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海を見たくなるのは   

作成日時 2019-07-01
コメント日時 2019-07-20

「やあ、今日も風が強いね」 白いシャツを着た見ず知らずの少年が話しかけてきた。おれは訝しげな目で彼を見返した。 (きみは誰だい?) 心の声を、言葉にしようかどうかためらった。黒いパーカーのフードを被って、一人でこの浜辺をうろうろしているおれの姿は、周りからはけっして話しかけやすいようには見えないはずだ。にもかかわらず、フレンドリーに話しかけてきたこの子は、何者だろう。 「まえから見ていたんだ、きみのことを。よく、この海に来るなあ、って。それで、話しかけてみたくなって」 少年は一人で話を続ける。ますますわけがわからない。まえからおれを見ていた?この海によく来ることは確かだけど、いつも他に人なんてほとんどいやしない。初めて会うこの少年は、今までいったいどこからおれを見ていたのだろう。 彼はくるりと背を向けて、両腕を水平に広げた。白いシャツが風を孕んで、旗のように揺れている。少年の細い身体は、今にも風に乗りそうだ。 「人は、どうして海を見たくなるのかな」 彼は漠然と、独り言ちた。そのあどけない声は、どこにも着地せず、空に吸い込まれていった。 皆が皆、海を見たくなるわけではないだろう。でもなぜ、おれは海を見に来るのか。考えたこともなかった。いつもただ、なんとなく、海を見たくなるのだ。それはどこか、とおい旅先から家に帰りたくなるときのように。 無条件にすべてを受け容れてくれる、母のような、海。 寛大にいつも見守ってくれている、父のような、空。 都会の喧騒から離れて、静かに波の音を聞いていたい。わだかまる想いを浄化してくれる、漣の音を—— おれの心はそのとき、空と海と溶けあっていた。ふと我に返ると、少年はもうそこにはいない。鴎の鳴き声が、空高く響いていた。


項目全期間(2019/11/22現在)投稿後10日間
叙情性43
前衛性00
可読性10
エンタメ00
技巧00
音韻00
構成00
総合ポイント53
 平均値  中央値 
叙情性1.31
前衛性00
可読性0.30
 エンタメ00
技巧00
音韻00
構成00
総合1.72
閲覧指数:1084.4
2019/11/22 20時19分23秒現在
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コメント数(8)
エイクピア (2019-07-01):

母のような海とか、決まりきったフレーズがそつなく、平均的に含まれていて、リーダブルで、雰囲気のある、良くできた詩だと思えるのですが、この詩はそれだけではない、もっと破格な良さがあるのだろうと思いました。それは何だろう。おれと少年。人はなぜ海を見たくなるのか。普遍的な感情ですが、決してつまらないものではない。しっくりいく回答をまだ聞いたことが無い、見たことが無い、感じたこともない、そん中で、この詩は真摯に疑問と向き合って居る、そんな感じがしました。

沙一 (2019-07-02):

エイクピアさま 拙作から何かを汲み取ろうとしていただき、感激の至りです。 私からあれこれ語ることは控えて、感じていただけるままにお任せしたくなりました。 ただ、今作を書いたときは、一抹の幻想性を楽しんでいたように思います。 海や空の、もっと向こうにふれてみたいような気もします。

ふじりゅう (2019-07-16):

幻想的な詩というものを最近目指しておりまして、本作はそんな方向性かなと感じました。結局少年の存在も、主人公がどういう存在なのかもほぼ分からずじまいですが、それも海という偉大すぎる存在の前ではどうでもいいだろう、と、そのようなメッセージも感じ取れました。

沙一 (2019-07-16):

ふじりゅうさん 最近、自分でこの作品を思い返していて、一つには、オイディプス的な三角形の構図と、その超越を書こうとしていたんじゃないかと考えています。 まぁ、小難しい話は置いておくとして、現実と幻想のあわいを愉しんでもらえたらうれしいです。少年は空に帰ったのかもしれません。

仲程 (2019-07-19):

たんたんと抑え感じですが、 「人は、どうして海を見たくなるのかな」 のとこから、ぐっと来るものがあります。共鳴とも違う、胸騒ぎが少し、なんだろう。

沙一 (2019-07-19):

仲程さん なにか根源的なものが、海にはあるのかなぁ、と感じたりします。それとも人間自身が、なにかに根源を求めたがるのかも、とか。 コメントありがとうございます。

沙一 (2019-07-19):

タカンタさま 私の発想が通俗的なことは自覚しており、それは拙作を読めばおおよそ自明のことであるかと思われます。その上で、方向性を気に入っていただけたことには感謝いたします。 横文字の使用は好ましくないとのことですが、タカンタさまの作品「カフェ」に見受けられる、「カフェ」「ベール」といった言葉は、横文字ではないという認識でよろしいでしょうか。それとも、好ましくはないと自覚しながらも使用されたということでしょうか。 私としては、外来語と外国語は別物だと考えております。つまり、表記からして海外の言語で書かないことには、正しく外国語とはいえず、反対に、カタカナで書かれた横文字は、外国語由来といえども我が国独自に通用する言葉だと捉えております。横文字は、伝統的な見地からすれば生粋の日本語とはいえないかもしれませんが、我が国でのみ通用する言葉として、やはり日本語の内に有って然るべきだと私は考えます。

沙一 (2019-07-20):

タカンタさま なるほど、日本語に溶け込んでいれば横文字ではないとは、まったく主観に依る認識でありますね。 拙作「古書店」において、「ミクロコスモス」「シミュラークル」は日常的な言葉ではないと自覚しつつも、特異な雰囲気をもたせるため半ば実験的に用いました。とくに「シミュラークル」については、拙作をきっかけに初めてこの概念を知ったという方もおられて、語の使用には満足しております。 ところで、「古書店」について意見を述べたいのであれば、当該作品にコメントしていただけると助かります。 詩という概念は世界的なものでしょうが、それぞれの言語にはそれぞれの詩があり、他言語に翻訳された詩が原文と正しく同じ作品であるとは思えません。ましてや、翻訳には多大な労が要ることでしょう。にもかかわらず、私の詩が翻訳される心配をされるなど、思ってもみませんでした。そこまで気にかけていただき、まことにありがとうございます。

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