あなたの世界が終わる。
こうやってひとつ終わり、それからひとつ。どこかでまたひとつ。映画みたいなエンドロールや、感動的なミュージックなんて流れなくたって、それらはちゃんと終わっていく。

あなたはそのたびに祈る。
もう何度も洗ったワンピースの畳みかたがどうしても分からなくなり、その手が迷い重なるときにだってあなたは祈る。
あなたより先にゆっくりと動かなくなっていく小さな家族の身体を納めようとするときにもあなたは祈る。
あなたの生きたあなたの世界が、ひとつひとつ終わるたびにあなたは祈る。

わたしの世界も終わる。もう何度終わったか、なにが終わったのか、そのすべてを思い出すことはとてもできないけれど。

むかしあなたがこっそり付けようとしたパンダの名前をまだ覚えているだろうか。昨日テレビをつけたらそいつがありきたりな名前で映っていて、そのとき、あなたの付けたかった名前をもう思い出せなくなってしまったことに気が付いたんだ。もう一度教えてくれたら嬉しい。それは、いまどうしても必要というわけじゃないのだけれど。願わくば。

そう祈る。

そういえばあなたの世界が終わったそのとあと、あなた以外の世界はどうなっているのだろう。あなたはどう思う? あなたがわからない話をあなたがわからないままでいても、それはそれでいいのだけど。そもそもわたしがどう思っているかなんてことも、あなたは気にしなくて良いとは思うんだけど。

そらに祈る。
つきに祈る。
かみに祈る。

あなたのパンダの名前なんだけど、さっき仮にヒンヒンって、そう呼んでみたんだけど、どうもしっくりこない。やっぱり教えてくれたら嬉しい。もし、あなた自身もう忘れているならまた一緒に考えてほしい。

祈る。
たまに。
祈っている。

あなたは、たまに祈っている。

あなたが祈っているよう、わたしは祈る。

あなたがいつか鶴の折り方がわからなくてサンカクのまま放っておいたものに付けた、どうしようもなく聖なる理由をメモに残す。

わたしたちはとても忘れやすいから。きっと忘れちゃったことすら忘れていくから、こうして時々あなたのことを書き留める。
たえず堆積する思い出のどこかに、いつか消えるレシートの裏側に、そのうちきっと機種変するスマートフォンのメモ帳に。すこしづつ。そうやってわたしは、あなたを忘れていく真似をしてやろうと思う。

あなたがどれだけなにを紡いだって、宇宙なんてぜったい終わるのに、じゃああなたはいったいなんで、なんのために生きてるの?

祈るためだよ。
祈るためなんだ。祈るしかない。僕たちは世界に対して「いまこうありたい」と祈るしかないんだ。そうで、それしかなくて、ずっとずっとそれだけなんだ。

だからきっとあなたは祈る。

あなたは祈った。毎日毎日そうしているわけじゃない。本当にときどき、半年に一度か、いや数年に一度かもしれない。とにかく、ときどきなにかを思い出したかのように祈るのだ。理由なんかなくても。とにかく両目を瞑って掌を重ねて、そのままただじっとする。そうしているあいだ特別なことは考えていない。頭の中で幾つかの言葉を紡ごうとするより、いま、祈ろうと強く思うこと、それが大切なのだとあなたは考えている。神さまへ伝わる言葉なんてものは、この世にはありやしないし、もしくはあったとしてもそれは自分がおいそれと口にできるものじゃないのだろう。そもそも神さまを根っこから信じているというわけでもない。しかし、あなたは祈るという行為を大切に思っている。