B-REVIEWユーザーの皆様、平素お世話になっております。
11月の月間B-REVIEW大賞ならびに選考委員個人賞が決定したため、ここに発表いたします。
なお、11月の選考委員は
が務めました。
~~~~~
目次
・大賞並びに個人賞発表
・選評
・月間最多ポイント数、view数、投票数作品ならびに投票作品発表
・雑感
~~~~~
・大賞並びに個人賞発表
月間B-REVIEW大賞
survof「ある夕刻 」
個人賞
黒髪 渡辺八畳「暴力とその作用」
左部右人 yamabito 「 土曜の朝、雨。 」
星空そとば 夢うつつ「 博愛主義 」
渡辺八畳 水上耀 「 20th Sampling Syndrome 」
遠藤ヒツジ 桐ヶ谷忍「おさなき頃によせて」
なお、大賞受賞者であるsurvof氏は辞退されたため、1月の選考委員は務めない。
~~~~~
・選評
大賞
survof「ある夕刻 」
たくさんの謎を孕んでいながら、読者の価値観を揺さぶり続ける訴求力をもった作品として、今回大賞に選ばれた。
本作は、筋肉の痙攣によって時を計ることを真とし、その他の多くに疑念を抱く一見奇妙な思考が敬体による柔らかさで均衡をとりながら語られる一篇である。
時計はどれもこれも作り物ですから時間を正確に計ることができないのです
本文より
時間のことを考えるとき多くの人が時計を基準にすると思われる。しかしこの語り手はその基準自体を揺さぶる。2連目では夕景を巧みな比喩で様々な情景へと変化させ、3連目では実社会との接点をふと垣間見せる。4連には〈むかし大事なひと〉が唐突に現われ、5連目の1行目〈今日、街を歩きていた私はみんな嘘つきです〉では構文の誤りが目を混乱させる。構文すら作り物であるということを伝えたいのだとわたし自身は解釈したが、その点はそれぞれの読者に委ねられている。
本作が秀逸だったのは、連を追うごとに謎が増殖していく点にあるだろう。連はきちんと繋がりを見せて展開される(荒唐無稽ではない)にも関わらず、展開が見えてきたところに謎をそっと手渡される感覚があった。 そのため読み終わっても謎がそこかしこに転がっている。しかし、胸の中にはもやもやした感情は残らない。ただただ夕刻のなか噓つきが集散する景色の美しさに語り手とともに目を奪われてしまうばかりであった。
(選評:遠藤ヒツジ)
個人賞
黒髪賞
渡辺八畳「暴力とその作用」
記述は、異性同士の関りでしょうか。他の詩に寄りかかっていない点で特徴的です。ネット詩の中でも、「ユニーク」に見えます。「花束」と「暴力」という卓越した着想です。単語の組み合わせが端正でありつつ、そこに情念を組み込んでいます。解釈をぼやかすような点はなく、ストレートな言葉で、描き切っている点が、非常に潔く映ります。
暴力の存在を、どう描くかという点に、着目すると、例えば、「より豊かな生き方をしたい」という人の望みに対して、「破滅」と言うことが、最後まで残されるような在り方だと思います。例えば詩を受け取るとして、恐れから勇気をもつために、読詩で暴力を心の力に変換することもできるということです。花束というのは、まさにそういった励ましの象徴です。かなり複雑な効果を、生んでいるものです。この詩では、暴力と優しさが、手を取り合って、先へ進むことを、望んでいるような、抽象的な印象を呼び起こすのです。
表現技術にも優れ、内容についても空疎ではない、充実した作品であると思いました。最も印象深い作品でした。
左部右人個人賞
yamabito 「 土曜の朝、雨。 」
「まぼろしの浮舟」「緊急停止、緑ノ岳」「蒼穹」(ビーレビ杯不参加だった)「土曜の朝、雨。」の4作で悩んだ。 結果として、「土曜の朝、雨。」を選択したが、個人賞にしてもこれだけ悩めるということの幸福を、私はこの文章を書きながら感じている。
「土曜の朝、雨。」は11月のおわりから12月のはじまり(≒年の終わり)を書き、果てには世界の終わり(≒「新しい戦争がはじまる前に」)を予感させる作品でもある。そのように、本作には幾つもの「おわり」が描かれている。それは例えば死を想起させる「大病院」や「私の世界への侵略」というワードからも顕かだ。
では、その「おわり」は作中においてどのように機能しているだろうか。 一連目に、このような文章がある。
すべてが老い、また生まれ死んでいって新しい雨が降り 新しい朝が来る マザーファッカー。
本文より
「おわり」と「はじまり」という二項対立はありふれたモチーフではあるが、それが故に読者に与える印象は強く、ある種の哀しみを感じさせる。その哀しみ、切実さを破壊するのが「マザーファッカー」という一語だろう。ユーモラスな一語に、読者である我々は笑いを誘われる。
他の箇所で挙げると、「明るい青年医師」が「べりべりと顔を剥ぎ、地球外生命体」へと変わっていく様と「私の世界への侵略」が関連付けられていたりするのだが、どうも本作を読むのは一筋縄ではいかない。はじまりや喜び、清々しさと言った生の感情が喚起されたと思えば、どこか切実な地点に落とされ負の感情が喚起されたりもする。 ただ、本作においてはその差異が心地よい。
誰が読んでも明らかなように、本作は一文一文の描写を切り取っても心地よい。「さびしさの子供がネズミとともに、そこらじゅうを這いまわり」の一文などは、どこか寂しげだけども楽しそうな、相反する空気感が同居している。 作者の技量のなせる業だろう、と陳腐に過ぎる感想さえ出てくる始末だ。だが、それも仕方がない。
本作を読んでいない方は是非とも読んで欲しい。ここまで言葉を紡ぐ必要もないことが分かるだろうし、陳腐な感想が浮かんでくるこにも同意してもらえるだろう。
ただただ「最高」と言ってのければよいのだ。最高。
星空そとば個人賞
夢うつつ「 博愛主義 」
心の中が書くべきことで満ちており、それらの言葉が奔流となって溢れ出しているような印象、衝動、勢いのようなものを感じる。その内容は荒削りで、現時点で完成されているとは言えないが、作者の中に明確な語りのリズムが存在すること、そのことが持つ大きな将来性、成長性を評価し、個人賞を与えたい。
ねぇ、 わたしは誰にでも染まれますよ 白色ですから誰でも、みんな、愛していますよと 叫ぶと、騒音だと、録音して警察に通報するぞと隣人にどなられ、わたしはその意見をもっともだと思いました。とくに深夜の音がひどいそうで、わたしは静かにお茶の間に、電気もつけずにじっと正座している
本文より
子どもの頃からインターネットに触れているZ世代的な感性が随所に見てとれ、そのインターネット的感性が詩的異化に昇華されている点が面白い。"白色ですから誰でも、みんな、愛していますよと"という典型的なポエム感のある(若干手垢の付いた感じのする)フレーズからの、"騒音だと、録音して警察に通報するぞ"への急変にみられるユーモアの感覚などがその典型例であると思う。
私は、詩とは、何らかの異常性が必要条件にある(異常性のない文は詩ではなく日常の言語である)と考えているが、その点、この詩は充分に異常である。濁流のように切れ目の少ない文体、ダークで執拗な内容が、博愛主義という主題を上手く異常化しており、書きたいという衝動を制御し全体を方向づける技術を(完成されてはいないが)感じさせる。惜しむべきは、余分を省く引き算の思考ができておらず、冗長な部分が多いことだろうか。必要最小限を慎重に選び抜くことによって、鋭く研ぎ澄まされた作品を、いつか読んでみたいと強く思う。
渡辺八畳個人賞
水上耀 「 20th Sampling Syndrome 」
さて、11月の投稿数は178であった。手元にある「現代詩手帖2019年12月号 現代詩年鑑2020」では「2019年代代表詩篇」と銘打って百十数篇の作品が掲載されている。「代表」なんて銘打っているけどだいたいは思潮社の息が掛かっている詩人の作品ではあるが。吉本が自分ところの芸人だけ集めて賞レース開いて優勝決めているような、そんな狡い感覚は覚えるが、まぁいい。大事なのは、年間の詩を集めたものでも178には至っていないということだ。この数字がどれだけ多いか、しかもこちらは月間だ。
ルール上は全部の詩を読まなくても良いが、一応私はだいたいの作品を「見て」はいる。なぜかぎかっこつきかと言うと、冒頭数行でダメなものは秒で見限っているからだ。ここまで投稿数が増えた今、まず出だしで惹きつけなくてはならない。「読んでいけば面白さがわかる」は甘えだ。 その点をいくと、この詩は非常に優秀である。
つちふまずまで、天国だった。 中心Oから等距離にある点の集合が正円ならば ゴンドラもまた、色さまざまな点のひとつ。
本文より
冒頭三行、特に2行目と3行目は読者にありありとその映像を見せる。しかしここで浮かびあがるのはただの映像ではない。言うなれば作者による解釈がスプレッドシートのコメントのように付された、付加価値がある映像だ。それが出てしまえばあとはもう勝ったも同然。冒頭で感じた魅力を原動力に読者は一気に19の連を走り抜けていく。その時読者の目に浮かぶのは、さまざまな映像を示してくれる連がどんどんと流れ、色と色が混ざっていくマーブル模様。各連ごとに魅力を語っても良いが、私は一定の繋がりは持ちながらも上手い具合に拡散している、映像ごとの距離感を推したい。
遠藤ヒツジ個人賞
桐ヶ谷忍「おさなき頃によせて」
平易かつ明解な言葉で描かれた詩の情景に多くの読者が既視感を抱いたのではないだろうか。読者の内に潜んでいる経験をひきずりだす力を秘めた詩であるとして、今回の個人賞を本作に決定した。
玄関の外灯がときおり点滅する
本文より
切れかかっている
つめたい雨が降る中
寿命を迎えようとしている
この作品は膠着状態にある。家と外を隔てる玄関に立ちすくみ、どちらにも行くことのできない拠り所のなさを〈私〉は感じている。膠着状態がどのようにほどけていくのかを暗示する切れかけの外灯は不安げに点滅を続けている。
〈玄関の外灯〉は当然、家庭内不和の臨界点を示す暗喩として優れている。しかし、それと同時にもう家の誰もが外灯を交換して新しい光を灯そうとする意志を持っていないことも示している。家人らの心の臨界点と実生活における外灯を交換しない無気力そのものが見事に重なり合っている点を評価したい。
意見の衝突や激しい口論故に嫌な空気が漂うとき、ひっそり耳を澄ませたり、あるいは耳を塞いで過ぎ去るのを待ったりする経験は(幼い頃だけでなく)誰しも心当たりがあることだろう。ある程度自立できる年齢の者や大人であれば、この膠着状態に対応したり逃避したりすることは可能だ。場合によっては難しいかもしれないが。しかし〈おさなき頃〉の〈私〉にはその膠着をほどく術も力もない。心の中で〈怒鳴り合うのを止めて外灯の電球を代えてよ〉と祈ることだけしか許されていない。まるで家の中と外のように折り合わない家人の間に挟まれている玄関のような存在である。〈私〉はその玄関を開く機会を伺い続けている。膠着状態の渦中に巻き込まれるしかない寄る辺なさが哀しい。
〈つめたい雨〉や〈外よりも寒いであろう内側〉など全体的に暗色に彩られた情景の中に比して、第三連には〈隣近所の〉〈温度を伴った明かり〉の暖色が描写されており幸福感を際立たせている。しかし、その二項対立の描写に留まらず〈風にあおられた雨滴で肌が赤まだら〉という傷にも似た暖色をさらに引き合いに出して〈私〉の一層の孤独感を表現している。さりげなく用いた技術の秀逸さに目を見張った。
~~~~~
・月間最多ポイント数、view数、投票数作品ならびに投票作品発表
なお、月間最大ポイント数作品、最大PV数作品、最大投票数作品並びに投票作品一覧は以下の通りです。
11月期最大ポイント数作品(2019年12月22日現在)
高橋大樹「実在の声」 1135ポイント
11月期最大PV数作品(2019年12月22日現在)
afterglow「pounding 」 1934.6view
11月期最大投票数作品
survof「ある夕刻」
agath「ザクロ祭り」
楽子「それはせかいのような、はかいのような」
帆場蔵人「孫兵衛の顔」
各3票
投票作品一覧
3票
ある夕刻
ザクロ祭り
それはせかいのような、はかいのような
孫兵衛の顔
2票
おさなき頃によせて
どうしようもないときの歌
ぼくの体には金属のメモリが入っている
煙草と珈琲
暴力とその作用
優しい震え
1票
「世界の起源」は本当に網膜的だったか?
1ビット、ツイート詩、11月、#、
9秒の魔法
Goldfish scooping
あげる。
クウガは普通
コバルトブルーの湖
タイム・リミット
タルト
まぼろしの浮船
割れない海を抱えて
記憶焼失
緊急停止、緑ノ岳にて
群青と茜の間
行燈を灯す、
今どきの、オニ。
細める目
残暉
小さな五つの詩篇
少女独白~詩飾り小説の欠片~
窓際の眺めのイイ席
蒼穹
台所の廃墟 中央公園より
土曜の朝、雨。
背中
博愛主義
反転
飛行機(テイク1)
飛行機(テイク2)
変わり雨
魔獣
夢見る蕾の夜
隣駅物語
冷たい 死線上のアリア
計44作品
~~~~~
・雑感
去年の11月はビーレビにとって波乱の年であった。当時のビーレビは現在の「ざっと読み形式」」つまり5ちゃんねる然とした表示方法しかなかった。8月に新鋭が一新し、Twitterでの宣伝もあって増えていた投稿がピークとなり、月末には163作となっていた。詩文がずらずらと並ぶ掲示板において一日平均5作が投稿される。せっかく投稿したものもすぐ押し出され、しかし長文の詩にコメントが入り上へ浮上すると活字のポロロッカ……
その反動で12月の投稿数は116と、11月から50作以上も減った。今のビーレビは一定数以上のユーザーキャパシティしかなく、それ以上を抱えることはできない。私含め当時の運営はそう判断し、新しいサイトデザインの公開を急いだ。
3月には現在のデザインとなった。大きな特徴は「サムネイル形式」だろう。これにより、2000年代前半のシステムで止まっている他のネット詩サイトからビーレビは大きく差をつけた。
あれから1年。2019年は2018年よりも多くの投稿があり、そして12月も24日現在134作と、師走にしてはさほど落ちていない。しかしビーレビは進化し続けるサイトである。次のデザイン変更も準備が着々と進んでいる。乞うご期待。
~~~~~
第2回目となる今回もユーザー投票があった作品より選考委員がベスト3を選んだ。以下に各選考委員のベスト3と選出時の短評を掲載する。ちなみに選考委員での発表順だ。
遠藤ヒツジ
1. survof「ある夕刻」
個人賞は「おさなき頃によせて」とこの作品で迷った。筋肉の痙攣によって時を計ることを真とし、その他の多くに疑念を抱く思いが敬体による柔らかさで均衡をとって語られる。多くの疑念を孕みながらもその中に美しさを見出すのは、むかしの大事なひとに起因するのだろうか、語り手の目が夕焼けの赤に澄んでいくような情景すら垣間見える歪にも美しい一篇だった。
2. agath「ザクロ祭り」
〈闇の中でもトマトは赤く/油の中でもザクロは赤く〉という怪しい詩句は声に出してみると何とも語感よく舌の上で甘美に転がる。呪詛のような言葉の中に巧みに滑りこむ〈ネコ踏んじゃったに過ぎぬ〉などの軽妙な詩句や〈負われて見たのはいつの日か〉などの違和により読者の目に緩急を与えて飽きさせることがない。蠱惑的な作品。
3. 帆場蔵人「孫兵衛の顔」
親族に顔が似ることによって自らがその血縁を意識する発想を、顔の表情によって似ている親族が変化するところまで描いた点が素晴らしかった。〈町ではだれもぼくを/孫兵衛とは呼ばない〉と自らの影を喪ったような哀愁が強く出ていることも高く評価したい。四連目以降は語る要素が変化しているので、通常の連分けでなく章分けで区切った方が読者に優しいように思われた。
黒髪
1. 渡辺八畳@祝儀敷「暴力とその作用」
何度読んでも色あせない。創作物としては、力があると言いたい。
2. 桐ヶ谷忍「おさなき頃によせて」
おさない頃のことを描いているが、必要性が有るように思われる。思い出すものを確かなものとして詩の形にすることで、共感できる望みをもたらすものだ。詩という形で与えている意味が、大きくあるように思う。
3. 楽子「それはせかいのような、はかいのような」
描いている範囲が広く、冒険的である。広い世界へ目を向けられるような気持になる。
左部右人
1. 楽子「それはせかいのような、はかいのような」
書かれている範囲が広く、まとまりのないようにも思った。が、文章から喚起される感情に共通のものを読み、そのまとまりの無さを含めて切実な作品だと感じた。これだけの世界を同じ作品内で書いた気概も含めて推した。
2. survof「ある夕刻」
「左腕の肩に近いところの細い筋肉の痙攣で時間を計ります 時計はどれもこれも作り物ですから時間を正確に計ることができないのです」という一文に作品の主題が凝縮されている。主題における主張が最終連まで一貫していて、安心して読むことが出来た。「時間の計り方を忘れてしまったようなのですが、嘘つきが集まっては散っていく景色はそれでも、とてもとても美しいものでありました」という一文には心底惹かれ、次点に推した。一番に推さなかったのは、その完成度の高さが故に、「足りない魅力」が無かったからなのかもしれない。書けば書くほど一番に推したい作品であるには違いないが、やはり文字に起こせない魅力というものがあり、その魅力が「それはせかいのような、はかいのような」の中には多分に含まれていた為に私はこのような順位を付けた。他の委員が本作を大賞に推すのであれば、私もまた少しの迷いと共に本作を推すだろう。そしてその決定には少しの疑念もない。
3. 帆場蔵人「孫兵衛の顔」
「孫兵衛」という人物を基点に置いて構築されおり、表情から想起される人物に差異を付けるなど、読ませる工夫が十分になされており面白く読んだ。が、画家の出現には違和を覚えた。「孫兵衛 」と関連付けた話題に徹すればまた違った印象を覚えたのかもしれない。
渡辺八畳
⒈ survof「ある夕刻」
肩の痙攣という極私的でミニマムなものこそが世界のあらゆる事象―マキシマムなものを計るという設定が非常に良い。「陽が沈むと空はとても硬くなるそうです」という表現もすばらしい。そして、「嘘つき」を糾弾するのではなく「とてもとても美しい」と言ってのけることにより、押しつけがましさが出てしまうことも防げている。
2. みつき 「ぼくの体には金属のメモリが入っている」 メルヘンめいた世界設定と「金属」「メモリ」「アスファルト」といった硬質なイメージ、軽さを感じさせる文体と「塩化第二鉄液」といういかつい字面。そして執拗なリフレイン。対比と反復という技法がきれいに決まっている。 しかし、第1行目の題名消し忘れが惜しい。これが無かったら1位だった。
⒊ 帆場蔵人 「孫兵衛の顔」
人間関係が濃ゆい田舎の様子を的確に、しかも直接的な言及はせずに表せている。田舎を出ていく最終連は寂しさと、詩中主体がそう行動することの必然性を感じさせた。
星空そとば
1. survof「ある夕刻」
作品の背景に透徹した思想、意志のようなものを感じる。反事実的な暗喩が強い一貫性を持って成立している感じた。とにかく暗喩の完成度が高い。
2. 楽子「それはせかいのような、はかいのような。」
プロットがいくつも走る小説、多調の音楽、この作品の場合、複数のテーマを持つ詩だが、そういった作品は散漫になりがちで難しい。その反面、取り扱われている複数の題の関連性が上手く描写されれば傑作になる。これは、そのようなタイプの作品だと思った。また、全体を通してカラーが統一されていて、作品世界に入りやすい工夫もなされていると感じた。
3. agath「ザクロ祭り」
古風で堅い詩かと思いきや、〈飛び散るタラコよ〉〈皮袋の裏返しは〉〈足もくさいぞ〉など、まぬけな言葉が飛び出してくるのが意表を突かれる。また〈勝負だ無論/塩豚メロン〉等の意味のよく分からない韻や、〈いったい/人間はいつ野菜ではなくなったのか〉といった秀逸な問いかけ等、とにかくユーモラスで、どこか笑える良作だと思った。
5人中3人が1位、1人が2位に選んだ「ある夕刻」が一発で1位となった。 2018年2月に「僕の顔」、2018年9月に「ストロボ」でも大賞を受賞している、ビーレビ随一の実力派だ。今回も圧倒的な詩力にて大賞を獲得していった。ちなみに3回の大賞受賞はビーレビで現在最も多い回数である。
今年もあと少しで終わるが、ビーレビはまだまだ続く。
来年もよろしく!
(雑文 文責 渡辺八畳)
以上で11月選考の発表とする。
2019.12.24 B-REVIEW運営/B-REVIEW選考委員 一同