作品投稿掲示板 - B-REVIEW

葛西佑也


投稿作品数: 6
総コメント数: 47
今月は0作品にコメントを付与しました。
プロフィール
記録
プロフィールはありません

葛西佑也の記録 ON_B-REVIEW・・・・

活動的B-Reviewer

総合コメント数バッジ(くわしく)
獲得バッジ数

精力的投稿者

投稿作品数バッジ(くわしく)
獲得バッジ数

まりもさま 貴重なご意見誠にありがとうございます。示唆に富む解釈の数々、作者冥利に尽きます。読者に寄せたという意識はこの作品について、あまりありません。出来事としては、共感を呼び覚ますような類の出来事であっただろうとは思いますけれども、それを作品にした目的は、決して共感を求めたからではなく、一つの出来事として結晶化したかったが故でした。と、記憶しております。 渚鳥 s さま ありがとうございます。いつであっても、我々は迷子なのかもしれませんね。無理矢理に何かと何かと繋げることでなんとか保っている。それは、実は単なるこじつけでしかなく。そんなことを考えてました。 (ある雨の日、君の弟は。)

2017-08-27

静かな視界 さまへ ご感想ありがとうございます。かなり昔の作品であるため、違った作風に感じられたのかと思います。今読み返しますと、拙い部分ばかりですけれども、大切な詩のひとつです。ありがとうございました。 花緒さまへ 当時の目標は、ものに語らせることだったような気もします。ただ、ほぼ実話でして、あまりいじりようのない事実だった気もします。ありがとうございます。 (ある雨の日、君の弟は。)

2017-08-21

貢さま ありがとうございます。悲しみを感じ取っていただけたとのこと、誠に嬉しく存じます。 仲程さま ありがとうございます。かなり昔に書いたものですので、自分でもどう書いたか忘れてしまいました。十五年くらい前だったかもしれません。なのでテクニックうんぬんは、まったく意識はしていませんでした、おそらく。 ハァモニィベルさま ありがとうございます。貴重なご意見ですね。すでに十五年前の作品のため、当時どのように書いたのか、記憶は曖昧なのですが、これは実はでして、フィクションが一つもないといつまでも過言ではなく、そのままを切り取りたかったのだと記憶しております。読ませるにはもっと工夫が必要であっただろうなあと、今読み返せば思いますね。ありがとうございます。 (ある雨の日、君の弟は。)

2017-08-19

こんにちは。コメントを少しばかり書かせていただきます。 一連一連が一つの詩句として完成されている。 それは、意味のつながりだけではなくて、音のリズムがよいからだろう。 そして、その完成された一つ一つが、語のイメージによって 流れるようにつながれていく。 そのイメージのつながりによって、我は我は誘導されるようにして、 次へ次へと読まされていく。 特に二連目以降は、独白とかたりかけが混在しているように感じられ、 読むものよっては、自らへの語りかけとも、自らの叫びともなるような そういう書かれ方をしていると感じました。 (小夜瑠璃物語)

2017-08-07

まりもさま ご感想、誠にありがとうございます。現代とはるか昔とを行き来するような、そんな作品が昔から理想です。そうして、古くからの世界と現代とがリンクし、様々なことへの気づきがあるような。書き物は書いた瞬間にノンフィクションであっても、フィクションの要素が出てくると思うのです。書き手による記憶の解釈であるとすれば、そこには当然、現実をそのまま寸分たがわずに切り取ったものがあるわけではないので。そういうことを考えながら、こちらを書き上げました。 (せいけつなくらしと、)

2017-06-19

花緒さま ありがとうございます。タイトルには、いつも気を配っているつもりですので、嬉しく思います。確かに、全体として、パラドックスと呼べる内容に仕上がっているといいますか、仕上げたつもりです。短い中に、仕掛けがあるのですが、それが有効に作用しているか、不安ではありましたが、コメント拝見し、成功している部分が多いのかなと思いました。励みになります。 エクイピアさま コメントありがとうございます。いつもは長たらしく書いてしまうのですが、今回は短く凝縮させてみるのが目標でした。お褒めの言葉、ありがたいです。 (せいけつなくらしと、)

2017-06-15

仲程さま コメント、誠にありがとうございます。好きという言葉は、最大の賛辞だと思います。大変嬉しく思います。正義や嘘と言った言葉は、よく目にしたり耳にしたりするものの、とても難しい言葉だと感じます。この詩の中で、どれだけインパクトを持って語れたか甚だ不安ですが、何かしら響いたようでよかったです。 鈴木海飛さま 丁寧にお読みいただき誠にありがとうございます。飛躍できる詩の方が、私は面白いと思います。鈴木さまの読み、大変興味深く拝読いたしました。短くまとめたが故に、様々な解釈の可能性が生まれたようで、それが私の意図するものせぬものであるに関わらず、作品を育ててくれるのだと思います。貴重なご感想、感謝いたします。 (せいけつなくらしと、)

2017-06-14

※最終行 私にとってこれが最後の正義であった お恥ずかしい誤字。 (せいけつなくらしと、)

2017-05-28

hyakkinnさま コメントありがとうございます。また、先日の放送、大変楽しく拝聴いたしました。私の作品については、どのようにして頂きましてもかまいません。放送の動画を公開して頂きましても問題ありません。お二人の貴重なお話が、埋もれるのはもったいないとと存じますので。 計算といえるようなものはありませんけれども、私としてはいくつかの仕掛けといいますか、そういうものを盛り込んでいるつもりです。ただ、やりたいことの半分もできていないなあと。もっお精進したいと思います。感謝。 朝顔さま コメント誠にありがとうございます。たしかに、文語の部分を除いた時にどんな趣になるのか、自分自身でも興味深いです。もともとは、文語ではない部分が先にでき、後から間に文語を挟み込んで作られましたので、なおさら面白いご指摘でした。感謝。 (あさぼらけ)

2017-05-05

hyakkinnさま コメントありがとうございます。この詩に限らないことですが、なるべく読み方は固定されないようにといいますか、読者が自由に読めるように考えております。ただ、私の中で明確に描きたいものは毎回あるにはあるのですが、そこから大きく外れる解釈をなされることもあるでしょう。しかし、そのような多様な解釈が作品を高みに導くようにも感じております。 (さんかく、まる、しかく、におい)

2017-05-05

ぶたみみさま 伊勢物語の非常に有名な場面ですね。大変興味深い章段でもあります。そして、伊勢物語以外でもよく見られる構図の話です。「けしうはあらぬ女」というのがポイントですね。ありがとうございました。 三浦果実さま さらに時代をさかのぼって、万葉の時代から着想を得られたのですかね。とてもすばらしいお言葉をありがとうございます。なんだか、タイムスリップした気分です。 (あさぼらけ)

2017-04-22

書き忘れましたが、雪で冬に飛んでしまうのですが、古典世界では、太陰暦のために、1月2月3月が春であり、その前が冬で、つまり、私は飛んで冬になぬたというよりはまだ春と冬の間、それで逆に一旦戻って、冬から春になる、その前の冬のというように、交錯しているイメージなんですよね。 (あさぼらけ)

2017-04-12

まりもさま 丁寧なコメントありがとうございます。さて、まず句読点ですけれども、翻刻という作業がございます。変体仮名の古文をかなにし、漢字混じりにし、句読点等を施す。それで、だいたい句読点等の位置は古典文法的に決めていくのですが、この癖が出ているのでしょう。しかし、古典のところをぱっと見開かせるのではなく、遠目に見れば口語部分と区別がつかないというのが目的です。少し考えますね。 つぎに、春はあけぼの。これの新しさ、春の中の夜明け、夏の夜、秋は夕暮れ、冬は朝と、それぞれの季節にそれぞれさらに時間の区分で趣を見出した点が新しかったのですよね。それまでは、春は桜、秋は月のような感じでしかありませんでしたから。者はものです。縦書きでは、修正というか、こちらに転記した際の誤変換ですね。 少女との対話については、私の好みで、この浮いた感じこそが、この作品の核だと思ってます。全体の雰囲気がぴたりと統一されているのは素晴らしいですが、そうでなければならない、浮いている部分があってもいいと私は考えています。 また、冬についてですが、確かに冬として読めるかもしれませんね。しかし、私はここに冬までを読んだつもりはなく、驚きました。ありがとうございました。 (あさぼらけ)

2017-04-12

コメント失礼します。ちょっとリズムとか音楽つけて口ずさんでしまいそうな小気味良さがあります。最近では、インスタでハッシュタグを連続させて文章にしている人もちらほら見かけますが、そういうのを想起しました。全体としては、悲しげななんだけれども、どことなくユーモアというか、ハッシュタグ女子?への風刺みたいなものを感じました。それが小気味よくて、くすっと来て、小笑いしました。私は日本の古典文学、古語が専門なのですが、清少納言も紫式部もきっと、現代だったらSNSやってると思うんですが、きっと彼女らもハッシュタグ忍ばせた乙女なんだろうなあなんて思いました。興味深い詩をありがとうございました。 (乙女たちはハッシュタグを忍ばせて)

2017-04-12

冒頭、友人が逝ったは「言った」にも取れ、そこから引き込まれ、「箱」をキーワードに読ませていく展開は見事で、ストーリーを追うようにして、あっと言う間に最後まで読み通してしまいましたが、余韻は無く通り過ぎていく感じです。友人の心情は一切かかれず、ただただ、「死ぬ」という選択をするのが不可解なほど、前向きであったことは最初で分かります。故に、この詩の主体も母親も、悲しみが深いのでしょう。このように時系列順に書いていくのも、いいと思いますが、いっそ箱を空けて希望とあったという書き出しから初めて、それが実は死んだ友人が残したものだったとしたら、違う印象で、余韻も違う形で残ったかもしれないなと、思いました。 (『鍵のない箱』)

2017-04-12

((((你好 kaz.~~~~~~~~~~~、 極上の手料理を太谢谢你了!!!! zzzzzzzzZ ぼくは食べた、三浦さんの育てた果実をデザートにね。 Zzzzzz 「浅田、フィギュアやめるってよ」 「君の名は、ジョンナム」 「それっておいしいの?」 劇薬注意の張り紙よう/要チェックしときぃぃぃぃ TVショーのはじまりさ あdfj;あj;d:ああ;jdか:gかkdh;いうおjがflkvkん・:あhkfgk さjふぁ;j:ぱjkgらkV_lf]@pg:skdljoiaidfjmralk:p あ;djんgヵじgじゃえじゃkrt;rlyprjkmgvlmghps「速報しゅーりょー そうだ、今度TELで話そう。きっと君とは仲良くなれる。 そんな気がする。 空前絶後のぉー。 (誰にも真似できないように)

2017-04-12

自分の過去の記憶と重なり、大変感動しました。この詩の中のような記憶が、たまたま私にもあって。東北の青森県で生まれからかもしれません。私は父を良く詩の中に登場させてしまうのですが、その父と重ねて読んでしまいました。私以外にも、きっと重ねて読んでしまう方がいるに違いないと思います。そういう詩には言葉に力があると思います。素晴らしい詩をありがとうございました。 (道なり)

2017-04-12

こんばんは。拙いコメント、お許しください。世界という極大とも呼べるものから、アタシやアナタという極小へと展開していくのが鮮やかであり、その対比によって、世界観が成り立っているように感じました。そして、短歌からの出発だからこそ、個人的な世界へと収束していくのかなと。視覚だけでなく、味覚や聴覚、それから寂しさは肌感、つまりは触覚、五感で楽しめる詩でございました。ありがとうございました。 (Lean On)

2017-04-12

花緒さま ご感想、誠にありがとうございます。たいしたことはいつも、実は書いてないのです。一部の作品を除けば、それはもう、しょうもないことから出発して作品に仕上げております。和歌や古文など、馴染みない方には、もしかすると難しい作なのかもしれませんが、そこは雰囲気を楽しんでいただければと。今後もこの形式は突き詰めていく所存です。 祝儀敷さま コメントありがとうございます。そうですね、本当は古典研究で生きていきたいのですが、その道も狭い道故、なかなかうまくいきませんが、今もある意味古典で飯を食えているので幸いなことです。その古典愛が結晶化して、この形式になっています。 ぶたみみさま コメントありがとうございます。そうですね、やはり縦書きで読んでいただきたい作品です。縦書き前提で書いておりますので。祖母や祖父の存在は人によって様々な捉え方があるでしょうけれども、何かしら感じて頂けたものがあるようで、嬉しく思います。ありがとうございました。 Migikataさま ありがとうございます。この形式は、数年温めて来て、まだ完成形ではないですが、やっと形になってきたという段階です。今後さらに追及していきます。 Migikataさんとの好みの差の部分は、乗り越えられる日が来るかどうか、わかりませんけれども。おほめ頂き嬉しかったです。ありがとうございます。 もとこさま たしかに、クラシックとロックの融合のようなものありますね。言われてみれば、その試みに通ずる部分があるかもしれません。実は、これ、最初にビー玉の短歌が出来上がり、そこに古文で言う「歌物語」的に話を重層的に重ねていき、いわば詞書として詩が成立しました。この作風はこれからずっと続けてまいります。 (あさぼらけ)

2017-04-12

短いほど作るのは難しいと思うんですね。伏線なんかはったら、短いと回収しきれないですし。そうすると、一字一句かなり気を使わないと作品として無理な部分が出てくる。この作品は、割とうまくいっている印象を受けました。特に、軽やかなリズムであったり、体言止めであったりで、テンポが良いので。 (log)

2017-04-08

浅井さん、お久しぶりです。こちらでお会いするなんて、不思議な感覚ですね。情報量が多く、説明的過ぎるような気もしますが、私は一言で言うと、好きな詩です。浅井さんの作品群の中でも。堪能させていただきました。具体的に深い感想を書こうと思って、ずっと暖めていたんですけど、なんだかいろいろ言うのも野暮かなあとそんな風に思わされてしまいました。 (no title)

2017-04-08

例によって縦書き版があります。 ※縦書き版→http://yuyakasai.tumblr.com/post/159302981502/ また、一度縦書きで書いたものを、こちらにコピペではなく打ち直したのですが、 そのせいでいくつかタイピングミスが。すみません。確認不足です。 また、こちらは過去作ではなく完全なる新作です。 (あさぼらけ)

2017-04-08

シンプルですが、それ故に伝わってくるものがあります。ただ、ガツンとくる破壊力にはかけるかもしれません。あるいは、そこがよいのかも。もうひとスパイスあれば、やみつきかも。 (アイデンティティ)

2017-04-07

とても面白く読ませていただきました。一気に読み通せる作品で、とても好感がもてます。さくさくと進んでいくの心地よく、癖になる作風に感じました。次回作がとても楽しみでございます。 (供養)

2017-04-07

hyakkinnさま コメントありがとうございます。等身大の当時の自分でございました。このストレートな言葉の数々は、それから記号は当時の自分にとって必然的なもので、これでなければ書けないという鬼気迫るものがあったなあと未だに思います。この当時の書きぶりではもう書けなくなりましたが、自分で読み返して、この時のことや気持ちを大切にしよう、また書こうと思えるそういう記念碑的作品でございます。 (明日も、雨なのですか。)

2017-04-07

ぶたみみさま コメントありがとうございます。さんかくは、もちろん図形の三角でもあるのですが、参画という字をあてることもできるなあと。そうすると、この世界に社会に参画するということで、一番最初に持ってきたという次第でございます。最後の部分については、みながみなお互いに客観視することなく、それぞれが自分の世界で生きているといいますか、そういうことなのだと思います。 桐ヶ谷忍さま コメントありがとうございます。「あなた」については、鋭いご指摘だなあと思いました。確かに不要であったかもしれません。私としては、この語りが作者自身によるものなのか、あなたの台詞を書き起こしたものなのか、そういう曖昧さを出したかったのですが、失敗だったのかもしれません。ありがとうございました。 もとこさま コメント誠にありがとうございます。タトゥイーンは、深い意味、ありません。笑 本当、すみませんという感じなのですが、単純に私がSWが大好きで、実はこのタトゥイーンのくだりが先にあって、あとは後で適当につけて完成させた作品なのです。 まりもさま コメントありがとうございます。さんかくは参画であり三角でもありますし、しかくはにおいの前にあることで、視覚でもあります。また死角でもあります。そういう意味の広がりをタイトルに持たせたことで、作品にも広がりがでるかなあというのが一つの野望だったのですが、ひょひょいと作ってしまったものなので、ところどころ甘くて安易な作品ですね。 (さんかく、まる、しかく、におい)

2017-04-07

黒髪さん コメント誠にありがとうございます。家族を象徴するものとして、食事がありました。一家団欒と言えばよいのでしょうか。まだまだ希望に満ちていると思っています。絶望の詩ではないなと。ただこう読んでほしいというのはそんなにないので、様々な視点で、家族について考えて頂ければと思っています。 (明日も、雨なのですか。)

2017-03-29

澤あづさ様 コメント誠にありがとうございます。身近な人の自殺、あるいは自殺ではなくとも「死」というのは、なんとも言えないものです。悲しいという言葉ではありますけれども、やはりそれだけでは表せませんし、またその前後こそが本当はつらいものであろうと思います。この詩はほぼフィクションなので、私の実体験と重なるわけではないのですが、それでも実体験として迫って来るものが、自分で書いて、自分で読んでありました。そういう精神状態で書いたからだと思うのですが。家父長制の話については、よく指摘されることですが、そういう重圧を放棄できることもまた必要かと思います。そうでなければ、悲劇は再生産されていくなと。「傘」になりたいと願いながらも、その傘はもろく、雨風に耐えかねるわけですから。また、フォーマットご理解いただき嬉しく思います。視認性もそうですし、どうしてもこの詩は縦書きでなければだめでした。というよりは、私はすべて縦書きで書くので、本当はだいたいの詩を縦書きで読んでもらいたいと常々思っているのですが。大変丁寧なコメント、とても恐縮です。誠にありがとうございました。 三浦様 コメントありがとうございます。そうですね、私自身、自分の作品にこう読んでほしいというのはあまりありません。お好きに解釈して頂いて、それぞれの解釈の仕方で何か刺さるものがあればと。そういう意味では、逃げが昔から私の中にはあるのかもしれません。しかし、強くこう読まれたい、こう伝えたいということであれば、少なくとも私は詩ではない別のものでそれをやると思うので、私が詩の形でやりたいことはそうではないのだろうなと思っております。コメント誠にありがとうございました。 (明日も、雨なのですか。)

2017-03-27

花緒様 コメント誠にありがとうございます。フォルムの部分はかなり意識した部分でしたので、ありがとうございます。「家族」というテーマはなかなか厄介なものだなといつも思うのですが、この作品自体が厄介なものにも仕上がってしまったのかもしれないなと、花緒さんのコメントを拝見して思いました。そして、これを書いたのが10年以上前ですので、もう一度同じテーマで書いてみようかとも思いました。ありがとうございました。 もとこ様 コメントありがとうございます。「私は貝になりたい」ですが、当時は全く何も思っていませんでした。でも、言われてみれば確かにそうですね。実は、私自身は、そんなに家族関係がうんぬんってことはないんです。書いた当時も、実存うんぬんとよく言われたものですが、だいたいは完全なる作り話として書いていまして。でも、そこに幾分かのリアルもまぎれているんです。そこが自分の詩の特徴でもありました。昔は。鬼束ちひろも懐かしいですね。また聞いてみたくなりました。素敵なコメント、誠にありがとうございました。 (明日も、雨なのですか。)

2017-03-25

まりも様 コメントありがとうございます。創作世界と実世界の揺らぎ、なかなか難しいことですね。自分とは何者かというという問いよりも、まず「地の文」「自分」との掛詞が先行していて、そのイメージでささっと作ってしまった詩なので、本当はもっと推敲を重ねるべきだったんですよね。我ながら大反省しておりますが。万葉仮名で書くというのも面白いかもしれませんが、なかなか奥深い世界なので、これで正しいのかなど気にし始めてすごく時間がかかりそうですね。どうもありがとうございました。 (じのぶんのおはなし)

2017-03-25

壮大な物語のようであり、個人の物語のようでもあり、救いがあるようで、救いがあり、気が付けばこの詩の世界にからめとられるような、そんな魔力のある言葉の集合に感じました。 (セパレータ)

2017-03-18

「うるさい」という言葉の力が印象的。全体として、漢字が多いので、「煩い」とか「五月蠅い」としてしまいそうなところを「うるさい」としたことで、ここでの「うるささ」が力をもって全体を貫けている。と感じました。 (Cold Song)

2017-03-18

散文としても、詩としても、美しい文章だと感じました。海外の香がいたしますが、やはり日本人としての視点を感じます。それはたとえば、旅に行けば、異文化の中に飛び込むわけで、孤独にならざるを得ない瞬間が出て来ます。そんな趣を文体と語の選択、その運び方から感じ取りました。 ( ダグマ 1 [南仏紀行])

2017-03-18

桐ケ谷様 コメントありがとうございます。家族というのは不思議なものですよね。生まれて多くの人が一番最初に所属する社会集団なわけですが、選択することはできないわけですから。家族によって救われることもあれば、その逆もある。そんな叫びの詩でもあるのかもしれません。 なかたつ様 コメントありがとうございます。非常にうれしいお言葉が、「それをチャンスだととらえて~」というお言葉です。私は、この詩を書いたのははるかに昔ですが、当時は救いを見出して書きました。絶望のようでいて、絶望ではなかったのです。 (明日も、雨なのですか。)

2017-03-18

リズムがよく、またしりとりかのように次へ次へつながっていくのが心地よい作品でした。少し変化があって、躓かせるところをわざと作っても面白いのではないかと感じました。 (あの夜の街で)

2017-03-18

工場というのはそもそも、無機質なものかと思うのですが、チョコレート工場だとなぜかポップなイメージになる。そのイメージと、中身のアンバランスというかズレがこの作品の核だと思いました。では、チョコレート工場のポップさはどこから来るのかと考えたところ、チョコレートという言葉の持つ魔力と、チョコレート工場の映画のせいかと。そういう全体も何もないところから出発したとして、どれだけの強度を保てるか、ということが気になりました。 (kissはチョコの味)

2017-03-18

右肩さん、こんにちは。文学極道で私がまだ辛うじて活発であった時から、右肩さんの詩が気になって気になって仕方がありませんでした。今、告白します(笑)。なぜ、そんなに惹かれていたのか、今になって分かるのですが、散文でありながら詩であることについての説得力を持っている点にあると思います。ここで引合いに出すべきではないかもしれませんが、文学極道に投稿されていた「図形」という詩。あれは度肝を抜かれました。とんでもなく良く書けている。それに比べると、こちらの作品は、上手くいっていない気がします。いつもの作品に比べて、物語性そのものの薄さを感じてしまうのです。あ、全体としては賞賛しいたい気持ちでいっぱいです、ということをお伝えしておきます。 (私はトカゲ)

2017-03-17

まりも様 コメント誠にありがとうございます。URLうまくいきませんでしたか、すみません。この掲示板だと、レイアウトが崩れてしまいまして、少し自分の意図するものがあらわし難く……。しかし、この詩からいろいろと感じて頂けたようで、うれしく思います。実はもう10年ほども前の作品になります。ここ数年、詩を書いていませんでしたが、また書こうと思った時、もう一度自分の作品を読み直そうと思った時、真っ先にこれを読みました。それで、今読み返すと、いろいろひどいなあと思うのですが、なんだか自分が「書かずにいられない」と思ったことの原点がここにある気がしまして。それで、こちらは、「書こう」とか「書かずにいらない」とか「書きたい」と思う方々が集まっていらっしゃるでしょうから、そういった方々の目に触れてどんな反応が得られるか、単純に気になりました。今、思い返すと、当時はものすごい悩みがあったのだと思いますが、何だったのかよく覚えていません。でも、そういうことのひとつひとつが言葉として結晶化して、作品としては残るのだなと思うと、書くことの意味、詩とはなんであるかという事について思いを馳せずにはいられないですね。読んでいただき誠にありがとうございました。 (明日も、雨なのですか。)

2017-03-17

URLがおかしなことになっていますね。失礼しました。下記です。 http://yuyakasai.tumblr.com/post/157906926077/ (明日も、雨なのですか。)

2017-03-16

拙いコメントお許しください。私はなぜか雨の詩には、無条件にひかれるのです。雨が降り、傘をさすというその動作、それだけで、なんだか詩的な感じがする。 この詩もやはりそうでした。 洗面所、脱衣所、冷蔵庫といった日常。それとは、かけ離れたクジラを比喩として持ってくるところから詩が大きく展開して、もう一度日常の何気ない風景に戻る。それだけならなんてこともないのかもしれませんが、最後の雨と傘で余韻が生まれて、それが詩として成立させる鍵になっていると感じたのでした。 (雨ということで)

2017-03-16

長いのですが、読んでみれば、長さを感じさせない魅力のある作品で、久々にネット上の詩で、ゆっくり繰り返し読んでみようと思えたので、出来ないなりに簡潔ではあるけれども、コメントをしてみようかと。 なぜ、惹かれたのか、いろいろあるのですが、冗長になってしまってはいけませんから、三点に絞って。 まず、各段落で文体の違いがあり、それによってそれぞれがきれいに分かれつつも、同じ一つの詩として示されるだけの説得力を保っている点。 つぎに、かなのみで書かれている部分や、ところどころのかな遣いが、単純に私の好みである点。 第三に、官能的な表現がちりばめられているが、いやらしいものではなく、非常にシャープでクールでカッコよくまとめられている点。 少し優等生すぎる気もする出来映えなのが気になりました。 (phosphorescence)

2017-03-16

hyakkinn様 コメント誠にありがとうございます。中学生という言葉に、ぎょっとしました。確かに、そのくらいの年齢をイメージして書いた部分があるかもしれません。特定の年齢は想定せず、ただ思春期的な何か、けれども、歳を重ねてもどこかでひきずるようなもの、大人になりきれないイメージで書ききったつもりでしたので、意図と遠くなく読んでいただけたのかなと思いました。いずれにしても、もったいないほどのお褒めの言葉誠にありがとうございました。 (じのぶんのおはなし)

2017-03-14

もとこ様 コメント、誠にありがとうございます。ザ・フー、名前は存じておりますが、そこまで詳しくはありませんので、これを機会にと思い、曲を聞いてみました。なんだかコミカルだけど、少し皮肉な感じもあり、素敵な歌ですね。この詩自体は、「地の文」と「自分」を、掛詞的にして、なおかつ「地の文」と「会話」「心内」、「自分」と「他者」とがあいまいになっていくさまを、二重の構造で表現していこうという一つの目的があって書かれたものです。言葉遣いや記号などは現代詩に毒されているようにも見えなくないと思うのですが、古典文学世界に於ける修辞であったり、世界観を現代詩にさりげなく落とし込むというのが一応の目標となっております。それができたかどうか、まったく自信はありませんけれども、コメントを拝見するに、私の意図した内容とそうずれなく読んでいただけたのかなと思っております。ありがとうございます。 花緒様 コメントありがとうございます。自己存在のあいまいさというのは、近代以降、思想分野を中心によく取り上げられるものだと思いますが、この詩の中ではそれはあまり深刻なものとしては扱っておらず、すこし間の抜けた感じで、ある意味あっけらかんと書いたつもりでございました。ですので、ユーモアというお言葉、うれしくいただきます。 三浦様 コメントありがとうございます。「筆致力」なるものが私にあるか否かは疑問なのですが、そういっていただけて光栄です。この詩自体は、おそらく書いたのは三年ぶりくらいです。三年前に「文学極道」に投稿し、その際に断筆宣言を致しました。それまでにも書く、書かないと何度も繰り返していましたので、いい加減にしろというお叱りも受けていたのですが、また書いてしまいましたね。一番最初に文学極道に投稿したのが、12・3年前、詩の書き始めは15・6年前になりますから、まだ書き続けていられたんだなぁと我ながら思います。その昔、文学極道で何かは忘れましたけど、賞を頂いて、それから調子に乗ってしまって、詩誌の投稿欄にも送って、のっけてもらったこともありましたけれども、その時も今も「筆致力」なんて自分にはないなぁと思っています。お名前あげて頂いた、migikataさん、私のしっている右肩さんと同一人物なのでしょうか?あの方は、確かに抜群の筆致力をもっていらっしゃると私は思いますが。 みなさんコメントありがとうございます。他の方の詩を拝読し、私も何かコメントをと思っておりますが、いろいろスローペースなもので遅くなるかもしれません。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。 (じのぶんのおはなし)

2017-03-09