作品投稿掲示板 - B-REVIEW

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投稿作品数: 17
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2020-10-25

順列問題

2020-10-01

お元気ですか

2020-09-09

練習と試合

2020-08-22

みとれる

2020-08-21

(濃色の徒労)

2020-11-29

なんとも言えない、不思議な感覚でした。 「自分をいちばん愛するわけです。ですから、わたしは自分で、自殺をくいとめることで必死でした」 この文章は特に印象的でした。 なんか、うまく言えなくてすみません。 (先生のおかげです、ありがとうございます)

2020-11-28

この作品は、語り手が先生にあてた文章で、作中作のかたちで「春〜」が挿入されています。 朝はとつぜんに訪れ それは圧倒的にひかりの量で示される ここを読んだときに、前述された先生からもらったヨブ記の、 人生は真昼より明るくなる。 暗かったが、朝のようになるだろう。 というところが呼び起こされる。ヨブ記に多少なりとも感化されたような、そんな作為というか、繋がりが垣間見えておもしろかったです。 ひかりの量で示される という文は特に良かったです。 言葉でしかないと貶す語り手の言葉とは思えないほど。 (春とか、朝というもの)

2020-11-26

※批評文が最後のところまで投稿されていなかったのでその続きです。 それにしても日頃からカナブンをよく目にしているのか(季節的に今ではないでしょうけど)、よほどカナブンに何かを見出しのだろう、それが「徒労」という語り手とカナブンを紐付ける媒体になっているのなら、後半もわかるというか、後半あっての前半だというように、好意的に読むことができる。 御作は創作という過程を、考えさせられたというか、書くことへの動機をこちらに想像させたという意味で拙文の冒頭とあわせておもしろかった。 ※間違えて作品のほうにも追記してしまいました。すみません (カナブンへの視線)

2020-11-25

※批評文が最後のところまで投稿されていなかったのでその続きです。 それにしても日頃からカナブンをよく目にしているのか(季節的に今ではないでしょうけど)、よほどカナブンに何かを見出しのだろう、それが「徒労」という語り手とカナブンを紐付ける媒体になっているのなら、後半もわかるというか、後半あっての前半だというように、好意的に読むことができる。 御作は創作という過程を、考えさせられたというか、書くことへの動機をこちらに想像させたという意味で拙文の冒頭とあわせておもしろかった。 (濃色の徒労)

2020-11-25

※批評文が最後のところまで投稿されていなかったのでその続きです。 それにしても日頃からカナブンをよく目にしているのか(季節的に今ではないでしょうけど)、よほどカナブンに何かを見出しのだろう、それが「徒労」という語り手とカナブンを紐付ける媒体になっているのなら、後半もわかるというか、後半あっての前半だというように、好意的に読むことができる。 御作は創作という過程を、考えさせられたというか、書くことへの動機をこちらに想像させたという意味で拙文の冒頭とあわせておもしろかった。 (濃色の徒労)

2020-11-25

批評文の書き方について、学ぶことが多々ありました。何かを話すとき、最初にポイントが何点ありますというと、他人は聞く耳をもつ傾向にあると、いま調べたら出てきて意外でした。改めてありがとうございます。 (選評文ー『着順は知らない』)

2020-11-22

日々、自己の感情を理解しきれないぼくには、この詩句に出合って、それが苦しみであったことに気づかされました。苦しいと思っていました。読んだあとに、わかったこと、感じ取れたことです。 個人的な文章の響きが他者である読み手の思考にも響いて、読み手のなかの未だ言語化されていないなにかを呼び覚すこと。何かを感じてもらえることとして、これ以上のものはないかもしれないと思えました。 (たかが体裁、されど体裁)

2020-11-22

考えることや話すことと同じはずなのに、なぜ書くことだけはあらたまってしまうのか、という疑問がまず最初にあり、できるだけあらたまらない表現にしていきたいと思いました。 考えることと話すことと書くこととはみんな同じ回路を使っているのだから、特段あらたまる必要はありませんね。でも逆にあらたまる必要というか、あらたまる、あらたまらないは、その人の個性なのだと思います。だからそれが正解か間違っているかなど気にせず、今後もピムさんのやり方でつき進めてもらいたいものです。 (たかが体裁、されど体裁)

2020-11-22

ものごとを直線的に解釈するばあいのほか生じ得ない“記録”ということばは、庭先にようやくはえてきた苔をも一掃してしまう、月曜のあさ妻たちが手にとる高圧洗浄機のような暴威だ。とはいえ作中の記録的な状態をどうこういうつもりはない、なぜならばきっとだれにでもそうした硬さをもつときがあるのだから。海や大気が一日として同一の顔を見せないのとおなじく、よく観察すればあの硬さはそのつどわずかな違いがみとめられるのだろう。どうでもいい。ほんとうに。ただ、語られるものがよほど男好きのする躯であるのは想像に難くない。“記録”という、本作の筆致に似つかわしからぬことばと薄壁をへだてた隣人の行為とが原初的なぶぶんから想像力を掻き立てる。このくだりで、読者が一番硬かった過日のその状態を、ふたしかな身体感覚として、みじめったらしい憧憬をまじえて追憶したとしても自然なことにおもえた。 三十一文字ならぬ“書きことばでの三十六文字”という初見の配列が、平仄をあわせるつもりなど毛頭ないといわんばかりの(しかし実際あわせてはいる)書きっぷりとあいまって黴臭く不気味でした。 (挿入)

2020-11-14

訂正 バランス→アンバランス (曲がり角)

2020-11-14

ベケットを彷彿とさせる、数えかたで悩む奇妙な語り手。しかしこの作品で際立っているのは間違いなく「亡き母の声」です。その生々しさ、シリアスさと、老婆の背にピタリとついていく語り手の滑稽さのバランスがなんともいえない気持ちにさせるのです。 (曲がり角)

2020-11-14

>私は今日も、 片耳がない兄を助手席に乗せ、 ここすごくリアリティがありました。 うまく言えませんが、車内の様子や空気まで仔細に伝わってくるようです。 (いつも窓辺じゃ寂しいでしょう)

2020-11-09

引用されたところ、その良さが私もようやくわかりました。イメージの喚起力が秀でていると思います。 天窓から吹きすさぶ、ふぶきのような激しさが綺麗です。 (あるがまま、不条理な滅びさえも受け入れて、その先に自由と、自らに歌うレクイレムがあります。)

2020-11-09

私の書き方がとてもわかりにくいせいで、誤解を招いてしまったようです。 「自律した言語体系」というのは、身体が感知する以前に、既に言葉として存在してしまっているものです。変化したり、成長するものではなく、すでに完成されていて、動くことのない言葉です。ただ、私たちの感覚とはかけ離れてしまっていることが多いので、「自律した」という(もっと良い表現があるのだと思いますが)名前を私はつけています。 たとえば今この瞬間、私達が五感を通じて感じていることは無数にあるわけですが、それを全て言語化するのは難しいわけです。だから、既成の言葉でとりあえず語る。それは別に良いとか悪いという話ではありません。 作品をつくるにあたって、この「自律した〜」は、わかりやすさや、勢いやリズムを作ったり、良い面もありますし、これを使わないことは無理です。 しかしほんとうに良いものは、そこからではなく、身体が感知する、身体性から生まれてくるのだと思います。 (自分の言葉は他人の言葉)

2020-11-08

こちらこそ、他の方の作品の批評などおこがましい限りのことをしてしまいましたが、書かずにはいられないキッカケをくださったことに感謝しています。そして喜んでくださり何よりです。 言うまでもなく、言葉のやりとりは、コミュニケーションを支える大切なものでもありますね。傷つける言葉というよりも、その奥にある感情を減らしていきたいですね。 (自分の言葉は他人の言葉)

2020-11-05

拙い批評に目を通していただいてありがとうございます。 対象とさせていただいた作品を、私が誤読している可能性が大きいため断言はできませんが、自分の言葉と思っているものは、実は他人からの集積物であるから、大塚さんの仰る「自分のエゴ」は他人のエゴでもあると思います。 話は変わりますが、私の別に書いた批評文で、「自律した言語体系」というものの多くが、他人からの集積物であると考えられます。逆に、「身体が感知するもの」はまだ言語化されていない(できない)領域なので、大塚さんの言う「純粋」(間違ってたらごめんなさい)な言葉はそこから生まれるのではないかと感じます。 (自分の言葉は他人の言葉)

2020-11-04

とても気持ちはよくわかります。 (孤独)

2020-11-03

ただいま前作の削除依頼をしております。 (現実を超えて回り続ける)

2020-10-31

>昨日読んで良いと思った作品が今日も明日も良いとは限らないと思います。 まさにその通りだと思いました。 初読時に何を感じていたのか、もう言葉では表せないのですが、良さとか悪さではなく、とにかく何かを感じとったことは確かです。何度もすみませんでした(返信不要)。 (現実を超えて回り続ける)

2020-10-30

今度こそはと思ったのですが、やっぱり何度書き直しても、うまく出来ませんでした。この批評文ほどの駄作はありません。黎さんには大変申し訳なく思っています。今となっては「点」という作品の何が良かったのか、自分でもよくわからなくなってしまっています。なにかとんでもないバイアスがかかっていたのだと思います。作品を読むときは常に冷静に読まなければならないと反省しております。 (現実を超えて回り続ける)

2020-10-30

afterglowさん 投票の件、了解しました。 今後ともよろしくお願いします。 (現実を超えて回り続ける)

2020-10-30

未さん コメントありがとうございます。 たしかにかなり描写不足だなと今更気づきました。 全体的に特に深い意味はなくて、「私」が二人存在しうること、そして視界に映るものの重層性のようなものを描きたかっただけですが、やはり描写不足が全てを台無しにしていますね。 (回り込む)

2020-10-29

「よく生きている」のニュアンスが、冒頭から末尾にかけて、しだいに普遍的になっていき、生きている「みんな」への歌となっているところが良いと思いました。 ただ、タイトルがなぜ「明るい朝」なのか読み込めませんでした。 (明るい朝の歌)

2020-10-28

私は生きるのが辛いと感じるとき、それでもやらなければならない掃除や洗濯などをひと通りこなすと、なぜか辛さが減じていることがあります。 掃除や洗濯をしているときはほぼその工程のことしか考えないし無心になれるというか、悩みから少し離れられるからだと思います。 料理とは全然違いますが、本質的な部分では通ずるところがちょっとあるのかなと思いました。 >もしかするとパイを、沈黙を分かち合える誰かがいたら、ほんの少し救われるのかもしれない。 やりきれないときの料理も掃除も、自分の世界というか、仰々しく言うと、自己検証の厳しい世界の只中だと感じていたので、この文には考えさせられました。分かち合える誰かがいたら、という可能性。『生きるためにパイを焼く』で作中人物として冒頭のみ「女」が出てくるんですが、むしろ語り手の存在感が前に出過ぎていないか、語り手が作中人物なり得ていないかということを感じたのですが、分かち合える誰かとして、一人ではないということを、無意識に描き出したのではないかと、これまたとんでもない妄想をしてしまいました。失礼します (どうしようもなく生きていくということ)

2020-10-26

他でも書きましたが、こういった「独白」は作品外での言及や批評に費やされてしまうから、他のやり方で昇華させるべきなのだと思います。 (コンプレックス)

2020-10-25

最終連だけはわかります。 しかし、なぜ言葉の断片を吸い込んではいけないのか。「僕」が混じってはいけないのかとの疑問が残ります。 (ことばの刻み)

2020-10-25

>いかにも幸せそうな私を この文が推量で書かれていることによって、いろいろと考えさせられます。 子供から見たら、大人の「私」は幸せだと断定できないけれどもそう信じた。大人の「私」はというと、そもそも幸せが何なのかよくわからない。そんな両面を併せ持つ良い文だなと感じます。 (未来の川岸)

2020-10-25

否定的な言葉が並んでいるだけで、作品として読むのは難しいです。 (遠雷)

2020-10-25

悪い気は無いのですが、ただの恋愛ポエムの域を超えていないように感じます。人を好きになることが才能ならば、誰でも可能なわけです。御作で掘り下げるべきは、「愛する」ということが一体どういうことなのかという難しい問題ではないでしょうか。 (才と天才)

2020-10-25

なんとなくですが、もう会えない君との切なさを諦観したい語り手が、君への共感=楽器の「共鳴」を抑えること、胸の鼓動を抑えること、つまりミュートすることで、なんとか対応しているのだなと、そんな語り手の悩ましさが伝わってきました。 こういうのはわかりませんが、前半と後半でガラッと文章の質が変わるのはどうなのでしょう。特に「君」の連呼のあたりから(末尾で「音」に焦点が引き戻されますが)。 もうちょっと前半と後半の線引きもできないくらいに融和しているほうが好みです。 (ミュート)

2020-10-25

>意味はとくに無いです という文が蛇足というか、私はこの作品自体がそれを語っていると思うのです。もっと面白い視点から読めるのでしょうか…? (人さらい)

2020-10-25

よくわからないのですが、語り手は人ではなく虫でしょうか? でも語られるものは人から視た描きかたです。もし人以外のものから語ろうとするのならば、まるではじめてモノをみるような視点、描き方が必要だと感じます。 (植物園語しょくぶつえんご)

2020-10-25

現場の人が、現場研修?の新人に、思いを語る。ただ、どこまでもありきたりな感じがして、物足りないです。 新人からの視点が欲しいと感じました。 (ネジ締めたろか)

2020-10-25

席に座れたことはもちろんその人にとって良いことでしょうが「勝利宣言」は流石に大げさだと思います。その人たちはそれから職場などに向かうわけで色々な問題を抱えていたりするのですから、「ほっとした」くらいが妥当かと。 また、タイトルの「秋」「朝」があまり描かれていません。これが朝のことなら、スマホではなく、席に座れた人は眠るのではないかとも思うのですが、そのへんはわかりません。 (秋の朝メトロ)

2020-10-25

こういう作品のスタイルをなんというのか、たとえば「独白」とするならば、批評のほとんどは作品外に言及されてしまうのだと思います。 つまりこの詩では、いちいち他人と比較してしまう語り手の煩わしさが書かれていますが、そうですね、とか、いや他人と比較することがまずもって馬鹿らしいよとか、そういうことしか感想が出てこないのではと私は思います。 作品として昇華するには、思いをそのまま語るのではなく、なにか作者さんなりの他の上手いやり方があるはずです。多分。 (みんな本心)

2020-10-25

他の方と重なりますが、「僕」が出てくるまでを前半とするならば、後半はまったく別の詩かと思えるほど乖離してしまっています。特に前半の表現の豊潤さが良かっただけに勿体ないと感じました。 (ロマンティストの遊歩)

2020-10-25

うーんなんだこれは? というのが第一感。 ここに投稿される作品は、私にとって一読して意味がわからないものが多い。『点』という作品はその概念を少し変えてくれたというか、うまく言えないですが、意味に還元されない言葉たちが、意味を超えて迫ってくるという感覚が今一番近いです。言い換えると、作者の意図はわかるが、意味はわからない。意味はわからないが、意図はわかる。 しかし百均さんの御作は、意味どころか意図すら掴めない。もし良ければ、創作というかこの作品の意図みたいなものをお教えいただけないでしょうか? 他でも書きましたが、私はこのサイトの感想欄で、疑問や批判も遠慮なく述べていきたいと思っています。 (カルフォルニア・スウィング/河童肉付きぺりかん船便)

2020-10-25

先に書いた批評文、もっと言うとシュールレアリズムに感化されて書いたものです。 (回り込む)

2020-10-25

「おおい。おおい」と呼びかけられるのは、作中人物だけではなく、まさに読み手である私でありました。私は義務感と興味心がないまぜになった気持ちで、呼びかけに応じ不思議な世界の暗闇の中を歩んでいきました。そして街の雑踏の中に戻ってからも、いつかまた呼びかけが聴こえる日を待ち望んでいるのでした。 (フィラデルフィアの夜に XⅧ)

2020-10-25

いや、嫌、嫌い のリフレインが作品に綺麗に溶けていて、そんな言葉遊びのような面と、むせるような行き場のない感情とが共存していて、上手いなあと思いました。 >せめて嫌いになったといってくださればよかったのに の部分はとても共感できます。相手からすると優しさなのでしょうけど、こちらとしては違うのですよね。 (むせわらい)

2020-10-25

沙一さん コメントありがとうございます。 すみません、たしかに接続がうまくされていないばかりか、全く別々の文章になっていますね。 羽田恭さんの批評でもあったとおり、わたしもこの詩の意味はあまりわからない。だけど何かが琴線に触れる。まさにシュールレアリズムではないかと思い、長すぎる前置きを書いてしまいました。 大切なところは、【還元不能な言語は、意味やイマージュなどの「構造、関係だけを浮き彫り」にするものである。人間が作り出すことができる高度に客体的な言語であり、言語そのものとしか呼べないという意味で絶対言語だが、その姿は不定形だ。意味・イマージュの構造と関係だけを露わにする言語は無限増殖的であり、永遠の拡散言語にならざるを得ないからである。それを作品として完結させるのはほぼ不可能である。】の部分でありまして、実際この作品自体、完結させることは不可能であると思います。 回転の振動は止まった と末尾でありますが、言葉の拡散が止まること淀みなく押し寄せてくるので、読み手の私にしては、止まってはいない、現実を超えた地平で、回り続けているのだ、と言いたいのでした。 余談ですが、「批評の批評」乃至は「感想の感想」はもっとなされるべきであると感じます。感想自体も作品に対する率直な意見(素朴な疑問そして批判(あまり書きにくい空気がある))があって、感想欄が活発になれば良いです。個人的には賞レースよりも、そちらのほうがはるかに重要だと感じています。 (現実を超えて回り続ける)

2020-10-25

詩情にあふれている、まさにその通りだと感じました。 (回り揺れる止まらない詩情)

2020-10-19

すごいです 感動して涙が止まりませんでした。 (点)

2020-10-19

前の作品も読ませていただきました。 電車の中でくすくすしながら読んだので不審者だと疑われていたでしょうが、みんなそれぞれ不審者の要素を1オングストロームくらい持っているのだというふうに思えば、不思議に肩の力が抜けて、肯定的に生きていこうと思えたのでした(何を言っているのかわからなかったらごめんなさい)。 ほとんどの作品に面白い要素はあったのですが、『正義の味方』が作品として無駄がないというか、とにかく一番良かったです。 過去の作品も踏まえた上で、今作に一票を投じたいと思います。 (そしてみんなドラえもんを見なくなった)

2020-10-16

深読みしてしまう悪癖からか、黄色と黒(実際には青紫)が補色の関係だからなのかなと勝手に想像していました。黄色に似ている緑だから良かった、犬と気持ちを共有できたような、そんな感慨なのでしょうね。 冒頭のほうで、なにか違和感があって、初読時からずっと引っかかっていたのですが、私にはどうしても、この犬が「黄色だから素敵なの」と思っているようには解釈できなかったところがあります。するとこれもまた理屈っぽくなりますが、動物は色の見え方が人とは違うので、黄色だからどうこうとはなりにくいと感じます。でも犬が喜んでいるらしいことはよく伝わってきますし、じっさい喜んでいるのでしょうけど、シンプルに散歩に出られた(雨の日なのに)喜びと解釈していました。 いろいろ言ってしまいましたが、この何気ない情景を真正面から描こうとする作者さんの筆致にとても好感が持てました。 (犬のしっぽ)

2020-10-15

スラップスティックですね。 「鼻を、かむ、ためでした」のところで笑ってしまいました。読点の多用が作中人物の戯画化と相まって良いのだと思います。 余談ですが、作者さんの過去作『カタコリーヌ』を読んだらさらに笑ってしまいました。 (そしてみんなドラえもんを見なくなった)

2020-10-15

蛾兆ボルカさん コメントありがとうございます。 I =愛 とか少しだけ頭にはあったのですが、どうしてもそのへんをうまく絡ませる(活用)ことができませんでした。練り込みが足りなかったのかもしれません。 ラストのカフカに言及していただいて嬉しいです。カフカなら言いそうだなと思ったのですが、実際のカフカならきっともっと面白いことを言うんだと思います。 (順列問題)

2020-10-15

奥村うみさん コメントありがとうございます。 言われてみれば、数式がその後なにか意味を持つとか、展開に関わるように考えれば良かったです。そのためにもう少し、数式をシンプルにすれば良かったのかなとも思いました。 全体の雰囲気が好きと言っていただいてとても嬉しいです。 (順列問題)

2020-10-15

追記するのはフェアなやりかたじゃないと思うのですがどうしても書き留めておきたく。 祖父母の笑みは、語り手の心情を必死で理解しようとしているができない、困惑の笑みではないかということ。つまり困惑しているから笑ってごまかすことしかできないのだろうかと。 本文に載せられず、こういったかたちでの追記、ほんとうに申し訳ありません。 (びりびりと聴こえるきしみ)

2020-10-14

全文は読み切れませんが(あまり理解できない)、 「伝記びりびり、それを見る祖父母の笑み、緘黙のぼく」 そんな情景を想像させられただけでもう十分と言うか、滑稽なことをする人間の裏側とか、笑うことしかできないこととか、うまく言えませんが、形容しがたいおもしろさがあります。 (伝記びりびり)

2020-10-14

実体験に勝るものはないというか、そうやって書かれたものには少なからず肉感だとか切実さだとか、およそ「身体性」と呼ばれるものがこもるのだと思います。 ひとつ注文を付けるならば、装飾の言葉を並べるのではなく、本をかじっていた小鳥の外観つまりこまやかな姿や、その動きの描写(表紙を折っていたり、ページをくしゃくしゃと舐めていたり?)をもう少ししてほしいというところでしょうか(なんせタイトルが読書する小鳥なのですから)。 自分のことを棚に上げていろいろ言ってしまいましたが、作風として、とても好感の持てるものでした。 (読書する小鳥)

2020-10-13

小説投稿サイトから、このビーレビに来て、詩とは何なのか深く考えています。 御作にあるような考えはとても共感できます。 しかし私は皆さんに嫌われる覚悟で、もう一段踏み込んでみて、書いてみたいと思います。 小説投稿サイトで、たまに雰囲気小説と呼ばれる、要所をわざと書かずに読み手の好意や想像に甘えるような作品が投稿されます。 それに似たような作品がここでも見受けられることがあるので、偶然の一致ではないと思います。 小説を報告書にたとえるなら、それらは手抜きの報告書だと思います。たとえば拙作の『リュウグウノツカイ』はもともと小説でしたが、詩にするためにわざと削り短くしました。まさに手抜きの報告書に仕立てたわけです。 大切なことは、手抜きの報告書にならずに、きちんと強度をもったものを書くことだと感じます。それが結果的に小説のような長さにならないから、詩として投稿する。このへんは、本当にわかりません。小説と詩の違いは、単純に「長さ」なのでしょうか。 小説に長編からショートショートまであるように、詩はその末端にある、言い換えれば小説の断片なのかと… 小説の中でも名文と呼ばれるものがありますが(国境のトンネルを〜)、それだけを抜粋すれば詩になりうるのだと思います。 人様の感想欄で、持論を展開してしまい申し訳無いです。どうしても一度書いておきたかったものでして。失礼いたします。 (矛先は自答)

2020-10-13

ふじりゅうさん コメントありがとうございます。 私自身が教養のあるほうでは全くない(nPr も拙作に取りかかる前には知りませんでした)ので、ハイターゲットを想定したというつもりはありませんでした。なので数式はすべてデタラメで、アルファベットを多用したのもちょっとしたふざけ心です笑 もともと小説好きなので、カフカは少し読んでいたのですが、リルケは知らないので、私のほうは、リルケとはいったい誰なのか調べなければと思います。 (順列問題)

2020-10-11

>ところがその時〜 のコメディ調に変化するところが、季節の変わり目と相まっておもしろかったです。 薄膜を突き破った先に、どんな景色が広がっているのか気になります。 (自転車に乗って)

2020-10-11

最後に黙っていたのは「女」なのか語り手なのか。黙っていたのは「女」だとしても、>もうずっと という意思は語り手のそれではないかと感じます。私の疑問は冒頭の「女」は何のために登場したのか、ということです。 全体的には、いのち への関心度というか眼差しが、>なんとなく から 最後、必然性を伴う何か固い決意へと変化しているように感じました。 その変化は、猫の死体を見たことが媒介しているのだろうか、と想像させますが、はっきりとはわかりません。 私事ですが、以前、某小説投稿サイトにいました。小説に感想を書くことはあらかじめひとつかふたつの批評眼をもっていれば、簡単にできる。しかし詩を読むとなると話は別で、どんな批評眼を用意していても通用しないものが多く、こちらが作品に応じて変化していかなければならないことが、詩を読むことの醍醐味なのかと勝手に思っております。 (生きるためにパイを焼く)

2020-10-08

こしあんさんの意図に反する意見かもしれませんが、私は前半の かわかない洗濯物〜群青色までが好きです。 『流星群』の 泣く場所が在るのなら 星など見えなくていい という歌詞が至極個人的に好きだからかもしれません。 (ベランダ)

2020-10-07

>私の心は 伸びたり縮んだりを 繰り返す この表現は好きです。 ただ、タイトルは作品の内容と重複していると思うので、もうちょっと良いタイトルがあると感じます。 (愛の言葉をもっとくれよ)

2020-10-04

語り手の「僕」へ 外の評価や他人ばかり気にしてしまうことは仕方のないことだ。でも、そんなことで苦しんでいてはいつまで経ってもキリがない。きっとどこかで見切りをつけて、君は自分を生きることになるのだろう。 (つまらない日常)

2020-10-04

くおん 文字描きわんこ さん コメントありがとうございます。 おそらく日本人は世界の中でも有数の、「電車で静かになる民族」ですね。 この前ラテン系の方から「日本人は通勤するとき暗い!あれじゃだめだ! 」と言われました笑 コメントが全然つかないかと思っていたので、嬉しかったです。 (行儀の良い者たち)

2020-10-02

風景のイメージも相まって、とても綺麗な詩だと思います。 ただ、語り手が本当に一人でいいのだと思える、その説得力がやや足りないかなと感じてしまいました。そこは読み手の私が想像で補うべきなのかもしれませんが。 (私が欲しかったもの)

2020-10-01

>わたしは人々のなかで、異物な存在であった。けれど、社会と自分を簡単に切り離すこともできず、少し変わったマイムマイムを必死で踊っていた 相反する思いをもって踊っているのが、「マイムマイム」=喜びや救いの舞 であることが、語り手の痛切さをよりいっそう高めているように感じます。 (ラブレター・トゥ・ミー)

2020-10-01

>人と比べないなんてこの世界で生きていたら無理だ。 人と比べないで自分らしく生きることが理想だと頭ではわかっていても、どうしても人と比べてしまう。この気持ちよくわかります。 (幸せと平行線)

2020-10-01

サリンジャー的な語りで、九月、季節、思い出、そんな言葉でぐるぐると回りながらも、ほどよくエピソードが拡散しているところが良かったです。 (彼方からの手紙)

2020-09-30

沙一さんのコメントと少し重なりますが、風に揺れる洗濯物や安心して泣ける余裕があるなどの「現在」が描かれることによって、一連目の重さが、末尾の連でふわっと変化して、微笑ましく感じました。 (影が泣く)

2020-09-23

語り手が末尾に「わたし」であることが判明します。この瞬間に「あなた」と「わたし」の関係性が生まれ(おそらくは同級生で女子生徒同士)、リードミスに目をつむるような優しい(友情の)まなざしが作中にあらわれると感じます。 >ながい春休みのあと に秋と思われるワードが出てきて、春や夏がすっ飛ばされているのはなぜなのか、思い当たるフシはありますが、そのへんは全く書かれていないですし、そもそも作品として必要性がないので、よくわかりかねますが、とにかく音や色、情景などイメージの豊かな作品だと思います。 (リベンカ)

2020-09-22

もや/かおがよくみえない/日々は〜消えていった とソーシャルディスタンスやマスク、抑制された生活の消化試合のような日々などをよく表していると思います。 ただ、 わからないことが/ひとつ/ふたつ のところは、政府やコロナの実態に対する意識なのかと思いきや、4連の「あなた」にかかっていて、また「あなた」に戻っていくあたり、発展せず尻すぼみなところがやや物足りなかったです。 (コロナ禍のなかで)

2020-09-22

端的に、この世界(私ではない他者の存在のありようみたいな)を表している気がして。 ※すみません、途中で送信してしまいました。 (君のくれたライターが僕の胸ポケットをいつも無格好にする)

2020-09-19

私も子供の頃、自分が見ていないところで、時計の針は律儀に動いていてくれているのかと疑問に思うことが多々ありました。また、そんな疑問を持つこと自体、病気ではないかと悩むこともありました笑 でも少なくない人が経験しているんですね。>気付いたら好きだった女の子には子供がいたりして。 のところが好きです。 (君のくれたライターが僕の胸ポケットをいつも無格好にする)

2020-09-19

奥村うみさん コメントありがとうございます。 拙作は、実際にSNSでも連絡のつかない人のことを想像して書きました。たしかに手紙と言われるとそんな気もします。 みやびさんへの返信と重なりますが、すぐにやりとりできない状況でも、その人のことを考えることはできる、ただそれだけでも良いと思うのです。 (お元気ですか)

2020-09-16

みやびさん コメントありがとうございます。 深く読み込んでくださって嬉しいです。 「気がかり」でいることは、直接は届かないですが、そんな遠くから見つめるような想いのかたちも大切なのだと思います。 (お元気ですか)

2020-09-16

拙作は、堂本剛『街』の歌詞にインスピレーションを受けて書きました。 (お元気ですか)

2020-09-09

あのどっしり居座る、時間さえ止まるような夏の感覚に、根が動くという、したたかな息吹(時間)が在る。 静(死)のなかの動(生)をよくあわらしていると感じました。 (すこし)

2020-09-07

花澤悠さん コメントありがとうございます。 「意味がわからなくても、良い」みたいなことでしょうか。そういうご意見は初めてだったので、とても刺激的です。 作品が「意味」に完全に還元(回収)されず、(歪さや拡散をもって?)わからずとも良い、と思えるもの。つまり良いものは「わかる、わからない」といった次元ではないと感じました。 (リュウグウノツカイ)

2020-09-06

エイクピア さん コメントありがとうございます。 カーテンは比喩とは何も関係なく、恣意的に示したものです。「海洋を漂うような」との表現、何かそこから新しい発想が生まれそうです。 (リュウグウノツカイ)

2020-09-06

水上 耀 さん コメントありがとうございます。 洗練された比喩とのご感想、嬉しく思います。しかしコメント欄を読まなければその読解に至らなかったのは、完全に作者である私の落ち度だと思います。精進します。 (リュウグウノツカイ)

2020-09-06

奥村うみさん コメントありがとうございます。 面白いと言っていただき嬉しいです。 リュウグウノツカイにここまでの威力?があるとは、作者自身も知らず、そしてカーテンにつながるという読みも思いつけていなかったのです。今回もそうですが、読み手の方々からのご指摘で気付くことがたくさんありますね。 (リュウグウノツカイ)

2020-09-05

真清水るるさん コメントありがとうございます。 しるはずのない前に住んでいた人 は少ない手がかり(朧げなイメージ)だけを残して、いつも私たちから去っていきますね。でも 同じ部屋に住む という一点において、たとえば、道ですれ違う人よりも、たぶん共通点は多いと思うのです。 (リュウグウノツカイ)

2020-09-03

こしあんさん コメントありがとうございます。 何度も読みたくなる、とほめていただいて嬉しいです。 知らないけど、知ってる。 知ってるけど、知らない。 地上からとても深いところに住む生物のことを、果たして私たちはどれほど知っていると言えるのでしょうか。いや身近なものだって、知っているのかあやしいものです。 (リュウグウノツカイ)

2020-09-03

>何千、何万と積み上げ、重ねていく言葉 という箇所がおもしろいと感じました。ああ、そういえばそうだな、みたいな。「大丈夫?」って、今日もどこかで、自分の知らないうちに、何万と積み上げられているんでしょうね。 (良かれと思ったのに…)

2020-08-31

待ち合わせの23時、そして12年ぶりという奇抜な時間設定が何を意味するのか考えさせられます。 おそらく「君」は来そうにないが、来ないことを疑わない「僕」の平然さと、ラジオを聴きながら気楽に待つことが、不思議に「君」を呼び寄せるかのようだ。 この作品で一番良いところは、悲観的にならないところだと思います。 (約束)

2020-08-27

メタ視点といっていいんでしょうか。 タイトルが「詩」で本文中に>小さな詩になる とあり、それを語り手は束ねて「歌」にする。哀しみで束ねられた「歌」は果たしてどんな歌になるのでしょうか。 (詩)

2020-08-26

>気道を圧迫しながら というところが特にそうですが、蛇を飲むという痛みや苦しみとしての身体感覚が伝わってきました。 (蛇を呑む)

2020-08-26

うるりひとさん コメントありがとうございます。 生徒たち(教えられる側)にはそれぞれの解釈や捉え方があると思うので、教える側の先生がそこまで感知する必要はないのではとたぶん思います……あまり整理できていなくてすみません。 (練習と試合)

2020-08-26

白目巳之三郎さん コメントありがとうございます。 納得していただいて良かったです。 詩的に拡張というのが、まだわからないというか、なかなか難しいところです。 (練習と試合)

2020-08-25

沙一さん コメントありがとうございます。 駅の改札を描こうとしても、どうしても改札などどこも同じようなもので、個性に欠けるため、固有名詞である駅名を出した次第です。 仰るような、そのような効果があるとは思いもしなかったので、固有名詞について改めて考えさせられました。 そういえば、あいみょんのハルノヒでも「北千住駅の〜」とはじまっていますね。 (みとれる)

2020-08-25

比喩があまり好きではないので、冒頭のところは良いなと思いました。またプラスチックと人間の構成が似ているのは知りませんでした。 (プラスチックを噛んでみるとか)

2020-08-23

シンプルで良いですね。 でも左手は仕事を免れたと、ほくそ笑んでるかもしれません。 (手首)

2020-08-22

日常に戻っているときの「あなた」の語り手に対する姿勢がみえれば、もっとおもしろくなると思いました。 (猫みたい)

2020-08-21