作品投稿掲示板 - B-REVIEW

沙一


投稿作品数: 64
総コメント数: 750
今月は8作品にコメントを付与しました。
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春の夜の夢の如し。

沙一の記録 ON_B-REVIEW・・・・

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ディレイド

2020-07-07

夕暮

2020-06-18

いつのまにか

2020-06-12

化鳥のうた

2020-06-06

一人

2020-05-20

めかりどき

2020-05-05

遺失物同好会

2020-04-19

夜伽桜

2020-04-11

非在

2020-03-18

切創

2020-03-08

ホリデイ

2020-02-16

犬歯

2020-01-14

風車はまわる

2019-12-30

本能

2019-11-08

音のない町

2019-10-10

旅館

2019-10-06

水仙

2019-09-17

半分の羊

2019-09-08

メトロ

2019-07-05

極楽鳥

2019-06-11

古書店

2019-06-01

つくよみ

2019-05-07

ハルピュイア

2019-05-01

永遠

2019-04-07

花のころ

2019-04-01

汽車

2019-03-14

火球をみた夜

2019-03-01

ルシアン

2019-02-12

あまてらす

2019-01-08

ナイフ

2019-01-01

待ち合わせ II

2018-12-08

待ち合わせ

2018-12-07

ホテル春光

2018-11-08

女神

2018-11-01

探しもの

2018-10-14

ピアノ

2018-10-07

氷菓

2018-09-29

たそがれどき

2018-08-27

雨の停車場

2018-03-13

白檀

2018-03-05

夜の人

2018-02-17

真珠

2018-01-13

流星

2017-12-09

待合室

2017-11-25

地下鉄

2017-11-18

あの人の分まで生きようとする最終連から、もったいないとは、夭折してしまった方へ向けた想いであるように感じられました。それが羨望なのは、現実に幻滅した者の心情が吐露されているようであり、また、夭折した有名人の人生が悉く美化されてしまうことに通じているようでもあります。まるでつかめないのは、その方がすでに実体をなくしているからでもあるのではないかと。 ところが、聖徳太子の十七条憲法の言葉を引用されていることから、これは職場を先に辞めてしまった方を想っているようにも読めました。 二連目の、夕焼けはオレンジ色〜のくだりは、さまざまなものごとにあてはめられる汎用性の高い比喩ですね。たとえば、結婚したといえば幸せの代名詞のようですが、幸せといえば必ずしも結婚することではないように。 この作品においては、言葉そのものの印象のほうがぐっと合っているのではないかと思います。夕焼けの斜陽と、フレッシュなオレンジ、そこに老いと若さの対称性が含意されているようにも感じられるのは気のせいでしょうか。 (もったいない)

2020-08-06

西、本来であれば陽の沈む、終わりの方角。そこから昇る日は、終わりからの復活を示唆しているようですが、あり得ないことの喩えでもあるようです。それが名画になり得ないという表現には、やや卑屈なものが感じ取れました。  海に母親を求めずに舟をだす こうした引っかかる言葉が良いですね。ふつうに考えれば母親を求めて海に舟をだすほうが特殊ではないかとさえ思うのですが、特殊なことがあたかも特殊ではないような転倒をさりげなく読めてしまうのは、詩の言葉の為せる技だなと感じます。 おそらく作中主体にとっては、海に舟をだすときは、母親を求めるという動機のほうがふつうだったのでしょう。そうした通常とは異なる動機で行動すること、そこに自らの現状を変えたいというような意思が感じられました。ましてや母親は、無条件に子を愛してくれるはずの存在、その母親を求めずに出発することは、母親に代わるほど慕わしく想える相手を求めたいという意識が働いているのではないかと思いました。その前途が困難で、たとえ絶望的であっても、乗り越えた先に自らが選んだ「愛」を得たいという意思。 同時にそれは、過去との訣別を意味しているのだと、最終連から伝わってきました。 (出発)

2020-08-04

 「キリスト教の国が、日本のキリスト教徒を殺し、日本の教会を焼いた」 とあり、その出来事が話者の感情に強く訴えているのだと察せられますが、私からは些か疑問を感じてしまいます。相手がキリスト教徒でなければ殺してもいいのか、教会でなければ焼いてもいいのか。作者がどこまで意識的かどうかはわからないのですが、キリスト教と他を差別しているように受け取れてしまいます。キリスト教の国でもそうでなくても戦争は戦争だし、相手がキリスト教徒でもそうでなくても殺しは殺しだし、そこが教会でもそうでなくても破壊は破壊だし、キリスト教だからといって特別視しなくても、その行いになんら違いはないのではないでしょうか。故に、日本を爆撃した国がキリスト教国だったからといって、それがキリスト教の信仰に懐疑的になったり否定したりすることとは関係ないのではないかと私は考えます。 キリスト教でも虹は希望の象徴とされていますが、虹に実体はなく、遥か空に眺められるだけで、手に触れることさえできないもの。それでも人は、そうした実感し得ない形而上的なもの(=神)を潜在的な対象にして道徳観を拵えてきたのではないでしょうか。 なのでこの作品における「にじいろは、ただ綺麗なだけ」という言葉は、キリスト教、ひいては既存宗教へのアンチテーゼと捉えることができます。 と、小難しい長文になってしまって申し訳ないのですが、私がこの作品から最も感じたのは、素直さです。素直だからこそ、神を信じもすれば、懐疑的にもなる。矛盾が蔓延っているこの世界で、他でもなく、自らの感性や思考に素直でいること、そこになによりも生き様を感じられます。 (にじいろ、もぐもぐ)

2020-08-04

愚かな恋だった、そう思うに至ったのはなぜなのか、具体的にしろ抽象的にしろ、読者にもその愚かさがどんなものなのか感じられるように表現してほしかったなと思います。 もしかしたら、愚かな恋に心当たりのある人が読めば、「愚かな恋だった」という題目を聞くだけでその人なりの愚かな恋を思い浮かべたりするかもしれませんが、それは想像の余地を残すというよりは、たんに読者の想像力に頼りきった「あまえ」ではないでしょうか。 きっと、この作品を書いた作者には深い想いがあって、それはほんとうは、上辺の言葉だけで済ませられるほど安易な感情ではないはずです。もうすこし深く、自分の心の奥から、容易には言い表し難い、自分だけの言葉を掬い上げてきてほしいなと思わずにいられません。なかなか、たいへんですけどね。 (あの日から)

2020-08-03

ホウキといえば、それに乗って魔法使いが空を飛ぶとか。きわめて日常的な道具でありながら、これほど空想性を含意しているものもめずらしいのではないでしょうか。そのように本作も、日常と空想がかさなっているように感じられました。 (連れて)

2020-08-03

白と赤が印象的な作品。たとえば精液の白と膣の赤、その結びから新たな生命が生まれる。終点であり始点でもある、秘められた場所。 ——そのように読み解いたのですが、情景からは清々しい自然の気が感じられて、詩に万物照応(コレスポンダンス)を覚えました。 (終始点)

2020-08-03

さまざまな言葉を含ませていそうな題名がおもしろいですね。 無限or夢幻+幻覚+革命+迷路+論者よ ここまで読み取れました。 この掴みどころのない題名と、迷走した議論が交わされているかのような作品本文は、よく合っている気がします。断片的なフレーズも、なかなか示唆に富んでいると思いました。 (むげんかくめいろんじゃよ)

2020-08-03

 (こわくない、こわくない。   眠るのは明日までだ。) この二行が印象的でした。眠ることへの不安が、死へのおそれのアナロジーであるかのよう。そこに、永遠に近い時間を眠っているであろう化石のイメージが重なります。 一方、夜の闇にはトマトが匂い、その鮮烈さは生命を象徴しているようで、眠り=死へのおそれとの対照性を感じました。 (貝化石)

2020-07-30

 お読みいただきありがとうございます。  天の川に隔てられた彦星と織姫をイメージした視覚詩なのですが、安易だったでしょうか(笑)  かずやさんはおそらく可読性の高いシンプルな詩を好まれるのではないかと思います。これは視覚詩のアイデアありきで書いた詩でしたから、この詩形以外で投稿することはありえませんでした。  Re: の表記についてはあまり気が進まなかったのですけど、ここから先は相手からの返信であることを、レイアウトに障らない範囲で明示する必要性に迫られました。こうでもしなければ詩中主体が切り替わったことが曖昧になり、読み手が混乱してしまいかねませんから。  最後は短歌に読めましたか? 五七五のはずなのですけど、うーん、おかしいなー。 (眠れない夜をこえて)

2020-07-30

 お読みいただきありがとうございます。  七夕をモチーフにした視覚詩で、どのような感想をもらえるか未知でしたが、美しさを感じていただけたようで嬉しいです。清涼と熱、いい得て妙ですね。天の川の清涼感と、恋の詩の熱が伝わったとしたら本望です。ちなみに最後の詩形は短冊をイメージしていました。 (眠れない夜をこえて)

2020-07-30

最後に顕れる墓、それもただの墓ではなく、我が家の墓、そこから家系の重みが一身にのしかかってくるかのような、霊圧めいたものを覚えました。夏、呼ばれる。お盆らしい雰囲気が漂っていますね。 (夏、呼ばれる)

2020-07-28

まごころを感じられるメッセージへのお返事を考えているときは楽しいものですね。それで文章が長くなって、返信が遅くなってしまったり。あるいは、こころをこめて書いたメッセージの返信を待っているときのふわふわした気持ち。そうした〈遅れる〉ことの豊かさに、想いを馳せていました。 (ディレイド)

2020-07-27

この詩は、演劇動画を観たあとに読んでこそ味わいが増すように思います。生徒(おたまじゃくし)に対する先生(カエル)の目線で語られているのだと感じられて。 演劇動画は、画面が分割してあり、中心的に話していないときの役者の表情も愉しく、何回も観たくなる魅力がありました。 (カエルの誤ち)

2020-07-27

 そういえばさくらんぼを食べそびれたまま、夏が来ちゃうね。 この最後の言葉のためにそれまでの文章が書かれたといっても過言ではないくらい、叙情的かつ象徴的に極まっていますね。 (ぼーっとしたよとつぶやいたけど、今もそうしているよ)

2020-07-26

洒落たジャケットなど比喩だと思われる言葉が散見されて、そうした修辞を纏っているこの文章そのものは、裸になりきれているのだろうかという疑問をいだきました(ちょっといじわるかもしれません、すみません)。 とはいえ、(比喩ではない)裸の肉体でさえも形而上のイデアの表れであるのかもしれず、ここで語られているように絶対的な存在はやはり人間の五感では認識できないのかもしれません。 逆に、洒落たジャケットがあるからそれを着るための裸体があり(衣服がなければ裸という概念さえないはず)、お洒落を好む個人の嗜好性(形而上の観念)が顕になるともいえそうです。 余談ですが、哲学(philosophy) はまさしく知(sophia)を愛する(philo)ことですね。小林康夫さんという哲学者が仰っていたのですが、philosophy は logy とつかないから「学」ではない、だから本当は「哲学」と言っちゃいけない、ということでした。私はこの見解が好きです。 (愛―知、非―知)

2020-07-26

山頭火もいいですが、尾崎放哉もおすすめですよ。 自由律俳句は、端的に云えば、そこに直接語られてはいないイメージの広がりがあるかどうかが決め手ではないかと私は考えていて、その点でいえば〈正直になれない街を歩く〉に、反抗期の少年のささやかな不良性みたいなものを感じて好ましく思いました。 (お酒に溺れれば、山頭火になれるのなら。)

2020-07-26

よびなさんが仰ってる「格闘ゲーム」という感想には脱帽で、吠えたり燃えたり右左右とやったり、ほんとに格闘ゲームだな、と。 しかし私はこの作品から、孤独感を覚えました。それはかならずしも(ALONE-ALONE)とひとりほえているからではなくて、それこそ画面のなかの格闘ゲームに没頭しているかのような、孤独な遊びを感じたからです。変な詩だと思われるかもしれない、まともに読まれないかもしれない、にもかかわらずここにこうした奇天烈な作品を投稿したのは、読んだ人のなにかしらの反応を冷笑的だとしても期待して、ひいてはなんらかのコミュニケーションを暗に期待していたからではないか、そこに作者の孤独感がひねくれたかたちで露出しているように思えたのでした。それは『あいさつ-アイドル-ビーレビュー』にも通じるのですが。詩の愉快犯、とでもいえばいいでしょうか。 といっても衒学的な作者のことなので、私の読み解けていないところはあるかもしれませんけどね。笑 この感覚は鈴木志郎康のプアプア詩に似てるかも、と思ってちょっと読み返してみたら、違った。プアプア詩は過激で奇天烈ではあるけど、そのエネルギーはひたすら〈生命〉に突進している。安易に比べるわけにもいかないけど、なるみんのこの作品はエネルギーの方向性が散漫としているように感じられる。やはり冷笑的な遊びだからなんかなあ。 (【史上最長】-全裸パークに行ってみたwww)

2020-07-22

なるほど、土偶をテーマに書かれた詩なのですね。土偶は、特定の人物をモデルにしたというよりは、女性性そのもの、母性、あるいは地母神としての大地を象徴的に具現化した像ではないかと私は考えていました。そうした祭祀的な面も深く掘り下げてもらえたらよりおもしろかったかもしれないと思いますが、遥かな時を越えて現代に見いだされた土偶はその虚ろな目でなにを見るのか、興味深いことではありますね。 (偶像)

2020-07-20

刺激的な朝とはどんな状況だろう、刺激的な夜ならなんとなく思い浮かびますが、考えてみれば刺激的な朝というシチュエーションはなかなかないような気がして、それこそ感性を刺激されるフレーズでした。 自我のルオー化も、いいですね。自意識にアーティスティックな特別感をいだくようで。もしかしたらここは、ルオーでなくてもピカソでもマチスでもゴッホでも通用するのかもしれませんが、ルオーだからこそ絶妙な存在感が醸し出されている気がします。 背が伸びていくことは比喩的に、自我の増長だと捉えることもできますね。 ジョー、欧米人には珍しくないであろう名、ありふれていて、だからこそ透明だといえて、たとえばネットで検索をかけても「ジョー」という名だけでは目当てのジョーを捕獲することは難しいのではないでしょうか。ルオーがもはや特別な名であったこととは対照的で、ジョーという名は模糊としています。 特異である刺激的な朝の訪れをはじめとして、自らの特別感を意識する自我、それらとは裏腹に、無意識下では平凡こそを求めていたのかもしれない、そのように読み解いてみました。 (朝)

2020-07-20

三連目までがとくに、確かな詩情に胸を撃たれる思いです。 いつもの鳥のやさしい音が今日は誰かの世界が終わったかのように聞こえたり、現実逃避の類型は人の形をしていたり、みんなで鳥になってしりとりをしたら言葉が人にはわからないから永遠があるよ、といった発想の飛躍は詩以外のなにものでもないと感じられます。繊細な感受性をもっておられますね。 (酩酊)

2020-07-19

冒頭はなにか神経を昂らせる状況かな、次はなんらかの飛躍を志向するような場面、そして最終行の「あなたは好きです。」 告白かあ、と腑に落ちたところでタイトルに帰ると、「あの」は戸惑いながらも勇気を振り絞るときに出た声なのだと察せられました。 断片的な抽象が、最後に象を結ぶ好例ではないかと思います。 (あの)

2020-07-19

冒頭は三行に分けるよりも、断言的なこれは一行で言い切ってしまったほうがかっこよく極まっていたと思われます。 「し」は死あるいは詩でしょうか。いままで信じて疑わなかったものが揺らぐとき、たとえば死は怖ろしくて忌むべきものだという刷り込みが、ほんとうはそうではないかもしれない、それは花火のように打ち上げられるものなのかもしれない、といった思春期の少年らしい懐疑がよく表れている作品だと思いました。 (不信と夏)

2020-07-19

 やわらかな朝6時に イタイ イタイ 私が 無数に結ばれた私が もう1度カタチを宿す 夜=無意識下に溺れていた状態から、朝、まだ混濁しつつも徐々に現実の意識をとりもどしていく、あらためて自らを象っていく。他人、家族、社会、仕事、無数の関係性に繋がれ、知らずしらず生かされている、自分という存在をおもいだしていく。その、朝の明るみと共におとずれる、やわらかな痛み、覚醒。 (cut dead and more)

2020-07-19

とても短いながら、直截的には書かれていない、そこしれない感情の深さをひしと感じさせられました。 (ごめんね。)

2020-07-14

らびっとさんへ ちょっとした異界感を味わってもらえたらいいなと思っていました。引き込まれたと仰ってくれて、うれしいです。ありがとうございます。 (夕暮)

2020-07-14

あささんへ 感性が近いとしたら、とてもうれしいですね。ありがとうございます。 樹皮に手をあてると、なんとなく、樹のなかをながれる水の脈もつたわってくるような感じがして、それが自分のなかをながれる血の脈とかさなるようで、樹も人もおなじように生きているんだな、という感慨がわいてきます。それで、気持ちもかなさったのかもしれません。 (夕暮)

2020-07-14

そこまでわるい詩だとは思いませんでしたね。オルフェウス、あるいはイザナギとイザナミの、黄泉の国から帰還する神話をご存知でしょうか。愛する者を冥界から連れ戻そうとする際、けっして姿を見てはいけないという約束にもかかわらず振り返ってしまい、願いを叶えることはできなかったというもの。意識的か無意識かはわかりませんが、御作には神話の変奏を読み取れて、日の出に背を向けることに後ろめたさや衝動を覚えたのもそのことが関連しているのではないかと思わされました。ただ、始終明るさがあるのが、神話とは異なるところでしょうか。日の出、人生の新しい始まりを、〈君〉は見つめていたのかもしれません。 (日の出に背を向け)

2020-07-12

 言葉には果てがあるのが寂しくてぼくは小鳥が咥えしハモニカ 不覚にも、ここで感極まってしまいました。言葉には果て、たしかにあります。それは言葉がとどかなかったとき、言葉をつくしても心情を理解されなかったとき。 そんなときは、ほんとうに、奏でるしかないです、ささやかで、きれいな音色に想いを託して。 (雨粒)

2020-07-12

文章から、直観に訴えかけてくる微電流のようなもの感じていました。なにかあるぞ、と。これこそ、現代詩を読み解く醍醐味であるかもしれません。 雨雲を思うさま吹き飛ばして、というのは天候魔法によってなのかもしれませんが、比喩的に、暗鬱を晴らして、と願っているようにも読めます。これはまあ詩の書き出しとしてはわかりやすい。 二連目でゲームの世界に転生するわけですけど、「祝詞」なんですね、現実から去ってファンタジー世界へ転生することにたいして。ここに、現代人の病理を垣間見る思いがしました。 ゲームの世界観をもった言葉を詩に導入するのは目立つので、どうしてもそれに注目が集まりがちでしょうけど、その派手な表現に気をとられてしまっては、そこに顕れている心の闇深さを見落としてしまいかねません。というか、あたりまえになりすぎていて気づけないとも言えましょうか、仮想世界に没入することが。  「貴方たちがついてこようとしないからだ、よ。」 ついてこようとしないのは、「体」でもあるのかもしれません。  的になれよ。あたしの。  ((的にしてよ。貴女の。 ふつうに読めば攻撃魔法(他の魔法はすでにバイバイしちゃってるので)をかける標的のことと捉えられますけど、そこに情念を読み取れてしまいました。相互、なんですね。的になれよと言いながら、的にしてよと懇願する。それに「交わらぬ世界にいつまでも夢を見た、〜」というくだりが効果的でした。現実で叶わぬなら、せめて仮想世界の交流で、《経験値》(なんの経験値とはあえていいませんが)を積みたいと想うことに、きわめて現代性を覚えます。 (Cleanser)

2020-07-12

「歌」という字をながめていました。そこには「口」が二つ、「人」もいますね。歌は、人によって、口々につたわっていくものなのかもしれないな、と思いました。それがはじめは、ごく個人的な、だれかに捧げる恋歌だったとしても、愛をうたった和歌が千年以上もつたわるように。あるいは織女と牽牛という、ある恋人同士の物語が万人へ伝播し、そこに自らをかさねて、七夕に想いをめぐらすように。 (歌)

2020-07-12

泳ぎ上手でもなければそこまで辿り着けそうもない、沖合の澪標、だからこそ、いまは憶い出すことはあっても辿り着くことは難しくなった、郷愁とかさなるのかもしれません。 短詩が得意そうな書き手さん、  かつての私が揺れていて で終わっていても、シンプルでよかったかと思います。 (郷愁)

2020-07-12

黒髪が象徴的な作品ですが、純白の制服、色香に目覚める十代後半の夏、つまりは刹那の純真が含意されているのかもしれません。 文章表現への実直な意思が感じられました。 (夏の制服、純白の黒髪。)

2020-07-12

新しい詩作の境地を開かれましたね。もともとが歌であったせいか、たしかにリズミカルな印象です。しかし形式に合わせて書くと、音韻は整えやすいかもしれませんが、そこに詩としての言葉の必然性が問われることがあります。つまり音韻の調節のために余計な言葉を費やして冗長になっていたり、表現が凝っておらず安易になっていたり、など。ところが千才森さんのこの三作品は、無駄な言葉を感じさせられませんでした。平叙な言い回しはあるものの、それが余剰かといえばそうではなくて、限られた文章量で物語をスムースに読んでいけるように、うまく練られていると思いました。 『×× (ペケペケ)』がとくに好きですね。感情をかさねることができました。なぜだろう、作中のどこにも「雨」はえがかれていないはずなのに、しとしとふる雨がにあう詩だと思いました。それは登場人物の泣いていた感情のせいかもしれませんが。  帰れない 魚のようだと もしかしたら鳥でもよかったのに、ここで魚とされたことが効いたのかもしれません。雨がふりこめて、まるで水中のなかにいるかのようになってしまった情景を連想できたのかな。 雨の夜の街、レインコートに身をつつんだ者、それは人ではないあやかしが、慕っている人に逢いにいきたくて、人の世界にまぎれるためにした変装、みたいな想像をしてみました。 (リズム合わせ歌(100パーセント書き換えた替え歌) 3作品)

2020-07-12

みやびさんへ 面白かったと言ってもらえて、癒される思いです。なにかしら愉しんでもらえたなら、それで嬉しいです。ありがとうございます。 (夕暮)

2020-07-11

千才森さんへ 実験作にみえましたか。じつは、『いつのまにか』は2017年10月に、『夕暮』は2018年7月に書いた、過去作なんです。なのでどちらかといえば、これらの作品を投稿することのほうにより実験があったのだと思います。『いつのまにか』は詩にあまり詳しくない方にも親しんでもらえるように、『夕暮』は、千才森さんも「見る目、視点の置き方は凄く好き」と仰ってくれましたが、まさしく千才森さん受けを狙っていました。笑 独特な改行は、文末をより強く印象づけるための方法でした。くどく感じられたかもしれませんが、私としてはむしろ、文体を統一したかったですね。 「曖昧になる刻」というテーマしか汲み取ってもらえなかったようで惜しいのですが、この作品に私が秘めていたのは他にも、ともだちが減ってしまった(と、そのころ感じていた)想いだったんですね。それが、夕暮の神社にいたとき、わっと湧いてきて、この詩になったのでした。 (夕暮)

2020-07-10

光る比喩や表現が鏤められていて、とても良いなと感じました。自殺を考えることを健全な精神を持っていると言い切ってしまう感性も好みです。 ただ、文章に詰めの甘さが見受けられるのは惜しいです。一例として、8月が夏なのは一般的にあたりまえですから、これは表現の重複を削れますね。 断章的な作風ですけど、いつかまとまった小説も読んでみたいと思わされました。 (ピンクアディダス Pt.2)

2020-07-08

この作品の興いところは、骨折(と思われる)により受診する〈現実〉の場面をサンドイッチするように、〈幻想〉(だと私は直観しました)としての僧堂の場面がえがかれている構成だと思います。 村上春樹の長編小説『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』も、現実と幻想世界を交互に、アナロジーを含みながら話が進んでいく構成ですが、それに近い発想を感じました。 (#LIVES)

2020-07-08

生活のなかに顕れる四十億年前の海、現実のなかの幻想が、書き方として巧いなと感じました。 題名にもなっている『卓上の海』という主題は、作品半ばですでに書き切ってしまっている感があります。後半はその余剰、言い換えると間延びした宴のようなあそびがあるような。詩としてはこの半分ほどの内容でもソリッドに主題を訴えることはできるでしょうが、どこか物語的な後半の盛り上がりが、この作品の興さなのかもしれません。 最終行は、行動に飛躍感がありますね。ちょっと突飛な気はするけど、それがこの作品をピリッと締めているようにも感じられます。 (卓上の海)

2020-07-08

「雲は遠くから見るもんさ」この一言がなかなか秀逸な効果を出していると感じました。わたあめのようにふかふかしていそうな雲に、童心のころは誰しも夢見ることはあったでしょうが、雲のなかに入ってみれば霧とおなじで実体が掴めない、遠くから見ているときだけそこに理想を投影することができる。この作品における《君》も、まさしくそのように主人公の理想の投影であり、美しいけど実体を掴むことのできない、ふたしかな夢のような存在なのではないかと思いました。  まるでヴェルタースオリジナルのコマーシャルのような つまりは、フィクションの郷愁のように。  最後一個だけになった  サクマ式ドロップスの缶のように  カランと楽しげになるのです。 甘いけど、そこはかとなく虚ろな響きも感じられる、夢見のような作品でした。 (拝啓、イタズラ好きの君へ)

2020-07-07

すみません、最初のほうにも「雷鳴の」とあったことに気づきました。この言葉は思い切って削っていたほうが、詩としての奥深さが増していたと思われます。 (頭上に潜む革命の手)

2020-07-06

どの詩行からも、あるいは題名からも、泛かび上がる《雷》の鮮烈なイメージ、轟いていますね。惜しむらくは、最後のほうで「雷鳴の」と顕してしまったこと。この一言がなければ、「雷」という語を一切用いずに雷を表現した詩として、完璧だった。 (頭上に潜む革命の手)

2020-07-06

帆場さんへ こちらこそ、熱くなって言い過ぎてしまったようです。しかし、おたがいの美学について突き詰めて議論できたことは、有意義な経験になった気がします。というより、こうした経験から意義を汲み取っていこうとすることが大事なのかもしれませんね。ありがとうございました。 (化鳥のうた)

2020-07-06

的盧さんへ 古風なものがわりと好きなので、そうした感覚が伝わったのかなと思います。感想をありがとうございます。 (化鳥のうた)

2020-07-06

タイトルの「だだ!」はダダイズムを意識しているでしょうか。だだ!、っと想いを書き殴った作品に読めなくもありません。「希望あるいは生きがい」さえも虚無的に消費される現代社会そのものにダダイズムを観じてしまうことは、なんら不自然ではないと思います。どうせいずれは死ぬのなら、熱く生きたい、という内奥の想いを感じずにはいられませんでした。 (だだ!)

2020-07-05

帆場さんの仰る「美」は真実が伴っているのであり、いわゆる「綺麗」は真実が伴っていない上辺だけの飾りだということが解りました。明瞭に語っていただき、ありがとうございます。 そのうえで、作品の「真実」は作者にしか知り得ないものでしょう。なので読者の感じたままがその読者にとっての作品の「真実」であるともいえるわけで、帆場さんがこの詩から虚飾の「綺麗」さしか感じられなかったとしてもそれが主観的な「真実」であり、それを否定することはできません。 ただ、自らの知り得ないことにたいして真実ではなく虚飾でしかないと切り捨てるのは、横柄な判断であるといえなくはないでしょうか。 つまり共感できなかった、あるいは感情移入できなかった、理解できなかった、だから真実はないし、虚飾でしかない、そうした独断のもとにしか作品を鑑賞できないとしたら、想像力や感性の貧しさを覚えて淋しい気持ちなります。 (化鳥のうた)

2020-07-05

普段ならこのように作者様へ質疑をなげかけることはほとんどないのですが、ここのところ想うことがあり、不躾であると自覚しながらも質問させていただきました。有意義なレスポンスを、まことにありがとうございます。御作の読み方の幅が広がりました。 (2020年-詩人追放)

2020-07-03

エイクピアさんへ 直ぐには意味を捉えられない詩語、そこに疑問を覚えながら読まれることはとても自然なことだと思います。それらにこめた想いがないわけではありませんが、興味をいだいていろいろ思っていただけたなら、それだけでもうれしいです。ありがとうございます。 (化鳥のうた)

2020-07-03

きこりがなぜ、明るい日中ではなく、まだ日の昇らない夜にわざわざ木を伐らなければならないのでしょうか。 木を伐り倒すのを俟たずに、明るさに身を任せたくて走りだしていく、つまりその場を離れてしまっては、一本の木を伐り倒す目標も達成されていないのではないでしょうか。 そのうえで、この世界なぎ倒すからね、と云われても説得力が足りないのではないでしょうか。 これらはイメージの破綻を詩に活かしているというよりは、単純にイメージの連関がうまくいっていないように見受けられてしまいました。 ただ、象徴性に託したであろう作者の希望のようなものは伝わってきます。 (きこり)

2020-07-02

宮沢賢治の『手紙』が念頭になければ正しく読めないとしたら、それは読み手を考えている作品といえるのでしょうか。そもそも作品は読み手を考えなければいけないのでしょうか。深く読み解かなくても、あるいは読み解きが作者の思惑とは異なっていたとしても、その文章表現に惹かれた方もおられるでしょうし、そうした表現を読み手が思い思いに愉しむだけでは不足でしょうか。 以上、この場に資する文学的に価値ある応答を期待して、質疑を述べさせていただきました。 (2020年-詩人追放)

2020-07-02

帆場さんの「綺麗な細工ではあると思うのですが、それから伝わる美や実感がなかった」という発言には些か違和感を覚えたのですが、そう仰られるからには、「綺麗」と「美」は異なるものだという観念をもっていらっしゃるのでしょう。「感傷を美麗字句で飾ってしまったように感じます」とも仰っていますが、この発言に含まれている「美麗」もおそらく帆場さんの仰る「美」とは異なるものなのでしょうね。しかしそうした観念の差異を客観的に明確化されない限りは、どんな批評も主観的な意見に留まってしまうのではないかと思われます。 『ハルピュイア』について興味をもっていただき、感謝しています。あの作品は詩友との連詩によって書かれたもので、それこそ詩語の「綺麗」さや「美」を主眼にしており、そこに感傷的な想いをこめていなかったわけではありませんが、言葉の意味よりもシュルレアリスティックな連想を愉しんでいました。そうした観点からすれば、『ハルピュイア』も『化鳥のうた』も、真意が解らなくても耽美的な言葉やイメージを愉しんでもらえたらいいという、同系統の詩であるといえます。もちろん愉しんでもらえなかったとしたら、感性や価値観が異なるのでしょうし、それはそれで仕方ないのでしょう。 (化鳥のうた)

2020-07-02

〈言葉〉としての買春や青春といった語への素朴な疑問、この着眼点にまず惹かれました。詩や文章を書く人ならとくに、〈言葉〉そのものに繊細な感覚をいだいて然りだと思われます。しかしそうした言語の考察のみで終わるわけではなく、「じゃあ、年老いた春は何色だと思う」といった、たとえばまだ年齢的に経験していない晩年の恋などに思いを馳せるかのような人生への想像力が、この作品をより味わい深くしています。 そして終盤の、偉人の死後に手紙や日記が本におさめられて値段が決めて売られることについて、私たちが後世に残したいと思うものを存続させることへ賛同する意思表示としてお金を支払うという考え方には好感をいだきました。寺山修司は「死んだ人はみんなことばになるのだ」と云ったそうです。もちろん亡き本人がどう思っているかは知る由もありませんが、〈ことば〉や作品として死後も存在することができたら、とくにクリエイターは冥利につきるのではないかと思われます。すくなくとも自分だったらうれしいです。 その、人の存在証明という深遠な主題へ、講義への出席といったわりと身近なモチーフから展開されていくことに、この作品の醍醐味があるのではないでしょうか。思想というと小難しいですけど、それを編み上げるやわらかで読みやすい文体には、手練れた力量を感じます。 (しゅっせき)

2020-06-30

 病室のカーテンを開けたら、  ちゃんと雨がふっていた 外界のあたりまえの自然現象を、あたりまえには感じない、主体の鎖された心境と感受性の高さが伝わってきて、平叙でありながら沁みる文章です。 感情を顕すことが鈍くなってしまえば、放恣な感情にまかせて泣いているような雨には、自らの心象を代弁してくれているような感慨を覚えることもあるかもしれない、などとも思いました。 (以上でも、以下でもない)

2020-06-30

宮沢賢治の『アメニモマケズ』は、作品というよりはメモ書きだったそうで、賢治は法華経に傾倒していたこともあり、そのアメニモマケズのメモ書きには「南無妙法蓮華経」とも書かれていたそうです。宗教性もありますし、教科書など一般の目にふれるときは削除されていたのではないかと察せられます。「ナムサダルマプフンダリカサスートラ」は、南無妙法蓮華経のサンスクリット語の音訳ですね。 賢治の有名な『アメニモマケズ』だって、もとはメモ書きなんだから、詩を書こうとしなくたって詩は生まれるんだと、それなら詩人なんて肩書きはやめちまえ、と、いわゆる〈詩人〉を揶揄しているように感じられてしまいました。 冒頭は、下駄箱から靴が盗られていたというような、いじめを受けている小学生を思い浮かべました。そこで『アメニモマケズ』の精神とも重なる思いがしますが、豚が人間を食う、主体の鬱屈した心理から表出したかのような夢が不気味で、一筋縄ではいかない読後感。 感情移入するというよりは、宮沢賢治に関する衒学的な要素のほうが強く感じられましたが、夢想的な描写と骨太な筆致には、引き込まれるものがあります。 (2020年-詩人追放)

2020-06-29

ABさんへ まさしく、異界へ入り、そこから出る、というような意味合いで、始めとまったく同じ詩行を終わりに反復していました。行きはよいよい帰りは〜ではありませんけど、同じ踏切を渡ることにも、始めと終わりで感じ方が異なっていたとしたら、本望です。 (夕暮)

2020-06-27

あんさんへ ほんとに、タイトルをもっと創意工夫できたらいいなと思っていたのですけど、いじってもかえって安っぽくなってしまうようで、それに『夕暮』という語にはもともと深い含意性がありますから、これはこれで合っているのかもしれないと落着しました。 (夕暮)

2020-06-27

横山はもさんへ その二行は、ものの境界が曖昧になる感とあやかし感をより醸し出したくて思いついたのでした。それが功を奏したようで、幸いです。 (夕暮)

2020-06-27

ありがとねー。 (めかりどき)

2020-06-27

人の気持ちもわかろうとしないで、なんて言う人自身も人の気持ちをわかろうとしていなかったり、そもそも気持ちをわかってほしいのかどうなのか、そんな人たちばかりが集まっている中央公園という場、そこにはソーシャル以前の根本的なディスタンスがあるように思います。けど、わかるとかわからないとか、そんなのべつにいいから、集まったもん同士で笑いあおうぜ、なんていうハッピーなメッセージがこめられているように感じられました。それはなにも、中央公園のことに限ったわけじゃあなく。 (「中央公園より」)

2020-06-27

帆場さんへ はじめに断っておきたいのですが、泉鏡花『化鳥』の感想としての詩ではありません。大変失礼にあたるかもしれないのですけど、あくまでお借りしたに過ぎず。それでもこの詩を機に、泉鏡花の作品を読み返していただけたなら、とても嬉しいです。詩に書くことで、化鳥に興味をもってくれる方がいたらいいな、とも思っていましたから。 ではなぜ化鳥にこだわっていたのかというと、(ほんとうは胸に秘めておきたく、語ればすべて明かしてしまうようで気は引けますが、ここまで強く追求されてしまえば致し方ないでしょう)これは以前、『ハルピュイア』という詩を共作した方を偲んで書いた詩だからでした。ハルピュイア、鳥と人のあわさったような幻想的な存在、それは共作であることをも象徴しているようで、なおかつ慕っている羽の生えた女性というモチーフが泉鏡花の化鳥とかさなったわけです。といってもこれらは詩に託したごく個人的な想いですから、読まれる方には関係ないといっても過言ではなく、感情が動かされなかったとしても仕方のないことで、ただ音信不通になってしまった詩友に届いてくれたらと、まさしく折鶴に祈りを託すような想いで投稿した次第です。 また、感情を動かされることだけが詩の良し悪しを量る基準だとは思っておりません。千才森さんへのお返事とも重複しますが、真意は解らずとも、そこになにかしらの美を感じてもらえたら、この詩はそれでいいと思っていました。 参考までに。 『ハルピュイア』( https://www.breview.org/keijiban/?id=3338 ) (化鳥のうた)

2020-06-26

「忙」しいという字は「心」を「亡」くすという成り立ちだといわれますが、仕事と生活に追われて心を亡くしてしまいそうな日々の合間に美容室でかけたパーマ、ささやかな変化、ささやかなお洒落、その髪が乱れたときに気づいた、自分にもたいせつにしているものがあったのだという感情、髪は女の命ともいわれますけど、心をまったく亡くしていたわけではなかったのだと知ってちょっとうれしくなった、そうした心の機微がつよく印象に残る、すてきな詩です。 (わたしの髪は生きているのかもしれない)

2020-06-26

千才森さんへ 正直な感想をありがとうございます。 これらの言葉に関する色や味をほとんど持っていない、というのはさもありなんと思います。なぜならタイトルにもなっている『化鳥』は、泉鏡花の作品からお借りしていて、おそらく作品を知らない方からしたら、なんのことかわからないはずなんですね。他にも、アメジストが砕けた夢をみたことがある方なんてほとんどいないんじゃないかと。だから、これらのイメージに共感できる方は少ないはずです。 『音のない町』は、誰しもいつかどこかでみたことのありそうな景色、雨のちいさな町をえがいていましたから、まず共感しやすくて、作品の世界に入りやすかったのだと思います。 このまえも千才森さんに話しましたけど、真意が解らなくても感じられるものがあるのが私にとっての詩の一つの理想で、綺麗な印象を受けてくれたなら、それだけでも嬉しいです。 * 言葉遣いは難しくないけど、読み解こうとしたら難解な詩。解説がなければ読めない作品は優れているとはいえないと批判もあるでしょうが、絵画を鑑賞したとき解説を読んでその奥深さを識るように、詩を読み解く愉しさもあると思うので、本作についても少し語ってみたいと思います。 千才森さんの気になっていた最後について。 ありあけの月は、朝日が昇ってもまだ空にある月のことで、本来なら出会うことのないもの同士の逢瀬をその光景に託していました。 金星は、明けの明星ともいわれ、これはのちに悪魔に堕ちた大天使ルシフェルの異名でもあり、先のありあけの月とあわせて、麗しい関係性のなかにもある過失=汚点といったものを表現していました。 化鳥は、泉鏡花の同名の小説に出てくる羽の生えた美しい女性で、主人公の男の子は幼いときに命を助けられてからその幻想的な女性のことを忘れられず、いつかまた逢いたいと願っていました。幻の女性像、といった意味合いでしょうか。えがいてはきえるのは、裏をかえせば、きえてはえがくともいえるわけで、人は恋にやぶれてもまた何度でも恋をしてしまうものなのかもしれません。 とまあ、いろいろ詰め込んであるわけなのですけど、初読でイメージに興味をもってもらえなければ伝わるものも伝わらないのは、惜しいことでもありますね。 詩は、実際に読む時間は短いかもしれませんが、読み解こうとしたら、ある短編小説かそれ以上に時間がかかることもありそうです。その時間を好ましく愉しいと感じらるかどうか、あるいは読者にそう感じさせてあげられるかどうかが肝心なのかもしれないな、と思いました。 (化鳥のうた)

2020-06-24

古ノ蓮さん、ご返信ありがとうございます。 私は空想を否定していたわけではなくて、実感が伴っていないことを批評したんですね。どんなフィクション作品でも、鑑賞していてそこに実感がなければ、空々しく感じられはしないでしょうか。むしろ空想だからこそ、そこに説得力をもたせるために、実感のある描写が重要ではないかとさえ思います。それにどちらかといえば私も空想が好きだったりします。 小説の原石を生む、とてもステキだなと感じます。これからも作品を愉しみにしていますね。 (チューベローズ)

2020-06-21

このお話の発想は好きです。その上で、獏と再会できた起因や経緯を、明示的には語らないとしてもせめて想像をひろげてくれるような示唆がほしかったですね。 四コマ漫画、というには起承転結が薄いですが、本文を要約したみたいで味わいのある、こうした吹き出し付きのコマ割り画像の投稿は史上初ではないかと思われます。 (僕の獏、獏の僕)

2020-06-21

詩が読まれないことへの問題提起を内容にした作品が話題になっているいまこのときに、なんとも挑戦的なタイトル(おそるおそる、足を踏み入れてみる) で、読み始めてみると、なぜかゲーム配信の話で、くらりと幻惑されます(しまった! 千才の森のトラップにかかった!) ひょんなことから始まる、みんなでポエムつつきのコーナー(てごわいやつが姿をあらわしたぞ) まさかの缶コーヒーの欠伸へのツッコミ(笑) 森っち、いや、千才森さんの『裏庭に居ます』は、緑陰の風情を感じられるので、きれいな声で朗読されたら、たしかに癒されそうです。ヒーリング音楽とも相性がよさそう(魔法によりステータスねむり状態へ・・・ 千才の森の攻略失敗!) この作品と題材がちょっと似ている花緒さんのあの作品は、内容もコメント欄もなかなか辛辣だったので、今度は読者を愉しませたい、という千才森さんの明るい気持ちが感じられましたよ。詩の問題を小難しく考えるよりも、考えてもいいのかもしれませんが、どちらかといえばおもしろがることがこの作品には相応しいのかなと思って、私も愉しみながらコメントしてみました。笑 花緒さんの作品からの文脈で捉えることはできますけど、別物として愉しんでくれる方が多ければいいなと思います(千才の森をいつか攻略できるように、ここでコンティニューボタンを押す) (詩を知らない人になるべく批判されないよう強制的に読ませて考えさせ一緒に楽しむ1つの答え。金を積んで依頼する編。)

2020-06-21

暗殺術に手を出した幼女がどうみてもフィクションで、他の二人は実際にいないこともないかもしれませんが、醜い世の中とはいっても、ここにえがかれているのは現実というより空想なのではないでしょうか。実感を伴わない、たんなる観念の遊戯に留まってしまっている作品だと思います。前作がよかったのは、象徴性に実感が宿っていたからでした。 (チューベローズ)

2020-06-20

歯のある膣をもつといわれる伝説上の存在、この作品にえがかれているそれはイソギンチャクを思わせる。たとえばモンスター図鑑に挿絵と共に載っていたら映えそうな、ヴァギナ・デンタータについて書かれた詩。はたして、書かれていることは、ほんとうにそれだけだろうか? 感じたのは、虚無。破滅的に貪り喰うそのさまは、自由に愉悦的であるといわれても、まるでなんら感情を伴っていないかのように淡々としている。 ことの間 ずっと深海のことを考えている 喜びも悲しみも、罪悪感さえもないかのように。あるのは、屠った跡に、引いていく血の赤。この作品の無気味なニヒリズムは、欲望に衝き動かされる人間の暗部を照射しているかのようです。 (ヴァギナ・デンタータ)

2020-06-19

天使のコーヒーは、飲み干したらそこでおわりかもしれない、永遠の雨なら、相手といつまでもこのカフェにいられるかもしれない、なんてことを思いました。しかし、雨はいつかあがってしまうように、ほんとうは永遠に一緒にいることなどできないのだとわかっていて、だからこそいまこのとき雨のコーヒーに、こころのなかの永遠の天使に、悲しい願いを託したくなったのではないでしょうか。お洒落な作品ですね。 (angel coffee? eternal rain?)

2020-06-18

過去をふりかえるとき、現在の境遇と比べて過去の思い出が善ければ善いほど、現在の悲しみも深くなる、それを病と名づけているのだと読むことができました。「善い」というのは、道徳的に優れていることですから、この作中主体は現在は悪に手を染めてしまったのだと解釈できます。その道徳的な負い目を感じられている限り、人間性は失われてはいないといえるのでしょうね。 ところで、ボードレールの詩集『悪の華』の原題『Les Fleurs du mal』は、訳すなら『病める花』としたほうがニュアンスとしては正しい、という見解を読んだことがあります。そこに御作との対照性を感じたのは、偶然でしょうか。 (病の花)

2020-06-18

ピンクフロイドの『狂気』のようにどこまでも広がる青い空、 個人的に、この表現が好きです。かのアルバムアートワークにはなじみがありますが、はてしない青空にどこか狂おしさを覚えるようなときもたしかにあって。 ただ、全体的に、だらだらと語ってしまっていて、冗長の感が否めません。それが単調に繰り返される日常の倦怠感を表しているともいえますし、だからこそ先の表現が光っているともいえるかもしれませんが、詩としてはやはり、もっと研ぎ澄まされたクオリティが欲しいところです。 (蒼鉛色の街)

2020-06-17

フランス文学を読んでいると目にすることのあるサンチーム、たしか通貨の単位ですね。小説などにえがかれているパリでの生活のような、優雅な人生を夢見ていたけれど、現実はそうはいかなかったのかもしれないなと感じられました。 四色の意思表示は、喜怒哀楽の感情でしょうか。 書物と人生をかさねている主題が、わかりやすくきれいにまとまっている作品だと思います。 (サンチームっていくら)

2020-06-17

お誕生日おめでとう。 あらためて気づかされましたけど、同じ月日でもその年ごとに曜日は変わるんですね。本作も、幼いころから今までの誕生日のことを日記調に書かれているのかなと感じました。幻覚的なのに生々しいところが、おもしろい。あえてちょっと変わった角度からこの作品を捉えてみるなら、月曜日から日曜日まで、つまり毎日が新しい自分の誕生日であり得るのだ、と云っているようにも思えました。夢うつつさんに、syrup 16g の名曲『Reborn』を贈りたいです。 (うちで踊ろう)

2020-06-16

タイトルが伏線になっていて、マスクが素顔を覆うように主人公も本心を明かさず、海につきあおうとするところがにくい。最終行で、浮かれる俺は一人だけ潮の香を嗅ぐ、と新しい恋愛を期待している様子が伝わってくる。片想いという意見もありますが、海に誘いかけてきたのは相手の女性ですから、もしかしたら相手にもその気があるのでは、と思ってしまいますね。都会に降る雨はそれほど澄んではいないかもしれないけど、人間らしさがあるようで、そこに心情が重ね合わされているような印象の深さもありました。奥ゆかしさのある作品です。 (マスクの中で溺れている)

2020-06-15

この作品を詩にしている決め手は、最終連にあると思います。写実だけで終わるのではなく、そこに生き様が表れている。有為転変の世の中にあっては、行雲流水のこころでいるほうが理に適っているのかもしれません。爽やかな沢の風が吹いてくるようです。 おそらく、この詩投稿サイトに対しても、愛着はあっても執着はしない、という姿勢で作者は向き合っているのではないでしょうか。 (緑の石橋)

2020-06-14

とてもドラマチックな朗読でした。文章以上に、発せられる声の抑揚から、物語性を強く感じられます。 (ママンへ(音声版))

2020-06-14

冒頭の、餅と幣の白いアナロジーが幻想的ですね。 迅奈良とは、何者なのだろう。おっちゃんで、毒の棘があり、神憑り、人と妖怪のあいだのような存在なのだろうかと思わされました。描写が少ないのは、それが登場人物たちにとってあまりに身近な存在だからわざわざ語るまでもないのかもしれないとも考えましたが、本作の核になっている存在ですから迅奈良についてもっと知りたかったです。しかし、こんなに情報量が少ないにもかかわらず、この存在感の大きさはなんなのでしょう。これはこれで、曖昧な描写から読者に好きに想像してもらうのもいいのかもしれません。 (迅奈良と幣 (じんなら と ぬさ))

2020-06-14

帆場さんへ 最近はわりと難解な詩をよく書いていた気がするので、あえて思いっきりわかりやすい詩を投稿してみました。 狙いとしては、詩にそれほど詳しくない方や、詩をあまり読んだことのない方に愉しんでもらえるように、でした。なので、帆場さんから一番にコメントをいただいたのは、ちょっと意外です。 ご指摘の最終連は、たしかに作者自ら結論づけてしまっていますね。ただ、本作の主眼はわかりやすさに徹することでしたから、最終連は正直な落とし所ではあります。メッセージ性の高さからいえば、詩よりも恋文に近いかもしれません。 はじめから読者に解釈を託すつもりなら、本心をきわめて韜晦させている『きのうとあしたのおどり場で』や『化鳥のうた』のような詩を書いていたことでしょう。 ところで、本作は匿名で投稿するつもりだったのですが、うっかりしていました。なにげに気恥ずかしいです。笑 (いつのまにか)

2020-06-12

自然の光景のなかに仏性を観じるその心に好感をいだきました。 短い詩であるからこそ、対比が際立っているといえます。 (夜明け)

2020-06-10

ABさんへ ご自身にかさねて読んでいただけたようで、ありがとうございます。孤独感を共有できたら、それはここにえがかれている顔を合わせることも言葉を交わすこともない一人たちの内の一人であったからかもしれません、なんて。 (一人)

2020-06-10

「加勢する」という言葉は不適切だったと反省しています。申し訳ありません。 たしかに夢うつつさんの語調は些か粗暴ですが、私はけっしてその態度について味方したわけではなく、発言の要旨である映像に関する意見には共感するところがあり、しかし言動の粗暴さによって意見がうまく伝わらないことが惜しく、夢うつつさんの意を汲んであげたいと思ったからでした。 軽率かつ言葉足らずであったことをお詫びします。失礼致しました。 ((動画投稿)Maximum_Fucking_Poets #1)

2020-06-10

随筆だけど詩情が宿っていて、好きなんですね。詩心があれば、たとえ散文を書いても、そこに詩が感じられる。逆をいえば、詩から逃れられていない。そのことを否定するわけではなく、詩に囚われているからこそ詩人なのではないかとさえ思います。ただ、作風を随筆に変えただけで、詩ではないものを書いたつもりになるぐらいなら、どんな作風でも詩になり得ると主張するほうがかえって潔いのではないかと思いました。 (雨の色(随筆))

2020-06-10

夢うつつさんに加勢するようですけど、画面上に流れてくるコメントが映像を低俗にしてしまっていて、それは意図的な演出だとわかるのですが、やはり女優さんの真摯な演技のみで映像作品としたほうが潔かったのではないかと思います。 夢うつつさんの意を汲むと、女優さんの演技に感心したからこそ、その他の演出が粗雑で余計なものに感じられてしまって、もったいない! ということではないでしょうか。 ((動画投稿)Maximum_Fucking_Poets #1)

2020-06-10

入間ちかa.k.a.なぞみん さん ありがとうございます。何気ない日常の一コマを書いて楽しませられる、と過去に評されたこともありました。そのときの作品も載せておきますね。 『旅館』( https://www.breview.org/keijiban/?id=4196 ) (一人)

2020-06-09

訂正 ×『未明』 ⚪︎『未定』 失礼致しました。 (【たわごと】リンゴ)

2020-06-09

追伸 YouTubeの動画をいくつか視聴させていただきました。すばらしいクリエイティブセンスですね。とくに『嘘』や『未明』といった直近の作品は、詩そのものの叙情性もビビッドに伝わってきます。VTuber詩人、ついに現る。 (【たわごと】リンゴ)

2020-06-09

動画の、朗読をしていくごとに詩の言葉が消えていく、あるいは歪んでいく、という演出が斬新でした。よくある朗読動画では、読み上げる言葉が表示されていきますから。バックをノイズめいた音にしていることもそうですが、映像的なセンスが目立ちます。正直なところ詩の内容についてはまったく頭に入ってきませんでしたが、骸骨を装った人物と、りんご、黒と白と赤、これら象徴性を視覚的に突きつけられるのは、直観にダイレクトに訴えかけてくるように思えます。ただ、モチーフとしては手垢がつきすぎてしまっているとはいえますね。 (【たわごと】リンゴ)

2020-06-09

この動画が詩界隈への挑発にもかかわらず、個人的にはまったく嫌味に感じませんでした。女優さんの朗読されている詩は、なにをかくそう、花緒さん作の『うしのはんすうし』ではありませんか。花緒さん自ら身を削ってこの動画作品を創った、それは詩への愛以外のなにものでもないでしょう。また、花緒さんの詩だということを知らずとも、この女優さんの誠実な演技には見とれてしまいますね。なかたつさんも指摘されておられますが、この動画の嘲笑は演技であり、それはスマホ片手に真剣に詩を朗読する姿からも感じられます。ほんとうに詩を侮辱したいなら、こんなにまじめに朗読なんてしないはずですから。そして本文の最後、みうらさんの『imagine』へのオマージュは決定的でした。私は本作を、みうらさんのとき同様に反語として受け取ります。詩人よ、詩に興味ない人の心を動かすほど優れた詩を書いてみせろよ、と。 ((動画投稿)Maximum_Fucking_Poets #1)

2020-06-09

一首目が、花より団子って感じで好いですね。この短歌は、始めではなく終わりにもってきたほうが、よりおもしろかったかもしれませんよ。あおはるな恋愛をえがいた連作の最後に、それとみせかけて食欲でしめる、おあとがよろしくなりそうです。 (《短歌》透きとおる笑顔のままで悲しみが瞳をこぼれる美しい人)

2020-06-07

これ、匿名にした意味あるのかなあ、なんて思いながら読んでいたら、それさえも作品のネタにしていたとは。笑 目を引くのは、視覚詩。最初と最後で、春と冬、恋の始まりと別れ、という対照性がありますね。行を縦に読んでいくこともできるし、外周を読んでいくこともできる。角で語頭と語末がかさなる、言葉遊びがしりとりのよう。上から始まり、二手に分かれて、下でまた結びつく、という構成も示唆的でした。 他にも読み方があるかも。ぱっと見て、直感的に目についた文字が、いまのあなたの心境を表しています、みたいな心理テストも出来そう。笑 麻雀には詳しくないのですけど、調べたら一筒は、一輪の花の模様なんですね。視覚詩はもしかしたら、一筒の模様をイメージしてるのかなと思いました。ともすると、この作品群はそれぞれ牌をイメージしていて、全体として役になっているのかな、とか。なるほど、だから手の内の役満を隠していた、ということですねっ。 いつかどこかで云っていた気がする、妖怪のたくさん出てくる物語も読めて、内容てんこ盛りでお腹いっぱいです。笑 (隠し隠して持ってきたのは、誰しも1度は書く視覚詩で)

2020-06-06

千才森さんへ 詩にはなりきらないけど、思い浮かんだ、詩の断片。書き留めていたそれらを、主題に沿ってコラージュさせたのが本作で、一連ごとに独立した詩としても読めるようにしてあります。なので、時間や場所も、それぞれの連で異なっています。 四行詩は、短詩としてちょうどいいまとまり感があるのかもしれません。起承転結、東西南北、四字熟語、四拍子など、四という偶数には安定感がありますね。 先のコメントでは秘すれば花と云いましたけど、千才森さんにはさまざまな詩を読解する手がかりになるように、語ってみたいと思います。 まず、千才森さんが気づいてくれた、ペアとして存在しているもの、ふたご座や合鍵などにはまさしく、そうした象徴性を託していました。でも、いまは一つきりであること、それが本作の基調になっています。 もう一つの主題は、暗さから明るさへ、でした。きのう=過去から、あした=未来へと。だから、冒頭はうんと暗く(というか不気味)にしてあります。笑  二連目の沫雪は、春先のすぐとける雪のことで、すれちがったひとが外套のしたに菫をひめていたのは、まだ寒いけど暖かな春の予感がそこに香ったからですね、これらは隠喩として。 千才森さんが気に入ってくれた三連目は、本作の〈転〉に位置するでしょうか。地下通路という暗い空間で、明るい季節の到来を実感させる初蝶と出逢う。枕詞は、ある語句のまえにつける修辞で、和歌の始めにもよくみられますね。そうした始まりを予感させる言葉として、ここではつかっていました。おもいだすというのは、その始まりがまったく新しいというよりは再びという感覚だからですね、季節のように。 四連目は、一連目とは対照的な明るい雰囲気です。ななくさ、無病息災や幸運を願うものを数えたのは、そのようなものを期待していたような。春泥は春の暖かい泥ですが、悶々とした想いを泥をこねる様子に喩えました。おどり場といえば階段の上下のあいだですけど、踊りのような陽気な印象もあるような。だけどまだ、きのうとあしたのあいだであり、あしたのことについては余情を出すに留めていますね。読み終えたあとに、慣性として、春風のようなものを届けられたらいいなと思っていました。 ところで、本作と同じ形式で過去に書いた詩を紹介しますね。幻想的な物語風の作品なので、千才森さんなら気に入ってくれるかもしれないな、と思いました。 『ボクラハミンナ』( https://www.breview.org/keijiban/?id=3790 ) 長くなってしまいましたが、作品ともども読んでいただいてありがとうございます。 (きのうとあしたのおどり場で)

2020-06-06

いつも着ていた長袖の上着は薄手のタンクトップに変わった。 この一行だけからも、暑くなってきたことが察せられます。すると、そのまえの一行、 最近とても暑い。 は意味が重複するので要らないといえますね。不要な言葉を見極めて削っていくと、表現に奥深さが増していきます。 春から夏へのうつろいと、感情の機微をかさねた、繊細な作品だと思いました。示唆的なタイトルも好いです。 (蝉の声は、まだしない)

2020-06-05

藤 一紀さんへ この詩はたしかにエロティックにも読めるように書いていましたけど、そのシニフィエはまあ、秘すれば花ということにしておきましょう。言葉を感覚的に愉しんでもらえたら、それでうれしいです。ありがとうございます。 (きのうとあしたのおどり場で)

2020-06-04

ウトイさんへ もっと飛躍や裏切りがあれば刺激的になったかもしれませんが、うつらうつらと眠気をさそわれる心境を詠ったような詩なので、これはこれで単調でいいのかもしれないなと作者としては思っています。 感想をありがとうございます。 (めかりどき)

2020-06-04

藤 一紀さんへ 音の気持ちよさのうちに言葉からゆらゆらした像みたいなものが立ち上がってくる、まどろんでぼんやりしている時の意識と無意識が混ざり合ったような、との感想は、この詩の雰囲気を明晰に言語化してもらえたようで、うれしいです。 季語「めかりどき」についても興味をもっていただき、ありがとうございます。 (めかりどき)

2020-06-04

このタイトルは、ダブルミーニングではないでしょうか。 ほどよい(適度な)加減にさよならをするのか、 ほどよい加減の(関係)にさよならをするのか。 そのどちらでもあるでしょうし、後者として本作を読むとより味わい深いです。ご飯をごちそうになっただけで帰るだけの夜ではなく、もっと濃密な夜を過ごしたい、ほどよい関係にさよならをしてもっと関係を進展させたいという気持ちが、別れ際の文章に滲み出ているかのようです。 (ほどよい加減にさよならを)

2020-06-03

大昔に海賊船が沈んだあたりには、ロマンが眠っているのでしょう。町という現実から一人離れ、暗い海、そこは隠してきた童心の眠る潜在意識の在処と捉えられそうです。 サカナやサメやクラゲと、お父さんが並置されてるのが、おもろいなあ。 こっそり発光するなんて、健気。気づかれないように、ね。 (私だけがいない町)

2020-06-03

体言止めの多用とその隙間に滑らかな用言、それは向き合った恐怖に硬直しながらも合間に息をする、焦燥した鼓動や呼吸の生温かさが伝わってくるかのような文体です。 (恐怖)

2020-06-02

裏庭からおかえりなさい。笑 フロントガラスにくっついた小さな虫から、空や海への視点の飛躍が壮大ですね。その空と海をつなぐものとしての雨の子という連想も素敵です。海、空、あるいはUFOの来た宇宙、もしくは未来、そうした高遠な世界への憧憬が、夢と象徴的に結びついているのかもしれません。 ウインカーに急かされて 舵を大きく切らされた ぐっとくる詩行は本作にいくつかあるのですけど、この二行がとくに印象的でした。ウインカーって、自主的に作動させるものじゃありませんか。その自らの振る舞いに促されて進路を変える、直観的にこうしたいと思ったことに理性的にはどうかなと不安がよぎっても、もう合図しちゃったから行くしかないじゃないかと、とまどっていた一歩を踏み出すような機微が表れていて、共感すると共に細やかな視点が詩的だなと感じました。 UFO(未確認飛行物体)という、未来的で未知なるロマン。その比喩を「こんな大人になるんじゃねーぞ」と、ちょっとひねくれた台詞で伏線回収しているのもよかったです。詩情を掴んでいて、千才森さんは作品の投稿を重ねるごとに着実に現代詩が上手くなっているように思います。 あと、私もたまにやりますが、四行ごとに連を分けているのも、四拍子の曲みたいで安定した読みやすさがあるなと感じました。 追申:六月の選考委員、がんばってくださいね! (『-UFO- 地上の星屑観測船』)

2020-06-01

エイクピアさんらしい固有名詞がまったく登場しないことが、かえって新鮮でした。 (羊と私)

2020-05-31

「絶対に暴力だけは振るってはいけないグループ」に寓喩めいた虚構(フィクション)性が感じられて、それがこの作品のおもしろさをあらかじめ保証し、読み手の興味を引く一文になっているのだと思います。四連で反復する文体とそこでの言葉の変化は、唄を彷彿とさせられます。 虚構性を感じたのは、絶対に暴力だけは振るってはいけないことは、社会通念上は当然だと考えられるからです。少なくとも表向きは。むしろ「限定的に暴力を振るってもいいグループ」があったら、そのほうが特異で、現実には格闘技業界などがそれにあたるでしょうか。とはいえ、ネット上では言葉の暴力が横行しており、本作もその文脈で読めることは承知しています。 人間同士の暴力に限らず、動植物や環境への暴力も考慮に入れると、読み方の幅が広がりそうです。武田地球さんが示唆に富むと仰っているのも、胸奥に万物への慈しみがあるからではないかと思いました。 余談ですが、この花緒さんの作品にぼんやりした賞賛ばかりが続いていくのも、なんだかものたりないような気がしています。もっと議論が巻き起こってもよさそうですが、センシティブな内容を扱っているので、読者も慎重にならざるを得ないのかもしれません。 (GROUP Bの暴力)

2020-05-30

一首目は、衝動的な希死念慮と、即席で安っぽいカップラーメンが、絶妙に響きあっていますね。ただ、希死念慮とタナトスがほぼ同じ意味合いで用いられており、重複していると感じられました。 二首目は、雰囲気だけが先行してしまっているような。具体性に乏しいところが、幻影らしいともいえます。 三首目は、なにかしら精神性を蔑ろにされたのだということが伝わってきます。朽ち腐れているというのが、もうすでに肉体として亡んでいるかのよう。 通底して、心や霊といった、実態は不可視であるけど現象している存在を題材にしているのではないかと思いました。 (と幻影(短歌))

2020-05-24

主題としては、不快だとは思わなかったですね。家父長制みたいな、日本の旧い「家」の生活様式がうすれているのは、よくもわるくも事実ですから。 この作品があまり愉快ではないのは、むしろ風刺の安易な仕方にあると思いました。対象が日本であっても地球であってもそれは変わらず、その名前は というあからさまな直喩が幼稚に感じられてしまいます。安直だからこそ風刺としてのわかりやすさや、インパクトはあるともいえますが。たとえるなら、こどもっぽい悪ふざけを目にして、その浅はかさに辟易してしまうような。もし、詩として風刺をキメるなら、もっと奥深い表現ができたのではないかと思います。憚らずに理想をいえば、風刺を抜きにしても鑑賞に堪える文章であってこそ、詩や文芸の真骨頂ではないでしょうか。 ただ、これを投稿された理由は風刺というよりは作風の問題点を探しあてることに本意があるようですから、たくさんの批評を集めることができたら成功だといえそうですね。 あと、気に入ったのは、大きく太い梁を通した家だった という表現。本州の中央部に連なる山脈は「日本の屋根」とも形容されるほどで、そのイメージが太い梁にもかさなり、主題にするならやはり地球などではなく日本が最適だったのだと感じます。 (現代の)

2020-05-24

Um Fantasma さんへ 投稿するにあたり時世のことはまったく意識していませんでした。もとは二年ほどまえに書いた作品でしたし。でも、いまの社会状況に照らしてみると、なるほど、大胆な主題に感じられるかもしれません。 孤独のグルメ感は、たしかにありますね。グルメポエム、そんなジャンルがあってもおもしろそうです。 (一人)

2020-05-22

追河さんへ 深夜のラーメン屋で、カウンターに横並びに座り、一様に背を丸めている、一人たち。見ず知らずで、その場で交流することもない、それでいて目的を同じにしている。孤立した一人同士でありながらそこに同一性を覚えてしまう感覚は、本文ですでにえがいてありますから、追川さんの詩的だと仰る二行による強調は、たしかになくてもよかったかもしれません。ただ、その二行が本作のアクセントになっていることもまた事実ですね。つぶさに批評していただき、ありがとうございます。 個人的には、散文に詩を見出せないとは、逆をいえば改行さえしていればどんな言葉でも詩になり得るのか、という疑問はありますね。むしろ、散文詩は散文だと言い切ってしまうとしたら、そこになんら疑問をいだかないことに対して危険を覚えます。詩だと主張すれば詩だと信じられてしまうこともまた然り。 (一人)

2020-05-22

速いこと、つまりは効率的なことが、ほんとうにいいことなのか、と考えさせられるようでした。 速いものが過ぎ去っていく国道のかたわらで、自由な海鳥を観察する、朽ちそうな階段という状況で・・・ 現代社会のシステムに、心の隅でなにかしら疑問を抱いているような人物像がうかんできます。深く読めば読むほど、胸に迫ってくるものがありますね。 さらりと読めてしまうけど、たしかな叙情が詰められている。とくに終盤、詩としての情報量が増して、たくさんの砂を詰めた袋で殴られたかのような読後感でした。もう海の生き物ではなくなってしまった、冒頭にも通じる社会での生きづらさ、そのはるか遠くからやってきた自分だけに限ったわけではない命題に、それでも責任をもって答えようとしている、なんて健気なんだろうか。 (速さについて)

2020-05-21

内容としては精神の不安定さが読み取れるのですが、四行ごとに連を分けているこの几帳面な作風からは、むしろ自覚的なものが感じられました。また、自己分析的な主体の態度からも。内実の不安定感と、表向きには形式の安定感、そこにアンビバレントな性質が表象されているかのようです。 (キリエ)

2020-05-20

とても実験的で、おもしろい、詩情の提示だなと感じていました。その辺はもうすでに多くのコメントが寄せられていて、あえていま語る意義はなさそうなので省きますね。 惜しむらくは、COVID-19 であったところの字誤り。これが喉につっかえた小骨のようです。前向きに捉えるなら、それがフィクション性を体現しているともいえますが。たった一文字程度、そこに正統性があるのであれば、訂正を許可してくれてもいいんじゃないかと思いますね、この作品に限らず。ねえ、運営様、読んでいましたら、この機会に考慮していただけないでしょうか。 (ジェームス物理化学/14章-感情論)

2020-05-20

ごめんなさい、どうしてCrazyなのかと考えてしまうほど、本文を読むかぎりでは狂気の片鱗さえない、優雅な内容の作品です。しかし、頭文字をそろえるように軽やかに、さりげなくCrazyと名づけてしまえるところに、長閑さが際立っているようにも感じました。西洋式庭園のあるお屋敷でのんびり目覚めた春の朝、みたいな印象です。 (Crazy chou cream)

2020-05-20

杜 琴乃 さんへ 世にも奇妙な物語のようだと思われたことがとても意外でした。自身の孤独感を表出させたのが本作で、なんら妄想を起こさせるような意図はなく、実体験をもとにして書いていましたから。とはいえ、杜琴乃さんが感じられた不気味さのように、こちらが主題にしたわけではなくても、なにかしら幻想性を誘う読後感をあたえていたとしたら、幻想文学好きの作者としてはうれしい感想です。主題としていた孤独感が伝わらなかったのは、力量不足かもしれませんが。ありがとうございます。 (一人)

2020-05-20

題名からして惹かれますね。この背徳的な魅力ある題名を、安易に本文には登場させずに、宗教的モチーフを通して連関させているのが巧いです。堕天使的ともいえましょうか、誰しも思春期に心当たりあるであろう親への反抗心と、キリスト教の世界観は、相性がいいですね。目覚めていく人間の自我に、焦点をあてた作品だと思います。 (ユダのように)

2020-05-20

最後の一行は、宮沢賢治の詩『春と修羅』の おれはひとりの修羅なのだ という言葉を彷彿とさせられました。 (たび人)

2020-05-18

ガソリンといった昔からある燃料ではなく、次世代の動力で走る、詩、を待望しているのかもしれない。しかしまだ新月、時が満ちていくのはこれから、だろうか。 (都市の新月)

2020-05-18

世界や物語を一から叙述するのではなく、場面を断片的に提示することで、読み手の想像により作品の世界観が組み立てられていくような作風ですね。 ほのめかしというか、想像を誘う書き方がなかなか巧いなと思いました。たとえば、二千年以上前から走り続ける伝令(これにはどこか宗教的な伝道者を彷彿とさせられるのですが)の、話がちがうじゃないか! という期待を裏切られたかのような一言にも、ずっとまえから約束されていたなにかがあったのだろうと推察されます。また、すでに二千年を超えているから悪魔のような姿に見えるのなら、過去には美麗とまでかはわからないけどそれなりに立派な容姿をしていたのではないか、とか。 古代文明的な供犠と、近代的な都会の光景が、融和しているような世界観。ところが現代でも多くの人は食肉にされる動物の命をいただいて生きていて、それが作中の ぼくたち、 新しい一日を得る/それから多くの一日を失う という言葉に通じているようにも思います。 (四つの散文詩のためのエスキスとそこからこぼれ落ちた一篇の詩)

2020-05-17

ねこのお腹は温かい、ね この初めの行の音に惹かれました。まず感覚的にいいなと思ったのですが、音を分析してみると、 neko no onaka wa atatakai ne いくつか共通の音を繰り返しつつ、母音と子音の組み合わせをちょっとづつ変化させている。 n - k - o - a といった音が、ゆるやかにグラデーションしているのがわかります。さいごに ne の音にもどってくるのもにくい。 春を殴った肩 やわやわとした春と、殴ったという暴力的な語の組み合わせが、いいですね。 これは論理的にではなく、感覚的に味わう作品ではないでしょうか。 (モノクロの虹)

2020-05-16

俳句じゃねえYO! でも二連目はなかなか好き。英文とその訳文(というよりは再構築)があわさって詩情がたちのぼっている、とても個性的な作風。一連目はそのやり方が弱いよ。 (アメリカの俳句)

2020-05-13

ABさん ありがとうございます。題名にもなっている詩行などを気に入ってくれたなら、それで本望です。書き留めていた詩のかけらを一作に編集したのが本作ですから。 (きのうとあしたのおどり場で)

2020-05-12

石村さん ありがとうございます。詩は、書く人によってさまざまな信念や詩論がありますけど、言葉やイメージに萌えるような詩があってもいいんじゃないかと思っています。 (きのうとあしたのおどり場で)

2020-05-11

ふじりゅうさんへ 力の入った解釈をありがとうございます。作者としては、考えるよりは感じて、なんかいいよね、と愉しんでもらえたそれでいいなあと思っていました。とはいえ、作品を読み解く愉しみもありますし、さまざまな解釈を寄せていただくことは嬉しく、興味深く拝読しております。 熱量には熱量でお応えしたいところですが、これは作者のフェティッシュをつめこんだような詩で、そのいくつかを開陳すると、はなだいろは、はな(花)とはだ(肌)があわさったみたいでいろっぽいなと感じていたり、水没した線路や雑草に覆われた廃線はジブリっぽくて気に入っていました。風邪薬や睡眠薬のメランコリックな印象も好きです(作者自身は風邪をひいても眠れなくても、薬はのまないのですが)。一連目と二連目は、たしかに語の対照性を意識していました。めかりどきには、目借時のほかに、妻狩時という表記もあるそうで、花のような色香につい誘われてしまう季節柄もあらわしているのかもしれませんね。 (めかりどき)

2020-05-10

小林素顔さんへ 廃墟が自然に浸食されていくような雰囲気には惹かれますね。薬にも、どこか退廃的な印象が付随しているのかもしれません。眠りと死のアナロジーにも、なるほどと思いました。本作の基底はデカダンスであることを、素顔さんのコメントによって照射されたようです。ありがとうございます。 (めかりどき)

2020-05-10

これは文章というより音楽ですね、それもせきららな情感をともなった。タイトルからも印象づけられる言葉が主調となっているのですが、ながれとともに言葉がずれていくことで、妙なる音階を生んでいる。たとえば静かな港のような時間感覚がいつまでも出航できない朝という船であったり、手を繋いだ夏と犬のリードの跡の類推をみせたり、偽者だとばれる夢が彫刻科の生徒の課題作品つまりは偽物であったり、など、換喩的にずれていくことへの詩情の愉悦があり、そこに旋律がきこえてきます。春夏秋冬を一巡しておわる曲、傑作です。 (食べ物と死ぬ人)

2020-05-10

日常にあるものをふと違う視点でとらえてみる感覚は好きですね。そこでのぞき見た暗闇は、現実とは異なる深淵につながっていたのかもしれない。 文体がおとなしいので、出すところは出して引くところは引くように緩急をもたせていたら、さらに説得力が増していたように思います。最後に歯磨きをもってこれた発想力なら、あとすこし踏み込んでいたら、たとえば白昼の明るさとその死角の暗さを際立たせるようなコントラストを、文体にも凝らすことができたのではないでしょうか。 (遺構の見せる夢)

2020-05-10

母親のことをフランス語風にママンと呼ぶ方が日本語圏にどれくらいいるだろう。気障っぽい修辞のようであるし、それが真正面から向き合うことへの照れ隠しのようでもあり、あるいは母親とはべつの母性的存在、カトリック的な聖母や、地母神としてのガイアへの呼びかけなのかもしれない。 余談ですが、アスタリスクが宵の明星のようにみえました。 (ママンへ)

2020-05-08

副題の〈詩ではなく、批評でもない、ただの言葉〉が、ひっかかっていました。なぜなら、誰にあてるわけでもないツイートのようなただの言葉であることは、読めばわかるのですから。しかし、あえてこの副題をつけたことに、固定観念へのアイロニーがあるように思います。こういう前置きでもしなければ、ここに投稿した文章は、どいつもこいつも詩としてみるんだろう、とでもいうような。 これはこういうものだからみなさんこうしましょう、とメディアが云えばそれを鵜呑みにしてしまうような、安易な固定観念への批判意識が本作にはあらわれているのではないでしょうか。思えば本文も、のっけからして反骨精神のかたまりですね。 (某月某日 ー 詩ではなく、批評でもない、ただの言葉)

2020-05-08

ボイジャー2号でなくてもよかったのかもしれない、他でもよかったのかもしれない、初恋の対象に必然性があったと信じられる人が、どれだけいるだろう。 しかし、特定の名前を出すことで、そのあとの名前のないわたしのミステリアスな存在感をきわだたせていると思いました。あるいは、相手に名前を認知されることさえない恋だったのかもしれません。 (秘密)

2020-05-07

寓話風な作品で、秘密の初恋をうちあけていると読むことはできますが、名前のないわたしの存在が秘密めいているようにも感じます。たとえばロケットが離ればなれになった恋人なら、名前のないわたしは、それを支えた発射台であるかもしれない、などと想像しました。 (秘密)

2020-05-07

アウトサイダーという語感から清涼飲料水のサイダーが想い浮かび、それが風薫る白昼、青空、行雲流水、蒼い粒、といった爽やかな初夏の風情あるいは悩ましい青春らしさと絶妙に響きあっているようで、好ましく感じられました。 (目下の関心事)

2020-05-06

青いミモザと聞いて思い浮かんだのは、奇跡の代名詞といえる青いバラ。ところが青いバラはすでに実現してしまいましたから、青いミモザにはより夢想的な印象を受けました。それは本作の幻想的な世界観を表象しているようでもあり、作中の出逢いがいかに奇跡的かをあらわしているようでもあります。 他者の作品を引き合いに出すのは恐縮なのですが、カオティクルさんの作品『それでも街は廻っている』の一行目〈夜になる頃に、猫が暗い方へと歩き出した。〉に帆場さんが「物語が動き出した」とコメントされていて興味を覚え、本作『青いミモザ』の最後〈これからは猫たちの時間/僕らはもう眠らなきゃ〉にも未知の物語が動き出すような趣きがあり、作品の終わりと始まりという対照性、また両者とも〈猫〉がキーになっていることについてもシンクロを感じて、興味深かったです。 (青いミモザ)

2020-05-06

あんさんへ そうですね、薬と自然のくみあわせ、そこに魅惑を覚えました。線路といった人工物と自然との混淆にも。甘美な幻想性を感じてくれたなら、うれしいです。ありがとうございます。 (めかりどき)

2020-05-06

帆場さんへ ていねいな読み解きをありがとうございます。晩春にうつらうつらと睡たくなっていたときに、幻視するみたいにして、この詩がうかんできました。 ゆめうつつの白昼の迷路を、つつじの花の色香に導かれてゆきたいものです。いや、さらに迷いこんでしまうかも。 (めかりどき)

2020-05-06

《三千世界の鴉を殺し、主と朝寝がしてみたい》 高杉晋作が詠ったという恋の都々逸を、タイトルから彷彿とさせられました。しかし本作では鴉が鳴いているところをみると、逢瀬の夜は明けてしまった、かつての恋をしみじみと懐かしんでいる様子が感じられます。 (さまざまな世界で鴉が鳴いている)

2020-05-06

蜂、馬、ワーズワース、鯉、登場するものがどんどん賑やかになっていくのですが、最後には、はじめの因であった蜂の羽音さえも消えてしまう、一作のなかに興隆と衰退が表されていると思いました。 (庭の馬)

2020-05-05

内容以前に、散文作品として欠陥があるように思います。 はじめ、俯瞰的に語られていることから、三人称の文章かと思いました。ところが三行目で〈私〉という一人称があらわれる。いったい、〈私〉がその場にいなかったはずの情景や台詞を、あたかも目撃したままに述べている本作の語り手は、何者なのだろう。視点を混乱させられ、それが読み手の感情移入を阻んでいるように思われます。 (それでも街は廻っている)

2020-05-05

この手のお話はすごく既視感がありますね。奇跡体験アンビリバボーにありそうな。でも私も既視感ありありのお話を投稿したことがあるので、人のことは言えません。 この『心中電話』と『心配停止』の両方を読むことで、なにか相乗効果があるのではないかと期待していました。たとえば『心中停止』はドナー提供された方が主人公ですが、『心配停止』はドナーを提供した方が主人公で、ちょうど鏡うつしになっていたらおもしろそうだな、と。あるいは『心配停止』で主人公をのっとった方が、じつは『心中電話』の主人公で、電話の相手はのっとられるまえの方だった、とかだったら意外性あるなあ、と。これらはあくまで私の妄想でしたが、そのどちらでもなく、両作ともドナーを提供された方が主人公で、せっかく二作投稿したのに、たんなるアレンジとしてはよわいかなと感じてしまいました。これなら、一作に絞ったほうがインパクトあったかもしれません。辛口でごめんね。やっぱ、二作品を活用するなら、サブリナヘブンとサブリナノーヘブンぐらいのコントラストがあった方がいいよね。 (心中電話)

2020-05-05

たとえば夜の海辺で空をみあげたら、誰にあてるわけでもなく光りを放つ星がいくつも、そのような作品だと思いました。 シラブルを遵守しつつも言葉づかいが有機的で、どの短歌もいきいきと生命力を感じさせます。声にだして詠うと愉しそうです。 (夜よ、波よ、きいてくれ(あっ、短歌です)。)

2020-05-05

手のひら、占いの観点からしたら、そこには生命線や運命線などがあり、人生の縮図がえがかれているといっても過言ではないのかもしれません。その手のひらをプラネタリウムや水族館にしたかった、自らの人生をなにかしらのエンタテイメントにしたかった、というように読めました。だからこそ、楽器を奏でるための弦なのでしょうか。 《生命線ひそかに変へむためにわが抽出しにある 一本の釘》 これは寺山修司の短歌で、安易に比べるものでもないかもしれませんが、やはり優美な印象の弦では、手相=人生を変えるには衝迫感が足りないと感じられてしまいました。ただ、骨折したクレヨンなど、よわよわしさが表れていているような言葉もあり、これが作者にとって正直な表現だったのだろうとも思います。 鉄腕アトムは悪い心を持たないらしい だから欠陥品だと作者は言う おそらく、いままでは社会通念に従って善良な市民として生きてきたであろう作中主体の人柄が推察されました。悪、といわないまでも、常識や社会通念を打破してこれからなにかしでかすかのような、たとえばそれがアートかもしれませんし、そうした意気込みが、このしずかな文の奥底にひめられているような気がしてなりません。 (手相アート)

2020-05-05

ブサイクの ブにアクセント これではアキマヘン よろしいデスガナ 前作『カフカフカフカ』で、ひそかに笑わせてもらったのですが、今作の、 ブズネス、 とだけ答えて にも同じように笑ってしまいました。それまでのどこか不穏な様子が一転されて、たまらない。このあと、たたみかけるようにして終わり、その余情にも好感をいだきました。国際都市の片隅の、けむったい雰囲気が表れている小品だと思います。 (In a corner of this world)

2020-05-03

一行目は削ったほうがよかったと思いますね。魅力的なタイトルの伏線が、冒頭でいきなり明かされてしまうのはもったいない。本作半ばまで読んで伏線回収されるほうが、感慨深かったと思われます。 話はちょっと逸れるようですが、スペイン語に「cielo」という言葉があって、「空」の意味と「天国」の意味があります。私はこの言葉から、清澄な空の色を感じています。 本作の青信号からも、その往き先が天国であるかのような印象を、不思議と受けました。友人はあの世に旅立ったけど、主人公はこの世に踵を返したと読むこともできそうですね。 (信号が青になったら渡る歩行者のように)

2020-05-03

葉を揺らす風は青臭く、などの初夏を思わせる描写と、雪に散り、という相反するような言葉があって、この詩に遍満しているアンビバレントな感情がそこにも表れているよう。端正な文体のなかに、繊細で複雑な気持ちを、ぎゅっと詰めていると感じます。花は自重に垂れ下がり、この一行がとくに好き。 それにしても、生きていて安心した。投稿ありがとう。 ( ´∀`) (ブルーロータス)

2020-05-03

ちいさくまるい ただの俺 けっきょく これにもどる 卑下しているようでいて、じつのところ安堵しているような、そんな読後感をいだきました。 この現代社会、〈自分〉の現実感がわからない(離人症)、あるいは複数の〈自分〉が自己のなかにある(解離性同一症)、などのように〈自分〉という存在のふたしかさを覚える方もいるなかで、本作の主体は確固たる〈自分〉を意識しているように思えます。どんなに卑屈になっているとしても。そこから、感傷的なようでいてむしろ自信を感じられて、楽天的な気を放っている作品であるように思いました。音楽にまつわるモチーフも、作品に軽妙さを加味しているのかもしれません。 (ダ・カーポ)

2020-05-01

お返事ありがとうございます。 私がこの作品を良い詩だと感じたのは、簡潔に云えば、耽美的なイメージが個人的に好みで、それでいて心の奥から響いてくるような内省的な叙情を感じたからです。ところが二連目で時世が顔を出していることが、全体の美しい調和を壊しているように感じられました。たとえるなら、クラシック音楽を鑑賞しているときに世間の雑音が聞こえてきたかのようです。異化効果と捉えることもできるかもしれませんが、それにしても時世を直截に取り入れた言葉だったので、安直さの方が際立って感じられてしまいました。いっそ二連目は削ってしまって、時世については匂わせる程度に留めておいた方が、深みのある作品になったのではないかと考えます。 (ようせい)

2020-04-30

短詩としてはあまりにシンプルで、行間を多めに空けていることも印象の薄さに与していると思われるのですけど、追憶という主題が前作『廃校舎』と共通しており、合わせて読むと共鳴するものを感じました。判断するには時期早々かもしれませんが、なにかしら喪ったものへの憧憬が作者を衝き動かしているのではないかという気がします。 (海 (思い出))

2020-04-29

個人的に、二連目はなくてもよかったと思います。時世にからめなくても、十分に良い詩ですから。ようせい、私は妖精を思い浮かべていましたが、他者から要請されるものとしての、着せられる衣装、名前、つまりレッテル、それらを脱ぎ捨てたとき、主体性の輝きを取り戻せる、そうした素の美しさへの憧憬を感じられました。匿名投稿であることも、本作の主題と響きあっていますね。 (ようせい)

2020-04-29

めぐる月の位相の変化から、長いあいだ待っているという印象をあたえられますね。その、ちょうど三日月にあたるであろうところがグラスとかさなっていて、君を待っている時間そのものが神酒と化し、恍惚にさせているのではないかと感じられました。よほど、君を慕っているのかもしれません。 神秘的かつ幻想的、美しい色合いと、味のある風合い、とてもすてきです。 (飲み込んでも 飲み込んでも)

2020-04-29

中じさんへ 指でなぞる、という描写があったでしょうか。もしかして、二行目に海岸線をなぞるとありますけど、これを指でなぞると感じられたのでしょうか。なんだか不思議です。 (はっかといちご)

2020-04-28

おぼろ月や、我という一人称など、古めかしい雰囲気の三連目から、四連目の青い画面、これは液晶画面のように感じられて、昔と今が共存しているような印象を受けました。たとえばスマホに届いたメッセージなどの真意が気になって、それを暗号文になぞらえたのではないかな、と。blink は、本文を読めば心の瞬きだとわかるのですけど、降り積もった花びらが朽ちてしまう前に〜という冒頭から無常観を覚えて、そうした刹那的な瞬きでもあるように思いました。おそらくですけど、古風な感性をもっている方で、こうした表現はおのずからあらわれてきたのではないかなと感じます。 (blink)

2020-04-27

身近な人の死は、不思議です。この作品の筆者にとっては祖母だったのでしょうが、私は十代半ばに父を亡くして、あまり実感が湧かないことにとまどっていました。長期の出張をしていたこともある父なので、出張していてそのうち帰ってくるんじゃないかというような。たまに夢に現れることもあります。生前となんら変わらない、父のいる日常。夢をみているあいだは、亡くなったという意識はなく、いつも覚めてからおかしいなと思います。 おそらくですけど、その人の死を実感させるためにも、葬儀はあるのかもしれません。その最たる例として、〈殯〉をご存知でしょうか。亡くなったあと、肉体が腐敗し、白骨していくまでを見届け、死を確認するという古代の儀式です。皇室はしきたりとして、その殯をおこなっていたそうです。 そこまでしなければならないほど、死という概念は、本来はあいまいなものなのかもしれません。なので、無礼者とはいっていますが、この作中主体の気持ちもわからなくはありませんでした。 常識からなんと思われるかはわからないけど、自らの感じたことや思ったことを作品にする、そこに正直さを感じます。 (無礼者)

2020-04-27

眠い人さんへ 本文がなるべく正中にくるように空白行で調節していて、スマホではそれらしく見えるのですけど、パソコンで見るとそうなってはおらず、これは誤算でした。やはり、句を挿入した画像を上げるべきだったなと思います。 奈良時代は桜よりも梅の方が人気で、花といえば桜といわれるようになったのは、平安時代からだそうです。 千年前から愛でられている桜を、この春の一夜にも愛でている、千夜一夜という語にその想いをこめました。 鑑賞していただき、ありがとうございます。 (夜伽桜)

2020-04-23

D51という古風な乗り物で楽園に向かう、その発想には惹かれるものがあるのですが、読んでもいまいち感情移入しづらかったです。なぜだろうかと考えながら読み返したら、おそらく、小説的な内容と詩の言葉が、けんかしあっているのではないかと感じました。物語のながれと詩としての凝った表現が主張しあっているので、優先するものを決めて、それにどちらかを添わせるように書いた方が、うまくいっていたのではないかと思います。 あと本作に関しては、画像も相乗効果を為していないように思うんですね。サムネイルの時点から、希望を象徴するかのような清廉な花が目に入ってきて、本文のはじまりの重苦しさが削がれてしまっている感があり、ひいてはその後の展開への落差もうすれてしまっている気がします。 余談ですが、私も『汽車』という作品をかつて投稿したことがあり、ちょっとした親近感を覚えました。私の方は、仏教的ですけどね。 (楽園行きD51-F857)

2020-04-22

これはもうタイトルからして考えたもの勝ちという気がしますね。かつて知り合いに熱烈なファンがいて、その影響でバンプを再発見したことがあります。そこで思ったのは、離れていくのは、浅くしか聴いていなかったからなのかもしれません。 バンプに限ったわけではありませんが、少年期にはまっていたものを成長するにつれ遠ざけたくなる、その心理がえがかれていると共に、題材がバンプだからこそ、大人になると失ってしまいがちな純粋な気持ちを喚び起こさせるような本作の語りかけが、活きているのではないでしょうか。 (BUMP OF CHICKENを嫌いになる日)

2020-04-22

白川さんへ 今作は詩というより小説を意識して、わかりやすさを重視しました。読んで感じてもらえるものがあったら、うれしいです。ありがとうございます。 (遺失物同好会)

2020-04-22

赤という色に対する、根源的な畏れのようなものを喚び起こされる作品だと思いました。 おにごっこを連想させるのか、「鬼」という語が、どこにも書かれていないのに、脳裡にうかんできます。 今はやっぱり 第一志望 ここで受験勉強のことがわかり、それは赤シートをはずして解答をちらりと確認してしまったかのよう。この二行によって、それまでの得体のしれない和製ホラーじみた雰囲気から、ほんとはそんなものじゃないんだと、ほっと安心させてくれたように感じられますし、逆をいえば作品を安易にさせてしまっている感もあります。 (赤隠し)

2020-04-19

私も木のスプーンが好きです。味わいもやさしくなるみたいですよね。 みおとしてしまいがちな、ささやかな感受性の発露を、このように一つの詩に仕上げているところに、とてもすてきなものを感じます。 (台所)

2020-04-18

「春」を外しても文章は一見成り立つけど文体のリズムは壊れる、という受け止めは、あまりにストレートですよ。それはごくあたりまえのことで、それこそ私の発言の主旨からは的はずれになってしまいます。 私が伝えたかったのは、「春」という言葉をつかわなくても、菜の花やその他もろもろの言葉で、すでに春が上手く表現されていますから、あえて「春」と書かなくてもよかった、むしろ「春」と指示することが、この詩に安直さをあたえてしまっているのではないかということです。 逆をいえば、本作において「春」という語は、文体のリズムの帳尻合わせのために用いられていたということになるのでしょうか。おそらくその限りではないでしょうけれど、もしリズムのために「春」という語を用いていたとしたら、それは私には言葉の浪費に思えてしまうんですね。とはいえ、筆者と私とでは詩作の方法が異なりますから、理解し合えなくてもなんら問題ではないのですけど、私のような見解もあるのだと参考程度にしてもらえたら幸いです。 (春という、春の詩)

2020-04-18

「世界は一枚岩ではない」の『一枚岩』も比喩なんだよね。それを自覚して書いていたら、この一行はダブルミーニングかな。 眠い人さんは、小難しいことを云おうとするよりも、音韻の悦楽にまかせて詩を書いてみたらいいんじゃないかなと思っています。 (安易な詩)

2020-04-18

わざわざ「溝の円盤」と言い換えた題名にしたにもかかわらず、一行目でいきなり「レコード」が出てきてしまうのは非常にもったいない。この一行はおもいきって削除してしまった方が、詩としての深みは増します。「同じところに針をもどして」という一行だけでも、それがレコードを含意していることは伝わるのですから。 (溝の円盤)

2020-04-17

「春」という語がどこまでほんとうに必要なのか、考えさせられますね。試しに、題名は忘れたことにして、「春」という文字をすべて消して本作を読んでみても、春を謳っていることは十全に感じられるんですね。くりかえしになりますが、「春」という語がどこまでほんとうに必要だったのか、考えさせられる作品です。 (春という、春の詩)

2020-04-17

最終行までの文章は情景描写だけで、それ自体では詩と言い難いけど、最終行によって詩がうまれるまでをえがいた比喩なのだろうかと思わされる。でもね、 その星は小さな詩になりました 読みたいのは、その小さな詩なんですよ。 (履歴)

2020-04-17

あ、迂闊でした。たしかに作品本文は「」で囲ってありますね。あたかも本人の言ではないかのように。してみるとこれも一つのフィクションだったりするのかもしれませんが、B-REVIEW とそのまま実際のサイト名を出しているあたり、大胆で気に入ったのでした。 (はやくワクチンをください。)

2020-04-15

なんらフィクションをまじえずにビーレビ現運営者がこれを投稿されたことがなにより痛快です。しかし、匿名投稿でも、怪文書みたいでおもしろかったかもしれません。 私としては、いま、詩を書くことそのものが、効率化を重視する現代社会に対する、自らの立ち位置の表明になっているのではないかと思いますね。 (はやくワクチンをください。)

2020-04-15

トキメートルさ! ナゾメートルだ! この強引さに、笑ってしまいました。なにが算数やねん、って思うのですが、それがまた可笑しくて。勢いある文章と相まって、ユーモアが効いている作品だと思います。 (恋の算数)

2020-04-12

小林素顔さんへ まさしく仰るとおりです。私の手ぬるさが、顕れてしまいましたね。句を入れた画像もありますが、画像と句、それぞれ別に鑑賞してほしいという欲が出てしまったようです。指摘していただき、ありがとうございます。 (夜伽桜)

2020-04-12

きりん、ひらがなで書くとかわいいですけど、霊獣の「麒麟」も連想しました。為政者が仁のある政治をおこなうとき、現れるという、麒麟。そうしたものを待望する気持ちが、いまのご時世、無意識裡にあったりするかもしれない、などと思いました。 草原もすぐに閉じるでしょうね この最終行には、ロックダウンを彷彿とさせられます。 (きりん)

2020-04-11

カオティクルさんへ じつはね、雪の結晶のところ、SHERBETSの『水』を意識してたんだよ。感想ありがとね。 (はっかといちご)

2020-04-10

本作における「空」を空想的なもの、「こっち」を現実的なものと捉えて、話しを進めますね。詩を書くからといって、感傷的な空想に限らず、もっと現実を見据えるべきだ、というメッセージを受け取りました。あるいは、現実に生きるべきである、と。これらに、私も頷かされました。大胆な言い回しには、リリシズムを感じます。 しかし、「空なんか見てんじゃないよ」と命令形で否定することで、かえって「空」の大きさが強調されていると思われました。強く拒絶するほどに、その対象は相対的に、大きく、魅力的であることを、暗に認めていることになりますね。つまり「空」を否定しているようで、かえって神聖化しているのではないかと。そこにある種の窮屈さのようなものを感じてしまいました。むしろ、「空」を眺めるなんてたいしたことじゃない、と思えてこそ、太く生きられそうです。 (空なんか見てんじゃないよ)

2020-04-10

一見して、ちょっとかわいい詩だなという印象。しかし、スラッシュの遣い方や、中盤で文章を細切れにしているあたり、油断ならないなと思わされました。さいごの、鬼恩は、ちょっと陳腐かな。 (おにおん)

2020-04-09

わるくはない、けど、よいというほどでもない。気合いを入れた服装でおでかけするよりも、気取らない格好で近くを散歩するような。と、ここまで書いて気づいた。ありきたりな日常、それがいまは、遠のきつつあるのだと。行方の知れない世相を反映しているかのような、不穏さを含んだ、しずかな叙情を覚えました。 (行方のない散歩)

2020-04-07

千才森さん、みっけ! ユニークなタイトルを見たときから、そうかなあ、とは思っていました。かくれんぼが得意な、千才森さんですから。笑 缶コーヒーからも、らしさを感じましたね。 しかし、決め手はやはり、絵をわくわくして待っているというお返事でした。ここでそんなこと話したら、ばれてしまうじゃないかと。そういうところが、お茶目だなと感じます。笑 おかげで励みになりました。ありがとうございます。 タイトル、短い文章、写真、といった語ること少ないもろもろの要素から、作者とほとんど同じ想像を読者にさせるのは、むしろ大したことなんじゃないかと思いますよ。これは応用が利くのではないかな、と思います。詩もやはり、言葉を配置しながら、それらの関係性によって、イメージの星座をえがくようなところがあるかもしれません。 (裏庭に居ます)

2020-04-06

*本作を鑑賞してくれた方へ* この絵は千才森万葉さんの小説『ウサギと機械の少年』から着想を得て描きました。原作は、以下の作品内に抜粋されて載っています。興味ありましたら、ぜひご覧になってください。 『視野狭窄者のかくれんぼ』 ( https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=5052 ) (時計仕掛けのこころにふれる)

2020-04-04

千のなかに一があり 一のなかに千がある 千才の森に遊び 一つの果を味わい 一つの因からは 千の花が咲く 万葉の時代から 詠まれてきたもの 千の時を越えて 一つのめぐりあわせ こちらこそ、絵にこめた想いをすべて感じ取ってもらえて、胸が熱くなりました。原作と、この絵には、ほんとに、奇跡みたいな感応があったのだと。 機械の少年ロコは、ウサギの女の子イーシャが造ったと思っていたんですね。理由はなんだろう、発明家としての好奇心からか、手下として働かせるためか、それともウサギといえばさみしがりやですから、友達がほしかったのかな、とか。それで、自分の都合のいいように造ったはずの機械の少年に、かえって感情移入してしまった。惚れさせようとしていた相手に、こちらが惚れてしまった、みたいな。 ロコは、イーシャの分身のような存在かもしれない、という解釈のもとに、二人の色合いを対照的にしました。 ロコの、青い眼と、緑の服。 イーシャの、緑の眼と、青い服。 二人で一つの関係、そうしたものに憧れます。 千才森さんのいうように、この絵から物語を想像してもらうのもいいかもしれません。でも、原作も知ってもらいたい。なので、原作が載っている『視野狭窄者のかくれんぼ』を紹介したいなと思います。 絵や、断章や、そこから想像される読者だけの物語、それらは並行世界が無数に展開されていくようです。しかし、そのすべての土台になっている世界、『ウサギと機械の少年』の完成版も、いつか読みたいですね。 自分一人では、描くことのなかった絵。千才森さんの発想からの賜物でした。至福の体験を、ありがとうございます。 (時計仕掛けのこころにふれる)

2020-04-04

愉快なんです。だけど最後、ひじょうに悲しくなってしまったんです。それは、作者の意図したことであるかわからないのですが。 シマウマは、白黒で、それが喪を連想させます。その縞がふえるとは、つまり・・・ 白い骨の夜が近づいただけ 暖かなお祝いとは、葬儀のことなのではないでしょうか。だけど童話のように、賑やかで楽しい雰囲気、それがかえって、余韻を深くさせられました。こころをうたれる作品です。 (暖かなお祝い)

2020-04-03

白川さんへ どきどきさせてしまって、もうしわけないです。彼は、時計仕掛けのこころをもった、機械の少年なんです。デザインするにあたり、ピノキオはたしかに意識しました。この絵は、千才森万葉さんという方の小説のある場面から着想を得て描きました。原作もぜひ紹介したいのですが、千才森さんからの感想をまだいただいていないため、こちらから勝手に喧伝したりすることは控えています。しかし、絵から物語を想像してくれたことは、とてもうれしいです。ありがとうございます。 (時計仕掛けのこころにふれる)

2020-04-03

獣偏さんの、素直な感想に、こちらこそ癒される想いです。ありがとうございます。 (時計仕掛けのこころにふれる)

2020-04-02

tOiLeT さん おひさしぶりです。なつかしいですね。 一枚絵は、二月に『ホリデイ』という作品も投稿しています。もともとは絵も好きなのでした。 ポエジーは、たしかに詩に限ったものではありませんね。言葉と言葉、イメージとイメージ、などの関係性に詩情が宿るなら、人と人のあいだにも詩情があるのではないか、と考えています。本作に関していえば、千才森万葉さんという方の小説に着想を得ており、そうした交流や関係性にも、ポエジーを感じています。 (時計仕掛けのこころにふれる)

2020-04-01

湯煙さんへ 壁にかけられた図に気づいていただき、ありがとうございます。あれは、設計図みたいなものです。 (時計仕掛けのこころにふれる)

2020-04-01

これは、短歌集ですね。余白を多く設けているのは、それのみで独立している一首ごとに、深く味わえるようにという配慮であると思います。にもかかわらず、作品をとおしてまとまりが感じられるのは、やさしく繊細な感受性が底流にあるからではないでしょうか。とてもすてきな作品です。 (はずしわすれた風鈴が鳴る)

2020-04-01

文体がかっこいい。表題に明晰とあるわりには、語られている対象について曖昧模糊としているのですが、文章そのものにポエジーが宿っていて、痺れます。 アスファルトにおちていた匿名の液晶画面に映る断片的なエクリチュールの高輝度。 (明晰な断片による実験)

2020-04-01

これはすごい! 短めですが、このアニメーション一つに、どれほどの創意工夫と労力が注ぎ込まれていることでしょうか。こうだたけみさんならではの、言葉遊びめいた音韻と、漫画的センスを、活かしきっていますね。 坂口安吾との時空を超えた邂逅も、魅力的でした。般若の面にみる妖しさも、興を添えています。また、朗読ならではの巧みな表現を存分に感じられました。 新たな挑戦でありながら、ビーレビとしてもこの作品は一つの快挙であると思います。 (こっちにおいで)

2020-03-31

本作における月は、天体というより暦であるように感じられました。それ自体では定かではない語の、多義性を活かしているのではないでしょうか。 遠い風習、月を暦と捉えて、本文からは時間的に遠いことを思わされましたが、距離的に遠いこともなかなかすてきれず、やはり夢見心地な世界へつれていかれるような印象がありました。 芝生をかむ、草を噛むといえば大麻をやることの隠語が思い浮かびます。夢の端くれが見える、のちの展開にも通じていくような。耳をすまして、目をとじて。 芝生 - grass -glass - グラス - われもの - 破裂 という連想もしてみました。コップン、という音と、コップ(グラス)の類似も見いだせますが、これらは見当外れかもしれません。 芝生と、糸のような雪、これも形象的にどこか似ていて、芝生は下から、雪は上から、という方向性の対照を感じました。また、雪や氷、つまり冷たいものは、やはり薬物の隠語としても一般的で、こじつけるつもりはないのですけど、夢みるように時空を超越した自然との一体感、そこに往年のヒッピーカルチャーめいたものを想いました。 (遠い風習)

2020-03-30

ささらさんへ はじめまして。 情感あふれる感想を、ありがとうございます。本作の叙情について、うまく解説してもらえたようで、うれしいです。 雪は、舞うように降ってきますね。雪の結晶の行も、安定しているよりは、舞う感覚を味わえてもらえたらいいなと思い、くるくると視線を動かしてしまうように配置してありました。 (はっかといちご)

2020-03-29

やはり詩を書く者として、日本語の美しさや情緒は、たいせつにしてあたりまえであると思います。私の作品を読んで、学んだつもりになってほしくはありませんね。興味を増してもらえたなら、幸甚です。 (非在)

2020-03-28

写真の、かさなって交差している竹の棒が、なにかを表象しているかのようですね。竹、まっすぐに伸びた、二つの線がまじわる、みたいな。 ちょっと寂れた感じがあるけど、人のまわりの深緑は瑞々しい。「緑陰」という言葉がよく似合う、枯淡の風情があります。 裏庭に居ます、とても印象的なタイトル。広い庭のあるお屋敷を訪ねたら、玄関先に置き手紙がしてあった。裏庭へまわると、どこか浮世離れしているような屋敷の主人が、庭仕事のあいまに缶コーヒーでほっと一息いれながら、石の置物に語りかけていた、そんな想像をしてみました。 (裏庭に居ます)

2020-03-28

裸の羊からしてそうなのですが、とてもエロティックな連想をさせられる詩でした。こうしたシュルレアリスティックで耽美的な作風は、好みです。 (羊皮紙の夢)

2020-03-28

なゆた創さんへ 生命力あふれる花と、かくり世の気配、この対照は狙ったところがありますね。それは菜の花の句に顕著であると思います。 クリティカルヒットをあたえられる句、詠みたいですね。 (非在)

2020-03-28

帆場さんの熱意が、私は好きです。選考掲示板の勢いも、拍車をかけているのかもしれません。 テキストから逸れたことを語るのは些か抵抗があるのですが、私はフォローしているなゆたさんのツイートを日々見ていて、あのワニの漫画に対する想い入れの深さを感じていたんですね。時勢に影響されているとか、他の誰かがやるだろうなどといった打算めいたことはほんとうは関係なく、作者にとって感動したことや、想い入れのあるものは、詩にしてあたりまえであると考えます。それに理念よりも情熱にしたがって書かれた詩のほうが、私は好きです。また、作者のことは別としても、書かざるを得なかった、なにかしら表現に衝き動かしているであろうものを、この詩からは感じられました。 (メメント・モリ2020)

2020-03-27

本作に対して私は、帆場さんとは真逆の発想で、タイムラインに流されてしまうからこそ、作品に昇華する意義があったと思うんですね。数年後、この詩をよみかえしたら、どのような深い感慨があるだろう。そこに、2020年春の此性(ヘクシアティ)を感じたわけです。 追伸 ツイッターで、なゆたさん自身による本作の解説を読み、よく作り込まれているなとあらためて実感しました。 (メメント・モリ2020)

2020-03-27

エイクピアさんへ 一年ほど前に『唯識デカダンス』という、四季の俳句を集めた作品を投稿したとき、まりもさんからコメントをいただいて、一つの季節感で統一したほうがいいのだろうかと考えさせられました。あのときエイクピアさんからは、現代詩かと思ったという感想をいただいたことを、覚えています。 たんなる俳句の寄せ集めではなく、コンセプチュアルな作品に仕上げることは、これからも試していきたいなと思っています。 (非在)

2020-03-27

トビラさんへ 五句を選んだのは、縦書き表示にしたとき、横にスクロールせず、一画面に収まるからでもありました。小品として、愛でられるように。 物語性は、本質ではありませんね。あくまでそうした読み方もしてもらえたという結果。だからこそ、千才森さんからの感想は愉しいと思いました。 沈丁花、菜の花、お香、これらの香りをどれも似ていると感じられたことは、意外でした。私からしたら、それぞれの香りは、まったく違うものですから。しかし似ていると感じられたのは、非在という主題に沿っているからなのかもしれません。 オリジナリティについての見解もありますが、俳句の基本は写生にありますからね。その点、造語を編み出したりなど、ありのままの現実というよりは空想に近い作品を書かれるトビラさんとは、本作の方向性は異なっているのかもしれません。もちろん、空想性を否定しているわけではなく、差異を述べているだけであって、空想することは私も好きではあります。 (非在)

2020-03-27

構成が、わかりやすいですね。 作中主体の、未来への漠とした心配が感じられました。しかし、じつは本人が心配するほど深刻な状況ではないのでしょうね。どれをとっても、そのままでもうまくいきそうな気配が漂っています。なのに不安になってしまっているところに、この作品の本質があるのかもしれませんね。とくに三連目は、空に太陽が輝いているにもかかわらず、明日は晴れだろかと心配している。はじめは読んでいて違和感を覚えた表現なのですが、これも病的なまでの心配性の表現だとすると、しっくりくる気がしました。 (春)

2020-03-26

アンドロギュノス(両性具有)にもかかわらず、首だけしかない、つまり性器が存在しないという妙味。それはあたかも、実態を伴わないのに概念だけがそこに在るかのよう(首だけというのも、さらに暗示的です) これは、のちのアリストテレスにも関連していきますね。いわゆる形而上学的なもの。 あくまで一つの解釈ですけど、首=概念と捉えるなら、首だけが不気味に提示されている作中の状況は、目には見えないウイルスによって混沌としているいまの世相を反映しているかのように思いました。作中主体には、その見えないものを掴んで、駆け出したい衝動があったのかもしれません。ただ、十六歳の僕に似ているなど、なにかしらよりナイーブなものが秘められているようにも感じられます。 全体的に仄暗い水気を帯びた、梅雨時の不穏さが表れている詩だと思いました。 (六月)

2020-03-25

いまのところ肯定的なコメントが続いているので、私からはあえて、批判させていただこうかと思います。  詩人が表現をすれば、それは詩です。 たとえそうだとしても、自ら云うことではない。私は詩人です、と宣うことの空々しさよ。 そもそも作者は本作において、肯定や賛同を欲していたのだろうか。一石を投じることによって巻き起こる波乱こそを期待していたのではないか。これを単純に喜んで受け入れるようなやつらは、腑抜けだ。プライドはないのか。拳には拳で、作品には作品で、応えようじゃないか。 (imagine)

2020-03-25

桜散る交差点にて鰐偲ぶ 2020にみる此性。タイムラインに更新されたもののあはれ。死期 - 四季、永劫回帰する春、の、スナップ写真。 (メメント・モリ2020)

2020-03-25

地球さんの詩としては、文章にキレがない。しかし、語られていることは、とてもよくわかります。ウイルスも、愛も、あるいは神や、魂も、目には見えないけど、私たちの生はそれらに影響されている。ちいさなエッセイとして、上質であると感じます。 金子みすゞの詩「星とたんぽぽ」の一節を想い起こしました。 見えぬけれどもあるんだよ、 見えぬものでもあるんだよ。 (愛とウイルス)

2020-03-24

そうですね、やはり、かくれんぼの句が決定打になり、本作の主題が明確化しました。春の宵みたいな、心地よさは、私としてもあります。ありがとうございます。 (非在)

2020-03-24

妄想と、現実、二つの世界がえがかれていますね。 ベッドに固定されている 終盤のこの一言だけで、精神病棟に入院していることが察せられる、換喩として機能しています。題名にある脱糞からギャグを連想する方も多いのかもしれませんが、ここまで読むと、それがシリアスな印象に転じます。 精神錯乱状態であるなら、この高村菜穂は、患者による妄想の産物であるかもしれない。患者自身、実際は高校生ではないどころか、性別さえ違うかもしれない。そこに、いい意味で、うすら寒さを覚えました。ただ、そうなると、ベッドに固定されているのが高村菜穂であると明示されるのは、惜しかったように思います。想像の余地があたえられても、よかったかもしれません。 とりあえず心理学部に入ればいいかなと考えている 気づきにくいのですが、この文章も、精神科的な暗示を読者にあたえているようで、巧妙だと思いました。 (菜穂は激しく脱糞した)

2020-03-24

関係性の、おだやかさを感じますね。 たとえば、犬を散歩させる人。対象ABが、線でつながれている。その方向性が正反対であったりなど緊張していれば、線もぴんっと張り詰めて直線になりますけど、ゆるやかに曲線であるのは、その関係性がおだやかであるからではないでしょうか。無機質でありながら、やさしさを感じられる一行詩でした。 (無題)

2020-03-24

春の香を たどりてゆけば 千才森 夢に咲く花 妹のいたずら かくれんぼの句は、まさしく、千才森さんの作品、もっといえば隠恋慕から着想を得ました。笑 在るようで無く、無いようで在るのは、恋心も同じかもしれませんね。 かくれんぼは、みつからなくても、たのしいかも。そのほうが、いつまでも戯れていられますから。春の夜は、心地いいし。 五つの句を、一連の幻想的な物語のように解釈してくれたことも、うれしかったです。さすが、千才森さんの想像力。 春雨、万物にあまねく降りそそぐ慈雨は、仏の慈悲心の譬えにもなっている、と、いつかの千才森さんの作品でそんな話しをしたこともありましたね。 作品から影響を受けるといえば、もうひとつ、千才森さんのある作品からインスピレーションを受けて、絵を描きました。来月、ここに投稿したいなと思っています。まことに勝手ではありますけど、楽しみにしてもらえたら、うれしいです。 (非在)

2020-03-23

白川さんへ 俳句をちょこちょこ詠んでいて、うかびあがってきた共通項をもとに、五句を選びました。なので本作は、主題のほうがあとになります。 在るようで無いもの、無いようで在るもの、その代表的なものは死後の世界であるかもしれませんが、それに限らず。 深く観じとっていただき、たいへん嬉しく思います。ありがとうございます。 (非在)

2020-03-22

ミリウェイズさんへ 夢か現かさだかではないような雰囲気が好きなこともあり、うすぼんやりとした情景を感じてもらえたなら、うれしいです。ありがとうございます。 (はっかといちご)

2020-03-21

ABさんへ かくれんぼの句は、本作でいちばんたいせつにしていたところです。良いと感じてもらえて、よかったです。ありがとうございます。 (非在)

2020-03-18

ABさんへ 雪の結晶は、六花といわれるように、基本的には六角形だと思うんですね。この結晶は、作者としてはおまけ要素だったのですけど、本文以上に気に入ってもらえて、それはそれでうれしいです。ありがとうございます。 (はっかといちご)

2020-03-18

おもしろかったです。天使がなぜ主人公のまえにあらわれたのかとか、こまかい事情なんかは本題ではなく、重要なのはおそらく、幸運はとつぜんに舞い降りてくることもある、という示唆だと思うんですね。そのとき人は、変化をおそれて躊躇し、幸運をみすみす見逃してしまうこともあるでしょうが、前向きであれば、幸運を掴むこともできる。人生にたいせつなのは、ノリ、なのかもしれないな、と思わされました。 それに、ノリのいい気分でいられるなら、たばこやお酒といった嗜好品も、案外わるくないんじゃないかなと思います。まあ、健康を損なわない程度に。 (ショートホープ)

2020-03-18

ゆいさんへ 気に入ってもらえて、うれしいです。ありがとうございます。 水仙の香り、私も好きです。下品な意味ではなく、官能をしげきするような詩を書きたいな、とは思っていました。 (はっかといちご)

2020-03-18

白川さんへ 静けさや、寂しさは、私の底流にあり、程度はあれ、どの作品にも滲み出ているのかもしれません。 少し時を経たフィルムのよう、とは、うれしい感想ですね。どちらかというと、解像度の高いものよりは、そうしたくすんだ風合いに、私は惹かれます。 コメントありがとうございます。 (はっかといちご)

2020-03-18

「ポンズを一滴垂らすと美味しいの」 それが幸せになろうとする人間の台詞でしょ? やはり、ここが沁みますね。ポンズ、それ自体ではしょっぱいもの、でも、ちょっとだけ垂らせば、料理がとても美味しくなる。人生もそのように、ちょっとしたしょっぱさが、味わい深くさせるのかもしれません。 惜しむらくは、ポンズに合う料理かなにかの描写をくわえていたら、さらによかったのではないかと思います。夜廻りから、ポンズは、とうとつに出てきた感が否めませんから。 (夜廻り)

2020-03-18

想像のふくらむ、すてきな詩です。そして、ひとつひとつの詩語がさりげないようでいて、うまく磨かれていて、うつくしいです。 補聴器、まわりの音をよく聴くため、まわりをよく理解するためにあるもの、それをなくしたがために、やさしかったせかいに背を向けられた、いままでまわりと同調するためにがんばってきたことが報われなくなったかのような、かなしみが、伝わってきます。 わざと呼吸をずらしながら わたしたち会話をする ここにも、いたたまれない、かなしさがあります。正直に話していては、けっしてわかりえない他者と、どうにかコミュニケーションをはかろうとする、健気さのよう。 もしかしたら、この詩の主体は、みずからのほんとうの出自(=故郷)を、人間たちの社会ではないどこか(その象徴としての海かもしれない)、ということを感じているのではないでしょうか。その、現世にたいする異邦の感覚こそ、人魚性であるような。 わたしのなまえは水溶性だと知った とてもうつくしく、琴線にふれる、よい詩です。 (人魚性)

2020-03-17

全体的に、浮ついている印象。宗教的恍惚感にまかせて書き走ったような、あるいは熱病におかされて神経が昂っているような、その意味では、「感閃」といった感染症を彷彿とさせる造語は、はまっているかもしれません。 (ここからは些か否定的な見解になってしまうことをお許しください。) 先日トビラさんが、石村さんの批評文に触発されて「物を書く」ことに取り組まれた姿をみて、がんばっているなと関心したのですが、今作ではまったく逆で、物を書くどころか、空想に走っているように見受けられました。それは先程述べた、浮ついている印象にも通じてきます。(その点、『苺シロップ』は、物を書くことをまだ意識されていたように思いました。) 発晶、冠治、などなど、病気にまつわる言葉をもじって綺麗にしたような造語が目立ち、一見すると愉しいようにうつるのですが、これもどこか、現実から遊離しているように読めてしまいました。つまり、現実の言葉を、空想的に作り変えてしまっているのではないかと。 あと、男女の二項対立を指摘した獣偏さんの視点は鋭く、私は好感をもちましたが、対立という語に誤解を招かれたようで、それ以上議論が発展しなかった憾みはありますね。二項対立というのは、二元論のことであり、いわゆる諍いをあらわす「対立」のことではありませんから。 (サヴァンな)

2020-03-16

個人的な思い出なのですが、夢の島と聞いてもなんのことかわからない方がいて、ごみの埋立地だったことを教えたら、笑っていました。 瑞々しい筆致でえがかれた、楽園のような情景。かつてはごみ処理場だった土地に公園や植物園が整備された「夢の島」の沿革を思うと、実際においてもファンタジックだなと感じます。その「夢の島」という語の多義性を、うまく詩に表現された、佳作であると思います。 「埖」という漢字があり、(ごみ)と読み意味もそのとおりなのですが、私はこの字を美しいと感じています。どこか、本作にも通じるものがあるように思いました。 (夢の島)

2020-03-15

ひいらぎさんへ 詩において、うつくしさをたいせつにしていますし、これからも、たいせつにしていきたいと想っています。とてもうれしい感想を、ありがとうございます。 (切創)

2020-03-14

冥王星でもらった首飾り 忘れ去って あの羽虫が十回羽ばたくまで 映画を見ていようと思う このあたりが秀逸で、眩暈するかのようでした。宇宙大から、羽虫の十回の羽ばたきという極小まで、時空のイメージがめまぐるしくて。 冥王星、ハデス、そこには死が表象されているともいえそうです。一方、羽虫というごく小さないきものの羽ばたき、宇宙からみた生の短さが表れているような。人生はまた、映画のようなものかもしれません。 ただ、その後の文章は、いささか凡庸であることが、惜しかったです。 (あす)

2020-03-14

シンプルな作品で、好感をもちました。林檎といえば、禁断の実、つまり性的なものを連想させ、比喩としてはいささか安直ではあるのですが、ゆっくりと林檎をむくようにおたがいを知っていき、恋心があらわになったら、あとはかじるだけ、みたいな展開が、なかなかいいなあと思いました。 (恋の林檎)

2020-03-14

ふじりゅうさんのコメントによって著者から引き出された論述に刺激されて、かつ本作についてまだ語り足りていないところがあると思っていたこともあり、またまた失礼しますね。 千才森さんは、詩については、わりと短い作風が得意ではないですか。で、詩単体では投稿作品としてはよわいものも、こうして大きな作品のなかに挿入することによって、発表の機会を得ている。これは、自分自身の長所も短所も弁えている上での、その長所を活した賢い発想だなと、本作を読んで感じたのでした。過去にもオムニバス形式はありましたけど、主となる文章の合間に、千才森さんの言を借りれば〈挿絵〉のように表現されたことは、なかなか斬新でした。(匿名のはずなのにちゃっかり名前を出しちゃうところも含めて。笑) あと、本作のなかで私が最も気に入っている、『ウサギと機械の少年』。クライマックス的な場面だけを断章的に挿入しているのですが、だからこそ、その前後にあるであろう物語に、想像が膨らむんですね。その在り方は、詩の方法にも通じているように思います。ちょっと難しい言い方をすれば、この断章は、物語における〈提喩〉として機能しているのでしょう。 最後に、本作はただ読ませるだけではなく、読者に〈体験させる〉という工夫があったこともよかったです。(いわずもがな、それは、本編最後の設問のことであるのですが。笑) まさしく本作は、千々の草花が咲き乱るるといふ、千才森の一つの作品化であると思います。また、そこにはこれからの創意工夫の可能性をも、存分に含んでいると思いました。果実のなかに、種が含まれているように。 個人賞のなかのさらなる個人賞に推したい、といえば変な言い方ですが、私から千才森さんへ、たのしかったで賞を、ここに授与したいと思います。では、これからも愉しみにしていますね。 (視野狭窄者のかくれんぼ)

2020-03-14

宇宙服を着て、船外の無重力空間を遊泳している、命綱がたった一本つながれていて、そこには、吊るされた人とのアナロジーを覚えます。虚無、涯しない孤独。 二度目の夜はいっそう暗い場所に繋がっている 不気味なほどの説得力を帯びている言葉。状況のみならず、精神的にも、闇のなかにおいつめられているような。 その死因を 誰か一人でも 厳格な優しさで記してあげられたなら 難解で、グロテスクですが、琴線にふれる、優れた詩です。 (宇宙飛行士の解剖)

2020-03-13

三連目以降の文末は、母音uでそろえてあって、小気味よいですね。サリンジャーの小説のある場面みたいな、風変わりなユーモアがあって、冗長気味だけどそれがかえって心地よい、軽妙洒脱な作品だと思いました。 (トマトの缶詰めについての詩)

2020-03-13

帆場さんへ 視線が外を向いているのは、千才森さんも想像をめぐらせてくれましたが、そこに誰かが訪れたからなのかもしれませんね。彼の視線の先にいるのは、待っていた方か、それとも、この作品を鑑賞している方だったりするかもしれません。客になったつもりで鑑賞してみるのも、たのしそうですよ。 お茶が脱俗世を表しているというのは、好ましいです。それは茶室文化にも通じていますね。 (ホリデイ)

2020-03-11

湯煙さんへ 本作から、ゆったりした時間を感じてもらえたなら、うれしいです。ありがとうございます。 (ホリデイ)

2020-03-11

沙一はじつは猫だった、ばれたかっ! というのは冗談ですけど、たしかに休日はカフェで読書していることが好きです。自画像として似ているかどうかは、もしもお逢いすることがあったら、ぜひ確認してもらいたいですね。笑 題名は、いい案が思いつかなかったんです。絵で語っているのだから、よけいな言葉はいらない、という意識もあるのかもしれません。むしろ、言葉で補うなら、それは絵としては不完全ではないかとも考えたり。とはいえ、自由な題名で相乗効果をねらえたら、それに越したことはないのですが。その点、千才森さんは、ユニークな題名をつけるのがうまいなと思います。 絵に心地よさを感じてもらえて、うれしいです。いろんな想像もしていただいて、ありがとうございます。 本の内容について言及してくれたので、お話しすると、じつは、本の表紙には、魚のほかに、魚を抽象化した〈イクトゥス〉というものも描かれており、これはキリスト教を象徴する記号なんですね。なので、読んでいるのはキリスト教に関する本か、あるいは記号論に関する本ではないかなと、作者としては推測しています。どちらにせよ、かわいい表紙とはうらはらに、難しそうな本ではありますが。でも、ブックカバーもいいですね。もしあったら、ほしい。 洞窟のなかという状況には、ゲームが好きな千才森らしい発想で、吹き出してしまいました。笑 私もRPGや、ローグライクゲームといわれるダンジョン探索型ゲームが好きで、夢中になっていたことがありました。ダンジョンのなかに、お店だったり、意想外なキャラがあらわれたりすることもありますね。 ところで、私はほんとうは、詩よりも絵のほうが趣味としての経験が長いです。でも、ストーリーを考えるのはあまり得意ではなくて。 千才森さんのこのまえの作品に抜粋されていた『ウサギと機械の少年』に惹かれていて、絵を描いてみたいなあと思いましたよ。 (ホリデイ)

2020-03-11

はじめまして。 難解ではあるのですが、修辞をとおして繊細さが伝わってくる、卓越したセンスを感じます。おそらく、現代詩がなにか、直観的にわかっているのではないかと思います。 あえて分析するのはもったいなくも思うのですが、端的に書くなら、本来、道路を誰しも安全に渡るためにあるはずの横断歩道、そこにさえも理想的と見做すような、社会からの疎外感、あるいは世俗に染まりきれない高潔さを、ひしと感じました。 (理想的な横断歩道の渡り方)

2020-03-09

るるさんへ 春はつかのまで、だからこそ甘美なのかもしれませんね。感想をありがとうございます。 るるさんのご要望にお応えして、平らなテキストをここに載せますね。   雪の結晶は   水にとけて   天にのぼり   時がくれば   再び地上に   降るのです じつは、この文章がさきにあり、結晶化はあとから思いついたのでした。 (はっかといちご)

2020-03-09

シュールなお話で、これはなにを云いたいのだろうかと思いながら読み進めていたのですが、終盤、骨身に沁みるような叙情に、目頭が熱くなりました。落差が、やばいです。 もう数十年も前の話なのに まるで新品の思い出のように おまえを産んでよかった、と言う 抗いながらも結局は、うねうねと、蛇行するような人生だったのかもしれません、このお話の主人公は。 (ヘビと戦う)

2020-03-08

骸骨スフィア、二字熟語とカタカナ語の組み合わせが好きで、私もたまにそんな風なタイトルをつけたりします。 千才森さんがかねてから志向されていた、小説と詩のあわいのような作品ですね。表現から、シェイクスピアっぽい雰囲気も感じました。口語体で、場面転換もないことから、本文を台本と捉えて、演劇にも向いているかもしれませんよ。昏い舞台のまんなかに、白い骸骨をまえにして、白いドレスの女性が、プラトニックな愛を高らかにうたう光景が、なんだか想像できます。 じつは、私はミイラの詩を書いたことがあります。私の作は、前半と後半で主題がずれるのですが、とくに前半が千才森さんの作品とも響きあうところがあるかもしれないなと思いました。僭越ながら、この場をお借りして紹介させていただきますね。 『ミイラ』 三百年前の少女のミイラに考古学者は欲情した 少女はもはや微笑むことも言葉を発することもない しかしそれがよかった 彼女は理想化され聖化されていった ——過ぎ去ったものはみな美しい 考古学者が少女のミイラと破滅的な情事に耽っているころ 詩人もまたミイラについて夢想していた 彼は修辞によるミイラ作りに専念する 甘酸っぱい魂の記憶 死後、時を経ても再生を夢みて (骸骨スフィア)

2020-03-08

口語体の文を、スラッシュあるいは読点で歪に区切っていく、そこに、自傷めいた痛々しさを覚えました。 あちらこちらで津波が起きているから ハッとさせられる言葉でした。津波という大きな災害、しかし、当人にとってはそれと同等ともいえる悲惨なことが、いつもどこかでだれかに起きているのだと。 処女のままこどもうませてください 処女懐胎といえば聖母マリアで、高潔でありたいという願いを読むこともできるのですが、特別な存在(あるいは偶像)になりたいという承認欲求のようにも感じられました。すると、事前にあった安直や凡庸という語とも、つじつまが合います。 鬱積した心情が、洪水のように、おしよせてくるのを感じる作品です。 (閉塞に慣れすぎて)

2020-03-07

石村さんへ 過分な評価をいただき、恐縮であるとともに光栄です。まことにありがとうございます。 (はっかといちご)

2020-03-07

渡辺さんへ 本作は気恥ずかしさもちょっとあり、匿名投稿は都合がよかったですね。 作者名の先入観があったら、あえて指摘なされなかったかもしれない、渡辺さんからのコメントを、うれしく思っています。 雪の結晶を模したテキストについては、ほぼ狙い通りの反応で、おもしろいと感じていただき、ありがとうございます。 (はっかといちご)

2020-03-07

トビラさんへ この詩の物語はフィクションですが、この詩を書いたときの心情はたしかなものでした。そうした情念が伝わったのかなと思います。心にしみたとのご感想、ありがとうございます。 (はっかといちご)

2020-03-07

リフレインが印象的なのですが、〈小指のない約束〉これはなかなか詩的で、この一語だけでも情感を表せるところに、詩というもののよさがあります。つまり、不確かさも、不透明さも、かなしみも、〈小指のない約束〉という言葉に含意されているので、あえてそれらを語ると、詩としては間延びしてしまいます。ただ、リフレインによる文の音楽的な効果は見込めるかもしれませんが。 (ひぐれて)

2020-03-06

千才森さんからお返事をもらってからフォーラムを見てみたら、私の『ホリデイ』にも句を詠んでくれていたんですね。なんだか、千才森さんの休日観が表れているようで、微笑ましかったです。お化粧して遊びに出かける日もあるでしょうが、そういうのを脱いで、ひとり書架に籠るのが、純なホリデイの過ごし方かもしれないな、と。絵にあたらしい解釈をあたえてもらえたようです。ありがとうございます。 (視野狭窄者のかくれんぼ)

2020-03-04

この作品にはたくさんの海のいきものが登場しますが、どれもあえて漢字で書かれているのが好いです。この工夫がなかったら、たいしておもしろくなかったかもしれません。竜宮城で海の幸が舞い踊っているように、本作ではさまざまなイメージを含んだ漢字が舞い踊っていますね。とくに抹香鯨を気に入っています。この作中世界の浮世離れした雰囲気が、〈抹香〉という字からも漂っているようで。文字へのフェティシズムみたいなものをくすぐられるようでした。 (海底二万海里奇譚)

2020-03-03

おひさしぶりです。ネタが尽きたみたいなことを以前に作中で語っていたので、もう来ないのかなと、ちょっと諦め気分でいたところに、意想外な仕方での再登場をありがとうございます。(しかもすごい文章量) 匿名制を利用しながらも、作中に著者名を織り込んでいるあたり、あらためて愉快な方だなと感じてしまいました。笑 以前からコメント欄などで感じていたことなのですが、思考の流れをこうして文章化するのが、千才森さんは得意そうだし、上手いなと思います。 小説はトランクで、詩はファッション、というくだりも、もしかしたら賛否はあるかもしれませんが、なるほどなあと私は思いました。 断章的に挿入された小説の一節もすてきで、本文を読んでみたいと思わされましたよ。 作中に本物の千才森さんが一人きり居る、という最終問題。考えたのですが、それはこの設問そのものに居るんじゃないかなと思いました。というのは、本作のどれも千才森さんの文章にしか感じられませんでしたし、『さみしんぼ』というのも、なんとなく千才森さんらしく感じられて。 とはいえ論理的には、この設問が偽であるなら、そもそも作中に一人きりという千才森さんも偽であるだろうし、設問が真なら、そこに一人きりの千才森さんはすでに顕れてしまっていると思ったからです。もしそうではないとしたら、本作の外、つまりコメント欄などで、この難問は出題するべきだったと思うんですね。しかし、設問自体も本文に組み込まれていますから。 『視野狭窄者のかくれんぼ』(隠恋慕?)という題名も、詩語として興味を惹かれて、とてもよかったです。 (視野狭窄者のかくれんぼ)

2020-03-01

春の夜って、静かなんですよね。たぶん、暖房器具の音も消えるし、秋のような虫の音も無いからなんじゃないかなと思います。 そんな静かな夜を識る感覚が、詩的だなと感じます。 どちらかといえば動脈の律動の方が感じられそうなのですが、静脈という語には、静かな、受け身のようなものも表象されているのではないかなと思いました。 (静脈)

2020-03-01

風を感じたければ、窓を開ければいいものを、割ってしまうところが、いいですね。いや、いいのかはわかりませんが。それだけ鬱積した激しい感情が伝わってきます。せめて詩のなかでは、開放感を求めてもわるくないな、と思いました。 本当に大人なのか、と省みながらも、ガラス窓に映った自分の顔が活きいきしていた、という落としどころも、スムースでよかったです。 (窓の外風吹く)

2020-03-01

このサイトにいまこのときに投稿されたことにより、映えている作品ですね。しかし、たとえ他所で公開されたとしても、本作の寓話的なおもしろさは損なわれないであろうと思いました。 (John Does Jane Does Town)

2020-02-29

ぼくはひとりで春になろうとした この最後の一行がうまれるまでに、さみしさや、かなしみが、おそらくたくさんあったのだろうと、想わずにいられませんでした。 (ある春)

2020-02-29

アールヌーボーの夜、とてもすてきじゃありませんか。春先の夜の、いきいきとした雰囲気が、顕れているようで。 36℃のとなり、人肌の換喩として、これもいいなと思いました。 本来なら広い砂漠を旅するはずのラクダに乗って、公園、あるいは砂場でしょうか、狭い世界を散歩する感覚もおもしろいなと。 首の折れた椿姫、椿はまさに、花弁が散るのではなく花ごと落ちて、そこに女性らしい哀しさを託すのはわりと見受けられる表現ですが、そのあと、くもりガラスには写らない、というのがなかなか秀逸だなと思いました。落椿の悲哀も、不鮮明な視界には、その姿が視えないのだろうと。しかし、だからこそ、羽目を外して夢を見ることもできるのかもしれません。 そのように情念をミスティフィカシオンしつつもファンタジーに興じた作品であるように感じました。 (偽善者)

2020-02-29

ステレオさんへ 単語そのものが詩的、これはよい指摘です。(駄洒落ではなく) ただ、かならずしも勢いや派手さがあればいいというわけではありませんね。水平線に日が沈むように、消え入るように感じてもらえたとしたら、表現としては正しく伝わったかと思います。 回教徒という語を気に入っていただいて、ありがとうございます。これは旋回舞踊で有名なスーフィー(イスラム神秘主義者)を意識していました。くるくる舞う姿が、回教徒の「回」の字と響きあっているように思えて。終わりと始まり、生生流転、そこにこの詩の主題があります。 (空と海の涯、水と砂の際)

2020-02-28

なにかを語るよりも、象徴的に対象を用いる手法は、私は好みです。しかし最後の一行だけは、ストレートでわかりやすいのですが、安直に締めてしまった感が否めません。やみとこころ、それを巧く表象する言葉が、他にもあったのではないかな、と。 一般的には蝶は昼行性、蛾は夜行性とされていますが、そうとも限らず、同じ鱗翅目であり、蝶と蛾を区別しない言語圏もあるそうですね。とはいっても、タイトルが蝶であり、本文に書かれているのは蛾であることには、興味をひかれました。 (   蝶)

2020-02-27

親指といえば男性器の隠喩としてわりとベターで、タイトルにあるキスという官能的な語と併せ、観音菩薩の聖性と対比されており、一行の言葉と画像で詩的効果を発揮することに成功していると思いました。 ところで、私のこうした読解は新鮮味に欠けている上に俗っぽいですが、るるさんの一句とそれに対する鈴木夜道さんのお返事は、素晴らしいです。 (観音菩薩にキスしたら)

2020-02-27

S_Ujiie さんへ 儚くて、耽美的、そのようなモチーフに、私は惹かれるようです。コメントありがとうございます。 (空と海の涯、水と砂の際)

2020-02-25

みうらさんへ 西海岸を舞台にしたビート・ジェネレーションの文学作品の一節みたいな文章をありがとうございます。 (空と海の涯、水と砂の際)

2020-02-25

短い詩行に、強いコントラストが描かれているね。 はてしなく広大なウユニ塩湖と、ごく小さな吸い殻。聖なる天使と、俗なタバコ(これにはヴァン・ヘイレンのアルバム「1984」のアートワークを想起した) 二行目だけでも成り立っている気がするが、そこに一行目が加わることで、さらに化学反応が起きている。 世俗的な都市、東京から、浮世離れした、神秘的なウユニ塩湖へ。ガソリンという現実的なエネルギーで、幻想的世界へ。 (TOKYO)

2020-02-24

季語をタイトルに用いた一行詩ということもあり、俳句に近い印象を受けました。読点より前は五七五になっていますし。 「余寒」という語は、「予感」と掛けているのだろうかと思いました。どうせなら、春を予感したいものですね。そう考えると、この詩における死は、冬の断末魔の叫びが、凍みる風になっていたと解釈することもできそうです。 (余寒)

2020-02-21

本文には直接書かれていませんが、この詩に至るまでにあったであろう、社会生活の疲労が、作品に滲み出ているかのようでした。つかれていたからこそ、入浴剤に森の香りを求めたり、お湯に浸かってほーと息がもれたりしたんだろうな、と。夢想的な森に、癒される思いです。 正解も知らないけど、といったフレーズが、漠とした気持ちを表すアクセントになっているようにも感じられました。 (forest)

2020-02-21

メンヘラクレスさんへ mupic というアプリについて初めて知りました。試してみましたが、自分の描いた絵がこのように音楽に変換されるのは、感慨深いものがあります。教えていただいて、ありがとうございました。 (ホリデイ)

2020-02-21

なゆた創さんへ 詩とはなにか。 この場に非言語的な作品を投稿することには、まさしくそのような〈問い〉が内在しているのでしょうね。 とはいいつつも、難しいことはおいといて、しんぷるに絵を愉しんでもらえたら、それでいいなと思っていました。 微笑ましく愛すべき絵、そのように仰っていただいて、描いてよかったなと思います。とてもうれしい感想を、ありがとうございます。 (ホリデイ)

2020-02-19

ABさんへ ここに画像や動画を投稿することの特色は、それら非言語的な作品も、詩人の視点によって鑑賞や批評がされることではないかと思います。もし、本作によって、詩心に刺激をあたえることができたとしたら、うれしいかぎりです。 (ホリデイ)

2020-02-19

羽田恭さんへ ますむらひろしさんの、銀河鉄道の夜のアニメ、おもしろそうですね。観てみたいなと感じます。 (ホリデイ)

2020-02-19

黒羽 黎斗 さんへ これは詩ではなく絵ですね。このサイトには、言葉による詩だけではなく、絵や写真や音楽や動画といった、多種多様な作品があつまってくれたらいいなと思っています。 (ホリデイ)

2020-02-18

天野しえらさんへ 好きだと仰ってくれて、うれしいです。ありがとうございます。 路地裏の店の主人という発想も、とてもすてきですね。休業日に、一人でくつろいでいるのかも。 猫って、透徹したまなざしで、思慮深そうにしていることがありますよね。表情を気に入ってもらえて、よかったです。 (ホリデイ)

2020-02-18

楽子さんへ かわいいと感じていただいて、素直にうれしいです。ありがとうございます。 たしかに、「犬歯」の雰囲気と似ていたりしますね。 猫の擬人化は、かわいいし描きやすいのですけど、ちょっとあざといかもしれませんね。笑 たもつさんへのお返事にも書きましたが、この絵からいろいろ想像をめぐらせていただいて、うれしいかぎりです。 家にいるとリラックスするというより怠ける、この気持ちはよくわかります。笑 私も、カフェにいるときの方が読書に集中できます。でも、絵を描くときは、一人きりの世界に没入できる、自分の部屋がいちばんです。 (ホリデイ)

2020-02-17

たもつさんへ とくに難しいことを考えず、ふと思い浮かんだイメージを表現してみたくなり、感覚的にえがいた、気まぐれならくがきです。なので、キャラクターや背景などの設定も考えていませんし、感じるままにいろいろ想像していただいて、とてもうれしく思っています。 もともとはタイトルもありませんでしたが、コーヒーを飲みながら読書するのは私の好きな休日の過ごし方でもあり、他に気の利いたアイデアもないので、投稿するにあたりこのタイトルにしました。 たもつさんの仰られる、絵の鑑賞の仕方がわからないというのが新鮮でした。人それぞれ、自由に感じればいいような。それでも、たもつさんはしっかり鑑賞されていると思いましたよ。 たもつさんのような方の目にふれていただいて、感想までもらえて、詩や文章が大半であるこの場に本作を投稿した意義もありました。ありがとうございます。 (ホリデイ)

2020-02-16

心に兆すものを、修辞が覆うというよりは、言葉にし難くも言葉にしようと努めて表現された作品であるように感じました。 石が囀るのもいい これは、静寂を表現した極致ではないかと思います。 ないものはない というトートロジーをうたうカナリアの声も、遺影として顕れる、どうしようもなく孤独感がつたわってくると共に、耽美さも覚えました。 仄暗いトーンでえがかれた絵画的な詩、らんらんといった擬態語のかわいさが、かえって狂気に近い要素を醸し出しているようでもありました。 (影鳴く湖)

2020-02-14

ariel さん そうですね、抑えていた情念を、詩の最後にのぞかせてしまったみたいなところは、あるかもしれませんね。 余韻をのこせたようで、うれしいです。ありがとうございます。 (犬歯)

2020-02-13

軽快なパンクロックを聴いているみたいな。飾らない、裸の言葉で、骨太なメッセージが伝わってきます。メッセージを通り越した、大言壮語ぶりには笑ってしまいますが、元気をもらえることは確かです。ツイッターで人気のTestosterone 氏を彷彿とさせられました。 (人生万歳)

2020-02-12

カオティクルさん 私はカフェに居る時間が好きですが、お酒は家で呑む方が好きです。眠たくなってもいつでも寝られるし。カオティクルさんはお酒に強そうなので、いつか共に飽きるまで呑んでみたいなと思っています。笑 自分自身の感情や欲求にふりまわされているときは、とてもじゃないけどそれらを愛しくなんて感じないなと思います。そうした強い感情や欲求から離れて久しいとき、ふと、ふりかえってみたら、懐かしいような恋しいような気持ちが私にはありました。 カオティクルさんはもしかしたら、みずからの感情に正直でいるまっ最中なのかもしれないなと、今月投稿された作品からも感じます。私は、感情や欲求に素直な人は好きですよ。 (犬歯)

2020-02-11

私はこの詩を眺めていて、眼裏に椿の花が泛かびました。雪を背景にして、ぽつりぽつりと咲く、あるいは落ちている、椿の花。おそらく、二枚か三枚かの舌や、赤い頬っぺたから、イメージされたのかもしれません。それはもしかしたら作者の本意ではないかもしれませんが、読むことよりも、印象を観じることが似合う作品ではないかと思いました。 (鏡(回折格子、格子))

2020-02-11

文章から情念そのもののようなチョコレイトのあまったるい風味が濃厚に漂ってきて、胸やけしそうなところに、さわやかな梅の香りがふんわりと風にのってきて、感覚をたのしく刺激されました。 西洋的かつ現代風なチョコと、東洋的かつ古風な梅、このミスマッチがおもしろいなと思います。 (バレンタインが氾濫してる)

2020-02-11

ミリウェイズさん 句をありがとうございます。 詩のエッセンスを一句に抽出しようとする試みでもあるかのようで、それは提喩に近いようにも感じられました。 (空と海の涯、水と砂の際)

2020-02-10

るるさん、つつみさん それぞれ句をありがとうございます。 本作を読んでうまれた句であると思うのですが、むしろこれらの句から、どんな内容の作品なのだろうかと想像を膨らませてみる方がおもしろいかもしれないなと感じました。序文としてふさわしいような。 かるたにする案もあるようですし、札には句だけではく対象作品本文も読める工夫があればいいなと思います。 (空と海の涯、水と砂の際)

2020-02-06

リップには女性らしい化粧っ気が、ライターには不良っぽい嗜好性が、それぞれたった一語にもかかわらず、換喩として表現されています。 もとからいらないものが失くなっても、なんとも思いませんよね。失くしたもののことが意識されるのは、その対象の重要性が高いからともいえそうで、ランキングの順位がそのまま、本人にとっての重要度と比例しているのかもしれない、などと考えました。 なによりランキングとして構成されているところに、その人の茶目っ気が表れていると感じます。 (よく失くす物)

2020-02-03

ネットに墓を観じる感性そのものが、新しいと感じます。envy.com という、作中では404であると語られるウェブページのアドレスを、墓の象徴としてタイトルに据えるセンスも好いです。 世界一大きいピラミッドを積み上げたという〈私〉は、いったい何者なのか、そこに謎が残りました。それは超越的な存在なのか、はたまた主体の自我肥大によるものなのか。 〈続けていいですか〉というフレーズには、ゲームのコンティニューを確認するメッセージを連想しました。 全てが情緒からデータへと転生してゆく、ここに情報化社会の叙情性がありますね。しかし、データでしか知り得なかったものを情緒にて再発見する、といった感覚の方がむしろ近いように私は思うのですが、もしかしたらその〈情緒〉さえも、まだなんとなくデータでしかわからなかったりするのかもしれないなと考えさせられました。 もはやデジタルがあたりまえである感性に、これからの詩情の可能性を感じます。 (envy.com)

2020-02-01

パントゥーンという形式、初めて知り、調べてしまいました。反復に音楽性があって、興いと感じます。たしかに試したくなる気持ちもわかります。本作は脚韻をそろえていることも、リズムを生み出すことに成功していると思いました。 西、陽の沈む方角、一日が終わる処、そこに私たちは古来より、あの世を思い浮かべていたのかもしれません。船出、という象徴的なモチーフも合わせて、今世からの旅立ちを意識している作品であるように感じられました。 (船出)

2020-02-01

「この街」という書き出しから、街にいるのだと感じられるのですが、三連目では回想になっており、この転換は意図的でしょうか。もし、全体をとおして回想なら、「その街」という書き出しがふさわしかったはずです。細かくてすみません。 新緑街、きっと瑞々しい朝の光につつまれているのでしょうね。無垢な少年期を感じさせます。労働者に夕方=人生の斜陽を見出すという比喩も、わかりやすいです。もっと新緑街の光景を見てみたかったです。また、黄昏しかない街や、夜しかない街も、あるのかなと思いました。 夢うつつさんが切れ味の鋭い批評をされていますが、たしかにもっと煮詰めることができそうで、作品本位というよりは、作者本位である投稿のように感じられてしまいました。もっと愛情を注いで作品を創ることができたのではないかと思います。 (新緑街)

2020-02-01

内容はともかく、文章が淡々としていて、いまいちハードコアにノリきれていない印象です。冒頭の〈私〉も、甘さを加味しているような。提言よりも先に〈私〉が出てきても、〈私〉がどんな人物か知らされなければ、そこに説得力は増さない。もちろん、カオティクルさんの人柄はある程度知っていますけど、それを頼りにして読ませるのはやはり甘いかなあという気もします。BABY NEAPOLITANS のときの、誰だか知らないけど拡声機をつかって気炎を吐いている人がいる、みたいな勢いが欲しかったなと個人的に思いました。しかし、あのころとは気持ちの変化もあったりするでしょうか。 (スーパー政策)

2020-01-30

よくよく考えると、それほど奇妙ではないと私には思えました。池の端に立つことで、水面に映った自分の姿を見たと解釈するなら。ナルキッソスであれば他者を見つけたところが、本作では自分自身を認識しており、そこに対照性があるようにも思いました。たった一行の表現に、想像の余地をもたせてあり、不思議さを醸し出すことに成功しているのではないかと思います。 (池)

2020-01-30

水上 耀さんへ ご明察のとおり、エーテルは、もともとの神秘的な意味合いで用いていました。未知なる可能性を感じられているときにこそ、ロマンはあるものかもしれません。 情景を心地よいと感じてもらえて、うれしいです。水上さんの感受性がよく表れている感想を、ありがとうございました。 (夜をめぐる断章)

2020-01-28

三文字さんへ 和洋折衷感はわりと好きで、ときどきそのような表現をしたくなります。コメントありがとうございます。 (夜をめぐる断章)

2020-01-27

ミリウェイズさんへ 詩ですから、もちろん言葉選びには気を遣いますし、それが愉しくもあります。コメントありがとうございます。 (夜をめぐる断章)

2020-01-27

つつみさん 背徳感を色で表すなら黒かグレーという共感覚に、なるほどと感じました。功利心による背徳なら、そうかもしれないなと思いつつ、それが恋慕といった情念による背徳なら、むしろ原色の鮮やかさがあるのではないかと考えました。しかし、その色は油彩のようであって、宝石のように澄んではいないかもしれませんね。 フェルメールの青については、まさしくおっしゃる通りで、顔料にラピスラズリを用いていたことから着想を得ました。 本作は、書き留めていたいくつかの詩の断片に、〈夜〉という共通項を見出して、一作に編集しました。作中にカメレオンという語も出てきますが、さまざまな色彩を放つ本作を審美眼をもって鑑賞していただけたようで、うれしいです。ありがとうございます。 (夜をめぐる断章)

2020-01-26

この詩におけるベテルギウスは、ベテルギウスそのものではないように感じられます。実際は、爆発の予兆はありますが、まだ爆発していない、つまりまだ死んではいないのですが、この詩ではすでに起きたことのように語られている。壮大な天体現象への想像力が、作者の感受性によって、身近なものごとの終わり=死と結びついているのではないかと感じられました。それは作者自身にとっては自然な感覚なのであろうということも、この作品のもつ不思議な説得力が、おのずから証しているようです。 (死んだベテルギウス)

2020-01-24

ミリウェイズさん コメントありがとうございます。 犬歯、この作品の核心ですからね。しかし、この箇所だけで詩にしても、うまくはいかなかったんじゃないかという気がしています。 (犬歯)

2020-01-21

らびっとさん コメントありがとうございます。 らびっとさんの作風も、きわめてシンプルですね。詩に、書かれた言葉以上の表象作用をもたせられたら、深みが増すように思います。 (犬歯)

2020-01-21

なゆた創さん 寄稿されたコーヒーの記事、興味深く拝読させていただきました。コーヒーを愛する方ならではの、詩心のあるコメントをありがとうございます。 飲み干せなかった情念が、詩の底に澱となっていたのかもしれません。 デミタスカップ、その白磁は、犬歯の白とも響き合っているのではないかと、なゆたさんからコメントをいただいてからあらためて思いました。 もともとは、シンプルな詩を好んでよく書いていました。こうした作風の方が、私は得意なようです。 (犬歯)

2020-01-21

楽子さん 解釈の広さを感じていただき、ありがとうございます。個人的に、楽子さんは〈喩〉に対する感度が高いように感じています。明言しなくても、なにかしら感取してもらえたなら、うれしいです。 (犬歯)

2020-01-20

素朴な詩も、書かれるんですね。山火事のことをえがかれているのだと感じました。せつなくも、やさしい、寓話のようです。 (カンガルー森のうた)

2020-01-19

たしかに淡々とした文章なのですが、そこに作中主体の鬱屈した内面が顕れているようで、本作においては寂寥感を醸し出すことに成功しているのではないかと思いました。 (むこうやま)

2020-01-19

蛾兆ボルカさんへ ああ、空白も行数に含めていたと知って、納得しました。 そうですね、ソネットなどはたしかに空白は行数に含めないので、そのことが私は念頭にあったのかもしれません。ですが、観点の違いを、おもしろいなと思いました。お返事ありがとうございました。 (ルビー・ダイアナのための28行の詩)

2020-01-19

28行の詩というには行数が足りないように見受けられて、明かされていない詩行があるのかもしれない、あるいはルビー・ダイアナそのものが詩的存在であって、心臓の止まってしまった彼女の年齢が28だったのかもしれない、などといろいろ想像を掻き立てられました。一編の美しいショート・フィルムのようでした。 (ルビー・ダイアナのための28行の詩)

2020-01-18

都会的な叙情があって、好みな作品です。多様な人がいながらも感じる孤独のような、あるいは自分が全体の一部になる安心感のような。 (ある夜のパケット)

2020-01-18

「カタカナ」と書いてしまった時点で、カタカナを忘れてなんかいないと思うんですね。ちょっといじわるな解釈かもしれませんが。「かたかな」としていたら、また違った印象があったかもしれません。 (なし)

2020-01-18

初めて素直になれる恋を見つけていた 私と君の 一度きりの絶望の中 一連目のこの三行は、不要ではないかと思いました。同様のことが最後にも語られています。映像的に感じられる作品なのですが、一連目の終わりで既に恋愛の叙情に限定されるのは惜しい。そのロマンチシズムは、最後の数行だけでも効果的だったと思います。 (遠吠えは汽笛を掻き消すほどに)

2020-01-18

「君」や「僕」がどんな人なのか、読者は知らない。推測されるのは、「君」が寝た後も起きているのが「僕」だということと、「僕」が好きな「君」は「僕」を苦しませるということ。読者を置き去りにしたまま、ひとりよがりに言葉を綴られていても、読者は感情移入できない。あたかも時計の針が、見られていようがいまいが、刻々と時を刻み続けているかのよう。 (時を刻む詩)

2020-01-18

前半はいかにも詩であるような行分けなのですが、後半は「突然、」以降、句読点をふつうに用いた散文に切り替わっていて、それは空想から覚めたことを文体でも表現しているようで、うまい構成だなと思いました。 余談ですが、本作を読み終えて、安部公房『壁』第二部の締めの言葉を思い起こしました。 《もう詩人ではなくなったのですから、腹がすくのが当然なのでした。》 (まどろみと死体ごっこ)

2020-01-17

peace.pot.microdot さん コクトーに限らず、ボードレールなど、あのころのフランスの詩人を好んで読んでいたこともあり、おのずから影響を受けている面はあるかと思います。コメントありがとうございます。 (犬歯)

2020-01-16

真清水るるさん るるさんらしい、天真爛漫なコメントをありがとうございます。人も動物なのだと感じられると、ちょっとたのしいですね。 (犬歯)

2020-01-15

黒髪さん 文体に、自分なりの方法をとりいれてあるので、それが効いたのかなと感じます。何度も読んでいただけて、うれしいです。ありがとうございます。 (犬歯)

2020-01-15

一と二はわかりやすいのですが、三からは混迷していますね。こうだたけみさんの腕なら、もっと練れたんじゃないかなという気がします。 「しのごの」は「四の五の」という表記で合っているみたいですよ。各連の先頭は、ひらがなやカタカナをまじえずに漢数字でどうにか統一してほしかったなと思います。「急騰」以降は難ありかも。でも、「自由に」は好きです。 (今年こそ)

2020-01-15

大井美弥子さん 共感していただき、ありがとうございます。 〈換喩〉という表現をしているのですが、新鮮に感じてもらえてよかったです。 (犬歯)

2020-01-15

はじめまして。 詩を書く動機は人それぞれですが、言葉でなにかを表現したいという気持ちは共通しているのではないでしょうか。私は、磁界の中心さんのこの作品を読んでみて、とても視覚的だと感じました。おそらく、この幻想的な光景を、最も表現したかったのではないかと思いました(違っていたらごめんなさい)。絵に描いてもよかっただろうし、写真に撮ることもできたかもしれない。ではなぜ、〈詩〉という表現手段を選んだのか。なかには、イメージを表現したいけど絵が描けないからなどの理由で、詩に書く方もいるかもしれませんが。せっかく詩を書くなら、詩ならではの表現をしたくありませんか? といっても右も左もわからないのかもしれませんし、技術的なことは話し始めたらきりがないのでやめておきますが、幸いこのサイトにはたくさんの詩が投稿されているので、まずはいろんな作品を読んでみて、良いなと感じることがあったら、なぜ良いのかを自分なりに分析したり、感想をコメントしてみるのはいかがでしょうか。とくにコメント欄は詩に関する情報を交わしていることもあるので、そこから興味をもったことや知らないこと、あるいは詩人について調べていくのもおすすめです。きっと、詩に対する理解も深まっていくはずですよ。 (愛を君に)

2020-01-14

作風の進歩がめざましいなと感じます。贅肉がおちて、よりスタイリッシュになったような。 た、た、たいよう といった吃音的な表現や、音楽的な反復など、吉増剛造さんを彷彿とさせられ、こうしたテクニックをいつどこで仕入れてきたんだろうかと思わされました。でも、むしろ天然だったりするかもしれませんね。 朗読してみるのもよさそうですよ。 (暴力は白く微睡む)

2020-01-13

美意識を感じられる構成が、いいなと思いました。もちろん、それが詩のすべてではありませんが。筋の通った、丁寧な作風に、好感をいだきました。 古い時代の詩集や小説を読むと、自分が体験したことのない風物にも、懐かしさみたいなものを感じたりしますね。 (無い過去。)

2020-01-12

これはなかなか高度な作品だと思いました。可笑しみのあるパロディを基調としながら、ひとひらの叙情性を含ませ、それでいて、クローンや人工知能といった、人間らしさを置き去りにして進歩していきかねない科学技術への警鐘とも読み取れそうです。楽しくも深みがある作品です。 (増えろワカメ)

2020-01-11

詩情を掴みきれていない印象です。抽象的という意見も聞かれますが、具象あってこその抽象であると思い、総じてなんとなく詩らしく書かれたもののように見受けられました。それは必ずしもいけないというわけではなく、ただ、直観に留まっているようで、もっと深く掘り下げていけたんじゃないかという気がします。また、統一感に欠けており、かといって語やイメージの意外性が功を奏しているかというと疑問で、やはり煮えきらない読後感があります。 (あい)

2020-01-11

ツイッターでこの詩の前段階を拝見したときから、「地下鉄」という語には深い含意があるように感じていました。なにか記憶の地下の暗闇を、通っているもののような。今作で「ご先祖様の〜」という輪郭をあたえられたのはよいのですが、ツイートのときの方が、語のイメージへより深く潜ることを誘われていた気がします。 それはさておき、視覚と聴覚あるいは嗅覚が不可分に結びついていることが印象的でした。例を示せば、 白くながれてゆく砂のような明けがたの音 半蔵門線の“紫”に流れる弦楽の音色 聴くことや視ることが渾然一体になっている、イマジネーションの感覚、それが自然に顕れている作品ではないかなと思います。 (始発)

2020-01-10

草は枯れ 花は散る という聖書の言葉が、日本的な無常観にも通じているようで、その次の行に日本人とイギリス人の名前が並置されていることもより印象深くしていると感じました。 ひらいた小説のとある一ページを思わせる、断片的な作風、それが魅力でもありますが、文体の洒落ている方ですから、いつか物語としてまとまった作品を読んでみたい気もします。 (meow.meow)

2020-01-10

実話かそうでないかは、読者からするとあまり重要ではなく、冒頭の一行はなくてもよかったかもしれないと思いました。ただ、文章からとても正直さを感じる作品で、よい話を聞かせてもらったな、という気持ちです。 (運命の輪を回せ)

2020-01-10

詩人にありがちなよこしまな下心なく、自分らしく気ままに、楽しんで書いておられるなと感じました。後半に詩行をくりかえすあたり、歌詞っぽいとも思います。 「ファウスト」のワルプルギスの夜の場面に、こんな歌が挿入されていそうな、妖怪が出てくるけど賑やかで楽しい、みたいな作品ですね。 (カロンに口づけ)

2020-01-10

蕪城一花さん うっとりしていただけたとは、うれしい感想をありがとうございます。 (夜をめぐる断章)

2020-01-10

たのしい作品なのですが、じつは、一連目から躓かされていました。なぜ、よりによって「ムカデの足」なのだろうかと。それがずっと気にかかっていたのですが、ムカデ、百足、百本あるといわれる足の一つ、無数の可能性のうちの一つ、数多のパラレルワールドみたいなものを、始めから予感させられていたのかもしれない、という解釈に至りました。 図書館は、日常的でありながら、書物のなかのファンタジーにも続いているかのような場所だなと思います。 ぜんぶで31あるので、一か月間の日記という風にも読める気がしました。 私も、稲垣足穂の「一千一秒物語」みたいだなと感じていました。ただ、稲垣足穂の場合は(著作を読み込んでいくとわかるのですが)、一見するとナンセンスでも、どの作品も氏の美学や見識に基づいており、これほど芯の通った作家もめずらしいのではないかと思わされるほどです。 もしかしたら、奇想天外なこの作品にも、たもつさんのバックボーンみたいなものが表現されていたりするかもしれないと、ふと思いました。 (図書館物語)

2020-01-07

おひさしぶりです。 円熟味というか、おちついた印象を受けます。ミニマルな詩行。全体的にひかえめなトーンですが、太いベース音のような、たしかな叙情が響いてくる作品でした。とくに最後の二行が秀逸です。 (dick)

2020-01-06

恋札の歌には、なるほど、あやかしの仕掛けがあったんですね。あ、そういえば、寝月姫〈ねつき〉は逆さから読むと〈きつね〉ですね! こまかいところにも言葉遊びを仕込んでいるあたり、千才森さんらしくておもしろいです。 走馬燈の映像と共に変化していく場面は、とても印象的でした。夢の中の夢のような。唐突に、現代の会社での場面になるところも、意外性がありますね。 『白い迷い家/黒い家。』でも感じましたが、こういった幻想的な映像の変化が、千才森さんは上手いのではないかなと思います。 主人公を「貴方」と呼ぶ、俯瞰した語り手の存在が、ミステリアスにこの物語を牽引していると思います。終章を読んで、語り手はもしかしたら、夢を見ていた社長の傍にいた人物ではないかと思いました。このあと、さらに現代版の展開も予感させられますね。 独自解釈のいろは歌が、物語の基底になっていたことも、良い構成だと思いました。いろは歌が、この物語の縮図でもあるかのようです。 深山幽谷の気を宿した、千才森ワールド、愉しませていただきました。耽美的かつ妖しげな世界観、とても好きです。 (いろは峠と恋札めくり(後編) ~詩飾り小説の欠片~)

2020-01-05

実は、私は泉鏡花の作品がとても好きで、このような作品を千才森さんが投稿してくれたことに、感に堪えないところがあります。旅の途中、迷い込んだ館で、妖しくも美しい女と出逢う、まさしく泉鏡花そのものじゃありませんか。さすがに泉鏡花の美文には比べることはできませんが、それは時代性もありますし致し方ないことで、むしろ読み易い千才森さんの文体に私は好感をもっています。それよりも、一夜の相手を、札に書かれた歌とその返歌によって決めるというアイデアは、泉鏡花にも匹敵する、いや、古今の幻想文学作家も感心しそうなほどの艶やかさがあります。 ちなみに、もし私だったら、「玉響を鳴き納めしは 晩夏の蜩 草雄虫 仕舞えぬ恋に縋りて過ごす 夏の終わりの長きこと」を選ぶかなあ、と思いました。笑 ちゃんとした短歌の形式であったらな、と惜しいところでもあります。 建物内に描かれた森羅万象の画は、ミクロコスモスのようでもありますね。平面を映す物こそ立体、という謎かけのような言葉には、どことなく女陰と陰茎を連想させられ、陰陽和合の思想も表しているのかもしれません。奥の襖に描かれた鳥居も、女陰を象徴しているように思いました。女の子の胸元のお守り袋の、限界まで熟させた果実の香りも、それとなく性的な印象を匂わせていたり。そのあとの展開も、とても官能的で、酔わせてもらえました。 今作はたしかに長いですが、それでも文庫に収録されていたらすぐに読み終えてしまえる量で、こうしたサイトと本では、読書の印象は違ってくるものなのかもしれませんね。 では、後編の感想は、また後ほど。 (いろは峠と恋札めくり(前編) ~詩飾り小説の欠片~)

2020-01-05

千才森さんへ あくまで現実の範囲のなかで妖怪といった幻想をえがくこのシリーズも、今作で最後になります。どう落着させるかいろいろ考えましたが、東北地方ということもあり、この世でありながらあの世の光景がひろがる恐山は、ラストを飾るにはこの上なくふさわしい舞台であると思いました。 個人的に、恐山といえば寺山修司で、氏の作品中の台詞が今作と響きあうようにも感じ、勝手ながら引用させていただきました。ちなみに冒頭に引用をもってきた例は、去年の私の投稿作品に「古書店」と「つくよみ」があります。どちらも、短歌の引用になります。私の作品にも引用は賛否両論ありましたが、他者の言霊をそのままもってくるというのは、コラボレーションするみたいで、新鮮な感覚を覚えます。 試行錯誤は、しましたね。それまで千才森さんからもらった意見も取り入れつつ。輪廻と風車、気に入ってもらえてよかったです。今回はスピリチュアルな内容の文章が多いですが、最後ぐらいはちょっと思想的になってもいいかな、と思いました。仏教的なモチーフは、たしかに自分らしいです。鬼婆から鬼子母神(鬼神であったが自らの産んだ子を喪ったことをきっかけに仏に帰依した、子供と仏教の守護神)も表現しようかと思いましたが、お地蔵さんとの兼ね合いで焦点がぼやけてしまいそうなので、諦めました。 円環構造とまではいきませんが、「女優」という言葉をとおして、はじまりの『旅館』に出てきた女の子とのささやかな共通点をもたせてあります。 このシリーズはここでおしまいですが、主人公の旅はこれからもありそうな、終わりだけど静的ではなく、まさしく風車がまわるように、動的なラストにすることができたかなと思います。 実は、私自身は東北地方を旅行したことはなく、機会があればこのシリーズの舞台をめぐって旅してみたいなとも思いました。そうしたら、風景写真を撮って、旅行記みたいに作品に挿入したいですね。フィクションからはじまったリアルな旅も、おもしろいかもしれません。笑 千才森さんの『かぐや姫壱夜』は、古い時代のようでいて未来のSFであるような、判然としないところにおもしろみがあると思うのですが、千才森さんがもらった寸評からすると、小説ということであれば世界観などを仔細に表現し、読者への説得力をもたせる必要があるのかもしれませんね。詩は、反対に、いかに読者の想像力を刺激するかが大事になってきそうです。 小説と詩、どちらも文芸でありながら、方向性は大きく違いますね。だからこそ、その境を往き来することは、楽しいのかも。ちょうど、現実と幻想のはざまのように。 お返事が長くなってしまいましたが、それだけ思い入れのあるシリーズでした。書いていて楽しかったです。きっかけをあたえくれた千才森さんに、あらためて感謝します。ありがとうございます。 (風車はまわる)

2020-01-04

今作は、ステレオさんに通底しているディストピア感を、最もソリッドに表現した作品ではないでしょうか。いままであった近未来SF映画的な煌びやかさはなく、モノクロ映画のような印象で、こんな悪夢を、いつか自分も観たことあるような気さえします。 タイトルにある「9090年」には、『変身』における主人公の名「ザムザ」が著者「カフカ」の言い替えであるという説にも似た、今年「2020年」を横滑り=パラレルさせたかのような印象を受けました。 (9090年のハッピネス)

2020-01-01

西洋において、現代詩が興るまえの「詩」の成立条件は、法則にしたがって音韻を揃えることにあったと思われます。実際、今作の原文を読んでみても、英文のリズムには楽しさを覚えますし、この語感をそのまま日本語に訳すことは、とうてい無理があります。西洋の詩を、日本語らしいリズム、つまり七五調などに置き換えて訳した方もおられますが。今作の訳詩は、意訳となっています。かつて西洋の詩の条件であった音韻が失われたこの文章に、はたして詩情を感じることはできるでしょうか? もし、この訳詩を「詩」であると思って疑わない方がおられたら、いまいちど「詩」とはなにか、思索してみることを私は勧めます。現代詩とはなにか、古い英語詩と比較して考えるきっかけになるという点で、この訳詩の試みを私は評価したいです。 (騎士よ調子を Cavalier Tunes)

2020-01-01

あけましておめでとう。 これは、中学生の女の子が投稿したことを知っているか知らないかで、印象が違ってきそうですね。もちろん言葉からも、情緒不安定な若者だということは察せられるのですが。私としては、夢うつつさんの年頃をなんとなく知っているので、うぶな切実さにも、くすっと笑ってしまいました。ごめんなさいね。達成できたうちの一つ〈何言われても変顔で返す〉は、想像してみても、とてもチャーミングだなと感じます。笑 あと、画像か本文かのどちらか一つだけだった方が、よりインパクトがあったように思います。 (2019 今年やりたいこと)

2020-01-01

これは、せつない詩ですね。 直喩ではなく、隠喩のみを用いており、しかしけっして難解ではなく、そこに潔さを覚えました。 (血液から生え出す植物、青。)

2019-12-31

大作は来月〜という発言に油断させられていたところに、これは不意打ちでした。笑 年忘れ、どころか、なにもかも忘れてしまいそうな酩酊感。美しいイメージと、おどけたフレーズが、ないまぜになっている、詩の坩堝。構成は「部屋に仕掛けた定点カメラ」を踏襲していますね。会社勤務の一日、だけど頭の中は妄想でいっぱい、みたいな作品でしょうか。笑 混沌としていても、下品にはならないところに、千才森さんの感性が表れているように思います。 (年末は楽しく飲みたいねって事で、楽しさ10万馬力!)

2019-12-31

仲程さん、改め、AB(脂喰坊主)さん 耳なし芳一、気づいておられましたか。 このシリーズ、現実(現代)を舞台にしながらの妖怪っぽさがコンセプトになっていることもあり、その妙味を演出したくて、あえてタイトルを「ティアドロップ」にしたところもあります。ですが、アンバランスに受け取れることもあったかもしれません。もうちょっと、わかりやすい「耳なし芳一」感があった方がよかったでしょうか。しかし、演奏会場がたとえば「墓地」とかだったら、あからさまかなあと思ったり。現実と幻想との、ギリギリの攻防、難しいですが、それがまた書いていておもしろかったりもしました。ご意見をありがとうございます。 (ティアドロップ)

2019-12-29

いづこにあるや千才森 いろとりどりの花ばなが 千々に咲きみだるるといふ いづこにあるや千才森 夢のまにまに見ゆるかな 詩とコメントをありがとうございます。 ちょっとテンションが高いけど平常運転、そう言ってしまえる千才森さんのノリが、私は好きです。笑 援護射撃でもしたいところですが、戦場はどこかわかりませんし、せめてここに味方がいるということを覚えておいてもらえたらなと思います。 「行燈」に古風なイメージがあること、ああ、中程さんの指摘も、いまになってよくわかりました。たしかに、現代としては違和感がありますね。 ところで、今作には妖怪らしいものが出てこない、とは思わなかったでしょうか? 種明かしすると、「ゆれるポニーテール」を書いたころから舞台が東北地方であることが確定したので、そこから盲目の三味線弾きが思い浮かび、さらに「耳なし芳一」を連想し、それを現代風なギタリストにアレンジしたことが今作の底流にあります。そのことが念頭にあったせいか、作者としては「行燈」という古風な語も自然に出てきたのかもしれません。ただ、それをうまく印象づけられなかったことは、やはり失敗でしたね。 ベースになる作品、であるということは私も薄々感じていて、長文作品を書くことに慣れていない私は、手短に済ませてしまうところがあるように思います。書いていて、まどろっこしく感じてしまうんですね。なので、長文を書ける方を尊敬していますし、どういった意識で書いているのか、という興味もあります。 千才森さんの新作はかなりの大作になりそうだということ、これは期待も大きいですね。とても楽しみです。 (ティアドロップ)

2019-12-29

それぞれの連において、文章の因果関係を示す理由のようなものが、すっぽり抜け落ちている。その明示されていない「なにか」は、おそらく作者にしかわからないであろう感覚で、直接語っても他者に伝わるとはかぎらない。そうして表現された、因果の不明な言葉をつないでいる「なにか」に想いを馳せるとき、わからないけど、たしかに感じられるものがある。そこに、詩がある、と観じました。 (待降節)

2019-12-28

高い感受性を窺えます。それは過敏なほどで、現実に生きづらさを覚えることもありはしないでしょうか。  生命線は解けてイヤフォンの紐と絡まって大変不快です(人生、ワイヤレス・イヤフォンを素直にねだれません)。  居心地の良いおかあさんのお腹の中に(そいつはベッドの脇にあるコンセントに、だらしなく繋がったまま眠っていることです)。 こうした詩行に、イメージの横断的な発想あるいは思考が顕れていて、秀れていると感じます。 素材を切り出してきたままのような文章で、その無為な乱雑さがいいのですが、一つの方向性をもった作品に仕上げることができたら、さらに良いと思います。とはいえ、たゆたう意識の流れをえがいたような今作を、タイトルはうまく表象していると思いました。 (1KHzの正弦波)

2019-12-25

頻出する「殺」という語が強いのですが、「毛布」や「モウのアイスクリーム」といった語がやさしくふんわりしていて、その差異が絶妙だなあと感じました。 朗読も聞かせていただきました。大胆かつ優美なピアノが、この詩と合っていて、文章だけとはまた違った趣があって良いですね。 余談ですが、ウォン・カーウァイの映画つながりで、タイトルは「恋する惑星」をもじったのかなと思いました。 (恋する生き物)

2019-12-18

古典的な象徴主義の香りがして、私は好ましく感じます。新しさがないといえば、そうかもしれませんが。 自分自身と自然とを一体にとらえた感覚は、すてきです。ボードレールの万物照応を思わせます。 (倦怠)

2019-12-17

仲程さん 行燈が気になるとのことで、これは、微笑みのぼんやりした印象を醸し出したかったんですね。また、行燈は夜道を照らす灯りでもありますから、誘うイメージの妖しさも含めて。 会話が主の前半と、演奏が主の後半では、雰囲気の変化はありますね。「本能」にしても、作中に舞台の転換があると、あまり受けがよくないのでしょうか。もしこれが演劇であれば、間をおいて、背景を整えるひつようがありそうなところですね。掌編でこれをやると、読者の意識がついていけないのかも。「旅館」や「見つめかえす瞳」などは、舞台が一貫しているので、コンセプチュアルな散文詩としてもスムースに読めるのかもしれない、と考えました。千才森さんの意見も聞いてみたい・・・ (ティアドロップ)

2019-12-17

この雨という小さな海がどこから落ちてきたのかを私は知らない この夜という巨大な影がどこから落ちてきたのかを私は知らない これら詩行がこんなに胸に響くのはなぜだろう、と考えさせられた。大小のイメージからなる比喩、それよりも強い説得力をもたらしているのは、文体そのものの持つリリシズムの力だと思う。灰青色の濡れながら最後まで駆けていくような文章、表現から、痛切なものが伝わってきました。 (知らない、でも知っている)

2019-12-17

peace.pot.microdot さん 涙をながすとき、そのひとの瞳は最も澄んでいるかもしれませんね。コメントありがとうございます。 (ティアドロップ)

2019-12-17

私は無季自由律俳句を、恐ろしく感じています。俳句の形式をすべて取り払っても、尚そこに残る、俳句の精神。私自身もつくってみようとしたことはありますが、形式という衣服を剥がされて裸になった俳句の姿をまえにして、慄きました。一見すると気軽に取り組めそうなのですが、俳句を極めた者でないと、真の無季自由律俳句はつくれないのではないかとさえ思います。 俳句の一つの特質として、自らは語らず、風物に情緒を託す、ということが挙げられます。貴音さんの今作では、情緒が怪談に置き換えられるわけですが、ホラーとは別に怪談には恐怖感だけではなく日本らしい情緒が含まれていると私は考えていて、俳句とも相性がよいのではないかと感じました。 また、今作は構成がおもしろいです。無季自由律俳句が主なのか、試合が主なのか、はたまた怪談が主なのか、どれをとってもおもしろい作品であることはまちがいありません。この試合が事実かフィクションなのかはわかりませんが、タイトルにある「電脳仮試合」という語には、仮想的なイメージが含まれているようにも思います。 余談になりますが、怪談を題材にしていることもあり、この試合にも一抹の怪談風味があれば、それがたとえ冗談だとしても、さらによかったかもしれないなと感じました。たとえばベタですが、居ないはずのもう一人の審査員ないし閲覧者の存在を匂わせたり、とか、どうでしょうね。笑 (詩をリードファイター、自由律電脳仮試合)

2019-12-14

タイトルがオシャレですね。 砂 時 記憶 遅れ 内容的にはわりとありふれたイメージで、タイトルの言葉の範疇に収まってしまっている印象です。 ただ、砂浜を散策したあと家に帰ると、そういえば床に砂がちらばっていることがあるなあ、と思い、この着眼点はなかなかいいなあと感じました。なくしたはずの記憶のかけらを、ふと、みつけてしまったみたいに。 (スナトキオクレ)

2019-12-14

「幻」というタイトルがくせものです。本作に描写されている光景が幻なのか、それともこの光景からなんらかの幻を体験したのか、いずれにしても、本文には幻を思わせる要素がまったくありません。タイトルの「幻」という一語に頼らずに、文章だけで幻を表現できたら、もっとよい作品になれたと思います。 (幻)

2019-12-11

構成にわかりやすさがありますね。主題といい文章といい、萩原朔太郎の詩のような、古風さを覚えました。タイトルはいっそのこと「望遠と煙管」にしてもよかったかもしれません。遠くを望むことがそのまま、くゆらすような内省に通じている作品だと思いました。 (望遠とパイプ管)

2019-12-11

生を、もしたった一文字で表すとしたら、それは「あ」になるのではないかと思わされました。 あ、阿、A、初めの音。 死を表す対義語があるとしたら、 ん、吽、Ω、あるいは無音でしょうか。 生きているかぎり、音を放っている。星でさえも、光を放っている。そう思えば、世界には無数の「あ」があふれている。とても繊細な感覚で書かれた作品だと思いました。 また、そうした考察はべつにしても、この詩をまえにしては、素直にならざるをえない、やさしい言葉の力があるように思います。 (あ、)

2019-12-09

なゆた創さん ユークリッド、という語感が好きで、いつかどこかでとりいれてみたいと思っていました。笑 ロードムービーの雰囲気は、意識していたところがあります。 描写を評価していただき、ありがとうございます。 (ゆれるポニーテール)

2019-12-09

まさしく即興で思い浮かんだままに綴ったような文章で、作品としてはまとまりに欠けていますが、それでも読ませてくれるのは詩的な感性に裏打ちされているからでしょうか。 最終連が秀逸で、文章本来の意味を超えて官能性がたちのぼってくるようにさえ思いました。「八女」「やわらかに開く」「俺を濾過して私になり」などといった語が、イメージを孕んでいるのかもしれません。 (詩と信仰と読点についての即興詩)

2019-12-08

各連の冒頭に掲げられた断言的な一言が印象的で、これは台詞が主であるために舞台となる場所や時間帯などを直截に指示する戯曲の手法を彷彿とさせられました。ところが詩においては、「季節は冬」「時は夜」などといったことをいかに明示することなく表現されるかが一つの醍醐味であるように私は考えます。本作においても、試しに各連の冒頭の一言を消して読んだとしても、本文から夜などの場面を察することは出来、またその方がより深く情緒を感じられるようにさえ思います。そうした意味では、本作の形式は詩への挑戦ともいえそうですが、それが成功しているかどうかは一抹の疑問があります。 (実在の声)

2019-12-07

脳をマッサージされるような詩だと感じました。それというのも、アンモナイトからうずくまるもの、娘、ダンゴ虫、月、猫、などなど、めまぐるしく変転するイメージに意識を向けさせられてゆき、2では、あいまに灼熱の昼をはさんで深夜の雨という、相反する大自然のスケールまで意識は拡大され、そのあとふたたびアンモナイトに戻ってくるわけですが、そのころには脳はすっかり痺れてしまい、のびてしまったアンモナイトについての話をぼんやりした意識でしか聞いていられないような心地のところに、こんどは弛緩のイメージがおとずれる。いままで、ぎゅっぎゅっとうずくまるものに向けられて緊張しきっていた意識が、ゆっくりと弛緩していく開放感。凝りがほぐされていくかのようでした。 (うずくまるもの)

2019-12-05

昨今、ピエール瀧や沢尻エリカが捕まって、それ自体はどうでもよくありませんが、それによる彼らの作品や活動への影響なんて、正直どうでもいいじゃないかと思うんです。アーティストの人間性がたとえどうあろうと、作品とは関係ないじゃないか、と。 そこで、昭和におけるサブカルのヒーロー、寺山修司が要請されるのだと感じます。時代のつまらなさを打ち破ってくれるエネルギーを、言い換えると寺山修司的なものを、みうらさんは欲しているのではないかと、今作を読んで思ったわけです。記念館への旅路は、比喩的に人生の旅路として、生涯のうちにおもしろいものを目撃するか体験したいという願望が顕れているのではないかと。 ただ、みうらさんの過去作にもたまにある、特定の人物名を作品に用いる手法はおもしろいと思っているのですが、作中に多用するのはよくない気がします。用いるなら効果的なアクセントとして、一名でもいいように思います。 (どうでもいい沢尻エリカと寺山修司記念館までの旅路)

2019-12-05

先月二作品が実直な作風だったこともあり、今作のおどけっぷりに、さすがだなと感じてしまいました。笑 バランス感覚というか、いろいろな面を見せてくれるのがおもしろい。 で、まえにもこんなことがあったような気がするなと思って、なにげなく千才森さんの過去作を読み返してみたら、『畦の散歩歌3編 (潮風のおまけ付き)』に、まさしく『大根独り舞台』があったではありませんか。既視感の正体はこれか。内容的にはほぼ同じですが、今回の改訂版の方が一部の言葉や文章のレイアウトがより洗練されていると感じます。 他の方の例もありましたが、ここではオムニバスよりも単発の方が、視点が分散されずに読まれやすくなるのかなと思いました。私は『部屋に仕掛けた定点カメラ』のような混沌とした作風も楽しくて好きですけどね。 (秘伝の口上レシピ『大根の誰うま煮』)

2019-12-05

「俺もやるからマジックを」 これは、手品と筆記具とのダブルミーニングではないでしょうか。えがいた星を、あとで消す、のちのイメージとこの語の妖しさが響きあっているように思います。 ナナニーゼロは、初読はなんだかよくわかりませんでしたが、720=ナツヲ、ああそういうことかと。 ナツヲの夏と、オリオンの冬、大失敗どころか、相反する二人の関係性が表象されているようです。 コメント欄での作者のエピソードが本作に魅力を加味しているように思いますが、作品自体としても、直截的には語られていなかった想いのひめやかさが、磁力になっていたのではないかと感じました。 (「オリオンの消滅」)

2019-12-05

秋の詩情というよりは、秋そのものが詩情なのかもしれません。 美しさを言葉に表現したとたん、胸にいだいていた感動とは異なってしまう、そんな逆説が表れているような。 それなら言葉にするよりは、風や空に祈っていたい気持ちになりますね。けど、だれかに伝えたいような気持ちで。 (秋の詩情)

2019-12-04

最後の一行に、 誰にも邪魔されたくない とありますが、この作中話者についてはその優秀ぶりが前半で語られていたこともあり、いったいなにが邪魔になるというのだろうかと思いました。そう考えると、 私が一番 私が先頭だ という言葉は、むしろなにかに急き立てられているようにも感じられます。 いちばん気になったのは、どういった動機で書かれたのだろうか、ということでした。それというのも、この作品に見出せるような主張を、せいろんさんの(この場での)人柄からは感じられず、もしかしたら隠れた一面だったりするのかもしれませんが、フィクションにしてもどちらにせよ、迫真性が足りないと思いました。作品だけが、ぽっと浮いているような感じです。 (自由について)

2019-12-04

そして一度死んだ者はこの世から存在の座標ピントがずれ続けるのだと今になって思い知ります。 そう思い知った理由はなんだろうかと、作中では語られてはいないけどたしかに存在するであろうそれこそ、不可視的で幽霊じみているように感じられました。 私(たち)は、不可逆的な死者として肉体的生を送り続ける といった言葉から、寺山修司の詩「懐かしのわが家」の一節を想起しました。 ぼくは不完全な死体として生まれ 何十年かかって 完全な死体となるのである (秋桜)

2019-12-04

夢 花 死 神 ガラス etc... それらあたりまえのように美しい言葉に頼り過ぎてはいませんか。主題も観念的に終始しているように思います。耽美的な嗜好性はわかるものの、表現にもっと工夫や独創性が欲しいです。 (死が二人を分つ頃)

2019-12-04

人生経験豊かなみうらさんが語ってくれると妙に説得力があるというか、自分もあらためて気づいたのですが、このポニーテールの女性はどちらかといえば不良的で、そのような彼女の語る立派なお屋敷(これはもとより幸福の比喩でもあるのですが)は、たしかにこの人物像だからこそ語り得た感触があったと思います。ありがとうございます。 (ゆれるポニーテール)

2019-12-02

みんなが美しいと思うものを僕は憎み どうしてこんなにも冬の夕方は美しいのだろうか 一般的に美しいとされるものを僕は憎むなら、この二行は、冬の夕方には憎いものがあふれているように読めます。日曜日の夕方、華やいでいる、クリスマス前の冬の街、たとえばそんな光景は、孤独者にとっては辛いものがあるかもしれません。 気障な表現や文章はこの作者さんらしいなと感じ、それがなにげに好きだったりします。 (sunday nightに想うこと)

2019-12-02

トンネルの中心を境に、向こう側にいけるのだった もう後部座席に女たちの気配は失せている こうしたなにげない詩行に、象徴性を見出せます。滑らかな文体であり、それは注視しないと読み過ごしてしまいそうなほどです。 積み上げてきた時間や生き様と、限られている残りの人生への視線が、そつない文章におのずと滲み出ていると感じられる作品でした。 あの草は私だ、あちらの草の塊も私〜 という連は、やはり圧巻です。 (県境)

2019-12-02

yamabito さん 文章の運びを気に入っていただき、ありがとうございます。 (ゆれるポニーテール)

2019-12-02

せいろんさん 作中に奔放な女性を登場させたり、この場にこうした散文の連作を投稿していることなど、どこか冗談めいたことのように感じています。ふざけているというよりも、本気になって遊んでいるという感覚でしょうか。 自分自身も愉しんで書いており、夢中になって読んでいただけたとのことで、たいへんうれしく思います。ありがとうございます。 (ゆれるポニーテール)

2019-12-02

二連目の断片的な詩情がとくに良いですね。 建売住宅のどれかから漏れるアラーム。 チャリ通いのおばちゃんが開ける町工場のシャッター。 ブロワーの扱いがめっきり上達した清掃員の肩の位置。 高層マンション飛び出して走るハイヒールの細い足。 こうした視点は、社会で働きくたびれつつある大人ならではだと思うんです。私自身もそんな一人なわけですが。職種は違えど、町で見かけたあの人はがんばっているな、と見ず知らずの人の働く姿に共感したり励まされたりする。そして、 全品百円自販機のあやしげな缶ジュース。 には、こんな時代に生きる社会人へのささやかなやさしさが滲み出ているようで、そうした見過ごされがちなものに詩を見つけられる視点は、すてきだと思います。 始めと終わりの連の出だしは、ちょうど対照的になっていますね。 文章からそこはかとなく、一人暮らしであることを思わせられます。都市生活者の孤独が、かえりたい-帰りたい-還りたい-孵りたい という声にならない声のような言葉のくりかえしにも顕れていると感じました。 掬われた夏。には、「携帯海月」での多義的な言葉を思い起こされました。 (Goldfish scooping)

2019-11-29

リーディング、聴かせてもらいました。これは、ポエトリーラップともいえそうですね。実直で、優しさも感じられる声。メロディに添うように歌われることで、詩が胸に響いてきます。文章はストレートですが、月のモチーフが、優美さを加味していると思いました。 (太陰暦2019(ポエトリーリーディング))

2019-11-27

千才森さんへ 散文と詩の書き方の違い、なるほどなあと感心しました。とても参考になります。 いつ・どこで・どんな人か、などは、私が省いてしまいがちなものですね。散文を書くとき、それら背景の描写を野暮ったく感じてしまうところが、詩書き、というか私の性分なのかもしれません。 「見つめかえす瞳」に関しては、なぜ情景描写を書けたのかというと、読者を作品に惹き込ませることは意識しておらず、場所自体に象徴性があったからでした。今作を書いているときは、雪女みたいな女性と出逢う場所に意義を見いだせず、どこでもいいんじゃないかと感じて、艶がないなと思ってばっさり省いてしまいました。街中なのか、フードコートみたいなところなのか、どちらにせよ、日常的な場所を描くことに魅力がなかったんですね。そういった点もつきつめて描写していけば、たしかにもっとよい作品になれたかもしれません。 文章による描写に厚みをもたせるか、そうでなければいっそ、短い文章に訴求力をもたせる詩的な書き方もあったわけですね。小説にも散文詩にもなりきれていない、ということがわかって、蒙を啓かれた思いです。ありがとうございます。 いままで自分の書いてきたもののほとんどは、内からふつふつと沸いてくるものを作品にしていたんですね。だけど今作に関してはどちらかといえば、連作のコンセプトが先にあり、そこから書いたお話。上辺だけ、という千才森さんの印象は、まさにそこにあるんじゃないかと思いました。 最後に、とても真摯に批評していただき、あらためて感謝です。あと三作ほどで終わらせるつもりなので、しばしおつきあいいただけたらと思います。 (本能)

2019-11-27

千才森さんへ 辛口なコメント・・・なかなか興味あります。書いた本人には見えていないこともあるかもしれず、千才森さんの目線で作品を読んでもらえたら、うれしいです。楽しみにしていますね。 思えば、詩のような小説は、千才森さんがここでの初投稿作から試みていたことですね。 私の方は逆に、小説を書こうとしても、おのずと散文詩のようになってしまうのかもしれません。 (少女独白~詩飾り小説の欠片~)

2019-11-26

先のコメントに、世界がこうなってしまったわけを明かされていないと書いてしまいましたが、読み返したら、昔、神様が世界を見放した〜とあったことに気づきました。すみません。神話的なので、もしかしたら真実の歴史があったんじゃないかと感じられたのかもしれません。 (少女独白~詩飾り小説の欠片~)

2019-11-25

水は、永遠の旅人。この発想は、とてもすてきです。実際、水は地球を循環しているわけですけど、私たちの生命を構成する成分でもあり、血液などの体液には脈々と受け継がれていく遺伝子が宿っている、その意味で、空間だけではなく時間も旅しているといえそうですね。 シャワーは官能性を帯びたイメージですが、水滴や陽射しをとおして、自然の神秘性そのものとの感応を思いました。 巨大植物に侵食された廃墟の町は、放射能汚染による立ち入り禁止区域も連想させられます。世界の終わりのような風景だけど、透明な貝殻の天井のある家や、初夏の描写もあり、寂寥感と共に開放的な明るさが感じられて、不思議。ファンタジックな映像が喚起されます。 片方しか見つからなかったスリッパには象徴性を感じて、彼はほんとうに帰ってくるのだろうか、とも思いました。でも、彼の帰りを信じて待つことが、主人公にとってほんとうの闘いなのかもしれないと思ったり。 どちらかといえば小説といえそうですが、詩的な表現も十分に感じられる作品でした。 世界がこうなってしまったわけを明かされていないことや、主人公の期待で本作を締められていることなどから、語られてはいないけどたしかに存在するであろう前後の物語についても、想像が膨らみます。 (少女独白~詩飾り小説の欠片~)

2019-11-24

彼女の名前は榎宮マキ、19歳。 こうした説明は、もし自分が書くとしたら、最初ではなく、パソコンのファイルをクリックすると〜以降にもってきますね。その方が、いたたまれない女とはなんなのか、読者の好奇心をひっぱりつつ、冒頭の檄文を読ませられると思いますから。ただ、 それは学生証から判明した。 という言葉からもわかるとおり、捜査の伏線をもたせたかったとの意図は伝わってきます。しかしこの場合、伏線はなかった方が、後半の展開の意外性が増したのではないかとも考えられます。 それはそれとして、感傷的なコメントを見かけるものの、ふじりゅうさんの以前の作品「ぽえとーく」を知っている身としては、今作はまたちがった味わいがあり、にやにやさせられてしまいました。 惜しむらくは、作中であろうと、暴言を吐く荒らしに対してはレッドカードが発行されるべきであったと思うのですが、いかがでしょうか。そうしたら、メタ的要素がより高まった気がします。 (いたたまれない女)

2019-11-24

真に意味のないものを書くことって難しいですね。空洞にだって意味がある。ある種の楽器は、空洞=hollowがあってこそ、音色を響かせることができる。 本作は、言葉遊びを連ねることで、逆に空洞を顕現させることに成功しているように思います。 (ほろー(むおん、おん、)

2019-11-24

たしかに、君の声は小さい。詩を通して声を発してみても、いまのままでは聞いてくれる人も少ないし、他の多くの作品に圧し流されてしまう。でも、誰かに聞いてもらいたいから、ここで声を発するんだろう。創意工夫で、もっと大きな声を発することだってできる。君の大きな声が聞こえてくる詩を期待しています。 (よいしらず)

2019-11-24

比喩におけるデジタルとアナログの混交が、崩れたバランスを表象しているようで、興味を覚えました。 404 ページが見つかりませんでした。 (デジタル。 秒針だけが止まっている (アナログ。 b81c40みたいな血 (血液の色を、デジタルのカラーコードで表現。 こういった手法で、もっとビビッドに展開してもよかったんじゃないかと思います。というか、そうした作品を読んでみたい。切実な印象はありますが、いまのままではまだおとなしいですから。 (404)

2019-11-24

千才森さん かゆいところに手が届くみたいに、うまく解説してくれて、なんだか心地いいです。ありがとうございます。 このまえの「旅館」に、千才森さんから、シリーズ物にしてもおもしろいかもしれないというコメントをもらってから、いろいろ想いめぐらせていたらアイデアがうかんできて、座敷童ときたら次は河童だろう、という個人的な確信のもとに、愉しみながら続編を書くことができました。なので、千才森さんにもぜひ読んでもらいたいと思っていましたよ。好評をいただけて、うれしいかぎりです。 シリーズのコンセプトは、妖怪みたいな人に出会うことと、不思議な要素は入れずに現実に収めること、ですね。次作の「本能」では雪女をモチーフにしているのですが、直接言明しているわけではないので、それが可読性=伝わりやすさの低下につながってしまったのかなあ、と反省しています。いちおう、雪のイメージはところどころに織り込んであるのですが。いっそのこと、女性の容姿を見て「雪女みたいだ」ぐらいのことを、主人公に言わせておけばよかったかな、と。 「かもしれない」という、想像力による怖さは、現実かそれ以上に強かったりしますね。逆をいえば、歓びもまた、同じですね。次作の「雪女」では、今作とは対照的に、想像力による歓びを描いてみました。 現実と幻想のあわい、かねてから私の好むテーマであったので、シリーズとして書くことができて、歓びでしかありません。着想をあたえてくれた千才森さんに、あらためて感謝です。 (見つめかえす瞳)

2019-11-23

千才森さん、今月はまだ来ないのかなあ、と待っていました。その分、力の入った作品を投稿してくれて、うれしく感じています。 本文は堅めですが、タイトルの対照的なポップさがいい感じですね。(ついつい冬眠してしまった昼、これが私にはどうしても、お昼寝してしまったようにしか感じられないです。笑) なかなかの文章量であり、場面の変化や挿入詩がありながら、秋を中心にした内省的な叙情性が一貫していて、心地よく読み進めていくことができました。『コスモス観覧車』が好きです。 ちょっと個人的な話に逸れますが、どこで耳にしたのか、あるいは読んだのか、「夜は必ず来る」という言葉が印象的で、頭から離れずにいました。夜は必ず明けるという言葉はよく聞きますけど、逆をいえば、夜は必ず訪れるんだなあと、新鮮な感覚でした。それとほぼ同じ意味の、「冬は必ずやってくるものだから。」という言葉を本作にみつけて、シンクロニシティを感じました。逆説的に、春を期待させる言葉ですね。これは、本作の主題であるようにも思えます。 最後の箱買い。には、千才森さんらしい茶目っ気が顕れていますね。これはたぶん、かなり抑えていたんじゃないでしょうか。笑 (缶コーヒーを取りに戻ったら、ついつい冬眠してしまった昼の話。)

2019-11-21

つちふまずや、靴底の下、ふだんは視えないものとして、そこから天国が想起される。この発想には、感嘆させられました。その天国=楽園(ハワイアンズとも響きあっていますね)のイメージは、今作に通底しているようでもあり。 タイトルにあるとおり、はじめは詩のコラージュにも感じられたのですが、注意深く読んでいくと、それぞれの小節が、淡くうかびあがる一つのモチーフに収斂していくように感じられました。解釈は、あえて言明しないでおきますね。一連目のセリフは、はじめは謎めいていましたが、読み返すと、すてきな伏線になっているようでした。せつなくも、淡く美しい絵画を鑑賞させていただいた心地です。 (20th Sampling Syndrome)

2019-11-21

昼間に食べた豚骨ラーメンの吐息も巻き上げて、あおぞら、あおぞら。 俗世間の匂いが、澄んだ虚空にすいこまれていく、これはほんとに、すばらしいね。詩人を気取ったような文章ではないのに、たしかな詩情がある。おまじないみたいな「あおぞら」のリフレインは、なかなか強引だけど、かわいい。 (ふざけた世界に飛び込め!)

2019-11-19

自動筆記、もしくはそれに近い方法で書かれたのではないかと思いました。シュルレアリスムの自動筆記の特徴として作者の否定がありますが、今作も、作者を媒介して無意識の海から汲み出されたイメージ群であるように感じられました。 (ザクロ祭り)

2019-11-19

若いなあ、という第一印象。意味は、いろいろ韜晦させている気がするのですが、技巧性が前面に顕れていて、それ自体で読ませてくれる魅力のある文章だと思います。個人的には、官能性を覚えました。 いましか書けないかもしれない詩、キラキラしていて、いいなあと感じました。 (有罪無音)

2019-11-18

マザーファッカー。 この一言が効いていますね。これが、若者の書くような、混沌とした勢いのある詩であったら、こんなに活きてはこなかったはずです。老いの叙情をしずかに語られているからこそ、でしょうか。新しい朝に向かって、中指を立てる老年、パンクですね。 この一言のせいで、そのあとの感興がうすれてしまうかといえばそうではなく、対照的に、後半のしんみりとした詩情が際立っています。 十一月の土曜の朝、というシチュエーション=此性も、詩の主題を象徴しているようです。 (土曜の朝、雨。)

2019-11-17

おもしろさのなかにも、かなしみがあり、よい作品だと思いました。個人的に、 孫兵衛の孫は孫兵衛の顔らしい という行で終わっても、すっきりとしてよかったのではないかと思います。ここが、今作のいちばんの盛り上がりではないでしょうか。そのあとの後半は、上りきった山を下りていくように、哀愁が支配的な雰囲気になり、前半とはまた違った良さがあるとは思います。 (孫兵衛の顔)

2019-11-16

「下妻物語」の、ロリータファッションに身を包んだ少女を連想した。メルヘンだって、極めれば立派な美学だと思う。ときには変わることも大事かもしれないけど、誰になにを言われようとも自分の感性を信じていけたら、かっこいい。 (うた)

2019-11-16

まさかと思うような語を詩に用いられるセンスには、あいかわらず脱帽させられます。 クウガ、どこか超人的な象徴のように感じられます。飛ぶ者=飛躍することがもはや普通である状況。登記簿といえば、実物を文字等の情報に置き換える、いわゆるコード化ですが、詩作もまた、現実や想像を言葉に置き換えるある種のコード化なのかもしれません。そしてそれは、散文のように長引いたり、冗長ではなく。 まさかと思うような飛躍した出来事も起きている散文的な現実や社会に対し、詩作で応えようとされているのかもしれないと思いました。そう考えると、こうした作風そのものが、複雑かつ難解になってゆくこの世界への、一つの応答のようにも思えてきます。 (クウガは普通)

2019-11-15

生一本な詩情に、快い読後感を覚えました。大吟醸がしみわたるような。シンプルに、直観に訴えかけてくる作品だと思います。 ただ個人的には、着陸ではなく離陸の方がよかったのではないかとも感じました。文明は、さらに高度に進歩していますし、堕ちてくるかもしれない危険性も孕んでいますから。 それが私の空を のうのうと飛んでる 〈私の〉という一語が含まれているのがよかったです。現実の空だけではなく、憧れや想像の空も飛んでいるようで。そうすると、着陸でも正解であるように思えてきました。現実では着陸している飛行機が、想像の空を飛んでいると、読むこともできそうです。 (飛行機(テイク1))

2019-11-12

あ、全文ひらがなと書いてしまいましたが、「思」という漢字が一文字含まれていると、読み返して気づきました。総じて、作品に〈ほつれ〉がみられる。これは、意図的なのかもしれないとさえ思いました。 (トマトとにんじん)

2019-11-10

わたしがきらいなとまとをきみがすきで きみがきらいなにんじんをわたしがすきなように この二行の「とまと」と「にんじん」は、反対にしてほしかったな。「とまと」は乳房を「にんじん」は陰茎を連想させますから、女性だと思われる「わたし」は「とまと」がきらいで「にんじん」を好きだとしたら、同性愛の隠喩としてはあべこべになってしまいます。それとも、露骨になりすぎないように避けたのでしょうか。 あと、全文ひらがなであるのに、タイトルのトマトだけカタカナであるところが惜しいです。そこもひらがなにするか、あるいは「トマト」「ニンジン」とカタカナにして際立たせてほしかったなと思います。 (トマトとにんじん)

2019-11-10

昨日の自分にはもう会うことができず、昨日と今日の自分が同じであると保証するものはなく、漠とした連続性を感じているだけで、その意味では一日いちにちが新しい自分の誕生日といえそうです。意図的だとは思えないのですが、最後の「早くねよう」という一言には、新しい朝=自分を迎えたい願望が表れているように思えてなりませんでした。 シンプルだけど、よくわからない作品だなあと、読み過ごしてしまうこともできるのですけど、そこをあえて解釈してみました。 (誕生日おめでとう)

2019-11-09

詩に表現したいと思ったであろう衝動的なものは、とても伝わってきます。だけど、冗長に語り過ぎている。ところどころ、グッとくるフレーズ(ルミナスライン)もあるのですが、焦点がぼやけってしまっていて、活かしきれていない。おそらく、書きたいという気持ちが優っているのではないかと感じられて、言葉をプラスしていくよりも、余計なものを省くマイナスの発想が鍵になっていくように思われます。 書くときに〈彫琢〉ということを意識すると、もっと良い作品に仕上げられたと感じざるを得ません。 (夢見る蕾の夜)

2019-11-09

見過ごしてしまいがちな、なんでもない日常の一コマから叙情を引き出している作風は、なかなか好きです。詩人らしい視点だと思います。 (郵便受け)

2019-11-08

ころねさん 曖昧なものにこそ、あやかしのあやかしたる魅力があるのかなと思います。少年なのか河童なのか。見つめかえすものは妖怪かそれとも自分自身か。 不気味さのなかにも、ハートフルなものを感じてくれたようで、よかったです。ありがとうございます。 (見つめかえす瞳)

2019-11-05

st さん メルヘンが好きなんですね。本作は、妖怪や不思議な伝説といったものを題材にした、掌編小説風の連作です。先月投稿した「旅館」( https://www.breview.org/keijiban/?id=4196 )という作品がきっかけでした。この作風でしばらく書いていこうと思っているので、愉しみにしてもらえたら幸いです。コメントありがとうございます。 (見つめかえす瞳)

2019-11-05

たとえ背徳的だろうと、そこに好奇心や興味を誘う道があるかぎり、人は、探索せずにいられないのだろうか。ちょうどGoogle Mapのストリートビューが、ありとあらゆる道を探索するように。自分は辿らない道も、他の誰かは辿ることがあるだろうし、自分だって歩むべきではない道に足を踏み入れてしまう可能性がないわけではない。——そのようなことを思いました。 素直に言うには野暮ったくて気後れするのですが、ビートジェネレーション風の文体を、かっこいいと認めざるを得ません。 (Google map)

2019-11-04

改行の仕方に、次々と移り変わってゆく、車窓からの眺めを彷彿とさせられました。イメージしやすく、読みやすい文章なのですが、魚男に、いい意味で躓かせてくれますね。そういえば、走っている車に乗っていると、窓から一瞬、変なものを見てしまうことがあるなあと思いました。 墓参りへ向かうであろう道中がそのまま、夫婦人生の縮図のようにも感じられる作品でした。 (墓参り)

2019-11-03

読みやすさと比喩の塩梅がちょうどよかったです。軽妙な魅力のある作品だと思いました。 (地球でできた友達)

2019-11-03

「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ」ニーチェのこの言葉は、最終連を書くとき念頭にありました。書き過ぎることを避けて、省きましたが。誰かしら、連想してくれる方がいるかなあ、と思っていたら、エイクピアさん、さすがです! 芥川龍之介や、カポーティなど、深淵を覗いた作家は、深淵に魅入られてしまうのでしょうか。本作の主人公は、そのような運命を辿らなければいいのですが。 (見つめかえす瞳)

2019-11-02

ちょうど、三日月がきれいだなあと感じていました。 オレンジの薄紙、染み込んでいく濃紺、一筆の月、あたかも手紙に見立てているようで、なにかしら伝えたい想いを、夕焼けから夜へとうつりかわる空へ投影しているのだろうかと思いました。細める目、背ける背、頼りなさげな蛍光灯、といった語からは、そこはかとなく気後れする様子も感じられて。 (細める目)

2019-11-01

電子マネーが流行っている今日このごろにおいて、硬貨の質感に着目して書かれた本作は、変化する時代にとりのこされてしまいそうなものへ向けた、詩心あるまなざしを感じるようです。子供心のような可愛いらしさや、手を繋ぐ仲などは、電子化されていく社会でも失われてほしくはないものですね。 黒髪さんも注目されてますが、ニッケルとコッパー、こうした語には化学からの視点があり、どこか宮沢賢治風にも感じられました。 (小銭のことば)

2019-11-01

これは、よい詩ですね。関西弁によってこそ、本作の愛(かな)しみあふれるユーモアが活きていると思いました。 (さがしもの)

2019-11-01

一作のうちに多数の「死」を無機質に提示されるより、たった一人の「死」を表現した詩の方が、はるかに重みがあると思うのですが、その示唆にこそ、私は本作のメッセージ性を読み取りました。 それにしても、神話によるとイザナミは「1日に1000人の人間を殺そう」と、イザナギは「それなら私は1日に1500人の子を産もう」と云ったそうですが、「死」でこうした作品が創れるなら、「産」でも同様の作品が創れそうです。出生人口が減っているといわれる昨今では、「産」も切実な問題ではないでしょうか。 (数え唄)

2019-11-01

文体こそいつも通りですけど、展開に意外性のないところが、せいろんさんらしくないなあ。本作は、先に云ってしまった結論の域から出ていませんから。これは、四つの連の順番をまったく逆にした方がまだ、可能性を閉ざされることなく読める気がしました。タイトルもたとえば、地味ですけど「あなたにできること」などであれば、本作を読んだときの得体の知れない恐怖感を活かせたのではないかと思いました。 (あなたが怖い)

2019-11-01

巧みな文章構成には感嘆させられます。とくに改行されるとき、そこに衣摺れの音を聴く思いがしました。ただ、 静か。 といった直截的な語は、無くてもよかったのではないかと思います。レースのカーテンが光りにたゆたっている静けさは、作品内にみちあふれていますから。 (ソナチネ)

2019-10-28

服(福)は、大きすぎても、小さすぎても、着られない。身の丈にあってこその、幸福。・・・というようなことを考えたことがあります。 それはさておき、本作は読みやすく、主題が伝わりやすい文章でした。ただ、不幸や幸せが、観念的に上滑りしている感もありました。たとえば、そこに読み手にとっての不幸や幸せを代入するとしたら、小説風な描写がかえって障碍になってしまっていると感じます。せっかく小説風な書き方をされているのですから、それを活かして、登場人物たちにとってなにが不幸で、なにが幸せか、読み手にも実感をもたせられる描写があったら、さらによかったのではないかと思いました。 (おそろいの不幸)

2019-10-28

落花生と沈丁花。落、沈、といった下降を連想させる語が、おたがいの共通項でしょうか。雨がメランコリーをさらに助長させている気もしますが、そんな低調な雰囲気も、どことなく愉しんでさえいるような印象を受けました。 (こちら落花生、沈丁花におくる)

2019-10-25

こんにちは。 前作のコメント欄で海外に行かれると語られていたこともあり、異国の芸術的な光景や音楽に触発されたと感じられるこの詩を、楽しい気持ちで読ませてもらいました。 いちばん気になったのは、 私は街並みの親、本の中の息子です という詩行。 本などでしか知らない仮象的な風景を子に、実際に五感で体験しながら歩いた異国の街並みを親に、喩えたんじゃないかと思えました。あるいは象徴的に、本場の音楽を親、そうした本物への憧れを子、というように捉えることもできそうです。 (カラーソング)

2019-10-24

初潮を題材にしているところが、文月悠光さんの「金魚」を彷彿とさせられました。あの詩を初めて呼んだときの、くらくらするような印象は忘れ難いです。やはり、隠喩などによる奥ゆかしさは、詩の表現の醍醐味であるように思います。比較して語るのもどうかと思うのですが、先例がすばらしかったこともあり、今作は表現が直截的だと感じざるを得ませんでした。とはいえ、前作で隠喩を巧みに用いられていた方なので、今作は可読性を意識して書かれたのではないかとも思います。 (赤)

2019-10-23

なんといっても、終盤のカタルシスがいいですね。いきなり悪態をつく主人公と、ポップコーンを食べる閻魔。それまでの真摯な語りを、いい意味でぶち壊してくれる展開です。そして急転直下で迎えたラストは、どうやら現世に帰れたものの、そこはかとなく憂いも帯びているようです。帰れたのは、一人だけだったのだろうか、と。 凍えるような雨は、悲しみの涙を連想させられ、雨から守るための傘には思いやりを感じます。しかし「慈雨」という言葉があるように、草木に遍く降りそそぐ雨は、仏の慈悲心にも譬えられることがありますね。焼けた家は、大乗仏教で説かれる「火宅」の譬えを彷彿とさせられたり。などなど、仏教的なモチーフをさらに膨らませることもできそうだと思いました。 ともあれ、あの世の入口の光景など、愉しみながら書かれていたんじゃないかなと感じられました。 (道理)

2019-10-21

始めと終わりの連には、静寂を感じます。柱時計の音だけが、際立って聴こえるからでしょうか。おおきなのっぽの古時計——という歌がありましたね。柱時計にはどこか、老年を思わせるものがあります。夜という語もあいまって。 それらの連のあいだに構成されている、向日葵については、昼の時間=若さを連想させられ、古時計と対照的なイメージが泛びます。夜=老いのなかで、だれにも言えない、青春期の秘密の思い出を夢見ている、そのような詩に、私には読めました。 交換し合う 二匹の生き物は、 長針と短針でもあるような。なにも語らず、秘めた思い出をかかえたまま、ただ時をくりかえし重ねて、臨終まで過ごそうとしているのかもしれませんね。密告、とはいかなくても、夜の闇のなかで、甘やかな記憶だけが囁くのでしょうか。あくまで個人的な読みですが。 (密告)

2019-10-19

千才森さん 返詩をありがとうございます。長屋で百物語を聞いているみたいですね。恐怖と興味がいりまじったものは、わくわくします。 「ピアノ」( https://www.breview.org/keijiban/?id=2407 )という自作へのコメントのお返事にも書いたことがあるのですけど、まるっきりファンタジーというよりも、現実のなかに一抹の幻想性を感じられることが好きだったりします。夢と現のあわいが曖昧になる感じ。 よく、明るい作品もあったらいいのにと思うので、くさくなるのは承知の上で、前向きなお話を投稿してみました。 シリーズ物という発想はなかったです。それもおもしろそうですね。すこしまえに「家守綺譚」という幻想小説を紹介してもらって読んだのですが、短いお話の続き物ということで、思い出しました。なんとなく千才森さんも好きそう・・・ いつもコメントしてくれて感謝です。 妖怪がよく出てくるという千才森さんの小説も、読んでみたいですね。 (旅館)

2019-10-14

千才森さん 現実とはちょっとずれた感じの町——音がない、まったくなかったわけではないのでしょうが、雨に塗り込まれてしまっていたり、ものの動く気配がなかったりして、よけいにそう感じられたのかもしれません。五感をすべて使ってこそ現実だと感じられるという、千才森さんの見解に、私も共感しました。 千才森さんの「部屋に仕掛けた定点カメラ」にコメントしたみたいに、本作の場合は〈無声映画は遮断された〉という語によって、この詩の夢幻的な世界から脱け出せたのかなと思います。 いろいろなことを想ってもらえたり、雰囲気を好きだと仰ってくれて、感謝です。いいなと感じたものを、これからも作品にしていきたいなと思いました。ありがとうございます。 (音のない町)

2019-10-14

afterglow さん 知らない町を訪れたとき、夢の中に迷い込んだみたいに感じることがあるように思います。 繰り返して読みたいと仰っていただき、ありがとうございます。 (音のない町)

2019-10-14

前作は浮遊感を覚えましたが、今作は影を曳いている印象を受けました。青春のころを日盛りに譬えるなら、その太陽に灼かれている、心の陰影に焦点があてられていると感じます。甘酸っぱいオレンジは、太陽のアナロジーであるとともに若さも連想させられ、そうした象徴性が中心になって文章を牽引していると思いました。 友人関係やその疎外を、タピオカやチョコレートといった甘ったるいものの比喩を通して表現しているところも、わかりやすいです。 作品単体でも独立して愉しめる気はしますが、続編ということで前作と比べて読んでみると、ミルクとオレンジ、それぞれの味わいに深みが増すようです。 (思春期、すべてオレンジ)

2019-10-13

宝塚橋乃さん 比喩を読みとっていただき、ありがとうございます。 (音のない町)

2019-10-12

つむぎさん 言葉による絵画——とてもうれしい感想を、ありがとうございます。 一見すると静止しているものにも過去と未来は在るはずで、暗裏に動きがあると示しているのかもしれません。たとえば植木鉢には、そこに種を植えた過去と、花が咲く未来が。投函された手紙には、それを書いた過去と、届けられて読まれる未来が、内在されていますね。歩きながら詩を思いえがいていたことも、場面の変化につながっていたかもしれません。 (音のない町)

2019-10-12

この詩にえがかれている、自分は体験したことがないはずの思い出にも、読んでいてふしぎなノスタルジーを覚えました。夕焼けに魔法をかけられたみたい。 (夕焼けのコメットさん)

2019-10-12

さくら色の暴風にふきとばされそうな感覚を味わいました。いままでになかったような、ほのかに明るくて、やわらかくて強い、あたらしい詩。 不穏な詩句は目についても、希望をうたう、それはいまの世を生きていく、心の在り方そのもののようです。 仏像のやわ肌を幻視して〜 というフレーズには個人的に、スリランカの観音菩薩坐像を連想しました。生老病死を楽天的に悟っていそうな姿が、今作のイメージと響きあうようです。 (常しえのゆめの降るさと)

2019-10-12

鈴木歯車さん 時が止まっているかのような、ちいさな町の風景のなかにいると、えもいわれぬ情感に苛まれます。 詩は、ある種の記憶装置ではないかと思うことがあります。作者の見た光景とまったく同じであるはずはありませんが、抽象化された言葉を通して読者に情景を想起してもらえるのは、うれしいかぎりです。 コメントありがとうございます。 (音のない町)

2019-10-10

仲程さん 詩の心はどこにあるか、思索が止むことはありませんが、本作ではそれぞれの連に喩を託しているので、意味はわからずとも感じるものがあってくれたらうれしいです。 ちいさな町を訪れた梅雨の日、歩きながら心象をかさねていたら、この詩がうまれました。 (音のない町)

2019-10-10

仲程さん その一行、じつは気にしていたところだったんですね。展開が些か突飛ではないかと。いちおう、不思議なものへの興味をにおわせていましたが。だけど、突飛さがかえって功を奏していたなら、よかったです。情景を気に入っていただき、ありがとうございます。 (旅館)

2019-10-06

現代の都会的な叙情を主題としながら、電飾や携帯といった言い回しはやや古めかしく、「嗚呼」という表記にいたってはロマンティシズムさえ覚えました。むしろ大正時代の詩人の感性を彷彿とさせて、なにをかくそう、私自身もそうした懐古的なものが好きだったりします。ちかごろ、往年の文豪をモチーフにしたスマホゲームが若い人たちに流行っていたりして、古風さを醸し出すことが、かえって当世風だったりするかもしれない、などと思わされました。 (tokyo)

2019-10-06

わりと連想しやすい隠喩を凝らした詩であると、私には読めました。女性らしい心情を、官能的かつ上品に詠まれている印象です。 (turbidity dome ~憧夢~)

2019-10-05

今作の最大の魅力は、タイトルと内容の関係性にあると思う。両者を分離して、単体を先入観なしに読んだなら、タイトルからこの内容を、この内容からタイトルを、容易には想像つかない。しかし両者が組み合わされたとき、通底するイメージが響きあう、そこに詩情が宿っていると思う。 (手取り15万)

2019-10-05

ふじりゅうさんへ 長所や欠点よりも、かるべさんの作品との対照的な読み方に気がついて、その感興をコメントに書いたんですね。 文章や構成は、読み手の個人的な好みによって評価が分かれると思いますから、問題点を問われても、私の主観的な見解にしかならない。私の意見をあてにされるよりは、作者の独創性を伸ばしていってもらいたい、というのが私の心情です。文章力や表現力についても、中途半端にアドバイスを聞くよりは、地道にたくさんの作家の小説を読んでいくことが、なによりも滋養を得られる方法だと考えています。 単純な感想としては、フィクション性あふれる固有名詞の使い方や、直情的な言い回しなどから、ふじりゅうさんらしさが表れている文章だと思いました。終盤に詩を二編載せている構成も、好ましく感じられました。内容としても、心当たりがある自分としては、おもしろおかしく読ませていただきました。こうしたギャグ路線をベースにしながら、詩論や芸術論を与太話的に開陳していく作品も、愉しいかもしれませんね。 (ぽえとーく)

2019-10-04

ずいぶんと投げやりな終わり方なのですが、そうまでしないと、この作品からは(作者でさえも)脱け出せなかったんじゃないかと思いました。漏れたハクチウムによって酩酊したかのような文章、愉しませてもらいました。 (部屋に仕掛けた定点カメラ)

2019-10-04

うーん、あくまで個人的な見解なのですが、こうして見てみると、詩投稿サイトを作品に登場させるなら、まったく架空の名称をでっちあげるよりは、かるべさんの「B-REViEWは終わった」の方が潔いと感じられました。こうした作品をこの場に投稿する以上、アイロニカルに読まれることは不可避ですから。かるべさんの作品は、内輪向けであるなど賛否両論ありましたが、表面上がビーレビのパロディであっただけに、かえってその先へ普遍性を探る試みを誘う向きがあったように思います。一方、ふじりゅうさんの今作は、架空のサイト名や思わせぶりな文章が暗示するものはなにかという読みを誘い、その行き着くところは、実在する詩投稿サイトにあった出来事のパロディではないかという、かるべさんの作品とはちょうど反対方向へ向かう読ませ方だなと感じたのでした。こうした比較は、かるべさんの作品単体では思いもよらなかったことで、今作に誘発されて意外な発想がうまれたことに(そしてそれをコメントに記させるだけの熱量を感じていることに)、自分自身ちょっとおどろいています。 (また、花緒さんの「ネット詩人の墓」に関して言えば、固有名詞を用いなかったことが功を奏していたと思います) (ぽえとーく)

2019-10-04

Um Fantasma さん 思い切ったこと、そうですね、なにかしら新しい風を吹かせてみたいという意図はありました。せっかくの批評文投稿機能を活用して。 対象作品に興味をもって読んでいただき、ありがとうございます。 (祈りとしての詩—— 下弦物語)

2019-10-02

ふじりゅうさん 膨大な量の投稿作品があるビーレビで、おすすめの作品を紹介するために批評文を書くことも無益ではないように思いました。著者プロフィールには批評文の枠があり、その作者がどういった作品に興味を示すのか知ることもできますし。 コメントありがとうございます。 (祈りとしての詩—— 下弦物語)

2019-10-02

こうだたけみさん 90度横にすると・・・ あっ、そういう仕組みがあったんですね。まさしく、目を皿のようにして拝見させていただきました。よく作り込まれていて、おどろきです。 (┣びそあターャジス┳スジャータあそび┫)

2019-10-02

花を殺すものを季節と呼ぼう 花の咲くことで季節のうつろいを感じることは多いですが、その逆の発想をこうして表現されるのは、新鮮に思えました。 九月の終わりである必然性はあるのだろうかと考えて、個人的な事情があるのかもしれないとも思いましたが、鮮血のような彼岸花が咲きはじめ、お墓参りもするこの時期は、今作に合っている気がしました。 (九月の終わりを生きる)

2019-10-01

強過ぎる光の中にいることは、暗闇の中にいることと同義だといえる。盲いてしまうのだから。 きみに焦点が当たっているようですが、舞台照明に照らされている役者などを私は思い浮かべました。舞台上で役を演じる人にも、繊細な素顔があったりするだろうな、と。 (逆光に向かい立つきみは)

2019-10-01

もう、無邪気な言葉遊び全開で、圧倒されました。眺めても読んでも味わえる、言葉のお魚をいただきました。 一つだけ、「皿」の一字は「目」の方がふさわしかったんじゃないかと思いました。でも、こだわりがあったのかもしれませんし。 とにもかくにも、ごちそうさまです。 (┣びそあターャジス┳スジャータあそび┫)

2019-10-01

十五夜の月、金貨、井戸のまるい穴に、アナロジーを覚えます。 そして次作の「夢想」は、今作の変奏のようですね。金貨が和同開珎に、子がキッドに、置き換えられているように思えました。 田に突き刺さった十字架の苦しみは、案山子を連想させるのですが、キリストとの類似性も見出されます。もしかしたら、元型があるのかもしれません。 逸見さんは謎ですが、「逸(いつ)」も「見(み)」ているお天道さまのような存在に、助けをもとめたのだろうかと想像しました。 「夢想」と共に、耽美的な印象で、それでいて和洋折衷感もあり、泉鏡花っぽさが思い浮かぶ二作品でした。こうしたイメージは好物です。 (逸見さんに電話)

2019-10-01

夏野ほたるさん 率直な感想をありがとうございます。 ライトノベルと呼ばれる作品群を私は読んだことがありませんが、言われていることはわかる気がします。会話文を格式高いように直した方がいいんじゃないかと友人からも言われましたが、私はこのままがよかったんですね、友人の素の雰囲気が感じられて。今となっては、自分の文章に直さなくてよかったと思っています。 ありふれた展開や言葉なのかもしれませんが、共作できたことは、私にとってはありふれた経験ではありませんでした。ここに、一つの思い出として。 (半分の羊)

2019-09-29

夜11時、明日になる直前といった時間ですね。不安と期待が入り混じったような詩だと感じられました。 冒頭の電子機器類など、無機質な小道具による雰囲気作りが、ステレオさんは巧いように思います。私が初めてステレオさんの作品にコメントしたのは、たしか「白い固定電話」でした。stereotypeという名の印象もあるのかもしれませんが、それまでの自分は、ステレオさんにクールな人物像を抱いていました。ところが実際は、人間味のある、深い感情を持っている方だなと感じます。そのような、道具立てによる無機質な印象と、相反するような人間らしい感情は、どの作品にも共通して表れているステレオさんらしさではないかと、今作を読んで思い至りました。 (ラブソング)

2019-09-29

こんにちは。 問も解もなさけないままがいい この一行が好きです。自分の気持ちに嘘をつかない詩を書いていきたいと思いました。  ※詩のすべてが、注釈である 詩は、自分という存在の注釈と言えるかもしれませんね。 自らに吹いてくる風が、明日や過去に向かっていくという視座が爽やかです。いまこのときを感じ、書き留められたものに、ふれさせていただいたような気持ちです。 (Note:)

2019-09-24

感性に依って書かれた文章だという印象を受けました。他の方も仰られているように、読むのに理屈はいらないと思えます。ハッとさせられるフレーズがいくつもありました。 物語の筋を追えば、救急車で運ばれた主人公が、あの世への扉を開いたところ、死神か、もしくは天使から、かえって愚痴をこぼされた、というあらましでしょうか。 始まりは唐突で、最後は家に返してよという懇願に対し、到底不可能と思える指図を返されて終了。作品を通して、どこにも着地しない、浮遊感を覚えました。まさしく、重力がミルクに漬けられてしまったような。それは作中の言を借りれば〈世紀末より深刻〉な、終わりを見失った世界を、私たちも漂っているのだと、自覚させられるようでした。 (重力をミルクに漬けて)

2019-09-23

私はこの作品から「輪廻」を思い浮かべました。標準的な言葉に置き換えるなら、それは「回転」でしょうか。 産まれること、交わること、産むこと、そしてくりかえされる命。 唇や舌という表現は、生殖器を思わせます。 (回転)

2019-09-21

共存し得ないかと思われる矛盾する物事の和解。中盤の言葉の羅列にも、その比喩の連鎖が見受けられます。矛盾さえも内包して、この世界は成り立っているのかもしれない。 最後の一言がとくに印象的でした。 求めてはいけない全ては隠されている 隠されていたり、禁じられているからこそ、よけいに求めたくなるのは、人の心理なのでしょうね。ふと、詩の魅惑の一端もそこにあるような気がしました。 (夜中に、突然)

2019-09-20

トモダチ アクセサリー ワタシ 一連目のこれらの単語が、韻を踏んでいますね。 二連目にいたっては、ラップそのものだなと思いました。それ以降も、小気味いいです。 カタカナの字面から受けとれる無機的な印象も相まって、ラップの抑揚のない口調が脳内再生されるようでした。 学校生活でのやるせない気持ちを、言葉にのせているのが伝わってきました。そういった繊細な気持ちや感受性は、詩を書くことの根源的な動機たり得ると感じます。 (舞台「ガッコウ」)

2019-09-19

前作同様、方言で書かれていることによるインパクトが強いですね。ただ、この種の刺激を、今後も倦きさせることなく継続して読み手にあたえてくれるだろうかと、危惧を抱いてしまったのも正直なところです。それでも、方言は楽しい。 ところで実は、私にとって関西弁による詩の衝撃は、今回が初めてではありませんでした。参考までに、 〈 雪 〉 https://www.breview.org/keijiban/?id=1258 (おすわり)

2019-09-19

夢のあわいに泛ぶような、雰囲気のよい作品世界に、ふらりと訪れてみたくなりました。 もしかしたら、モノカキたちが集まるネット上などのコミュニティは、作者にとってこのような心象風景として見えているんじゃないかと思いました。 海、そこからインスピレーションが湧いてくる潜在意識としての〈海〉のそばのホテルなら、モノカキたちが訪れるにはもってこいの場ですね。 「月見ヶ浜海浜ホテル」と銘打ちながら、作中では「月はなかった」ところも、味な演出だと感じました。月を、モノカキたちの憧れや理想の象徴と解釈することもできそうです。 (月見ヶ浜海浜ホテル)

2019-09-19

みうらさん 世の中は矛盾や葛藤を起こさせることがいっぱいで、それらとまじめに向き合っていたら、アンビバレントに引き裂かれてしまいそうです。もし、迷いも悩みもないとしたら、それは見て見ぬふりをしているか、一方しか見ていないかのどちらかではないでしょうか。迷いながら、悩みながら生きていることが、自然な在り方のようにさえ思えます。 出来のよしあしは関係なく、いまこのときにこの詩を公開することに、自分にとっての意義がありました。そうでなければ、一生お蔵入りにしたと思います。そうするのも、わるくはありませんでしたが。 (水仙)

2019-09-19

みうらさん あてもなく二人で出発して、イマジネーションという地図を頼りに、歩調を合わせて進む。詩友との共作は、まさしく言葉の旅でした。 作中人物たちが逢瀬をかさねる〈森〉は、共作における友人との深い場所も表象していたのかもしれません。後日談(エピローグ)である8の舞台はその〈森〉から離れてしまっていますが、みうらさんの受けた印象はそうした表象に起因しているのではないかと思いました。 お読みいただき、ありがとうございます。 (半分の羊)

2019-09-11

さまざまなイメージを喚起させてくれる言葉遣いが、好みです。 二行分の間を空けて前後に連を分けており、前半は絶望を、後半は結ばれる希望を、謳っているように読めました。その転換点が空白なので、読み手として想像して埋めてみるのもいいのですけど、なにかしら示唆をあたえてほしかったなとも思います。 (flux)

2019-09-10

ビーレビは現代詩投稿サイトという名目ですが、実態はあらゆる文芸作品を歓迎しているので、都々逸も全然ありですよ。私の知る限り、都々逸の投稿は初めて見ました。 俳句や短歌の形式は一見すると似ていますが、異なっているのは音の数だけではなく、俳句には俳句の、短歌には短歌の、〈心〉があるように思います。都々逸については詳しく知らないのですけど、江戸っ子たちが酔った勢いで歌っているようなイメージが自分にはあります。浮世の感傷を笑いとばすような、あっけらかんとした洒落っ気が、都々逸の魅力なのかなと感じました。 都々逸という古風な表現形式に対し、現代を代表する照明であるLEDを引き合いに出しているところが、おもしろいですね。 私も、暗い詩ばかりではなく、明るい気持ちを詩に託したいと思うことがあります。でも、明るいものをただ「明るい」と云うことは詩ではないように思ったり。 都々逸は、そこはかとなく感傷的な影が潜んでいるからこそ、音韻の調子良さが際立って感じられるのかもしれませんね。思えば昭和の歌謡曲なども、歌詞自体はそれほど明るくなく、むしろ暗くても、聴き流してしまえる気楽さがあるのは、メロディやリズムのおかげなのかもしれません。 (『Little Eggs Dodo it’s 飛べぬのろまの 歌うたい』)

2019-09-09

千才森さん 好みの作風だと仰っていただき、感性に通じるところがあるようで、うれしいです。 まず、お訊きしてくださったことのお返事として、本作を詩友と共に創り上げていったことは、とてもおもしろく、思い出深い体験でした。 きっかけは連詩でした。友人と二人で交互に詩行を連想してゆき、冒頭の詩が出来上がったところで、物語にしようというアイデアを友人からもらいました。タイトルも、物語の大筋も、友人の発想に寄るもので、私はそれに細かなアイデアを足していったり、各話の小タイトルを考えたりしました。文章は二人で交互に書いていきましたが、友人の希望に沿って書いたところも多いです。どの文章をどちらが書いたか説明するのは、複雑なので省きます。当人同士からしてみると、文章の雰囲気の違いはよくわかるのですが、友人の持ち味を減じたくなかったので、あとから文体を編集することはしませんでした。にもかかわらず、継ぎ接ぎ感が見えないと仰っていただけてよかったです。 好みの表現もいくつかあったようで、ありがとうございます。私自身、友人の生み出す詩行にはいつも、感じ入るものが大いにあります。そもそも、スランプだった友人に、なにかしら創作の機会を取り戻せられないだろうかと思い、連詩や共作を始めたのでした。こうして本作へのコメントのお返事を書いていると、友人との思い出を辿るようです。 最後になりますが、主に小説を書かれている方からのご批評、とても興味深く読ませていただきました。ありがとうございます。 (半分の羊)

2019-09-09

作中の合間に、茶化すように挿入される顔文字。文字通り、顔のシニフィアン。ところが、タイトルもまさしくこの顔文字である。してみると、気取った詩行の方ではなく、顔文字=茶化しこそ今作における主体性の表現ではないか。そうだ。あらゆるエクリチュールとは冗長性なのだ。 ・・・とまあ、上記は現代思想かぶれの気取ったコメントですが、感じたままに述べさせていただくなら、 さまざまなセンチメンタルに対し、風に吹かれるように爽やかに(すこしシニカルに)微笑んでいるところが、みうらさんらしくて、好感をもちました。 ((╹◡╹))

2019-09-09

*本作は詩友との共作です* (半分の羊)

2019-09-08

タイトルの語感がとてもステキですね。文体や主題の瑞々しさにも惹かれました。 内容は小説の一場面のようで、この作品の前後に、語られてはいないけどたしかに存在している物語=人生の気配を感じられるようでした。ちょうど、始まりと終わりは見えないけど、その間の美しい一瞬を夜空に走らせる、流れ星のように。(あるいは、作中の銀河鉄道=新幹線のように) 初々しいころの出来事もいつしか思い出になってしまう、といったことを、そこはかとなく予感させる、きめ細かい文章も巧いと感じました。今この時も、しずかに過去になり、閉じられてゆく、そうしたせつなさは、一行目の〈閉、だけが自動のドア〉にも象徴されていたのではないかと思います。 (ツキヨノ・ヒライサー)

2019-09-07

0と1といえば二進法が想起されますが、作中の〈貴方〉はもしかしたらデジタルの存在、あるいは画面越しにしかまだ知らない存在なのではないかと思いました。生のぬくもりへの希求を感じます。 (0と1にも満たない君との距離は余りに遠い)

2019-09-06

世間の色事や痴話など、どうでもいいという泰然とした姿勢が、最終行の昼寝に表れている気がします。俗界の喧騒から浮世離れした静謐に収斂するような、清々しさを覚えました。 (昼寝)

2019-09-01

「かいだん」と、タイトルをひらがなにしたあたり、「怪談」とかけているのではないかと、前の連を読んで思いました。 最終行の「階段」は、上りなのか下りなのか明示されていなくて、行き先の不透明感や不穏さが表れている気がします。 一見すると、前後の連に脈絡はないように思うのですが、読み込んでいくと、そこにいくつかのアナロジーが見い出されます。 空蝉と、脱衣。 攪拌と、メレンゲ。 自由をもとめて歩き出す真夜中と、階段を行かねばならないのだ、という意思。 仄暗いあかるさの描写も相まって、つかれた現状況から脱け出したいというような、もどかしい切実さを感じる作品でした。 (かいだん)

2019-09-01

神話、歴史、宇宙、といった深遠なモチーフと、カロリーメイトなどの身近な固有名詞との対比が、詩に高低差をもたらしていて、話者のミゼラブルな心境を際立たせていると感じられました。東京の下町が、宇宙の片隅であるかのようです。 余談ですが、二連目の〈四季〉を〈死期〉と読み替えても、主題と違和感なさそうに思われました。 (生ぬるい生活)

2019-08-24

キャッチャーなタイトルとはうらはらに、思想的にも情景的にも、深淵までつれていってくれました。 (アンパン・マン)

2019-08-24

あ!これにはやられました。待ち受け画面をそのまま背景にしていることと、詩のあとの〈もう一度試してください〉が「諦めないで」と云っているようで、絶妙に効いています。なんだか、励まされました。 (携帯海月)

2019-08-22

はじめ、思わぬ誤読から読み進めたのですが、スターをとったマリオの状態、つまり昨今聞かれるようになった「無敵の人」を思いました。外部との交流がない生活は、それ自体、一つの充実身体ともいえそうで。「天人五衰」という語を彷彿としました。 ところがスターは、メディアにおけるスターのことでしたね。テレビの向こうの華やかな君と、暗い部屋の中の私、この光と影は、同一人物の二面性を投射しているように感じられました。スターの君という光が消えたことで、部屋の私の影も消えざるを得なくなったのではないでしょうか。 (スターの君と部屋の私)

2019-08-17

藤 一紀 さん ああ、朦朧とは、そういうことだったんですね。たしかに、ゆらゆらとした幻想的な雰囲気を想わせる表現が多いですね。そのなかで、鬼灯が鮮明な存在感をもっているとのこと。まことに興味深い解釈を、ありがとうございます。 鬼灯はもちろん、花の〈ほおずき〉のことで(隠喩を含ませてはいますが)、「鬼灯」という語の妖しく幻想的な印象に、やられちまっていました。 (鬼灯フアンタスマゴリア)

2019-08-16

藤 一紀 さん そうですね、云いたいことをあえて朦朧と表現していることもあり、夢とも幻ともつかないというのは、そのとおりだと思います。 コメントありがとうございます。 (鬼灯フアンタスマゴリア)

2019-08-16

蛾兆ボルカさん ご批評賜り、光栄です。 背景写真は、明かすと夢がなくなってしまうかもしれませんが、雨上がりの路面に街の光が乱反射した夜の駅前ロータリーでした。長時間露光であることと、エフェクトをかけたことで、幻想的にみえますが 笑 ただ、ロータリーが走馬灯のイメージとかさなったり、タクシーのテールライトが緋鯉のようにもみえて、詩とシンクロしているように思いました。仰るとおり、写真の右から左へ、夕焼けから宵の空へのうつりかわりのようにもみえますね。 「短夜」であったことに気づくのは夜が明けてからのことですので、その季語をとりいれた一句を末尾にしたためたことから、宵から夜をとおして明け方までのながれであるのかなと思っています。ですので、ボルカさんに感じていただいた時間の印象は、すべて含まれているように思われます。 単なる和風ではつまらなく感じたので、「フアンタスマゴリア」という語をアクセントとして用いました。不安(ふあん)という語もしのばせて。個人的に、和モダンな詩になったかと思います。 イメージを深く感じとっていただき、まことにありがとうございます。 (鬼灯フアンタスマゴリア)

2019-08-15

タカンタさん 詩の紹介をありがとうございます。擬古文が、時代劇風な内容と合っていますね。 夏草や兵どもが夢の跡 読後、芭蕉の句を想起しました。 (鬼灯フアンタスマゴリア)

2019-08-15

月隠緯檻 さん 素直な感想をありがとうございます。 言葉遣いがやや難しいこともあり、万人受けはしないだろうと思っていましたが、感動していただけてうれしいです。 (鬼灯フアンタスマゴリア)

2019-08-15

直截的なタイトルからして強過ぎるほどの印象で、文章からも衝迫感を覚えるのですが、表現において、主題性の奥深さよりも、映像的な面が勝るように感じました。映画にたとえるなら、SFアクションエンタテインメントでしょうか。 戦争で死んだ友という主題の共通性から、鮎川信夫さんの詩「死んだ男」を想起させられました。一概には比較できませんが。鮎川信夫さんの表現は、表面はきわめて静かに、しかし内奥に激しい慟哭がこもっていると感じます。参考までに、その一部を紹介させていただきます。 空にむかって眼をあげ きみはただ重たい靴のなかに足をつっこんで静かに横わったのだ。 「さよなら。太陽も海も信ずるに足りない」 Mよ、地下に眠るMよ、 きみの胸の傷口は今でもまだ痛むか。 (鮎川信夫「死んだ男」より) ※ところで、公式ツイキャスの件ですが、すみませんが見送らせてください。お誘いをいただいたことは、光栄に思っています。ありがとうございます。 (君が死んだのは果たして本当に君のせいなのか)

2019-08-12

二連目に、 体はぶくぶく太るし顔はニキビだらけだし 痩せててガリガリでみっともないし という矛盾しているフレーズをみつけてしまったのですが、主人公の倒錯的な様子が巧く表現されているなぁと感じました。 最後、いつのまにか舞台に上がっていて、これは演劇だったんだと思わせてくれるのですが、自撮りなどの承認欲求を満たす行為がネットを通じて安易に社会という観衆に晒され、ごく一般人でも(アイロニカルな意味で)役者になってしまいかねない、昨今の世相を象徴しているかのようでした。 (詩人が語る言葉は、すべて詩でなければならない)

2019-08-09

スミカゼイツカさん お返事をありがとうございます。 おそらく、まだお若い方なのだろうと察します。詩を書く為に何か特別なことをしなければいけないなんてことはありませんが、これからいろいろな人生経験を積んでいくなかで、詩にも自ずと滲み出てくるものがあるように思います。空想的な表現も私は好きなのですが、経験の豊かさはきっと、作品に深みをあたえてくれるはずです。とはいえ、自らの感じるまま想うままに、これからも書いていってほしいと願っています。 (不可逆)

2019-08-08

随所に光るフレーズがあり、洗練されたイメージを観じられました。ただ、牢獄のなかや、火刑に処されるときなど、現実感が乏しく、全体的にも観念に走り過ぎているところが、もったいなく感じます。思想を表現することはいいのですが、もっと経験に裏打ちされた文章を読みたいと思いました。 溺死体は誰のものか 好みの詩行です。死して自然の所有に還るとしたら、生きることは自らの存在する権利を自然から窃盗すること、だと云えばものものしいですが、自らの命はやはり借り物であるのかもしれません。 生きているのか 死んでいるのか わからない 時が流れていることはわかる これは、自然な感覚だと思いました。生も死も、おおきな一つの流れの、ありうべき二つの面ではないかと自分は考えます。 (不可逆)

2019-08-06

まず、タイトルがとても詩的ですね。淡水と海水がまじわるところ、陸と海の境界、それはこの世とあの世がもっともちかづく八月、お盆を思わせます。 作中には三種類のいきものの名が登場しますが、それぞれ印象的でした。 ミナミトビハゼ 魚でありながら、陸にも生息するいきもの。その越境性は、あの人は元気かね という言葉と相まって、現世へと帰ってくる魂を表象しているかのよう。 オオヤドカリ 仮の宿といえば、儚いこの世を表す語でもあり、ヤドカリはまさしく、その象徴性を背負っているようないきものですね。 ハクセンシオマネキ 360° つまり、あの世のひとも、この世のひとも、めんそーれ と、あかるく招いているような感じがしました。 (八月の汽水域)

2019-08-05

回 回  齒 びっくりして、まさしく目を回している表情ですね。歯の旧字体の「齒」も、ほんとに上下そろったむきだしの歯にみえます。おもしろい。 前作のコメント欄で、釈迦とお米についてお話しされていましたが、そういえば白米のことを舎利(仏の遺骨の意)と呼びますね。命を養うお米に、死を連想させる名がつけられていて不思議に思いましたが、私たちは他の生命を糧にしていることを考えれば、ありがたみを忘れないようにとの願いも込められているのかもしれません。 表裏一体の、死と生。それは今作の端々からも感じられました。 (ぬくい ≪令和元年八月版≫ )

2019-08-05

徒手空拳で闘っているかのような印象。技巧的に凝ったレトリックはほとんど用いずに、Blue、青、ぶるぅ、の読み替えを中心に、腰を据えて、ことばの拳をひたむきに繰り出しているように感じられました。 (Blue、青、ぶるぅ、ぶるぅ ぶるるるるる……という呪縛と解放)

2019-08-05

静かな視界さま ありがとうございます。 本作は、物語詩のかけらと称して書き留めていたものに、通底するテーマをみつけて、一つの作品としてまとめました。 叙情性を現代詩らしく、喩に託すことができたかなと思います。 (ボクラハミンナ)

2019-08-03

思えば、詩を書くこと、創作をすることも、私にとっては秘密の通り道のようであったかもしれません。けっして秘密というわけでもないのですけど、周りからかんたんには理解されにくい自分だけの愉しみは、やはりヒミツの香りが漂っている気がします。この詩にふれて、そんなことを思いました。 (秘密の通り道)

2019-08-03

インディアン「イシ」も、ナポレオンも、マリー・アントワネットも、すでに亡き人物ですが、いまなお残像として都市のかたすみに顕れるとしたら、影響をあたえる存在として生き続けているのかもしれない。すでに終わった星の光が、地上に届くように。 この作品自体が、もっと大きな物語の「残響」のようで、文章の奥に広がっている世界を感じさせるようでした。映画の予告編から、本編への想像力を掻き立てられるように。 (「残響」。)

2019-08-02

不思議の都のアリス、そのワンシーン。六本木の夜の香りが、漂ってきそうな作品でした。 (midnight blue)

2019-08-02

稀覯さま はじめまして。写真からなにかを感じていただけたようで、うれしく思います。ありがとうございます。 (メトロ)

2019-08-01

「田」の上に「雨」と書いて「雷」ですね。 稲妻の伝承、私も興味深いです。 作中の合間にはさまれている呪符のような文字の羅列ですが、 回回 田田 雷にびっくりして、まんまるくした目と、むきだしになった歯のように、私には見えました。 (ぬくい)

2019-07-31

藤 一紀さん こんにちは。 地下鉄の構内って、乾燥していて埃っぽく、冷たくて喉を潤すもの(たとえばアイスクリームとか)が欲しくなったりするのですが、その感覚は疲弊感にも近いかもしれませんね。 あ、〈ハイヒールのリズム〉と〈ニヒリズム〉、韻を踏める語でしたね。気づきませんでした。 〈カフェ/地下鉄/待合室〉二音づつ音数が増していくところには、特有のリズムを意識しました。 藤 一紀さんは、詩的な〈耳〉とでもいうような感覚が鋭い気がします。 コメントありがとうございます。 (メトロ)

2019-07-21

千才森さん 各連ごとに読み解いていただき、ありがとうございます。 自分としてはわりとわかりやすい、逆にいえばひろがりのない詩だと思っていたので、いろいろ想像してもらえてよかったです。 紙に印字されたデータのように、私たちの存在も登録されてしまう社会ですね。そう思うのは、ものさみしいですが。 都会的な気取りは、内面的弱さを隠すファッションなのかもしれません。 アイスクリームって、ミルクからつくられますよね。どこか、そのようなあまえたい気持ちが、最終行に表れていたのかなと自分で思います。書いていたときは、無意識でしたが。 気にしてしまえば、常識で成り立っている世間に戻りにくくなる。おそらく、そのような日常の隙を見つめるのが、詩を書く者の視点なのかと思います。 (メトロ)

2019-07-21

まさしく情景が脳裡に浮かぶような、すてきな作品ですね。文体が素朴で、それが良いともいえますが、個人的にはもうすこし洗練さがほしいと感じました。全体的に同じようなトーンですから、キラリと光る詩行があれば、もっと読み手を惹きつけるのではないかと思います。 (カフェ)

2019-07-20

タカンタさま なるほど、日本語に溶け込んでいれば横文字ではないとは、まったく主観に依る認識でありますね。 拙作「古書店」において、「ミクロコスモス」「シミュラークル」は日常的な言葉ではないと自覚しつつも、特異な雰囲気をもたせるため半ば実験的に用いました。とくに「シミュラークル」については、拙作をきっかけに初めてこの概念を知ったという方もおられて、語の使用には満足しております。 ところで、「古書店」について意見を述べたいのであれば、当該作品にコメントしていただけると助かります。 詩という概念は世界的なものでしょうが、それぞれの言語にはそれぞれの詩があり、他言語に翻訳された詩が原文と正しく同じ作品であるとは思えません。ましてや、翻訳には多大な労が要ることでしょう。にもかかわらず、私の詩が翻訳される心配をされるなど、思ってもみませんでした。そこまで気にかけていただき、まことにありがとうございます。 (海を見たくなるのは)

2019-07-20

タカンタさま 私の発想が通俗的なことは自覚しており、それは拙作を読めばおおよそ自明のことであるかと思われます。その上で、方向性を気に入っていただけたことには感謝いたします。 横文字の使用は好ましくないとのことですが、タカンタさまの作品「カフェ」に見受けられる、「カフェ」「ベール」といった言葉は、横文字ではないという認識でよろしいでしょうか。それとも、好ましくはないと自覚しながらも使用されたということでしょうか。 私としては、外来語と外国語は別物だと考えております。つまり、表記からして海外の言語で書かないことには、正しく外国語とはいえず、反対に、カタカナで書かれた横文字は、外国語由来といえども我が国独自に通用する言葉だと捉えております。横文字は、伝統的な見地からすれば生粋の日本語とはいえないかもしれませんが、我が国でのみ通用する言葉として、やはり日本語の内に有って然るべきだと私は考えます。 (海を見たくなるのは)

2019-07-19

仲程さん なにか根源的なものが、海にはあるのかなぁ、と感じたりします。それとも人間自身が、なにかに根源を求めたがるのかも、とか。 コメントありがとうございます。 (海を見たくなるのは)

2019-07-19

大好きな彼が、二行目からはしかめっ面という呼称になっていて、苦笑い。笑 「つまんねー奴」なんて相手のことを言う本人が、もっともつまらない人間だったりしますね。 一文字のトが、私には蝶番のように見えました。言われた一言で、作中主体のためらう気持ちにも決心がついたのか、最後の一行は安堵しているように感じられました。 私はいつもスマホから眺めているのですが、横向きにするとパソコン画面に近くなるので、作品の構成がよくわかりました。 横書きだからこそうまくいってる表現だと思います。両者が向かい合っている様子が視覚的にも伝わってきますし、さきほども述べたように、トが転回の役割をしていて、印象的でした。 詩がどんなものかあいまいだとしても、たいがいの詩人でさえ、はっきりとは答えられない難題で、だからこそ詩を探究しているともいえるわけで、千才森さんには自らの感性を信じて書いていってほしいなと思います。 それに、作品を読ませてもらえることは、私たちにとってもうれしいですから。 (詰めさせたがる彼)

2019-07-17

ふじりゅうさん 最近、自分でこの作品を思い返していて、一つには、オイディプス的な三角形の構図と、その超越を書こうとしていたんじゃないかと考えています。 まぁ、小難しい話は置いておくとして、現実と幻想のあわいを愉しんでもらえたらうれしいです。少年は空に帰ったのかもしれません。 (海を見たくなるのは)

2019-07-16

青春とBluetoothには、共通の色を表す語が含まれていますね。二つの言葉がこのように結びつくことに、意外性を覚えました。 最終連は感傷的に巧くおちついていますけど、個人的には二連目で終わった方が好みです。 (人間Bluetooth)

2019-07-16

雨粒と雨粒が、ランダムにくっついて落ちていく様子は、どこか人と人の出逢いのようで。それを眺めている作中話者の視線には、哀愁を感じさせられます。 今まで何人てるてるぼうず殺したかな、 わたし。 とてもすてきな詩行です。 願い、喪い、それでも人は願わずにはいられないのでしょうね。 (雨粒)

2019-07-13

冒頭から、とても惹きこまれる表現ですね。 廃墟と思しき描写から、(幻想の)彼女との会話への、シームレスな移行は見事です。 随所に詩的な表現も織り込まれていて、私はとても好きな作風です。 (白い迷い家/黒い夢。 (詩のように書いた小説のそれっぽい詩?))

2019-07-13

興味をもっていただき、ありがとうございます。 プロフィールに、Instagram のアカウントへのリンクを設けました。よろしければご覧ください。 (メトロ)

2019-07-08

ありはらさま 写真は、自分が撮ったものです。借り物があまり好きではなくて、ここに限らず、公開している写真はすべてそうです。 誉めていただき、誠に光栄であるとともに恐縮です。ありがとうございます。 (メトロ)

2019-07-08

エミリー・ディキンソンとの、心の中での対話でしょうか。 文章が途切れてしまったのは残念ですが、ポジティブに捉えるなら、かえって強い余情を喚起させているように思いました。もちろん、全文を読みたい気持ちはありますが。 言葉にできない言葉をどうやったら言葉にできるのかという、かんたんには答えられない問いを、作中人物の難解な語りでこれから解説されるであろうところ、スパッと切り捨てられていて、問いのまま読者に提示されており、偶然とはいえ、これはこれで成功ではないかとさえ思えます。 切断されることによって、それが流れていたことを認識させる、と云えばドゥルーズ=ガタリ的でしょうか。 終わらない問いに、慣性の働きが加わり、読者までエネルギーが伝達されてくるようです。 (エミリーの眼の中でわたしは眠る)

2019-07-08

抜歯についての小説なのかなと、ぼんやり読んでいたら、最後、なるほどなー、と感じ入りました。せつない余韻が、良いですね。 文章がちょっと冗長のような気もするのですが、読んでいて苦にならないのは、可笑しみのある、くだけた口調のおかげかなと思いました。 (抜歯)

2019-07-08

仲程さん 気に入ってもらえた詩行があって、よかったです。ありがとうございます。 (メトロ)

2019-07-06

ステレオさん 絶賛していただいて、恐縮です。 本作は約五年前に書いた詩です。過去の自分の詩を整理していて、なつかしく思うと共に、ちょうど詩の雰囲気に合う写真も撮れたので、併せて投稿してみました。 自分の詩風は変遷していますが、わりと初期の方が、より詩情に敏感であったかもしれません。たまには、自らの原点をふりかえってみるのもいいですね。 (メトロ)

2019-07-06

エイクピアさんの詩としては、かなり読み解き易い作品ではないでしょうか。というより、読みを誘うと云った方が正しいかもしれませんが。 今作のおやかたさまには、ジャイアン的な某超大国を連想せずにいられませんでした。 隠喩が謎解きで終わらないのは、語彙力に裏打ちされたエイクピアさんならではのユーモアがあり、読者を愉しませてくれる為ではないかと思いました。 (おやかたさま)

2019-07-02

エイクピアさま 拙作から何かを汲み取ろうとしていただき、感激の至りです。 私からあれこれ語ることは控えて、感じていただけるままにお任せしたくなりました。 ただ、今作を書いたときは、一抹の幻想性を楽しんでいたように思います。 海や空の、もっと向こうにふれてみたいような気もします。 (海を見たくなるのは)

2019-07-02

いつものような、きわどい表現は、今作には一切ありませんね。それで、清澄な印象を受けました。 厳しい道のりを越えたあとの、優しさ、そのようなものを感じます。 (悲しみも苦しみも寂しさも克服した男。)

2019-07-01

主題が美しく、まとまっていますね。個人的な好みに依るのかもしれませんが、空白でゆとりをもたせるよりは、文体をぎゅっと縮小していた方が、小品としての瀟洒な雰囲気が増していたように思います。 (石畳の道)

2019-06-30

まさかとは思いますが、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのアルバム「ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート」を模したタイトルではないかと、ロック好きな自分としては思いました(見当違いでしたらすみません) 共通項を見出すとしたら、気怠げなパンク、といったところでしょうか。 「命を削った言葉をぶつけてください」 というコメントに対する、シニカルかつ等身大の姿勢には、パンクに通じるものを感じます。 (ブラックジョーク/ホワイトノイズ)

2019-06-20

興味深い内容で、読み易く、おもしろかったです。 先日、書店で、ボルヘスの「詩という仕事について」という本をみかけました。詩については答えを出すのではなく、謎を提示することしかできないという、著者の謙虚な姿勢に惹かれたのですが、survofさんの本批評もどこか通じるようです。 答えを書くことができたら(あるいは、言葉で直截に意思疎通できたら)、詩ではなくてもいいかもしれない。詩そのものが、終わることのない問いかけかもしれない。そのようなことを考えました。 私のこのコメントもナンセンスかもしれませんが、語り得ないことについては、やはり語ることができず、示すことしかできないのかもしれません。 (ネット詩の読解の不可能性についてのディレッタント・カット)

2019-06-17

渡辺さんとほぼ同じ感想を抱きました。 追記するなら、ここに描かれている光景は個人的な(一般人には稀な)体験かもしれませんが、それを普遍性のある絵画のように、私たちに魅せてくれることに感銘を受けました。 (上富)

2019-06-16

帆場蔵人さん いまでこそ動物園に行けばライオンに会えますが、千年前の人にとって、獅子は想像するしかない動物だったんでしょうね。FF8を思い出したりもします。笑 極楽鳥に想いを馳せていただき、ありがとうございます。〈わたしの〉という言葉をのがさずにいてくれたことを、うれしく思います。 (極楽鳥)

2019-06-11

ステレオさん 名前や言葉でしか知らない対象って、想像が膨らみますよね。三島由紀夫「金閣寺」の冒頭みたいに。 三連目は、あざとい表現かもしれませんが、実際に新宿三丁目駅の階段を降りながら、この詩を思い浮かべていたのでした。 コメントありがとうございました。 (極楽鳥)

2019-06-11

とても感動的なラストでした。長いからといって、最後まで読まれずに埋もれてしまうのはもったいない作品です。しかし、発掘して読み、得られた感動は、宝物みたいに感じられたりするかもしれません。 戯曲なのかと思いきや、小説的な描写も多くありますね。亡霊があらわれて語り合うあたり、シェイクスピアを彷彿としました。 タイトルや内容にはミステリー感がありますが、どちらかといえばファンタジーでしょうか。象徴的な表現も美しく、詩的です。 後半がコメント欄なのはどうしてだろうかと、気になりました。 (少年と音楽一家の奇妙で大規模な殺人)

2019-06-11

痛切に胸に迫ってきました。私は医師ほどハードな仕事をしているわけではありませんが、今作に表現されている、仕事を第一義に考えざるを得ない生活のなかで感じる孤独や焦燥に、共感を覚えずにいられませんでした。 私は詩を書くようになってから、社会生活とは別に、もう一つの価値観で、もう一つの人生を生きられるようになった気がしています。 常識という、一元的な価値観だけで生きるには、この社会はあまりに辛い。 (痛い体)

2019-06-09

tOiLeT さん いつもコメントをありがとうございます。 舞台は、言ってしまえば、なんの変哲もない古書店なのでしょうけど、話者の主観(妄想?)が、世界観をひろげているのだと思います。 作家は虚構で真実を語る——含蓄のある言葉ですね。 虚構から真実を読み取ろうとするのもまた、人間なのかもしれません。 (古書店)

2019-06-09

「雑草という名の草はない」という有名な言葉のパロディも織り込まれていて、含蓄のある様子をみせながら、実は品切れをごまかそうとしていただけという。 腹を抱えて笑うほどの作品ではありませんが、ほのぼのとしていて、私は好きです。だれも傷つけない。 (少年とマガジン)

2019-06-06

舞浜さん コメントありがとうございます。 最後の外に出る二行は、仄暗く涼しい店内と、まばゆい初夏の陽気の、コントラストをもたせました。また、シミュラークルな世界から、現実世界への、帰還の意味でもあります。 ちょうど一年前に書いた本作は、興味本位で古書店を訪れたときの体験と感想を基にしました。 店内にながれているクラシックを具体的に表現するのは、よいアイデアですね。音楽家や曲によって、作中の雰囲気も変わってきそうです。 もとは短歌の引用はありませんでしたが、コラボレーションしてみるのも新鮮に感じました。そこは、読者の好みによるかもしれません。 (古書店)

2019-06-03

些細なことです。気になさらないでください。 というか、言われるまで自分も気づきませんでした。笑 (古書店)

2019-06-02

仲程さん 誉めていただき、光栄です。 また、言葉に興味をもって調べてくださり、ありがとうございます。 (古書店)

2019-06-02

意地とイージーに、音の類似を感じますね。 六差路は、六道への入口のような。 砂糖を好む蟻が塩で苛められたことも、業(カルマ)として回帰されるのかも。 蚊というささやかな命を殺生しようとするも、能わず、煙たさに厭気がさしたり。 珍しい?というよりエイクピアさんの提示される語彙の新鮮な表現に、作中の博士ではありませんが、山の裏を探るような解釈を試みてみました。イージーな行為になっていなければいいのですが。 (イージー)

2019-06-01

エイクピアさん 寺山修司さんの短歌は、今作の投稿を考えていたときにふと思い浮かび、どこか響きあうものを感じたので、勝手ながら引用させていただきました。 この詩は本屋のあるじとの友情を目指したものではない との視点は示唆に富むと感じました。店主は、謂わば、シミュラークルな世界の絶対者ということになるでしょうか。 一般的には聞きなれないであろう用語をとりいれた一行ですが、今作をリアルにしているという評をいただき、まことに光栄です。 仮想を重ねるほどにリアリティを増すとしたら、アイロニカルではありますが、実相なのかもしれません。 (古書店)

2019-06-01

なんと表現したらわからないようなものごとを、どうにか表現しようとするとき、詩がうまれるのかもしれませんね。 たとえば比喩だって、そのままでは表現し得ないものごとを、どうにか表現しようとする一つの方法なのかもしれない。 ついあべこべになってしまいがちですが、詩の芸術性は後のことで、先にあるはずの詩の本源的な要素について、今作は述べられているのではないでしょうか。それこそ、〈なんと表現したらわからないようなものごとを、どうにか表現しようとする〉不器用な手つきで。 (批評文 わたしの龍を読んで)

2019-05-31

ふじりゅうさん 現代自由詩の始まりにあったであろう、短歌や俳句といった古い詩形式への反抗心のようなものが私にはなく、古きよきものは進んで取り入れていきたいと思っています。単に、古風なものが好きでもあるのですけどね。 コメントありがとうございます。 (つくよみ)

2019-05-28

セックスしてしまえば今日は僕の勝ちなのだ。 この一言が、それまでの散文をすべて、詩情に結実させると感じられました。 (負けて勝つ、)

2019-05-27

はじめ、「海のポエジー」とは、砂糖水の対義語としての〈海水〉のポエジーかと思いました。つまり、甘いよりも辛い詩情。 でも、母なる海と呼ばれるように、海水はたくさんの生き物を育みますね。そんな多様性への礼賛を感じなくもありません。然し、そこは弱肉強食の世界。三角がヒエラルキーを意味することも容易に読み取れます。そうした野生の世界を作者は本当に是としているのか、それともマルドロールの歌からの引用のように、単にルサンチマンの発露であるのか、ちょっと気になりました。 最後、人間なんて放っておけという、そのようなシニカルな姿勢は、前作「トビウオ」にも通底していると思いました。(そういえば、海や魚というモチーフもですね) ただ、海の生き物を捕食しているのは実は人間でもあり、放っておけというのは、海の生き物が現実から目を逸らしたいが為でもあるのではないかと感じられました。(深読みし過ぎでしょうか) そんなわけで、この三角に作られた海に、私は「狭さ」を覚え、それが(私的な解釈ですが)〈辛い詩情〉に結実しているようにも思います。 (海のポエジー)

2019-05-27

あらかじめ十四行と定め、友人と一行ずつ言葉を出し合い、未知の状態から、一つのイメージや物語が輪郭を帯びていく様を愉しんでいました。 その過程にもこの詩の本質が宿っている気がしたので、あとから大きな改変などはしていません。和洋折衷感はたしかにありますね。 褒めていただいた箇所は友人の書いてくれた行なので、とても悦んでいると思います。 ありがとうございます(^ ^) (ハルピュイア)

2019-05-16

哀愁亭さん はい、最後は私なりの返歌です。 紀友則の和歌は相手の審美眼を讃えているそうですが、私の方は比喩的に相手の魅力を詠っていますね。 古きよき文化に、多くのひとが親しみをもてる時代になったらいいなと思います。 ありがとうございます。 (つくよみ)

2019-05-10

tOiLeT さん 気に入っていただき、ありがとうございます。 今作は三月に書きましたが、新元号が令和になり、シンクロニシティを感じています。 想いを言葉にして伝えたくなるのは、今も昔もおなじですね。でも、言葉をかわしていないとき、もしかしたらより深く、好きなひとを想っているものかもしれませんね。 (つくよみ)

2019-05-09

百合の花や香りには、私はよい印象しかもっていなくて、今作も馥郁とした香りが漂ってきそうでした。だからこそ心理描写にコントラストを感じられ、「百合なんて、嫌いだ」の一言にはインパクトがありました。 ひとは香りとともに過去を記憶しやすいものですね。 (百合)

2019-05-08

初化粧、艶やかな言葉ですね。 作中話者は女の子かなと思いました。 私は化粧をしたことはありませんが、洒落っ気のあることを初めてしたときの気持ちは、共通しているように思います。初めての恋、初めてのお酒、初めて読んだり書いたりした詩、など。そうした初々しい感性を、思い出させてくれるような読後感でした。 (初化粧)

2019-05-08

この物語では、出逢ったひとが偶然、主人公と同じく詩を趣味にしている方でしたけど、自分はリアルではなかなか、人前で詩が好きだなんて言えません。趣味の話題になっても、読書が好きなど、あたりさわりのない会話でやりすごしてしまう。ましてや詩人とのつながりなど、ふつうに生活していたらできようはずもなく。 だからこそビーレビのような詩のコミュニティがあることを嬉しく感じていますし、気の合う詩友と出逢えた悦びは大きいです。 終わったと言いながらも、詩の投稿サイトがしっかりと作中のコミュニケーションツールになっているあたり、巧いと思いました。 〈B-REViEW〉と、小文字の i にしてあるところも、にくいですね。笑 (B-REViEWは終わった)

2019-05-04

ネット詩とは何ぞや。言葉とは何ぞや。画面上のそれは、0と1とで構成される電気信号。あたかも肉体や物質が、素粒子に還元されるように。そこに意味やイメージを見出すのは、私たちの観念に過ぎない。悦びも哀しみも甘美なる、詩の戯れを、いざ共に。 (ネット詩人 宣誓)

2019-05-02

せいろんさん コメントをありがとうございます。 難しいというか、大和言葉だったり、俳句の季語だったり、古風な言葉は好きですね。連詩してくださった友人も、そのようです。 でも堅苦しいのはあまり好まないので、ひらがなや、やわらかいもので、ゆとりをもたせたくなります。 私は詩人の吉増剛造さんを尊敬しているのですが、氏は日本語のことを、怪物のような言語だと仰っていました。漢字、ひらがな、カタカナ、などが渾然一体となっている様は、たしかに怪物じみているかもしれませんね。また、このような言語を自在に扱えることに、悦びも感じます。 タイトルも気に入っていただき、ありがとうございます。考えてくれた友人にも感謝です。 タイトルは、その作品を象徴していて、一言でもピンとくるものをよくつけています。いつもそのかぎりではありませんが。 (ハルピュイア)

2019-05-02

ラフな話し言葉で書かれた、可読性に優れた作品ですね。それが良さだとは思うのですが。個人的には、ダダやシュルレアリスムを色濃く感じさせられる作品も読んでみたいと思いました。 (トビウオ)

2019-05-02

ゲーテの「至福の憧れ」という詩をご存知でしょうか?イスラム神秘主義から着想を得た、光=神への志向を主題とする作品です。まさしく「蛾でありたい」から彷彿とさせられました。 (イスラム教もキリスト教も、同じ神への信仰から派生したことを、念のために付記しておきます) (前に書いた暗い詩)

2019-05-02

tOiLeT さま 本作は、一行ずつの連詩によって創られました。私が書いたのは偶数行です。 「ハルピュイア」は、作中話者をイメージして友人がつけてくれたタイトルで、私も気に入っています。人と鳥、異なるものの混じり合いは、本作そのものを象徴しているようで。 幻想的なイメージやストーリーを感じていただけたら幸いです。ありがとうございます。 (ハルピュイア)

2019-05-01

モアイが出てくるあたり、渋谷かなと思いました。あれはモヤイですけど。どことなく、ハロウィンのときのような乱痴気騒ぎの喧騒を感じたり。そこへ、場を治めるために僧侶が説教に現れたら、シュールですね。阪神打線=猛虎も恐れない僧侶は、たしかに頼もしいです。 (僧)

2019-05-01

エイクピアさま はい、意図的です。 ものを〈落とす〉ことは、〈音す〉ことに通じているのだなと、常々思っていました。 〈訪れ〉が〈音づれ〉と通じていたり。 日本語の音韻の共通性は、奥深いですよね。 細かなところに注目してくださり、嬉しいです。ありがとうございます。 (ハルピュイア)

2019-05-01

竜野欠伸さま お読みいただきありがとうございます。 作中の句は、引用というよりも本作の心なので、散文と分けるのではなく、まんなかに包みこむように置きたいと思いました。 (永遠)

2019-04-27

tOiLeT さま お読みいただきありがとうございます。 詩って、どこにあるのでしょうね。作品に宿ることもあるでしょうし、詩情を感じられる心そのものにあるのかもしれませんし。そんな問いを投げかけることができていたら、幸いです。 ところで私は、デュシャンの「泉」にも詩心を感じます。 (永遠)

2019-04-27

peace.pot.microdot さま お読みいただきありがとうございます。 桜の写真がなぜ消えてしまったのか、だれかに壁から取り外されてしまったといえば現実的ですが、そんな事象にもさまざま思いめぐらせるのが詩心なのかもしれませんね。 (永遠)

2019-04-27

都会的な言葉選びと、小洒落た文体。内容はありふれたストーリーかもしれませんが、その魅せ方がクールです。素朴にも奇抜にも偏らない洗練された作風は、この掲示板で光っているように感じられました。 (トリスタンツァラに敬意を込めて)

2019-04-26

ヴィクトル・ユゴーや、T.S.エリオットの文芸作品へのオマージュが織り込まれていますね。今作を書かせたほどの強い思い入れが、おそらく作者にはあるのだと感じられました。 (ノートルダム大聖堂への葬送歌)

2019-04-16

傷を保護し癒すための包帯という隠喩が絶妙です。包帯を脱いだあとの自分は空っぽ、あるいは透明人間だったのでしょうか。いずれにせよ、他者に認識されない存在。たとえば感傷的な詩が、包帯になってくれることもある。だけど誰だってほんとうは、ありのままの自分を認めてもらいたい。 私は今作から、切実な痛みを感じずにいられませんでした。 (わたしがミイラ男だったころ)

2019-04-15

自分の知るかぎり、いままでのゼンメツさんにはなかった改行の仕方だと、一見して思いました。 読んでいて気恥ずかしくなるほど赤裸々な描写力は、さすがだと感じます。 (トワイライトアテンダント)

2019-04-13

ふじりゅうさん 美しいと感じていただいて、ありがとうございます。  とわゆえに写真の桜は散りたがる 今作は、この句のために書いたといっても過言ではありません。詠んでくれた友人には、とても感謝しています。 (永遠)

2019-04-13

詩としては技巧めいたところがまったくなく、シンプルに可読性に優れていて、直截的に伝わってくるメッセージ性を感じました。 読み終えたら、表題の「あなたへ」という一言が沁みました。 (あなたへ)

2019-04-12

哀愁亭さま 美と永遠の関係性について、深く考える契機になれたなら光栄です。ありがとうございます。 (永遠)

2019-04-12

寡黙さのうちに生き様をもの語っている、かっこいい写真だと思っていました。作品本文のハードボイルドさと、よく合っていると感じます。 (Home)

2019-04-10

拓馬さま 今作の掌編小説は、友人が詠んでくれたこの一句からインスピレーションを受けて書き上げました。 とわゆえに、という響きは、ほんとうに美しいですよね。 コメントありがとうございます。 (永遠)

2019-04-09

斉藤木馬さま まっすぐなご感想をいただき、こちらこそ、心を動かされました。ありがとうございます。 (永遠)

2019-04-08

南雲 安晴 さま 桜みたいに潔く終わり過ぎたでしょうか。説明的な作品を厭う、私の性格が表れているのかもしれません。 コメントありがとうございます。 (永遠)

2019-04-08

世界世紀さん まことにうれしい感想を、ありがとうございます。 ソメイヨシノの花弁に合わせて、五句選びました。 当初は「さくら」という題名で、最後は散る一句もあったのですけど、改編して散る要素がなくなり、「花のころ」の方がふさわしいかなと思いました。 せめて作品のなかでは、永遠の桜を咲かせられたでしょうか。 (花のころ)

2019-04-04

色と空、生と死、俗と聖、それら二項対立的な概念の統合=婚姻が、taishi ohira さんの作品のテーマである、とは感じます。 私たちは、仮面=マーヤーの面紗に覆われている。 (仮面の下の倒錯)

2019-04-02

taishi ohira さま 数字のもつ神秘的な意味に詳しいのでしょうか。春に関係するという数字があってよかったです。 コメントありがとうございます。 (花のころ)

2019-04-01

すみません。読み返して、作中話者にとっては、日常こそおそろしいものであったのだと思いました。さかあがりの、非日常への跳躍に成功した快感と、ネガティブをポジティブに反転させたいという、健気な願いを感じました。 (そらおそろしい)

2019-04-01

なまくびのあたりが、秀逸です。今作の核をなしていると思います。 平和な日常も、ぐりんと逆さまにみたら、そこには残酷な光景がある(あった)のかもしれません。そらおそろしい。 (そらおそろしい)

2019-04-01

生は何かを叶えるもの というのは、思い込みであるかもしれません。この世は、自我がみせる幻想に過ぎないのではないかと。 それはそれとして、今作での幻想は、私には少年時代の憧憬の比喩として捉えられて、好ましく感じながら読ませていただきました。 (幻想離れ)

2019-04-01

るるりらさま おはようございます。 作品を気に入ってくださる方がいることは、私にとっても喜びです。ありがとうございます。 新宿の街角でたまさか二胡の音色を聴いたのは、秋の日だったように思います。しかし、私のなかでは、まさしく春の音色でした。また、二という数も、好ましく感じたのでした。 (花のころ)

2019-04-01

文章の悉くが過去形でありながら、最終行だけが・・・気づいた瞬間、打ちのめされるような叙情性を覚えました。過去形にはならない、思い出。 (スペランカーとアイツ)

2019-03-25

かるべさんへ 画像表示を大きくしてくださり、ありがとうございます(^ ^) (葉緑素)

2019-03-25

はじめ、廃駅という舞台設定もあり、人間のいない世界でアンドロイドが絵を描いているのかと思いましたがそれは気のせいで、現代的なモチーフを用いた修辞に斬新さを覚えました。 前半は夏らしい描写を感じられたのですが、後半はクリスマスイブを実感させる描写がもっと欲しいように思いました。 最後に添えられた写真や、スタンドバイミーなどの言葉もあり、夏のイメージが支配的な作品ですね。 求められた意見については、たとえば自作に入ったポイントがあとから減るのは、あまりいい気持ちはしません。 あと、投稿画像が小さくて、テキスト作品に添えることはできてもメインにはなれないように感じます。もっと大きく表示されるか、拡大機能があればいいなと思いました。 (葉緑素)

2019-03-23

あれは 泣いとったんかの までの冒頭が、胸に迫ってきました。グリコキャラメルのやりとりに、笑ったらいいのやら哀しんだらいいのやら、複雑な気持ちになりました(甘さと苦さがまじりあったキャラメルみたいに)。 詩としては、そこでもう完成でいいんじゃないかと思うほどです。それ以降は、ドラマ性が前面に出てしまったようで。それでも、 うまれつき ふたごの人間だけが ふたごじゃ 思う考えは 気のせいかもしれんぞ からのくだりには、胸を打たれました。 方言で書かれていることもまた、情感を醸し出していると思います。 (グリコのおまけ)

2019-03-18

帆場蔵人さん ただ乗り合わせた人たちが集まり話すうちに、そこの人から表情のある人にかわる—— ここの掲示板も、そうかもしれませんね。笑 詩は沈黙のなかにある—— 今作は掌編小説のつもりでしたが、もし詩を感じてもらえたら、それは、語り過ぎないところにあるのかもしれないと、帆場さんのコメントから思いました。 ありがとうございます。 (汽車)

2019-03-15

ふじりゅうさん とても丁寧に読んでいただいて、また、素直な感想をありがとうございます。 自分が書くものには、鉄道に関するモチーフがよくある気がしています。地下鉄、停車場、汽車・・・その象徴性も自覚している上で。 名作「銀河鉄道の夜」には遠く及びませんが、近づきたいような気持ちもあります。 ラストの風景は、大乗仏典を元にしました。 (汽車)

2019-03-14

みうらさん ボードレールはダンディズムの詩人でもあることに、ときどき思いめぐらせます。いわゆる、大人のかっこつけ。その背後に、隠しきれずに滲んでいる、生きるかなしさのようなもの。それがひとびとを惹きつけるのかもしれません。 現実の辛さを(自らに)欺く術としてのファッションは、頽廃的ですが、人間くさい哀愁も覚えます。 言葉の機微をよく捉えて作品を読んでくださり、うれしく思います。ただ、まあ、 発光—発酵—薄幸、っていう語呂合わせでもあるんですよねぇ。 (火球をみた夜)

2019-03-12

和洋折衷、ファンタジーとコンピュータ、宗教と科学、混沌としたサブカル感が溢れている作品だと思いました。 たとえるなら、ビートルズ「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・ バンド」のアルバムアートワークみたいな色合いを、詩から感じられました。 ☆印で目立たせた短歌も、ポップでいいと思います。 (ブルー 天橋立にて)

2019-03-02

私は今作を、ステレオさんらしいSFの世界観として読みました。流星群は、隕石かミサイルの襲来する光景のように感じられて。さくらにも、私たちの好む象徴性がありますね。 (別れの流星群)

2019-03-02

友達が居なくて というより、 友達甲斐無くて なのかなあ、と思いました。 後者だと、文にも整合性があるように思います。 二重性のある表現は、おもしろいですよね。 (二人よりひとり)

2019-03-01

ダンスに助っ人呼びたくなった すっきりとした語感のよい一行だと感じました。 午後の紅茶は、私は無糖が好きですが、その味わいにも似た、爽やかな作品だと思いました。 (午後の紅茶)

2019-03-01

わりと写実的な文章、だからこそでしょうか、「雲に乗る」というファンタジックかつ象徴性のあるモチーフが際立っていて、不思議な読後感がありました。 浮世離れした特技を持つ彼は、まさしく天使のようにピュアな存在だと感じられました。 (雲に乗って)

2019-02-28

Sunano Radio さんの、名前のイメージがこの作品には表れていますね。 初投稿作の「白い部屋の秒針」にも通じる、閉塞感のある空間できりきりと締めつけられていくような印象を受けました。 ◯と●、心と体、二項対立的でシュールな作品世界は、アート系の短編映画を観ているようでもありました。 (底)

2019-02-21

〈声〉に対する繊細な感受性が伝わってくる作品でした。 私は去年、ウエノポエトリカンジャム6で谷川俊太郎さんなどの朗読を初めて聞き、こころが震える思いをしました。誰しもが耳を澄ましている静謐な場で、力のある声をとおして聞く詩は、その詩を知らなくても、作品の世界に深く誘われてゆく心地がしました。谷川さんの声は、円熟した優しさと穏やかさが滲み出ていて、すばらしかったです。 その記憶と、fiorinaさんの今作が、私のなかで響き合ったようです。 (声)

2019-02-21

一言選評、ありがとうございます。 まりもさんの冒頭の文章も、エッセイのようで、印象深かったです。 (B=REVIEW 2019年1月投稿作品 選評)

2019-02-20

ポイントもおもしろそうなのですけど、自分としては、評価よりもコメントによる交流が(他者作品についたものを見ても)楽しいので、ポイントの気安さに流れてコメントが減ってしまったら、さびしく思います。ただ、やってみる価値はあるでしょうし、その試みを応援したいです。 (【必読】B-REVIEW3.0企画書の公開)

2019-02-18

提案された一つひとつのアイデアを、よりきめ細かく思案or具体化されていて、その労力に頭が下がります。 企画書の内容には、概ね賛成です。ただ、詰め込みすぎてサイトが重たくなりませんように。できるかぎり快適に閲覧したいものです。 運営の皆様、いつもありがとうございます。 (【必読】B-REVIEW3.0企画書の公開)

2019-02-16

とても純真な詩で、好感を抱きました。 無常に過ぎゆく月日を記したカレンダーに、不動の存在ともいえる富士山の写真、その象徴的な対比を中心に、忘れ去ってしまうものや忘れられないもの、生きることや死ぬこと、友といられること、それらに思いをめぐらせていくことに、素朴な詩心を感じられました。 (友の詩)

2019-02-16

こんにちは。 一行目から魅力的で、心を掴まれます。 あくまで私なりの解釈ですが、 快楽にかわれば麻薬と同じ などといった表現から、冒頭の犯罪者とは、原罪を犯した者、あるいはその末裔としての人間ではないかと思いました。 眼は口ほどにものを云う、という諺もあるように、眼は、見るための器官であると同時に、見られる器官でもありますね。そう考えると、作中人物たちの「眼病」とは、うまくいかないコミュニケーションの象徴のようにも捉えられました。後半は、そのもどかしさが表れているような。 幻想的な世界観や、美しい表現は、弥生さんの持ち味だとあらためて感じられて、とても好きな詩です。 (眼病)

2019-02-16

異形のもの。キマイラ。そのような印象をもちました。 タイトルからしてそうですが、いくら読んでも本筋が掴めない=逮捕し辛い(ということか)などと思いめぐらせてしまいます。 やけになって、「地異ミコ」のあたまに「ポエ」をくっつけてみました。「ポエ地異ミコ」(ポエジイ ミコ)なんて。 かき氷を食べて思い出すのは、私だったら、冷たさに頭がキーンッとなる感じです。詩の霊感(インスピレーション)を受けたときと似ている、かも? 釣り=遊びに専念していれば、詩のことも忘れてしまいがちですが、ふとしたときに詩情は襲ってくるものですね。そのときを逃さず、この空想の化け物(キマイラ)を引っ捕らえられたらいいですね。 とりあえず、詩は、私の生活に無くてはならない存在に、なってしまいました。 強引な私的解釈、失礼いたしました。 (地異ミコ)

2019-02-16

まりもさん 実は、今作は、一年を通してインターネット俳句会に投稿した句から気に入っているものを主に選びました。どことなく退廃的な雰囲気の句が多かったので、テーマを(なんとなく)それに決めて、十句に絞りました。四季をバランスよく選んでもよかったのですが、いかんせん拙い句ばかりで。笑 一応、四季は揃っていますが、春ものが多い為、表題に四季を表すのは気後れがして、唯識という言葉に(しき)を忍ばせた次第です。 テーマは先ではなく後に来たので、まりもさんの視点は正鵠を射ていると思いました。 たとえば春から冬秋夏へと遡っていく構成もおもしろそうですね。 示唆に富むコメントを、ありがとうございます。 (唯識デカダンス)

2019-02-15

素朴な、童謡のようで、ほっとします。ビーレビではわりとめずらしい雰囲気の詩ではないでしょうか。 七五調がとても似合う作品だと思いますので、もうすこしシラブルを揃えてもよかったかもしれません。 (羊飼いの踊り)

2019-02-14

北村さんのこの詩、語感といい、リズム感といい、ぶっ飛んでいて、すげぇ好きです。もちろん、朗読も。剥き出しの言語センスを感じます。 (さまぁ・ふりーすたいる)

2019-02-12

小林素顔さん 私自身、未熟なのですが、情景が目に浮かぶようだと仰っていただき、とてもうれしいです。ありがとうございます。 (唯識デカダンス)

2019-02-10

ダイナミックな、力作だなあと感じていました。 とくにすてきだと思ったのは、 木星と真珠星と手繰りつつ眠る を、 ゆぴてるとすぴかとたぐりつつねむる と読むことでした。 あえてひらがなでも書くことを、活かしていると思いました。 (此処乍ら)

2019-02-10

仲程さん こんにちは。 山茶花や梅も、花弁が地面に散り敷いているのは美しいですが、椿は花の象(かたち)をきれいに保ったまま落ちるので、そこに艶やな魅力を感じています。 気に入っていただけたようで、うれしく思います。ありがとうございます。 (唯識デカダンス)

2019-02-10

バンクシーを詩のなかに書いたのは、もしかするとあなたが初めてかもしれない。 そのままで十分詩的なキャラクター性のある言葉、そこに目を奪われてしまいました。笑 他にもコスプレイヤーだったりソシャゲだったり、きわめて現代的な言葉があるかと思えば、八百万の神や仏壇など古風なイメージの言葉もあり、そのコントラストがおもしろいですね。 内容は風刺的なようですが、いまいち解り難かったです。ただ言葉を追っていくのがおもしろくて、切実な心象だけが強く残りました。 (捨身飼虎)

2019-02-10

かるべまさひろさま 拙作を優良に推してくださり、ありがとうございます。 今作は、比喩などの添加物による味つけをせずに、素のままを書くことを心がけました。 かといってあまりに薄味になってもつまらないので、あまてらす——あまねくてらす という語のイメージでアクセントをつけましたが、その微妙な塩加減に注目してくださったようで、嬉しく思います。ありがとうございます。 (【フル】かるべまさひろの選評<2019年1月分>)

2019-02-08

こうだたけみさん コメントありがとうございます。 田村隆一さんっぽいと思っていただいたとは、まことに恐縮です。私も尊敬している詩人の一人です。 (ナイフ)

2019-02-06

社町 迅 さん ちひさくも夜にのまれぬ黄水仙 この句を気に入っていただき、ありがとうございます。 黄水仙は、春の夜道を歩いていると、ぽうっと浮かびあがって見えるんですね。まわりは暗い闇でも、けっして呑まれることはない、健気なあかるさを感じて、句に詠みました。私自身も気に入っています。 梅散るやみすぼらしくも匂ひたつ 地に伏してなほいろめけり落椿 穢れをしらない純粋さはもちろん美しいですが、穢れのなかにあってさえ失われない色や香もまた美しいものです。泥のなかに咲く蓮の花のように。 この二句は、「ちひさくも夜にのまれぬ黄水仙」と同じ主題を、別の角度から詠んだ句であるともいえます。 興味をもっていただいて、うれしいです。気になったら、遠慮なく話しかけてくださいね。 私の解説でわかってもらえたらいいのですが、社町さんにもオリジナルな感性があるはずですから、それを大切にしていってほしいと思っています。 (唯識デカダンス)

2019-02-05

環希 帆乃未 さん 寝酒でもして待っていますね。ありがとうございます。 (唯識デカダンス)

2019-02-05

きょう(二月四日)は立春で、まさしく〈春が立つ日〉に、こうだたけみさんの今作を思いうかべていました。春の訪れ=音づれでもあるなあ、と。 漢字を分解して、それを詩として表現する発想に、文字に対する感受性の豊かさが伝わってきました。 (春が立ちあがる音)

2019-02-04

環希 帆乃未 さん ありがとうございます。 すてきだと感じたことをもうすこし具体的におしえてくれたら、もっとうれしかったにゃあ。 (唯識デカダンス)

2019-02-03

渡辺さん 思いもよらない角度からのコメント、ありがとうございます。 さて、紹介して頂いた記事についてですが、「五七五のうち十二音だけ考えてあとは適当に季語をあしらう」という作り方は、私は聞いたことがありません。偏った主観で書かれているように見受けられました。 ただ、「季語が動く」ということについて、俳句の世界では聞かれます。これは詠まれた季語の必然性を問うものであり、紹介された記事の論旨もこれに近いのではないかと思いました。 私自身、句を詠むときはその季語の必然性を意識しています。私の場合は、象徴性を含意して用いることが多いです。 また、季語一つ違えば表情が変わるのも俳句のおもしろさの一つだとすれば、季語が動くこともさして問題にはならないのではないか思います。 (唯識デカダンス)

2019-02-03

サオウって誰だ?と思って検索してみたら、どうやら沙翁=シェイクスピアのことのようですね。このような和名があったことに驚きました。なるほど、たしかに高峰のような作家です。ロッキーから、山、高さへの連想でしょうか。でもなんで、風呂場に居たんだろう。笑 (サオウ)

2019-02-02

エイクピアさま さすが、俳句にも造詣が深い。 唯識の(しき)は、四季とかけています。 コメントありがとうございます。 (唯識デカダンス)

2019-02-02

いままで私の知っている渡辺さんの詩は、強烈な個性を放っていて、受け容れるか、それとも拒否するか、読み手に二択を迫るような攻性を感じていました。いずれにせよ、読ませるユニークな訴求力があったことは疑い得ません。それらに比べると、今作は些か刺激が足りない気がします。読まれようが読まれまいが関係なく自存しているのではなく、どこか読まれるのを待っているような作品に感じました。 (姉妹たちに)

2019-01-31

改めてURLを載せておきます。失礼しました。 https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2359 (ためられたメダカ)

2019-01-31

ためられたメダカは実は私たちなのかもしれない 詩のわかりやすさを是とするなら、この最後の一文は決定打として成功していますが、その反面、解釈の余地がなくなってしまった感もあります。 魚を主たるモチーフにしている点で、田無いなるさんの詩「トビウオ」を連想しました。あちらはまさしく、解釈の自由を読み手に委せた作品だと思います。 参考までに。 https://www.breview.org/keijiban/index.php?q=トビウオ&w=title (ためられたメダカ)

2019-01-31

社町 迅 さん ひらがなの多用は意図的というより、なんとなく、感覚的なものだったんですね。ただ、だからこそなのか、そのときの心境がこういう文体にあらわれたのかもしれません。 社町さんのコメントには、見抜かれた心地がしました。 コメントをありがとうございます。 (あまてらす)

2019-01-29

一行目から、威勢のいい台詞が飛び出していますね。私が知らないだけかもしれませんが、「俺」口調で書かれた黒髪さんの作品を、他にみたことがありません。力強さを感じます。 (場の俺)

2019-01-29

こんにちは。 鶺鴒といえば、尾を上下に振る習性が特徴的な小鳥ですね。その動きから、昔のひとたちは性交を連想したようで、伝承にもしばしば見受けられます。今作も、そのような鶺鴒にまつわる逸話からヒントを得たのではないかなと思いました。男女の哀愁を感じさせられる作品でした。 (ハクセキレイ)

2019-01-29

羽田恭さん お返事をありがとうございます。 一般には汚いとされているものからも美しさを見出すのは、まさしく詩人の目だと思いました。感受したものを詩に昇華することも。その意味で、どんなものでも、たとえつまらないものでも価値あるもの=黄金にかえてしまう、ミダスの手に喩えたんですね。 自らの心の在り方一つで、苦労のなかにも喜びを感じられるのだと気づかせてくれる作品だと思いました。 (黄金色)

2019-01-24

詩として、糞便を黄金にかえてしまう筆力は、美事としかいいようがありません。まるで、ミダスの手です。すばらしい。 (黄金色)

2019-01-23

電車に揺られているのはほんとうに心地よくて、うつらうつらと、瞑想してるみたいになってきますね。 曖昧になった意識に泛かびあがるイメージとしての抽象的な球体、まさしく抽象的なのですが、その対象はひとによって様々かもしれないと思いました。それは蔀県さんにとってのように、地球といった宇宙の神秘を象徴させるものであるかもしれないし、私だったらおっぱい(失礼!)のような妄念であるかもしれないし。などと、禅の魔境に入ったみたいなコメントですみません。 ともあれ、日常のなかで内観する様子を描かれた作品だと感じられました。 (触る)

2019-01-20

構成にこだわりのある作品だと思いました。 文章内に文字通り「ノイズ」が発生していますが、雑音というよりは、古いビデオテープの映像にまじる掠れみたいだと感じました。それだけ視覚的なイメージを催す作品だからかもしれません。 めまぐるしく変わる展開の不可解さは、安部公房の小説を彷彿とさせられました。以前にも、好きだと仰っていましたね。 (夜明けに蝶のとどく)

2019-01-20

最近、マラルメの「骰子一擲」に興味をもっているのですが、その空白を意識した構成に、石村さんの今作に通じるものを感じました。 音楽の手段は本来文芸のものであるから奪い返す、というマラルメの発想には驚かされます。 電子上のテキストは整列されて読み易い反面、創作表現には不便だと感じることも多々あります。今作も、白紙に筆記具で書かれていたら、より一層の自由と奔放さを発揮していたのではないかと思わされました。 なんにしても、大人でも童心をくすぐられる、夢みるような言葉が鏤められた作品で、短いですが読んでいてわくわくしました。 あるいは幼い子供がもし本作を読んだら、識らないけど不思議な語感や魅惑的な印象の言葉に、さぞかし夢を膨らませるのではないかという気がしました。 (秘法(第一巻))

2019-01-18

直截的で、迫力のある詩だと感じました。 自らの人生の1秒を笑った、声も出さずに、ここに凄みを感じてなりませんでした。 肚が据わっていると思います。 (他人の人生を笑うな)

2019-01-16

みうらさん、こんばんは。 繋がりの錯覚という、みうらさんの感覚もよくわかります。ただ自分は、他者性こそ錯覚ではないかなと思うときもあります。無意識下では、みんなどこかで繋がっているんじゃないかなと。そうであったらいいな、とも。 コメントありがとうございます。 (あまてらす)

2019-01-13

詩から、エロティックな一場面のはじまりを連想しました。 着飾ることを覚えた人間は、窓にカーテンを掛けることも覚えてしまった。 この一文が魅惑的で、一行詩としても通用しそうです。 (昇華)

2019-01-12

つきみさん、こんにちは。 読んでくださり、なにか思うものがありましたら、うれしいです。 (あまてらす)

2019-01-12

僕のひきこもりをバベルの塔に喩えるあたり、詩的な掴みがあると思いました。 固定観念的(ステレオタイプ)な戦争の情景描写は、つくりもののように感じられて、ひきこもりの僕がゲームの世界に入り込んでしまったような、或いはこの現実世界がそもそもゲーム化しつつある(している)のだと考えれば、現実をシニカルに投影した作品であると読める気もします。 最後、主人公は戦いに敗れて死に瀕し、生身の体から血を流して、ひきこもっていたときよりはずっと〈生きている〉ことを実感し、泣き叫んでいたのではないかと思いました。 (気分はもう、最後の戦争 )

2019-01-11

大胆にも著名な方の名を用いた、インパクトのあるタイトル。柴田蛇行さんの「菅田将暉くんへのファンレター」を思い起こしました。 死はある種の快楽(エクスタシー)であるという説もありますが、今作の主題と三島由紀夫の接点もそこにあるように思いました。 (三島由紀夫が好き)

2019-01-08

帆場蔵人さん、ありがとうございます。 孤独だからこそ心の通い合いをすばらしいと感じられる、そのとおりですね、とてもすてきです。 (あまてらす)

2019-01-08

ニケさん、ありがとう。 (あまてらす)

2019-01-08

ペンダントトップは北極狼の牙、この換喩とも捉えられそうなとても美しいイメージを中心に展開される、狂気じみた妄想あるいは願望、しかしそこに純粋さを感じられるのはなぜでしょうか。 いままで白犬さんの作品をみてきましたが、今作がいちばんいいと思います、というか好みの作品です。 (絶滅に関するぎたぁ・のいずの一切れ或いは狼少女の恋)

2019-01-07

すなおに、すてきな詩ですね。 作中のどこにもない語で、それでいて読んでいて想起されるのは、「涙」でした。かなしみを泳いでいるような、もしくは、つよがっているような。 海も、雨も、涙も、この地球を循環している水で、水とともにいきていることは、わたしたちも魚もおなじですね。世界が水につつまれる雨の日はとくに、そう感じられるでしょうか。 作風は異なりますが、安部公房の「水中都市」を連想しました。 ところで、夢みているような語りでも、話者はうそぶく(大それたことを言う・とぼけたことを言う)とくりかえし言っているので、意識が清明であることはまちがいないと思います。 (小夜時雨 )

2019-01-05

みうらさんへ 新宿の路地裏〜のくだりに注目してくださり、ありがとうございます。これは自分が実際にみかけた光景で、なんだか書き入れたくなったんですね。 実際は浮浪者ではなかったのかもしれませんけど、そんな風体で、なにやら聞き取れない言葉を発しながら、朝日に向かってお辞儀をされていて。このような方でも信仰心を失うことはないんだなと、あるいは狂った精神状態からの集合的無意識の所作なのかなと、やけに感激させられました。 みうらさんの仰る〈詩への嫌悪感〉は、わかる気がします。みうらさんの言葉を自分なりに翻訳するならそれは、言葉を記号として用いることへの嫌悪なんじゃないかと。もちろん言葉には意味もイメージも伴ってあたりまえなのですけど、そうした用い方は、言葉の純粋さを損なうのかもしれない。想起されるのは、田村隆一さんの詩の一節です。 ウィスキーを水でわるように 言葉を意味でわるわけにはいかない (田村隆一「言葉のない世界」より) みうらさんが、すべからく、という言葉を気に入られたのも、そこになんのよこしまなイメージも伴わない、生(き)のままの用い方だからではないかと思いました。オリジナルというか、本人の意識していないであろうちょっとした仕草なんかに、なによりそのひとらしさを感じて、ひそかにうれしくなることはありますね。笑 さいごに、記号や象徴に装飾された詩のいかがわしさにも、それはそれで怪しい魅力を感じているんですね。自分が敬愛している詩人の一人がボードレールだと言えば、なにかしら伝わるでしょうか。 (ナイフ)

2019-01-04

渡辺さん コメントをありがとうございます。 ご指摘の箇所は、「須らく」のつもりでした。即興的に筆を進めて、勢いのあるままを残しておきたいと思いました。でも、渡辺さんの着眼点は、ものを書くにあたって大事ですね。 細かいところまで読んでくださり、感謝しています。 (ナイフ)

2019-01-04

弥生さんの表現にはいつも美意識が感じられて、好きです。幻想的なイメージにふれさせてもらい、快い気持ちになれます。 踊る少女は、雪の化身であり、ひとびとを魅了する冬の魔物なのだと感じられました。 都市化された現代においても、雪は、自然の神秘性をわたしたちに魅せつけてくれますね。 (冬の魔物)

2019-01-03

つきみさん コメントをありがとうございます。 詩は、鏡のようでもあると思っています。詩にはそのひとの生きている世界が反映されるし、また、詩を読んだときに感じるものはひとそれぞれであるし。 自論ですが、カミ(神)のなかにガ(我)がはいっているのがカガミ(鏡)ですね。神社の拝殿のなかにも鏡が置かれていますし、いろいろ思いめぐらせてみるのはたのしいです。 詩という鏡をとおして、自分のなかに神性を観じることもできるかもしれませんね。シュルレアリズムの詩人たちがやっていた自動書記の魅力も、そこにあるのかなという気がしています。 (ナイフ)

2019-01-03

岩垣弥生さん 人間としての姿や良識からの解放を謳っている 人魚の血を啜るのも聖母を彫刻するのも神に近づくステップ 弥生さんの感じたことをおしえてくれて、ありがとうございます。解放も、神性への接近も、詩や創作をとおしてなら可能かもしれませんね。 凝縮された言葉の力が詩情になっている と仰っていただいて、うれしいです。ありがとうございます。 (ナイフ)

2019-01-03

帆場蔵人さん 心の中にある幻想のようなものでなくリアルな現実に眼を向ける という、帆場さんの感じたことをおしえてくれて、ありがとうございます。現実への視線は、あるような気もします。とくに六連目。 自分としては、幻想を血肉化したいのかな、とも思いました。 もちろん、解釈は一つではありませんので、読んで愉しんでいただけたら幸いです。 コメントをありがとうございました。 (ナイフ)

2019-01-03

どことなく、歌詞のようだと思いました。もし朗読されたら、聞き手にさぞかし強い印象をあたえるのではないかという気がします。 ファイヤーバード=不死鳥と捉えるなら、最後の二行に深い余情を感じられます。 (Fuoco Intrappolato/閉じ込められた火との約束)

2019-01-02

ステレオさん まえに即興的に書いて、この言葉はどういうことかなと、自分自身で詩の解釈を愉しんでいました。 なので、表現に宗教色をもたせようという意思はありませんでしたが、自分の興味あるものが端々に顕れているのかなと思います。 自分の意識していない観点から作品をみていただき、ありがとうございます。 (ナイフ)

2019-01-02

いまは、ルミナスラインの寄せ集めみたいな感じがあるから、一つの作品としてイメージに統一感を出せたら、もっといいんじゃないかなー。 (ニューヨーク天神駅「2002年金星 それとも 人類は衰退しました」)

2019-01-02

いままでは、ナンセンスかつシュールなギャグ路線の投稿でしたが、今作はピュアなメッセージ性がありますね。 個人的に、ヒロコネタをいつ披露してくれるか、ひそかに期待しています。 (^ ^) (打電)

2019-01-01

なにかが起きそう、なにかが在りそう、だけど寸手のところで顕れることがない、表現されないことで、山の夜の畏ろしさに想像力を掻き立てられる作品でした。其処から有象無象のなにかが顕れてきそうな、闇、の存在感。 (【鞍馬山中散策】※)

2018-12-30

書き手の人物像が感じられる作品だと思いました。それが現実の作者と一致しているとはかぎりませんが、表現にリアリティがあることは確かです。 淡々としている語りも、表情を変えない証明写真という題材と合っているように思いました。しかしその奥には、ふつふつとした感情がみえかくれするようです。 (証明写真)

2018-12-29

どこか舌足らずな文に感じて、それが詩らしさにつながっているような。発語本能に任せて衝動的に書いたようにもみえるし、つくっているようにみえなくもないところに、みうらさんらしさを覚えます。 どちらにせよ、つよく愛するあまりにそのまま死んでしまいたい、想いを永遠にしたいという気持ちは、わかる気がします。 (わたしは死ねばいい)

2018-12-28

完備さん 読んでくださり、コメントをありがとうございます。 なにか突出しているものが、表現には必要だと、あらためて思わせていただきました。 (待ち合わせ II)

2018-12-26

ニケさんのことは、血気盛ん且つ気骨があっておもしろいなと感じているけど、このまま荒らしまがいのコメントをしていると出入り禁止になりかねなくて、そうなってしまうのはとても残念だから、合評マナーは守ってほしいな。 話したいことがあれば、自分のツイッターに直接メッセージとかくれたらうれしいです。 (ニューヨーク天神駅84「小児教育」)

2018-12-25

とても惹かれる詩です。 数学的なモチーフと、注ぐシャンメリーを並置されていて、お洒落だなと思ったり。それぞれの連に、詩ならではの言葉の魅力が感じられます。 笑い方、分からないみたいに笑う、という表現も温かみがあってとくに好きです。 メリークリスマス。 (and *)

2018-12-24

速度感のある文体が、とてもいいですね。かっこいい詩です。 (A baby dreams of a dream )

2018-12-21

わけのわからない詩ってあるもので、本作もそう。だけど、頭の片隅にすっかり存在を占めてしまって、ときどき、あの詩はどういうことなのかなと、つい思いめぐらしてしまう。 それで、向き合ってみて、ようやく自分なりの解釈をみつけた。 まず、見てのとおりの掛算だ。だれしも小学校低学年で習うであろう、おなじみの九九だ。然し、その回答はどうだろう。あまりに定式な計算問題に対し、回答のほとんどは数字でもなく、端的なイメージを表す言葉。つまり今作は、定式や常識からの脱却を表明した、作者の前衛的な挑戦状とは読めないだろうか。だとしたら「小児教育」という題名も、アイロニカルに響く。 ただ一つ、6×6=36であるところに、一分ぐらいはまともなところも残しておこうか、といった作者の悪戯心を感じられる気がしないでもない。 (ニューヨーク天神駅84「小児教育」)

2018-12-20

おおきな困難を経た後の世界を、大地を、慈しむような詩だと感じられました。 また、南天=難転という解釈を読んで、なるほどと思いました。 南天燭、どこか明るい希望を感じます。 (南天燭)

2018-12-20

踏切を通り過ぎる電車を、現実の象徴として用いた最終行に、鮮烈な印象を受けました。 カンカン、カン カと、 警報音をそこで切っているのもいいですね。そのあとに続くであろう、電車の走り過ぎる轟音を、あえて描写しないことで表現されているようで。 妄想の光景に対し、現実の音は、耳に入らないも同然だったりするかもしれませんね。 したくてもできない、踏み切れない思い、そのようなものを感じる詩でした。 (踏切)

2018-12-13

ステレオさん 読んでいただき、ありがとうございます。 父のことは意図的ではなくて、なんとなく反映しているのかなあ、といった感覚です。 当初は、仰るとおり、謎めく余韻を残して、一作で終わりのつもりでした。ただ、それもすこし寂しいかなと思って。 二作目はちょっと遊んでいるというか、登場人物たちに好きに語らせたようなところもあり、コメディ色がありますね。もう一つの物語として、一作目とは別に愉しんでいただけたら幸いです。 (待ち合わせ)

2018-12-10

ふじりゅうさん このままでは救われないな、もっと運命に抗うこともできたんじゃないかな、などと思いめぐらせていたら、続編ができました。 二作ともに感想をいただき、ありがとうございます。 (待ち合わせ)

2018-12-09

ふじりゅうさん 読んでいただき、ありがとうございます。 いまは亡き父がくも膜下出血で倒れたときのことが、今作に反映されている気がしています。 自ら伏線を明かすのは野暮かもしれませんが、 意識は戻ったとはいえ、主人公の今後を暗示させる会話の一部をここに引用しておきますね。 「…ただし、現世に戻っても、かならずしも幸せだとはかぎりませんからね…」 「幸せかどうかは、自分で決めるさ」 (待ち合わせ II)

2018-12-09

あなたは私のファム・ファタール 女同士じゃ可笑しいかしら 映画の台詞のような、この言葉の語感がいいなあと思いました。 最後の方では〈あなたが〉にかわっているところも、注目のいくところですね。はじめはたどたどしく云っていたのが、あなたこそはと、確たるものになった心境の変化を感じます。 コメントを読ませてもらって、皮肉が込められていたのだと識り、愛憎の絡まる復讐劇を彷彿とさせられました。 (ある女子校出身者の記憶)

2018-12-09

ちりとあくたさん はじめまして。 読んでいただき、ありがとうございます。 いろいろと、不親切にも解説していないところはありますね。笑 二人の男について手がかりとなる伏線を指摘するなら、前作における、 永遠について歌う抑揚のない祈るような声と、 聖書の一節の朗読でしょうか。 どちらも、宗教的なものを匂わせますね。 彼らは信仰の代弁者か、あるいは生と死の狭間の世界に迷い込んだ者を導く立場なのかな、というような気がしています。 でも、実際に急な場面で初対面の方に逢ったときって、そのひとの名前も素性もわからないままってことも多いと思うんですよね。 どこのだれかはわからないけど、助けてもらって、助けた方たちも素性を明かすことは望んでいないみたいな。 (待ち合わせ II)

2018-12-09

つきみさん 読んでいただき、ありがとうございます。 展開は、そうですね。落差や意外性を期待されると、ものたりないかもしれません。 前作を書いたとき、登場人物を救ってあげたい気持ちになり、今作につながりました。 (待ち合わせ II)

2018-12-08

つきみさん 花緒さん コメントをありがとうございます。 そのとおり、続編があります。 然し、書いた当初それは予期しておらず、二作ともカラーがやや異なるので、一作にまとめることはせず、分けて投稿させていただきます。 (待ち合わせ)

2018-12-08

地下鉄と理科室、語感的にも似ていますが、ガラス窓に囲まれ、金属質のパイプが印象的な空間は、たしかにどことなく似ている気もします。 ゴッホの絵画にあるような(死さえも)牧歌的な風景からは遠い、都市生活者の幽鬱な溜息が漏れきこえてきそうな詩だと感じました。 ウィンカーのでない車 赤毛のケリーですね。 破綻しつつも美しい北村さんの世界観は、後期TMGEを彷彿とさせます。 終わるまえの刹那的な煌めき。 (「地下鉄は理科室みたい」)

2018-12-06

私見としては、改行の仕方がいいなあと思いました。 連なっている文は、美しい光景を流れるように魅せてくれて、あえて一言での段落は、緊張感を醸し出していて、緩急のある表現だと伝わってきます。 蜘蛛の巣が張ってあるだけあって、ここは古びた図書館のようなところなのかなと思い泛べました。本棚に囲まれた昏い空間に、鱗粉を耀かせながら舞う蝶、一場の夢のように美しいイメージが湧きました。 羽のト音記号に似た模様にも、さりげなく音楽的なものを連想させてくれて、軽快に舞っている様子が感じられます。 琥珀といえば、樹脂の化石ですが、そのように本の中に閉じこめられていた文字が、羽搏きたがっていたのかもしれませんね。 目薬、視界のかすみを取り除くもの、光景を活き活きと魅せてくれる、その一滴。 (琥珀色の蝶)

2018-12-06

神話にはほど遠い、と言い捨てながら、ここにこうして書かれているのはどういったことなのだろうかと、思いめぐらせてしまいました。 ほんとうは、想い出を神話にしたかったんじゃないかなと、語り手のこころの機微を感じられるせつない作品でした。 (とおい神話)

2018-12-01

柴田蛇行さん お返事をありがとうございます。 つまらないとは思っておらず、むしろ、おもしろくて、読みながら笑ってしまいました。 掴みから、最後まで、読ませてくれる文章力に、感じ入りました。 これからもよろしくお願いします。 (YOMENAI)

2018-11-25

まったくもってナンセンスなのですけど、筆力でしょうか、最後まで可笑しく読ませてもらいました。 掴みが、よかったのかもしれませんね。 35歳になっても結婚できないでいたり、 投稿作品の選考、など ここらにいる私のような者に引っかかりそうな出だしに、つい釣られてしまいました。 (YOMENAI)

2018-11-24

かるべまさひろさま 拙作を推薦に挙げていただき、ありがとうございます。 読んでくださる方に印象を残す描写ができていたら幸いです。 (【フル】かるべまさひろの選評<2018年10月分>)

2018-11-22

タイトルが好きでした。 お酒に酔って、夜の街をふらふらとさ迷っている、そんな作品なのかなと思いめぐらせていました。 不思議なのは、 暗くなると、迷路が現れた。 という一文で、唐突ゆえに、迷路が一瞬で現れたように感じられてしまい、当人はなぜ迷路だと判ったのだろうかと気になりました。 歩いて、歩いて、おかしいなと思い始めて、ようやく気づくのが〈迷路〉ではないかと思ったので。 試しにこの一文を消して読んでみますと、謎めく文体から、それこそ迷路に引き込まれていくように感じられ、よりおもしろく思えました。 私的には好きな雰囲気の作品です。 (^ ^) (酩路)

2018-11-20

みうらさん、こんにちは。 florinaさんへの返信に、感じ入るものがありました。構成もまとまっていて、それこそ詩のようです。 みうらさんは、作品を書こうと力まない方が、ときどき、よいことを語っている気がします。 (たとえ偽りに終わったとしても)

2018-11-19

ひとこと選評をありがとうございます。 夏目漱石さんの夢十夜、とても好きです。 それにしてもコメント欄に、まりもさんへのたくさんのお礼と感謝、それぞれ短文ゆえにいろいろなアイコンが連なっているように見えて、カラフルですねえ。 (10月分 フル選評(まりも))

2018-11-10

追記: (◇引用) ◇無意味な時間を削って、省略して、 最後に残ってるのは下らない感傷。 ◇暴力は嫌われ、意味深な言葉は残らない。 ◇でも、そうやって感じた何かを、違和感を、 いまもずっと追いかけてい―――る・・。 ◇手当たり次第に、バラバラに並んだ点を結び付けてゆくんだ、 無作為の抽出がいいぜ、そして中身なんかなくたって俺はもういいぜ。 ……あらためて読み返して、作中のところどころに、今作の動機(もしくは詩論)があらわれているようにも見受けられました。 つまり、ナンセンスで過剰な言葉(暴力)と、そこから無作為な詩情の抽出。 どうやら私には、詩からの『プライヴェートな【接触】』があったようです。全裸写真を送りつけられた気分です。 といっても、まだまだ深く読んでいくこともできそうです。 (プライヴェートな【 接 触 】)

2018-11-08

かもめさん、おひさしぶりです。 今作も文体がかっこいいですね。 無機的な言葉と、叙情性のある有機的な言葉が、良い塩梅だと感じます。 ナンセンスな言葉の海に、ときおり魅せるルミナスライン(光る一行)が、都市の夜景の燐光のようです。 (プライヴェートな【 接 触 】)

2018-11-08

社町 迅 さま 当ホテルにお越しいただき、まことにありがとうございます。 館内の雰囲気に異空間を感じていただけたなら幸いです。 また、細部にわたる装飾を気に入っていただけたご様子で、大変嬉しく思っています。 またのお越しを心よりお待ちしております。 (ホテル春光)

2018-11-08

幻想的な世界観を感じさせる言葉に彩られていて、愉しみながら読ませていただいたら、黄泉返りの物語だったんですね。重たいテーマのわりには、暗い色調がまったくなく、ポップな個性が光っていると感じました。 …実は私も、この作品とよく似たテーマの掌編小説を書いたことがあります。重たいですが。笑 (死線上のアリア)

2018-11-07

はじめまして。 旧仮名遣ひが好みです。 こちらでこのやうな作品に出逢へて、稀な喜びを感じてゐます。 どこか昔なつかしい、きれいな世界だと思ひながら読ませていただきました。 (秋へと落ちていく音階のフアンタジア)

2018-11-07

stereotype2085 さま 生活の一場面から、聖書の世界に、徐々に一段ずつ昇っていく—— なるほど、そのような表現方法もいいなと思いました。 Led Zeppelin「天国への階段」が思い浮かびました。 いろいろな見方で作品を評していただけることは、ありがたいです。感謝しています。 (女神)

2018-11-04

ニケさん って呼んでいいかな。 彼に正しさの軍配を挙げて—— そういう読みもあるのかー、と新鮮に感じました。 的を射た視点だと思います。 グラスは一つだけなんです。 (女神)

2018-11-03

完備 様 手厳しいコメントを、ありがとうございます。 自分がどれほど、主観に陥っていたか、痛感しました。 作者の心情はともかくとして、澱みのない視点で読んでくださる方に、訴えかけられる内容の深さが必要だと、気づかせていただけました。 ありがとうございます。 (女神)

2018-11-03

ふじりゅうさん 男性は恋人に、自らの無意識にある女性的な面(アニマ)を投影するとユングは云いますが、そうした内なる性と統合しようとする心理は、神と結ばれたいと願う神秘思想に似ているかもしれません。 巡礼を、理想の相手を求め歩く様子と解釈していただいて、そのようなことを思いました。 感情を飲み干す は、ちょっとした言葉遊びもしていますが、気づかれなければそれもよしとしましょう。笑 せつない雰囲気を感じ取っていただき、ありがとうございます。 (女神)

2018-11-02

まりもさん コメントをありがとうございます。 現実が虚構であり、虚構が現実—— 自分の書くものは、作風などはちがっても、このような主題が多い気がしています。 女神には、いろいろなイメージがありますね。 venus, muse ... 他にもあるでしょうけど、自分にとっての女神は muse(詩神)かなと思っています。 (女神)

2018-11-02

藤 一紀 様 コメントをありがとうございます。 幻想を強調させることも、もちろんいいのですが、ファンタジーになり過ぎず、現実のなかに一抹の幻想性を感じらることも好きです。 昼と夜がまじりあう黄昏時のように、現実と幻想の境があいまいになる瞬間に、魅惑を感じています。 (ピアノ)

2018-11-02

オオサカダニケさん 作者が意図しない効果を与えている—— それは、まさしく詩の醍醐味の一つではないでしょうか。 これからも、いろいろな詩にふれて、視野が広がっていくことを期待していますね。 (目的地)

2018-11-01

二行目を読んで、ああ、と感じ入りました。 ほんとうに、おたがいに心と心でとけあいたいなら、体はむしろ、障碍にさえ感じられるのかもしれませんね。 一行目の、邪魔な柵 などの強めの表現も、対極の言葉でまじわりの甘美さを際立たせているように読めてしまいました。 (目的地)

2018-11-01

海にまつわる言葉が鏤められていて、すこし視点を離して全体を望むようにすると、都市の景観と海中が重なり合うように読めて、すてきだと感じました。 (円滑水槽)

2018-10-30

みうらさんへ 書くときは、連想に連想をかさねることはあります。 自動筆記とまではいきませんが、意識していないところから出てくる言葉に、より本質的なものが現れるという点で、自動筆記にはとても共感しています。 詩論から人生観まで、含蓄深いコメントをいただき、ありがとうございます。 (ピアノ)

2018-10-30

表題などは無機質な数字の連なりですが、言葉には生々しい実感が伴い、対照的でおもしろいと思いました。 それにしても、 123を3つ、作品の構成も1.2.3. ここまで3へのこだわりがあると、同作品を3回投稿されたのは誤りではなく、意図的だったのではないかと邪推してしまいます。 そうだとしたら、なかなか前衛的な試みではないかと。でも、ルールはルールですからね。笑 (123123123)

2018-10-29

おひさしぶりです。 切符という音のうつくしさ に、とても共感を覚えました。 ephemera という、これもまたきれいな言葉がありますが、作中のすぐに溶ける雪のイメージと重なります。 そのような儚さを、詩から感じられました。 (ill-defined)

2018-10-29

とても、悲しいです。 風船は、たとえ手から離れなくても、いずれ萎んだり、破裂したりするでしょう。話者はそれには気づいていないようで、よけいに悲しい。 あの、カラフルで、心楽しませてくれる、風船。 ただ喪うのみならず、 泣く暇もなく新しい風船が手に。 それもまた喪ってしまうのですが、それが妙に感情移入を誘いました。 わかりやすい隠喩を主軸に、コンパクトにまとまった作品だと思います。 (風船)

2018-10-28

作中に頻出する、0.001 カタストロフィ。極小の破滅とは、どんなものだろうかと思いめぐらせました。 たとえばそれは偏在する放射性物質に代表される、目に見えない侵食のようであり、また、近視という意味で捉えれば、見通しのきかない現実の反映であるようにも思えます。 最後の投げ遣りな台詞に、目先のことさえ見えていない、刹那的な生き様が表現されていて、どうしようもなくパンクだと感じました。 (0.001カタストロフィ)

2018-10-28

サヨルリさん、こんばんは。 こころの置き場所を忘れてしまったのかも—— 繊細に感じ取ってもらえて、うれしいです。私もそのように感じていました。 月は、私にとって、心に共振を起こさせる象徴のひとつです。 思わず朝を求めてしまったと聞いて、はっとしました。 じつは、拙作「夜の人」は、長い夜のなかにいる方をイメージして書いた詩だからです。 私も、十代は夜のなかにいました。 こうして言葉を通わせることができて、うれしいです。 読んでいただいて、ありがとうございます。 「夜の人」 https://www.breview.org/keijiban/?id=1358 (探しもの)

2018-10-26

レモンイエローの苦味を抱きしめ というフレーズに、心をつかまれました。 カナリヤを連想させる色ではあるのですが。 黄色いレモンというと、フレッシュで甘酸っぱい印象ですけど、この詩では苦味を感じていて、どういうことなのかなと思いめぐらせずにいられませんでした。 青春はきっと、振り返ってみればこそ甘酸っぱいのでしょうけど、その青春をひたむきに生きているあいだは、むしろ苦々しい気持ちを抱いているものかもしれませんね。 若さゆえの切実な叙情を感じられる詩ですが、文体などが青々しい印象も受けました。それが魅力にもつながっているのですが。まさしく、まだ青いレモンのような。 これからもっと、上手くなっていきそうな気がしています。感性の赴くままに、書いていってほしいと思いました。 疳高、という難しい漢字も、アクセントになっていて、良いと感じました。 …最後に、作品としていろいろ書かせていただきましたが、元になっている実体験があるのかもしれず、そうした現実のことを思うと、悲痛な気持ちが胸に迫ってくるのを感じました。 (カナリヤ)

2018-10-26

オオサカダニケさん ありがとうございます。 景色や空気を美しいと感じていただけて、嬉しいです。 (探しもの)

2018-10-25

去年のおわりに、下弦物語にふれたときから、ファンでした。 また作品を読ませていただけて、うれしいです。 どうか、無理なく書いてゆけますように。 胸の奥から響いてくる、祈りがきこえてくる詩だと思いました。 (時よ、たすけ────)

2018-10-24

コーヒーを飲もうか。と、やさしく、さりげない、人肌の温度を感じられる言葉。タイトルにもなっているこの一言のためにこそ、それまでの文章すべてがあるといっても過言ではないでしょう。 逆を言えば、舞台設定や道具立てなどを全取っ替えしたとしても、物憂げな雰囲気が出せていれば、最後の一言で詩になり得るのではないかと。 であればこそ、それまでの言葉や描写にどんな思い入れや必然性があるかが肝になってきますし、それは作者のみ知るところで、読み手の私たちは文章から作者の実像を察するしかありません。そのなかで、私がとくにいいなと思ったのは、 しゃがみこむ背中に下着が薄くみえ という描写で、作者がそうした視線をもっていること、それを自覚して作中に盛り込めるということ、また、その女性のふとした無防備さのようなもの、そうした姿勢をみせられることから心をゆるせる間柄であると察せられること、など、いろいろなものを感じさせてもらえました。 (コーヒーを飲もうか。)

2018-10-24

florinaさんへ 拙作を優良に選んでくださり、ありがとうございます。当初は準大賞に挙げていただいたお気持ちも、ありがたく受けとめています。 やはり心をこめた作品、好きだと言っていただいて、うれしいです。投稿してよかったと思います。読んでいただいて、ありがとうございます。 (<選評フル>  大賞は「薄明」)

2018-10-20

ひらがなで書かれていることによるふわふわ感と、ふとんにつつまれるふかふか感が、相性いいと感じます。 いっそ、タイトルもなにかしらのひらがなの言葉であった方が、統一感があってよかった気がします。だけど、漢字であることにこだわりがあれば、伺ってみたいと思いました。 擬似的な死を味わってみたい気持ちや、ふとんにつつまれていたい気持ちには、何気に共感します。とても辛いことがあると、ひたすら眠っていたくなります… 一応、社会人なので、そうも言っていられませんが。 涅槃(nirvana)って、どんな感じなんだろうかと、想ったりします。 (仮死)

2018-10-19

意味以上に、言葉の音感やリズムをたいせつにされていると感じます。五十音の鍵盤を弾くかのように。 だけどその手法が目立たなくて、さりげなく、巧妙だと思います。たとえば、 そういうことだった クリームソーダ などに、そこはかとない類似性を覚えたり、 疲労に冷やされて冷やされて そうやって凍えてないで f字孔から絶えずこぼして悲鳴 踊ってみせるよ その湖で 「ひ」といった同一音で頭韻を踏んだり、脚韻を揃えたり、とかくリズミカルなこだわりを感じ、読むよりも文字を聴いているかのような心地です。 東雲がやってくる 早く殺してって も、ひらがなに置き換えて読んでみるとわかりやすい気がします。 しののめがやってくる はやくころしてって 「し」の音が「死」を連想させて、「ころして」と親和性があるのではないかと。 ここまで感じたことを述べさせていただきましたが、個人的な感覚に依っていることはいうまでもありませんし、いろいろな感じ方や捉え方ができる作品だと思います。 (Mr.Gibson)

2018-10-19

ふじりゅうさまへ ほんとうに、詩の定義は明解ではなくて、感覚に依るところも大いにありますね。私もまだまだ途上です。 今作の登場人物が探しているものが仮に〈詩〉であったとしたらどうでしょうか。 詩が解らないなりに、解ろうとしている、それは終わりのない探求なのかもしれませんね。 実際に作中で探しているものに関しては、読み手の想像にお任せしたいと思っています。 世にも奇妙な物語、好きで以前はよく観ていました。笑 (探しもの)

2018-10-15

柿原 凛 さんのコメントを拝見して気づかされたのですが、今作は個性を大事にと言われ続けているわりに、非個性的な生活を送るしかない日常を訴えているのではないでしょうか。であれば、「個性を大事に」と連呼されている合間に挟まれる一行は、むしろ凡庸であってこそ、主題の表現に成功しているのではないかと。 校門で怒られているのは、校則違反をした子でしょうか。それを見た語り手は、個性的な格好をしたくてもできずにいる、その鬱憤を最後に叫んでいるようにも思いました。 (個性)

2018-10-15

ふじりゅうさまへ この場で詩について意見を交換できることを嬉しく思っています。 これは詩だ、と自ら宣言すればどんな文章も詩になるかといえば疑問がありますし、言葉による表現ではない作品からも詩としかいいようのないものを感じられるときがありますね。 詩を詩たらしめている本源的なものに触れたいという気持ちはいつもあります。 韻律にとらわれることのない自由詩の時代に、ほんとうに詩を書くことは、とても困難なのかもしれません。 (探しもの)

2018-10-15

ふじりゅうさま まるで異常を正常と思い込まされているかのよう—— とても示唆深いコメントを、ありがとうございます。解釈を広げさせていただいた思いです。 私自身、芥川龍之介さんの作品など小説のなかに詩を感じることも多く、マーサ・ナカムラさんの作品も注目を浴びている昨今、詩や小説といった区別は不要ではないかという気がしています。 (探しもの)

2018-10-15

季節における秋と人生における秋がかさなる、と云えばありきたりな感慨でしょうか。素朴な秋の日を、後半の散文調では愉しんでおられるようにも感じられました。感傷と愉快さの両面を、文体をうまく使い分けて表現されているのではないかと思います。 (秋思)

2018-10-12

社町 迅 さま 読んで感じたことをコメントしていただき、嬉しく思います。ありがとうございます。 理由なんて関係ないと思えるほど強く惹かれてしまう。恋もそうでしょうし、詩もそうかもしれませんね。 (ピアノ)

2018-10-10

作品の解釈はひとそれぞれですが、そこには読み手の思考や心理がすくなからず投影されるのではないかという気がしています。 ピアノの音はきこえなくなっても、心に鳴っていると云う方もいるでしょう。 きこえなくなったピアノの音に耳を澄ませるのは、現実逃避だと云う方もいるでしょう。 さて、現実とはなんでしょうか、幻想とはなんでしょうか。 いま現実だと感じていることも、次の瞬間には過去になり、心に思い浮かべるのみとなります。それを幻想というなら、現実などはじめから幻想とかわりないのではないでしょうか。 そうした疑念を今作の主題にしました。 (ピアノ)

2018-10-09

かるべまさひろさま ピアノは心のなかで鳴っている—— そのとおりですね。ありがとうございます。 (ピアノ)

2018-10-08

煮詰まった頭の中を、思考の流れそのままに吐き出したような文章ですが、書くことそれ自体を愉しんでいるように感じられるのは気のせいでしょうか。ル・クレジオの「物質的恍惚」を彷彿とさせます。個人的には今作に、話者の思考の流れを追って読むこと自体の愉しさを覚えました。であれば、冗長どころか、もっとだらだらと読ませてもらいたい気にもなります。タイトルはアイロニカルな表現ですね。 (ゲロ)

2018-10-08

横殴りの雨に、共にびしょ濡れになるような気持ちで、読ませていただきました。 嵐で視界不良の道を、不穏感に苛まれながら、それでも懸命に歩んでいくようだと感じたものの、最後はやはり仲直りの予感なのかと、タイトルで頭に入れられていた通りで意外性がなかったので、とても惜しいと思いました。 だけど、素直な貴音さんを垣間見るような作品でもあります。 (仲直りの嵐)

2018-10-08

暗さと明るさの両面を感じられました。 やはり一行目のイチジク・クリニックに惹かれます。なぜイチジクなのだろうかと、つい花言葉を調べてみましたが、今作の幸せそうな面にはとても合っていると思いました。(産婦人科かな、とも) 作品を通して、どことなく童話のような雰囲気を感じられて、すてきです。 個人的に、オルガンという言葉の響きにどこか尊大さを感じており、今作では、独り身の老人の最期を隠喩として描いているのではないかという気がしました。 (もちろん私的な読み方ですので、解釈を限定するつもりはありません) 少年と少女の睦みあいを思わせる幸せそうな描写も、コントラストになっているように思います。細かいですが、はだか電球という言葉は、巧みな配置だと感心いたしました。 最後、もう蘇生しないということを強調されていて、それは普通だったら蘇生することもあるかのように感じられるほどで、気になっています。 いくつかそのような気になる点もあって、読み返したくなる作品だと思いました。 (オルガンの死)

2018-10-08

作中箇所訂正 × 文学部 ○ 文芸部 (氷菓)

2018-10-07

なかたつさまへ 拙作を深く読んで下さり、また、ご丁寧な選評を書いて下さり、誠に感謝しております。 今作は掌編小説という位置付けで書きましたが、内容的に詩と関わりもあり、ビーレビの多様性を尊重する風土もあって、投稿させていただく気になれました。 とくに想い入れのある作品でしたが、自らの内にしまっておくのではなく、この場に公開してよかったと思っています。 ありがとうございます。 (9月投稿作品選評―記憶にまつわるお話たち―)

2018-10-06

はなさないで と はなしてほしい が シーソーのようにくりかえされるなかに、複雑な想いがゆれていると感じました。 多義的な意味を込めてひらがなで書かれていると察せられ、それについてはあえて言及する必要もないと思えるほどですが、想うほどに、募ってくる悲しみを感じます。 今作を詩として際立たせているのは、やはりタイトルにもなっているサルビアですね。 すこし調べてみましたら、「家族愛」という花言葉があり、また、語源には「健康」という意味があるそうです。 花言葉は意図的かはわかりませんが、たとえそうでなくても、夫婦でみつめるサルビアの赤は、この詩に鮮烈なイメージと効果を付与していると思いました。 (作中には、サルビアの花が赤いという描写はどこにもありませんが、個人的には、赤以外に思い浮かびませんでした) (サルビア)

2018-10-04

初読して、私には些か、実体が掴みにくい印象を受けました。書かれているのは、 青虫のことのような、若い向上心のような、あるいは未熟な性のことのような… そこでタイトルに還ったら、上述のすべてをひっくるめた「青々しさ」を表現されているのではないかと感じられました。 文体が淡々としているように見受けられるので、光るフレーズがもうすこしあれば、一層良かったかと思います。 (青々)

2018-10-03

既に言及されてはいますが、スマホの会話をカップヌードル(のコマーシャル?)ソングに喩えているのは独創的な発想で、目を引かれました。 やはり目を引く、ブラックアウトのくだりもあることですし、特徴的な詩形に沿って消えゆくように終わった方が、余情がより後を曳くのではないかと思いました。 然し、最終連での語り手の想いの表白こそ、今作のメッセージの肝なのかもしれませんね。 良し悪しは別として、語り手の意思が力強く表現されていると感じました。 (夢の跡の別れ道)

2018-10-03

エイクピアさま ご明察の通り、シャーベット状〜の辺りは、氷菓のささやかな変奏でもあります。 細かなところに注目してくださり、嬉しく思います。 ありがとうございます。 (氷菓)

2018-09-30

鈴木海飛さま 繊細に感じていただけるものがあり、素直に嬉しく思います。 ありがとうございます。 stereotype2085 さま 落差によって、主題を際立たせることに成功していれば、嬉しく思います。 ありがとうございます。 (氷菓)

2018-09-29

どの連も、詩情をよく捉えられていて、上手いと感じます。 然し、些か狙い澄まされているような感覚を、自分は受けました。 たとえるなら、キラーフレーズばかりのポップソングを聴いたときのような。 とはいえ、優れた作品であることは間違いないと思います。 (なんだかさ)

2018-09-25

ポンデリングという言葉が、なにより際立っていますね。 「禅」という、トラディショナルなタイトルから、相反するかのように、ポンデリング。 この落差にやられました。 その他の言葉は、まさしく禅問答のように、捉えどころがないと感じます。 (禅)

2018-09-24

標本箱のなかで夢を見る蝶たち—— 〈胡蝶の夢〉という故事を思い起こします。 標本箱のなか夢を見ているのは、蝶も、私たちも、同じなのかもしれませんね。 最終連から、そのような心象が浮かび上ってきました。 しかし、この作品はそれのみにとどまらず、どこか底暗い深みを垣間見るようでもあります。 (標本に溺れ)

2018-08-27

帆場蔵人 さま はじめまして。 真摯に読んでくださり、ありがとうございます。 コメントから、ざわざわとした不安感が、私にも伝わってきました。 田舎の道を車で走っていると、夕方、なにかを燃やしている煙に遭遇することがあります。目や鼻腔の粘膜を刺激されて、少々辛いです。おそらく農家の方が落ち葉などを燃やしているのでしょうけど、もしかしたら、火葬の煙かもしれず…なんて。 口のなかにひろがる味は、無作為に浮かんできたイメージですが、かならずしも味覚ではないのかもしれません。が、自らの感覚に繋げて読んでいただいて、嬉しいかぎりです。 ありがとうございます。 (たそがれどき)

2018-08-27

こんにちは。 田舎の風景には畑や田んぼの脇にちいさな墓地があったりしますが、あの縦長の墓石はリンガに似ているなと思い、性と死が密接に関わるものを書いてみたいというのが、今作の動機でした。生の昼と死の夜が交わる、黄昏時に。 あまり語り過ぎると読む愉しみを損なうおそれがあるので、この辺にしておきますね。笑 不気味な印象を受けていただいて、そうした表現に成功できたようで嬉しく思います。 ありがとうございます。 (たそがれどき)

2018-08-27

ネット詩人という呼称が生まれる前から、もっといえばネットが生まれる前から、目立たなくても詩を書いて生き、作品を残すことなく世を去っていったひとはたくさんいるのでしょうね。 かくいう私の親も、学生時代に詩を書いていたといいます。 一個人の詩が残るかどうか以前に、詩を愛する心はいつまでもあってほしいと思います。 直接、作品に言及するコメントではなくてすみません。 ただ、花緒さんの作品は、私のような読み手に思考を喚起させるという特色がある気がします。 ありがとうございました。 (ネット詩人の墓)

2018-08-27

この作品は、ツイキャスで朗読されていたのを、聞かせていただいた覚えがあります。 もう錆びついたメス…… この詩の君と僕の、劣化してしまった関係性を象徴しているようで、印象的でした。 涙で、錆びてしまったのだろうか、とも。 (君が呼吸を喪った、赤い外科室)

2018-03-28

死にたい、というのは、生きたいという気持ちの裏返しではないでしょうか。 上手に生きたいけど、それがかなわないと感じたとき、人生やめてしまいたくなる。 同様に〈断絶〉も、ほんとうは誰かとつながりたいのに、うまく交流できないと感じたとき、自分を守るために壁をつくってしまう。 最後の「見てよ」という台詞に、声にならない心の声を感じました。 なんにしても、三浦さんの仰るように、鬼気迫るものを感じる文だと思います。 自分は読んでいて、あんまり卑屈になんなよ、と声をかけたくなりました。 (離散したせかいに千切れるよ笑って)

2018-03-28

百均さんへ 言及していただいた一行に関しては、おそらく、百均さんの読みで合っています。 おそらく、というのは、心の赴くままに綴ったもので、自分でもはっきりしない、なんとなく口をついて出たようなことばだからです。 隙があり、生の自分が顕れているように感じられるのも、その為かもしれません。 丁寧に綴られていると仰っていただき、ありがとうございます。 今作は衝動的に書きましたが、拘りもたくさんあります。 (雨の停車場)

2018-03-22

「天竺」のイメージ、るるりらさんのご感想に、私も共感を覚えます。 天竺は、現実のインドというより、平安時代辺りの方々が夢想していた、幻の国だと思うんですね。桃源郷的な。 そこから遥々運ばれてきた、馥郁たる香りや経典などを通して、昔の方々は天竺を想像していたのでしょうけど、この詩においても天竺は、私にとっての理想の表れなのかもしれません。 (白檀)

2018-03-20

三浦さんへ 現実にふれあえない彼女なら、せめて創作のなかで会っていたい。 しかし、読み手にも幻と感じられるなら、私にとっての彼女は、そうした存在なのかなと思いました。 (雨の停車場)

2018-03-14

仲程様へ おはようございます。 わざわざ検索していただいて、ありがとうございます。 私もフランス語は読めません。 堀口大學さんの和訳が有名で、おすすめです。 「月下の一群」という訳詩集もあります。 詩のなかで、相方の名前を何度も呼びかけるあたりが、心地よく響き、グールモンの作品に似ていると感じました。 (ジミーと青い空)

2018-03-07

こんばんは。 自ら解説してしまうきらいがあるのですが、今作は、白檀の香りから感じられる両義性に着想を得ました。 線香は、仏教や死を連想させ、 香水は、官能や性を連想させます。 その両義性に惹かれたのですが、解説を要するようでは、表現力がまだまだ足りていないのだと感じます。 全体を通して曖昧な雰囲気も、死と性のどちらかに表現を断定したくなかった為でもあり、自分としては、煙のように掴み所がないように読み手に感じてもらえたら、狙い通りかなと思っています。 「凛とした空気感と厳かな雰囲気」と仰って頂いて、ありがとうございます。 私からの解説で、今作の印象がよごされてしまっていなければいいのですが… (白檀)

2018-03-06

新鮮な苺をすり潰したときのような、瑞々しさを感じました。 大人になると、書くものにもくすみがあらわれてくる気がします。それが味ともいえるのでしょうが。 なんて、相対化して考えさせられるほど、夏野さんの作品からは純真さを感じます。 (振り返るといつも赤)

2018-03-06

ひらがなのみで書かれた箇所が印象的でした。 そこだけ、現実とは別の流れがあるようで。 雨の夜に外に出て、一服しようとしたけど火がつかなかった。表題にあるとおり、なにも始まらないで終わってしまうもの足りなさを、余韻として残すことに成功しているのではないかと思いました。 (始まらない話)

2018-03-06

こんばんは。 ルミ・ド・グールモンという方の詩「落葉」をご存知でしょうか? とても好きな詩なのですが、今作は構成がよく似ていると感じ、うれしく思いました。 (ジミーと青い空)

2018-03-06

辛口なご意見を、ありがとうございます。 今後の詩作に役立てていきたいと思います。 (白檀)

2018-03-05

いかいか様 はじめまして。 通俗的な夢におぼれるのも、人間らしいと思います。 (夜の人)

2018-03-03

杜町 迅 様 はじめまして。 物事には、両面性がありますね。 (夜の人)

2018-03-03

こんばんは。 コメントはたくさんあるとスクロールするのが大変なので、古い順と新しい順に表示を切り替えらたら理想的です。 (<雑談、議論、要望等スペース> PART2)

2018-03-02

仲程様へ 夜の人を、朝の人だと断言するのは、些か勇気が要りました。 しかしそれぐらい言い切った方が、よく伝わるかなと。 注目してくださり、ありがとうございます。 (夜の人)

2018-03-02

夏野ほたる様へ このとおりシンプルでわかりやすい作なので、私が伝えようとしていたことは、夏野さんのコメントに的確に表現されてしまいましたね。笑 少しぐらい、謎をのこしておけばよかったかな、と思います。 素直なご感想を、ありがとうございました。 (夜の人)

2018-03-01

奇偶様へ 密度の高い作品を書かれる方も多いので、たまにはこういったさっぱりした詩があってもいいかなと、自分で勝手に思ったりします。 コメントをありがとうございました。 (夜の人)

2018-02-27

主題がはっきりとしていてわかりやすく、言葉にも表現力やリズム感があり、読みやすかったです。 日常風景の中にも、一歩間違えれば死があり、 信号機の点滅と、人々の心の点滅が重なる… 最後の一行、とても効いています。 (青信号を渡らない赤子)

2018-02-25

高町トビラ様 はじめまして。 好きな雰囲気だと言っていただいて、うれしく思います。 自分も、白湯みたいな詩だと感じます。笑 アドバイスをいただき、感謝しています。 先のみえない孤独に生きる方々を、少しでも励ますことができたらと思いましたが、それも、ひとりよがりかもしれませんね。 (夜の人)

2018-02-24

すみません、正しくは、 IHクッキングヒーター(2.5kW)さんでした。 さしみさんとのコメントのやりとりに、感じるものがありました。 ありがとうございます。 (きよらかなもの)

2018-02-22

はじめまして。 過度に技巧的なものによごれておらず、(少なくとも私にはそう見えます) この詩自体がすでに、きよらかなものであると思いました。 HIクッキングヒーターさんの考え方は、当を得ていて、感心しました。 つまるところ、自分の周りの世界は、自身の在り方によって決まるんだと、あらためて思います。 (きよらかなもの)

2018-02-22

「狼男」をモチーフにした詩として、上手いなと感じました。 やさしい前半から、バイオレンスな後半への、言葉や文体の急激な変化に、狼男の豹変ぶりがよく表現されていますね。 (月明かりを君に)

2018-02-22

私の知っている、いままでの貴音さんの作風とはちがうので、意外でした。 寓話のように、たのしく読ませてもらいました。 単純な再会ではないところが、このお話を印象深くしていますね。 喫茶店の主人にも、かつては、たいせつにしていた友達の鳥がいたのかもしれないと思いました。 そうだったらいいな、とも思います。 (名を変える鳥)

2018-02-20

やるせなさを、淡々とうたわれていて、ある種の童謡のようでした。おとなの童謡、ともいえそうな。 ここに描かれていることはかならずしも、すてきではないのかもしれませんが、とてもすてきな作品でした。 (智恵子)

2018-02-19

花緒様へ 詩に、刺激が求められることはあるかもしれません。 私としては、ときには夜の窓辺にそっとよりそう月明かりのようでありたいと思うこともあります。 コメントをありがとうございました。 (夜の人)

2018-02-18

「忙しい」とは、「心」を「亡くす」ことだとよく云われますね。 余裕がなくなってくると、気持ちだけではなく、外見にもあらわれてくることがあります。 そうやって、恋の機会さえ逃してしまうかもしれないということを、この詩の語り手は薄々感じているのだという気がしました。 (蔦に、からむ。)

2018-02-18

ののしる心をののしるようでいて、そのなかに、 きき しる 心 (聴き 知る)が かくれているような気がしました。 ののしる人をののしるばかりではなく、 他者の心を自らにあてはめて理解しようと、 努めてこころみている詩でもあると、私には感じられました。 (ノノシル)

2018-02-11

この詩は〈母性賛歌〉だと思いました。 私は男なので母にはなれませんが、それでも、母親になることのよろこび と きびしさが、やさしく伝わってきて、いいなあと感じました。 (『にぃぬぅふぁぶし(北極星)』)

2018-02-09

秋の牢獄… 苦悶に囚われているぐらいなら、いっそのこと、 死の冬を期待してしまう。 しかし、この詩の人物は逃れることもできず、 秋のままの牢獄を彷徨い続けるしかないのだと、 痛切な心情を感じる作品でした。 (秋の牢獄)

2018-02-09

始めと終わりの連が、とてもいいなと思いました。 とくに始めの連は、それ自体で一つの短詩としてもよさそうですね。 名前に象徴される〈自分〉がどういう人間かはべつにいいから、たいていの花がそうであるように、ふつうに愛でられたい、そんな風に読ませていただきました。 句読点も効果的に打たれていると感じます。 (angle)

2018-02-09

藤一紀様へ 思考のペースの変化を感じとっていただき、ありがとうございます。 ユーカラ(でこちん)様へ きっかけは些細なことでしたが、込み上げてくる想いがあり、詩になりました。 共感していただけて、うれしく思います。 ありがとうございます。 仲程様へ ありのままに綴ったので、素朴さはあると思います。 それがよいかどうかは、読み手によるかもしれません。 コメントをありがとうございます。 (風のつよい日に)

2018-02-07

百均様へ コメントをありがとうございます。 喪失だけを表現することも考えましたが、それでは救われないだろうと思いました。 実際に風で帽子が飛ばされたときに着想を得て、ありのままを詩にしました。 (風のつよい日に)

2018-02-07

二条千河様へ 電話ボックスの仄明るさに、感じていただけるものがあったようで、ありがたく思います。 アラメルモ様へ 詩を書く者として、言葉の一つひとつに細心の注意を払うのは、当然のことと思います。 気に留めてくださり、感謝しております。 (テレフォンボックス)

2018-02-06

意味から切り離して、ことばのひびきを、純粋に楽しいと感じられました。 たゆたうような、心地よさがありますね。 (Hi)

2018-02-05

仄明るい と 仄暗い 書いた当初、たしかに迷いました。 暗がりにぼんやり浮かんでいる灯りと考えれば、仄暗い よりも 仄明るいの方が適切ではないかと判断しました。 コメントをありがとうございます。 (テレフォンボックス)

2018-02-05

はじめまして。 パンチの効いた作品ですね! 関西弁のリズムも心地良いです。 (〈 雪 〉)

2018-01-26

意味はわかりませんが、緊張感と刺激のある文章ですね。自分には書けない。惹かれるのは、だからこそかもしれません。 (火星のホットスタウト&ホルモントマト)

2018-01-25

もし僕が雪だるまだったとしたら おもしろい考えだなと思いました。 読み進めていくと、詩の主題も文体も真摯に書かれていて、胸に迫ってくるものがありました。 最後に隠してきた秘密を きみに手渡すことができた ここがとくに沁みました。 いつかはとけて消えてしまうという、あたりまえなのに、普段は秘密のように隠されていること。 メメントモリを、すてきに表現されていると感じます。 (作られた雪だるま)

2018-01-22

「白い」ということが、いかにもオフィスの備品を思わせています。デスク、ワイシャツ、営業車… 電話をかけてきた「大切な人」は、家族や友人の類ではなさそうですね。 職場の固定電話という無機質な題材を扱っているわりに、語りは熱っぽく、最後は人情味ある気遣いまでされており、対比に可笑しみがあると感じました。 (白い固定電話)

2018-01-21

題名が、ふしぎだと感じました。 「あなた」と呼びかけようとして、かなわないと知り、「あな」でとまってしまったのでしょうか。 そんな穴のあいたような空虚感が作品を占めていますね。 直接語られていない物語を、想像させられます。 (あな)

2018-01-21

完備さん、励みになるコメントをいただき、どうもありがとうございます。 この詩をこの場に公開するのは、些か勇気が入りました。 世の中にごまんとあるような凡庸な詩と、紙一重であることは自覚しています。 しかし、思い入れのある詩であり、皆様からありがたいコメントをいただいて、報われる想いです。 自らを信じて投稿してみて、よかったと思いました。 ありがとうございます。 (真珠)

2018-01-18

まず、発想に脱帽しました。 一つひとつの詩にハッとさせられるものがあり、意識の奥に訴えかけてくる詩群だと感じました。 くつずり ゆうさんのコメント、手甲に脚絆をつけ…という表現もおもしろく、当を得ていて、同感でした。 ともかく、力作だと思います。 (詩国お遍路(2/2))

2018-01-17

アイスクリーム・パーラー、アイスキャンディ、クリームソーダ… BJCの曲の歌詞が思い浮かびました。 死を想うことは、ときに甘美だと感じます。 (Ice Cream Elegy)

2018-01-16

なかたつ様へ すべてわかっていただいて、感無量です。 胸が熱くなりました。 ありがとうございます。 (真珠)

2018-01-15

皆様、コメントをありがとうございます。 はい、ド直球の短詩です。 わかりやすくて、私から解説することはありません。 小説や映画などではなく、詩でしかできないことはきっとあると思っています。 (真珠)

2018-01-15

宇宙的視野からこの世を見つめて、慈しむ。 人は皆、蒼い屋根の下で同居しているんだと思うと、あたたかい気持ちになりますね。 やさしい心を感じられて、好きです。 (蒼い屋根の下)

2018-01-13

スカートはひるがえり でも見えなかった あしたとかみらいとか 最初からないものが ほしくて この箇所、絶妙だと思っていました。 下着に象徴される、異性への憧憬が、語り手にとって現実にならないまま、絶望したのでしょうか。 (moment)

2018-01-11

はじめまして。 生命を永らえることだけが生きるということじゃない そうですね。私もよく考えます。 共感させてもらえる作品でした。 しかしそれでも、生命を永らえさせることは、やはり尊いと感じたりもします。 詩を書けることは、希望でもあります。 (死にたがりの生きたがりの)

2018-01-11

架空の薔薇は、想像上の存在だからこそ、なによりも美しく、魅力を感じるのでしょうね。 三島由紀夫の「金閣寺」に通じるものがある気がしました。 願わくば、この詩のなかの薔薇について、もっと興味をそそられたいと思いました。 (薔薇)

2018-01-11

淡々とした情景のなかにも、おたがいの複雑な気持ちが、ぎゅっと詰まっているように感じられました。 (喪失)

2018-01-10

無地の壁を無意味な記号で埋めたい、グラフィティの欲求に近いものを感じました。あれは、公共物の破壊という反権力的な精神の表れだそうですが。 本編の内容とは関係ないコメントですみません。 (泣けたい。)

2018-01-10

緑川七十七様 はじめまして。 自分は複雑な詩を書くのがあまり得意ではなくて、シンプルな詩を書くことが多いです。 失くしてこそ気づく、大切な気持ちがありますね。 あたりまえのように感じてしまっているものへの感謝を、忘れずにいたいですね。 コメントありがとうございました。 (風のつよい日に)

2018-01-10

ああ 開いた口のように、吸い込まれるような、あるいは解放されるような、響き。 あ 阿 α …はじまりの音。対義語は、 ん 吽 でしょうか。 (ああ)

2018-01-07

奎介様 はじめまして。 ご自身に置き換えて読んでくださり、とてもうれしく思います。 題名も気に入ってくださり、ありがとうございます。 (風のつよい日に)

2018-01-06

右肩ヒサシ様へ ツイートを拝見致しました。 返詩を書いて頂き、誠にありがとうございます。 (風のつよい日に)

2018-01-04

奇偶様 はじめまして。 ありのままのご感想をいただき、うれしく思います。 ありがとうございます。 (風のつよい日に)

2018-01-03

アラメルモ様へ 書いた当初から、文章の力の入ってなさに、これでいいのかという気持ちがありました。 その原因について指摘してくださり、ありがとうございます。 (風のつよい日に)

2018-01-03

はじめまして。 言葉による、文字による、音楽のようで、始めから終わりまで、飽きることなく読ませてもらいました。 朗読を意識されていないとしたら、とても意外です。 (ジョンビ)

2017-12-27

百均様へ 脚韻は、たしかに意識していました。だけどラップではありませんね。リズミカルではありませんから。 なにかを意図したわけではなく、思いつくままに書いたので、いろんな風に読んでいただけることをうれしく思います。ありがとうございます。 (点滴インターチェンジ)

2017-12-24

叫び、だと感じました。 言葉のどこを切り取っても、叫んでいて、そして詩である、金太郎飴のような作品だと思いました。 (BABY NEAPOLITANS 2)

2017-12-17

葉月之寛 様 はじめまして。 感情のこもる夜の部屋は美しいというコメントをいただき、うれしく思いました。ありがとうございます。 沢村 知春 様 はじめまして。 興味深く読んでいただいて、とてもうれしく思います。 そして、俯瞰的な視点に言及していただいて、ありがとうございます。自分が男でもあるせいか、異性間の行為を客観的に描こうとしても、男性側の描写が優位になってしまうのもしれません。女性側の心理や感覚についても、学びたいと思いました。 これが男と女ではなく、僕と君だったら、また違った詩になっていたかもしれません。 それにしても、性的な描写については、女性の方が意外と大胆なのではないかと感じています。後半のコメントを読んでいたら、なんだか生々しくて。笑 花緒 様 コメントをありがとうございます。 この詩の男と女は、親密になっていくのかもしれませんし、それぞれ別のカップルのことかもしれないと、書いた本人にも曖昧なところがあります。 (流星)

2017-12-12

この詩の云いたいことは、よくわかります。 私も同じようなことを考えたことがありました。 しかし詩としては、文章が凡庸に感じてしまいました。 シンプルなテーマだからこそ、読み手の気を引く文体などであれば、より印象強く感じられたのではないかと思います。 (Stars)

2017-12-09

はじめまして。 たった一滴がみずうみを揺らす この一言に、揺れました。 それまでは、正直なところ、漫然と読んでいたのですが、この一言がまさしく一滴となって、詩全体にしずかな波紋がひろがるようでした。 (夏草が撫でる鼻に泣いただけ)

2017-12-08

三浦様へ コメントをありがとうございます。 深く考え過ぎずに、楽しみながら書いたものなので、気に入ったフレーズを選んでもらうという気軽なアプローチを、嬉しく感じました。 こうしてみると、一行詩のカタログのようでもありますね。笑 こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。 (点滴インターチェンジ)

2017-12-05

黒髪さんの素直な心の表象を感じられて好きです。詩の技術や教養など、関係なく思えてしまいます。そう言ってしまうと、批評もなにもなくなってしまうかもしれませんが、やむにやまれぬ心の発露こそ、詩の出発点ではないかと、最近思います。私もまだまだ旅の途上です。 (お菓子な心)

2017-12-05

はじめまして。 赤い川という言葉から私は、体のなかを流れる血液を連想しました。そしてその赤い川は、先祖から子孫へと、滔々と流れていくでしょう。数多の死を越えて尚、三千世界をつたって。 (赤い川)

2017-12-04

花緒様へ 題名を気に入ってくださり、ありがとうございます。 勝訴ストリップとか、池袋モンパルナスとか、こうした漢字とカタカナの組み合わせは印象に残りますね。 言葉の対称性を楽しんで書きましたが、ある種の倒錯的なイメージを表現しているわりには、たしかに詩形が秩序立っていますね。花緒さんからのコメントを読み、なるほどと思いました。 (点滴インターチェンジ)

2017-12-03

たくさんの色彩や輪郭が、浮かんでは消える。 指先や思考は忙しなく動くけど、詩のなかの当人は、部屋から動くことはないんですね。 それでも各連の終わりは、朝。始まったばかりの、これから出来事で埋まる前の、朝。 空想の氾濫から経験への、期待のようなものを感じる詩でした。 (明るい部屋)

2017-12-01

イチゴミルク様 はじめまして。 あえて表現し過ぎない、読み手に想像の余地を残す表現というのは、たしかにありますね。 コメントをありがとうございます。 (待合室)

2017-11-29

貴音様 はじめまして。 読んでいただいて、また、面白いと言っていただいて、ありがとうございます。 生や死について、考えることも多いです。 (待合室)

2017-11-27

コーリャ様 はじめまして。 物語に戯れている という、細かいところに注目してくださり、とてもうれしく思います。 たしかに、詩のなかの当人は視線の移動しかしていませんね。笑 この場で様々な方から客観的なコメントをいただいて、自分の詩について新しい発見があることを、楽しく感じています。 ありがとうございます。 (待合室)

2017-11-27

まりも様へ 滑走と、離陸。うまく捉えたコメントをしていただき、ありがとうございます。 離陸したと思ったら、すぐ着地してしまうところに、臆病な自分が表れているなと、まりもさんからのコメントを読んで思いました。 厭世から、超感覚的な世界に憧憬を抱き、覗いたり、触れたりしてはみるものの、私が本当に求めているのは、〈安心感〉なのではないかと思います。それで、飛躍せずに着地してしまう。 それと関係あるのかわかりませんが、最近は詩がなかなか書けず、定型的な俳句や短歌に、心が落ち着くと感じています。 (待合室)

2017-11-27

片想いの切なさと、沖縄の風景が重なり、とても美しい詩だと思いました。 爽やかな風と、花の色。 その場にいるような気分になり、癒されます。 (ゆうなんぎい)

2017-11-26

写実的な作品だと思いました。 霊魂という不可知なものや、痛苦に対する、まりもさんの想像力を感じます。 夜空を自由に飛ぶ霊魂の開放感を味わうようでした。 肉体の束縛から解放されたら、肉体があってこその痛みや苦しみも、かえって懐かしく思ったりするかもしれませんね。 (私は耳からすべりいり・・・)

2017-11-26

仲程様へ 読んでいただき、ありがとうございます。 私はむしろ文章の長い詩を書くのが得意ではなくて、そうした作品に憧れもあります。 こちらでは、いまは自分の詩と客観的に向き合うつもりで、過去に書いた詩を投稿させてもらっています。 コメントをいただけて、感謝しています。 (待合室)

2017-11-25

静かな視界さん、こんばんは。 入力間違いは、ネットではありがちなことですので、気になさらないでください。 尾崎豊さんとは、意外な名前が出てきて、おどろきました。 存在や、自我といったものは、たしかに普段は意識していませんね。存在について、なくなってはじめて気がつくこともあるかもしれません。 ご指摘して頂いた通り、もう少し飛躍があれば、一味違ったものになったかもしれないと思いました。 ありがとうございます。 (待合室)

2017-11-25

表題の「ときには花となって」という発想が好きです。 自然のなかに同化する心地よさを、読み手に感じせてくれる詩だと思いました。 (ときには花となって)

2017-11-25

まりも様へ わかりやすく解説してくださり、ありがとうございます。 水平運動から上下運動、外界から内界、平面から立体への変換などについて、興味深く読ませて頂きました。私自身はそこまで考えずに、対比させていったらおもしろいんじゃないかと思って書いていったので、まりもさんからのコメントは、自分にとって発見になりました。 ご指摘して頂いた、文体のスピード感について、今後の参考にしたいと思います。 (地下鉄)

2017-11-25

黒髪様へ 詩を、脳内で映像化しながら読んでもらえたようで、嬉しく感じました。 地下鉄というのは、ふしぎな乗り物ですね。 構内は生温かくて、暗くて、轟々としていて、どこか母胎にいた頃の記憶を、思い出させるような気がします。 明日の朝を、いつものように迎えたい。そうした素朴な気持ちは、大切だと思います。 世の中はどうしても、日々変化していきますから、尚更… (地下鉄)

2017-11-21

花緒様へ 私は衝動的に詩を書くことが多く、これも着想を得てからばーっと書いたものです。 だからこそ、普段の自分が思ったり考えたりしているものが、滲み出ている気がしています。 いわば自分の《顔》のような詩で、こちらの初投稿にはいいんじゃないかと思いました。 元から深い思想を開陳しようとして書いたわけではないので、理論のあまさなどは、たしかにあるかもしれません。苦笑 お読みいただき、感想をありがとうございました。 (地下鉄)

2017-11-21

はじめまして。 ささやかだけど、胸に沁みる、いい詩だと思いました。 (信頼を築く幸せ)

2017-11-21

花緒様 はじめまして。 一見すると詩とは程遠いものを、あえて詩として提示することに、メタ的な詩情があるのだろうか、と考えさせられました。 それはさておき、個人的な見解としては、選者であり運営である貴殿の気苦労を垣間見るようだと言えば、穿ち過ぎた解釈でしょうか。 (国語の授業)

2017-11-21

はじめまして。 私はこの詩に、官能性を感じました。とくに最後の四行に。 言葉から浮かぶイメージも美しく、まとまりのある作品だと感じました。 (表層)

2017-11-19

とても参考になるコメントを頂き、ありがとうございます。 また、詩から親しみを感じて頂いて、嬉しく思います。 まだまだ未熟ではありますが、この場で切磋琢磨していけたらと思っています。 今後とも、よろしくお願いします。 (地下鉄)

2017-11-18

やまない雨のなかで生きる、一個の生命のかたちを感じました。 私は無機質に草を刈る 雨、その水滴に溶け込んだ念仏 などといった言葉が作品中のポイント(頂点)となって、そこから坂を下っていくような速度感で、詩の全体を読ませてもらえました。 (amaoto)

2017-11-17

眼病

2019-02-14