愛とウイルス - B-REVIEW
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PICK UP - REVIEW

あなたとどんぐりとハナミズ……

悪意のないホローポイント弾

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R

祖父の痕跡

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つつみ

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死んだベテルギウス

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重力に支配された地球人にはわかるまい

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残酷なロマンティズムがきみにはわかるまい

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のいえられこーず

ぢんせぃ

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潮風

潮の香りにのまれるように

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空の下

大自然という舞台への出奔

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明るい朝のうらには、暗い夜があった

外をみつめることが、内をみつめることにつながっている──

沙一

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一気に詩情が注ぎ込まれていく。 それが 震え 揺れ 回る。 詩を詠み終えても、止まらない。

羽田恭

生きるためにパイを焼く

どうしようもなく生きていくということ

ただパイを焼く。それだけなのだけれど、衒いも奇抜さもなく心にぶつかってきて揺さぶられる。

帆場 蔵人@⚰

別れ

靴の哀しみ

歩くための存在でありながら、誰かが履いてくれないと歩き出せない存在が、絶望して待機してる

蛾兆ボルカ

パパの日曜日

しがない日常に飽きてしまったすべての人へ

ごく平凡な日曜日のパパが、壮大で絢爛豪華な世界へ旅立つ——

沙一

「中央公園より」

わかりあえなくたっていい

人種、国籍、性別、年齢、人間同士のわかりあえないディスタンス、そんなことよりも、おたがいに笑っていよう、ここはみんなの公園だから——

沙一

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ささやかなお洒落をたのしむ、それは自分が自分であることをわすれないために、ひつようだったのかもしれない——

沙一

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一瞬と、永遠

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食べ物と死ぬ人

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傑作。 目が付いているうちに読みたまえ、諸君。他に言うべきことはない。

石村利勝

別れ

余りにも挑戦的、だがそれがいい

数ある一行詩の中でも、想像力/表現力がとても高い作品。最初は(え、これだけ?)と感じることだろう。しかし、これだけ?からの作中世界の広がり方は、これだけ?発言が恥ずかしくなるほど広すぎるのだ。

ふじりゅう

ママンへ

散り際にも見えるママンの後ろ姿

無駄なくそつなく、それでいて大胆にママンに語りかける。「ママンへ」あなたはこの書き出しで何を思い、連ねますか?

stereotype2085

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美しいと思える作品だった

美しい空間を、踏む。踏むことで、汚す。踏むことで汚す、明示のされない寂しさ。本作にとって、雪を踏む行為、それだけが個の存在の証明なのだ。

ふじりゅう

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色が付いたばかりの映画のように

情景の転調あるいは繋がりが「色彩」を基調にして、境界をあいまいにしながら広がる。

鈴木歯車

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愛とウイルス    

愛も夢も信仰も「みえないから無い」と決めていた。 ちょうどその頃、やっぱりみえないウイルスがやってきた。 さっき外に出たら桜が咲いていて、今日はとても青い空で、まちがいなく春だ。 それなのにイタリアの病院のベットの上では、わたしと同じくらいの年の男が呻いている。 アメリカの大統領は「わたしは戦時中の大統領だ。」と言っている。 イギリスでもフランスでもスーパーから物が消えて、街には人も猫もいない。 わたしももうじき、この家から一歩も出られなくなるのかもしれない。 とてもえらい教授が言った。 「非常識を承知で例えると、空から次々と焼夷弾が降ってきているような状態です。」 なんだかなあとおもった。 まだわたしの街には、たくさんの人が歩いている。 愛もウイルスもみえない。 もしも愛がみえていたら、きっと戦争なんかとっくに無くなっていたのだろう。 もしもウイルスがみえていたら、わたしはどうしているだろう。 ずっとむかし、Imagineを歌いながら、大好きな人と夜の道を歩いた。


作成日時 2020-03-24
コメント日時 2020-04-07

愛とウイルス ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 28
P V 数 : 2318.9
お気に入り数: 2
投票数   : 0
ポイント数 : 16
#現代詩
項目全期間(2021/01/20現在)投稿後10日間
叙情性77
前衛性00
可読性55
エンタメ11
技巧11
音韻00
構成20
総合ポイント1614
 平均値  中央値 
叙情性1.21
前衛性00
可読性0.81
 エンタメ0.20
技巧0.20
音韻00
構成0.30
総合2.72
閲覧指数:2318.9
2021/01/20 06時39分36秒現在
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    作品に書かれた推薦文

愛とウイルス コメントセクション

コメント数(28)
沙一
作品へ
(2020-03-24)

地球さんの詩としては、文章にキレがない。しかし、語られていることは、とてもよくわかります。ウイルスも、愛も、あるいは神や、魂も、目には見えないけど、私たちの生はそれらに影響されている。ちいさなエッセイとして、上質であると感じます。 金子みすゞの詩「星とたんぽぽ」の一節を想い起こしました。 見えぬけれどもあるんだよ、 見えぬものでもあるんだよ。

0
武田地球
沙一さんへ
(2020-03-25)

おはようございます。キレがない、なるほど、とても勉強になります。 投稿したとき、わたしは考えすぎていました。すこし落ち着いて詩を書きたいのですが、まだどうも頭がうるさいです。 星とたんぽぽのご紹介、ありがとうございます。うれしいです。 自分ではエッセイと思ってます、またがんばります。

0
のいえられこーず
作品へ
(2020-03-25)

imagineを私も新作に使っていて、しかも同じ日の投稿という、imagineのその偶発さにびっくりしました。私もそうですが、地球さんも普段はあまり世間で騒がれている事件などには言及されないというか、少なくとも自身の作品に使うことは無いと思うのです。ところが、今ある世界の空気は、不気味さを持って私たちに表現をせよと、迫ってきました。 忌野清志郎のプロテストソングがいいのは、とても個人的な身体的な不快感を示しているからで、今回の作品、この作品にあるべきであろうその個人的身体的な不快感の表明が、ギリギリあると思いました。ギリギリなので、もっと個人的な不快感を入れてもいいかもしれません。

0
帆場 蔵人@⚰
作品へ
(2020-03-25)

最終連と最後の二行に真情を感じましたがそれ意外は時勢にひっぱられてしまったように感じました。正直なところ作品としてはまだ武田さんのなかで熟していないものを雑然と並べておられるのではないでしょうか。例えば、 なんだかなぁ、と思った などは文章のリズムを止めてしまってないでしょうか。そのあとに来る、 まだわたしの街には、たくさんの人が歩いている。 と、いう文章で語尾を まだわたしの街には、たくさんの人が歩いているのに。 と、結ばれるだけでいいと感じます。 前回の作品コメントへ返信頂いたときにうまく書いてみようと、と言うような趣旨で書かれていたかと記憶していますが、もしかすると今はそういった模索をされている段階なのかもしれないと考えながら、imagineの二行は素晴らしいなぁ、と読み返しております。

1
武田地球
のいえられこーずさんへ
(2020-03-25)

わたしのimajineとみうらのimajineはぜんぜん違うimajineで、とにかくすごく、ものすごく明確に嫌なんだけど、そう思うわたしがまったくimajineじゃないから、その点はいろいろ考えさせられた。 たしかにわたしはメッセージ性のある詩はあまり書かないかもしれないです。けどわたしには不快感を入れる必然性はよくわかんないです。 いつも読んでくれてありがとう。

0
武田地球
帆場 蔵人@⚰さんへ
(2020-03-25)

時勢に引っ張られてるのはその通りだとおもいます。わたしは医療福祉の仕事をしているのですが、詩中にでてくる教授(北大の西浦教授)が、23日に出した焼夷弾云々のメッセージに大変な衝撃を受けました。涙がでました。 それをどのような形で、詩作にできるかを考えて書いていました。なので熟してないのもご想像通りです。 いろいろご指摘ありがたいです。うまくかけるようになりたいと思う反面、自分勝手に自分らしくすきに書きたいとおもったり、あと今回みたいにも伝えたいことを書いてみたいし、まだ色々定まらないとおもいます。また教えていただけたら嬉しいです。がんばります。

0
黒髪
作品へ
(2020-03-25)

見えないから無いと決める理由は、明確にはわかりませんでした。 ウイルスがやってきたから、見えなくてもあるものがあるとわかった。 話者のその二つの状態の間の変化は、明確にはわかりませんでした。 イメージしようとすることが、あるときは拒否されたり、あるときは歌われたりして、両方の在り方をもたらす。 それらを見逃さない、とてもよい生き方をする人が、知らなくてもたくさんいることをイメージしたい。 必要なことを身につけてきて、ときには人を救ったりする。 救われる多くの人は、救う力も持つ。 知ることができない状態から、いつでも自分は損なわれないで変わりうる。 イマジンは、つなげていく歌でもあった。 誰であっても人はそんなに大きな違いがあるわけではないけれど、自分の生き方は大きく違ってくる。 その理由は、たくさんあるはずだと思いますが、自分は大きく変わるということを、信じられること、 そういった愛を、持つことができる気がしました。 大人と子供が人の内面に存在すること、自分と人が自分と世界という形で存在すること、それらが何らかの内的駆動力をもたらし、 知りうることの限界線をもたらす、というようなことを考えました。 そして、その限界線を広げてくれるものを、僕は求めていると感じました。

1
帆場 蔵人@⚰
武田地球さんへ
(2020-03-25)

僕も社会福祉関係者でしてそう言った発言には激しい衝撃を受けている現場にいます。恐らく武田さんもそうなのだろうと他所での言葉を読んで思っておりました。 ただ衝撃を受けた事をそのまま書かれたのは読み物としてどうなのだろう、かと疑問を呈した次第です。現実の描写が詩では無いと思います。 また詩でなくエッセイだとしても安直な印象を受けました。たぶん、僕と武田さんは詩歴?も変わりませんし、教えられるほど器用でもありません。もし自分ならこう書くのだけれどとしか言えません。それを武田さんが読まれて糧になるようであれば嬉しいのですが。 見えないものは愛やウイルスだけでなくて、また僕などすぐに見えてるものまで見失ってしまうのでもっとこのテーマなら深く考えられるかなぁ、と思いました。 この緊迫した時勢が一刻も早く終わるといいですね。それでも様々な悲劇が現在進行形で起きていると思うと辛いものです。

1
武田地球
黒髪さんへ
(2020-03-26)

わたしが書き切れていない詩の隙間にあるものを丁寧に考えてくれてありがとうございます。 わたしには黒髪さんのように、想像力を巡らせて詩を受け取る力がないようにおもい、羨ましいです。 イマジンはいい曲だとおもいます。限界線をひろげていくもの、わたしも探し出したいですし、 今すでにあるものをちゃんと見て、生きていきたいです。

1
武田地球
帆場 蔵人@⚰さんへ
(2020-03-26)

たびたびうれしいです、ありがとうございます。 わたしは詩とかエッセイとかあんまりわからないし、正直考えてはいないのですが、形式が定まらないと中途半端になるのかもしれないですね。何をどう伝えたかったのか、よく考えてみます。 帆場さんに限らずですが、ここで詩についての話しを聞くこと、それを通じて振り返ることは、わたしにはまちがいなく糧になっています。 詩のはなしをするのは楽しいです。 つぎもまたがんばります。 同業者さんですね。 ほんとうに辛い日々ですが、お身体大事にお仕事がんばってください。

0
トビラ
作品へ
(2020-03-26)

そうですね。 Imagineは、ジョン・レノンのImagineだという解釈でです。 コロナウイルスがこれだけ急速に世界に流行したのは、それこそ人の行き来が容易だから。 つまり、Imagine的な国境の無い世界じゃないから広まったんじゃなくて、Imagine的な国境を越えやすい世界だからこそ広がりやすかった。 そういう意味で、Imagineとコロナウイルスは、扱う上では相性がいまいちよくない気もしたりしますね。 たぶん、焼夷弾=戦争→Imagineという思考の流れがあったように感じるのですが、選択として、ちょっと短絡的だったかもしれませんね。 詩を読んでいくと、全体的に意識が自分の外に向かってるような印象も受けます。 つまり、外向的な方なのかな?と思います。 ただ、だからと言って、物事の捉え方が散文的ではなく、むしろ抒情的。 これは物事に抒情を感じているからだと思います。 どういうことかというと、物事を知性で把握するというより、感性でとらえている。 そういう優しい眼差しを持っていられる方なんだと思います。 ただあえて言うなら、もしかしたらですが、ちょっと情に流されやすい所もあるのかな?とも思います。 内容を見ていきますと、幸せな私たちの生活と、不幸な海外の人たちの生活。 そして、静かに危機に瀕しているかもしれない私たちの生活。 図式としても、ちょっと安易さは感じますね。 僕が思うに、武田さんはもっと、自分の気持ちを大切にしてもいいのかもしれない。 それこそ、人の気持ちとか心とかを大切にするのと同じくらいの想いで。。 ちょっときつい言い方をすると、中途半端な優しさは、かえって相手を傷つける。 そして、自分も傷つけてしまう。 だから、もっと自分の内面と向き合ってみた方がいいんだと思います。 大丈夫ですよ。 これだけ優しい方なんだから。 中をのぞいても悪いものは出てきたりしないです。 出てきたとしても、ちゃんと対処できます。 だから、自分を大切にしてください。 自分の人生を大切にしてください。 大丈夫。 何も失っていないから。 武田さんはちゃんと武田さんのままだから。 大丈夫ですよ。 これから、ここでお便りを読ませてくださいね。 * 「エンタメ業界が死滅しそうなんですが?」 前にコメントでも取り上げた美波さんのツイッターを見ると、名前にちなんで373円のライブを開かれていて、この現状に何か行動を起こしたいんだなと感じます。 ただ、やっぱりこの状況での箱物は、悪手ではないかとも思う。 だから、僕が思うのは、もっとテレビを再活用するのが鍵になるじゃないかと。

0
武田地球
トビラさんへ
(2020-03-26)

こんばんは。お人柄が浮かぶコメントありがとうございます。 わたしとしてはimajineは曲の通りに、想像力とか思い描くいう意味で、 愛は想像力がないとみえないし、ウイルスも想像力がないとみえないから、おなじだなあと思いました。 改めておもいますが、言いたいことをうまく伝えられるように書くのは難しいです。 わたし個人に関する分析の部分、うれしくたのしく拝見しました。詩はいろいろな読み方がありますね。当たってるところ、当たっていないけれどそうありたいと思うところがあります。まえむきに今後の糧にしたいです。 最後にお手紙読んでくれるお気遣い、ありがとうございました。

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stereotype2085
作品へ
(2020-03-28)

これは…、ちょっとコメントするのご難しい詩かもしれないですね。筆者様の作品はよく存じておりますが、筆者様は、市井のどこの誰にも光を当てられないであろう人に、スポットを当てるのがとても上手い作品を多々作っておられて、大阪のミャンマーなどはその典型かもしれませんが、その「世界の片隅」の情感がえも言われぬ余韻に繋がっていたのです。対してこの詩ではイギリス、フランス、アメリカと世界各地へ視点、視線が行っている。実際私もそのような詩がすきなのですが、この詩では惜しくも、どこがどうというわけではありませんがまとまっていないように感じました。ひょっとしたら世界目線を大きく持つのが筆者様は不得手なのかな?と一瞬失礼ながら思いもしました。しかし最後の段、ずっと昔の話は作者の真骨頂でもあるような表現、すっと胸に染み渡りました。

0
武田地球
stereotype2085さんへ
(2020-03-28)

ご無沙汰しています。コメント、すごくうれしかったです。 今の世の中に言いたいことがたくさんあり、かと言ってそのままいっても届かないからうまく詩にしたいのです。ポエムにしたいのです。そんな気持ちがあります。 わたしのことも市井の人のことも書きたいです。 それから、宇宙も神さまもいのちも、今の社会や世界のことも、ぜんぶ書けるようになりたいです。 上手にかけなかったけれど、すごく遠いとはおもっていないから、またがんばります。 ヒントや気づきがたくさんありました。ほんとうにありがとうございます。

0
花緒
作品へ
(2020-03-30)

詩を書く人が書いた詩ではないものとして読みました。詩を書く人ならではの詩情が漂っています。 詩を書く人が書いた詩ではないものは、詩を書かない人の書く詩でないものとはやはり何かがはっきりと異なっていて、だから私は、詩を書く人はもっと詩ではないものを沢山書いてみるべきだと思うのです。 詩を書く人の書いた詩は、残念ながら、詩を書く人からも、詩を書かない人からも、あまり読まれることはありませんから。 さて、日本でもはっきりと巷で言うところのオーバーシュートというヤツが始まっているみたいですが、1ヶ月後、半年後、1年後、あるいは数年後、この書き物を読み返してみて、私たちは何を思うのでしょうね。あの時は、能天気なことを言っていたなと思うのか、変に怖がるばかりだったと思うのか、あるいはもっと違うことを思うのか。その未来の感覚と、共鳴し合うところがこの詩ではないものにあるのか、ないのか、未来がどうなっているのか知るよしもない今の私たちが思う未来の感覚とこの作品が共鳴しているのか、難しいことを考えはじめると、私はとたんに疑問符を覚えます。良くも悪くも、この作品は批評することには適していないのです。

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藤 一紀
作品へ
(2020-03-31)

おはようございます。私はimagineというとベトナム戦争をもとにした映画『キリング・フィールド』を思い出すのです。エンディングで流れていたから。ショックだったので未だに覚えています。 コロナウィルスに対する発言では戦争と絡めたものがありますね。昨日も「長期戦」という言葉を聞きました。戦争と絡めることで非常時であることや自粛統制といった戦時下のイメージを作り出しているかのようで違和感を覚えます。その点では《imagineを歌いながら、大好きな人と夜の道を歩いた。》という二行とは方向が真逆で、この二行の哀しみや重みが伝わってきます。ひとつわがままを言うと、この二行が機会的には作品を感傷で終わらせてしまいかねないところでしょうか。その記憶を支えに前に出るという「わたし」の選択も見えたらな、と思いました。

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武田地球
花緒さんへ
(2020-03-31)

コメントありがとうございます。 「詩を書く人の書く、詩ではないもの」と言って頂き、うれしかったです。 前半部分、まさにその通りだと感じます。わたしも常々、普通に生活をしている人に届くことばを書けたらいいなあと思いますし、それはどうもカチッとした現代詩ではないように感じています。 世の中は残念なことに変わっていくように思います。これからは作られる映画や音楽や詩も、必然的に変わっていくのではないかなとおもいます。 ドイツのメルケルさんの演説なども、わたしは胸に迫るものをかんじました。そのようなことばを書いていくのも今の時代の詩人の務めかなあと考えたりしました。わたしはそのような力量があまりありませんが、書いてみたことは+になりました。 批評する事に適してないということがどういうことかわからなかったのですが、頭の片隅に置いておいて、頑張って自分で考えます。花緒さんもご自愛ください。

0
武田地球
藤 一紀さんへ
(2020-03-31)

コメントありがとうございます。 ご指摘の通り、感傷で終わらせることで意思表明がない作品だと思います。 わたしの選択や意思を書いてしまったときに、わたしの力量ではどうも詩情からはかけ離れていく、読むに耐えない作品になってしまいそうな感じがして、これ以上書けませんでした。 現実感を持ちながらどれだけ詩に落としこんでいけるか、考えていきたいです。 最近は各国首脳や首長のスピーチや医療関係者や市民のメッセージをよみ、人生についてと人に伝えることについて、学ぶ機会がとても多いです。自分なりに誰かに届く詩文をうまく書けたらいいなと思います。藤さんもご自愛くださいね。

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tOiLeT
作品へ
(2020-03-31)

『見えない』と言えば詩や詩情?というものも言葉に出来ないなにやらを見えるようにするものなのかな、などと思いました。 今日この時点の自分にとってはすっと入ってくる作品でしたが、やや物足りないなどの意見もあるようですね。 私にアドバイスなどを送る力量は全くありませんが、 『見えない』というのを更に『詩情』などと絡めても面白いのかな? などと勝手にヒントを得たような気分になり、得した気分になったまま去ります。

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武田地球
tOiLeTさんへ
(2020-03-31)

すっと作品が入ってくれたとのこと、嬉しいです。 詩を書くときには、ことばに濁りや嘘がないことを心がけています。 そのためメタな視点ではあまり詩をかけないのですが、コメントに頂いたように複層的に詩を書く練習もしてみたいとおもいました。 ヒントを得て去ってくれたら、よかったです。来てくれて、とてもありがとうございました。

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なかたつ
作品へ
(2020-04-05)

 最初にこんなことを書くのはどうかと思いながらも書いてしまいますが、コメント欄を見て辟易としてしまいました。というのも、作品に何が書かれているかに触れながらも、作品外で各々の「武田地球論」が述べられていて、それって、「私が想う武田地球さんはこうあってほしい」というものでしかなくて、そんなものは全く背負う必要はなく、作者は作品を想うがままに書いて、後は読者が先ずは作品を作品として読めばよいのだと。「想うがまままに書くべき」というのもまた、僕なりの「武田地球論」になってしまっているのかもしれないので、ブーメランですし、コメントもまた「想うがままに書いている」と言われればそれまでですが、先ずこう想ってしまったと。  それと、僕自身が最近よく考えていることが、詩や音楽がこういったご時世の中でどういう役割を果たせるのか、ということであり、こうしたアクチュアリティのある作品を待望していました。無論「書くべきこと」など各々が決めればいいのですが、それにしても、なんとなく詩が一般的に読まれないことが何となく垣間見られたように思えます。  さて、作品を読んでいきます。  「みえないから無い」と決めていたという語り手の生き方の表明は、最終連にも繋がっていきます。ここで愛・夢・信仰という「目に見えない」という共通項を持った「ウイルス」が並列されることに、語り手の着眼点を思い知らされます。  その「目に見えない」こととは対置されるようにして、「桜が咲いて」いること、「青い空」があることは、語り手の目に見えていることであり、「まちがいなく春だ」という言わなくてもわかるような当たり前すぎる一行は、前段の語り手の生き方を補強するものです。それと同じようにして、「男が呻いている」姿もまた、語り手の目に何かしらの形で見えてしまったのでしょう。  言わば、ウイルス自体は目に見えないはずなのですが、ウイルスによってもたらされた事象が「男」だったり、「大統領」の発言や「イギリス」「フランス」の街並としてあらわれてしまっていることを知ります。そうしたウイルスによってもたらされた二次的産物を目にすることで、目に見えないウイルスの脅威を感じて、「この家から一歩も出られなくなるのかもしれない」という脅威を語り手は感じてしまいます。  目に見えないことを目に見えることから感じ取ることのできる語り手は、やはり、目に見えることに目を向けているのですが、「まだわたしの街には、たくさんの人が歩いている」というのは、語り手と同様にきっと目に見えないことを信じない人々がいるということを示しているように思います。脅威を感じていない人たちもまた、きっと目に見えないことを信じないのだろうという表れと。  最終連はウイルスから少し離れて、「愛」に主眼が置かれています。「もしも愛がみえていたら、きっと戦争なんかとっくに無くなっていたのだろう」という感慨は、語り手が語り手だけでなく、周りにも発しているメッセージなのだと思えます。というのも、戦争というのは、語り手だけに愛が見えていたとしても止められるようなものではありません。「(語り手と周りの人々に)もしも愛がみえていたら」という括弧が隠されているのでしょう。それと対置して、「もしもウイルスがみえていたら、わたしはどうしているだろう」という疑問は、ウイルスもまた一人で立ち向かって対処できるものではないからこその疑問なのでしょう。ここで活きてくるのが、イタリア・アメリカ・イギリス・フランスでの事象を描いたことです。これらのことが描かれているからこそ、「わたしはどうしているだろう」という表現に何だか無力感を覚えるのです。やはり、ウイルスが見えていたとしても、語り手である「わたし」一人で立ち向かって対処できるものだとは言い切れないでしょう。この疑問は解消されないままになっているからこそ、何だか後味が残って読者にも訴えかけているような効果があるように思えます。「もしもウイルスがみえていたら、きみはどうしているだろう」と。そして、何より、最終行は、語り手自身の生き方が最初から最後まで一貫していることを示しているのであり、「みえないから無い」と決めていた語り手は、目に見えることから目に見えないことを考えられる人です。ウイルスは目に見えないけれど、目に見える事象をもってその脅威を覚えています。そのウイルスの事象を愛に類推して、愛もまた目に見えないことですが、目に見える形としての愛の体験を通して目に見えない愛を感じようとしているのだと、そうして語り手は生きているのだと、僕には納得の作品でした。そして、それが、「愛」と「ウイルス」というなかなか並置することが難しい二つを並べることによって導き出したという着想に惹かれました。

1
武田地球
なかたつさんへ
(2020-04-05)

こんばんは。 ごめんなさい、嬉しくて泣いてしまいました。落ち着いて返信をしています。 なかたつ氏がいう、詩が一般的にはよまれない理由、わたしは本当によくわかります。 わたし自身が勉強不足なもので、詩がすきな人間でありながら、有名な詩誌を読んだことがありません。 素晴らしいとおもう詩作品はもちろんたくさんあります。 ただ全体としてみたら、詩人の詩よりも他のものに惹かれてしまうのです。 2020年3月、わたしはどうしても、目の前のことを書きたかった、書かないといけないとおもいました。 それだけの気持ちが、詩を書くわたしには必要不可欠で、それなのに書いて投稿するには、自由なビーレビに於いてもなぜか勇気がいりました。 けれどなかたつ氏のコメントを読んで、わたしは力不足だったかもしれないけど、自分がただしい道を行ったとおもえました。 いただいた批評やコメントはすべて、わたしの糧ですが、あなたの批評はわたしが詩を書く限り忘れたくないことが書いてあって、わたしの胸を打ちました。がんばって生きたいと奮い立つ思いがしました。読まれたことに感謝しています。 コメント、本当にありがとうございました。

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一足遅れた戦友
一足遅れた戦友
作品へ
(2020-04-06)

 拝読させていただきました。タイムリーな思いが溢れていて、いたく感銘致しました。目に見えるか見えないかって情緒的にはたいした差はないのに、なぜ私は(もしくは私達は)こんなにも左右されてしまうのでしょうね。私も今月は「目に見えているものばかりを捨てているわけじゃない」というテーマで書きました。ただ実際は見える見えない以外に「見えているのに認識から外れている」もの、「見たくなくても見えてくる」もの、「見なかったふりをしている」もの、それぞれ細かくあると思います。この詩は見えることとあわせて「聞きたくないのにきこえてくる」もの、「あの時は聞こえていた」ものなどが繊細に散りばめられてる詩だと思いました。  あそこらへんの国の人たちって、対外的には別ですが、「戦争」は経済活動なんですよ。同じ意味でこの小さい島国の長も経済が停滞するから必死なんです。国民は命のために補助をと叫んでいますが、彼らは経済活動のために私達の命(眼中にあるかわかりませんが)を救わねばと思っているフシが滲み出てますよね。なんかいっそのこと、公式にそう言ってしまえばと個人的には思うのですが。彼らは本意と違う、そこかしこで繰り広げられる命との天秤が、無邪気に私達を傷つけていることに早く気付くべきだったと思います。

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武田地球
一足遅れた戦友さんへ
(2020-04-06)

コメントありがとうございました。 詩をつうじて、戦争や命の話ができることがとても嬉しいです。 命との天秤まさにそうですが、わたしもまた他の生き物の命をたしかに無邪気に奪っているのだよなあと思ったりもします。 そうすると、正しさなど一体どこにあるのかと、思ったりもします。 それでもやっぱり、本当に大切なことはどこかに、あるいは見えないけれどどこにでもあると、信じています。 「見えているものばかりを捨てているわけじゃない」がテーマの詩、このあと読ませて頂きますね。 教えてくれてありがとうございます。 大変な世の中ですが、どうかご自愛くださいね。わたしもがんばります。

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トビラ
作品へ
(2020-04-07)

再び、おはようございます。 武田さんのこの作品のコメントのやり取りを伺っていて、「見えないもの」に対して、見えないから無いと思ってこられた方がけっこういるのかな、と思いました。 僕としては、「目に見えない」が存在するのは、自明のことでしたので、この作品に対する反響の大きさは、そういうこともあるのかなと、興味深く思います。 でも、本当は、みんな知っているはずなんですよ。 見に見えなくても、ある。 そして、無いと生きられない。 そういうものを。 わかります? 例えば、空気。 空気が存在しないという人は、ほとんどいないと思います。 そして、空気が無いとどうなるか? わかりますよね。 だから、本当は、みんな知っている。 目に見えなくても、ある、と。 ただ、気づいていないだけなんですよ。 そして、一度気づいたら、もう戻れない。 目に見える物だけの日常へ。 僕は、今のところ、霊視━━いわゆる、霊を視たりとかはないんでけど、霊の世界、スピリチュアルな世界はあると思っています。 たった今、この文章を読んだ人の中で、そういうスピリチュアルな世界に興味がある人がいましたら、江原啓之さんの著書をおすすめします。 上からの許しと要請もあるので。 江原さんは、スピリチュアル界のなかでも、格として最高峰のスピリチュアリズムの、最前線を切り拓いていられる方なので、おすすめです☆ 本も、手に取りやすいものから、読みごたえのある深い内容のものまで、たくさんあります。 あと、サイトもコンテンツが非常に充実しているので、スピリチュアル方面や、奥深い真理を勉強したい方には最適だと思います。 これはおすすめしているけれど、文脈に沿ったものなので、セーフでしょう。 作品の内容の方を見ますと、外国も日本も、同じ地球に属したものですよ。 >もしも愛がみえていたら、きっと戦争なんかとっくに無くなっていたのだろう どうでしょうね? 愛が可視化されたら、むしろ戦争ばかりじゃないかな?と思います。 例えば、、Aさんはとても愛し愛せれていて、Bさんはそうでもないという現実が、目に見えるということですよね。 どうでしょう? >もしもウイルスがみえていたら、わたしはどうしているだろう 武田さんがどうされるかは 、わからないですけど、ウイルスに感染していることが目に見えたら、その人は凄まじい差別を受けると思いますよ。 とくにあまり愛されていなくて、ウイルスに感染していることが目に見えたら。 どうでしょう? 過去を思い出し、心を温めるのは、それはそれでとても大切なことだと思います。 ですが、今、もっと必要されていることは、みんなが幸せな明日を想像することじゃないかと思います。 そして、その想像を生きることだと思います。 明けない夜に、消えない灯火を灯す、閃光のように光を走らせる、キャンドルリレーで明かりを分かちあう、なんだっていいから、家に閉じ籠ることから、一歩進んで、家の中からできることを考えて行動を起こす。 imagineは大切。 それは希望になるから。 でも、想像だけじゃ、足りないんだ。 想像を具現化する行動も必要なんだ。 失敗なんかないから、それはうまくいかないやり方をしただけだから。 上手くいく方法を、模索していくんだ。 想像して、行動するんだ。 僕たちの生きたい未来を作っていくんだ。 僕たちの生きたい未来を生きるんだ。 見えない未来をイメージするんだ。 先の見えない明日に、幸せなイメージを刻むんだ。 今日を幸せな明日への、架け橋にするんだ。 できる。 僕たちはできる。 想像できるんだ。 創造できるんだ。 僕たちが望む幸せな未来を、みんな笑って過ごせる明日を創れるんだ。 * 返詩です。 「恋とウイルス」 恋とウイルスって、なんだか似てるよね? 恋患いって言うし 一目で感染するときもあれば ゆっくりと、いつの間にか病んでるときもある 感染しちゃったら、もう戻れない 感染したことを後悔することもあるかもしれない 違う点があるとしたら、失って 悲しんで 喜んで そうだね やっぱり似てるだけで違うのかもしれない 熱っぽくなるだけで * 返歌です。 君の前、誤作動起こす僕を見て微笑む君はマリア様かな * これから先も、きっと難局は続くと思う。 でも、きっと、僕らはできる。 だって、ちょっと前から比べたら、みんな格段に詩人になってるんだもの。 ちょっと前の自分と、今の自分を比べてみなよ? 別人のように成長してるよ。 口から詩がこぼれ落ちてる。 おさえきれない、生命がはじけようとしてる だから、きっと、僕らはできる。 やり遂げられる。 緊急事態宣言? なにそれ? おいしいの? どんな地獄だって、目の前の地獄を丁寧に立派に生ききるだけさ。 緊急事態なんて、今さら言われても、もうとっくにそう認識しています。 そんな状況を見越して、伏線をたくさん植えてきました。 その努力を、これからの生活で、垣間見ろください。 それでは、愛のある一日を。

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武田地球
トビラさんへ
(2020-04-07)

再びコメントありがとうございます。 わたしは「見えないものがある」と思いますが、「見えないものがない」と自然に決めている人はとても多いとおもいます。またわたし自身も「見えないものがあるとおもいながらやっぱりわからなくなる」ことがよくあります。 愛が可視化されたら、のお考え、とても興味深かったです。たくさんお話聞かせていただきありがとうございます。 はい、目の前の生活、とてもがんばります。トビラさんもどうかご自愛くださいね。

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湯煙
作品へ
(2020-04-07)

詩作品というよりも散文なんだと思います。 例えばですか、imagineが俳句の影響から作られたというバックボーンを知っていたならばimagineと共鳴するようなものとして書くことも可能だったかなとは思いました。 "imagine" は語り手にとり思い出とともにある他に変えられないものとして置かれているはずですから、愛とウィルスというタイトルならばタイトルの説明文のようなものよりも、昔に大事な人と口ずさみながら歩いたなといったことだけでも作品を成立させることは可能ではないか? そんなことを思いました。

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武田地球
湯煙さんへ
(2020-04-07)

こんばんわ。いろいろなご意見を頂きありがとうございます。 本当にあんまり何も考えずに書いてしまうので、日々ここで立ち止まって考えさせられたりしています。 みなさんに貰ったご意見を一つ残らず取り入れて、書き直せたらたのしいなあとおもったりしました。 またがんばります。

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