作品投稿掲示板 - B-REVIEW


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こころの非暴力不服従 / / 天使の哲学 / / Yes, we could. Because, already can.  (そう、私達はできたはずなのだ。何故なら、もう既にできるのだから。)

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あと、僕の方が長文打つので全然気にしなくて構いませんよ。 むしろ二色空木さんの詩好きになったところでして、その流れで僕のところにコメントいただけたのがとても嬉しいです! (自滅原理~・~無の原理)

2018-04-30

コメントありがとうございます。 そうですね。実は最初、自滅原理のことをジサツ原理(自主規制としてカタカナで表現)としてました。当然ながら表現がきつすぎるので自滅にしたわけなんですが、まあ簡単に言えば盛者必衰の理というやつです(もう少し抽象的なところもあるのですが)。 何かヘマをしたりミスをしたりして自滅するというのもありますが、この詩の主題はソレが自らの命などの源を自ら投げ打って自滅するという点にあります。積極的に自滅するということになりますが、ただ愚直に行うわけではなく、様々な形の過程を経て、決断の極みともいえる状況に遭遇したときに現れる岐路に至って行われるのです。つまり、「積極的に行う」でなく、「積極的に行われる」わけです。 詩なのでいろんな解釈があってしかるべきで、「ソレ」から連想される何かこそが、実は読み手にとって一番ソレらしいソレなのです。心理テストっぽい感じにもなりますが、時間空けてソレについての考察をしていくと、意外と別の姿のソレが観えてきたりして、楽しいかどうかはさておき、不思議な感覚に誘われていくことになるかと思います。 たぶん、またソレに関する詩を投稿するやもしれません。 (自滅原理~・~無の原理)

2018-04-30

風呂から来ました。あの詩は本当にすごいと思いました! 今回は手短に確信犯の赤信号の解釈を私的に。 たぶん行進気分で強気にはなっていますが、その内心で恋心を零しております。この零している恋心は蛍みたいなかんじなのでしょうか。風との対話(あるいは格闘)に夢中で見失った道をもう一度探そうとして見つけた交差点、長い間対話してきたのでライオンのような髪になった。ライオンという孤高な感じを目の前にした交差点、踏ん切りつけたくてもつけられない確信犯の赤信号。待てばいいだけの話なんですが、たぶんそういう問題じゃないのでしょう。その時が赤信号であるということに、大きな意味があるんだと思います。 変な解釈がよぎったのですが、失恋後の強気な態度で風に立ち向かい、諦めて未だに涙している恋心の雫が交差点を見つけ(もしくは雫が交差点になり)、闘い抜いた自身の様は自分自身で気づかず、そのまま自身を捨ててしまいたい状態にうずもれて、そこに子供が指摘して、赤信号ゆえに、救われたって感じなのかなと思いました。 また、ぶつかってくる落ち葉がおそらく主人公の比喩だったのではないかと思いまして、それが「風さんには敵わないなあ」になってるのかなと。無力な自分、風で何も聞こえないのは、鬱病のように、周りが見えなくなってしまったから。だからわずか残ってる恋心という名の生きる希望に沿って進む「しか」なかった。でも赤信号。 たぶん、ライオンになった髪型を整えている間に青信号になって希望の道へと進めるんじゃないかとは思うんですが、たぶんそういう問題じゃないんだと思います。交差点に立ったその瞬間に青信号という「客観的な許可」が欲しかったんじゃないでしょうか。 風という強力な流れに対して、自分もそういった流れを作ることができてはいるものの、やはり力には敵わない。そして自然の力とは異質の信号機の規則さえも、赤信号というネガティブなサインを敢えて出していた。そんな印象を受けました。 以上が、僕なりの解釈です。 (春風との散歩)

2018-04-29

上に解説があったみたいで、それを無視した批評をしてしまいました・・・すみません。 ところでしばらく眺めていたら、 「これまた不思議に」「出た鼻水」 「目が合うと」「睨み合い」 のように、交差させて読んでみても文意が通ります。 また、1行目読んでから7行目を読んでいって、そのまま4行目を最後に読むように内側へと対称的に読んでいっても文意が通るようになっているのが面白いと思いました。逆に、4行目を最初に読んでからの5行目、3行目、6行目と読んでいくと、倒置表現が上手く効いた、いいニュアンスを受け取ることができるように思えてなりません。 ハッキリ言って、僕はこの詩が好きになりました! (風呂)

2018-04-29

これは非常に私的な解釈なので、もし間違っていたらすみません。でもなんかこうじゃないかなーと胸がざわつくので書きたいのです。 まず、意図的に入れている小さな空白ですが、唯一入ってない行があります。4行目です。また、4つずつという偶数を用いて交差という言葉から、対称性を連想します。 つまり、この詩自体が4行目を線対称としたものだとしたら? 交差する一つ(4行目)が醜いというのが、僕にとってはピッタリ当てはまるので。 対称性でいうなら、 「四角と四つ」「僕ら」 「棒切れ」「交差」 「これまた不思議に」「くしゃみ」 「出た鼻水が」「交差」 「そのうち一つと」「睨み合い」 「目が合うと」「飽きたころ」 という組み合わせになり、どことなく意味が通りますし、詩の内容としても噛み合ってるのではないかと思います。 そして醜い理由ですが、おそらく風呂なので、湿気で形や見た目の模様などが変形してて交差の一つが汚らしい感じになって現れているからなのではないかと思います。 ただ、この詩の本質であろう交差から連想される醜さの意味は何なのか、比喩(戦争、交流、社交、衝突、介入、干渉、重ね合わせ、あるいは対称性としての美への何か)なのか、それは断言できませんが、僕なりに納得のいく解釈ができた感じなので、ここにコメントしておきます。 本当に、間違ってたらすみません・・・。 (風呂)

2018-04-29

はじめまして。初めてこの掲示板でコメントします。よろしくお願いします。 詩を読んでいく流れで主人公が何か雲を作るのかと思ったら最後3行でちょっとキョトンとなったというか、「あれれ?」となってしまいました。てっきり主人公がそういう雲を作る決意をしますと宣誓するのかと思ったら不意打ちでした。 というわけで、実際に蒼天を支える雲一つがどういう雲になるのかアレコレ考えてみたのですが、すっごく難しいですね・・・。具体的に書くとコメントが長くなるくらい難しかったです。 物理的にどう作るかもそうですが、心理的にどう作るかも難しいように思えました。 例えば蒼天が雰囲気としての空気ならば、雲はその空気に一点として存在する、ある意味乱す存在になるんだと思います。そうなってくると、本来のさわやかな空気としての蒼天を雲が破るはずが、かえってこれを支える結果になるという雲になるわけで、これが一体どんな雲になるのかということが、この詩のテーマなのかなと思いました。 確かに誰かに作ってほしくなる心境でした。 というわけで、ここに量の多い雲一つ、置いておきます。 (空を仰いで)

2018-04-29

連投すいません。 ちょっと「システム」とか「論理構造」って言ってもよく分からなかったかもなので、言葉変えて「心」とか「存在感」、としてみた方が分かりやすいかもしれません。 なので、ソレが言葉や言語というのは非常に的を得ているわけです。しかし的を得ているからといって、ソレが実用的と感じる人がどれほどいるのかは分かりかねます。そういう意味で、直接ではなく間接的な伝え方が望ましいものと僕は思っています。 (自滅原理~・~無の原理)

2018-04-29

コメントありがとうございます。もう少し削ぎ落してスマートにした方がよかったみたいですね。参考になりました。僕自身が結構要素つめこんだり長文になったりするのでそのせいですね。 個人のブログでいくつか詩を書いてたことはあったのですが、こういう場で投稿するのは本当に初めてなので緊張しました。 自分について少し述べますと、僕は計画的に書くというよりは、考えてきたこと、経験してきたことを即興で詩として表現する傾向があります。直感タイプなので細かい手直しはその分綿密にしたつもりです。 今回の詩について、いくつか解説したいところがあります。ソレというのは言ってしまえば「システム」とか「論理構造」で、主なテーマはサイバネティックスから思考プロセス、そして意識の規則性やキルケゴールの示す自己についての、自分なりの経験と考察を表現したものです。 説明ざっくりに書くなら、ソレの性質は以下の通りです。 ・とある矛盾がきっかけで疑問によって知覚される ・否定的な批判や中傷によって自身の正当性が証明される ・ただし批評を受けずに無関心にさらされると自滅する ・意識による自覚によって生き続け、ヘンカ(ヘンゲ)する ソレが自滅原理から無の原理へと昇華するためには、ソレ自身が含んでいる螺旋構造(螺旋なので自己相似な構造)を「観測」することが重要になってきます。だから波動としての「~」を、粒子としての「・」を用いました。 つまり、ソレについて知覚するには、ソレ自身の相似な構造を観測した上で、間接的な表現で伝えていくことになるわけです。なぜ間接的なのかと言いますと、これを直接に伝えても理解されない上に、あまりにも宗教チックなのでみんなから嫌われます(実はこれこそが正当性を保証するのですが、正しく表現できたとしても、実用的でなければ無関心として放置されるリスクの方が高い)。だから、芸術などの間接的な表現の方が、ソレを伝えるのには向いているわけなのです。 最後に、なぜ螺旋なのかと言いますと、僕自身がそういう風に観えている実体験があるからです。これについてはいくら説明しても病気扱いされるので詳しくは言いませんが、簡単に表現するなら、人差し指をアンテナにして軽くピンと伸ばすと、その指周辺に綿あめみたいな螺旋が現れてきて、指が若干重み付けされて動きが制限されるんです。 信じてもらわなくて一向にかまいませんが、まあ、そういう背景があって今回の詩があった、ということだけ伝われば幸いです。 これからも精進してまいります(`・ω・´)ゞ (自滅原理~・~無の原理)

2018-04-29