左部右人

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プロフィール:
焼酎。詩人。文芸ユニット「釘と屏風」(@kugi_byoubu)で小説を書いています。


渡辺八畳様 taishi ohira氏の「恋の走馬灯」には、句点と句読点が行の末尾に使用されています。そしてどちらも、2行の改行がなされています。ここで、文の差別化がなされておらず、且つそれでいて視覚的にも読みづらいと判断しました(わざわざ2行開けるなら、それぞれの意味付けがないと思うのは私の価値観においてですが)。最初の5つの文章に関しては、一行毎の改行となっていますが、それ以降の文章(2行の空行)との差異も明確ではありません。それでは、空行の数を分ける必要はないと私は考えます。 一文毎に空行を敷く、というのは一般的ではありません。特に、「恋の走馬灯」のように、一文の長い作品では。せっかく構造をいじろうとしているのに、そこを活かそうという意思が作品から見られない、という点に対して私は批判的になった、という次第です。 「執拗な問いかけ」の間に「空」が出来る、という仕掛けこそ、5年前の私がこの詩を通して伝えたかった息づかいです。 上手く答えられたか分かりませんが、渡辺氏のコメントに対する私の答えは以上になります。 コメントをありがとうございました。 (聞いてください)

2019-06-13

5年前に初めてネットに投稿した詩です。そろそろ詩作をはじめて5年が経つので、記念に投稿させていただきました。そう言った場に利用されるのは不快、と思われる方も遠慮なく酷評ください。 (聞いてください)

2019-06-09

舞浜様 お読みいただいてありがとうございます。コメントも、ありがとうございました。 (親父は暴走する列車に乗って)

2019-05-28

鷹枕可 様 私はタイトル気に入ったので残念ですが、ご批判をありがとうございます。 重ねて、コメントをありがとうございました。 (親父は暴走する列車に乗って)

2019-05-27

関心のない映画をみせられている感覚。「パツパツランド」に魅力はない。 (パツパツランド)

2019-05-27

最果タヒ以前の詩を最果タヒの手法で表現した詩だと思った。「それは救済だった」を起点として語られる前後の言葉が弱いと感じた。 (ある午後)

2019-05-27

作者がな「なにか」に対して「なにごとか」を書いているのはひしと伝わってきますがその「なにか」を私たちに対して書く訳が分かりません。当然、詩としては一文の価値もないと思いますが。行間を多くとるその手法も、ただ読みにくいだけ。自身のマスターベーションめいた思考を垂れ流したいのは分からなくもないですが、例えば「許しだ。」とか「もう、許してくれたかい?」とか言ったワードが個人の妄想の域を出ず使用されるのを「あなた」は許容できますでしょうか。「自分しか見えていない」上に「駄作」です。 (恋の走馬灯)

2019-05-02

すみません、僕にはこの詩が書かれなければいけなかった理由が分からない。「シアン化ナトリウム」や「イースター島」が出現する意図も読めない。もしも、お時間ありましたら、ご教授いただけると幸いです。「詩が書かれた理由がない」のかもしれませんが。 (僧)

2019-05-02

本作を拝読させていただいている間、常時涙腺が刺激されていた。 ラスト、 「ところで君 ただ花を握って 歩いてきたんだね」 という描写で遂には涙が溢れそうになった。 その理由について自分なりに考えたが、理由は良く分からない。端的に言って、抒情的な詩だ、ということかもしれない。好きな詩です。タイトルから青い。タイトルは如何なものかと思って読み始めただけに、この詩の青さを詩が補強しているのだと思うとまた感慨深い。ただ一点、 「うっすらと恐竜の影はスローモーションで 生まれては死んでゆくのだ」 という箇所がこの詩がひたすらに抒情的であろうとするのを阻んでいるように感じた。これより適切な言葉が、この詩にはあると思います。 「!」の後だからかもしれませんが「はいはい」といった、没個性的な感想を煽られました。 でも、好きな詩です。 (熱っぽい夜の終わり)

2019-05-02

stereotype2085 様 本作は詩集の最後を飾る一遍でして。 ですので、最終連をそのように評していただくことができて、とても嬉しく思います。 コメントをありがとうございました。 (産声)

2019-04-28

エイクピア 様 ドイツ教養小説は、私も昔よく読んでいました。日本だと『路傍の石』が有名ですが、上手く「戯画化」出来ていない、という点では似ているのかもしれませんね。どこか青臭さの残る、と申しましょうか。 コメントをありがとうございました。 (産声)

2019-04-28

鹿又 夏実 様 「最後までどう転ぶか分からな」かった、というご感想をとても嬉しく思います。 コメントをありがとうございます。 (産声)

2019-04-28

静かな視界 様 普段このような詩は書かないもので、中々気恥ずかしいものもあります。 「自分に対して」かは分かりませんが、「こうあったらいいな」という期待を込めて書いた気もしますね。 コメントをありがとうございました。 (産声)

2019-04-28

tOiLeT 様 「救い」があるかは分かりませんが、「気持ちよく」読んでいただいたとのことで嬉しく思います。 お読みいただいて、ありがとうございました。 (産声)

2019-04-25

哀愁亭 様 とても嬉しいご感想です。お読みいただいてありがとうございました。 (産声)

2019-04-25

使われている言葉と表現が陳腐。何かを書きたいと思っていらっしゃるのは伝わりますが、「左脳が吐き捨てた気がして」「うつろな目をした男が佇んで」「虚無の街で こんな虚無の道で」「お前自身の刃物を握れよ」等の文言に対して、正直私はうんざりです。うんざりなのは私の感性の方かも知れませんが、「はいはい」といった感想が溢れ出るのは確かです。 前半部だけならこうは思わなかったかもしれませんが「おまんこ」とか「おっぱい」とかもっと使い道があったのではないかと思います。使えばそら印象に残る言葉ですが、必然性を全く感じません。 重ね重ね、何かを伝えたい・書きたいという思いはほとばしっていると思いますので、必然性を持った自分の言葉で作品を書き上げて欲しいなと思いました。 (猿の右手)

2019-04-13

〉さかあがりが できないころ さかあがりのあいまに けんかした 冒頭のフレーズに引き込まれました。詩を書く動機は人それぞれと思いますが、るるりら様は自分が書くべきテーマを明確にお持ちのように感じます。そういった方はあまり多くないと思いますので、素直に羨ましいです。 個人的には「さかくだり」よりも「さかあがり」が好きですが、「さかくだり」のラスト2行に、とても引き込まれます。 (そらおそろしい)

2019-04-13

作者の切実さをひしと感じました。 ここで書かれる「包帯」の解釈をどのように考えるかで読み方が変わってくると思います。 私はこの「包帯」を「虚栄」と読みました。自信(=自身)のない「わたし」は自らを偽り周囲の目を欺いているようですが、肝心の「わたし」の目は欺けません。 「わたし」の中にいる「見知らぬ人たち」(「わたし」が勝手に想像する他者の視線)は「わたし」に対して「不幸だ、不幸だ」と「騒ぎ」ますが、「わたし」はそんな内なる声には耳を塞ぎます、「そんなことは知らない」と。 しかしそんなある時私は包帯(=虚栄)を巻き続けている「わたし」は「羽化」(=成長)なんてしないと悟ります。 そうして「わたし」は「包帯」(=虚栄)を脱ぎ捨て、裸一貫の身に受ける「痛み」を受け止め「生きている」と実感する。 ある1人の成長、イニシエーションの物語だと読みましたが、読んでいる内に、これは「ミイラ男」のモチーフより伝えやすいモチーフがあったのではないか、思ってしまいます。しかし一方で、作者が「ミイラ男」を選んだ理由に想いを馳せるべき詩のようにも思えます。 いずれにせよ、好きな詩です。主体が何かを変えようとしている作品は、読んでいて気持ちがいいなと感じます。 (わたしがミイラ男だったころ)

2019-04-13

清涼で清々しい、気持ちの良い読後感を得ました。それでいて、再読する強度の強い詩だと感じます。 が、この詩の感想が「清々しい」「清涼である」の範疇を超えず、どこか物足りないような気がしたのも事実です。 〉何も教えてくれなかった彼が残 したのは、母への愛情のカタチ などクッとくるフレーズが散見され、私のツボは刺激され続けるのですが、ここに書かれている一見切実な「成長譚」に叙情を覚えることが出来ませんでした。 書き手の切実さを、私が感じることが出来なかったのかもしれませんが。 表現が巧みなだけに、もっと欲しいと思ってしまいます。 (さようなら 愛しい日々よ)

2019-04-13

壱秋様 癖になる、嬉しく思います。一読して躓いて、再読させてしまうような詩を目指していますので。 コメントをありがとうございます。 (胎動)

2019-04-01

エイクピア様 前章性がある、というのは嬉しく思います。コメントをありがとうございます。 (胎動)

2019-04-01

渡辺様 「私(左部)の手紙を受け取った友人が返事を詩で書いたら」というコンセプトで書いた詩なので、その感想は言い当て妙なのかもしれませんが、なるほど。 嬉しくもありますが、身の引き締まる思いです。 コメントをありがとうございます。 (古い友人に書いた手紙からのお返詩)

2019-03-26

南雲様 イメージから叙情性をあぶり出そうとして書いた詩です。そう言っていただけると嬉しいです。 コメントをありがとうございます。 (古い友人に書いた手紙からのお返詩)

2019-03-25

タイトルが、効いていますね。 とても好きな詩です。構造についても語れるところの多そうな詩ですが、考える、という行為以前の段階で、涙を誘う詩ですね。この詩に対して批評なり意見なりを述べることの出来ないのは情けない限りですが、本当に、ただただ抒情的な詩だと思いました。    >ねぇちやんが なにか 今日も わしに手紙を書いている 相変わらず支離熱烈な手紙なんで 気の毒だ。悲しまんでほしい。 個人的には、この箇所が好きです。ありがとうございました。 (グリコのおまけ)

2019-03-20

ある風景、季節の中にいる「私」の像がはっきりと浮かび、またどこか叙情を誘う詩であると読みました。個人的に、好きな詩です。しかしその「叙情」を書く必然性を、語りの中から感じることが出来ませんでした。 3連目の >ありとあらゆることを きちんと笑い飛ばせるように せめてなれるのであれば という箇所に作者の独自性があると感じましたが、続く「だらしなく~できるのだろう」の文章は、普遍的であり、この情景の描写が上の引用と同じく作者特異の言い回しを用いることが出来れば、上の引用箇所も映えたのではないかと感じました。 (ひろがる六月)

2019-03-20

来世の 様 私としても発想が気に入っていたのでそのように仰って頂けて嬉しく思います。 そうですね。「シニフィアン〜永遠に続く間隙」の箇所に「きく」ということの文脈を沿わせたつもりでした。 読み返していただける、というのは拙作にとって非常にありがたいことであると感じます。 視覚的に理解しづらい、というのは反省ですね。精進致します。 コメントをありがとうございました。 (グッド・バイ!)

2019-03-11

渡辺八畳様 なるほど、つまりコメント欄を利用したことがあまり活きていないみたいですね。 b reviewはコメント欄が隠れているので、試みとして面白いかなと思って、試してみました。 メインページの拙作を読んでに何かコメントをつけようと思ってくださった方はどんな反応をするのだろうと思いまして。 (グッド・バイ!)

2019-02-18

渡辺八畳様 ネット詩でしか出来ないことをしようと考えコメント欄を利用して作品を制作したのですが、たしかに言葉の配置は他にやりようがあったなと投稿後に感じました。約物に頼ることが多いので、上手い使い方を模索していきたいところです。 コメントをありがとうございました。 (グッド・バイ!)

2019-02-18

まりも様 とても嬉しいコメントです。ありがとうございます。 (環境)

2019-02-17

↑のコメントまでが作品になります。 (グッド・バイ!)

2019-02-14

A♯A♯1へ. 人間は精神であると 超越した存在の死に 揺さぶられていた私たちは 詩 その制度を、 採用した ※ 私たちは詩を書いた。 (グッド・バイ!)

2019-02-14

A♯1. 途絶された言葉に 名、 増殖するシニフィアンに 名、 永遠に続くピリオド その間隙を、 「わたしはしとよんだ」 (グッド・バイ!)

2019-02-14

stereotype2085 様 「面白」がってくださったようで何よりです。コメントをありがとうございます。 (環境)

2019-02-11

すみません、間違えて送ってしまいました。 この詩が異性ではなく同性に向けられてるのも良いと思いました。 (後輩)

2019-02-11

この詩はとても好きです。ほとばしってますね。もしかしたら長過ぎたのかもしれません。 (後輩)

2019-02-11

1連目と2連目のテーマを分けた意図を掴むことが出来ませんでした。 仮名吹さんがどうにかしたいと思うテーマ一点に絞って書くと、作品の強度が高まると思いました。この詩タイトルである「みんしゅしゅぎ」も、それにより活きてくるのではないでしょうか。 詩に政治を接合する(=取り戻す)という試みに、敬意を表します。 (みんしゅしゅぎ)

2019-02-11

社町 迅 様 その「単調さ」は意図的ではありましたが、今から読むと、もう少し私にとっての「リアルな体験」だと感ぜられるような特別性を出していくべきだったなと思います。 コメントをありがとうございます。 (環境)

2019-02-06

ふじりゅう 様 「「恵まれている」が強がりでなく、皮肉でなく、本心からであると読者が認識させられる」 という感想、主体の「本心」かどうかは別として、嬉しく思います。 コメントをありがとうございます。 (環境)

2019-02-05

帆場蔵人 様 確かな身体性を持った詩を書きたいと思って、最近は詩を書いています。ですので、「延々と問答する詩の主体に巻き込まれる」というご感想はとても嬉しく思います。 コメントをありがとうございました。 (環境)

2019-02-04

環希 様 ご返答をありがとうございます。 そうですか、自分の勉強不足を痛感する今日この頃です。 ・・・と、陳腐な感想しか残せないのが情けなくもありますが、「私が私であるために」という態度には僭越ながら、共感させていただきました。 精進して参ります。スレ違いですが、1月のフル選評、身に沁みました。 (いつまでもあいさつをしてゆく「上段スマフォ版下段パソコ版」)

2019-02-04

私には環希さんの詩が全く分からない。他の人は、色々書いていて、分かったようにコメントを残してますが、私は分からない。ただ、環希さんの切実さは感じる。むしろ感じるのは、それだけです。普段どんな詩を読んでいるんですか? もしよかったら、教えてください。環希さんが詩を書く理由も、教えてくださると嬉しく思います。 (いつまでもあいさつをしてゆく「上段スマフォ版下段パソコ版」)

2019-02-03

初めて読んだ時、素通りした。 二度目に読んだ時、切実さを感じなかった。 三度目、自身の読み違いを疑った 。 四度目、作者の意思を強く感じた。 5度目の今、感想を書きたい。 「互いの首を締めあうような生き方が 生きてるってことじゃないか」 という文章が、ありきたりだけど 、この詩の中で生きている気がした。5回も読める詩だ、私はこの詩が好きだ。ただ一点述べるのであれば、「異国」や「戦場」といった、私たち(作者の日常に「戦場」も「異国」もあるのであれば申し訳ない)の日常の外にある情景を書く必要がこの詩にはあったのか、ということだ。作者のパーソナルな、身近な話題と取り替えても、詩としては成立すると思われるし、強度としても上がるのではないかと、思った。 (シュガー・ブルース)

2019-02-03

この宣言・独白を詩として描くのであれば、もう少し書きようがあったと思う。 そして、これが「詩」であるとして、褒めようとする姿勢も危ういのではないかと感じる。 先行する作品に対する挑戦や気概があれば別だが。この文字列からは「詩」であろうとする気概さえ感じられないばかりか、これを「詩」として公開するその態度からは、先行する作品に対する敬意も一切感じられない。まだ「若い」のだろうけど、もう少し詩をちゃんと読んでほしい。 まあそれでもこれが「詩」であると語るのは自由だが、少なくとも2回読むに耐える強度はない。 (たられば)

2019-02-03

ラストの「考えなくなった。寝たい 」という一文が、それまでの流れを断ち切るようで好き。 しかし、それまでの文章の中身が「切実そうな」内容であるのに対して、その実、「切実な」ものとは私には思えなかった。ラスト以前の言葉に、もう少し重みがあれば、ラストの一文がはえるのではないかと思った。 (有想枕)

2019-02-03

文や単語の一つ一つがこの詩の作者・読者にとって必要なものとはあまり思えなかった。作品との距離が取れていないのかもしれないと感じる。 (trainspotting)

2019-02-03

enokiz 様 なるほど、終わりをひねる、この詩ではこのパターン以外考えていませんでした。 もしよろしければお聞きしたいのですが、enokizさんであれば、この詩のラストをどのようにひねりますか? もし何かありましたら、ご教授ください。 (環境)

2019-02-03

環希 帆乃未 様 そうですね、「恵まれている」という点では変わらないことが多いのかもしれませんが、おそらく「恵まれている」に達する思考のプロセスは目まぐるしく変わっているのではないかと思います。歳を経るにつれて。 コメントをありがとうございます。 (環境)

2019-02-03

渡辺八畳 様 そのような意図はありませんでしたが、なるほど。私は「ユーモア」や「笑い」の中に、言葉に出来ない切実さが孕んでいると考えます。あるいは、「笑いの中でしか真実を語ることができない」悲しみ(太宰)を詩的な言葉として表現していきたいと考えています。そういった意味合いで考えると「マイナス思考な語句」で発信される詩とは、一線を画したいという思いがあるのかもしれません。とは言っても、三角みづ紀さんの初期の詩(扱う言葉がマイナスでも、どこかユーモアがありますよね)が私は大好きですし、そういった詩も読んだり書いたりしますが。 コメントをありがとうございます。 (環境)

2019-02-03

エイクピア 様 ジッタリンジンの曲に関しては存じ上げませんが、何か回想されるものがあるということで嬉しく思います。 コメントをありがとうございます。 (環境)

2019-02-03

1連目の展開、ひらがなの使い方に心地の良さを感じました。 4連目の「にゃー」と5連目の「ゼンメツ」が、この詩にとって最適な選択だったのか、疑問に思います。特に「ゼンメツ」をカタカナにしたことに強烈な違和感を覚えました。 終わり方はとても好きです。 (遊び)

2019-01-19

環希様 私の中では、本作における「君」=「私」のつもりでしたので、「私「でない「相手の立場」に立って書いたつもりはありません。 何か違和感を与えてしまったのであれば、方法を考えねば、と思います。締めをお褒めいただいてありがとうございます。 コメントをありがとうございました。 (腹痛)

2019-01-17

オオサカ様 「特に力を入れた点」は正直ないのですが、強いて言えば、3連目の()の箇所でしょうか。 もしよろしければ、オオサカ様がこの詩のどの点に「力」を感じたのか、教えていただけないでしょうか。特になければスルーしてください。 (腹痛)

2019-01-10

オオサカ様 読みやすさを意識したので、そのような感想は嬉しく思います。コメントをありがとうございます。 (腹痛)

2019-01-10

仲程様 オオサカ氏が書かれているように表現、言葉の選びが拙かったかと反省していたところでしたので、「気持ちゆらされ」というコメントを嬉しく思います。コメントをありがとうございました。 (すみません、と私は言った)

2019-01-09

オオサカダニケ様 コメントをありがとうございます。 (すみません、と私は言った)

2019-01-03

つきみ様 「今の筆者様だから見えるモノが大事です。」というコメントに励まされました。コメントをありがとうございます。 (すみません、と私は言った)

2019-01-03

「ハロー!」「甘噛みは妄想の産物として」「水の泡」「三日目の鳥肌」「無題」 私がこれまでに投稿させていただいた上記の作品、すべて酷評OKです。よろしくお願い致します。 (【実験企画】酷評OK箱の設置 )

2018-12-13

小林素顔 様 コメントをありがとうございます。 句読点、句点、カッコと、異なった形式に対して、違ったニュアンスを読み取っていただけたことを嬉しく思います。私は詩作においてはユーモアを大事にしたいと考えているのですが、「気持ちのいい」という感想ともしかしたら近いのかもしれませんね。ありがとうございました。 (無題 *)

2018-11-24

渡辺八畳 様 コメントをありがとうございます。 「約物の使い方が上手いなと思う一方で」という感想、嬉しく思います。先月から過去作の投稿をしていました。ここまでの反応を受けて、来月新作を投稿致しますので、暇があったら読んでくださると嬉しく思います。辛辣な意見を、期待しています。 (無題 *)

2018-11-20

渡辺八畳 様 コメントをありがとうございます。 「約物の使い方が上手いなと思う一方で」という感想、嬉しく思います。先月から過去作の投稿をしていました。ここまでの反応を受けて、来月新作を投稿致しますので、暇があったら読んでくださると嬉しく思います。辛辣な意見を、期待しています。 (無題 *)

2018-11-20

かるべまさひろ 様 コメントをありがとうございます。 両義性を孕んだ詩である、と受け取りました。 私の言葉にそのような要素があるのだと思うと嬉しく思います。重ねて、ありがとうございます。 (無題 *)

2018-11-20

>している    のが全く非特別な この箇所に、とても惹かれた。全体の感想を問われると、少し考えなければいけませんが、流し読みをしていたら、この箇所に躓く。この箇所を境に、何だか不安な気持ちが広がり、一読して、冒頭に戻ると、今度は一行目から不安な気持ちになる。頭から躓きっぱなしということになる。 詩の構造やら意味やらを深く考えなくとも、頭に残る詩。 そして私は、この詩における表現の方法や言葉の選びに強い共感を覚えました。イイ詩ですね。 (今まで飲んだ精液の味はどれも違った[甘味])

2018-11-18

ふじりゅう 様 「鳥肌という用語が適切なタイミングで差し出されている」、とても嬉しく思います。 確かに「整いすぎてい」ますね。 どうも、最近はストレートな詩作になりがちです。 コメントをありがとうございました。精進します。 (三日目の鳥肌 *)

2018-11-07

帆場様 重ね重ね、コメントをありがとうございます。「若さからのストレートな衝動」を書いてしまったことが一つの挑戦ではあったのですが、その点を「良い意味」に捉えてくださったということに嬉しさを覚えます。 (水の泡)

2018-10-16

推薦作として選んでいただいてありがとうございます。「詩に助けてもらえることがない」ことが魅力、という感想、ありがたく頂戴いたします。 (【フル】かるべまさひろの選評<2018年9月分>)

2018-10-16

手の込んだ選評をありがとうございます。渡辺様の労「選評」には頭が下がるばかりです。推薦作に選んでいただいたことも感謝いたします。ただ一点、最初の一文の「業」は「さが」ではなく「ごう」と読んでいただければ幸いです。よろしくお願い致します。 (【選評】渡辺八畳@祝儀敷の9月フル・キュレーション【動画】)

2018-10-16

発想は嫌いではない。タイトルと落ちの付け方を含め、もっとやりようがあったのではないかと思ってしまう。「真の飼い主」という言葉も引っ掛かりました。一時的に預かっている王子=「仮の飼い主」ということでしょうか。だとすれば、姫が見つからぬとも「仮の飼い主」のまま飼い続けるのでしょう。いずれにせよ、発想は嫌いではない。私や植草さんの発想さえ裏切る植草作品を期待しています。 (本当は怖いおとぎ話)

2018-10-16

しょうこ 様 最近は伊藤比呂美の詩集を読み返してますね。フカク読もうと心がけてます。あとは、シルヴィア・プラスの詩集を原書であたっています。英語ダメなんですけど。詩集は、イイですね。エネルギイをもらえます。 Seiaさんという方ははじめてお聞きしました。とりあえずTwitterにあたってみます。ありがとうございます。 (水の泡)

2018-10-14

帆場 様 私の詩を読んでくださった人に対する不快はまったくなく、このコメント欄で批評の交換が出来たらいいなと思って、コメントを書いています。「すべて」と「いつか」の認識が私と違うのではないかと感じたので、上のような返信をしました。 「すべて」と「いつか」は決して共有できるものでも普遍的でもない、主観によって定義されるものだと私は考えています。私の「詩から考えが離れて」いくような感想をもっていただけたことは非常に嬉しく思います。お互いイイ詩を書きましょう。 青春の詩集、読んだことがないので、読んでもみたいと思います。ありがとうございます。 (水の泡)

2018-10-14

帆場 様 「すべてはいつかは弾ける泡のようなものなのかもしれませんね」とおっしゃっていますが、本当にそう思っていますか。「すべて」とはどの範囲で「いつか」とはいつまでですか。と、お尋ねすることに対して嫌な顔をなさいますでしょうか。「すべてはいつかは弾ける泡のようなものなのかもしれませんね」とは私は思いません。私の「すべて」=私と関係を結んだモノやヒト、「いつか」=私が寿命を終えるまでの間、ですね。その意味において「私はすべてはいつかは弾ける泡のようなものなのかもしれませんね」とは思いませんし、そのような思いで詩を書いていませんね。一読してそのような読み方をさせてしまったのであれば、私の能力不足ですね。 詩集、読んでいきます。 おすすめの詩集、ありますか? (水の泡)

2018-10-11

しょうこ 様 私は題名に8割の労力をかけます。ですので、題名を評価していただいたことは、私の労力の8割を肯定していただいたことと等価です。ありがとうございます。 ぷくぷく、と弾ける音、というのはどちらかというと優しい音ですね。 僕はぶくぶくをイメージしてたので意外でした。 詩集、読んでいきます。 おすすめの詩集、ありますか? (水の泡)

2018-10-11

stereotype2085 様 一文目を評価していただいたことに感謝いたします。 私の感知し得ない解釈をしていただけたこと、嬉しく思います。 ありがとうございます。 詩集、読んでいきます。 おすすめの詩集、ありますか? (水の泡)

2018-10-11

4連目の   リンゴ・スターはよく知らない   私は雑誌を読めない   文章が頭に入らない   それでもいい   偽善でもいい   と思った という文章の「偽善でもいい」が浮いているように思いました。「偽善でもいい」という一文が前後の文脈と「=」でないどころか「≒」でもないという点が気になります。「面白くないから買わない」誰かに対して「面白いかどうかは私が決める」といって買う「私」自身が「偽善でもいい」と思いながら買っているのだとすると、もう少し「私」が「雑誌を読めない」「頭に文章が入らない」けれど「ビッグイシュー」を買う上で思う「偽善でもいい」性を文脈の中に盛り込む必要があるのではないかと思いました。 (捨てるゴミ拾うゴミ)

2018-10-09

社町 迅 様 ご返信をありがとうございます。いえ、全く不快には思っていませんよ。 ただ「奇抜」の一言で終わらせてしまう(私の詩だけではないですよ!)のは読む行為としてもったいなと思ったので私の考えを述べさせていただきました。 拙作に関して丁寧に読んでくださってとても嬉しく思います。重ねて、ありがとうございました。 (甘噛みは妄想の産物として)

2018-10-03

社町 迅 様 コメントをありがとうございます。 「話者もまた、なにかに捕らわれて置いてけぼりにされているのか」という一文に、私の生成した書き手である「ぼく」も、また左部右人と名乗る私もまた「捕らわれて置いてけぼりにされている」という事実を突きつけられたようで、ハッとしました。「置いてけぼり」にされているのかもしれませんね。 すみませんが一点、気になったところが。 本作は日本の現代詩の範疇に収まるものであり、決して「奇抜」ではないと思います。「奇抜」という言葉は安易であり、例えば吉増剛造さんの詩も私の詩を「奇抜」ととらえるのであればより「奇抜」ですし、最近だとマーサ・ナカムラさんの詩も「奇抜」と例えることは可能です。最近人気の最果タヒさんも登場時は「奇抜」と言われていました。最果さんを「奇抜」と一言でとらえてしまった人々は、最果さんが、なぜあのようにポップな形式で詩を書いていたのか、考えません。「死」や「愛」という「文字」を露骨に協調する詩をああも執拗に書いているのか、考えません。そしてなぜそれが受け入れられたのか、考えません。それは、思考停止ではないでしょうか。どのような意図があったのか、というのはあまり関係がありません。「分からない」ものがあったときにそれを「奇抜」と言って片づけてしまうのは、ちょっと、どうかなと。「奇抜な表現」よりは、「くだらない表現」の方がずっとしっくりくる気がします。私は「奇抜」の一言は、詩に対してすこおし失礼かなと思いました。「奇抜」で終わらせてしまうよりも、10秒でも考えた結果「くっだらねえ!」と答えを出すことのほうが、それは読み手にとっても価値あることのように思えます。 すみません、ちょっと気になったもので。お気を悪くされてしまったのであれば、それは申し訳ございませんでした。 (甘噛みは妄想の産物として)

2018-10-02

stereotype2085 様 笑っていただけた、ということが何よりの喜びです。 「ユーモア」「笑い」というものは哀しみを突き詰めていった先で、「笑いごとに変えてしまう他ない」「気取ったギャグでも言わなければ本音を言えない」とユーモアを発する主体が断崖に追い込まれた先に生まれることがあります。 その「笑い」「ユーモア」を論じよう、書こうと思うと、書き手にも相応の痛みを問われます。 本音を言おうにも真面目に語るには馬鹿らしい、だから茶化してみよう⇒ああ、茶化すことでしか本音を言えないオレって一体!(特に、自分が言いたいことを茶化してえも伝えたい相手というのは、割に近しい関係であったりします。そのような相手に嘘を吐く、という負荷も生じる可能性があります)という心理の葛藤があるのですね。 詩とは何か、ということは書き手が常に考えるべき問題であると思いますが、本作では、何種類もの読者を生成しようという意図がありました。 ユーモア、は常に詩を書くにあたって意識しています。ですので、笑っていただけてとても嬉しく思います。ありがとうございました。 ※この詩はコメント欄で作者が反省ばかりしていて可哀そうな詩になってしまいました。作中で詩を書く彼に失礼でした。反省ですね。 (甘噛みは妄想の産物として)

2018-10-02

渡辺様 今回は、詩が本来持っていた詩性を失ってしまっているのではないかと少しばかり反省しています。「ジェットコースターのよう」「ちゃんと読める」という感想、嬉しく思います。ありがとうございました。 (甘噛みは妄想の産物として)

2018-09-27

かるべ様 「拡大解釈」と仰ってくださいましたが、そのように多くのことを考えていただける詩を目指していましたので、大変うれしく思います。 本作に関して改めて読み直してみると、主観が強すぎて読みづらい詩になってしまったのかと反省したりもするのですが、「構成や配置に好奇心がくすぐられた」「くすっとした」との言葉を頼りに、詩について考えを深めていきたいと思います。 コメント、ありがとうございました。 (甘噛みは妄想の産物として)

2018-09-23

とても素敵なイイ詩ですね。「わたし」と「そのひと」の関係性に思いを巡らすのは意味のないことだなと思いました。そして、そのように思わせる詩のなんと自由なことでしょう。「わたし」にとっても「そのひと」が誰かなんて関係ないんじゃないかなと感じます。感想を書いている間に10回は読みました。また読み返すと思います。私たちの生きる世界とは違った法則が「わたし」と「そのひと」の間には働いているんじゃないかなと思いました。分からないままに読み通せる面白い詩です。具体的な作家を挙げるのは恐縮ですが、デュラスの作品に漂う浮遊感と似たようなものを感じました。素敵な詩をありがとうございます。私はタイトルも好きです。 (家)

2018-09-20

私はもう少し、詩の技術を高めてから挑戦したいと思います。面白い試みだと思いました。 (【選評】左部右人「ハロー!」【動画】)

2018-09-19

「もしかしてペテン師だったのかもね、なんて思いながらまだ信じている私は、きっと純粋なんだ、一生女の子でいられるね、保証はないけど」 「馬鹿だなぁ、と思われたい。/それぐらい単純に生きてたい。」 の2箇所に惹かれました。「こんな私が好き」と書きつつも「私」に対する批評の見られる3~4連目のはじめがとてもいいなと思いました。 しかし、「自分語りだって、上等じゃん」と自己肯定する中で「宇宙から見りゃ誰も彼もありんこなんだし」という凡庸な価値観に詩の全体が支配されてしまったところから、魅力が失われてしまったように感じます。他者と自身を0に規定しましまったのでは、詩を書く自身も読む他者も先へ行けないのではなないのかなあ~と、思いました。 (わたし。)

2018-09-13

拙作を丁寧に批評してくださってありがとうございました。読み方は「さとりみぎと」で合っています。 (【選評】左部右人「ハロー!」【動画】)

2018-09-11

拙作を丁寧に批評してくださってありがとうございました。読み方は「さとりみぎと」で合っています。 (【選評】左部右人「ハロー!」【動画】)

2018-09-11

stereotype2085 様 はじめまして、コメントをありがとうございます。「≒」は、そうですね、自分の中では意図して使ったつもりです。言葉で表すことの出来ない曖昧な触感を「≒」に委ねたということもありますが。「しっかり計算」することが苦手なので、そのような印象を抱いてくださったということはとてもうれしく思います。これから、こちらで詩を「投擲」させていただきますので、お手すきの際にでも、よろしくお願い致します。私は、先人に敬意を持って詩作を続けていくつもりです。ありがとうございました。 (ハロー!)

2018-08-31

まりも様 はじめまして、コメントをありがとうございます。「後半が冗長」という感想に対して、返す言葉もございません。自分自身、「後半はいかなるものか」と感じつつも、意見をお伺いしてみようと思い、このまま投稿させていただきました。一見、技巧を持ったかのように見える前半と凡庸な会話で構成された後半の落差に、「詩的」な読みごたえを持っていただけたらなあ~という企みもありましたが、どうやら自分の技術が未熟だったようです。コメントの批評を糧に、より面白い詩を模索していきます。ありがとうございました。 (ハロー!)

2018-08-31

渡辺様 はじめまして、コメントをありがとうございます。≒を使った詩を私はどこか(多分、現代詩文庫の中)で見たことのある気もします。≒くらい使ってもいいだろ、と思わせるくらい詩はとりあえず自由だという認識を先行する作品からもらっただけかもしれませんが。 幾つもの詩に支えられながら自分の詩が成り立っていることを忘れずに、書いていきたいと思います。よろしくお願いします。 (ハロー!)

2018-08-29

おだくんの見ているものを「深夜に聞いたラジオの声だったり、通学路で抱いた仔犬の軽さだったり」と規定するところに、語り手の価値観や生活を垣間見ることが出来る気もしますが、以降の文章の中でこの箇所に関連する描写はありません。語り手を想起させるヒントがもう一つでも読者に提示されていれば、語り手の会いたい「おだくん」だけではなく、読者が読む「語り手」の物語や生活が浮かび上がってきて多層的な話になるのではないかなと思いました。このままだと、上に引用した一文が、浮いてる気がしました。 (おだくん)

2018-08-29