エルク

投稿作品数: 7
コメント数: 33


今日を、捧ぐ

2019-06-02

Fluff song

2019-05-21

終り

2019-05-12

No title

2017-10-02

星月夜

2017-09-13

りぃん

2017-09-09

鷹枕可さんへ。 美辞麗句や啓蒙啓発の類が耳に心地よいという側面は、商業主義を抜きに語ったとしても、仕方のない部分があるかもしれません。耳が痛い。けれどそれは「詩」が、というよりも「本質」を見抜くことのできる能力があるか否か、という問題なのかもしれません。教育というのは規範という箱に収まるように均一化させる制度ですから、社会を飛び出して活躍するということよりも社会に適応させることを主眼に置くものです。最悪なのはその教育の質が低いことですね。識字率も上がりピラミッドの底辺、分母を増やせば、頂点がそろそろ出現し始める頃だといつか語った文科省の役人がいましたが、あやしいものです。つまり、そのものを記述する力を持つ人間は鷹枕可さんが思うよりもずっと少ないのではないでしょうか。 「引き篭り」の定義も曖昧で、相対化が進み、そのうち「病気」のレッテルでも貼って安心しようとする流れが安易に出来上がるかもしれません。そんな場面で、阿るのではなく抵抗するのが詩人であって欲しいとは思いますが。云々。 故郷というアイデンティティに懸る憧憬が自分には希薄で、深く共有できず悲しいのですが、 >虚言故の永続‐普遍を、憧れを伴って――悪い夢の様に――心象へと受容し、復拒絶して、今に帰る 美しい言葉の羅列に眩暈がするようです。 籠に関しては、所有という概念が若干西洋的であるので、喩えば、内と外をわけるもの、または自他の所属を規定する境界、のようなものであったなら。そんな美辞麗句や啓蒙啓発の類の話にもって行きたがる自分は汎社会的秩序にやはりおおいに毒されているのかもしれません。 (籠地獄)

2019-06-03

最近では断絶を推進する行為が英雄視されるという風潮があるのか、同時多発的に生じる亀裂音はさながら、軍靴のようでもありますね。寺山 修司さんの才能は多岐に渡っているので自分も少なからず影響を受けていると思います。そして「生きて 死ね」のフレーズが坂口安吾さんの「堕ちよ、生きよ」に影響されているのかなと勝手に感じておりました。 個人的には 『遊撃とその誇り』の 「背広を着たまま飛びたい」というのは、私自身の哲学だったのである。 が好きですが、此処では、 『奴婢訓』の 希望は美しい、絶望も美しい。だが、両者をわけるものは、もっと美しい が何となしに、思い出されました。 籠を容れ物と捉えるか檻と捉えるか、はたまた何かを守るためのもの、と捉えるかで見方も変わってくる気が致します。 (籠地獄)

2019-06-02

何年も前に書いたものですが。 (今日を、捧ぐ)

2019-06-02

正確には茱萸は果実なので、花や実のイメジ、燃えるような血のように赤いイメジを共通させつつ、ですね。 (籠地獄)

2019-05-30

韻を踏んで読ませつつ、兄弟とジュウシマツ、死の花や茱萸と花嫁といった共通の花のイメジを、此処では「わたくし」や「女工」の不遇に重ねていっていく。そして生まれや仕事、女としての業、のようなものを鳥籠に見立て、その中で死んでいく情景を客観視しつつ描写していく。というようなものを自分は読みましたが、作中主体が自身を客観視しているその冷静さが諦めの胸中をあらわしているようで何処か切なく、何処か異国情緒を感じさせるのに、何処までも貧しかった日本の古い農村風景が眼前に広がっているようで、胸を打ちました。 (籠地獄)

2019-05-30

ポエジーが宿っていると思います。最近だとポエジーって言葉はあまり誉め言葉にならないのかな。 (初化粧)

2019-05-23

人の触れ得ぬものを禁忌として遠ざける、または理解の及ばないものに畏怖する、ということは自己と対象との距離を(漠然とであっても)再確認することであると思います。再確認という言葉を「再定義する」と言い換えてもいいですが、ここでは兄と神様との関係、兄と私との関係、父または母と子たちの関係、などがタブーとして一般的には認識される事柄として触れていく。触れているかのようにみせかけて本質を語ることを回避していく、ということに「再定義」されていく事柄が関係性を強化されていき距離が生まれていく。距離とは人と人の物理的な距離から関係性といった精神的な距離感も含んでいて、それがそのまま禁忌(畏れ)との距離感をあらわしている。 何が言いたいかというと、禁忌に触れているようでいて触れ得ぬままにいる登場人物たちの関係性が書かれた物語であり、禁忌に畏怖し、必要以上に畏れを肥大化させ、禁忌という怪物を自ら育ててしまった家族の物語でもあるのかなと読みました。 (神の庭)

2019-05-21

鈴木 海飛さんコメントありがとうございます。 継続するということは一連の動作を途中で止めない、ということだけではなく、 ひとつの所作を完結させることで次に繋いでいく、ということでもあるのかもしれません。 性性という言葉がおしゃれということで書いてみて良かったです。最近では自分の言いたいことを造語として表現してみると中国語として検索結果にヒットする。ということもままあるので、そういった類の話の可能性ももちろんありますね。 (終り)

2019-05-14

るるりらさんコメントありがとうございます。 最近の実感を形式に乗せただけだったので、こちらの想定していなかったお言葉に嬉しさが自分の知らない経路でこみ上げてきた気がします。今日はまだしなければならないことがあるので、後程高速スクロールを試してみたいと思います。ありがとうございました。 (終り)

2019-05-13

体調がすこぶる優れないので気合の入ったコメントはできないのですが、 芦野さんの作品をこうして読めるということが何故かうれしく思います。 (神の庭)

2019-05-12

自分は映つるの表記にオニヤンマの複眼でみた景色を表現しようとして苦心した結果のように感じて引っ掛かりはしたものの意外と好きだったんですけどね。ついでに引っ掛かりでいうと、お母さんがと語る中で語りては少年だと連想したんですが全体の表現の(イメージの)重厚さに似つかわしくないなと。ここが「母が」ならば老いた母とオニヤンマと僕、静寂さのなかに満ちる力強いさまざまな<生>の色彩のイメージが、三者の眼が映つし出す世界をより自然なものにすると思いました。 (記憶)

2017-10-25

「ざあざあ」や「てくてく」などの擬音が現実の音から次第に話者の心象風景の様子に変わっていく。票、と顕された断片が舞い上がり、降り積もり、ひとつの夢をかたち作っていく。 >その話の続きを書こうと思ったのに >その話が見つからない のは >地元に残ることを選んだ 俺の償いだと語るのは何故か >授業を受ける権利がない >オフサイドのルールを知らなかった など断片的に語られる過去にあるような出来事に(子供ながらに)罪を感じ、わだかまりを残したまま大人になってしまったからだろう。 >仕事を、しなくてはいけないのだ とは夢のなかで贖罪をし続けなくてはならないことであり、票という許しをみんなから掻き集める行為のことなのだろう。ねえ、聞いてよと語られ始める物語には読者も票集めを手伝う夢の担い手として登場する。けれどここで問題になってくるのが描写の丁寧さだろう。16年前や1500回など具体的な数字が読者の作中への没入を拒否してしまいかねないと。読者をスムースに感情移入させることができれば、作者だけではなく読者も夢の担い手としてこの世界観を完成させることができるようになるのではないかなと。 (夢の償い)

2017-10-25

世界との乖離感、自己の身体的な乖離感、そして >僕たちが同じところにいた と、自分以外の他者との乖離感を描いていますね >遠い昔 僕たちが同じところにいたことを >風は思い出させるからだ という現在の状況とは異なる過去を「童話」つまりおとぎ話のような幻想だったのかもしれないと 回想する「僕」が終始 >膝を抱えて いるのは >僕達は必死だったのに >世界はひどく穏やかだ だったからだろう。 その乖離感を主軸に「僕」のちぐはぐに感じるものが雨に濡れ、風に吹かれることによって 現実を伴う実感として何度も繰り返し思い出させることになるのだろうか (童話)

2017-10-25

二連目の荒唐無稽な言葉の連なりが語感の良さも手伝い 幼い「私」の心象風景にもみえてくる >揮発する私でない私 といっているので正確には夢のようなものをみる「私」やその夢のような世界に住む「私」、そんな私であって私でない存在が消えてしまうような感覚を覚えながら「わたしの異郷へ」私が旅立つさまを見送っているのだろう。 眼前には悠久の広がりをもつ「森 空 海」があってそれらを繋ぐカテナリー(ここでは縁、のような使い方だろうか)がタイルのなかの、夢のなかに住むような存在の魚が異郷へと旅立つ。魚を揮発する私に見立て眼下に広がる世界へと旅立たせることが「がうでぃな おじぃちゃん」から受け取った「ポエジィ」、つまり「私」が成長する上で必要だったもの、糧を得て大人へと成長する過程にも読めた。 (がうでぃでぃ)

2017-10-25

自分の知っている詩人さんで構文を裂いて再構築することを得意にしている方がいます。それとは別の方ですが、ある特定の言葉を句読点も含めて入れ替え差し込み決まりごとのないパズルのような遊びを試みている方もいます。今回の「意味はない」だと壊す、というよりも重心をズラすようなやり方に留まっている気がするのでおそらく(主観で、ですが)タイトルにあるような無意味を作り出すまでには至っていないのでは無いかなと。辛口コメントは控えるようにしていますがたまに(その人のためになると信じて)唇から破裂音として飛び出すことがあるのでご容赦ください。 (意味はない)

2017-10-25

なかたつさん丁寧な批評・解釈ありがとうございます。 要素や観点、カテゴライズされたさまざまな、一見すると同じようにみえる物事でも暗黙知を固有の権利として複雑に主張し合っているのかもしれないですね。共存、と言うのは簡単ですが歩調を合わせるということがいかに難しいか。なかたつさんの読みを汚すことなく足あとを残すことがいかに難しいか。複雑なバランスの上に立つ少女が立ちすくんでしまわないように、コメントありがとうございましたと最後に一言だけ添えて。 (ちょっと気取り過ぎですね) (No title)

2017-10-23

なかたつさんへのレスレスはすぐに書くのでしばらくお待ちください。 Now loading... (No title)

2017-10-23

まりもさん、なかたつさんお読みくださりありがとうございます。 まりもさんお返事遅くなりました、レスを見逃していました。 忙しい単調な日々のなかで自分が何かを描こうとしていたことや それらを読んで共有してくれる人がいる、ということを 忘れそうになる瞬間がありますね。 (ただの言い訳です) 影響するということ、 影響されるということ。 そのままでいようとすること、 そのままではいられないということ。 >白そのものの持つ意味を追いかけようとした 自覚はなかったんですがさまざまな事物に意味を求めてしまうのは自分の悪い癖だなぁとは日頃よく思います。 (No title)

2017-10-23

まりにゃんさん、survofさん、コメントありがとうございます。 詩は語尾とかそういうところまで神経をとがらせてこそ詩なんですよね。 行の連結がスムーズにいってない感じになったんでしょうね、んんん。 飛英の意味はsurvofさんに言及して頂いてるので割愛します! 漢字多めなのは作者の好みを反映しているからですが、 今回の場合はひらがなに開いた部分を強調したいという意図もあったりします。 なにはともあれ自分の書いたものをもうすこし客観視できるようにしないといけないなと。 まりにゃんさん、survofさん、ありがとうございました (No title)

2017-10-02

闇夜の圧迫感を湿度を含む空間、それも「不在」というものを被写体を変えながら描写していますね。 技術が巧みで勉強になります。 (夕立)

2017-10-02

面白かった。 詩は自由の代名詞だと思ってるんですが、これは自由ですね。 もっと細かく分析しなきゃいけないと思いながら 読後の余韻に浸りたい自分もいて 面白かった、と 一言だけ添えます。 (回想タクシー)

2017-10-02

権利という概念が発生してから富は増えたけれど豊かさは相対的に減りましたよね。 文化の違いを感じ対比させることで大事なことに気づく。 体験ー発見、の図式を基にしてフィジーの人たちが当たり前に行っている生活を せつなさを伴う会話の描写で塑像していく。 さわやかさを感じさせる作品でした。 (ケレケレのはなし (B-REVIEW EDITION))

2017-09-20

楽しくなりすぎていらないことまで語ってしまいそうになっている自分がいて非常にマズイです 花糸を翻訳するとfilamentになるのでいくつもの光、をばら撒きながら飛び立つ そんな鳥媒花のイメージも少々いれて羽ばたかせています 語り過ぎてますね。反省してます。後悔はしてません。 (りぃん)

2017-09-20

まりもさんコメントありがとうございます。 他の方へのレスを拝見しながら 作品に寄り添った読みをされる方だなぁと思っていました。 作者の意図を丁寧に汲んで頂いてるので こちら側から補足することがあまりないですね 笑 ただひとつだけ、 花糸というのは実際にあって、 雄しべの先端の葯を支える柄の部分を花糸といいます。 何故か好き単語なのでたまに使っています。 この連の手前で止めてもよかったかな、と 指摘されていますが 自分でもそこは最後まで悩みました。 的確ですこし怖い^^ 仮託がうまくいってないので工夫の余地があるとは思っています。 共感できる部分とか レスを付けやすい取っ掛かり みたいなつくりを設けていなかったので、 なかなかコメントし辛かったはずなんですが 読んで頂いてコメントまでつけてくれた方には 感謝しかないです。 (りぃん)

2017-09-19

花緒さんコメントありがとうございます。 今回はできるだけ物語らないように物語る、をコンセプトに書いてみました。前作は音、というか発話について思うところがあって自分なりの新しいアプローチをテーマに書きました。印象に残ったと言ってもらえて嬉しく思います。失敗したものを投稿したときは苦笑いしてください 笑 (星月夜)

2017-09-16

文法は破綻しているようでしていないし、接続は論理的なようでそうでない。 若干の混乱を招く言い回しがなんとなくの心地よさを感じさせてくれます。 ここから書く内容は若干おせっかいみたいな感じになるので不快になりそうなら全力で目を瞑ってスルーしてください^^ 少し踏み込んだ感想を書くと、硝子さんの主観をもう少し減らしていくと読み手の想像が制限されてしまうことが減っていくかなと感じました。例えば「白百合のように美しく死のうね」の『美しく』がなければ、読み手は白百合の死に様を一生懸命イメージしようとします、と教わったことの受け売りになるんですが、そんなことも意識すると凄い書き手になれるようです。教えてくれたひとは凄い書き手で、尊敬してます。 笑 (アイアイ愛されたい)

2017-09-15

三浦果実さん、お読みくださりありがとうございます。すごく好意的に読んでいただいていて逆に申し訳なくなります 笑 実はしばらく根気よく書く、ということから離れていたのでなかなか思うように書けず愕然としています。読みやすさは常に気にしていますが後半は書きたいイメージを優先させて加えたり消したりしたので音が悪い部分が出てしまっていますし、せっかくコメントまで頂いてるのに申し訳なく思います。もっといいもの書けるように質を高めていきますね。 硝子さん、レスありがとうございます。やっぱりコメントはもらえるとうれしくなりますね。 自分が思うイメージを伝えるためにあーでもないこーでもない、と苦悩しましたが魅力的だとおっしゃってもらえてとても嬉しいです。ただ三浦さんへの返事にも書きましたが、若干(結構、かなり、)感性が曇っていて思い描いたものと実際のものとではズレもあり、もっと感動してもらえるものを書かなきゃ!などと思ったりしているところです。 (星月夜)

2017-09-14

ふむふむさんが投稿された「愛の名前」の続編、もしくはもうひとつの「愛の名前」といった感じで読みました。 比喩を数珠つなぎに連想させていき、描きたいもののひとつであろう感情を強く形成していく。 やがて風化してしまうだろう記憶も強く書き留めることで忘れないようにしたい、という決意も自己だけに留まらずに読者にも決意させるような、そんな強度をもった詩文の連続に感動しました。 これは傑作だと。 (透明な統計表)

2017-09-13

花緒さん初めまして。 好きなものが詩らしい詩なのでたまにこういうのを書きたくなります。 その反面すごく苦手、でもあるのでなかなかどうして突き抜けたものを書けないですね。 レスありがとうございます (りぃん)

2017-09-09

表示できない記号があるみたいですね、残念。 機種依存文字は事前に調べたんですがところどころ抜けが(汗) 特に × びひ  び  びぃ ○ びび  び  びぃ             ですね びひ だとなんか間抜けになってしまう (りぃん)

2017-09-09

はじめまして、硝子さん。思ったことを少し書かせていただきますね。 呼吸すること、に重心をおいてそれを取り巻く環境や大気、 そしてそれを共有するきみ、という存在を描いていますね。 永遠を感じさせる宇宙と一瞬(息を止めるという行為に生じる永遠のような一瞬)を 対比させて今この瞬間を共有する僕たちを朝顔や硝子に喩えて儚いのだ、と。 他の方たちが仰るように直接的に言いすぎなところがあるかな、ということの他に感じたのは、 改行して連を分けているのに同じ内容を続けて語っているとそれも説明的に感じてしまいます。 一行目の 「語られない言語で」 ここをもっと煮詰めて他のだれも 考えつかないような表現に昇華できたら もっと素敵な詩になるのではないかなと思いました。 (語られない言語)

2017-09-09

前田ふむふむさん、お返事ありがとうございます。 勤勉な方とやり取りをしていると自分の怠惰や無知があらわになるので晒す覚悟が必要になりますね^^ 夢をみて目覚めたときは正直感動しました。自分にも攻撃的な夢を見る何かがあったんだなぁと。普段は逃げ回ったりする夢が多いので新鮮で今でもはっきりと覚えています。夢の内容は、正確には蛇の姿をした母を猿の姿をした父が殺してしまい、それに逆上した私が猿(父)を殺すといったもので、ひどく生生しい感覚だったので夢とはいえ同じ体験はしたくないですね。 言葉はそれでなくとも難解なのに、アートとして表現しようとすれば更に難解になるのは必然ですよね。ゴッホのように精神に異常をきたして初めて傑作を書く資格を手に入れられるのだとすれば…ちょっと気が遠くなります。 詩は神様を言い表そうとする言葉であり、数学は神様の言葉である。という言葉を思い出しました。 ラカン的な考え方は囚われずにありのまま物事をみれば本質を見抜ける、ということの喩えのような気がします。 それを体現している分かりやすい身近な存在が精神病患者だっただけの話で。 なので自由に語っていればいつか本質や法則のようなものに気づくことができると。 そんなことを取り留めもなく考えたり。 ああ、思慮の浅さが露呈してしまう。 ラカニアンさん、いらっしゃいましたら苦情訂正粛清懲罰よろしくお願いします (黄色の足跡)

2017-08-24

こんにちは、似た夢を見たことがあり何かコメントを残したくなってしまいました。 細部を語る丁寧な描写が全体の雰囲気を生々しく醸成させていきますね。 黄や白の鮮明さが闇に差し込み浮かび上がるのは何処までも苦悩する内面のより深い苦悩。 その深さを色に喩えられた思考や言葉で測っている、そんな印象を受けます。 現代社会において食べる、という行為は他者に生かされている、ということを実感できる数少ない行為、他者に敬意をあらわす機会でもありますが、ここではどちらかというと超自然的なものを取り込み乗り越えようとする行為に見えたのですが、そういう観点で語ると夢のなかで猿の肉を内に取り込むことで、抱えている恐怖や葛藤のようなものを内化(対象化)しようとする一種の儀式にも見えるわけです。 深い闇に浮かぶ白い睡蓮の花はまるで再度浮かび上がるための目印であるかのように要所でリフレインさせる。(この読みは少し強引かも、ですが 笑)光明のような刃のイメジで深みに潜り、昇るときにも象徴のように「黄色い」受付券を握りしめている。作者が自身の内面を渡るうえで必要な心の拠り所として機能させているんでしょうか。もしくは精神に異常をきたしているかもしれない可能性を匂わせているので、自身を外(現実)に繋ぎ留めるための命綱として機能させている、とも読めるかもしれないですが。 鏡や窓越しに見るものや景色に何をみるのか。古今東西神話などでは嘘を見抜く道具である装置が、この作品ではちょっとニュアンスが違いますね。本物を映しているのか、自分という主観を通して歪んでしまった光景なのか、自分自身でも半信半疑で物語が締めくくられる。 ジャパニーズホラーと仰っている方もいますが、わたしも一読して同じ感想を持ちました。解決したかのように思ってもまた新たな疑問が浮かぶ。そんな終わりのない苦悩に猿の夢は夢の枠を越えて再生され続けるのかもしれないですね。 (黄色の足跡)

2017-08-23