kaz.

投稿作品数: 28 コメント数: 251プロフィール: 詩人 ◆アマゾン著者ページ https://t.co/zcnR64VgCK◆詩誌チャかシズム https://t.co/2HbC68EoBs◆個人サイト https://t.co/pgHzfvTpxu #定期的に宣伝・飯テロ

投稿作品

(笑)

2017-05-17

Always Fantasy

2017-06-01

カラジウム

2017-06-21

911+311=1222

2017-07-29

2017-08-06

黙すること

2017-08-14

単調な旋律

2017-10-01

かもめ

2017-11-10

2017-12-13

瞼の彩り

2018-01-13

     

2018-02-06

コメント

もっと感性を磨いた方がいい、という感想に終始する。より芸術的に、ね。 (「弔い人形」)

2017-02-10

天才詩人さんへ。はーい、真面目にやりますよ。ただ、あなたがお手本を見せるべきだとは思いますけどね。 作品内容に触れないことが問題だと言われたので、作品内容にできるだけ触れてみますね。テクストに実際に触れるという経験をあまりしたことがないので、この作品をコンテクストに即して読むと、自分に似た人形を探してそれにハサミで何度も突き刺すという、それこそ「薄っぺらな笑顔」みたいな表現が鼻につくわけです。これに限らず、どの表現を取っても面白味がない。そして物語としても面白くない。だから、私は先のように言ったわけです。 (「弔い人形」)

2017-02-10

そして、これをジャパニーズホラーだのハイブリッドだの言ってるのは、少し時代錯誤のように思うわけです。むしろこの詩の中で強烈な核となっているのは、 「さびしがらなくとも良いよ お前に似た、同じ名の人形が そこかしこで眠っているから」 この一節は、私にとってはすごく強い言葉です。それは一つには「お前に似た」というのの指す「お前」、要するにYouは、私たち詩人のことを指しているのかもしれない。この箇所を、お前に似たやつはいくらでもいる、というざっくばらんな解釈でもって通しても構わないでしょうね。そしてこの一節で「お前」はYouを誘致し、ひぐらしのなく頃にを想起させる。天才詩人さんがジャパニーズホラーと言ったのは、この辺りのことでしょうか。 (「弔い人形」)

2017-02-10

花緒さん うーん、文極の感覚が抜けきらないようですね。そんなに丁寧に反論されたら、大人しくカードを受け取るしかないですよ。もう少し優しく書いてみます。どうもありがとう。 (「弔い人形」)

2017-02-10

よく読んだらジャパニーズホラーと言ったのは花緒さんでした。失礼しました。 (「弔い人形」)

2017-02-10

Umm...詩書き同士でしかわからないところで盛り上がっているとは、私は思いませんよ。本当に面白いのであれば、詩人という枠組みを超えて、幅広い世界で盛り上がると思います。私の言い方が悪かったようで申し訳ないです。 (「弔い人形」)

2017-02-10

学がないのにこれを理系的文章と読まない方がいいですよ。もとこさん。 ちなみにこれ、テクストサイトの基準で言うと非常につまらないと思います。 (宣戦布告)

2017-02-10

宣戦布告っていうのは、もっと🐧ペンギンをぶっ飛ばしたようなのを言うんです。こんなのせいぜい「北極の氷溶けました、ホッキョクグマ溺れちゃいました、ああ可哀想」みたいなチャチな作風でしかない。テキストとして勝負する気ねえだろ、これ。 (宣戦布告)

2017-02-10

と書きましたが、すみません。作品に対して攻撃的であるように見えているとのことだったので、もう少し包容力を持って書こうと思います。 厳密な意味で大気中の窒素の配合量の崩壊は、ハーバー・ボッシュ法の確立により、成立しても不思議ではないでしょう。ただし、大気中の窒素固定は、古くからダイズ科の植物と共生する根粒菌、またはハンノキ科の樹木と共生する放線菌の一種フランキアなどによって行われてきました。したがって、お会いしたことはないですが三浦さんの回転運動によってそれが崩壊することはないでしょうし、ましてやそれがために宣戦布告するというのは、ちょっと笑えるんですね。こういうのは、ユーモアがあるというより、エスプリがあるんですね。 (宣戦布告)

2017-02-10

そして、ただ、それでもその宣戦布告方法を認証するか、と聞かれたら、ちょっと興味を持ってしまいそうになる。でも、私的には、やっぱりもう少し、大気について勉強するなら、窒素固定について、植物🌲たちがどんな営みをしてきたかを考えるべきでしょう。大気中の窒素の濃度が急激に変化することがあるなら、同時に酸素の濃度も変化する可能性がある。高濃度の酸素は人体に悪影響を与える。 私はひとまず、理系的な文章というのがどういうものかということより、いくつか選択肢を示して、そこから入っていくのがいいと思います。 一つは「アリエナイ理科の科学」から入るやり方。もう一つは、科学史から入るやり方。最後に、本当にやる気があるなら、理系の学部に入って実際に現場を体験して、卒業するというやり方があります。これのうちどれかで、すぐにエセ科学とエスプリに対する洞察を持つことができるかもしれません。 ただ、先ほどの理系的文章への批判は少し行き過ぎであったことを謝罪いたします。 (宣戦布告)

2017-02-10

表現は悪くないが、あまり笑えない。 (月を慰労する)

2017-02-10

と言った理由を説明しますね。まず、「月を慰労する事に/意志を感じた」の表現自体が、私にはフィットするわけです。満月のときって🌕けっこう性犯罪率が高いという話を聞いたことがあります。ただ、月に意識はないので、月自身がこの作品に示唆的に見られるような「ちょっとエッチな感じ」に対して、罪悪感を持つことは多分ない。むしろ、月の側からすれば、もっと掻き立ててやろうと思っているかもしれない。 そういう詩的な想像力をもっと活かすべきだと言いたい。この詩は笑い🤣の方向とシリアスな、現代詩的な方向の両方にベクトルが向いていて、どっちかはっきりさせろと言いたいわけです。 (月を慰労する)

2017-02-10

セカオワって聴いてるとほとんど「私」って使わない感じがするんだよね。この詩はセカオワにも負けるし、ユーロビートにも乗れないし、フランス人ラッパーにも敵わない。 (彷徨)

2017-02-10

「アタシは夏が嫌いだった」「アタシは冬が嫌いだった」と随分はっきりした主張を持っている。それを持っているなら、「彷徨」してねーじゃんか‼️ つまりこれ、彷徨というタイトルが似つかわしくない詩なんですね。 (彷徨)

2017-02-10

イメージは悪くないが自己愛が強すぎる気がする。❤️ (白い夜)

2017-02-10

この詩の中では美醜は問題ではないのだから、言い換えればおよそ全芸術という芸術は否定されることになるんじゃないの? 問題は、それくらいの覚悟を持って作品を書いているか、と言うことでしょう。 (告白)

2017-02-10

「私の鳥」という主題を与えられたなら、私なら先ほど投稿した「映画🎞ワイルド・スタイル」みたいな感じで書くだろう。そう言えばさっきからペンギン🐧やら何やら鳥🦆系の作品多いな。 (私の鳥)

2017-02-10

先ほどは攻撃的な文章を書いてしまいすみませんでした。とは言っても私自身の詩がネット詩をはじめ他のあらゆる現代詩に対して攻撃的なので、いくらか仕方ない部分もあるのですが。 「風が壁をゆすり雨が屋根をたたく 机の上には無数の口が うごめきながら持ち主を待ちわびている」 口、と、その持ち主が分離した状態、というのを、私は想像します。失語。ヘイトスピーチ。PKO。色々なものが思い浮かびます。あるいはこれは、ただ浮遊するシニフィアンの表象なのかもしれない。などと思うわけです。 つまり、、鳥の口、というのは、存在するのか? という話です。嘴と書かず、口と書いたからには、そこに、何らかの意味を、見出すことができるでしょう。 ここで思い起こされるのは、アクティビストとしてのアーティストと、パフォーマーとしてのアーティストです。👩‍🎨アクティビストとして振る舞うアーティストは、様々なことに批判的なように見える。しかしパフォーマーとして振る舞うアーティストは、それら批判をも自分の糧にしてしまう超越的な存在に見える。そして、ここではその「箱」📦がシンボリックに起動している。 アクティビストとして振る舞うこと自体にも、パフォーマーとして振る舞うこと自体にも、どちらにもスカッとするものがあります。この、スカッとする感じを、私は詩で出したいなと考えていて、、そういう話では、、この詩はどうしてもスカッとしないな、という感じを受けるのです。 (私の鳥)

2017-02-10

こういうのがかきたかった。よくこの掲示板頑張って作ってくれたね。俺はこれが投稿できただけで十分満足。ありがとう。 (映画🎞ワイルド・スタイル)

2017-02-10

三浦果実さん、どうもありがとうございます。丁寧に書いていきたいと思います。 ・最初の疑問 これは、答えは至ってシンプルで、過去に見たことがあるかないか、という程度の問題だと思います。しかしながら、新しいものが必ずしも評価されるとは限りません。新しいことをやっていたとしても評価されない可能性はあります。そして、私のこの詩の文体、装飾の多用、そういうあらゆることが、すでに日本をはじめ世界中のコンクリート・ポエトリーの系譜――ni_ka、新国誠一、カミングス、マラルメ――によってやり尽くされています。私はそこから少しばかり残滓をいただいて、やり残したであろう部分に再生を試みるだけです。 ・ふたつめの疑問 詩の書き方を説明する方法はありません。しかしながら、詩を読んだときの反応を研究する方法はあります。それは作家論を、読むこと。批評をとにかく読むこと。例えば『芭蕉七部集評釈』という本があって、それこそ芭蕉の句をけちょんけちょんに読み解いていく訳ですが、内容が頭に残るかというと、読んでいてちっとも面白くない上に頭に残らない。今の私の同期なんかそうですが全然、本を読まないですし、そもそも芭蕉って面白い? ってところから始まるはずなのに、ドカドカと廊下を走っていく学徒のような、元気だけど頭は空っぽなそんな感じがあるわけです。 新しさは、新しさです。しかし、それを生み出すために、様々な血の滲むような、目から血の涙を流すような努力がいるのです。 (映画🎞ワイルド・スタイル)

2017-02-10

三浦果実さん 系譜学と言いましたが、まあ基本的には連なり性、関連性として考えてもらっていいと思います。今朝投稿したときに思いついたのですが、詩をスクリーンショットで大量に残しておいて、次に読まれる人に残すようにする、ということを私は考えています。画像化すれば拡散も容易ですし。そういう風に系譜学を捉えると、アートなんかも、新しい見え方をするでしょうね。 (映画🎞ワイルド・スタイル)

2017-02-10

まりもさん アレクシェービッチとはまた、すごい本をお読みになっていますね。ちょうど今日雪が❄️降ってきていて、しかもベラルーシ🇧🇾語で鳥ですから、その相乗効果もあってアレクシェービッチを意識している感じはしますよね。私はいくらか推敲を経た後にこれを投稿していますが、実はこの「鳥」の説明を入れるか入れないかかなり考えました。この詩の最後の方に出てくる、りりりぃ、りりりぃ、というのは、私の中ではジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの『愛はさだめ、さだめは死』の朗読からの影響になると思います。ちなみに、この詩は、ワイルド・スタイルという映画から読み解くこともできてしまうでしょうが、私は一回もそれを見たことがありません。 (映画🎞ワイルド・スタイル)

2017-02-10

もとこさん、どうもありがとう。ワイルド・スタイルのあらすじ見たのですが、面白そうなので今度見てみようと思います。この作品は絵画的🖼なところが大いにありますね。 (映画🎞ワイルド・スタイル)

2017-02-10

Migikata様、コメントありがとうございます。絵文字は、ある意味では形質の変化、すなわちゲノム編纂、遺伝子組み換え、放射線によるDNAの改変の影響と読んでくださればと思います。要するに奇形なのです。ライラックの花は、ホイットマンの「窓辺にライラックの花が咲くときに」にも、エリオットの「荒地」にも出てきますが、多分それらとはまた違った印象を与えるでしょうね。 (映画🎞ワイルド・スタイル)

2017-02-13

鳥逃した応えは、どこへ向かうのでしょうね。まあ、仕事見つかるといいなあ。コーリャさん、どうもありがとう。 (映画🎞ワイルド・スタイル)

2017-02-15

すんごい適当なレスポンスなんですが、今東京たられば娘見てるんですが、女性が私ああいう感じに活き活きしてる作品作りたいですね。構図的には色々な映画を模倣しているんですが、映像の根源に根ざしていてぶれないしっかりとした軸のある作品。 (映画🎞ワイルド・スタイル)

2017-02-15

澤さんの今のコメントが一番📝嬉しかったな。肩肘張って批評の文体を作ろうとせず、しかも正鵠を射ている。澤さんは今までに批評を読んで感動したことはありますか? いい批評に巡り合うことができたようで、少し安心しています。 (映画🎞ワイルド・スタイル)

2017-02-17

三浦さん この作品、スマートフォンで書いたのですが、スマートフォンから見た画面と、パソコンから見た画面とでは絵文字の形が違うのですね。私のツイッターに以前これのスクリーンショットを投稿していたので、それを見て頂ければ違いがわかると思います。 https://pbs.twimg.com/media/C4P0riHVUAAQ6mR.jpg:large caseさん ありがとうございます。絵文字を使った詩は読めないという常識を覆すのが、私の目標です。いずれ朗読パフォーマンスに使うと思います。 (映画🎞ワイルド・スタイル)

2017-02-20

これはすごくいい、目の覚めるような詩だ。こんなよく出来た詩なら、私はここには投稿しないで、出版しただろうなあ。背中がみぞみぞするようないい詩です。 (prayer)

2017-02-10

右肩さんが短歌をなさっているという予備知識のもとにこれを見ると、なんだか、詩としては中途半端だし、散文としての完成度は高いけど小説ほどの長さにはならないし、色々難しいところはある。ただ、BREVIEWなんだから、絵文字入りの短歌だとか、そういう装飾的な、実験的なことをやってみても良かったのかなと私なんかは思います。 (この世は終らないそうだ)

2017-02-10

ギザギザの🍍の空の下 南島の🍍を仰ぎ見て降り落ちる雨☔️さみしかりけり 例えばこんなのは短歌になってるかもわからないけど、言語芸術から視覚芸術への飛躍が試みられている現場ではあると思うのですよね。 あと、私のハンドルネームは、kaz.になってますが、これ掲示板のシステム上、入力画面では.:になって、三つ点が入るんですよね。で、この点って三島由紀夫『豊饒の海』の輪廻転生の主題のほくろを喚起させるものでもある。 ざっくりとこういった点から、何か右肩さんにさらなるアバンギャルドを極めてもらえないかな、と思っているところです。 (この世は終らないそうだ)

2017-02-10

これを読んで思い浮かべたのが水俣病についての記述だけど、一つ残念なのが、水俣病というのはその原因がはっきりするまでは多くの人が水俣病患者やその家族に対して差別意識を持っていたということだと思う。その点がもっと深く描けていればまた違った印象を与えられたと思う。環境詩というか、公害詩というか、そういうものを書くのなら、もっと取材が必要だろうかなあ。 (海と自画像 「No.X」)

2017-02-13

何故か投稿できないのでテスト。 (《雑談/議論/自己紹介スペース》)

2017-02-17

「生まれて来ました」に、何故かコメントを投稿できません。他のところには、投稿できるようなのですが。 (《雑談/議論/自己紹介スペース》)

2017-02-17

コピペすると上手くいかないようですね。書き起こしが大変だ。。。 (《雑談/議論/自己紹介スペース》)

2017-02-17

すみません! 来月に投稿する予定の作品ですが、英語や中国語のピンインなどを入れた関係などもありどう頑張っても3000字を超えてしまうのですが(4000字近くありました)、ガイドラインに沿わないのを承知ですが、投稿させて頂くことはできないでしょうか。色々記号を使っている関係上、ここぐらいしか投稿先がないのです。 もちろん、ガイドラインに反していることは承知しておりますゆえ、ペナルティはなんなりと覚悟しております。どうかご検討のほどよろしくお願いします! (《雑談/議論/自己紹介スペース》)

2018-02-25

どしゃぶりさんの作品は相変わらず怪作ですな。この作品について、石の十字架=鉄の十字架になったのは恐らく父なのだけど、父の屈強さではなくてもろさ、弱さ、それも肉体的な弱さが強調され、それはカフカの『審判』にも重なる部分があるように思います。 (藁の家)

2017-02-14

花緒さんは是非ともジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を読むべき。というか、多分読んでるかもしれないけど。文が途中から始まってループしていく構造を考えたのなら。ジェイムズ・ジョイスには、詩を書く人間としても学ぶものが沢山あります。 (ALWAYS_RETURNING)

2017-02-14

ちなみに、ヨウ素デンプン反応は光合成の同化産物たるデンプンを検出するのに用いられる原始的な方法の一つですが、糖度によって色が変化するので糖度を計測するのに今でも用いられることがあるようです。 (ALWAYS_RETURNING)

2017-02-14

花緒様 ふと思い出したのですが、吉岡実に『四人の僧侶』という作品がありますよね。その四人の僧侶たちのそれぞれの動きや働きと比べた時、この作品は四人という人数のポリフォニーが成立していない、そこが弱点かもしれないと思いました。ただ、同時にその点が良さにもつながっていて、それは誰が何をしているのかが謎である、謎を残したという点です。こういう読みは少し批判的すぎますかね。 kaz拝 (ALWAYS_RETURNING)

2017-06-03

素朴で純朴な詩風が、鰰という魚の字から神を抜き出している。 (はたはたパイ 食べろ)

2017-02-15

見出された神は、言語の一端にあるのではなく、一度死んだ神を蘇らせる何か、そんな雰囲気がある。ハタハタという言葉をどの側面から眺めるかによって、その神の神々しさは、大自然の一脈を帯びて変動する。 (はたはたパイ 食べろ)

2017-02-15

見出された神は、言語の一端にあるのではなく、一度死んだ神を蘇らせる何か、そんな雰囲気がある。ハタハタという言葉をどの側面から眺めるかによって、その神の神々しさは、大自然の一脈を帯びて変動する。 (はたはたパイ 食べろ)

2017-02-15

連投失礼しました。できればこの詩はルビ振りのままで、読みたいものです。 (はたはたパイ 食べろ)

2017-02-15

三浦さんのソンタグ理解は少し解釈的なところがあるかなと思った。これはどういう意味か、というような解釈ではなく、対象にじかに接して味わうべきというような意味があるのが、ソンタグの反解釈だと思う。 翻ってこの作品、殊更褒めるべき点も見当たらなかったのだけど、ドイツ人🇩🇪アーティスト👨‍🎨がうんちゃらのくだりが気になった。地域アート、パブリックアートの諸問題について、あなたはどうお考えだろうか。 具体的には、あいちトリエンナーレで、ラウラ・リマというアーティストが、沢山の鳥を劣悪な環境下に展示し、ほとんど放置状態であったということが問題になり、その中には絶滅の危機に瀕した鳥を含めていたということが話題となった。 アートは鳥を殺した。 あるいは、木材で作ったオブジェの中に蛍光灯を入れて、発熱のため発火して鑑賞していた男児が亡くなったということがあったけど、それもアートだった。 アートは人を殺した。 私は、詩とアートは区別するべきだとかんがえるけれども、その点あなたはどうなんだろう。 ドイツ人アーティストの行為は、随分と上から目線な感じがするわけで、でも、それくらいのアートは、やってもいいとは思う、ただ滅びゆく運命を暗示させる、アートシーンがより過激になっていく、しかし詩は詩であるがゆえにアートとは区別され、留まり続ける、と私は思うのだよね。 (#芸術としての詩 03)

2017-02-20

✍️イメージはすんなりと浮かんでくる。そういう意味では良い詩。 ✍️ただ、タイトルがどストライクすぎてつまらない。 ✍️韻も特徴的。 ✍️「そこ」が何を指すのかわからないのがいい。 (水底の住人)

2017-02-20

💭なんとなく、すごく奥手な恋愛詩、の感じもする。 💭紐がなんとなく頼りなさそう。 できれば、シュノーケルの代わりになるくらいの紐だというのなら、「はなさないで」を、「花さないで」とかけても良かったかもしれない。もう少し詩を面白く書けたと思う。 (水底の住人)

2017-02-20

すごくコメントしにくい。それは、 ✍️完成度が高いという意味で。 ✍️完成度が高いが、不完全という意味で。 ✍️不完全というよりは、モヤモヤ感が残るという意味で。 ✍️モヤモヤ感が残るのは、いい詩である証拠。 ✍️わかりやすい詩は、つまらない。 ✍️こういう詩は、本当の意味で詩人なのだということを、表していると思う。、 (いちごシロップ)

2017-02-20

間違って投稿ボタンを押してしまった。続き。 💬忘れていくはずだったのはなんだったのだろう。 💬こうえんの道のり? 💬ヒーロー? あたらしいことば? 真理を女に見立てたニーチェの影響? 💬海と産みがうまいこと掛かってるよね 💬近親相姦? 血のつながり? などと、色々なことを思う詩でした。ひょっとして、中上健次の「岬」を読んだことがあるのかな。あればいいんですが。影響があるというか、意識したかもな、とは。 (いちごシロップ)

2017-02-20

これは良く出来ている。 ただ、既視感がある。 と思って調べて見ると、http://bungoku.jp/monthly/?name=%83%8A%83%8A%83B#a04 こんなのが出てきた。ざり(かふぅ)という「音」に帰着するところ、読んだときの手ごたえが似ていたか。作風は、わたしが参照したものとは、今考えると驚くほど違っている。明らかにこちらの作品のほうが洗練されていて手慣れている。読み応えという意味では、パルプフィクションみたいな、「読める」詩、「わかる」詩になってしまっているので、そこを工夫してやるといいかもしれない。 (「無明」)

2017-02-21

スクリーンショット画像。 https://twitter.com/yuichiminami/status/833712989295349761 PCで見ると少し違和感があると思いますが、こちらの画像を参考にしてくださればと思います。 (色彩🌈のフーガ)

2017-02-21

急に環境が変わりまして、画面の表示が今ひとつです。まあそのうち改善されると思いますが。 スタミナ切れは、私のような作家が常に悩まされる問題ですね。こればかりは、体力を温存するとか、それくらいしか策はないです。致力を尽くします。 (色彩🌈のフーガ)

2017-02-21

三浦果実さん コメントどうもありがとう。いつも詩集をご愛読くださりありがとうございます。まさに、ゲームの超越が私の課題であることは、まぎれもないことだと思います。ゲーム的リアリズムだとか、0年代の想像力だとか、そういったものを凌駕し、さらなる高みへと向かうこと。これが私の詩において常に考えていることです。それはまた、観念的な超越であるのかもしれないし、あるいはまた、凡庸への回帰なのかもしれない。ネタ切れを起こさないといいのですが。 まりもさん どうもありがとう。チャンプルとはなかなか面白い例えですね。とある先生が、書物を紹介するとは彼女を紹介するようなものである、ということを言っていたのですが、それに匹敵するくらい面白い例えだと思います。 (色彩🌈のフーガ)

2017-02-26

中田満帆さんへ コメントどうもありがとう。何故記号が新しくなったにもかかわらずなにも新しくはないと言えるのでしょう。その根拠はなんでしょうか。知りたいものです。 (色彩🌈のフーガ)

2017-03-03

天才詩人さん 楽しみにしています。 中田満帆さん 一貫した主題? コンクリート・ポエトリーというものを本当にご存知なら、そんな言葉は出てこないと思うのですが。例えばあなたはせいぜい読んでて北園克衛や新国誠一くらいでしょうけど、ハロルド・デ・カンポスなどはお読みになったことがありますか? ヒントがあるとすれば、添えられた飴に囲まれた傘の中の禁の字。そこから何を想像しますか? (色彩🌈のフーガ)

2017-03-03

中田さん はあ? 私はあなたがコンクリート・ポエトリーと言ったからその名前を持ち出しただけで、自分の作品を擁護しようだなんて気は全然ない。だいたいあなたのその「陸運局の許可」だとか、「おまんこしてる」だとか、誤魔化すだけで、「記号とそうでない部分がうまく結合されていない」その理由は私には(あなたのレスポンスを見る限り)はっきりしないわけです。加えて申し上げておくならば、あなたがツイッター上に私信を許可なしに公開したり、スカイプで話す対価を欲したりするその態度、ないしは詩誌に寄稿する代わりに原稿料を貰おうとするような態度自体、私には頂けません。詩とはそういう佇まいではないからです。 (色彩🌈のフーガ)

2017-03-04

中田さんへ 私の体のことを気遣ってくださったようで、どうもありがとう。そちらもどうかご自愛ください。 花緒さんへ 思ったよりストッパーかかるの早かったですね。言いたいことはまだあるんですが、この場ではこれくらいにしておきます。 (色彩🌈のフーガ)

2017-03-05

ちなみに私の詩論ですが、もう『私のお気に入り:音楽的断章』という形で、まあ一種の音楽評論なんですが、出ています。 (色彩🌈のフーガ)

2017-03-05

百均さん 実は、LINEスタンプなんかを使った詩は、とある人と一緒に書いていたのですが、LINEが韓国企業ということもあって、作品として発表していないという事情があるんですよね。最果タヒさんみたいに力がある詩人の方はLINE側と交渉できたりするんでまた別なんですが、それでも多分スタンプを作品にすることは、(少なくとも営利目的では)できないのが現状だと思います。 今は例えばLINEスタンプのような形にならないものが贈り物になる時代です。そういう「見えない贈り物」ができる時代にあって、詩ができることはなんだろうか、ということを僕は考えています。 (色彩🌈のフーガ)

2017-03-07

詩の基礎は良くできているという印象を受けた。ただ、絵文字を使うことによってそれを不均衡なものにしてしまっている。三浦さんはひとまず自分の家の近くに住んでいた文士を探して、その人の全集を借りて読んでみよう。意外と土着な作家が面白かったりする。 (殺されたポエムの子供👶たち)

2017-03-08

うーむ。すごくよくできた作品設定ではあるとおもう。ただ、もし本当に人工知能が書く文章が出題されるようになったとしたら、 1. かえって作者の意図を問う問題が出る可能性が高い。なぜなら意図自体をコーディングする能力が人々に求められるから。 2. その頃には多分、イソフラボンは体内で自発的に合成する酵素を導入できるぐらい、科学が進歩しているかもしれない。 この二点かな。引っかかったというか、設定から推察できること。 シンギュラリティに関係した本で、読もうと思っているのがあるんだけど、今度ツイッターでお教えするんで読みませんか。 どうぞよろしく。 (み)

2017-03-05

百均さんへ 実はこれは先に投稿した二作品以前に書いたもので、まだ試行段階にあったものです。実はわたし自身もこれには満足していないので、改稿して送るかもしれません。 (濫作🌊防波堤)

2017-03-07

三浦果実さん バンクシーみたいな域に行かなくとも、廃屋アート🏚とか、取り壊す予定のビルに🏢めいっぱいアートをやる、という例はあります。そういうアートプロジェクトが、少しずつ世の中を活性化していってくれたらな、とは思います。 (濫作🌊防波堤)

2017-03-08

もとこさん、どうもありがとう。 キティというのは確かアンネの日記の「日記の名前」だったと思うのですが、日記文学として読み解いてもらえたらなと思います。わたしは詩で日記をつけたりすることもあるので。 花緒さん、どうもありがとう。 みんなが競って絵文字詩を書くようになることはないと思いますが、それでもなお絵文字詩という課題に挑戦する人はいるとわたしは思います。 (濫作🌊防波堤)

2017-03-10

とっ散らかった印象を受けたが、20でこれが書けるのはある意味才能かもしれない。宮内悠介みたいな成長の仕方をするといいんだけど、なんとなくもっと読者量を増やせば文章も端正になり磨かれると思った。 (dead end)

2017-03-05

からむくろまさん、こんにちは。 筆名からカラムクロマトグラフィーを想像しました。わたしの研究室では物質の乾燥や分離などによく使っていたようです。 それはさておき、この詩ですが、縦書きだとまた違った印象になるような気がします。つまり、紙媒体があなたを待っている! と言いたいわけです。銃撃という記号というワードで思い出したのは、1Q84でチェーホフの引用がされるシーン。銃が書かれたなら、発射されなけれぼならない、というこの印象的なメタファは、この詩の中では発射されたタイミングが曖昧にされて、いい効果を生んでいるように思われます。 (セパレータ)

2017-03-09

わたしがハイヒール👠についての詩を書いたのは、七年前で、 http://mb2.jp/_prs/5748.html こちらの作品になります。わたしはこの作品についてはこれ以上もこれ以下もないと思っているのですが、それと比較して読むと、あなたの作品は躍動感があって、とても良いと思います。トランプというワードを使っているのも面白いです。 (Heel improvisation)

2017-03-17

何よりもまず声にして出した時の感覚を一番大事にするべきではないだろうか。『とりろーぐ』の頃のあなたは、どちらかというと声の感覚に拘泥していたというか、ライミングやフロウの感覚を強く意識して保持していた。しかしながら、昨今のあなたの作品を顧みると、少しばかり時代の感性に遅れている(詩を書くことが時代遅れかもしれないという指摘はこの際無視しよう)というか、物語〈ナラティブ〉を小説化ないしは私物化している。ここで断っておきたいのが、私が語ろうとしている物語というのが、あくまでハンナ・アレントの『全体主義の起源』にあるような全体主義的世界観では、もはや考えられないということだ。物語をめぐる情勢は既にカオス化しており、ここでいう小説化ないしは私物化とは、言ってしまえばナラティブの可能性に目覚めて詩人としてのアプローチを見失うことを指している。ならばと腹を括って、物語を書かずにリズムを書いて、つまりピコ太郎の「I Love You――アフリカの風」の如く「ウガタボンボンビィヤ」みたいな詩を書いてはどうですか、というのがわたしの言いたいことなのだけど。 (phosphorescence)

2017-03-19

からむくろまさん 返信ありがとう。多分これからの議論は胸熱になってしまうと思うので、運営さんはカードの💳準備をしておいて欲しいんですが(決して批判しているわけではない、むしろ真摯に向き合おうとしているつもりである)。今読み返しましたが、多分少し私の言い方に語弊があるかもしれませんね。例えば、ピコ太郎が言語遊戯だというのなら、ボブ・ディランは言語遊戯なのか、あるいは『ボーカロイドたちがただ叫ぶだけ』は言語遊戯なのか、ということを私は考えてしまうんですよね。むしろ作品として、あるいは映像として、ないしは音楽としてみたときに、詩として「拡散していかないような何か」を秘めているのではないか。このように私は考えるわけです。すなわち、歌詞の内容(ないしはシニフィアン)によって判断される事柄が時代遅れなのだと言いたいのではない。つまり、極端な話、作品の内容が時代遅れということが言いたいのではなく、むしろ、例えば『とりろーぐ』は物凄い先駆性があって、昨今のフリースタイルダンジョンの流行に大変深く乗っかるものがある。「何が文学か」という定義が変貌している、ということが、重要だと思うのです。いつの時代もラブソングは存在するように、また私があげた「I Love You アフリカの風に乗せて」がある意味ラブソングであるように(これは単なる思い付きだが、むしろ、私はピコ太郎にフェルナンド・ペソア的な側面を読み取る――同一人物でありながら一人二役を演じているという意味で――)。 それで、結論なんですが、時代遅れということが言いたいんじゃなくて、むしろ時代の先取りかもしれないな、これからの文学のスタイルなのかもしれないな、ということを思うわけです。あなたの感性からは学ぶものがあり過ぎる。ただ、私としては小説的な書き方には少し待ったをかけたくって、むしろシャウトの方がいいのではないか、という意味で「何よりもまず声にして出した時の感覚を一番大事にするべきではないだろうか」と語ったんですよね。イエローカード来ないといいなあ。 (phosphorescence)

2017-03-19

なるほど。そういうことか。あれ(私物化云々)は私の作品について暗に言及するレスポンスだったんですね。なるほど。 まあそれはさておき、私がどうして声に出したときの感覚を大切にするべきだと思うようになったのかというと、多分昔の貧弱な音楽観のまま物事を考えていたからなんですよね。あのレスポンスを付けたとき、私はグレングールドもディヌリパッティもフルトヴェングラーも知らなかったし、聴いてはいたにもかかわらずカラヤンやホロヴィッツ、マイルス・デイヴィス、メイナード・ファーガソンやチックコリアの偉大さもわからなかった。ケンドリック・ラマーも般若も知らなかったし、音楽的な感性も貧弱だった。だから、ああいう形で(批判する)言葉が出てきたんだと思います。実は、紅月生誕祭のときにあなたの「とりろーぐ」を推挙したのは他ならぬ私です。多分受容するのに時間がかかったんだと思います。トラウマを植え付けてしまって本当に申し訳ない。 (phosphorescence)

2017-03-20

解釈を明快な言葉で示すことは難しいだろう。しかしながら強く惹かれるものがあることは間違いない。一通り一周してきてまた戻ってきたかのような絶妙な詩篇。 (潔癖症)

2017-03-19

レスポンスありがとうございます。今日の料理を見ながら思ったのですが、言って仕舞えば私の詩は料理なのですよね。その前の詩が「チャンプルー」と批評されたように。そう言った意味をも考慮に入れて考えると、まあとにかく食べてもらって、賞味して頂いて、あるいは毒味して頂いて、それで詩の味わいを確かめて頂けたら、と思うのです。そんな感じですね。よろしくお願いします。 (声のみの声――起草)

2017-03-20

いやあ、弁が冴えますなあもとこさん。バカボンのパパという存在は、なかなか面白い例えですね。盆栽に例えられるほど私盆栽好きではないけど。ただ昔立ち読みした『家裁の人』は好きでした。 (声のみの声――起草)

2017-03-22

百均さん、ツイキャスどうもありがとう。 「句読点を弾いて読めるためには、音楽というのが流れていないといけない。」というのは、すごく参考になります。「言葉から意味を抜こうとしても抜けない」というのは、とても含蓄がありますね。 「声のみの声」というタイトルは、「声なき声」「家なき子」というのの派生だと考えてもらって差し支えありません。つまり、「声なき声」というのは、レリスが言うところの「夜なき夜、昼なき昼」の影響にある、ということは申し上げても間違いはない気がします。 最近翻訳の仕事をしているので、作風も変わってくるかなとは思います。 (声のみの声――起草)

2017-03-25

なかたつさん、コメントどうもありがとう。 まず、詩の読解としてはなかなか良く、ただし後半についてはあなたと意見が異なる、ということを申し上げておきます。 言葉にとっての実とは、この詩にとっての意味なのではないか これは当たっています、ただし半分くらいは。より厳密には、言葉にとっての実とは「存在しない=非在のもの」であり、在らざるもの、と解して頂くのがいいと思います。それは、より具体的には「取り消し線付きの存在」のようなものだと思っています。 その一方、というかその取り消し線付きの存在と比較して、声ははっきりと存在するものである、と申し上げておきます。ハイデガーの「良心の声」(『存在と時間』)、吉増剛造の『詩学講義 無限のエコー』(こちらではニーチェの耳👂の小道が紹介されている)も参照されると良いかと思います。 (声のみの声――起草)

2017-03-25

澤さん、どうもありがとう。 それも半分くらいしか当たっていません。というか、エデンの園の果実が🍎だというのは、俗説にすぎません。ひょっとすると🍌かもしれないわけで。(詳しくは https://ja.m.wikipedia.org/wiki/禁断の果実 を参照。) で、ここからが本題ですが、私はあまり詩のレスポンスというものを信用していません。あなたのその解釈、前のなかたつさんからすごい影響を受けている印象がある。まあそんなで、解釈が一方向に引っ張られてしまうし、私は詩の読解ができた、意味が取れたという主張自体、あまり信用しないんですね。むしろ、さっぱりわからない、という意見の方が信頼できる態度のような気がします。 じゃあ何言えばいいのか、ですが、基本的には私は「遺し方」を考えるようにしています。例えば、水という言葉を読んでそれに触発される人がいないかどうか。といったようなことを、「声」によって残すのが百均さんの言うところのツイキャスだと思います。また、この詩も、声によって書かれていることに注意して欲しいです。実際に口にするときに声にされたこと、それが上手く吸収された部分と、そうでない部分があります。とりあえず澤さんには、ガラケー(これも絶滅危惧種という意味では、小笠原鳥類的なニュアンスを帯びていますね)を卒業されて(ツイキャスの中で私がコメントしましたが、これ、すなわちこの詩は私自身の卒業ソングと読むこともできる)、ある種の体験として解釈してもらっても構いません。 (声のみの声――起草)

2017-03-25

紅月さん うむむ、うまい。🍽すごい勉強量を感じる。なんだか私が不勉強なのかな、反論したくてもそれが声になって出てこないですね。 それぞれの詩句がもつコード。それは多分辞書的な意味の織物のやうなものを意味しているのかな。 とにかくありがとう。 澤さん ①いやいや、悪口じゃねーっつーの。悪口は言ってないですよ。 ②クイズではそもそもない。ただ、前にも言ったように、詩は料理なので、この詩にアレルギー反応を起こす人もいるかもしれない。そもそも食う気=読む気が起こらないという人もいるかもしれない。 少なくともあなたの言ってることを全否定してるわけじゃない。最初に言ったように、半分くらいは合ってないと言った。だけど、残りの半分は当たってるって言ってるわけで。それの意味するところは、つまり、私はあなたに反発するつもりもないし、かと言って完全に納得するつもりもない、ということ。文字で話していると、こういう齟齬が起こりがちなので、私は好きじゃないんです。 リンゴについては、とりあえず納得しました。ただ、なんだか論理が少し強引な気がします……。 (声のみの声――起草)

2017-03-27

まりもさん どうもありがとう。😊とても丁寧に読んでくださっていますね! それしか言えない自分が情けない感じも。強いて明かすなら、この詩は引用詩のようなものにプロテストする形で書かれたのですね。私の言葉運びには形式がすっかり抜け落ちているので、よくわかります。 (声のみの声――起草)

2017-03-27

あーっ! しまった! すみません。3月が30日までだと思っていました。 来月は1作のみにしますので、今作は来月分にしてくださると幸いです。フライング申し訳ございません。 (ようやっと普通の詩を書いてきたと思ったら)

2017-03-31

エイクピア様 たぶん、絵文字が全部表示されていない可能性があるように思います。私はアルファベットを一つも使っていないので。よかったらこちらをご覧ください。 https://twitter.com/yuichiminami/status/847820055706451968 (ようやっと普通の詩を書いてきたと思ったら)

2017-03-31

ありがとう。スポスポスポーツというのは、スポーツに対するアンチテーゼではあるんですよね。スポーツというのは天才によって営まれるある種の芸術作品のようだと感じます。 (ようやっと普通の詩を書いてきたと思ったら)

2017-04-01

まりもさん、どうもありがとう。この作品にかんしていえば、私は偶然性に委ねたというよりは、はっきりとした意図をもって書いていると思います。『地名論』批判、という意図はなく、むしろ地名論に対するリスペクトから生まれている(それを批判として読まれることはあり得るとしても)ことについて言及しておこうと思います。むしろ、この詩においてはあらゆる国旗が詩篇に含まれてあることが重要で、大岡信の地名論では水が起点となって詩行が展開されていましたが、こちらではスポーツを起点として展開していたつもりだったのです。 (ようやっと普通の詩を書いてきたと思ったら)

2017-04-03

花緒様 ありがとうございます。エラーさえも作品化しているのだ、と好意的に捉えてくだされば幸いです。 (ようやっと普通の詩を書いてきたと思ったら)

2017-04-12

百均様、コメントどうもありがとうございます。この詩が既存の「地名論」、先日先立たれた大岡信さんの『地名論』へのオマージュであることは言うまでもないことなのですが、私のブラウザから見ても絵文字が上手く表示されてはおらず、「お前は何がしたかったんだ」と言われても仕方がないかもしれません。スマートフォンから見ますと、国旗がずらりと並んでいるのですがね。大岡信さんはいつノーベル文学賞を取ってもおかしくない人だと私は考えておりました。仮に候補に挙がっていなかったとしても彼の残したものは非常に、非常に大きかったと思います。ヴェネチアから札幌に至るまで彼の詩的想像力は駆けめぐりました。水から辿られるその地名の記憶、それが示すもの、そう、彼こそがまさに、世界の中の詩人だったのです。 (ようやっと普通の詩を書いてきたと思ったら)

2017-05-09

5or6さんの作品の中ではかなり好き。タイトルも良いし、中身もがっちり詰まっている。ただ、私が目指したいと思う方向ではないし、私が目指すものとは違う方向性のように思う。 現代詩としては、少しバタ臭いというか、私はそういうバタ臭さが好きなんだけれども、方法論としても悪くないし、ループ詩のような感じもいい。 (Without knowing anything, but not do anything, the bomb is dropped, children are blown off.)

2017-04-15

浅井さんの作品を読むのはこれが初めてではないけれども、読んでいて、やはり多かれ少なかれマルセル・プルーストは意識しているのかな、という印象を持ちました。それは、テクストの内部でテクストそのものに言及するメタ構造を持っているという点などがそれに当たると思います。ただ、内容的にはアイリッシュ・パブで掛かっていそうな音楽を聴きながら書いたようなものなので、その点からすると私流の言い方ではプルーストとジョイスの合わせ技、という非常に乱暴な批評を試みてみます。多少の誤りがあることは承知の上で言っていますが。 (no title)

2017-06-03

ちょっと暗めのハンネが並ぶネット詩人のなかで、ひときわ異彩を放っている名前があるなと思って見ていたら作品も素晴らしく、また何しろ「42℃」と、横書きの特性を活かしている点が高く評価できる。除光液とはマニキュアのようなものだが、それによって溶かせない爪と溶かせるネイルの部分を、あえて「剥離」などと表現せず、染み付いた痣、と表現しているところが非常に良い。短いが非常にバチバチっと決まっていてインパクトがある。私がB-REVIEWの発起人なら間違いなくこの詩を最優秀作品に選ぶだろう。 (log)

2017-04-10

皆さま、コメントありがとうございます。 花緒様 「何これ…」これ、いい感触です。「なんじゃこりゃ」までくると、感激なのですが。 三浦様 返詩というよりは解釈に近いかもしれませんね。かなり当たっている気がします。 もとこ様 「君の名は。」も、「浅田真央」も、「羽生くん」も、みんな時事ネタでございます。逆に時事ネタだからこそ投稿したのです。これが三年後に発掘されようものなら何を言っているのかわからなくなってしまうでしょう。私の詩は料理と言いましたが、一番旬のものを調理するのが肝心なのです。 祝儀敷様 まさに、そのことが喜びでございます。 kaz.拝 (誰にも真似できないように)

2017-04-12

葛西様、是非電話しましょう! その、言語外のようなもので語り合えたらいいですね。そんなことを思いました。 まりも様。 漢字を分解して並べること自体、すでに色々な人がやっておりますが、例えばアルファベットを分解して並べるというようなことはカミングスがやっていますし、それの系列と捉えてもらえたらと思っています。ちなみに、君の名は。の最後は、念仏坂ではなく(さんまは念仏坂と間違えて覚えていたのですが)、四ツ谷の須賀神社前階段です。東京に行かれる方がいたら、是非とも行ってみましょう。詩の聖地巡礼ができたら嬉しいですね。 (誰にも真似できないように)

2017-04-12

百均様、どうもありがとうございます。羽生君にしても浅田真央ちゃんにしても、誰にも真似できないスタイルを確立しているように思います。そこが、非常に優れているように思います。果たして、私の詩はどこまで行けるでしょうかね。誰にも真似できないスタイルを、どこまでつらぬけるでしょう。それは、ある種の自分への挑戦でもあります。 (誰にも真似できないように)

2017-05-07

ひねりができないのはいいことですよ。こういうどストレートな詩篇、しかもやわらかくてわかりやすいやわらかさがある詩篇は私の好みです。 (ひこうき雲)

2017-04-23

花緒さんへ ガーン。盥が落ちてきたような気分です。大変申し訳ないです。書けたときの興奮冷めやらぬままに(そして酔いも覚めぬままに)投稿してしまいました。謹慎などなんなりとお申し付けくださいませ。完全に失念しておりました。可能であれば、私の作品を選考から外してもらえたらと思います。謝罪いたします。 (言葉にチェイサーを)

2017-04-23

もとこ様、お読みくださりありがとうございます。良いものが書けるということは同時に何かが欠けることなのかもしれませんね。今、「書ける」と書こうとして、「欠ける」という言葉や、「×」という記号やらが出てきたのですが、不思議なことに、書けるという言葉こそが、何か肝心なものを取り払ってしまった後の痕跡であったり、あるいは何かの過ちであったりするのかもしれない。できればゼロではなく2以上をかけたいものです。本作はどうだったでしょうか。果たして、本作の不徳の致すところは数限りなく、実に多くの問題をはらんでおりますが、読みやすいと言って頂けたことはうれしく思います。 (言葉にチェイサーを)

2017-05-09

朝顔様 お読みくださりありがとう。疾走感ということはよく言われますが、私には正直よくわかりません。それはたとえていうなら、私自身が走っているというよりも、あなた自身の走行速度に比べると、私自身が光のような速さでいるから、そもそも私からすれば走っているという前提はないし、あなたからすれば速いように見える、という話だと思います。本当に疾走感のある詩は、自分から見て遥かに遠くに見えると思います。 百均さん、どうもありがとう。 『ツァラトゥストラはかく語りき』の最後に、「酔歌」という章がありますよね。また、李白だったと思うのですが、酔った勢いで水に映った月を捉えようとして溺れ死んだという話がありますよね。私が書きたいのはそういう話だったりします。 (言葉にチェイサーを)

2017-05-17

一読したがかなり良い。既視感がある。しかしそれを超えるものを持っている。例えばそれは一杯の茶のようなもので、料理で言えば添え物のような(良くも悪くも)逸品。間違いない才能がある。 (こんなときの愛)

2017-04-23

テスラコイルの話では? と思いました。ただ同時に、アーサー・C・クラークの『幼年期の終わり』も参照させずにはいられないきらいがあって、そういうSF的手法はとても良くできていると思いました。 (demon)

2017-04-25

月の物語と言えば「月に代わってお仕置きよ!」のセーラームーン。お仕置きする月は「憑き」であり、憑依を連想させるが、ここでは母が月=憑きであり、架空の母に「穏やかな色をお与えください」と思う。こうして詩語は死後となり、物語は決着を迎えるが、それは戦死となる。主人公が闘うのは、己が母だろうか。それとも、平塚らいてふの言うところの「太陽」だろうか。ここでは「母になる」という主題が展開されていると私は解釈したが、その解釈さえも泥コップの中に回収されてしまう。うさぎの周辺の海、月の海とは、かの三島由紀夫が『豊穣の海』と呼んだものであり、そこには豊穣さと虚無さが入り混じっている。そんな風に読みました。 (はるのつき)

2017-04-24

これは、サイトコンセプトをキュレーションにしたところに落とし穴があったかもしれませんね。投稿の二重性は偶然性に依拠したオートマティズム的詩法とも言えるし、ウォーホルが試みているような現代アート的なコンテクストでそれを解釈することもたやすい。マナーがあるが故にそれを侵犯するというアート的な観点を取ることも可能だ。あと引き合いに出すとすれば、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの『ドン・キホーテの作者、ピエール・メナール』は、同一作品の他者による複製の作成をテーマにしているから、その意味で読み解くことも可能かもしれない。 もちろんサーバーを圧迫する行為であるとして訴求する(法律的な意味ではなく、むしろ実践的な意味合いに近い)ことも可能ではあろうが、私としては、こういう実験的な試みを評価しない訳にはいかないなあ。《声》という観点から考えたときに、鏡像に映らない《声》は他者であって、その意味ではどちらにも違うコメントが付いて、鏡像段階の破れが生じたという解釈もできる。その意味では、本人納得しているようだからいいとして、私の詩誌の方で点が付いた方と付いてない方の両方を掲載することで妥協してはどうでしょうか。 (はるのつき)

2017-04-25

私見ですが、「私はコンセプチュアルアートをやっています」という主張自体、野暮なことではないでしょうか。それは、「私は前衛をやっています」という主張をすることと同じです。それが、ni_kaさんが自分のやっていることをコンセプチュアルアートとして主張しない理由であって、また同時に削除を甘んじて受け入れた理由なのだと思います。これほど多くの人が、ルール違反だの何だの言って、作品を注視することから離れてしまったのは、この掲示板のキュレーションのコンセプトが十分に練られていないためではないでしょうか。そもそも、点があるかないかしか差異がなくとも、それによって差異が存在するのであれば、内容的に差異がなくても、それは別個の作品として捉えるべきと、私がキュレーターなら考えます。誰が悪いとかそう言うことは、ここで言い争うべきではないでしょう。そしてまた、そのことこそが、優れた書き手であったグエン・グエンさんが去ってしまう理由なのだと思います。 (はるのつき)

2017-04-26

あおのみどり様 初めまして。この度は素晴らしい作品を読ませていただき、ありがとうございます。 貴殿の筆力を是非とも私の詩誌チャかシズムで振るって頂きたいと思い、こうして連絡差し上げた次第です。 もし良かったら、私のメールアドレス yuichiminami@gmail.com に、メールをお送り頂けないでしょうか。 失礼なお願いとは思いますが、お引き受けくだされば幸いです。 kaz.拝 (ジムノペディ)

2017-05-06

30年後の未来を描いたSF的想像力が伸び伸びと行き届いていて、とても面白い作品だと思った。 (がんじゃまんたけし)

2017-06-06

良作ですが、私ならこのコンテクストで「ノイズ」という表現は使わないと思います。面白いことに、「ノイズ」という表現自体がこの作品のノイズになっています。そのことは良くも悪くもこの作品の志向を示しているような気がします。麗文《レイブン=大鴉》で飾られながらもそこには孔雀の羽が混ざっている、というような印象でした。 (播種)

2017-05-17

まりもさん、どうもありがとうございます。これは横浜駅SFという実際する小説があることを前提としたある種のメタフィクションなのですが、内観への沈潜という表現が何を指しているのか今ひとつわかりませんでした。私の解釈ではそれは「私」をはじめとする一連の語句であり、自分の精神が落ち着いてくるといった表現のことだと思うのですが、そもそも横浜駅SFの存在を知らない人にとってはなんのことやらちんぷんかんぷんなのは容易に想像付きます。またこの詩を真の悪意の発露と取ることもできるでしょう。しかしながら、そもそも内観などというものが存在するのでしょうか? ひとまずまりもさんにとっての内観がいかなるものか、それを知りたいところではあります。 ((笑))

2017-05-17

自己解説してしまっているように感じられる、との指摘は面白いですね。比喩的に言うなら、自作解題みたいな感じがあるんでしょうね。ただ、私としてイメージしていたのは、『あるようにあり、なるようになる:運命論の運命』みたいなもので、もっと壮大なものでした。ということぐらいは、断っておいてもいいのかな、と思ったり。 ((笑))

2017-05-27

花緒さん、お読みくださりありがとうございます、と書きましたが、お読みくださったというか、解釈も批評もできない、とのことでしたので、それでは返詩はいかがでしょうか、と提案してみます。まさに、調理しているのを見て自分も調理したくなるような具合で。 ひいらぎさん、お読みくださりありがとうございます。かくいう私も2次創作はポケモン時代からやっております。小説でしたが、詩のようなものを書いた時もあります。ちなみに東方ですが、多分そのうちプレインエイジア論を書きます。 ((笑))

2017-05-30

屍に自己紹介して!と言っても何も語らない。という着想からこの詩を読んでいくと、少なくともスマホ上で見ている限り視覚的な効果はわからないけれども、非常に優れたものを持っているのがよくわかる作品。チャかシズムに載せてもいいですか。 (屍)

2017-05-30

最初、脚、のほうが良いとコメントしようと思ったが、やはりやめた、足の方が良いと思った。知足の思想を感じる。 (足)

2017-06-02

花緒さん、お読みくださりありがとうございます。顔文字ではなく、絵文字のことでしょうか? この詩は一言でいうと「ジョン・ケージとマックのポテトの音とゆずの『夏色』のアバター的世界観を基調としたリミックス」なのですね。もっと豊富な読みをしてくれる方はいらっしゃるかどうか、期待しています。 (Always Fantasy)

2017-06-02

花緒さま 今先ほど改めてALWAYS RETURNINGを読み直してみて思ったのですが、自己言及性を皆さん積極的に着眼して批評されていて、それで思ったのですがALWAYS RETURNINGは、登場人物が五人ぐらい出てくるのですが、こちらはそういう風に登場人物が複数出てこないのですよね。なので、全然違う系列の詩と見てもらった方がいいと思います。しかし何故初読で吉岡実を思い出さなかったんだろう。自分でもよくわからない。なんとも言えない独特の花緒さんオーラに惑わされていたのかもしれないですね(笑)。 kaz拝 (Always Fantasy)

2017-06-03

鈴木海飛さん、ありがとう。平野レミの言葉ですが、料理は1+1=2じゃないの。1+1が3にも4にもなるの、と言っていたんですよね。それが詩にも言えると思っていて。 (Always Fantasy)

2017-06-04

まりもさん 丁寧なご批評ありがとうございます。ただ、いくつか指摘しておきたい点がありますので、それについてはお話ししておきます。まず、最初のマッシュルームがどうこうという箇所ですが、これはマッシュルームと呼んだその部屋に「ここが勝負」という一言を呼びたかったのだと、いうことですので、この箇所は「マッシュルームと読んだ」などと変えるわけにはいかないわけです。そして後半戦で「ネオダダイズムのネオン」などというリフレインが出てくることからもお察しのように、この詩は繰り返しがミソになっている側面も多分にあると思っています。もっと言うと、例えばT.S.エリオットのシェイクスピアのラグタイムを引用した箇所で、O O O Oが入る余地がその実際の曲にはないというように(詳しくは『モダニズムの惑星』のT.S.エリオットの項目を参照してください)、自分で作曲してしまう、とか、自分で演奏してしまう、とか、自分で自分なりの調理法を開発してしまう、というのに近いと思います。 また私がそのように言いたがるのを逆手に取っての「哲学」「命題」というお言葉なのかもしれませんが、この前新宿眼科画廊に行ったときに鑑賞した『特攻服 ウィトゲンシュタイン』というのがありまして、またこの前『ビリー・ザ・キッド』を見たのですが、ジャケットを着たり脱いだり落としたりというのを延々と繰り返すトレーニングがありまして、これら一連の体験に関連して申し上げるならば、現代において哲学はファッションでありますゆえ、観念の着こなしのようなものもあると考えております。固定観念を避けるというのが私のスタンスなのですが、観念を避けるためにまた別の観念を探し続けている、というような状態でございます。このやり方でいつまで続くかはわかりませんが、当分はこんな具合だと思います。 (Always Fantasy)

2017-06-05

鈴木海飛さん 詩?なのかわかりませんがありがとうございます。ありがとうオリゴ糖、ありがとう御座候。ときには自分の言っていることが有意味な命題ではない=思考ではない、かもしれないと感じることが私にはあるのですが、妄想と峻別できていればよいと思って、ある程度は気楽に構えています。 私は食べ物を粗末にする人間ではないと少なくとも自分では思っています。ただ料理の味と見た目にはこだわりがあります。料理が哲学であり、哲学が料理であるような感じです。と同時に、まあ料理も季節によって着こなすことが大事なのかな、と。 (Always Fantasy)

2017-06-05

これは凄い作品が投稿されたな、という印象。とにかく、出てくる単語の一つ一つが洗練されていて、詩の形としてとても優れたものになっている。純粋なおしどり夫婦のような愛を歌った詩なのだけど、とても良く出来ている。この作品、次回のチャかシズムに、載せてもよろしいでしょうか。 (時鳥)

2017-06-06

るるりら様 私の直観ですが、「パイナップルミント」の方が、セージよりも良いと思います。ただ、るるりら様がどうしてもと仰るのであれば、セージにします。 花緒様 私の活動を支えてくださってありがとうございます。いつかはチャかシズム文学賞が作れるようになるといいですね。 (時鳥)

2017-06-08

百均さん、大変丁寧な読みをありがとうございます。 ヨクナパトーファという架空の土地があるのですが、それはフォークナーの作品の中で用いられている人物再登場の技法の中で使われている。できればフォークナーのような息の長い小説群に負けないようなものを書いていきたいのです。この掲示板では特に、他の詩篇を差し置いて長いためか、それとも私の日頃の言動がよろしくないせいか、全くと言っていいほどレスポンスが付きませんが、まあそれはよしとしましょう。だんだんと詩から小説的なインスピレーションへと変換されていく感覚が自分の中にあります。ただ、それでも詩の中に留まり続けたいという思いはあります。歌は歌われるためにある。詩は詠われるためにある。わたくしの思いとしては、小説に負けない圧倒的なものを追究したいですね。 (カラジウム)

2017-06-25

労作だと思う。地道な積み重ねによって書かれていて良いと思う。こういう文章に出会えて良かった。 (タビラコと仏の座のロゼット)

2017-07-04

この作品に対して、シューベルトの『未完成』を引き合いに出したいと思う。何か別の作品の途中で、書くのを一旦やめて書き置いたかのような即興性がここにはあり、そして最近フリースタイルダンジョンでラスボス般若を倒した晋平太がその楽曲CHECK YOUR MICで表現するように「即興に国境はない」。こういう詩行が越境していくように私は感じる。 (mapping)

2017-07-14

こういったビジュアルに訴えかけるタイプの詩は良いと思う。ただし、タイトルが安直に過ぎるかもしれない。わたしなら、タイトルでも実験して、「□□□□□□□□」なんてタイトルにしたに違いない。それくらいのことを、やらないと、タイルの目地は語りかけない。わたしは清掃業をやっていた頃、タイルの目地が汚れないようにガムテープで養生したことがあったのだけど、目地というのはああ見えて虫やら埃やら何やらを溜め込んでいて、その建物の歴史を語るのではないかと思うほどに饒舌である。例えばこれが風呂のタイルであったとしても、その風呂の使い主の髪の毛やらの細胞、細胞の断片、ないしはDNAがあるわけでして、その歴史性というか、伝統というか、なんというか色々なものを感じさせられるものになると、詩のレベルがぐっと向上すると思う。で、そのために、わたしならあえてタイトルを変え、「□□□□□□□□」にすると思うのだ。これはあのアンディ・ウォーホルもびっくりな一発芸になり、じめじめしたかび臭い暗鬱さが、良い方向に吹っ飛ぶ(であろう)。 (タイルの目地)

2017-07-16

数学により作品を作った音楽家にはヤニス・クセナキスがいるが、途中から乱数ではなく1.0100に固定されてしまっているのが、この作品の肝だろう。つまり乱発的に言葉を並べ立てるタイピングと見せかけて、実は表現行為そのものを定式化しているというのが、この作品の要なのだと思う。だとすれば、この作品の代表取締役が宇宙人👽なのだというのは、なんだか人間味がかえってありすぎるような感じさえする。それは良くも悪くも。 (RETURNING_TO_THE_SECOND_UNIVERSE)

2017-07-14

角田 寿星様 ムー大陸という雑誌は過去にあったものですが、未来にムーが、ムーのごときものがまた生成することがあるかもしれない。過去と現在と未来とが入り乱れ、複雑に交錯するものが見てみたい。というか、それを書いてみたい。という感じ、かなあ。だから、わからなくても良い、でも今回の作品は他に比べるとわかりやすいはずです。 祝儀敷様 さようでございますか。実はこの詩はそれほどギミックを用いていないのでございます。強いていうなら世界観そのものがギミックになっていて、一種の未来SF、ディストピア小説のようなものを意識しているのですよね。なので、引用などは小手先のテクニックに過ぎない。SF詩を書こうとしている、というわけです。ありがとうございます。 (姆大陆――記憶のムー大陸――)

2017-07-18

まりも様、お読みくださりありがとうございます。 ボラーニョはラテンアメリカ系の作家の一人で、『2666』といった小説を書いています。 私の仕事(詩人としての仕事)が、ボラーニョに匹敵するものだとは思いませんが、後世の評価によって、いずれそうなればとは思っています。 (姆大陆――記憶のムー大陸――)

2017-07-19

これはすごく良い詩だと思います。シチュエーションがイメージしやすいのみならず、言葉遣いが巧みで美しい効果をもたらしている。こんな風に美しく書くことは、私にはできないでしょう。すごく繊細で、心が綺麗な方という印象です。 (扉)

2017-07-20

これ、紙媒体に投稿された作品ではないか、と思うほどクオリティが高い。チャかシズムに掲載させてもらえないでしょうか。いや、ひょっとするともう既に紙に掲載されているのかもしれないけれども。というか、私自身ひょっとすると、どこかの朗読で聴いたことがあるかもしれません。「細胞が細胞を覆すようにして」という滑り出しといい、その後の緩急といい、終盤の海岸線のくだりといい、この詩の言葉通りに「はじめて見たわけではない」感じがする。詩はくだらないものだと谷川俊太郎は言っていたけれども、良い意味での既視感があり、この詩は純粋に面白いと感じられる。 (先端覆す。)

2017-08-06

水星様 お返事ありがとうございます。紙媒体に詩の本文が掲載されていない場合は、このサイトとの投稿が重複しますが、わたしがAmazonKindleから出している電子詩誌チャかシズムは、著作者の了解が取れればこちらの掲示板から掲載させて頂けることになっています。これで答えになっていたでしょうか。何かご不明点がありましたら、私のメールアドレス waxing.and.wandingあっとhotmail.co.jp までお送りください。 kaz.拝 (先端覆す。)

2017-08-06

一見良いと思ったけど、結婚ってそういうものではないですよね。最後の「結婚」の後の男の動き、女の動きも、できれば描き出して欲しかった。これだと、結婚して終わりになってしまいますから。 (結婚)

2017-07-29

911+311=1222になる、この1222(12月22日)がドレフュス事件でドレフュスが有罪判決を受けた日であるということ、また日本では伊藤博文内閣が誕生した、つまり初めて内閣総理大臣が生まれた日である、と言うことは十分述べておく価値があると思います。 作品内において展開される出来事これらは皆どれも曖昧な表現に満ちていてわかりにくいですが、なんと言えばいいのか、言葉がハレーション起こしているような感覚を与えられれば良いなと思います。 最後の行が予言をはらんでいる事は認めます。まりもさん、どうもありがとうございます。 (911+311=1222)

2017-07-31

まりも様、どうもありがとうございます。私のコメントからそのように推測されたのですね(もっとも、他のコメントをも含めてのことだとは思うのですが)。わたくしの知識といいましても、所詮は偏りがあり、中途半端なものに過ぎません。時代的な感性にコミットした作品を提示できればいいのですが、なかなかそれも難しいようです。実は、この作品は私にしては珍しく、何度も推敲を経ています。矢継ぎ早に繰り出される語彙の箇所は、連想的なイマージュを断ち切るように書いているのですね。まさにあなたが仰ったような芭蕉のように、作者が成長するにつれて作品も成長するという形を取れたらと思っているのです。すなわち、ここに提示されたのはあくまで私の平成29年7月29日時点での、一つの完成形態に過ぎないのです。 (911+311=1222)

2017-07-31

5or6様、どうもありがとうございます。確かにこの作品は良くも悪くも完成が見えませんね。始まりと終わりが見えないということは、重要な問題だと私も思いますが、そこはフィネガンズ・ウェイクじゃないですが、始まりも終わりも一つにつながったような作品を志向するという選択肢もありだと、今更のように思い直しました。 (911+311=1222)

2017-07-31

私は東京事変などでピアニストとして活動しているH ZETT Mの大ファンなのであるが、この詩は音楽的にもさみしいし、内容的にも寂しい感じがする。そこにカタルシスがあるのではあるが。 (2017/07/25)

2017-07-31

VIP KID様 アニメソングは「音楽的にさみしい」とは思いません。この作品をして音楽的なさみしさを覚えたのは、東京事変と椎名林檎が区別できないと言っていることでしょうね。恋人のコピーバンドぐらいちゃんと聞いとけよ、みたいな突っ込みを入れたくなってしまったのですよね。そこに「音楽的なさみしさ」を主観するわけなのです。親密さの中の孤独のようなものが感じられ、それがカタルシスとなって現れます。 (2017/07/25)

2017-08-06

追伸 しばらく考えて思ったのですが、椎名林檎と東京事変が区別できないことは、むしろ語り手の音楽体験の豊饒さゆえかもしれませんね。 (2017/07/25)

2017-08-06

スクというのは全然聞いたことがない表現なのだが、人名だろうか。この表現のテクスチャがなんというか、宮沢賢治に似たものがあって、それがとても好きだ。うん、純粋にこれは好きだ、という感じがする。 (月の村 (L))

2017-08-06

えっ、これ短歌集じゃないのか? と思ったのですが。 私は普通にユーモラスな現代短歌として読めました。浅井さんはstyleが完成されていないと言っていたけど、私はむしろstyleが明瞭すぎるような感じがした。 この作者の粘着的なものの見方(渚鳥さんはそこを気持ち悪いと仰っていたのでしょうか)、ナルシシズムは強く感じられるけれども、中にはポロリとこんな首も見えて。 名前とは墓石に刻まれるためにあるのだと書かれた本の背表紙にまた名前 こういうメタフィクション的な首も評価の遡上に載せるなら、styleとしては〈私〉を追求するあまり〈私〉の埒外に出る〈私〉の存在、というのが垣間見えて、面白く読めます。 (小夜瑠璃物語)

2017-08-08

返詩 バニラ-スを食べる。下の中でとろけるのは、君の舌。百舌のはやにえになった飛蝗が越冬し、春先に凍ったまま見つかる。誰にも埋められない言葉。私、-し合うことがこんなにも難しいなんて知らなかった。私、とても不思議なことをしているのね。-っていう。私、私、よくわからないの。-ってなんなのか。唾が翼になって、背中に貼り付いても、空を飛べない、Hの次は-、その次はJK、私、若返りします (こんなに-し合っている私と君は)

2017-08-15

返詩を書きます。 デザートのあと 僕は皿を片付け 妻は布団に入る 僕たちのつつましやかな生活のなかで 子どもは新しい懺悔の仕方を習う プリンは海洋動物なのだと 息子は知ったという 「あのまろやかな舌心地、 まさにアノマロカリスのものだ!」 というのが彼の理屈らしい という夢を、僕は見た 夏 電気羊がやってきて、 土地から電子を刈り取る (ペペロンチーノ・半熟目玉焼きのせ)

2017-08-10

りんさんのこの作品ですが、3連目が弱いと感じました。もう少し、深みのある詩行になると良いのではないでしょうか。 (手作りの命)

2017-10-14

実はリーダビリティ(可読性)というやつが、私にとっては一番厄介な相手です。読めることは、つまり例えば意味がわかることは、それほど重要なことでしょうか? 例えば誰かの誹謗中傷を続けている内容の記事から、このようなフォルムで切り取ってきてもなんの価値もないでしょう。それはせいぜい「加工された」文章の「肉付け」のようなものでしかない。そのような観点から、むしろ、私は徹底的にリーダビリティを排除する方向へと向かっています。少なくとも詩の傾向としてはそうなっているものが多いです。もちろん抒情的な詩もあるわけですが、それが変に悪目立ちするよりかはこういう詩の方がいいと思いまして。リーダビリティがあることは、詩の価値をそぎ落とすように思われます。(もっとも、私が詩集などで発表している作品の中には、リーダビリティのあるものもありますが) (門)

2017-08-07

ちなみに、この作品はリーダビリティという観点からはかなりリーダビリティの高い作品だと自分では思っています。少なくとも文章としてある程度成立させようとしているという点においては。そういうわけで、花緒様の仰るようなリーダビリティの定義が、是非とも知りたいところです。答えなくても構いませんが、少なくともこの作品が荒らしの類ではないという前提は共有されているのでしょうか。そうでないにしても、表現は必ず誰かを傷つける可能性を孕んでいるという《表現の狂気》のごときものがあるとは思います。 (門)

2017-08-07

ボルカさんへ お読みくださりありがとうございます。まさに折り返し地点から、冒頭へとつながるような形式を志向していました。 花緒さん 丁寧なお返事ありがとうございます。リーダビリティについては、様々な要素が絡み合っているように思います。例えば、花緒さんが挙げられたカフカは、確かに古めの和訳こそ平易ですが、原文がそうかとはあまり思えないように思います。それを示唆する内容として、『変身(かわりみ)』の多和田葉子の新訳を引用しておきます。 “グレゴール・ザムザがある朝のこと、複数の夢の反乱の果てに目を醒ますと、寝台の中で自分がばけもののようなウンゲツィーファー(生け贄にできないほど汚れた動物或いは虫)に姿を変えてしまっていることに気がついた。” これが読みやすい文章なのか。と聞かれると、多分そうとはいえないと思います。実は、カフカの『変身』は和訳と英訳と両方読んだことがあるのですが、ドイツ語の原文は読んだことがなくて、また読めませんから、カフカの『変身』がこんな内容だったと知るに至り、平易さとは何か、ということについてまた深く考えるようになったのですね。多分、平易さそれ自体も時代とともに変容するのではないか、というようなことを漠然と考えるのですが。例えば、逆にカフカの難解さについて考えてみると、カフカの難解さはabstractですよね。さて、ここで注釈しておきたいのが、私が志向するのは、この対義語にあたるconcreteなもの、つまり具体だということです。コンクリート・ポエトリーっていうのは、そういう意味で読まれるものだと思っています。 まりもさん なるほどー。深い。ありがとうございます。上でも述べたことですが、それをあなたの表現でいうのなら、ある種のアポリネール的なものが、私の目標と思います。実は、これはもともと空白を埋めるという『密室論』的志向のもとに書かれ、それを改行と空白でバラバラにするという手法によってできています。スマホでやったのでとても大変でした。これだけ熱いレスポンスがついて嬉しくて涙が出そうです。 (門)

2017-08-09

まりもさま、お読みくださりありがとうございます。 スマホで読んだときの形態に、私自身も驚いていました。最近では花緒さんの作品や百均さんの作品に関して特に顕著なアーキテクチャー性が見られるような気がします。しかしながら、いくらアーキテクチャー性を重視しようと言っても詩ですから、どうしても意味偏重にならざるを得ない側面はあります。意味と形態の重合から、それを超越するものを生み出すこと。今のところの課題はそんなところでしょうか。とはいえ、それはもうとうの昔に実験されたことであることは百も承知なのですが、それを「ネットならではの形」に落とし込むことができていればな、と思うのですよね。ありがとうございます。 水星様、お読みくださりありがとうございます。マラルメなどがいい例だとは思うのですが、この手の詩は翻訳不可能だと思います。そして翻訳不可能であることこそがねらい目だとも思っています。誰にも理解されないからこそ面白いのだと(勝手に)思っています。 (門)

2017-08-14

Sari Dote様 お読みくださりありがとうございます。いつでも待ってます! Migikata様 お読みくださりありがとうございます。最近、書き続けることが難しくなってきました。右肩様のお言葉を思い出して、将来にわたっても書き続けていられるよう努力致します。 シリュー様 お読みくださりありがとうございます。狂気は私にとって長いこと付き合っていかなくてはならない厄介な友人のようなものです。とりあえず友人になってくれただけありがたいと思うことにします。 survof様 お読みくださりありがとうございます。私は文章を読むと、その考え方がおのずから憑依する傾向があるので(要するに批判的に読めない)、できるだけそういったカルチャーへの言及が引用という形で反映されないように心掛けています。逆に、ニコニコ動画やアスキーアートにはその生態系なりのアーキテクチャー性が存在すると思います。従って、そこへとコミットするような形ではない何かが書けたら良いと思い、このような形に落ち着きました。 まりにゃん様 お読みくださりありがとうございます。「ことばの抽斗」という表現で批評されたことをまず嬉しく思いました。聞いたことはあっても文字で起こすと初めて目にする表現で、とても素敵だと思いました。何より、小笠原鳥類のような尊敬する詩人の表現を引いて批評して下さったことに、畏敬の念すら覚えます。小笠原鳥類の詩集は、今でも私の大学の図書館にあるはずです(私が購入を依頼したので)。テクストがアーキテクチャー性を発揮しつつより豊かなものとなるよう、努力致します。 まりも様 よくわからないですが、読んでいて面白かったです。いつもありがとうございます。 (門)

2017-09-15

返詩カルチャー万々歳なので返詩を書きます。 おう おう おれは看取ってもらわなくたっていいんだ おれは看取ってもらわなくたっていいんだ 裸のおれを観察する目 幼い頃は特攻服を着て キノコや何やらから身を守り 中には蜂に食われるやつもいたが おれは貫き通していた 「最期は最期らしく おれだけで死んでいければいいのさ」 そこには万個体の差はない おれは死を見たことがない おれは死を見てみたい おれは死を掴みたい 生にしがみついている ぎりぎりの間だけでも おう ああ 輪廻の時間がやってきたようだ、 さようなら、思考さん 意識を魂のターボに投げ入れて、 変圧器でプレスし、 今度は何になるんだろう? にんげん? おれのことを恐れていただれかのことなんて 知ったこっちゃないさ でも、ちょっとだけかしら、 憑依が語る、ありがとう (「七階のセミ」)

2017-08-10

えーこれ普通に面白レ。これが花緒さんのいうリーダビリティなのかなあ。もしそうだとすれば、これは物語的なリーダビリティであって、意味的なリーダビリティとは区別して考えないととは思うのだけど、普通に面白レ。 知り合いの子で、自分で自分の空想の村の古代の平仮名を発見(!)した子がいて、ガルシア・マルケスばりの想像力だなあと思っていたところでしたが、その平仮名だと「い」が「レ」に置き換わっているので、これからは私は「面白い」と思った詩には「面白レ」と書きます。みたいな感じのリーダビリティなら、思い付くのだけど。 要するに案件的に見て荒らしでないことと、作品としての価値があることは全くの別物でしょうから、どこで線引きしていくのか、それはもっぱら当事者目線でしかない。そうすると、作品の中でリーダビリティを構成している「平仮名」「片仮名」「漢字」といった細部の要素から検討していくのか、それとも「意味」「内容」の領域なのか、あるいは「物語」なのか。 さてそんなことはさておき、この作品、謎なのは、最後に死が訪れますよね。じゃあ、ここに書いてあることってのは、いったい誰が書いたのか? 物語上の設定を考えると、それは謎です。急に謎になります。で、物語を一通り楽しんだ後に、要素を分解していくと、最後にどうしても「俺の死」という謎が残る。ここで急に思い付くのが、この奇想自体がコンクリートブロックそのもの、つまりノートに書いてあったのではないか、という点です。すべてが破壊されているのですから、理性的に考えて残っているのはコンクリートブロックとノートしかない。こういう奇想を持ったのだから、それはある意味共犯者みたいな感じで、もっともっと掘り下げて、……。 以上が、私がノートに書いてみたい内容でした。 (「便所の落書き」としてのクリエイティブ・ライティング)

2017-08-08

返詩を書きます。 有機体の中で唯一の統御力を保っているふしぎなボヤージュを 未明に殺す、 スティーブン・ピンカーの針金虫の映画で、 窯の中に肉弾の眼鏡をくべて、 化学反応させれば、 酵素パワーの阿頼耶識なるものが、 「なるほど面白そうじゃん」 「簡単にいうけど」 つまり、出てきたのだ、泡が。 火を食らう泡が。 発泡式の消化剤で、 ぼくらの魚は逆さまになる。 (スポンジでものを洗う)

2017-08-10

返詩カルチャー万々歳なので、返詩を書きます。 あ、 し、 お、 と、 ととと、とととと、 アーサー、君はルージュラのように、青ざめて、 あるいは、ルージュのように、青ざめて、 短い詩の中で、 ぼくは大きな道に出る、 ある種の、ため息でもって、 (高架下)

2017-08-10

返詩カルチャー万々歳なので、返詩を書きます。 在ればいい、 どんなセンター試験だろうがどんな就職活動だろうがどんな社員研修だろうが、 在ればいい、 構想主義的想像的社会 今日はバチスタでバイアスの心臓を引き裂く、 、 、 不可読の「これは批判ではないと言い切るための詩」を、 日米地位協定のあいだで焚き付ける、 見知らぬ人が、 CDを渡してくる、 僕はその人の手を、 ゆるやかにヴァリスに導く、 「あなたを肯定するために」 (在ればいい)

2017-08-10

返詩カルチャー万々歳なので、返詩を書きます。 「なあ君、襲撃者エクゼドライブって知ってるか?」 ぼくはこたえない アダマのアーマーで アーケードゲームをしながら 流れてくる画面の中のスイッチの一つが 島の起爆につながると知っているから ぼくは鍵をそっと取り出す そして コイン入れに差し込み こじ開ける メカの風通しを良くする そしてその中にそっとオスプレイやら環境破壊やらを みなまとめて蔵う さあ、ここで定番の 島唄のお出ましだ。 アダマアーマーは脱げ落ち ぼくはぬらりゃんゆらりゃんと、 台風のその豆腐のような角で殴られる、 鋭い痛みが、 かき氷を溶かす、 (みゅーじっくはうす)

2017-08-10

返詩カルチャー万々歳なので、返詩を書こうと思います。 黙祷、 黙祷、 おお、ああ、タマシィーの呼吸、が、まらしぃ、する、トリオの虜になって、 なぶられた心の前で、 ひさかたのメルヘンを、 タイトルのない空気の中で、 異常性欲の矛先を探しながら、 道を歩いている、 ぎりぎりの原爆忌、 おお、ああ、僕は、僕のアメリカを探している、 (苦しさで、悲しみギュウギュウに詰めた壊れた)

2017-08-10

これから話すことは僕の主観だと断っておくけど、僕もこの手の「メモ」みたいな詩は、文学極道に投稿したことがあるんだよね。で、そのときはほぼ評価をもらえなかったわけだけど、それと同じようなことがここでも起こっているんだと考えたとき、問題はそれを評価する遡上がこのbreviewにあるのかどうか、それがちょっと疑問だってことかな。 例えばこの「質問1. 加速度の定義を教えなさい」が、弘法大師並みの物凄い達筆の書家が書いたんだとすればさ、それはある種の芸術的価値を持つかもしれない。ただ、掲示板の人が普通に書き込む程度では、まあ面白いことに15もレスポンスが付いているみたいだけど、いわゆる「俺はこの言葉を出すのにこれだけ捻りだしたんだぜ!」というのが伝わってこないよね。相田みつをとかでもいいんだけどさ、彼の言葉は言葉というより書、つまりそれ自体で作品なわけだよね。言葉の意味それ自体に深いものはないんだけど、もちろんその書の背景を調べたら禅的な思想とかそういうのがあったりするかもしれないわけだけど。要するに気迫の問題なわけだ。 で、この詩は、僕自身正直面白いとは思えなかったし、レスポンスする必要も感じないのだけど、この詩の書き手であるあなたが何らかの変遷を経てこの形態に辿り着いたのだとしたら、それはある種の超越的な境地なわけだ。で、それって詩にしたら面白いかっていうと、むしろお笑いとかそういう方向に活かすべき素材なんじゃないか、とか思ったりするんだよね。最近の学生の課題図書に『火花』が選ばれてるけど、この作品に関しては読書感想文を寄せるのも難しいんじゃないかと思うわけで。で、批評するにも「え、たったこれだけ?」って感じで、もっと先に行けないのかなあ、みたいなことは思うのですよ。 もちろん一行詩というジャンルを認めないわけじゃないよ。僕もたった一行だけの詩は書いたことがある。僕のメモにはこういうのが山ほど溜まっていて、いつかそれを詩の素材にできないかなーと思っているけど。ただ、なあ。なんだかなあ。月に二つの枠なのにこれっぽちでは寂しくない? みたいな感じのことは思うわけでして。 それで批評ですが。 「質問1. 加速度の定義を教えなさい」 これって和歌にも何にもなってないよね。というか、どこにも和歌らしい要素が見当たらないよね。そしてそれだけで批評性というのは持っているんだけど、ある種の学習課題とも違うよね。何故って、「教えなさい」という表現を使っているから。教えるということは他者が介する必要があるわけで。つまり、この詩には隠された他者という存在があるわけだ。そして、それはどこにも現れない。問十二の短歌を持ち出した人がいたけど、この詩はそれとも全然違う性質のものだと思う。もっとも、これは僕の主観だけどね。 (和歌)

2017-08-14

返詩の返詩 ――加速度、を、――図る、、、――奪取、――する、ダッッッ。。。。。シュ―――する――ダ ッシュ、する、重        力        加        速        度        は        F=mgで表現される あるいは、一切の――が、――たるためには、、、――、、――――すればよく、――――――――――。。罪と罰――――の領域に文子m ―――――――踏み込むことになるわけでs ―――――回帰、せよ、、、表現どもχ (秋の花色)

2017-08-15

完備さま、どうもありがとうございます。これはユリイカで三角さんに佳作に選んでいただいた作品でして、今ブログに写真と一緒に公開しようと考えています。というか、この詩はほとんど丸ごと比喩だけでできているようなタイプの詩だと思っています。もちろん読みを強要する気はさらさらないのですが。 祝儀敷様、お読みくださりありがとうございます。多分、今までの私の作品の傾向からいうとかなり外れたものだったのではないかと想像しますが、明喩表現の使い方をもう少し極めていれば掲載されていたかもしれないなと思います。これからも精進します。 (黙すること)

2017-08-14

花緒様、お読みくださりありがとうございます。わたしの他の作品と比べると、かなり静かな作品だと思います。(タイトルも「黙すること」ですし。)ある種の追悼のようなものとして読んでもらえたらと思います。 (黙すること)

2017-08-15

fiorina様、お読みくださり、ありがとうございます。黙するという行為の現代版が、かたつむりが目を引っ込めるようにアンテナを引っ込めることであったり、アカウントに鍵をかけることであったりすることを、しっかりと汲み取ってくださって嬉しく思います。もっとも、わたしのこの詩にはそれ以上はないような気もしますが。(謙遜ではなく、本当に) (黙すること)

2017-08-15

Sari Dote様、ありがとうございます。こどもっぽいと仰っていますが、そんなことはないと思います。逆に谷川俊太郎の作品に「この表現がいいね」なんて感想つけられるのはあまりいませんから。 まりもさま、どうもありがとうございます。私自身、これは予見的な作品であったように思います。八月に入って、これを投稿するにあたり、黙祷の意志があったのかもしれないと、ふと思い直しました。どうもありがとうございます。 (黙すること)

2017-08-16

田中修子様、お読みくださりありがとうございます。実際、ご指摘の箇所は使ってみたかった表現の一つでして、思い付いてから作品になるまで少し歳月がかかっています。 (黙すること)

2017-08-18

黒髪様、お読みくださりありがとうございます。読む手つきがとても丁寧ですね。好感がもてます。 絵画の範疇に限っていうならば、だいたいのメジャーどころは網羅的に本で見ていると思います。ただ、友人に誘われて院展に行ったり、KAIKAIKIKIギャラリーに行ったこともありますし、梅ラボの作品も見ていますし、かと思うと横浜でやってた小規模な絵画教室の展示会みたいなのも行ってるのですよね。 好きな画家は、とりあえずピカソやジョルジュ・ブラックを挙げておこうかな。パウル・クレーやクリムト、草間彌生も好みではある。 (黙すること)

2017-08-19

ちなみに、今挙げたのはメジャーどころだけど、カラバッジョ、川端龍子やレオナール・フジタなんかも好きだし、でも、わたしは絵画よりも写真の方が好きで、マンレイの写真にはほとんど一通り目を通してます。 (黙すること)

2017-08-19

百均様、お読みくださりありがとう。 なんというかニュアンスを正確に伝える為に選び直した語のずらし方が非常に良いです。 これほど的確かつ正鵠を射た評はなかったように思います。ありがとうございます。 前田ふむふむ様、お読みくださりありがとうございます。 北川透氏がご著書でいった 「詩的レトリックの本質は違反である」というように、 この詩のなかで、読み手をあっと驚かす、魅力的な裏切るような比喩が あれば、と思いました。 この、詩的レトリックの本質とは違反である、というのはどこからの引用でしょうか。差し支えなければお答えくだされば幸いです。 読解について、これは、少々驚きましたが、そんな読みもあったのだと感じました。 (黙すること)

2017-08-21

前田ふむふむ様、どうもありがとうございます。 ご案内された著者の二つとも(実は前者は読んだことがある気がするのですが)記憶になかったので、機会があれば読んでみようと思います。ただ、最後の『現代詩作マニュアル』は読んだことがありました。色々思うところもありますが、前田様にアドバイスいただいたことを参考に、これからも前進したいと思います。 (黙すること)

2017-08-23

るるりら様、お読みくださりありがとう。過ぎ去ってしまったものを追い求める人の気持ちは、ひょっとすると一転して自分そのものを追いかけているのかも知れませんね。 (黙すること)

2017-09-08

返詩 素晴らしい夜空! 夜明けのために歌わない、この瞬間のために歌う 耳をすまさない、聴こえるから 涙をぬぐわない、泣いていないから 君が好きだって――歌うのは思考停止だから 君が好きだって――歌うのは跳躍電動だから 生きていることは失われやしないさ 僕は彼女の原子に向かって歌う 波動関数に表わされるその存在確率に向けて (この身を預けて...)

2017-08-15

何でこんな良作に1個もレスが付いていないんだ。ええい、この作品の凄いところは、外国人たちが頭をぶつけてアウッチとか言ってる場面で、いかにも日本人らしい感性でスナック菓子のような「ミスターそれは……」という日本語を繰り出したる様よ。これこそ正しく日本人的な異人観を捉えているように思われる。 (みやちゃん)

2017-08-31

ふぁいと というタイトルが絶妙。ふぁいとが感じられないと思ったらファイトアレキシンだろうか。 このところ見た中でかなり良い。 (ふぁいと)

2017-09-11

これがまたこのところ見た中でかなり良い作品。もしそちらが良ければチャかシズムの秋号(多分11月頃に出ます)に載せたいのですが、いかがでしょうか。ご承諾頂けるのであれば、waxing.and.wandingあっとhotmail.co.jp まで承諾のメールをお送りください。多分、この作品にはちょっとした解説も添えようかと思うので、それもお見せしたい(書けるかわかりませんが、書けたら送りたい)。 (漣星の映る海)

2017-09-11

survof様 返詩と返信をありがとうございます。返詩についてですが、これは私とやろうとしている事が似ていますね。こういったものを許容できるのも、返詩カルチャーならではのものだと思いました。この返詩については、拡散希望するだけで中身が全くないという意味で、批評性が内在していると思います。 叙情的な作品については、これでもとにかく沢山書いてきた自負がありますので、最近の作品しか知らない方にも、 三浦果実様 お読みくださり、ありがとうございます。その点に関しては、時代による変遷もあると思いますが、基本、言語は理解されるためにあるものだ、というスタンスに立ちつつ、言語を発することは常にある主張の正当化のために語ることだ(つまり理解されない可能性がある)、というスタンスでいます。要するに、作品を精緻な読みやすいものにしていくことは、私にはできる。ただ、そのことを例えば技術的な問題だと主張する人がいるのだけど、私からすると時代の感性に合ったものを書くことしかしない。これでも時代の空気を読んでいるつもりなのですね。なかなか売れませんが、それでもそれは常にアップデートされていく言語環境に対して、詩が追い付いていかないからだと思っています。 (紙の本という文化は、地球上で最も奇妙なビジネスの一つである。(未完成))

2017-09-11

レス続き 最近の作品しかお読みになっていない方も、「ハイヒール」のような叙情的な小品を見出すことが、こちらからできると思います。http://waxingandwanding.wixsite.com/kazuhiroyada/works (紙の本という文化は、地球上で最も奇妙なビジネスの一つである。(未完成))

2017-09-11

花緒様 お読みくださり、ありがとうございます。確かに、実感としてジャンルの内部に留まるものではないか、という指摘はこの詩にはかなり刺さるものがあります。ですが、そもそも詩という表現そのものの性質として、ジャンル越境が結局ジャンルの拡散(これは花緒さんとインタビューした時の表現を使いました)をしてしまうものであることは、既に花緒さんが指摘された通りです。 閉じた作品という最初の前提を否定することなく、また肯定することもないまた別の作品世界を構築できたらなと思っています。思ってるだけではダメですが。 (紙の本という文化は、地球上で最も奇妙なビジネスの一つである。(未完成))

2017-09-12

まりもさま 実はこの作品には初音ミク系の歌詞のコラージュがいくつか含まれています。パッチワークというか、私の作品はその大半がそういう要素を含んでいます。もちろん、この作品は未完成品なので、完成品を、という声はわからないではないのですが。ありがとうありがとうございます。 (紙の本という文化は、地球上で最も奇妙なビジネスの一つである。(未完成))

2017-09-20

survof様、お読みくださりありがとうございます。 難しいところですね。言葉のサラダ感を出そうとすると、論理的な文章ではなくなっていき、逆に論理的な整合性を意識すると、言葉のサラダ感がなくなっていく。実は、言葉のサラダ的かつ論理的な整合性のある文章というのは、あるにはあるのですが、それは小説の領域の話に近く、例えばパッと思いつく例でいうと、この作品の『夢』の例と同様のお話でいいますと、やはり『タイムスリップ・コンビナート』が例でしょうか。この『タイムスリップ・コンビナート』では色々な言葉遊びが含まれているにもかかわらず、極めて整合性がある文体なのですね。 で、私もやってみようと思って、ここで書くのとは別に小説を書いているのですが、こちらの方で書いている作品は、それとは明らかに使っている脳の部分が違います。詩の方に譲るべき懸案事項としては、やはり視覚性というか、論理の解体とか、そういったものに軍杯が上がると思うのですよ。 (コリドラスの夢彩)

2017-09-21

皆さま、ご感想をありがとうございます。 御三方の意見、楽しく読ませていただきました。 まあ、たまには失敗もありなのかな、自分で詩を料理に喩えたし……。 (コリドラスの夢彩)

2017-10-01

スペースキーを入力しようとして立ち止まる→僕はスペースキーを入力しようとして立ち止まる に変更してもらえるとありがたいです。 よろしくお願いします。 (単調な旋律)

2017-10-01

まりもさん、どうもありがとうございます。 やはり、変更しないことにします。この形のまま書き残したということにも、あとあと発見できる何かしらの意味があるのかもしれない。 僕と私の不統一は、意図的なものなのかそうでないのか、これを書いた時から随分経っているのでわからないですが、ひとまず私が一番最初に書いたものでは、私が指定したような僕と私の不統一があったことは、言及するに足るものと思います。 survofさん、どうもありがとうございます。 まさにポリフォニックな感覚こそが、私の描きたかったものであると申し上げておきます。私は無知ゆえ、僕と私の不統一が顕著に現れ効果的な演出をなしている詩を知りません。しかし、流石に自分がこの方法の発明者であるとまでは言いません。方法論としての詩の発明者は、もうネットと紙の垣根を超えて、活躍していることと思いますから。 (単調な旋律)

2017-10-02

詩を読むのは時間がかかる作業なので倦厭するのですが、この詩は面白く読むことができました。着地点が「わたしの知らない夜が/始まろうとしている」とあって、そのときになってようやく夜の始まりの詩なのだと気付かされるわけですね。そうするとまあなんというか夜がやってくるその独特の淡いの瞬間に食器を割ってしまったそういう情景が浮かんでくる。それをこのような筆致で持って書くのは、かなりむずかしいことです。ただ、着地点が意外すぎるという意味では高い技術点とは言い難い。四つ星ですね。案外そこがこの詩の弱さかもしれません。 (焼成)

2017-10-05

花緒様、お読みくださり、何かとありがとうございます。何かと面白そうなことを見つけては何かと何かが何かを何かする、みたいな何かとありきたりな展開になってしまい何かと申し訳ない気がします。何とかしなければと思いつつも、これも何かのステートメントですから、という何にでも使えそうな言い訳という名の何かで代用させて頂きます。 survof様、何かをお読みくださり、何とかああやっと言えるありきたりなありがとうございますですが、何かとあなたの読解にはお世話になっておりますゆえ、何かしらあなたの詩の道にも幸あれと、何とかひねり出した言葉ですが、何か思っております。 (南下する太平洋の横断幕)

2017-10-14

5or6さん、何かと深くお読みくださりありがとうございます。何かしら発展あれば良いと思い、何かくだらない酒の肴にでもなればと何かと何かを合わせたような何かを何か事あるごとに書き立て、そうして何かできたのがこちらになります。何か最近思うのですが、ネットの詩人というのは、結局のところコミュニケーションとかいう何かを期待しているのではないでしょうか。この、何かコミュニケーションという語は、何かと舌触りが悪く、何か破棄してしまいたくなる何かですね。 (南下する太平洋の横断幕)

2017-10-21

ちょっと辛口な批判になるけれども、こういうのってもっぱら反現代詩さんによってやり尽くされたんじゃないかなと思ったり。海外だとMadVerseとか、名前は忘れてしまったけどツイッターで■の無数に連なったリンクを貼るやつとか。ただ、それを差し置いてもこのタイトルのセンスは、悪くないと思う。ただ、聞いてみたいことがあるとすれば、ここで読み手に託したのは、果たしてなんだろうってことか。よければお答えください。 (ヨミテニ・タクス)

2017-11-10

原文 http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=196;uniqid=20091208_051_4007p#20091208_051_4007p モールス信号変換 http://morse.ariafloat.com ながすぎたうたが ながされていった しぶきゅうふは かもめになってそらをとぶ わたしたちのすごしたはまべに おとこたちのゆうべは おんなたちのあしたで くずされたすなが ふたたびたましいをつくり たてられたかさがうめつくす ひとりきりですごした しおみずのかおりが おとこたちをかたむけて おんなたちにそそがれていく かさはとじられて やってきたゆうべ からになったうつわが すなのなかにくずされて すなはうみのなかにくずされて うみはうたのなかにくずされる うたはおんなたちのむねでねむる やがてかもめのなきごえがきこえ おんなたちはおりかさなって うみにはいりこむかわのながれになり としおいたおとこたちが かさをふたたびひろげ あさひがおぼろげなせなかに かもめはほほえんでいる (かもめ)

2017-11-10

皆さま、お読みくださりありがとうございます。私は、モールス信号の美しさそのものに対して、つまり記号的なものの美そのものに対して懐疑的なのですね。例えば、「・」を「トン」に、「ー」を「ツー」に置き換えて考えても別に構わないわけです。それで、本作についてですが、例えば先に言ったような変更をしたのでは、言語の本質に迫ることはできない、と考えたのです。 私はいつもいつも平謝りしてばかりいるのが嫌なので、あえて言わせてもらうと、この作品には、他のどんな作品にも見られないような意匠を込めたのです。それは、直球勝負ばかりしている皆さんの詩風に対する、直接的な挑戦状であって、言語を解体し、言語の物質性に差し迫るようなものを求めているわけです。それは、例えばイヴ・ボヌフォアの詩論なんかを持ち出すまでもなく、すなわちフォルム(形態)の美しささえあればそれで良いという、そういう問題意識を持ってこの詩には取り組んだのです。何故そのような作品を書いたのか。それは、ネット詩という領野そのものが、コミュニケーションの過剰とでも形容すべき、ある種の飽和状態に陥っているように思えたからです。すなわち、コミュニケーション性そのものに対するアンチテーゼとして、こういう作品を打ち出しているわけです。少しきつめの言い方になりましたが、これから書こうと思っている論稿の下地にも近いアイデアですので、ここに晒しておこうと思います。 (かもめ)

2017-11-11

るるりら様に向けても書いていますよ。 (かもめ)

2017-11-11

るるりら様 そういうことでしたか。それは失礼致しました。エル・シードは初耳でしたが、バンクシーは知っていたのでそれをもとに語るなら、バンクシーにも近いかもしれませんね。 suvrof様、都会の夜景、という表現は、美しさという観点から見ますと、この作品にはもったいないぐらいの賛辞なのですが、多分都会の夜景のように「遠くのこと」というニュアンスも含まれているように感じます。夜景で例えるならば、私が目指しているのは工場夜景ですかね。何かを延々と生産し続け、輝いているがその内実には他者が、生活が、見えない。そういう境地でしょうか。 田中修子様、どうもありがとう。とりあえず、活字でできることは一通りやったと思っているので、問題はネットでできることとは何か、ということだと思います。新しさなんてなくたって良いのです。私が思いつきそうなことは、だいたい誰かがやっているのですから。今時間がないので、またできたらお話しますね。 (かもめ)

2017-11-11

皆さま、お読みくださりありがとう。 まりもさん 近代詩と現代詩という区分じたいが、もはや時代遅れのような気がします。わたしは勝手に、これからのネット詩は、ネット詩ではなく、クリエイティブ・ライティングとして、あるいはそれに類する名前をつけて評するのがいい気がしているのですね。くだらない往復書簡みたいなのをアート作品にするよりかはその方が生産性があると思います。 白島さまへ -・ --・-・ ・-・・ -・-・  百均さんへ これがかもめなら、間違いなくかもめのジョナサンみたく加速してそうですね。なんちゃって。 (かもめ)

2017-12-17

これ、私は好きだなあ。日本語ならではの音的な性質をうまく生かしていると思った。とてもよい。 (最終判決)

2017-12-16

私がこれを読んで思い出したのは、Mr.チャボシリーズを書いた角田さんの詩だ。この詩は、狼男の詩に読める。というか、それが主題となっていることは間違いないだろう。怪獣が出てくるという類似性が、彼の詩作品にはある。それでこの詩は、どこか中途半端な感じはする。だが、その中途半端な感じが、逆に良い効果をもたらしている気がする。 (渚へ)

2017-12-13

カオティクルさん、よければこういった作品を私の詩誌に寄稿してもらえるとありがたいです。次号のテーマが、「電子と谷川俊太郎」の予定なので、カオティクルさんにご寄稿頂ければこの上なく盛り上がると思う。詳しいお話はこちらでしましょう。 waxing.and.wanding@hotmail.co.jp (お子さん、SUNgです。)

2017-12-13

これが実際の感情を吐き出したものかということはさておいて、感情の奔流のような詩風になっていて、あくまでも好みの分かれるタイプの詩だと思うわけですね。 (声だけの無名、酷い酷いにおい)

2017-12-13

小説にでもしてください、という罵倒から始めてもよろしいかな? こんなに構成力があるのに、ものを小説としてではなく、詩として発表するところに、あくまでも詩を舐め腐っているような意思が感じられます。詩にも小説にもなり切れていません。ただの散文、いや散文にもなり切れていない。雑文です。手厳しい言い方かもしれませんが詩というのは、小説の切れ端みたいなものでできているのでは決してありません。 (かみさまのはなし)

2017-12-13

すごく勢いがあっていい詩だけど必然性に欠けるものがある。ここはこう書かなくてもいいんじゃないかとか、そういうことを思う節がある。 (奪われる)

2017-12-13

レスポンスを返す余力がないので、最近聴いた曲の話でもしますか。『戦ってしまうよ』というゲスの極み乙女の曲があるんですが、これがなかなか良くてハマっています。30分で書き下ろしたらしいですが、そうとは思えない出来。いつもお勉強させていただいております。 (砂)

2017-12-15

皆さま、ありがとうございます。 アラメルモ様 耐えゆく、でも文法的には正しいと思います。言い回し的に古風になりますが。 まりもさま 行空けはあまり考えていませんでした。行を空けると勢いが削がれるので。 仲程さま 素敵な感想をありがとう。 (砂)

2017-12-16

どうもありがとう。 百均さんへ 最近は語りの脱臼ということをよく考えていて、それがいつかきっちりとしたテーマのある作品として昇華すればいいなと思っているのですが、これはまさに語りの脱臼が主題なのかなと思ったりします。 (砂)

2017-12-17

皆さん、お読みくださりありがとう。 百均さんへ 文章の軽さについては、カルヴィーノが文章の軽さについてのエッセイを残していますね。たしか、『カルヴィーノの文学講義』の中にあった気がします。ほんとはこの作品、小説に仕立ててしまおうかと思ったのですが、ただ無性に詩にしたくなったのでこんな感じになりました。わたしにはドストエフスキーが(とりわけカラマーゾフの兄弟が)重く感じ、カルヴィーノが軽く感じるので、人によって軽さ重さは違うかもしれません。 花緒さんへ 恥ずかしながらヌヴォー・ロマンには詳しくないのでどの系統かはわかりかねますが(ロブ・グリエやビョートルあたりは読んだことがあった気が)、ヌヴォー・ロマンでいうなら、多分あまりヌヴォー・ロマンとしては評されないル・クレジオあたりは、間違いなく影響下にあると思います。『愛する大地』がすんごい。というか、ル・クレジオみたいな大作家になると、これはwikiの引用ですがたしか辞書を暗記しようとして挫折して英語で書くのを諦めたとか言ってたので、そういう意味ではお気付きの通り『風の歌を聴け』の作者を父親化するということにあった最初の主眼は、だんだん虚構の淡いへと消え失せて最後に名前を考えるところで語り手が父親になることで復活している、と見るのがいいのかもしれません。あ、自分で批評しちまった。笑 survofさんへ めちゃくちゃ文章力のある最高の駄文、これほどの褒め言葉は無いと思います。こんなものを読んで1日を過ごすよりかは、もっと面白い小説や映画を楽しんでいる方がいいと思いますが。 (書が好きよ、街を出よう《クリエイティブ・ライティングとしての所作》)

2017-12-17

お読みくださり、ありがとうございます。 まりも様 投稿するからにはもちろん、モチベーションは高く持っているわけですが、満場一致で認められるというのは、なかなかないようで。これからも精進します。 アラメルモ様 音楽と文学は別物なんですが、別物だからこそ融合がありうる、フュージョンするんだと思います。 (書が好きよ、街を出よう《クリエイティブ・ライティングとしての所作》)

2017-12-26

いきなりツイッターに「みずいろの薔薇を簪にして宝石にしてしまえば……」のくだりが飛び込んできて、この瑞々しさに惹かれてリンクをタップしてしまいました。タイトルはラフカディオ・ハーンから来たのかな? もっと解釈できそうですね。また読みに来ます。 (らふか)

2017-12-17

カッコいい。是非ともチャかシズムに掲載させてください。萩原恭次郎の詩を思い出した。 もし掲載させていただけるのであれば、waxing.and.wanding@hotmail.co.jp までご連絡ください。 (ジョンビ)

2017-12-23

ありがとうございます。それでは掲載させていただきます。 (ジョンビ)

2017-12-24

中東情勢にどれだけお詳しいのか存じないですが、例えばカリフという言葉の使い方が迂闊に感じます。本当ならコメントもしないのですが、帝国というものが機能しなくなっている状況などを考慮した上で、アドニスといった詩人の存在を踏まえた上で、一つの作品的環境を形成できるといいと思います。 (💣)

2018-01-01

コメント移植お疲れ様です。ありがとうございます。 (……からの、)

2018-01-06

緑川さんへ どうもありがとうございます。そういうどストライクを狙ってるのです。ありがとうございます。 (……からの、)

2018-01-10

まりもさま、お読みくださりありがとうございます。丁寧な読みに、感謝いたします。この詩はツイッターに最初に投稿されましたが、それと同じような形式をとっています。媒体横断的なところが、こうした掲示板の良いところだと思います。使用可能な文字や記号の制約がこの掲示板は少なく、そこが気に入っています。 (……からの、)

2018-01-13

survof様 圧縮新聞、なんかがそのいい例かもしれません。マルコフ連鎖を使った文章圧縮は、しばしば詩的な効果を生み出します。 (……からの、)

2018-01-16

百均さま お読みくださりありがとうございます。正直、今まで私についたレスポンスの中では一番読めてると思いました。 (……からの、)

2018-01-24

あー、私多分この作品のせいでびーれび大賞取れないや。と思わせるほど、タイトルのセンスが絶妙。ただ、中身はそんなに、頭に入ってきません。悪くはないけれど。 (花子はある朝突然比喩した)

2018-01-14

私は詩の批評を書くのが苦手なのですが、この詩に関していえば、16:05という数字や、わたしという現在という過去の意味などを勘案して、総合的に判断するならば、この詩は《時間性》の詩であって、それを生き写しにした存在に相違ないと思う。とても良くできていて、ただチャかシズムの作風とはちょっと違うので、これはこれでまた大切にしたい詩でした。 (砂の道)

2018-01-14

survof様、どうもありがとうございます。 詩とはどこかしら、飲み過ぎると不調をきたすようなものだということでしょうかね。多分、それで合っていると思います。一気飲みや未成年者の飲詩はおさけください。と言いつつ、かくいうわたしも未成年のときから入り浸りきりです。笑 (瞼の彩り)

2018-01-14

ネムマン様、どうもありがとうございます。 いいところに気づきましたね。破綻の兆候が、新しい存在の肯定のための「名付け」として現れている。その読みは深いです。ただ、あえて指摘するならばそのカタストロフィがどこからやってきたのか、ということでしょうか。 (瞼の彩り)

2018-01-15

まりも様 ありがとうございます。時間がそもそも縦軸に流れるかどうか、上下に流れたり左右(前後)に流れたりという認識が私にはありますが、果たしてどんな感じなのか。不思議ですね。 (瞼の彩り)

2018-01-19

アラメルモ様、ありがとうございます。 不確定な様相を孕んだまま末路を迎える まさにこの通りだと思います。この詩にどんな評価がつくのかはわかりませんが、とりあえず次の詩集のために頑張ってみます。 (瞼の彩り)

2018-01-20

百均さま、どうもありがとうございます。 人の書いたものを読むということは、ある意味で心を読むということでもある気がします。透かしたような羽の意味も、心のように見透かすことができるようになってしまえば、かえってチープな内実が露呈してしまうでしょう。難しいところです。 (瞼の彩り)

2018-01-24

フリオ・コルサタルの、『誰も悪くない』(SUDDEN FICTION2 ロバート・シャパード/ジェームズ・トーマス編)という短編があるのですが、この作品でやろうとしていることはそれとよく似ていて、その分粗が目につくのですね。コルサタルと比べられたくはないかもしれないけど、これはセーターを着ようとする主題といい、とてもよく似ていて、どうしても比べずにはいられないのですね。 (プルオーバー)

2018-01-14

「深海魚は水圧で潰れている」 「深海魚にとっては 潰れている状態がほんとうなのだ」 「深海の水圧を失った彼はたちまち白くふくらみ爆発してしまうはずなのだ」 これ、科学的知識としてはあまり正確じゃないかな。水の比重からすると水圧によって押しつぶす力は大きなものにはならないし、魚だって身体に水分含まれてるし。魚の身体そのものが潰れることはなく、浮袋などの器官が水圧で一定の大きさに保たれていて、浮き上がるときにその浮袋内のガスが膨張することによって致死することはあるかもしれないけど。例えばの話、アンコウなんか深海にいるけど、水族館なんかで展示してたりは、ふつうにありますからね。 さて、そういう科学的知識はさておき、この詩の評価ですが、この深海魚に例えられているものが、もう少しわかりやすい例、例えば「人間の心」ならば、良いのだけど、譬喩としては失敗しているし、もう少し表現のしようがあったと思う。正直言って、ただ深海魚にまつわる自分の想像力を開陳したいだけならば、それは詩でやらない方が説得力がありそうだし、まあ色々思うところある惜しい詩でした。 (深海魚)

2018-01-14

すばらしい。音楽研究者としての経歴もさることながら、イタリアを旅したことが影響しているのか、近づいては遠ざかっていくものであるところの《鳥》の存在感が強く出ていて、まさしく『語り手と聞き手のいる風景』になっていた。 (語り手と聞き手のいる風景)

2018-02-07

私はふつうに面白いと思ったので、こんなにもレスが荒れているのに逆に驚いている感じ。ただ、この作品の真価を汲み取ってくれる人はそう多くはなさそう。音韻のとりかたとか、文体的なリズムの良さ、そういったものがほんの数行のうちにぎゅっと凝縮されていて、作者としてはこれだけのレッサーの反応に不服を持つのも無理はないというのが、私なりの雑感です。 「あだら」というのは、たぶん仙台弁の「よくないこと」というのを指すんだろうなあと。それで、ここにはよろしくないことが書かれているわけですよね。青酸カリだの、カリを舐めるだのといったことをやって、それで「電気を感じる」。それだけの詩なんだけど、僕みたいにダラダラと長く書くタイプではないことは確かで、こういう凝集力というか、集約力というか、そういったものは、とても取っつきやすい。その反面、この詩はあんまり明るくない。ちょっと性に走りすぎていて、しかもその性もその辺の男子にありがちな妄想の域を出ないもので、それを毒のメタファーで持ち出してまとめたりするところも、なんつーか、あざとい。そんな見え透いたことをやるなら、もっとはっきりと絶頂の瞬間とか、書けばいいのに、とか思ってしまういじらしさもある。とまあ、色々思うところのある詩でした。 (あだらいっぱい)

2018-02-25

絶妙な感性。もうこの境地まで来るとなんか、ただ単に読んでいるという感じがしない。語を追っている、語に追われている、語を追いかけているのか追いかけられているのかそのわからないような滞留。それがここにはある。 (ストロワヤ)

2018-02-08

先に申し上げておきます。この作品は原口昇平さんの詩に非常にインスパイアされて書いたものです。本当はもっと濃厚にしてもいいんですが、とりあえずこれくらいで。 (     )

2018-02-07

アラメルモ様、ありがとうこざいます。 これをキャスで朗読したんですが、その朗読の際は視覚的な効果よりも、間を強くとって意識して読みました。 (     )

2018-02-07

貴音さん、作品を拝読させていただきました。 これは、ちょっと読むのが大変なので、なかなかレスが付かないのも理解できます。私が良いと思ったのは次の箇所。 (3)教科書の代金について ・空気の文字と辞典 10000円 ・羊から学ぶ、砂粒は何処から火だるまか? 894円 ・教科書から学ぶ教科書 1200円 ・お金で買えないプライス数学 2600円 ・夢から物を調達する心理学 3652円 この箇所はやはりホルヘ・ルイス・ボルヘスを感じさせます。もう少しどんな授業なのかがはっきりわかるような仕立てにすれば、面白くなったかなと思いました。 (安泰宛の怪文書)

2018-02-20

この詩はとても良いと思うので、ひとまず上げておきます。何がいいかはうまく言えませんが、たぶんリズムがいいんだな。 (広縁日和)

2018-02-25

※カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞する(2017)年までの素数の数列 (カズオ・イシグロ)

2018-02-19

花緒さん、どうもありがとう。私としても、読み手に大きな期待を抱かせるつもりはないので、あなたが仰るような控えめな程度のものにしたかったのですが、読み手によっては半ば不本意ながら青字にアンダーバーの電話番号に見えたりと、面白い効果を生んでいるようです。ちなみにスマホの画面です。 (カズオ・イシグロ)

2018-02-19

ボルカさん、お読みくださりありがとう。 素数について知っている人はいても、素数をまじまじと眺めてみたことのある人はそんなにいないと思うんです。もちろん、今ボルカさんが仰ったようなことはものすごく当たり前のことなんだけど、こうやって素数をまじまじと眺めて、おのがじし意見を表明することによって作品に巻き込まれていく、その過程を観察するための作品なのかもしれません。 (カズオ・イシグロ)

2018-02-19

くつずりゆうさん、どうもありがとうございます。 色々批判はあるとは思うのですが、あなたのような感想がもらえると、思い切ってやってよかったと思えました。 (カズオ・イシグロ)

2018-02-21

↑間違えました。まさかコメントなしで送信できるとは思っていなかったので……。 イシグロ作品と関連づけて読んでくださったことに感謝します。イシグロ作品に数字が沢山出てくるような感じはしませんが、管理社会というディストピアにはしっかりと目を見据えていることは疑いようのないことだと思います。この数の羅列が管理社会の譬喩に見えるのは、まさしくそういったパースペクティブを考えてのことでもあります。 (カズオ・イシグロ)

2018-02-21

まりも様、どうもありがとうございます。 アート作品として魅力的だと言われつつも、やはり詩作品ではないのかなと思わせるあたり、まだ私の至らないところなのですね。不平を言うなら、なかなか最優秀作品(優良)を頂けないので、最近はまじめに書くモチベーションが下がっている、といったところでしょうか。 (カズオ・イシグロ)

2018-02-25

田中修子さんのご指摘の通り、エネルギーがありますね。満ち溢れて何かを破壊せんばかりのエネルギーがあるように思いました。それを創作に昇華したいい例だと感じます。 (自己紹介、私が言葉を書く理由。)

2018-03-01

これは面白いと思った。 >だからわたしは人とのかかわりの腹の中、これから先は降りていく折れていく下ろされていく、溶けたところで下賤、みな睦まじくって実に誠にふしぎに溶けろ、わたしの体は溶けていく、動いてしまったかたまりとして認知され自覚おいつかず区別されたものとしてふしぎに溶けたら背負うものもない罪悪のこわい方を選ぶわたしは人間でしたか? この箇所なんか、堕胎を連想させるものがある。テーマとしては比較的ありきたりではあるけど、可能性に開かれた詩、という印象を持ちました。 (ガラス割っただけ)

2018-02-25

私はこの作品を堕胎をテーマにした詩として読んだのですが、違っていたかな。『妊娠小説』という評論があって、妊娠というテーマはものすごくありふれた形で文学にはあるのだけど、この詩が連想させる掻爬のような表現は、もはや「ガラスを割っただけ」のようには思えない。 (ガラス割っただけ)

2018-03-04

だからわたしは人とのかかわりの腹の中、これから先は降りていく折れていく下ろされていく、溶けたところで下賤、みな睦まじくって実に誠にふしぎに溶けろ、わたしの体は溶けていく、動いてしまったかたまりとして認知され自覚おいつかず区別されたものとしてふしぎに溶けたら背負うものもない罪悪のこわい方を選ぶわたしは人間でしたか? このパッセージにはいくつかのまとまりがあるが、次の二点にスポットを集中して読むことができる。 1.掻爬によって流れ出た子の存在を暗示させる描写 わたしの体は溶けていく、動いてしまったかたまりとして認知され自覚おいつかず区別されたものとして この箇所は決定的に印象的で、しかも特徴的なのは掻爬された子の側のパースペクティブに一瞬立とうとしている、ということだ。 2.それによる罪深さ、罪業への受け取り ふしぎに溶けたら背負うものもない罪悪のこわい方を選ぶわたしは人間でしたか? 掻爬による罪悪の在り方を問う。こうした例はなかなか『妊娠小説』での言及には見られないものかもしれない。 わたしが可能性があると言ったのはそのような意味合いです。私の読みが場当たり的なもので間違っているということはあり得ますが、少なくとも『ガラスを割っただけ』の詩ではない、ということです。 (ガラス割っただけ)

2018-03-04

「朝立ち」というタイトルの詩を、奇遇にも私も書いたことがあります。 そのときは確かどんな内容だったか今一つ覚えていないのですが、グラチャンの一次選考を通過したということは覚えています。 この詩は私の作品とは方向性が少し違うように感じました。まあ、いろいろな人がいますから、それはそれでいいと思います。なかなか評価するのがむつかしい詩であると思います。 (アサダチ)

2018-03-01

これはすごく面白い詩ですね。1から考える、ということと、100になっても考える、というのは、きっと時間的な経過というよりは、思考の継起が100まで続いた、ということを表しているのでしょうかね。読んでいて、とても楽しめる詩でした! (現代のしまうま)

2018-03-01

とてもいい詩なのに上がっていない。括弧がよく活きていてカッコいい。 (電球の海)

2018-03-01

兄弟や、両親のことを忘却してしまうのは、アルツハイマーだろうか。私の親族にもいるので、なんとなく近い状況が理解できる。連が下るにつれて、進行していく忘却が括弧によって表現されていて、独特な感性でとても良かった。 (電球の海)

2018-03-01

追伸 もしそちらがよろしければ、チャかシズムに寄稿しませんか。お返事お待ちしております。 (電球の海)

2018-03-01

ありがとうございます。詳しいお話は、メールにて。 waxing.and.wanding@hotmail.co.jp まで連絡お願いします。 (電球の海)

2018-03-05

スマホで見た時とPCで見た時の違いが、かなり活かされた作品という印象だ。 (五月とカステラ)

2018-03-01

百均くん、どうもありがとう。 これは随分前に書いたものをつなぎ合わせて一つの世界観にしたものなのですが、タイトルが刺さりますよね。こんなに刺さるタイトル、自分でもよく見つけたなと思います(たまには自分を褒めることも必要)。タイトルかっこよ過ぎて中身入ってこないのは、多分横文字好きな日本人気質も関係しているのかも。私には横文字はちゃんとした記号の羅列ですが(意味はちゃんとある)。 てんぷらさん、どうもありがとう。 この頃の一連の作品群を自分で見ていると、一つの一貫したテーマを持っていることがわかります。今カクヨムで連載中の小説にもつながっている気がします。 (entre chien et loup)

2018-03-07

こうだたけみさん、どうもありがとうございます。とても素直でいい感想だと思いました。 花緒さん、どうもありがとう。花緒さんにしては珍しく短いコメントですね。間違って投稿したのではないかと思うほどです。別に私はコメントに具体性は求めたりしないので、それならそれでいいと思いますが。 (entre chien et loup)

2018-03-22

ただ言葉を並べただけの印象だが、そこから出発していくのも一つの手法ではあるから、良いと思います。 (微々たるものよ)

2018-03-01

いかいかさんはけっこう音楽を聴いてらしているようですが、作曲はされていないのかな。作曲したら、この詩がどう映えるかがよくわかると思います。 (あまりにも、長く)

2018-03-04

今GarageBandという音楽アプリがあって、無料でダウンロードできて打ち込み可能な環境があればそれができる状態になっているから、詩ではない形のいかいかさんの表現を見てみたいと思ったし、もしくはこの詩に曲を付けてみたらいいんじゃないかな、と思ったということです。作曲すると、今まで批判的に見ていたものが凄く思えてきたり、音楽的な実践における詩的な表現の在り方について考えるようになると思うので、いい契機だと思います。 (あまりにも、長く)

2018-03-04

そのサイト教えて欲しい! (あまりにも、長く)

2018-03-04

ありがとう‼️ 探してみる‼️ (あまりにも、長く)

2018-03-04

なんというか、いかいかっぽさが良い意味で凝縮されていますね。 (言葉遊び)

2018-03-05

このタイトルならもっと違う内容になると僕は思う。タイトルは作品の鏡なので、別にどんなタイトルでもいいけど私はこの作品にこのタイトルはちょっと合わない、というかタイトルで少し損をしているかな、という気がするのですな。ここは、センスの問題。このタイトルは、なんというか以前流行ったドラマ、例えば『あなたのことはそれほど』とか、『君が心に棲みついた』とか、そういうテイストに近いのかもしれない。あなたがそれを狙っているとしたらそれはいいけど、私はあんまり好みじゃないの。 (自分勝手なロマンチスト)

2018-03-08

とりあえずブログ読みたいっすね。はい。 (ヨミテニ・タクス3)

2018-03-09

なんすか、これ。面白い🤣 素でやってるとしたら相当すごい。 ところどころ韻をしっかり踏んでいるのが最強にいい。そして笑える。なんでコメントつかないんだ。コメントが付かないことにも笑える。こんな隠された宝みたいなリリック、どこからか借りてきてないか気になるぐらい面白い。 (なむ~がすとろんぢや)

2018-03-08

カオティクルConverge!!貴音さん♪、ありがとうございます。私は確か一度もBREVIEWの最優秀作品になったことがないので、今度はそういうのを目指してみようと思っているのですが、なかなか難しいようです。まあ、往々にして他人からの評価というものは自分の思っていることの埒外に行きがちですから、そんなものなのかもしれません。 (選評【人間の存在モードに合わせて存在に対する無自覚さが自覚される】)

2018-04-02

※優良に推すのは貴音さんの作品です。 (選評【人間は存在のモードに合わせて進化しなくてはならない】)

2018-04-01

貴音さん、三浦さん、どうもありがとうございます。せっかくなので、何か面白いことを言ってみようと思います。 「科学がどんどん世界を抽象し類型に帰してしまうのに対抗して、芸術は世界にふたたび肉体を与えねばならない」 これは誰かの言葉の引用だと思います。。。誰の言葉だったかは覚えてません。 (選評【人間は存在のモードに合わせて進化しなくてはならない】)

2018-04-02

とても良いと思った。ざっと良いと思った箇所を引用してみる。 緑青色は燃え上がり 黄緑を翻し 真緑を滴らせ 季節 という残酷 で 華々しい 舞台を 用意する 私の目は 羽瞬きとなって 画面を ページを 風景を 空を 奔り 私の舌は 夢のしゃぼんを吐き出し続け 私は瞳に翼を生やし始める 臨戦態勢で言葉を飲み始める それがたった1つの 私の祈り (a lie)

2018-04-16

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