)

コメントありがとうございます。 >「詩」に定義はないのかもしれませんがこんな詩が書けて「羨ましい」と強く思いました。 最上級の誉め言葉を頂けて、光栄です。 >確かに書き手の方は「詩」そのものかもしれませんね。 そうだといいのですが、なかなか自信が持てない日々が続いております。

0
小林素顔
neue Ära recordsさんへ
(2021-03-04)

コメントありがとうございます。 >カッコつけ(艶つけ)すぎな作品とか無理して美しく書いてるなとかどっからか引っ張ってきた観念だけの言葉使ってるなとか。で、こういった掲示板とかのコミュニティだと、そういう外面だけを装ってる作者の人が、思わず悪態を晒したり思わず情緒をみせてしまったりするじゃないですか。きっとその当人にとっては不本意なそんな言葉。そんな言葉に出くわした時、それだよあなたが詩句にしなきゃいけない言葉はって教えたくなったこと何回もありますよ。でも、そういうのって読解でも批評でもなんでもないからこの場所では言えなかったりしますよね。作者さんにとってホントに必要性の高いアドバイスなんだけれども。 ありがたいことに、私はみうらさんを含めてそういったアドバイスを直接伝えてくださる方々に恵まれていて、本当に幸せだと思っています。もちろん、そのアドバイスを生かせている状況であるとは言い難いですが。日々精進が必要です。 >「詩なんて猫かぶりでいいんだよ」って叱られたことがあると、私が好きなある詩人さんが言ってらっしゃったんです。 >そうだよなあ猫かぶりでいいんだよなあって、そう思ったんですよね私は。 >それは書いてる人が見えてるから猫かぶりでいいって言えるんですよね。その猫かぶりした人は詩人じゃないかなあって思うんですけど、猫かぶりを無自覚にやってる人は詩人じゃなくてガチでタチの悪い人。ちゃんと物事をもっと知った方がいいのにって思っちゃったりしますよね。本作はちゃんと猫かぶりを自覚されていていいなあと思いましたよ。 ありがとうございます。本作は猫かぶりというか、今までの自分の虚飾を取り払おうと書いてみたのですが、まだ猫かぶってましたかね。そうだとしたら悔しいですが、それでも、自覚のある猫かぶりだということを評価していただけてることは嬉しいです。 >ただ、ふっと思ったんですが、僕は言葉を信じていない詩人が好きですね。 >素顔さんの作品からは、その不信とのジレンマが垣間見えるから良いのかなあ、なんて思います。 恐縮です。言葉は誰でも簡単に使っているようで、本当に使いこなすには物凄く精度の高い訓練が必要なのだと思います。ピストルは引き金を引くだけだから簡単に人を殺せると思っている人もいますが、すごく扱うのが難しいのと同じで。この言葉も書いたそばから伝わっているかどうか怪しいですが。そうした言葉への疑念を評価いただけてるのだとしたら、嬉しいです。

0
田中修子
小林素顔さんへ
(2021-03-06)

私は相当うるさく「内臓を出せ」といったけど、内臓を出すのは私の芸風(作風?)なのかなーって素顔さんのこの詩を拝読して思いました笑 作風はそれぞれあるから、その人がその人らしい作風を確立していけばいいんですよね。 ツイキャスやツイッターの素顔さんを見てから、前の素顔さんの作風の詩や理論武装リプを読んでいたとき「これじゃ小林素顔じゃなくて小林仮面じゃないか! 仮面かぶってる!」って感じだったんです。だからめっちゃうるさく「内臓出せ」って言ったんだけど、今回ちゃんと素顔になってるなーって思った。素顔の素顔さんが書いた素の詩。私は本当は「内臓出せ」じゃなくて「仮面はがせ」って言いたかった(伝えるべきだった)のかもしれません。よく剥がれていると思う。 マッチョな、半端な知識で理論武装した男性でなく、色んなものがよく分からない自分、と認めたままのひとりのひとが書いた詩。 それこそセラピー的な要素も含むんですけど、ありのままの自分を自分で確認し受容する、という経緯でこの詩ができたのかなーと思います。あまりにも自分の内部というものを分析・追求していくとまた意味不明なことになってしまうけれど。 物を書く人というのは、ありのままの自分(それはけっして確たるものではなく、状況によって揺れ動くものでもある)を確認し受容し、自分の心の動きをつぶさに読みながら、これからの作風や文体を構築していくととても面白いことを起こせるんじゃないでしょうか。 しかしこんなにも短期間で自分と取っ組み合って自分の仮面を引っぺがしたのって本当にすごいエネルギーだなあ、と思うんです。私なんて週一回本当に心理に精通したセラピストとセラピーしたって自分の仮面をなかなかはがせない。無自覚にかぶっている仮面というものは、たとえいつか自分の首を絞めるにしてもそっちのほうが生きるのが楽だからかぶってしまうんですよね。それを素顔さんはたった数か月で詩のために引っぺがしたんだからすごいエネルギーだなあ、と思います。 これからの素顔さんの詩や批評が楽しみです!

0
survof
作品へ
(2021-03-06)

詩を書いてしまう心理って人それぞれだと思うんですけど「私は詩です」っていうフレーズほど、その心理を雄弁かつ簡潔に代弁し得る表現はないな、と、これは多分自分の話でもあるんですけど、そんなことを考えながら何度も読んでしまいました。こんな大胆で、もしかしたらものすごいわがままな主張でさえ「私は詩です」という言葉に置き換えてしまうと、何だかとても美しいものに思えてしまうのが非常に不思議で、しかも「私」は「詩人」である「貴方の詩」ではない、しかもそんな「詩人」の「貴方」は「詩」ではない、と、こんなにも挑発的なのに、どこかどうしようもなく切実だから、やっぱり「私は詩です」っていうひとことほど、詩を書く時の心理を雄弁かつ簡潔に代弁し得る表現はないなと、そんな風に思ったのでした。

1
小林素顔
田中修子さんへ
(2021-03-07)

>私は相当うるさく「内臓を出せ」といったけど、内臓を出すのは私の芸風(作風?)なのかなーって素顔さんのこの詩を拝読して思いました笑 >作風はそれぞれあるから、その人がその人らしい作風を確立していけばいいんですよね。 私はまだ作風に関して模索の過程の段階なので、まだまだ内臓を出す必要がありそうです。もう出ないかな、というところまで出してから、次の模索に移るべきなのかなと思っています。 >ツイキャスやツイッターの素顔さんを見てから、前の素顔さんの作風の詩や理論武装リプを読んでいたとき「これじゃ小林素顔じゃなくて小林仮面じゃないか! 仮面かぶってる!」って感じだったんです。だからめっちゃうるさく「内臓出せ」って言ったんだけど、今回ちゃんと素顔になってるなーって思った。素顔の素顔さんが書いた素の詩。私は本当は「内臓出せ」じゃなくて「仮面はがせ」って言いたかった(伝えるべきだった)のかもしれません。よく剥がれていると思う。 >マッチョな、半端な知識で理論武装した男性でなく、色んなものがよく分からない自分、と認めたままのひとりのひとが書いた詩。 ある方から、私の今までの作品がネタに走っていると諫められたもので、それでネタに走らないように書いたのがこの作品だったのですが、結果的に仮面を外す行為につながっていたのだとしたら、良かったです。 >それこそセラピー的な要素も含むんですけど、ありのままの自分を自分で確認し受容する、という経緯でこの詩ができたのかなーと思います。あまりにも自分の内部というものを分析・追求していくとまた意味不明なことになってしまうけれど。 >物を書く人というのは、ありのままの自分(それはけっして確たるものではなく、状況によって揺れ動くものでもある)を確認し受容し、自分の心の動きをつぶさに読みながら、これからの作風や文体を構築していくととても面白いことを起こせるんじゃないでしょうか。 いま書いている作品もセラピー的なアプローチで書いているのですが、それが意味不明なことになっているかどうか、これは皆さんに読んでいただかないと分からないですかね。次の発表の機会をうかがいます。 ありのままの自分から目をそらさずに詩を書くということの難しさを感じている次第なのですが、それが作品にキッチリ反映できるように、まだまだ精進していきたいと思います。 >しかしこんなにも短期間で自分と取っ組み合って自分の仮面を引っぺがしたのって本当にすごいエネルギーだなあ、と思うんです。 修子さんをはじめとした素敵な先輩方に恵まれたからこそ、この作品が書けたのです。むしろ私のほうが、皆さんが注いでくださったエネルギーに感謝しております。 >これからの素顔さんの詩や批評が楽しみです! ありがとうございます、頑張ります!

1
小林素顔
survofさんへ
(2021-03-07)

コメントありがとうございます。 「詩を書いてしまう心理」について「『私は詩です』っていうフレーズほど、その心理を雄弁かつ簡潔に代弁し得る表現はない」という言葉を頂けたこと、そして「何度も読んで」いただけたこと、誠に光栄です。 >こんな大胆で、もしかしたらものすごいわがままな主張でさえ「私は詩です」という言葉に置き換えてしまうと、何だかとても美しいものに思えてしまうのが非常に不思議で、しかも「私」は「詩人」である「貴方の詩」ではない、しかもそんな「詩人」の「貴方」は「詩」ではない、と、こんなにも挑発的なのに、どこかどうしようもなく切実だから、やっぱり「私は詩です」っていうひとことほど、詩を書く時の心理を雄弁かつ簡潔に代弁し得る表現はないなと、そんな風に思ったのでした。 何と申しましょうか、survofさんにこのように私の詩について言葉を尽くしていただけたこと、本当に恐縮です。こちらから返す言葉が浮かばないのが申し訳ないくらいです。本当にご高覧くださり、ありがとうございます。

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べんもう
べんもう
作品へ
(2021-03-19)

『詩とはなんなのか』 素朴で答えの見つけようもない問いに一筋の光を当てたような感情が湧きました。 作中の『詩』は形のないように思えました。 でも詩と感じることができる。 見えなくても、触れられなくても、定義すら定かではなくても、存在することができる。 この詩を詠んでいてそんな気持ちになりました。 最後に、この詩を詠んだ後、私の気持ちが清々しくなりました。

0
小林素顔
べんもうさんへ
(2021-03-19)

コメントありがとうございます。 >『詩とはなんなのか』 >素朴で答えの見つけようもない問いに一筋の光を当てたような感情が湧きました。 私も答えを見つけたわけではないのですが、自分の経験から出た言葉がべんもうさんの一筋の光になったのだとしたら、嬉しいです。 >作中の『詩』は形のないように思えました。 >でも詩と感じることができる。 『詩』が自分自身の精神なのか肉体感覚なのか、それとも両方なのか、それを定義するのは難しいですが、ともかくも自己からあふれ出すものが言葉になるときが詩なのだという思いでこの作品を書きました。 >最後に、この詩を詠んだ後、私の気持ちが清々しくなりました。 べんもうさんの気持ちが良い方向に向かったのだとしたら、これほどの喜びはありません。

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夜野 群青
作品へ
(2021-03-24)

24もコメントあるからめんどくさいから読まないし、重複するだろうから、少しだけ。 好き。以上。です。

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市井蒸発
市井蒸発
作品へ
(2021-03-24)

小林素顔さん、こんばんは 一読した瞬間、素晴らしいと思いました。詩を書いているうちに詩人よりも詩そのものになりたい、または自分が詩であるという感覚は自然だと思います。書いたものを自分の一部のように考える小林さんの詩は生きています。しっかりと血が通っていて、読んでいて気持ちよかったです。よろしくお願いします。

0
エイクピア
作品へ
(2021-03-25)

独特な宣言が詩になっていると思いました。私は詩ですと言う言明は一見するとおかしな宣言なのかもしれませんが、詩的感興があると思いました。二回繰り返していますしね。最後の二行もぐっときます。「私です」と言う矜持。つまらないプライドではないと思いました。

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小林素顔
夜野 群青さんへ
(2021-03-26)

コメントありがとうございます。 夜野さんに好いてもらえる詩が書けて嬉しいです。

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小林素顔
市井蒸発さんへ
(2021-03-26)

コメントありがとうございます。 そんなに褒めてくださりますと、なんだか照れてしまいます。 >詩を書いているうちに詩人よりも詩そのものになりたい、または自分が詩であるという感覚は自然だと思います。書いたものを自分の一部のように考える小林さんの詩は生きています。 「詩にガチで取り組んでいるか」と様々な場所で指摘されてきたものですから、その自分なりのガチの回答の一つとしてこの作品を書いたわけですが、市井さんにこうして受け取ってもらえますと、頑張った甲斐があります。 今後ともよろしくお願いいたします。

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小林素顔
エイクピアさんへ
(2021-03-26)

コメントありがとうございます。 >私は詩ですと言う言明は一見するとおかしな宣言なのかもしれませんが、詩的感興があると思いました。二回繰り返していますしね。最後の二行もぐっときます。「私です」と言う矜持。つまらないプライドではないと思いました。 このあたりは文章の構成面での気配りだとは思うのですが、書きあがる時は一気に書きあがって、下手に考えて書くと私の場合は失敗しがちです。今回もそうだったのですが、うまくいったようで良かったです。

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まさ
まさ
作品へ
(2021-03-26)

発想が面白かったです。 メタ詩ということになるのかもしれませんが、 私はこういう詩について考えられる作品好きです。 自分語りになってしまって申し訳ないのですが、 以前、私が参加したオムニバス詩集で 参加者のコメントで「詩らしきものを書いています云々」 という言い回しのコメントが多かったのですが、 その詩集を評論したサイトに「詩らしきものではなく、詩を書いて欲しい」 と書いてあったんです。 正論だとは思ったんですけど、なにか心に引っかかるものがあって、 なぜ「詩らしきもの」ではいけないんだろう、 と時々考えるんですけど、ずっと答えが出せないんです。 すみません、作品へのコメントになっていないですが、 そういうことをあらためて考えさせられました。 どうもありがとうございました。

0
小林素顔
まささんへ
(2021-03-27)

コメントありがとうございます。 >以前、私が参加したオムニバス詩集で >参加者のコメントで「詩らしきものを書いています云々」 >という言い回しのコメントが多かったのですが、 >その詩集を評論したサイトに「詩らしきものではなく、詩を書いて欲しい」 >と書いてあったんです。 >正論だとは思ったんですけど、なにか心に引っかかるものがあって、 >なぜ「詩らしきもの」ではいけないんだろう、 >と時々考えるんですけど、ずっと答えが出せないんです。

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小林素顔
まささんへ
(2021-03-27)

コメントありがとうございます。 >以前、私が参加したオムニバス詩集で >参加者のコメントで「詩らしきものを書いています云々」 >という言い回しのコメントが多かったのですが、 >その詩集を評論したサイトに「詩らしきものではなく、詩を書いて欲しい」 >と書いてあったんです。 >正論だとは思ったんですけど、なにか心に引っかかるものがあって、 >なぜ「詩らしきもの」ではいけないんだろう、 >と時々考えるんですけど、ずっと答えが出せないんです。 それは多分、読み手の側のエゴなんでしょう。「詩らしきものか詩なのか」は作品を見て判断すればいいわけで、「ちゃんと詩ですよ、自信持ってくださいよ」と読み手が声をかけるか否かすればいい話なのですが、まず書き手の態度から見計らって「詩らしきものを書くな」と言ってるわけですから、おそらくその「詩らしきもの」を「詩かどうか評する自信」も読み手に無かったんだと思います。 私も人の作品が「詩か否か」をきちんと評価できる自信はありませんが、最近は、自分のエゴを押し付けないようにしよう、と気を付けているつもりです。

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カオティクルConverge!!貴音さん
作品へ
(2021-03-28)

詩をある程度は書いてきている人は 多少なりここに書かれている事に近いことを思ったり感じたりしていると思うのです。 私も一応、そうでした。 別に何を書いても良いのですが どうしてこのあるあるネタを書いたのかなと思いました。 もう一つ、これは過去作なのかな?というところです。 付き合いが深くないのでイメージで語りますが 私の中で小林さんならとっくの昔にこの詩を書いていると思ったので まさか、完全新作ではないよね?という所です。 いや、そうですが?でも問題はないんですけども。 あと、興味があるのは誰にも告げず素顔を隠して匿名で投稿された方が面白いです。 名前が分からない状態でやったときの周りの反応が知りたいです。

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小林素顔
カオティクルConverge!!貴音さんさんへ
(2021-03-28)

コメントありがとうございます。 >どうしてこのあるあるネタを書いたのかなと思いました。 >まさか、完全新作ではないよね?という所です。 >いや、そうですが?でも問題はないんですけども。 この作品は完全新作なのですが、元をたどれば先輩詩人から「いったんセラピー詩を書いてみよう」とアドバイスを受けて書いたものなのです。詩を論じた自分語りの詩という「あるあるネタ」を書くことによって、自己の「セラピー」を行い、文体や思考の整理をしてみようという試みだったのです。結果としては、思考よりも文体のほうに程よい整理が図られたような感覚を得ています。 >あと、興味があるのは誰にも告げず素顔を隠して匿名で投稿された方が面白いです。 >名前が分からない状態でやったときの周りの反応が知りたいです。 承知しました。来月以降、匿名投稿も行おうと思います。

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道草次郎
作品へ
(2021-03-28)

初めまして、道草次郎と申します。 小林素顔さんの作品、初めて読ませていただきました。 ぼくは難しいことは分からないのでうまいこと言えるか分かりませんが、何卒よろしくであります。 一読、まず詩の気持ちになれるってことは、きっとこの人は色んなものの気持ちになれるんだろうなあと単純に思いました。 それから、詩の率直な物言いがとても好感が持てます。ふつう詩だって迷ってしまうはずなのに。 少なくとも自分などが詩に何か言わせたら、きっとブツクサ不平やらを言わせてしまうと思うのです。そういう所がこの詩の(ある意味では)無私なところであり、気持ちのいい所ではないでしょうか。そんな風に自分は読みました。 繰り返しになりますが、詩が詩じゃないと言われた時に、じふんのことのよう傷ついたと自覚するところは非常に素直ですね。こういう風に書けるといのは、やはり詩の気持ちになれるからこそだと思います。 初めにも言いました通り色々なものに心を寄せる事ができないと、こうは書けないと思うのです。 とても興味深かったです。他の作品もまた読ませていただきます。

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小林素顔
道草次郎さんへ
(2021-03-29)

コメントありがとうございます。 >詩が詩じゃないと言われた時に、じふんのことのよう傷ついたと自覚するところは非常に素直ですね。こういう風に書けるといのは、やはり詩の気持ちになれるからこそだと思います。 今作はどちらかというと「詩の擬人化」というよりも「書き手の詩化」の方向で書いてみたものなのですが、それがよい方向に働いたのだとしたら、良かったです。 >色々なものに心を寄せる事ができないと、こうは書けないと思うのです。 ものにも、人にも、もっと心を寄せなければと思いつつ、なかなかうまくいってないのが現状です。 ともかくも、私の作品が道草次郎さんのお気に召したのでしたら、嬉しいです。

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