作品投稿掲示板 - B-REVIEW

agath

投稿作品数: 22
総コメント数: 24
今月は0作品にコメントを付与しました。


ザクロ祭り

2019-11-16

火星の生活

2019-09-07

心しずかに

2019-08-10

三つの朝の歌

2019-08-03

遠い国から

2019-07-27

巡りゆく暦

2019-07-06

暗号解読

2019-06-15

コスモス

2019-05-11

一瞬の素描

2019-04-20

ミラージュ

2019-02-16

春の唄

2019-02-02

木の舟

2019-01-19

2019-01-05

白狂い

2018-12-08

秋の唄

2018-11-17

塩の都

2018-11-03

夢見る宝石

2018-04-07

台風騒ぎでしばらく留守にしていたので、失礼しました。 千才森 万葉様、お読みくださり有り難うございます。 そうですね。ただただ狂っているだけ、罪もなければ悪人もいない。この世界はたしかに狂っています。かすかに狂い、激しく狂い、どこから始まったのかもう分からないけれど、人間の肥大した頭脳と一緒にどんどん狂っていくようです。 実はそこにこそ、詩の存在意義があるのではないかと私は思っています。狂いつつある世界に対抗するための「逆立呪術」としての詩、それが美しいものになるのか、醜いものになるのか、私にも分かりませんが、願わくば究極的には大きな癒しに結びついてほしいものです。 うらみ様、前回のコメントでお名前を間違いました。本当に申し訳ない。ごめんなさい。 (世界に魔法をかけるには)

2019-10-19

つつみ様、お読みくださり有り難うございます。 詩作というのは、ひょっとしたら一人よがりの夢想行為、キザに言えば虚無への供物にすぎないのかもしれませんが、それでも汗水たらしてひねり出した作品は、やっぱり一人でも多くの人に読んでほしいものです。何度も読みたくなる詩だと言っていただけたことは、作者にとって望外の喜びです。本当にありがとうございます。 みうら様、再度のコメント、有り難うございます。 詩の強度についての過分な評価、恐縮しています。 この詩は、神保町の地下でナマケモノの絵を見たときに不意に全体の構想が浮かび、一挙にクロスロードのところまで書いたものです。その後一カ月ぐらいかけて推敲を重ねながら、最終連を書き終えました。 アレをやりながら書いたわけではありませんが、もし一万回もアレをやれば世界に魔法をかけることができるなら、私はためらいなくそうするだろうと思います。 (世界に魔法をかけるには)

2019-10-05

みうら様、Yoshi様。お読みくださり有り難うございます。 この詩、自分でも何を言ってるのか、よく分からないところがあります。 まあ、私の場合、ほとんどの作品は自分でも分からないまま、死後ないし彼岸の世界を手探りしているような案配ですが。 もちろん様々な企みや注釈、背景的な世界はあるのですが、それを言うのもヤボな話、それにそういうことをいくら書いても意味がないので、詩という呪術的手段に訴えているのだと思います。 (世界に魔法をかけるには)

2019-09-21

ふじりゅう様。お読みくださり有り難うございます。 この詩は(詩というより、頌詞かもしれませんが)少し補足説明が必要だったかもしれません。 これはデヴィッド・ボウイの一周忌にあたり、ファンの人々のために書いた、ボウイへのオマージュのような文章です。中に出てくる様々なイメージ(20個ほど)は、いずれもボウイの作品のタイトルか歌詞を踏まえたもの。冒頭の「僕たちの音楽には欲望が欠けている」はランボーの「イリュミナシオン」の一節です。稀代のトリックスター、ランボーとボウイを重ね合わせた構成です。 (火星の生活)

2019-09-21

左部さん、黒髪さん、藤さん、お読みくださり有り難うございます。 この作品も、前回投稿した言葉遊び、歌遊びの詩と同時期に作ったもので、やや実験的な習作です。ナンセンスといえばナンセンスなのですが、「無邪気な渇望飼育者の法外な霊感染め分け誇示はもうおしまい…」と書き出した時の気分だけは、今でもはっきり覚えています。今読み返してみると、当時の現代詩の風潮に対する憤りのような気分が濃厚に感じられます。 (心しずかに)

2019-08-17

藤さん、中程さん、お読みくださり有り難うございます。 ご指摘のとおり、解説がないほうがいいのだと思いますが、蛇足の言い訳をひとこと。 これは少し以前に書いた言葉遊び、歌遊び風の、やや実験的な作品です。言葉のイメージや音韻感覚、特に発音したときの生理的感覚を手掛かりにしながら、「彼岸=向こう側」の世界を彷徨っている、そんな塩梅です。基調のモチーフは、諧謔味と悲嘆でしょうか。歌詠みの伝統と土着性ということも意識しました。 (三つの朝の歌)

2019-08-10

トビラさん、エイクピアさん、お読みくださり有り難うございます。 これは詩というより、ある人の還暦の記念に贈った言葉です。少し手直しして、作品風に仕上げたものです。 抒情に流れすぎかなとも思いましたが、忘れがたい文章なのであえて投稿しました。 (巡りゆく暦)

2019-07-13

黒髪さん、お読み下さってありがとうございます。 以前「暗号解読」という本を読み、チューリング・マシンやエニグマその他、気の遠くなるような記号と論理の世界の一端に触れました。その感覚を少しでも作品化できないかと思ったのですが、同時にこれは、詩作についての自戒の言葉でもあります。ご指摘の「光のなかで」は、K・ジブランというレバノンの詩人の言葉からヒントを得たものです。(「死とは風の中に裸で立つこと、そして光の中に溶け入ること」) (暗号解読)

2019-06-15

静かな視界様、コメントいただき有り難うございます。実はこの作品は、1年前に投稿したものの改作です。当時いただいたコメントを参考にして、舌足らずな部分を補い、新たに第三連を書き足したものです。果たして改良になったのか、改悪か、自分では判断がつきませんが…。多少「女たち」の強さが出て、諧謔味も増したのではないかと感じています。 (夢見る宝石~夏臘祭~ )

2019-06-08

ふじりゅう様、佐久乱様。コメントありがとうございます。 ふだん、どちらかというと、もう少し猥雑であったり、諧謔味があったり、原形質的であったり、そんな作品を書いているので、ときどき解毒剤的に静謐なイメージのものが書きたくなるのかもしれません。個々のイメージは、自分の夢の一番深いところから広い集めてきたものです。 いずれにしても、お読みいただき、本当にありがとうございます。 (コスモス)

2019-06-01

stereotype2085さま。ご教示ありがとうございます。たしかに「などと」「意味もある」のくだりでシフトダウンしていますね。往年の清岡卓行氏の語り口を意識した部分なのですが、全体としてバランスが悪かったようです。このテーマはもう少し大きな容れ物の中に入れたほうが良かったかなと反省しています。 (オリエント迷宮殺人事件)

2019-05-25

かるべまさひろさん、コメントありがとうございます。過分な評価をいただき恐縮です。 実はそれほど考えて書いているわけでもないのです。表現や言葉を考えているというより、言葉の周辺を手探りしながら、まあこんな感じかなあ、よし、これで行ってみよう、エイヤッという感じです。 でも読んでいただけて、すごく嬉しいです。ありがとうございます。 (一瞬の素描)

2019-05-18

好意的なコメント、ありがとうございます。 ゲルマンの藍色と墨絵のにじみのようなものを、同時に表現してみたいと思いました。 宇宙的な広がりと、森の奥まった場所の二重性のようなものも。 やや俳句的な世界になってしまったかな、と反省しています。 個人的には「死は唐突に正面から抱き付く(抱擁する)」のくだりが好きです。まさに唐突に浮かんだフレーズです。 (コスモス)

2019-05-18

夏野ほたる様 コメント有難うございます。少し出かけていたので、返信が遅れてごめんなさい。 昔、尊敬する知人に二つの「J」を克服できるかどうかが大事だと言われたことがあります。二つのJとは「時間」と「自分」という罠だそうです。もう一人の私とは、時間と自分から逃れた私なのかもしれません。 (クジラの耳の中に)

2019-05-11

哀愁亭さま、コメントありがとうございます。 普段ヘンな詩ばかり書いているので、ときにはこういう抒情的な作品も 書いてみたくなります。少し甘いかもしれませんが、また折をみて挑戦します。 (クジラの耳の中に)

2019-04-20

コメントありがとうございます。分かりにくくてごめんなさい。これはだいぶ前に書いた詩の焼き直しで、最初のタイトルは「ミレニアム亅でした。千年紀の日付変更線に立った心象風景を、自分なりに視覚化したものです。 (ミラージュ)

2019-02-28

世界世紀様、ふじりゅう様、コメントありがとうございます。 見たことのない景色、見たことはないけれど、脳味噌のどこかに潜んでいる景色の中を歩いて見たくて、こんなものを書いてみました。 静謐でゆったりしたイメージがほしかったので、あえて散文詩型にしました。タイトルは「春月」のほうが良かったかなと思っています。 (春の唄)

2019-02-07

渡辺八畳様。コメントありがとうございます。ご期待に副えず申し訳ありません。 これはノアの方舟というより、木製の寝台=エロスと死の棺=宇宙葬の装置をイメージしたものです。 これまでテンポの速い作品を多く書いてきたのですが、この作品ではあえて可能な限りスローにして、エロスとタナトスの戯れをまさぐってみたかったのです。ひらたく言えば、一種のポルノグラフィーです。 まあ、いろいろ釈明しても、読者の心に届かなければ無意味。おおいに反省しています。 (木の舟)

2019-02-02

仁川路さん、コメント頂きありがとうございます。ご指摘のとおり、これ以上臓器のイメージがあふれると、作者としても手に負えなくなると思います。逆にいえば「白」だからこそ、釈尊の故事を手掛かりにして体内巡りができたのかもしれません。 この詩はある年の8月15日、終戦記念日に、冒頭から「死者には花を あの植物の白い子宮を」までほとんど一気にイメージが浮かんだものです。入口は仏教で、中盤以降は西欧キリスト教。後半の第五連以降は、ほぼ一年後に、前半部の変奏ないし反歌の意味合いで書き加えました。 (白狂い)

2018-12-15

田無いなるさん、コメントありがとうございます。ご指摘のとおり、作者の気持ちも「諧謔」と「悲しみ」の中間あたりにありました。まさに何かを押し返すようにして書いていた記憶があります。 (秋の唄)

2018-12-01

ほかの作品もお読みいただき有難うございます。今回の作品はだいぶ以前、父親が亡くなったときに書いたものです。今読み返してみると拙い作品ですが、懐かしい一作なので公開させていただきました。父が死んだ一週間後に、幼い娘がザリガニの死を悲しんで泣いたのです。全体の基調は憤りと笑い、猥雑さと静謐さ、人間の皮膚というもの、そしてものを食べるということの悲しみと滑稽さ、そんなところではないかと思います。 (秋の唄)

2018-11-24

返信が遅れ失礼しました。好意的なコメント、ありがとうございます。 ishimuratoshi58 さん、ユーモアの感覚を指摘していただき、大変に嬉しく感涙にむせんでおります。小生、詩とは「聖なる怒りと笑い」だと勝手に思い込んでおり、ユーモアや諧謔味がない詩は少し苦手です。ご指摘のとおり、「袋の自己認識」から「悲惨にして心休まる」のくだりは、詩の核心部だと感じています。 るるりらさん、日本的なイメージを読み取っていただき、ありがとうございます。正直、そういう意図はなかったのですが、なるほどそういう読み方もあるなあとすっかり感じ入り、いろいろ考えさせられました。今後、機会があれば、意図的に日本的なものを志向したいと思います。 まりもさん、装飾過多の印象を与えてしまい、ごめんなさい。作者としては、これでも言葉の密度が薄い、あるいは粘度が足りないと感じているのですが…。ただご指摘のように、言葉の密度とゴテゴテ感は別物だと思います。個人的には、もっともっと言葉を加圧・加速して、なにか突き抜けた表現に到達できないものかと考えていますが、力不足でいつも中途半端に終わっています。 (塩の都)

2018-11-10

しばらく出かけていたので、返信が遅れ失礼しました。たくさんの好意的なコメント、ありがとうございます。 自分の独りよがりで紡いだイメージが、果たして他人に読んでもらえるのだろうか、いささか心配だったので、すごく励まされ、勇気づけられた思いです。 夢見る宝石というタイトルはスタージョンの往年の名作からの借用。詩全体のイメージは、近未来というより、原始ないし原初性を意識したものです。グロテスクさと同時に諧謔味を感じていただければ幸いです。 (夢見る宝石)

2018-04-26

コメントありがとうございます。私としては、とくにダークなもの、荒廃的な世界観を意識したわけではありません。むしろルイス・キャロル的世界、昔の吉岡実氏の世界につながるものを、少し意識していたかもしれません。今後ともよろしくお願いします。 (夢見る宝石)

2018-04-09