作品投稿掲示板 - B-REVIEW

沙一

投稿作品数: 44
総コメント数: 434
今月は18作品にコメントを付与しました。

instagram.com/ukiyo_utusiyo

本能

2019-11-08

音のない町

2019-10-10

旅館

2019-10-06

水仙

2019-09-17

半分の羊

2019-09-08

メトロ

2019-07-05

極楽鳥

2019-06-11

古書店

2019-06-01

つくよみ

2019-05-07

ハルピュイア

2019-05-01

永遠

2019-04-07

花のころ

2019-04-01

汽車

2019-03-14

火球をみた夜

2019-03-01

ルシアン

2019-02-12

あまてらす

2019-01-08

ナイフ

2019-01-01

待ち合わせ II

2018-12-08

待ち合わせ

2018-12-07

ホテル春光

2018-11-08

女神

2018-11-01

探しもの

2018-10-14

ピアノ

2018-10-07

氷菓

2018-09-29

たそがれどき

2018-08-27

雨の停車場

2018-03-13

白檀

2018-03-05

夜の人

2018-02-17

真珠

2018-01-13

流星

2017-12-09

待合室

2017-11-25

地下鉄

2017-11-18

私は無季自由律俳句を、恐ろしく感じています。俳句の形式をすべて取り払っても、尚そこに残る、俳句の精神。私自身もつくってみようとしたことはありますが、形式という衣服を剥がされて裸になった俳句の姿をまえにして、慄きました。一見すると気軽に取り組めそうなのですが、俳句を極めた者でないと、真の無季自由律俳句はつくれないのではないかとさえ思います。 俳句の一つの特質として、自らは語らず、風物に情緒を託す、ということが挙げられます。貴音さんの今作では、情緒が怪談に置き換えられるわけですが、ホラーとは別に怪談には恐怖感だけではなく日本らしい情緒が含まれていると私は考えていて、俳句とも相性がよいのではないかと感じました。 また、今作は構成がおもしろいです。無季自由律俳句が主なのか、試合が主なのか、はたまた怪談が主なのか、どれをとってもおもしろい作品であることはまちがいありません。この試合が事実かフィクションなのかはわかりませんが、タイトルにある「電脳仮試合」という語には、仮想的なイメージが含まれているようにも思います。 余談になりますが、怪談を題材にしていることもあり、この試合にも一抹の怪談風味があれば、それがたとえ冗談だとしても、さらによかったかもしれないなと感じました。たとえばベタですが、居ないはずのもう一人の審査員ないし閲覧者の存在を匂わせたり、とか、どうでしょうね。笑 (詩をリードファイター、自由律電脳仮試合)

2019-12-14

タイトルがオシャレですね。 砂 時 記憶 遅れ 内容的にはわりとありふれたイメージで、タイトルの言葉の範疇に収まってしまっている印象です。 ただ、砂浜を散策したあと家に帰ると、そういえば床に砂がちらばっていることがあるなあ、と思い、この着眼点はなかなかいいなあと感じました。なくしたはずの記憶のかけらを、ふと、みつけてしまったみたいに。 (スナトキオクレ)

2019-12-14

「幻」というタイトルがくせものです。本作に描写されている光景が幻なのか、それともこの光景からなんらかの幻を体験したのか、いずれにしても、本文には幻を思わせる要素がまったくありません。タイトルの「幻」という一語に頼らずに、文章だけで幻を表現できたら、もっとよい作品になれたと思います。 (幻)

2019-12-11

構成にわかりやすさがありますね。主題といい文章といい、萩原朔太郎の詩のような、古風さを覚えました。タイトルはいっそのこと「望遠と煙管」にしてもよかったかもしれません。遠くを望むことがそのまま、くゆらすような内省に通じている作品だと思いました。 (望遠とパイプ管)

2019-12-11

生を、もしたった一文字で表すとしたら、それは「あ」になるのではないかと思わされました。 あ、阿、A、初めの音。 死を表す対義語があるとしたら、 ん、吽、Ω、あるいは無音でしょうか。 生きているかぎり、音を放っている。星でさえも、光を放っている。そう思えば、世界には無数の「あ」があふれている。とても繊細な感覚で書かれた作品だと思いました。 また、そうした考察はべつにしても、この詩をまえにしては、素直にならざるをえない、やさしい言葉の力があるように思います。 (あ、)

2019-12-09

なゆた創さん ユークリッド、という語感が好きで、いつかどこかでとりいれてみたいと思っていました。笑 ロードムービーの雰囲気は、意識していたところがあります。 描写を評価していただき、ありがとうございます。 (ゆれるポニーテール)

2019-12-09

まさしく即興で思い浮かんだままに綴ったような文章で、作品としてはまとまりに欠けていますが、それでも読ませてくれるのは詩的な感性に裏打ちされているからでしょうか。 最終連が秀逸で、文章本来の意味を超えて官能性がたちのぼってくるようにさえ思いました。「八女」「やわらかに開く」「俺を濾過して私になり」などといった語が、イメージを孕んでいるのかもしれません。 (詩と信仰と読点についての即興詩)

2019-12-08

各連の冒頭に掲げられた断言的な一言が印象的で、これは台詞が主であるために舞台となる場所や時間帯などを直截に指示する戯曲の手法を彷彿とさせられました。ところが詩においては、「季節は冬」「時は夜」などといったことをいかに明示することなく表現されるかが一つの醍醐味であるように私は考えます。本作においても、試しに各連の冒頭の一言を消して読んだとしても、本文から夜などの場面を察することは出来、またその方がより深く情緒を感じられるようにさえ思います。そうした意味では、本作の形式は詩への挑戦ともいえそうですが、それが成功しているかどうかは一抹の疑問があります。 (実在の声)

2019-12-07

脳をマッサージされるような詩だと感じました。それというのも、アンモナイトからうずくまるもの、娘、ダンゴ虫、月、猫、などなど、めまぐるしく変転するイメージに意識を向けさせられてゆき、2では、あいまに灼熱の昼をはさんで深夜の雨という、相反する大自然のスケールまで意識は拡大され、そのあとふたたびアンモナイトに戻ってくるわけですが、そのころには脳はすっかり痺れてしまい、のびてしまったアンモナイトについての話をぼんやりした意識でしか聞いていられないような心地のところに、こんどは弛緩のイメージがおとずれる。いままで、ぎゅっぎゅっとうずくまるものに向けられて緊張しきっていた意識が、ゆっくりと弛緩していく開放感。凝りがほぐされていくかのようでした。 (うずくまるもの)

2019-12-05

昨今、ピエール瀧や沢尻エリカが捕まって、それ自体はどうでもよくありませんが、それによる彼らの作品や活動への影響なんて、正直どうでもいいじゃないかと思うんです。アーティストの人間性がたとえどうあろうと、作品とは関係ないじゃないか、と。 そこで、昭和におけるサブカルのヒーロー、寺山修司が要請されるのだと感じます。時代のつまらなさを打ち破ってくれるエネルギーを、言い換えると寺山修司的なものを、みうらさんは欲しているのではないかと、今作を読んで思ったわけです。記念館への旅路は、比喩的に人生の旅路として、生涯のうちにおもしろいものを目撃するか体験したいという願望が顕れているのではないかと。 ただ、みうらさんの過去作にもたまにある、特定の人物名を作品に用いる手法はおもしろいと思っているのですが、作中に多用するのはよくない気がします。用いるなら効果的なアクセントとして、一名でもいいように思います。 (どうでもいい沢尻エリカと寺山修司記念館までの旅路)

2019-12-05

先月二作品が実直な作風だったこともあり、今作のおどけっぷりに、さすがだなと感じてしまいました。笑 バランス感覚というか、いろいろな面を見せてくれるのがおもしろい。 で、まえにもこんなことがあったような気がするなと思って、なにげなく千才森さんの過去作を読み返してみたら、『畦の散歩歌3編 (潮風のおまけ付き)』に、まさしく『大根独り舞台』があったではありませんか。既視感の正体はこれか。内容的にはほぼ同じですが、今回の改訂版の方が一部の言葉や文章のレイアウトがより洗練されていると感じます。 他の方の例もありましたが、ここではオムニバスよりも単発の方が、視点が分散されずに読まれやすくなるのかなと思いました。私は『部屋に仕掛けた定点カメラ』のような混沌とした作風も楽しくて好きですけどね。 (秘伝の口上レシピ『大根の誰うま煮』)

2019-12-05

「俺もやるからマジックを」 これは、手品と筆記具とのダブルミーニングではないでしょうか。えがいた星を、あとで消す、のちのイメージとこの語の妖しさが響きあっているように思います。 ナナニーゼロは、初読はなんだかよくわかりませんでしたが、720=ナツヲ、ああそういうことかと。 ナツヲの夏と、オリオンの冬、大失敗どころか、相反する二人の関係性が表象されているようです。 コメント欄での作者のエピソードが本作に魅力を加味しているように思いますが、作品自体としても、直截的には語られていなかった想いのひめやかさが、磁力になっていたのではないかと感じました。 (「オリオンの消滅」)

2019-12-05

秋の詩情というよりは、秋そのものが詩情なのかもしれません。 美しさを言葉に表現したとたん、胸にいだいていた感動とは異なってしまう、そんな逆説が表れているような。 それなら言葉にするよりは、風や空に祈っていたい気持ちになりますね。けど、だれかに伝えたいような気持ちで。 (秋の詩情)

2019-12-04

最後の一行に、 誰にも邪魔されたくない とありますが、この作中話者についてはその優秀ぶりが前半で語られていたこともあり、いったいなにが邪魔になるというのだろうかと思いました。そう考えると、 私が一番 私が先頭だ という言葉は、むしろなにかに急き立てられているようにも感じられます。 いちばん気になったのは、どういった動機で書かれたのだろうか、ということでした。それというのも、この作品に見出せるような主張を、せいろんさんの(この場での)人柄からは感じられず、もしかしたら隠れた一面だったりするのかもしれませんが、フィクションにしてもどちらにせよ、迫真性が足りないと思いました。作品だけが、ぽっと浮いているような感じです。 (自由について)

2019-12-04

そして一度死んだ者はこの世から存在の座標ピントがずれ続けるのだと今になって思い知ります。 そう思い知った理由はなんだろうかと、作中では語られてはいないけどたしかに存在するであろうそれこそ、不可視的で幽霊じみているように感じられました。 私(たち)は、不可逆的な死者として肉体的生を送り続ける といった言葉から、寺山修司の詩「懐かしのわが家」の一節を想起しました。 ぼくは不完全な死体として生まれ 何十年かかって 完全な死体となるのである (秋桜)

2019-12-04

夢 花 死 神 ガラス etc... それらあたりまえのように美しい言葉に頼り過ぎてはいませんか。主題も観念的に終始しているように思います。耽美的な嗜好性はわかるものの、表現にもっと工夫や独創性が欲しいです。 (死が二人を分つ頃)

2019-12-04

人生経験豊かなみうらさんが語ってくれると妙に説得力があるというか、自分もあらためて気づいたのですが、このポニーテールの女性はどちらかといえば不良的で、そのような彼女の語る立派なお屋敷(これはもとより幸福の比喩でもあるのですが)は、たしかにこの人物像だからこそ語り得た感触があったと思います。ありがとうございます。 (ゆれるポニーテール)

2019-12-02

みんなが美しいと思うものを僕は憎み どうしてこんなにも冬の夕方は美しいのだろうか 一般的に美しいとされるものを僕は憎むなら、この二行は、冬の夕方には憎いものがあふれているように読めます。日曜日の夕方、華やいでいる、クリスマス前の冬の街、たとえばそんな光景は、孤独者にとっては辛いものがあるかもしれません。 気障な表現や文章はこの作者さんらしいなと感じ、それがなにげに好きだったりします。 (sunday nightに想うこと)

2019-12-02

トンネルの中心を境に、向こう側にいけるのだった もう後部座席に女たちの気配は失せている こうしたなにげない詩行に、象徴性を見出せます。滑らかな文体であり、それは注視しないと読み過ごしてしまいそうなほどです。 積み上げてきた時間や生き様と、限られている残りの人生への視線が、そつない文章におのずと滲み出ていると感じられる作品でした。 あの草は私だ、あちらの草の塊も私〜 という連は、やはり圧巻です。 (県境)

2019-12-02

yamabito さん 文章の運びを気に入っていただき、ありがとうございます。 (ゆれるポニーテール)

2019-12-02

せいろんさん 作中に奔放な女性を登場させたり、この場にこうした散文の連作を投稿していることなど、どこか冗談めいたことのように感じています。ふざけているというよりも、本気になって遊んでいるという感覚でしょうか。 自分自身も愉しんで書いており、夢中になって読んでいただけたとのことで、たいへんうれしく思います。ありがとうございます。 (ゆれるポニーテール)

2019-12-02

二連目の断片的な詩情がとくに良いですね。 建売住宅のどれかから漏れるアラーム。 チャリ通いのおばちゃんが開ける町工場のシャッター。 ブロワーの扱いがめっきり上達した清掃員の肩の位置。 高層マンション飛び出して走るハイヒールの細い足。 こうした視点は、社会で働きくたびれつつある大人ならではだと思うんです。私自身もそんな一人なわけですが。職種は違えど、町で見かけたあの人はがんばっているな、と見ず知らずの人の働く姿に共感したり励まされたりする。そして、 全品百円自販機のあやしげな缶ジュース。 には、こんな時代に生きる社会人へのささやかなやさしさが滲み出ているようで、そうした見過ごされがちなものに詩を見つけられる視点は、すてきだと思います。 始めと終わりの連の出だしは、ちょうど対照的になっていますね。 文章からそこはかとなく、一人暮らしであることを思わせられます。都市生活者の孤独が、かえりたい-帰りたい-還りたい-孵りたい という声にならない声のような言葉のくりかえしにも顕れていると感じました。 掬われた夏。には、「携帯海月」での多義的な言葉を思い起こされました。 (Goldfish scooping)

2019-11-29

リーディング、聴かせてもらいました。これは、ポエトリーラップともいえそうですね。実直で、優しさも感じられる声。メロディに添うように歌われることで、詩が胸に響いてきます。文章はストレートですが、月のモチーフが、優美さを加味していると思いました。 (太陰暦2019(ポエトリーリーディング))

2019-11-27

千才森さんへ 散文と詩の書き方の違い、なるほどなあと感心しました。とても参考になります。 いつ・どこで・どんな人か、などは、私が省いてしまいがちなものですね。散文を書くとき、それら背景の描写を野暮ったく感じてしまうところが、詩書き、というか私の性分なのかもしれません。 「見つめかえす瞳」に関しては、なぜ情景描写を書けたのかというと、読者を作品に惹き込ませることは意識しておらず、場所自体に象徴性があったからでした。今作を書いているときは、雪女みたいな女性と出逢う場所に意義を見いだせず、どこでもいいんじゃないかと感じて、艶がないなと思ってばっさり省いてしまいました。街中なのか、フードコートみたいなところなのか、どちらにせよ、日常的な場所を描くことに魅力がなかったんですね。そういった点もつきつめて描写していけば、たしかにもっとよい作品になれたかもしれません。 文章による描写に厚みをもたせるか、そうでなければいっそ、短い文章に訴求力をもたせる詩的な書き方もあったわけですね。小説にも散文詩にもなりきれていない、ということがわかって、蒙を啓かれた思いです。ありがとうございます。 いままで自分の書いてきたもののほとんどは、内からふつふつと沸いてくるものを作品にしていたんですね。だけど今作に関してはどちらかといえば、連作のコンセプトが先にあり、そこから書いたお話。上辺だけ、という千才森さんの印象は、まさにそこにあるんじゃないかと思いました。 最後に、とても真摯に批評していただき、あらためて感謝です。あと三作ほどで終わらせるつもりなので、しばしおつきあいいただけたらと思います。 (本能)

2019-11-27

千才森さんへ 辛口なコメント・・・なかなか興味あります。書いた本人には見えていないこともあるかもしれず、千才森さんの目線で作品を読んでもらえたら、うれしいです。楽しみにしていますね。 思えば、詩のような小説は、千才森さんがここでの初投稿作から試みていたことですね。 私の方は逆に、小説を書こうとしても、おのずと散文詩のようになってしまうのかもしれません。 (少女独白~詩飾り小説の欠片~)

2019-11-26

先のコメントに、世界がこうなってしまったわけを明かされていないと書いてしまいましたが、読み返したら、昔、神様が世界を見放した〜とあったことに気づきました。すみません。神話的なので、もしかしたら真実の歴史があったんじゃないかと感じられたのかもしれません。 (少女独白~詩飾り小説の欠片~)

2019-11-25

水は、永遠の旅人。この発想は、とてもすてきです。実際、水は地球を循環しているわけですけど、私たちの生命を構成する成分でもあり、血液などの体液には脈々と受け継がれていく遺伝子が宿っている、その意味で、空間だけではなく時間も旅しているといえそうですね。 シャワーは官能性を帯びたイメージですが、水滴や陽射しをとおして、自然の神秘性そのものとの感応を思いました。 巨大植物に侵食された廃墟の町は、放射能汚染による立ち入り禁止区域も連想させられます。世界の終わりのような風景だけど、透明な貝殻の天井のある家や、初夏の描写もあり、寂寥感と共に開放的な明るさが感じられて、不思議。ファンタジックな映像が喚起されます。 片方しか見つからなかったスリッパには象徴性を感じて、彼はほんとうに帰ってくるのだろうか、とも思いました。でも、彼の帰りを信じて待つことが、主人公にとってほんとうの闘いなのかもしれないと思ったり。 どちらかといえば小説といえそうですが、詩的な表現も十分に感じられる作品でした。 世界がこうなってしまったわけを明かされていないことや、主人公の期待で本作を締められていることなどから、語られてはいないけどたしかに存在するであろう前後の物語についても、想像が膨らみます。 (少女独白~詩飾り小説の欠片~)

2019-11-24

彼女の名前は榎宮マキ、19歳。 こうした説明は、もし自分が書くとしたら、最初ではなく、パソコンのファイルをクリックすると〜以降にもってきますね。その方が、いたたまれない女とはなんなのか、読者の好奇心をひっぱりつつ、冒頭の檄文を読ませられると思いますから。ただ、 それは学生証から判明した。 という言葉からもわかるとおり、捜査の伏線をもたせたかったとの意図は伝わってきます。しかしこの場合、伏線はなかった方が、後半の展開の意外性が増したのではないかとも考えられます。 それはそれとして、感傷的なコメントを見かけるものの、ふじりゅうさんの以前の作品「ぽえとーく」を知っている身としては、今作はまたちがった味わいがあり、にやにやさせられてしまいました。 惜しむらくは、作中であろうと、暴言を吐く荒らしに対してはレッドカードが発行されるべきであったと思うのですが、いかがでしょうか。そうしたら、メタ的要素がより高まった気がします。 (いたたまれない女)

2019-11-24

真に意味のないものを書くことって難しいですね。空洞にだって意味がある。ある種の楽器は、空洞=hollowがあってこそ、音色を響かせることができる。 本作は、言葉遊びを連ねることで、逆に空洞を顕現させることに成功しているように思います。 (ほろー(むおん、おん、)

2019-11-24

たしかに、君の声は小さい。詩を通して声を発してみても、いまのままでは聞いてくれる人も少ないし、他の多くの作品に圧し流されてしまう。でも、誰かに聞いてもらいたいから、ここで声を発するんだろう。創意工夫で、もっと大きな声を発することだってできる。君の大きな声が聞こえてくる詩を期待しています。 (よいしらず)

2019-11-24

比喩におけるデジタルとアナログの混交が、崩れたバランスを表象しているようで、興味を覚えました。 404 ページが見つかりませんでした。 (デジタル。 秒針だけが止まっている (アナログ。 b81c40みたいな血 (血液の色を、デジタルのカラーコードで表現。 こういった手法で、もっとビビッドに展開してもよかったんじゃないかと思います。というか、そうした作品を読んでみたい。切実な印象はありますが、いまのままではまだおとなしいですから。 (404)

2019-11-24

千才森さん かゆいところに手が届くみたいに、うまく解説してくれて、なんだか心地いいです。ありがとうございます。 このまえの「旅館」に、千才森さんから、シリーズ物にしてもおもしろいかもしれないというコメントをもらってから、いろいろ想いめぐらせていたらアイデアがうかんできて、座敷童ときたら次は河童だろう、という個人的な確信のもとに、愉しみながら続編を書くことができました。なので、千才森さんにもぜひ読んでもらいたいと思っていましたよ。好評をいただけて、うれしいかぎりです。 シリーズのコンセプトは、妖怪みたいな人に出会うことと、不思議な要素は入れずに現実に収めること、ですね。次作の「本能」では雪女をモチーフにしているのですが、直接言明しているわけではないので、それが可読性=伝わりやすさの低下につながってしまったのかなあ、と反省しています。いちおう、雪のイメージはところどころに織り込んであるのですが。いっそのこと、女性の容姿を見て「雪女みたいだ」ぐらいのことを、主人公に言わせておけばよかったかな、と。 「かもしれない」という、想像力による怖さは、現実かそれ以上に強かったりしますね。逆をいえば、歓びもまた、同じですね。次作の「雪女」では、今作とは対照的に、想像力による歓びを描いてみました。 現実と幻想のあわい、かねてから私の好むテーマであったので、シリーズとして書くことができて、歓びでしかありません。着想をあたえてくれた千才森さんに、あらためて感謝です。 (見つめかえす瞳)

2019-11-23

千才森さん、今月はまだ来ないのかなあ、と待っていました。その分、力の入った作品を投稿してくれて、うれしく感じています。 本文は堅めですが、タイトルの対照的なポップさがいい感じですね。(ついつい冬眠してしまった昼、これが私にはどうしても、お昼寝してしまったようにしか感じられないです。笑) なかなかの文章量であり、場面の変化や挿入詩がありながら、秋を中心にした内省的な叙情性が一貫していて、心地よく読み進めていくことができました。『コスモス観覧車』が好きです。 ちょっと個人的な話に逸れますが、どこで耳にしたのか、あるいは読んだのか、「夜は必ず来る」という言葉が印象的で、頭から離れずにいました。夜は必ず明けるという言葉はよく聞きますけど、逆をいえば、夜は必ず訪れるんだなあと、新鮮な感覚でした。それとほぼ同じ意味の、「冬は必ずやってくるものだから。」という言葉を本作にみつけて、シンクロニシティを感じました。逆説的に、春を期待させる言葉ですね。これは、本作の主題であるようにも思えます。 最後の箱買い。には、千才森さんらしい茶目っ気が顕れていますね。これはたぶん、かなり抑えていたんじゃないでしょうか。笑 (缶コーヒーを取りに戻ったら、ついつい冬眠してしまった昼の話。)

2019-11-21

つちふまずや、靴底の下、ふだんは視えないものとして、そこから天国が想起される。この発想には、感嘆させられました。その天国=楽園(ハワイアンズとも響きあっていますね)のイメージは、今作に通底しているようでもあり。 タイトルにあるとおり、はじめは詩のコラージュにも感じられたのですが、注意深く読んでいくと、それぞれの小節が、淡くうかびあがる一つのモチーフに収斂していくように感じられました。解釈は、あえて言明しないでおきますね。一連目のセリフは、はじめは謎めいていましたが、読み返すと、すてきな伏線になっているようでした。せつなくも、淡く美しい絵画を鑑賞させていただいた心地です。 (20th Sampling Syndrome)

2019-11-21

昼間に食べた豚骨ラーメンの吐息も巻き上げて、あおぞら、あおぞら。 俗世間の匂いが、澄んだ虚空にすいこまれていく、これはほんとに、すばらしいね。詩人を気取ったような文章ではないのに、たしかな詩情がある。おまじないみたいな「あおぞら」のリフレインは、なかなか強引だけど、かわいい。 (ふざけた世界に飛び込め!)

2019-11-19

自動筆記、もしくはそれに近い方法で書かれたのではないかと思いました。シュルレアリスムの自動筆記の特徴として作者の否定がありますが、今作も、作者を媒介して無意識の海から汲み出されたイメージ群であるように感じられました。 (ザクロ祭り)

2019-11-19

若いなあ、という第一印象。意味は、いろいろ韜晦させている気がするのですが、技巧性が前面に顕れていて、それ自体で読ませてくれる魅力のある文章だと思います。個人的には、官能性を覚えました。 いましか書けないかもしれない詩、キラキラしていて、いいなあと感じました。 (有罪無音)

2019-11-18

マザーファッカー。 この一言が効いていますね。これが、若者の書くような、混沌とした勢いのある詩であったら、こんなに活きてはこなかったはずです。老いの叙情をしずかに語られているからこそ、でしょうか。新しい朝に向かって、中指を立てる老年、パンクですね。 この一言のせいで、そのあとの感興がうすれてしまうかといえばそうではなく、対照的に、後半のしんみりとした詩情が際立っています。 十一月の土曜の朝、というシチュエーション=此性も、詩の主題を象徴しているようです。 (土曜の朝、雨。)

2019-11-17

おもしろさのなかにも、かなしみがあり、よい作品だと思いました。個人的に、 孫兵衛の孫は孫兵衛の顔らしい という行で終わっても、すっきりとしてよかったのではないかと思います。ここが、今作のいちばんの盛り上がりではないでしょうか。そのあとの後半は、上りきった山を下りていくように、哀愁が支配的な雰囲気になり、前半とはまた違った良さがあるとは思います。 (孫兵衛の顔)

2019-11-16

「下妻物語」の、ロリータファッションに身を包んだ少女を連想した。メルヘンだって、極めれば立派な美学だと思う。ときには変わることも大事かもしれないけど、誰になにを言われようとも自分の感性を信じていけたら、かっこいい。 (うた)

2019-11-16

まさかと思うような語を詩に用いられるセンスには、あいかわらず脱帽させられます。 クウガ、どこか超人的な象徴のように感じられます。飛ぶ者=飛躍することがもはや普通である状況。登記簿といえば、実物を文字等の情報に置き換える、いわゆるコード化ですが、詩作もまた、現実や想像を言葉に置き換えるある種のコード化なのかもしれません。そしてそれは、散文のように長引いたり、冗長ではなく。 まさかと思うような飛躍した出来事も起きている散文的な現実や社会に対し、詩作で応えようとされているのかもしれないと思いました。そう考えると、こうした作風そのものが、複雑かつ難解になってゆくこの世界への、一つの応答のようにも思えてきます。 (クウガは普通)

2019-11-15

生一本な詩情に、快い読後感を覚えました。大吟醸がしみわたるような。シンプルに、直観に訴えかけてくる作品だと思います。 ただ個人的には、着陸ではなく離陸の方がよかったのではないかとも感じました。文明は、さらに高度に進歩していますし、堕ちてくるかもしれない危険性も孕んでいますから。 それが私の空を のうのうと飛んでる 〈私の〉という一語が含まれているのがよかったです。現実の空だけではなく、憧れや想像の空も飛んでいるようで。そうすると、着陸でも正解であるように思えてきました。現実では着陸している飛行機が、想像の空を飛んでいると、読むこともできそうです。 (飛行機(テイク1))

2019-11-12

あ、全文ひらがなと書いてしまいましたが、「思」という漢字が一文字含まれていると、読み返して気づきました。総じて、作品に〈ほつれ〉がみられる。これは、意図的なのかもしれないとさえ思いました。 (トマトとにんじん)

2019-11-10

わたしがきらいなとまとをきみがすきで きみがきらいなにんじんをわたしがすきなように この二行の「とまと」と「にんじん」は、反対にしてほしかったな。「とまと」は乳房を「にんじん」は陰茎を連想させますから、女性だと思われる「わたし」は「とまと」がきらいで「にんじん」を好きだとしたら、同性愛の隠喩としてはあべこべになってしまいます。それとも、露骨になりすぎないように避けたのでしょうか。 あと、全文ひらがなであるのに、タイトルのトマトだけカタカナであるところが惜しいです。そこもひらがなにするか、あるいは「トマト」「ニンジン」とカタカナにして際立たせてほしかったなと思います。 (トマトとにんじん)

2019-11-10

昨日の自分にはもう会うことができず、昨日と今日の自分が同じであると保証するものはなく、漠とした連続性を感じているだけで、その意味では一日いちにちが新しい自分の誕生日といえそうです。意図的だとは思えないのですが、最後の「早くねよう」という一言には、新しい朝=自分を迎えたい願望が表れているように思えてなりませんでした。 シンプルだけど、よくわからない作品だなあと、読み過ごしてしまうこともできるのですけど、そこをあえて解釈してみました。 (誕生日おめでとう)

2019-11-09

詩に表現したいと思ったであろう衝動的なものは、とても伝わってきます。だけど、冗長に語り過ぎている。ところどころ、グッとくるフレーズ(ルミナスライン)もあるのですが、焦点がぼやけってしまっていて、活かしきれていない。おそらく、書きたいという気持ちが優っているのではないかと感じられて、言葉をプラスしていくよりも、余計なものを省くマイナスの発想が鍵になっていくように思われます。 書くときに〈彫琢〉ということを意識すると、もっと良い作品に仕上げられたと感じざるを得ません。 (夢見る蕾の夜)

2019-11-09

見過ごしてしまいがちな、なんでもない日常の一コマから叙情を引き出している作風は、なかなか好きです。詩人らしい視点だと思います。 (郵便受け)

2019-11-08

ころねさん 曖昧なものにこそ、あやかしのあやかしたる魅力があるのかなと思います。少年なのか河童なのか。見つめかえすものは妖怪かそれとも自分自身か。 不気味さのなかにも、ハートフルなものを感じてくれたようで、よかったです。ありがとうございます。 (見つめかえす瞳)

2019-11-05

st さん メルヘンが好きなんですね。本作は、妖怪や不思議な伝説といったものを題材にした、掌編小説風の連作です。先月投稿した「旅館」( https://www.breview.org/keijiban/?id=4196 )という作品がきっかけでした。この作風でしばらく書いていこうと思っているので、愉しみにしてもらえたら幸いです。コメントありがとうございます。 (見つめかえす瞳)

2019-11-05

たとえ背徳的だろうと、そこに好奇心や興味を誘う道があるかぎり、人は、探索せずにいられないのだろうか。ちょうどGoogle Mapのストリートビューが、ありとあらゆる道を探索するように。自分は辿らない道も、他の誰かは辿ることがあるだろうし、自分だって歩むべきではない道に足を踏み入れてしまう可能性がないわけではない。——そのようなことを思いました。 素直に言うには野暮ったくて気後れするのですが、ビートジェネレーション風の文体を、かっこいいと認めざるを得ません。 (Google map)

2019-11-04

改行の仕方に、次々と移り変わってゆく、車窓からの眺めを彷彿とさせられました。イメージしやすく、読みやすい文章なのですが、魚男に、いい意味で躓かせてくれますね。そういえば、走っている車に乗っていると、窓から一瞬、変なものを見てしまうことがあるなあと思いました。 墓参りへ向かうであろう道中がそのまま、夫婦人生の縮図のようにも感じられる作品でした。 (墓参り)

2019-11-03

読みやすさと比喩の塩梅がちょうどよかったです。軽妙な魅力のある作品だと思いました。 (地球でできた友達)

2019-11-03

「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ」ニーチェのこの言葉は、最終連を書くとき念頭にありました。書き過ぎることを避けて、省きましたが。誰かしら、連想してくれる方がいるかなあ、と思っていたら、エイクピアさん、さすがです! 芥川龍之介や、カポーティなど、深淵を覗いた作家は、深淵に魅入られてしまうのでしょうか。本作の主人公は、そのような運命を辿らなければいいのですが。 (見つめかえす瞳)

2019-11-02

ちょうど、三日月がきれいだなあと感じていました。 オレンジの薄紙、染み込んでいく濃紺、一筆の月、あたかも手紙に見立てているようで、なにかしら伝えたい想いを、夕焼けから夜へとうつりかわる空へ投影しているのだろうかと思いました。細める目、背ける背、頼りなさげな蛍光灯、といった語からは、そこはかとなく気後れする様子も感じられて。 (細める目)

2019-11-01

電子マネーが流行っている今日このごろにおいて、硬貨の質感に着目して書かれた本作は、変化する時代にとりのこされてしまいそうなものへ向けた、詩心あるまなざしを感じるようです。子供心のような可愛いらしさや、手を繋ぐ仲などは、電子化されていく社会でも失われてほしくはないものですね。 黒髪さんも注目されてますが、ニッケルとコッパー、こうした語には化学からの視点があり、どこか宮沢賢治風にも感じられました。 (小銭のことば)

2019-11-01

これは、よい詩ですね。関西弁によってこそ、本作の愛(かな)しみあふれるユーモアが活きていると思いました。 (さがしもの)

2019-11-01

一作のうちに多数の「死」を無機質に提示されるより、たった一人の「死」を表現した詩の方が、はるかに重みがあると思うのですが、その示唆にこそ、私は本作のメッセージ性を読み取りました。 それにしても、神話によるとイザナミは「1日に1000人の人間を殺そう」と、イザナギは「それなら私は1日に1500人の子を産もう」と云ったそうですが、「死」でこうした作品が創れるなら、「産」でも同様の作品が創れそうです。出生人口が減っているといわれる昨今では、「産」も切実な問題ではないでしょうか。 (数え唄)

2019-11-01

文体こそいつも通りですけど、展開に意外性のないところが、せいろんさんらしくないなあ。本作は、先に云ってしまった結論の域から出ていませんから。これは、四つの連の順番をまったく逆にした方がまだ、可能性を閉ざされることなく読める気がしました。タイトルもたとえば、地味ですけど「あなたにできること」などであれば、本作を読んだときの得体の知れない恐怖感を活かせたのではないかと思いました。 (あなたが怖い)

2019-11-01

巧みな文章構成には感嘆させられます。とくに改行されるとき、そこに衣摺れの音を聴く思いがしました。ただ、 静か。 といった直截的な語は、無くてもよかったのではないかと思います。レースのカーテンが光りにたゆたっている静けさは、作品内にみちあふれていますから。 (ソナチネ)

2019-10-28

服(福)は、大きすぎても、小さすぎても、着られない。身の丈にあってこその、幸福。・・・というようなことを考えたことがあります。 それはさておき、本作は読みやすく、主題が伝わりやすい文章でした。ただ、不幸や幸せが、観念的に上滑りしている感もありました。たとえば、そこに読み手にとっての不幸や幸せを代入するとしたら、小説風な描写がかえって障碍になってしまっていると感じます。せっかく小説風な書き方をされているのですから、それを活かして、登場人物たちにとってなにが不幸で、なにが幸せか、読み手にも実感をもたせられる描写があったら、さらによかったのではないかと思いました。 (おそろいの不幸)

2019-10-28

落花生と沈丁花。落、沈、といった下降を連想させる語が、おたがいの共通項でしょうか。雨がメランコリーをさらに助長させている気もしますが、そんな低調な雰囲気も、どことなく愉しんでさえいるような印象を受けました。 (こちら落花生、沈丁花におくる)

2019-10-25

こんにちは。 前作のコメント欄で海外に行かれると語られていたこともあり、異国の芸術的な光景や音楽に触発されたと感じられるこの詩を、楽しい気持ちで読ませてもらいました。 いちばん気になったのは、 私は街並みの親、本の中の息子です という詩行。 本などでしか知らない仮象的な風景を子に、実際に五感で体験しながら歩いた異国の街並みを親に、喩えたんじゃないかと思えました。あるいは象徴的に、本場の音楽を親、そうした本物への憧れを子、というように捉えることもできそうです。 (カラーソング)

2019-10-24

初潮を題材にしているところが、文月悠光さんの「金魚」を彷彿とさせられました。あの詩を初めて呼んだときの、くらくらするような印象は忘れ難いです。やはり、隠喩などによる奥ゆかしさは、詩の表現の醍醐味であるように思います。比較して語るのもどうかと思うのですが、先例がすばらしかったこともあり、今作は表現が直截的だと感じざるを得ませんでした。とはいえ、前作で隠喩を巧みに用いられていた方なので、今作は可読性を意識して書かれたのではないかとも思います。 (赤)

2019-10-23

なんといっても、終盤のカタルシスがいいですね。いきなり悪態をつく主人公と、ポップコーンを食べる閻魔。それまでの真摯な語りを、いい意味でぶち壊してくれる展開です。そして急転直下で迎えたラストは、どうやら現世に帰れたものの、そこはかとなく憂いも帯びているようです。帰れたのは、一人だけだったのだろうか、と。 凍えるような雨は、悲しみの涙を連想させられ、雨から守るための傘には思いやりを感じます。しかし「慈雨」という言葉があるように、草木に遍く降りそそぐ雨は、仏の慈悲心にも譬えられることがありますね。焼けた家は、大乗仏教で説かれる「火宅」の譬えを彷彿とさせられたり。などなど、仏教的なモチーフをさらに膨らませることもできそうだと思いました。 ともあれ、あの世の入口の光景など、愉しみながら書かれていたんじゃないかなと感じられました。 (道理)

2019-10-21

始めと終わりの連には、静寂を感じます。柱時計の音だけが、際立って聴こえるからでしょうか。おおきなのっぽの古時計——という歌がありましたね。柱時計にはどこか、老年を思わせるものがあります。夜という語もあいまって。 それらの連のあいだに構成されている、向日葵については、昼の時間=若さを連想させられ、古時計と対照的なイメージが泛びます。夜=老いのなかで、だれにも言えない、青春期の秘密の思い出を夢見ている、そのような詩に、私には読めました。 交換し合う 二匹の生き物は、 長針と短針でもあるような。なにも語らず、秘めた思い出をかかえたまま、ただ時をくりかえし重ねて、臨終まで過ごそうとしているのかもしれませんね。密告、とはいかなくても、夜の闇のなかで、甘やかな記憶だけが囁くのでしょうか。あくまで個人的な読みですが。 (密告)

2019-10-19

千才森さん 返詩をありがとうございます。長屋で百物語を聞いているみたいですね。恐怖と興味がいりまじったものは、わくわくします。 「ピアノ」( https://www.breview.org/keijiban/?id=2407 )という自作へのコメントのお返事にも書いたことがあるのですけど、まるっきりファンタジーというよりも、現実のなかに一抹の幻想性を感じられることが好きだったりします。夢と現のあわいが曖昧になる感じ。 よく、明るい作品もあったらいいのにと思うので、くさくなるのは承知の上で、前向きなお話を投稿してみました。 シリーズ物という発想はなかったです。それもおもしろそうですね。すこしまえに「家守綺譚」という幻想小説を紹介してもらって読んだのですが、短いお話の続き物ということで、思い出しました。なんとなく千才森さんも好きそう・・・ いつもコメントしてくれて感謝です。 妖怪がよく出てくるという千才森さんの小説も、読んでみたいですね。 (旅館)

2019-10-14

千才森さん 現実とはちょっとずれた感じの町——音がない、まったくなかったわけではないのでしょうが、雨に塗り込まれてしまっていたり、ものの動く気配がなかったりして、よけいにそう感じられたのかもしれません。五感をすべて使ってこそ現実だと感じられるという、千才森さんの見解に、私も共感しました。 千才森さんの「部屋に仕掛けた定点カメラ」にコメントしたみたいに、本作の場合は〈無声映画は遮断された〉という語によって、この詩の夢幻的な世界から脱け出せたのかなと思います。 いろいろなことを想ってもらえたり、雰囲気を好きだと仰ってくれて、感謝です。いいなと感じたものを、これからも作品にしていきたいなと思いました。ありがとうございます。 (音のない町)

2019-10-14

afterglow さん 知らない町を訪れたとき、夢の中に迷い込んだみたいに感じることがあるように思います。 繰り返して読みたいと仰っていただき、ありがとうございます。 (音のない町)

2019-10-14

前作は浮遊感を覚えましたが、今作は影を曳いている印象を受けました。青春のころを日盛りに譬えるなら、その太陽に灼かれている、心の陰影に焦点があてられていると感じます。甘酸っぱいオレンジは、太陽のアナロジーであるとともに若さも連想させられ、そうした象徴性が中心になって文章を牽引していると思いました。 友人関係やその疎外を、タピオカやチョコレートといった甘ったるいものの比喩を通して表現しているところも、わかりやすいです。 作品単体でも独立して愉しめる気はしますが、続編ということで前作と比べて読んでみると、ミルクとオレンジ、それぞれの味わいに深みが増すようです。 (思春期、すべてオレンジ)

2019-10-13

宝塚橋乃さん 比喩を読みとっていただき、ありがとうございます。 (音のない町)

2019-10-12

つむぎさん 言葉による絵画——とてもうれしい感想を、ありがとうございます。 一見すると静止しているものにも過去と未来は在るはずで、暗裏に動きがあると示しているのかもしれません。たとえば植木鉢には、そこに種を植えた過去と、花が咲く未来が。投函された手紙には、それを書いた過去と、届けられて読まれる未来が、内在されていますね。歩きながら詩を思いえがいていたことも、場面の変化につながっていたかもしれません。 (音のない町)

2019-10-12

この詩にえがかれている、自分は体験したことがないはずの思い出にも、読んでいてふしぎなノスタルジーを覚えました。夕焼けに魔法をかけられたみたい。 (夕焼けのコメットさん)

2019-10-12

さくら色の暴風にふきとばされそうな感覚を味わいました。いままでになかったような、ほのかに明るくて、やわらかくて強い、あたらしい詩。 不穏な詩句は目についても、希望をうたう、それはいまの世を生きていく、心の在り方そのもののようです。 仏像のやわ肌を幻視して〜 というフレーズには個人的に、スリランカの観音菩薩坐像を連想しました。生老病死を楽天的に悟っていそうな姿が、今作のイメージと響きあうようです。 (常しえのゆめの降るさと)

2019-10-12

鈴木歯車さん 時が止まっているかのような、ちいさな町の風景のなかにいると、えもいわれぬ情感に苛まれます。 詩は、ある種の記憶装置ではないかと思うことがあります。作者の見た光景とまったく同じであるはずはありませんが、抽象化された言葉を通して読者に情景を想起してもらえるのは、うれしいかぎりです。 コメントありがとうございます。 (音のない町)

2019-10-10

仲程さん 詩の心はどこにあるか、思索が止むことはありませんが、本作ではそれぞれの連に喩を託しているので、意味はわからずとも感じるものがあってくれたらうれしいです。 ちいさな町を訪れた梅雨の日、歩きながら心象をかさねていたら、この詩がうまれました。 (音のない町)

2019-10-10

仲程さん その一行、じつは気にしていたところだったんですね。展開が些か突飛ではないかと。いちおう、不思議なものへの興味をにおわせていましたが。だけど、突飛さがかえって功を奏していたなら、よかったです。情景を気に入っていただき、ありがとうございます。 (旅館)

2019-10-06

現代の都会的な叙情を主題としながら、電飾や携帯といった言い回しはやや古めかしく、「嗚呼」という表記にいたってはロマンティシズムさえ覚えました。むしろ大正時代の詩人の感性を彷彿とさせて、なにをかくそう、私自身もそうした懐古的なものが好きだったりします。ちかごろ、往年の文豪をモチーフにしたスマホゲームが若い人たちに流行っていたりして、古風さを醸し出すことが、かえって当世風だったりするかもしれない、などと思わされました。 (tokyo)

2019-10-06

わりと連想しやすい隠喩を凝らした詩であると、私には読めました。女性らしい心情を、官能的かつ上品に詠まれている印象です。 (turbidity dome ~憧夢~)

2019-10-05

今作の最大の魅力は、タイトルと内容の関係性にあると思う。両者を分離して、単体を先入観なしに読んだなら、タイトルからこの内容を、この内容からタイトルを、容易には想像つかない。しかし両者が組み合わされたとき、通底するイメージが響きあう、そこに詩情が宿っていると思う。 (手取り15万)

2019-10-05

ふじりゅうさんへ 長所や欠点よりも、かるべさんの作品との対照的な読み方に気がついて、その感興をコメントに書いたんですね。 文章や構成は、読み手の個人的な好みによって評価が分かれると思いますから、問題点を問われても、私の主観的な見解にしかならない。私の意見をあてにされるよりは、作者の独創性を伸ばしていってもらいたい、というのが私の心情です。文章力や表現力についても、中途半端にアドバイスを聞くよりは、地道にたくさんの作家の小説を読んでいくことが、なによりも滋養を得られる方法だと考えています。 単純な感想としては、フィクション性あふれる固有名詞の使い方や、直情的な言い回しなどから、ふじりゅうさんらしさが表れている文章だと思いました。終盤に詩を二編載せている構成も、好ましく感じられました。内容としても、心当たりがある自分としては、おもしろおかしく読ませていただきました。こうしたギャグ路線をベースにしながら、詩論や芸術論を与太話的に開陳していく作品も、愉しいかもしれませんね。 (ぽえとーく)

2019-10-04

ずいぶんと投げやりな終わり方なのですが、そうまでしないと、この作品からは(作者でさえも)脱け出せなかったんじゃないかと思いました。漏れたハクチウムによって酩酊したかのような文章、愉しませてもらいました。 (部屋に仕掛けた定点カメラ)

2019-10-04

うーん、あくまで個人的な見解なのですが、こうして見てみると、詩投稿サイトを作品に登場させるなら、まったく架空の名称をでっちあげるよりは、かるべさんの「B-REViEWは終わった」の方が潔いと感じられました。こうした作品をこの場に投稿する以上、アイロニカルに読まれることは不可避ですから。かるべさんの作品は、内輪向けであるなど賛否両論ありましたが、表面上がビーレビのパロディであっただけに、かえってその先へ普遍性を探る試みを誘う向きがあったように思います。一方、ふじりゅうさんの今作は、架空のサイト名や思わせぶりな文章が暗示するものはなにかという読みを誘い、その行き着くところは、実在する詩投稿サイトにあった出来事のパロディではないかという、かるべさんの作品とはちょうど反対方向へ向かう読ませ方だなと感じたのでした。こうした比較は、かるべさんの作品単体では思いもよらなかったことで、今作に誘発されて意外な発想がうまれたことに(そしてそれをコメントに記させるだけの熱量を感じていることに)、自分自身ちょっとおどろいています。 (また、花緒さんの「ネット詩人の墓」に関して言えば、固有名詞を用いなかったことが功を奏していたと思います) (ぽえとーく)

2019-10-04

Um Fantasma さん 思い切ったこと、そうですね、なにかしら新しい風を吹かせてみたいという意図はありました。せっかくの批評文投稿機能を活用して。 対象作品に興味をもって読んでいただき、ありがとうございます。 (祈りとしての詩—— 下弦物語)

2019-10-02

ふじりゅうさん 膨大な量の投稿作品があるビーレビで、おすすめの作品を紹介するために批評文を書くことも無益ではないように思いました。著者プロフィールには批評文の枠があり、その作者がどういった作品に興味を示すのか知ることもできますし。 コメントありがとうございます。 (祈りとしての詩—— 下弦物語)

2019-10-02

こうだたけみさん 90度横にすると・・・ あっ、そういう仕組みがあったんですね。まさしく、目を皿のようにして拝見させていただきました。よく作り込まれていて、おどろきです。 (┣びそあターャジス┳スジャータあそび┫)

2019-10-02

花を殺すものを季節と呼ぼう 花の咲くことで季節のうつろいを感じることは多いですが、その逆の発想をこうして表現されるのは、新鮮に思えました。 九月の終わりである必然性はあるのだろうかと考えて、個人的な事情があるのかもしれないとも思いましたが、鮮血のような彼岸花が咲きはじめ、お墓参りもするこの時期は、今作に合っている気がしました。 (九月の終わりを生きる)

2019-10-01

強過ぎる光の中にいることは、暗闇の中にいることと同義だといえる。盲いてしまうのだから。 きみに焦点が当たっているようですが、舞台照明に照らされている役者などを私は思い浮かべました。舞台上で役を演じる人にも、繊細な素顔があったりするだろうな、と。 (逆光に向かい立つきみは)

2019-10-01

もう、無邪気な言葉遊び全開で、圧倒されました。眺めても読んでも味わえる、言葉のお魚をいただきました。 一つだけ、「皿」の一字は「目」の方がふさわしかったんじゃないかと思いました。でも、こだわりがあったのかもしれませんし。 とにもかくにも、ごちそうさまです。 (┣びそあターャジス┳スジャータあそび┫)

2019-10-01

十五夜の月、金貨、井戸のまるい穴に、アナロジーを覚えます。 そして次作の「夢想」は、今作の変奏のようですね。金貨が和同開珎に、子がキッドに、置き換えられているように思えました。 田に突き刺さった十字架の苦しみは、案山子を連想させるのですが、キリストとの類似性も見出されます。もしかしたら、元型があるのかもしれません。 逸見さんは謎ですが、「逸(いつ)」も「見(み)」ているお天道さまのような存在に、助けをもとめたのだろうかと想像しました。 「夢想」と共に、耽美的な印象で、それでいて和洋折衷感もあり、泉鏡花っぽさが思い浮かぶ二作品でした。こうしたイメージは好物です。 (逸見さんに電話)

2019-10-01

夏野ほたるさん 率直な感想をありがとうございます。 ライトノベルと呼ばれる作品群を私は読んだことがありませんが、言われていることはわかる気がします。会話文を格式高いように直した方がいいんじゃないかと友人からも言われましたが、私はこのままがよかったんですね、友人の素の雰囲気が感じられて。今となっては、自分の文章に直さなくてよかったと思っています。 ありふれた展開や言葉なのかもしれませんが、共作できたことは、私にとってはありふれた経験ではありませんでした。ここに、一つの思い出として。 (半分の羊)

2019-09-29

夜11時、明日になる直前といった時間ですね。不安と期待が入り混じったような詩だと感じられました。 冒頭の電子機器類など、無機質な小道具による雰囲気作りが、ステレオさんは巧いように思います。私が初めてステレオさんの作品にコメントしたのは、たしか「白い固定電話」でした。stereotypeという名の印象もあるのかもしれませんが、それまでの自分は、ステレオさんにクールな人物像を抱いていました。ところが実際は、人間味のある、深い感情を持っている方だなと感じます。そのような、道具立てによる無機質な印象と、相反するような人間らしい感情は、どの作品にも共通して表れているステレオさんらしさではないかと、今作を読んで思い至りました。 (ラブソング)

2019-09-29

こんにちは。 問も解もなさけないままがいい この一行が好きです。自分の気持ちに嘘をつかない詩を書いていきたいと思いました。  ※詩のすべてが、注釈である 詩は、自分という存在の注釈と言えるかもしれませんね。 自らに吹いてくる風が、明日や過去に向かっていくという視座が爽やかです。いまこのときを感じ、書き留められたものに、ふれさせていただいたような気持ちです。 (Note:)

2019-09-24

感性に依って書かれた文章だという印象を受けました。他の方も仰られているように、読むのに理屈はいらないと思えます。ハッとさせられるフレーズがいくつもありました。 物語の筋を追えば、救急車で運ばれた主人公が、あの世への扉を開いたところ、死神か、もしくは天使から、かえって愚痴をこぼされた、というあらましでしょうか。 始まりは唐突で、最後は家に返してよという懇願に対し、到底不可能と思える指図を返されて終了。作品を通して、どこにも着地しない、浮遊感を覚えました。まさしく、重力がミルクに漬けられてしまったような。それは作中の言を借りれば〈世紀末より深刻〉な、終わりを見失った世界を、私たちも漂っているのだと、自覚させられるようでした。 (重力をミルクに漬けて)

2019-09-23

私はこの作品から「輪廻」を思い浮かべました。標準的な言葉に置き換えるなら、それは「回転」でしょうか。 産まれること、交わること、産むこと、そしてくりかえされる命。 唇や舌という表現は、生殖器を思わせます。 (回転)

2019-09-21

共存し得ないかと思われる矛盾する物事の和解。中盤の言葉の羅列にも、その比喩の連鎖が見受けられます。矛盾さえも内包して、この世界は成り立っているのかもしれない。 最後の一言がとくに印象的でした。 求めてはいけない全ては隠されている 隠されていたり、禁じられているからこそ、よけいに求めたくなるのは、人の心理なのでしょうね。ふと、詩の魅惑の一端もそこにあるような気がしました。 (夜中に、突然)

2019-09-20

トモダチ アクセサリー ワタシ 一連目のこれらの単語が、韻を踏んでいますね。 二連目にいたっては、ラップそのものだなと思いました。それ以降も、小気味いいです。 カタカナの字面から受けとれる無機的な印象も相まって、ラップの抑揚のない口調が脳内再生されるようでした。 学校生活でのやるせない気持ちを、言葉にのせているのが伝わってきました。そういった繊細な気持ちや感受性は、詩を書くことの根源的な動機たり得ると感じます。 (舞台「ガッコウ」)

2019-09-19

前作同様、方言で書かれていることによるインパクトが強いですね。ただ、この種の刺激を、今後も倦きさせることなく継続して読み手にあたえてくれるだろうかと、危惧を抱いてしまったのも正直なところです。それでも、方言は楽しい。 ところで実は、私にとって関西弁による詩の衝撃は、今回が初めてではありませんでした。参考までに、 〈 雪 〉 https://www.breview.org/keijiban/?id=1258 (おすわり)

2019-09-19

夢のあわいに泛ぶような、雰囲気のよい作品世界に、ふらりと訪れてみたくなりました。 もしかしたら、モノカキたちが集まるネット上などのコミュニティは、作者にとってこのような心象風景として見えているんじゃないかと思いました。 海、そこからインスピレーションが湧いてくる潜在意識としての〈海〉のそばのホテルなら、モノカキたちが訪れるにはもってこいの場ですね。 「月見ヶ浜海浜ホテル」と銘打ちながら、作中では「月はなかった」ところも、味な演出だと感じました。月を、モノカキたちの憧れや理想の象徴と解釈することもできそうです。 (月見ヶ浜海浜ホテル)

2019-09-19

みうらさん 世の中は矛盾や葛藤を起こさせることがいっぱいで、それらとまじめに向き合っていたら、アンビバレントに引き裂かれてしまいそうです。もし、迷いも悩みもないとしたら、それは見て見ぬふりをしているか、一方しか見ていないかのどちらかではないでしょうか。迷いながら、悩みながら生きていることが、自然な在り方のようにさえ思えます。 出来のよしあしは関係なく、いまこのときにこの詩を公開することに、自分にとっての意義がありました。そうでなければ、一生お蔵入りにしたと思います。そうするのも、わるくはありませんでしたが。 (水仙)

2019-09-19

みうらさん あてもなく二人で出発して、イマジネーションという地図を頼りに、歩調を合わせて進む。詩友との共作は、まさしく言葉の旅でした。 作中人物たちが逢瀬をかさねる〈森〉は、共作における友人との深い場所も表象していたのかもしれません。後日談(エピローグ)である8の舞台はその〈森〉から離れてしまっていますが、みうらさんの受けた印象はそうした表象に起因しているのではないかと思いました。 お読みいただき、ありがとうございます。 (半分の羊)

2019-09-11

さまざまなイメージを喚起させてくれる言葉遣いが、好みです。 二行分の間を空けて前後に連を分けており、前半は絶望を、後半は結ばれる希望を、謳っているように読めました。その転換点が空白なので、読み手として想像して埋めてみるのもいいのですけど、なにかしら示唆をあたえてほしかったなとも思います。 (flux)

2019-09-10

ビーレビは現代詩投稿サイトという名目ですが、実態はあらゆる文芸作品を歓迎しているので、都々逸も全然ありですよ。私の知る限り、都々逸の投稿は初めて見ました。 俳句や短歌の形式は一見すると似ていますが、異なっているのは音の数だけではなく、俳句には俳句の、短歌には短歌の、〈心〉があるように思います。都々逸については詳しく知らないのですけど、江戸っ子たちが酔った勢いで歌っているようなイメージが自分にはあります。浮世の感傷を笑いとばすような、あっけらかんとした洒落っ気が、都々逸の魅力なのかなと感じました。 都々逸という古風な表現形式に対し、現代を代表する照明であるLEDを引き合いに出しているところが、おもしろいですね。 私も、暗い詩ばかりではなく、明るい気持ちを詩に託したいと思うことがあります。でも、明るいものをただ「明るい」と云うことは詩ではないように思ったり。 都々逸は、そこはかとなく感傷的な影が潜んでいるからこそ、音韻の調子良さが際立って感じられるのかもしれませんね。思えば昭和の歌謡曲なども、歌詞自体はそれほど明るくなく、むしろ暗くても、聴き流してしまえる気楽さがあるのは、メロディやリズムのおかげなのかもしれません。 (『Little Eggs Dodo it’s 飛べぬのろまの 歌うたい』)

2019-09-09

千才森さん 好みの作風だと仰っていただき、感性に通じるところがあるようで、うれしいです。 まず、お訊きしてくださったことのお返事として、本作を詩友と共に創り上げていったことは、とてもおもしろく、思い出深い体験でした。 きっかけは連詩でした。友人と二人で交互に詩行を連想してゆき、冒頭の詩が出来上がったところで、物語にしようというアイデアを友人からもらいました。タイトルも、物語の大筋も、友人の発想に寄るもので、私はそれに細かなアイデアを足していったり、各話の小タイトルを考えたりしました。文章は二人で交互に書いていきましたが、友人の希望に沿って書いたところも多いです。どの文章をどちらが書いたか説明するのは、複雑なので省きます。当人同士からしてみると、文章の雰囲気の違いはよくわかるのですが、友人の持ち味を減じたくなかったので、あとから文体を編集することはしませんでした。にもかかわらず、継ぎ接ぎ感が見えないと仰っていただけてよかったです。 好みの表現もいくつかあったようで、ありがとうございます。私自身、友人の生み出す詩行にはいつも、感じ入るものが大いにあります。そもそも、スランプだった友人に、なにかしら創作の機会を取り戻せられないだろうかと思い、連詩や共作を始めたのでした。こうして本作へのコメントのお返事を書いていると、友人との思い出を辿るようです。 最後になりますが、主に小説を書かれている方からのご批評、とても興味深く読ませていただきました。ありがとうございます。 (半分の羊)

2019-09-09

作中の合間に、茶化すように挿入される顔文字。文字通り、顔のシニフィアン。ところが、タイトルもまさしくこの顔文字である。してみると、気取った詩行の方ではなく、顔文字=茶化しこそ今作における主体性の表現ではないか。そうだ。あらゆるエクリチュールとは冗長性なのだ。 ・・・とまあ、上記は現代思想かぶれの気取ったコメントですが、感じたままに述べさせていただくなら、 さまざまなセンチメンタルに対し、風に吹かれるように爽やかに(すこしシニカルに)微笑んでいるところが、みうらさんらしくて、好感をもちました。 ((╹◡╹))

2019-09-09

*本作は詩友との共作です* (半分の羊)

2019-09-08

タイトルの語感がとてもステキですね。文体や主題の瑞々しさにも惹かれました。 内容は小説の一場面のようで、この作品の前後に、語られてはいないけどたしかに存在している物語=人生の気配を感じられるようでした。ちょうど、始まりと終わりは見えないけど、その間の美しい一瞬を夜空に走らせる、流れ星のように。(あるいは、作中の銀河鉄道=新幹線のように) 初々しいころの出来事もいつしか思い出になってしまう、といったことを、そこはかとなく予感させる、きめ細かい文章も巧いと感じました。今この時も、しずかに過去になり、閉じられてゆく、そうしたせつなさは、一行目の〈閉、だけが自動のドア〉にも象徴されていたのではないかと思います。 (ツキヨノ・ヒライサー)

2019-09-07

0と1といえば二進法が想起されますが、作中の〈貴方〉はもしかしたらデジタルの存在、あるいは画面越しにしかまだ知らない存在なのではないかと思いました。生のぬくもりへの希求を感じます。 (0と1にも満たない君との距離は余りに遠い)

2019-09-06

世間の色事や痴話など、どうでもいいという泰然とした姿勢が、最終行の昼寝に表れている気がします。俗界の喧騒から浮世離れした静謐に収斂するような、清々しさを覚えました。 (昼寝)

2019-09-01

「かいだん」と、タイトルをひらがなにしたあたり、「怪談」とかけているのではないかと、前の連を読んで思いました。 最終行の「階段」は、上りなのか下りなのか明示されていなくて、行き先の不透明感や不穏さが表れている気がします。 一見すると、前後の連に脈絡はないように思うのですが、読み込んでいくと、そこにいくつかのアナロジーが見い出されます。 空蝉と、脱衣。 攪拌と、メレンゲ。 自由をもとめて歩き出す真夜中と、階段を行かねばならないのだ、という意思。 仄暗いあかるさの描写も相まって、つかれた現状況から脱け出したいというような、もどかしい切実さを感じる作品でした。 (かいだん)

2019-09-01

神話、歴史、宇宙、といった深遠なモチーフと、カロリーメイトなどの身近な固有名詞との対比が、詩に高低差をもたらしていて、話者のミゼラブルな心境を際立たせていると感じられました。東京の下町が、宇宙の片隅であるかのようです。 余談ですが、二連目の〈四季〉を〈死期〉と読み替えても、主題と違和感なさそうに思われました。 (生ぬるい生活)

2019-08-24

キャッチャーなタイトルとはうらはらに、思想的にも情景的にも、深淵までつれていってくれました。 (アンパン・マン)

2019-08-24

あ!これにはやられました。待ち受け画面をそのまま背景にしていることと、詩のあとの〈もう一度試してください〉が「諦めないで」と云っているようで、絶妙に効いています。なんだか、励まされました。 (携帯海月)

2019-08-22

はじめ、思わぬ誤読から読み進めたのですが、スターをとったマリオの状態、つまり昨今聞かれるようになった「無敵の人」を思いました。外部との交流がない生活は、それ自体、一つの充実身体ともいえそうで。「天人五衰」という語を彷彿としました。 ところがスターは、メディアにおけるスターのことでしたね。テレビの向こうの華やかな君と、暗い部屋の中の私、この光と影は、同一人物の二面性を投射しているように感じられました。スターの君という光が消えたことで、部屋の私の影も消えざるを得なくなったのではないでしょうか。 (スターの君と部屋の私)

2019-08-17

藤 一紀 さん ああ、朦朧とは、そういうことだったんですね。たしかに、ゆらゆらとした幻想的な雰囲気を想わせる表現が多いですね。そのなかで、鬼灯が鮮明な存在感をもっているとのこと。まことに興味深い解釈を、ありがとうございます。 鬼灯はもちろん、花の〈ほおずき〉のことで(隠喩を含ませてはいますが)、「鬼灯」という語の妖しく幻想的な印象に、やられちまっていました。 (鬼灯フアンタスマゴリア)

2019-08-16

藤 一紀 さん そうですね、云いたいことをあえて朦朧と表現していることもあり、夢とも幻ともつかないというのは、そのとおりだと思います。 コメントありがとうございます。 (鬼灯フアンタスマゴリア)

2019-08-16

蛾兆ボルカさん ご批評賜り、光栄です。 背景写真は、明かすと夢がなくなってしまうかもしれませんが、雨上がりの路面に街の光が乱反射した夜の駅前ロータリーでした。長時間露光であることと、エフェクトをかけたことで、幻想的にみえますが 笑 ただ、ロータリーが走馬灯のイメージとかさなったり、タクシーのテールライトが緋鯉のようにもみえて、詩とシンクロしているように思いました。仰るとおり、写真の右から左へ、夕焼けから宵の空へのうつりかわりのようにもみえますね。 「短夜」であったことに気づくのは夜が明けてからのことですので、その季語をとりいれた一句を末尾にしたためたことから、宵から夜をとおして明け方までのながれであるのかなと思っています。ですので、ボルカさんに感じていただいた時間の印象は、すべて含まれているように思われます。 単なる和風ではつまらなく感じたので、「フアンタスマゴリア」という語をアクセントとして用いました。不安(ふあん)という語もしのばせて。個人的に、和モダンな詩になったかと思います。 イメージを深く感じとっていただき、まことにありがとうございます。 (鬼灯フアンタスマゴリア)

2019-08-15

タカンタさん 詩の紹介をありがとうございます。擬古文が、時代劇風な内容と合っていますね。 夏草や兵どもが夢の跡 読後、芭蕉の句を想起しました。 (鬼灯フアンタスマゴリア)

2019-08-15

月隠緯檻 さん 素直な感想をありがとうございます。 言葉遣いがやや難しいこともあり、万人受けはしないだろうと思っていましたが、感動していただけてうれしいです。 (鬼灯フアンタスマゴリア)

2019-08-15

直截的なタイトルからして強過ぎるほどの印象で、文章からも衝迫感を覚えるのですが、表現において、主題性の奥深さよりも、映像的な面が勝るように感じました。映画にたとえるなら、SFアクションエンタテインメントでしょうか。 戦争で死んだ友という主題の共通性から、鮎川信夫さんの詩「死んだ男」を想起させられました。一概には比較できませんが。鮎川信夫さんの表現は、表面はきわめて静かに、しかし内奥に激しい慟哭がこもっていると感じます。参考までに、その一部を紹介させていただきます。 空にむかって眼をあげ きみはただ重たい靴のなかに足をつっこんで静かに横わったのだ。 「さよなら。太陽も海も信ずるに足りない」 Mよ、地下に眠るMよ、 きみの胸の傷口は今でもまだ痛むか。 (鮎川信夫「死んだ男」より) ※ところで、公式ツイキャスの件ですが、すみませんが見送らせてください。お誘いをいただいたことは、光栄に思っています。ありがとうございます。 (君が死んだのは果たして本当に君のせいなのか)

2019-08-12

二連目に、 体はぶくぶく太るし顔はニキビだらけだし 痩せててガリガリでみっともないし という矛盾しているフレーズをみつけてしまったのですが、主人公の倒錯的な様子が巧く表現されているなぁと感じました。 最後、いつのまにか舞台に上がっていて、これは演劇だったんだと思わせてくれるのですが、自撮りなどの承認欲求を満たす行為がネットを通じて安易に社会という観衆に晒され、ごく一般人でも(アイロニカルな意味で)役者になってしまいかねない、昨今の世相を象徴しているかのようでした。 (詩人が語る言葉は、すべて詩でなければならない)

2019-08-09

スミカゼイツカさん お返事をありがとうございます。 おそらく、まだお若い方なのだろうと察します。詩を書く為に何か特別なことをしなければいけないなんてことはありませんが、これからいろいろな人生経験を積んでいくなかで、詩にも自ずと滲み出てくるものがあるように思います。空想的な表現も私は好きなのですが、経験の豊かさはきっと、作品に深みをあたえてくれるはずです。とはいえ、自らの感じるまま想うままに、これからも書いていってほしいと願っています。 (不可逆)

2019-08-08

随所に光るフレーズがあり、洗練されたイメージを観じられました。ただ、牢獄のなかや、火刑に処されるときなど、現実感が乏しく、全体的にも観念に走り過ぎているところが、もったいなく感じます。思想を表現することはいいのですが、もっと経験に裏打ちされた文章を読みたいと思いました。 溺死体は誰のものか 好みの詩行です。死して自然の所有に還るとしたら、生きることは自らの存在する権利を自然から窃盗すること、だと云えばものものしいですが、自らの命はやはり借り物であるのかもしれません。 生きているのか 死んでいるのか わからない 時が流れていることはわかる これは、自然な感覚だと思いました。生も死も、おおきな一つの流れの、ありうべき二つの面ではないかと自分は考えます。 (不可逆)

2019-08-06

まず、タイトルがとても詩的ですね。淡水と海水がまじわるところ、陸と海の境界、それはこの世とあの世がもっともちかづく八月、お盆を思わせます。 作中には三種類のいきものの名が登場しますが、それぞれ印象的でした。 ミナミトビハゼ 魚でありながら、陸にも生息するいきもの。その越境性は、あの人は元気かね という言葉と相まって、現世へと帰ってくる魂を表象しているかのよう。 オオヤドカリ 仮の宿といえば、儚いこの世を表す語でもあり、ヤドカリはまさしく、その象徴性を背負っているようないきものですね。 ハクセンシオマネキ 360° つまり、あの世のひとも、この世のひとも、めんそーれ と、あかるく招いているような感じがしました。 (八月の汽水域)

2019-08-05

回 回  齒 びっくりして、まさしく目を回している表情ですね。歯の旧字体の「齒」も、ほんとに上下そろったむきだしの歯にみえます。おもしろい。 前作のコメント欄で、釈迦とお米についてお話しされていましたが、そういえば白米のことを舎利(仏の遺骨の意)と呼びますね。命を養うお米に、死を連想させる名がつけられていて不思議に思いましたが、私たちは他の生命を糧にしていることを考えれば、ありがたみを忘れないようにとの願いも込められているのかもしれません。 表裏一体の、死と生。それは今作の端々からも感じられました。 (ぬくい ≪令和元年八月版≫ )

2019-08-05

徒手空拳で闘っているかのような印象。技巧的に凝ったレトリックはほとんど用いずに、Blue、青、ぶるぅ、の読み替えを中心に、腰を据えて、ことばの拳をひたむきに繰り出しているように感じられました。 (Blue、青、ぶるぅ、ぶるぅ ぶるるるるる……という呪縛と解放)

2019-08-05

静かな視界さま ありがとうございます。 本作は、物語詩のかけらと称して書き留めていたものに、通底するテーマをみつけて、一つの作品としてまとめました。 叙情性を現代詩らしく、喩に託すことができたかなと思います。 (ボクラハミンナ)

2019-08-03

思えば、詩を書くこと、創作をすることも、私にとっては秘密の通り道のようであったかもしれません。けっして秘密というわけでもないのですけど、周りからかんたんには理解されにくい自分だけの愉しみは、やはりヒミツの香りが漂っている気がします。この詩にふれて、そんなことを思いました。 (秘密の通り道)

2019-08-03

インディアン「イシ」も、ナポレオンも、マリー・アントワネットも、すでに亡き人物ですが、いまなお残像として都市のかたすみに顕れるとしたら、影響をあたえる存在として生き続けているのかもしれない。すでに終わった星の光が、地上に届くように。 この作品自体が、もっと大きな物語の「残響」のようで、文章の奥に広がっている世界を感じさせるようでした。映画の予告編から、本編への想像力を掻き立てられるように。 (「残響」。)

2019-08-02

不思議の都のアリス、そのワンシーン。六本木の夜の香りが、漂ってきそうな作品でした。 (midnight blue)

2019-08-02

稀覯さま はじめまして。写真からなにかを感じていただけたようで、うれしく思います。ありがとうございます。 (メトロ)

2019-08-01

「田」の上に「雨」と書いて「雷」ですね。 稲妻の伝承、私も興味深いです。 作中の合間にはさまれている呪符のような文字の羅列ですが、 回回 田田 雷にびっくりして、まんまるくした目と、むきだしになった歯のように、私には見えました。 (ぬくい)

2019-07-31

藤 一紀さん こんにちは。 地下鉄の構内って、乾燥していて埃っぽく、冷たくて喉を潤すもの(たとえばアイスクリームとか)が欲しくなったりするのですが、その感覚は疲弊感にも近いかもしれませんね。 あ、〈ハイヒールのリズム〉と〈ニヒリズム〉、韻を踏める語でしたね。気づきませんでした。 〈カフェ/地下鉄/待合室〉二音づつ音数が増していくところには、特有のリズムを意識しました。 藤 一紀さんは、詩的な〈耳〉とでもいうような感覚が鋭い気がします。 コメントありがとうございます。 (メトロ)

2019-07-21

千才森さん 各連ごとに読み解いていただき、ありがとうございます。 自分としてはわりとわかりやすい、逆にいえばひろがりのない詩だと思っていたので、いろいろ想像してもらえてよかったです。 紙に印字されたデータのように、私たちの存在も登録されてしまう社会ですね。そう思うのは、ものさみしいですが。 都会的な気取りは、内面的弱さを隠すファッションなのかもしれません。 アイスクリームって、ミルクからつくられますよね。どこか、そのようなあまえたい気持ちが、最終行に表れていたのかなと自分で思います。書いていたときは、無意識でしたが。 気にしてしまえば、常識で成り立っている世間に戻りにくくなる。おそらく、そのような日常の隙を見つめるのが、詩を書く者の視点なのかと思います。 (メトロ)

2019-07-21

まさしく情景が脳裡に浮かぶような、すてきな作品ですね。文体が素朴で、それが良いともいえますが、個人的にはもうすこし洗練さがほしいと感じました。全体的に同じようなトーンですから、キラリと光る詩行があれば、もっと読み手を惹きつけるのではないかと思います。 (カフェ)

2019-07-20

タカンタさま なるほど、日本語に溶け込んでいれば横文字ではないとは、まったく主観に依る認識でありますね。 拙作「古書店」において、「ミクロコスモス」「シミュラークル」は日常的な言葉ではないと自覚しつつも、特異な雰囲気をもたせるため半ば実験的に用いました。とくに「シミュラークル」については、拙作をきっかけに初めてこの概念を知ったという方もおられて、語の使用には満足しております。 ところで、「古書店」について意見を述べたいのであれば、当該作品にコメントしていただけると助かります。 詩という概念は世界的なものでしょうが、それぞれの言語にはそれぞれの詩があり、他言語に翻訳された詩が原文と正しく同じ作品であるとは思えません。ましてや、翻訳には多大な労が要ることでしょう。にもかかわらず、私の詩が翻訳される心配をされるなど、思ってもみませんでした。そこまで気にかけていただき、まことにありがとうございます。 (海を見たくなるのは)

2019-07-20

タカンタさま 私の発想が通俗的なことは自覚しており、それは拙作を読めばおおよそ自明のことであるかと思われます。その上で、方向性を気に入っていただけたことには感謝いたします。 横文字の使用は好ましくないとのことですが、タカンタさまの作品「カフェ」に見受けられる、「カフェ」「ベール」といった言葉は、横文字ではないという認識でよろしいでしょうか。それとも、好ましくはないと自覚しながらも使用されたということでしょうか。 私としては、外来語と外国語は別物だと考えております。つまり、表記からして海外の言語で書かないことには、正しく外国語とはいえず、反対に、カタカナで書かれた横文字は、外国語由来といえども我が国独自に通用する言葉だと捉えております。横文字は、伝統的な見地からすれば生粋の日本語とはいえないかもしれませんが、我が国でのみ通用する言葉として、やはり日本語の内に有って然るべきだと私は考えます。 (海を見たくなるのは)

2019-07-19

仲程さん なにか根源的なものが、海にはあるのかなぁ、と感じたりします。それとも人間自身が、なにかに根源を求めたがるのかも、とか。 コメントありがとうございます。 (海を見たくなるのは)

2019-07-19

大好きな彼が、二行目からはしかめっ面という呼称になっていて、苦笑い。笑 「つまんねー奴」なんて相手のことを言う本人が、もっともつまらない人間だったりしますね。 一文字のトが、私には蝶番のように見えました。言われた一言で、作中主体のためらう気持ちにも決心がついたのか、最後の一行は安堵しているように感じられました。 私はいつもスマホから眺めているのですが、横向きにするとパソコン画面に近くなるので、作品の構成がよくわかりました。 横書きだからこそうまくいってる表現だと思います。両者が向かい合っている様子が視覚的にも伝わってきますし、さきほども述べたように、トが転回の役割をしていて、印象的でした。 詩がどんなものかあいまいだとしても、たいがいの詩人でさえ、はっきりとは答えられない難題で、だからこそ詩を探究しているともいえるわけで、千才森さんには自らの感性を信じて書いていってほしいなと思います。 それに、作品を読ませてもらえることは、私たちにとってもうれしいですから。 (詰めさせたがる彼)

2019-07-17

ふじりゅうさん 最近、自分でこの作品を思い返していて、一つには、オイディプス的な三角形の構図と、その超越を書こうとしていたんじゃないかと考えています。 まぁ、小難しい話は置いておくとして、現実と幻想のあわいを愉しんでもらえたらうれしいです。少年は空に帰ったのかもしれません。 (海を見たくなるのは)

2019-07-16

青春とBluetoothには、共通の色を表す語が含まれていますね。二つの言葉がこのように結びつくことに、意外性を覚えました。 最終連は感傷的に巧くおちついていますけど、個人的には二連目で終わった方が好みです。 (人間Bluetooth)

2019-07-16

雨粒と雨粒が、ランダムにくっついて落ちていく様子は、どこか人と人の出逢いのようで。それを眺めている作中話者の視線には、哀愁を感じさせられます。 今まで何人てるてるぼうず殺したかな、 わたし。 とてもすてきな詩行です。 願い、喪い、それでも人は願わずにはいられないのでしょうね。 (雨粒)

2019-07-13

冒頭から、とても惹きこまれる表現ですね。 廃墟と思しき描写から、(幻想の)彼女との会話への、シームレスな移行は見事です。 随所に詩的な表現も織り込まれていて、私はとても好きな作風です。 (白い迷い家/黒い夢。 (詩のように書いた小説のそれっぽい詩?))

2019-07-13

興味をもっていただき、ありがとうございます。 プロフィールに、Instagram のアカウントへのリンクを設けました。よろしければご覧ください。 (メトロ)

2019-07-08

ありはらさま 写真は、自分が撮ったものです。借り物があまり好きではなくて、ここに限らず、公開している写真はすべてそうです。 誉めていただき、誠に光栄であるとともに恐縮です。ありがとうございます。 (メトロ)

2019-07-08

エミリー・ディキンソンとの、心の中での対話でしょうか。 文章が途切れてしまったのは残念ですが、ポジティブに捉えるなら、かえって強い余情を喚起させているように思いました。もちろん、全文を読みたい気持ちはありますが。 言葉にできない言葉をどうやったら言葉にできるのかという、かんたんには答えられない問いを、作中人物の難解な語りでこれから解説されるであろうところ、スパッと切り捨てられていて、問いのまま読者に提示されており、偶然とはいえ、これはこれで成功ではないかとさえ思えます。 切断されることによって、それが流れていたことを認識させる、と云えばドゥルーズ=ガタリ的でしょうか。 終わらない問いに、慣性の働きが加わり、読者までエネルギーが伝達されてくるようです。 (エミリーの眼の中でわたしは眠る)

2019-07-08

抜歯についての小説なのかなと、ぼんやり読んでいたら、最後、なるほどなー、と感じ入りました。せつない余韻が、良いですね。 文章がちょっと冗長のような気もするのですが、読んでいて苦にならないのは、可笑しみのある、くだけた口調のおかげかなと思いました。 (抜歯)

2019-07-08

仲程さん 気に入ってもらえた詩行があって、よかったです。ありがとうございます。 (メトロ)

2019-07-06

ステレオさん 絶賛していただいて、恐縮です。 本作は約五年前に書いた詩です。過去の自分の詩を整理していて、なつかしく思うと共に、ちょうど詩の雰囲気に合う写真も撮れたので、併せて投稿してみました。 自分の詩風は変遷していますが、わりと初期の方が、より詩情に敏感であったかもしれません。たまには、自らの原点をふりかえってみるのもいいですね。 (メトロ)

2019-07-06

エイクピアさんの詩としては、かなり読み解き易い作品ではないでしょうか。というより、読みを誘うと云った方が正しいかもしれませんが。 今作のおやかたさまには、ジャイアン的な某超大国を連想せずにいられませんでした。 隠喩が謎解きで終わらないのは、語彙力に裏打ちされたエイクピアさんならではのユーモアがあり、読者を愉しませてくれる為ではないかと思いました。 (おやかたさま)

2019-07-02

エイクピアさま 拙作から何かを汲み取ろうとしていただき、感激の至りです。 私からあれこれ語ることは控えて、感じていただけるままにお任せしたくなりました。 ただ、今作を書いたときは、一抹の幻想性を楽しんでいたように思います。 海や空の、もっと向こうにふれてみたいような気もします。 (海を見たくなるのは)

2019-07-02

いつものような、きわどい表現は、今作には一切ありませんね。それで、清澄な印象を受けました。 厳しい道のりを越えたあとの、優しさ、そのようなものを感じます。 (悲しみも苦しみも寂しさも克服した男。)

2019-07-01

主題が美しく、まとまっていますね。個人的な好みに依るのかもしれませんが、空白でゆとりをもたせるよりは、文体をぎゅっと縮小していた方が、小品としての瀟洒な雰囲気が増していたように思います。 (石畳の道)

2019-06-30

まさかとは思いますが、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのアルバム「ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート」を模したタイトルではないかと、ロック好きな自分としては思いました(見当違いでしたらすみません) 共通項を見出すとしたら、気怠げなパンク、といったところでしょうか。 「命を削った言葉をぶつけてください」 というコメントに対する、シニカルかつ等身大の姿勢には、パンクに通じるものを感じます。 (ブラックジョーク/ホワイトノイズ)

2019-06-20

興味深い内容で、読み易く、おもしろかったです。 先日、書店で、ボルヘスの「詩という仕事について」という本をみかけました。詩については答えを出すのではなく、謎を提示することしかできないという、著者の謙虚な姿勢に惹かれたのですが、survofさんの本批評もどこか通じるようです。 答えを書くことができたら(あるいは、言葉で直截に意思疎通できたら)、詩ではなくてもいいかもしれない。詩そのものが、終わることのない問いかけかもしれない。そのようなことを考えました。 私のこのコメントもナンセンスかもしれませんが、語り得ないことについては、やはり語ることができず、示すことしかできないのかもしれません。 (ネット詩の読解の不可能性についてのディレッタント・カット)

2019-06-17

渡辺さんとほぼ同じ感想を抱きました。 追記するなら、ここに描かれている光景は個人的な(一般人には稀な)体験かもしれませんが、それを普遍性のある絵画のように、私たちに魅せてくれることに感銘を受けました。 (上富)

2019-06-16

帆場蔵人さん いまでこそ動物園に行けばライオンに会えますが、千年前の人にとって、獅子は想像するしかない動物だったんでしょうね。FF8を思い出したりもします。笑 極楽鳥に想いを馳せていただき、ありがとうございます。〈わたしの〉という言葉をのがさずにいてくれたことを、うれしく思います。 (極楽鳥)

2019-06-11

ステレオさん 名前や言葉でしか知らない対象って、想像が膨らみますよね。三島由紀夫「金閣寺」の冒頭みたいに。 三連目は、あざとい表現かもしれませんが、実際に新宿三丁目駅の階段を降りながら、この詩を思い浮かべていたのでした。 コメントありがとうございました。 (極楽鳥)

2019-06-11

とても感動的なラストでした。長いからといって、最後まで読まれずに埋もれてしまうのはもったいない作品です。しかし、発掘して読み、得られた感動は、宝物みたいに感じられたりするかもしれません。 戯曲なのかと思いきや、小説的な描写も多くありますね。亡霊があらわれて語り合うあたり、シェイクスピアを彷彿としました。 タイトルや内容にはミステリー感がありますが、どちらかといえばファンタジーでしょうか。象徴的な表現も美しく、詩的です。 後半がコメント欄なのはどうしてだろうかと、気になりました。 (少年と音楽一家の奇妙で大規模な殺人)

2019-06-11

痛切に胸に迫ってきました。私は医師ほどハードな仕事をしているわけではありませんが、今作に表現されている、仕事を第一義に考えざるを得ない生活のなかで感じる孤独や焦燥に、共感を覚えずにいられませんでした。 私は詩を書くようになってから、社会生活とは別に、もう一つの価値観で、もう一つの人生を生きられるようになった気がしています。 常識という、一元的な価値観だけで生きるには、この社会はあまりに辛い。 (痛い体)

2019-06-09

tOiLeT さん いつもコメントをありがとうございます。 舞台は、言ってしまえば、なんの変哲もない古書店なのでしょうけど、話者の主観(妄想?)が、世界観をひろげているのだと思います。 作家は虚構で真実を語る——含蓄のある言葉ですね。 虚構から真実を読み取ろうとするのもまた、人間なのかもしれません。 (古書店)

2019-06-09

「雑草という名の草はない」という有名な言葉のパロディも織り込まれていて、含蓄のある様子をみせながら、実は品切れをごまかそうとしていただけという。 腹を抱えて笑うほどの作品ではありませんが、ほのぼのとしていて、私は好きです。だれも傷つけない。 (少年とマガジン)

2019-06-06

舞浜さん コメントありがとうございます。 最後の外に出る二行は、仄暗く涼しい店内と、まばゆい初夏の陽気の、コントラストをもたせました。また、シミュラークルな世界から、現実世界への、帰還の意味でもあります。 ちょうど一年前に書いた本作は、興味本位で古書店を訪れたときの体験と感想を基にしました。 店内にながれているクラシックを具体的に表現するのは、よいアイデアですね。音楽家や曲によって、作中の雰囲気も変わってきそうです。 もとは短歌の引用はありませんでしたが、コラボレーションしてみるのも新鮮に感じました。そこは、読者の好みによるかもしれません。 (古書店)

2019-06-03

些細なことです。気になさらないでください。 というか、言われるまで自分も気づきませんでした。笑 (古書店)

2019-06-02

仲程さん 誉めていただき、光栄です。 また、言葉に興味をもって調べてくださり、ありがとうございます。 (古書店)

2019-06-02

意地とイージーに、音の類似を感じますね。 六差路は、六道への入口のような。 砂糖を好む蟻が塩で苛められたことも、業(カルマ)として回帰されるのかも。 蚊というささやかな命を殺生しようとするも、能わず、煙たさに厭気がさしたり。 珍しい?というよりエイクピアさんの提示される語彙の新鮮な表現に、作中の博士ではありませんが、山の裏を探るような解釈を試みてみました。イージーな行為になっていなければいいのですが。 (イージー)

2019-06-01

エイクピアさん 寺山修司さんの短歌は、今作の投稿を考えていたときにふと思い浮かび、どこか響きあうものを感じたので、勝手ながら引用させていただきました。 この詩は本屋のあるじとの友情を目指したものではない との視点は示唆に富むと感じました。店主は、謂わば、シミュラークルな世界の絶対者ということになるでしょうか。 一般的には聞きなれないであろう用語をとりいれた一行ですが、今作をリアルにしているという評をいただき、まことに光栄です。 仮想を重ねるほどにリアリティを増すとしたら、アイロニカルではありますが、実相なのかもしれません。 (古書店)

2019-06-01

なんと表現したらわからないようなものごとを、どうにか表現しようとするとき、詩がうまれるのかもしれませんね。 たとえば比喩だって、そのままでは表現し得ないものごとを、どうにか表現しようとする一つの方法なのかもしれない。 ついあべこべになってしまいがちですが、詩の芸術性は後のことで、先にあるはずの詩の本源的な要素について、今作は述べられているのではないでしょうか。それこそ、〈なんと表現したらわからないようなものごとを、どうにか表現しようとする〉不器用な手つきで。 (批評文 わたしの龍を読んで)

2019-05-31

ふじりゅうさん 現代自由詩の始まりにあったであろう、短歌や俳句といった古い詩形式への反抗心のようなものが私にはなく、古きよきものは進んで取り入れていきたいと思っています。単に、古風なものが好きでもあるのですけどね。 コメントありがとうございます。 (つくよみ)

2019-05-28

セックスしてしまえば今日は僕の勝ちなのだ。 この一言が、それまでの散文をすべて、詩情に結実させると感じられました。 (負けて勝つ、)

2019-05-27

はじめ、「海のポエジー」とは、砂糖水の対義語としての〈海水〉のポエジーかと思いました。つまり、甘いよりも辛い詩情。 でも、母なる海と呼ばれるように、海水はたくさんの生き物を育みますね。そんな多様性への礼賛を感じなくもありません。然し、そこは弱肉強食の世界。三角がヒエラルキーを意味することも容易に読み取れます。そうした野生の世界を作者は本当に是としているのか、それともマルドロールの歌からの引用のように、単にルサンチマンの発露であるのか、ちょっと気になりました。 最後、人間なんて放っておけという、そのようなシニカルな姿勢は、前作「トビウオ」にも通底していると思いました。(そういえば、海や魚というモチーフもですね) ただ、海の生き物を捕食しているのは実は人間でもあり、放っておけというのは、海の生き物が現実から目を逸らしたいが為でもあるのではないかと感じられました。(深読みし過ぎでしょうか) そんなわけで、この三角に作られた海に、私は「狭さ」を覚え、それが(私的な解釈ですが)〈辛い詩情〉に結実しているようにも思います。 (海のポエジー)

2019-05-27

あらかじめ十四行と定め、友人と一行ずつ言葉を出し合い、未知の状態から、一つのイメージや物語が輪郭を帯びていく様を愉しんでいました。 その過程にもこの詩の本質が宿っている気がしたので、あとから大きな改変などはしていません。和洋折衷感はたしかにありますね。 褒めていただいた箇所は友人の書いてくれた行なので、とても悦んでいると思います。 ありがとうございます(^ ^) (ハルピュイア)

2019-05-16

哀愁亭さん はい、最後は私なりの返歌です。 紀友則の和歌は相手の審美眼を讃えているそうですが、私の方は比喩的に相手の魅力を詠っていますね。 古きよき文化に、多くのひとが親しみをもてる時代になったらいいなと思います。 ありがとうございます。 (つくよみ)

2019-05-10

tOiLeT さん 気に入っていただき、ありがとうございます。 今作は三月に書きましたが、新元号が令和になり、シンクロニシティを感じています。 想いを言葉にして伝えたくなるのは、今も昔もおなじですね。でも、言葉をかわしていないとき、もしかしたらより深く、好きなひとを想っているものかもしれませんね。 (つくよみ)

2019-05-09

百合の花や香りには、私はよい印象しかもっていなくて、今作も馥郁とした香りが漂ってきそうでした。だからこそ心理描写にコントラストを感じられ、「百合なんて、嫌いだ」の一言にはインパクトがありました。 ひとは香りとともに過去を記憶しやすいものですね。 (百合)

2019-05-08

初化粧、艶やかな言葉ですね。 作中話者は女の子かなと思いました。 私は化粧をしたことはありませんが、洒落っ気のあることを初めてしたときの気持ちは、共通しているように思います。初めての恋、初めてのお酒、初めて読んだり書いたりした詩、など。そうした初々しい感性を、思い出させてくれるような読後感でした。 (初化粧)

2019-05-08

この物語では、出逢ったひとが偶然、主人公と同じく詩を趣味にしている方でしたけど、自分はリアルではなかなか、人前で詩が好きだなんて言えません。趣味の話題になっても、読書が好きなど、あたりさわりのない会話でやりすごしてしまう。ましてや詩人とのつながりなど、ふつうに生活していたらできようはずもなく。 だからこそビーレビのような詩のコミュニティがあることを嬉しく感じていますし、気の合う詩友と出逢えた悦びは大きいです。 終わったと言いながらも、詩の投稿サイトがしっかりと作中のコミュニケーションツールになっているあたり、巧いと思いました。 〈B-REViEW〉と、小文字の i にしてあるところも、にくいですね。笑 (B-REViEWは終わった)

2019-05-04

ネット詩とは何ぞや。言葉とは何ぞや。画面上のそれは、0と1とで構成される電気信号。あたかも肉体や物質が、素粒子に還元されるように。そこに意味やイメージを見出すのは、私たちの観念に過ぎない。悦びも哀しみも甘美なる、詩の戯れを、いざ共に。 (ネット詩人 宣誓)

2019-05-02

せいろんさん コメントをありがとうございます。 難しいというか、大和言葉だったり、俳句の季語だったり、古風な言葉は好きですね。連詩してくださった友人も、そのようです。 でも堅苦しいのはあまり好まないので、ひらがなや、やわらかいもので、ゆとりをもたせたくなります。 私は詩人の吉増剛造さんを尊敬しているのですが、氏は日本語のことを、怪物のような言語だと仰っていました。漢字、ひらがな、カタカナ、などが渾然一体となっている様は、たしかに怪物じみているかもしれませんね。また、このような言語を自在に扱えることに、悦びも感じます。 タイトルも気に入っていただき、ありがとうございます。考えてくれた友人にも感謝です。 タイトルは、その作品を象徴していて、一言でもピンとくるものをよくつけています。いつもそのかぎりではありませんが。 (ハルピュイア)

2019-05-02

ラフな話し言葉で書かれた、可読性に優れた作品ですね。それが良さだとは思うのですが。個人的には、ダダやシュルレアリスムを色濃く感じさせられる作品も読んでみたいと思いました。 (トビウオ)

2019-05-02

ゲーテの「至福の憧れ」という詩をご存知でしょうか?イスラム神秘主義から着想を得た、光=神への志向を主題とする作品です。まさしく「蛾でありたい」から彷彿とさせられました。 (イスラム教もキリスト教も、同じ神への信仰から派生したことを、念のために付記しておきます) (前に書いた暗い詩)

2019-05-02

tOiLeT さま 本作は、一行ずつの連詩によって創られました。私が書いたのは偶数行です。 「ハルピュイア」は、作中話者をイメージして友人がつけてくれたタイトルで、私も気に入っています。人と鳥、異なるものの混じり合いは、本作そのものを象徴しているようで。 幻想的なイメージやストーリーを感じていただけたら幸いです。ありがとうございます。 (ハルピュイア)

2019-05-01

モアイが出てくるあたり、渋谷かなと思いました。あれはモヤイですけど。どことなく、ハロウィンのときのような乱痴気騒ぎの喧騒を感じたり。そこへ、場を治めるために僧侶が説教に現れたら、シュールですね。阪神打線=猛虎も恐れない僧侶は、たしかに頼もしいです。 (僧)

2019-05-01

エイクピアさま はい、意図的です。 ものを〈落とす〉ことは、〈音す〉ことに通じているのだなと、常々思っていました。 〈訪れ〉が〈音づれ〉と通じていたり。 日本語の音韻の共通性は、奥深いですよね。 細かなところに注目してくださり、嬉しいです。ありがとうございます。 (ハルピュイア)

2019-05-01

竜野欠伸さま お読みいただきありがとうございます。 作中の句は、引用というよりも本作の心なので、散文と分けるのではなく、まんなかに包みこむように置きたいと思いました。 (永遠)

2019-04-27

tOiLeT さま お読みいただきありがとうございます。 詩って、どこにあるのでしょうね。作品に宿ることもあるでしょうし、詩情を感じられる心そのものにあるのかもしれませんし。そんな問いを投げかけることができていたら、幸いです。 ところで私は、デュシャンの「泉」にも詩心を感じます。 (永遠)

2019-04-27

peace.pot.microdot さま お読みいただきありがとうございます。 桜の写真がなぜ消えてしまったのか、だれかに壁から取り外されてしまったといえば現実的ですが、そんな事象にもさまざま思いめぐらせるのが詩心なのかもしれませんね。 (永遠)

2019-04-27

都会的な言葉選びと、小洒落た文体。内容はありふれたストーリーかもしれませんが、その魅せ方がクールです。素朴にも奇抜にも偏らない洗練された作風は、この掲示板で光っているように感じられました。 (トリスタンツァラに敬意を込めて)

2019-04-26

ヴィクトル・ユゴーや、T.S.エリオットの文芸作品へのオマージュが織り込まれていますね。今作を書かせたほどの強い思い入れが、おそらく作者にはあるのだと感じられました。 (ノートルダム大聖堂への葬送歌)

2019-04-16

傷を保護し癒すための包帯という隠喩が絶妙です。包帯を脱いだあとの自分は空っぽ、あるいは透明人間だったのでしょうか。いずれにせよ、他者に認識されない存在。たとえば感傷的な詩が、包帯になってくれることもある。だけど誰だってほんとうは、ありのままの自分を認めてもらいたい。 私は今作から、切実な痛みを感じずにいられませんでした。 (わたしがミイラ男だったころ)

2019-04-15

自分の知るかぎり、いままでのゼンメツさんにはなかった改行の仕方だと、一見して思いました。 読んでいて気恥ずかしくなるほど赤裸々な描写力は、さすがだと感じます。 (トワイライトアテンダント)

2019-04-13

ふじりゅうさん 美しいと感じていただいて、ありがとうございます。  とわゆえに写真の桜は散りたがる 今作は、この句のために書いたといっても過言ではありません。詠んでくれた友人には、とても感謝しています。 (永遠)

2019-04-13

詩としては技巧めいたところがまったくなく、シンプルに可読性に優れていて、直截的に伝わってくるメッセージ性を感じました。 読み終えたら、表題の「あなたへ」という一言が沁みました。 (あなたへ)

2019-04-12

哀愁亭さま 美と永遠の関係性について、深く考える契機になれたなら光栄です。ありがとうございます。 (永遠)

2019-04-12

寡黙さのうちに生き様をもの語っている、かっこいい写真だと思っていました。作品本文のハードボイルドさと、よく合っていると感じます。 (Home)

2019-04-10

拓馬さま 今作の掌編小説は、友人が詠んでくれたこの一句からインスピレーションを受けて書き上げました。 とわゆえに、という響きは、ほんとうに美しいですよね。 コメントありがとうございます。 (永遠)

2019-04-09

斉藤木馬さま まっすぐなご感想をいただき、こちらこそ、心を動かされました。ありがとうございます。 (永遠)

2019-04-08

南雲 安晴 さま 桜みたいに潔く終わり過ぎたでしょうか。説明的な作品を厭う、私の性格が表れているのかもしれません。 コメントありがとうございます。 (永遠)

2019-04-08

世界世紀さん まことにうれしい感想を、ありがとうございます。 ソメイヨシノの花弁に合わせて、五句選びました。 当初は「さくら」という題名で、最後は散る一句もあったのですけど、改編して散る要素がなくなり、「花のころ」の方がふさわしいかなと思いました。 せめて作品のなかでは、永遠の桜を咲かせられたでしょうか。 (花のころ)

2019-04-04

色と空、生と死、俗と聖、それら二項対立的な概念の統合=婚姻が、taishi ohira さんの作品のテーマである、とは感じます。 私たちは、仮面=マーヤーの面紗に覆われている。 (仮面の下の倒錯)

2019-04-02

taishi ohira さま 数字のもつ神秘的な意味に詳しいのでしょうか。春に関係するという数字があってよかったです。 コメントありがとうございます。 (花のころ)

2019-04-01

すみません。読み返して、作中話者にとっては、日常こそおそろしいものであったのだと思いました。さかあがりの、非日常への跳躍に成功した快感と、ネガティブをポジティブに反転させたいという、健気な願いを感じました。 (そらおそろしい)

2019-04-01

なまくびのあたりが、秀逸です。今作の核をなしていると思います。 平和な日常も、ぐりんと逆さまにみたら、そこには残酷な光景がある(あった)のかもしれません。そらおそろしい。 (そらおそろしい)

2019-04-01

生は何かを叶えるもの というのは、思い込みであるかもしれません。この世は、自我がみせる幻想に過ぎないのではないかと。 それはそれとして、今作での幻想は、私には少年時代の憧憬の比喩として捉えられて、好ましく感じながら読ませていただきました。 (幻想離れ)

2019-04-01

るるりらさま おはようございます。 作品を気に入ってくださる方がいることは、私にとっても喜びです。ありがとうございます。 新宿の街角でたまさか二胡の音色を聴いたのは、秋の日だったように思います。しかし、私のなかでは、まさしく春の音色でした。また、二という数も、好ましく感じたのでした。 (花のころ)

2019-04-01

文章の悉くが過去形でありながら、最終行だけが・・・気づいた瞬間、打ちのめされるような叙情性を覚えました。過去形にはならない、思い出。 (スペランカーとアイツ)

2019-03-25

かるべさんへ 画像表示を大きくしてくださり、ありがとうございます(^ ^) (葉緑素)

2019-03-25

はじめ、廃駅という舞台設定もあり、人間のいない世界でアンドロイドが絵を描いているのかと思いましたがそれは気のせいで、現代的なモチーフを用いた修辞に斬新さを覚えました。 前半は夏らしい描写を感じられたのですが、後半はクリスマスイブを実感させる描写がもっと欲しいように思いました。 最後に添えられた写真や、スタンドバイミーなどの言葉もあり、夏のイメージが支配的な作品ですね。 求められた意見については、たとえば自作に入ったポイントがあとから減るのは、あまりいい気持ちはしません。 あと、投稿画像が小さくて、テキスト作品に添えることはできてもメインにはなれないように感じます。もっと大きく表示されるか、拡大機能があればいいなと思いました。 (葉緑素)

2019-03-23

あれは 泣いとったんかの までの冒頭が、胸に迫ってきました。グリコキャラメルのやりとりに、笑ったらいいのやら哀しんだらいいのやら、複雑な気持ちになりました(甘さと苦さがまじりあったキャラメルみたいに)。 詩としては、そこでもう完成でいいんじゃないかと思うほどです。それ以降は、ドラマ性が前面に出てしまったようで。それでも、 うまれつき ふたごの人間だけが ふたごじゃ 思う考えは 気のせいかもしれんぞ からのくだりには、胸を打たれました。 方言で書かれていることもまた、情感を醸し出していると思います。 (グリコのおまけ)

2019-03-18

帆場蔵人さん ただ乗り合わせた人たちが集まり話すうちに、そこの人から表情のある人にかわる—— ここの掲示板も、そうかもしれませんね。笑 詩は沈黙のなかにある—— 今作は掌編小説のつもりでしたが、もし詩を感じてもらえたら、それは、語り過ぎないところにあるのかもしれないと、帆場さんのコメントから思いました。 ありがとうございます。 (汽車)

2019-03-15

ふじりゅうさん とても丁寧に読んでいただいて、また、素直な感想をありがとうございます。 自分が書くものには、鉄道に関するモチーフがよくある気がしています。地下鉄、停車場、汽車・・・その象徴性も自覚している上で。 名作「銀河鉄道の夜」には遠く及びませんが、近づきたいような気持ちもあります。 ラストの風景は、大乗仏典を元にしました。 (汽車)

2019-03-14

みうらさん ボードレールはダンディズムの詩人でもあることに、ときどき思いめぐらせます。いわゆる、大人のかっこつけ。その背後に、隠しきれずに滲んでいる、生きるかなしさのようなもの。それがひとびとを惹きつけるのかもしれません。 現実の辛さを(自らに)欺く術としてのファッションは、頽廃的ですが、人間くさい哀愁も覚えます。 言葉の機微をよく捉えて作品を読んでくださり、うれしく思います。ただ、まあ、 発光—発酵—薄幸、っていう語呂合わせでもあるんですよねぇ。 (火球をみた夜)

2019-03-12

和洋折衷、ファンタジーとコンピュータ、宗教と科学、混沌としたサブカル感が溢れている作品だと思いました。 たとえるなら、ビートルズ「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・ バンド」のアルバムアートワークみたいな色合いを、詩から感じられました。 ☆印で目立たせた短歌も、ポップでいいと思います。 (ブルー 天橋立にて)

2019-03-02

私は今作を、ステレオさんらしいSFの世界観として読みました。流星群は、隕石かミサイルの襲来する光景のように感じられて。さくらにも、私たちの好む象徴性がありますね。 (別れの流星群)

2019-03-02

友達が居なくて というより、 友達甲斐無くて なのかなあ、と思いました。 後者だと、文にも整合性があるように思います。 二重性のある表現は、おもしろいですよね。 (二人よりひとり)

2019-03-01

ダンスに助っ人呼びたくなった すっきりとした語感のよい一行だと感じました。 午後の紅茶は、私は無糖が好きですが、その味わいにも似た、爽やかな作品だと思いました。 (午後の紅茶)

2019-03-01

わりと写実的な文章、だからこそでしょうか、「雲に乗る」というファンタジックかつ象徴性のあるモチーフが際立っていて、不思議な読後感がありました。 浮世離れした特技を持つ彼は、まさしく天使のようにピュアな存在だと感じられました。 (雲に乗って)

2019-02-28

Sunano Radio さんの、名前のイメージがこの作品には表れていますね。 初投稿作の「白い部屋の秒針」にも通じる、閉塞感のある空間できりきりと締めつけられていくような印象を受けました。 ◯と●、心と体、二項対立的でシュールな作品世界は、アート系の短編映画を観ているようでもありました。 (底)

2019-02-21

〈声〉に対する繊細な感受性が伝わってくる作品でした。 私は去年、ウエノポエトリカンジャム6で谷川俊太郎さんなどの朗読を初めて聞き、こころが震える思いをしました。誰しもが耳を澄ましている静謐な場で、力のある声をとおして聞く詩は、その詩を知らなくても、作品の世界に深く誘われてゆく心地がしました。谷川さんの声は、円熟した優しさと穏やかさが滲み出ていて、すばらしかったです。 その記憶と、fiorinaさんの今作が、私のなかで響き合ったようです。 (声)

2019-02-21

一言選評、ありがとうございます。 まりもさんの冒頭の文章も、エッセイのようで、印象深かったです。 (B=REVIEW 2019年1月投稿作品 選評)

2019-02-20

ポイントもおもしろそうなのですけど、自分としては、評価よりもコメントによる交流が(他者作品についたものを見ても)楽しいので、ポイントの気安さに流れてコメントが減ってしまったら、さびしく思います。ただ、やってみる価値はあるでしょうし、その試みを応援したいです。 (【必読】B-REVIEW3.0企画書の公開)

2019-02-18

提案された一つひとつのアイデアを、よりきめ細かく思案or具体化されていて、その労力に頭が下がります。 企画書の内容には、概ね賛成です。ただ、詰め込みすぎてサイトが重たくなりませんように。できるかぎり快適に閲覧したいものです。 運営の皆様、いつもありがとうございます。 (【必読】B-REVIEW3.0企画書の公開)

2019-02-16

とても純真な詩で、好感を抱きました。 無常に過ぎゆく月日を記したカレンダーに、不動の存在ともいえる富士山の写真、その象徴的な対比を中心に、忘れ去ってしまうものや忘れられないもの、生きることや死ぬこと、友といられること、それらに思いをめぐらせていくことに、素朴な詩心を感じられました。 (友の詩)

2019-02-16

こんにちは。 一行目から魅力的で、心を掴まれます。 あくまで私なりの解釈ですが、 快楽にかわれば麻薬と同じ などといった表現から、冒頭の犯罪者とは、原罪を犯した者、あるいはその末裔としての人間ではないかと思いました。 眼は口ほどにものを云う、という諺もあるように、眼は、見るための器官であると同時に、見られる器官でもありますね。そう考えると、作中人物たちの「眼病」とは、うまくいかないコミュニケーションの象徴のようにも捉えられました。後半は、そのもどかしさが表れているような。 幻想的な世界観や、美しい表現は、弥生さんの持ち味だとあらためて感じられて、とても好きな詩です。 (眼病)

2019-02-16

異形のもの。キマイラ。そのような印象をもちました。 タイトルからしてそうですが、いくら読んでも本筋が掴めない=逮捕し辛い(ということか)などと思いめぐらせてしまいます。 やけになって、「地異ミコ」のあたまに「ポエ」をくっつけてみました。「ポエ地異ミコ」(ポエジイ ミコ)なんて。 かき氷を食べて思い出すのは、私だったら、冷たさに頭がキーンッとなる感じです。詩の霊感(インスピレーション)を受けたときと似ている、かも? 釣り=遊びに専念していれば、詩のことも忘れてしまいがちですが、ふとしたときに詩情は襲ってくるものですね。そのときを逃さず、この空想の化け物(キマイラ)を引っ捕らえられたらいいですね。 とりあえず、詩は、私の生活に無くてはならない存在に、なってしまいました。 強引な私的解釈、失礼いたしました。 (地異ミコ)

2019-02-16

まりもさん 実は、今作は、一年を通してインターネット俳句会に投稿した句から気に入っているものを主に選びました。どことなく退廃的な雰囲気の句が多かったので、テーマを(なんとなく)それに決めて、十句に絞りました。四季をバランスよく選んでもよかったのですが、いかんせん拙い句ばかりで。笑 一応、四季は揃っていますが、春ものが多い為、表題に四季を表すのは気後れがして、唯識という言葉に(しき)を忍ばせた次第です。 テーマは先ではなく後に来たので、まりもさんの視点は正鵠を射ていると思いました。 たとえば春から冬秋夏へと遡っていく構成もおもしろそうですね。 示唆に富むコメントを、ありがとうございます。 (唯識デカダンス)

2019-02-15

素朴な、童謡のようで、ほっとします。ビーレビではわりとめずらしい雰囲気の詩ではないでしょうか。 七五調がとても似合う作品だと思いますので、もうすこしシラブルを揃えてもよかったかもしれません。 (羊飼いの踊り)

2019-02-14

北村さんのこの詩、語感といい、リズム感といい、ぶっ飛んでいて、すげぇ好きです。もちろん、朗読も。剥き出しの言語センスを感じます。 (さまぁ・ふりーすたいる)

2019-02-12

小林素顔さん 私自身、未熟なのですが、情景が目に浮かぶようだと仰っていただき、とてもうれしいです。ありがとうございます。 (唯識デカダンス)

2019-02-10

ダイナミックな、力作だなあと感じていました。 とくにすてきだと思ったのは、 木星と真珠星と手繰りつつ眠る を、 ゆぴてるとすぴかとたぐりつつねむる と読むことでした。 あえてひらがなでも書くことを、活かしていると思いました。 (此処乍ら)

2019-02-10

仲程さん こんにちは。 山茶花や梅も、花弁が地面に散り敷いているのは美しいですが、椿は花の象(かたち)をきれいに保ったまま落ちるので、そこに艶やな魅力を感じています。 気に入っていただけたようで、うれしく思います。ありがとうございます。 (唯識デカダンス)

2019-02-10

バンクシーを詩のなかに書いたのは、もしかするとあなたが初めてかもしれない。 そのままで十分詩的なキャラクター性のある言葉、そこに目を奪われてしまいました。笑 他にもコスプレイヤーだったりソシャゲだったり、きわめて現代的な言葉があるかと思えば、八百万の神や仏壇など古風なイメージの言葉もあり、そのコントラストがおもしろいですね。 内容は風刺的なようですが、いまいち解り難かったです。ただ言葉を追っていくのがおもしろくて、切実な心象だけが強く残りました。 (捨身飼虎)

2019-02-10

かるべまさひろさま 拙作を優良に推してくださり、ありがとうございます。 今作は、比喩などの添加物による味つけをせずに、素のままを書くことを心がけました。 かといってあまりに薄味になってもつまらないので、あまてらす——あまねくてらす という語のイメージでアクセントをつけましたが、その微妙な塩加減に注目してくださったようで、嬉しく思います。ありがとうございます。 (【フル】かるべまさひろの選評<2019年1月分>)

2019-02-08

こうだたけみさん コメントありがとうございます。 田村隆一さんっぽいと思っていただいたとは、まことに恐縮です。私も尊敬している詩人の一人です。 (ナイフ)

2019-02-06

社町 迅 さん ちひさくも夜にのまれぬ黄水仙 この句を気に入っていただき、ありがとうございます。 黄水仙は、春の夜道を歩いていると、ぽうっと浮かびあがって見えるんですね。まわりは暗い闇でも、けっして呑まれることはない、健気なあかるさを感じて、句に詠みました。私自身も気に入っています。 梅散るやみすぼらしくも匂ひたつ 地に伏してなほいろめけり落椿 穢れをしらない純粋さはもちろん美しいですが、穢れのなかにあってさえ失われない色や香もまた美しいものです。泥のなかに咲く蓮の花のように。 この二句は、「ちひさくも夜にのまれぬ黄水仙」と同じ主題を、別の角度から詠んだ句であるともいえます。 興味をもっていただいて、うれしいです。気になったら、遠慮なく話しかけてくださいね。 私の解説でわかってもらえたらいいのですが、社町さんにもオリジナルな感性があるはずですから、それを大切にしていってほしいと思っています。 (唯識デカダンス)

2019-02-05

環希 帆乃未 さん 寝酒でもして待っていますね。ありがとうございます。 (唯識デカダンス)

2019-02-05

きょう(二月四日)は立春で、まさしく〈春が立つ日〉に、こうだたけみさんの今作を思いうかべていました。春の訪れ=音づれでもあるなあ、と。 漢字を分解して、それを詩として表現する発想に、文字に対する感受性の豊かさが伝わってきました。 (春が立ちあがる音)

2019-02-04

環希 帆乃未 さん ありがとうございます。 すてきだと感じたことをもうすこし具体的におしえてくれたら、もっとうれしかったにゃあ。 (唯識デカダンス)

2019-02-03

渡辺さん 思いもよらない角度からのコメント、ありがとうございます。 さて、紹介して頂いた記事についてですが、「五七五のうち十二音だけ考えてあとは適当に季語をあしらう」という作り方は、私は聞いたことがありません。偏った主観で書かれているように見受けられました。 ただ、「季語が動く」ということについて、俳句の世界では聞かれます。これは詠まれた季語の必然性を問うものであり、紹介された記事の論旨もこれに近いのではないかと思いました。 私自身、句を詠むときはその季語の必然性を意識しています。私の場合は、象徴性を含意して用いることが多いです。 また、季語一つ違えば表情が変わるのも俳句のおもしろさの一つだとすれば、季語が動くこともさして問題にはならないのではないか思います。 (唯識デカダンス)

2019-02-03

サオウって誰だ?と思って検索してみたら、どうやら沙翁=シェイクスピアのことのようですね。このような和名があったことに驚きました。なるほど、たしかに高峰のような作家です。ロッキーから、山、高さへの連想でしょうか。でもなんで、風呂場に居たんだろう。笑 (サオウ)

2019-02-02

エイクピアさま さすが、俳句にも造詣が深い。 唯識の(しき)は、四季とかけています。 コメントありがとうございます。 (唯識デカダンス)

2019-02-02

いままで私の知っている渡辺さんの詩は、強烈な個性を放っていて、受け容れるか、それとも拒否するか、読み手に二択を迫るような攻性を感じていました。いずれにせよ、読ませるユニークな訴求力があったことは疑い得ません。それらに比べると、今作は些か刺激が足りない気がします。読まれようが読まれまいが関係なく自存しているのではなく、どこか読まれるのを待っているような作品に感じました。 (姉妹たちに)

2019-01-31

改めてURLを載せておきます。失礼しました。 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2359 (ためられたメダカ)

2019-01-31

ためられたメダカは実は私たちなのかもしれない 詩のわかりやすさを是とするなら、この最後の一文は決定打として成功していますが、その反面、解釈の余地がなくなってしまった感もあります。 魚を主たるモチーフにしている点で、田無いなるさんの詩「トビウオ」を連想しました。あちらはまさしく、解釈の自由を読み手に委せた作品だと思います。 参考までに。 https://www.breview.org/keijiban/index.php?q=トビウオ&w=title (ためられたメダカ)

2019-01-31

社町 迅 さん ひらがなの多用は意図的というより、なんとなく、感覚的なものだったんですね。ただ、だからこそなのか、そのときの心境がこういう文体にあらわれたのかもしれません。 社町さんのコメントには、見抜かれた心地がしました。 コメントをありがとうございます。 (あまてらす)

2019-01-29

一行目から、威勢のいい台詞が飛び出していますね。私が知らないだけかもしれませんが、「俺」口調で書かれた黒髪さんの作品を、他にみたことがありません。力強さを感じます。 (場の俺)

2019-01-29

こんにちは。 鶺鴒といえば、尾を上下に振る習性が特徴的な小鳥ですね。その動きから、昔のひとたちは性交を連想したようで、伝承にもしばしば見受けられます。今作も、そのような鶺鴒にまつわる逸話からヒントを得たのではないかなと思いました。男女の哀愁を感じさせられる作品でした。 (ハクセキレイ)

2019-01-29

羽田恭さん お返事をありがとうございます。 一般には汚いとされているものからも美しさを見出すのは、まさしく詩人の目だと思いました。感受したものを詩に昇華することも。その意味で、どんなものでも、たとえつまらないものでも価値あるもの=黄金にかえてしまう、ミダスの手に喩えたんですね。 自らの心の在り方一つで、苦労のなかにも喜びを感じられるのだと気づかせてくれる作品だと思いました。 (黄金色)

2019-01-24

詩として、糞便を黄金にかえてしまう筆力は、美事としかいいようがありません。まるで、ミダスの手です。すばらしい。 (黄金色)

2019-01-23

電車に揺られているのはほんとうに心地よくて、うつらうつらと、瞑想してるみたいになってきますね。 曖昧になった意識に泛かびあがるイメージとしての抽象的な球体、まさしく抽象的なのですが、その対象はひとによって様々かもしれないと思いました。それは蔀県さんにとってのように、地球といった宇宙の神秘を象徴させるものであるかもしれないし、私だったらおっぱい(失礼!)のような妄念であるかもしれないし。などと、禅の魔境に入ったみたいなコメントですみません。 ともあれ、日常のなかで内観する様子を描かれた作品だと感じられました。 (触る)

2019-01-20

構成にこだわりのある作品だと思いました。 文章内に文字通り「ノイズ」が発生していますが、雑音というよりは、古いビデオテープの映像にまじる掠れみたいだと感じました。それだけ視覚的なイメージを催す作品だからかもしれません。 めまぐるしく変わる展開の不可解さは、安部公房の小説を彷彿とさせられました。以前にも、好きだと仰っていましたね。 (夜明けに蝶のとどく)

2019-01-20

最近、マラルメの「骰子一擲」に興味をもっているのですが、その空白を意識した構成に、石村さんの今作に通じるものを感じました。 音楽の手段は本来文芸のものであるから奪い返す、というマラルメの発想には驚かされます。 電子上のテキストは整列されて読み易い反面、創作表現には不便だと感じることも多々あります。今作も、白紙に筆記具で書かれていたら、より一層の自由と奔放さを発揮していたのではないかと思わされました。 なんにしても、大人でも童心をくすぐられる、夢みるような言葉が鏤められた作品で、短いですが読んでいてわくわくしました。 あるいは幼い子供がもし本作を読んだら、識らないけど不思議な語感や魅惑的な印象の言葉に、さぞかし夢を膨らませるのではないかという気がしました。 (秘法(第一巻))

2019-01-18

直截的で、迫力のある詩だと感じました。 自らの人生の1秒を笑った、声も出さずに、ここに凄みを感じてなりませんでした。 肚が据わっていると思います。 (他人の人生を笑うな)

2019-01-16

みうらさん、こんばんは。 繋がりの錯覚という、みうらさんの感覚もよくわかります。ただ自分は、他者性こそ錯覚ではないかなと思うときもあります。無意識下では、みんなどこかで繋がっているんじゃないかなと。そうであったらいいな、とも。 コメントありがとうございます。 (あまてらす)

2019-01-13

詩から、エロティックな一場面のはじまりを連想しました。 着飾ることを覚えた人間は、窓にカーテンを掛けることも覚えてしまった。 この一文が魅惑的で、一行詩としても通用しそうです。 (昇華)

2019-01-12

つきみさん、こんにちは。 読んでくださり、なにか思うものがありましたら、うれしいです。 (あまてらす)

2019-01-12

僕のひきこもりをバベルの塔に喩えるあたり、詩的な掴みがあると思いました。 固定観念的(ステレオタイプ)な戦争の情景描写は、つくりもののように感じられて、ひきこもりの僕がゲームの世界に入り込んでしまったような、或いはこの現実世界がそもそもゲーム化しつつある(している)のだと考えれば、現実をシニカルに投影した作品であると読める気もします。 最後、主人公は戦いに敗れて死に瀕し、生身の体から血を流して、ひきこもっていたときよりはずっと〈生きている〉ことを実感し、泣き叫んでいたのではないかと思いました。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-11

大胆にも著名な方の名を用いた、インパクトのあるタイトル。柴田蛇行さんの「菅田将暉くんへのファンレター」を思い起こしました。 死はある種の快楽(エクスタシー)であるという説もありますが、今作の主題と三島由紀夫の接点もそこにあるように思いました。 (三島由紀夫が好き)

2019-01-08

帆場蔵人さん、ありがとうございます。 孤独だからこそ心の通い合いをすばらしいと感じられる、そのとおりですね、とてもすてきです。 (あまてらす)

2019-01-08

ニケさん、ありがとう。 (あまてらす)

2019-01-08

ペンダントトップは北極狼の牙、この換喩とも捉えられそうなとても美しいイメージを中心に展開される、狂気じみた妄想あるいは願望、しかしそこに純粋さを感じられるのはなぜでしょうか。 いままで白犬さんの作品をみてきましたが、今作がいちばんいいと思います、というか好みの作品です。 (絶滅に関するぎたぁ・のいずの一切れ或いは狼少女の恋)

2019-01-07

すなおに、すてきな詩ですね。 作中のどこにもない語で、それでいて読んでいて想起されるのは、「涙」でした。かなしみを泳いでいるような、もしくは、つよがっているような。 海も、雨も、涙も、この地球を循環している水で、水とともにいきていることは、わたしたちも魚もおなじですね。世界が水につつまれる雨の日はとくに、そう感じられるでしょうか。 作風は異なりますが、安部公房の「水中都市」を連想しました。 ところで、夢みているような語りでも、話者はうそぶく(大それたことを言う・とぼけたことを言う)とくりかえし言っているので、意識が清明であることはまちがいないと思います。 (小夜時雨 )

2019-01-05

みうらさんへ 新宿の路地裏〜のくだりに注目してくださり、ありがとうございます。これは自分が実際にみかけた光景で、なんだか書き入れたくなったんですね。 実際は浮浪者ではなかったのかもしれませんけど、そんな風体で、なにやら聞き取れない言葉を発しながら、朝日に向かってお辞儀をされていて。このような方でも信仰心を失うことはないんだなと、あるいは狂った精神状態からの集合的無意識の所作なのかなと、やけに感激させられました。 みうらさんの仰る〈詩への嫌悪感〉は、わかる気がします。みうらさんの言葉を自分なりに翻訳するならそれは、言葉を記号として用いることへの嫌悪なんじゃないかと。もちろん言葉には意味もイメージも伴ってあたりまえなのですけど、そうした用い方は、言葉の純粋さを損なうのかもしれない。想起されるのは、田村隆一さんの詩の一節です。 ウィスキーを水でわるように 言葉を意味でわるわけにはいかない (田村隆一「言葉のない世界」より) みうらさんが、すべからく、という言葉を気に入られたのも、そこになんのよこしまなイメージも伴わない、生(き)のままの用い方だからではないかと思いました。オリジナルというか、本人の意識していないであろうちょっとした仕草なんかに、なによりそのひとらしさを感じて、ひそかにうれしくなることはありますね。笑 さいごに、記号や象徴に装飾された詩のいかがわしさにも、それはそれで怪しい魅力を感じているんですね。自分が敬愛している詩人の一人がボードレールだと言えば、なにかしら伝わるでしょうか。 (ナイフ)

2019-01-04

渡辺さん コメントをありがとうございます。 ご指摘の箇所は、「須らく」のつもりでした。即興的に筆を進めて、勢いのあるままを残しておきたいと思いました。でも、渡辺さんの着眼点は、ものを書くにあたって大事ですね。 細かいところまで読んでくださり、感謝しています。 (ナイフ)

2019-01-04

弥生さんの表現にはいつも美意識が感じられて、好きです。幻想的なイメージにふれさせてもらい、快い気持ちになれます。 踊る少女は、雪の化身であり、ひとびとを魅了する冬の魔物なのだと感じられました。 都市化された現代においても、雪は、自然の神秘性をわたしたちに魅せつけてくれますね。 (冬の魔物)

2019-01-03

つきみさん コメントをありがとうございます。 詩は、鏡のようでもあると思っています。詩にはそのひとの生きている世界が反映されるし、また、詩を読んだときに感じるものはひとそれぞれであるし。 自論ですが、カミ(神)のなかにガ(我)がはいっているのがカガミ(鏡)ですね。神社の拝殿のなかにも鏡が置かれていますし、いろいろ思いめぐらせてみるのはたのしいです。 詩という鏡をとおして、自分のなかに神性を観じることもできるかもしれませんね。シュルレアリズムの詩人たちがやっていた自動書記の魅力も、そこにあるのかなという気がしています。 (ナイフ)

2019-01-03

岩垣弥生さん 人間としての姿や良識からの解放を謳っている 人魚の血を啜るのも聖母を彫刻するのも神に近づくステップ 弥生さんの感じたことをおしえてくれて、ありがとうございます。解放も、神性への接近も、詩や創作をとおしてなら可能かもしれませんね。 凝縮された言葉の力が詩情になっている と仰っていただいて、うれしいです。ありがとうございます。 (ナイフ)

2019-01-03

帆場蔵人さん 心の中にある幻想のようなものでなくリアルな現実に眼を向ける という、帆場さんの感じたことをおしえてくれて、ありがとうございます。現実への視線は、あるような気もします。とくに六連目。 自分としては、幻想を血肉化したいのかな、とも思いました。 もちろん、解釈は一つではありませんので、読んで愉しんでいただけたら幸いです。 コメントをありがとうございました。 (ナイフ)

2019-01-03

どことなく、歌詞のようだと思いました。もし朗読されたら、聞き手にさぞかし強い印象をあたえるのではないかという気がします。 ファイヤーバード=不死鳥と捉えるなら、最後の二行に深い余情を感じられます。 (Fuoco Intrappolato/閉じ込められた火との約束)

2019-01-02

ステレオさん まえに即興的に書いて、この言葉はどういうことかなと、自分自身で詩の解釈を愉しんでいました。 なので、表現に宗教色をもたせようという意思はありませんでしたが、自分の興味あるものが端々に顕れているのかなと思います。 自分の意識していない観点から作品をみていただき、ありがとうございます。 (ナイフ)

2019-01-02

いまは、ルミナスラインの寄せ集めみたいな感じがあるから、一つの作品としてイメージに統一感を出せたら、もっといいんじゃないかなー。 (ニューヨーク天神駅「2002年金星 それとも 人類は衰退しました」)

2019-01-02

いままでは、ナンセンスかつシュールなギャグ路線の投稿でしたが、今作はピュアなメッセージ性がありますね。 個人的に、ヒロコネタをいつ披露してくれるか、ひそかに期待しています。 (^ ^) (打電)

2019-01-01

なにかが起きそう、なにかが在りそう、だけど寸手のところで顕れることがない、表現されないことで、山の夜の畏ろしさに想像力を掻き立てられる作品でした。其処から有象無象のなにかが顕れてきそうな、闇、の存在感。 (【鞍馬山中散策】※)

2018-12-30

書き手の人物像が感じられる作品だと思いました。それが現実の作者と一致しているとはかぎりませんが、表現にリアリティがあることは確かです。 淡々としている語りも、表情を変えない証明写真という題材と合っているように思いました。しかしその奥には、ふつふつとした感情がみえかくれするようです。 (証明写真)

2018-12-29

どこか舌足らずな文に感じて、それが詩らしさにつながっているような。発語本能に任せて衝動的に書いたようにもみえるし、つくっているようにみえなくもないところに、みうらさんらしさを覚えます。 どちらにせよ、つよく愛するあまりにそのまま死んでしまいたい、想いを永遠にしたいという気持ちは、わかる気がします。 (わたしは死ねばいい)

2018-12-28

完備さん 読んでくださり、コメントをありがとうございます。 なにか突出しているものが、表現には必要だと、あらためて思わせていただきました。 (待ち合わせ II)

2018-12-26

ニケさんのことは、血気盛ん且つ気骨があっておもしろいなと感じているけど、このまま荒らしまがいのコメントをしていると出入り禁止になりかねなくて、そうなってしまうのはとても残念だから、合評マナーは守ってほしいな。 話したいことがあれば、自分のツイッターに直接メッセージとかくれたらうれしいです。 (ニューヨーク天神駅84「小児教育」)

2018-12-25

とても惹かれる詩です。 数学的なモチーフと、注ぐシャンメリーを並置されていて、お洒落だなと思ったり。それぞれの連に、詩ならではの言葉の魅力が感じられます。 笑い方、分からないみたいに笑う、という表現も温かみがあってとくに好きです。 メリークリスマス。 (and *)

2018-12-24

速度感のある文体が、とてもいいですね。かっこいい詩です。 (A baby dreams of a dream )

2018-12-21

わけのわからない詩ってあるもので、本作もそう。だけど、頭の片隅にすっかり存在を占めてしまって、ときどき、あの詩はどういうことなのかなと、つい思いめぐらしてしまう。 それで、向き合ってみて、ようやく自分なりの解釈をみつけた。 まず、見てのとおりの掛算だ。だれしも小学校低学年で習うであろう、おなじみの九九だ。然し、その回答はどうだろう。あまりに定式な計算問題に対し、回答のほとんどは数字でもなく、端的なイメージを表す言葉。つまり今作は、定式や常識からの脱却を表明した、作者の前衛的な挑戦状とは読めないだろうか。だとしたら「小児教育」という題名も、アイロニカルに響く。 ただ一つ、6×6=36であるところに、一分ぐらいはまともなところも残しておこうか、といった作者の悪戯心を感じられる気がしないでもない。 (ニューヨーク天神駅84「小児教育」)

2018-12-20

おおきな困難を経た後の世界を、大地を、慈しむような詩だと感じられました。 また、南天=難転という解釈を読んで、なるほどと思いました。 南天燭、どこか明るい希望を感じます。 (南天燭)

2018-12-20

踏切を通り過ぎる電車を、現実の象徴として用いた最終行に、鮮烈な印象を受けました。 カンカン、カン カと、 警報音をそこで切っているのもいいですね。そのあとに続くであろう、電車の走り過ぎる轟音を、あえて描写しないことで表現されているようで。 妄想の光景に対し、現実の音は、耳に入らないも同然だったりするかもしれませんね。 したくてもできない、踏み切れない思い、そのようなものを感じる詩でした。 (踏切)

2018-12-13

ステレオさん 読んでいただき、ありがとうございます。 父のことは意図的ではなくて、なんとなく反映しているのかなあ、といった感覚です。 当初は、仰るとおり、謎めく余韻を残して、一作で終わりのつもりでした。ただ、それもすこし寂しいかなと思って。 二作目はちょっと遊んでいるというか、登場人物たちに好きに語らせたようなところもあり、コメディ色がありますね。もう一つの物語として、一作目とは別に愉しんでいただけたら幸いです。 (待ち合わせ)

2018-12-10

ふじりゅうさん このままでは救われないな、もっと運命に抗うこともできたんじゃないかな、などと思いめぐらせていたら、続編ができました。 二作ともに感想をいただき、ありがとうございます。 (待ち合わせ)

2018-12-09

ふじりゅうさん 読んでいただき、ありがとうございます。 いまは亡き父がくも膜下出血で倒れたときのことが、今作に反映されている気がしています。 自ら伏線を明かすのは野暮かもしれませんが、 意識は戻ったとはいえ、主人公の今後を暗示させる会話の一部をここに引用しておきますね。 「…ただし、現世に戻っても、かならずしも幸せだとはかぎりませんからね…」 「幸せかどうかは、自分で決めるさ」 (待ち合わせ II)

2018-12-09

あなたは私のファム・ファタール 女同士じゃ可笑しいかしら 映画の台詞のような、この言葉の語感がいいなあと思いました。 最後の方では〈あなたが〉にかわっているところも、注目のいくところですね。はじめはたどたどしく云っていたのが、あなたこそはと、確たるものになった心境の変化を感じます。 コメントを読ませてもらって、皮肉が込められていたのだと識り、愛憎の絡まる復讐劇を彷彿とさせられました。 (ある女子校出身者の記憶)

2018-12-09

ちりとあくたさん はじめまして。 読んでいただき、ありがとうございます。 いろいろと、不親切にも解説していないところはありますね。笑 二人の男について手がかりとなる伏線を指摘するなら、前作における、 永遠について歌う抑揚のない祈るような声と、 聖書の一節の朗読でしょうか。 どちらも、宗教的なものを匂わせますね。 彼らは信仰の代弁者か、あるいは生と死の狭間の世界に迷い込んだ者を導く立場なのかな、というような気がしています。 でも、実際に急な場面で初対面の方に逢ったときって、そのひとの名前も素性もわからないままってことも多いと思うんですよね。 どこのだれかはわからないけど、助けてもらって、助けた方たちも素性を明かすことは望んでいないみたいな。 (待ち合わせ II)

2018-12-09

つきみさん 読んでいただき、ありがとうございます。 展開は、そうですね。落差や意外性を期待されると、ものたりないかもしれません。 前作を書いたとき、登場人物を救ってあげたい気持ちになり、今作につながりました。 (待ち合わせ II)

2018-12-08

つきみさん 花緒さん コメントをありがとうございます。 そのとおり、続編があります。 然し、書いた当初それは予期しておらず、二作ともカラーがやや異なるので、一作にまとめることはせず、分けて投稿させていただきます。 (待ち合わせ)

2018-12-08

地下鉄と理科室、語感的にも似ていますが、ガラス窓に囲まれ、金属質のパイプが印象的な空間は、たしかにどことなく似ている気もします。 ゴッホの絵画にあるような(死さえも)牧歌的な風景からは遠い、都市生活者の幽鬱な溜息が漏れきこえてきそうな詩だと感じました。 ウィンカーのでない車 赤毛のケリーですね。 破綻しつつも美しい北村さんの世界観は、後期TMGEを彷彿とさせます。 終わるまえの刹那的な煌めき。 (「地下鉄は理科室みたい」)

2018-12-06

私見としては、改行の仕方がいいなあと思いました。 連なっている文は、美しい光景を流れるように魅せてくれて、あえて一言での段落は、緊張感を醸し出していて、緩急のある表現だと伝わってきます。 蜘蛛の巣が張ってあるだけあって、ここは古びた図書館のようなところなのかなと思い泛べました。本棚に囲まれた昏い空間に、鱗粉を耀かせながら舞う蝶、一場の夢のように美しいイメージが湧きました。 羽のト音記号に似た模様にも、さりげなく音楽的なものを連想させてくれて、軽快に舞っている様子が感じられます。 琥珀といえば、樹脂の化石ですが、そのように本の中に閉じこめられていた文字が、羽搏きたがっていたのかもしれませんね。 目薬、視界のかすみを取り除くもの、光景を活き活きと魅せてくれる、その一滴。 (琥珀色の蝶)

2018-12-06

神話にはほど遠い、と言い捨てながら、ここにこうして書かれているのはどういったことなのだろうかと、思いめぐらせてしまいました。 ほんとうは、想い出を神話にしたかったんじゃないかなと、語り手のこころの機微を感じられるせつない作品でした。 (とおい神話)

2018-12-01

柴田蛇行さん お返事をありがとうございます。 つまらないとは思っておらず、むしろ、おもしろくて、読みながら笑ってしまいました。 掴みから、最後まで、読ませてくれる文章力に、感じ入りました。 これからもよろしくお願いします。 (YOMENAI)

2018-11-25

まったくもってナンセンスなのですけど、筆力でしょうか、最後まで可笑しく読ませてもらいました。 掴みが、よかったのかもしれませんね。 35歳になっても結婚できないでいたり、 投稿作品の選考、など ここらにいる私のような者に引っかかりそうな出だしに、つい釣られてしまいました。 (YOMENAI)

2018-11-24

かるべまさひろさま 拙作を推薦に挙げていただき、ありがとうございます。 読んでくださる方に印象を残す描写ができていたら幸いです。 (【フル】かるべまさひろの選評<2018年10月分>)

2018-11-22

タイトルが好きでした。 お酒に酔って、夜の街をふらふらとさ迷っている、そんな作品なのかなと思いめぐらせていました。 不思議なのは、 暗くなると、迷路が現れた。 という一文で、唐突ゆえに、迷路が一瞬で現れたように感じられてしまい、当人はなぜ迷路だと判ったのだろうかと気になりました。 歩いて、歩いて、おかしいなと思い始めて、ようやく気づくのが〈迷路〉ではないかと思ったので。 試しにこの一文を消して読んでみますと、謎めく文体から、それこそ迷路に引き込まれていくように感じられ、よりおもしろく思えました。 私的には好きな雰囲気の作品です。 (^ ^) (酩路)

2018-11-20

みうらさん、こんにちは。 florinaさんへの返信に、感じ入るものがありました。構成もまとまっていて、それこそ詩のようです。 みうらさんは、作品を書こうと力まない方が、ときどき、よいことを語っている気がします。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-19

ひとこと選評をありがとうございます。 夏目漱石さんの夢十夜、とても好きです。 それにしてもコメント欄に、まりもさんへのたくさんのお礼と感謝、それぞれ短文ゆえにいろいろなアイコンが連なっているように見えて、カラフルですねえ。 (10月分 フル選評(まりも))

2018-11-10

追記: (◇引用) ◇無意味な時間を削って、省略して、 最後に残ってるのは下らない感傷。 ◇暴力は嫌われ、意味深な言葉は残らない。 ◇でも、そうやって感じた何かを、違和感を、 いまもずっと追いかけてい―――る・・。 ◇手当たり次第に、バラバラに並んだ点を結び付けてゆくんだ、 無作為の抽出がいいぜ、そして中身なんかなくたって俺はもういいぜ。 ……あらためて読み返して、作中のところどころに、今作の動機(もしくは詩論)があらわれているようにも見受けられました。 つまり、ナンセンスで過剰な言葉(暴力)と、そこから無作為な詩情の抽出。 どうやら私には、詩からの『プライヴェートな【接触】』があったようです。全裸写真を送りつけられた気分です。 といっても、まだまだ深く読んでいくこともできそうです。 (プライヴェートな【 接 触 】)

2018-11-08

かもめさん、おひさしぶりです。 今作も文体がかっこいいですね。 無機的な言葉と、叙情性のある有機的な言葉が、良い塩梅だと感じます。 ナンセンスな言葉の海に、ときおり魅せるルミナスライン(光る一行)が、都市の夜景の燐光のようです。 (プライヴェートな【 接 触 】)

2018-11-08

社町 迅 さま 当ホテルにお越しいただき、まことにありがとうございます。 館内の雰囲気に異空間を感じていただけたなら幸いです。 また、細部にわたる装飾を気に入っていただけたご様子で、大変嬉しく思っています。 またのお越しを心よりお待ちしております。 (ホテル春光)

2018-11-08

幻想的な世界観を感じさせる言葉に彩られていて、愉しみながら読ませていただいたら、黄泉返りの物語だったんですね。重たいテーマのわりには、暗い色調がまったくなく、ポップな個性が光っていると感じました。 …実は私も、この作品とよく似たテーマの掌編小説を書いたことがあります。重たいですが。笑 (死線上のアリア)

2018-11-07

はじめまして。 旧仮名遣ひが好みです。 こちらでこのやうな作品に出逢へて、稀な喜びを感じてゐます。 どこか昔なつかしい、きれいな世界だと思ひながら読ませていただきました。 (秋へと落ちていく音階のフアンタジア)

2018-11-07

stereotype2085 さま 生活の一場面から、聖書の世界に、徐々に一段ずつ昇っていく—— なるほど、そのような表現方法もいいなと思いました。 Led Zeppelin「天国への階段」が思い浮かびました。 いろいろな見方で作品を評していただけることは、ありがたいです。感謝しています。 (女神)

2018-11-04

ニケさん って呼んでいいかな。 彼に正しさの軍配を挙げて—— そういう読みもあるのかー、と新鮮に感じました。 的を射た視点だと思います。 グラスは一つだけなんです。 (女神)

2018-11-03

完備 様 手厳しいコメントを、ありがとうございます。 自分がどれほど、主観に陥っていたか、痛感しました。 作者の心情はともかくとして、澱みのない視点で読んでくださる方に、訴えかけられる内容の深さが必要だと、気づかせていただけました。 ありがとうございます。 (女神)

2018-11-03

ふじりゅうさん 男性は恋人に、自らの無意識にある女性的な面(アニマ)を投影するとユングは云いますが、そうした内なる性と統合しようとする心理は、神と結ばれたいと願う神秘思想に似ているかもしれません。 巡礼を、理想の相手を求め歩く様子と解釈していただいて、そのようなことを思いました。 感情を飲み干す は、ちょっとした言葉遊びもしていますが、気づかれなければそれもよしとしましょう。笑 せつない雰囲気を感じ取っていただき、ありがとうございます。 (女神)

2018-11-02

まりもさん コメントをありがとうございます。 現実が虚構であり、虚構が現実—— 自分の書くものは、作風などはちがっても、このような主題が多い気がしています。 女神には、いろいろなイメージがありますね。 venus, muse ... 他にもあるでしょうけど、自分にとっての女神は muse(詩神)かなと思っています。 (女神)

2018-11-02

藤 一紀 様 コメントをありがとうございます。 幻想を強調させることも、もちろんいいのですが、ファンタジーになり過ぎず、現実のなかに一抹の幻想性を感じらることも好きです。 昼と夜がまじりあう黄昏時のように、現実と幻想の境があいまいになる瞬間に、魅惑を感じています。 (ピアノ)

2018-11-02

オオサカダニケさん 作者が意図しない効果を与えている—— それは、まさしく詩の醍醐味の一つではないでしょうか。 これからも、いろいろな詩にふれて、視野が広がっていくことを期待していますね。 (目的地)

2018-11-01

二行目を読んで、ああ、と感じ入りました。 ほんとうに、おたがいに心と心でとけあいたいなら、体はむしろ、障碍にさえ感じられるのかもしれませんね。 一行目の、邪魔な柵 などの強めの表現も、対極の言葉でまじわりの甘美さを際立たせているように読めてしまいました。 (目的地)

2018-11-01

海にまつわる言葉が鏤められていて、すこし視点を離して全体を望むようにすると、都市の景観と海中が重なり合うように読めて、すてきだと感じました。 (円滑水槽)

2018-10-30

みうらさんへ 書くときは、連想に連想をかさねることはあります。 自動筆記とまではいきませんが、意識していないところから出てくる言葉に、より本質的なものが現れるという点で、自動筆記にはとても共感しています。 詩論から人生観まで、含蓄深いコメントをいただき、ありがとうございます。 (ピアノ)

2018-10-30

表題などは無機質な数字の連なりですが、言葉には生々しい実感が伴い、対照的でおもしろいと思いました。 それにしても、 123を3つ、作品の構成も1.2.3. ここまで3へのこだわりがあると、同作品を3回投稿されたのは誤りではなく、意図的だったのではないかと邪推してしまいます。 そうだとしたら、なかなか前衛的な試みではないかと。でも、ルールはルールですからね。笑 (123123123)

2018-10-29

おひさしぶりです。 切符という音のうつくしさ に、とても共感を覚えました。 ephemera という、これもまたきれいな言葉がありますが、作中のすぐに溶ける雪のイメージと重なります。 そのような儚さを、詩から感じられました。 (ill-defined)

2018-10-29

とても、悲しいです。 風船は、たとえ手から離れなくても、いずれ萎んだり、破裂したりするでしょう。話者はそれには気づいていないようで、よけいに悲しい。 あの、カラフルで、心楽しませてくれる、風船。 ただ喪うのみならず、 泣く暇もなく新しい風船が手に。 それもまた喪ってしまうのですが、それが妙に感情移入を誘いました。 わかりやすい隠喩を主軸に、コンパクトにまとまった作品だと思います。 (風船)

2018-10-28

作中に頻出する、0.001 カタストロフィ。極小の破滅とは、どんなものだろうかと思いめぐらせました。 たとえばそれは偏在する放射性物質に代表される、目に見えない侵食のようであり、また、近視という意味で捉えれば、見通しのきかない現実の反映であるようにも思えます。 最後の投げ遣りな台詞に、目先のことさえ見えていない、刹那的な生き様が表現されていて、どうしようもなくパンクだと感じました。 (0.001カタストロフィ)

2018-10-28

サヨルリさん、こんばんは。 こころの置き場所を忘れてしまったのかも—— 繊細に感じ取ってもらえて、うれしいです。私もそのように感じていました。 月は、私にとって、心に共振を起こさせる象徴のひとつです。 思わず朝を求めてしまったと聞いて、はっとしました。 じつは、拙作「夜の人」は、長い夜のなかにいる方をイメージして書いた詩だからです。 私も、十代は夜のなかにいました。 こうして言葉を通わせることができて、うれしいです。 読んでいただいて、ありがとうございます。 「夜の人」 https://www.breview.org/keijiban/?id=1358 (探しもの)

2018-10-26

レモンイエローの苦味を抱きしめ というフレーズに、心をつかまれました。 カナリヤを連想させる色ではあるのですが。 黄色いレモンというと、フレッシュで甘酸っぱい印象ですけど、この詩では苦味を感じていて、どういうことなのかなと思いめぐらせずにいられませんでした。 青春はきっと、振り返ってみればこそ甘酸っぱいのでしょうけど、その青春をひたむきに生きているあいだは、むしろ苦々しい気持ちを抱いているものかもしれませんね。 若さゆえの切実な叙情を感じられる詩ですが、文体などが青々しい印象も受けました。それが魅力にもつながっているのですが。まさしく、まだ青いレモンのような。 これからもっと、上手くなっていきそうな気がしています。感性の赴くままに、書いていってほしいと思いました。 疳高、という難しい漢字も、アクセントになっていて、良いと感じました。 …最後に、作品としていろいろ書かせていただきましたが、元になっている実体験があるのかもしれず、そうした現実のことを思うと、悲痛な気持ちが胸に迫ってくるのを感じました。 (カナリヤ)

2018-10-26

オオサカダニケさん ありがとうございます。 景色や空気を美しいと感じていただけて、嬉しいです。 (探しもの)

2018-10-25

去年のおわりに、下弦物語にふれたときから、ファンでした。 また作品を読ませていただけて、うれしいです。 どうか、無理なく書いてゆけますように。 胸の奥から響いてくる、祈りがきこえてくる詩だと思いました。 (時よ、たすけ────)

2018-10-24

コーヒーを飲もうか。と、やさしく、さりげない、人肌の温度を感じられる言葉。タイトルにもなっているこの一言のためにこそ、それまでの文章すべてがあるといっても過言ではないでしょう。 逆を言えば、舞台設定や道具立てなどを全取っ替えしたとしても、物憂げな雰囲気が出せていれば、最後の一言で詩になり得るのではないかと。 であればこそ、それまでの言葉や描写にどんな思い入れや必然性があるかが肝になってきますし、それは作者のみ知るところで、読み手の私たちは文章から作者の実像を察するしかありません。そのなかで、私がとくにいいなと思ったのは、 しゃがみこむ背中に下着が薄くみえ という描写で、作者がそうした視線をもっていること、それを自覚して作中に盛り込めるということ、また、その女性のふとした無防備さのようなもの、そうした姿勢をみせられることから心をゆるせる間柄であると察せられること、など、いろいろなものを感じさせてもらえました。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-10-24

florinaさんへ 拙作を優良に選んでくださり、ありがとうございます。当初は準大賞に挙げていただいたお気持ちも、ありがたく受けとめています。 やはり心をこめた作品、好きだと言っていただいて、うれしいです。投稿してよかったと思います。読んでいただいて、ありがとうございます。 (<選評フル>  大賞は「薄明」)

2018-10-20

ひらがなで書かれていることによるふわふわ感と、ふとんにつつまれるふかふか感が、相性いいと感じます。 いっそ、タイトルもなにかしらのひらがなの言葉であった方が、統一感があってよかった気がします。だけど、漢字であることにこだわりがあれば、伺ってみたいと思いました。 擬似的な死を味わってみたい気持ちや、ふとんにつつまれていたい気持ちには、何気に共感します。とても辛いことがあると、ひたすら眠っていたくなります… 一応、社会人なので、そうも言っていられませんが。 涅槃(nirvana)って、どんな感じなんだろうかと、想ったりします。 (仮死)

2018-10-19

意味以上に、言葉の音感やリズムをたいせつにされていると感じます。五十音の鍵盤を弾くかのように。 だけどその手法が目立たなくて、さりげなく、巧妙だと思います。たとえば、 そういうことだった クリームソーダ などに、そこはかとない類似性を覚えたり、 疲労に冷やされて冷やされて そうやって凍えてないで f字孔から絶えずこぼして悲鳴 踊ってみせるよ その湖で 「ひ」といった同一音で頭韻を踏んだり、脚韻を揃えたり、とかくリズミカルなこだわりを感じ、読むよりも文字を聴いているかのような心地です。 東雲がやってくる 早く殺してって も、ひらがなに置き換えて読んでみるとわかりやすい気がします。 しののめがやってくる はやくころしてって 「し」の音が「死」を連想させて、「ころして」と親和性があるのではないかと。 ここまで感じたことを述べさせていただきましたが、個人的な感覚に依っていることはいうまでもありませんし、いろいろな感じ方や捉え方ができる作品だと思います。 (Mr.Gibson)

2018-10-19

ふじりゅうさまへ ほんとうに、詩の定義は明解ではなくて、感覚に依るところも大いにありますね。私もまだまだ途上です。 今作の登場人物が探しているものが仮に〈詩〉であったとしたらどうでしょうか。 詩が解らないなりに、解ろうとしている、それは終わりのない探求なのかもしれませんね。 実際に作中で探しているものに関しては、読み手の想像にお任せしたいと思っています。 世にも奇妙な物語、好きで以前はよく観ていました。笑 (探しもの)

2018-10-15

柿原 凛 さんのコメントを拝見して気づかされたのですが、今作は個性を大事にと言われ続けているわりに、非個性的な生活を送るしかない日常を訴えているのではないでしょうか。であれば、「個性を大事に」と連呼されている合間に挟まれる一行は、むしろ凡庸であってこそ、主題の表現に成功しているのではないかと。 校門で怒られているのは、校則違反をした子でしょうか。それを見た語り手は、個性的な格好をしたくてもできずにいる、その鬱憤を最後に叫んでいるようにも思いました。 (個性)

2018-10-15

ふじりゅうさまへ この場で詩について意見を交換できることを嬉しく思っています。 これは詩だ、と自ら宣言すればどんな文章も詩になるかといえば疑問がありますし、言葉による表現ではない作品からも詩としかいいようのないものを感じられるときがありますね。 詩を詩たらしめている本源的なものに触れたいという気持ちはいつもあります。 韻律にとらわれることのない自由詩の時代に、ほんとうに詩を書くことは、とても困難なのかもしれません。 (探しもの)

2018-10-15

ふじりゅうさま まるで異常を正常と思い込まされているかのよう—— とても示唆深いコメントを、ありがとうございます。解釈を広げさせていただいた思いです。 私自身、芥川龍之介さんの作品など小説のなかに詩を感じることも多く、マーサ・ナカムラさんの作品も注目を浴びている昨今、詩や小説といった区別は不要ではないかという気がしています。 (探しもの)

2018-10-15

季節における秋と人生における秋がかさなる、と云えばありきたりな感慨でしょうか。素朴な秋の日を、後半の散文調では愉しんでおられるようにも感じられました。感傷と愉快さの両面を、文体をうまく使い分けて表現されているのではないかと思います。 (秋思)

2018-10-12

社町 迅 さま 読んで感じたことをコメントしていただき、嬉しく思います。ありがとうございます。 理由なんて関係ないと思えるほど強く惹かれてしまう。恋もそうでしょうし、詩もそうかもしれませんね。 (ピアノ)

2018-10-10

作品の解釈はひとそれぞれですが、そこには読み手の思考や心理がすくなからず投影されるのではないかという気がしています。 ピアノの音はきこえなくなっても、心に鳴っていると云う方もいるでしょう。 きこえなくなったピアノの音に耳を澄ませるのは、現実逃避だと云う方もいるでしょう。 さて、現実とはなんでしょうか、幻想とはなんでしょうか。 いま現実だと感じていることも、次の瞬間には過去になり、心に思い浮かべるのみとなります。それを幻想というなら、現実などはじめから幻想とかわりないのではないでしょうか。 そうした疑念を今作の主題にしました。 (ピアノ)

2018-10-09

かるべまさひろさま ピアノは心のなかで鳴っている—— そのとおりですね。ありがとうございます。 (ピアノ)

2018-10-08

煮詰まった頭の中を、思考の流れそのままに吐き出したような文章ですが、書くことそれ自体を愉しんでいるように感じられるのは気のせいでしょうか。ル・クレジオの「物質的恍惚」を彷彿とさせます。個人的には今作に、話者の思考の流れを追って読むこと自体の愉しさを覚えました。であれば、冗長どころか、もっとだらだらと読ませてもらいたい気にもなります。タイトルはアイロニカルな表現ですね。 (ゲロ)

2018-10-08

横殴りの雨に、共にびしょ濡れになるような気持ちで、読ませていただきました。 嵐で視界不良の道を、不穏感に苛まれながら、それでも懸命に歩んでいくようだと感じたものの、最後はやはり仲直りの予感なのかと、タイトルで頭に入れられていた通りで意外性がなかったので、とても惜しいと思いました。 だけど、素直な貴音さんを垣間見るような作品でもあります。 (仲直りの嵐)

2018-10-08

暗さと明るさの両面を感じられました。 やはり一行目のイチジク・クリニックに惹かれます。なぜイチジクなのだろうかと、つい花言葉を調べてみましたが、今作の幸せそうな面にはとても合っていると思いました。(産婦人科かな、とも) 作品を通して、どことなく童話のような雰囲気を感じられて、すてきです。 個人的に、オルガンという言葉の響きにどこか尊大さを感じており、今作では、独り身の老人の最期を隠喩として描いているのではないかという気がしました。 (もちろん私的な読み方ですので、解釈を限定するつもりはありません) 少年と少女の睦みあいを思わせる幸せそうな描写も、コントラストになっているように思います。細かいですが、はだか電球という言葉は、巧みな配置だと感心いたしました。 最後、もう蘇生しないということを強調されていて、それは普通だったら蘇生することもあるかのように感じられるほどで、気になっています。 いくつかそのような気になる点もあって、読み返したくなる作品だと思いました。 (オルガンの死)

2018-10-08

作中箇所訂正 × 文学部 ○ 文芸部 (氷菓)

2018-10-07

なかたつさまへ 拙作を深く読んで下さり、また、ご丁寧な選評を書いて下さり、誠に感謝しております。 今作は掌編小説という位置付けで書きましたが、内容的に詩と関わりもあり、ビーレビの多様性を尊重する風土もあって、投稿させていただく気になれました。 とくに想い入れのある作品でしたが、自らの内にしまっておくのではなく、この場に公開してよかったと思っています。 ありがとうございます。 (9月投稿作品選評―記憶にまつわるお話たち―)

2018-10-06

はなさないで と はなしてほしい が シーソーのようにくりかえされるなかに、複雑な想いがゆれていると感じました。 多義的な意味を込めてひらがなで書かれていると察せられ、それについてはあえて言及する必要もないと思えるほどですが、想うほどに、募ってくる悲しみを感じます。 今作を詩として際立たせているのは、やはりタイトルにもなっているサルビアですね。 すこし調べてみましたら、「家族愛」という花言葉があり、また、語源には「健康」という意味があるそうです。 花言葉は意図的かはわかりませんが、たとえそうでなくても、夫婦でみつめるサルビアの赤は、この詩に鮮烈なイメージと効果を付与していると思いました。 (作中には、サルビアの花が赤いという描写はどこにもありませんが、個人的には、赤以外に思い浮かびませんでした) (サルビア)

2018-10-04

初読して、私には些か、実体が掴みにくい印象を受けました。書かれているのは、 青虫のことのような、若い向上心のような、あるいは未熟な性のことのような… そこでタイトルに還ったら、上述のすべてをひっくるめた「青々しさ」を表現されているのではないかと感じられました。 文体が淡々としているように見受けられるので、光るフレーズがもうすこしあれば、一層良かったかと思います。 (青々)

2018-10-03

既に言及されてはいますが、スマホの会話をカップヌードル(のコマーシャル?)ソングに喩えているのは独創的な発想で、目を引かれました。 やはり目を引く、ブラックアウトのくだりもあることですし、特徴的な詩形に沿って消えゆくように終わった方が、余情がより後を曳くのではないかと思いました。 然し、最終連での語り手の想いの表白こそ、今作のメッセージの肝なのかもしれませんね。 良し悪しは別として、語り手の意思が力強く表現されていると感じました。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

エイクピアさま ご明察の通り、シャーベット状〜の辺りは、氷菓のささやかな変奏でもあります。 細かなところに注目してくださり、嬉しく思います。 ありがとうございます。 (氷菓)

2018-09-30

鈴木海飛さま 繊細に感じていただけるものがあり、素直に嬉しく思います。 ありがとうございます。 stereotype2085 さま 落差によって、主題を際立たせることに成功していれば、嬉しく思います。 ありがとうございます。 (氷菓)

2018-09-29

どの連も、詩情をよく捉えられていて、上手いと感じます。 然し、些か狙い澄まされているような感覚を、自分は受けました。 たとえるなら、キラーフレーズばかりのポップソングを聴いたときのような。 とはいえ、優れた作品であることは間違いないと思います。 (なんだかさ)

2018-09-25

ポンデリングという言葉が、なにより際立っていますね。 「禅」という、トラディショナルなタイトルから、相反するかのように、ポンデリング。 この落差にやられました。 その他の言葉は、まさしく禅問答のように、捉えどころがないと感じます。 (禅)

2018-09-24

標本箱のなかで夢を見る蝶たち—— 〈胡蝶の夢〉という故事を思い起こします。 標本箱のなか夢を見ているのは、蝶も、私たちも、同じなのかもしれませんね。 最終連から、そのような心象が浮かび上ってきました。 しかし、この作品はそれのみにとどまらず、どこか底暗い深みを垣間見るようでもあります。 (標本に溺れ)

2018-08-27

帆場蔵人 さま はじめまして。 真摯に読んでくださり、ありがとうございます。 コメントから、ざわざわとした不安感が、私にも伝わってきました。 田舎の道を車で走っていると、夕方、なにかを燃やしている煙に遭遇することがあります。目や鼻腔の粘膜を刺激されて、少々辛いです。おそらく農家の方が落ち葉などを燃やしているのでしょうけど、もしかしたら、火葬の煙かもしれず…なんて。 口のなかにひろがる味は、無作為に浮かんできたイメージですが、かならずしも味覚ではないのかもしれません。が、自らの感覚に繋げて読んでいただいて、嬉しいかぎりです。 ありがとうございます。 (たそがれどき)

2018-08-27

こんにちは。 田舎の風景には畑や田んぼの脇にちいさな墓地があったりしますが、あの縦長の墓石はリンガに似ているなと思い、性と死が密接に関わるものを書いてみたいというのが、今作の動機でした。生の昼と死の夜が交わる、黄昏時に。 あまり語り過ぎると読む愉しみを損なうおそれがあるので、この辺にしておきますね。笑 不気味な印象を受けていただいて、そうした表現に成功できたようで嬉しく思います。 ありがとうございます。 (たそがれどき)

2018-08-27

ネット詩人という呼称が生まれる前から、もっといえばネットが生まれる前から、目立たなくても詩を書いて生き、作品を残すことなく世を去っていったひとはたくさんいるのでしょうね。 かくいう私の親も、学生時代に詩を書いていたといいます。 一個人の詩が残るかどうか以前に、詩を愛する心はいつまでもあってほしいと思います。 直接、作品に言及するコメントではなくてすみません。 ただ、花緒さんの作品は、私のような読み手に思考を喚起させるという特色がある気がします。 ありがとうございました。 (ネット詩人の墓)

2018-08-27

この作品は、ツイキャスで朗読されていたのを、聞かせていただいた覚えがあります。 もう錆びついたメス…… この詩の君と僕の、劣化してしまった関係性を象徴しているようで、印象的でした。 涙で、錆びてしまったのだろうか、とも。 (君が呼吸を喪った、赤い外科室)

2018-03-28

死にたい、というのは、生きたいという気持ちの裏返しではないでしょうか。 上手に生きたいけど、それがかなわないと感じたとき、人生やめてしまいたくなる。 同様に〈断絶〉も、ほんとうは誰かとつながりたいのに、うまく交流できないと感じたとき、自分を守るために壁をつくってしまう。 最後の「見てよ」という台詞に、声にならない心の声を感じました。 なんにしても、三浦さんの仰るように、鬼気迫るものを感じる文だと思います。 自分は読んでいて、あんまり卑屈になんなよ、と声をかけたくなりました。 (離散したせかいに千切れるよ笑って)

2018-03-28

百均さんへ 言及していただいた一行に関しては、おそらく、百均さんの読みで合っています。 おそらく、というのは、心の赴くままに綴ったもので、自分でもはっきりしない、なんとなく口をついて出たようなことばだからです。 隙があり、生の自分が顕れているように感じられるのも、その為かもしれません。 丁寧に綴られていると仰っていただき、ありがとうございます。 今作は衝動的に書きましたが、拘りもたくさんあります。 (雨の停車場)

2018-03-22

「天竺」のイメージ、るるりらさんのご感想に、私も共感を覚えます。 天竺は、現実のインドというより、平安時代辺りの方々が夢想していた、幻の国だと思うんですね。桃源郷的な。 そこから遥々運ばれてきた、馥郁たる香りや経典などを通して、昔の方々は天竺を想像していたのでしょうけど、この詩においても天竺は、私にとっての理想の表れなのかもしれません。 (白檀)

2018-03-20

三浦さんへ 現実にふれあえない彼女なら、せめて創作のなかで会っていたい。 しかし、読み手にも幻と感じられるなら、私にとっての彼女は、そうした存在なのかなと思いました。 (雨の停車場)

2018-03-14

仲程様へ おはようございます。 わざわざ検索していただいて、ありがとうございます。 私もフランス語は読めません。 堀口大學さんの和訳が有名で、おすすめです。 「月下の一群」という訳詩集もあります。 詩のなかで、相方の名前を何度も呼びかけるあたりが、心地よく響き、グールモンの作品に似ていると感じました。 (ジミーと青い空)

2018-03-07

こんばんは。 自ら解説してしまうきらいがあるのですが、今作は、白檀の香りから感じられる両義性に着想を得ました。 線香は、仏教や死を連想させ、 香水は、官能や性を連想させます。 その両義性に惹かれたのですが、解説を要するようでは、表現力がまだまだ足りていないのだと感じます。 全体を通して曖昧な雰囲気も、死と性のどちらかに表現を断定したくなかった為でもあり、自分としては、煙のように掴み所がないように読み手に感じてもらえたら、狙い通りかなと思っています。 「凛とした空気感と厳かな雰囲気」と仰って頂いて、ありがとうございます。 私からの解説で、今作の印象がよごされてしまっていなければいいのですが… (白檀)

2018-03-06

新鮮な苺をすり潰したときのような、瑞々しさを感じました。 大人になると、書くものにもくすみがあらわれてくる気がします。それが味ともいえるのでしょうが。 なんて、相対化して考えさせられるほど、夏野さんの作品からは純真さを感じます。 (振り返るといつも赤)

2018-03-06

ひらがなのみで書かれた箇所が印象的でした。 そこだけ、現実とは別の流れがあるようで。 雨の夜に外に出て、一服しようとしたけど火がつかなかった。表題にあるとおり、なにも始まらないで終わってしまうもの足りなさを、余韻として残すことに成功しているのではないかと思いました。 (始まらない話)

2018-03-06

こんばんは。 ルミ・ド・グールモンという方の詩「落葉」をご存知でしょうか? とても好きな詩なのですが、今作は構成がよく似ていると感じ、うれしく思いました。 (ジミーと青い空)

2018-03-06

辛口なご意見を、ありがとうございます。 今後の詩作に役立てていきたいと思います。 (白檀)

2018-03-05

いかいか様 はじめまして。 通俗的な夢におぼれるのも、人間らしいと思います。 (夜の人)

2018-03-03

杜町 迅 様 はじめまして。 物事には、両面性がありますね。 (夜の人)

2018-03-03

こんばんは。 コメントはたくさんあるとスクロールするのが大変なので、古い順と新しい順に表示を切り替えらたら理想的です。 (<雑談、議論、要望等スペース> PART2)

2018-03-02

仲程様へ 夜の人を、朝の人だと断言するのは、些か勇気が要りました。 しかしそれぐらい言い切った方が、よく伝わるかなと。 注目してくださり、ありがとうございます。 (夜の人)

2018-03-02

夏野ほたる様へ このとおりシンプルでわかりやすい作なので、私が伝えようとしていたことは、夏野さんのコメントに的確に表現されてしまいましたね。笑 少しぐらい、謎をのこしておけばよかったかな、と思います。 素直なご感想を、ありがとうございました。 (夜の人)

2018-03-01

奇偶様へ 密度の高い作品を書かれる方も多いので、たまにはこういったさっぱりした詩があってもいいかなと、自分で勝手に思ったりします。 コメントをありがとうございました。 (夜の人)

2018-02-27

主題がはっきりとしていてわかりやすく、言葉にも表現力やリズム感があり、読みやすかったです。 日常風景の中にも、一歩間違えれば死があり、 信号機の点滅と、人々の心の点滅が重なる… 最後の一行、とても効いています。 (青信号を渡らない赤子)

2018-02-25

高町トビラ様 はじめまして。 好きな雰囲気だと言っていただいて、うれしく思います。 自分も、白湯みたいな詩だと感じます。笑 アドバイスをいただき、感謝しています。 先のみえない孤独に生きる方々を、少しでも励ますことができたらと思いましたが、それも、ひとりよがりかもしれませんね。 (夜の人)

2018-02-24

すみません、正しくは、 IHクッキングヒーター(2.5kW)さんでした。 さしみさんとのコメントのやりとりに、感じるものがありました。 ありがとうございます。 (きよらかなもの)

2018-02-22

はじめまして。 過度に技巧的なものによごれておらず、(少なくとも私にはそう見えます) この詩自体がすでに、きよらかなものであると思いました。 HIクッキングヒーターさんの考え方は、当を得ていて、感心しました。 つまるところ、自分の周りの世界は、自身の在り方によって決まるんだと、あらためて思います。 (きよらかなもの)

2018-02-22

「狼男」をモチーフにした詩として、上手いなと感じました。 やさしい前半から、バイオレンスな後半への、言葉や文体の急激な変化に、狼男の豹変ぶりがよく表現されていますね。 (月明かりを君に)

2018-02-22

私の知っている、いままでの貴音さんの作風とはちがうので、意外でした。 寓話のように、たのしく読ませてもらいました。 単純な再会ではないところが、このお話を印象深くしていますね。 喫茶店の主人にも、かつては、たいせつにしていた友達の鳥がいたのかもしれないと思いました。 そうだったらいいな、とも思います。 (名を変える鳥)

2018-02-20

やるせなさを、淡々とうたわれていて、ある種の童謡のようでした。おとなの童謡、ともいえそうな。 ここに描かれていることはかならずしも、すてきではないのかもしれませんが、とてもすてきな作品でした。 (智恵子)

2018-02-19

花緒様へ 詩に、刺激が求められることはあるかもしれません。 私としては、ときには夜の窓辺にそっとよりそう月明かりのようでありたいと思うこともあります。 コメントをありがとうございました。 (夜の人)

2018-02-18

「忙しい」とは、「心」を「亡くす」ことだとよく云われますね。 余裕がなくなってくると、気持ちだけではなく、外見にもあらわれてくることがあります。 そうやって、恋の機会さえ逃してしまうかもしれないということを、この詩の語り手は薄々感じているのだという気がしました。 (蔦に、からむ。)

2018-02-18

ののしる心をののしるようでいて、そのなかに、 きき しる 心 (聴き 知る)が かくれているような気がしました。 ののしる人をののしるばかりではなく、 他者の心を自らにあてはめて理解しようと、 努めてこころみている詩でもあると、私には感じられました。 (ノノシル)

2018-02-11

この詩は〈母性賛歌〉だと思いました。 私は男なので母にはなれませんが、それでも、母親になることのよろこび と きびしさが、やさしく伝わってきて、いいなあと感じました。 (『にぃぬぅふぁぶし(北極星)』)

2018-02-09

秋の牢獄… 苦悶に囚われているぐらいなら、いっそのこと、 死の冬を期待してしまう。 しかし、この詩の人物は逃れることもできず、 秋のままの牢獄を彷徨い続けるしかないのだと、 痛切な心情を感じる作品でした。 (秋の牢獄)

2018-02-09

始めと終わりの連が、とてもいいなと思いました。 とくに始めの連は、それ自体で一つの短詩としてもよさそうですね。 名前に象徴される〈自分〉がどういう人間かはべつにいいから、たいていの花がそうであるように、ふつうに愛でられたい、そんな風に読ませていただきました。 句読点も効果的に打たれていると感じます。 (angle)

2018-02-09

藤一紀様へ 思考のペースの変化を感じとっていただき、ありがとうございます。 ユーカラ(でこちん)様へ きっかけは些細なことでしたが、込み上げてくる想いがあり、詩になりました。 共感していただけて、うれしく思います。 ありがとうございます。 仲程様へ ありのままに綴ったので、素朴さはあると思います。 それがよいかどうかは、読み手によるかもしれません。 コメントをありがとうございます。 (風のつよい日に)

2018-02-07

百均様へ コメントをありがとうございます。 喪失だけを表現することも考えましたが、それでは救われないだろうと思いました。 実際に風で帽子が飛ばされたときに着想を得て、ありのままを詩にしました。 (風のつよい日に)

2018-02-07

二条千河様へ 電話ボックスの仄明るさに、感じていただけるものがあったようで、ありがたく思います。 アラメルモ様へ 詩を書く者として、言葉の一つひとつに細心の注意を払うのは、当然のことと思います。 気に留めてくださり、感謝しております。 (テレフォンボックス)

2018-02-06

意味から切り離して、ことばのひびきを、純粋に楽しいと感じられました。 たゆたうような、心地よさがありますね。 (Hi)

2018-02-05

仄明るい と 仄暗い 書いた当初、たしかに迷いました。 暗がりにぼんやり浮かんでいる灯りと考えれば、仄暗い よりも 仄明るいの方が適切ではないかと判断しました。 コメントをありがとうございます。 (テレフォンボックス)

2018-02-05

はじめまして。 パンチの効いた作品ですね! 関西弁のリズムも心地良いです。 (〈 雪 〉)

2018-01-26

意味はわかりませんが、緊張感と刺激のある文章ですね。自分には書けない。惹かれるのは、だからこそかもしれません。 (火星のホットスタウト&ホルモントマト)

2018-01-25

もし僕が雪だるまだったとしたら おもしろい考えだなと思いました。 読み進めていくと、詩の主題も文体も真摯に書かれていて、胸に迫ってくるものがありました。 最後に隠してきた秘密を きみに手渡すことができた ここがとくに沁みました。 いつかはとけて消えてしまうという、あたりまえなのに、普段は秘密のように隠されていること。 メメントモリを、すてきに表現されていると感じます。 (作られた雪だるま)

2018-01-22

「白い」ということが、いかにもオフィスの備品を思わせています。デスク、ワイシャツ、営業車… 電話をかけてきた「大切な人」は、家族や友人の類ではなさそうですね。 職場の固定電話という無機質な題材を扱っているわりに、語りは熱っぽく、最後は人情味ある気遣いまでされており、対比に可笑しみがあると感じました。 (白い固定電話)

2018-01-21

題名が、ふしぎだと感じました。 「あなた」と呼びかけようとして、かなわないと知り、「あな」でとまってしまったのでしょうか。 そんな穴のあいたような空虚感が作品を占めていますね。 直接語られていない物語を、想像させられます。 (あな)

2018-01-21

完備さん、励みになるコメントをいただき、どうもありがとうございます。 この詩をこの場に公開するのは、些か勇気が入りました。 世の中にごまんとあるような凡庸な詩と、紙一重であることは自覚しています。 しかし、思い入れのある詩であり、皆様からありがたいコメントをいただいて、報われる想いです。 自らを信じて投稿してみて、よかったと思いました。 ありがとうございます。 (真珠)

2018-01-18

まず、発想に脱帽しました。 一つひとつの詩にハッとさせられるものがあり、意識の奥に訴えかけてくる詩群だと感じました。 くつずり ゆうさんのコメント、手甲に脚絆をつけ…という表現もおもしろく、当を得ていて、同感でした。 ともかく、力作だと思います。 (詩国お遍路(2/2))

2018-01-17

アイスクリーム・パーラー、アイスキャンディ、クリームソーダ… BJCの曲の歌詞が思い浮かびました。 死を想うことは、ときに甘美だと感じます。 (Ice Cream Elegy)

2018-01-16

なかたつ様へ すべてわかっていただいて、感無量です。 胸が熱くなりました。 ありがとうございます。 (真珠)

2018-01-15

皆様、コメントをありがとうございます。 はい、ド直球の短詩です。 わかりやすくて、私から解説することはありません。 小説や映画などではなく、詩でしかできないことはきっとあると思っています。 (真珠)

2018-01-15

宇宙的視野からこの世を見つめて、慈しむ。 人は皆、蒼い屋根の下で同居しているんだと思うと、あたたかい気持ちになりますね。 やさしい心を感じられて、好きです。 (蒼い屋根の下)

2018-01-13

スカートはひるがえり でも見えなかった あしたとかみらいとか 最初からないものが ほしくて この箇所、絶妙だと思っていました。 下着に象徴される、異性への憧憬が、語り手にとって現実にならないまま、絶望したのでしょうか。 (moment)

2018-01-11

はじめまして。 生命を永らえることだけが生きるということじゃない そうですね。私もよく考えます。 共感させてもらえる作品でした。 しかしそれでも、生命を永らえさせることは、やはり尊いと感じたりもします。 詩を書けることは、希望でもあります。 (死にたがりの生きたがりの)

2018-01-11

架空の薔薇は、想像上の存在だからこそ、なによりも美しく、魅力を感じるのでしょうね。 三島由紀夫の「金閣寺」に通じるものがある気がしました。 願わくば、この詩のなかの薔薇について、もっと興味をそそられたいと思いました。 (薔薇)

2018-01-11

淡々とした情景のなかにも、おたがいの複雑な気持ちが、ぎゅっと詰まっているように感じられました。 (喪失)

2018-01-10

無地の壁を無意味な記号で埋めたい、グラフィティの欲求に近いものを感じました。あれは、公共物の破壊という反権力的な精神の表れだそうですが。 本編の内容とは関係ないコメントですみません。 (泣けたい。)

2018-01-10

緑川七十七様 はじめまして。 自分は複雑な詩を書くのがあまり得意ではなくて、シンプルな詩を書くことが多いです。 失くしてこそ気づく、大切な気持ちがありますね。 あたりまえのように感じてしまっているものへの感謝を、忘れずにいたいですね。 コメントありがとうございました。 (風のつよい日に)

2018-01-10

ああ 開いた口のように、吸い込まれるような、あるいは解放されるような、響き。 あ 阿 α …はじまりの音。対義語は、 ん 吽 でしょうか。 (ああ)

2018-01-07

奎介様 はじめまして。 ご自身に置き換えて読んでくださり、とてもうれしく思います。 題名も気に入ってくださり、ありがとうございます。 (風のつよい日に)

2018-01-06

右肩ヒサシ様へ ツイートを拝見致しました。 返詩を書いて頂き、誠にありがとうございます。 (風のつよい日に)

2018-01-04

奇偶様 はじめまして。 ありのままのご感想をいただき、うれしく思います。 ありがとうございます。 (風のつよい日に)

2018-01-03

アラメルモ様へ 書いた当初から、文章の力の入ってなさに、これでいいのかという気持ちがありました。 その原因について指摘してくださり、ありがとうございます。 (風のつよい日に)

2018-01-03

はじめまして。 言葉による、文字による、音楽のようで、始めから終わりまで、飽きることなく読ませてもらいました。 朗読を意識されていないとしたら、とても意外です。 (ジョンビ)

2017-12-27

百均様へ 脚韻は、たしかに意識していました。だけどラップではありませんね。リズミカルではありませんから。 なにかを意図したわけではなく、思いつくままに書いたので、いろんな風に読んでいただけることをうれしく思います。ありがとうございます。 (点滴インターチェンジ)

2017-12-24

叫び、だと感じました。 言葉のどこを切り取っても、叫んでいて、そして詩である、金太郎飴のような作品だと思いました。 (BABY NEAPOLITANS 2)

2017-12-17

葉月之寛 様 はじめまして。 感情のこもる夜の部屋は美しいというコメントをいただき、うれしく思いました。ありがとうございます。 沢村 知春 様 はじめまして。 興味深く読んでいただいて、とてもうれしく思います。 そして、俯瞰的な視点に言及していただいて、ありがとうございます。自分が男でもあるせいか、異性間の行為を客観的に描こうとしても、男性側の描写が優位になってしまうのもしれません。女性側の心理や感覚についても、学びたいと思いました。 これが男と女ではなく、僕と君だったら、また違った詩になっていたかもしれません。 それにしても、性的な描写については、女性の方が意外と大胆なのではないかと感じています。後半のコメントを読んでいたら、なんだか生々しくて。笑 花緒 様 コメントをありがとうございます。 この詩の男と女は、親密になっていくのかもしれませんし、それぞれ別のカップルのことかもしれないと、書いた本人にも曖昧なところがあります。 (流星)

2017-12-12

この詩の云いたいことは、よくわかります。 私も同じようなことを考えたことがありました。 しかし詩としては、文章が凡庸に感じてしまいました。 シンプルなテーマだからこそ、読み手の気を引く文体などであれば、より印象強く感じられたのではないかと思います。 (Stars)

2017-12-09

はじめまして。 たった一滴がみずうみを揺らす この一言に、揺れました。 それまでは、正直なところ、漫然と読んでいたのですが、この一言がまさしく一滴となって、詩全体にしずかな波紋がひろがるようでした。 (夏草が撫でる鼻に泣いただけ)

2017-12-08

三浦様へ コメントをありがとうございます。 深く考え過ぎずに、楽しみながら書いたものなので、気に入ったフレーズを選んでもらうという気軽なアプローチを、嬉しく感じました。 こうしてみると、一行詩のカタログのようでもありますね。笑 こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。 (点滴インターチェンジ)

2017-12-05

黒髪さんの素直な心の表象を感じられて好きです。詩の技術や教養など、関係なく思えてしまいます。そう言ってしまうと、批評もなにもなくなってしまうかもしれませんが、やむにやまれぬ心の発露こそ、詩の出発点ではないかと、最近思います。私もまだまだ旅の途上です。 (お菓子な心)

2017-12-05

はじめまして。 赤い川という言葉から私は、体のなかを流れる血液を連想しました。そしてその赤い川は、先祖から子孫へと、滔々と流れていくでしょう。数多の死を越えて尚、三千世界をつたって。 (赤い川)

2017-12-04

花緒様へ 題名を気に入ってくださり、ありがとうございます。 勝訴ストリップとか、池袋モンパルナスとか、こうした漢字とカタカナの組み合わせは印象に残りますね。 言葉の対称性を楽しんで書きましたが、ある種の倒錯的なイメージを表現しているわりには、たしかに詩形が秩序立っていますね。花緒さんからのコメントを読み、なるほどと思いました。 (点滴インターチェンジ)

2017-12-03

たくさんの色彩や輪郭が、浮かんでは消える。 指先や思考は忙しなく動くけど、詩のなかの当人は、部屋から動くことはないんですね。 それでも各連の終わりは、朝。始まったばかりの、これから出来事で埋まる前の、朝。 空想の氾濫から経験への、期待のようなものを感じる詩でした。 (明るい部屋)

2017-12-01

イチゴミルク様 はじめまして。 あえて表現し過ぎない、読み手に想像の余地を残す表現というのは、たしかにありますね。 コメントをありがとうございます。 (待合室)

2017-11-29

貴音様 はじめまして。 読んでいただいて、また、面白いと言っていただいて、ありがとうございます。 生や死について、考えることも多いです。 (待合室)

2017-11-27

コーリャ様 はじめまして。 物語に戯れている という、細かいところに注目してくださり、とてもうれしく思います。 たしかに、詩のなかの当人は視線の移動しかしていませんね。笑 この場で様々な方から客観的なコメントをいただいて、自分の詩について新しい発見があることを、楽しく感じています。 ありがとうございます。 (待合室)

2017-11-27

まりも様へ 滑走と、離陸。うまく捉えたコメントをしていただき、ありがとうございます。 離陸したと思ったら、すぐ着地してしまうところに、臆病な自分が表れているなと、まりもさんからのコメントを読んで思いました。 厭世から、超感覚的な世界に憧憬を抱き、覗いたり、触れたりしてはみるものの、私が本当に求めているのは、〈安心感〉なのではないかと思います。それで、飛躍せずに着地してしまう。 それと関係あるのかわかりませんが、最近は詩がなかなか書けず、定型的な俳句や短歌に、心が落ち着くと感じています。 (待合室)

2017-11-27

片想いの切なさと、沖縄の風景が重なり、とても美しい詩だと思いました。 爽やかな風と、花の色。 その場にいるような気分になり、癒されます。 (ゆうなんぎい)

2017-11-26

写実的な作品だと思いました。 霊魂という不可知なものや、痛苦に対する、まりもさんの想像力を感じます。 夜空を自由に飛ぶ霊魂の開放感を味わうようでした。 肉体の束縛から解放されたら、肉体があってこその痛みや苦しみも、かえって懐かしく思ったりするかもしれませんね。 (私は耳からすべりいり・・・)

2017-11-26

仲程様へ 読んでいただき、ありがとうございます。 私はむしろ文章の長い詩を書くのが得意ではなくて、そうした作品に憧れもあります。 こちらでは、いまは自分の詩と客観的に向き合うつもりで、過去に書いた詩を投稿させてもらっています。 コメントをいただけて、感謝しています。 (待合室)

2017-11-25

静かな視界さん、こんばんは。 入力間違いは、ネットではありがちなことですので、気になさらないでください。 尾崎豊さんとは、意外な名前が出てきて、おどろきました。 存在や、自我といったものは、たしかに普段は意識していませんね。存在について、なくなってはじめて気がつくこともあるかもしれません。 ご指摘して頂いた通り、もう少し飛躍があれば、一味違ったものになったかもしれないと思いました。 ありがとうございます。 (待合室)

2017-11-25

表題の「ときには花となって」という発想が好きです。 自然のなかに同化する心地よさを、読み手に感じせてくれる詩だと思いました。 (ときには花となって)

2017-11-25

まりも様へ わかりやすく解説してくださり、ありがとうございます。 水平運動から上下運動、外界から内界、平面から立体への変換などについて、興味深く読ませて頂きました。私自身はそこまで考えずに、対比させていったらおもしろいんじゃないかと思って書いていったので、まりもさんからのコメントは、自分にとって発見になりました。 ご指摘して頂いた、文体のスピード感について、今後の参考にしたいと思います。 (地下鉄)

2017-11-25

黒髪様へ 詩を、脳内で映像化しながら読んでもらえたようで、嬉しく感じました。 地下鉄というのは、ふしぎな乗り物ですね。 構内は生温かくて、暗くて、轟々としていて、どこか母胎にいた頃の記憶を、思い出させるような気がします。 明日の朝を、いつものように迎えたい。そうした素朴な気持ちは、大切だと思います。 世の中はどうしても、日々変化していきますから、尚更… (地下鉄)

2017-11-21

花緒様へ 私は衝動的に詩を書くことが多く、これも着想を得てからばーっと書いたものです。 だからこそ、普段の自分が思ったり考えたりしているものが、滲み出ている気がしています。 いわば自分の《顔》のような詩で、こちらの初投稿にはいいんじゃないかと思いました。 元から深い思想を開陳しようとして書いたわけではないので、理論のあまさなどは、たしかにあるかもしれません。苦笑 お読みいただき、感想をありがとうございました。 (地下鉄)

2017-11-21

はじめまして。 ささやかだけど、胸に沁みる、いい詩だと思いました。 (信頼を築く幸せ)

2017-11-21

花緒様 はじめまして。 一見すると詩とは程遠いものを、あえて詩として提示することに、メタ的な詩情があるのだろうか、と考えさせられました。 それはさておき、個人的な見解としては、選者であり運営である貴殿の気苦労を垣間見るようだと言えば、穿ち過ぎた解釈でしょうか。 (国語の授業)

2017-11-21

はじめまして。 私はこの詩に、官能性を感じました。とくに最後の四行に。 言葉から浮かぶイメージも美しく、まとまりのある作品だと感じました。 (表層)

2017-11-19

とても参考になるコメントを頂き、ありがとうございます。 また、詩から親しみを感じて頂いて、嬉しく思います。 まだまだ未熟ではありますが、この場で切磋琢磨していけたらと思っています。 今後とも、よろしくお願いします。 (地下鉄)

2017-11-18

やまない雨のなかで生きる、一個の生命のかたちを感じました。 私は無機質に草を刈る 雨、その水滴に溶け込んだ念仏 などといった言葉が作品中のポイント(頂点)となって、そこから坂を下っていくような速度感で、詩の全体を読ませてもらえました。 (amaoto)

2017-11-17