B-REVIEW大賞

作品名:あなたのかたまり

作者名:ハツ

作品URL:https://www.breview.org/keijiban/?id=12358 


忘れるということはどういうことなのだろうか。私は病を負っており、幻聴が聞こえる事があるけれど、その声として、かつて自分がつとめていた会社の、もう名前も忘れてしまった上司の声を聞く、ことがあります。この作品、あなたのかたまりに照らし合わせていえば、1とか、0.5とか、誰かのかたまりを抱いて、今も私は生きつづけている、といえば、出会ってしまった瞬間、野暮な言い方をすれば、えにし、を結んだ瞬間、それはもう何か魔法のようなものに人はかかってしまうのかも知れない。しかし、あなたのかたまりは、誰かのかたまりは、0.75とか0.2とかに薄まって、薄まって、しかし消えることはないのだけれど、走馬燈のように、沢山の「あなたのかたまりたち」となって、人生を豊かにしてくれる側面もある。そうでないと、もしもそれをただネガティブに捉えるのならば、やはり出会いは、恋心は、魔法を超えて、狂気としか言いようがない。この作品、あなたのかたまりは静謐な筆致でもって、過去の出会いの向き合い方に示唆を与えてくれました。エヴァー・グリーンなその作風でもって、今後とも多くの方に、ポジティブに過去をふりかえる時間を与えてくれる稀有な作品としてここに大賞とします

田中教平


私がこの作品を素晴らしいと思ったのにはいくつか理由がありますが、なにより表題にある「あなたのかたまり」という比喩に惹かれ、生きるしかないという力強い結論に心打たれたからでした。

一日を100のかたまりに分けたなら、(まずあなたはこのたとえを笑うだろうが、)わたしはそのうち15個のかたまりに該当するじかん、ぼうっとあなたのことを思い出している。

あなたのかたまりも、15から、9になり、9から20になり、20から、5に、3にと減っていくことはわかっている。

 とのように、時間が経るにつれ、「あなた」に対する慕情も減っていくことが描かれていますが、この作品はそこだけにとどまらず、

生きていると、忘れることができることの例とその数にびっくりすることはあっても、本当に忘れられないことなんて一つもない。

 永遠ならざる時の中に生きていくこととは、変わっていくこと、流れていくことと同義で、それは即ち、何かを得て失っていくことであり、言い換えれば誰かと出会い別れることなどの、流れていくことによるもののあはれ。この世の定めを歴していくこと。そのような詩的で哲学的な視座が読者に提示されます。

忘れるとは、書いて、書いて、全部を物語にして泣くことだった。 もしアートが我々を生かすための術だったとしたら、文学や芸術だって言わずがなそうなのでしょうし、もしかしたら忘れるという行為もそうなのかもしれません。>忘れるためには、生きるしかないと、あたりまえのことが、丸の内駅のホーム、放送で流れる。

 ラストでは、忘れるためには生きるしかない。つまり忘れていくこと、そして物語を書くことや、ひとを愛するということ、そういうことを続けていくしかない、とにもかくにも当たり前に日常を生きていくしかないんだ。という力強い結論で締めくられます。

 人間が他の動物と全く違うと言えるのは、人間はいつも過去にこだわっている、記憶の動物だということです。何かを、誰かを思い出すということは、たしかにそこにかつてそれが存在したということを再確認し、言わばその印象とまた生きていくことと他なりません。ひとにはなぜ思い出があるのでしょうか。忘れるためには時間が流れるしかなく、そのためには生きるしかありません。そして生が終われば、レテの川の水を口にしてなにもかも忘れてしまいます。その束間の内で、ひとにはなぜ思い出があるでしょうか。なぜ忘れられないものがあるでしょうか。なぜそんなものだけが、生の意味だと思うのでしょうか。その答えは、浅はかなわれわれの心なんかでは知るよしもないでしょう。ただとにかく生きてみることによって、どこまで分かるか分かるのでしょう。

天才詩人2


https://twitcasting.tv/breviewofficial/movie/794305924

あなたのかたまりについて ビーレビ公式大賞ツイキャスを先日執り行いました。話し手:天才詩人2聞き手:田中教平です。よろしければ皆様こちらもご参考ください。