クヮン・アイ・ユウ

投稿作品数: 36 コメント数: 175プロフィール: 詩人。掲示板やブログへの投稿、声で表現。17年書き5年リーディング。スタンス:かなしみは切り取るから、その幾らかあと、触れずとも浮かび上がる喜びや幸せで遊んで欲しいせかい。よりよく生きることについて考えて生きる。難しい時は生き延びるに下方修正。/H28年以前の活動名@ta_a_na_ 短歌の時@toumei_nagi

投稿作品

水底の住人

2017-02-19

ポエジー

2017-02-25

好き

2017-03-03

風のありか

2017-04-15

おわらない

2017-07-13

延命救命

2017-11-29

朝は歌う

2018-02-01

Tender

2018-08-29

ヒール

2018-09-26

信頼

2018-10-18

コメント

桐ヶ谷忍 様 はじめまして。私はクヮン・アイ・ユウと申します。作品を読ませていただきました。拙いコメントですが書かせていただければと思います。 本作からは、作中の「私」の自己嫌悪が読み取れました。「共通点」からも「薄っぺらな笑顔」という言葉からも、そして何より刺す行為から。 ある時期に、自分や誰かと不本意な約束を交わした。その時から、生きながら死んでいる自分で居るということにも気がついている。そしてその事実が、ますます嫌悪感を強めているのではないか、そう思われました。 では果たして、本作は「私」の絶望が描かれた詩なのだろうかと考えました。 最終的に、私はこう考えました。 そこかしこで眠っている人形たちに名前をつけるとしたら、「生きたい」ではないかと。 すみません。かなり自由に書かせていただきました。読ませていただき、ありがとうございました。 (「弔い人形」)

2017-02-24

まりも様 色々な仮説を立てながら読ませていただきました。 「私」は、〈これから〉鳥を自分のものとするのか、それとも以前に逃していたのか。 箱の冷たさに関して、前までは温もりがあったのか、それともまだ一度も温まったことがないのか。 「私の口」は、自らに「落伍者」と告げるのを嫌がりどこかに行ったとあるが、なぜ嫌がったのか。「口」は、「私」を「私」以上に愛しているからと考えられないか。 「鳥」が人生の飛躍やその人の内的な成長などを象徴すると仮定した場合、「歌」は、人が生きる上でのポジティブな仕掛けとは考えられないか。 ここまで、以上の様なことを考えた場合に、箱の中が空であったことにある種の納得がいくと思いました。 つまり「私」は、精神の発達においてまだその過程にあるのではないか。具体的には、少なくともまだ壮年期には達していない可能性が高いのではないかと考えました。 本作からは、「私」のこの先の〈成長の可能性〉と〈未来〉を感じ取りました。 素敵な詩を、ありがとうございました。 (私の鳥)

2017-02-28

田中ジョヴァンニさま >>「タカヒロは何故か迫りくる惑星を、このバットで打ち返せそうな気がした。」 この箇所に最も詩を感じました。 読み進めながらこの部分を受け取った時に、はっとなる感覚がありました。 人間は、無気力状態に至る過程にも学習すると聞きます。例えば、あまりに遠いものに手を伸ばすことを段々としなくなるという話に近いと思います。 男性機能の回復は、手を伸ばすことへの再帰とも取れます。 この先の彼に困難が待ち受けていることは容易く想像出来ます。しかし、きっと何とかやっていくのだろう。そう思わせる作品でした。 ありがとうございました。 (その熱く滾る硬い棒を)

2017-02-28

三浦様 コメントを下さりまして、ありがとうございます。 詩が聴覚、視覚(ときに触覚)等のどの感覚から受け取られるのか、状況によって速効性と遅効性をどの様に含ませるのか。最近はそんなことをよく考えておりました。 これまで、朗読する時間よりも書く時間が長かったのですが、「読ませる時間を与える掲示板」が持つ良さに救われる感覚も改めて感じております。 大変勉強になります。 ありがとうございます。 kaz. 様 初めまして。コメントを下さりましてありがとうございます。 タイトルの件、つまらなさを含ませる代わりに、自分がそこに何を与えたかったのかということについて考えております。他のタイトルをつける場合に、どんなタイトルをつけるのかということも含めて、引き続き向き合っていくこととして考えております。 いくつかの点についても「良い(いい)」とおっしゃって下さり、ありがとうございます。 「なんとなく、すごく奥手な恋愛詩、の感じもする。」というお言葉については、こちらとしては驚かされるものでした。背景を探る意味でも、そういった視点から改めて読み直してみたいと思います。 紐の頼りなさについては、その様に受け取っていただけたことに対して、嬉しく感じております。 「もう少し詩を面白く」出来たかも知れないという点について、ありがとうございます。「花さないで」というお言葉を受けて、自分には思いつかなかった言葉だったなと思っております。確かに、詩に面白さが加わる言葉であると思いました。 今回とても勉強になりました。 ありがとうございます。 花緒様 こちらこそ、コメントを下さりまして、ありがとうございます。 「想いを残しながら死んで水底に沈んでしまった人の詩想が、水底から浮かび上がっていくような感じ」 上記のお言葉を嬉しく受け取っておりました。 はじめに、この場でどこまで作者の意図を語るべきなのか語らざるべきなのかということについて、難しさを感じております。 少し語らせていただくと、実はおっしゃっていただいた内容とは少し異なる考えのもとでこの作品を書いたのですが、手もとを離れた以上、実はそれも大して大切なことではないなと考えております。何より、今回のように自らの作品に対してアプローチしていただけたことに大きな喜びを感じております。人様に自分の意図通りに詩が伝わるよりも、何倍も嬉しく、学びの多いものとなるのではないかと考えております。 貴重なお言葉をくださりまして、ありがとうございました。 (水底の住人)

2017-02-21

まりも様 心のこもったお言葉の数々、ありがとうございます。コメントを読ませていただきながら、感じていたのは、感謝の気持ちでした。 詩を書き人様に対して発表するときに、そもそも私は、どんなことを求めて行動しているのかということを改めて考えさせられました。 つまり、「私は私が思うような解釈をされたいのかどうか」ということについてです。答えは中々出ませんが、一方で、この喜びは本心だろうとも考えております。 実は、今回まりも様からいただいた冒頭のお言葉と同じ主旨のコメントを、以前に他の詩人の方からもいただいたことがありました。 今回いただいたお言葉を受けて、どうやら私の詩作では、言葉が言葉を産むということが本当に起こっているのかも知れないなと思うようになりました。ありがとうございます。大切に抱きしめていきたいお言葉です。 「聞き手」という考え方もあるのですね。とても驚きました。「利き手」に、はからずもその様な働きが与えられていたのだということを知り、大変嬉しく思います。詩の面白さを新たに教えていただきました。 本心で生きたいという主旨のテーマについてですが、おっしゃる通りです。この詩にはそういった願いが込められていると考えております。 詩作を通じて、あとになって本心を知るということが作中の「私」に起こるということがとても面白いと思っております。 大切なお言葉をたくさんいただきました。 本当にありがとうございました。 (水底の住人)

2017-02-21

百均さま コメントをくださりありがとうございます。 音の踏み方の件、加減をどこまでするのかという難しさがあるなと感じております。どこまで重ね、どこでやめるのか。今後も勉強していきたいと思います。 引用部分を褒めてくださりありがとうございます。この詩の創作にあたっては、ある映画から大いに影響を受けたところがありました。水のイメージが届いていてよかったです。 (水底の住人)

2017-02-27

長庚様 はじめまして。クヮン・アイ・ユウと申します。 作品を読ませていただきました。少し書かせていただきます。よろしくお願い申し上げます。 はじめ、ローマ字が場面転換の為に仕掛けられた装置かと思われました。 再び読み返すと、それだけではないのかも知れないなと考えさせられて、面白かったです。 この羅列が、読者にゆっくりじっくり読ませる働きを持っているということ。 読みながら、頭の中で文字が変換されていきました。こういった体験の機会が、ある間隔で用意されているので、新鮮でした。 「読むという行為」についてや、「作者として、仕掛ける側としての表記の選択」について考えさせられる機会をいただきました。 本作に触れて、「人は変わりたいと願いながら、その実変わることを避けている(あるいは恐れている?)」という主旨の言葉を思い出しておりました。 この詩から、「悲しみからの解放、しかしそれにも伴う悲しみ」のようなものを感じておりました。 ありがとうございました。 (追悼)

2017-02-23

Migikata様 はじめまして。作品を読ませていただきました。拙いコメントではありますが、書かせていただきたいと思います。 葉や茎に対してですら、生々しいにおいを感じる詩であると思いました。 >>「右へ行けば左、左は前で前から上へ 下から回り斜めに抜ける」 この箇所から、現実と非現実を区別する自らの機能に混乱を感じたのですが、それすらどこかで心地が良いから大変不思議です。 >>「気持ちいいけど気持ちいい」 この箇所についても、ある種の倒錯性に似たようなものがうかがえて、大変面白く読ませていただきました。 読ませて下さり、ありがとうございました。 (未来の私)

2017-02-25

花緒さま ツイキャス聞いて下さっていたんですね。ありがとうございます。 今回もコメントを下さりありがとうございます。 タイトルの件、確かにおっしゃる通りだなぁと思っておりました。 実は私は、年末まで2年間ほど詩の朗読(ポエトリー・リーディング)をしておりました。その期間は、長い間書く詩にしか触れて来なかった自らにとって、文字で読んでいただく詩と声で聴いていただく詩の違いを考え続ける期間でした。そこには、速効性と遅効性のどちらを詩にどのように含ませるのかという選択がありました。 そういった体験を経た現在に、こちらの掲示板に出逢えたことに幸運を感じています。素敵な場を与えてくださり、ありがとうございます。 今後は、読んでいただく為の詩への工夫もさらにしていきたいと思います。 (ポエジー)

2017-02-26

三浦さま こんばんは。素敵なお言葉をくださり、ありがとうございます。 「詩について。詩とは?詩で何がしたいのか?」ということを、最近は考えずにはいられませんでした。 今後も続けていきます。ありがとうございます! (ポエジー)

2017-02-26

hyakkinnさま コメントを下さりありがとうございます。 詩に関わりのない方にとってのポエジーとはどういうものか。 詩を知った私と他の方とで、その認識はまた違うものだろうなと想像しています。 たとえば飲んだ帰り、あえて一駅歩いて帰ろうという気持ちを抱いたことがある人は、少なくないのではないかと考えています。そしてそんな些細な感情は、日々にどんどんと上塗りされるものだろうとも考えています。 しかし私はそこに光を見出してしまいます。「吹けば飛ぶようなカラダからアンカー」を射出したくなります。 誰かに掛かればいいな、とか。その輝きを知って欲しいな、とか。 詩の世界から見るポエジーの輝きと、現実世界でのその些末。 鬱は躁に比べて、物事を見つめ考えるのに適している側面があると聞きますが、そんな憂鬱さを持って、この「遠さ」を見てみたいと考えていました。 「物足りな」さについては、おっしゃる通りであると思っています。そして、その側面から描いたらどんなだろうと想像しています。 ありがとうございました。 (ポエジー)

2017-03-07

もとこ様 コメントをくださり、ありがとうございます。 最後の「がんばれ」と思っていただけたこと、大変嬉しく感じました。 アンカーは、一般的には留まる為のものでしょうか。 おっしゃるように、何を「つなぎ止めるものか」という所に不足はあると思います。 旅の途中、移動中、アンカーを使うとき、それはどんな時なのだろうということを考えておりました。 (ポエジー)

2017-03-09

三浦さま もしかしたら、ある特定の書き手に対する愛(応援のようなもの?)を書いた詩なのではないかということを、本作から感じ取っていました。 タイトルを受けて、作者はここで「ポエム」という言葉をどう定義しているのか。なぜ「詩」と表記しなかったのか。 上記のそれぞれの字が持つ音感や見た目の特徴という観点だけで選ばれたものではないのではないかと考えておりました。 >>「学ぶまえに言葉を使うよって」 この部分からも、いわゆる「ポエム(笑)」と嘲笑され葬られて来た人たちへのメッセージ性を感じずにはいられませんでした。 >>「最果てに咲く刃物」 素晴らしい言葉だと思いました。 サバイバーとして、思わず熱くなってしまいました。素敵な詩をありがとうございました。 (殺されたポエムの子供👶たち)

2017-02-27

>>「のっぺりとした空は 吐き出しきれずに つぶれてしまいそうで怖い」 ここでは、「空」に対する「私」の投影を見たような気がしました。どちらかと言うと、自分のためよりも人のために生きる方(かた)が、それゆえに空に苦しみを重ねているのだろうかと妄想されました。 「玩具屋に並ぶ偽物より」も悲しい「向こう側の家々の小ささ」について考えておりました。 ここから、家庭の機能不全の可能性を想像しておりました。だからか、最後、私にはどうしても、幸せな帰路をゆくようには感じられませんでした。 悲しみがちゃんと痛い作品でした。 ありがとうございました。 (茄子のうし)

2017-03-02

三浦果実さま 「Ver更新工事」の件、ありがとうございます。「変遷」についてもそうなのですが、何より、自分で行ったコメントを見返すことが出来るところが大変良いなぁと感じております。<熱が冷めた後にもおいしいか>など考え、反省の意味でも別の意味でも、自分のコメントを見返しております。 「表現体」の「模索」についてはおっしゃる通りです。 結果はどうあれ、リーディングの世界は私に、<より良く伝えること>について省みる機会を与えてくれました。 本作は、書く詩の世界が持つ<秘密の美しさ>に触れて書いた作品でした。 多くの学びを、ありがとうございました。 (サキデテフレテ)

2017-03-03

もとこ様 ありがとうございます。書いていただいた内容に関して、(いい意味で)こちらから書けることはほとんどないなと思いました。 悲しさを受け取ってくださり、ありがとうございます。 (サキデテフレテ)

2017-03-03

まりも様 「文の運びのスピード感」について、おっしゃる通りです。 創作には、取捨選択の醍醐味もあると思うのですが、自身、何を優先したかったのか。その事をもう一度考えたいと思います。そして、「スパッと切っ」た場合の作品と向き合い、その上で自問したいと思います。 あいまいさに楽しみを見出していただき、「もどかしさ」についてもお言葉をくださり、ありがとうございます。人様に声で聴いていただく場合と、目で見て読んでいただく場合とで、必要なものはきっと大きく異なると考えております。今後も勉強していきたいと思います。ありがとうございます。 (サキデテフレテ)

2017-03-03

繰原秀平 様 はじめまして。 「一見すると」とおっしゃってくださったので、他にも様々な想像をしてくださったのでしょうか?もしもそのようでしたら、大変幸いです。 「滑稽さ」、「倦怠」、「悲しみ」、「狂気」、「懐かし」さ、「喪失感」を感じていただいたとのことで大変嬉しく思います。ありがとうございます。 「秘密の美しさ」は、ポエトリー・リーディング伝えるために書いた詩と、画面や紙で読んでいただき、それを伝えるために書いた詩とで、異なる点があると考えました。前者では、読み手に対して遅効性を待たせた言葉が有用であると考えております。そのことから、「秘密の美しさ」を感じておりました。 しかし、おっしゃっていただいたことをお聞きして、なるほどと思っておりました。「取り返しのつかな」さもの件、 (サキデテフレテ)

2017-03-04

繰原秀平 様 上のコメントについて修正したものを改めて以下に書かせていただきたいと思います。完成する前に誤ってボタンに触れたことで投稿してしまいました。申し訳ありません。 ----- 繰原秀平 様 はじめまして。 「一見すると」とおっしゃってくださったので、他にも様々な想像をしてくださったのでしょうか?もしもそのようでしたら、大変幸いです。 「滑稽さ」、「倦怠」、「悲しみ」、「狂気」、「懐かし」さ、「喪失感」を感じていただいたとのことで大変嬉しく思います。ありがとうございます。 「秘密の美しさ」は、ポエトリー・リーディングという行為の中で伝えるために書いた詩と、画面や紙で読んでいただき、そうして伝えるために書いた詩とで、異なる点があると考えたところから見つけ出したものでした。後者では、読み手に対して遅効性を待たせた言葉が有用であると考えております。そのことから、「秘密の美しさ」を感じておりました。つまり、読み手に時間があり、余白を深く楽しめるのではないかということです。 しかし、おっしゃっていただいたことをお聞きして、なるほどと思っておりました。「取り返しのつかな」さの件、人々が抱える戻れなさもまた秘密なのかも知れないなと考えました。 ありがとうございました。 (サキデテフレテ)

2017-03-04

もとこ様 ありがとうございます。 最後は、「循環」をイメージして書きました。 日々忙しい暮らしの中で起こる様々な出来事。実際に見たり、ニュースで知ったり。 その時に芽生える感情は確かなものだったように思います。 しかし突然目の前を行く懐かしさは、あまりに心地よく、そちらに思い巡らすことに誘います。 そうして、さっきまでの誰かのための痛みはどこへいったのかということをよく自問します。 アキレスは勝てなかったのか。亀は勝ったのか。私にはわかりません。 極論どちらでもよいと思っています。 そのことに対する考えと、日々繰り返される他者への共感と個人のノスタルジアの残酷なまでの入れ替わりのイメージを繋げて今作の創作に至りました。 (好き)

2017-03-09

hyakkinn様 ありがとうございます。パーツを褒めてくださり嬉しいです。 「パーツ」を更に活かしてゆけるように精進します。 イメージがワードになり、イメージワードがイメージを連れてくる。繰り返す。 こうして作られた作品でした。そこに一つの筋道が通っているということをもう少しはっきりと伝える為の「昇華」が必要と考えました。 ありがとうございます。 (好き)

2017-03-09

Migikataさん おはようございます。コメントをくださりありがとうございます。 深く読み解いていただき幸いです。 おっしゃっていただけたのでお伝えすると、悲しみの表情で下を見て歩く在日外国人の学生さんを見かけたことが着想のきっかけにはなっておりました。 コメントを拝見して、大変勉強になりました。 そしてここまで考えを巡らせていただけたことに感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。 「人の好悪」についてのお考え、私も同じ想いです。 (好き)

2017-03-09

三浦果実さま いつもお言葉をくださり、ありがとうございます。 ポエジーの件、「発せられ方」なのか、「発したものの質」なのかという観点からもご意見をいつかお聞き出来たらと考えておりました。三浦さまからはいつも刺激をいただいております。 本作についての解釈を別作品をも通して行っていただけたこと、大変嬉しく感じております。 成功も失敗も、勝ちも負けも、「ポエジー」と今作には込めております。 すべて含んで「すき」と考えております。 ありがとうございます。 (好き)

2017-03-09

田中恭平様 はじめまして。 読み進めながら、なぜかこの詩に悲しみや痛みがあって欲しいと願っている自分に気がつきました。 そして、途中安心したのを覚えています。 >>「ビッグマックでビッグマウスだったお前はお前は 今僕と同じ幽霊?」 ここまで来て何故か安心感を覚えました。 決して、ここまでが良くないということではなく、むしろ音感の気持ち良さや、言葉が別の言葉を連れてくる連続性と想像性に驚かされていました。 そのうえで、なぜか悲しみを欲していました。きっと、ここでこそ映える感情があると、読みながら考えていたからなのかも知れません。 個人的には、最後の「馬鹿野郎」が気持ちよかったです。 ありがとうございました。 (営み)

2017-03-04

>>「それを繰り返している内に、排水口から汚い灰色の水が吹き出してきた。」 この描写から、悲しみがじんわりと伝わって来ました。 はじめ、読点の多さと一文の長さは気になりました。しかし、何度か読み直す中で、本作の「わたし」の年齢(実年齢、精神年齢ともに)やその他の状況とを想像すると、この形がやはり一番いいのではないかという答えにたどり着きました。好感が持てる作品でした。 いい意味での「整わなさ」に美しさを感じました。ちょうど、思春期の子らの完成しきっていない顔にそれを見るように。 (かなC)

2017-03-12

「ずっと同じはなしをきいてる」は、この通話中に限ったことを表しているのではなくて、長年に渡って〈ずっと同じはなしをきいてきた〉のだろうなということを想像していました。 家族などの近い存在に対する煩わしさと、その奥にある愛の積み重なりの事実を描いた温かな作品ではないかと読みました。 もしかしたら読み手の年代と立場により読み方が変わるのかも知れず、そう考えると、さらに懐の深い作品だなぁと思われました。 (ずっと同じはなしをきいてる)

2017-04-04

まりもさま こんにちは。 コメントをくださり、ありがとうございます。 たしかに演歌感は出ていますね。 お言葉を受けて、あえてその印象を出さないでいたらどんな詩になっていたのかということを考えております。 おっしゃられたように、リフレインによる強調効果よりも群像性を強めたかったところがありました。とは言え、リフレイン効果をも望んでいたのも確かでした。ありがとうございます。大変勉強になります。 音感の強さによる影響について考えながら詩作する感覚を持ってゆけたらと思います。 さいごについてですが、前に登場した他の2人とは異なる者であることがわかりにくかったということで、こちらも勉強になりました。 ありがとうございます。 (風のありか)

2017-04-16

花緒さま こんばんは。コメントをくださりありがとうございます。面白く読めるとおっしゃっていただき嬉しいです。 しかしながら、結局のところよくわからないとのことで、それは私の詩の事実かと思われます。 コメントをいただけてほんとうに嬉しいです。重ね重ねありがとうございます。 皮肉の強度が微妙とのことで、私は、この詩に皮肉や悲哀を込めたかったので、そういった意味では「足りなかった」のだと感じております。 どのようにすれば、それぞれがよりよく伝わったのか、そのことを考えながらまた今後の詩に活かしてゆきたいと思います。 (風のありか)

2017-04-18

三浦さん はじめに、通常のコメントを書いてくださり、ありがとうございます。その理由を読んで嬉しかったです。 言葉の選択とそこに至る必然性の有無、そして誠実性について。 正直自らでどこまでそれを意識化のもとに行えているのかは頼りないところがあります。ですが、結果として見れば、その言葉が必要だったということは多くあったようにふりかえり思います。 僕は賢くないのであまりちゃんとわからないのですが、人様の詩を読むときには、その人の思想や価値観、人生背景、興味関心の対象など、どうしても想像せざるを得ません。 たまたま詩だった。人を知りたかった。 こんな書き方しか出来ないのですが。 ありがとうございました。 (風のありか)

2017-04-20

白犬さん コメントを下さりありがとうございます。 「反発」を感じて下さったとのことで幸いです。とてもとても嬉しいです。 さいごの「パンチが効いてて」に関しては、「どんな感じ」を持っていただけたのか、また機会がありましたらぜひお聞きしてみたいです。ありがとうございました。 (風のありか)

2017-04-22

hyakkinnさま こんばんは。コメントをくださりありがとうございます。 広く群像劇のように取り上げようとしながら、なんだかすこし届かなかったのかも知れないなという感覚が制作中にもありました。人の人生にこころを寄せること。それがどういうことなのか。どうすればいいのか。 そんなことを今後も考えてゆきたいと思います。 hyakkinnさまに「もうちょっと読んで理解してみたい。」と言っていただけて、とても嬉しいです。ありがとうございます。 この創作をもってして、やり場のない悲しみへのやり場を作ろうとしたのかも知れません。 だからこそ、さくらにはただ淡々としていて欲しかった。そう考えて書いたのだったと作った時のことを思っていました。 ありがとうございます。 (風のありか)

2017-05-13

朝顔さま 最後のお言葉にやはりこの道でよかったのだと思うことができました。力をいただきました。 コメントをくださり、ありがとうございます。僕の好きな歌手の方が、桜をこのように扱っていたと思い出しました。無意識に刷り込まれていたのかも知れません。 客観的に言ってしまうのであれば、目を向けるところは悪くないのに、なんだかセンスがないんだよなってことを自分に思ったりもします。それはこちらで人様からお言葉をいただく機会にめぐまれて感じることができるようになったところが多くあります。ありがたいです。 センスの無さと書きましたが、無意識の気恥ずかしさや何かからの逃避ならば、もっと心と向き合ってゆこうと思います。 今後も精進します。ありがとうございます。 (風のありか)

2017-05-13

花緒さま おはようございます。 ご覧くださり、ありがとうございます。 「冗長さ」について、おっしゃる通りかも知れません。そのご意見ご感想を受けて、リーディングで聴いて下さった方にもどう受け取られるかお聞きしたいと考えていました。 いつもありがとうございます。 (食べて下さい)

2017-04-26

まりもさま おはようございます。コメントをくださり、ありがとうございます。 「たべる」の表記については迷いました。結果今回の形にしましたが、まりもさまのコメントを拝見して報われた想いです。ありがとうございます。 私の詩には、間違いなく冗長さや冗漫さがあると言えると思います。 たとえばテキストを声で表現するときには、聴き手がさらに受け取りやすいように主語述語の関係を補足することではっきりと示すことがあります。目の前で聴いて下さっている方に届けたいという想いからしていることですが、その良い悪いはまだわからず勉強中です。 投稿掲示板のように、その方がその方のペースでご覧いただける様なところでは、詩をもっと見つめ直す必要がありそうです。 ありがとうございます。 いただいたコメントの最後の箇所についてですが、おっしゃる通りだと思います。 日々生きていますと、どちらにもなれないことを痛感します。そのほんとうを描きたく、今回の詩となったと考えております。それが結局「君」に届かないのなら、もう一度考え直さなければならないと思っています。 (食べて下さい)

2017-04-26

もとこさま おはようございます。 「内側にすごい力を秘めている」と言っていただけて嬉しいです。 「見た目」について、おっしゃる通りかも知れません。他の方からも、言葉に異質なイメージがついてしまっていることをご指摘いただいたことがあります。センスと言ってしばえばそれで終わりそうですが、そこを少しでもよくしていけるように学んでいきたいと思います。 コメントをくださり、ありがとうございます。 「冷たく引き離して、さてあなたはそこからどうする?」という問いを受けるところからスタートして欲しくて、光に関して書きました。 (食べて下さい)

2017-04-28

三浦さん コメントをくださりありがとうございます。 テーマは、誰かにとっての業のようなものであるとしたら、自分には何があるのだろうと考えています。そして予想のつくものがあります。 三浦さんからは今回のコメントのようなご推測をいただいているとのことで、それを受けて、私のそれが何であれ確かに何かが伝わっているという事実に喜びを感じています。 「すごくいい」と言っていただいた箇所に関しては、「ほんとう」を書きたい私にはこれまた嬉しいお言葉でした。 「ネット詩硬派組の感性」、おもしろい視点だなぁと刺激を受けつつ考えていました。 (届けたい。 誰に? みんなではない、みんなには届かない ではそのうえで誰に?) さいきんその答えがだんだん見えてきた気がしています。 僕が尊敬する方は、りょうほうの世界でかっこよくてすげぁーなぁーって思っています。 朝顔さま はじめまして。コメントをくださりありがとうございます。 絶望をただ絶望としてそのまま事実描くなら、私がやる必要はないと考えています。私に出来ないことだろうとも考えています(コメントを受けて考え始めた事なのですが)。 少なくとも生きることにして、生きているから、じゃあなぜ進むのか耐えるのかを詩の中に含ませられたらと、これも後づけ的に願っております(無意識にはあったのかも知れません)。 >>「同じ状況に置かれたまたは、置かれたことのある人以外にとって、どうでもいいよと言わせてしまう部分があるところなんです。」 この言葉がとても響きました。ほんとうにその通りであると思います。 リーディングする時、説明したいと希求します。テキストの内容をステージに立ってから瞬間的に選択し変えることが多くあります。 最悪だれにも届かないことを知ったその上で、誰に、なにを届けたいのか。そのことを考えざるを得ません。 未熟だから冗長なのかも知れません。端的に、余白を持たせて、相手の能力や価値観にゆだねる美しさがあると思います。そのうえで、どうしていくのかを選んでいきたいと思います。 最後の二行に関して、ありがとうございます。 昨年末に、これまで詩のライブを観たことがない(自分よりもひとまわりも若い)人たちの前でLIVEしました。 あとでその誰か一人に届いていたことをご本人から聞いて知り、これだと改めて確認しました。 皆様からいただいた「冗長さ」について、そのことを受け止めたうえで、引き続き勉強し続けていきたいと思います。 ありがとうございました。 (食べて下さい)

2017-04-28

hyakkinnさま コメントをくださりありがとうございます。 日の目を見るということや、言葉の無力・有力、人と人の関係について考えていました。 あえて絶望を描き、「それで君はやめるの?」という問いをもって挑発したかったところがありました。そして、必ず奮起して欲しかったです。 (食べて下さい)

2017-05-16

Migikataさま おはようございます。 コメントをくださり、ありがとうございます。 随分遅くなってしまいましたが、今こうして読ませていただいていて、なんとなくすっと胸に入ってくる感覚がありました。 僕の詩は道筋、読み方を示しすぎているのかも知れません。 読んでもらう為に書いていた詩も、リーディングするとなれば、手直しをせざるを得ません。 言葉がどんどん音となって耳に入りは流れていく。その事実にどう抗えばいいのか。どうすれば意味を聴いてもらえるのか。 その先で僕の今の形があるのだと思います。 読んでもらう詩だけを意識して、解釈の余地のある詩を書いてみたいと思います。 ありがとうございます。 (食べて下さい)

2017-06-07

「制服を着ていなかったころ」、こんなにも美しい表記があるんですね。 「枯らせずに腐って」という箇所についても、ほんとうに驚かされました。きめ細かな言葉の定義づけと、それゆえの最奥を照らしうる光の強さを感じました。 (親愛なる灰へ)

2017-04-28

あきらさま はじめまして。 秋は(次の季節は)いつ宿るのだろう、いつ脈打つのだろうかということを考えておりました。 夏の歌声がかすかなのはどうしてだろうかと考えておりました。 生き死にの円環をもってして次が来るとするのならば、その歌声がかすかなのは、死の前だからなのだろうか。夏真っ盛りのときに、秋はどうしているんだろうと。考えを巡らせていました。 プールで、川で、水中で、あの夏のまばゆい日に、鼻の奥に水が入って痛みを感じられたこと、ありますでしょうか?夏がその命を謳歌しているときに、せつな影を落とすあの痛み。 個人的には、秋は、夏のその盛りに宿るのかなと、そんなことを考えていました。たとえば人が人とまだ定義づけられない時期の、命ともまだ呼べないその始まりの瞬間は、夏の盛りにこそあったのかなと。 季節が季節を喰らうという感覚を、僕はすごく面白いと思いました。 楽しく読ませていただきました。ありがとうございます。 (喰らふ)

2017-04-28

朝顔さま コメントをくださり、ありがとうございます。 四連目褒めていただけて幸いです。本作の中の展開としても詩情としても一つの到着点だと考えているので、とても嬉しいです。 ありがとうございます。 (Driver)

2017-05-06

黒髪さま コメントをくださり、ありがとうございます。お言葉をいただき恐縮です。 「よりよく生きたい」という願いが外に向いていたのだとしたら、幸せです。ありがとうございます。 (Driver)

2017-05-06

三浦さん コメントをくださりありがとうございます。「予定調和」ですか。なるほど。 伝えたいテーマ、届けたい場所がある程度決まっている。それは業のように。そのうえでいただいたアドバイスを受けて「特異変化」を起こしてみたいと思いました。やってみます!ありがとうございます。 (Driver)

2017-05-06

夏生さま コメントをくださりまして、ありがとうございます。 四連目について感じていただけたこと、大変嬉しく感じております。私のような者には、結局のところ自らが知る本当に痛かったことでしか痛さを描けません。しかしそれでいいのだと勇気をいただきました。ありがとうございます。 (Driver)

2017-05-16

まりもさま おはようございます。 コメントをくださり、ありがとうございます。 誓いの理解をスムーズにするための冒頭での仕掛けについて、なるほど!と思いました。しかし一方で僕は詩を書くときにはそこまでの冷静さを持てていないことと事実です。 言葉を扱う以上、人様に伝えたいのなら尚更、やはりその冷静さが僕には不足していると思われました。 一字下げについてもおっしゃる通りだなと感じました。 リズミカルな言葉に変えることについても、もうほんとうにおっしゃる通りです。 ここまで来て考えていたのですが、経験を作品に昇華するまでの時間が短いのかも知れません。もっと過去になってから、時間を置いてから書かなければならなかったのかも知れません。冷静さがないのは、その証明かも知れない。そんなことを考えました。 そうですね。「真ん中には子供の時間が」という箇所、その通りだなと思いました。 まりもさま、僕の作品にエネルギーをさいてコメントを下さり、ありがとうございます。 とても遠いところに詩の技術、工夫点はあるのだなと、今はまだ離れたところから見つめています。 コメントを受けて、「がんばります」と一言では想いを語れないほどに。自分の視野の狭さには小さく絶望しています。しかし諦められるものでもなく、そもそもそこへ行きたいのかもわかりません。ですが、勉強になりました。せっかくのお言葉をどのように活かすべきか今は分からず申し訳ないです。 考えることは続けて行きたいです。 ありがとうございます。 (Driver)

2017-06-07

まりもさま 以下の箇所に、間違いがありました。 >>「しかし一方で僕は詩を書くときにはそこまでの冷静さを持てていないことと事実です。」 ただしくは、 >>「しかし一方で僕は詩を書くときにはそこまでの冷静さを持てていないことも事実です。」 でした。失礼いたしました。 (Driver)

2017-06-07

夏生さま 舐めることで、「得ているはずなのに失っている」という事実にとても惹かれました。能動的に得ているのに、です。 ワンシーンが、いくつもの他の事象に置き換わるだけの力を持っている。与えられている。 大人になってからも、(乱暴な言い方ですが)やめりゃあいいのにやってしまうことが多くあるということを考えさせられます。詩の役割のうちの重要なものの一つを体現されていて、かっこいいです。 (地面を舐めた)

2017-05-06

白犬さま >>「結局は季節巡って 何度でも、胸、溢れる」 この言葉が初めに来ているという事実がもうそれだけで美しいなと感じました。 「結局は」という言葉にほとんど心が表されているように思われました。平易な言葉であっても、その組み合わせで爆発できる良い例ではないでしょうか。見習いたいです。 まりも様がおっしゃっているように、僕もこの詩に音楽を合わせたらどんな魔法がかかるのだろうと想像していました。 読み手の想像力を誘導するように働かせる詩であると思います。 詩における「恋」や「メール」という言葉が与える印象とはどんなものでしょうか?それは読み手の皆様が感じることなのですが、個人的には上記の言葉は、言葉自体というよりは、世界で認知されるイメージの強さにより、ともすればその言葉一つで「安い詩」という印象を与えかねないと考えております。 しかし、ここではそう感じられないのです。それはなぜか。 きっとそれは、周囲に散りばめらた言葉ひとつひとつの力によるのではないかと考えました。 簡単に言ってしまうのなら、センスの良さだと思います。 数ある引き出しの中から言葉を持ってくる力、配置する力、表記をコントロールする力。挙げていけばもっと多いのですが、僕はこの詩は良い詩だと思います。 上から下に読み進めていくのに、最後には一枚の絵のような詩と思わせるところにも魅力はあります。 白犬さまの世界の見せ方、詩情の表し方が、きれいでした。 (ル・カ)

2017-05-06

5or6さま 感覚的な捉え方と、そこからの感想しか書けないのですが、そのうえで書かせていただきたく思います。 この詩には驚かされました。驚きのあとには、ただただどうしようもない悲しみに包まれていました。 >>「鼻につく豚の体臭と文章」という言葉の音感の良さに気持ちよさすら覚えていました。単語の組み合わせにも感動しましたし、だからこそ(?)絶望めいた感覚を持ちました。主人公の自らに対する嘲りのような、しかしそれだけでないような見方、言葉にです。「こう表現するしかなかったというような悲しみ」です。 視点が変わるのも面白いと思いました。客観から主観へうつるからこその効果があると思います。主観から客観へうつるよりも、より効果的に混乱と苦しみの深さを表していたように感じ取りました。 個人的には、この作品をリーディングでも聴いてみたいと思いました。 (スーパー踊り子豚野郎)

2017-05-06

なないろさま はじめまして。 「叶う恋はできますか?」という問い(愚問でしょうか?)が、なぜかふっと胸の奥から、軽くかるくふわふわっと浮かんで来ました。 個人的に、たとえば人や言葉を「消費する」という感覚には親近感を抱きます。 消費されたことがあると、消費されることを意識しますし、消費する側に立ってみようかということも考えてみたりしました。 それらひっくるめて、「布団の中」にいたいなって思うことがあります。 (ゆりかご)

2017-05-12

poppociderさま はじめまして。ご覧くださり、そしてコメントまでくださりまして、ありがとうございます。 >>「詩として全体を見たときに少し散漫な印象(後略)」 ありがとうございます。改行の位置の効果と影響について、そういった観点であらためて読み直してみたいと思いました。 内容について、力があると感じてくださり、ありがとうございます。 自分のあり方も含めて、このことについて人と話してみたかった。そんな詩です。 ありがとうございます。 (ぷらいべーと・ぱぶりっく・びゅー)

2017-05-22

田中恭平さま コメントをくださりまして、ありがとうございます。前半部分、とくに興味深く読ませていただきました。 筆ののらなさ、おっしゃる通りかと思います。悩みながら、でも伝えたくて書いた。そんな気持ちがありました。無意識が働いていたかと思われます。 経験を昇華する前に、それでも今このタイミングで書こうとした、書きたかった詩だったのかも知れません。 テーマ選択について評価いただき嬉しいです。ありがとうございます。 (ぷらいべーと・ぱぶりっく・びゅー)

2017-05-26

朝顔さま おはようございます。コメントをくださりありがとうございます。 少数派の世界にも結局ヒエラルキーはあって、では私が最下層にゆけたらもっと胸を張って今回のテーマのような詩を書けるのかということを考えました。答えはわからないです。 個人的には、詩になんとか逃げ込んで来たという感覚もどこかであるからこそ、今回のような絶望もまたありました。 (ぷらいべーと・ぱぶりっく・びゅー)

2017-06-07

人さまの詩をよむときには、自らの姿勢が露わになるのだと思います。 ある方には、単なるフィクションと取れるだろうし、私なんかには、少なくともこの詩世界における「わたし」の生きることへの姿勢が真剣なものとして受け取れます。 もう少し言わせていただくと、詩に触れてたときに、(さて、この作者は私をどう楽しませてくれるのかな)という視点と、(この作者は何を想ってこの詩を書いたのかな)という視点があるということです。どちらがいいということではなく、この詩の受け止め方を左右する要素の一つとして、それが言えると思いました。 ほんとうのことは、わからない。それでも一つの答えとして、この詩の中の「わたし」は、少なくとも生きることを選択している。そう感じさせるものが確かにあると思いました。「目を凝らせ」という言葉からもその真剣さが伝わりました。 (小宇宙)

2017-05-21

実はとうめいにも線があって 色があって 先端から末端 末端から先端 どちらが先か後か、今となってはわからない とにかく、線が伸びていて 切れかけだったり てんせんだったり 太かったり細かったり 色もあって なんでって それでも色があって 「それはなんの色?」って それはいたいときの色 イタイイタイの色 このとうめいは見つかるべきだ そんな色 ちゃんとみえる色 ----- 突然失礼いたしました。 amagasasasiteさま、はじめまして。 なぜかあのような言葉を書かせていただきたくなりました。失礼いたしました。 >>「ほんとうは サイテーなあの子たちと喋って笑ってみたかった」 この箇所がいちばん好きだなぁと思いました。生きる強さを感じたからです。 素敵な詩をありがとうございました。 (高校一年生)

2017-05-25

花緒さま コメントをくださりありがとうございます。 そもそも語彙が少ないから平易な言葉で書くしかないということを認めたいと思います。それは間違いなくあります。 私がもしもっと多くの言葉を知っていたらどんな詩を書くのかということを考えています。自由選択が可能な言葉からどんな言葉を出して来て、誰にわかるように書くのか。そんなことを考えています。 そもそも私に語彙が足りないので、想像の届かないところにある考えではあるのですが、どうしても考えてしまいます。 難解な、想像の余地がたくさんある詩は、どんな人にとって喜ばれるものなのかということを考えています。もちろんこれは否定的な意見ではないのです。ただ、気になっていました。 ひとりごとのような形で書いてしまい申し訳ないです。 コメントをくださり、ありがとうございました。 (燃焼を終えたロケットにではなく、)

2017-06-07

祝儀敷さま コメントをくださりありがとうございます。 すみません。お話いただいた出来事について全く知らないで書いてありました。 実は、ある方が新しいことにチャレンジされていく姿を見まして、そこから書いた詩でした。 (燃焼を終えたロケットにではなく、)

2017-06-07

まりもさま おはようございます。 「素晴らしい」と人様から言っていただけることの喜びは、他に代えられないものだなと味わっております。ありがとうございます。 詩には、どうやって深くにある大切なメッセージを届けるかという向き合い方がありつつも、一方で、伝えようとし過ぎないという向き合い方もあるのだなと、人様からすれば「今更何を言っているんだ」と言われてしまうようなことを、今になって考えています。 こういったバランスを取ることはとても難しいのですね。そしてそれがあった方がいいのか、あるいは、などと考えてはよくわからなくもなります。 混乱したりわからないということは、自分にとって大切な状態だと思いますので、いただいたお言葉から考えることをやめないでいたいと思います。 ありがとうございます。 (燃焼を終えたロケットにではなく、)

2017-06-10

ユーカラさま コメントをくださり、ありがとうございます。 逆にコメント欄がなかったらどんな詩として届いていたのだろうということを考えています。 私の詩は、自らの生き方に近いところで受け取っていただいているのだなということをコメントから感じ取りました。 逆に言えば私から切り離すことが必要なのかも知れません。 例えば作中の幸せが私の幸せでなく、不幸もまた然り。といったように届けられるようにもしてゆきたいです。ありがとうございます。 (燃焼を終えたロケットにではなく、)

2017-06-10

るるりらさま 初めまして。コメントをくださり、ありがとうございます。「実直に受け取れた」と言っていただきとても嬉しいです。ありがとうございます。 るるりらさまの心に届いたことを受けて、詩を書いてよかったと思いました。 桜の件、面白いお話ですね。 そうなると、最後はみな散るわけですが、そのことにただ悲観するだけでなく、自分より先に行った方々の健闘を心から願える私になれたらいいなと思っていました。私もきっと誰かにそう願っていただいているのかも知れませんし、現在地の尊さだってきっとあるのだろうなと考えています。 描き方に熟してないような、とおっしゃっていただいた点、お言葉を受けて考えるとやはりそれはおっしゃる通りかも知れないなと考えております。ロケットではないですが、そういった勢いで詩を書く私の弱さかも知れません。 ありがとうございます。 (燃焼を終えたロケットにではなく、)

2017-06-18

花緒さま こんばんは。ありがとうございます。 規模や次元、時間をも超えて、離れようと逃げようとしても、良くも悪くもそうはいかないものがあるような気がしています。 (宇宙で死にたい)

2017-06-13

仲程さま はじめまして。コメントをくださり、ありがとうございます。 そのように呼んで頂き、とても嬉しいです。ありがとうございます。 何より嬉しかったのは、 「その後続く記憶は、読み返すほどに読者の別の関係ない記憶も巻き込んでゆくはずです。」 という箇所でした。 ありがとうございます。 (宇宙で死にたい)

2017-06-13

仲程さま 「呼んで」、ではなく「読んで」でした。失礼いたしました。 (宇宙で死にたい)

2017-06-13

まりもさま コメントをくださりありがとうございます。 「独りで立つ孤独を知る人」 自殺企図をイメージしておりましたので、おっしゃる通りのイメージを受け取ってくださり嬉しい気持ちです。ありがとうございます。 温かさを受け取ってくださり、こちらもとても嬉しかったです。ありがとうございます。 (宇宙で死にたい)

2017-06-13

普遍的と言っても良い感覚を見事に表しておられるなと思いました。それは「一時小さく死ぬ」ということかも知れません。実は僕も以前、深夜に絨毯の上に起きるでもなく寝るでもなく動けないでいて、糸くずが鼻の穴に入っているのに抗いもせず、ただただそうしているという主旨の詩を書きました。 再び立ち上がるまでに必要な時間が、どなたにも等しくあるのかも知れないと、本作を受けて自らのあの時詩にした感覚を認めてもらえたようで、どこか勇気づけられました。 あと、最後の >>「にこにこと わらう わたし いつも通りの やさしげな わたし。」 ここに少しの狂気性と、「わたし」に強がりを見ている筆者の視点をも感じました。いい詩をありがとうございます。 (ラグ)

2017-06-14

桐ヶ谷忍さま コメントをくださり、ありがとうございます。 「代弁」と「慰め」と「安堵にも似た虚脱感」について、ありがとうございます。 詩が、決して多くはない、けれど確かに深く感じていらっしゃる方やその想いに何か触れるものがあったのだということが、私にとっては救いです。ありがとうございます。 (泣きボクロちぎり取って投げた、金魚たちが食ってら)

2017-07-13

5or6さま コメントをくださり、ありがとうございます。 技術的なところをご指摘いただきとてもありがたいです。ありがとうございます。 お言葉を受けて、対して当時の私の熱とその背景を深く思い出しています。 なぜ冷静ではいられなかったのかを考えて今後に活かしてゆきたいと思います。 ありがとうございます。 (泣きボクロちぎり取って投げた、金魚たちが食ってら)

2017-07-13

田中修子さま はじめまして。コメントくださりまして、ありがとうございます。 「好き」とおっしゃっていただけて嬉しいです。 腹が立つなど全くございません。私事で恐縮ですが、自身今31歳でして、27歳の頃から生き直し始めたと言いますか、何というか恐らく若い時代に持つべきだった感情と初めて向き合い出したということがございました。ですので、今回お言葉をいただけて、まっとうにもう一度生きられているのだなと思われて嬉しかったです。ほんとうにありがとうございます。 後半に書いておられる田中さまの変遷に希望をいただく想いです。 ありがとうございます。なんとかやめずに、世界に指一つ引っかかりながらでも諦めずに生き続けたいと思います。 感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。 (泣きボクロちぎり取って投げた、金魚たちが食ってら)

2017-07-18

蛾兆ボルカさま はじめまして。コメントをくださり、ありがとうございます。 勿体無いお言葉をいただきました。すごいメンバーだなぁと自分のことに寄せては感じられないほどです。ありがとうございます。 おっしゃる通りです。こういった詩しか書かざるを得ない状況というのは危険な状態だと思っております。幸い、色んな詩がまだ書けているので続けてゆけそうです。そして、結局書かざるを得ないというところもどこかで知っているような感覚もまたあります。 優しいお言葉をありがとうございました。 (泣きボクロちぎり取って投げた、金魚たちが食ってら)

2017-08-02

初読から時間が経っているのですが、なぜかずっとこの詩のことが気になっていました。 私には、246号線が現実のものというよりは、何かこう「わたし」にとっての観念的なものであるように思われます。それはつまり、これまでの人生の歩みすべてを指すような、そんな風に読ませていただいておりました。 この詩に共通するのは、陰とか痛みだとかそんなものではないかと考えております。 救いのない現実をそれも幅広く描くことで、ほんとうに救いがないなと思わされます。 ですが不思議です。最後の言葉で、この世界の悲しい程の変わらなさを淡々と描く箇所に、作者の叫びのような祈りのような希求を感じるのです。 私はとてもいい詩だと感じました。 ありがとうございました。 (ありしところのもの)

2017-07-14

りさん こんばんは。コメントを下さりありがとうございます。 うまく言えませんが、りさんの最近の作品を楽しく読ませていただいた者としては、今回の詩にコメントをいただけたことをとても喜んでおります(うまく伝えられないのですが)。 ありがとうございます。 褒めてくださり、ありがとうございます。とても嬉しいです。 ご質問の件、実は正確にはどちらにも当てはまらないと言えるのかも知れないと考えています。しかしながら一方でも当てはまるのかも知れないななどというよくわからないお答えになってしまいます。 この詩を書いた時、朝電車に乗っていたのですが、不思議なもので、今振り返れば自分の心のふかくと何かこう対話したような感覚が残っています。 私に彼氏はいませんでしたが、なぜか彼とのことを思い出してそのことを季節に絡めて書きたくなったんです。 私のこれまでのあらゆる実体験がピースとなって今回の非現実を形成しているのかも知れないとも思っています。 うまく言えないのですが、何よりもお伝えさせていただきたいことは、なぜか自分の知りもしないはずの世界のことを本当のこととして対話するという尊い体験をしたということになります。 本当に、うまくお伝えできずすみません。 手前味噌ですが、それでも確かに、この詩をとてもとても愛おしく思っています。 ありがとうございます。 (おわらない)

2017-07-14

黒髪さま コメントをくださり、ありがとうございます。また褒めていただきとても嬉しいです。ありがとうございます。 夏は私にとってなんでしょう。世界がエネルギーに沸き立つ最中の微かで確かな痛みというものかも知れません。 そういう深層心理の解釈がこの詩につながったのかも知れないなと思っています。 人との関わり、その痛み。そしてそれが確かにつなぐもの。 当初そんなことまでは考えられませんでしたが、そういうポエジーとの出逢いだったのかも知れないと考えております。 ありがとうございました。 (おわらない)

2017-07-14

まりもさま いつもお世話になっております。 コメントをくださりありがとうございます。 深くまで読んでくださり、そしてそのことをお伝えいただいたことに感謝しております。エネルギーをここまで割いてもらえるということはとても幸せなことだなと感じております。現に私はこうしてお返事をさせていただくまでになかなかエネルギーがたまらず苦しんでおりました。並べて書かせていただいていいようなことではないのかも知れませんが。。 消えてしまいそうなその人をつなぐものとは何なのでしょうか。 例えば「早く家庭を持て」という言葉がありますよね。もちろん使われ方も様々ですが、ひとつには現実に繋ぐための鎖、あるいはポジティブな意味での絆、糸とも言えるのかも知れません。 こういったものを持つこと、結果的に持ったこと、色々ありますが人はそのことについて幸か不幸かを考えてしまう生き物なのでしょうか。 すみません。ごちゃごちゃと書いてしまっております。 結果的に生き続けられていること、そして生きていれば辛いけど、いいことがたまにある。それだけは本当かも知れないなと思っております。 ありがとうございました。 (おわらない)

2017-08-02

shun kitaokaさま お返事が遅くなりましてすみません コメントをくださり、好きと言ってくださり、ありがとうございます とても嬉しいです 生きていると「どこか寂しい」ことをやむを得ず繰り返していくということがありますよね。 (おわらない)

2017-08-19

黒髪さま おはようございます。 傷ついて傷ついて、その最後には人は無感情、無欲になると聞きます。 今回の詩は、あるひとりの方の再生(感情や欲求を取り戻す)までの旅を描いた詩のように感じられました。それは最後の言葉によく表れていると思っております。 現われた、たまたま遭遇した「虹」に治してもらうのではなく、自ら主体的に「作る」意志が語られていて良いなと感じました。 あとは、短い一つ一つの言葉に力が人の何倍も込められているように感じられました。そして端々に垣間見える「わたし」の真っ直ぐさ、誠実さ。これらが読者を良い意味で巻き込んでいて、再生を応援する気持ちにさせているなと思いました。 素敵な詩をありがとうございました。 (不在)

2017-08-04

花緒さん おはようございます。コメントをくださり、また勿体無いお言葉をかけてくださり、ありがとうございます。 コントロールのもとというよりは、結果的に宙吊り感が出たところがあったので、花緒さんのお言葉を受けてよかったと感じております。 ありがとうございます。 余談ですが、私は、水や海などになんらかの無意識を刺激されるものを抱えているのかも知れないなということを最近はよく感じております。 もしかしたら、詩人の皆様にもそのようなあるキーワードとの近さや所縁のようなものがあるのでしょうか。 逸れた話を失礼しました。 (よごした海、しぶきあげて海)

2017-08-04

まりもさん おはようございます。 コメントをくださりましてありがとうございます。 「語尾の処理の仕方の生み出す印象」、なるほど。こういう仕掛けは学ぶことが可能なのでしょうか? 感覚的にやっているので、だからこそ操れるようになると推敲の際にいいなぁと考えておりました。 読者に気づかせるように書くこと、確かにその辺の意識は不足していたと思っています。正直なところを書かせていただけば、そこまでの余裕もなかったということになってしまいます。この辺にまだまだ自らの未熟さを感じます。 いつもこうしてコメントをくださるので、大切なことに多く気づかせていただいて本当に感謝しております。ありがとうございます。 持ち去られたのか、救出されたのか。どっちだったのでしょう。 現実世界で救出できなかったものを救出してもらったことに泣いたのかも知れません。 (よごした海、しぶきあげて海)

2017-08-09

なかたつ様 こんばんは。 コメントをくださり、ありがとうございます。 「数多の宝石」について「鮮やか」と言ってくださりありがとうございます。 「景観を損ねない〜」については、これまで生きて来た中で、そういった感覚や考え方が人にはあるということを、知ることが出来てよかった、幸運だったと感じています。いただいたコメントのおかげです。ありがとうございます。 >>「寄せる波と返す波というのは、浜辺にいる人間側が見た価値付け」 この点、素晴らしいご指摘であると感じました。なかたつ様の視点とキャッチしたものを言語化するお力には、いつも本当に驚かされます。そしてこの様にご指摘いただけて、読んでいただけてとても嬉しいです。 >>「もし、語り手が「おかえり」を言われたい立場ならば、浜辺に誰か別の存在を想定しないといけないのと、海に誰か別の存在を想定しないといけないのですが、この点はちょっと想像が追いつかなかったので、考察を止めます。」 この点について、おっしゃる通りだと思います。 はじめ浜辺にいながら、いつのまにかご指摘の二者関係から離れるような視点がそこに新たに生まれたと思っています。こういう変化は読者様への良い変化とは言えないのかも知れません。ですが、どうしてか、そしてどうしても必要なものでした。 細かいところまでご覧いただき、本当にありがとうございます。 宝石は、手に入らないことも含めて美しかったのかなと今になって考えております。 (よごした海、しぶきあげて海)

2017-08-16

竜野欠伸さま はじめまして。 ご覧下さり、そしてコメントをくださり、ありがとうございます。 「自然破壊」という観点で本作に向き合っておりませんでした。そして今回のように読んでくださる方がいるということを知り、驚きながら、そして配慮が足らず人様の心を傷つける作品を書いていたのかも知れないと考えております。 話はそれますが、 >>「海洋汚染は感傷を引き起こす自然破壊です。」 このお言葉を受けて、この詩に関係のない日常の場面で、私自身が感じていたものとはそういうことだったのかと、心を言葉で表現されたことで整理されるのを感じました。ありがとうございます。 作品の解釈について、読者様の感じ取ったものがすべてであるのならば、今このタイミングで私に何が出来て、何をすべきか難しく感じております。 つまりこう考えて、あれをこれに例えて書きましたというようなことはここでは要らないのかも知れないなとも考えております。 とても、難しいです。 心を割いてご覧いただけたこと、そこからさらにお言葉をいただけたこと、感謝しております。 ありがとうございます。 (よごした海、しぶきあげて海)

2017-08-17

竜野欠伸さま ありがとうございます。リンク先の文章も拝見致しました。 今作のはじめの一行目で、「何を海に例えていたのか」を伝える能力に不足があり、あるいは読み手に委ね過ぎたことにより、尊いものを傷つけたのかも知れないということで、振り返り考えております。 なぜそのまま「人」を描かずに、「海」としたのか。それは詩という形にしたかったからというようにしかお答えができないのですが、そこに今回の結果を招くものがあったのだとしたら、書く力の不足、もしくは配慮不足を感じます。 私の詩が自然を尊重しないものだったのだのしたら、それはよくないことだと考えております。 エネルギーと心を割いてお言葉をかけてくださり、ありがとうございます。 (よごした海、しぶきあげて海)

2017-08-20

まりもさん こんばんは。 運営をして下さる皆様のおかげで多くのことを学ばせていただいております。 いつも本当にありがとうございます。 >>「でも、それだからこそ、できるだけたくさんの、多くの「他者」によって、多方面、多彩な方向から光を与えてもらいたいし、その無数の蓄積によって、なんとなく「外側」から眺めたクリスタルの全体を、思い描くことができるようになる、のではないか・・・」 この箇所から、人と繋がることの意味やその尊さを改めて知らされました。希望し続けることも悪くないなとそんなことを考えました。 ありがとうございます。 もがいてもがいて、最後には「良かったな」と言って命を終えたいです。 (よごした海、しぶきあげて海)

2017-09-01

タイトルと本文を正しく記載しアップしましたが、アップ中に通信が途切れましたので、以下にて改めて記載させていただきます。 どんな理由であれ、この様な形となり申し訳ありませんでした。 ----- タイトル 「苦しさで、悲しみギュウギュウに詰めた壊れた」 ‪夏、 夜、 もうダメになった命を抱きしめながら、それでも決して離せないような気持ちで、暑さにやられたお弁当を背負っている‬ 悲しみと悲しみと悲しみとお弁当ひとつ詰めたリュックを背負っている そのまま都会に立ち尽くして、この子の命をどうやって燃やそうかと思案している というフリも出来ずに改札を通り抜けた と書こうとしていたら、鞄にあるはずの定期券が見つからず、 連休前浮つく駅の改札前、大汗と恥と恥と恥、つまり恥ばかりかきながら、冷たく死ぬことさえ許されなかったその子が、ポツンとたった独り悔しさも出さずに死んでいて、 次の瞬間、僕は思わず(どけ!このゴミ!!)と敢えて一発、どうにかなる様な力で殴りつけて、叫んで、混雑する改札のど真ん中にひとつ、爆弾ひとつ投げ捨てた 「誰でも良かった、後悔していない」 罪を認めてから唯一の言葉が冷たく響いた お弁当ひとつあったかい気持ちで食べられない悲しみを この世界に幾つあるだろうかと数えて、探して いや、そんな正義ではなくて、単にこの悲しみをせめて、せめて空にお空に、ゆかせたかった (苦しさで、悲しみギュウギュウに詰めた壊れた)

2017-08-10

花緒さま おはようございます。 お忙しいところ、編集をして下さりましてありがとうございました。お手数をお掛け致しました。 (苦しさで、悲しみギュウギュウに詰めた壊れた)

2017-08-11

kaz.さま おはようございます。 返詩をくださり、ありがとうございます。 せっかくいただいたのですが、私が未熟な者で、どういった感情や考え方が込められているのかうまく読み解くことが出来ておりません。 ユーモアが込められているようにも、ユーモアと悲しみが込められているようにも、何かに対する一種の嘲笑のようなものが込められているようにも取れて、少なくとも、どういう詩なのだろうかと考えさせられております。そういう意味でも興味を惹かれる詩です。 ありがとうございます。 (苦しさで、悲しみギュウギュウに詰めた壊れた)

2017-08-12

まりも様 おはようございます。 コメントをくださり、ありがとうございます。 「新鮮な感覚」とおっしゃっていただき、とても嬉しいです。 かなしみを、その言葉にしてしまえば、ただお弁当を食べられずダメにしてしまったというだけの悲しみなのですが、それをどう受け止めて関わっていたのか、ただしく表現したいと考えておりました。 おっしゃるように、はじめは子猫や子犬などと書くか考えましたが、どうしてもそうすることは出来ませんでした。たとえば犬を飼っていた方が、その子との悲しい別れを過去に経験されていたのであれば、その方だけに向けた言葉は書かないと思いました。猫も人間も、同じ気持ちでした。 語り手や書き手の分裂は、防衛の一つではないかと思われます。悲しみに対する無意識からの防衛だったのかも知れません。 だから、後半で書いてくださった、 >>「その悲しみを、空に放ってやりたい」 は、そう受け取ってくださる方がこの世にお一人でも居たという事実が救ってくれたように感じております。 今作をご覧下さり、本当にありがとうございます。 最後にいただいたコメントの箇所については、常々感じていた世界に存在するかなしみと自分との関係性を意識したものでした。簡単に言ってしまえば無関係に思えないです。もちろん加害者の行為を肯定するものでは決してありませんが。 (苦しさで、悲しみギュウギュウに詰めた壊れた)

2017-08-17

sonetiraさま コメントありがとうございます。 「環境」の件、個人的に思うところがあり、本作を通してそのように感じていただけたことも、私があなた様の詩に感じたことも関係が深いと考えております。 嘘を書かず、明る過ぎず前向き過ぎない在り方とでも言うのでしょうか。そんな在り方を形にするような詩を書き続けてゆけたら幸いと考えております。 「自然」と言っていただけて嬉しいです。 ご覧いただき、ありがとうございます。 (苦しさで、悲しみギュウギュウに詰めた壊れた)

2017-08-24

三浦さん コメントをくださりありがとうございます。 コメントの最期の箇所でおっしゃられていた言葉が印象深いです。読後少し時間が経ちましたが、今はまだ心の中で反響しています。そしてそれがいい意味で少し痛いです。 三浦さん、世界の悲しみを悲しみとして描けば、あとは勝手にその外の希望の線が浮かび上がると考えていました。 さいごの締め方は、諦めと取られて当然と考えます。私としては、その悲しさも含めて本当のこととして浮かび上がればいいと考えましたが、そう書きながら真実半分、嘘というか強がりというか頑固さのようなものが半分と感じております。 この先、どこへ向かうべきかまた考えて行きます。 いつもありがとうございます。 (苦しさで、悲しみギュウギュウに詰めた壊れた)

2017-08-24

HAneda kyouさま ご覧くださり、その上コメントまでくださり、ありがとうございます。 後ほど読ませていただけたらと思います。ありがとうございます。 (苦しさで、悲しみギュウギュウに詰めた壊れた)

2017-08-25

おはようございます。 はじめて読ませていただいてから、なぜかとても気になっていた作品でした。 すぐに感想を言葉にすることが出来ず、その次にも出来ずそして今朝。そんな風に作品と触れさせていただきました。 こちらで読ませていただいていないときにも、心の中に完備さまの詩があるのを感じていました。 「ヒアリ」はその攻撃性が主に取り上げられています。「光」は希望と言われることがあり、温かく包むこととも言われているのかも知れません。もしもこの二つの言葉に対になる意味が込められているとしたら。そう考えていました。 「ヒアリ」を「光」と「空耳」するのではなく、その逆なので、作品内のわたしは、希望することを諦めてしまったか、諦めつつあるか、疲弊しているのかなと考えました。 「光」と「空」の関係性には近さを感じるので、「彼ら」とは「光」だろうかと想像しました。 愛し愛される関係はとても楽しそうな印象を受けます。それを「横目に」しているわたしは、何となく楽しそうなものと距離がある感じもします。さみしさを感じました。 「発語」を「おそれなくなった」とありますが、言葉が足りない感じも受けまして、たとえば「発語をおそれなくなった」ではなく、「発語 おそれなくなった」という箇所に。言葉の足りなさに、自らになにか言い聞かせる様な感じも受け取りました。本当は怖さもあるのかなとまで想像してしまいました。 「狂ったふり」については、その言葉の表面的な意味通りに本当に「ふり」をしているのかなとも考えました。子どものように泣けたらいくらか、と。 タイトルの「candy」には楽しそうな印象を受けます。「空」と「光」の関係性に書かせていただいたような。 しかし、「飴」ではなく「雨」と解釈すると、涙や悲しみを連想します。 すみません。好き勝手書かせていただいたのですが、ひとつの作品から多くのことを受け取らせていただいたのでお伝えしたくなりました。 素敵な作品をありがとうございました。 (candy)

2017-08-16

消耗と引き換えのつよさと知りながら進む在り方について想像しました。それでも、この在り方で進むしかないのだと思われました。 確かにとてもつよいけれど、そこにはどうにもし難いかなしみがあるようにも感じられました。 生きる屍とは逆の、しかし活きるために確実に大切な何かをも消耗するかなしみと言いますか、そんなものを感じました。他人事とも思えない気持ちです。 刹那的な美しさも感じますが、やはりかなしみが強くて、個人的にはとても好きな詩です。 たとえば、喜怒哀楽の怒りを描くために、怒りを描くのではなく、喜びを描いて描くことで、より伝わる怒りがあるということ。そんなことを考えました。 (マックシェイク飲む、いつも。)

2017-08-29

りさん 素敵なお言葉をかけてくださり、こちらこそありがとうございます。 個人的には、詩作には深層心理と向き合う働きがあるなと感じております。 例えば電車に乗っていても、「はねむし」とか「とうめい」とか言葉が突然飛び込んでくることがあります。その意味を理由を探す為に心に潜ろうとするのですが、簡単にはいきません。けれど、その言葉に関連することを書こうとすると(例えば私がその言葉に持つイメージなど)、なんだかなぜだか詩が始まる感覚があり気がつくと突き抜けているというか走り抜けるということが多くありました。 すみません。話が逸れてしまいました。 深層心理と詩の関係ということが言いたいのでした。 ありがとうございます。 (マックシェイク飲む、いつも。)

2017-09-01

>>「肝心なことは全部そっと包んでそのへんのゴミ箱に捨てる。」 この箇所に興味を惹かれました。 たとえば付き合っていた頃の「わたし」はその行為に当時は気づいていたのかどうか。そのことを考えていました。 誰にも明かさない秘密や、打ち明けられないということを、自分だけは受け止めたいというような気持ちが当時はあったのかも知れないなということを考えました。 (好きだった人にいっそ嫌いと言ってもらいたい)

2017-08-23

はじめまして。 初見時から気になっておりましたのでコメントをさせていただきました。 まず端的に申し上げると、個人的にとても好きな作品です。 中身についてですが、 >>「おぼえてない母」 >>「母は無効 赤い旗 の向こう」 という箇所に目がゆきます。 >>「鬼がつけた手形」 そして、「おぼえてない」という言葉。 「鬼」とは「母」だったのだろうかと考えております。 >>「左手首の傷」 からは、リストカット以外の想像を働かせることが出来ませんでした。 >>「生きている」、「噛みしめる」 という言葉から考えても。 わたしは、現在は当時で言う「旗の外」にいるのかなと考えました。 今は外から中を見つめているような視点を感じます。「生まれた町」の小ささは、比較して初めて強く感じられたのかなとも想像します。 変な意味ではないのですが、 >>「旗の向こう」 という言葉がおもしろくて、「どちらから見ての向こう」なのかがぼんやりさせているところがいいなと思いました。個人的には、町から出たのだなと想像しています。 この詩は、現在のわたしが、外から中に向けて「手を振る」詩なのかなと考えています。 物理的にと言うよりは、精神世界の中で手を振るような感じを受けます。そして、「手を振る」行為は中の人たちには見えないのだろうなと。そしてそれで良いのだなとも感じられます。 ただ、わずかにしかし確かな「あいのようなもの」を感じてしまうのです。中にむけての。 素敵な詩を、ありがとうございました。 (手を振る)

2017-08-23

24時間のどの時間にも属さないもの、それが詩作なのかなと >>「ガラケーを弄っている。」 という箇所から想像をめぐらしておりました。 その時こそが「真に目覚めている時間」ともどこか思われて、興味を惹かれました。 あとは、もはや「やはり」という感覚さえ個人的にはあるのですが、拝読しながら音楽が聴こえてくるように感じられました。 ありがとうございました。 (ローリン、ローリン)

2017-08-23

花緒さま おはようございます。今回も私の詩をご覧下さりましてありがとうございます。 良いと感じていただけたところをお伝えくださり、ありがとうございます。嬉しいです。 >>「もっと詩情があれば」 こちらについてはお返し出来る言葉もないです。読み手の方のおっしゃる通りです。 狂気のままと言いますか、疾走と言いますか、そういう類の感覚で筆を進めるとき、どこかで冷静な自らをある程度保ちつつ書くのですが、その配分がとても難しいなと最近は感じております。 「何か足りない」ということですよね。ありがとうございます。もっと勉強してゆきたいと思います。 (初めて覚えた言葉が最期の言葉になるのなら、言葉なんかいったい何になるのとあなたが言ったから)

2017-09-02

ユーカラさん コメントをくださりありがとうございます。 ユーカラさんは、かかしをご覧になられてそのように感じられたのですね。 タイトルについてもそのように受け取っていただけたとのことで、こうして詩にコメントをいただくことで、どのように届いているのかがわかるのでとてもありがたいです。ありがとうございます。 読み手の方が受け取られたものがすべてと私は思います。ユーカラさんの中にある美しさ、さみしさの情景と本作が繋がれたこと、嬉しく思います。 (初めて覚えた言葉が最期の言葉になるのなら、言葉なんかいったい何になるのとあなたが言ったから)

2017-09-02

sonetiraさま コメントをくださりありがとうございます。 「音ではなく言葉」と受け取ってくださり、とても嬉しいです。 ちっぽけさや無情のようなものを受け取っていただけていたのだとしたら幸いです。 ありがとうございます。 (初めて覚えた言葉が最期の言葉になるのなら、言葉なんかいったい何になるのとあなたが言ったから)

2017-09-02

survofさま コメントをくださりありがとうございます。 「一気に読まされた」というお言葉がとても嬉しかったです。 愚痴っぽさが魅力と言ってくださり、ありがとうございます。 「おめでとう」が届いてよかったです。 ありがとうございます。 (初めて覚えた言葉が最期の言葉になるのなら、言葉なんかいったい何になるのとあなたが言ったから)

2017-09-04

花緒さん こんばんは。 いつもコメントをくださり、ありがとうございます。 おもしろい形式のコメントで楽しく読ませていただきました。 「巧み」と言っていただき嬉しかったです。 すごく面白かったかどうかという観点は忘れないようにしたいなと思いました。 ありがとうございます。 (一歩前へ(未完))

2017-09-14

三浦さん こんばんは。 コメントをくださりありがとうございます。 「ヒエラルキー化した世界への反骨」、そのように伝わっていたのだなぁと楽しく読ませていただきました。ありがとうございます。 いつもとなんか違うという感覚的な感想を伝えていただけるということ、僕はありがたいなぁと思います。 あさ、ちゃんと仕事には行くんですけど、 交差点で、 ちょっと死にたくなることがありました。 (一歩前へ(未完))

2017-09-14

まりもさん こんばんは。コメントをくださり、ありがとうございます。 一般的に、タイトルに(未完)と書くことは読者様にただひとつの唯一の解釈を強いることになるでしょうか?それであれば、僕はやはり配慮不足だったなぁと、あるいは頑固だったなぁと考えております。 コメントのおかげで考えられました。いつも本当にありがとうございます。 朝、ちゃんと準備をして、死にたくてもちゃんと準備をして、それで「いや、結局ちゃんと行くんですよ?ちゃんと行きますから」と心で唱えて自らに言いつつ、家を出て、それでも無意識にからだを預けてしまおうとした瞬間があって、そのことを振り返っておりました。 (一歩前へ(未完))

2017-09-14

まりもさん お返事遅くなってすみません。 コメントありがとうございます。 スポンジについてこんなに考えたことは初めてです。 「あーもしかしてこれが詩を書くということに関係する思考方法なのかも知れない。」と、今になってわかるような感覚があります。ありがとうございます。とても勉強になります。 きっといい詩を書きます。 精進します。 (一歩前へ(未完))

2017-11-18

まりもさん コメントを下さり、ありがとうございます。 まりもさんのコメントに対して、僕を導いてくださっている様な何かを感じてしまっています。お恥ずかしながら自分は自意識が強い人間なので、その真偽どうこうようりも、既にお力をいただいていること、このことをお伝えしたうえで感謝したい想いです。いつもありがとうございます。 >>「聞き手が、ふっと気を緩めて、クスリ、と笑うような場面があってもいいですよね。」 この箇所へのお言葉をくださりありがとうございます。 たぶん、自分の詩は(つい3日程前まで詩だと考えていたものは)、「不規則な波のように訪れる冷静さ」と「勢い(熱情)」だけを頼りにして来たものだったのかも知れません。ですから、正直なところをお伝えすると、ユーモアが浮かぶ余裕はまったくありませんでした。目指し始めたばかりの、今「これが詩ではないか」と考えているものを追い続けて行けば、自己研鑽のその先でたどり着けるのでしょうか。少なくとも、とおいとおい境地であると憧れています。そして、今改めて、まりもさんを含めた先輩方を尊敬しております。詩を書く方はほんとうにすごいです。 「やらかい」のところはご指摘の通りです。大阪の言葉なのかもわかっていません。選択肢として「やわらかい」は頭にありましたが、初めから、選択するつもりはありませんでした。 >>「最終行の〈知れなかった〉は、知ることができなかった、の意味でしょうか?」 こちらの意味はおっしゃる通りです。 初めは「知ることが~」と書いたのですが、その後にら抜き言葉を選択しました。 ありがとうございました。 (ぶち切られるために生きてる)

2017-11-18

survofさま コメントをくださりありがとうございます。最後の締めくくりにおっしゃていただいた言葉が特に勉強になりました。 詩らしい詩と言ったら変かもしれませんが、そういった作品を書いてみたいと思います。 ありがとうございます。一気に読まされたと言っていただいて嬉しかったです。 (ぶち切られるために生きてる)

2017-11-23

hyakkinnさん  >>「涙を流すという事は知るという事だと思いました。」 コメントをくださりありがとうございます。 なるほどと思いました。僕は知るために詩を書いていることも多くあるのかもしれません。 お気持ちの込められたコメントが嬉しかったです。 ほんとうにありがとうございます。 (ぶち切られるために生きてる)

2017-12-08

作品を読み終えると、波が行き来している風景を遠くから眺めている人のイメージが浮かびました。波は穏やかで、数秒のシーンをえいえんにループして再生している映像を見ているような感覚さえします。 直接詩作品とは関係がないのかも知れませんが、初読時から前述のイメージがすっと入り込んで来て、それが未だに流れている事実をどうしても書いておきたかったです。 >>「ごぼごぼ・・・ごぼごぼ・・・」という表記に言い難い怖さを感じました。そしてそれはとても大事な感覚なようで、怖くても何故か見つめ続けていたいと思われました。 >>「小さく息を吐いて 父の呼吸が止まる あわただしく 訪問 介護の医療チームに連絡を取る 空白の時間 夜陰が押し寄 せてくる 闇をかきわけるように 私の身体が自ずから動き 父に 呼気を 吹きこんでいた」 こちらの冒頭の表現が素晴らしく(私が言うのも恐縮ですが)、この詩を読もう、読みたいと決定づけさせる衝撃を受けました。特に、「夜陰」が押し寄せてからの一瞬の暗転と言いますか、間が入れられた(と感じられる箇所の)後に、「呼気を 吹き込んでいた」という半ば自動的なからだの動きを感じさせる表現が素晴らしいと思いました。 さいごに作品全体の形についてですが、PCで見ていると、一枚の波の壁と言いますか、水量の多さやその重さを感じました。 勉強になりました。 ありがとうございます。 (海)

2017-11-18

ふじりゅう様 ありがとうございます。 どんな作品が詩であるのかという点について、考え続けていた日々でしたので、コメントをありがたく読ませていただきました。 恐らく、いわゆる詩というものとは違うものを書いているかも知れないのですが、生きていくうえで感じられるものは言語化したいと願っております。 ありがとうございます。 (延命救命)

2017-12-01

李さま コメントをくださり、ありがとうございます。 同じ言葉を繰り返すことについて、確かに、私は「定型」も「約束」も強めたかったのだと思います。 人を追い詰めるのに、人を生かしもするそれらが嫌いで、同時に愛しいのかも知れません。 死に近いときにリビドーを感じます。そんな感覚もあったのかも知れません。 ありがとうございます。 (延命救命)

2017-12-01

イチゴミルク様 おはようございます。コメントをくださりありがとうございます。 >>「張り裂けんばかりの心の絶叫の中にあって、 きちんと自分と向き合っているどこか切なさ」 とても嬉しく読ませていただきました。 書くしかないものを書いているので、その強度と必然性を受け取ってくださっていたとしたらとても幸せであると感じました。 ありがとうございます。 (延命救命)

2017-12-01

まりも様 おはようございます。 コメントをくださり、ありがとうございます。 名前のない感情を言語化したい衝動にかられて、ものを書くということがあります。ですが届かず、「それではないもの」と便宜上言うしかない地点で、叫んでいるような気持ちです。 話が逸れてしまいすが、自作が詩でなくてもいい、であればその名をなんとするのかという想いが作品に潜在的に込められていったのかも知れません。 これを書くときにそのことを考えてはいませんでしたが、生きる苦しみの中には確かにあったのだろうと思っています。 ありがとうございます。 (延命救命)

2017-12-01

hyakkinnさん ありがとうございます。リーディングをしていてよかったと、思いました。嬉しいです。 この詩を書き始める少し前に、鈍重とか約束とか定型という言葉の意味や音が心の中で鳴り止みませんでした。とくに鈍重は苦しいほどに響きなっていて、詩にするしかありませんでした。詩にするしか、ありませんでした。 都市の日常が一定の約束の中に成り立つということを受けて、改めてはっとさせられました。素晴らしい言葉でした。ありがとうございます。 効果として仕掛けとして言葉を繰り返したかったというよりは、すでにそういうものだったという感覚があります。 漢字で二文字の言葉が浮かんだ時から、はじめから繰り返すことが決まっていたような感覚で詩を書いていました。 (延命救命)

2017-12-12

三浦さん こんばんは。コメントを下さりありがとうございます。 最後の「消えて」が一滴にも感じれるし、「作られた儚さ」でなく、生々しい儚さを先に感じていたので、逆に「消えて」が感情移入を覚ましてしまった感があります。 この箇所大変勉強になりました。ありがとうございます。 どう締めるかってとても大切で難しいですよね。 (夏草が撫でる鼻に泣いただけ)

2017-12-12

アラメルモさま コメントをくださりまして、ありがとうございます。 最後の箇所についてのご意見ありがとうございます。 改めて読み返し、該当箇所の前後でかなり変わっているんだなと感じました。 読者さまにどのように伝わるのかという点においてこうしてうかがうことでしか知り得ないことがあり、非常にありがたい思いです。ありがとうございます。 (夏草が撫でる鼻に泣いただけ)

2017-12-12

沙一さま コメントをくださりましてありがとうございます。 一滴に感じていただけるものがあったとのことで大変嬉しいです。 なんにもならない変化で、でも変化で、だからどうなるのかと、そんなことを日々見つけては自問し価値を与えるのは自らなのだとそんなことを考え生きております。 ありがとうございます。 (夏草が撫でる鼻に泣いただけ)

2017-12-12

まりもさん いつもありがとうございます。 こんなにたくさん!と、特にいいと思っていただけた箇所が多くとても嬉しいです。ありがとうございます。 心の中で言葉が鳴るということがよくあります。詩を書いていてもよんでいてもよく鳴ります。 ありがとうございます。 (夏草が撫でる鼻に泣いただけ)

2017-12-12

百均さん お返事が遅くなってすみません。 自作は、やはりすべて大事ではあるのですが、本作は特に思い出深い作品です。ありがとうございます。 (夏草が撫でる鼻に泣いただけ)

2018-01-20

三浦さん コメントをくださりありがとうございます 三浦さん、三浦さんのおっしゃる通りですと反射的に言いかけて立ち止まりました 自分の詩をどう改善し肯定するのかということはとても難しい問題ですね 三浦さんがおっしゃった言葉をどうさせていただいたらいいだろうかと悩んでいます 簡単にこの詩を変えてしまえるのかも知れずでもそれでいいのかと悩んでいます 三浦さんとても難しいですね ただ、衝動だけでなく作為があったのは紛れもありません なんのためにコントロールしたかは僕なりに大切な理由がありましたが、それは読者さまの知ることではないのかも知れません そうなると、やっぱり難しくて今はちょっと立ったままでいます 考えます ありがとうございます (声だけの無名、酷い酷いにおい)

2017-12-13

kaz.さま コメントをくださりありがとうございます。 おっしゃる通りで好みの分かれる作品をずっともう長く書いているのかも知れません。一時そこを離れようとも思案し試しましたが難しい問題でした。 読んでいただけて嬉しいです。 ありがとうございます。 (声だけの無名、酷い酷いにおい)

2017-12-13

まりもさん ありがとうございます。作品内のわたしに伝えてあげたいです。欲しがった名前はずっとそこにあったのだと。 先ほどまりもさんのブログを拝読しました。詩とはという主旨への文章から多く学ばせていただきました。 精進します。 (声だけの無名、酷い酷いにおい)

2017-12-13

初めまして。 作品の中で、「親父」の死についての言葉が二度出て来ますね。 「疎遠」であるから平気(?)というニュアンスで語られているように受け取りましたが、「けれども」という「私」の中の白黒ではない想いが感じられて来ました。 詩の展開、タイトルの由来。読み進めながら、由来と思われるものが明かされるまでの距離感がちょうどいいなぁと感じました。 (抱かれると喋る女)

2018-01-29

「私」が20歳で死んで、一緒に燃やされているのかなという読みを初めにしました。実際は、少女の卒業がテーマなのかなと思ったりもしていました。 「まりちゃん」は燃えたではなく、「燃えている」という表現の意味を探っていました。まだ突き止められていません。なぜ燃えたではなく「今でも〜燃えている」なのか。 楽しく読ませていただきました。ありがとうございます。 (まりちゃん)

2018-01-29

>>「賀正の青い空にすくっと立つしろい煙のように」 祝いどきに、(対比的に)亡くなられた方が空にのぼっていく様子を表現されているのかなということを考えていました。対比的と自らで書きつつも、どこか清々しい冷たい風が吹く日中の様子にも受け取れたから不思議でした。 >>「いまここひとりで年始のことばに代えて書く、詩」 この言葉に覚悟のような想いが垣間見えて素敵だなと感じました。 ご自身のお名前が出てくるところがとても格好良かったです。 (元旦)

2018-01-29

三浦さん コメントをくださりありがとうございます。 「読むに堪えない」の件、ご縁があれば、その方や同じ考え方を持つ方といつかお話ししたいなーなんてことを考えていました。 ご指摘のイージーさや推敲不足等についても、おっしゃる通りと思います。それでも私は、どうしても詩を書かざるを得ません。 素敵な掲示板への参加の機会をくださり、ありがとうございます。 (「夢に見た」、そう言ってでも会えたことにしたかった)

2018-01-22

百均さん ありがとうございます。 規則的なものがなんであるのか。なぜ末尾にそれを用いたのか。 もう一方の作品にいただいたコメントへのお返事もそうでしたが、他人事な感じでその背景を探ったりしていて、自分でも不思議です。 作者が答えをにぎっているということがあるのだとしたら、今の私にはなぜかそれを知らない一人のクイズ解答者のような気持ちさえあり、いただいたコメントから新たに自作を読むこと、見つめること、それらの楽しさを教わっています。 ありがとうございます。 クヮン (「夢に見た」、そう言ってでも会えたことにしたかった)

2018-01-24

survofさま コメントを下さりありがとうございます。 追記までいただいて、そのご丁寧さとお気遣いに感謝しております。 改めてありがとうございます。 >>「ここでいう技巧とは、その文章を読み手が自分の話として読めるかどうか、かなと思いました。どれだけ自分や自分の経験を投影できるか、ということだと思います。」 この部分、大変勉強になりました。常日頃そういったことを考えつつも、整理して言語化するころが出来ていなかったので、ありがたいなーと感じています。 改めて読み返してみると、「「「一緒に連れて行って欲しかった」って言ったら、笑われたっけ」」の箇所に、特に自己陶酔的なものを発している可能性があるのではないかと考えました。自らが自己陶酔的なものを感じていて、それを表現したかったのかどうかではなく、「何が陶酔的なものを発していたのか」が気になります。人様からのお言葉をいただいた瞬間から、自作が別物に見えるので嬉しく、楽しい気持ちです(公開した時点から別物になるのかも知れません)。 何が陶酔的なものを発していたのかという点については、大変興味深いなと、知りたいなと感じています。 そのうえで、では他の書き方をするとすればどうするのかということも考えていました。 今思うことは、主観を抜くということでしょうか。「私が~する」という書き方ではなく、情景描写にとどめていたら、どんな印象が生まれたかなと考えています。 すみません。あれこれ書いてしまいました。 おかげさまで、自作を楽しくふり返らせていただくことが出来ました。 ほんとうにありがとうございました。 クヮン (「夢に見た」、そう言ってでも会えたことにしたかった)

2018-01-25

survofさま コメントをくださりましてありがとうございます。 >>「だけども、その直前「寄せるとき、砂だけが海に向かってさらわれていくのが美しかった」の1行は個人的にはこの詩のなかで一番美しく、深みがあるな、と感じた部分でもあります。」 ありがとうございます。こちらの箇所は、確かに当時自らの中で深く感じていたことを覚えております。ですからそのようにおっしゃっていただけて、とても幸せです。 >>「その次の行の「一緒に連れて行って欲しかった」という感情をその一文がすでに内包しているようにも感じられたからでもあり、その情景を思い出した時のちょっとひやっとする感覚を思い出したからでもあります。」 なるほど!と思っておりました。元来、詩ではなく人様とやりとりする際の言葉というものに対しては、誰に伝えてもただ一つの意味だけを正しく伝えるものとなるようにと考えているところがあります。そういった願いと言いますか、人と切実にわかりあいたい(あるいは傷つけ合いたくない)という想いが、詩作にも影響しているのかも知れないということを考えました。大変勉強になります。ありがとうございます。 >>「「彼女」から「僕」に向けられた視線を、受動態ではなくもう少し客観的な位置から描く方法もあったのかもしれない」 そうですね。 客観性は私の詩にもう少し与えていってもいいのかも知れません。ちょうど最近はそのことをよく考えておりましたので実践していきたいと思います。ありがとうございます。 「ビタースイート」からの表現、大変嬉しいお言葉でした。ありがとうございます。非常に勉強になりました。 まりもさま コメントをくださりありがとうございます。 褒めてくださりありがとうございます。 おっしゃる通りで、これからはもう少しエッセイにならないように意識して取り組んで行きたいと思いました。ありがとうございます。驚きをもって引き込んでみたいと思ったのでチャレンジしたいです! 不思議な話かも知れませんが、良くないことなのかも知れないのですが、本当のことを書かせていただくと、実は書いている途中から自分の存在が変わった感覚がありました。それは、人間だった自分が海自体になったような感覚でした。ですから、心はむしろ平穏でした。詩という作品においてはこういう移行(?)は良くないのかも知れませんがなぜか起こってしまいました。 「青いひ」はなぜかこの表記でしかありえないという強い感覚がありました。理由より感覚が強かったので従いました。 いつも本当にありがとうございます。 あめりさま はじめまして。よろしくお願いいたします。 素敵なコメントをくださりありがとうございます。はっとさせられました。 規則性に苦しみながら規則性に救われているということ、おっしゃる通りです。 私の作品に海がなぜが多く出てくるのですが、海の、波が必ず返ってくるということに強く惹かれるのです。とても安心します。 深層心理で重心はあったのだと思います。 ありがとうございます。 深くキャッチしていただけて幸せです。 fiorinaさま コメントをくださりありがとうございます。背中を押されたような感覚で応援いただけたようで嬉しく読んでおりました。ありがとうございます。 無意識で感じていた苦しみの存在について、本コメントを通して気づかされました。救われます。ありがとうございます。 (「夢に見た」、そう言ってでも会えたことにしたかった)

2018-01-28

くつずり ゆう様 初めまして!ご覧いただけた上にお言葉までいただけて幸いです。 ありがとうございます。熱や手触りを感じていただけたとのことで嬉しく思っております。 本当にありがとうございます! (暗夜こうかい、灯光)

2018-01-23

百均さん コメントをくださりありがとうございます。 百均さんのコメントを拝見していると、言葉に価値を与えるのはやはりその方自身なのだなぁということを改めて感じます。 「自分には言葉を重くも軽くも出来る可能性が与えられているのだ」ということを改めて意識しました。これからもそんなことを考えながら詩を書いていきたいなと思いました。 「暗夜こうかい、灯光」は、きっと色々あった人間の詩だと思うので、その過程で養われた瞳で、本来は誰のことも見つけて欲しくないなと、作品をはたから見て思っていました。自作なのに他人事のような語り方をしています(^^;) 誰かを照らすということがもしもあるのだとしたら、それは、誰かの痛みを見つけるということなのでしょうか。知っているという事実でしょうか。 どうして人は人を見つけるのでしょう。どうして出逢えたのでしょう。そんなことをあれこれ思っていました。 ありがとうございました。 (暗夜こうかい、灯光)

2018-01-24

まりもさん コメントを下さり、詩をご覧下さりましてありがとうございます。 「誰も見つけたくないな」ということを思った際に、 「闇を照らす光、それ実はサーチライト」 という言葉が浮かんで来ました。 ありがとうございます。 (暗夜こうかい、灯光)

2018-01-28

素晴らしいという意味で、本作に衝撃を受けました。詩とは何か、わたしの作品は詩かと自問していたときに本作に出逢い、これが詩だと理論や理屈ではなく感覚で理解しました。素晴らしい作品です。読ませていただいたことは、幸運でした。 まず、「わたし」は、どこに居るのだろうということから考え始めました。 最終的に、キッチンに居るのではないかと行き着きました。現実のキッチンから、イメージ世界に行って帰って来たのではないかと仮説を立てて読ませていただきました。 半覚醒の中、微かに水道の流れる水を感じ、そこに静けさを感じている。そこからイメージ世界に深く入っていく。 何ものかに〜叫びばかりの箇所は具体的にはキャッチ出来ませんでしたが、日常にあるどうしようもないことへの想いは感じ取っていました。 黄金と昏い草のの対比が効いていて、一体化が何を指すから理解しきれませんでしたが、何かどちらも切実に必要なものではないかと思われました。 日常の覚醒とその逆ものへの行き来を素晴らしい形で描いておられると感じていました。何度もすみません。素晴らしい作品だと思います。 (覚醒までのスケッチ)

2018-01-28

あめりさま 申し訳ないです。誤字が多くございました。大変失礼いたしました。 黄金と昏い草の対比が効いていて、一体化が何を指すのかは理解しきれませんでしたが、何かどちらも切実に必要なものではないかと思われました。 日常の覚醒とその逆のものへの行き来を素晴らしい形で描いておられると感じていました。何度もすみません。素晴らしい作品だと思います。 このように書きたかったです。失礼いたしました。 (覚醒までのスケッチ)

2018-01-28

さいごの6行が重くて惹かれました。 実際に脱げていたのか、比喩なのか。考えていました。 最後の日付には、非常に重い意味がありそうだと思われました。 余談ですが、人間、結構「やばい」時ってなぜか笑いが出てきたりしませんか?そんなことを思い出しました。 タイトルが好きです。 思わず、「相対化なんてするな!」と叫びそうになりました。 これまた余談かも知れませんが、今の時代、「自分が~と感じる」ということがもっともっと尊重されてもいいのかも知れないなと思いました。 (相対化する高校生の欠片)

2018-02-03

まりもさん コメントを下さりありがとうございます。 >>「痛みそのものが生き物として擬人化されている感覚も覚えます。」 ありがとうございます。書き手に狙いがなくても、発生するものがあるのだということを知ることが出来ました。 「借景」という言葉も、改めて辞書で引き勉強になりました。 >>「シルエット=黒い影、ですから、暗い、と重ねる必要がある、のか・・・。とは思いました。」 おっしゃる通りで、勉強になりました。推敲が必要でした。ありがとうございます。 >>「映像から考えると、むしろ、人の形に黒く抜けた引き戸のガラスの向こう側で、粉雪が舞っている、のではないでしょうか。黒いシルエット以外の部分は、室内の明りを反射している、わけです。人の形に空いた黒い穴、そこで、粉雪が踊っている・・・景を想起しました。」 こちらもおっしゃる通りです。きっちりと写実すれば浮かぶものがあると考えていたのにも関わらず、正確性を欠いておりました。まりもさんの文章を読んで、美しいなと感じました。 >>「自分の声が、他人の物のように、あとから、遅れて聞こえて来る、という体感。気づく、と説明的に済ませてしまうと、この体感そのものが置き去りにされてしまうようで、もったいない気もします。」 勉強勉強で自分の不足を感じるばかりですが、ほんとうにいつも勉強させていただいております。詩に還元できるように精進致します。 体感や感覚は私の詩にとって重要なものなので、それを表現する技術や正確性を高めていきたいと思いました。ありがとうございます。 タイトルは、「朝が歌う」のか「朝に歌うのか」とかなり悩みました。悩む中で一字が持つ意味について考えさせられ、学びの機会を得ました。 朝がなにかするのでもなく、朝に誰かが何かをするのでもない。朝は「こういうもん」というような朝が持つポジティブな独自性に目を向けたかったのかも知れません。 朝にこの詩を書いていたら、同じタイトルにはならなかったかも知れません。 コメント、ありがとうございました。 (朝は歌う)

2018-03-22

百均さん コメントをくださりありがとうございます。 >>「ここでは死とは干からびていくのか、ということであり、その上に水が流れることが生まれることなのだ、と書いてあるように思われました。」 干からびた上に水が流れることが生まれること、という文章を見て、なんと美しい文章なのだろうと感じました。 読んで下さりありがとうございます。 (朝は歌う)

2018-03-22

地球さん こんにちは。コメントありがとうございます。 >>「この海には誰もいないし、なんのいきものの気配も感じないし、 たとえるなら、人類が滅びたあとの海とかどこか別の惑星の海とか、そういうすごく遠く遠くから見てるみたいで気持ちよかったので、すきです。 もっと言い方をかえたら、物理的な場所でなく精神的なイメージとしての海そのものに詩の力を借りてたどり着いたようでした。」 ありがとうございます。 精神世界を感じていただけて嬉しいです。生まれも育ちも実際にはあるし、あったんですが、ある視点から見れば、物理的には存在しないものとも言えるのかも知れません。 >>「個人的にはしずかにひたひたと内面に迫ってくるような詩やリーディングのほうがむしろ逆説的な迫力があって鬼気迫ってこわくて、すきです。」 ありがとうございます。僕らは時々、相手の発言などを受けて「(相手が)何を考えているかわからないから怖い」という体験をしますね。 リーディングでもそれは言えるのかも知れません。説明性や主張性が弱いことは、それだけこちらを取り込む事でもあるのかも知れないからです。 勉強させていただきました。ありがとうございました。 (薄い、それでも、膜。けれど、とても、薄い。薄い。)

2018-03-22

まりもさん コメントをくださりありがとうございます。 >>「生まれ直してみたいという願望の先にあるのは、自らの経験や記憶以外に頼るものがない、という未知の恐ろしさなのではないかと思いました。」 「未知の恐ろしさ」、なるほど。とてもわかる気がします。生まれ直してみたい→過去をたどる→それだけでは埋められない、でも他に頼るものもない。そういう怖さを想うことがあります。 立ち上がりの硬さについて読み返してみました。 >>「観念や概念を、もう少し手触りのあるイメージで言い直してみる、なんていう方法を試してみるのも良いかもしれません。」 ありがとうございます。 手触り(あるいは温度感も含まれるのかも知れません)が少ない作品だったので、地球さんも「こわいばしょ」とおっしゃられたのかも知れません。過去に戻ることを描くためには、ここではどうしても生きた感と言いますか、現実感が不必要でした。 アドバイスを参考に今後どうバランスをとっていくのかも含めて再考していきたいです。ありがとうございます。 (薄い、それでも、膜。けれど、とても、薄い。薄い。)

2018-03-22

三浦さん 断絶を作品に出来る人、いやそうではなくて断絶を詩にしなければならない人ではないでしょうか。 せざるを得ないことをただしている。息が苦しいから呼吸している。そこにはより良い呼吸の仕方などはなくて、必要にかられてしている。 詩をやめられない気がするのはそんなところからでしょうか。やめたらどうなるんでしょうか。 詩は憎らしい愛おしい存在です。自分みたいです。 わけわからなくてすみません。 (離散したせかいに千切れるよ笑って)

2018-04-29

IHクッキングヒーター(2.5kW) さま コメントありがとうございます。 多くの作品ではそのように現実の提示があり、「でも」という資本主義、物質主義的な価値観からなんとか抜け出ようとする足掻きのようなものを感じます。 〜である。でも〜。 生きていく以上、これを続けていくだけなのかもしれません。尊いのかもしれません。 (離散したせかいに千切れるよ笑って)

2018-04-29

エイクピアさま ありがとうございます。お姉さまのエピソードをうかがえてありがたいです。 いつか僕もリトライすることがあるのかなと初めて考えられたからです。 詩をご覧下さりありがとうございます。 (離散したせかいに千切れるよ笑って)

2018-04-29

沼尾奎介さま ありがとうございます。 ご覧下さって嬉しいです。 僕の好きな方は、いつも少数派のことを思っていて、人知れず影にいる人を描いています。僕はそんな風になれないかも知れませんがなってみたいと望んでしまいます。 (離散したせかいに千切れるよ笑って)

2018-04-29

百均さん ご覧くださり、ありがとうございます。 自作ながら、なぜ重いテーマの本作に、やわらかさを出すための言葉を使ったのかということを想っています。 そういう意味では、このテーマに対しての僕の「、」も「。」もまだ打てていないのだなとやはり思わされました。 (「、」も「。」も打てずにいるのに)

2018-04-30

まりもさん ありがとうございます。 滞留時間、なるほどと思わされました。やわらかさなどを意識することが多かったのですが、滞留時間という観点では見られていませんでした。いつも気づきを与えてくださりありがとうございます。 最期にしか終われないという主旨のお言葉に考えさせられていました。 なぜならみな、苦しみや悲しみからは逃れたい、解放されたいと願うからです。本作のテーマに向かう僕もまた等しく。 人生にただ一度しか打てないものがあり、反して何度も打てるものがある。文章であれば、それらが複数回に及ぶほどに冗長な文となる。人生はどうでしょうか。「。」は一度だけと知りながら乗り越えようと足掻くための「、」。なんて愛おしいのでしょうか。 (「、」も「。」も打てずにいるのに)

2018-04-30

かるべまさひろ様 コメントをくださりありがとうございます これまでに何度もなぜか思い出される瞬間の記憶でした ご覧くださり、感じてくださり、嬉しいです ありがとうございます (どっこも行かんといて)

2018-05-31

百均さん ありがとうございます いつからか、大人の方がおっしゃる最期の言葉に心のどこかになぜかなにかが引っかかる感覚を持つようになりました フックというやつでしょうか ご覧くださりいつもありがとうございます (どっこも行かんといて)

2018-05-31

かるべまさひろ様 ありがとうございます どうやら今作のコメント期限は本日までのようです 僕ののろさや諸々の理由から返詩にたいしての誠実なお返事が間に合わず申し訳ない思いです ですが、いただいた詩をこのあとしっかりと読ませていただきます ありがとうございます (まきびし平らげた)

2018-05-31

花緒さん ありがとうございます お言葉を受けて、リーディングしたいと強く思いました ありがとうございます (まきびし平らげた)

2018-05-31

IHクッキングヒーター(2.5kW)さま ありがとうございます 矛盾の話に絡むかはわかりませんが、許す許されるの曖昧さもまた人間の良くも悪くもいい加減さに由来するのかなと考えさせられました (まきびし平らげた)

2018-05-31

さ様 ありがとうございます めっちゃいいとかおっしゃっていただけて、励みになります 温度が届くということの喜びをかみしめています ありがとうございます (まきびし平らげた)

2018-05-31

>>「しんとした」、「無表情な」 とあり、 >>「民家のガレージから 坂の上の陽炎の向こうから」 と続きます。 「民家のガレージ」、「坂の上の陽炎の向こう」の様子については具体的に表されていませんが、さきの表現から.切り取りたいことの方向性が予測出来ます。 私などは、どんな「民家のガレージ」なのか、どんな「坂の上の陽炎の向こう」なのかを書いてしまうので、さり気ないけれど、無駄がなくて美しいなと感じました。 静と動、実在と架空(のようなもの)の対比が美しい詩です。 この詩において、「『傷んだトマト』」は、落ちたときにはじめて実在することになるのではないかと思われました。しかしこの詩の中ではまだ落ちない。大分類するのであれば、「嘘みたいな風景」に含まれるのかも知れない。そこには当然(?)一連目で描かれて来た場面が入って来る。 「『傷んだトマト』」は、静と動、実在と架空(のようなもの)の間に存在するもののよう。揺らぎや揺れを生み出している。 この揺らぎや揺れがあることで、その後の「ママ!あのね!」と話しかける子どもの動性や実在性が映えるのではないかと思われました。 素晴らしい詩です。 ありがとうございました。 (自転車を押す坂道にて)

2018-08-26

5or6(ゴロちゃん。) さま コメントをくださりありがとうございます。賞まで! 生活の中で、はじめのワードが頭の中に浮かんで来ました。そこから書き始めて終わりまで駆け抜けた作品なので嬉しいです。 ありがとうございます。 (てのひらに優しさが開かれる)

2018-08-20

ふじりゅうさま コメントをくださりありがとうございます。 5連目の件、嬉しく読ませていただきました。 これからも精進いたします。 (てのひらに優しさが開かれる)

2018-08-20

stereotype2085さま コメントをくださりましてありがとうございます。 争いに拳を握るイメージがあり、ただ開くだけでは何かが足らず今回のタイトルとなりました。 今後も勉強してゆきたいです。 ありがとうございます。 (てのひらに優しさが開かれる)

2018-08-20

仲程さま コメントをくださりありがとうございます。 最終連に対してのコメント、ありがくよませていただきました。 以前他の方にもご指摘いただいたのですが、私の詩には多く飛躍(?)や場面転換があり、その際に読者をどこまで連れて行けるかという点において考えてゆかなければならない部分がございます。 今回もおかげさまで考えることができます。ありがとうございます。 もしかしたら、詩作時に「れいせい」がもう少しあってもよいのかも知れません。 (てのひらに優しさが開かれる)

2018-08-20

三浦⌘∂admin∂⌘果実 さま コメントをくださりありがとうございます。 三浦さんからのコメントに触れると、多く闘うことへの気持ちを思い出します。ありがとうございます。 丁寧にコメントを書いてくださり恐縮です。 次回作の行方はわかりません。 今作の終盤に「出口」を辛うじて見ていただけたこと、嬉しか思います。 あきらめた後の欲と無縁のなにかに美しさを感じてしまいます。 (てのひらに優しさが開かれる)

2018-08-20

るるりら様 一本締め!ありがとうございます! 恐縮です。 「きもちがよい」と言っていただき嬉しかったです。ありがとうございます。 (てのひらに優しさが開かれる)

2018-09-26

カオティクルConverge!!貴音さん様 コメントをくださりありがとうございます。 「〜疾走し感情を剥き出しにして読みたい」のところ、詩の朗読やポエトリー・リーディングの意味で受け取っていました。不思議なんです。同じことを考えていたのに、リーディングして録音したものを聴いてみると、雰囲気の違う音源になっていました。 「傷付けながらも抱き締めてくれる」という言葉、うんうんとうなづいて読ませていただいていました。ありがとうございます。 三浦天才詩人果実様 ありがとうございます。後学のために、可能でしたらまたいつか息切れについて教えてください。もちろん自分でも今から考えてみたいと思います。大切な気づきをくださりありがとうございます。 杜 琴乃様 ふと、小さいころに親に内緒で、しかも外で葡萄が食べられると喜んで口に含んだときのことを思い出しました。味は・・・思い出の味です。 「道行く人を指さして「あの人なんで禿げてるの?」とか「唾吐いてる!いけないんだ!」とか言えないですし。むしろその口を塞いでしまいますし。」 すごく共感します。本当にそう思います。言葉を覚えて、沈黙をそれ以上に覚えさせられたような。成長と悲しみとを感じます。 辛さを与えてすみません。ポリシーとして、かなしみをちゃんと描きたいという想いがあります。好きと言ってくださり幸せです。ありがとうございます。 エイクピア様 ありがとうございます。コメントを読ませていただき、自分の知識の無さを恥ずかしく思っておりました。未熟ではありますが、こうして多くの方から様々なお言葉をいただくことで、言葉の、詩の山を登る足がかりをいただいているような気持ちです。感謝しております。ありがとうございます。 詩があるとおっしゃってくださり幸せです。 帆場蔵人様 コメントをくださりありがとうございます。 むかし、実際に働いてよくもわからないうちに色々なお金をとられることがありました。何だろう?と思いながらも払いました。給料を受け取りに行くために交通費が必要なこと、小銭を数えるかなしみを知りました。 コメントをくださり、ありがとうございます。 まりも様 コメントをくださりありがとうございます。 自分で書いておきながら、コメントを読ませていただいて、何だか泣いてしまいそうになりました。 この詩は、ご指摘いただいた、 〈なんやようわからん植物を/ブドウと思って口に入れたときの/人生の方がよかった〉 のフレーズというか、詩情の核となる部分が心に浮かんだ時から書き始めた詩でした。ですので、そのようにおっしゃっていただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます。 ふじりゅう様 ありがとうございます。 文体の変化の件、技術として意識的に出来ていれば、プロの詩人とまではいかなくても、もしかして日銭くらいは稼げるのかなというようなことを考えておりました。 縁あって、このような文体となりました。 お褒めの言葉、ほんとうにありがたいです。嬉しいです。ありがとうございます。 stereotype2085様 コメントをくださりまして、ありがとうございます。 おっしゃっていた楽曲、見つからなかったのですが検索していました。ぜひ聴いてみたいです。 軸のないカラダは、なぜ「軸のない心」ではなくカラダだったのだろうかと、自らに問いながら改めて読み直していました。 コメント、本当にありがとうございました。 IHクッキングヒーター(2.5kW)様 コメントをくださり、ありがとうございます。 期待の件、おっしゃる通りだと思います。ほんとうに、おっしゃる通りだと思いました。 理想や期待がどうしても入り混じる、あるいは滲んでくるような詩であったのかも知れないと、考えています。 ありがとうございます。 藤 一紀様 こんばんは。 コメントを下さりまして、ありがとうございます。 >>「悲しみとも怒りともいいかねるような(この場合は混濁していて言いかねるわけですが)、」 コメント内のこの文章にも、強い感謝を覚えました。伝わるように書いていただけるということの尊さを改めて深く感じました。本当にありがとうございます。 「軸のある」とおっしゃっていただけて、幸せです。ありがとうございます。 鈴木 海飛様 コメントをくださりありがとうございます。 皆様にも、鈴木様にもコメントを書いていただけるということへの感謝が尽きません。特にこれだけの文量と想い、本当にありがとうございます。 >>「軸のない身体は 問いに対して答える 己の人生に対して応える 言い淀むことなんてしない そんなはつらつとは真逆の人間性のことだろう。 …ただ、それだけではない。」 大変嬉しく読ませていただきました。 最後の例文素晴らしかったです。 どうしてでしょう。日本語でこれを書いたときここまで浮かび上がるものや、深く入り込んでくるものがあったのでしょうか。外国語が生み出した何かがあったのでしょうか。不思議です。 鈴木様のコメントを読ませていただきながら、自分は、今の自分はどのような立ち位置(例えば資本主義社会におけるヒエラルキーの中での立ち位置など)でこの詩を書いたのだろうかということを考えていました。 管理する側、される側、共通する人間の葛藤。コメントが詩だと強く感じ入りました。 ほんとうにありがとうございます。 (Tender)

2018-09-26

一行目、ひと通りの事件の終わりのような、落着を想像しました。タイトルから、複雑な事情について考えさせられます。 墓石を流れる、まっすぐではない線のような水の流れが浮かびました。そして季節は、夏ではないか。 「ぬるいりんご水を欲しがった」のが一行目二行目よりも過去の場面なのだろうなと考えました。 「入道雲」が想起させるもの、あるいはそれ自身に投影するもの。 タイトルに使われた言葉を、私はここでは〈そうなるとわかっていて、ほっておいた」と定義づけて読んでいます。それはなんだったのか。命ではないのか。 「季節変わりの混ざりゼミ」には、感情の入り混じりを思いました。 最後に立ち上がったのは、「「そうなるとわかっていて、ほっておいた」未来にある結果」を招かないための行動ではないかと考えました。 ① 入道雲はだいきらいだ、 おとうさん、おとうさん   ② 低かった空は、とおくなって彼方だ、 屋根に三角、たわむ電線、 季節変わりの混ざりゼミ、 ひとがみんな、畑に立てられている野菜、   ③ 手首のうすい動脈をみているわたしは、 ガタン、立ち上がった朝 ①はかなしみ ②は抑うつ、諦め、無気力 ③は再起 そう読みました。 (未必の故意)

2018-09-26

じゅう様 コメントをくださりましてありがとうございます。 エネルギーを感じていただけたとのことで幸せです。ありがとうございます。 ご指摘の件、表記は大変迷いました。私は声で詩を伝えるポエトリー・リーディングや詩の朗読をしているのですが、その際にも聴覚にアプローチするための言葉について吟味する楽しみを得させていただいています。 視覚アプローチであるテキストの際、何を優先するのか、それぞれにどのようなメリットデメリットがあるのかについて考えることは非常に贅沢な悩みだなぁとおもっています。 ご指摘の件はおっしゃる通りだと思います。テキストは、再読性があるものなので、ついつい甘えて「からだ」という表記が持つ印象を優先しました。 今後も考えていきたいです。 ありがとうございます。 ヤエ様 コメントをくださりましてありがとうございます。 情景描写が失敗していないことがなぜそうなっているのか、分析いただきましてありがとうございます。大変勉強になります。 「何かをサルベージしてできるイメージ」については同感です。私ごとですが、なぜか水と相性が良いような感じがしています。ヤエ様にもそのように相性のいい対象はありますでしょうか。 渡辺八畳@祝儀敷様 コメントをくださりましてありがとうございます。 恐縮しながら読ませていただきました。私も読者として人様の詩を渡辺八畳@祝儀敷さんのように読んでいきたいです。ありがとうございます。 タキザワマジコ様 コメントをくださりましてありがとうございます。 >>「見逃してくれない<いのちの温かさ>をどこかで期待して<俺>はこの海を選んだのかなと感じました。死にには来たけど、もっとずっと詩をはき出していたい気持ちも抱えていて、誰かがそれを気付いてくれるのを待っているような。」 優しい視座からのお言葉に心が震えました。ありがとうございます。 自分で書いてはいますが、自身できちんと整理できていない想いが多くあります。詩と関わる中で、それらが浮かび上がり後になってから知らされるということもまた大変に多く、その幸せを想っています。 表記についてのコメントも、伝えてくださりましてありがとうございます。水のやわらかさに合う言葉を、その伝達性よりも優先させました。 (リュウセンケイ)

2018-09-27

こうだたけみさん 「すごい好き」と言ってくださりありがとうございます! なるほど!こうださんの作品に触れた上でその解釈をお聞きすると、自らの作品をさらに好きになる感覚があります。ありがとうございます! (リュウセンケイ)

2018-10-11

こうだたけみさん ワンポイントキュレーションまでほんとうにありがとうございます。 TENの会場でもお伝えさせて頂けましたが、こうださんの詩や、こうださんの本作へのコメントから、私は自身の詩の原体験や源流を思い返すことができました。ありがとうございます。 音遊び言葉遊びは、単なる遊びには終わらず、その深層に大切なものがあることを思い出しました。誇りを再び手に入れたような感覚です。 ほんとうにありがとうございます。 (リュウセンケイ)

2018-10-28

田無いなる様 コメントをくださり、ありがとうございます。音楽的な感覚に関してのお話を楽しく読ませていただいておりました。ありがとうございます。 ラップ的なものへの意識が、新たな言葉を連れてくることは詩作の中で頻繁にあるので、自身でも今後とも考えてゆきたいです。 (ヒール)

2018-09-30

まりも様 コメントをくださりましてありがとうございます。 前半について、詩作をする中での「伝達性を上げる」ということへの意識よりも、「テキストが持つ再読性への信頼」、違った言い方をすれば「甘え」のような意識があったと自覚しております。 詩作もコミュニケーションも、日頃は前者を意識して生きていることが多いです。詩作に向かう自らについてわからないことが多いので今後も考えてゆきたいです。 (ヒール)

2018-09-30

渡辺さん コメントをくださりありがとうございます。 ご指摘の件、どのようにお返事をさせていただいたらいいだろうかと考えていました。 どうしても英語表現ならではの音感が欲しかったと考えていたことを覚えています。意味の正確さだけなら、日本語を選んでいたと思います。 答えになっているでしょうか。 ありがとうございます。 (ヒール)

2018-10-11

stereotype2085さん 「好き」、「意味深で中々にいい」とおっしゃってくださりありがとうございます。 自らの他作品に比べると、明確になり切れていない意識を詩にしたのだと思います。そしてそれは、とても必要なことだったのだと思い返しています。 (ヒール)

2018-10-11

>>「海水がしたたるまえに」 という言葉、「ひっかかりなく読んでしまいそうで」と書きながら、ひっかかったから書いているのだなということを自覚しています。ともすればあまりに目立たない言葉なのかも知れませんが、わたしには何故か気になるものがありました。水滴が落ちるスピードと、トビウオのスピード。何故だかわからないのです。とても気になりました。いい詩だなと思って。 >>「胸鰭をひろげて」跳ぶ姿を誰が、どこから見ているのだろうということを考えました。 ここまで書いて、この詩は視覚の詩だと気がつきました。はじめは、リズムの詩だと思っていたんです。 後ろから見ていたら「胸鰭」は見えないかなぁとか、でももしかしたら視点が撮影カメラのようにヌルヌル動いているのかもなぁとか色々なことを考えました。 生き物が(懸命に)生きている姿を切り取れば、そこに詩情が浮かび上がる。素晴らしい詩だと思いました。 (トビウオ)

2018-09-27

>>「生まれては消えて 稲穂が揺れる」 この箇所、語らずとも情感が溢れていると思いました。 なんでしょう。特別な人が去った後に吹くひと吹きの風のような、それに揺れる髪の毛一本一本の揺らぎような。感じるものが多くありました。 >>「栄養が 螺旋を描き 力に変わる」という表現も非常に美しかったです。 揺れたりぐるぐるとまわったり、読みながら立体的な動きを感じるのに、一方で静けさの美しい詩でした。 (豊作)

2018-10-01

対比が効いていて、美しい詩だと思いました。美しいと感じた理由を更に探しました。潜りました。 僕はよくチャレンジをしてはつまずくのですが、つまずいて、しばらく紐を結ぶのもやめて、大の字で寝転んでいる時の時間と気持ちを覚えています。 恋でも、仕事でも、もっと大きかったり曖昧な、生きることでも。とにかく、なにかを諦めた時の、受け入れた時の、手放した時の、あの感覚を覚えています。覚えていたことを思い出しました。 ありがとうございました。美しい。 (かの地~B-REVIEW TENに寄せて)

2018-10-09

ふじりゅうさん >>「離れ難い愛おしさ」を覚えていたのを「思い出していた」とあるので、その感情が既に過去の事だということになります。 丁寧にご覧くださりありがとうございます。とても嬉しいです。 1連目、好きと言ってくださりありがとうございます。 この詩はこのシーンがふと浮かんだことから始まったのでそこを褒めていただけて嬉しいです。 ありがとうございます。 (街のひ、果てるひかりに)

2018-10-28

日下ゆうみさん >>特に私が良いと感じたのは朝とひな鳥の描写で、その二つの状況に対する私の感覚の絶妙な言葉へのしにくさが、ここでは周りの他の言葉の支えを借りながら確かな形を持ち始めているように感じたので、この部分は特に素敵な描写だと思いました。 ていねいに心を込めて書いてくださりましてありがとうございます。ブログの方も拝見しておりました。ほんとうにありがとうございます。 わたしは、技巧的に、狙って書くことはできないのですが、この詩は初めの場面から始動したものでした。 ですから、その箇所を良いと言ってくださり本当に嬉しいです。 ありがとうございます。 この詩は、着陸できたので、皆様に幸運にもご覧いただくことができました。ありがとうございます。 (街のひ、果てるひかりに)

2018-10-28

no.20さん ありがとうございます。 情景が浮かんだという事実も、少し切なくなったという心の動きも、お伝え頂けて幸せでした。 ありがとうございます。 (街のひ、果てるひかりに)

2018-10-28

stereotype2085さん ありがとうございます。 自覚して操作するテクニックは持っていないのですが、結果的にそのように受け取って頂けて幸せです。ありがとうございます。 詩の構造をこう分けられているのではないかと語ってくださり嬉しいです。 聖俗についてもはっとさせられるところがありました。 今夜もその点についてお話しさせていただけたら幸いです。 ありがとうございます。 (街のひ、果てるひかりに)

2018-10-28

まりもさん コメントありがとうございます。 歌詞に近く、おっしゃられたように詩としては重いと思います。重さについても考えさせられます。自分は、他の方の作品を読むときに、無意識に(あーなるほど。リフレインなのね。)と思った瞬間から、斜め読みのようにしてしまうのですが、その後の時間に改行や句点に意味を見出そうとする自分もいて、面白いなと思います。 (信頼)

2018-10-28

途中送信をしてしまいました。すみません。 まりもさん 海のくだり、ありがとうございます! そのように、人と向き合おうとしたことがあったなと思い出して書きました。 ありがとうございます。 かるべまさひろさん ありがとうございます。 そうですね。私も同じ想いです。 個人的には詩を書く理由のひとつに、そういった悩ましい想いを表そうとするところがあります。 書いてなにになるのか。わかりませんが、書かないよりはきっと意味のあることと信じて書いてあります。 コメント嬉しかったです。ありがとうございます。 (信頼)

2018-10-28

オオサカダニケさん はじめまして。コメントありがとうございます。ご覧くださりありがとうございます! 語感についてや、共通点について語ってくださり嬉しいです!ありがとうございます。 (信頼)

2018-10-28

>>「傍にいる赤子はオモチャで遊ぶのにも飽きてしまったみたいだ。」 僕は赤ちゃんについて詳しくないのですが、乳児には、何かに飽きるという概念のようなものはあるのかな。幼児にはありそうだなということを考えていました。 つまり、場面を飽きているように評価しているのは私で、実際はどうかわからない。 たくさんの場面の中で、私はこの場面に最も作中の私のものの見方があらわれているように感じました。 花への喜びをなくしたこと、痛みをなくしたこと、手触り、温度君、未練、涙。 それらをなくしたことに、私は気づいていて、意識している。その悲しみを知っている。 私はまだ地球にいるのかなと考えていました。 一時だけ、意識だけ解離したのかなとも思われました。 私はこのような感覚で、一時地球をおやすみすることがあるので、読ませていただいてありがたかったです。 (30480517 地球にさよならを)

2018-10-23

© B-REVIEW 2018