B-REVIEWユーザーの皆様、平素お世話になっております。
5月の月間B-REVIEW大賞ならびに選考委員個人賞が決定したため、ここに発表いたします。
なお、5月の選考委員は

カオティクルConverge!!貴音さん
白川山雨人
萩原學
夜野群青
渡辺八畳

が務めました。

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目次

・大賞並びに個人賞発表
・選評
・月間最多投票数作品ならびに投票作品発表
・雑感

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・大賞並びに個人賞発表

月間B-REVIEW大賞

鈴木歯車 「速さについて

個人賞

カオティクルConverge!!貴音さん賞 脳筋インテリジェンス「人が死にそうな詩は味わい深いなぁ!!!!」 

白川山雨人賞 夜野群青「二枚貝」 

萩原學賞 ミリウェイズ「予測変換:ダダイズム」 

夜野群青賞 右肩ヒサシ「感情」 

渡辺八畳賞 水上耀「ジェームス物理化学/14章-感情論」 

・選評

大賞

鈴木歯車 「速さについて

「のがれて、自分の命を救いなさい。うしろをふりかえって見てはならない。低地にはどこにも立ち止まってはならない。山にのがれなさい。そうしなければ、あなたは滅びます」。(創世記19・17)しかしロトの妻はうしろを顧みたので塩の柱になった。(創世記19・26)
 口語訳旧約聖書、1955年版bible.salterrae.netより

 本作は、うしろを振り向くまいとする一人の青年の、陰鬱な、しかしながら爽やかな風をもたらす一篇である。
 学校を出てゆくとき、社会に出てゆくとき、追い出されるような感覚を持つ人はいる。そしてその誰かはすぐさま次の環境に無理矢理のようにあてはめられてゆく。そのはざまで、立ち止まってしまうもの、うしろをふりかえりたくなるものも一定数いる。語り手は、過ぎ去った日々に、過去の友人にうしろ髪をひかれながらも、先に進まなければ終わりだという、切羽詰まった感覚を抱いている。砂の像になる女の挿話がそれを示す。

踏みしめるうちに靴の隙間に
入りこむ砂が気になるから

語り手には、砂像(塩の柱)になるのではないかという恐れがつきまとう。一方で、新しい環境へ馴染もうとする思いがにじむ。そして、

夏とは思えない涼しい風を感じて
はるか遠くからやってきた/誰のものでもない
責任に答えようとしていた

それまでの憂鬱が、振り払われる。語り手は到達する、ひとつのあきらめと、ひとつの決意に。その、前を見るまなざしに、読み手は若かりし日を重ねるかもしれない。あるいは勇気をもらい、声援を送りたいと思うかもしれない。
 どこか未完のといった印象を持つ詩でもある。ただ、それを補って余りある、読み手に訴える抒情が醸成されている。是非、この詩にふれてほしい。そして、ほとんどの人間が忘れ去る、若い頃にしか感じることのないこの貴重な空気感を味わってほしいと思う。どこにたどり着くとも言えない旅路における、何度目かのイニシエーションを越えようとする語り手の眩しい姿がそこにはあるはずだ。

(選評: 白川山雨人)

・個人賞

カオティクルConverge!!貴音さん

脳筋インテリジェンス「人が死にそうな詩は味わい深いなぁ!!!!

私なりにずっと詩を書く人生を歩んでいる訳ですが、時々こんな事を思ったりします。詩ってどうしてこんなに回りくどいのだろうって。いや大雑把に言うと、比喩だとか隠喩だとか五感だとか詩情だとか文化だとかを複雑に着飾って詩って出来上がっているじゃないですか。皆の使う言葉を使って、自分独自の言語形態を築いてくジャンルなんだなと思うんです。でもさ、独自性を出す為に色々と言葉を着飾るけど、お前の芯って何処にあるの?中身がさっぱり見えないっていうのも出て来るよね。自分の為に、自分らしさを突き詰めてはいるけれど、それを誰かに見せたいって気持ちがあって、意気込む熱量はそれぞれ違うと思うけれど投稿サイトでやってみたら、まぁ~どの人も分からない。 お互いに何を言っているのコイツ?みたいな感じになっている事ってありません?言葉を着飾り過ぎて、独自の言語を作り過ぎてそれぞれが宇宙人みたいになっているよね。「このように読めました。」「ここ変じゃないですか?」って意見が出て、人の数だけ答えがあっても良い!書いた時点で作者から作品は手放されるんだ、何でも言ってくれって人も居るけど、「違うそうじゃない!こうなんだ!」って、着飾った言葉を全部脱ぎ出して共通言語で話し出したりする人いるでしょ?そんで、そんなのが続くと不機嫌になったりしてね。これ、自分も未だにやってしまうのよ。そして思うの。

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答えが既に決まってんなら、そんなややこしくすてんなよって。言いたい事がハッキリとあって、しかも手放せないならもう全裸でスパッと言った方が良いんだよね。わざわざ端から見たら、プレデターみたいな格好になるまで着飾る必要ないなと思うのです。「私は不器用故に酷い人生を歩んで苦しい思いをして来たけど今はマシになったぜ。」がどうしても言いたいなら、「私は不器用故に酷い人生を歩んで苦しい思いをして来たけど今はマシになったぜ。」とそのまんま言った方が正確で速く伝わるよね。でもそれだと自分らしくないから、詩じゃないからって繰り返しちゃうんですよね。

んで、逆に言いたい事が無いけど言葉がとにかくポンポン浮かぶから、好き勝手に言いたい事を自由に組み合わせるみたいな事をしたら、読んだ人の中で勝手に解釈が出来上がって、「これはこうで~こうだから良いと思います。」って言ったら作者から「いや、勢いで書いて意味なんて無いっす」って返事来たりね。私も大した事を詩らしい形で言えないから、言葉を意味から解放してやる!ってよく好んでそんなの書いていました。なんか、読んだ側からすると馬鹿にされたような、損な気持ちになりますよね。ちょっとモヤっとするでしょ?この詩が何かとても気になって、良いなって思えたから沢山向き合って言った感想に対して「特に意味は無い」って。この徒労って詩ならではだと思うんです。詩だから通用すると思うんです。エッセイや小説でこんな事をすると、分かりやすいじゃないですか。乙一の「小生日記」、ウィリアム・バロウズの「裸のランチ」みたいに、あ…これはもしやってなり易いと思うけど、詩は皆が個々に先細って行って、何度も言っている通り独自の言語形態を着飾っているので、意味無しが混ざり込んでいても不自然さが無くて、それがお互いの詩を難しくし合っているんだろうなと思うんです。だからね、こんな事も思うのよ。詩人って人の字の前に詩が付いてるから、賢人とか聖人とかと思ったりしていたんだけど、実はただの人よりも下で、人>>>>>詩人くらいになってんじゃないかって。わざわざ、一般から遠ざかった言葉遣いを作ってね、それでああだこうだ言って、下手するとそれで悩んだりしてね。とにかく割くどい事をしていて一体なんなんだ?って思ったりもする。

↑ざっくり言うと答えがあるのに難解にして、感想や評に対して長々と答えを語ってしまう。勢い任せに詩を書いて他人の好奇心と時間と努力を踏みにじり、「詩人ってほんと訳分かんねな」と言いながらもこれらの事を続けている矛盾した私でございますが、個人賞には氏の作品を選びたいと思います。この詩を選ぶ事で一生懸命に書いている皆さんからしたら、とんでもなくふざけている。訳わかんない抽象画や現代芸術に100億の値段が付くような不愉快さがもしかしたらあるかも知れません。今月のビーレビ杯において、氏がどんな意気込みで投稿したかは分かりません。沢山の言葉を生んで選び抜いた1行詩なのか、長い詩を削りに削って残った1行詩なのか、あ~おこんなんで良いっしょ!って思い付きで投稿したのか、もしかしたらそれ以外の何かかも知れません。これは勝手な私の妄想なのですが、氏は私達に問いかけているのかなと思いました。難しく考えるな、もっと単純になれ、シンプルになれ、どんなお前たちが丁寧に編み込んでもこの一行より伝わらないぞ?どんだけ真意を掘り下げてもこれ以上のメッセージなんて無いぞ?って、私達の在り方について嘲笑いながらも問いを出しているのかも知れません。なんでなんだ!納得出来ん!って思うかも知れんけど、私なりに良い所を言いたいと思う。

ビーレビで最も表裏が無い詩の1つ。
人が死にそうな詩は味わい深いなぁ!!!!というタイトルで、中身ほぼまで一緒。タイトルって作品の第一印象で、まずそれで読者の目に止まりって次に詩文を見て「へぇ~あなたはこんな詩なんですね。」って感激したり、落胆したりすると思うんです。恐らく、多くの人は詩文をこれでもかと凝って作るので、タイトルと詩文の中に距離が出来ると思うんです。持論ですが詩文が長く、難解になるほどにタイトルから遠くなっていくと考えています。この詩はタイトルと詩文がほぼ一緒なので、非常にシンクロ率が高いです。多分、この詩そのものには表裏が無いです。あるとするなら私達の方なんだという意味が込められているのかも知れません。現にこうやって深読みして個人賞にしてしまっている訳ですし。そして、選んだ時に「この詩は深い…!」「いや、そのまんまだろ!ふざけんな。」みたいな気持ちを出させてくれる詩だとも思いました。賛否両論の意見の割れ方が綺麗にスパッとなりそうだなと思いました。因みにビーレビでもう1作シンプルで考えさせられたのは、るるりら氏の「よしっ」って作品である。宜しかったら見て欲しいと思う。

挑戦的な詩勢
造語で申し訳ないけど、詩への詩勢が素晴らしい。なんだろう…氏がビーレビ杯に関心あるか無いか分からないけど、「この詩で良い!投稿!」って普通の人ならないと思うの。殆どの人が思い浮かばないし、浮かんでもやろうって発想が持てないと思うので実は珍しい詩だと思いました。推敲に時間を重ねて詩文を作り、音楽や写真など他に出来る表現を出せる人はそれを武器にして、勢いで書いているって人もいるかも知れないけど、その人達だって短い時間の中でセンスで言葉を選び抜いて書いていると思うの。そんな気合入れまくって挑んでいる中で詩文に捻りも無く、こんなに全裸な詩ってのは非常に目立つし、挑戦的だなと思った。点数にエンタメって項目があるけど今月に限らず、全年を通してもエンタメとして突き抜けているなと感心もしました。私の場合、たとえタイトルと詩文の距離が遠くなってしまうと思っても、ここまで言葉を単純にするって事は出来ない。もしかしたら言葉を信じていないのかも知れないとか、訳分からん事まで考えさせられた。私は自由律を書くけど、投稿する時は自由律“集”として投稿した。普段から私は人に「好き」だと伝えるのにあれこれ言う必要なんてない!「君が好きだ!」と言えば良いんだと生意気に言っていたけど、腹の底ではそれじゃ不安な自分・信じていない自分が居て、だから自由律も“集”として出したのかも知れない。と思った。臆病な私とは真逆だなと感心しました。また、私はビーレビ内で実験詩シリーズとしてヨミテニ・タクスを投稿しているけど、そこでの殆どの詩が今作よりもヨミテニ・タクスをやり切れていないなと痛感しました。言い過ぎかも知れんけど、これが適切な表現だと思う。“ビーレビの4分33秒”

圧倒的な可読率
私が学生時代、ガラケーでは量産型のポエムを壁紙にするのが流行っていた。それらに対して誰でも書けるぞこんなの!「この壁紙好きぃ~」って言っとるお前でも量産出来んぞ!って思いながら過ごしていた。それは現在でも続いている。そして矛盾しているがそれらを羨ましくなった。私はカオティクルにへばり付いた、へばり付かせたイメージに悩まされて匿名制度を求めそれに入り浸っている。以前はカオティクル節みたいな印象を持たれるのが快感だった。ゾクゾクとしていた。でも自分が植え付けたイメージから上には行けなくなり、下に行く事も許されず、私はシーラカンスのホルマリン漬けみたいな状態になっていると思われる。私はカオティクルの名前を持ちながらイメージの脱却が出来る程の能力が無いと認め、名前そのものを消す事で正体不明になる事、疑似カメレオン詩人になる事を選んだ。非常に情けないと思っている。しかし、それでも隠し切れない何かはあるみたいでバレちゃったりする。(光栄でもあるけど)ガラケーポエムと今作は非常に言葉遣いがあり触れている。私はこれを本当の意味で匿名詩なのではないのかなと考えている。近頃、世間を騒がせているウィルスよりも伝染力が高いと思う。私は氏の作品を詩と認識しているが、使っている言葉は日常用語だと思っている。ガラケーポエムは言葉の並び方が詩らしさを出しているけど、今作は本当に思った事をそのまんまの無修正、無加工、オーガニック、ネイティブ言語である。氏は名前を捨てずに透明な詩を書いていると思いました。この詩は個から最も遠ざかっている。氏は私達に問いかけている。「私達は存在しているだけで詩人なんだ。別に詩人であろうと力む必要なんてないのさ。」と問いかけているのかも知れない。私は誰でも詩人だという考えを持っているが、この詩を通して「そうだぜ」って言われている様な気がしている。そっか…森羅万象はなんでもおまんこなんだから、なんでもぽえむなんだよねとなった。随分と脱線したが、非常に単純明快な一行詩なので、読み返さなくても脳内で再現率と可読が可能である詩と思います。

最後に、ビーレビらしいと思った。
選考するならビーレビならではの詩を選びたいなと思っていました。ですが大賞作品はビーレビ内、そして外から見た時に「そうだな」と多くの人から納得して貰えるのを選ぶべきかなと思いました。そうする事で、ビーレビらしさにも繋がると思っているからです。個人賞に関しては、本当に自分勝手な「ビーレビはこんな詩を選ぶんだ!お前等には出来るか!」ってのを選ぼうと思いました。今作を通して、私は詩について多くの事を考える切っ掛けを頂きました。ありがとうございます。選ぶにあたり、やれるだけの魅力を語ってみましたが皆さまにも伝われば幸いです。

白川山雨人

夜野群青「二枚貝

 この作品が優れているのは、語られる「沈黙」を、重層的なモチーフによって非常に深い場所へと閉じ込めたことにある。それは読み手を引き込む力を伴っている。

紫髪した風水師は禍々しいと言った

から始まる四行は印象的だが、これは語り手の住まう現実を対比的に浮かび上がらせる伏線であり、この作品が持つ重層的な二枚貝構造への招待ともなっている。風水占いによって自身の環境を理解しようとすることは、慎重に水管を出して外界と接点を持ち、曖昧にしか環境を理解することができない二枚貝の生態を想起させる。そして当の二枚貝は、浴室という小さな場所の中で、新聞紙で覆われた洗面器に包み込まれた、閉じられた小さな小さな室だ。排水管のある、ふたがされた浴槽も二枚貝の形状によく似ている。その何重もの入れ子構造は、「沈黙」の深度を表象するとともに、作品深くに読者をいざなう。その内奥が冷え冷えとしていることも示されるが、そうした冷たい静けさから一転、作品には煌めきが生じる。それ以前に置かれた、「暗い夜」によって煌めきは引き立てられる。

泡 ひとつ 流星の様子

泡 ふたつ 瞬く流星群

繊細かつ鮮やかなイメージを伝えるこの二行は、閉鎖された世界から美しい何かが生まれ出る兆しのようだ。
 その後、「沈黙」はさらに縁どられ、語り手の「沈黙」とのやり取りが静かに進行する。結末として語り手は、「沈黙」を飲み込むことになる。それは自然な帰結でありながら、秀逸である。「沈黙」を飲み込むことで、語り手は「沈黙」の深度を極めた。終結は、以下のように閉じられる。

虚しさを味わって また口を噤む

語り手もまたモチーフであることが、再度示される。「沈黙」の表現は、「口を噤む」行為で構造的に完結し、また表現の試みを手放したという「口を噤む」意味によってより一層完成された。だがここで語り手は、沈黙の奥底から生じる確かな言葉をじっと待っているようにも見える。余韻が残されている。
 語り手はこれから、深い沈黙のなかから、どのような泡を、星を、言葉を、詩を、浮かび上がらせるのだろうか。知的な構成と端正さを備え、見事に沈黙を描き出したこの作品を個人賞に選びたい。

萩原學賞

ミリウェイズ「予測変換:ダダイズム

詩の1篇には新しさと同じくらい美しさが求められる筈ですが、僕は断然、新しさ優先です。新しさを欠く書き物など、気の抜けたシャンパンより生温くて呑めません。美しさという点では何しろ絵心がなく、生理的に絵画的であるより音楽的です。つまり歌がないものを詩とは呼べません。この点、現代詩は決まった形式がないばかりに、自分で形作らなくてはなりません。最低でもこの2つが揃ってないと、自立した詩になっているとは思えません。
そんなこんなの感覚はさておき、当サイトで今までにこれは評価したい、応援しなければと思ったものは、鶲原ナゴミ『ナッツ売りの子猫』1篇きりなので、今月の対象には該当しないのです。
とも言ってられないので無理やり1篇引くと、『予測変換:ダダイスム』になりました。題名からして逃げ出したくなる古臭さ、本文も決して成功しているとは言い難い穴の多さではありますが、何らかの試みを形にしたという一点で評価したい。これでもそれなりに悩んで作り直した跡が見えて、それがなお一層気に食わないのだけど、とにかく何事もやってみないことには。
対して残念賞なのが『虚無のヒト』発想も挿絵も暗示的寓話的で大いに期待してたら、一気に紋切り型もいいところ、この終わり方はないでしょう。フランス革命もロシア革命も害悪しか残らないのが見えている今、人類社会に進歩成長など存在しないと覚悟してからやり直すならまだしも。これが無かったら選んでたかな。

夜野群青賞

右肩ヒサシ「感情

人類が積み重ねてきた軌跡を辿ると、詩界のみならず芸術と呼ばれる分野でこの時代において方法論や技術はほぼ既出であり、それ故に閉塞感が漂い、詩を書く多くの者がそれを打破しようと前衛性だとか奇を衒うこと、新しいシステムを構築することに思考の大半を割くのではないかとつねづね思っている。
そう考えるとこの作品はその真逆を進む作品であるといえる。

身近な日常の些細な描写から始まり、ある個人の非常に私的な顛末を介して、その物語の片鱗を読み手に静かに見せつける。
象徴的である(掴みとる)「手」や(逃げていく)「鳥」といったモチーフが効果的に配置されており、読み手の五感を巧みに刺激してくる。
また「藤田嗣治」から想起される乳白色の色彩イメージも、ホオジロと女性の丸みを帯びた手に相乗している気がした。

小難しいことはなにひとつとして書かれていない、とてもシンプルな骨組みでいて、誰の胸の内にも現れるひとつの感情についてだけ、静かに丁寧に掬いあげている。
薄れていく記憶の中から抽出される、感傷をともなった強い感情がこの詩を支えているのだと受けとった。
作者にとっての私的な現実が私的でなくなる瞬間の妙、そこで共有される非現実の中の、ひと握りの真実がこの作品には確かに在るといえよう。

そして文末最後の「これを読む君の手元へ」とあるように、読み手を想定されて書かれており、詩は一体誰のものであるか?という問いかけに対したひとつの答えになっているのではないかと、選者である私には感じとられて仕方がなかった。

渡辺八畳賞

水上耀「ジェームス物理化学/14章-感情論

「ジェームス物理化学/14章-感情論」
作られた経緯が忘れ去られてから発掘され、その意味に後世の者が悩む代物はこの世に多くある。たとえば銅鐸がそうだ。寺にある鐘と似た形状であるが、今現在においても用途は判明していない。祭事用であることは推測されているものの、叩いて鳴らしたのかどうか、また吊るしたかどうかなど、謎は多く残っている。

ヴォイニッチ手稿もそのひとつだろう。未知の文字と不思議な絵で書かれたこの古文書は1912年に発見されて以降、現在でも解読が試みられている。そもそも意味がないアウトサイダーアートの類だという意見もありながら人々の関心を離さないのは、ヴォイニッチ手稿が非常に緻密に記されているからだろう。何らかの体系があると思われる文字列に、天体図や植物のように見える挿絵など、これが意味のないものと打ち捨てるにはあまりにも力が入れられている。

謎が謎として人々を惹きつけるには完成度の高さが不可欠である。その点を「ジェームス物理化学/14章-感情論」は十分にクリアしている。まず序文が秀逸だ。

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生物が有する器官の一つである心はその他の器官とは異なり、悲しみ、怒り、笑いなどの感情変化に伴ってエネルギーを消費・生成する。このエネルギーは周辺に存在する他の系との間で授受されるため、その系に対して影響を与える。感情論 1)とは、このような感情に関わるエネルギーの移動へ着目した学問である。その作用は物質の物理状態にはじまり、特に周辺系内で進行する化学反応に対して大きなインパクトを持つ。この働きの大きさは、感情におけるエネルギー移動を熱化学の範囲へ拡張することによって調べることができる。


心が器官の一つであり、またそれがエネルギーをつくって周囲に影響を与えるなんてこと、常識的にはありえない。しかし、「感情」というものに対し底知れぬパワーを感じてしまったことがある人は少なくないだろう。この序文はその隙をうまく突いてくる。「ありえそうだな」と思ったら最後、読者の中には存在するはずのない「感情論」という学問が確立されてしまう。

それぞれのトピックも面白い。

日々多くの実験が行われるラボでは、有機化学的あるいは生化学的観点だけでは“予期されない結果”としばしば出会う。感情論によって観測者の感情変化がその原因にあることを説明し、あるいは感情変化自体を反応に利用するための指針を示す。


なんてのは、現実でも起こりうるブレの答えとしてその位置に収まりかねない説得力を持つ(ちなみに問題に対し偽の答えを用意するという意味では新興宗教も同じだ)。

「量子力学」「エントロピー」といった実際にある用語が多く使われているから「Y-M式」なんていう造語もありそうに感じる。真実の中へ嘘を忍び込ませても、それが嘘として気づかれなければ真実の仲間入りだ。
そして画像も面白い。多く目につくのは「P117」「ムートン生化学P1092」といったページ数だろう。下線を引いた箇所と関連付けられるページのメモであることは想像に難くない。もちろん投稿はこの1ページだけなのでそれらのページを見ることは叶わないが、その存在しないページがこの感情論の存在を補強してしまうというパラドックス。また「Y-M式」の箇所には「YAMADA-MATSUZAKI」と書かれている。おそらくこのY-M式を発見したのが山田氏と松崎氏であったのだろう。こういった想像の予知がさらに感情論の存在を強固にする。
真実の中の嘘は画像の中にもある。「物理実験の結果が完全に一致しない事象」には「”誤差”errorと呼ばれていた」とメモが記されている。これは確かにそうだろう。このような真実が確かに混ぜられているから、この感情論を嘘だと断定しにくくなる。
テキストもそうだが、画像の完成度が非常に高い。フォントやページの組版が専門書のそれであり、ビーレビの投稿と知っている私でさえもなんらかの書物のコピーではないのかという疑いを捨てきれなかったほどだ。これがビーレビから離れ、インターネット上で流布されるようになったらどんな反応が返ってくるだろうか。おそらく未知の画像として謎を呼ぶだろう。特に本作は「STAP細胞」「COVID-19」(原文は誤字で「COVIT-19」となっているが)といった、ちょうどトレンドなものが記されており、化学の素人であってもとっつきやすい。4ちゃんねるやTwitterなどで「未来の科学書」として噂になる姿が想像できてしまう。

実は似たような形で一時期話題となった新聞記事がある。
http://neet66.blog.fc2.com/blog-entry-4757.html
日本語や漢字のようだが明らかに違う文字、曇った空に不穏な4本の塔の画像。お遊びで作るには手が入り込み過ぎているこれは「異世界の新聞」として騒がれた。
実際は2013年に朝日新聞で高橋源一郎氏が取り上げた、デザイナー小阪淳氏によるアート作品「疎通」である。
http://www.akaaka.com/blog/bl-130328-shiga.html
これが掲載から半年後に一部分だけ切り取られてしまったため、上記のような謎を生んだ。まさに「作られた経緯が忘れ去られてから発掘され、その意味に後世の者が悩む代物」だ。
「ジェームス物理化学/14章-感情論」は「疎通」と同じように、あらゆる情報が文脈を脱落しかねないインターネット空間にてひとつの謎になりえる完成度を持っている。ネットのオカルト好きとしてそうなってほしい期待も込めて個人賞に選出した。

・月間最多投票数作品ならびに投票作品発表

なお、月間最多投票数作品並びに投票作品一覧は以下の通りです。

5月期最大投票数作品
多宇加世「食べ物と死ぬ人

投票作品一覧

5票
食べ物と死ぬ人

4票
速さについて
めかりどき

3票
小僧どもよ
二枚貝
感情

2票
いそのちしお
人が死にそうな詩は味わい深いなぁ!!!!
バラの浴室
ねむらない
夜香
『-UFO- 地上の星屑観測船』
別れ
チャイム
ジェームズ物理化学/14章-感情論
「詩」と「詩論」
つよさ予報
花言葉(Unsere Herzen schlagen im gleichen Takt)

1票
Crazy chou cream
賢者の贖罪
ブルーロータス
あそぼう! 教養定期
さまざまな世界で鴉が鳴いている
≒僕 への置手紙
湖畔
自殺 在庫あり
果実
ママンへ
心中電話
GROUP Bの暴力
Inter
ユダのように
輪郭
都市の新月
21
エリカと三回程SEXした
『ハッピーバースデー』
田舎のラジオたち
「ともだちになりましょ」
1bit、3月、ツイート詩、#、
記憶媒体と坂道
わたしのどうぶつの森
Ī
遺構の見せる夢
―                            計44作品

推薦文

帆場蔵人推薦
afterglow「遺構の見せる夢」

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・雑感

ゴールデンウイークらしいことがまったくできなかったからか、新型コロナウィルスによる緊急事態宣言下にあった5月は実に180作もの投稿があった。この状況下こそ詩が重要だ、なんて声高にのたまう詩人は何もわかっちゃあいないが、少なくともいつも通りの生活ができない時の慰み物にはなるなと私は感じている。

今回も投票で2位以上の作品から選者間でベスト3を選び、そこからさらに大賞を選ぶ方式を採った。以下が各委員のベスト3と短評である。なお、 掲載は短評の提出順であり、萩原氏は棄権された。

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カオティクルConverge!!貴音さん

1位「食べ物と死ぬ人」
・最初に見た時に「あ、いいなこれ!対象候補だろうな。」と思った。
・四季の移り変わりという大きな流れがあって、それぞれに起承転結がしっかりある様に思えた。
・丁寧で綺麗な構成、詩でもあるけど詩(うた)になっている。
・しかし読解力が足らぬ故に何の食べ物なのか、どんな人が死ぬのかは分かっていない。
・現代詩特有の奇妙な表現も無いので引っ掛かりも無くスルスルと読みなおし、可読が出来た。

2位「めかりどき」
・この叙情的な感じが好きだなぁと思った。軟水の様に飲みやすいサイケ、構成・音読も悪くない。
・春の眠くなる頃と目借時(意識奪われてる)、妻狩り(意識飛ばしてる)、薬の絡み具合、自然の混ざり具合が面白い。
・この長さでちょうど良いのだろうが、他の薬とかも見てみたかった気持ちはある。

3位「小僧どもよ」
・初見として小僧どもよという強い言葉から入るが、これはその後に続く言葉が優しさへの説得力に繋がる。
・子供達を見守っている様な印象を持ったのと同時に、自分は変わってしまったという哀愁を感じたが巧みに表現されていると思う。
・音読した時、文章構成がしっかりしていると感じられた。

夜野群青

1位「食べ物と死ぬ人」
内容については難解だったが、音は楽しくユーモアもあり、自由奔放な独特のスタイルが他作品より抜きん出ていた。異色だと感じた。

2位「感情」
イメージとイメージの連ね方が自然で可読性が高い。質の良い文章で、読了後の余韻がとても心地好かった。

3位 該当なし

白川山雨人

1位「速さについて」
爽やかな詩情がいつまでも余韻を残す。旧約聖書のエピソードを連想させる挿話も効果的。構成の工夫と、題のつけ方も刮目させるものがある。

2位「食べ物と死ぬ人」
アートフィルムを見るような楽しさがある。確かな展開もある。音の面白さと、試みの新鮮さも魅力。深く訴えかけるかどうかの差で2とした。

3位「二枚貝」
美的に優れており、重層的なモチーフの活用によって知的な構成を立ち上がらせている点が魅力。作品世界の広がりの差で3とした。

渡辺八畳

1位「速さについて」
緩急がついており、読む中で自然とリズムを感じてくる。選語センスも良い

2位「二枚貝」
視覚性が高く、読むものに映像を想起させる。またその映像の色彩も良い

3位「感情」
手への執着。描写が丁寧だが、いささか玄人向けに思われたので3位へ

「2位以上の作品から選ぶ」という条件に合致していなかったため選者の申し出により棄権扱いとなったが、萩原學氏も短評を書かれたので掲載しておこう。

最近になって、詩にもある程度の長さは必要と感じるようになった。短い詩はどうしても、起承転結を描き切れず舌足らずに終わるか、インパクト1発に頼るあまり飽きられるのも早いかのいずれかに堕すことが多いように思えてならない。そういう訳で、それなりに長さを持つ作品を取り上げる。
1.湖畔:正直、一位とするには工夫の足りない所もあるけれど。ありがちな映像に新しい驚きをくれたことに感謝。始まりがあり、痛みがあり、湖畔で燃え続ける美しい家。私はいつまでも映らず、火はいつか消え、終わりを迎え。これで形を整えれば、バラッドとして歌えるものにもなりそうな。
2.食べ物と死ぬ人:吉岡実『僧侶』を思い出して読み返したら、各節冒頭の繰り返しくらいで、別に似ていなかった。僕は意味内容より音楽優先なので、難解とは思わない。散文のように「作者の考え」を読み取るつもりなら頭を抱えることだろうが。但し、とどめの1行は何とかならなかったのか。
3.『-UFO- 地上の星屑観測船』:御伽噺的な優しい映像、詩としてのリズムも良い。ただ、この作者ならではの香気が若干薄れてしまったような気もするのが。

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有効票にて1位選出がどちらも2人いた「食べ物と死ぬ人」と「速さについて」を中心にして最終選考が行われた。
「食べ物と死ぬ人」はユーザー投票でトップだった作品だ。作者の多宇加世氏はビーレビ歴こそ5月からであり、「食べ物と死ぬ人」が投稿1作目であるが、既にkindleで詩集を出しており、詩歴自体は充分にあることが容易に想像される。
一方の鈴木歯車氏は2019年1月の初参加以降、作品の完成度の高さから独自の存在感を放っており、2019年10月には選考委員も務めた実力派だ。
「食べ物と死ぬ人」については音声面について高い評価がなされた。詩は内在の音楽が重要であるが、それが「食べ物と死ぬ人」に関しては非常に豊かであったということだ。一方で、音声面に良さが偏りすぎており内容面に魅力が欠けるという意見も出た。
「速さについて」は鈴木氏の持つ技術力が発揮された作品だ。また、約物を使った視覚的な要素があったりさまざまな連想をさそう表現があったり、あらゆる要素が詰まっているという点も評価された。しかしながら器用貧乏な印象をぬぐえず、中途半端な作品だという意見も出た。

長い議論の後に決選投票が行われ、結果として3対2で「速さについて」が大賞に決まった。
今回は非常に特殊な選考だった。まず短評提出時に棄権および該当なしがあった。これは少なくとも私の担当月ではこれまでなかった。また、大賞選考にかかった時間も長かった。例月およそ2時間程度であるが、今回は2作品の比較であるにも関わらず3時間を超した。もちろん、多くの月では音声チャットで選考を行う中で今回は文字チャットであったという理由もあるが、同じ文字チャットで実施した2020年1月もここまではかからなかった。選考とは作品と選者の化学反応、どういった展開になるかは蓋を開けてみるまで全くわからない。

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既にフォーラムで公表しているが、私は7/31を最後にB-REVIEWの運営から退く。したがってB-REVIEW杯にて司会進行を行うのもこれが最後だ。2019年10月から今月期まで司会を6回担ったが、一度として楽な回は無かった。そして同時に、議論の展開が他の月と似通ることも無かった。200近い投稿作の中からただ1作だけを選ぶ作業は非常に大変であるものの、その中で得られるエキサイティングさは独自のものだ。まだ選考委員を経験されていない方はぜひ名乗り出て、他者の作品をしっかり読み選んでいくという経験をしてみてほしい。そして願わくば、B-REVIEW運営へと参画して司会側についてほしい。
私は充分にB-REVIEWで活動した。そしてここで得たものを今後の活動に活かしていく。重要なのは過去に固執することではない、過去を活用して未来へ繋げていくことだ。その「繋ぎ」を達成すべく、未来でも過去でもなくたった今、大いに跳ねて飛んで詩の感覚を研ぎ澄ましていくための場こそが、B-REVIEWだ。

(雑文 文責 渡辺八畳)

以上で5月選考の発表とする。

2020.7.6 B-REVIEW運営/B-REVIEW選考委員 一同