芦野 夕狩

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コメント数: 29


神の庭

2019-05-06

工場午睡

2018-11-11

letters

2018-01-22

姉の自慰

2017-12-30

訂正 その過程として → その仮定として 失礼しました あしや (神の庭)

2019-05-24

エルクさんへ ご返信遅くなってしまい大変申し訳ありません、 再び、お読みくださりありがとうございます。 >禁忌という怪物を自ら育ててしまった家族の物語でもあるのかなと読みました。 後ろから読みますね。 これは実感としてよくわかります、例えば、幼いころ育った街では入ってはならないとされていた路地があったんですが、蓋を開けてみればなんてことない、ごくありふれた人種差別だったりするのですよね。 ただ、家族という閉ざされた空間においてはそういうものは往々にして怪物的な力を得てしまう。それを踏まえて >ここでは兄と神様との関係、兄と私との関係、父または母と子たちの関係、などがタブーとして一般的には認識される事柄として触れていく。触れているかのようにみせかけて本質を語ることを回避していく、ということに「再定義」されていく事柄が関係性を強化されていき距離が生まれていく。 実にハンサムな評ですね。とどこから目線なのかわからない言葉を投げかけさせてください。僕も「自分の作品」というものとの距離を測りかねてじりじりしているこの庭の住人であることに今更ながら気づいているウスノロなので僕がもはや「どこから目線」なのかもうわからないんですよね。 そして、「禁忌」の本質は対象の侵しがたさではなく、その距離であることに僕も同意します。 >何が言いたいかというと、禁忌に触れているようでいて触れ得ぬままにいる登場人物たちの関係性が書かれた物語であり、 話はそれますが「北九州監禁殺人事件」の概要のみを書きだして、その事件について何かを知りうると思いますでしょうか。 僕はそれを何度も繰り返した過去があるのですが、何度やっても無理でした。たぶんそれは禁忌の持つ距離に対して俯瞰できる位置から覗いても、何もわからないということ。 あるいは、そこに一つのフィクションを置いてみることはできます。ある登場人物の人生観、これまでなめてきた辛酸、どうにも弁護しがたい性格、そういうものを置いた途端、すべてがわかるような気がすると同時に、すべてがフィクションになる。その過程として置かれた存在は「首の短いキリン」なんですよね、どこまでいっても。 このお話で果たして応えることができているか、少し疑問ですが、作品の心臓を貫くような評をいただき大変うれしく思います。 ありがとうございました。 (神の庭)

2019-05-24

ふじりゅうさん、こんばんは 投稿された時から、気になってはいたのですがなかなか時間がなく感想申し上げるの遅くなりました。 ここに書かれたる感傷はそれ自体、とりたてて特異なるものとは感じませんが、その書きように少し瞠目いたしました。 この詩って、ものすごく「視線」或いはカメラワークが複雑で、1連目は俯瞰からはじまり、 「私たち」の秘め事であるはずの花火が、まるで衆目に曝されているかのように描かれていることを異様に思いました >辛うじて火柱を存命させているような >静かな私たち 例えばこのような描写も、私→あなた、という視線ではなく。客観されておりますね。 さて、ここからは単なる僕の空想なのですが、作中主語であるはずの「わたし」とこの作品の目線が合致しないことがとても奇妙な印象を与えて、僕はこの詩を知らぬうちに「死者の回想」として読んでいたわけです。ああ、つまり自分を後頭部の後ろから見つめるような視線だ、と。 もちろんそれは比喩として書かれた「爆撃」「焦土」「ぐちゃぐちゃの臓器」という言葉を敢えて言葉のまま読んでみた、というのも大きいのですが。 僕はこの詩とても好きです。とても不気味で。 失礼しました あしや (初化粧)

2019-05-20

南雲 安晴さんへ お読みくださり、その上批評文まで書いてくださり、ありがとうございます。 無粋になってしまいますのであまり口数を多くするつもりはございませんが、 >「作品の中に永久に癒えない傷があること」 というお考えに甚く共感する思いであることをお伝えさせていただきます。 実のところ、僕自身は「詩とは」「文学とは」という問いを発することは一切しないのでこういう他人様の考えに共感することは稀なのですが。 ありがとうございました。 あしや (「文学」って何?(芦野 夕狩氏『神の庭』を読んで))

2019-05-20

鈴木 海飛さん このようなご批評賜り大変光栄に思います。 鈴木さんのこのご批評に対して、僕が僕なりにお返しできる認識は、この間やりました「自作解説」を聞いていただければと思います。 あれは(随分と胡散臭い真似をしましたが)鈴木さんのこの批評を読ませていただき、発生した僕の中の新しい解釈であったことはまだお伝えしておりませんでした。 もう十分に無粋な真似はしつくしたので、ここで新たに過ちを犯すことはしません。 (僕の面倒くさい性格ゆえ、あんまりお伝えすること適いませんでしたが)心からの謝意をここにお伝えさせた頂ければと思います。 ありがとうございました。 あしや ( 推薦 芦野夕狩 「神の庭」 ~想像の導火線~)

2019-05-20

(すみません前記事の訂正ですが 柴田蛇行さんへの返信 ヌーベルバーグ → ヌーヴォーロマン です) tOiLeTさんへ お読みくださりありがとうございます。 ちょっと実は読んでくださる皆さまに申し訳ないな、と感じていることが一つありまして、それはなにかと申すと、あまりにこれまで付けてくださったコメントに対して、雄弁に答えてしまった(僕なりの必死のサービス精神だと思っていただけると幸いですが)ため、まるで「作者である僕がこの作品について一番何かを知っているかのような空気感」というのを出してしまったな、と。 つまり、言い換えると、作者が作品のこと知っているとは僕は思っていません。一般論的にもこの作品においても。 ですから、 >最後主人公はなぜ泣いたのでしょう? という問いに、僕は答えを当然のようにもっていないのですね。 意外なことと思われるかもしれませんが、作者が書いたものと、今ここに書かれてるもの、って決定的に異なるんですよね、ってことをうまーく >個人的には遠ざかった、もしくは神との埋めがたい距離が決定づけられたようにも思います。 というお話に繋げたかったんですが、そんなオシャレな真似はできないということに今おののいています。 つまり、神に近づくということ、これを詩を読む行為において、「正答」に近づく行為、と仮にした場合、 「作者の意図」というのは「神の声」であるな、ってことをですね、もっと洒落乙に言いたかった... いや、まあ直感なんですが、大変興味深い示唆をいただき嬉しく思っております。 ありがとうございます。 stereotype2085さんへ お読みくださりありがとうございます。 ちょっと趣向を変えてお返事書かせていただきます。 と言うのも、さすがにこの詩、何度も皆様のお目に触れさせてしまうのは申し訳ない。せめてコメントくらい気の利いたこといえや、という皆様の心の声をがっちりキャッチしていく所存です。 鈴木 海飛さんいわく >ゆがんだ「癒」が、 >密教的なの儀式の秩序が fiorinaさん曰く >樹木(ヤマモモ、キョウチクトウ)の毒が効果的に使われていると感じました。 >それぞれの毒性と癒やしがひびきあって生き物を生かし、 柴田さん曰く >この手の作品、近親相姦を軸にしたものに対する賛否とか、性器を舐めるシーン、自傷行為などに対する生理的な快不快に関するコメントは必ずつくことを、作者は想定済ということを踏まえて、わたしはこういったことを言及することはスルーしたいと思う。 tOiLeTさん曰く >『背徳感』がキーポイントのように感じました。 そしてstereotype2085さん曰く、 >「どこか暗い」 共通して、やはりどこか、「負」のイメージを皆様持たれている。そのこと自体僕が否定すべくものではないのですが、 それは何故だろうか? というのは意外と根源的な問いのように思われるわけです。 そう申し上げるのも >性の価値観を欧米諸国に上書きされた日本という国そのものに通じるようではないですか。 という視点を新たに取り入れると、とてもわかりやすく。日本という国は、夜這い文化とかを調べているとわかる通り性に関してはとても奔放でタブーの少ない民族であったことは想像に難くないですね。 「欧米諸国に上書きされた性の価値観」というものを禁欲主義的な、厳粛な結婚制度と性、というものの輸入と考えたとき、それまであった、奔放さはいったいどこに消え失せてしまったのだろうか。 或いはキリスト教が普及する前の、各ヨーロッパ地域に分布していた「神々」の末路。あるいは仏教が日本を覆う前に各地にいたであろう異形のものたちは? という問いと似ているのかもしれません。 おそらくstereotype2085さんが仰りたい、「どこか暗い」という言葉は、行為の後ろ暗さや、表面的な人の悲劇ではなく、その背後にある「なぜ負の認識を持つのだろうか」ということを自らに発したときに気付く、その「失われたもの」へのうしろめたさ、なのでしょう。 >ここで語られる神は迷妄の産物ではないかと感じました。 かつで神であったものが迷妄になり果てる、というと文意をかなり変えてしまうかもしれませんが、そのようにご批評拝受し、大変自らの内に興味深い発見がありましたことをここにご報告させていただきます。 ありがとうございます あしや (神の庭)

2019-05-20

訂正 殊更に作者の意図を隠すつもりもないでしょうね。 → 殊更に作者の意図を隠すつもりもないです。 それは音とか臭いを近くするんじゃなくて → それは音とか臭いを知覚するんじゃなくて (神の庭)

2019-05-14

柴田蛇行さんへ お読みくださりありがとうございます。 中原さん、いや三浦さんへの返信に関しては必ずしもふざけていたばかりではないですが、やるなら別口でやるべきであったな、と少し思っています。せっかくの機会であったのと、人の作品になんだかそれっぽい挑発を入れておきながらtwitterでは冗談だったことをほのめかすようなやり方には御忠告いたしたかったので、あのようなこと書き申し上げた次第です。僕は酷評は今までずっと正面から真顔でやってきた人間なので、何を言われてもいいですが、裏で握手を求めるようなやり方は流儀に合いません。 別口でやるべきであったな、というのは、そのことで読んでくださる方、評を付けてくださる方に対してノイズになってしまうのは避けられない、というデメリットと、三浦さん本人が感じたであろうご意見をないがしろにしている点です。三浦さんの仰りたい旨は別個でちゃんと受け取っておりますので、ご安心いただければ幸いです。 この詩に関してですが甚く丁寧に読んでくださり、誠にありがとうございます。仰っていただいたことひとつひとつに僕が思ったことを書き連ねたいですが、それではあまりにも無粋になってしまいますので、かなわぬことどうかお許しください。 >まあ、みんなどうせ心温まるお話が読みたいんでしょ、と読み手を舐めてかかって、てきとうにお涙ちょうだいやっているのが私なんですけど これは僕のような書き手からするとちょっとした皮肉きこえる 笑 少しひねくれすぎですかね。というのも、僕だって書けるものなら読み手の心を「満たす」ものを書きたいですよ。でもそれが出来るのは、「書いたものが詩になってしまう」一部の書き手だけなんですよね。残念ながら僕はそういう文章を書けない。そのうえで色々な試行錯誤のをして出来上がったものです。お褒め頂き本当にありがとうございます。 感情の不在というものは、まぁこれだけ露骨にしてあるわけですから、殊更に作者の意図を隠すつもりもないでしょうね。たぶんヌーベルバーグあたり、実験的な文学運動ではすでに試みられていることでしょう。アンチ物語、とまでは申しませんが、仰られるような「こういうの読みたいんでしょ」というものへの反感は少しあるのかもしれません。それは別に頭の中で理屈だてて考えられたものではなく、元からそういうものが好きなんですよね。人様の文章にあれこれ申し上げるつもりはございませんが、自分の書くものくらい自分の趣味で書くわけで、「わかる」ってとてもしんどい時があって、僕はどちらかというと、いや、どちらか選ぶ隙もなく、誰かと分かりあうことなんてもうとうの昔に諦めたような顔をしていたいんですよ、いけすかないでしょ? 全然関係ない話なんですが、小さいころ狭いところだとか、暗いところが好きで、押し入れとかずっと入ってることがよくあったんですよね。こういう話すると、出た、詩人エピソード! って言われちゃうけど、僕はそうすることによって、なんか耳とか鼻みたいな感覚器、新しい感覚器が背中の後ろから生えてくるんじゃないか、とまじめに思っていました。それは音とか臭いを近くするんじゃなくて、ただひたすら暗いことを知覚するためのなんか触手みたいなもので、後ろ向きで、腐ってて終わってて、どうしようもないものだけに反応するそれでいつか、誰かと巡り合えるような気がしていた。でも巡りあってもそれは普通の出会いじゃなく、なんか憎しみに近い感情で、その感覚器を触れ合わせる、それで終わり、みたいな。 え、これなんの話だろう。わかんないけど柴田さんの感想読んでいて、わかんないこと、について考えてたら色々でてきて自分でもびっくりしていて、そう、「わかる」ってしんどいよねって話だ。僕はたぶんここにいるみんな嫌いだよって話。柴田さんに至っては一周まわって好きかも知れない。え、これなんの話だろう。 とにかく読んでくださってありがとうございます。うまくレス返せてるかわからないけど、すごく時間かかっちゃって申し訳ないです。 エルクさんへ お読みくださりありがとうございます。 季節の変わり目ですのでどうかご自愛くださいませ。 昔は多作だったのですが、ここ最近チキンなんですよ。何がチキンかっていうと駄作を書く度胸がないんですよね。 駄作を書けないやつに傑作をかけるわけがないだろう、っていつも思うんですけど、チキってしまします。でもそういうふうに仰ってくれているってことは、きっとなにかとてもホッとさせてしまったんだろうな、とちょっと罪悪感。次はなにか少しでもホッとさせないようなものを書きたいな、とか思っています。 どうもありがとうございます。 (神の庭)

2019-05-14

白犬さんへ 仰る通り、僕は下品な人間です、決して上品な類ではありませんよ。なんてずるい逃げ方をしてしまうと、白犬さんだけではなく多くの方が、そういう言い逃れができる類のものではなく、いわば魂の高潔さの問題として、下品である、と仰りたいのだと思いますが、それについても特に否定するつもりはございません。 実のところこの批判には多くの示唆があるわけですが、それについてあまり饒舌になるのは宜しくないので、一点だけ。 白犬さんのご批判、換言すると、「ある精神障碍者が、彼の汚れなき魂のあるのに関わらず、生得の彼を苦しめる影が、彼の運命を掴み、やがてその無垢なる魂もろとも握りつぶした」と口上されるようなテンプレートな感動劇、いわば24時間テレビの感動ポルノの逆バージョンといいましょうか、そういう見世物として受け取られた、ということかと思います。 色々と悩み、昨日の段階では、あろうことか汚い言葉を吐きかけました、未遂とはいえお許しください。 一晩経ちまして、今はむしろそのような下劣とすら呼べぬ汚物を想起させてしまった自らの文章力の無さを恥じるばかりです。 不快な心持にさせてしまって大変申し訳ございませんでした。 真剣にお読みくださりありがとうございます。 (神の庭)

2019-05-10

みうらさんへ お読みいただきありがとうございます 今朝仕事前になんとなし、twitterを見ていたら三浦さんが僕の名前を出して謝っていらしゃる、いったい何のことか、と思って聞いてみたら、こちらのコメントのことであるとのこと。みうらさんの言によると「すみません、中原中也が夕狩さんの新作にコメントを書かせてたんです。」 ああ、つまりみうらさんのお友達か何かの誤ってみうらさんのアカウントを使ってこちらに書き込んでしまったということなのであろうが、「中原中也」この名前には僕もいささか思うところがある。 もし、みうらさんのお友達があの中原中也本人でなかったとしたら、大変な失礼に当たるかもしれないが、こんな機会またとないであろうから、僕はこのタイプをやめることが出来ないだろう。先に謝っておく。大変申し訳ない。 先ず、中原君、君の言ってることは本当に尤もだと思っている。僕としても、日本の詩の現状の袋小路を考えると、果たしてこれまでの詩というもの文学というものを大きく刷新する文章を書かねばならない、と本気で思っているんだ。 >芦野夕狩さんこれは良いですねえなんて言わせるな。 その通りだ。でもひとつわかってほしいのは、僕はそんなつもりでこの詩を書いたわけではもちろんない。結果として君の中でそうなってしまっているのは僕の力不足であることは否定しようのない事実なのだけれどね。 >自己治癒なんてやってちゃダメなんだ。 これに関しては、おいおい、君は自分が書いた詩を忘れたのか、と吹き出してしまった。ユーモアのつもりだったら、もう少しわかりやすく書いたほうが、いいと思うよ。何しろ今はネットですべてが完了する時代で、君のいるその時代の、常に相手の顔が目の前にあって、表情でだいたいのニュアンスが伝わるようなわかりやすさは現代にはないんだ。春日狂騒の最初の二行でもコピペしてくれていれば、ちゃんと10割笑えたんだから。 >読んだやつらが憎悪するものを書かなくてはいけない。 これに関しては、「君は一度だってそんな詩を書けたことはなかったではないか」と、ちょっと語気を荒げてしまうのを許してほしい。僕も君がいる時代に思いを馳せると、君は君なりに、まだ詩というものが根付いていないなかで必死に何かを残そうとしたことは想像に難くない。けれど君の時代にもすでに多くの文学は花開いていたはずだ。偉大な才能が、その才能のままに、人間という深い闇の中に侵入していくさなか、 なぜ君はあんな表層的な言葉を弄って、それを詩と呼んでしまったんだい。 それがすべての悲劇の始まりではないのかい? 今僕が生きている時代、詩は日本では、メインストリームから外れて、偏執狂的な細部へのこだわりのみが、まるで詩であるかのように語られているよ。 >トタンがセンベイ食べて >春の日の夕暮は穏かです 君の書いたものを多くの人がありがたがっている。こんなくだらないものであるにも関わらず、だ。あるいは >汚れっちまった悲しみに >今日も小雪の降りかかる 君から始まった、そのひたすらに自分の性器だけを撫でているだけにすぎないくだらない自意識を、まるで詩の手本のように真似したがる輩の責任は、僕に押し付けるだけではなく、すこしは君自身も感じてほしいと思うわけだ。 君はボードレールを知っていたはずなのに、どうして、詩にはもっと偉大なことが為せる、と信じなかったのか。凡ての価値を転覆させるような文学は、詩から生まれるべきだったのではなかったのか。物語という、人類史上最も優れた発明でさえ、詩からは今追い出されようとしているのだ。人の生きるということに、それ無しでどうして迫れよう。朝の光や木の花なんかを、洒落た言い回しで喩えて、それでどうして人間という奈落について書くことができるのだろうか。 実のところ僕は君を恨んでいる。君がひねり損ねた糞を拭いてやっているのに、君を持ち出して僕のやり方は正統ではない、などという人たちが多すぎてうんざりしているのだ。 恨み言を言いすぎてしまったが、君は君一人で多くのことを為したと思っている。君もたぶん文学の神に「今はまだ無法図すぎて」と自分の無力を嘆いたことであろう。それは十分に理解している。そのうえで一つ言わせてくれ。君が為し得なかったことを、あたかも詩の正統として語りだす人間に、君が為そうとしたことをどうか語ってやってくれ。 そして、もう少し待ってくれ。 (神の庭)

2019-05-09

武田地球さんこんにちは。 >現実がどこからかどこまでかわからなくて、わたしはずっと浮ついている。 なんだかすごく懐かしい感覚を呼び起こされました。僕もずっと現実ってよくわからなかった。これ大袈裟な話じゃなくて、高校生のころ、つっても不登校で、なんかかっこいいグレかたを知っていたら良かったけど、特にそういうこともなく、とてもシンプルに引きこもりでした。一番ドラマチックではない感じで。その時って大袈裟じゃなく現実から(自分の身体の何かが)だらっとはみ出していて、朝、目が覚める意味が本気でわからなくって。 そういう時、拾ってくれるのって身内や、友人ではなく、他人だった。僕の場合も。 その人と会ったり、話すときだけ、なんというか現実にピントが合う感じがして、でもそれが今まで目を背けてきた現実とはまるで思えないくらい居心地が良くて不思議でした。 この作品でいうところの「しっかりせえよ。」 なのかもしれないなって。僕ら、実はずっと浮ついてて、誰か(きっとそれは他人が一番良い)というフィルターを通してのみ現実と繋がっていられるんじゃないか、って。そういう風にずっと考えてたこと、その人に感謝していたこと、その人がもういないこと、を思い出していました。 ありがとうございます。 あしや (わたしの龍)

2019-05-08

訂正 鈴木 海飛さんへのレスですが その愉は淫靡で美しい。 → その喩は淫靡で美しい。  です。 (神の庭)

2019-05-07

fiorinaさんへ お読みくださりありがとうございます。 >それぞれの毒性と癒やしがひびきあって生き物を生かし、 >育てる庭という場所に死角があると言うことも。 僕自身、鈴木さんに頂いた評に引っ張られていることを自覚しておりますが、なんとなくですが「母というもの」を想像しました。あれは僕も経験したことがありますが、本当に人を育むものであると同時に、人を殺しうる毒であるというような奇跡だと思う時があります。 これは明確に後付けになりますが、そのようなものをもし書けているのであれば、それは僥倖であると思います。 「べっちょない」ですが、私は播州弁とは何のかかわりもない地域に住んでおります。ですからそのようなことを仰っていただけてとても安心するような気持ちです。 どうもありがとうございました。 (神の庭)

2019-05-07

かるべまさひろさんへ お読みくださりありがとうございます。 >「心と身体」が「シール」のように離れている描写なのだと思いました。ただ初っ端から「心と身体」が離れている気がして、そこは疑問に感じました。あと「シール」は正直、きれいに剥がせないもの、と僕の心は連想したので、つるっと剥がれるのは気持ちいいよな、と感じました。多分「読解」としては間違ってるんですが、僕は気持ちいいことはいいことだと思います。 仰る通りでシールって実は簡単にはがせないものなのですよね。僕は以前「屑拾い」をしてたことがあるのですが、(あれは嫌がらせもあったと思うんですが)アルミ缶についているシールを一つ一つ剥せ、と言われるのですよね。なかには簡単に剥せるものもあるのですが、僕としても、シールは簡単にはがれない、というイメージが強いです。 ですから、その部分を書いているとき、かなりの背徳感を感じました。もしかるべさんが、僕のそのような束の間の淀みを感じてくださったのなら、幸いであると思いました。ええ、つるっと剥がれたほうが、気持ち良いですよね。 >この詩がいわゆる王道を行くのなら9番目が推敲されて、もっと泣けるようになったらいいなと思うのですが、いわゆる邪道を行くなら、結局心と身体はつるっと剥がれたままなのだという描写なのだと思います。 実のところ仰ることはほぼ理解しているつもりなのですが、このような鋭いご指摘をいただいてなお、倫理/非倫理の外側に向かう「文芸という泉」であることを作者である僕が願い、それをかるべさんの内に実現することが出来なかったことを申し訳なく思います。 お読みくださりありがとうございました。 (神の庭)

2019-05-07

鈴木 海飛さんへ お読みくださりありがとうございます。 >ゆがんだ「癒」 >兄妹の密かな儀式というものが頭に浮かびました。 >ゆがんだ「癒」が、 >密教的なの儀式の秩序が >時に不条理な環境を生き延びさせる とても鋭い解釈をしてくださって、嬉しい限りでありますこと、どうかお伝えさせてください。 「癒」という漢字、不思議な字ですよね、ヤマイダレでありますから、病気がなおる、ということから、癒し、というような言葉も生まれたのだろうと想像します。 同時に「癒着」という言葉がありますが、辞書を引くと「本来は分離しているはずの臓器・組織面が、外傷や炎症のために、くっつくこと。」と、全然癒しではない、傷や炎症、そういう外からのものに対して、そのままではだめになってしまう器官、組織が「治ろう」としてくっつくのでしょうかね。 そういう意味で、鈴木さんの仰るゆがんだ「癒」という言葉を読んでおりました。 僕はあまり美しいものを美しいと思わない性質なのですが、その愉は淫靡で美しい。これを書く前に、ジブリの「火垂るの墓」を見たのですが、あれも今この歳になってみると、押井守の言うように(近親相姦、カニバリズム等)相当に気持ち悪い映画でしたよね。それ故に美しい。 作品から離れましたが、美しい評にハッとしました。ありがとうございます。 この詩を書くときに「決して汲みつくせない泉を書きたい」と思っていました。どんなに大きな桶で汲み続けても枯れない物語を、と。それと同時に、それは汲みうる泉であらねばなるまいとも考えておりました。汲み取った桶にはちゃんとなみなみの水が注がれてなければならない、と。ですから、もし鈴木さんが男性器は間違いで、舌だろうと、ある種の「正解」の持つ力に、強制されるようなことをこの詩に感じられたのならば、それは僕の力不足以外の何物でもありません。汲み取ってくださった方の桶にすべて等しく、与えられる詩というものをいつの日か書くことが出来るだろうか。 そんなことを考えていました。 繰り返しになりますが、お読みくださりありがとうございます。 (神の庭)

2019-05-07

こんばんははじめまして、 良い詩だと思ったのでライトレスさせてください >僕は何処へ行くのだろう。 からの感傷的な流れが、安っぽいように見えて、なんだろう、刺さる。 細かいことを言うとなれば >君の隣で黄金色に輝くビールなんか傾けながら こういうディティールへの目配せが、いわゆる「安っぽい」と呼ばれうる描写から離れて、作者が思い描いていることなのだな、と読み手に思わせる力を持たせているのではないかな、と思いました。 一昨日か昨日東京行ってたんですが、彼女ではない女の人とカラオケに行って、なんにも歌おうとしないから、あれ歌ってよ、くるりの東京といったら歌ってくれて。なんかその展開自分で言っててめちゃくちゃベタだな、って思うんですけど、なんか感動したんですよね。それってたぶん「安い」んだけど尊くて、そう、その感動と少し被ったところもあったりもして。 自分語り失礼しました。 あしや (つまらない)

2019-05-06

帆場蔵人さんこんばんは とても良いようにお読みくださりありがたく思いました。 少し、冒頭と妻との場面との接続が悪いように自分では思っていたので、そのように仰っていただき、少しだけ許せるような心持になりますね。 地を這う亀を書くために、淀んだ曇天を描く、みたいな、少しうまく言えませんが、そういう迂遠さを、と思っておりましたので、全体としてそれが帆場さんの読みのうちに結実していたら嬉しいな、と。 お読みくださりありがとうございます。 芦野 (工場午睡)

2018-11-13

enokizさんこんばんは お読みくださりありがとうございます。褒めすぎだと思いますが素直に感謝申し上げます。 題材があまり綺麗なものではなかったので、せめて体裁だけでも、と取り繕ったところはもしかしたらあったかもしれませんね。 重ねてありがとうございました。 芦野 (工場午睡)

2018-11-12

けいせいさんこんばんは。けいせい組鉄砲玉として遅参ですが馳せ参じまいりました。 ご感想嬉しく賜りました。もしかしたらスペインというのはビクトル・エリセとか好きなのかな、と想像してました。 ただ、僕は肉体労働者で、まさに昼休みのあの身体も疲れ果てて脳が程よく弛緩している時に空想したものだったので、そう読まれてしまったことには僕の力不足を感じます。 機械の油に塗れながら、 芦野 (工場午睡)

2018-11-11

はじめまして。 黄昏のような文章だな、と思って読んでいました。 耽美というのはこういうことを言うのだな、と。 >樂譜を取りにいつたまま という詩句で、いきなり掴まれるような気も致しますが、そういう空想をどうつなげていくのだろうか、とワクワクしながら読んでいますと、 「埋められた身體たち」、「するどくさけぶいきどほり」などの徐々に肉感の湧いてくるような、おそれというものに近いであろう感覚を受け取り、 見事に物語の独自性の中に取り込まれました。 「ひとの世がとうにおはつてゐることにきづかなかつたり」 と突然の転調を知らされますが、ここまで読まされるとただ心地が良いですね。 「空も水も…」からの詩文は、ギリシャ神話のパンと追いかけられたニンフの話(うろ覚え)にシフトしているようで、いつのまにか二重奏になっている心地よさを感じ、最後の「走りがきされたままだまつてゐたはうがいいのさ。」という締めくくりがより鮮やかに映ります。 空想的なお話って大体とんねるをくぐったり、深い穴に落ちたり、その契機がはっきりしているものが多いと思うのですが、私はどちらかというと泉鏡花のかく幻想小説の境目のはっきりしない黄昏のような文章が好きなので、とても面白く読みました。 (秋へと落ちていく音階のフアンタジア)

2018-11-11

三浦さんへ ここは、詩の不法投棄場ちゃうで、と言われなくて安心しています。 あんまりにも真面目っぽい詩を書いたので、レスくらいふざけますがお許しください。嘘です ある日突然に、大切な人はいなくなってしまうものなのですよね 仕方ないっちゃ仕方ないし、今生きている人間は、生きていかなければならないので その人の死や、喪失を、何か経験として、抱え込んで生きていくわけですが それってとても傲慢だと思う時が、たまにあります、 だって、その人が何を思って死んで、何を思わなくて死んだのかなんて 誰にもわからないのに、生きていく人は、その死を 何らかの形で、肯定したり、避けがたい試練だったかのように考えないと、生きていけない、 それは全然薄情なことだとも思いませんし、強いことだとおもうのですが、 なんでしょうかね、三浦さんの仰るめめしいかのような行為がいっとう生きていることに近いのではないかな、と 少し考えちゃいました。 お読みいただきありがとうございました。 Rさんへ 埋葬などと大袈裟な言い方になってしまいましたが、 そうですね、いろんな意味で、ですかね(答えになっていませんね。 書き方自体は、Rさんがお読みいただいたような、流れを想定していたのですが (最後の数行だけ、浮かび上がったようなものをおいて、それまでの流れを、すくう、ような なかなかに自分が思った通りに読んでいただくような技量もございませんので、とても仰っていただいてありがたく思いました。 もちろん作者の意図なんて届かないところに、批評というものはあるわけですから、 それを否定するつもりなんて全くないということも、付記させてください。 うまれなかった水子は賽の河原で石を積むのだろうか どうなんでしょうかね、できれば、 できれば、そうでないことを思うのですが。 お読みいただきありがとうございました。 原口昇平さんへ ご指摘頂いた箇所を、もう一度考え直したときに、ああ、確かに、「思い」というものの、焦点が少しあっていない記述になってしまっている、というのを感じました。 おそらくは、(紗代ちゃん)に対する思いと、(あやこ)に対する思いと、が、ですね。 そのうえで、ご指摘くださったのだと思います。とても勉強になりました。 もし変えられるのならば、河口まで歩く一場面で、その焦点のあわなさというものの、うまい着地点をかければ、と思いました。 客観的に突き放せない、というのはほめ言葉として、ありがたく受け取らせていただきました。 お読みいただきありがとうございました。 緑川七十七さん 短いですが、とてもお気持ちのこもった言葉をいただけて、感謝しております。 どうもお読みくださってありがとうございました。 (letters)

2018-01-28

はじめまして。 「石仏のように染み込んでいたのです」 なんだかとても素敵な比喩だな、と思いました 語り手のなかのイメージだけではなく、「貴方」にまつわる不幸な出来事も想起させるような。 だからかもしれませんが、 「ぽっかりと誰かが開けた穴の中を」 というのは、比喩ではなくありのままに起こったことなのだ、と勝手に読んでいました。 変な妄想がいろいろ働いて面白かったです。 (あな)

2018-01-22

某サイトで落ちたものです 本来、一つの詩をいろいろなサイトに投稿することは、するまいと思っていたのですが すこしだけ特殊な詩であったのでこちらに埋葬させていただきたいな、と思い投稿させていただきました。 (letters)

2018-01-22

一見ありがちな話のように見えますが、 話者が傘なのかよっ! って驚きがありました 傘が、都合のよい女になりたくない、とぶつところなんか、 でもお前傘やんか、と一人突っ込んで笑っていました。 欲を言えば、 なんかこう、台風でめっためたになった傘の残骸とかが交差点に転がっている描写を入れて、彼女のコメントを聞きたいなぁ、とか思いました 失礼しました 芦野 (傘)

2018-01-11

アルマさんへ 僕は姉さんはいないのですが、こんな姉いたら嫌だなあと思いながら書きました 笑 実際こういった姉弟がいるかはともかくとして、アルマさんの中で説得力を持ったのなら幸いですね。 ご感想頂き大変ありがたく思います。 お読みいただきどうもありがとうございました。 (姉の自慰)

2018-01-11

まりもさんへ ご丁寧な対応ありがとうございました。 誤字脱字等よくやらかすので、今後こちらに投稿させていただくときは、できる限り気を付けたいと思います。 お手数おかけして済みませんでした。 (姉の自慰)

2018-01-10

弓巠さん まぁ作者のコメントなんて後からいくらでも捏造できますので 中身のことはさておき 4連と5連と、あと題名で、読者をひっかけれることができたならよかったかなと思います こういうことを話してしまうのは本意ではないのですが 「「小さな箱」で姉の自慰が演奏されるのは、密室のイメージがさらに密室のイメージに結びついているから」 というご感想をうけまして 、あ、詩というのは密室を書くのと似ている、と少し思いました。 密室と言う、外から見ると何が起きてるかわからず、 人をやきもきさせ、あらぬ創造を働かせる作用が、とても詩というものに符合するのではないか、と。 関係ない話になっていたら申し訳ないのですが、 お読みいただけて大変ありがたく思いました 。どうもありがとうございます。 完備さんへ ありがとうございます。 あまり読者を信用していないので、できるだけ詩の良いところは前に前に置きたい派です(特にタイトル) お読みいただき大変ありがとうございました。 白井草介さんへ 笑っていただければ最高かなと思います、 これは、ビューティフルなものへの反抗心ではないんですが 結局短い読み物として詩を考えたときに、 笑いや、怖さや、美しさや、なんかしらの感情を思い起こさせるのが とても大事なんじゃないか、と甚く即物的に考えておりますので そういったことが白井さんのうちに実現できたということを教えていただき とてもうれしい気持ちになりました。 お読みいただきありがとうございます。 *初投稿なので勝手がわからないのですが、誤字はどうすればよろしいでしょうか。 【新規公開株のリスト及びの株式の情報には → 新規公開株のリスト及び株式の情報には】 です。訂正できないということならば、多少の誤字はあまり気にしないのですが、 もし訂正できるものならば、どうすればよろしいでしょうか? (姉の自慰)

2018-01-09

皆さまあけましておめでとうございます もっと速やかにお返事返したいところでしたが、年末年始ということでばたばたしてしまいました。お許しください 花緒さん こちらでははじめまして。お久しぶりです。 「バーチャルなものに支配されている現代人の空虚さ」 ある種そうなのかもしれませんね、 こんな風に話してしまうのは僕が中身のことなんてこれっぽっちも考えないで詩など書いてしまうから、なんですが 人間は本来ヴァーチャルの方があってるんじゃないか、という気もします。 ほら、こうして、顔も知らない相手と、なんだか突然ねんごろな言葉や、本質的なことのように偽装された言葉を差し交すなんて とてもエキサイティングじゃないですか。 ボルカさん はじめまして(はじめましてではないんですが、説明がめんどくさいのではじめまして。 私には姉はいないのですが、というか、いたらこういうの書かないかもしれませんね。 という外野的な立場から言わせてもらうと、うん、姉の自慰、ってものすごくキュートでキャッチ―な響きですよね 「この語り手の優しい耳のすまし方からすれば、感じの良い、素敵なお姉さんというか、お姉さんの素敵な自慰じゃないですか。その寂しさや虚しさも含めて。 むしろ「曲にして演奏したい」ぐらいがしっくり来るように思います。」 と仰られるのもわかる気がします。 あんまり深くは考えてもいないんですが、 姉の自慰って100回言ったら、意味が抜け落ちて、殻になるみたいな でもそういうの許せない弟くんのやさしさみたいな、 そんな感じなのかなーと思いました(適当 これに関しては、とてもユニークで意見の分かれるところでありますね 自分の女房を他人に抱かせて興奮できるかできないかの境目がそこにあるような気もします。 貴音さん はじめまして。 この場合の「きれい」というのは皮肉と受け止めてよろしいでしょうかね? たしかに姉の指のぬめり気や、かすかに匂うアンモニアの香や指にひっそりとまとわりつく陰毛の黒さ、など書きわすれておりました これは厳しい評をいただけたと思いこれからの詩作に思いっきり生かしていきたいと思いました。 冗談です。 ありがとうございました。 まりもさん 〈耳の穴から腕の生えている/素敵な生き物〉 言われてみれば、弟くんは若干頭がおかしい これに関しては、まりもさんがのちに言及なさってる(神の見えざる手)にかかっていますね(嘘 僕にとっては自明な存在であるのですが、少し不用意と言うか、何の準備もなく読者に手渡してしまった感があります(嘘 ただこうやって、文脈に依存せずサブリミナルに配置することである種の想像力を刺激するのではないかという詩的テクニックです(嘘 すみません 作者がどこまでふざけていて、どこまで本気なのかわかりにくい詩だと思うので まりもさんのような真摯な読者を絶望させてしまわないか、というのが気がかりで気がかりで。 僕としていえることは、ちゃんと全面的に本気でふざけています、というのがやっとだということ、どうかご理解いただければと思います。 「指値や仕手筋といった、手や指に絡む言葉が喚起するイメージからの発想なのかもしれない、と思いました。」 これはほんと言われてみて、すごい解釈だと思いました。 もうこれ言われたら、「そや、そういう風に書いたんや」としか言えないくらい完璧ですね。 なので言っておきます そや、そういう風に書いたんや 5連目に関してはボルカさんに書いたものと同じになってしまうかもしれませんが、 自分の女房を他人に抱かせて興奮できるかできないか問題、みたいなことなのでしょうかね(すみませんでした 皆さま真摯なレス、まじ感謝です。 芦野 (姉の自慰)

2018-01-02

ウエキさん 初めまして 丁寧に描かれているのでとても読みやすかったです。 作者様が意図するところ、(これは僕の想像ですが てのひらの中にある小さな世界と、宇宙に例えられるような大きな世界の対比(百均さんがもうすでに指摘されておりますね とても読みやすかったです。 でもどちらかというと僕が好みだったのは   この電車で金平糖を持っているのは   きっと自分だけに違いないと こういう、必ずしも作者がいちばんに意図したわけではないだろうと思われる、 ちょっとした、生活の一場面だったりします 失礼しました 芦野 (宇宙の底で)

2017-12-30