作品投稿掲示板 - B-REVIEW

鈴木夜道

投稿作品数: 11
総コメント数: 39
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感情のアンコントローラブルを犯し 不倫にいたる男と女は 飼い主の感情にけなげに寄りそう 猫畜生にもおとる 非人間だと そしられた 肉体や感情などの 難しいコントロールよりも ヨガのように まずは呼吸をとらえなおす 感情のブレーキを踏みこむまま 呼吸を意識しだすと 頭には言葉になる以前の 「文字」が並んで躍り出す はしゃぐ「もじ」たちをなだめすかし こまかい律動を観察すれば 律動は連鎖し 「言葉」の波になって 頭蓋の壁に寄せては返し 感情の舟が揺らぎだしてしまう。 水よ凪げ 心よ凪げ 私よ凪げ 私は呼吸だ 呼吸が私だ 生と死に意味はない 呼吸に意味がある 人間としての尊厳は 他者に寄りそうことができてこそ できぬ者は人間ではないと断じる 窒息させるがごとき この世情のもろ手をはらいのけ ゆっくりと息をつくように詠まれた詩 他者によりそうことの強迫に疲れた人間は 非人間となって呼吸することから生き直す 枯れかかった深い深い井戸から 共感や承認の「言葉」を 汲み上げる毎日 それはわずかに口を湿らすほどしかない しかし「もじ」は 空気の中に充溢している 「もじ」を胸にとりこむように 詩は「もじ派」のフォーム《形式的要素》を 見せつつあるような気がしています (私は呼吸する。生きていくために。)

2020-01-31

(家族がいた)

2020-01-31

渡辺八畳 さん 当作をお取り上げくださいまして ありがとうございました。 そのご慧眼への心服 増すばかりであります。 心のアンバランス 精神の変調が日常にある人々が 極私的な営みから産み出すモノを 「表現」として他者がとらえなおした 『アウトサイダー・アート』は 広く認知されつつあります。 他者からの承認や 評価を得るための表現ではなく 心の自足と発散の手段としての表現。 しかし、 そのやむにやまれぬ情動すら透過しないで 偶然に産み出されてしまう「表現」が ありうるのではないか。 旧くは、路上観察者が見出した 『トマソン』として知られる 意図しない、もしくは 意図とは別次元に放射される エネルギーの産物などがありますが はたして詩の領域で そんな「観察」は可能なのか。 まるで弓道における奥義のごとく 当てたいという意思を無にして射ることで 暗闇のマトでもその正鵠を射る。 無心になって詩を詠まずにして詩を詠む…… そんな古武術・禅問答まがいは止めて レトリックぎらぎらの創作ラーメンみたいな詩や 武者小路実篤の詩のごとく 自由で平明でただの日記みたいな 恬淡とした境地への切磋琢磨ができればいいものを 俗欲まみれの陰茎をぶら下げた凡夫のまま 〽︎ カネがほしくて はたらいてぇぇ ねむるだけぇ… の日々が過ぎていきます。 しかし、自分と詩の接点がつかみきれてこない。 詩的にこの世界とどう接するのか。 虚構と自分という自然との折り合いの困難さ。 思いつめて鼻くそほじってるうちに かつて60年代末から70年代中ほどまで 日本美術界である位置を占めた 「もの派」という動きが気になってくる。 土を盛り上げただけ 木材・石・鉄片を並べただけ 組み上げただけ カンバスを塗っただけ… ミニマル・アートとも またちょっと違ったアプローチ。 ただの自動書記的でもなく シュルレアリスティックに書き並べるでもなく 詩という形式があってこその詩ではないかという まっとうなフォーマリズム《形式主義》は 否定せずに 詩ではないものからへの詩情の接続。 はたして吉と出るか凶と出るか。 もう今年の一月が終わってしまう。 (家族がいた)

2020-01-31

2019年の暖かい暮れに 煩悩の甘酸塩苦旨、五味に富んだ 好みの秀逸七席は 飄然と冬に立つ 尾形亀之助のまぼろし 一席  銀歯の多さでづぼらな奴と知る 二席  冷え固まった飯を味噌汁で解す 三席  この村には言い伝えすらない 四席  監視カメラを見続けてしまう 五席  悲しいも楽しいも同じ顔 六席  やかんが沸くまでそこに立つ 七席  アニメ画に変わる小説の表紙 (煩悩自由律108×2日+継ぎ足し)

2019-12-30

みなさま ありがとうございます 右肩ヒサシ さん どうもこんばんは。 写真作品の表現としまして 「ファウンド・フォト」を使った手法があります。 いわゆる無名の素人が、作品然として構えず 表現しようとせず、撮影者本人と その周辺者にしか知り得ない 被写物の背景や意図が不明確な写真。 それらのかえりみられない写真群を 他者が「発見・読解・再設定」することで 不価値/不可知だったものの可視化し同定する というこころみであります。 原型となりましたのは 70代のさる親族より届いた 一枚の集合写真をくるんでいた薄紙に 描き込まれたメモであります。 縁の遠い親族・係累たちの写真などよりも このメモ書きに強い衝撃と哀切をおぼえ フィルム写真におさめましたが 現物はとうにありません。 メモの示す集合者のなかに もちろん私は存在しませんが 血のつながりの薄い縁でしかない私に 見えなかった係累の縛りを認識させるとともに 今生で繋がった何かの縁を取り結ぼうとする その親族の心情が手書きの描線に染み込み 訴えるものがありました。 『中身のわからない感情』と おっしゃいますように その心情の中身がわかるようでわからず わかろうとすると、いささか うそ寒い気持ちにもなってしまう 奇妙な「詩」となって読めてしまうのです。 真清水るる さん ありがとうございます。 たしかになで肩のシルエットたちは 重なって系図の線のようですね。 これだけ個別の選択・遺志の自由が 敷衍しかけたような自由社会のふりをしながらも 我々は何かにとらわれることへの渇望が 何かのコンテンツに 死ぬまでとらわれつづけられたいあせりが そうでもしないと この長い人生をやり過ごせないという、おびえが いま我々を悩ませている気がしてなりません。 yamabito さん 怖いですよね。 いよいよ手書きの書画を見るだけで 何かのマガマガしさを感じてしまうほどの 時期になりましたよね。 今はまだキーボード入力ですが そのうちその指の動きすら 気味悪がられる時がくるのです。 声にも出さず 念じただけで詩がつむがれる時代を 歓迎しないのは老害者となるでしょうね…… メリークリスマス (家族がいた)

2019-12-24

つつみ さん ありがとうございます。 わかりにくい遠回しになってしまい恐縮です。 私が得た、きっかけ、経験、記憶そのものの 書き並べにすぎないわけなんですが その記憶に強く刻まれてもいいはずのことが なぜか切れ切れで、読み取れないのです。 その記憶に火を投じて焼き尽くし 灰だけしか残さなかったのは何故なのか。 焼却して消したかったものは何なのか。 そして付け火した者は誰だったのか…… (記憶焼失)

2019-12-18

  寺田心を声変わりホルモンでゴツくする   小田和正も徳永英明もゴツくする ここがとってもゴツくて素敵…… (Chaotic culture zone Eureka(貴音×cultureさん))

2019-12-17

なぜに人間だけが 牛という種別のちがう物の 母乳を死ぬまでうまうまと 飲み続けられるのでしょうね。 子牛をみるみるとたくましく育てるあの体液を 牛でもないのに。 人間の骨の髄まで沁み渡り 人間の一部分ともなる牛には 親しみや感謝からくる安らぎよりも 骨絡みにまで人間をとりこんでしまう 空恐ろしさまで思えます。 それは着物姿で全身から血と泪を流し 鳴き声をあげる牛娘『件』の伝承にもあるように じっと人間界を憂い、睥睨する存在であるかのように。 (牛の今)

2019-12-13

松本清張の 華美でも冗長でもない 的確で過不足の無い文体を思わせます。 不安を乗せた車のハンドルには その速度と行く先が制御不能となった男の 手の湿度があります。 なによりこの『県境』の二文字が 強烈に日本情緒を牽引し 何万字もの叙景文に比肩する 魅力があります。 (県境)

2019-12-02

今公開中の『アイリッシュマン』の前景たる 映画『グッドフェローズ』での 現金強奪の大仕事のあとで その成功とクリスマスの祝祭の空気に乗じて 禁じたのにもかかわらず 強奪メンバーたちが派手に買い物し 発覚を危ぶんだリーダーのデ・ニーロに 結局全員抹殺されてしまうという展開がありました。 そのデ・ニーロ演じたジミー・バークが 後年獄中でその当時の決意の夜を反芻しながら 読んだ詩…… そう思えてなりません。 Amazonプライムでご覧ください。 (十二月の街並みよ)

2019-12-02

MOROHA 調のリーディングって あらがえない魅力がありますよね。 ただ… あの切々と熱を持った詞が そのまま再演されているような 耳なじみだけが呼び起こされてしまって 《言い訳なしに一位とって  見せびらかすその時が来るまで》 が空念仏になっているようでもあります。 しかし、その音韻の力はやはりあなどれず ある詩景が速度をもって迫り来ます。 ── 雲間にいる月からも隠れるように    夜陰に乗じて 特攻機は単独に飛ぶ    青年の操縦桿は冷静に    ただ口だけはエンジンのようにとどろいて    あの詞を誦む 翔ぶように誦む    おのれに捧げる祝詞をあげる    俺は歩みを止めない。    俺は歩みを止めない。    俺は歩みを止めない。    俺は歩みを止めない。    俺は歩みを止めない。    俺は歩みを止めない。    俺は歩みを止めない。    俺は歩みを止めない。    雲海の間隙から敵艦ついに見ゆ   この空に俺と月だけ    月よ見ていろ    俺の一位を見ていろ……    俺は歩みを止めない。    俺は歩みを止めない。    俺は歩みを止めない。    俺は歩みを止めない。    俺は歩みを ──────── (太陰暦2019(ポエトリーリーディング))

2019-11-27

あ… 9秒って 彼女のオルガズムの最高値が保持される 体感時間なのかしら。 それから長くゆるやかに 快感は収束していく……のですよね? なにぶん男は2秒なもので。 魔法の謎は謎のままに。 (9秒の魔法)

2019-11-23

ワォ… baby making music の詞ですね。 《 チョコレート → チョコバー → 黒い益荒男 》 くつろげてセクシーに空気を温めて ベイビーを作るときにマッチするような ブラックミュージックなんですが 生活のあらゆる感情にいつも寄り添ってくれる 彼の《チョコレート》が 魔法のように日常を彩りサポートしてくれる── 彼女の甘くとろける感興と すこしの苦味で寄せる眉間のシワ── でも 9秒って…… 切ないですね。 (9秒の魔法)

2019-11-22

60年代末に 新宿フーテン族たちを ドキュメントした映画で 朴訥さをタバコと酒で塗りつぶした 冷笑と微笑みの使い分けがまだできない 田舎出の若い男の マイクにのせた声 ─── あるゼロメートル地区の 土曜の駅前 喫煙所の枠外にはみだして 車座にストゼロとタバコでキメる 地元のニーチャンたちに ヤバいセンパイっている? と声かけたら 「ツトムさんヤバいよね〜  すぐ殴るし殺しかけるし」 「マジでツトムさんこないだ殴ったら  そいつのアタマ花束になったとか  わけわからんこと言ってヤバすぎる」─── このふたつの詩景が マルチウィンドウで表示されました。 (暴力とその作用)

2019-11-13

私が 〈私〉という罪を特赦し あるがままを認める、という 大きな赦しが執拗にくり返されることで 私が〈他者〉を赦すことへの絶望的な拒絶 徹底的な反抗、そして独尊への表明が 反語を固めて作った 小さな爆弾のようにも思えます。 “私はあなたを あなたたちを 絶対に許さない” という鋭い金属片が埋め込まれています。 (赦す)

2019-11-11

エイクピア さん ありがとうございます。 七五調で日本語を並べると何を詠んでも 内省的な気配は吹き飛び お気楽、ご陽気、手拍子 節まわしがついてしまって 酔漢の高歌放吟で、ご容赦ください。 写真は靖國神社祭礼での逢いびきを撮るのに 目測でのピントあわせに失敗した写真でありまして かように詩句とは直接結びつかない図像を 俳句などに添える手法のことを 「匂いづけ」と称するようです。  「花」にまつわる俳句詩句       + 「花」そのもを主題にした写真       ↓ 明快だけれど刺激なく物足りなく   知覚の自動化による退屈 「花」にまつわる俳句詩句       +   まるで無関係な写真       ↓ 言葉に異質な匂いを加味して  異化効果で飽きさせない 内容が読み取れない俳句詩句       + 主題も意図も読み取れない写真       ↓ 一見、高尚で深謀のあるもの しかし乱用すれば危険もともなう 写俳句にもさまざまな流儀があるそうで お試しあれ。 (仕合わせ節)

2019-11-06

不吉にも 死死死死死死死死死死死死 と 唱えてみると やっぱりゲシュタルト崩壊してきて 死死死死死 死 死 シシシシシシシシ シシシッシッシッシッシィッシィッシィーッ!! 笑 ってバカバカしく笑えてくる 不思議な共鳴を呼ぶ装置のよう。 ただ、それをバッサリといって 最後の2行だけの短詩にする蛮勇も 見てみたいという嗜虐心もそそります。 (数え唄)

2019-11-01

ベタですが、枯れてしまった今ではない 若い頃のゴリゴリの上田正樹に 歌ってほしい詞ですね〜♪ …来週、遠縁の通夜に出ます。 (さがしもの)

2019-11-01

ごく普通に生活を詩う 歌詞になればと思ったら カビ臭いフォークソングか浪曲調に…… 俗謡でしかなくても歌は歌 河内音頭様に節をつけたらあな楽し。 混声合唱団の複雑なハーモニーと ご陽気な声色でご唱和ください。 この薄暗い時代に。 (仕合わせ節)

2019-11-01

(ああ…… 初冬の富士山頂からまさに今 滑落している自分に 聞こえてくるのこの音は 天啓か幻聴か) (レイ)

2019-10-29

牧草と泥土と牛糞の粉が逆巻き 扇風機が回り続ける牛舎から 静かな静かな、うめきとため息が 率直に届きました。 国連演説少女に罪はないのでしょう。 なのにどうして 我々の防毒マスクは 正義なる理想をこねくり回した 欺瞞の刺激臭を取り除けないのか。 フランスでの 黄色いベスト運動の時に喧伝された ある言葉を添えます。 「エリートが地球の終わりを語る時、  僕たちは月末(または毎週、あるいは毎日)に苦しんでいる」 (酪農)

2019-09-28

ありがちな青春の場面を ぜんぶ言っちゃって これは詩にあらず! って怒られないか心配。 でも、 ある作家の言葉を援用しながら思うに ……短きをよしとする和歌俳諧が   日本的な文化伝統として残るなかで   現代詩では   華麗で蕩尽的多弁を駆使しつつ   語らないほうへ語らないほうへと   自明性を避けてゆくことを   よしとしがちだけれど   世界は獄彩色と阿鼻叫喚   悲憤慷慨ばっかりで出来てはいないので   するすると滑ってゆく文章に身をまかせ   起伏なくたどらされるのは   本文の無い   あとがきだけの恋路だった…… と言えるような 自己陶酔から逃げおおせた 直接性だけでもない 清冽ささえ感じました。 いいですね。    (悔)

2019-09-24

渡辺八畳 さん み う ら さん Mr. stereotype2085 エイクピア さん どうもありがとうございます。 問いかける男は 酒気を混じえて 旧弊な《詩人たらしめる資格》を 突きつけてきたのです。 狭隘で摩滅した時間しか手にすることができない 凡夫でしかない自分には 人生を浪費するために支払う資力は無いし 心身欠落も無く 罹災者でもなく 虐待されず、虐待もせず 鬱屈をいだく異民族でもなく まして、女でもないし、ゲイでもないし 小児性愛も知らない。 無資格のヤミ医者なら無頼も気取れるけれど ほんとうに、只(ただ)の人に 詩は何をしてくれるんだろう。 詩に何ができるんだろう。 イタい詩人かぶれに すぐに興味も無くした男は 手元のスマホに指を走らせます。 暗い酒場にうがたれた、小さな矩形の窓になって そこは光があふれ 届かないシャバにからの風を集めるために 広げた手をかざしています。 ──おれは死刑囚で   これが独房の小窓だ。   ほんとうのシャバは   この窓の向こうにしかない。   あんたも、みんなも   この窓から外ばっかり見てる。 詩は何をしてくれるんだろう。 詩に何ができるんだろう。 今日、新型の「死刑囚の窓」が売りに出された。 (死刑囚の窓)

2019-09-11

血と脂と薬品と 供花と線香の香りに 長い長い年月を燻され 悔やみの振る舞いと 安らぎへの表情が身に染みついた 葬祭業の男の 誰にも語られることはなかった その矜持と死生観 今日も白手袋をたずさえて (剥き出し)

2019-09-11

stereotype2085 さん 楽子 さん 仲程 さん ありがとうございます。 うう……さすが見巧者の慧眼、 芯をズバリと射抜かれました。 まして 《個人的には静かな音楽、訥々と響くピアノの音、 あるいは切れかかったオルゴールの音…》 まで見抜かれるとは。 なんだかんだ言っても「共感のドーパミン」には 見苦しまで腰を振ってしまう己が恥ずかしい… ただ、そうであるがゆえに そこには誰しもかかえる 類型的な虚無に区分けされる 有り体なつぶやきの意味しかないのかもしれません。 しかし、ここに並べた言葉にかかる力は とても切実で重いのです。 過重な仕事と家庭の不安に板ばさみになる お定まりの中年男の逃げ道は 暗く危険で歩けたものじゃありません。 もう自分の言葉にしがみつくしかなかったのです。 題につけました「白き空」は 昨年末は大晦日の日暮れに ひとり見上げた実景なのです。 溶け残る雪に白く塗られた稲田に 点在する家々の見える 寄る辺ない道をひとり音楽と歩いたときの実感は 楽子さんもおっしゃいますように 思いが強いほど言葉になりませんでした。 仲程さんがおっしゃいますように 《詩はかっこいいもの》と 再認知される世になればと思います。 「はぁ? ポエムかよ…」 「宮澤賢治? メルヘンじゃん」 「俳句・短歌はなんかイケてるけど、詩は…」 と唾棄される時代がしばらく続いてきましたが 《詩はモテる》と低俗な道具に使われる時代こそ 歓待するべきだとすら考えます。 (白き空に)

2019-09-07

仲程 さん ふじりゅう さん エイクピア さん 藤 一紀 さん どうもありがとうございます。 掘りおこしてはみた着想のサトイモに 不器用なナタを押し当て皮むきするも 無様に小さな野菜クズに変りはてるが 詩らしきクズをヨイヤとこそぎ集めて 懐石膳にちんまり盛りつけ松葉も添え いつか建てたや見目美しの詩碑を墓に そういう感じです。 (炎夏のハモニカ)

2019-09-07

ああ、また玄関にあの人が来た 何やら華麗なる雅語のような言葉を 奏でるような無明の歌を 今夜も玄関先に巧みに並べ いずこともなく去ってゆく (灯籠流し)

2019-09-05

あれ…… 雨宿りして、葉っぱをめくると虫がいたっていう 歌? 詩? だかを最近何かで見たような気がするけど… 夢で見たのかな? なぜかのデジャブ… 何にせよ、短詩はいいですね。 (雨宿り)

2019-08-23

九段下の交差点で実際耳にしたハーモニカの音。 若くも老いてもいない風変わりな男が 滑らかに吹き鳴らすが、怪訝さを隠したまま通行人はやり過ごしている。 すこし声でもかけようかと迷うも、暑さとわずらわしさで 都市生活者の習いのように干渉せずに歩き過ぎてしまう。 そこには何もストーリーは生じなかった。 日陰を求めるように靖国神社の参道に入れば そこには「戦跡の石」の無造作な野外展示がある。 由来や経緯を示す細かな掲示文はなく さして南方の激戦の戦史にも壮烈なストーリーにも興味はなかったが 汗みどろの体を冷やすためにその前に立ち尽くした。 何気なくブーゲンビル島、ウェーキ島、グァム島、 レイテ島、コレヒドール島、硫黄島と 形態もさまざまな、溶岩そのもののような奇態な石たちを そっと撫でさすっていけば 熱をもっていたり異様に冷たかったり 同じように汗みどろで重い銃を杖にして密林をさまよい そのまま二度と祖国の地を踏めなかった 何万の日本人のストーリーが入り込んできた。噫! 恍惚と石を撫でさすっている横をカップルが通ってはたと我に帰る。 醒めてみれば、それらはやはりただの石だった。 野辺の古い墓地に並ぶ由来のわからない小さな墓石ように とるにたらない石たちだった。 それには何の銘も刻まれず 何のストーリーも読み取れず 涙も汗も流してはいなかった。 この詩はそんな無言の石たちと同じなのです。 ありがとうございました (炎夏のハモニカ)

2019-08-19

意識に深く沈潜するモダニズムも ケレン味過多なポストモダンも暮れきったような この、ごくごく平明な詩から、とある詩を想いました。 明治生まれの象徴派の詩人、梶浦正之の作です。 ※ ( )は原文ルビ、[ ]は私的なルビ    汝は詩人か夜盗か   梶浦正之    さわがしきは人波    はなやかな街の光    そを脱れて、われは    代々木原なる松林の窪地に    ただ独り腰を下ろしてありき。        とほき街の雑音(どよめき)……    松葉をすぐる風音……    うすき銀もうる色の天の川……    すべてはやさしくわれをとりまきぬ。    折あしく巡査(おまはり)の見つけるところとなり    厳しき詰問(なじり)を放たれぬ    ──かゝる夜陰を      人影なき叢[くさむら]にうづくまるは      詩人か、はた夜盗か──と。    われは黙して答へざりき。    かくて交番につれゆかれ    かなしき侮辱を浴びてかへりぬ。    その夜    独り床に眠らむとし、    ──われは、さびしく自らに問ひたりき。    ──汝(なれ)は詩人か、はた夜盗か──と。                (『春鶯』1931年 昭和6) この職務質問を受けた男は、独り寝床でくやしさに身悶えたことでしょう。 何より、わからずやで頑迷なあの巡査(おまわり)に こんな詩趣豊かな言葉で打擲されたことの衝撃にです。 前掲しました作品は、いささか大時代的な情景ですが 今でもまったく共感できうる孤独・孤絶な心情ではあります。 しかし、孤立をあらわすための、巡査のもってまわったような 芝居がかった詰問が、引き立ち過ぎるほどにポイントがしぼられ そこに他の様々な要素を配置した、この詩の構図は 現代の孤独を示すのにはそぐわないのかもしれません。 当作『夕暮れ』における 目立って美しくも、陰惨でも、哀切さも無い ポイントになるような言葉を構図に入れず 強い孤独の象徴すら去勢し、切り取ってしまったこの「欠落」こそが 人間はどこまでも「単独」でしか生きられないという習性を 浮かび上がらせることの証明なのではないだろうか。 (夕暮れ)

2019-07-29

Come on! シティポップ詩! 臆面もない気取りと 虚飾の見栄を競うような軟弱さが 毛嫌いされてしまう時代をくぐりぬけ いま、シティポップの清冽さ豊穣さ前進性が 再発見されています。 人のこころの裏は裏のままに 何のてらいもなく、今、言おう。 不安も批判もない Glory(栄光)ある朝に 再び生まれるんだ! (理想的な生まれ方)

2019-07-15

学校開放日に訪ねる小学校。 教室に貼られた この小さな詩文を見つける。 子どもたちの日々の情操に染み込ませるために 女教師が選り好んだ この謎かける隠喩の前を 父母たちは視線ひとつ乱さず 過ぎ去るが 喉の奥で微量の何かが 隠れて分泌されるのを共有する。 そして追懐する。 自らの子どもたちが育ちゆくこの部屋で。 体液がからむ音は流れ続け いつしかふたりの滑る腰は 固有の快感の律動を わずかな誤差で調和させることをおぼえた。 手をつないだ氷上のふたりのように 甘怠いしびれは合流し 腰は加速し疾走し 女は落ちてゆき 男は消失した。 男がぬぐい取る 腹に落ちた体液の めずらしい白さと たちまち体温を奪う液体の冷たさに 女は てるてるぼうずの叫びを想う てるてるぼうずは大きくなって いま クラスメイトと笑っている。 (雨粒)

2019-07-13

たしかに能の謡(うたい)のようでもあり チャカポコと阿呆陀羅経のようでもあり どちらも一聴一読では解釈しづらいものでありまして ただ、音として見る日本語の妙味を感じる。 不勉強不徳のいたすところでありますが 漢詩の書き下し文のような施しが欲しくなるものであります。  (歪熟れ面)

2019-07-10

玄関に立ち尽くすまま 決してその敷居をまたがぬ カドづけの芸人の思わぬ澄み切った謡のように 地獄の沙汰もなにゆえか、清涼さも感ぜられ 煮立った銅と糞尿じたての屎泥も 眼球入りの濃厚芳醇なスウプのトロミにさもにたり (腐葉土と血桜)

2019-07-10

添えました動画はオリジナルではありませんが この美しき音楽にて 点と点たちが結ばれることを願って (夜の点 黄泉の糸)

2019-07-03

追記 ただ最終行の << 強い草を育てたい だけが、なぜだか闖入者のように居心地が悪い… (強い草)

2019-06-29

アウトサイダー詩の手ざわりながら 彼らには出せない抑制と緊密な語句の配列が 読み手の興味に拍車をかけてくれる諸作品、楽しいですね。 何より、「きみ」「ぼく」が夢の中で乳くりあうような湿度・粘度が高い詩文や 自己を「憐憫レビュー」したコメントのような詩文が散見されるなか 屹立した言葉たちのフォーメーションが痛快。 (強い草)

2019-06-29

しょうこさん stereotype2085さん ありがとうございます。 長尺で「魂の絶唱」のような豊穣な詩も素敵ではありますが 飴玉のように口の放り込める、カリカリと削って丸めて小さくなった詩文を 手のひらに転がしているだけで、我が拙文でもたまらなく愛しくなりますね。 スマホやPCやデスクライトの直線の電光で、眼球が半熟になりそうな夜 コンビニから出て見上げたビルのあい間の、朧月の曖昧でトロけた曲線の光に導かれたわけです。 キリとモヤとカスミは、たまに無意味な夜のドライブに出るようですね。 彼らは夜を明け方まで駆け抜け、どこにそっと露を結ぶのでしょうか…… (霧と靄と霞…………キリとモヤとカスミ)

2019-06-25

神の座から真言を なぜに半狂人の繰り言だとして 険しい顔で彼は避けようとするのか…… あなたの瞳が完全な円を描いているのが怖いんだ (乱舞~孤独な太陽~)

2019-06-22