作品投稿掲示板 - B-REVIEW

左部右人

投稿作品数: 25
総コメント数: 145
今月は1作品にコメントを付与しました。
プロフィール:
焼酎。詩人。文芸ユニット「釘と屏風」(@kugi_byoubu)で小説を書いています。


絶景#4

2019-11-03

絶景#3

2019-11-03

絶景

2019-10-09

絶景

2019-10-08

回転

2019-09-16

人間の肥やし

2019-08-03

選別

2019-07-20

四つの小文

2019-07-11

産声

2019-04-23

軽蔑

2019-04-20

胎動

2019-03-31

環境

2019-02-01

腹痛

2019-01-10

無題 *

2018-11-15

水の泡

2018-10-09

ハロー!

2018-08-28

エイクピア 様 比喩をお褒めいただきまして、ありがとうございます。また、心に迫ってくる、というご感想は非常に嬉しいものです。 拙作をおよみいただき、感想までいただいてしまいまして、ありがとうございました。 (絶景)

2019-11-03

千才森 万葉 様 大変に面白いコメントをありがとうございます。 >風景描写に関しては目一杯美しく、郷愁を誘う絵画と書かれてますから純朴かな、そんな感じに仕上げても良かったかもと思いました。 というご感想、真摯に受け止めたいなと思います。絶景というのは、その光景を目の当たりにするまでの過程も大事だと思っておりまして、「不穏」さを漂わせているからこそ、最終連が「絶景」として活きるのでは、と思い書き連ねた次第です。「風景って見る人の心理によって大きく印象が」変わる、ということと繋がっていますね。 「絶景」という漢字、面白いですよね。ちょっと最近、詩のレベルが頭打ちしている気もするので、しばらくは納得いくまで「絶景」を書いていきたいと思います。 「言葉や分を深読み」するのは、面白いですよね。拙作を読んでいただき、ご感想までくださいまして有難うございました。 (絶景)

2019-10-31

せいろん 様 〉情景が浮かぶ美しい作品 という感想、とても嬉しく思います。 お読みいただいてありがとうございました。 (絶景)

2019-10-22

すとんと心に落ちる作品でした。一行目の掴みが強いですね。 好きな作品ではありますが、とっかかりの無い作品だなと思ったのも事実です。 簡単な感想ですが、作者の顔がもう少し覗けてもよかったのかなと思います。 (とじる)

2019-10-19

改行しない作品で人に読んでもらうというのは難しいですよね。その意味で、挑戦的な作品だと思いました。イメージの羅列、という観点からポストモダン風に意味を解体して再構築する、という方法で読んでみました。が、私には何かしらの意味を見出すことは出来ませんでした。著者がコメ欄で「切実さ」という言葉を出していますが、かろうじてその芳香が匂ってくる程度です。 あふれ出るイメージ、「切実さ」を作品に落とし込めた時に、詩が情動を煽ってくるんだろうなと思いました。抽象的で申し訳ありませんが、簡単な感想でした。 (縦糸、の発音)

2019-10-19

>もっとかさぶたを剥はいで?空のもっともっと上の方から。透明な砂に撃ち抜かれても走り抜ける姿は、新しい神様との戦争みたいで。虹以外のすべてが洗い流されたら、ぼくはなんて言おうか。とびきりの一言が出るまでやり直している。 最終連が素晴らしかったです。「透明な砂~虹以外のすべてが洗い流されたら」の暗喩的な表現は、本作のような短詩の中でこそ活きるなと思いました。最終連に行きつくまでの過程で、最終連をより活かすような/関連付けるような描写があれば詩としての強度が一層高まるのではないかなと思います。 (作品ナンバーの増えない戦争)

2019-10-19

黒髪 様 >爆発や銃声というのは、それを絶景ということで、その酷い光景を、感じるためには、絶景という言い方をすることで、現実を知ってほしい、というような意図があるのかもしれないと感じました。 とのコメント大変興味深く読ませていただきました。 私は技巧と抒情を上手くからませた詩を書きたいなと常々考えております。ですので、黒髪さんが拙作における感情面と技巧の両面について言及してくださっているのは、とても嬉しいです。 本作をお読みいただき、感想をくださいまして、ありがとうございました。 (絶景)

2019-10-09

survof 様 >素早いテンポ。かつ生々しくなりすぎないような情景との一歩引いた距離感が読み手側に自由な解釈を許しており非常にバランスが良い というコメント、有難く頂戴致します。 本作においては、歯切れの悪さ、居心地の悪さを意識して書きました。 が、「余韻の中から「絶景」が立ち上がる感じ」に仕上げてるのも作品としてありだなと思いました。いただいたコメントをもとに、試行錯誤していきたいと思います。 お読みいただき、またコメントまでいただいてありがとうございました。 (絶景)

2019-10-09

つつみ様 >真っ青な世界に飛び出して飛び散って >うつくしいことばかりだと、いいね この箇所が一番好きだと仰ってくださったことをとても嬉しく思います。 私は詩を読むときに作者の意図、というものをあまり考えません。自由に解釈し、自分の糧となるものを見出し、呑み込むようにしています。 私がそのような態度ですので、つつみさんが「個人的な感想」として私の想像もつかなかった情景や感情を抱いてくださったことに感謝しています。 お読みいただいて、またコメントまでくださってありがとうございました。 (絶景)

2019-10-09

語句の一つ一つが上手く絡み合っていないように思いました。まさに「あーだこーだ言うのは理想と妄想の混濁」といった具合で、その「混濁」さが「わだかまり」を表現しているのだと読めなくもありませんが、、それから、カットアップ的に文を結んでいる箇所が多々ありまして、文章の流れ、発想としては面白いですがこれもどこか既視感があります。 なんといいましょうか、もうひとひねりで、とても面白くなるんじゃないかなと思いました。 (わだかまり)

2019-10-08

タイトルに惹かれました。河童と河童を捉えようとする飼育員と「契約が取れない」外回りの「僕」が面白おかしく対比されており、笑いながら楽しむことが出来ました。絶賛外回り中の私だからでしょうか。面白く読ませていただきました。 (カンジョウ絶対防衛線 外回り)

2019-10-08

タイトルの「致命的なエラー」と上の渡辺氏のコメントを合わせて考えてみると、 >や■しいあの人に出会えることができて の■に入る言葉が限定されてしまっていることがまさしく「あの子がうらやましい」と語っている主体にとっての「致命的なエラー」なのだと感じた。主体にとって■に入る文字ははじめから決まっているのであり、その一文字を隠す意味での他の語句なのだが、いかんせん渡辺氏の指摘通り、語句は限定されてしまっている。それこそが「致命的なエラー」。「うらやましい」という欲情をプログラムは制御することが出来ず、適切な形で「■」を置くことが出来なかったのだと。であれば、語句が一文字に限定されるように最終連を持っていくことが理想かもしれないが、主体にとっては、たったの3文字に限定されてしまったことさえも恥ずべきことであり「致命的なエラー」なのかもしれない。 という風に私は解釈しました。1連目と2連目の間に、もう少しクッションがあるとより抒情ある作品になったのかもしれないなと思います。構造としても、膨らんだ可能性もあったかと。一連目の方法とそこに書かれていることが、とても好きでした。 (致命的なエラー)

2019-10-08

書きたいと思うことは素敵なことであり、本作ではその欲動を感じました。最初、連を分けないのは読みづらいのではないかと思いましたが、読み終わった後振り返ると一気に読ませた方が印象として強く残っているような気もします。直接的な表現が多いのも持ち味かもしれませんが、他の人の「君と僕」を書いた詩と読み比べてみても面白いんじゃないかなと思いました。 (虚像)

2019-10-08

『カラマゾフの兄弟』でイワンがスメルジャコフに対して抱いていたものと何だか似ていますね。作品のモチーフも書かれている思考も好きですが、もう少し長く書いても面白いのかなと思いました。もう少し長い詩の中で、不真面目な付箋様がここで書こうとしていたことを読んでみたいです。 (モラトリアム人類)

2019-10-08

いくつもの読みが出来る作品ですね。そう言った意味で可読性のある作品だなと思いました。 「終末医療」というタイトル、一連目の「切れかかった電線」~最終連の「終わりを告げる」まで親和性の高い語句を用いて詩を紡いでいることが強度の高さに繋がっているように感じます。 受け身な「僕」が「寂れた田舎」に敗北する作品と読め、詩の主体である「僕」がただただ感傷的に自分が敗北(=死=自死?)するのを待っているだけでなんだか情けない「僕」だなという感想です。受動的な人間(=本作においては、不平不満を抱きながらも行動を起こせず緩やかに満足に死んでいく人間)を批判する作品としても読めると思いました。 (終末医療)

2019-10-08

4畳半フォークと呼ばれたジャンルの音楽がかつてありましたが、本作からはそれらの音楽が帯びていた生活の哀愁を感じました。「帰って飲んで風呂って寝よう」や最終連の「まだ尺が足りないや」など気持ちよく韻を踏んでいる表現が印象的です。こちらも、音楽的ですね。さくっと頭に入り、かつくすっと笑える作品だなと思いました。 (ドキュメンタリー)

2019-10-08

Um Fantasma 様 〉サービス精神が足りないので読者にそれがうまく届けられませんでしたみたいなかんじ というご感想、真摯に受け止めたいと思います。 拙作をお読みいただき、感想までいただきましてありがとうございました。 (回転)

2019-10-03

stereotype2085 様 〉憎みながらも恨みながらも種を繋いでいく、繋いでいかざるをえない、ある種の屈辱のようなものさえ感じました とのご感想、とても嬉しく思います。 本作は仰る通り生きることに「苦しみ、のたうちながらも人生を肯定」しようと書いた作品です。単純でありふれたテーマですが、きっとすたれることなくいつの時代も誰かが書き続けていくのでしょうね。 返信から少しそれましたが、拙作をお読みいただき、またコメントをくださってありがとうございました。 (回転)

2019-10-02

夏野ほたる 様 私の思いもよらない「果てしなさ」を感じていただけたようで、嬉しく思います。 「情愛と艶かしさの同居」とは、こちらも私から生まれることのない言葉です。詩の広がりについて、考えさせられました。 拙作をお読みいただき、またコメントをくださってありがとうございました。 (回転)

2019-09-30

まずタイトルに惹かれました。 次に冒頭の一文に惹かれました。 そうして読んでいきますと、どうも感傷が刺激されて読めない。一旦読むのをやめて何度かリトライするものの最後まで読み通すことが出来ません。それでもどうにか感傷を排して読み進めていきますと、涙が湧いてきました。皆さんもコメント欄に記載されていますが、本作は余計な言葉を一切書かずにただただ「よいねえ」と読んでいきたい詩だなと思いました。文面から意味を掬おうとしてもうまくはいきませんが、抒情ははっきりと掬い(=救い)出せます。コメント欄にもありますが、理屈抜きに好きな作品です。ファンになりました。ありがとうございました。 (重力をミルクに漬けて)

2019-09-27

Yoshi 様 大変ご丁寧にお答えいただいたこと、深く感謝致します。 Yoshi 様のお書きくださった作家の中で私がまともに読んできたのは黒田三郎、金子光晴、金子みすゞの3名のみでした。 他の作家に関してはほとんど知らないばかりか、初めて名を耳にした書き手もいるくらいです。 教えていただいた本や作家に、手を伸ばし学ばせてもらおうと思います。 私も文章を読んでいて楽しい気分になりました。ありがとうございました。 (おすわり)

2019-09-23

沙一 様 「輪廻」、まさしくその通りかもしれませんね。 とても嬉しいコメントをありがとうございました。 (回転)

2019-09-22

窓辺景色様へ フォーラムか迷いましたが、本作「友達」にも関連しますのでこちらに書かせてもらいます。 >投稿作品は「現代詩」に限定しない。PCスクリーンや携帯ディバイスで読了可能なテクストであればジャンルは不問。詩、エッセイ、評論、歌詞etc.それらすべてを「クリエイティブライティング」とし、投稿ルールに接触しない限りはひろく受け入れる。 確かにその通りですね。加えて、本作「友達」が私にとって『「詩」としての価値がない』のかも繰り返し読んでいると分からなくなってきました。「気に入って」~「錯覚するんだ」までの自身へのアイロニカルな視点なんて、面白いかもしれません。私の読みが不足していました。本作「友達」に関しては、安易に書いてしまったなと反省しています。はんぺん様に謝罪します。 ただ「安易に考えていない」からこそ、私は「投稿なさってる方の事も考えて」最初のコメントのようなスタンスをとっています。私なりの敬意です。出来る限り主観を排したコメントを、と思ってはいますが良いものは良く悪いものは悪い、という態度で作品を読みコメントしようと、私は考えています。私の読む力を鍛えたい、という思いもありますが。 ですので、「好き嫌い」でコメントをしているつもりもありません。最初のコメントにおいて本作を「嫌い」と書いたつもりもありません。 しかし、このような返信をいただくということは、もう少し批評について考える必要があるのかもしれませんね。貴重な学びの機会を、ありがとうございました。 (友達)

2019-09-21

つつみ 様 >何回か読み返す度に、新たな気付きが出てくるような、不思議な詩だと思いました。 数度にわたって読んでいただけた、ということがとても嬉しいです。不思議な詩、という評価も同じくして。 また、「言葉の骨」、私も気に入っている表現です。身体の中に蓄積されているのでしょうね。 >もう詩的な言葉なんかやめたいしそろそろ直感をあんてなに振り切って文字をうにゃうにゃと紡いでいたいんだけど >もう一人の言葉なんかやめたいしそろそろ二人であんてなを張り切って意味をにゃあにゃあと紡いでいたいんだけど この箇所を中心として終盤にかけて読んでいただけたこと、私にもこの構造を通して感じてほしい抒情がありましたので、感謝致します。「心を動かされ」たというコメントは、作者の私にとってこれ以上ない喜びです。 拙作をお読みいただき、またコメントをくださってありがとうございました。 (ありふれた抒情をつづった詩)

2019-09-21

細川利回 様 タイトルと詩の中身について関連づけて読んでくださったことに感謝致します。中々、タイトルをつけるのが難しくてですね。 拙作をお読みいただき、またコメントをくださってありがとうございました。 (回転)

2019-09-21

Yoshi 様 私の感想に対して返信いただきましてありがとうございます。 回答の前提として、不躾ながら付記させてください。最近、私の価値観やこれまでの読書傾向(=一般的な近現代文学史)からは「よい」と思えない作品が評価を得ていることが多々あります。「よい」とか「わるい」のような二元論で語るにも値しないと「私の思う」作品に対してもです。そう感じる背景には、私の読書の幅の狭さや感性の偏りがあるのだと思います。 それを踏まえて言わせてもらいますと、「分からない」とはっきり申し上げた意図としては、「もっと知りたい/学びたい」という欲求があるのです。ですから私は、こちらにコメントを書かせてもらいました。 >僕の畑(つまり僕の作詩の兆候を、僕が読んだ詩からお探りになりたい。)ということでしょうか? これに対しては、そういうことです。 >「Yoshiってこんな家庭に育ったんですって。」 「へー、どおりででそういう感じがしましたわ。」 という風なだけで終わってしまわないでしょうか? 冒頭で書かせていただきましたが私にはこの詩が「わからない」のです。ですので、「どおりででそういう感じ」という感想を抱く可能性は低いです。しかしそう思われてしまうのも無理ないですね。私は「こんな家庭」が「どんな家庭」かを恥ずかしげもなく聞いているのですから。 >僕たちのお互いの知るという労力は泡のごとく消えてなくなるだけのような気がします、後々にその知識、知恵として生かせ るのでしょうか? 私にはあります。Yoshi様の作品の良さが分かるかもしれない(=Yoshi様と同じ「畑」の作品を読み解く視点を得られるかもしれない)ので、「知識、知恵として生かせる可能性」があります。Yoshi様にとってはないでしょうね。本当に、聞かせていただきたいな、と思ったのです私は。 >左部さんのご提案の利点を、よかったら至らぬ僕に教えてください こちらは、上記に記したように、非常に利己的なものです。私にとっての利点はありますが、Yoshi様にとっての利点は、どうでしょうね。ないかもしれません。私が質問をされる立場でしたら、自分の考えをまとめ、強固にしていく、という利点があるのかもしれません。 文面から、私の質問が嫌味に聞こえたのかもしれない(無理もないですが)のかもしれませんが、私は本当に興味から質問させていただきました。他意はありませんが、不快に思われたのであれば謝罪します。 ご丁寧な回答をいただきまして、ありがとうございました。 (おすわり)

2019-09-21

平易な言葉を使う詩が最近はやっているが、この作品を「詩」と呼ぶことに私はためらいがある。 自身の日記の片隅にでも書いておけばいいポエムの一つだろう。 「詩」が多層な感情を想起させる言葉の群れだとするのなら、この作品からは文章以上の意味は見いだせない。だから私には この作品の「詩」としての価値があるとは思えない。 (友達)

2019-09-19

私には詩としてのこの文章のよさが分からない。 普段どのような詩を読んでいるのか、非常に気になります。もしよかったら、教えてください。 (おすわり)

2019-09-19

一連目がとても好きです。  〉感傷もトラウマも全部生で食った から  〉あいつらのものではなくあいつらのものではなく の反復まで、とても心地よく読ませていただきました。 2連目が少し浮いてる気もしなくはないですが、とても素敵な詩だと思いました。ありがとうございました。 (疾走海馬)

2019-09-19

>詩集の一冊すら手に取らずして、優れた詩を書くことは可能だろうか。 では、その困難な問いに答えてみよう。 上記の問いに対して本作が書かれたのであれば本作が「優れた詩」でないことは確かでしょう。テーマもそこに書かれてる文章に関しても非常に凡庸であるというのが私の感想です。それっぽい文章を紡いでいらっしゃるのはよく分かりますが、文や連の連なりが見えにくく、描写としても表現としても響くものがありません。具体的にどの描写が良くないのか、というのをあげていくのが躊躇われるくらい、全体として私には凡庸に思えました。 自己満足の範疇を出ていない、というのが個人的な感想ですが、作者が我々読者に何を伝えたくて書いたのか疑問になるような詩だと思います。 (とこしえの時)

2019-09-01

ふじりゅう 様 本作に関しては、誤字もあり投稿後に自分としても後悔してしまった作品です。何かと申し訳ないところでは。私としては田村隆一「帰途」のような叙情を持った詩を書こうと思ったのですが、推敲が足りなかったようです。 あえてストレートに書いた箇所もありますが、スマホの写真の一文に関しては、ちょっと自分でもどうすべきか、というのは思い起こされないですね。ご指摘、真摯に受け止めます。 会話文の箇所をお褒めいただき、嬉しく思います。 コメントをありがとうございました。 (人間の肥やし)

2019-08-24

暗谷時宗 様 主体の持つ「ゆとり」というのは、時として「滑稽さ」に変換できるのではないかと考えます。小説の例えで恐縮ですが、最近芥川賞を受賞した今村夏子氏の『こちらあみ子』では、語る主体は爛々とした「ゆとり」を抱いているように見えますがしかし、客体的に見ますと、どうも切迫した状況であるということが読めます。主体と客体の間にあるズレに、「おかしみ」(=ユーモア=ブラックジョーク的な切実さも勿論含まれます)を感じる、という作品です。で、私はそのような「おかしみ」を文学作品に関しては非常に興味深く読んでいまして、また自分もその「おかしみ」を書きたいなぁ、と常々考えております。 ですので、「キチンとしていない生活」と読まれていながらも主体の「ゆとり」を感じていただけたようで、とても嬉しいです。黒髪さんへ向けて書かせていただいた「ユーモア」のことですね。 コメント、ありがとうございました。 (あるいはそれは)

2019-08-13

黒髪 様 「可愛い」というご感想、とても嬉しく思います。余談ですが、私、日本の車ですとハスラーとかココアみたいな「可愛い」デザインの車が好きなんです。私が「可愛い」と視覚的に感じるものを、文章で表現出来ないかな、と思ったこともありました。その「可愛」さをユーモアに落としこむ、というイメージを持って書かれたのが本作になります。ですので、「可愛い」というご感想は、とても嬉しいです。 コメント、ありがとうございました。 (あるいはそれは)

2019-08-13

せいろん 様 >日常が「疲労」とともに過ぎていく という視点は本作にはありませんでしたので、「なるほど、そう読まれる方もいるのだな」と面白く、コメントを読ませていただきました。 また、「良かったです!」というご感想、とても嬉しく思います。 コメント、ありがとうございました。 (あるいはそれは)

2019-08-13

感想です。 私にはよく分からない詩ではありましたが、この作品は読者を想定して書かれたものなのでしょうか。非常に無粋な質問で恐縮ですが、想定しているのであれば、どのような方を想定していたのか、教えていただけないでしょうか。想定していないのであれば、このような詩を公の場に発表した意図がとても気になります。 個人的な興味にで申し訳ないのですが。 (心しずかに)

2019-08-12

「承認欲求の発露が終始垂れ流されているのみで、作品として昇華し切れていない。 」と、以前私は自作に対してそのような評価を受けたことがあります。「ペンチメント」において「承認欲求」が全面に押し出されることはありませんが、前述の引用を援用しますと「感傷を作品として昇華し切れていない」ということになるのかなと思いました。 〉“今日こそはうまくやろう” という感傷に至るプロセスを、もう少し工夫することで、作者様の「“今日こそはうまくやろう”」という感情をより適切な形で表現できるのでは、と思いました。厚かましい限りですが、三角みづ紀『オウバアキル』、久坂葉子『久坂葉子詩集』、シルヴィア・プラス『シルヴィア・プラス詩集』の三作をお薦めさせてください。 本作に露出している感傷に関しては、分からなくもないものですから。 (ペンチメント)

2019-08-11

〉小雨の日の海、生焼けのパンケーキ、野良犬の見る夢、夕方の旭日旗、かけられなかった電話。 一行目の「野良犬の見る夢」が詩全体の中で浮いているように感じました。それ以外のフレーズに関しては、主体が身体的に体験可能なものであるのに対し「野良犬の見る夢」は経験不可能なものですから。作品におけるリアリティを削いでしまっているのでは、と思います。 2連目に入る前の、 〉もしもガリガリ君が冬にも美味しくなってしまったら、取り敢えずレンジでチンでもしておけば? などの一文が好みであっただけに、個人的には残念でした。 (夏の密度)

2019-08-11

ふじりゅう 様 「これは・・・なんだろう 笑」 という感想、嬉しく思います。 また、「ある種実験的に、未開拓地を切り開こうとする作品」と思っていただけたようですが、そうかもしれませんね。私事で恐縮ですが、本作は私がB-REVIEW様に投稿した最初の作品「ハロー!」(https://www.breview.org/keijiban/?id=2212)よりも前に書かれた作品になりまして、「あるいはそれは」が自分的にも結構好きな作品だったということもあり、詩作にマジメに励むようになったという経緯があります。 2018年5月に書かれた作品にはなりますが、当時の私はおそらく「渾身の力を込めた、スマッシュヒット」を狙っていたと思います。が、ふじりゅう様はそのように感じられたということで、自身の力量のなさを改めて実感しているとことであります。 次こそは、「渾身の力を込めた、スマッシュヒット」を狙ってみたいものですね。 コメント、ありがとうございました。 (あるいはそれは)

2019-08-08

るるりら 様 『「笑っちゃうでしょう」とか「困っちゃいましたね」といいながら「おやすみなさい、またあとで。」と言っている』箇所に対して『SNSで盛れるだけもって映える写真をつくりこんで載せてしまう人々とは対極にいる人の息遣い』を感じていただけたとのことですが、なるほど。 その感覚は正直、私には分かりかねますが、『SNSで盛れるだけもって映える写真をつくりこんで載せてしまう人々とは対極』という感想はとても嬉しく思います。私にはない感覚ですので、コメント、面白く読ませていただきました。 重ねて、スレ違いで恐縮ですが、るるりら様の「ぬくい ≪令和元年八月版≫ 」のコメ欄に書いた「先入観なしで」、というのは詩を読むことで、書き手である作者の像が浮かんでくる、という意味です。例えば私は三角みづ紀氏やシルヴィア・プラス、ボリス・ヴィアンの詩集を開くとき、詩を先行して作者の像や感覚を自身にトレースして(したつもりになって)読み始めます。書かれた詩が「三角氏の作品である」という先入観を持って読んでしまうのですね。書き手の詩があまりに優れている(=単に好みである)場合、私にとっては作者の像を除いて詩を読むことは難しいのです。端的に言って「ファン」である、ということですね。ちょっときもちのわるい書き方になってしまったかもしれませんが、そういった意味合いになります。 コメント、ありがとうございました。 (あるいはそれは)

2019-08-08

渡辺八畳 様 はじめて名前を聞きました。教えていただいて、ありがとうございます。私も買ってみようと思います。 重ねて、コメントをありがとうございました。 (人間の肥やし)

2019-08-07

感想ですが、 「なめんなよという思いが溶けて 全身が 舌のように みみずのように泥を なめる 」 この2文が、本当に素晴らしい。私はるるりらさんの作品を先入観なしにはもう読めない。私はるるりらさんの詩を読んで情景を浮かべることをするが思考を巡らすことはしない。しかしその情景に鳥肌を立てるし、舌は乾くし目尻は熱くなる。形式が作品の主題を告げる、というのが私の姿勢ですが、その点るるりらさんの詩は形式からも文章からも主題(=主張=だだ洩れた言葉)を感じることが出来ます。 書かれるべくして書かれた作品だと思いました。本当に、好きな詩です。ありがとうございます。 (ぬくい ≪令和元年八月版≫ )

2019-08-05

最近、インプットが足りていません。もしよろしかったら、おすすめの詩集(ないしは創作の刺激となりそうな本、など)など教えていただけませんでしょうか? 宜しくお願い致します。 (人間の肥やし)

2019-08-03

エイクピア様 1に関しては、ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』の方法を援用して自分なりにマルクス『賃労働と資本』の考察を行ってみました。ですので、仰る通りの二元論を扱ったつもりです。 加えて2.3を書くにあたっても援用させてもらった文献がございまして、それらの小文をカットアップ的に繋げてみました。 その1〜3の文章を4〜「余興としての小対話篇」にかけておとしめる、といった構造を取ったのが本作です。そこで叙情が生まれればな、と。 最後の「(中略)」には「哲学者」(文脈的には滑稽な、馬鹿にした感じで)が入るのですが、それって拙作において詩を書こうとしている主体(=詩人)にも通じるものがあると思ったので皮肉として引用しました。 なので、私的には「(中略)」=「詩人」です。滑稽なとこがありますものね、詩人。 返信としては長くなってしまいましたね。 拙作において、もう少し文脈を整理出来ればという反省がありましたので、自ら振り返る、という意味でも書かせていただきました。 コメント、ありがとうございました。 (四つの小文)

2019-07-27

タカンタ様 うーん、貴殿のような方とはきちんと議論したいと思うのですが、いかんせん、あなたの文章にはエビデンスもなければ他人を納得させるだけの理論もありません。この場を上手く自己満足の発信場として利用するのも良いですが、もう少し実りのある発言をされた方が貴殿にとっての学びにもなるかと。僭越でありますが。大御所を馬鹿にするにしても、それなりの根拠を持ち出さないと誰も相手にしてくれませんよ。私のような無学に対して「博識」と、たとえ嫌味であれ言ってしまうようなら、貴殿はもっと勉強した方が良いですね。議論の方法も、ついでに学ぶと良いですよ、出来れば貴殿より「博識」のある方と、面と向かって。 (四つの小文)

2019-07-25

藤 一紀 様 「さまざまに選べる立場にある側とそうでない側とのコントラストが表れていると感じました」というご感想、非常に嬉しく思います。 コメントをありがとうございます。 (選別)

2019-07-24

タカンタ 様 『「ウィトゲンシュタインの方法を参考にしたショウペンハウエル『自殺について』」の後にポルノ男優』という日本語がよく分かりませんし、おそらく(貴殿の書いた言葉の意味が分からないので推測させていただきます)私はそのような詩を書いた覚えはありませんので返答しかねますが、拙作を2品もお読みいただいてありがとうございます。 重ねて、コメントをありがとうございました。 (選別)

2019-07-24

南雲 安晴 様 「疑いを要として成立している作品」と思っていただけて嬉しく思います。 コメントをありがとうございました。 (選別)

2019-07-23

幻想的な作品ですね。 情景がとても綺麗に浮かびました。なぜ女の子が「お猿の絵」を書いていたのか気になりましたが、そんなことは些事だと合わせるくらい完成された詩だと思いました。 (かげ)

2019-07-21

小ぶりの中だけど雨の中走った、という視点人物の感覚が良いなと思いました。パチンコに1000円かけたくらいで帰っちゃうあたりも好きです。 (雨に打たれたい)

2019-07-21

素朴な感想で申し訳ありませんが、この詩は書かれるべくして書かれた詩なんだなと思いました。 (バニラアイスとガトーショコラ)

2019-07-21

これは視覚詩にしなくてもグッドな印象を与える詩だと思うのだが、それを視覚詩として仕上げることで凄みが増しているように思う。余計な事は一言も言いたくない。特に中央の斜線の箇所が好きだ。ゴダールの映画と新海の映画を観た後に抱く感想は異なるが、この作品は後者に近い。恋人や友人と観に行ったとして、「ああ~よかったなぁ」と言った普遍的な感想だけを交わして、それで満足出来る作品だと感じた。詩ってこうだよな、って思う。 (姉妹たちに #5【横書きVersion】)

2019-07-21

感想です。 解釈しようと思えば無理にでも解釈できるのかもしれませんが、そこまで労力をかける必要を感じませんでした。それでも何故、感想を書くのかと言うと、書き手があまりにも傲慢であると思ったからです。この作品、おそらく「解釈される」ことを前提にちょっと伝わりづらく書かれてますよね。だからコメント欄にも「解釈も書いてください」なんて書かれておられるのだと思います。 加えて、わざわざ時間をかけてコメントを書いてくださっている方に「合っているとは言えませんが」などと上からものを仰っておられるようですが、私からするとこの作品からあなたの伝えたいことをくみ取ることは不可能です。何が言いたいのか、おわかりですよね。そもそも、他人に求めた「解釈」に対して「合っているとは言えませんが」などと不遜なことを仰っている時点で、あなたの詩書き、文学に携わる人間としてのリテラシーの程を伺えるようでもありますが。優れたテクストは様々な読みを与えるというのが私の理解ですので。まあ、本当、至極個人的にイラッとしたので感想を書かせていただきました。「酷評ok」の範囲内と思っていただければ幸いです。 (歪熟れ面)

2019-07-21

読者にはなんの影響力もないと思いますが、読み終えた後のほんの少しだけ、読み手を不愉快にさせるor笑わせる作品であると思いました。 (そうだ選挙に行こう。)

2019-07-21

最終連で「愛」に収斂されていますが、そこが少しもったいないなと感じました。   すると雨が顔に当たった   甘い香りに包まれる   まるで少年時代のように   好奇心と初心と神秘   雨かと思ったら   君の小便だ   俺は精霊のような気持ちで   その雨に打たれてる この箇所が結構好きですが、想像の中でおしっこ浴びたら「甘い香りに包まれ」て「俺は精霊のような気持ちでその雨に打たれてる」のかもしれませんが、実際のおしっこって「甘い香り」ではないし、どちらかと言うと「精霊のような気持ち」ではなく背徳感や「連れ合いの汚物浴びてる私、恍惚!」とか、まあ、ちょっと本作であてがわれている感覚とは異なるんじゃないかなと思いまして。もちろん、人それぞれと思いますが。 …と、メタファーとして安易な比喩を使われますと、こういった事を言う輩も出るかもしれないので、熟考した方が良いと思いましたがどうでしょうか。他に表現の変えようはない、とお考えでしたら、それはそれで良いと思いますが。 (STAY GOLD)

2019-07-14

面白いですね。 詩を書く目的や読む目的も人様々だなぁ、と思いました。 著者が「しかめっ面」して書いた詩も読みたくはありますが。 (夏の健康法)

2019-07-14

渡辺八畳 様 そうですね、ウィトゲンシュタインの方法を参考にさせていただきました。 コメントをありがとうございます。 (四つの小文)

2019-07-13

多くの方に言及されていますが「めるふぇん」という言葉の求心力が尋常でないですね。 先行する文献を存じないので、こちらのテクストだけを読んでの感想となりますが、本当「めるふぇん」が素晴らしい。「人形」「真っ白な靴下」から想起される造形と「めるふぇん」という言葉が見事にマッチしていてほっこりとした気持になります。言葉を尽くせば尽くすほど感じたままを伝えることの難しい詩であると感じました。愛らしい、素敵な詩だと思いました。どつぼです。 (めるふぇん)

2019-07-11

ふじりゅう様 「技術が向上している」と思ってくださったとのことで、とても嬉しく思います。作風の変化を楽しめる、というのは良いものですよね。 ふじりゅう様が詩作をはじめてどれくらい経つのかは存じませんが、それだけ熱心に創作・批評を行なっているのであれば、技術の向上は疑いようがありませんね。 精神的に向上しているかどうかは、お互い別の問題ですけども笑 コメントを、ありがとうございました。 (聞いてください)

2019-06-27

渡辺八畳様 taishi ohira氏の「恋の走馬灯」には、句点と句読点が行の末尾に使用されています。そしてどちらも、2行の改行がなされています。ここで、文の差別化がなされておらず、且つそれでいて視覚的にも読みづらいと判断しました(わざわざ2行開けるなら、それぞれの意味付けがないと思うのは私の価値観においてですが)。最初の5つの文章に関しては、一行毎の改行となっていますが、それ以降の文章(2行の空行)との差異も明確ではありません。それでは、空行の数を分ける必要はないと私は考えます。 一文毎に空行を敷く、というのは一般的ではありません。特に、「恋の走馬灯」のように、一文の長い作品では。せっかく構造をいじろうとしているのに、そこを活かそうという意思が作品から見られない、という点に対して私は批判的になった、という次第です。 「執拗な問いかけ」の間に「空」が出来る、という仕掛けこそ、5年前の私がこの詩を通して伝えたかった息づかいです。 上手く答えられたか分かりませんが、渡辺氏のコメントに対する私の答えは以上になります。 コメントをありがとうございました。 (聞いてください)

2019-06-13

5年前に初めてネットに投稿した詩です。そろそろ詩作をはじめて5年が経つので、記念に投稿させていただきました。そう言った場に利用されるのは不快、と思われる方も遠慮なく酷評ください。 (聞いてください)

2019-06-09

舞浜様 お読みいただいてありがとうございます。コメントも、ありがとうございました。 (親父は暴走する列車に乗って)

2019-05-28

鷹枕可 様 私はタイトル気に入ったので残念ですが、ご批判をありがとうございます。 重ねて、コメントをありがとうございました。 (親父は暴走する列車に乗って)

2019-05-27

関心のない映画をみせられている感覚。「パツパツランド」に魅力はない。 (パツパツランド)

2019-05-27

最果タヒ以前の詩を最果タヒの手法で表現した詩だと思った。「それは救済だった」を起点として語られる前後の言葉が弱いと感じた。 (ある午後)

2019-05-27

作者がな「なにか」に対して「なにごとか」を書いているのはひしと伝わってきますがその「なにか」を私たちに対して書く訳が分かりません。当然、詩としては一文の価値もないと思いますが。行間を多くとるその手法も、ただ読みにくいだけ。自身のマスターベーションめいた思考を垂れ流したいのは分からなくもないですが、例えば「許しだ。」とか「もう、許してくれたかい?」とか言ったワードが個人の妄想の域を出ず使用されるのを「あなた」は許容できますでしょうか。「自分しか見えていない」上に「駄作」です。 (恋の走馬灯)

2019-05-02

すみません、僕にはこの詩が書かれなければいけなかった理由が分からない。「シアン化ナトリウム」や「イースター島」が出現する意図も読めない。もしも、お時間ありましたら、ご教授いただけると幸いです。「詩が書かれた理由がない」のかもしれませんが。 (僧)

2019-05-02

本作を拝読させていただいている間、常時涙腺が刺激されていた。 ラスト、 「ところで君 ただ花を握って 歩いてきたんだね」 という描写で遂には涙が溢れそうになった。 その理由について自分なりに考えたが、理由は良く分からない。端的に言って、抒情的な詩だ、ということかもしれない。好きな詩です。タイトルから青い。タイトルは如何なものかと思って読み始めただけに、この詩の青さを詩が補強しているのだと思うとまた感慨深い。ただ一点、 「うっすらと恐竜の影はスローモーションで 生まれては死んでゆくのだ」 という箇所がこの詩がひたすらに抒情的であろうとするのを阻んでいるように感じた。これより適切な言葉が、この詩にはあると思います。 「!」の後だからかもしれませんが「はいはい」といった、没個性的な感想を煽られました。 でも、好きな詩です。 (熱っぽい夜の終わり)

2019-05-02

stereotype2085 様 本作は詩集の最後を飾る一遍でして。 ですので、最終連をそのように評していただくことができて、とても嬉しく思います。 コメントをありがとうございました。 (産声)

2019-04-28

エイクピア 様 ドイツ教養小説は、私も昔よく読んでいました。日本だと『路傍の石』が有名ですが、上手く「戯画化」出来ていない、という点では似ているのかもしれませんね。どこか青臭さの残る、と申しましょうか。 コメントをありがとうございました。 (産声)

2019-04-28

鹿又 夏実 様 「最後までどう転ぶか分からな」かった、というご感想をとても嬉しく思います。 コメントをありがとうございます。 (産声)

2019-04-28

静かな視界 様 普段このような詩は書かないもので、中々気恥ずかしいものもあります。 「自分に対して」かは分かりませんが、「こうあったらいいな」という期待を込めて書いた気もしますね。 コメントをありがとうございました。 (産声)

2019-04-28

tOiLeT 様 「救い」があるかは分かりませんが、「気持ちよく」読んでいただいたとのことで嬉しく思います。 お読みいただいて、ありがとうございました。 (産声)

2019-04-25

哀愁亭 様 とても嬉しいご感想です。お読みいただいてありがとうございました。 (産声)

2019-04-25

使われている言葉と表現が陳腐。何かを書きたいと思っていらっしゃるのは伝わりますが、「左脳が吐き捨てた気がして」「うつろな目をした男が佇んで」「虚無の街で こんな虚無の道で」「お前自身の刃物を握れよ」等の文言に対して、正直私はうんざりです。うんざりなのは私の感性の方かも知れませんが、「はいはい」といった感想が溢れ出るのは確かです。 前半部だけならこうは思わなかったかもしれませんが「おまんこ」とか「おっぱい」とかもっと使い道があったのではないかと思います。使えばそら印象に残る言葉ですが、必然性を全く感じません。 重ね重ね、何かを伝えたい・書きたいという思いはほとばしっていると思いますので、必然性を持った自分の言葉で作品を書き上げて欲しいなと思いました。 (猿の右手)

2019-04-13

〉さかあがりが できないころ さかあがりのあいまに けんかした 冒頭のフレーズに引き込まれました。詩を書く動機は人それぞれと思いますが、るるりら様は自分が書くべきテーマを明確にお持ちのように感じます。そういった方はあまり多くないと思いますので、素直に羨ましいです。 個人的には「さかくだり」よりも「さかあがり」が好きですが、「さかくだり」のラスト2行に、とても引き込まれます。 (そらおそろしい)

2019-04-13

作者の切実さをひしと感じました。 ここで書かれる「包帯」の解釈をどのように考えるかで読み方が変わってくると思います。 私はこの「包帯」を「虚栄」と読みました。自信(=自身)のない「わたし」は自らを偽り周囲の目を欺いているようですが、肝心の「わたし」の目は欺けません。 「わたし」の中にいる「見知らぬ人たち」(「わたし」が勝手に想像する他者の視線)は「わたし」に対して「不幸だ、不幸だ」と「騒ぎ」ますが、「わたし」はそんな内なる声には耳を塞ぎます、「そんなことは知らない」と。 しかしそんなある時私は包帯(=虚栄)を巻き続けている「わたし」は「羽化」(=成長)なんてしないと悟ります。 そうして「わたし」は「包帯」(=虚栄)を脱ぎ捨て、裸一貫の身に受ける「痛み」を受け止め「生きている」と実感する。 ある1人の成長、イニシエーションの物語だと読みましたが、読んでいる内に、これは「ミイラ男」のモチーフより伝えやすいモチーフがあったのではないか、思ってしまいます。しかし一方で、作者が「ミイラ男」を選んだ理由に想いを馳せるべき詩のようにも思えます。 いずれにせよ、好きな詩です。主体が何かを変えようとしている作品は、読んでいて気持ちがいいなと感じます。 (わたしがミイラ男だったころ)

2019-04-13

清涼で清々しい、気持ちの良い読後感を得ました。それでいて、再読する強度の強い詩だと感じます。 が、この詩の感想が「清々しい」「清涼である」の範疇を超えず、どこか物足りないような気がしたのも事実です。 〉何も教えてくれなかった彼が残 したのは、母への愛情のカタチ などクッとくるフレーズが散見され、私のツボは刺激され続けるのですが、ここに書かれている一見切実な「成長譚」に叙情を覚えることが出来ませんでした。 書き手の切実さを、私が感じることが出来なかったのかもしれませんが。 表現が巧みなだけに、もっと欲しいと思ってしまいます。 (さようなら 愛しい日々よ)

2019-04-13

壱秋様 癖になる、嬉しく思います。一読して躓いて、再読させてしまうような詩を目指していますので。 コメントをありがとうございます。 (胎動)

2019-04-01

エイクピア様 前章性がある、というのは嬉しく思います。コメントをありがとうございます。 (胎動)

2019-04-01

渡辺様 「私(左部)の手紙を受け取った友人が返事を詩で書いたら」というコンセプトで書いた詩なので、その感想は言い当て妙なのかもしれませんが、なるほど。 嬉しくもありますが、身の引き締まる思いです。 コメントをありがとうございます。 (古い友人に書いた手紙からのお返詩)

2019-03-26

南雲様 イメージから叙情性をあぶり出そうとして書いた詩です。そう言っていただけると嬉しいです。 コメントをありがとうございます。 (古い友人に書いた手紙からのお返詩)

2019-03-25

タイトルが、効いていますね。 とても好きな詩です。構造についても語れるところの多そうな詩ですが、考える、という行為以前の段階で、涙を誘う詩ですね。この詩に対して批評なり意見なりを述べることの出来ないのは情けない限りですが、本当に、ただただ抒情的な詩だと思いました。    >ねぇちやんが なにか 今日も わしに手紙を書いている 相変わらず支離熱烈な手紙なんで 気の毒だ。悲しまんでほしい。 個人的には、この箇所が好きです。ありがとうございました。 (グリコのおまけ)

2019-03-20

ある風景、季節の中にいる「私」の像がはっきりと浮かび、またどこか叙情を誘う詩であると読みました。個人的に、好きな詩です。しかしその「叙情」を書く必然性を、語りの中から感じることが出来ませんでした。 3連目の >ありとあらゆることを きちんと笑い飛ばせるように せめてなれるのであれば という箇所に作者の独自性があると感じましたが、続く「だらしなく~できるのだろう」の文章は、普遍的であり、この情景の描写が上の引用と同じく作者特異の言い回しを用いることが出来れば、上の引用箇所も映えたのではないかと感じました。 (ひろがる六月)

2019-03-20

来世の 様 私としても発想が気に入っていたのでそのように仰って頂けて嬉しく思います。 そうですね。「シニフィアン〜永遠に続く間隙」の箇所に「きく」ということの文脈を沿わせたつもりでした。 読み返していただける、というのは拙作にとって非常にありがたいことであると感じます。 視覚的に理解しづらい、というのは反省ですね。精進致します。 コメントをありがとうございました。 (グッド・バイ!)

2019-03-11

渡辺八畳様 なるほど、つまりコメント欄を利用したことがあまり活きていないみたいですね。 b reviewはコメント欄が隠れているので、試みとして面白いかなと思って、試してみました。 メインページの拙作を読んでに何かコメントをつけようと思ってくださった方はどんな反応をするのだろうと思いまして。 (グッド・バイ!)

2019-02-18

渡辺八畳様 ネット詩でしか出来ないことをしようと考えコメント欄を利用して作品を制作したのですが、たしかに言葉の配置は他にやりようがあったなと投稿後に感じました。約物に頼ることが多いので、上手い使い方を模索していきたいところです。 コメントをありがとうございました。 (グッド・バイ!)

2019-02-18

まりも様 とても嬉しいコメントです。ありがとうございます。 (環境)

2019-02-17

↑のコメントまでが作品になります。 (グッド・バイ!)

2019-02-14

A♯A♯1へ. 人間は精神であると 超越した存在の死に 揺さぶられていた私たちは 詩 その制度を、 採用した ※ 私たちは詩を書いた。 (グッド・バイ!)

2019-02-14

A♯1. 途絶された言葉に 名、 増殖するシニフィアンに 名、 永遠に続くピリオド その間隙を、 「わたしはしとよんだ」 (グッド・バイ!)

2019-02-14

stereotype2085 様 「面白」がってくださったようで何よりです。コメントをありがとうございます。 (環境)

2019-02-11

すみません、間違えて送ってしまいました。 この詩が異性ではなく同性に向けられてるのも良いと思いました。 (後輩)

2019-02-11

この詩はとても好きです。ほとばしってますね。もしかしたら長過ぎたのかもしれません。 (後輩)

2019-02-11

1連目と2連目のテーマを分けた意図を掴むことが出来ませんでした。 仮名吹さんがどうにかしたいと思うテーマ一点に絞って書くと、作品の強度が高まると思いました。この詩タイトルである「みんしゅしゅぎ」も、それにより活きてくるのではないでしょうか。 詩に政治を接合する(=取り戻す)という試みに、敬意を表します。 (みんしゅしゅぎ)

2019-02-11

社町 迅 様 その「単調さ」は意図的ではありましたが、今から読むと、もう少し私にとっての「リアルな体験」だと感ぜられるような特別性を出していくべきだったなと思います。 コメントをありがとうございます。 (環境)

2019-02-06

ふじりゅう 様 「「恵まれている」が強がりでなく、皮肉でなく、本心からであると読者が認識させられる」 という感想、主体の「本心」かどうかは別として、嬉しく思います。 コメントをありがとうございます。 (環境)

2019-02-05

帆場蔵人 様 確かな身体性を持った詩を書きたいと思って、最近は詩を書いています。ですので、「延々と問答する詩の主体に巻き込まれる」というご感想はとても嬉しく思います。 コメントをありがとうございました。 (環境)

2019-02-04

環希 様 ご返答をありがとうございます。 そうですか、自分の勉強不足を痛感する今日この頃です。 ・・・と、陳腐な感想しか残せないのが情けなくもありますが、「私が私であるために」という態度には僭越ながら、共感させていただきました。 精進して参ります。スレ違いですが、1月のフル選評、身に沁みました。 (いつまでもあいさつをしてゆく「上段スマフォ版下段パソコ版」)

2019-02-04

私には環希さんの詩が全く分からない。他の人は、色々書いていて、分かったようにコメントを残してますが、私は分からない。ただ、環希さんの切実さは感じる。むしろ感じるのは、それだけです。普段どんな詩を読んでいるんですか? もしよかったら、教えてください。環希さんが詩を書く理由も、教えてくださると嬉しく思います。 (いつまでもあいさつをしてゆく「上段スマフォ版下段パソコ版」)

2019-02-03

初めて読んだ時、素通りした。 二度目に読んだ時、切実さを感じなかった。 三度目、自身の読み違いを疑った 。 四度目、作者の意思を強く感じた。 5度目の今、感想を書きたい。 「互いの首を締めあうような生き方が 生きてるってことじゃないか」 という文章が、ありきたりだけど 、この詩の中で生きている気がした。5回も読める詩だ、私はこの詩が好きだ。ただ一点述べるのであれば、「異国」や「戦場」といった、私たち(作者の日常に「戦場」も「異国」もあるのであれば申し訳ない)の日常の外にある情景を書く必要がこの詩にはあったのか、ということだ。作者のパーソナルな、身近な話題と取り替えても、詩としては成立すると思われるし、強度としても上がるのではないかと、思った。 (シュガー・ブルース)

2019-02-03

この宣言・独白を詩として描くのであれば、もう少し書きようがあったと思う。 そして、これが「詩」であるとして、褒めようとする姿勢も危ういのではないかと感じる。 先行する作品に対する挑戦や気概があれば別だが。この文字列からは「詩」であろうとする気概さえ感じられないばかりか、これを「詩」として公開するその態度からは、先行する作品に対する敬意も一切感じられない。まだ「若い」のだろうけど、もう少し詩をちゃんと読んでほしい。 まあそれでもこれが「詩」であると語るのは自由だが、少なくとも2回読むに耐える強度はない。 (たられば)

2019-02-03

ラストの「考えなくなった。寝たい 」という一文が、それまでの流れを断ち切るようで好き。 しかし、それまでの文章の中身が「切実そうな」内容であるのに対して、その実、「切実な」ものとは私には思えなかった。ラスト以前の言葉に、もう少し重みがあれば、ラストの一文がはえるのではないかと思った。 (有想枕)

2019-02-03

文や単語の一つ一つがこの詩の作者・読者にとって必要なものとはあまり思えなかった。作品との距離が取れていないのかもしれないと感じる。 (trainspotting)

2019-02-03

enokiz 様 なるほど、終わりをひねる、この詩ではこのパターン以外考えていませんでした。 もしよろしければお聞きしたいのですが、enokizさんであれば、この詩のラストをどのようにひねりますか? もし何かありましたら、ご教授ください。 (環境)

2019-02-03

環希 帆乃未 様 そうですね、「恵まれている」という点では変わらないことが多いのかもしれませんが、おそらく「恵まれている」に達する思考のプロセスは目まぐるしく変わっているのではないかと思います。歳を経るにつれて。 コメントをありがとうございます。 (環境)

2019-02-03

渡辺八畳 様 そのような意図はありませんでしたが、なるほど。私は「ユーモア」や「笑い」の中に、言葉に出来ない切実さが孕んでいると考えます。あるいは、「笑いの中でしか真実を語ることができない」悲しみ(太宰)を詩的な言葉として表現していきたいと考えています。そういった意味合いで考えると「マイナス思考な語句」で発信される詩とは、一線を画したいという思いがあるのかもしれません。とは言っても、三角みづ紀さんの初期の詩(扱う言葉がマイナスでも、どこかユーモアがありますよね)が私は大好きですし、そういった詩も読んだり書いたりしますが。 コメントをありがとうございます。 (環境)

2019-02-03

エイクピア 様 ジッタリンジンの曲に関しては存じ上げませんが、何か回想されるものがあるということで嬉しく思います。 コメントをありがとうございます。 (環境)

2019-02-03

1連目の展開、ひらがなの使い方に心地の良さを感じました。 4連目の「にゃー」と5連目の「ゼンメツ」が、この詩にとって最適な選択だったのか、疑問に思います。特に「ゼンメツ」をカタカナにしたことに強烈な違和感を覚えました。 終わり方はとても好きです。 (遊び)

2019-01-19

環希様 私の中では、本作における「君」=「私」のつもりでしたので、「私「でない「相手の立場」に立って書いたつもりはありません。 何か違和感を与えてしまったのであれば、方法を考えねば、と思います。締めをお褒めいただいてありがとうございます。 コメントをありがとうございました。 (腹痛)

2019-01-17

オオサカ様 「特に力を入れた点」は正直ないのですが、強いて言えば、3連目の()の箇所でしょうか。 もしよろしければ、オオサカ様がこの詩のどの点に「力」を感じたのか、教えていただけないでしょうか。特になければスルーしてください。 (腹痛)

2019-01-10

オオサカ様 読みやすさを意識したので、そのような感想は嬉しく思います。コメントをありがとうございます。 (腹痛)

2019-01-10

仲程様 オオサカ氏が書かれているように表現、言葉の選びが拙かったかと反省していたところでしたので、「気持ちゆらされ」というコメントを嬉しく思います。コメントをありがとうございました。 (すみません、と私は言った)

2019-01-09

オオサカダニケ様 コメントをありがとうございます。 (すみません、と私は言った)

2019-01-03

つきみ様 「今の筆者様だから見えるモノが大事です。」というコメントに励まされました。コメントをありがとうございます。 (すみません、と私は言った)

2019-01-03

「ハロー!」「甘噛みは妄想の産物として」「水の泡」「三日目の鳥肌」「無題」 私がこれまでに投稿させていただいた上記の作品、すべて酷評OKです。よろしくお願い致します。 (【実験企画】酷評OK箱の設置 )

2018-12-13

小林素顔 様 コメントをありがとうございます。 句読点、句点、カッコと、異なった形式に対して、違ったニュアンスを読み取っていただけたことを嬉しく思います。私は詩作においてはユーモアを大事にしたいと考えているのですが、「気持ちのいい」という感想ともしかしたら近いのかもしれませんね。ありがとうございました。 (無題 *)

2018-11-24

渡辺八畳 様 コメントをありがとうございます。 「約物の使い方が上手いなと思う一方で」という感想、嬉しく思います。先月から過去作の投稿をしていました。ここまでの反応を受けて、来月新作を投稿致しますので、暇があったら読んでくださると嬉しく思います。辛辣な意見を、期待しています。 (無題 *)

2018-11-20

渡辺八畳 様 コメントをありがとうございます。 「約物の使い方が上手いなと思う一方で」という感想、嬉しく思います。先月から過去作の投稿をしていました。ここまでの反応を受けて、来月新作を投稿致しますので、暇があったら読んでくださると嬉しく思います。辛辣な意見を、期待しています。 (無題 *)

2018-11-20

かるべまさひろ 様 コメントをありがとうございます。 両義性を孕んだ詩である、と受け取りました。 私の言葉にそのような要素があるのだと思うと嬉しく思います。重ねて、ありがとうございます。 (無題 *)

2018-11-20

>している    のが全く非特別な この箇所に、とても惹かれた。全体の感想を問われると、少し考えなければいけませんが、流し読みをしていたら、この箇所に躓く。この箇所を境に、何だか不安な気持ちが広がり、一読して、冒頭に戻ると、今度は一行目から不安な気持ちになる。頭から躓きっぱなしということになる。 詩の構造やら意味やらを深く考えなくとも、頭に残る詩。 そして私は、この詩における表現の方法や言葉の選びに強い共感を覚えました。イイ詩ですね。 (今まで飲んだ精液の味はどれも違った[甘味])

2018-11-18

ふじりゅう 様 「鳥肌という用語が適切なタイミングで差し出されている」、とても嬉しく思います。 確かに「整いすぎてい」ますね。 どうも、最近はストレートな詩作になりがちです。 コメントをありがとうございました。精進します。 (三日目の鳥肌 *)

2018-11-07

帆場様 重ね重ね、コメントをありがとうございます。「若さからのストレートな衝動」を書いてしまったことが一つの挑戦ではあったのですが、その点を「良い意味」に捉えてくださったということに嬉しさを覚えます。 (水の泡)

2018-10-16

推薦作として選んでいただいてありがとうございます。「詩に助けてもらえることがない」ことが魅力、という感想、ありがたく頂戴いたします。 (【フル】かるべまさひろの選評<2018年9月分>)

2018-10-16

手の込んだ選評をありがとうございます。渡辺様の労「選評」には頭が下がるばかりです。推薦作に選んでいただいたことも感謝いたします。ただ一点、最初の一文の「業」は「さが」ではなく「ごう」と読んでいただければ幸いです。よろしくお願い致します。 (【選評】渡辺八畳@祝儀敷の9月フル・キュレーション【動画】)

2018-10-16

発想は嫌いではない。タイトルと落ちの付け方を含め、もっとやりようがあったのではないかと思ってしまう。「真の飼い主」という言葉も引っ掛かりました。一時的に預かっている王子=「仮の飼い主」ということでしょうか。だとすれば、姫が見つからぬとも「仮の飼い主」のまま飼い続けるのでしょう。いずれにせよ、発想は嫌いではない。私や植草さんの発想さえ裏切る植草作品を期待しています。 (本当は怖いおとぎ話)

2018-10-16

しょうこ 様 最近は伊藤比呂美の詩集を読み返してますね。フカク読もうと心がけてます。あとは、シルヴィア・プラスの詩集を原書であたっています。英語ダメなんですけど。詩集は、イイですね。エネルギイをもらえます。 Seiaさんという方ははじめてお聞きしました。とりあえずTwitterにあたってみます。ありがとうございます。 (水の泡)

2018-10-14

帆場 様 私の詩を読んでくださった人に対する不快はまったくなく、このコメント欄で批評の交換が出来たらいいなと思って、コメントを書いています。「すべて」と「いつか」の認識が私と違うのではないかと感じたので、上のような返信をしました。 「すべて」と「いつか」は決して共有できるものでも普遍的でもない、主観によって定義されるものだと私は考えています。私の「詩から考えが離れて」いくような感想をもっていただけたことは非常に嬉しく思います。お互いイイ詩を書きましょう。 青春の詩集、読んだことがないので、読んでもみたいと思います。ありがとうございます。 (水の泡)

2018-10-14

帆場 様 「すべてはいつかは弾ける泡のようなものなのかもしれませんね」とおっしゃっていますが、本当にそう思っていますか。「すべて」とはどの範囲で「いつか」とはいつまでですか。と、お尋ねすることに対して嫌な顔をなさいますでしょうか。「すべてはいつかは弾ける泡のようなものなのかもしれませんね」とは私は思いません。私の「すべて」=私と関係を結んだモノやヒト、「いつか」=私が寿命を終えるまでの間、ですね。その意味において「私はすべてはいつかは弾ける泡のようなものなのかもしれませんね」とは思いませんし、そのような思いで詩を書いていませんね。一読してそのような読み方をさせてしまったのであれば、私の能力不足ですね。 詩集、読んでいきます。 おすすめの詩集、ありますか? (水の泡)

2018-10-11

しょうこ 様 私は題名に8割の労力をかけます。ですので、題名を評価していただいたことは、私の労力の8割を肯定していただいたことと等価です。ありがとうございます。 ぷくぷく、と弾ける音、というのはどちらかというと優しい音ですね。 僕はぶくぶくをイメージしてたので意外でした。 詩集、読んでいきます。 おすすめの詩集、ありますか? (水の泡)

2018-10-11

stereotype2085 様 一文目を評価していただいたことに感謝いたします。 私の感知し得ない解釈をしていただけたこと、嬉しく思います。 ありがとうございます。 詩集、読んでいきます。 おすすめの詩集、ありますか? (水の泡)

2018-10-11

4連目の   リンゴ・スターはよく知らない   私は雑誌を読めない   文章が頭に入らない   それでもいい   偽善でもいい   と思った という文章の「偽善でもいい」が浮いているように思いました。「偽善でもいい」という一文が前後の文脈と「=」でないどころか「≒」でもないという点が気になります。「面白くないから買わない」誰かに対して「面白いかどうかは私が決める」といって買う「私」自身が「偽善でもいい」と思いながら買っているのだとすると、もう少し「私」が「雑誌を読めない」「頭に文章が入らない」けれど「ビッグイシュー」を買う上で思う「偽善でもいい」性を文脈の中に盛り込む必要があるのではないかと思いました。 (捨てるゴミ拾うゴミ)

2018-10-09

社町 迅 様 ご返信をありがとうございます。いえ、全く不快には思っていませんよ。 ただ「奇抜」の一言で終わらせてしまう(私の詩だけではないですよ!)のは読む行為としてもったいなと思ったので私の考えを述べさせていただきました。 拙作に関して丁寧に読んでくださってとても嬉しく思います。重ねて、ありがとうございました。 (甘噛みは妄想の産物として)

2018-10-03

社町 迅 様 コメントをありがとうございます。 「話者もまた、なにかに捕らわれて置いてけぼりにされているのか」という一文に、私の生成した書き手である「ぼく」も、また左部右人と名乗る私もまた「捕らわれて置いてけぼりにされている」という事実を突きつけられたようで、ハッとしました。「置いてけぼり」にされているのかもしれませんね。 すみませんが一点、気になったところが。 本作は日本の現代詩の範疇に収まるものであり、決して「奇抜」ではないと思います。「奇抜」という言葉は安易であり、例えば吉増剛造さんの詩も私の詩を「奇抜」ととらえるのであればより「奇抜」ですし、最近だとマーサ・ナカムラさんの詩も「奇抜」と例えることは可能です。最近人気の最果タヒさんも登場時は「奇抜」と言われていました。最果さんを「奇抜」と一言でとらえてしまった人々は、最果さんが、なぜあのようにポップな形式で詩を書いていたのか、考えません。「死」や「愛」という「文字」を露骨に協調する詩をああも執拗に書いているのか、考えません。そしてなぜそれが受け入れられたのか、考えません。それは、思考停止ではないでしょうか。どのような意図があったのか、というのはあまり関係がありません。「分からない」ものがあったときにそれを「奇抜」と言って片づけてしまうのは、ちょっと、どうかなと。「奇抜な表現」よりは、「くだらない表現」の方がずっとしっくりくる気がします。私は「奇抜」の一言は、詩に対してすこおし失礼かなと思いました。「奇抜」で終わらせてしまうよりも、10秒でも考えた結果「くっだらねえ!」と答えを出すことのほうが、それは読み手にとっても価値あることのように思えます。 すみません、ちょっと気になったもので。お気を悪くされてしまったのであれば、それは申し訳ございませんでした。 (甘噛みは妄想の産物として)

2018-10-02

stereotype2085 様 笑っていただけた、ということが何よりの喜びです。 「ユーモア」「笑い」というものは哀しみを突き詰めていった先で、「笑いごとに変えてしまう他ない」「気取ったギャグでも言わなければ本音を言えない」とユーモアを発する主体が断崖に追い込まれた先に生まれることがあります。 その「笑い」「ユーモア」を論じよう、書こうと思うと、書き手にも相応の痛みを問われます。 本音を言おうにも真面目に語るには馬鹿らしい、だから茶化してみよう⇒ああ、茶化すことでしか本音を言えないオレって一体!(特に、自分が言いたいことを茶化してえも伝えたい相手というのは、割に近しい関係であったりします。そのような相手に嘘を吐く、という負荷も生じる可能性があります)という心理の葛藤があるのですね。 詩とは何か、ということは書き手が常に考えるべき問題であると思いますが、本作では、何種類もの読者を生成しようという意図がありました。 ユーモア、は常に詩を書くにあたって意識しています。ですので、笑っていただけてとても嬉しく思います。ありがとうございました。 ※この詩はコメント欄で作者が反省ばかりしていて可哀そうな詩になってしまいました。作中で詩を書く彼に失礼でした。反省ですね。 (甘噛みは妄想の産物として)

2018-10-02

渡辺様 今回は、詩が本来持っていた詩性を失ってしまっているのではないかと少しばかり反省しています。「ジェットコースターのよう」「ちゃんと読める」という感想、嬉しく思います。ありがとうございました。 (甘噛みは妄想の産物として)

2018-09-27

かるべ様 「拡大解釈」と仰ってくださいましたが、そのように多くのことを考えていただける詩を目指していましたので、大変うれしく思います。 本作に関して改めて読み直してみると、主観が強すぎて読みづらい詩になってしまったのかと反省したりもするのですが、「構成や配置に好奇心がくすぐられた」「くすっとした」との言葉を頼りに、詩について考えを深めていきたいと思います。 コメント、ありがとうございました。 (甘噛みは妄想の産物として)

2018-09-23

とても素敵なイイ詩ですね。「わたし」と「そのひと」の関係性に思いを巡らすのは意味のないことだなと思いました。そして、そのように思わせる詩のなんと自由なことでしょう。「わたし」にとっても「そのひと」が誰かなんて関係ないんじゃないかなと感じます。感想を書いている間に10回は読みました。また読み返すと思います。私たちの生きる世界とは違った法則が「わたし」と「そのひと」の間には働いているんじゃないかなと思いました。分からないままに読み通せる面白い詩です。具体的な作家を挙げるのは恐縮ですが、デュラスの作品に漂う浮遊感と似たようなものを感じました。素敵な詩をありがとうございます。私はタイトルも好きです。 (家)

2018-09-20

私はもう少し、詩の技術を高めてから挑戦したいと思います。面白い試みだと思いました。 (【選評】左部右人「ハロー!」【動画】)

2018-09-19

「もしかしてペテン師だったのかもね、なんて思いながらまだ信じている私は、きっと純粋なんだ、一生女の子でいられるね、保証はないけど」 「馬鹿だなぁ、と思われたい。/それぐらい単純に生きてたい。」 の2箇所に惹かれました。「こんな私が好き」と書きつつも「私」に対する批評の見られる3~4連目のはじめがとてもいいなと思いました。 しかし、「自分語りだって、上等じゃん」と自己肯定する中で「宇宙から見りゃ誰も彼もありんこなんだし」という凡庸な価値観に詩の全体が支配されてしまったところから、魅力が失われてしまったように感じます。他者と自身を0に規定しましまったのでは、詩を書く自身も読む他者も先へ行けないのではなないのかなあ~と、思いました。 (わたし。)

2018-09-13

拙作を丁寧に批評してくださってありがとうございました。読み方は「さとりみぎと」で合っています。 (【選評】左部右人「ハロー!」【動画】)

2018-09-11

拙作を丁寧に批評してくださってありがとうございました。読み方は「さとりみぎと」で合っています。 (【選評】左部右人「ハロー!」【動画】)

2018-09-11

stereotype2085 様 はじめまして、コメントをありがとうございます。「≒」は、そうですね、自分の中では意図して使ったつもりです。言葉で表すことの出来ない曖昧な触感を「≒」に委ねたということもありますが。「しっかり計算」することが苦手なので、そのような印象を抱いてくださったということはとてもうれしく思います。これから、こちらで詩を「投擲」させていただきますので、お手すきの際にでも、よろしくお願い致します。私は、先人に敬意を持って詩作を続けていくつもりです。ありがとうございました。 (ハロー!)

2018-08-31

まりも様 はじめまして、コメントをありがとうございます。「後半が冗長」という感想に対して、返す言葉もございません。自分自身、「後半はいかなるものか」と感じつつも、意見をお伺いしてみようと思い、このまま投稿させていただきました。一見、技巧を持ったかのように見える前半と凡庸な会話で構成された後半の落差に、「詩的」な読みごたえを持っていただけたらなあ~という企みもありましたが、どうやら自分の技術が未熟だったようです。コメントの批評を糧に、より面白い詩を模索していきます。ありがとうございました。 (ハロー!)

2018-08-31

渡辺様 はじめまして、コメントをありがとうございます。≒を使った詩を私はどこか(多分、現代詩文庫の中)で見たことのある気もします。≒くらい使ってもいいだろ、と思わせるくらい詩はとりあえず自由だという認識を先行する作品からもらっただけかもしれませんが。 幾つもの詩に支えられながら自分の詩が成り立っていることを忘れずに、書いていきたいと思います。よろしくお願いします。 (ハロー!)

2018-08-29

おだくんの見ているものを「深夜に聞いたラジオの声だったり、通学路で抱いた仔犬の軽さだったり」と規定するところに、語り手の価値観や生活を垣間見ることが出来る気もしますが、以降の文章の中でこの箇所に関連する描写はありません。語り手を想起させるヒントがもう一つでも読者に提示されていれば、語り手の会いたい「おだくん」だけではなく、読者が読む「語り手」の物語や生活が浮かび上がってきて多層的な話になるのではないかなと思いました。このままだと、上に引用した一文が、浮いてる気がしました。 (おだくん)

2018-08-29