作品投稿掲示板 - B-REVIEW

fujisaki fujisaki


投稿作品数: 2
総コメント数: 8
今月は0作品にコメントを付与しました。
プロフィール
記録
プロフィールはありません

fujisaki fujisakiの記録 ON_B-REVIEW・・・・

投稿者の燈火

投稿作品数バッジ(くわしく)
獲得バッジ数

大賞受賞者

大賞作品数バッジ
獲得バッジ数

夏至

2017-06-29

花緒さん こんばんは。 よろしければ「不思議」の中身が知りたいなと思います。ありがとうございます。 (夏至)

2017-07-02

完備さん こんばんは。そうですね。でも原子って名前かっこ悪いですよね。藤崎って呼んでください。 (夏至)

2017-06-30

すきというすきに入り込まれ、他人のような肌になってきた「あなた」が生活感に溶け込むような描写から始まっています。「棲めないくらいに汚れている」「溢れたものが、からだのすみずみまでにみちたりて」あなたとアパートの部屋にぼかしてかかっているような言葉が、わたしの人生を鮮やかに映し出していると思います。 好きな人に会いに行くとき、時たまサイボーグのような気分になることよくわかります。それは決戦の日だったり、その人が分からない日だったりしますが、会う前からうまくいかないことがわかっている日が確かにあります。 おそらく病室の窓際なのだろうと思うのですが、日の光が身体を照らし、それは確実に生を後退させていく。そんな様子でしょうか。死を前にした二人をつなぐ「神父」という単語が、生あるわたしと死にゆくあなたを平均化するような、二人の関係性において生き死にを超越させるような効果をもっているようで、僕は好きです。 「目の前に、積み重ねられたものがわたしのなかに倒れ込んできて」わたしが選び取ってきた人生が、わたしを苦しめる。首も回らないような生活のなかに、ふっと生きれそうな道が見えたりする。嫌なことがあるといいことがあります。そしてそんな道でも、選ばないことだってできる。あなたとともにいると生き急いで死に向かうのではなく、いまこの瞬間を生きようと思える。「転んだままだってかまわない」そんな気分でしょうか。 ゆらりと読者をかわして行く村田さんの作品は、何が正解かよくわからなくて、でも、自分なりにそういう感じわかるなって思わせてくれるので、読ませていただいて、嬉しいです。とても勉強になりました。 好き勝手に読ませていただきました。ありがとうございました。 (砂糖菓子とブレスレット)

2017-06-30

長庚さん ありがとうございます。僕はむしろこのポエムを通して説明的すぎるのではないだろうかとずっと疑問でしたので、想像の余地と言っていただけるのは意外でした。6連については自分なりに頑張って比喩を考えたので嬉しく思います。 百均さん ありがとうございます。いつかどうぞがっつり読んでいただきたい。僕も個人的にとても興味があります。イメージの感触、連なり、上書き、絵の具の重ね置き。そういったところを試行錯誤するのはとても楽しく、ポエムを書く醍醐味の一つだと思っています。 (いちごシロップ)

2017-03-07

天才詩人さん ありがとうございます。古宇利島という沖縄の離島は本土と橋が架かってしまったがために「再離島化」してしまい、固有の文化や風土が失われてしまいました。島民は船がないと行動できない不便さや真水の入手が難しい等々の生活苦から架橋を切に望んでいたのですが、いいことばかりではないわけです。元々祭祀が独特な島であり、ウマチーと呼ばれるものは厳格な禁忌をもつものでした。ウマチーを執り行うカミンチュの姿は絶対に見てはならぬ。その時間は家にこもり船も出してはならぬ。そういった禁忌も架橋後は観光客が物珍しいにかられ見物にくるようになってしまったそうです。道は往々にして生まれ故郷からの出口として明るい希望のように見えます。田中角栄によって日本中がそんな夢を見ていたときもありました。移動こそが経済をつくる。道こそが私を自由にし、道こそが私に無限の可能性を提示してくれる。道はすべてを飲みこみ東京一極集中時代をもたらしました。それはストロー現象と言うように、地方の若く幼い希望たちが道をその用途通りに使った結果です。この是非はともかく道は非常に強い力を持っているのですね。 しかしその道はもちろん東京→地方という方向にも通じているわけです。古宇利島のように穢れ(比喩としても)が入ってくるのも道です。そしてまた僕にとってもふるさとを出るときに使った道はふるさとへ帰るという用途も持ち合わせていました。いやむしろ道が無ければ帰れなかったという意味において、道こそが僕にとっての呪いだったのかもしれません。しかし東京から帰る道の上でふるさとを思うとき、僕は必ずしも悲観的ではなかった。人生に起こる事すべて何かしらの縁があってのこと。そういうような意味づけができるようになった僕というのが、天才詩人さんのいう「タフさへの信頼」というものなのでしょう。そしてその道の上だからこそ、「とうきょう」であり「こうえん」という捉え方になってしまう。身体がどちらにあろうと東京も公園も地続きの僕をつくっている。そういう思いがこのポエムのどっちつかずの距離感に反映されていると思います。ふるさとでの思い出、上京、東京での日々、帰郷、ふるさとの懐かしく新しい感じ。そういった経験を通して僕が最近強く感じるのは無常観にも似た執着しない気分です。その雰囲気がこのポエムにはとても色濃く出ているのだなあと天才詩人さんのコメントを咀嚼しながら改めて思いました。長くなりました。 (いちごシロップ)

2017-02-23

kazさん ありがとうございます。色々なことを思っていただいたようです。ぜひそれを解釈してこの作品をどう読んだのか教えていただきたいなと思います。勝手なお願いですが。中上は千年の愉楽を読んだことがあります。中上を意識したつもりもないですし影響も直接的にはないと思いますが選んだテーマは中上性をたぶんに含んでいると思います。 もとこさん ありがとうございます。この作品をもとこさんなりの読み方で読んでいただいて嬉しく思います。捨てられたエロ本が少年たちによって利用されるサイクルは究極のリユースで、ペットボトルや衣類その他なんて足元に及ばないものですね。無数の厚顔無恥なすけべな大人たちによって少年たちは教育され性を獲得していく。日本って素晴らしいと思います。僕もエロ本捨ててこようと思います。 花緒さん ありがとうございます。レベルは高くないと思います。確かな実力、現代的なセンスと言っていただきましたがはたしてそれが適当なのか疑問です。僕はそれらしくみせることはわりかし上手だと思っているので。この作品が必然性をもって受け止められていてほしいなと思いますし、そうでないと思うので修辞に頼ることなくもっとデッサン力をあげたいなと思います。 三浦果実さん ありがとうございます。僕の作品は、そうなんですポエムなんですよね。その点を突破するキーとして政治家という単語をあげていただきましたが、そういわれるとそうなのかもしれないとも思います。僕の作品はポエムですし、ポエムを書こうとも思っているところがあります。そういえばティーンのころ文極やメビリンでわめいていたことを思い出しましたがそれはまた別のお話ですね。 まりもさん ありがとうございます。丁寧に読み込んでくださって嬉しく思います。まりもさんのコメントを読んで「いちごシロップ」というタイトルにして本当に良かったなと思いました。息継ぎの仕方や間合いというものを褒めていただきましたが、これも小手先の雰囲気の域をでないのではないかなと自分では思ってしまいます。筆者がこんなに弱気でどうするんだとも思いますが。 露崎さん ありがとうございます。話は変わりますが露崎と藤崎って似てますよね。2億点換金させてください。その感じ、分かるー。と思ってもらうために何か書いているような気がしています。とても嬉しいです。筆致がうまい、といっていただけたことは喜びの極みであります。昔からメビリンや文極で「筆致の未熟さ」を指摘されてきた藤崎にとって相当くるものがあります。これに満足せず精進したいです。ポエム腕力は自己分析の結果藤崎の強みであると確信しているのでこれからも伸ばしていこうと思っています。そして意思の弱さについてですが、これについてはコメントせず宿題にしたいと思います。そこやっぱり突かれるよなあと、万感の思いです。 (いちごシロップ)

2017-02-22

墓参は真冬 すごくいいですね。真冬の墓参ではない理由が分かります。墓参は真冬の方が冬のそれも厳しい寒さの中薄暗いイメージが墓参にかかってきてとても味わい深いです。次に風は、とありますが次の行はだいぶ力を持った言葉が並んでいるのでここで一回切っているのでしょう。真冬に吹く風が墓石にあたる情景がよく浮かぶのでここで風は、と二語で切っていることは成功していると思います。真冬と墓石をうまくつないでいる。十字架型の墓ではなかろうと思うので、墓に宿っている死のイメージ(あるいは単に墓の中の父としても差し支えないと思います)を十字架と表し、それが石から鉄へと変容する。記憶の父にそっくりな手触りだということからなにが読み取れるでしょうか。石から鉄へと変容していく手触りとはどういったものなのか。あるいは鉄の手触りということでよいのだろうか。第一連は解釈の幅が大きく面白く読みました。石の十字架を鉄に変えるという一文で表現したかったのは、死んだ父が硬化していくような意味合いを持たせたかったのか、それとも真冬の墓参に風が当たる情景を効果的に補完したかったのか。記憶の父とあることから前者メインで後者もありというような感じだろうとして進めます。 「死んだらどうなるの」という普遍的なストレートな問いに対する、「記憶も意識もない闇だよ」という受け答え。この作品でなければ浮いていたような表現も必然性をもって受け止められます。記憶や意識といった単語はとても抽象的で日常生活でも使用頻度が高く組み込むことは難しい単語だろうと思いますが夜の岸辺を指さして死後の世界は記憶も意識もない、あの夜と海が混ざったような暗い闇だよという父の姿は大変すんなり受け入れられるイメージでした。瞬きで夕食の味が消えていく。これは露崎さんに同意で僕も参ったなと思う表現です。拍手。ですがこの部分がこの連にある必然性はあまり感じられなかった。父との受け答えに代表される父との記憶が消えていく様をあの頃の食卓の夕食の味を忘れていくことに重ねて暗示したのか。それとも夜の岸辺というのは比喩で、たとえば食卓上の何かなのでしょうか。たとえば母を指さしそのように言う真冬の鉄のように心の冷たい父の前で食べいているものの味もわからなくなってしまったということなのでしょうか。 鼻づらにぺったりと夜がはりついている これもまた丁寧な一文です。夜は死なのでしょう。こわくないのかと叫んでも(本当に叫んだとは言っていない。)不機嫌そうに飯を食う父は、無鉄砲で不愛想な性格なのかもしれません。死に言及されて不機嫌そうなのかいつも気難しいのか。飯を食うとはどういう比喩なのでしょう。比喩ではなく本当に岸辺で飯をくう父の情景に書かねばならない何かを見出したのでしょうか。どちらにせよ面白い一文です。不機嫌そうに飯を食う。これまでの描写で見えてきた硬くむつかしい父が岸辺に腰かけ弁当を貪り食う情景がくっきりと浮かびました。それは筆をとるにあまりある情景だと思います。 やがて父は死んでいくわけですが、それを逃げていくとしたのはどうしてでしょう。生き急ぐ父がどこか進んで終わりを迎えたそうに私には見えたのでしょうか。よう来てくださったとはずいぶん弱弱しい言葉です。それがひとりごち(ひとりごと)なのは私が返事をしていないからでしょう。父の弱さ、子どもに(はじめて)すりよってくる父の姿に私は怒りのようなものを感じたように思えます。渇ききった歯とは、喋り続けて、子どもに話しかけ続けて乾いてしまった口のことでしょうか。死が近い父にとっては私がどう応えるかどうかなど関係なくただ自分の思うようにまくしたて、見舞いにきた私は消えてしまう。そして死ぬ父。 幼いことから感じていた不安、それは藁の家のように吹けば飛ぶようなはかなさ、脆弱性。それは父の死によって回収されました。そしてそのはかない姿に私の姿を重ね合わせ、いつか自分も同じようにばらばらになってしまうのだと。最終連ではじめて親子としての血を意識させるものになっています。最後にそれを持ってきたこと、作品としての強度をとてもあげているように思えました。 澤さんが言っているように必然性をひしひしと感じる詩ですが、一方で解釈の幅が存分にあり読むのが難しい詩でした。といっても自分なりに意味をあてて読んでいくのは楽しく、面白い詩でした。それが意図的であれそうでなかれこの詩の価値を損なうものではないと思います。 (藁の家)

2017-02-20

Aと俺は”言い争い”をよくしていますが、その顛末はAの謝罪とされている。“いつも”とあることからも、Aと俺の関係性として情緒不安定なAと落ち着き払った俺という図式が第一連からは読み取れます。自室に閉じこもるAとは対称的に外を歩く俺。しかし第三連の冒頭で”パニック発作”という診断を俺が受けていたことがわかります。全体を貫く落ち着いた筆致は俺の性格ゆえと思いましたが、しかしこれは一人称の文章だったとこの時気づきます。Aと俺の関係性について語るすべをAは持たない。俺の狡猾さみたいな感を受けました。もちろんAと暮らすようになってからはパニック発作も収まり、その反動でこれほど冷静な性格になったのだろうと思いますが、Aという存在を冷たく捉ることで抑制のきいた文章にあえてしているように思えました。最終連の”Aとの日々”を思い出していたという表現も色々あったけど懐かしかった日々だったというような(上から)目線を感じました。人間二人の間にあったことです。どちらも同じだけ間違い、同じだけ責任があるものだと思います。 最終連の誘導は非常にうまいと思います。航空機の視点からぎゅんと赤い車に焦点を合わせ、Aにつなげる。まるでインターネットのようですね。俺は人々や地区、世界をつなげていくインターネットの申し子なのだろうと読みました。それが比喩であろうと俺の職業であろうとその生活は誰かと何かあるいは誰かと誰かの間に関係性を結んでいくものであるはずなので、ひどく難しく冷静にならざるを得ないのではないでしょうか。それがこの作品を貫いている落ち着いた筆致の根拠だと考えます。そしてもちろんAと関係性を気づけなかった俺という自分もその一因である。だからこそ俺はAとの生活からこの作品をはじめているのかな、と。 話はそれますが、海外に生活する日本人には日本との繋がりを感じるキーとして日本車があるのだろうと思います。日本性もオーストラリア性もカンボジア性もアメリカ性も無い、ただそこにある「生活」の中でふと自分の生まれた場所(海外で生まれた日本人かもしれませんが)そしてそこから遠く離れたこの地を意識させてくれるのはマツダでありダイハツであるのだろうと。遠く離れたこの異国で暮らしていると思い返させてくれるのは街でごく当たり前に生活に溶け込んでいる日本車、なのだとしたら、その情景や心情はとても詩的で書く必然性を感じます。離れた異国というのは日本という出発点を内包していますがまさにそのような定義を思い出させてくれるのはマツダ・ファミリアなのかもしれませんね。これは日本在住の者の見方でしかありませんが。 (#芸術としての詩 03)

2017-02-20