こんにちわ。花緒と申します。

これから書く話は、あまり愉快な話ではないかもしれず、また結構な長文になってしまうかと思いますが、
ネット詩運営、即ち、みなさんが投稿している場の裏側に多少なりともご関心のある方はお読みいただいても良いかも分かりません。

そんなチマチマした馬鹿馬鹿しいことはどうでも良い、詩作と批評以外の論点には触れたくない、というお考えの方は、読まずに通りすぎることをお薦め致します。

さて、本件投稿をするに至ったのは、先日、当サイトの運営者である渡辺八畳さんが下記の旨、ツイートしていたのが端緒となっています。

>誰とは言わんが二人もの人間のやる気を削いで疲弊させ、退陣を早めている時点で正義もなんも無いわ

>名前ちゃんと出すと花緒氏なわけで。
発起人ということを笠に着て、氏が忌み嫌っていた権力者や荒らしに成り果てている

ガイドラインが改定され、運営者への単なる誹謗中傷は控えること、という旨が規定に書き加えられた直後でしたので、
こうした批判あるいは非難を書くということは、議論に応じる気があるということなのか、これは一方的な中傷なのか、渡辺に問うたところ、渡辺からは、議論する気は無いという旨の回答。

その後も誹謗中傷が続きましたので、逐次反論することはせず、この場を借りて、自分の考えを纏めて、投稿させて頂くことにしました。

詩文学を語る場に投じるものとしては、興ざめな話になるであろうことには間違いなく、
お目汚しを失礼致しますが、運営の責につく者からの非難、誹謗中傷を受けてのものですので、最低限、お許しを賜われればと思います。

文脈が分からない、あるいは断片的にしか知らない、といった人のために、そもそものところから、のんびり書いていきます。

私は、当該サイトの発起人として、1年半近く活動をしました。
ビーレビューが始まった当初、ネット詩掲示板を巡る言論は、兎にも角にも荒れ果てていました。

そうした中で、まともな常識が通じる、①マナーと②公共性と③イノベーションを重視したオープンな現代詩・クリエイティブライティングの投稿の場をを作成しよう、
というサイトコンセプトのもとに、ビーレビューは始まりました。

当初は、従前のネット詩カルチャーの影響が根強く、荒れることが多かったのですが、マナー違反対応を発起人一同頑張ったおかげで、
相当程度、荒れることが無くなりました。
ビーレビューからの影響が波及し、ネット詩メディア全体で、荒れることが少なくなった気がします。

荒らし対応の必要も少なくなり、サイトのシステムや運営ルールなどもある程度整備されたことを踏まえて、
また、自分たちも相当運営に疲れていたこともあったので、
渡辺八畳氏、かるべまさひろ氏、けいせい氏、の3名に、サイトを引き継ぎました。

サイトを引き継いでいただけたことは有り難く、ビーレビューというサイトがより良いものになるよう、
尽力いただけていることに関しては強く感謝しているのですが、
私を含め、折に触れて断続的に不満や批判が噴出しているのは、引き継ぎ後、①マナー重視、が著しく軽視されるようになった点です。

まず、渡辺八畳氏が様々な場所で、マナーを重視する気はあまりない、という旨の発言を繰り返し、酷評オーケーを選択できる仕組みが導入され、
かつ、酷評オーケーが選択されていないものも含めて、渡辺氏は自ら、短文の罵倒コメントを連投するようになりました。
①マナー重視のサイトではないようにしたいのだな、という印象を持った方も少なくなかったと思います。

これに関しては、哀愁亭さんという当時、アクティブに活動されていた投稿者がフォーラムで問題提起され、私も、しっかり議論すべきであること、議論がないままにコンセプトを変えるべきでない旨を発言しました。
「渡辺八畳氏のmooo氏に対するコメントに抗議します」というスペースが該当のものになります。

渡辺八畳氏のmooo氏に対するコメントに抗議します

このフォーラムは大変、盛り上がり、選考者(キュレーター)として当サイトの黎明期を支えてくださったまりもさんが、本来のコンセプトが反故にされている懸念を覚える中、現在、参加を取りやめている旨、発言をされたほか、
マナー重視の姿勢を反故することに対して、疑問を提起する声が次々に寄せられました。

もっとも、マナー重視を訴える声が過半を占めたにも関わらず、今後も、マナー違反対応を重視しないスタンスを続けていくのか否か、そもそも、マナー違反対応についてスタンスを変えたのか否か、という肝心のところについては何ら、渡辺氏から回答の無いまま、議論は終わってしまいました。

この議論の最中、かるべさんは発起人を降りる決断をされます。
ちなみにDMで、私はかるべさんに、「私は言い方が苛烈になってしまう傾向があること、またかるべさんのナイーブさに鑑み、議論が心労につながるようなら、いつでも中止するなり何なりするので、遠慮なく言って欲しい」という旨を予め伝えるといった配慮はしていたのですが、とは言え、ちゃんと議論をするべき、とする私の発言が、彼の心労になっていたことは間違いがないと思います。
また、その以前にも、しれっとサイトコンセプトを変えることについて(かるべさんに対してではなかった気がするけれど)意見したこともあったと思うので、
その意味でも、かるべさんの退陣に私が影響している、と言われれば、きっとそうなのだろうと思います。

この間、サイト上に掲載していた、①マナー、②公共性を重視する、という文言がしれっと消されました。また、ガイドライン上も、マナー重視を謳う様々な文言が、特段の通知なく、削除されました。文言が削除されただけでなく、明らかなマナー違反者が現れた際にあっても、対応が著しく遅延し、運営者がこぞって、厳格なマナー違反対応を取ることに対しては「大変慎重なスタンスを取る」と明言するようになりました。

名実ともに、マナー重視のスタンスが反故にされつつあることが確実だったので、また、マナー違反者への対応が著しく遅延することに対して、不満の声が聞かれるようにもなっていたので、私は様々な形で、マナー重視のスタンスを、議論などを経ないままに無為に変えるべきではない旨、申し伝えました。
もっとも「対応します」などと言いつつ、ほとんど対応されない状況があったので、サイトコンセプトを議論やアナウンスを経ないままに変えるのはやめて欲しい旨、強く、時には強引なやり方で、申し入れました。この一連の申し入れの中では、相当、様々なストレスが伴い、けいせいさんが運営から降りるという決断をされますが、他方、ふじりゅうさんという新しく運営に入った方が、私の申し入れを聴いてくださり、ガイドラインが書き換えられたほか、明らかにマナー違反対応が迅速かつ厳格に行われるようになりました。

こうしたふじりゅうさんの活躍により、結果として、かつての常連投稿者の多くがビーレビューに復帰され、現在、投稿数ベースで見ても、また活動の幅としても、相当な盛況を取り戻すに至っています。

私の批判や申し入れは、運営者に負担を強いるものではあったと思いますが、この場のコンセプトを守り、かつての常連投稿者を取り戻したことに対して、貢献した部分もあったとは思っています。

少々、長くなりましたが、上記が、私が理解する、簡単なこれまでの流れです。一連の流れの中で、私は一貫して、
マナー重視、公共性重視はこの場の根幹であったので、一定の尊重をして欲しいことを伝えています。特に、

(1)もし上記コンセプトを変えるなら、その旨、きちん説明して欲しいこと、
(2)もし上記コンセプトを変えるなら、参加者を含めて、議論して欲しいこと
(3)議論や対話をせずにコンセプトなどを変更し、結果、批判が生じた際には、対話に応じて欲しいこと

を申し伝えています。

何度も何度も、しつこく、私が上記の旨を様々な方法で申し伝えることが、運営諸氏の負担になっていたことは想像に難くありません。
運営に負担を与えていたことについて、私は否定する気は無いのです。

しかし、私がとても奇異に感じることは、上の3点の主張はそんなに可笑しいことなのか、どうして、いつまでも聞き入れられなかったのか、ということです。

そして、さらに奇異に感じるのは、私が上の3点の主張をした場合、矢面に立つのが、なぜ、かるべさんや、けいせいさんなのか、ということです。

上記、渡辺八畳氏のmooo氏に対するコメントに抗議します(https://www.breview.org/forum_blog/archives/300)を読んで頂けると、明確に書かれていると思うのですけれど、
マナー重視の姿勢を変えることに、かるべさん、および、けいせいさんははっきりと反対の意を唱えていらっしゃいます。
マナー重視の姿勢を変えたい、というようなスタンスを見せているように思えるのは、運営の中では、渡辺氏ただ一人です。

これを踏まえて、私が批判したり、申し入れたりする場合は、多くの場合、渡辺氏に向けている旨、明記した形にしています。しかし、渡辺氏が私との議論や対話に応じてくれたことは、ほぼ皆無です。いつも、ほぼ全て無視か、無視された上で、適宜のタイミングで一方的に罵倒されて終わります。

直近などは、概ね、けいせいさんが出てこられて対応されたりしました。私は、けいせいさんが出てきて、対応する必要はないのではないか、なぜならあなたは私と同じで、コンセプトを変えることに反対なのだから、という旨を何度も繰り返し言ってきましたが、どういうわけか、けいせいさんが出てこられたりしました。そして、その対応の中では、中々埒が開かず、結果、話がこじれたり、ストレスが拡大していくことになっていたりしていたと思います。

結果として、私が、けいせいさんの退陣に大きく影響したことは間違いのないところでしょう。
私自身がやったことについて、言い逃れをするつもりはありません。

しかし、このビーレビューというサイトの根幹であった、マナー重視というコンセプトを変えることについて、
(1)明示的にアナウンスして理由や背景の説明をせず、(2)従って、参加者や他の運営者を含めた議論もせず、(3)その結果、生じた批判についてろくに対応もせず、マナー重視を変えることに反対しているはずの他の運営者を一定以上、矢面に立たざるを得ない状況を作った渡辺八畳という運営者のやり方にこそ、問題の根幹があると私は思っているのです。

私が色々、苛烈に、しつこく、マナー重視の姿勢を変えるなら、説明なり、議論なり、対話なりすることを忌避すべきでないと主張していたことに対して、その様を目撃していたユーザーが、いつまでしつこく言い続けているのか、と私に嫌悪感を覚えることは、当然、ありうることだと思いますし、そうした印象を与えた、私の文の綴り方や、物の言い方に問題があったことも間違いのないところかと思います。

ですから、他のユーザーが私を批判したり、揶揄したりすることに対して、抗弁することは出来ません。
私自身、第三者として、断片的なやり方で、私を見ていたら、批判的な思いを持った可能性を感じるからです。

もっとも、現在、渡辺は私を名指しして、運営に負担を与えた「荒らし」であり、「荒らし」である以上、対話も議論もする必要がない旨の批判や非難を続けていますが、これを見るに、彼は自身の瑕疵をほとんど省みることが出来ていないとしか思えないのです。

彼が主導してコンセプトを変容させようとしていたことは明らかなのですから、彼が、①説明するなり、②議論するなり、③対話するなりすればよかったことなのです。
そうすれば、少なくとも、コンセプトを変えることに反対していたはずの他の運営者が、矢面に立つ必要は生じなかったのではないでしょうか。

私の批判により、運営陣の戦力が削がれたこと、運営陣が退陣するリスクをわかっていながら批判を続けたことを指して、彼は私を荒らしだと批判していますが、
そのリスクがあると思うなら、まさしく、反対を無視して主導している、彼自身が矢面に立てばよかっただけではないのでしょうか。

ところで、どうして、私がこうもマナー重視ポリシーや、公共性重視ポリシーを変えることについて、しつこく、言い続けているのか、不思議に思われる方もいるかもしれません。

しつこく言い続けていることを指して、老害的であるとか、スルースキルがないだとか、そういった批判があることも当然、理解しています。
また、そうした批判が、必ずしも、完全に的を外したものだとも思っていません。

そうした理解があるにもかかわらず、私がしつこく、苛烈に、申し入れ続けているのは、マナー重視、公共性重視というこの場のコンセプトに賛同して下さった方への義理を裏切りたくないという思いがあるからです。

ビーレビューというサイトで、最低限、守られた環境で、詩を書き、感想や批評を交わし合えたことで、詩を書くようになった、とか、それまでずっと鬱々と部屋で閉じこもりきりだったけれど、外に出て人と話せるようになったとか、そういう感謝の言葉を、そういう生の声を、私はユーザーの方達から聞いてきたのです。そして、そういう人たちが、色々な支援や応援をしてくれました。

そうした体験があったからこそ、匿名掲示板でひたすらに叩かれていたり、気持ちが折れるような出来事が起こったりしても、今投げ出してはいけない、最低限、マナー重視の環境が整うまでは辞められないという思いで、サイト運営を続けてきたのだと思います。

だから、渡辺体制に移行する際、荒らし対応については、そこだけは、なんなら私が全部やっていいから、マナー重視はお願いしたいということを伝えたのです。
そして、マナー重視を変えるなら、せめて議論や対話を経てから、変えて欲しいと言い続けているのです。

無論、結局のところ、サイトのカラーやコンセプトを決めるのは、発起人ではなくて、ユーザーですから、ユーザーの多くが、やっぱりそんなコンセプトはいらないと言えば、それまでです。
また、ユーザーの過半の支持があるとは言えないにしても、一定程度、納得せざるを得ない、相応の説得力を持った説明が運営者からあって、それでコンセプトが変わっていくなら、それはそれで致し方のないことでしょう。
説明や議論のもとにコンセプトが変わっていくなら、当初のコンセプトのために、この場を応援してくれた人たちも、最低限納得してくれる気がします。

要するに、私は、この場のコンセプトに共鳴して、応援したり期待してくれたりした人を、明確に裏切るくらいなら、
老害的と言われることの方がまだマシな気がしたのです。

私自身、サイト運営を去ってから、このサイトとの距離の取り方を間違えているように感じたことは何度かあり、反省すべきところがあることを自覚しています。
もっとも、この場がなし崩し的に、荒れる場所になっていくのを指をくわえて見守り続けていて良いのか、ということは常に迷うのです。

本当は、私は一切口を出さず、荒れて、本当におかしくなって、どうしようもなくなって、そして、その上で、変革されていくプロセスをきちんと見守るべきではないかと何度も思いました。しかし、一方で、それはすごく無責任なことなんじゃないかという思いを捨てきれなかったのです。

まあ、色々書きましたが、ご存知の通り、現状、ふじりゅうさんという新しい運営者が、マナーガイドラインを書き換えて、マナー違反対応もしっかりやって下さっています。
運営の実権が、渡辺からふじりゅうさんにある程度、移行し、ふじりゅうさんがコンセプト通りの対応をしているように見えます。

ですから、実質的な問題は、現在生じていませんから、その限りでは、何か申し入れることはもうないと思います。
実質的に問題が解消されているのに、ごちゃごちゃ言い続けるほど、ナイーブな議論をする気は私はありません。その意味では、もうこれが最後と思っていただいても良いような気はします。

運営者の過半が反対しており、声をあげた投稿者のほとんどが反対しているものを、まともな説明も、議論も、対話もなく、変えていくのは一種の暴力です。
そして、その暴力に対する、批判の声を、無視するのも暴力の一種だと私は思います。
無視されている状況で、声をあげ続ければ、それを荒らしだというのは、書き手としてあるまじきやり方です。

自分が主導しようとしていることに対して、彼は、自分の筆や声でしっかり説明しようとしてきたのでしょうか。

つい先日、ふじりゅうさんが、マナーガイドラインの改定を発表した折、
渡辺は、「マナー重視を謳う形でガイドラインは改定することにしたし、それに自分も賛同したが、自分としてはマナーはそんなに重視していない」
というような発言をしていましたが、こういう不明瞭な言い回しで、一体何を理解せよというのでしょう。

私は、渡辺という人は、きっと自分は何も悪く無いと思っているような気がします。
事実、悪意や悪気はないのでしょう。

なんの悪気もないからこそ、きっと周囲も、なんとなく、彼のために、本当は反対しているはずなのに、矢面に立ってしまったりするのかなと思っています。

勝手な決めつけかもしれませんが、私は、きっと、彼は、なんとなくの内輪ノリで物事を進めていくことしか出来ない人なのだと思っています。

おそらく誰も、なぜ、渡辺八畳という人は、こうも強硬にマナー重視のコンセプトを変えたかったのか、本当のところは分かっていないようにおもいます。

私だけでなく、例えば、けいせいさんやふじりゅうさんも、渡辺八畳の考え方、やスタンスを説明出来ないのではないかなと思ったりします。

マナー重視に対する優先度が低いだけなのか、盛り上げるために罵倒的なものが時には必要と思っているのか、レベルが低そうなものを排斥することがしたいのか、そうした考え方に対して、どれくらい強い拘りがあるのか、実のところ、私も、誰も、よく分からないのが実情でしょう。

要するに、私に対してだけでなく、誰に対しても、彼は、まともな説明も議論もできていないのです。
それなのに、彼を止めることができない背景として、こんな程度のことに、ごちゃごちゃいう奴って馬鹿だよね、というノリが作られていて、そのノリの中で反論が処理されていくことがあるのだと思っています。

そして、事実、何か言っても、まともに取り上げられることはなく、言えば言うほど、馬鹿を見ることになります。
それが分かっているから、反対の意思があっても、運営者間で、誰も強く異論は言えず、なんとなく物事が進んでいくことになっていくのでしょう。

下記の議論を見ても、真面目に申し入れれば入れるほど、馬鹿を見る形になり、結果、哀愁亭さんは、失望を口にして、この場を去りました。
(https://www.breview.org/forum_blog/archives/300)

私も、これ以上、ものを言い続けても、老害野郎として、馬鹿を見続けるだけでしょうから、今回、しっかり纏めて書いたことを踏まえて、そして、新たな体制に移行しており、実質的に問題の多くが解消されたことを踏まえ、流石にもう黙らせて頂きます。

さて、そろそろこの長すぎる文章も、終わりに近づいてきましたが、
ここまで、あるいはこれまでから長きにわたって、渡辺八畳という運営者に対して、私は批判を続けてきましたが、別に、彼に恨みがあるわけではありません。
むしろ、サイトを継いでくれたことに対する感謝もありますし、彼にも良いところがたくさんあるとも思っています。

だから、彼から、就職活動の相談を受けた時は、面接の練習などに乗ったこともありましたし、サイトがクラッシュした時、彼から依頼を受けて、自腹でプログラマーを雇って修理しましたし、
私なりにできる親切をしてきています。
別に、個人的に彼を嫌悪しているわけではないのです。
私が、彼のいうような、単なる荒らしの無法者で、一切の議論にも対話にも値しない者でないことは確実ではないでしょうか。

私は、サイトコンセプトに共感していない人がこの場のトップマネジメントの座に就くことの無理を思います。
サイトを継いでくれる人を募集した際、それなりに良いサイトになっていると自負していたのえ、確実に何名か運営をやりたい人は集まるだろうとは思っていたのです。そして、継いでくれることになる人は、最低限、
ビーレビューのことが好きな人であろうと、すなわち、サイトコンセプトを100%ではないにせよ、少なくとも7−80%くらいは維持してくれる人に違いないと高を括っていたのですが、渡辺さんに関しては、それは誤算でした。

かるべさんも、けいせいさんも、このサイトのコンセプトが気に入っていたからこそ、運営に参画したのだろうと思うのです。
それなのに、サイトコンセプトが変えられていくことに対して、いくら反対の意を表明していても、結果的には、反対の意を表する人たちの声をディフェンスする側の役割を担わざるを得ず、時として、自分たちが批判の対象になっていると感じたり、事実、批判されていたりすることに対しては、理不尽な思いをされたことでしょう。
特に、私はけいせいさんに対しては、相当に辛辣な言葉を投げかけたりもしてきました。
彼らには悪いことをしました。

そして、私が、もっと悪いことをしていると感じるのは、声をあげたけれど、ろくな対応を受けず、この場を去ることになった、哀愁亭さんや、マナー、公共性重視のコンセプトに賛同してこの場に貢献してきたのに、失望して去ることになった人たちです。
せっかく応援してくださったのに、十分なことができずに、申し訳ありませんでした。

まだまだ言いたいことはつきませんし、言うべき論点を全てカバーできたのか、やや不安ですが、長くなりすぎても、読めないでしょうから、
ここら辺で筆を止めます。

私がここで書いていることは、これまで何度も言ってきたことの変奏曲にすぎないので、きっと、渡辺八畳さんには通じないでしょう。

ただ、そのことを分かった上で、私は、これから運営に入ろうとしている人、運営の近いところにいる人たちの、参考になるかもしれないとも思い、また、渡辺さんからの誹謗中傷への抗弁として、この文を投稿させて頂きます。

冗長で、推敲が十分でない気がしますが、無為に待たせるのもよくないでしょうから、とりあえず投稿します。

では、これにて。

  • : 花緒