B-REVIEW作品投稿掲示板


マックシェイク飲む、いつも。   

地(🌐)球 
作成日時 2017-08-16
コメント日時 2017-09-01

 

「どっちが幸福か?ゲーム!」しながら、 手を繋いで、ただひたすらにまっすぐ行く。 それがサイコーだって かみさま、教えてくれたから。 でも天国までは行ってあげないよって 365日、どうせ行き先不明のままなのに。 そのくせ今日も晴天。 だって、空の青よりずっとずっとつよい。 よし、マックシェイク飲みに行こう! やってない店のドア、ガンガンしよう! 社会的な問題起こして、会社をクビになろう! それが天国への近道だって、昔の映画で観た、な。 夜更け、唐突な「マクドナルド爆破計画」。 新宿三丁目のあの店と心中だって。 誰よりもつよいから、負ける気なんかしない。 何があったってお構いなしの強度。 これから、天国にリーチ! 残る、ただひとつ。 ひとり生き残ったら、 「何があったの??」って問い詰められちゃうから、 行先どこでも、二人セットでおねがい、ね。 新聞の一面でまた会おうか。 いざ勝負だ、かみさま。


コメント欄を隠す
地(🌐)球 (2017-08-16):

昨日ツイッターで「恋愛詩」を書いてみてと言って頂いたので、書きました。 また、その後のレスポンスの流れの中で「マックは爆破で心中」という展開を頂きましたので、それも加えました。 もともとストレートな恋愛詩など書けませんが非常に楽しい経験をさせて貰いました。白犬さん、塚本さんありがとうございました。 自分の感情に無いモノを文字にするには心理的抵抗が強く、また頂いた予想もしない展開を自分の詩に組み込んでいくというのもややこしい作業でしたが、大変勉強になりました。 なんとか公開に耐えうるレベルにはなれたのでは、と思いましたので、投稿させて頂きました。いつも実験みたいな遊びみたいな詩作で恐縮です。もっと勉強してきます。

薄氷楓薄氷楓 (2017-08-16):

拝読しました。ツイッターにおけるコメントとは、ちょっと違った角度からの感想になりますが、ずっと前に観た『アヒルと鴨のコインロッカー』という映画を、ふと思い出しました。 「生きたい」という強い気持ちを感じました。そして「幸福でありたい」という強い願いを。 真剣に読み解こうと試みるなら、見る側の目が潰れてしまいかねないほどの、眩しい光。 昨年ノーベル文学賞を受賞した、ボブ・ディランの歌が静かに鼓膜を揺すります。

まりも (2017-08-17):

〈空の青よりずっとずっとつよい〉つよい、のは、今、を感じる意識、なのか、二人のつながり、なのか、何が、強いのだろう・・・と考えさせられました。空の青、より、つよいもの。 〈社会的な問題起こして、会社をクビになろう!〉このあたりの、一見すると刹那的な感じは、「俺達に明日はない」のフィーリングにも通じますが、ずっとカジュアルな感じで・・・口にしてみた、言ってみた、そのことによって、すっきりした、というような・・・ツイッターなどでツイートしてみた、すっきりした、という、そんな感覚に似ているかもしれない、と思いました。 〈行先どこでも、二人セットでおねがい、ね。 新聞の一面でまた会おうか。 いざ勝負だ、かみさま。〉 いっそ、一緒に死ねたらいいね。この世界を、ぜんぶぜんぶ、ぶち壊して、二人もそのまま昇天しちゃいたいね。 そんな、恋、の持つ、ある種の狂気・・・それを、マックシェイクを二人分、ハンバーガーセットを二人分、というカジュアルさに落とし込んで消化している2人、の姿を思いました。

花緒 (2017-08-17):

一行目からテンションが非常に高く、初読の折は、私はいまいちついていけませんでした。しかし、目が慣れてくると、良さも感じる一作です。世界を全員敵にまわしても、恋愛を!と言わんばかりの叙述に、マックシェイクが挟まれていることに諧謔を感じます。資本主義のロジック、消費社会のロジックに神様さえも巻き込まれているような。かみさまと会うのも新聞のようですし。

地(🌐)球 (2017-08-20):

薄氷楓さん コメントありがとうございます。 生きたい・幸福でありたいとはわたし個人は思っていませんが、この二人には幸せになってほしいです。 ボブデュランが流れたらいいですね!きっと喜んでいるのではないだろうか。

地(🌐)球 (2017-08-20):

まりもさん コメントありがとうございます。 ツイートのようにインスタントに消費できるものは、なるほどある種刹那的なんですね。 マックやマックシェイクも、今のこの時代この年代でしか通用できない空気や受け止め方があり、 わたしは「マックシェイク」がとても好きです。 たぶんケンタッキーだと違う話になっていきそうだな、とすみません。ぼんやりそんなことを考えてました。

右肩ヒサシ右肩ヒサシ (2017-08-20):

りさん、こんにちは。 オードリー・ヘップバーンの古い映画のデートシーンを見ているようでした。 オシャレな良い詩です。 天国にマクドナルドがあったなら、現世のそれより1万倍楽しそうです。 ついでにあの気詰まりな丸善も爆破してください、ってそりゃもうとっくに誰かやってますよね!

地(🌐)球 (2017-08-20):

花緒さん コメントありがとうございます。 書いている途中は自分もこの二人のテンションについていけず、消化不良を起こした感覚がありました。 それでも頑張って書ききったら、何とか詩として成立して嬉しかったのです。(よくわからなくてすみません) マックシェイクは諧謔というよりも、わたしにとってはこの詩の重要な構成要素になっているように思います。マックシェイクから話が展開したようでたのしかったです。自由気ままに詩をかく楽しさを思いだすことのできた詩なのでよむと子供のようにうきうきします。

前田ふむふむ前田ふむふむ (2017-08-20):

こんにちは。 「どっちが幸福か?ゲーム!」というのが、あるのですか?。 僕は知らないけれど、きっと、ゲームの中では、無敵なようになるのですね。 そのゲームの世界を、現実の世界に当てはめているようですね。 語り手の、リズミカルな進行、予測不能な型破りな語りは、ユーモラスでもあり、 とても魅力的で、すごく可能性を感じました。 それに、読んでいて、楽しい。 元気をくれて、ありがとうです。

地(🌐)球 (2017-08-21):

Migikataさん おはようございます。 映画のワンシーンと言って頂けて、いま、映写機がまわりだしたような! そういえば京都の丸善は梶井基次郎さんが爆破したような、していないような。 いつの時代もだれでも、丸善は気詰まりに感じるのですね。 新宿の丸善には、今度マックシェイク置いてきます!嬉しいコメントありがとうございました!!

地(🌐)球 (2017-08-21):

前田ふむふむさん 「どっちが幸福か?ゲーム!」わたしも知りませんが、世界は割りと広いので。 コメント全てが嬉しくて詩を書いたり読んだりするストレートなたのしさを思い出しますが、 何より読んでいて楽しい、と仰って頂いたので、わたしはいまなら幸福かゲームで優勝できそうです。 こちらこそ元気が出るコメントをありがとうございました!!

みうら (2017-08-21):

り さんの作品の魅力の一つとして、しゃべりの文体がある。簡単なようで、真似出来なかったりするセンスがとても必要な文体。このオリジナリティな文体でいくつか、投稿されていらっしゃるけれども、私が勝手ながら、しゃべりの文体が成功しているか否かの線引きをすると、今作は、成功しているともいえるし、駄作となってしまったともいえる微妙なライン上の作品ではなかろうか。り さんのしゃべりの文体の面白さは、読んでいると何の障害もなしに語り手と感情がシンクロするところである。逆にそれが読者への禍にもなる。そんな感情要りませんよと。意地悪な言い方をすれば、マクドナルド爆破とか子供ぅぽいところがあざと過ぎだろうとか。そこで、一つ今後の参考になれば幸いなのだけれども、推敲する際に何らかの拘りは持つべきだと思う。しゃべりの文体で一気に書いたとして、その先は多くの読者へ伝わるように洗練するべきではなかろうか。もう少し踏み込んでコメントさせていただくと、現代詩人会での入選作「カンボジアの果物係り」は95%のリアリズムと5%の非リアリズムで描かれている。しかし、今作「マックシェイク飲む、いつも。」は50/50である。だからだと思うけれども、「天国」という言葉が一般的に呼称される天国でしかない。判るだろうか?私の云っていることが。「カンボジアの果物係り」で出てくるアンコールワットという現実の固有名詞の方が今作の天国よりも幻想的な響きとして私にはあった。やや乱暴なコメントで失礼。

地(🌐)球 (2017-08-21):

三浦くん 大変勉強になりました。ありがとうございます。 1、まず推敲は今までしてなかったのでこれからはちゃんとします。何回か見ると詩がしぬとおもっていました。書いたあとでいいから伝えることを意識するのですね。 そういえば「カンボジアの果物係り」に致命的な誤字があり哀しいと同時に情けなくなったので、推敲と誤字チェックはちゃんとやろうと思いました。 2、リアリズムの意味もわかりませんでした。 カンボジア行ったことないし、マックは行ったことあるので、マックの方がリアリズムのはずだと思ってました。 天国よりアンコールワットが響くというのでよくわかりました。 なるほど、天国もアンコールワットもしらないけれど、二つの作品に於いてはアンコールワットが天国より幻想的。それが詩でありリアリズムなのですね。 そうするとマックなのにMigikataさんがオードリーヘップバーンを呼んできてくれたのもよくわかるように思いました。 比較してくれたおかげで理解が捗りました。また詩が好きになりました。つぎはもっと異化作用のつよい詩をかけますようにがんばります。 ありがとう。それと、おかえりなさい。

渡辺八畳@祝儀敷 (2017-08-22):

り詩は淀みなくさらっと読めて、それが持ち味なんだろうなとは分かる。 ただ一方でもう少しフックのある箇所があってもいいんじゃないかなとも思う。詩文の調子が一定なんですよね。ちょっと憂鬱で、だけどシニカルで。テンションの上下がも少しあってもいいような気がする。

地(🌐)球 (2017-08-22):

祝儀敷さん こんにちわ。いつも単純明快に面白いこととか、それから難しくて新しいことを考えて、なおかつさらっと実践している祝儀敷さんの姿をみて、わたしも負けずに世の中の実験をしていきたいとコッソリ思っている次第です。 コメントありがとうございました。 「フックのある箇所あってもいい。テンション上下、少し。」 まだどこにも投稿してませんが、8月に書いた詩もまさに一定な感じなのです。わたしは単純に詩の技量がないので、その理由で一定なのだと思うのです。 ご助言を落とし込むのに時間がかかるような気がしますが、持ち味を壊さずも詩がゆらっとする作用を意識して修正したいと思いました。 (り詩っていいですね。なんだかサイコーですね。ありがとうございます。)

sonetirasonetira (2017-08-22):

はじめまして。批評は苦手なのでシンプルに言わせてください。 読んでいて楽しかったです。 一見書きやすそうでポップな詩はやりすぎると嫌味に感じてしまうのですが、りさんのはわくわく感がありました。 ほかの詩も読んでみようかと思えました。

地(🌐)球 (2017-08-22):

こんばんわ。 わたしも批評苦手で、コメントに返すのが精一杯だったりします。 「ポップな詩はやりすぎると嫌味になる。」 確かにこの詩に関しても、花緒さんが(初読では)テンションについていけなかった、とコメントくれました。 万人受けするものなどわたしにはまだまだ書けそうもありませんし、それを目指すものなのかもわかりませんが、とりあえず楽しく勉強していきたいです! コメントありがとうございました!

クヮン・アイ・ユウ (2017-08-29):

消耗と引き換えのつよさと知りながら進む在り方について想像しました。それでも、この在り方で進むしかないのだと思われました。 確かにとてもつよいけれど、そこにはどうにもし難いかなしみがあるようにも感じられました。 生きる屍とは逆の、しかし活きるために確実に大切な何かをも消耗するかなしみと言いますか、そんなものを感じました。他人事とも思えない気持ちです。 刹那的な美しさも感じますが、やはりかなしみが強くて、個人的にはとても好きな詩です。 たとえば、喜怒哀楽の怒りを描くために、怒りを描くのではなく、喜びを描いて描くことで、より伝わる怒りがあるということ。そんなことを考えました。

地(🌐)球 (2017-08-29):

クヮン・アイ・ユウさん こんばんわ。大変考えさせられるコメントでした。 よく考えたらそうです、とても哀しいんです。別れの詩です。 生きられないことを前提にして遊んでいたのです。幸福なんかどっちにもない話でした。 恋愛詩縛りで書いてたはずがどうしてこうなったんだろう。なんでこんなに楽しかったんだろう。 他人から詩が見えない場合は単なるわたしの実力不足ですが、 わたしが自分で見えてないというのはどういう事情だと、ちょっとこれから考えてみます。 (言葉は簡単に感情を出し抜くんですね、ああ怖かった) この詩を読んでもらって 楽しかった、ワクワクした、オシャレ、テンション高い、どうにもし難いかなしみ 色々な感想を貰いました。 いまようやく、クヮン・アイ・ユウさんのコメントで詩のもつ作用と読み手の受け止め方について気づくことができました。 喜びを描いて怒りを・・・のところも凄くよくわかりました。 ありがとうございました。

ハァモニィベルハァモニィベル (2017-08-29):

はじめまして。よろしくお願いします。 不快なキャラクターを巧みに演じる俳優の名演技 を、鑑賞させてもらえるような作品でした。 なので安心しつつ見ていられます。これによって実際に作者が逮捕される ことはないのが読み手にはよく解るので、ファミレスで騒ぐ子供のような 破壊力が微笑ましく伝わってくるからです。 * 太宰治がこんな話を書いてますね(以下引用が長くて恐縮です)。 ●――――――――――――〔引用開始〕 男は、突然、咳にむせかえった。こんこんこん、と三つはげしく咳をしたが、これは、ほんとうの咳であった。けれども、それから更に、こん、こん、と二つ弱い咳をしたが、それは、あきらかに嘘の咳であった。身だしなみのよい男は、その咳をしすましてから、なよなよと首(こうべ)をあげた。 「ほんとうかね」能面に似た秀麗な検事の顔は、薄笑いしていた。  男は、五年の懲役を求刑されたよりも、みじめな思いをした。・・・ ・・・不起訴ということになって、やがて出牢できたけれども、男は、そのときの検事の笑いを思うと、五年のちの今日(こんにち)でさえ、いても立っても居られません、と、やはり典雅に、なげいて見せた。」 ――――――――――――●〔引用終了〕(太宰治「あさましきもの」より) 坂口安吾は、    「そういう自卑に〔実は内心でじぶんが〕人一倍苦しむ太宰」 について、 こんな風に書いていました(「不良少年とキリスト」から下記引用)。 ●――――――――――――〔引用開始〕 思想とは、個人が、ともかく、自分の一生を大切に、より良く生きようとして、工夫をこらし、必死にあみだした策であるが、それだから、又、人間、死んでしまえば、それまでさ、アクセクするな、と言ってしまえば、それまでだ。  太宰は悟りすまして、そう云いきることも出来なかった。そのくせ、よりよく生きる工夫をほどこし、青くさい思想を怖れず、バカになることは、尚、できなかった。然し、そう悟りすまして、冷然、人生を白眼視しても、ちッとも救われもせず、偉くもない。それを太宰は、イヤというほど、知っていた筈だ。  太宰のこういう「救われざる悲しさ」は、太宰ファンなどゝいうものには分らない。太宰ファンは、太宰が冷然、白眼視、青くさい思想や人間どもの悪アガキを冷笑して、フツカヨイ的な自虐作用を見せるたびに、カッサイしていたのである。 ――――――――――――●〔引用中断〕 ただ、実際に太宰と交流のあった安吾には、 先輩を訪問するときには羽織袴でやってくるような太宰を知っていた。 ●――――――――――――〔引用続き〕  太宰はフツカヨイ的では、ありたくないと思い、もっともそれを咒(のろ)っていた筈だ。どんなに青くさくても構わない、幼稚でもいゝ、よりよく生きるために、世間的な善行でもなんでも、必死に工夫して、よい人間になりたかった筈だ。  それをさせなかったものは、もろもろの彼の虚弱だ。そして彼は現世のファンに迎合し、歴史の中のM・C〔マイ・コメディアン〕にならずに、ファンだけのためのM・Cになった。 ――――――――――――●〔引用終了〕 そんなことごとをちょっと思い出させ、仮構の意味を考えさせるような、 (わたしには)そんな作者と作品でした。 〔以上です〕

地(🌐)球 (2017-08-30):

ハァモニィベルさん こんばんわ。コメントありがとうございます。 マックシェイク云々の詩なのに、深く仮構の意味まで入ってきてくださって、詩というものは一体何処にあるものなのだろうと、考えていました。 以前ハァモニィベルさんが「詩の分類の4類型」をあげてらしたと思うんですが、あれがわたし凄く心に残っていたので今回コメント頂けて嬉しかったです。 頑張って勉強していくので、また色々おしえてください!!

シリューシリュー (2017-08-30):

威勢が良い。元気がいい。特に最終連ハンサムすぎる。無頼漢みたい。ユーモアを感じる。

地(🌐)球 (2017-08-30):

シリューさん はじめまして、こんばんわ。最終連ハンサムすぎてと言って貰えて嬉しいです。 この詩は友人たちとの会話の中でノリと勢いで作ったもので、ところどころ、友人の言葉が入っています。これを不自然にならないように詩に入れる作業がとても難しかったのです。 ハンサムにまとまったのが奇跡、ハンサムといってもらってとてもうれしい。 詩を書きながらたのしかったのは間違いない、きっとそれが読んだ人にも伝わっている、それが一番うれしい。

クヮン・アイ・ユウ (2017-09-01):

りさん 素敵なお言葉をかけてくださり、こちらこそありがとうございます。 個人的には、詩作には深層心理と向き合う働きがあるなと感じております。 例えば電車に乗っていても、「はねむし」とか「とうめい」とか言葉が突然飛び込んでくることがあります。その意味を理由を探す為に心に潜ろうとするのですが、簡単にはいきません。けれど、その言葉に関連することを書こうとすると(例えば私がその言葉に持つイメージなど)、なんだかなぜだか詩が始まる感覚があり気がつくと突き抜けているというか走り抜けるということが多くありました。 すみません。話が逸れてしまいました。 深層心理と詩の関係ということが言いたいのでした。 ありがとうございます。

地(🌐)球 (2017-09-01):

クヮン・アイ・ユウさん レスありがとうございました。 わたしは驚くほど自分の深層心理に向き合っておらず、言葉や表面的な感情に騙されているなあ、と 詩を書くようになってから最近気が付いてびっくりしました。 俗にいわれる「詩情」というものがある詩を目にすることがありますが、それは心理的に深い階層の感情をがっと表の方にまで引っ張ってくるときに生じる波のようなものなのかな、といま、思いました。 最近こんなことを考えてはニコニコしています。 クヮン・アイ・ユウ さんはいつも深く潜って掴まえてきているように思うので、詩を読ませて頂くのが楽しみです。レスもとてもとてもありがたいです。またよろしくお願いします。


投稿作品数: 1

© B-REVIEW 2018