作品投稿掲示板 - B-REVIEW


投稿作品数: 37
総コメント数: 139
今月は4作品にコメントを付与しました。
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身体論、格闘技研究。ほかアナキズム/仙人/環東台湾海の文化/洞窟壁画/舞台芸術/美術/文学など。 note:https://t.co/YOcOCNdAud

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前半部の最後 >二人の弟がいる  手本になってくれそう言われた が最後の >俺が成功すれば兄弟達もきっと と呪いのように響き合うのがおしゃれだなと思いました。 (セルフポートレート)

2022-09-23

コメントありがとうございます。 作品にとっての奇抜さ、というのがあまりわかっておらず、褒められてるのか貶されてるのかもわからんです(笑) (革命後のピュジリスト)

2022-07-08

コメントありがとうございます。 静かなスィングでした (革命後のピュジリスト)

2022-07-08

ああ、いいシャウトですね。おっしゃるとおり、貧しさと豊かさは両立しまさあね。 (おおおおおおおおおおおおおおお! アッアッ)

2022-07-02

コメントありがとうございます。 おっしゃるとおり、私達は1人では生きていけないわけですが、同時に他者と生きていかざるをえない、ということでもあります。難しいですね。 (交-流)

2022-05-04

コメントありがとうございます。 「三つ編み」というのはまさしく我が意を得たりといった感想です。 (交-流)

2022-05-04

時間が点に集約していくイメージがあり、それが夜明けとともにパッと解放されていくような印象を受けました。(マジックワードなのであまり使いたくない言葉ですが)「身体性」の強度も印象的で、「実存」という言葉の孕む抽象性とリアリティが表現されているなあと思いました。 (薄明)

2022-05-04

コメントありがとうございます (牛頭)

2022-03-17

コメントありがとうございます。 すべての連に同じ単語が入っているのは、この作品が「ひとつの同じ瞬間」を別視点から繰り返すというミニマルな構造を意図したものだからです。 (牛頭)

2022-03-17

コメントありがとうございます (牛頭)

2022-03-17

感想ありがとうございます。 (月が消えた)

2022-02-24

感想ありがとうございます。指摘されている「不在感」が出発点となって生まれた詩でした。 (月が消えた)

2022-02-24

感想ありがとうございます。エチオピア内戦というのが74年に始まったものか、あるいは現在ティグレ州で起こっているものかわかりませんが、内戦状態ではない、エチオピアの日常をイメージした文言のつもりでした。 (月が消えた)

2022-02-24

感想ありがとうございます。数字で区切ったのは明確な意図によるもので、それぞれの断章が時間的・空間的に区切られていることを示したものでした。削がれ、分散してしまった「良さ」について、追記でコメント頂けるとありがたいです。 (月が消えた)

2022-02-23

こうしたわかりやすいアレゴリーを使うの、珍しいですね。随分落ち着いた作品で、これはこれで良さがあると思うのですが……三浦さんってこういう方でしたっけ? ちょっと心配になりました。 (無題)

2022-01-12

現れは常に個を超えたもの(超出)であり、我々は常に他者(人とは限らない)に向けて自らを超え出ながらコミュニケートしている、そうした交感の複雑さと速度についての話だと思いました。 (言物連鎖)

2022-01-12

「蛙一撃」 さて明治元年、池の蛙が茫々たる器なりし錦鯉を激しく打擲したときのこと、苔生した巌の尻より煙草の臭いうらうらと屋敷の天井へと昇り、主人の鼻面めがけて猫の尾の硬く鋭い一撃がぴしゃりと阿呆を釜戸へ叩っき落とし候へば、なんとはなしに肌寒くなってきたナァと独りごちて笑う親父の顔! ナントマァあの蛙そのものではありませんか。 ぢゃあ鯉の方はどうなったんでしょうね。 (「びーれびしろねこ社賞」 応募スレッド)

2021-12-16

バラバラなモチーフを滑らかにつないでいて、かなりいい感じがしました。 (エウリピアデスにも思い出せない)

2021-10-30

ベルクソンの『物質と記憶』を想起しました。 あと「愛が天啓であり 認知が陸だね」のところは、シモーヌ・ヴェイユの『重力と恩寵』と重ねてみたり……つまり空から偶然に――あるいは幸運によって――降ってくるものと揺るぎなくあるものなのかな、と。 あるいは「陸」というのはハイデガーの言う「大地」なのかもしれないな、などなど楽しく思考を巡らせました。 (見覚えのある新世界)

2021-09-30

これいいですね。音も心地良いし、イメージの重なりも面白いですね。何より速度感がいいですね。 (残暑)

2021-09-30

コメントありがとうございます。 酔わせました。 (いつまでも、笑いたいんですもの)

2021-09-30

コメントありがとうございます。お褒めの言葉、恐縮です。 実感的というのがどういう意味なのか、はかりかねておりますが、面白く読んでいただけたのであれば幸いです。 (いつまでも、笑いたいんですもの)

2021-09-30

コメントありがとうございます。詩のなかの言葉すべてに役割はありますが、すべてに意味があるわけでないので、喩えを正確に知ろうとするよりは言葉遊びを楽しんでもらう方が面白いと思います。 (いつまでも、笑いたいんですもの)

2021-09-30

テネシー・ウィリアムズのあの戯曲みたいに、ここに出てきた人物全員が憧れのためにおかしくなってしまう……そんな物語が想像できました。憧れというのは悲劇の入り口なのかもしれませんね。 (憧れという名の列車)

2021-09-22

コメントありがとうございます。 石を抱く骸に共感する、というのは面白いですね。 (静かな夜の物語)

2021-09-07

コメントありがとうございます (静かな夜の物語)

2021-09-07

色彩のある昼の世界と色彩と輪郭の消えた夜の世界が対比されているんだと思いました。 「ひとつであることを 知らぬままに拒否している 温い泥に足を埋め 肌を喪うことも無く」 この作品にメッセージがあるとすれば、ここに一番強いアクセントがあるのだと思いますが、「温い泥」「肌を喪う」といった独特のレトリックが何を表しているのかがちょっとまだ読めてないです。 作品のなかで頻出している「指」のモチーフですが、これが「手」ではないところに、世界に触れるときの繊細な手つきが表れていると思いました。 なんだか「思いました」「思いました」と小学生の読書感想文みたいな文章になってしまいましたが、面白かったです。 (色彩)

2021-09-06

語り手が遠くにいる文章ですね。「心の中で」「何かがパチンと弾けた」という内面のことにさえ、「音がした」とどこか他人事、というか外部の出来事のように語っている語り手が印象的でした。 (咲く)

2021-09-05

コメントありがとうございます。 「ふざける」と言ってもいいのかもしれませんが、筆者の意識としては「遊んでいる」という方が近い印象です。 ホイジンガが指摘するように「遊び」の中には謎掛け、すなわち「首をかけた問い」が含まれます。これは詩的な営みと言えるでしょう。 あるいはジャック・アンリオを参照してもいいかもしれません。現と夢との空隙と言いますか、ある種の「間」を往来することを「遊び」だとするならば、これは筆者と読者の間を往来しつつ、どちらにもとどまらない――浮遊する幽霊のような詩なのかもしれません。 いずれにせよ、言葉がメディア(媒介=幽霊)である以上、筆者と読者の間には相互に不可知の空隙があり、そこを浮遊するような運動を「巫山戯(ふざけ)ている」と呼ぶか「遊んでいる」と呼ぶかの違いなのでしょう。 (星、庵にて語る)

2021-07-29

コメントありがとうございます。 用いている漢語が日常的、というよりはむしろ日常的なありふれたことと非日常的なある種の聖性との重なりというか、ありふれたことが漢語によってよくわからん気味の悪いものにならんかな、と思って書いたものでした。 連と連の繋がりは、以前は意識していたのですが、やりすぎて物語っぽくなりがちだったので最近は意識的にやめてます。霧の中を歩いていて、不意に何かに突き当たるような詩を狙っているところです。 (星、庵にて語る)

2021-07-29

応援します (タケノコ)

2021-07-17

路上生活者の困窮と中年女の白い吐息がなんとも悲しい詩ですね。モチーフはよいと思うのですが、レトリックを用いている部分がやや冗長な印象があります。 もちろん、好まれる詩風次第ではありますが僕の意見としては、たとえば「まるで地中で春を待つ草花だ」などは「それは春待つ草花」のように短く暗喩で切ってしまう方が好みでした。 (灯と蟲)

2021-07-16

英米文学をよく読まれる方なのかな、と思いました(あるいは村上春樹を) 話者の外部世界に対する不真面目な態度、そのまま自身の内面へと沈殿していくような語りが120mlと84錠という意味深な単語へと読み手を導いていく構造は面白いなと思いつつ、 しかしそれゆえにBLMやイラクといった単語があまりにも軽く置かれているような印象があり、その点がやや残念でした。 (120ml&84錠)

2021-07-16

「君の頭の重さが君の魂なの」 ここが良かったですね。 我が愛は我が重さなり、という言葉を聴いたことがありますが、頭となるとまた少し意味合いが変わってくるのかしらん、と思いました。 (マツリ)

2021-07-16

これ、良かったです。鈴木という存在に語りかけているようで、その実宙空に語りかけているようなナンセンスさと、その言葉の端々にみえる主張、思想の影がいいと思いました。 「詩を書かない詩人であり続けるよりも、瞬きした次の瞬間に虹が誕生するみたいな」という部分が特に好きです。 (鈴木、聞こえる?)

2021-07-13

コメントありがとうございます。 そう、僕は酩酊した中年童貞ラッパーだったのかもしれません。 (酩酊①)

2021-07-13

コメントありがとうございます。 電車で騒ぐのは実にけしからんと思いつつ、電車の酔っぱらいも含めて民主主義でありますから、みんなナカヨクしたいものです。 (酩酊①)

2021-07-13

コメントありがとうございます。 音読したくない言葉、ありましたかね。自覚はないです。僕は全部読めます、バイト先でも町中でも。 (酩酊①)

2021-07-13

コメントありがとうございます。 個性とディティールですか……なるほど参考に致します。 (酩酊①)

2021-07-13

コメントありがとうございます。グローバルというよりは、抽象度の高いテーマを扱っているつもりです。 (ひとりごと)

2021-06-29

コメントありがとうございます。言葉遊びや韻に触れていただけるのは、嬉しいです。 (ひとりごと)

2021-06-29

コメントありがとうございます。幽霊みたいな友人、良いですね。僕にも、人間というよりは現象と呼ぶ方が適切であるような友人がいます。 (ひとりごと)

2021-06-29

コメントありがとうございます。テンポはある程度意識しています。 (ひとりごと)

2021-06-28

コメントありがとうございます。鋭いですね。まさしくそれを意図して書いています。 (電撃)

2021-06-19

コメントありがとうございます。この作品に関しては形式的なチャレンジはあまりしていないつもりです。内容的な部分で普段とは違うことを言ってみたつもりですが、伝わりにくいということはもうちょっと色々言葉を尽くす必要があるんだと思います。ありがとうございました。 (電撃)

2021-06-19

コメントありがとうございます。お互い、厳しくかたくいきましょう。 (電撃)

2021-06-14

なんだか謎かけみたいな詩ですね。こういうのは頭の体操みたいで、好きです。 漁業の網に海老がかかった話、ですかね? そんな風に読めましたが、どうなんだろう? (家老職とアミ)

2021-06-10

拝読しました。コメント失礼します。 これ、一見めちゃくちゃ軽薄ですけど、話者がこどもを産んでいるという一箇所だけで印象ががらりと変わりますね。 「サッ」と「プーン」はたぶん音楽的な意味で書かれているのだと思いますが、悪くない演出だと思います。 「きれいな身体」の「きれいな」をどう解釈するかですが、身体を代替可能なものとして扱っている点も現代的でいいと思います。 なんでしょうね、すごく軽薄な口調が返って生生しく現実の重みを伝えてくる感じさえしますね。 愉快犯的な作品ではないかという気もしつつ、良くも悪くもキッチュと呼ぶにふさわしい作品だと思いました。 (あんこいっぱいのおまんじゅうはおいしい)

2021-06-01

拝読しました。コメント失礼します。 「日が水を背負って」「沓(支承)」になるというのは言葉遊び感がありつつ、「背負う」という橋の存在を暗示していて良いと思いました。 第1詩句「わからないので橋になった」の何がわからなくて、なぜ橋になったのかがわかりにくいですが、おそらくは第11詩句「わからない、私と裏腹に彼らはあるく」と対応していて、どこへ行けばいいかがわかっている「彼ら」と「(どこへ行けばいいかが)わからない」「私」なのかと思って読みました。 基本的には時系列的にならんでおり、橋が朽ち、あとに残った支承までを含めて一連の「橋の一生」という風に読めます。橋の上で起こる出来事を比喩的に表現する上手さは詩歴によるものだろうなと思いつつ、「ただ背負い続けて溢れるように忘れても」の詩句は記憶の蓄積と忘却にともなう悲哀をうまく表していて良いと思いました。 この詩自体に欠点は見受けられないのですが、あえて何か言うとしたら、何を書くかについてはさらに練ることができる気がしました。本作は橋の時間を描写したものですが、そこからさらに進んで背負うということが意味するもの(なぜ橋を「(腹ではなく)背」と感じたのか、他の意味――責任を負う、負債など――を含む重層的な「負う」とはなにか)を問うこともできたのではないかと思います。この作者であれば、描写的な美しさと同時に、問うていくことの美しさ(美しさ、という言葉自体に陳腐なものを感じつつあえて使います)も追求できるような気がしました。 (橋人の唄)

2021-06-01

拝読しました。 これはたぶん習作なんじゃないかな、と思いました。形式的には、詩のひとつの典型ですよね。 第1〜4詩句では第二次世界大戦中の日本の様子と「記録映画会」なるものの存在が母音u-uの脚韻で統一されて第1連となっており、ある特定の時代の特定の場所が示されていると思いました。 第5〜6詩句では-tionという横文字を使った脚韻で扇情的な声が示されております。時代と場所、そして視線の方向は第1連までと共通しているように見受けられますので、連の切れ目を無視すれば第1詩句から第6詩句まででひとつのテーマが語られているような印象がありました。 第7〜8詩句では-しんと一転して漢字を使った脚韻(身、心)が使われており、外へ向けられる第5〜6詩句とは対照的かつ内(精神、心)へと向けられる視線が示されています。最初の具体的だった時間や場所が、ここからやや抽象的になります。 第9〜12詩句も第2連と同じく2つの詩句ごとに脚韻が踏まれており(代-大、なし-たし)、内容も「令和」や「サーバーダウン」、「渡米」など、時代や場所が第1連で描かれた日本の光景から遠く離れていく印象がありました。 脚韻を踏みつつテーマが拡散していくという構造だけをみれば、ボードレールの「猫たち」(ヤコブソンとレヴィ・ストロースに始まる「猫論争」で有名なあれです)とも似ていますが、小林さんの作品からは宇宙観や思想的な基盤は読み取れず、物語的な展開の面白さとしてこうした拡散的な構造を選択されている印象を受けました。 しかし外部へと拡散するのはここまでで、第13〜14詩句では「日本代表」というナショナリズム的な単語へと戻ってきてしまい、第15〜16詩句ではなんと「君」という個人にまでズームインしてきています。 確かに構成としてはおしゃれですが、この辺は突き抜けられるだけのコンセプトへの信頼がない、いわゆる「ぬるい」態度と批判されかねないような気がします。 全体としてはとてもまとまっており、特段悪い所があるわけではないです。良い作品だと評価する読者がいても不思議ではないですが、僕個人としては拡散するならしっぱなしの方がいいと思いました。 (C)

2021-06-01

コメントありがとうございます。 (たとえばチェーホフの「かもめ」が喜劇であることからも明らかなように)悲劇と喜劇は表裏一体なので、死にゆく牛がコミカルにみえたのであれば、あるいはこれは喜劇的なのかもしれません。そうですね、角が戸に刺さって死んじゃうというのも、どこか間抜けでかわいい牛なのかもしれませんね。 前のコメントでも書きましたが、僕はこの詩を書いたあとで、どうも嫌になって出すのをやめたんです。それはこの詩が、狙って書いたようなあざとさを持っていることとや単線的な物語性に縛られすぎていることによるものです。 加えて、僕はこの手の、このくらいのクオリティの作品なら文字通り「量産」することができると思えたこと、これがこの作品をボツにした最も大きい要因だと思います。 あらためて読んでみても、僕が文学の世界に期待する「思想とイメージで構成されたモードの言語的なコードによる撹乱」とは方向性が違う気がしています。 このようなタイトルで発表することについて葛藤は多少ありましたが、元々何作か書いていたこの手の作品に関しては、何らかの特別な意図がない限りは、今後はなるべく書かないようにしようという自制の意味も込めて今回このタイトルで出すことにしました。 (ボツにして、パソコンのフォルダに「エモい詩」というファイル名で雑に置きっぱなしにしていた詩)

2021-05-27

コメントありがとうございます。これは去年の秋か冬ごろに書いたものだったと思います。 タイトルにもある通り、僕自身、これはある程度グッとくる、エモい詩なんじゃないかと思ってます。これを狙って書けるようになったので、こういう方向の作品はもうやめることにしたんです。 だって、グッとくる詩を書こうとしてグッとくる詩を書いちゃったら、もう、文学の世界に存在しようとする一人の人間として終わってるじゃないですか。そんなんつまんないと思うんです。世界が閉じちゃうと思うんですよ。 今回は僕が何を良いと思うかじゃなくて、何を良くない(ボツ)と思うかを示すために投稿しました。 僕が一度これを書いたことと、それをボツにしたことにも意味を読んでもらえると嬉しいです。 (ボツにして、パソコンのフォルダに「エモい詩」というファイル名で雑に置きっぱなしにしていた詩)

2021-05-27

これは褒め言葉として受け取って欲しいのですが、掌編小説として読めるような作品も多いビーレビのなかでは、かなり言葉遊びの要素が強い作品だと思いました。一方で夜と肉のイメージも失わず、淫靡な雰囲気も保たれている、いい作品だと思います。 ただ……言葉遊びにしてはやや短いような気がしました(習作でしょうか)。言葉遊び的な作品は、やはり作品の長さが遊びの深さと直結する気がするので、このクオリティを保ちつつ、長く深い言葉遊びが続くと、もっと面白くなると思いました。 (異界)

2021-05-27

このところ、誠実とは言い難い作品をいくつか――もちろん考えあってのことですが――ビーレビに投稿しているので、このような作品をみると諌められているような気分になり、身が引き締まります。 つまり、あなたの詩において言葉が縷縷として破綻せず、しかし柔らかさも兼ね備えた韻律を紡いでいるのに僕は感じたのです。 やはり血肉によって書くことをやめるべきではないのかもしれません。あなたの作品を読んでそう思いました。ありがとうございました。 (客観的な当選に於いて(2))

2021-05-27

コメントありがとうございます。 細かいところまで見ていただいて嬉しいです。この作品ではけっこう細々としたことを色々やっていたのに全体のイメージで読まれがちだなあと思っていたので。 (玉抜かれてcorpse)

2021-05-14

コメントありがとうございます。 フェイク&リアルな世界観がいいのかもしれませんね。 (アリクイがクマに言った)

2021-05-11

ありふれているといえばありふれているモチーフではありますが、個人的にめっちゃ好みのモチーフだったのでコメントします。 変化の瞬間を叫びとして描いている点、かなり好みです。ただ読者のエゴで重箱の隅をつつかせてもらうなら、「美しい愛の詩」の欺瞞性みたいなところに着地しちゃうのはもったいなかった気がします。 う〜ん、難しいですが、たとえば絶叫のその先にある至高性とか、あるいはそうした叫びが連鎖しながら感染していくこととか……まあこれらも安易ではありますが、もう少しやりようはあったのかな、と。 とはいえいい雰囲気は感じました!ありがとうございました。 (青ざめた朝に)

2021-05-10

あ、これいいですね。 形が視覚的に面白いし、詩文の文法的な危うさがいい感じに揺れ感を作っていて素敵です。 (she ))))>< ಠ Ɛ⁍̴̆ ❕)

2021-05-10

コメントありがとうございます。 (アリクイがクマに言った)

2021-05-08

コメントありがとうございます。 アリクイの弁に説得力がある、というのは新鮮な読みでした。なるほど、いまだにこうした言い回しには一定の説得力があるのかもしれませんね。 (アリクイがクマに言った)

2021-05-07

コメントありがとうございます。 寓話をどころかほとんど訓話みたいな話なので、身につまされる気分になっていただけたなら幸いです。 (アリクイがクマに言った)

2021-05-07

コメントありがとうございます。 ありがたい感想です。どうぞご自由にお読みください。発表した以上、作品は読者のものであり、作者は哀れな敗残者に過ぎないので。 (玉抜かれてcorpse)

2021-04-18

コメントありがとうございます。 人生なめてるとこうなるんですかね。いやあ、まいっちゃいますね(笑) (玉抜かれてcorpse)

2021-04-18

コメントありがとうございます。文体に言及していただけたのは素直に嬉しいです。 もちろん物語自体は作品としての必然性に基づいて構築しているわけですが、個人的な考えとしては背後の物語はほとんど重視していなくて「詩なんだから音とイメージと思想の響きと重なりだろう」なんて思っていました。ただ、今回他の方のコメントなども読んで、意外と皆さん詩にも物語的な面白さを求めておられるなあと感じ、ビーレビに投稿するものに関してはもう少しちょこちょこやってみようと思いました。 (玉抜かれてcorpse)

2021-04-17

コメントありがとうございます。 自分としては本作のメインテーマは「(心身二元論的な)身体」であって、「猿猴」のモチーフで筋立てたのは可読性への配慮と言葉遊びの結果なのですが、読み手の方がそのモチーフの方に引っぱられてしまうということであればむしろ些末な配慮は捨てて本題だけを並べても良かったかもしれないです。 (玉抜かれてcorpse)

2021-04-15

コメントありがとうございます。いやあ、気持ちとしてはこういうのばっかり書いていたいわけですが、ちょっとやりすぎですかね。音韻とイメージと意味をかなりうまく重ねられたつもりの作品だったのですが……可読性ですか。精進します。 (玉抜かれてcorpse)

2021-04-15

訂正④ 誤:べろなし昴 正:べろだし昴 (すてきなマテリアル①)

2021-02-23

訂正③ 誤:去りし幸せ 正:去りし哀れみ (すてきなマテリアル①)

2021-02-23

訂正② 誤:そりゃまあ夜半か 奇し御霊、岩  正:奇し御霊、岩 そりゃまあ夜半か (すてきなマテリアル①)

2021-02-23

訂正 誤:やきそばを食べ べろなし昴 正:べろなし昴 焼きそばを食べ (すてきなマテリアル①)

2021-02-23

情景がかなり鮮明で、その中でユディトと母親のイメージを重ねるという開き直ったような気持ちのよさを感じる詩ですが、リズムがめちゃくちゃなのですごくダーティな響きを伴っている気がします。 作者の意図なのかもしれませんが、もう少し語順を整えるとか、不要な部分を削るか言い換えるかするとか、あるいは部分的にでも押韻してみた方がこの作品にとっては良かったんじゃないかなあ、と思いました。 ……う〜ん、でも語り手の情感が強い詩でもあるからこれでもいいのかしら。その辺は好みの問題なのでちょっとわかんないですが、僕の好みからは外れていました。 (蝶を食むユディト)

2021-02-15

とてもリズミカルなのに「倒れる演技して」だけが異質な音ですね。「時計と碁石の演技して」の布石だとしても、そこだけちょっと気持ち悪かったです。 意味については読み取れない部分が多かったのですが、女性的なイメージと誘拐や窒息死のイメージとが不穏な空気感をかもしていました。不思議でゾクゾクする、良い響きでした。 もしこの読み取れない部分に情感的な含意があったとすれば申し訳ないですが、私にはドライな言葉遊びのように思え、作者様のその姿勢をとても好ましく思いました。 (輾転反側させられ)

2021-02-15

コメントありがとうございます。方言はいわゆるヴァーチャル方言といいますか、実際には存在しないもので、そのあたりをタイトルで暗示しています。 (時計仕掛けン己れン地)

2021-02-09

コメントありがとうございます。人が生きていく過程で、個人の「名前」はシンボルとしての意味を獲得していくのかもしれませんね。 (ノリ・メ・タンゲレ)

2021-01-24

コメントありがとうございます (ノリ・メ・タンゲレ)

2021-01-24

あまり詳しくないので恐縮ですが、グノーシスに関する詩ではないかと思いました。 土は被造物としての世界を示しており、土人形は人間を示しているのだと思いますが、その創造者として「僕」と「パパ(天の父上)」の二人が出てきております。創造者が二人おり、一人が悪者とされ泣いているということから「僕」は偽の創造神であるヤルダバオート、パパは至高神ないしその鏡像であるバルベーローではないかと思いました。(サタンおじさんというのも、確か正統なキリスト教では悪魔とされていますが、グノーシスでは人類を精神世界へと誘導する善の存在だったような……この辺あまりわかっていません) ただ、不完全な神としての「僕」が人類の業を背負わされている点には原罪を背負わされたイエスを想起してしまい、そこにねじれを感じました(たぶんまだ僕の知らない神学の話が色々あるのだと思います)。 学部生時代にかなりバタイユに傾倒していたので、ついグノーシス的な読み方をしてしまいました。頭の体操というか、色々妄想できて面白かったです。ありがとうございました。 (えーん、えーん)

2021-01-24

コメントありがとうございます。「軽さ」は忘れそうになりがちですが、時々思い出しては意識するようにしています。 (ノリ・メ・タンゲレ)

2021-01-24

コメントありがとうございます。「都会の片隅感」という言葉が出てくるのは意外でしたが、面白いですね。 (ノリ・メ・タンゲレ)

2021-01-21

コメントありがとうございます。「悲劇のような喜劇のような」というのは嬉しい感想でした。僕はチェーホフの戯曲が好きなのですが、彼の作品(特に「かもめ」「ワーニャ伯父さん」)は悲劇であり喜劇でもあるような気がします。そういった作品群に少しでも近づけていれば嬉しいです。 (ノリ・メ・タンゲレ)

2021-01-21

コメントありがとうございます。最近読んだ本に「キリスト教は触れる宗教である」というような記述がありました。何かに触れることで奇跡を起こすキリストと、あらゆる男に触れられたために低く見られるマグダラのマリアというのはある意味対照的なのかもしれませんね。病理についての考察も興味深く拝読しました。 (ノリ・メ・タンゲレ)

2021-01-21

ありがとうございます。かなり意識して色々な変化をつけているので、そこを好意的に受け取っていただけるのは嬉しいです! (ノリ・メ・タンゲレ)

2021-01-21

コメントありがとうございます。現役信者の方に笑っていただけたのでしたら一安心です(笑) (ノリ・メ・タンゲレ)

2021-01-21

コメントありがとうございます。おっしゃるとおり、ヨハネの福音書20章11節からの話がモチーフになっています(「ノリ・メ・タンゲレ」はよく絵画のモチーフになるのではよく知られていますね)。最近読んだジャン=リュック・ナンシー『ノリ・メ・タンゲレ――私に触れるな』(萩野厚志訳)に触発されて書きました。 (ノリ・メ・タンゲレ)

2021-01-19

コメントありがとうございます。 (ノリ・メ・タンゲレ)

2021-01-18

「祈り」みたいな宗教的な価値が近代以降の産業的な功利性と結びついて生まれたのが資本主義だ……みたいな話がウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』だったと思うんですけど、そっちに回帰してないかな、というのが率直な感想です。 「そのせいで二度の世界大戦が起きましたよね?」みたいな戦後の話が21世紀に入ってやや陳腐な響きを伴って聞こえてしまう気持ちもわかりますけど、逆張りしすぎて変なとこまで回帰しすぎると危険な感じがします。 「祈り」どころか「身体」や「家族」、「愛」までも資本主義社会はとっくの昔に飲み込んでおり、今の労働の問題は企業が「創造性」やら「コミュニケーション能力」やらといった感性や感情までも労働力(ないし商品)とみなしはじめたところにある気がします。そこに反発するのか、あるいは加速主義的に自ら飲み込まれながら加速させ、破綻させていくのかという選択肢の中で何を選んでいくのかが課題なのかなあ、と思いました~ (この詩を奴らに渡すな)

2021-01-18

てんま鱗子様 拝読しました。「貌」という字の孕む、美醜、そしてある種の軽薄さという二つのイメージが浮かびました。括弧付きの「コピー用紙」というモチーフもまさしくですね。秀逸でした。 それと「夢とリアル」でもそうでしたが、あなたの詩は誰かに語りかけていて、しかもそれが決して読者ではない、あなたの知っている誰かなのだろうと想像できるところが素晴らしいと思います。 動画を拝見して、変わりやすいものや移ろいやすいものに対する忌避感を感じました。しかし、結晶のような堅固さと同時に炎のような変容こそが文化の生命ではないかと僕は考えます。そして、この結晶と炎のバランスを問題にしているという点で、我々は合意できるはずです。 コメントしていない作品もありますが、あなたの詩がとても気になっており、ときどき読んでいます。素敵な詩をありがとうございました。 (醜さの実存)

2021-01-03

てんま様 返信遅くなってしまい申し訳ございません。嬉しいコメント、ありがとうございました。 僕の思想を形作っているのはフランスの思想家バタイユ、日本のダダイスト辻潤、それとイタリアの小説家カルヴィーノらの作品群だと思います。 身体と世界との間を取り持ちつつ、現実といかに闘争していくかを常に問題にしています。 (うんちが臭いのでニューヨークへはいけない)

2021-01-02

アキラさんがこの手の詩を書くの、珍しいですね。具体的に情景が浮かんできて、冬の月夜のなかでみぞれにやられている気分になりました。よかったです。 (舐めておけば良かったのに)

2020-12-27

コメント(?)ありがとうございました (燕雀いずくんぞ)

2020-12-13

言いたいことをまっすぐに語る、話すことを避けている、というのは鋭い指摘で、僕の先生にもよく言われているところです。あっけらかんと全部吐き出すのが必ずしもいいことと思っていないのもありますが、内心の臆病さゆえなのかなとも思うので、いずれ内面を吐露するような作品も書ければと思っています。コメントありがとうございました。 (燕雀いずくんぞ)

2020-12-13

コメントありがとうございます。 (燕雀いずくんぞ)

2020-12-06

コメントありがとうございます 鴻鵠のアカウント(笑)あるんですかね。広告のアカウントはいっぱいありますが (燕雀いずくんぞ)

2020-12-03

めちゃくちゃよかったです。ノイジーな文体と分裂した内容、精神病棟の描写が奇妙ながら調和していて、ところどころで繰り返される英語と日本語の台詞が読むたびに別々の意味を響かせていたような気がしました。 ある種のディスコミュニケーションというか、読者を突き放しつつまるごと飲み込むような腕力もあり、あらゆる意味で作者の才能を感じる作品でした。 (骨灰)

2020-11-25

(今夜のキャスを聞き、気になって読んでみました。以下簡単な感想です。)  第一連では二行目と四行目の文末(だ‐た)で、第二連と第三連では二行目の四文字目(誰にも‐いつとも)と最後の行の文末(で‐て)で様式的に韻を踏みつつ、第四連から内容の描写が始まっているという構造なのかなと思いました。たとえば第四連、「力はとっくのとうに」の行が「力は」と「とっくのとうに」の二行に分かれていれば一、三、五、七行目文末が韻を踏んでいましたが(は‐が‐は‐た)、そこがあえて接続されていることで様式から内容へと焦点がずらされているのかな、と。  第五連は冒頭「皆の知る」が一行目と三行目でくりかえされていますが、これまでされてきた文末の音に規則性は感じられません。呼応するように第六連からはこれまでの比喩的な表現とは打って変わって冷蔵庫の音という具体的な環境の描写へと流れていっています。続く第七連では身体の動作がぽんと置かれ、実際の身体感覚が意識されることで、第八連での具体的な意思の説得力が増していますね。  そして印象的な第九連から第十連の「アーメン」の場面へと流れていきますが、ここも面白かったです。第九連の「ああ」は「裸」「腕」「足」といった身体の様子と「幼児のように」「眠っている」状況の間で休符のようにその間の感情を読ませてる機能をもっていますね。「力尽きた」「アーメン」は飲み食いした暴食の罪を寝落ちで贖う語り手と原罪を死によって贖ったキリストとが重なっているように思え、そこにある種の諧謔的な感性というか、最後にフッと力が抜けるような読後感がありました。  全体の印象としては、飲み食いした日の夜というユーモラスなテーマの中で様式から内容へと軽やかに視点が移っていく点が面白いと思いました。換言するなら、聴覚から視覚へと緩やかに焦点がずれていっているように感じられ、そこが興味深いと思いました。 (退廃的青年の降誕)

2020-11-21

コメントありがとうございます。パンクを皮肉る人を皮肉るみたいなわけわからん話ではありますが……(笑) (反革命のステレオタイプ)

2020-11-09

コメントありがとうございます。長野県の御柱祭とかもめちゃくちゃ危険ですよね。 おっしゃるとおり、日常空間から切り離されたリミナルな祭礼空間においては規範が反転したりしますから、そういった雰囲気を表現したかったのもありました。 (今日はお祭り)

2020-11-03

日常にある狂気の種をうまく拾ってらっしゃる詩だと思いました。一見微笑ましい光景ながら、よく考えると明らかにバグってるところがけっこう好きです。 (おかえりなさい)

2020-11-02

コメントありがとうございます。 好きなアーティストとはどなたなのか、気になりますね。おっしゃるとおり、音楽もまた暴力的に咲く花なのかもしれないなと思いました。 (贈与)

2020-10-19

コメントありがとうございます。 彼岸花の話、とても興味深かったです。不吉な花が咲くときのゾッとする感じには、たしかに暴力性を感じますね。 (贈与)

2020-10-19

早速のコメントありがとうございます。幅広い読みの中で問いを喚起されており、そのどれもが刺激的でありがたいです。 ただ、解釈は自由であるべきと思いつつ(バルト曰く読者が生まれるとき、作者は既に死んでいるのですから)、作者のエゴで一点だけ。 「贈与」は確かに法律用語でもありますが、ここではそれよりもずっと広く抽象的な意味で使っているつもりです(それこそ、モースの『贈与論』よりも広い意味で)。 (贈与)

2020-10-16

コメントありがとうございます。このところ夜が長くなり、気温もグッと寒くなって、ますます深海のチョウチンアンコウのような気分になりそうですね。 実際に誰もが心の深層で光を求めている、ということもあるかもしれませんが、もしかすると「暗闇の中にいる人に光を与える救世主になりたい」という啓蒙主義的な表現者のエゴなのかもしれないなあとも思いました。 (チョウチンアンコウの道端)

2020-10-08

そうですね。息もできない深海のなかで息が吹き込まれた(in-spiration)チョウチンアンコウ、というのも想像をかきたてるものがある気がします。 また読みたいという一言、とても嬉しく受けとりました。ありがとうございます! (チョウチンアンコウの道端)

2020-10-08

身体を小宇宙(マクロコスモス)と呼ぶことがありますが、象徴としての身体はある種の宇宙観を示唆することがあります。この詩は身体的な語彙を用いていますが、僕はこの詩の世界にある種の宇宙的な広さを感じました。言葉のイメージも素直に綺麗で、素敵な詩ですよね。読者の傲慢でひとつだけ、乳白色と極彩色の二行だけ少し違和感がありましたが、総じて好きな詩でした。 (雑音)

2020-10-06

ありがとうございます。チェーホフの『ワーニャ伯父さん』のような、最後にほんの少しだけ希望のある物語が好きなんです。 (老人の歌が響けば)

2020-09-20

ありがとうございます。そこはある種の供儀をイメージして書いた部分でした。 (老人の歌が響けば)

2020-09-18

夜中、恋人に殴られちゃったのかなって思いました。朝起きたら晩御飯の食べかけのチャーハンが机の上にあって、傷ついた自分の身体と昨日のチャーハンを結びつけるのがスプーンしかないのかしら、なんて妄想しました。 ガツっとした詩ですね。呆然とした感じがどこか虚しくて好きです。 (不在)

2020-09-17

これは仙台(?)なのでしょうか。「白いおなかに花をのせていあんしいてあげる」という言葉が素朴なようでどこかエロティックな響きを持っているように感じました。その次の「ベルトの金具ばかのふりではずしてあげる」というのもまた幼さと成熟した賢さを兼ね備えた何かのようで、あるいはそれが「はてなようせい」なのかもしれないな、と思いました。秘密で飾られた、不思議で素敵な詩でした。 (はてなようせい)

2020-09-17

ありがとうございます。人間は性交を秘めることによってエロティシズムを獲得したのかもしれません。トンボの交尾の暴力的なあからさまさ。 (トンボの交尾)

2020-09-17

死ぬ蝉のこころ 抜け殻はうつろ (蝉はもうじき全部死んでしまうだろう)

2020-09-17

ありがとうございます。蝉を希望の光とされるのは興味深い解釈で、対して僕の詩の中で蝉はやや悲観的な響きをもって描かれているかもしれません。ただ、僕はこの繰り返しのなかにひとつの希望を込めたつもりでもありました。 (蝉はもうじき全部死んでしまうだろう)

2020-09-17

ありがとうございます。自身の死の暗示も読める詩かもしれませんね。死をob-ject(前に―投げる)化することによって主体から目をそらすことは死を前にしたときに往々にしてあることなのかもしれません。もちろん、死以外でも (蝉はもうじき全部死んでしまうだろう)

2020-09-17

ありがとうございます。もうすっかり季節も変わってしまいましたが、書いたころは丁度蝉のよく鳴いていたときでした。 (蝉はもうじき全部死んでしまうだろう)

2020-09-17

コメントありがとうございます。リフレインの意図についてですが、この詩は繰り返される部分には変化をつけ、変化のある部分は繰り返すというあべこべな構造を狙って作った形式的な詩のつもりでした。変わらない日々の中で蝉の死と季節の変化だけが変化していく、その変化の部分をリフレインで表現したつもりです。最後の部分はそれまでの言葉のコラージュで、変わっていくものもより広い視野でみれば循環しているのかもしれない、ということを暗示しました。 (蝉はもうじき全部死んでしまうだろう)

2020-09-17

第三者からの問いかけに対する猫と飼い主の会話なのかな、と思いました。短いけれど、かわいい詩で好きです。 (ニャンコでいいよ)

2020-08-31

状況はわかりませんが、シンプルな気持ちは伝わりました。 (ひたすらに)

2020-08-24

どこか郷愁を感じさせつつ、所々で暗示される死の影がなんとも味わい深い詩だと思いました。郷愁と夕日というと、えてして陳腐になりやすいモチーフですが、それが様々な背中を通して語られることで、イメージが重奏のように響きあっていて、それが良いと思いました。 (せなか)

2020-08-24

手の影で遊びながら遊びのなかに入って行く身体、ふと子供時代に戻ったような気がしました。終盤で漢字を平仮名に開いていく部分、イメージの世界のなかで幼児に退行しているような気がしましたが、一方でそれが決して戻れない過去の世界であることも同時に感じられました。失われてしまった過去への感情、郷愁を感じます。 世界―小さな世界は自分の外部―内部を表しているのだと思いました。「ただいま」と言いたくなって誰かに「行ってらっしゃい」と追い出してもらおうとする最後ですが、これは外から内へ潜って行く自分なのか、内から外へ向かおうとする自分なのかで意味が変わるような気がして面白かったです。 (不思議の世界へ)

2020-07-29

リズミカルで音韻に法則性があり、なんだか歌の歌詞みたいですね。あと間違ってたら恥ずかしいんですけど性的な隠喩を感じました。 (貝化石)

2020-07-28

コメントありがとうございます。「不在を欲望することができない」というのは欲望は常にその対象が「まだここにはないけれど、いずれ現れる」といういわば「未在」とでもいうべき状態で想定されていることを示したつもりです(たとえば学問体系としての哲学は「答えが存在しない(と思われる)問題」を考えているのではなく、「答えはあるはずなんだけど今はまだ出ていない問題」を考えています)。 一方で一つの考えとして、絶対的な「神」や「真理」はそれが「不在」であることによって定義されることがあります(たとえば神は姿を現さないものとして、プラトンはイデアを直接見ることができないものとして、つまりいずれも不在として存在することがあります)。いわば広義の「否定神学」ですね。しかしこうした我々はこうした素朴な「絶対性」や「純粋性」のフィルターによって存在しているはずのものまで見えなくなっているのではないか、と僕は考えています(眠り姫のベッドに積もった埃のように)。 そこで提案されるのが不在ではなく欠如を埋め合わせるように知を求めていく在り方であり、これが筆者として語ることのできるこの詩のひとつの解釈です。ただこれが全てというわけではなく、もう少し色々と詰め込んでいます。 (愛―知、非―知)

2020-07-28

ありがとうございます。僕は裸体そのものよりも「脱ぐ」という行為の方にエロティシズムとフィロソフィアがあると思っていて、着こんでは脱ぎ、着こんでは脱ぎを繰り返していく絶え間ない営みをひとつの愛―知の在り方だと考えています。 (愛―知、非―知)

2020-07-28

ありがとうございます。越える瞬間、難しいですね。そもそもあるのか、それはどういったものかというのがそれぞれまた別の詩になりそうです。「排除」三部作を書いてもよいかもしれませんね。 (排除)

2020-07-07

コメントありがとうございます。ゴキブリと人間世界とが曖昧にみえるのは半ば意図的なものです。題名のとおり「排除」がモチーフになっていますので、ゴキブリと人間とは互いが互いの暗喩になるような関係のつもりで書きました。 (排除)

2020-07-01

ありがとうございます。最後の連の区切り方、というか形式は個人的にとても好きな形なので、褒めていただけて嬉しいです。 (排除)

2020-07-01

身体の部位を分けて、それぞれ韻を踏んでいくというシンプルなスタイルの作品だと思いました。素敵な味が出ていると思います。 (回る頭は猫の額)

2020-05-08

 繭に包まれた蚕とおくるみに包まれた赤子のアナロジーから、繭の中の蚕が孵化してカイコガになっていくことと、不在者としての胎児が「名指されること」すなわち言葉で切り分けられることによって「個(individual=分けられたもの)」になっていくことの類似したイメージについて語られているのだと受け取りました。  一方でこれは詩について書かれたものでもあって、糸から布ができていくイメージを通して、言葉から詩ができていく過程が暗示されているのだと思います。おそらく作者にとって詩と(個人としての)人格とは切り離し難いものなのではないでしょうか。そんな印象を受けました。  しかし、蚕がカイコガになったり、言葉が詩になったりするのにかかる時間に比して、我々が詩を読む時間のなんと短いことでしょう。これは表現(expression)と表象(representation)の時間の差であるとも言えるかもしれません(あるいは、キリストの誕生にかかる時間と復活にかかる時間の差)。この詩の短さから、ついそんなことを考えてしまいました。良い詩だと思います。 (輪郭)

2020-05-08

黒羽さん 最後の音の伸びは少しだけ子供っぽくしたつもりでしたが、確かに音としてはキチンと処理せずに出してしまった感があり、気になっていたところでした。コメントありがとうございました。 (明日のための幸福な懐古)

2020-03-12

チャッピーさん ありがとうございます。まさしくそういった気持ちもあって書いたものでした。 (明日のための幸福な懐古)

2020-03-12

恒常的に眠い人さん ありがとうございます。僕は自分の中では完璧だと思って出しているのですが、う~ん、やはり後半の評判がやや微妙ですね。 とても参考になりました。ありがとうございます。 (明日のための幸福な懐古)

2020-03-09

トビラさん pugilistまで読んでいただき、ありがとうございます。これまで、様式的で感情のみえない文章が多かったため、少し感情を乗せてみたつもりの作品でした。 ご指摘の点、時間をかけてしっかりと消化していこうと思います。ありがとうございました。 (明日のための幸福な懐古)

2020-03-06

ありがとうございます。ビーレビューでは詩の様式の方を誉めていただくことが多いのですが、書いているときに強く意識しているわけではなくて、音読して不快な音韻がないようにだけ気をつけています。 様式だけじゃなくて、内容の方をきちんと充実させていかないといけないなあと思う日々です。とはいえ「詩的」とのお言葉、ありがたく受け取らせていただきます。 (明日のための幸福な懐古)

2020-03-06

叙情性に加点した者です。短い詩ながら、夜と女性を中心にした大変にくそったれな物語を色々と想像できました。ありがとうございました。 (もののけ)

2020-03-05

はじめまして。可読性とエンタメに加点した者です。散文調の小説を読んだ気分でした。受けた印象を一言で表すなら「デジタル終末論」ですね。 (誰が為に)

2020-02-02

帆場蔵人さん 諦めは常に私の根底にあるような気がします。本当はその先の希望まで書きたいと思っているのですが、どうも下心のあるうちは、そういった言葉は降ってきてくれないみたいです。 巧いというのはもったいないお言葉。ありがとうございます。 (お別れの挨拶)

2020-01-12

黒羽黎斗さん 言語間の音韻の違いや翻訳の不可能性がテーマのひとつなので、鋭い感想だと思いました。ありがとうございます。 (お別れの挨拶)

2020-01-10

snowmen911さん 軽さは、ここ最近、文章を書くときに意識していることのひとつです。ありがとうございます。 (お別れの挨拶)

2020-01-10

たもつさん ありがとうございます。セクシーという感想は意外でしたが、嬉しいです。 (お別れの挨拶)

2020-01-10