羽衣なつの

投稿作品数: 5
コメント数: 14


かげ

2019-07-07

「ひまわり」

2019-06-05

あしぶえ

2019-05-17

はつ恋

2019-05-17

わたしがこの作品で強く印象を受けたのは "断言" の力、です。さいしょからさいごまで、ほとんどすべての行でなにかが断言されています。「人魚の言葉」が「あぶく」である、とか、「語尾」はいつも「めるふぇん」にきこえる、とか、ふしぎなこと、ふつうには聞いたことも考えたこともないようなことばかりが書かれているのですが、この作品の世界ではすべてが「当たり前」のこととして、断言されています。  人魚のゆびさきは 笹船のように水をはじきます  かすかにのこる 水かきが めるふぇんです  脱皮したての人魚は 白い靴下を履くのが しきたりです  まだ うろこののこる足の指が じゅくじゅくするのも めるふぇんです ここも、すごいです。ただ表現がうつくしいとか、生き生きしているとかいうのではなく、まったく新しい、目にしたことも耳にしたこともない情景なのに、読んでいて、ありありとした実感があるのです。作者の想像力でこしらえたもの、というかんじは、わたしにはしません。わたしが気づいてなかっただけで、ほんとうはずっとそこにあった世界に、新しく出会ったように、作者がわたしをそこに導いてくださったように、わたしには思えるのです。  朝日が燦々とあがると   滑舌の良いことばを急に喋れるようになり、変な感じがして みんな笑います この情景も、わたしが生きているつもりの現実?世界では出会ったことのないふしぎな光景ですが、この作品の世界では、当たり前のこととして "断言" されていて、「変な感じがして みんな笑います」という光景や人魚たちの気分に、どういうわけかすごく実感が持てます。感情としてはあかるく、たのしい光景なのですが、あまりにもふつうに実感できるので、読んでいてちょっとおそろしい気がしたほどです。 わたし自身をふくめ、詩のように見えることばで、作品のようなものがあちこちにいくつも書かれています。でも、こういう力をもったことばに出会うことは、めったにありません。 こういうのがほんとうの詩で、こういう作品を書く方こそ、詩人なのだと思いました。 (めるふぇん)

2019-07-05

渡辺八畳@祝儀敷さま、読んでくださり、丁寧なご感想までいただき、ありがとうございます。 レベルが高い、という評価をくださったことには、ちょっと、いえ、かなりびっくりしています。わたしには、自分の書いたものを他の方々の作品とどう比べてみたらいいのかが、わからないからです。なので、何の実感もないのですが、ほめてくださったことは素直に嬉しいです。ありがとうございました。 文中、怪談のお話が出ましたが、そういえば日本の怪談みたいな、底知れない怖い感じ、というのは、わたしが作品の中に入れたい気分のひとつです。この作品ではそのことはまったく意識してなかったんですけど、無意識に入ってたのでしょうか。そういうものが渡辺さまに伝わったのであれば、嬉しいです。 別のところで(かるべまさひろさま宛てに)書いたのですが、今後のこちらへの投稿については、あまり思いつめずに、そのときどきの自分の気持ちに素直になって決めようと思い直しました。励ましのお言葉をいただいたことに、感謝いたします。 (「ひまわり」)

2019-06-10

かるべまさひろ様、お言葉、ありがとうございました。 わたしが余計なことを書いたせいで、しなくてもいいお手数をおかけしてしまいました。 でも、お心遣いをいただいたことは、嬉しかったです。おかげさまで、気分が楽になりました。感謝いたします。 今後の投稿については、あまりむずかしく考えず、そのときどきの自分の気持ちに素直になろうと思います。もしかしたら、また投稿するかもしれませんし、どなたかの作品についついコメントをするかもしれません。(わたしにとって、ひと様の作品にコメントを寄せるのは、ひどく勇気のいることなのですが。。。) こうしてこの場所に投稿することができ、つたない作品をいろんな方に見ていただけるのも、運営されているみなさまのご苦労があってのことですよね。本当に、ありがとうございます。ことばでいうだけでなく、この感謝の気持ちを、なにかのかたちでお返しできれば。。。と願っています。 (クリームソーダ)

2019-06-10

静かな視界さま、もったいないようなお言葉をくださり、ありがとうございます。嬉しさよりも、とまどいがあります。わたしには、技術というものがわからないからです。こちらに投稿されている作品を読んで、いいな、すごいな、とおもう作品にいくつか出会ったのですが、どうしてそれがいい、すごい、と感じるように書かれているのか、わたしにはわかりません。つまり、そこにある技術がわからないのだと思います。恥ずかしいのですが、そうなのです。なので、わたしのこの作品には、技術というようなものはきっとないと思います。 でも、読んで快く感じてくださったようなので、そのことは本当に嬉しいです。励ましのお言葉をいただいたことにも、感謝です。 仲程さま、お言葉、ありがとうございました。ただ「こうでなくてはいけない」という感じを守りながら書いていった結果、偶然こうなっただけなので、上手いわけではないのだと、自分では思います。でも、実感はなくても、ほめてくださったことで嬉しい気分になりました。感謝します。 TwoRiversさま、お言葉、ありがとうございました。「鬼気迫るもの」は、わたしが書きたいと願っているもののひとつですので、嬉しかったです。 詩のようなものはこれからも書き続けますが、こちらへの投稿を控えようと思った理由は、わたしには他の方の作品への批評とか、コメントがなかなか書けないからです。自分の作品を投稿するだけで、合評に参加しない人は歓迎しない、というのがこちらの方針なんですよね。わたしはそういう貢献ができないのに、自分の作品を読んでもらいたい、感想がほしい、というのがとても自分勝手で、恥ずかしく思えてきたからです。でも、激励してくださったことに、感謝します。わたしなりに、自分にできることを頑張っていこうと思います。ありがとうございました。 (クリームソーダ)

2019-06-09

帆場蔵人さま、読んでくださり、ありがとうございました。もったいないようなご感想も、感謝です。 ああ、いいな、とおもう作品を読んだとき、わたしも、自分自身の記憶やエピソードをよく思いうかべ、その作品に重ねたり結び付けたりします。 これはつたない作品ですけど、「麻子」という、わたしにとってはとても大切な人間を、自分にできる限りの力をつくして描いたものです。それが「全く関係がない」ほかのひとの記憶とつながり、重なるというのは、この作品を書いたことでわたしが得た、かけがえのないご褒美のように思えるのです。ありがとうございました。 (「ひまわり」)

2019-06-06

何週間か前のことですが、美術館の周囲の遊歩道を歩いていて、木々の緑がとてもきれいな…というよりも信じられないほどにあざやかな新緑で、ぼうぜんとしました。湿度の加減でしょうか、光の量がすごく多い日だったみたいです。今までの人生で、あんなきみどり色は見たことがないというくらいでした。 この作品の出だしの「街路樹が/滴って、」を読んだときに、すぐに思い浮かべたのがその情景でした。わたしにとっては、「滴って」いたものはあのときの光と、きみどり色です。読む人によってとらえ方はちがうでしょうし、秋良さんが思っているものとは、きっと違うのかもしれませんが、詩のことばというのは、読む人に何か強い、忘れられない印象を喚起すれば、それでいいのではないかとおもうのです。作者様の意図もふくめ、正解というものはないし、正解があるようなら、詩である必要はない、そんなふうにわたしはおもっています。 「虹色の傘」というのは、ほんとうにそういう風に見えるのかどうか、わたしにはわかりません。でも、現実にそう見えるからそう書く、というのでなく、詩の世界の中でだけ「虹色」になってくれるほうが、素敵だなと思います。とてもきれいなイメージで、心ひかれます。 タイトルの「忘れ傘」。どうしてこの言葉なのか、考えてみましたがわたしにはわかりません。わからなくても、かまわない。意味はわからないのに、この作品の題名として、とてもしっくりとこころに響くからです。「忘れ傘」ということばが、虹色の傘や透明の傘と響き合って、それぞれの傘が鮮やかにこころに沁みてくる感じがします。このタイトルがなかったら、たぶん、完成した詩にはなっていないんじゃないかとおもいます。短い詩の場合、タイトルも詩の一部なのですね。 こうしてえがかれた情景そのものが、詩だと思います。感情とか、心の動きの説明とか、そういう嘘っぽいもの、押しつけがましいもの、何もほしくないです。なんにでも説明や気持ちや答えをことばにすることを求めるのって、なんなんでしょう。それなら詩なんかなくたっていいじゃないですか? すみません、余計なことを書きすぎたように思います。わたしは、この詩、やっぱり好きです。 (忘れ傘)

2019-06-06

これが今月二作目の投稿で、たぶん、こちらへの投稿はこれ限りになると思います。 つたないものばかり投稿して、申し訳ありませんでした。 (クリームソーダ)

2019-06-06

秋良さま、心にしみてくるようなお言葉をいただき、ありがとうございました。嬉しいです。 わたしが詩のようなものを書くときに、いつも書きたいと求めているものを、しっかり感じてくださっているという気がしました。ああ、わたしはこういうことを書いているんだな。。。と気づかされる思いがしました。こういう風に読んでくださる方がおひとりでもいらしたことで、書いて発表した甲斐が十分にあったなと思っています。本当にありがとうございました。 秋良さんの「忘れ傘」は、現代詩フォーラムで読ませていただいて、あ、いいな、きれいだな。。。とすぐに思ってポイントを入れたのですが、ばかみたいな感想しか浮かばないので、何もコメントは入れませんでした。(もともと、わたしみたいな者がコメントを入れること自体が恥ずかしいので、普通はコメントをしないのです。ごくたまに入れて、あとで必ず後悔しています。) でも、もう一度読ませていただいて、批評とか、評価とかそういうことはできませんけど、わたしなりになにか書けるものなら書いてみようと思っています。 (「ひまわり」)

2019-06-05

こちらへの投稿は、たぶん、今回限りになります。 どなたかおひとりでも、感想や批評を寄せてくだされば嬉しいです。 (「ひまわり」)

2019-06-05

わたしは現代詩というのをそんなに読んだことがないのですが、今までに詩の雑誌とか詩集とかで読んだ、現代詩の言葉づかいとか描かれている気分はこういう感じだったかな・・・と思いながら読んでいきました。ちょっと難しい感じがしましたが、言葉がすごく上手に組み合わされていて、なんかプロっぽい?なと。でも、そんなに心に響いてくる感じはないままに読み進めて、「ひかった」でわっ!とびっくりしました。ここにこのことばが来るなんて、絶対にできない。すごいな・・・と。ここはものすごく心が震えました。こうして書いている今も、震えています。 (時めく)

2019-05-21

最初の三行と、終わりの三行は、ものすごく好きです。「あなたが混じると」のはじまりに、はっとしました。こんな風に詩を書き出せるなんてすごいな・・・と。声に出して読んではいないのですが、そうしなくても、全体の音がとてもきれいで、心地よいです。あいだの7行は、あまりぴんと来ませんでした。小説の一節か、映画のモノローグを読んでいるような感じで、あまり入り込めませんでした。「了解し得ない言葉」というのが、読んでいて石につまづいたようにひっかかりました。「句拍子忍ばせる」は、わたしには?でした。 わたし自身がものすごく下手なので、こんなことを言う資格は全然ないのですが、とても好きな世界をかいてくださっているので、ただの一読者の感想として受け取ってくださったら・・・と思います。 (春)

2019-05-21

トビラさん、再度アドバイスをくださり、ありがとうございました。私の自分でも何を言ってるかよくわからないお返事に、ていねいに答えてくださったことが嬉しかったです。どこまで消化できるか分かりませんが、教えてくださったポイントを意識して、できることをやってみようと思います。 tOiLeTさん、感想を下さりありがとうございました。すごくほめていただいた・・・のでしょうか?ちょっとびっくりしました。最初の何行かは、ことばが幼稚すぎる感じで、今でも読み直すたびに自分で考えこんでしまいます。でも、美しいと言っていただいたことは素直に嬉しいです。 ひのさん、感想をくださりありがとうございました。自分では読みやすいというより幼稚な感じかな?と気になっています。難しいことばは使いたくないというよりも使えないので、こんな感じの書き方になります。 ブッダさん、感想をくださり、ありがとうございました。この作品の主人公を自分に置きかえると恥ずかしくなりますが、自分以外のどこかの女の子だと思って読むと、ブッダさんが書かれたようなイメージにも思えてきます。これは私じゃない、と思うことにします。とんぼではなくて蛾、ですか・・・美しいけどちょっと怖いみたいな、また別の世界が見える感じですね。私には思いつかないイメージですが、思い浮かべてみると、別の目で自分の書いた世界を見ているような感じで、面白いです。 (あしぶえ)

2019-05-21

トビラさん、両方とも読んでくださって、感想までくださり、ありがとうございました。 数多く書くようにというアドバイスもありがとうございます。 心がふるえて、変な動き方をした時に言葉になって出てくるのを、そのまま書いているのが今の私です。 そういう書き方しかしたことがなくて、考えて書くと今書いているみたいな普通の作文にしかなりません。 そういう、心が震えるような機会が毎日あったら、毎日何か書けるかもしれません。 詩人の方たちはみんな、こういうものを書こうと決めて書いておられるのでしょうか。私にはまだそういうことができないので、どうすれば・・・と思いますが、そういう意識を持つようにしてみようかなと思いました。 (あしぶえ)

2019-05-19

トビラさん、読んでくださって、感想までいただけて、ありがとうございました。 自分が書いているものが詩なのか何なのかわからず、詩を書いている他の人にはどう見えるのだろうと思って、いろんなところに投稿してみました。 いいなと思った、個人的に好き・・・というお言葉をいただいて、詩なのかどうかとかではなく、何かが自分以外の方に伝わったらしい、ということに不思議な嬉しさがありました。 感情は、どんなに激しい言葉を使っても、自分の想いには釣り合わないような気がして、ふと洩れて出た言葉をなるべくそのまま書こうとしています。なので、抑えているように見えるのでしょうか。 コメントをくださってありがとうございました。 (はつ恋)

2019-05-19