作品投稿掲示板 - B-REVIEW

室町礼


投稿作品数: 20
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う~ん、子どもの頃から今も宝石や金銀というものに対して まったく興味も関心もなかっただけに、この詩を読んでから 逆に考え込んでしまった。人はなぜ宝石などに価値を幻想するのか? エメラルドもアメ玉もわたしには大して違いがないように思えるのだが。 不思議だ。人間というのはまったく不思議だ。それともわたしは人間じゃなく エメラルドよりアメ玉に関心をもつ犬猫の類なのだろうか。 そんなことを考えた。 (宝石奇譚)

4 時間前

それから余計なことかもしれませんが、 わたしは昔も今もとくに詩人仲間の優秀な連中からは 男女問わずかなり好かれています。 わたしの何をもって実在のわたしを知ったのか不思議ですが 作品はあくまでも創作ですから それをもって実在の知らないわたしにドン引きされる方々が いることに首をかしげます。笑 まあ、ネット詩人の方々とは まったく現実での付き合いないですけどね。ネット上でも通交してません。 妄想だけがなにか流通しているようですが、そういうのは非常に不愉快ですね。 (暗渠)

04:21:15

かなりいい。 ことばから詩がとけだしている。 以上、それにしても暑い。でも、 これを読んでいるあいだ少しだけ涼しかった。 (旅する為の雑記帳)

2022-07-06

>女性は許してくれると思いますよ。 そのことばを聞いてほっとしました。 ありがとうございます。 (暗渠)

2022-07-06

読ませていただきました。 これを読んで......むかしの痛い記憶がよみがえってきました。 共感してつよくうなずいたのは三連ですが、四連はむかし横浜にあった なんという皮肉か、これが、黄金(こがね)町という売春街があった。 そこのなんとも粗末な崩れかけの二階屋の二畳間で売春婦と1万円にも満たないカネで かかわった。売春婦などという職業を頭からバカにしていたじぶんを思い出し 歯ぎしりしたいような、ほっぺたを自分で叩きたいような恥ずかしさと 後悔の念が四連を読んでいるとよみがえった。 ことが終わってわたしが横浜スタジアムの同志社大学対関東強豪チームの 試合を観ることを告げるとその売春婦はラグビーの内実をよく知っていた。 ラグビーは紳士のスポーツで下々の者などが興味あるとは思っていなかったから びっくりした。よく顔を見るとかなり美人で知的であった。 そういえば所作の何もかもが売春婦のイメージからかけな離れていた。こんな女性が 春を売るなんてありえないとおもったが、やさしいことばひとつかけてやれないで 心の交流を断つようにそこをあとにした。 そのことがいまだに心に傷となって残っている。もっとやさしくしてあげればよかったと。 つまらん感想を書いてしまって申し訳ありません。 (暗渠)

2022-07-06

   あの鉄塔の先からが空だ! 空ってどこからが空なのかってことを考えていたのですが やっぱり人それぞれ「ここから先が空だ」てのがあって然るべきだと気がついた。 空だからどこからどこまでも空だというのはやっぱり間違っている。 ビーレビで賞をとった作品をことごとくみていたのですがどれも「詩」にはなっていない。 いわば台本のセリフのト書きのようなものばかりだった。「あたし苦しいの」というセリフがあって それの説明のためのト書きがある。そのト書きがなにか詩や現代詩のように錯覚している時代になった。 そうじゃないとおもう。まず詩にとって意味や哲学思想なんかどうでもいい。いや、どうでもよくないだろ! という声が聞こえる。 どうでもよくなくて、もしそれを全面にもってくるならそれからますます離れないと詩にならない。 そういうことがわかっていない人ばかりが最近のネット詩の賞の選考をしているような気がしました。 いや、もちろん、わたしなど足元にも及ばないすばらしい詩ばかりが賞をとっているのは 間違いないのですが、やっぱり「あの鉄塔の尖端から先」じゃない。セリフのト書きばかり。 そういう詩が増えた、ほとんどがそういう詩でつまらない世の中になった、 失礼ですがこのよく出来た詩を読んでそんなことを考えました。 この詩自体には何の文句もないのですが、ほんとうにごめんなさい。連想しちゃいまして。 (「穴居」 現代詩フォーラム07/12/2初出)

2022-07-04

コミックポエムという領域がもしあったなら その読者にとってこの詩はかなり出来がいいということになるかもしれない。 わたしがいう「コミックポエム」とはアニメ『となりのトトロ』とかああいう世界を ことばによって表現したような詩のことです。 いちいち指摘はしませんがいわゆる「詩」としては表現に繊細さがやや欠けている ような気がしました。しかしコミックポエムの世界ならそれも問題なく読者には 受け入れてもらえるような気がします。 わたしもコミックポエムのようなものを現在描いていますが、それはことばではなく マンガやアニメとしてです。わたしならこういう世界はことばではなく直接マンガや アニメとして描きます。べつにことばで描いても問題ないでしょうけど、でもそれは.... いわゆる「詩」としては.......未熟なような気がしました。 でも冒頭の一連など、ちょっと手直しすればとても素敵な表現だなと思いました。 (港町)

2022-07-03

読ませていただきました。 多分、というか間違いなくこの詩をほとんど理解できていないと思います。 理解できていないというのは意味を、ではなく本来詩にとって意味思想よりも大事な音韻とか 転換の面白さとか表現のあやとかそういうものを含めて感受できる能力がわたしには ありませんでした。 時代の流れ、変化というのは怖いものだなと このわたしの意識のありようの変化を感じて少し愕然としました。 ひとむかし前までならこの詩は現代詩風の深みと重みと表現の妙などを 称賛されるタイプのものだったような気がします。今でもそうかもしれません。 でもわたしにはなにか時代がこのような深み、重み、表現の豊かさという価値観を どこかへふっ飛ばしてしまったような気になってしょうがないです。 重厚で偉大な戦艦大和が滅びたように、大きなデパートが滅びてコンビニが繁殖したように 巨艦的なものがどんどんなにか虚しいもののように思えてしょうがない。 たぶんこれはわたしの意識が通俗化していることの左証でしょうけど.......いつまでも ちょんまげ袴姿で歩く人がいてもわたしは尊敬しますけど...... わたしのような俗物には真似ができない。へんな感想ですけどそんなものを感じました。 頭が悪いので謎解きのような深い詩にはついていけない愚かな己を感じた次第です。 (【譚】骨と皮)

2022-07-01

面白かた。 最初は世界と手をつなごうなんて怪しげな国連の憲章かなんかかと思たけど まあ、なんとか収拾できてよかた。 (えんたーていんめんと)

2022-06-30

ながながと失礼しました。 最近、なにかと愛だの正義だの善だのという言葉を振り回す方々が多い。 それはそれで結構だけど、そういうことを書いていったい何を得たいのだろうと 不思議でならない。キリストはこういってるらしい。 マタイによる福音書 6:16-18 新共同訳 「 あなたは、断食するとき、頭に油をつけ、顔を洗いなさい。 それは、あなたの断食が人に気づかれず、隠れたところにおられるあなたの父に見ていただくためである」 わたしはキリストなどまったく信じていないがこのことばは正鵠を射ている。 聖人のふりをしたければ聖人のような顔つきをして 聖人のようなことばを振り回してはならないという倫理的なことばなんです。 昨今の一部、詩を書く方々にぜひ一考していただきたいと願います。 (やってはいけないこと)

2022-06-30

追記 やぱり「支離滅裂」などというかなりきつい批評をしたのだからその理由を書いておくべきでしょうね。 この投稿作品が「世間話」や「井戸端会議」のものなら、べつにこれはこれでいいでしょう。 でもいちおう詩作品として投稿されるからにはもう少し厳密な考察をしてほしかった。 冒頭、 "人の悪意を"と筆者が書いたとき、その人は相手の心をなぜか透視者のように完全に理解できていることになる。 どうやって筆者は相手の悪意、善意を正確に腑分けできるのだろうか? ということがまず問題になる。 筆者は対面する他者の「悪意」「善意」を正確に読み取れている。 ほんとうは人の心など他人に正確に理解できることなどありえない。にもかかわらずわたしたちが だれかの言葉に悪意や善意を感じるのは、 相手のリアルな心を読み取っているからではない。 語る方の心ではなく、受け手の心がそこに反映しているからこそだれかのことばはじぶんにとって「悪意」になり「善意」になる。 つまり相手のことばを「善意」と解釈するのも「悪意」と捉えるのも相手ではなく受け手のほうだ。 もしそうならばじぶんが勝手に解釈した「善意」を「悪意」と捉えるなどということはありえない。 じぶんが勝手に解釈した「悪意」を「善意」と勘違いすることもできない。 そもそも「善意」「悪意」なるものはほんとうにあるのか? という疑問が生じる。 ある人が「悪意」で何かを言うなどいうことがあるだろうか?  ある人がだれかに不快感や差別意識や嫌悪感、その他もろもろの感情をもって何かものをいうとき 相手は不快感やとまどいや疑問や、さまざまな感想を抱く。 そのような複雑で繊細な人間の心的現象を一括して「悪意」「善意」と規定するのは非常に危険だし大雑把すぎる。 それだけではない。ある人間がさまざまな感情をもって語ることばを一方的に「悪意」「善意」と規定して語ることも間違いを おかしやすい。 黒髪さんはここでどうやって人間はじぶんがある感情をもってだれかに語るとき「悪意」「善意」と腑分けできるのか説明してほしいし、 そのことばの受け手もどうやって「悪意」「善意」と腑分けできるのか説明してもらいたいところだが 結論をいうとそんなことは出来るはずもない。 なぜならそもそも「善意」「悪意」などというものは便宜の異名であって実在しないからだ。 しかし机上に言葉が生まれれば、まるで実在するかのように机上でいくらでも実在しない言葉を操作できる。 言葉を扱うときには、そのことの危険性と不毛性にもっと気づいていただきたいとおもう。 (やってはいけないこと)

2022-06-30

言葉というものは便利なものだけどあくまでも便宜の異名であって それが実在のように錯覚してしまうとこういうことになるのかなと ふと考えました。まことに申し訳ないですが、論理的にも、またリアルにも ここに書かれていることは支離滅裂です。 どこが支離滅裂であるかを、はて、説明すべきか、説明しても受けてとめて もらえるか躊躇しています。黒髪さんは多くの人のあいだを抜けて来た 経験があまりおありじゃないのかと思われます。 (やってはいけないこと)

2022-06-30

糖花兆子さま 愚作をていねいに読んでくださりありがとうございます。 (わたしが天才少年だったころ)

2022-06-27

トビラさま お読みくださり講評もいただきありがとうございます。 (わたしが天才少年だったころ)

2022-06-27

天地 結さま 拙作をお読みいただきありがとうございます。 (わたしが天才少年だったころ)

2022-06-27

柳煙(リュウエン)さん お読み下さりありあとうございます。 こちらこそ投稿作をいつも楽しみにしております。 (わたしが天才少年だったころ)

2022-06-27

読ませていただきました。 わたしにはこういう突然の感情の起伏というのは詩人の心がないせいか ほとんどありません。でも、こういうのってほんとうにあるんでしょうかね。 子どもというのは残忍なものでセミの羽を全部抜いたり、 わたしなんかはバッタをつかまえて糸でゆわいて小枝に吊るし、それを水たまりや川に 垂らしてカエルを釣る。釣ったらすぐにみんなでわいわい興奮してカエルの腹を 鉛筆削りで縦に裂いて、腹から生きたバッタを救いだし、またカエルの腹を糸で縫って 川や池にかえしてやる。そのときはまだピンピンしてカエルはかえっていく。 そういう、今からおもうと残忍な解剖と手術ごっこを平気で笑いながらやっていた。 そういう子どもの心性と大人の心性がまだ未分化な詩人には、あるいはこういうものがあるのかも しれないと読んでいてふと感じました。 (曇り空の夜明け)

2022-06-27

読ませていただきました。 人間てわからないものですね。 むかしアイドル・タレントとして人気があった宮崎美子が 熱烈恋愛の末に結婚したのですが、すぐに離婚した。離婚の理由に曰く、 「あることを目にしてから箸の上げ下げまでみるのが嫌になって」 それから彼女は独身をまもっていまやおばんですが......そこまで言っておきながら もと旦那とは最近、いっしょに旅行に出かけるとか。 お互いに枯れてしまうと、そういうことは二の次になってしまうのでしょうかね。 四行の形式が保たれるかと注意して見ていましたら、最後のほうになると行数がバラバラになった。 これは筆者の気持ちがこのあたりから揺れてきたことを示しているのではないかと 個人的に受け取りました。 (もどかしい)

2022-06-27

読ませていただきました。 これ、いいですね。 心底、こころを解き放してうなずけます。 とくに「愛」なんて言葉をふりまわさないで かたちにならない、ことばにならないある存在を ちゃんとイメージさせるところがいい。 「愛」なんて生なことばを露骨にふりまわす表現に 少々眉をひそめていた矢先でしたから、 この投稿に出会ってすこしほっとしました。 (いちばん優しい世界)

2022-06-26

こんばんわ。 再度の返信というのは滅多にしないのですが、 気になっていたものですから、少し。 わたしは育ちが悪いので「愛」というものへの考え方が少し ひねくれているのかもしれませんね。 せっかく「愛」というものを信じておられる方に無用なコメントを してしまったような気がして黙っていればよかったとあとでおもいました。 愛の二面性とか影とか、そういうことは実は考えたことはありませんでした。 というか「愛」が妄想でも実在でもどうでもいいといっては失礼ですが わたし個人はそういう言葉にはまったく関心がありません。 ほんとうに失礼いたしました。今後は注意します。 (星空に祈る)

2022-06-26

卒業/のあのなんともいえない心細さと晴れがましさ 出ていくということ。残していくということ。 なんだろうな、わたしも少しむねのなかで湿っぽいものが 広がっていくような気がしました。 (春)

2022-06-25

読ませていただきました。 なんか「センス」なんて言い方は古いかも知れませんが この作品、 ことばのセンスがいいなああと、ちょっとびっくりしました。 (9)

2022-06-25

読ませていただきました。 人間にとってほんとうに大事なものって何だろうなって あらためて考えさせられました。 愛? お釈迦様? 星空? わたしはそうじゃないと思います。 たとえば、たとえばですよ、皮肉でもなんでもなく 投稿する前にだれかの作品にコメントするとか、 そういうことのほうが千倍大事なんじゃないかと個人的には考えています。 愛って、要するにどれほど飾り立てようとも所詮エゴイズムですよね。 平気で人殺しをするマフィアの親分ほど自分の子どもへの愛は人並み以上だと 聞いたことがある。そういうものをこの共同体として生きる世の中でなにか凄いものとして 評価する気にはなれません。もちろん愛は個々それぞれの人にとっては大切でしょうが それを公に喧伝するにはあまりにも幻想の領域が違いすぎます。 星空に何を祈ろうとそれは個々の勝手ですが、所詮はエゴイズムの世界です。 他人が知ったことじゃありません。それを何かうつくしいもののように〈他者〉に 語るのは、わたし個人としては気恥ずかしくて穴があったら入りたいです。 以上、 べつにこの作品がダメだとか、あるいは否定しているのではなく、わたしがこれを 読んで改めて、人間(共同性)にとって大事なものとはと考えたその感想です。 ちっとも褒めれなくてごめんなさい。 (星空に祈る)

2022-06-25

申し訳ないけど、今の世相をみている立場からしますと、 この詩の趣旨には賛成できません。 こういうのは「主義」じゃなく、ふつうの息抜き、団らんでしょ。 鬱屈な毎日に憂鬱な日々を余儀なくされている方々の世界とは次元が違います。 ふつうの息抜き、団らんが出来る人がそうでない人に注文つけるのはちょっと違うと思うな。 むしろそういう余裕があるのならそういう余裕を持てない人々を心配するのが あたりまえの世界になってほしいなと望む次第。 失礼ながらあまりにもシフォン主義?で生きてこられたから世界が見えてないのでは? (シフォン主義)

2022-06-24

読ませていただきました。 こういうのほんとに悲劇だとおもいますが、 おもうだけで他者にはなにもしてやれないただの無力な 傍観者です。そんな人間が「悲劇だとおもいます」と書くのもはばかられる。 そこで話を拡大してみると、 「赤頭巾ちゃん」は 、いま現在、日本人のほとんどがそうだということもいえます。 これはほんとうにどうしてこうなったのか情けないけど、どうにもできない。 狼に食われるのを待っている。そういうマクロなことも浮かんできました。 (赤頭巾ちゃん)

2022-06-23

はい。 と答えたいところですが...... 怖いだろうな、一生愛される男のほうは。 それは「愛」というよりもはや「執念」とか「執着」「怨念」の 要素のほうが強くなっているのじゃないかと愚考する次第です。 いや、これはわたしの個人的な幼少時のトラウマ体験からくるものかもしれません。 わたしは乳母に預けられていたのですが、その乳母が六、七歳になってもつきまとう ので逃げたことがある。それでも必死の形相で追いかけてきた。 今からおもうと薄情なことをしたとくやんでいますがそのときはほんとうに怖かった。 そのトラウマからわたしはずっと女性から強く愛されると決まって逃げるようになった。 ほどほどの愛、できれば三ヶ月くらいで恋人をとっかえひっかえできれば理想ですが 身勝手でしょうかね。もてないから心配しるほどのことじゃないのですが。 (あなたへ)

2022-06-23

読ませて頂きました。 むつかしい事について正面から見そえて 書いておられると感じました。 わたしは言葉についてかるすぎるほどの人間なので 逆によくわかります。 (言い事)

2022-06-22

よんじゅうさま、 拙作をお読み下さりありがとうございます。 (わたしが天才少年だったころ)

2022-06-22

追記 う~ん、追記なんか書くべきじゃなかった。 読み直してみると誤解されやすい書き方になっている。それを調整するために また書かなければならないハメになる。下手をすると延々とこれを繰り返すかも。う~ん、困った。 まず鷹枕可さんが貼られたリンクの歌がどうしてわたしにとって嫌味ったらしい不快なものであるかを説明。 (この点に関しては楽子さんの詩にはそういう嫌味ったらしい不快なものはあまり感じられなかった) まずあの歌手はただひとつのことしかいっていない。簡単です。「おれはいい人間だろ」 つまり歌手と聴衆は「おれたちいい人間だ」を確認しあっている。 だいたい子供が生まれるとなればふつう世間一般の庶民はだれでも喜ぶけど将来養っていけるのか心配もする。 今の世の中ならなおさらだ。ほとんどの親子さんは暴風の盾になる。だけど虐待も増えているのも事実。 虐待までいかなくとも不幸な家庭、親子関係はある。 そういう人間に思いをはせて歌うのが歌ってものだとおもう。昔はリンク先のような歌なんか歌う人はいなかった。 良い人の確認しあう歌。それは最近の出来事だと思う。あの歌とこの投稿作品、技巧的とはいいましたが、 楽子さんとは技巧的という「質」が同じであっても中味はぜんぜん違うことを言っておかないと誤解を招くのであしからず。 投稿者の楽子さま、お騒がせしました。 (思春期、あの最悪な日々を切り取ったプリクラ、同級生への呪いを書いたオマエ、そしてアタシへの讃歌)

2022-06-22

追記 鷹枕可さんの貼られたリンクを見ようとしましたが、リンク先の歌手の歌う歌の 最初のフレーズでああ、これも「技巧的だな」とピンときました。 わたしがこの投稿板で「技巧的」という感想をする場合は最上の褒め言葉であるのはもちろんですが、 他方、ちょっとばかり「あざといなあ」という気分が含まれている。ほんのちょっとですが。 西田佐知子という昔の歌手に『裏町酒場』という歌があるんですが そのなかにこういうフレーズがある。   酒を飲もうと 生きよと死のと   あんたなんかの 知らぬこと   どうせまともに 生きたって   つらい世間の うしろ指   男なんかにゃ 欺されないと   鼻で嘲笑(わら)って ひくルージュ   夢を持ちなと 云う言葉   それもどこまで 本気やら この「それもどこまで本気やら」という歌詞 これが「技巧的」というわたしの評価の裏張りです。 いるんですよね、「夢を持ちな」と下のほうへ向かって語る方が。 原口昇平さんの一連の投稿作品なんかもそうですし、鷹枕可さんのリンク先の歌手の 歌詞や歌う態度もそういう意味で技巧的である。技巧的生活をなさっている。 これは本人は真剣で本気なんだろうけど、下のほうにいる人間からみるとちょっとちょっと ということになる。 だから鷹枕可さんのリンクのものも楽子さんのこの投稿作品もわたしにとっては まったく同じ質のものなんです。 余計な追記で失礼ですがそのあたり閲覧者のみなさまご理解たまわるよう お願い申し上げます。 (思春期、あの最悪な日々を切り取ったプリクラ、同級生への呪いを書いたオマエ、そしてアタシへの讃歌)

2022-06-22

読ませていただきました。 技巧的な描写に秀逸な腕の冴えを感じました。 私ごとで失礼ですがわたしが最近投稿した「感謝します」はすべて わたしの創作で高校生をひとり育てたような話は事実ではありません。 全体を通してあることを伝えたかったのです。わたしの職業遍歴を書いたような 作品もそうであって、まったくの創作です。 わたしごときの生活や履歴など開陳してもこの作品のような面白いものになるはずもない。 いやこの作品だっておっしゃるとおりどこまでが事実で幻想かわからない。 しかし語り口に技巧的なうまさがあるとおもいました。 (思春期、あの最悪な日々を切り取ったプリクラ、同級生への呪いを書いたオマエ、そしてアタシへの讃歌)

2022-06-20

読ませていただきました。 殺意とその結果についての人間の業のようなもの そういうことについて書かれた詩のように解釈してみました。 (よわい)

2022-06-20

読ませていただきました。   花束と折り鶴が少しだけ風に揺れる   ように という映像的な余韻がやや技巧的とはいえ なかなかに印象的でした。 (風待ち)

2022-06-20

読ませていただきました。 バラバラのイメージをならべて「乱丁」というタイトル。 なにかつかもうとしてつかめない確かだけで漠然としたイメージ それを詩にしたのかもしれないと思いました。 (乱丁)

2022-06-20

現代社会の複雑なありようを揶揄しているように読めましたが ぜんぶわかるわけもなく、ただ、ところどころにピンとくるものがありました。 まわりの土の養分を全部吸い取ってひとつだけ巨大に育ったキノコのような 高層ビル。その下にある雑草(庶民の家)はもうぼろぼろだとかそういうイメージが 感じられる行などハッとするものがありました。 読み方が間違っているかもしれませんが。 (Amanita Fundamentum)

2022-06-20

読ませていただきました。 プリズム。なんだろ。不思議な話を聴くよな気がしました。 加工ということかな、いや、ちょっと違う。なんだろ。 まだ考えています。不思議な世界のありようの指摘を受けたような気持ちです。 (プリズム世界)

2022-06-20

ご指摘、ご感想、ありがたく頂戴しておきます。 読んでくださりありがとうございます。 (感謝します)

2022-06-19

読んでいただいた上、 拙作に対して真摯な感想をたまわりありがとうございます。 (感謝します)

2022-06-19

Comoestanuquiさん、ほんとにそれです。 柳煙さんのおっしゃるとおりこの拙作には強烈な皮肉 と怒りをこめているんです。 お読み下さりありがとうございます。 (感謝します)

2022-06-18

かずやさん、お読み下さりありがとうございます。 真摯な感想、うけたまわりました。感謝。 (感謝します)

2022-06-17

柳煙さん、稚拙な作文をお読み下さりありがとうございます。 (感謝します)

2022-06-17

読ませていただきました。 昨日ちょうど我執について考えていたので (といっても十分も考えてないのですが、こんなこと十分も考えれば わたしにとっては事件です) 読んでコメントしようかと思い、はて、さてたしかに 我執てものがないと人間かなり軽くなれるだろうけど 我執がなくなった人間なんて気の抜けたサイダーのようなもので ちっともおもしろくないのだろうなと、はたと思いついた。 十代のころに初恋に破れて死のうと思いレールに頭を乗せて しばらく寝転んでいてやっぱり怖いからやめた記憶がある。 今から考えるとなにか我執のようなものに取り憑かれていたのだろう。 なんとまあ滑稽なものかと思うけど これを読んで、あらためて我執だったのかもしれないとか考えました。 (我執)

2022-06-16

こんな言い方は失礼かもしれないですがとても粋な作風の詩ですね。 まるで中編小説を読んだあとのような感慨が残りました。 冒頭の連の語り手の述懐には共感を覚えます。 陸橋から見下ろす電車の 車両に詰め込まれた人々のそれぞれのドラマを 想像しただけでそら恐ろしくなることがありました。 こんなにも膨大なドラマを詰め込んで電車が行く。信じられないけどほんとうだ。 そんなことを考えていたのはわたしも生活を生きていなかったからかもしれない。 ゆっくり読んでみたい詩のひとつです。 (窓と生活 二編)

2022-06-16

冒頭の一連、 まるで処女のようにうつくしい。 (みんなのお別れ)

2022-06-16

年配の方の詩だとおもうのですが、 いまどきは見られないきれいな楽譜をみるようなことのばの配置の うつくしさがまず目につきます。 内容についてはかなり私的なイリュージョンが主調音になっているので それに踏み込むよりもむしろ語られる流れにそってことばをなぞっていくだけで いいかなとおもわれました。 (ト音の休日)

2022-06-15

読ませていただきました。  わたしたちは  生きる才能がない  豊かになれれば  何を失っても  いいと思ってる こういう覚醒をもつ語り手には共感を覚えます。 (明日)

2022-06-15

冒頭、塚本邦雄が出てきて 苦艾なんていうなんか知らないけど面白そうな単語が出てきて これはなかなかに読ませてくれそうだぞと うれしそうに身構えましたが次の ウクライナ云々のところで申し訳ないですが、ちょっと意気消沈してしまいました。 どうしてウクライナが出てくるのか。 そもそもウクライナに対する世界構造における立ち位置の認識がこのようなものでいいのかどうか いやそんなものどうでもいいんだというのならウクライナという言葉は ちょっとわたしには急ブレーキをかける文言だった そういえば多くの有名無名詩人に出会ってきましたが どなたもすばらしい詩を書く方々ばかりなのに政治認識になるととたんに幼児のように 単眼的で幼稚な認識しかもたない方々ばかりなのに腰を抜かし続けている。 あの神様のように尊敬する大思想家で大批評家であった吉本隆明でさえそうであった。 旧ソ連やロシアへの認識を西側の情報だけから取り入れているから片側通行で 吉本といえど、 その情報の上に立てられたまことにお粗末な地盤の上にたつ精密な建物であった。 だから99%が中流になる世の中などとはしゃいでいられた。 そもそも元の地盤が一方的なプロバガンダを盲信してのものだからその上にどれほど 精妙な建物を建てても思想や批評としては意味がない。詩や文学としてならなんとかなるかもしれないが 所詮それだって見ようによってはプロバガンダの補完物の側面をもつにいたる。 日本の現代詩の世界の最大の問題はそこにあるのじゃないかと考えさせられる批評文でした。 (でもルンバは嫌だ、エヴァが良い)

2022-06-15

この文章はcold fishさん(たち)へのレクイエムなのでしょうか。 対象作品を読んでみましたが田中さんが出てくるくだりはおもしろかった。 でも、   私は、今、   現代詩を、やっている、   君たちを、やっつけるために、   読者を皆殺しにするために、   ポエムを皆殺しにするために、   ネット詩を皆殺しにするために こういう暖簾に腕押しするような無力感しか感じられない文言を ちゃんと対象化した上で書いたいるのか、気になりました。 現代詩なんかではもうだれもやっつけられないし 皆殺しにもできない。 じぶんの頭の中だけで殺しているのだとすればそれを語っている 自称詩人の姿ってなんと滑稽で悲惨なのかとおもう。 cold fishさんの滑稽で悲惨な姿はそのまま戦後の日本的あるいは世界的な知性の帰結 なのかもしれない。 知性ってのは要するにこれほどまでに滑稽で悲惨なのだという。 そういう意味ではいつまでもその滑稽で悲惨な残骸をさらしていて ほしいという願いがわたしにはある。 それこそがcold fishさんが詩を書く意味だ。 田中満帆さんも同じような詩を書いているがちょっと違う。 田中さんのほうは最近、その滑稽さに気づきはじめている。 そこからしか新しい現代詩は生まれないような気がします。知性の悲惨さと滑稽さに 気づきはじめた最近の詩はなかなかだとおもう。 以上、知性のけの字もない無能でバカな素人のたわごとですが、筆者さまの こういう批評はしかばねとなった知性の残骸へ送るレクイエムとして何度でも 書かれるべきだと思います。 (詩のサイトによくいる、いや、もうほとんどいない、誤解の霧中の魚たち)

2022-06-15

間を置いて何度読んでもわかりませんでしたが、 この「何度読んでもわからない」という体験は現実世界ではよくあることで たとえばですが一例をあげれば世界情勢というのはよくわからない。 まさにこの詩のように難解だ。あるいはこの詩のように意味などないのかもしれない。 そんなことを感想しました。 (雑記11)

2022-06-12

あらいさんの投稿作以後ぜんぶが詩の骨格と肉をもった とわたしのような素人には感じられる作品がつづいているので非常にうれしい。 この作品は表現に玄妙さがあり、それが作者の持ち味なんだろうなと思うのですが なかなかにいいものだとおもいました。 (空耳)

2022-06-12

あらいさん投稿作以後ぜんぶが詩の骨格と肉をもった とわたしのような素人には感じられる作品がつづいているので非常にうれしい。 この作品も感じるものがありました。 (日影の日)

2022-06-12

あらいさんのこの投稿作もふくめ以後、三作ぜんぶが詩の骨格と肉をもった とわたしのような素人には感じられる作品がつづいているので非常にうれしい。 この作品もわたしにはなかなか歯ごたえがありすぎてわたしには困難な山ですが 最後に 404 not found という言葉が出てきてなんとなく共感するものがありました。 (これからのアステリズム)

2022-06-12

   しずくの冒険(抄) 宇宙の果て そのもっとも奥深くひそかなところに すべての悪のみなもとである一本のりんごの木がある 宇宙生誕以来 その木は 三つのバリアーで守られていた ひとつは力 すべてを破壊する巨大で獰猛な怪鳥がたえず木のまわりを 巡回し、近寄るものは有無をゆわさず 炎で焼きつくすのだった もうひとつは叡智 世に生まれたすべての神学と哲学、思想を体現する 賢者が敵意をもって近寄るものを説き伏せ、精神を萎縮させ またたくまに洗脳して退散させるのである もうひとつは愛 知恵のみなもとであるりんごの木を害する意志あるものには その者の両親の姿をしたイリュージョンが向かい合うのである じぶんの両親の愛情あふれる笑みに接してこれに歯向かえるものはいなかった こうやって すべての悪のみなもとである知恵の木は 外部からのいっさいの攻撃や害意、よこしまな企みから無傷であった また この三つの力を打ち砕いて 世界に平和をもたらすことができる者は この世の果ての果てまでだれひとり存在しなかった と 思われていたが 宇宙の果てにあるりんごの木は 生まれてまだ三歳にも満たない子どもの自然なこころを 防ぐことだけはできなかった 彼女の名はしずくといった おにぎりが大好物で おにぎりにつられてこのりんごの木の退治にやってきたのだった 握った日本刀の刀身は柔らかいプラスチックでできたまがいものだったが それだからこそ 三つの力に対抗できたのだ 対抗するためには相手をけっして傷つけてはならないのだ 襲いかかる巨大な怪鳥の鼻先めがけてしずくがまがいものの刀を振り下ろすと 怪鳥はぎゃーと叫び声をあげて霧のように分解し飛び散った 霧が収まると 一匹のネズミがこそこそとそこから走りさった 次に出てきたのは聖人だった 両手をひろげて「おお、汝は地の塩なり、もしその塩.......」 とかなんとかいっているが しずくにはちんぷんかんぷんだ かまわず「えい!」と刀を振り下ろすと聖人は煙になって空へのぼり あとにはミミズが一匹 もうしわけなさそうに地面を這い回っているのだった 最期に しずくの両親が現れた 「しずくや、わたしたちの宝、わたしたちの命、しずく、おやめなさい、」 と涙を流している さすがのしずくも目を見開いてしばらく呆然と亡くなった母と父をみていたが 「あたいのおかあちゃんなら、そんなこといわない。おにぎり食べるかいって?最初に聞くわよ」 次の瞬間、「えい!」と刀を両親のイリュージョンに振り下ろす。 「このにせもの!」 すると両親はやはり煙や霧のようなものに分解し あとに二匹の雨蛙がけろけろと鳴いているのだった こうやって 世界からすべての悪が消え失せ 人類はみな知恵を失い悪い企みや競争や侮蔑や差別などから 解放され 定常生活だけを繰り返して永遠の平和が続いたのであった (B-REVIEW6月のお題詩「破戒」)

2022-06-11

ですから、 作品かどうか判断するために 「Amazonギフト券ってなんでしょうか」と質問したのですよ? ところがあなたは質問するなという。 質問を禁じておいて、そのくせ作品かどうか判断して、おまえが作品だと思う理由を書けという? ごじぶんで支離滅裂なことをいってることが自覚できてますでしょうか? そもそもわたしにからんでくる理由もわからないし、 この程度の投稿にそこまで大騒ぎする理由も理解不能です。 すこし冷静になることをお願い申し上げます。 それから支離滅裂な命令には従うつもりはないことも申し添えておきます。 (最近の)

2022-06-10

訂正 上のコメントは「作品」へではなく森石さんへの返信です。 間違いましたことを作者さまへお詫び申し上げます。 (最近の)

2022-06-10

森石さん、それちょっとおかしいのじゃないですか? まず、 一方的に非難しておきながら非難した相手には返信や弁明、説明をするなということですが、 それはここの規約にあるんですか。それなら仕方がないですが、そんな不公平な規約があるとは とうてい思われません。 それからこの投稿は「イタズラ」だと決めつけているようですが、投稿作品である以上、イタズラか どうかは読者個々が判断するものではないのですか? それとも運営がイタズラであると宣言したのでしょうか。 ご自分がすべて正しい、ご自分の意見だけを黙って聞け、おれが「イタズラ」だといったら おまえもそう判断しろ、おれの発言を聞いたら返事するな弁明もするな? ご自分でそういう言動がちょっとおかしいと思わないんですか? あきれ果てましたよ。 (最近の)

2022-06-10

読ませていただきました。 難解なのでちゃんと読めたわけじゃなく文字を追っただけですが、 現代詩の技巧のひとつとして奇をてらうことは嫌いじゃないしむしろ大好きですが 材料がちょっと地味なような気がしました。なんだろうこの地味さは。笑 地味でなければ控えめといってもいいんですが、この控えめさ加減がこの詩の表現の主旨だったのかも しれない。そんなことをおもいました。 (ラバーと子供)

2022-06-10

追記 作者さま、ひとつわからないのですが、 Amazonギフト券ってなんでしょうか。これがまったくわかりませんでした。 (最近の)

2022-06-10

わたしは新参なのでみなさんが何を怒ってらっしゃるのかわかりませんが、 ただひとつ、最近なんとなくうっすらと感じていることがあります。 それはこのサイト外で特定の方々が仲良くなんらかの集まりや研究会や合評会を もっているような気がしております。(わたしの感じですのでそういうものがないのなら御免なさい) それはとても良いことで、気の合う仲間が集まって詩について語りあうのは素晴らしいことです。 ただですね、これは人情としてとうぜんあたりまえなので否定はしませんがそこには仲間意識ができてしまう。 そうすると仲間が投稿したものをだれかがちょっとでも批判したり、批判しなくて褒めていても 仲間内のあいだであいつは評判が悪いからといって仲間意識からその投稿者やコメントをおれもいじってやれという調子で 批判するようなことがあるのはまずい。あるとはいいませんが、わたしは最近、そういうものをなんとなく漠然と感じている。 妄想かもしれませんので申し訳ないですが、感じにすぎないので言うつもりはなかったのですが、ちょうど投稿作があったので この作品への感想としてふれておくだけですが、 仲間が出来る、それはとてもいいことですが、その仲間意識が同じ方向を向くのは人情として否定できないけど その方向から動きを受けるほうがたまったものじゃないとおもう。 同好会や合評会など、この投稿サイト外でいくらでも仲間で語り合い合評しあうのはいいけど、それがひとつの 動きになって特定の人間に集まるのはまずいとおもう。(もちろん、漠然とした空気を感じているだけで 具体的な証拠などあるわけないけど)、ちょうどいい機会なので将来的な警笛を鳴らしておきたいとおもい ここに記しておきます。 (最近の)

2022-06-10

読みましたが、むつかしい話題ですね。時間とか空間とか、わたしにはなかなか理解できない。 ただ、時間というのは物質の変化を記述しているだけじゃないかとぼんやり考えています。 ようするに「今」は永遠に「今」。つまり時間そのものは変化しない。ただ物質だけが変化する。それを 記述するのが時間ですが、それはつまり人間の脳みそによる記憶ということかもしれません。 (2020年)

2022-06-10

かなり煮詰まった現在の世界や日本の状況というものがあって その状況というのはあたりまえに働いてあたりまえに子を生んで育てるということすら 困難なところへ人を追い込んでいる。過去、江戸時代であれ鎌倉時代であれ原始時代であれ いくら貧しくてもそれはできたのに、現代ではそれができなくなっている。 べつに大衆が悪いのではなく(いや、無頓着、無関心という罪はあるけど)要は資本というものの 悪疾がいま最高度に滲み出てきて人々を冒しているということだとおもう。さて、そこでこの詩ですが そういう現代の状況があっても人々は黙って何事もなかったように歩いている。 その欺瞞とウソで糊塗された現代という時代の壁の亀裂からにじみ出てきたほんとうの声のように聞こえました。 かなり苛烈ですがほんとうの現代社会の煮詰まったところにある精神はここまで抑圧されているのだろうと考えました。 かなりきつい声です。で、だれがこれをちゃんと受け止めることができるのか。絶望です。 (〈安閑夜話〉 血走りの風)

2022-06-09

一連目の達観にはシンパシーを覚えました。 しかし、ややNHK朝の連ドラ的な心のウソにはめ込まれているような あやうさを感じたのです。が、その個人的なものの見方を ここに感想として書いていいのかどうか迷いました。 わたしは人間の暗さって大事だと思うし、明るさを押し付けてくる NHKは間違っていると思っていますので。 こんな世の中でどうやって明るさなんか保てるのかと疑問に思うし、 ケチなお金をちびちびと一生懸命握りしめている大衆も好きです。 英雄譚は嫌いです。人生はゲームじゃないしNHK的なウソの世界でも ないと思うからです。 でも、やはり一連目の達観には少し同意するものがありました。 人生も人間もそんなカンタンなものじゃないんだな、 といろいろ考えさせられました。 (許しと雨)

2022-06-09

水色の街というタイトルはなにかしらうつくしく淡いものを想起させる きれいなタイトルでした。 これだけタイトルから豊かなイメージを想起させられると 本文のほうがそれを満たす内容かどうか気になるところでしたが 宮沢賢治のようなバラの香りのする宇宙の風とかいう表現だったか、ああいうところ まではいかないにしてもなかなかにうつくしい表現があったとおもいます。 (水色の街)

2022-06-08

柳煙さま 的確なご感想だとおもいます。 ありがとうございました。 (かなたのかなたへ)

2022-06-08

てんま鱗子(揶白)さま お読み下さりありがとうございます。 (かなたのかなたへ)

2022-06-08

ああ、そうですか。はいはい。 ご返事どうもありがとう。では、失礼します。 (赤鬼)

2022-06-07

神と死について描くのに陽気も陰気も、コミック的かリアリスティックかなどないと思いますが ということですが、はて? 死を陰気に書く人もいれば陽気に書く人もいますよね。 死を重厚に描く人もいれば死をコミカルに書く人もいる。 どうしてそんな書き方が「ないと思う」い、そういうのを偏見ととらえるのあ教えて下さいませんか。 今後の参考にしたいとおもいます。 (赤鬼)

2022-06-07

死も神もこの詩のなかではコミック的で陽気であることが なにか救いなのかもしれませんね。 (赤鬼)

2022-06-07

こんにちわ おもしろいですね。ネット詩人というものがいるのかどうか知りませんが たぶんその人物は詩壇に相手にされない詩才及ばざる人か、 あるいは既存の詩壇のレベルでは理解できない天才かでしょう。 そういう天才がいてほしいと願っていますが、 個人的な感想としてはネットはそんな天才を求めているわけではなく やあ、こんにちわ、ごきげんよう程度の挨拶が交わしたいだけじゃないでしょうか。 個人的な感想ですが。 (ネット詩人A)

2022-06-07

読ませていただきました。 わたしも涙もろいのですが涙がこぼれたりすると 猛烈に恥ずかしくなります。 涙というのは気持ちのいい自己愛の変形ですが そんなことをしていていいのか、もっと気をしっかりもてよ とじぶんをなさけなく見下します。 でも涙というものがなにか真珠のように考える方がいる。 そういう涙もあるのだなとはじめてわかったような気がしました。 戦場で両親を殺された子どもの、やりばのない気持ちや もっていきようのない感情がどうしょうもなく涙というかたちで噴出する。 それを自己愛だなんていえない。いったらわたしは人でなしだ。 きょうもどこかで血と涙が大地に流れている。 どちらも永久に人類には流してほしくない。うれし涙ならいいけど。 そんなことを強く思いました。 (真珠)

2022-06-04

Comoestanuquiさん お読み下さりありがとうございます。 わたしもたぶんComoestanuquiさんとまったく同じ考えです。この世で唯一、大事なことは 「戦争反対」につきます。いままでおろそかにして生きてきたことを今ごろ悔やんでいます。 これがすべてですが、実のところ一番むつかしい問題でもある。 まず「戦争反対」を実現するにはほんとうのこと、つまり、事実を世間に明らかにしなければ ならないのですが、日本はモザイク国家です。 NHKの朝の連ドラのような、人間の裏側にモザイクをかけたきれいきれい明るい明るい面しか みせない。ポルノもそうですが、たとえばウクライナの報道では公然とユダヤのネオナチが 戦争に参加していることを称賛して伝えているが、こういうことはNHKも朝日も隠してしまう。 つまり報道規制、表現規制国家です。そしてほんとうのことを書くとコメントでも異常者扱いされる。 まったく真実が隠蔽されたとんでもない状況で、そういう状況を肯定するやつらに限って「戦争反対」などと うわっつらで叫んでいる。 「戦争反対」とNHKも朝日も書くが全部ウソです。ほんとうに「戦争反対」である立場は今日、だれからも かえりみられない少数派で狂人扱いされる時代です。 ああ、いやだいやだと思うけど、そういう状況に埋没している人間が「おれは健全」だと自慢している。 なんか若い人たちにとってはもうトラップにかかったネズミのようなものでしょうね。 心からなんとかなることを祈っているのですが。 希望は少しずつ大富豪のなかに今の状態はよくないと覚醒してきた存在がいることかな。 イーロン・マスクはツィッターを買収しょうとして米国のユダヤ資本や政府から急に嫌がらせを 受けはじめた。さて、どこまで世界は狂気から目覚めるか、それだけですね、祈ることは。 日本人なんかもう9割がたはキチガイですよ。去勢されたおとなしいキチガイです。笑 (かなたのかなたへ)

2022-06-03

投稿作品に対する非難、批判は大いに歓迎するが、 投稿者に対しておまえ異常だろみたいなコメントは作品批評でも なんでもない。 そもそも異常者からもいい作品が生まれるし、 健常者からも退屈な作品がつくられる。 異常者か正常であるかは作品批評とは関係ない。 三浦さんのコメントはただたんに投稿者を小馬鹿にしているだけだ。 わたしからみればこういうコメントをするほうがおかしい。 今後はこういう文学とは関係のない話はいっさいお断りする。 (かなたのかなたへ)

2022-06-01

なんでいつもからんでくるのか知らないが、 おまえは異常だなんていうコメントをされてもなあ。笑 もういいからパスしてくれよ、めんどくさいんだ、わかりもしないやつに 説明するのが。 (かなたのかなたへ)

2022-06-01

三浦さんにへの返信に誤記がありました 訂正 三浦さんは文学や詩のことがわかってるとは以前から思っていましたが ↓ 三浦さんは文学や詩のことがわかってるとは以前から思ってませんでしたが (かなたのかなたへ)

2022-06-01

お読み下さりありがとうございます。 ほんとうにちゃんと読んで下さっていれば そういう疑問にも答えていると思うのですが。 要するに生まれつきの哲学者というと語弊があるけど 生まれつきの観察者というものはいるんです。 世間のあらゆることには不用な人間で、不器用で、無能で まったく役に立たないけどだれも見もしないし考えもしない 無益なことを生まれつき観察しているしか能のない人間。 そういう存在のこと、わからないのかなあ? 文学に関わっているのなら 詩人だの作家だのってそういう無益な存在だってこと知って関わってるんじゃないの? 三浦さん、そもそも文学とか哲学とか批評てものに係わる人間の 無能、無益、無用ってものがまったくわかっていなのでしょうね。 失礼ながら健全とか健全でないとか、まったく馬鹿げた質問でしょ。 てか、三浦さんは文学や詩のことがわかってるとは以前から思っていましたが 健全な生活したかったらわたしなんかに関わらないほうがいいよ。笑 (かなたのかなたへ)

2022-06-01

かなりシュールな作風ですが、 なんかかもめが飛ぶ港町の原風景のようなものが浮かんできました。 そういう意味ではちっともシュールではなく写実的なイメージを呼びこむのですが とはいえ、かなりシュールなことはシュールだ。 これがどんな作風に結実するのだろう。あるいは試作なのか、いずれにせよ、 シュールすぎる。 (鳥の卵)

2022-05-29

こんばんわ なぜ生きるのかなんて問い詰める人っていやですね。 わたしは子供の頃からわかりもしないくせに哲学思想書が好きで ずいぶん読んできましたがどの思想家も哲学者も他人に対して なぜ生きるのかなって問い詰める人はひとりもいませんでした。 みな、ひらすら己の求めるところのものを明らかにするために熱中した その言葉を書いていた。他人のことをあれやこれや詮索して非難するような 思想家哲学者は皆無でした。 ただ最近になってほんとにいやな自称思想家が出てきた。内田樹という自称 思想家です。この方の書物はすべてただひとつのことで塗りつぶされている。 「おれは正しい。おまえは間違っている。おまえはだめだ。おまえは人でなしだ」 全部こうです。つまり他人の揚げ足ばかりをとっている。そして「どうせ死ぬのに なぜ生きる」などと他人を脅かしている。わたしはこういう輩はいっさい相手にしませんが 若い人たちはこんな人たちにけっこうやられている。 他人に対してなんで生きているなんていう輩は相手にしてはいけません。 わたしはそういう御仁は哲学者とも思想家とも思っておりません。別の何かです。 (なぜ生きているのか)

2022-05-28

わたしなりに現代の底なしの時代を感じました。 (変転)

2022-05-27

こんにちわ、なにかしら若い精神の躍動のようなものがあって 好ましく思えました。 (投げるよ)

2022-05-27

最近、哲学的な詩の投稿が連投されていて、この作品にも なにかしら深いものを感じました。具体的にこうとはいえませんが なにかしら無形のポエジーというか哲学を感じました。 (雨の新訳)

2022-05-27

こんにちわ、 すこし哲学的なことを考えさせる深いものを感じました。 (二重線)

2022-05-27

こんにちわ。 読ませて頂きました。センスのないわたしにはちょっとわからないところもありましたが なにかしらもやもやとわかるような気がしました。 (借金をしている。)

2022-05-27

絵にもポエムが宿っているから このようなものもここではありなのが面白い。 これもアートには違いないのだがいわゆる絵画やイラストとは ちょっとわたし個人の印象が違う。 ダジャレではないのだがこの絵は「印章」という感じがしました。 「壁画」といってもいいけど、やはり「印章」かな。 「印章」というのはたとえば記念切手などのマークアートのことですが この絵にはそういうスタンプのようなものを感じました。 これがもしどこかの家の窓に戦火の煙のようなもので小さくあれば 「印章」にはなりえない。それはまごうことなくリアルな「絵画」になる。 でも「印章」が悪いというのではない。「絵画」がいいというのでもない。 これは「印章」であると感じた、ただそれだけのことで、 アートとして素晴らしいものであることにはかわりないと思っています。 (放浪する音楽)

2022-05-20

読ませていただきました。 これはおそらく背景にロシアのウクライナ侵攻作戦があると思います。 おそらく筆者だけでなく日本国民も米国もそれからEUやアジア諸国のすべての 人々もいったいウクライナで何が起きているか、まったく知らないのだろうと 推測されます。 朝から晩までデマとフェイクとウソを平然と流し続けるマスコミの言説を そのまま信じて書けばこのような詩になるのではないかとわたしなりに想像しました。 ロシアへ愛をこめてというのはおそらくロシア政権よ愛を忘れるなという皮肉でしょう。 しかしこの皮肉はまったく方向が逆じゃないかとわたしには思われます。 かといっても何も知らない人たちがそういうからといって だれも非難や批判はできないでしょう。何が起きているかわかっている人は世界でも ごく少数なのでしょうから。無理をいっても仕方ないなあという感慨がこの詩から うけた感想です。 (ロシアへ愛を込めて)

2022-05-15

 わたしがこれまでについた職業 陶芸職人見習い 温度計工場工員 写真印刷社レタッチマン 鉄工所職工 割烹料理店板前見習い パチンコ店員 土木会社運転助手 重機オペレーター サンドイッチマン 某私立大学財務部臨時職員 有名映画会社正社員 ヌード劇場照明係 新宿に基点を置く暴力団準構成員 焼き鳥屋─中国料理店 ─大衆食堂etc飲食業10種あまり 日雇い労働者 ホームレス 総会屋 ガードマン 屠殺場でのバイト 港湾労働 デートクラブのちらし配り 高層マンション管理人 銀座多目的ビルの冷暖房管理者 ソープランドのボイラーマン 記念切手蒐集売買 新聞配達員 売春クラブ経営 ストリプ嬢のヒモ テキヤ(露天商)......etc ホームレスが職業かどうかはともかく、 さっと今思いつくだけでこんなものですが、正直ろくでもないことしか してこなかったのだけど、わたしたちをとりまく世界のほんの一部でしか ないけれど、そこに存在する人や物を立体としてとらえることができたような 気がしている。その感覚が今の日本人の幼稚で単調な世界認識や生の感覚から 徹底的にズレていることがわたしの一番の問題である。 (B-REVIEW 5月のお題詩「生命」)

2022-05-13

1000は打ち間違いでした。 100の間違いです。 ヌード劇場の照明係から東宝の社員、 ヤクザの準構成員、駒澤大学職員、 文筆業、 その他、ほぼあらゆる職業を転々としてきました。 数えると100近い、いやそれ以上になります。 そこで知ったことはやさしさってのは他者の苦しみ を自分も同じように味わうことからしか生まれないてこと。 本からやさしさが生まれたようにみえてもその本から 学んだやさしさはむしろ人殺しにつながるってことです。 (B-REVIEW 5月のお題詩「生命」)

2022-05-13

  何も知らない人たち わたしが1000以上の職業を転々としてきたのは もちろんおのれの不甲斐なさもあるのだろうが 心の中では世界を知るためだったといえる 牛殺しもやった そんなことを信じられる人がいるだろうか 日本最大の 品川にある甲子園球場のような広さの屠殺場で 朝早くから働き 牛を殺してきた 命がけの仕事だった 毎日が血まみれだった その事実を書いたところでこうやって 何も知らない人たちから 何もそこから汲み取れないひとたちから 敬意を払えと 敬意?  世界も生命もそんなレベルの 幼稚な話じゃないのだ 文学とはそんなレベルの話じゃないのだ といったところで しょせん 何も知らない人たちからは そのレベルでしか読まれないし 語られないのだろう ああ 牛よ おまえとダンスした日々を だれが知ろう (B-REVIEW 5月のお題詩「生命」)

2022-05-13

牛とダンスを 朝っぱらから血のプールのポンプ修理など あとまわしだと 今朝、職長はいった きれいな音楽など流れない ダンス場 それがわたしの職場です ここには 毎朝どこかで悲鳴が満ちている わたしは 引き立てられてきた牛のつらを 本気で抱きしめる 牛の目は上目遣いに濡れて やさしくわたしをみている  お互いの信頼が一番だ校長先生の言葉 眉間に鉄のミノをあててハンマーでどつくと 600キロの体重が前のめりに倒れる すぐに後足も震えだす いやといったらテコでも動かない 牛のやつの口から泡が噴き出して それでもまだわたしをやさしく見上げている重鈍な信頼 二撃目のハンマーの手元が狂い 牛の神経のいらぬところにミノが突き刺ささると いきなり 前足を起点にして体重もろとも後脚が跳び上がり 逆立った 憤怒の表情の牛の顔が 迫ってくる その牛の前足を手にとって鎮めようとしても ダンスはとまらない わたしたちは踊りだす 即興のステップを踏んで 牛の脳神経の暴走に わたしはアドリブで返す アップテンポのめちゃくちゃな踊りが 空をとぶ 頼むから鎮まれよ肉、 おいしい肉よ さようなら これでお別れだ きみはきれいな包装紙に包まれて 世に送り出される 愛情いっぱいに育てました 贈答品にはそう書かれているだろう きれいな音楽など流れないわたしの職場 いやだけどそれがわたしの仕事だ (B-REVIEW 5月のお題詩「生命」)

2022-05-12

柳煙さん お読み下さり感謝です。 jazzなんてもう何十年も聴いてませんが ピアノの連弾、それもまったく自在なアドリブだけの 連弾を聴いてにわかにjazzのよさを思い出しました。 あんなふうに詩も書けたらどんなにうれしいかと思うけど といったことろでわたしにはそもそも正規の詩も書けないのだから。 (といったところで)

2022-05-10

鷹枕可さん ささやかな好評をいただき光栄に存じます。 お読み下さりありがとうございました。 (といったところで)

2022-05-10

お読み下さりありがとうございます。 おっしゃるとおり、定年の諦念からしばらく何も書く気や読む気持ちに なれませんでした。 そんなときに若い天才的ピアニストたちの自由奔放な ジャムセッション(連弾)を聴いて、少し気持ちが動きました。 もともと破調、乱調の詩もどきを書いてましたが かれらのようにもっと崩してもいいのじゃないか。 いっさいの制約にとらわれず──。詩のかたちみたいなものに うんざりしていた矢先なので、勇気を得たような気になり アドリブでデタラメをさっと書いて投稿させていただきました。 (といったところで)

2022-05-10

こんにちわ。 ドラマチックでした。 わたしはこういう ドマラを感じさせるものが好きな傾向があります。 最近はどうも詩からドラマが失われつつあるような 気がします。時代なのかな。 (春のメルヘン)

2022-05-09

てんまさん、何か誤解をされてませんか? わたしはただこの絵に関心をもった経緯を書いただけで、 あなたに何も知らせてませんが? 知らせなくともこのサイトの玄関に書いてあることですよね。 それを見て絵に関心をもっただけです。わたしは作品に関心があるだけです。 「嬉しくありません」ということですが、 わたしのうほうも意味不明な不快感を表明されてまったく不愉快です。まして 「そういう仲」って何ですか? コメントをすることがあなた個人との「そういう仲」 になるのですか? なにか一方的に考えすぎじゃないですか? コメントされるのが嫌というのなら今後は控えますが。 (芝生に入るべからず Keep off the grass.)

2022-04-19

すみません。ここへ来てまだ日が浅いものですから 他の作品はまだ読んでおりませんでした。 これから読んでみようと想います。失礼しました。 (共鳴する棘)

2022-04-18

面白かったです。 とくに語り手が理想的な歌姫浅貴椿と運命的な邂逅をするまでの流れは 水底を映してさらさらと流れる小川のような美しさで物語が進んでいき とても自然に読んでいけました。 感想はここまでで、以下は余談ですのでご勘弁を。 歌声というのは小説にも書かれていたとおり 身体すべてがひとつの楽器になりそこから響き出るものだから、 理想的な声はひとつの奇跡、神秘ですらある。 その奇跡のドラマがどう展開するかわくわくして読んだのですが、 一般的な小説雑誌の編集者がもしわたしなら、もう少しドラマとしての 落差を求めたかもしれません。 つまり人間の声の神秘性、奇跡のような出来事をもっと強く訴えるために 歌姫浅貴椿を社会的な評価の埒外に置いて、根暗でそれほど顔もいいわけではなく 人付き合いが嫌いで、家にこもっているタイプに設定する。 だからこそ、その歌声が人間への社会的評価というものを根底から覆すドラマが生まれる。 語り手との友情と確執も顕在化する。 わたしの好みとしてはこういう設定だったらドラマとしては、面白さが一層際立ったような 気がしました。勝手な好みを追記して申し訳ありません。 でも、わたしはめったに小説読みませんが、最初から一気に読ませるものがありました。 なぜかわかりませんが、多分、魅力があったのでしょう。 失礼しました。 (共鳴する棘)

2022-04-18

いつまで詭弁を弄しているんです? いい加減にしてくださいよ。stさんは有名無名の区別をしているだけじゃないでしょ? そんなこともわかりませんか? それに「読み落としていた」って^^  冒頭から読んでいけば嫌でも目につく重大な ネット投稿者詩人への侮蔑でしょ。 何を言ってるのかなと最初は思っていたが、やはり田中さんは外部が見えていない。 机上の世界の文言集を集めるのは上手だが、リアルな世界については何も見えていない。 じぶんに都合のいい世界しか切り取ろうとしない。 つまり精神は幼児の世界にいたままなんです。 そんな人が書く詩もまた幼児的な純粋性をもっているけど、しょせんそれは外部世界をしらない 机上のファンタジーでしかない。でもそれなりの評価をする人はいると思う。 しかしじぶんの都合のいい世界しか切り取れないひとはわたしには埒外の世界の人だ。 リアルな世界や人間については何も知る術をもたないとしか思えませんね。 その調子でこれからもご活躍下さい。わたしにはまったくもう無用の、 だれかさんのいうようにネット詩人差別を平然と無自覚に行う方であるとしても。 ( 『びしょ濡れアリスちゃん』を読む)

2022-04-18

2022年4月16日の【お知らせ】画像・映像投稿規準に関して を読んで初めてあの画像がビーレビのふつうの芸術的な画像だと思っていたから 投稿されたものと知って再度見ました。かなり芸術性の高い感性のものだと思われます。 わたしは子供の頃から絵を描いていました。だからといって絵画の鑑賞能力はまったくないのですが それでも、なんとなくいいなあと想いました。弾けてます。 すみません、詩本文のほうはわたしには難しくて未だに読解の途上です。 (芝生に入るべからず Keep off the grass.)

2022-04-17

>ぼくが直接、ネット詩を差別した証拠とやらを提示してください。 はい、これで直接ネット詩を差別した証拠の一丁あがりです。^^ ( 『びしょ濡れアリスちゃん』を読む)

2022-04-17

有名な詩人は難しい漢字を使ってもいいが 無名のネット詩人は難しい漢字を使うなというstさんの無名詩人侮蔑に同意なのなら わたしに文句をいうことないじゃないですか。^^ ( 『びしょ濡れアリスちゃん』を読む)

2022-04-17

早速対処していただきありがとうございます。 感謝です。 (続 グッド・バイ)

2022-04-17

わたしが辞書を引かなければわからないような 難しい漢字のタイトル詩をビーレビに投稿したのが以下の期日。  『眤月』  2022-01-14 「有名な詩人」でないネット詩人が難しい漢字を使うことを糞扱いに した散文が現代詩フォーラムに投稿されたのが以下の期日。  『あらたな詩小説の世界』  22-1-20 内容を再掲すると以下のごとき  最近やたら難しい漢字を使った詩が多い。いちいち検索するのも面倒なので  、そんなものはスキップする。いったいこれらの詩の作者たちは何様なのだ  ろうか。有名な詩人のものなら、そんな手間をかけても読む価値があるだろ  うが、できるだけ大勢の人たちに読んでもらいたいなら、調べなければなら  ないような漢字などは使わない方がよいだろう。 下手な詩人は難しい漢字を使うなというのならまだもしだが、 明らかにstさんは「有名な詩人」なら難しい漢字を使ってもいいが そうでない投稿者は難しい漢字を使うなといっている。 しかもわたしの抗議で消した部分では無名の投稿者を糞扱いしていた。 しかし、無名だろうが有名だろうが難しい漢字を使うのは必然があるからで 有名無名は関係ない。明らかにこれは無名のネット投稿者への侮蔑です。 「眤月」という難しい漢字のタイトルを使った直後だったので 余計にわたしはその下劣な差別意識に不快感をもった。 その投稿を田中広輔さんが賛同しておられた。わたしからみれば田中さんが無名の 投稿者を糞扱いするstさんの散文に賛同したことでstさんの侮蔑思想は再生産された と認識するのは当然。 これのどこがおかしいのでしょうか? ( 『びしょ濡れアリスちゃん』を読む)

2022-04-17

もう書いてますよ。 ほんとにあなたは人の痛みがわからない人ですね。 あなたの中に他者はない。それがようくわかりました。 ( 『びしょ濡れアリスちゃん』を読む)

2022-04-17

議論にそって田中さんは何一つ応えてないじゃないですか。 田中さんがもってきた「議論」は「わたしはネット詩人を差別していない」というものでした。 これが議論の端緒です。 それに対してわたしはあなたがstさんのネット詩人差別に賛同していたと指摘しました。 これが議論の流れです。 それに対して田中さんはやはり何も答えず、話をstさんの投稿全般がまっとうだという話に 方向を変えました。わたしはそんなことを議論していたのではないのです。 だから、話をそらすなといったのです。わかりませんか? この道理がわからないのなら、もう相手はしませんよ。荒らし扱いとして対応します。 ( 『びしょ濡れアリスちゃん』を読む)

2022-04-17

田中さん、議論にそって話をしないその態度は 十分に傲慢で不遜ですよ。小馬鹿にしているのでしょうが、 もういいから失せてはどうです? わたしはあなたには一切の関心も興味もないのですが。 ご理解下さい。 ( 『びしょ濡れアリスちゃん』を読む)

2022-04-17

田中さん、話をそらさないでください。 ( 『びしょ濡れアリスちゃん』を読む)

2022-04-17

お世話になっております。 ところでコメントとは関係ないのですが、フォーラムにコメントしても わたしのコメントだけ反映されません。 すべてのスレッドでコメントが無効になっています。 何か制限を受けたのでしょうか? (続 グッド・バイ)

2022-04-17

湖湖さん、目立たなかったけれど一番書きたかった小さな部分に 注目して下さりありがとうございます。 ( 『びしょ濡れアリスちゃん』を読む)

2022-04-17

田中さん、なにを詭弁を弄しているのんですか? stさんは投稿散文の中ではっきりと「有名な詩人」と、そうでない詩人という弁別をしている。 しかもネット投稿板でそういう弁別をしているじゃないですか。 あれは、あなたが詭弁を弄するような「ある傾向をもった作品」について書いた散文ではない。 「ある傾向をもった作品」についての散文ではなくその「ある傾向(難しい漢字を使う傾向)」を許容する ことができる資格について書いた作品です。 「有名な詩人」だけ難しい漢字を使ってもいいといっているのです。明らかに「有名な詩人」 ではない無名な詩人を差別している。それすらわかりませんか? そのことをどうして認めないのですか?  >わたくしが問題としているのは、........... って、田中さんは仰るが、無名詩人が多いネット上でその無名詩人にだけ難しい漢字を使うなと罵倒したstさんを称賛された。 わたしが批判したので糞扱いの文言をしている後半部をstさんは削除されたようですが、それにしてもひどい差別だった。 ふつうの神経では考えられない内容だった。その散文に田中さんは無批判にポイントを入れ称賛していた。 とうぜん、stさんの主張を認めたと思われることは考えないのですか? わたしが今回の投稿作品で問題にしたのはあなたのそういう他者性のない芸術至上主義的な傲慢さです。 その傲慢さを問題にしたとしても非難したのではなく、わたしにはもういっさいの関心や興味をもたせない詩人だと考えさせられる 理由を書いただけです。ちゃんと読んで下さい。 ( 『びしょ濡れアリスちゃん』を読む)

2022-04-17

stさんがネット詩人を侮蔑した投稿の冒頭は以下のものです。 わたしが注意したので後半をほとんど削られたようですが、それでも冒頭には 次のような発言がある。  最近やたら難しい漢字を使った詩が多い。いちいち検索するのも面倒なので  、そんなものはスキップする。いったいこれらの詩の作者たちは何様なのだ  ろうか。有名な詩人のものなら、そんな手間をかけても読む価値があるだろ  うが、できるだけ大勢の人たちに読んでもらいたいなら、調べなければなら  ないような漢字などは使わない方がよいだろう。そんな中で、必ず読ませる  作品がある。田中宏輔氏の詩の日めくりだ。 https://po-m.com/forum/showdoc.php?did=368783 この投稿に対して田中広輔さんはポイントを付けた上で 次のようなコメントを寄せられている。  拙作についてご批評くださり、ありがとうございました。たいへんうれしゅうございました。 田中さんはわたしに  わたくしがネット詩人(というものはいないというのが私見ですが)を卑しめたといった嘘を  広められてはかなわないなということ、ただそれだけです。 と書いてこられたが 田中さんは、ネット詩人を卑しめている散文によろこばれているじゃないですか。 もちろん、その事はわたしの投稿にはいっさい書いてないし、そのことを問題にもしてなかった。 しかしあなたがわたしに「ネット詩人を卑しめているとウソを」などとおかしなことを書いたから、 それは違うでしょと、事実を出してきたわけです。 くり返しますが田中さんがstさんに感謝するのは勝手だしこの散文ではそれを云々していない。 あえてこのことを指摘したのはあなたのコメントに他者性がないから、自分への評価だけしかみていない その傍証にもなるとおもったから、現フォの例を出したのです。 もうこの話はやめられてほうがいい。やぶ蛇になるだけです。 ( 『びしょ濡れアリスちゃん』を読む)

2022-04-16

それはいう相手が違う。ぜんぜん方向違いです。 あなたはstさんに一生懸命ポイント入れてるけど、かれは現代詩フォーラムの散文で有名詩人以外の ネット投稿者は糞のくせに難しい漢字を使うなとはっきり書いている。これこそがネット詩人を卑しめているわけでしょ。 わたしはすぐにそれはネット詩人差別につながるとコメントした。少しだけ訂正したようだけど、それでも主旨は シロウトのネット詩人ごときが難しい漢字を使うなというものだった。そのstさんに、あなた、ポイント入れてらっしゃる。 あなたご自身こそがそういう偏見をもつ人を認めてるじゃないですか。そんなことをしておいて わたしにいうのはまったくのお門違いです。ていうか、あなたがstさんのネット詩人差別を認めていることの傍証といわれても 仕方ないですよ? ( 『びしょ濡れアリスちゃん』を読む)

2022-04-16

stさんがネット詩人を侮蔑した投稿の冒頭は以下のものです。 わたしが注意したので後半をほとんど削られたようですが、それでも冒頭には 次のような発言がある。  最近やたら難しい漢字を使った詩が多い。いちいち検索するのも面倒なので  、そんなものはスキップする。いったいこれらの詩の作者たちは何様なのだ  ろうか。有名な詩人のものなら、そんな手間をかけても読む価値があるだろ  うが、できるだけ大勢の人たちに読んでもらいたいなら、調べなければなら  ないような漢字などは使わない方がよいだろう。そんな中で、必ず読ませる  作品がある。田中宏輔氏の詩の日めくりだ。 https://po-m.com/forum/showdoc.php?did=368783 この投稿に対して田中広輔さんはポイントを付けた上で 次のようなコメントを寄せられている。  拙作についてご批評くださり、ありがとうございました。たいへんうれしゅうございました。 田中さんはわたしに  わたくしがネット詩人(というものはいないというのが私見ですが)を卑しめたといった嘘を  広められてはかなわないなということ、ただそれだけです。 と書いてこられたが 田中さんは、ネット詩人を卑しめている散文によろこばれているじゃないですか。 もちろん、その事はわたしの投稿にはいっさい書いてないし、そのことを問題にもしてなかった。 しかしあなたがわたしに「ネット詩人を卑しめているとウソを」などとおかしなことを書いたから、 それは違うでしょと、事実を出してきたわけです。 くり返しますが田中さんがstさんに感謝するのは勝手だしこの散文ではそれを云々していない。 あえてこのことを指摘したのはあなたのコメントに他者性がないから、自分への評価だけしかみていない その傍証にもなるとおもったから、現フォの例を出したのです。 もうこの話はやめられてほうがいい。やぶ蛇になるだけです。 ( 『びしょ濡れアリスちゃん』を読む)

2022-04-16

それはいう相手が違う。ぜんぜん方向違いです。 あなたはstさんに一生懸命ポイント入れてるけど、かれは現代詩フォーラムの散文で有名詩人以外の ネット投稿者は糞のくせに難しい漢字を使うなとはっきり書いている。これこそがネット詩人を卑しめているわけでしょ。 わたしはすぐにそれはネット詩人差別につながるとコメントした。少しだけ訂正したようだけど、それでも主旨は シロウトのネット詩人ごときが難しい漢字を使うなというものだった。そのstさんに、あなた、ポイント入れてらっしゃる。 あなたご自身こそがそういう偏見をもつ人を認めてるじゃないですか。そんなことをしておいて わたしにいうのはまったくのお門違いです。ていうか、あなたがstさんのネット詩人差別を認めていることの傍証といわれても 仕方ないですよ? ( 『びしょ濡れアリスちゃん』を読む)

2022-04-16

田中さんが指摘したようなことについては、わたしはこの雑文では何も書いておりません。 むしろ仮にそうだったと仮定してもむしろ田中さんを擁護しています。 わたしが田中さんについて書いたことはひとつ。芸術至上主義者にありがちな傾向性として 他者のなさからくる、他者への傲慢があると指摘した部分でしょう。 わたしが愛知トリエンナーレ展で昭和天皇の写真をバーナーで焼いて 踏みにじる動画を批判したことはご存知だと想います。 このビーレビにも愛知トリエンナーレ展を批判した雑文を投稿しました。 これはどうしてかというと天皇一家の方々はまだ生きているわけです。 別に天皇ちゃんなんかどうでもいいのですが、一人の人間としてその存在や 生命を尊重しない態度は最底辺の人間をおも尊重しないのと同じ態度です。 主義主張なんか関係ないです。一人の人間としてみた場合、その存在や 生命はまったく同じです。そういう意識があれば天皇も乞食も同じです。 天皇だからといって まだご家族もおられるのにその写真をバーナーで焼いて踏みにじるという行為は あきらかに政治的意図をもっているわけで、その政治的意図が芸術性を 損なっていると考えるのは、普通の生活者ならとうぜんの感想です。 いくらその動画が芸術として優れていても、ふつうの感性があれば受け入れられ ないこともあるわけです。 つまり他者を無視した芸術至上主義はそういう人には容認されないでしょう。 そういう他者の存在を認めることは大事だとおもいます。 ところがあなたは現代詩フォーラムに上げた「日記」で、天皇を燃やす写真の 芸術性を理解できない人を小馬鹿にしていた。その芸術性を理解できない人に 首をかしげていた。 わたしはそういう感想は傲慢だと感じました。 仮にある人がその芸術性をわかっていても、人間の存在を 否定するような政治性があればとうぜん、芸術を受け取る際に否定性が入ってきて 当然でしょ。あなたにはそれが理解できない。わたしはあなたには他者が存在しないの だなとすぐにわかった。ある意味、芸術至上主義者なんでしょう。それはそれでいい。 しかし他者性のない人間は未熟な人間です。そういう人の書いたものがいかほど 面白くともわたしはそんなものは芸術とは認めません。精神の未熟なひとの作品は やはりトータルには貧弱です。貧弱だけならいいのですが、その考えが人の存在を 脅かすことになる可能性もある。本人が知らなくとも。 だからわたしは田中さんにはまったく興味も関心も失ったと書いたのです。 これは今後とも変わりません。 わたしごときが一切の関心も興味も失ったところで、田中さんにはたくさんの 支持者も理解者もおられるのですから屁でもないでしょう。 しかし、中田さんがいったようにそういう姿勢が傲慢であることもまた事実です。 この考えは今後とも変わりません。 ( 『びしょ濡れアリスちゃん』を読む)

2022-04-15

どうも。 ほんとうにお世話ばかりかけます。 ありがとうございました。 ご指摘のマナー、ルールー等念頭に置いて 投稿や感想をさせて頂きます。 (続 グッド・バイ)

2022-04-15

運営なら感想欄で書かせずにフォーラムに誘導するのがふつうでしょ。 ここで荒らしを助長してどうするんですか。まったく信頼性がおけないですよ。 (続 グッド・バイ)

2022-04-14

仁川路 朱鳥さん わたしはこの投稿作品書くのに丸一日潰してるんです。必死です。汗かいて 投稿してます。その作品を守る気がないのなら運営やめたらどうですか? だれが一輪車だのなんだの、それって感想に関係ないでしょ。 常々、運営の方には感謝している旨、表明していましたが、これじゃどうにもならんでしょ。 (続 グッド・バイ)

2022-04-14

仁川路 朱鳥さん >室町礼さんと一輪車さん(ビーレビユーザーではないようですが)の間に『誰の目で見ても明らかな』共通点はありますでしょうか? って、^^ そもそも作品の感想欄でそんな話題すること自体おかしいでしょ? 運営なのにわかりませんか?^^ あ、返事はいいです。なにも期待してませんから。^^ (続 グッド・バイ)

2022-04-14

三浦さん、本来わたしがやるべきことですが、心配してくださってすみません。 春先ですからこういう心の病の方は出てくると思うんです。 それと運営も甘いですよね、対応が。わたしはもういっさい匙を投げてます。 ですから三浦さんには感謝していますが、病んだ方を相手にしても意味がないような 気がしますので、放置しておけばいいと想います。 こんな荒らしが歴然としていながら運営は「今後●●」だのとお茶を濁している。^^ 病んだ方も運営さんもどうぞご自由にとしかいいようがありませんね。 (続 グッド・バイ)

2022-04-14

Inflated like a bra The outer skin of the bread Brilliant morning Beautiful scent Join hands at the beginning of a bright day Bring bread to your mouth Apply butter With bacon in between ブラのようにふくらんでいる パンの外皮は うつくしい朝の 奇跡のような香り 輝かしい一日のはじまりに手をあわせ パンを口に運ぶ バターを塗り ベーコンをはさんで (B-REVIEW 4月のお題詩「B」)

2022-04-13

三浦さん、わたしに代わり注意をうながして下さり恐縮です。 運営が許しいているようなのでわたしはいっさい放置しています。 これが現在の運営のレベルだとおもっています。 (続 グッド・バイ)

2022-04-13

三浦さん、お読み下さりありがとうございます。 太宰の未完の遺作『グッド・バイ』の続編を書きたいと思っていたのですが あの小説は太宰の神経が酒に侵されていたせいだと想像するのですが、 集中力を欠き、バラバラで、マンガのようなセリフ回しがあって、おそらくやけくそで 書いていたとみていました。ですから、この劣化した太宰の文体を真似ることが ずっとできなかったのですが、今日は二日酔いで頭がぼうっとしており、ちょうどいいとばかり そのままぱっと書いてみました。でもやはり後半からわたしのハードボイルド風の 文体になってしまいました。 お読み下さりありがとうございます。 (続 グッド・バイ)

2022-04-10

訂正 上から七行目 「早苗は薬を飲んで今眠ったばかりだ」→「ケイ子は薬を飲んで今眠ったばかりだ」 今日一日で書いた物語なのでかなり荒いですがご容赦。 (続 グッド・バイ)

2022-04-10

壊れたセカイで 壊れた僕らは 矛盾を許せ無かった 矛盾した僕ら この連、胸に響くものがありました。 (milk mm)

2022-04-10

おはようございます。 黒髪さんだから忌憚なく感想が述べられる安心感がある。 つまりわたしは黒髪さんにはコメントを誤解されないと信じている。 あるいはひょっとすると黒髪さんはだれより 心が広く自由であるのだろう。それにわたしがかってに甘えているのかもしれない。 コメントすることにこんなに制限を覚えないですむ方もすくない。 みながこうであってくれればありがたいのだがそうもいかない。 さて作品への感想ですがいい意味での便所の落書きのようなものだと思っています。 何も考えないですむような内容ですし、また、何の意味もないと思います。 いい意味で。 (言葉の自由)

2022-04-10

おはようございます。 ほのぼのとした家族の小日常の一コマにふんふんとうなずきました。 ただ、鈍いわたしには何が残酷なのかもうひとつよくわからない。 生理という自然が自然に育まれて現象したことはむしろよろこばしいのではないか、 そんなことを考えました。 (他言無用)

2022-04-08

おやおや。 わたしに一度ならず二度も憎悪に満ちたコメントをされたのは 天才鷹枕可さまのほうでございますが、ご自身が嫌な相手からコメントされることが どれほど不快であるか、ご自覚なさったなら、 いさぎよく相手に謝罪すべきではないかと存じます。 もっともわたしは天才鷹枕可さまを憎悪などしておらず、ただただ称賛しておる ばかりです。 眼からうろこを落として、わたしの賛辞をよくお読み下さるようお願いもうしあげます。 (華燭の茎_膠と絵筆)

2022-04-07

いつも拙作にゆえなき憎悪と偏執のコメントをつけてくださる 天才詩人鷹枕可さまに、小生もお礼のしるしにつたない読後感など。 孟子曰、 人不可以無恥。無恥之恥、無恥矣。 再孟子曰 人不可以無恥 (埋葬、汀にて)

2022-04-07

鷹枕可さま 読み込んでみましたが >凡そ私の書き得るものは、所詮自涜の塵芥に過ぎぬ 読めば読むほどそんなことはありませんよ。 これはすばらしい暗黒芸術の一分野です。 修辞塗れ、核心が、目的がないとおっしゃるが それは読むものがみつければいい。 憎悪の爆発です。鷹枕可さまの心の底に溜まり溜まった 黒黒とした対象のない憤怒が、相手を探して浮遊し、 妄想のなかでわたしの投稿に敵意を抱き、糞便のような憎悪をぶちまける。 その大本にあるのがこの詩ではないでしょうか。 むかし暗黒舞踏というものがありましたが、憎悪と憤怒のはけ口としての 暗黒詩。こんなものはみたことがありません。 もっと多くの人がこのブラックポエムを評価すべきです。 感動のあまり思うがまま書き留めましたがご容赦。 これからもその狂気のような怒涛のような溜まり溜まった 劣等感と憤怒をぶちまけてください。ただし、わたしの投稿作は天才鷹枕可さまの 糞便のような憎悪を吐き出す対象ではございません。 今後はおてやわらかにお願い申し上げる次第です。 世に隠れた天才ポエマー鷹枕可バンザイ。^^ (華燭の茎_膠と絵筆)

2022-04-07

鷹枕可さま いや、二度と読みたくないと申しましたが 一度読んでみて不思議なことに、時間がたつごとに大変興味が湧いてまいりました。 これは一度批評に挑戦してみたくなる世紀の奇書です。 この詩を翫味して批評にあげてみたくなりました。 これだけのものをネットの隅に埋もれさせるのは惜しい。 フリークホラーポエムの傑作です。浮遊する憎悪がだれかれなく 憑依をもとめてめらめらと燃えている。すごいです。 ここでの投稿回数は使い果たしてしまったので仕方なく 近日、現代詩フォーラムに上梓しますので、どうか ご期待ください。 (華燭の茎_膠と絵筆)

2022-04-06

こんにちわ。 いつもわたしにコメントを下さっているのに読んだことも コメントしたこともないことを少し申し訳なく思っておりました。 素直にいいますと投稿者さんのファンではないのですが、 いわば義務的な返礼としてといっては失礼ですが正直な感想をさせていただきます。 うそいつわりのない読後感をもうしますと、やはりちょっと気持ち悪い。^^ ひとつひとつの行の独特の表現が不気味です。 むかし、学校の薄暗い標本室で アルコール漬けの胎児やガイコツの標本をみたときのような ぞっとする陰湿な憎悪や 深刻なコンプレックス、凄惨な恨みのようなものが 行間に漂っていて、それが何の脈絡もなくどこへでもとんでいって付着しそうでもある。 詩の分野にもしもホラー詩の分野があれば、これはまさしくダントツで大賞を受賞するでしょう。 わたしはあまり読みたくもありませんが、こういう詩を愛読するファンも 多数いると思います。そういう意味では詩の世界において特記すべきホラーチャンピオンでしょう。 いつか必ずこの、光の差さない、蜘蛛の巣の張ったような湿った地下の密室に散乱する、 首の外れたマネキンやネズミの死骸、若き女性のアンネの血が染みた脱脂綿、暖炉にくべた眼鏡、 錆びた鍵類etcなどで埋め尽くされた暗黒の世界に 脚光が浴びせられる日が来るかもしれません。 たしかに異端な分野ではありますが、ちょっとやそっとでこのようなものを書く詩人は 世界広しといえども見いだせないでしょう。 そういう意味ではビーレビにとって貴重な書き手であると思います。 ご健闘をお祈りします。 わたしは一度で十分でして二度と読みたくありませんが。 (華燭の茎_膠と絵筆)

2022-04-06

人にコメントするさいのマナーもわきまえぬ 御仁へ。 詩経に曰く。 我に投ずるに木桃を以てせば、之に報ゆるに 蔑瑶を以てす。 我に投ずるに木瓜を以てせば、之に報ゆるに 蔑裾を以てす。  意味 从一个老疯子的嘴里流口水 我不仅仅是写一首像泡沫一样的肮脏的诗 倒不如死了。 ( 『びしょ濡れアリスちゃん』を読む)

2022-04-06

おはようございます。 作中人物の告白についてですが、 意味を求めて意味もなく足搔くことが 自然であるなら、いくら辛くても足掻けばいいとわたしは思います。 作中人物のどんな生き方もそれが自然であるなら肯定します。 人様より少しだけ苦労して長生きしたつもりのわたしから 作中人物にいうことばがあるとすれば 自然を愛し、自然を忘れないでほしい。自然とは富士山や長良川や 桜や雪のことではありません。 ありのままの自分を肯定してあげて、 ありのままの自分を受け入れ、引き受けてやることも 自然という雄大な存在形態のひとつです。 話はとぶかもしれませんがLGBTというのはひとつの誤謬、 倫理の齟齬です。かんたんにいえばLGBTなんか虚構であり、 非人間的な倫理であり、人の心を殺すものです。 女性であることが嫌という心の動きにはどこかに間違いがあります。 いずれわかる日がきっと来るだろうけど、 とりあえずはわたしを信じて自然を愛することに賭けてほしい。 そんなことを作中人物に思いました。 (いのり)

2022-04-06

DaysXMa≠naさま 浅はかにもわたしが誤読していたようです。 申し訳ありません。 出る釘は打たれる。出るモグラの頭は殴られる。 これを肝に銘じて奮闘努力する次第です。 失礼しますた。 (陥落前夜)

2022-04-05

訂正 「ら」が抜けていました。 訂正後の文章はこちら。 ↓ 短歌のシロウトの感想なので間違っていましたら お許しください。 (桜水 短歌3首)

2022-04-05

訂正 「ら」が抜けていました。 訂正後の文章はこちら。 ↓ 短歌のシロウトの感想なので間違っていましたら お許しください。 (桜水 短歌3首)

2022-04-05

おはようございます。 いずれも 上句にはなかなかの風情を感じました。 というか、けっこうイケてる。 しかし、いずれも下句がすこし冗長であったり 重複であったり、順接であったりして わたしは書けませんが短歌ってなかなかむつかしいなとおもいました。 おそらく詩を書く方だから風情のある上句はすらすらと でてきたのでしょう。 問題は下句です。現代の人が書くのならここで 思い切った転換がほしいところでした。 とはいえ、非常にむつかしい要望ですから、 まあ、こんなもので了としたいところです。 短歌のシロウトの感想なので間違っていました お許しください。 (桜水 短歌3首)

2022-04-05

おはようございます。 わたしも前後不覚、先が見えない。 こうなればもう他力本願しかないのかも。 そんなことを思わせる詩ですが、 もうちょっと書いてもよかったような気が しないでもありませんでした。 (迷子)

2022-04-05

おはようございます。 糖質との戦いを歌ったように読みました。 壮絶ですね。 (スィーツ三昧 短歌三首)

2022-04-05

こんにちわ。 雨。 雨はたしかに天から落ちてきますね。 この当たり前の事実が常識となって意識化している。 だけど雨は 神から一番遠い存在のものかもしれない。 ミミズのうめきでもいいし 仕方なく兵士に徴用された殺人者の慟哭(どうこく)でもいい そのように囚われた意識の世界をひっくり返す。 それが詩じゃないかと ふと思いました。 (cry in the me)

2022-04-04

こんにちわ、仁川路 朱鳥さん わたしはスポーツも芸術だし料理も芸術だと思っています。 ゲームの総合芸術性を否定するつもりはありません。 しかし同じ料理であってもカツ丼と餃子が違うように、同じ総合芸術であっても スポーツ、あるいは料理の芸術理論を詩の芸術性にあてはめるには すこしばかり違うものがあります。 大枠ではカツ丼も餃子も同じ料理ですが、カツ丼にはカツ丼の美学があり、 餃子には餃子の美学があるでしょう。 カツ丼に餃子の美学を求めるなら餃子を食えばいい。 そういう意味で書いたのですが、書き方が少々雑であったゆえに 誤解を生じたことは否めません。 また、 レトリックを使う人に嫉妬しているのでは?というご指摘は 仁川路さんの心の動きとしては一理あります。 しかし選択と転換もレトリック”の一部であることは投稿作に書いておりますから おそらく仁川路朱鳥さんのご指摘の「レトリック」とは 隠喩や音韻のことを指しているのだとおもわれます。 隠喩を多用することについては、これは選択と転換に回収される問題ですから、 わたしは隠喩のむつかしさにあまり抵抗を覚えておりません。 わたしが評価した『竹見一穀』は全体が隠喩であり、 細部も隠喩であったことはご了解いただけると思います。 音韻についても関心をもっておりまして     谷町九丁目 歯磨きする童貞 という一文をトビラさんにコメントしております。 一見なんのことかとおもわれるでしょうがこれは「あいあいうおうえ」が重複する文章です。 そういうものを詩の言葉の裏に隠して書くことにも価値をみております。 結論として わたしはゲームも総合芸術だとは思っていますがわたしの問題意識からすれば好みとしては 部外のものであると表明しただけであることをご理解していただきたいとおもいます。 拙作を丁寧にお読みいただき、また、鋭いご指摘をいただき感謝しております。 ありがとうございました。 (詩の文法)

2022-04-04

こんにちわ。 この詩よくわかります。 人は集団とうまくやっていくには 自分を殺さなければなりませんから。 一人になったときまた自分を蘇生させるのですが 演技をしていた自分はどこに仕舞うのだろうかと ときどき考えていましたが、 この詩を読んでなるほどそんなものかなと考えました。 (私)

2022-04-04

皆様の的確かつ丁寧で心情に満ちたご意見ご感想 謙虚に拝読しました。 このような拙文にコメントをありがとうございます。 (詩の文法)

2022-04-04

みなさまご感想ありがとうございます。 稚拙な詩をひとつご返信に代えて。    批評はストリップである 胸のあたり しらじらと助骨をみせて わたしは批評する ときには アヌスもさらして わたしは 人さまのスカートを めくる なぜ人さまの痩せた肩に 外套をのせてやれないのか 薄いわたしは ひとさまの衣服を剥がすつもりが いつもじぶんの 剥き出しの 貧弱をさらしている 無防備な姿態を 笑われ 罵られ 軽蔑されて 平気だとはおもわない わたしは 人一倍内向だから とても耐えられるはずもない それでも わたしはわたしをさらす 変態のわたしは とりあえず そうやって生きている (詩の文法)

2022-04-04

こんにちわ 精力的な詩作活動を続けておられるので 敬意を覚えます。 ただし、惰性で書いているところもあり、 今回の投稿詩、わたしには三連目だけが詩になって いると思われました。 人それぞれでしょうが、わたしにはあとはいりませんでした。 そして三連目もそれほどいいわけではありませんでした。 ただ、 海苔弁という言葉の選択はいい着眼点だと思いましたし、 原動機付き自転車という言葉の選択もいい選択だと思いました。 この二つをもう少しうまく料理すればリアルな日常世界が蘇った かもしれません。 でもこういう言葉の選択がさっと出来ているところがやっぱり凄い感性を もった方だと思いました。わたしには真似できません。 ((寒の戻り))

2022-04-03

ちなみに「破門」は連続ドラマです。 netflexの映画「破門」のほうは糞です。ドラマのほうは もう上映されていません。 (詩の文法)

2022-04-03

On the movie One Flew Over the Cuckoo's Nest McMurphy: But I tried, didn't I? Goddamnit, at least I did that. 映画 カッコーの巣の上で マクマーフィのセリフ 「だが挑戦してみただろ?クソったれ!少なくとも俺は挑戦した」 (詩の文法)

2022-04-03

おはようございます。 読ませていただいて考えたのですが、 こういうのはすべての人間にとって 普遍的な問題だと思うんですよね。 探しものというのは探しものをしている その人間の存在それ自体だと思うのですが 探しものをしている人間それ自体はそのことに 気づかない。そんな気がしました。 (さがしもの)

2022-04-03

おはようございます。 わたしはyatukaさんのファンなのでいつも投稿を期待 させてもらっていますが、...... 正直いわせていただきますと 最近はどんどん低調になっているようにみえます。 ことばの使い方やレトリックもどんどん劣化している。 詩ってほんとうに助詞ひとつの使い方を間違っただけでも それだけでダイヤモンドがただの石ころになる。 最近は、 言葉に対する細心さが失われているような気がしてなりません。 ほんとうに書くことがあるのでしょうか?  朝の花の市場 これはほんとうにこれでいいのでしょうか?  青空は宇宙の暗がり 暗がり? こんなことばをつけていいのでしょうか?  君 こんなことばでいいのでしょうか。 そんなことを感じました。 これはわたしの個人的主観的な好き嫌いの表明ではなくて 普遍的な意見だとじぶんでは思っていますが、 もし主観的な好き嫌いであると思われるなら今のうちに 謝罪しておきます。 他の方ならともかく、yatukaさんほどの方がこんな粗雑な詩を 書いてはいけません。 失礼しました。     (花と傷)

2022-04-03

こんにちわ きれいな、いい詩ですね。 春の訪れの中にひそむ小さな痛みのようなものも 感じられ、なおいっそうことばが輝いてみえました。 こういう詩には少々気恥ずかしいのですが キザな感想もいいかと思ってコメントしました。^^ (なりたい)

2022-04-01

訂正 『破門』(疫病神シリーズ)はwowowではなくNetflix製作でした。 ここに訂正してお詫び申し上げます。 (詩の文法)

2022-04-01

おはようございます。 非常に日本的な情念が舞台上の演劇空間に うつくしい筆致で描かれていると思いました。 (貴女に死にたいと言われたから)

2022-04-01

おはようございます。 ラストの一行に共感を覚えました。 コロナ騒動や経済停滞、ウクライナなどのニュースに 日々接していて わたしもそのセリフ、 胸の内でつぶやいたことがあります。 戻ってきてほしい日常とは描かれているとおり 他者とのなごやかな関係性であって それが失われた社会とはどれほど不幸なんだろうかと おもいます。 (送別会)

2022-04-01

誠に、まことに失礼しました。 竹田一穀ではなく竹見一穀でした。(-_-;) 申し訳ございません。 (陥落前夜)

2022-04-01

前作の『竹田一穀』は現代詩の傑作だとおもっていたので 次の御投稿を心待ちしておりました。 意外や意外、蓋を明けてみると 自由律俳句のようなものだったので驚きました。 この平板さはいったい??? 前作との乖離があらゆる意味で大きすぎて その謎に 呆然としております。 (陥落前夜)

2022-03-31

追記 それから 申し上げ忘れましたが鷹枕可さん 春先には気候の変動が大きく身体や精神の変調をきたす方も多いと 聴いております。 鷹枕可さんも、どうかくれぐれも御身お大事に。^^ (プーチンの祈り)

2022-03-31

鷹枕可さん、おはようございます。 お読み下さりありがとうございます。 また、真剣なご講評をいただき痛み入ります。 ただ、 まことに申し訳ありませんが少しばかり 誤解があるようです。 えーと、非常に心苦しいのですが、 ご承知のように これは詩ではありません。 それから小説でもありません。 また芸術論でもありません。 これはいわゆる世間で情況論といわれるものです。 もちろん仰るとおり下手な情況論ですが。 たしか、ここは詩だけでなく散文も短歌も批評も 政治論や情況論も 投稿可能なはずですので、 鷹枕可さんの批判はちょっとばかり的外れな 気がしないのでもないのです。 つまりこれを詩と受け取って批判されても困りますし、 芸術論と受け取っていただいても困ります。 情況論とは現実です。リアルな現実ではなく わたしにとって現実です。 わたしにとっての現実とはつまりわたしの生活です。 これは自戒を込めていうのですが 基本的に詩人や小説家のお粗末な世界認識からくる 政治発言ほど みっともないものはないと普段から思っておりまして わたしたちは 詩人や作家の虚構世界に耽溺するあまりかれらの世界観の 貧弱さに気がつかないことが多い。 しかしかれらの発言のもとになる世界認識が 一方的な世界からの情報をもとになされているとすれば その発言もとうぜん偏向から 逃れられないわけです。 わたくしごとで申し訳ないですが わたしは 吉本隆明という思想家の意見や主張を あらゆる物事を理解する上での 指針にしていました。 しかしロシアによるウクライナ侵攻を目にして G7国がいかにデタラメに満ちたフェイクを垂れ流しているかを 目にしてしまった。 巨大資本がいかにウクライナ、ロシア両国民を食い物に しているか、気がついてしまった。 吉本という、わたしにとって偉大な 思想家への私淑は あっけなく消滅した。 今から考えるに 吉本の情況論は旧ソ連がポーランドに侵攻したことを G7側の善悪二元論で処理していた。 悪いのは旧ソ連で被害者はポーランドだという 欧米が垂れ流す価値観をそのまま受け取って かれの政治思想や情況論を展開していた。 そのうえで "ベ平連"などの反米活動家を非難していた。 しかし今からかえりみると 批評家、思想家としてその態度は間違っている。 日本のテレビ新聞情報を丸ごとそのまま信じ、 世界をニ元論的にとらえて それを前提にどのように精緻な理論を展開しようと そもそもそんなものはただの虚構でしかない。 これは反米運動家にもいえることで、 一方的に欧米を悪ととらえて偏向するようなものも ただの政治活動であって批評ではない。 断っておきますがわたしは 「どっちもどっちだ」というような 幼稚な諦念を敷衍(ふえん)したいのではないのです。 「どっちもどっち」ではなく「どっちかではない」 といいたいだけなのです。 もちろん 古代ギリシャの哲人タレスのように 世界は水からのみ出来ているという単純な世界観をもって 思想が語られているからといって その時代の古代哲学の芸術性を否定するものではない。 しかし批評行為は芸術活動ではなく現実である。 古代哲学は批評的見地からみればポエムや読み物であっても 現実ではない。 わたしにとって批評のことばは 詩的行為ではなく現実そのものを発見することだから その現実にコンタクトしていない どのように偉大な作家の言葉も わたしにとってはゴミであるわけです。 吉本もまたその政治発言の根底においている事実認識は G7の垂れ流したデマをそのまま信じた上でのものだった。 分析や洞察の基礎にあるものがフェイクだから とうぜんフェイクの上になりたつ世界認識から考えられた思想などには わたしにとって一片の現実性もない。 その欺瞞に気づくことを怖れる日本人もまた 偽善のかたまりではないでしょうか。 長々と申し上げてきましたが、 情況論には情況論の具体的事実をもとに批判していただければ もっとありがたかったのですが なにか詩作品と誤解されてのご発言のようですので、 説明をさせていただきました。 (プーチンの祈り)

2022-03-31

comoestanuqui26さん、おはようございます。 ひきつづきコメントをいただき、参考になること大です。 ありがとうございます。 (プーチンの祈り)

2022-03-31

おはようございます。 これはおそらくNMさんの投稿だと想像しますが 間違っていたらごめんなさい。 あいかわらずキレキレの言葉使いや 構成というか 構図の巧みさに眼を見張ります。 わたしも他人様からみてつまらないだろうわたしの リズムを後生大事に生きてきましたが いまだ孤独というものを知りません。 孤独を知ったときはじめてわたしは 知らなかった孤独から逃れて 孤独を感じれるようになるのかもしれません。 (おちんちんひな祭り)

2022-03-30

こんばんわ 一連目の猫の電池が切れるようなlifeの終わり方 印象的でした。 盛大なお葬式をしたいという語りも、ああ、よかったと 思いました。 というのはわたしが以前住んでいた二階建ての古い木造一軒屋は 狭い横丁にあって向かいから三件目の家の隠居爺さんが猫を飼っていたのです。 それはもう大変な可愛がりようで、腕に抱いて散歩していることも あり、その光景をニ階の欄干から眺めながらいいなあと目を細めていました。 ところが、ある日、その猫が死んだのです。 するとその爺さんはなんと! ゴミに出す黒いビニール袋に無造作にいれると そのまま朝のごみ集積所に捨てにいったのです。 まったく表情ひとつ変えずに。なにか部屋のゴミを始末するよりもっと 淡々と。あれはいったいなんだったのだろうか、わたしならお墓をつくって やるとおもったものでした。 この詩を読んで、あの光景を思い出し、ああよかったと心から癒やされた気がしました。 (今朝、愛猫が死んだ)

2022-03-25

本来僕はこの作品にコメントするつもりはありませんでしたが、真昼氏がフォーラムにおいて該当作品への言及が、掲示板内において未だないと仰っておりましたので、それに応える形でコメを寄せさせていただきました。これで真昼氏も筆者様も納得していただけるでしょうか。それでは僕はこれにて。 stereotype2085さん 迷惑です。 フォーラムでの議論はフォーラムでやってください。フォーラムでの返事をわたしの投稿作品感想欄に書かれても 不愉快ですので、今後、この手のコメントはいっさいお断りします。また、二度と返事もいたしません。 >これで真昼氏も筆者様も納得していただけるでしょうか。 なんと失礼な物言いですか。 ここが荒れた場合は運営にも直訴します。 これは真昼さんにも申し上げておきます。今後、どこぞのツィートなりツィキャスなりの出来事を書くことは 御免こうむります。よく考えてみるとそれはわたしには関係のない話しです。今後はその類のコメントは拒否します。 あえて書かれたときはstereotype2085さんと同じく無視させていただきます。 ここが荒れた場合は運営に直訴します。 どうぞフォーラムでご自由にこころゆくまでやってください。 (プーチンの祈り)

2022-03-25

こんにちわ、黒髪さん ひょっとしてキリスト教のようなものを信仰されておられるのかなと 思うほど、非常に清貧な気持ちが表明されていると感じられました。 (ONE LEVEL AND TWO VERTICALS)

2022-03-22

こんにちわ zaltzさん 詩ってものが持つ、特別の力というか、よさがでているように感じました。 着古しカーデガンでもこれだけ豊かな詩になる。 これはすこしばかり勉強になりますた。 (カシミヤではない)

2022-03-21

あ、失礼。作者はyamabitoさんではなかった。間違いました。 まさゆきさん、ごめん。お詫びいたします。 (あたたかな、お説教)

2022-03-21

こんにちわ、yamabitoさん 異郷ではことばも通じず、風習も文化も違う。 群衆のなかの孤独をおぼえていた旅人がふと雨宿りした館で カタコトの日本語で声をかけられる。 みると齢は50をすぎたばかりの品のいいおばさん。 どうも学芸員らしい。旅人はふと田舎の母を思い出す。 それまで凍りそうになっていた心がなごみ、 出されたコーヒーとケーキに気持ちまでが癒やされる。 あの方は、ひょっとしてマリアさまの化身だ、旅人はそう思って..... ......失礼、うっかり寅さんの口調になりました。 派手さはないけど静かな小品だとおもいました。 (あたたかな、お説教)

2022-03-21

真昼さん、わたしに謝罪などまったく必要ありませんよ。 それどころかフォーラムをみて、その真摯な姿勢に感謝しているのです。 わたし個人だけなら黙っていようと思っていたのですが、 わたしの敬愛する福まるさんという投稿者もよそで揶揄されていたとか。 ほんとうだとすればこの掲示板の投稿者が本人そっちのけでよそでネタにされるという 非常にまずい状態になっていると判断せざるをえません。 ただ、 よくよく考えてみると、わたしには少しだけ三浦果実さんには後ろめたい気持ちがあります。 あの方がもしどこかでわたしを冷笑しているのだとすれば、わたしにはかれを強く責められない。 というのは、わたしはかれに何をいわれても、書かれてもどういうわけかかれには申し訳ないのですが 「部活には欠かせないいいマネージャー」という態度で接してきたからです。 この意味わかってしまえば、相手は非常に腹が立つでしょうね。つまりわたしは選手としてはまったく 才能がないし役立たずだが、マネージャーなら使えるという目線であの方をみていた。 文学的才能はほとんどないけど掲示板の世話役にはとてもうってつけだという目で見、接してきましたから 文学的な批判をされても腹の底から笑ってすませていました。それがおそらく相手にも伝わったのかも しれません。もし三浦さんがわたしを酷評するならそれはわたしが持っている彼への態度に原因がある。 しかしわたしはじぶんの考えを変えるつもりはないのです。かれに文学、批評の才能はないと考えています。 ですからこれからもどこかでわたしを酷評することがあってもそれはわたしに非があるから仕方ないと考えました。 ところが、わたしだけならともかく、福まるさんもやり玉にあがっていたらしい。ほんとうだとすれば、 これはほんとうにまずい。わたしはTwitterをみないしツイキャスもいっさい見ないので、真昼さんが問題提起 してくださらなければわかりませんでした。 投稿掲示板全体のためにほんとうにありがとうございます。 しかし運営がなにもしないのだとすれば、もはや、いうだけ無駄のような気もします。 真昼さんは投稿者のひとりとしていうだけのことは仰ってくださったと考えています。 なにやら個人の問題への憶測までフォーラムでとりあげられはじめています。 非常に不愉快な状況になっており、それを後ろで笑っている御仁がいるような気もします。 ほんとうに、心の底から嫌な状況です。 どうか一時避難なさることをお勧めします。 (プーチンの祈り)

2022-03-20

こんばんわ。 タイトルのかっこよさにひきこまれて読みました。 道明寺というとF市かもしれませんが静かな、趣のあるいい町です。 短いことばのなかに愛するものとのドラマがあったのだなと思いました。 (わが老犬果てる前)

2022-03-19

真昼さん、こんばんわ。 わたしはフェイスブックやTwitterはじぶんではやってません。 youtube、yahooですら欧米報道とは違うことを書こうとすると規制がかかりますので これもやっていません。 また他人のフェイスブックやTwitterをみることもありません。 唯一、記事の参考のためにときどき特定の著名人のTwitterをみている程度です。 どなたがどこで何を書いているか知りませんが、わたしの稚拙な雑文への嘲笑なら、 それがかれらにとっては正しい態度、姿勢だと思います。 真昼さん、わたしのために立腹してくださってありがとうございます。 こんな文章、だれにも読んでもらえないとおもっていたので、 陰口であれ、嘲笑であれ、とりあえずだれかが読んでくれて、なにかの刺激を受けたからこそ そうやって語っているのだとおもうと、ありがたいと思うことにしようとおもうのです。 それより、ロシアがとうとう超音速ミサイルを使用したと発表しました。 このままいくと、米国の頭の狂った耄碌大統領のために人類は未曾有の危険領域に進みそうです。 明日には世界がどうなっているかすら危うい状況です。笑 真昼さん、今の内になにかうまいものでも食べておきましょう。 それではおやすみなさい。コメント、感謝です。 (プーチンの祈り)

2022-03-19

かずやさん、お読みくださりありがとうございます。 この投稿散文は世界の非対称について書いたものです。一度、裏側の世界から わたしたちの欧米世界をみてみればどうなるかということが、 実は書く前はそう思っていなかったのに、書き終わってみると向こう側の世界から 書いておりました。 向こう側の世界がこれから日本に押し寄せてくるでしょう。 そのとき、おそらくわたしたちは「ほんとうのこと」に直面することになるとおもいます。 ていねいなコメントも含めてありがとうございました。 (プーチンの祈り)

2022-03-19

トビラさん、お読みくださりありがとうございます。 わたしも同じ考えです。 しかし今の欧米(とくにユダヤ系が暗躍する金融巨大資本がからむ 歴史的な収奪と背反の世界はどうやら旧約聖書で定められていたらしいのです。 松岡正剛の千夜千冊『レベッカ』を読んでいてそう思いました。 松岡は中学生向けの世界史の本のなかで最後にこれを出し「レベッカの裏切り」 というタイトルで詳しく(怪しく)書いています。 キリストが「敵」を愛することはあるのか、残念ながらそういう指導者は 少ないのだなと落胆しております。 (プーチンの祈り)

2022-03-19

三浦果実さん、お読みくださりありがとうございます。 今日のニューヨーク、ブルックリン街の映像をFOXニュースで見ているところですが ホームレスではないふつうの勤め人の人までが食料を求めて炊き出しの列に並んでいます。 食料品の高騰が原因らしいですが、日本に波及するのは今年の初夏のころでしょう。 年末には米などの買い占め騒ぎが起きていても不思議ではないです。 いま、米国ではたいへんなことになっていることを日本の報道は伝えません。 わたしはこういった出来事の受け売りをしているだけですから、知っている方々には 一円の値打ちもないものです。たんに様々な驚きの情報を編集して、若干、わたしの考えを 述べているだけです。 (プーチンの祈り)

2022-03-19

まさか信用していただけないかもしれませんが ウクライナ紛争が再燃してからわたしはこのところ毎晩 寝る前にロシア、ウクライナ両国の戦争に巻き込まれて亡くなられた国民の方 そしてその他のすべての国の被害者のことを思ってから 眠りにつきます。窓の外にいまこの瞬間にもキノコ雲と閃光がはしることも 想像します。おそらくわたしが人一倍心配性だからかもしれませんが こんなことをわざわざ書かなくとも、そういう気持ちがなければわたしは わざわざこんな時事記事など面倒くさくて書きません。 世界を牛耳っている一握りの権力者たちによる犠牲を少しでも少なくしたいから 冷徹に、いきとしいける人々のことを消して、 権力者たちの構造をここに指摘したいからです。換言すれば一刻もはやく 少しでも多くの方々に真実を知って頂き、 世界から彼らの犠牲者をなくしたい一心で書いています。 (プーチンの祈り)

2022-03-19

森石 州未州さんへ 追記 上記のように書いてからすぐ考えて見るに、ああ、 森石さんのおっしゃるとおりかもしれないと 考え直しました。 わたしは今この瞬間に傷ついている人たちのことを 考えていない。 いや、考えられない。じぶんでは最近毎晩、今この瞬間 傷ついている人のことを考えて眠りにつく日々が続いているけど、 多分、想像を絶するので考えているつもりでも考えられないのだ、 こんな平和な国に住んでいて考えているなど傲慢だと反省しなおしました。 じぶんでかってに傷ついている人のことを考えているつもりの すべての人にいいたいです。わたしたちには考えることなどできないと。 でも、もっと考えてみれば今現在この国でも自民党に限らず野党政権のときも 財務省のいいなりになって緊縮財政を踏襲し、そのお陰で何万人もの人たちが 自殺して死んでいる。もう三十年も日本は世界でもまれに経済成長していないし 給与もあがっていない。 日本でもずっと傷つく人はでている。それでもそんなことを知ろうとしない人が多い。 わたしは人に向かって「今、この瞬間に傷ついている人のことを思へ」など 恥ずかしてくて決していえないでしょう。 (プーチンの祈り)

2022-03-19

福まるさん、おはようございます。 書き手はたぶん小学生だと思うのですが 明治、大正、昭和初期にはあたりまえだったのですが こういう子はわたしの知る限りでは周囲にいなくなりました。 わたしも一人前の大人ですが、でも、心の隅には人の役に立ちたい という気持ちはいつもあります。それはけっして立派な考えからではなく、 そうすると気持ちがいいからです。ま、自分かってなんですが、 そういう気分を他人に語ることは一度もありませんでした。恥ずかしいですから。 でも、こういう詩を読むと、ほんとうにすっきりします。 書いてくださりありがとうといいたいくらいです。 かといってわたし、いいことばかりしているわけじゃなく、結構、じぶんの 利益や欲望も人一倍追求する人間です。念の為。 (子供たちの夢)

2022-03-19

森石 州未州さん、お読みくださりありがとうございます。 傷ついているのは現在の世界のすべてのひとびとであり、 過去の世界のすべてのひとびとです。欧米ほかの一握りの権力者以外は。 そういう気持ちがあるからこそ書いているのですが、 理解いただけなくて残念です。 (プーチンの祈り)

2022-03-19

柳煙さん、お読みくださりありがとうございます。 おっしゃるとおり「避難民」が「非難民」になっていますね。 ここに訂正してお詫び申し上げます。 (プーチンの祈り)

2022-03-18

yamabitoさん、お読みくださりありがとうございます。 (プーチンの祈り)

2022-03-18

comoestanuqui26さん お読みくださりありがとうございます。 (プーチンの祈り)

2022-03-18

福まるさん、お読みくださりありがとうございます。 ご指摘のとおりだとおもいます。 やっぱり核戦争はいやです。 なによりもロシア、ウクライナの国民の命が捨てられている現状が解決されることを 祈っていますが........どうなるのでしょうね。 (プーチンの祈り)

2022-03-18

真昼さん、お読みくださりありがとうございます。 先ほど、yahooニュースをみるとバイデンがプーチンを戦争犯罪者と名指しして非難しておりましたが、 1980年代、米国はベネズエラを攻撃し数万という人々を殺しています。 ベネズエラの提訴により国際司法裁判所で米国はテロ国家として「有罪」になっています。 米国はそれでも判決をいっさい無視して攻撃をエスカレートさていますた。 1998年にはスーダン最大の医薬品工場を破壊し、スーダンの医療に壊滅的な打撃を与えた。 そして現在でも、パレスチナ人を弾圧するイスラエルや、クルド人を弾圧するトルコに多額の援助をおこなっている。 あるいはバイデンの息子がウクライナで経営する会社が収賄に問われたとき、検事長を罷免させている。 世界で唯一、国際司法裁判所から犯罪国家と名指しされたその米国の大統領がプーチンを戦争犯罪人とは ニュースをみながらなんとおかしな世界かとあ然とするばかりでした。ちなみに米国が国際司法裁判所から 有罪判決を受けた記事をwikiを始めネットで探しましたが、今ではもう一切、出てきませんでした。完璧に消されています。 これが現在の実情です。 (プーチンの祈り)

2022-03-18

こんばんわ。 青い空に吊し上げられている。という表現がおもしろい。 殉情というのはどうしてみな似たりよったりなのか、 その苦悩もみなどうして似たりよったりなのか、 人間っていう生き物に息苦しくなりますが、 こうやって苦しみをうたいあげることで すこしでも息抜きできるとすれば詩も捨てたもの じゃないかもしれません。 (草原の峡谷)

2022-03-14

鷹枕可さん、ご返信ありがとうございます。 三浦果実さんのおっしゃるとおり、わたしの場合は、 このような作品をとおして皆さんのさまざまな批評の仕方を学びたいですね。 恥ずかしい感想を述べてしまいましたが、 詩の雑誌はあまり読まないというか、むつかしくて読めないので、 多くの投稿者の方々の個性的な感想の仕方を知りたいと思っております。 韻律の面などからみた感想は書けませんでしたが、もっと多くの受け取り方があると 思います。どうか皆さん、わたしのように恥を忍んで裸になっていただければ 幸いです。 (私達はそれでも荒野を目指す)

2022-03-14

おはようございます。 対象の御作、あらためて読ませていただきました。 わたしは"感じ"だけで読んでいますので 詳細な分析はできませんが 詩はむつかしいなとつくづく思いました。 この詩、わたしにはかなり難解なのです。 わたしのような"感じ"だけで受け取るシロウトからすると 冒頭の一行、   春の夜は 孤独の匂いがする 孤独の匂い! これをgoogleで検索すると 関連ページが約 1千3百万件 ヒットします。 孤独とか絶望とか愛とか人生とかそういう大枠の言葉というのは 中につまっているものが巨大なので 詩のことばとしてはなかなか扱いがむつかしい。 下手をすると通辞に流れる。 そんな感じを持ちました。 次の行の   あなた方は遠く はるか遠く 近すぎて届かないどこかの庭にいる ですが、 はるか遠く 近すぎて届かない という詩的な転換はいいと思います。 ですがつぎの "どこかの庭にいる" というフレーズが せっかくの転換を邪魔しているような気がしました。 これは必要だったのだろうか、無理している気がしてなりません。 次に二連目の5行ですが、   毎夜車窓から眺めていた名も知らない橋を   謂れも知らない道を 坂を トンネルを   空白むまで歩き続けた踵の靴擦れ   またたきの喪失に星の数を超える涙が追いつくまで   桜はどれほど散るだろう あまり転換を感じさせず、通辞的な言い換えが置かれています。 一見ポエジーを誘うようですがそれほどの落差はないように思えました。 次の   北の三日月の下で わたしたちは待っていた   東の三日月の下で わたしたちも待っていた   あれから四〇一五歩 という三行ですが、たしかにポエジックな言い方ですが、これは本人にだけ わかる詩的な感慨で、ちゃんと外へ向かって表現されているかというと どうかなと思われます。 二連目おわりの二行は、   踏みしめ続けたその踵の 熟れた桃色は逞しさを増してゆき   こうしてわたしたちは待っている 意味だけとらえれば"とても長く待っている"ということですがそれを表現として 詩的に言い表しているかと問えば、"熟れた桃色"という表現がどうも 過剰に思われますし、あまり適切な感じがしませんでした。 三連目   粉雪をまぶした大きな手があなたのことを祈っている   何よりも柔らかな産湯から小さな手があなたのことを握りしめる これはこの通りだと読みました。 表現としては悪くないのじゃないでしょうか。ちょっと通辞的ではあるけど。 四連目の三行、   春の夜は 孤独の匂いがする   いま   愛するひとのにおいがした 意味としては要するにこのことをいっているのだとわたしは受け取りました。 こんな言い方はなんですが、この三行だけで十分に意味は通じる。 でもそれだけじゃポエジーが出ないから他の行があったのでしょうけど どうなんだろうな、わたしのようなシロウトには見えないものがあった のでしょうね。 鷹枕可さんがこの詩を具体的にどのように受け取り、どのように評価して どのような価値を与えたのか、無学なシロウトにご教授願えればしあわせです。 (私達はそれでも荒野を目指す)

2022-03-14

おはようございます。 命どぅ宝 お気持ちはよくわかります。 その願いどおりになればいいのですが、 どうでしょう、わたしは座して願っているだけでは 思い通りにならないのではないかと危惧します。 (ニライ・カナイ)

2022-03-14

おはようございます、黙秘権さん なんかいいですね。 豊かな発想がことばにのって語られている。  言葉の置き換え、言葉の省略、ただそれだけなんです。 このフレーズにうなずくものがありました。 わたしもいまのところはそういう感じでやっています。 つたないけど、それだけでも言葉は詩にかわるような気がして。 (日常)

2022-03-11

おはようございます。 なぜ「俺は幽霊」かについての説明はありませんが、 わたしも幽霊みたいなものですからよくわかります。 (俺は幽霊)

2022-03-09

おはようございます、comoestanuqui26さん 短いフレーズっていいですね。ぐっと胸に刺さりました。 お読み下さりありがとうございます。 (第一次熱核戦争への道)

2022-03-09

おはようございます、三浦果実さん。 ユニークなというか、詩人なら本来そういうことを考えておかなければならない 観点からの感想をいただき、ありがたく思っております。わたしのような者の投稿テキストを 娯楽という言い方もできるでしょうが、わたしは消費というふうに考えています。 ご高尚な哲学思想詩も、お涙頂戴詩も失恋報告詩も日常茶飯詩も、そういう意味では 投稿テキストは一時の消費物、消費材です。 娯楽といわれてふつうの人ならちょっとドキッとする方がいらっしゃるかもしれませんが わたしは書く前にそういうことを、一応、とことんつきつめて考えていまして、 そういう側面があることは承知でいます。 面白おかしく読んでもらえないようでは出す方もつまらないですから、できれば講談調で 書ければいいのですが、どうしても深刻な書きぶりに走ってしまい、 これじゃだれも読んでくれなくて当然だなとためいきをつく日々です。 娯楽、消費としてもし、時事ネタを愉しんで読んでいただけるまでに書く技術が上がったら 祝杯をあげたいと思っております。 稚拙で退屈な読み物ではありますが、今一度、自分の投稿作について考える機会をくださるコメントをいただき、 ありがとうございます。 (第一次熱核戦争への道)

2022-03-08

おはようございます。 勉強になりました。というのは、 わたしも含めウクライナのごたごたについて書く場合、 内容はみな同じなんです。どう書くかが大事なんだなと。 この作品の場合、適当な行の長さで切っていて読みやすかった。 これもひとつのレトリックだとおもう。今後の参考になりました。 テレビのコメンターというのは橋下徹だと思いますが、 今回に限っては人命尊重という論陣を張っていて好感がもてました。 (命どぅ宝)

2022-03-08

こんばんわ、深尾貞一郎さん これは世界詩全集に入っていてもおかしくないほど 古典的なかおりのする秀作ではないでしょうか。 とくに一番目の*眠り*などは、完璧なような気がします。 幼虫とさなぎの違いなどはじめて知りました。 感想をのべるためではなく純粋に鑑賞するために 再読したくなるような詩です。 (青い夜の夢)

2022-03-07

蛾兆ボルカさん、おはようございます。 合評に対する姿勢のお話はひじょうに勉強になりました。  皆、この私にはない才能を持っている。 読んでいて我ながら少し反省するところもありました。 わたしはすぐにじぶんで「凡才」と書くことがありますが、ほんとうにそうだろうか。 ほんとうに何の才能もないと思っていたら書かないのではないだろうか。 じぶんだけはじぶんの書くものを信じているから書けるのだ。きっとどだれもが じぶんの書くものに才能を感じているはずだ。 そのような作品を前に、己が上だとか下だとか思い上がるのではなく もっと丁寧に読むべきではないかと。 わたしがボルカさんのように出来るかどうか自信はすぐにはありませんが、 今以上に謙虚さを忘れず、他者の作品ににかかわっていきたいと考えました。 コメント者との諍い話で場を乱したことをお詫び申し上げます。 失礼いたしました。 (作家的嫉妬ということ)

2022-03-07

おはようございます。田中宏輔さん 前から気になっていたのですが、   いま日知庵から帰ってきた。 あるいは、  いま、きみやから帰った。 でもいいのですが、 この枕ことばが、なぜか胸に響くのですね。あたりまえの事実を 書かれているのでしょうが、なぜかわたしには心に響きます。 (詩の日めくり 二〇一七年八月一日─三十一日)

2022-03-06

おはようございます。田中宏輔さん わたしは詩が深く読めるほうじゃないのですが、もし箴言詩というものがあるとすれば 今回のはそういうふうに読めないこともないと思われました。 (詩の日めくり 二〇一七年九月一日─三十一日)

2022-03-06

おはようございます。田中宏輔さん。 島崎藤村のような純情詩からはじまったので、めずらしいなと思っていましたが 贈呈詩への感想を読んで、直截な感想に好感を持ちました。 (詩の日めくり 二〇一七年十月一日─三十一日)

2022-03-06

cold fishさん、ご返信ありがとうございます。^^ ところで、ご自分で気がつきませんか? 冒頭に書かれたcold fishさんのコメント、そのまま、あなたの詩のスタイルになってます。 適当なところで区切れば、あなたの詩そのものです。 それほどにあなたの今の詩の感性や感覚は使い過ぎてぼろぼろになっているのです。 なるほど最初は斬新なスタイルだったでしょう。しかしそこから未だに一歩も抜け出せずにいる。 コメントを書いてもスタイルが出てしまうほどだから そのイライラが周囲への自傷行為になって表れているのです。 もしもそのことにすら気づいていないのだとすれば、こんなことを申し上げるのは失礼かとおもいますが 悲惨です。ビーレビという展示場に屹立する「悲惨」というオブジェです。 いや、このままではどこへいってもネット詩という狭い世界で「悲惨」をさらすだけです。 人のことはいいから、一度ごじぶんの姿を鏡に映して、破けた箇所の修理などなさることをオススメします。 失礼しましたが、基本的に詩への情熱はわたしなどよりはるかにあって、才能もたぶん優れた方だとおもうから もったいないと思うのです。 (作家的嫉妬ということ)

2022-03-06

おはようございます。 面白いというわけではないですが興味深く読ませていただきました。 書き手の考え方への感想ですが、 詩に悩んでいるといわれればそうなのかもしれませんが、 むしろ悩むというより表現の仕方を思案して愉しんでいる部分も反面あります。 それがわたしのような凡人の詩に対する姿勢です。 (私の話をしましょう)

2022-03-06

おはようございます。cold fishさん 大笑いしました。^^ 失礼ですが、cold fishさんこそ山田とかいう御仁なのじゃないですか? 湯煙さんもそんな失礼な断定をしていましたが、 根拠もなく他人をだれかと断定することがこのサイトでは許されているのでしょうか。 湯煙さんにもcold fish何のおとがめもないようですから、 このサイトは誹謗中傷を否定したのじゃなかったのですね。^^ これじゃ文学極道のような混乱の場になるのは必定ではないでしょうか。 わたしはあくまでも投稿作品への感想をしたためたまでです。 非常に不愉快です。 (作家的嫉妬ということ)

2022-03-06

おはようございます、cold fishさん。 最近の一連のコメントをみて思ったのですが、 なんといえばいいのかな、その、どうもこれは、 せっかく詩に対する情熱をお持ちなのだから、自傷行為のような発言は もったいない。人前で恥をかくこともないのじゃないかと。 ご自愛されんことを一ファンとして心からお願い申し上げ、また、 すばらしい詩を書かれんことをお祈り申し上げております。 (作家的嫉妬ということ)

2022-03-06

おはようございます、蛾兆ボルカさん 作家的嫉妬なんて考えてもみなかったので興味深い御指摘だとおもいました。 ちょっと思ったのですが、男女間では「嫉妬」ということでいいと思うのですが、 詩作品を書いた詩人に対するそれはむしろ「羨望」という概念なのじゃないかと。 わたしの場合、へえ、こんな表現できるんだと思った瞬間、詩人への羨望が湧いてきます。 ちょっと複雑な感情で、ああ、おれには到底書けないという打ちのめされたような気持ちと、 でも、この人すごいなという感じですね。 凡才のわたしは、このサイトでは半分以上の投稿者の作品にそういうものを感じます。 「嫉妬」には対象への憎悪がありますが「羨望」には尊敬のようなものが含まれていると思うのです。 ところで詩作品への書き換え衝動というものがどこから来るかというと、どうも嫉妬でも羨望でも ないような気がします。 おそらく優越感や自信からでしょうけど、人間というものはどれほど愚かでもぼちぼちの詩が書ける。 そういう表現分野であることを示していることの好例じゃないでしょうか。 (作家的嫉妬ということ)

2022-03-06

仁川路 朱鳥さん こんばんわ。 独特の世界に引き込まれました。 さるぼぼと、でんでん太鼓、 ねずみにかじられた千歳飴、 かびにかもされた靴下、 石油でできた子どもの人形 切り刻まれた母子手帳 名前と血液型だけのカード こういうのは写真か、あるいは実際に古い押し入れなどを 整理していて発見されたのでしょうか。物凄いリアリティがあり 一挙に時間の逆回りの世界に引き込まれました。 (隣人の話)

2022-03-05

rakuさん、こんばんわ。 お読み下さりありがとうございます。 日本のテレビや識者はプーチンが発狂したと報道してますが、^^ たとえば海外のこんなサイトでは今年の1月初めごろから、米国製の危機が起こる:"ロシアはなぜウクライナに 侵攻しなければならないように追い込まれたか"という議論がありました。 http://www.insightweb.it/web/content/crisis-made-usa-why-russia-will-likely-invade-ukraine つまり海外では欧米がプーチンを追い詰めて、ロシアは仕方なくウクライナに軍事作戦を決行せざるを得ないと ほぼ予想されていました。 だいたい日本のメディア、それから米国の主要メディアはすべて欧米資本にいいように支配されていますので、 こんなことはいっさい報道しません。 ですから、海外でも比較的資本支配を受けてないFOXニュースとかドイツ、フランスの弱小メディアの報道、 それから日本では孤立している(真実を語ればこの国では必ず孤立します)批評家、あるいは元ロシア、 ウクライナ大使などの言説を参考にしています。とはいえ、全部翻訳ソフトで読んでいますので厳密な正確さはありません。 「帰すう」ですが、わたしは出来るだけひらがなで書くようにして、どうしても難しい感字を使わなければ ならないときは( )を付けます。好感をもっていただき感謝です。 (第一次熱核戦争への道)

2022-03-05

ご返信、読ませていただきましたがどうも認識に差があるようですね。   このご指摘は見当違いですね。   あなたの喩えを借りるのであれば、   何故、あなたはお腹が空いているのに(目的)、それをカレーライスを食べることで満たしているのか(手段)?   ということです。 たしかにあなとわたしは詩に対する考え方がまったく違います。勘違いというよりは認識の違いでしょうね。 わたしの考えでは空腹は、(空腹によってごはんをたべるわけですが)〈目的〉ではなく〈本能〉です。 詩も同じく、あなたは何かの目的だとお考えのようですがわたしは本能だとおもいます。 この点で詩にたいする認識がまったく違うので、これにて失礼いたします。^^ おあとよろしいようで。失礼しました。 (詩の話をしましょう)

2022-03-05

おはようございます。 リズムのある、ことばの躍動を感じました。 リンゴの気持ちはよくわかる、と美空ひばりは歌っていましたが、 リンゴだって呼吸しています。おそらく何か考えているとおもいます。 (りんご)

2022-03-05

おはようございます。 面白く読ませていただきました。 人間というものは心理的な混乱に陥るとこういう思考をしがちなのかなあと考えました。 毎日ごはんを食べながらなぜ食べるのかと考える人もいないわけで、 要は食べればいいだけのことですが、しかし、なぜ食べるのかと考える人がいてもいい。 ただし、それは、わたしにいわせればただの心理的な錯綜でしかないのです。 詩に関していえば、なかなか書けないひとが陥る陥穽のひとつじゃないかなと思っています。 まずは、心を静かに開放して詩を書くことをオススメします。 と、ここまで書いて、あ、わたしは詩の話をしてしまっているなあと気づいた次第。 わたしのような凡才はどうしても詩の話にうつつをぬかしてしまいます。笑 (詩の話をしましょう)

2022-03-05

こんにちわ。 糸電話という設定をどう料理するかむつかしいものがあったと思います。 最初はことばが重く感じられましたが、だんだん糸が張ってきたのか 終わりにいくほどポエジーが姿をあらわしてきたように見えました。 (距離感)

2022-03-04

こんばんわ、北川 聖さん 歩くとか走るとかいうのはほんとうに素晴らしいことです。 一度歩けなくなって二、三歩あるけるようになったときの歓びったらありませんでした。 最近いつもみているyoutubeの動画があります。「おいで」と幼児が父親に呼びかけるのだ最高です。 https://www.youtube.com/watch?v=hQTCnwPdd2c&t=182s (お母さんと走った頃)

2022-03-03

こんばんわ、べんもうさん。 お読み下さりありがとうございます。 なにはともあれウクライナの戦渦が一刻もはやく終息するように 願ってやみません。 (『古狸は戦争について語らない』)

2022-03-03

べんもうさん こんにちわ。 なるほど、むつかしい問題ですね。 両方が両方とも相手を死なせるのが戦争ですから いっときも早く停戦合意にもっていくべきですね。 義勇兵だの、ウクライナ国民に銃をもたせるだの、 人命を失わせるだけですから。 ご返事ありがとうございました。 (ボタンを押す人へ)

2022-03-03

こんにちわ、satoshi iwasaさん 静かな、感受性豊かな語りですね。 谷内六郎をおもいだしました。 (喘息の少年の世界)

2022-03-03

こんにちわ、べんもうさん 読ませていただきました。 さいきのネットをみていますと「戦争反対」といいながら ウクライナの一般市民に火炎瓶闘争を呼びかける人がいる。 一般市民が戦闘行為をしたら殺されても文句はいえないのだからではなく、 わたしがそういう人たちに怒りを禁じえないのは ふつうの人たちに殺戮行為を呼びかけるお前が「戦争反対」なんか いう資格ないといいたくなるのです。 ウクライナはマフィアが支配する国です。 国家予算を平気でふとこりにし、収賄、贈賄、臓器売買から麻薬何でもありのめちゃくちゃな国です。 民主的な立派な国ではない。こんなウクライナ政権の被害者はウクライナの民です。 その人たちを殺戮に駆り立てているのはだれか。よく考える必要が国際社会にはあるでしょうね。 ウラライナのごたごたを収めるのはかんたんです。ウクライナ側が中立を守ればいいだけのこと。 ウクライナに住むロシア住民への虐殺をやめればいいだけのことです。 まさかロシアのプーチンが領土的野心であんなことをしたのではない。 世界情勢をちゃんと歴史的にも地政的にも勉強して、単純で情動的な詩を書くことから距離を置くことが 大事かとおもいました。 (ボタンを押す人へ)

2022-03-03

きよこち 久遠恭子さん おはようございます。 若い描写ですが、 まっすぐに光に向かって歩く清らかなこころの明るさにうたれました。 (輝く季節へ向かって)

2022-03-03

こんばんわ。深尾貞一郎さん。 何度か読ませて頂きましたが、寝不足で体調が悪く、少し午睡をして再度読もうとするとわたしの名がありましたので ちょっとびっくりしました。わたしに小説を評価できるものがあるとは思っていませんが、 ......ただ、一読して、やっぱり小説は むつかしいなあと思いました。というのは人称の統一。時制の統一がどうなっているのかという、わたしにも よくわからない問題があるように思えます。以下に書くことは間違っているかもしれませんので適当に読みとばして 下さい。   強栄はその日の夕方、リチャードに連れられて「グレイハウンドバス」という名のバーに行く。 これは現在形(現在進行形?)ですが、次には過去完結形の文体になっているので、ちぐはぐな感じがしました。 それから人称の問題ですが神の視点っていうのですかね? この小説の視点は。すると、たとえば   感じよく痩せた中年のバーテンダーが と書かれている場合、「感じよく」という主観はだれの視点なのか? 強栄が感じた視点だと思うのですが、 神の視点だったら「痩せた」と書くまでがぎりぎりの限界じゃないかなと。下手すると「痩せた」も 主観になるかもしれませんが。どうも小説におけるこういった時制、人称の問題が わたしがよくわかっているわけじゃないのですが、一読者としては何か不自然な感触を受けました。 それから全体的な印象としては深尾貞一郎さんの匂いがしない。深尾さんならもっと色濃く作者の匂いや 詩人らしいコクのある 独特の文体やフレーズ、会話で押していけたのじゃないかなと。翻訳小説のような無味乾燥、くせのない文体でもいいのですが、それには もっと一行一行の長さに長短の変化をつけてテンポよく書いていくべきじゃなかったかなと。 セリフも、ストーリーを説明するためのセリフじゃなく、ひとりひとりの人間の性格を表した独特の セリフまわしがあってよかったのじゃないかと思いました。 あと、一番大事なことを書こうとしていたのですが寝不足のために消えてしまいました。 小説はとにかく書いている本人が書いていて面白く、愉しくないと(芥川はそれを「戯作三昧」と書いてましたが) 読者も絶対に楽しくないので、 そういう心境で書いてないのなら、それはボツにしたほうがいいかなと思います。 ただし戯作三昧の心境で書くと一心不乱で徹夜までしてしまうので、身体には悪いですが。 以上、何十年も小説を読んだこともないのですが思いついたことを書いてみました。 間違っているところもあるとは思います。偉そうにすみません。 (無題(小説抜粋))

2022-03-02

こんばんわ、cold fishさん。 まず、ほんとうに自由に書かれているな、と羨望します。 かといって独特のスタイルができていますしね。 こういうものを読むと、わたしのようなボンクラは奥の意味は読めなくとも開放感を感じます。 想田和弘と橋下徹を思わせ単語が出てきたときは笑いました。それにしても難しいですね詩は。 自由に、好きに書けばいいのに皆、とのことですが、おそらくこれは言葉どおりにとらえてもいけないような気が。 それを読むものに感じさせるには、書く方は徹底的に構成を考え、客観的に自分の詩文を眺めて細部に気をつけなければいけないのじゃないかなと。 そうすることで、自由にめちゃくちゃ書いているように読者に思わせることができるということじゃないかなと。 今の所わたしがいったような意味で読むものに自由を感じさせる詩は 最近一ヶ月以内ではcold fishさんを別にすれば匿名さんの「竹見一穀」だけじゃないかと思う。あと、 中田満帆さんの最近の投稿詩なんかもかなりそれを感じます。 匿名さんの「竹見一穀」は全文が無意味な隠喩になっているし、タイトルの人物らしい名詞も無意味な象徴に なっている。だけどめちゃくちゃ面白いし、束縛された言葉の世界から自在に抜け出している。 これはでも構図やタイトル選びに相当神経を使っているからできることじゃないかと思っています。 (まだ、JPOPを聴いて、皮膚を剝がしている、)

2022-03-02

こんにちわ。三浦果実さん。 あとで調べてみて本のほうは『ためらいの倫理学』だとわかりました。 二、三、え?と思うところもありましたが当時としては画期的な面白い視点を提供してくれる いい本でした。 そんなことがあって、三浦さんと同じく、何かことあればいつも参考にしていますが、 たいていは、内田樹の考えに反論することによって、わたしが知らなかったことを知ることになります。 それは内田の本にも書いてないし、読む前にはわたしが思いもよらなかった視点です。 まことに妙なんですが、内田樹の考え方に反論するために読むということが続いています。 太宰治の『人間失格』に出てくる知恵遅れだけど秀才の太宰とおぼしき主人公のウソを見破る 白痴の男がわたしです。^^ (『古狸は戦争について語らない』)

2022-03-02

こんにちわ、真清水るるさん。 ご返信ありがとうございます。 わたしは一週間に一度ほど周期的に一睡もできない夜があります。 昨夜はその周期にあたったのか、 酒を飲んでも眠剤をためしても一睡もできず今朝は最悪でした。 頭がまったくすっきりしないどころか目の前に霞がかかったようなあんばいです。 ふだんまったく動かない頭がいまは回転どころか鈍い痛みすら感じます。 他のコメントもそうですが真清水るるさんへのご返事や感想にはとくに最高の頭の状態で 挑みたいと考えています。今日はご返信を読ませていただくのがやっとでした。 わたしはツィキャスを聴いたことはありませんが、あの方はそういう方だったのかと、 わたしが想像したイメージにぴったりの感想を抱かれていたことを読んでなにか心がなごみます。 とりあえずきょうはこの程度を書くのがやっとという状態ですが、 感謝を申し上げます。 (『幻肢』(田中修子さんに捧ぐ))

2022-03-02

尾崎ちょこれーとさん こんにちは こちらこそ、 素敵なコメントありがとうございます。 今後ともよろしくごお願い申し上げます。 (『古狸は戦争について語らない』)

2022-03-01

こんにちわ。 2022年1月対象作品は読んでなかったので読んでみましたが...... これはあれじゃないでしょうか、作品の質がいいというより、投稿者の心情── ひょっとしておれのこと? わたしのことかしらという機微に触れたからでは ないかと感じました。失礼ながらわたしは作品も作品に寄せられたコメントにも まったく関心も興味ももてませんでしたし、考え方や姿勢にもうなづくものはありませんでした。 だれが詩を書こうが、どんな詩を書こうが、あまり、なんというか、── 知ったことじゃないのです。 だれが家でラーメンを食おうが餅を食おうがそれほど、その、あまり知ったことじゃないのと同じレベルの話です。 あいつはボロの自転車に乗ってる、あいつはベンツだというのと同じで、まあ、それほど関心のないどうでもいい話です。 どれほど下手くそであろうが、上手であろうが、わたしにはそれほど、その、あんまり関係ありません。 下手な詩に感激することもあれば、上手な詩に「ばかじゃないのか」とおもうこともあります。 詩は、それほど自由でやくざなものじゃないかと思っています。 それはともかく 三浦果実さんの文章は批評家向きですね。あるいは映画向きかもしれない。 三浦さんのシナリオ、演出、主演で映画を一本つくられてはどうでしょう。^^ では、失礼します。 三浦果実主演、監督作品、おもしろいじゃないかな。才能あると思いますよ。^^ (2022年1月大賞作品「Twitterによくいる下手くそな詩を書くおばさん」)

2022-03-01

こんばんわ。 丁寧、かつ長文の返信ありがとうございます。 概ね、とくにコメントすることはありませんがひとつだけ、やっぱり誤解されたなと思うことがあります。 >いままさに暴力に晒されている人たちに、一歩引いて自分たちの滑稽さを見なさい、というのはお門違いかと。 こういう受け取り方をされると危惧していました。でもわたしが言ったことはそういうことではありません。 いままさに暴力に晒されている人たちに自分たちの滑稽さを見なさいなんてそんな......ありえないことです。 そんな愚劣なことをいったのではありません。それだけをいっておきます。しかしそんなふうにとらえられるのだなあ やっぱりとしかいえません。表現についてもっと研鑽しなければと反省した次第です。 (нет войне)

2022-02-28

おはようございます。 ていねいなご返事を頂き恐縮です。さて末尾にウクライナの詩人のURLが貼られていました。 さっと読ませていただきましたが ── わたしはこういう詩人?のことばには.....残念ながら、........正直にいわせていただきますと、 当惑しか覚えないのです。これは、申し訳ないですが詩というよりアジ演説でしかないのではないでしょうか。^^ わたしのことを世間や世界に怒り憂慮されていると書かれていましたが、詩などという内向きの行為をしている限りでは そんなことは個々の主観的な世界認識の範囲の問題であってそれを全面に押し出すつもりはありません。 わたしがときどき憤激に襲われるのは、そういう存在(内向きの観察者)である詩人が、今回のような戦争が起きると、 突然頭をもたげて 知りもしないのに二項対立的な善悪を持ち出し、結果として政治的な世界に足を踏み入れ、滑稽な言説をふりまくからです。 著者さんが紹介してくださった詩人さんですが、 わたしの個人的な考えではウクライナの詩人は己の無知や至らなさや、滑稽さを語ればそれだけでウクライナ紛争の悲惨さを 詩することができたと思うのですが、この詩人だけではなく日本の詩人もそれとは正反対のことをしています。 その姿があまりにも悲惨なのでどうしても一言いいたくなるのですが.......。 もし、他人からみてそれをいうわたしの姿こそが滑稽でも、わたしが滑稽に見えること、それをわたしが甘受することが大事だと思っています。 ご返事、全文とても考えるところがあり参考にさせていただきたいと考えています。ありがとうございました。 (нет войне)

2022-02-27

こんばんは。真清水るるさ。 いつも温かい言葉をかけていただいて感謝しております。 ただ、それゆえに、どうしても惜しいとおもわれるので一言だけ。 急いでいますのでつっかかったような口調に感じられましたらお詫び申し上げます。 銃弾がウクライナ人の上に落ちているということですが、ウクライナに830万のロシア人がおりますこと、ご存知でしょうか。 その人たちの上にもウクライナの銃弾が浴びせられているのです。 ウクライナのロシア人はこれまでずっとウクライナ人によって虐殺されてきた歴史があり現在も頻発しています。 日本では報道規制がかかりますがドイツでは周知の事実です。またバイデンの背後にいる金融、石油メジャーは この数ヶ月、大規模な傭兵を雇ってウクライナの南北で双方に戦闘をさせプーチンを戦争行為にかりたてるよう煽ってきました。 背景には天然ガス、石油を独占したい欧米金融、エネルギーメジャーの思惑があります。 世界中でだれよりも戦争などしたくない男がプーチンであって、一番したがっているのが欧米金融エネルギー資本です。 つまり善悪をどちらかにふりわけるようなことなどできないのです。ウクライナ国民の上に銃弾が落ちているのなら 在、ウクライナ、ロシア人830万人の上にも銃弾が落ちているのですからプーチンは救わなければならない。 詩人は外部世界のことを知らなくとも詩はかけるからあまり外部世界の構造を分析していない。それはそれでいいのですが、 こんなことがあると急に世界に目が覚めたように、突然、善悪にわけて語りたがる。 悪のプーチンと善の欧米。戦後ずっと繰り返されてきたウソの物語のパターンです。 詩人はすぐにそれに乗っかって被害者を一方的につくりだし加害者を糾弾する。そういうのは少し違うと思うのです。 ウクライナの人々が被害者のように資本主義のテレビは当然いいますが、そうじゃなくウクライナのロシア人だって たいへんなことになっている。そういう想像力が詩人に最近は完全に欠落している。それが悲しいと思います。 尊敬する真清水るるさんじゃなければコメントしなかったのですが、少し哀しくなりました。 乱筆乱文、失礼、どうしても一言、いっておきたかったので申し訳ありません。 (戦争のすこしまえ)

2022-02-26

こんばんわ。 戦争反対。そのとおりだと思います。 その気持がよくあらわれている詩でした。微妙な気持ちの在り方も含めて.......。 わたしはテレビは見ないのですが、でも、たまにつけてみると相変わらず戦争というものを どちらかが一方的に悪いという視点でしか見ていない方々ばかりでうんざりします。 戦争反対は世界の中でだれよりもプーチン本人こそが一番そう思っている人だということをだれも想像できないのが痛い。 詩人もそうです。何のために大学で学んで知識をつけたのか、その能天気ぶりにあ然とします。(作者さんのことじゃないですよ) これまでのウクライナの近現代史をみて、また、最近のウクライナをめぐる情報をつぶさに見れば ウクライナのロシア人が大量に虐殺されつづけてきたこと、また、バイデンの背後にいる金融資本や石油メジャーが 傭兵を雇ってウクライナで双方に別れて戦闘行為をさせ、プーチンを煽っていたことも明らかになっている。 また、これが一番大事なことですが、欧米こそがプーチンと約束した「ミンスク議定書」を踏みにじっている。テレビでは内実を 報道しないでデタラメが語られている。 となるとこれはどっちが悪いとかいう話ではなくいつもの通り、金をもっているやつらが世界を蹂躙しているだけなのですが 詩人たちはそういうことにうといことを自覚もせず、テレビの偏った解説者と同じくウクライナ国民だけが被害者のように いって、悪者のロシアプーチンと正義の欧米という図式で了解したがる。 戦争反対という意志表明は世界を支配している欧米の金融及びエネルギーメジャー以外はロシア人もウクライナ人も反対なのは同じです。 でも「戦争反対」といって言葉を放り出すだけじゃ戦争反対にはならない。戦争をなくすために知識や情報をたくわえて動く。 それがほんとうの「戦争反対」です。そういう意味では日本の詩人は知りもしないくせにすぐにロシアを非難しウクライナを なにが犠牲者のように言い募る。うんざりです。それは「戦争反対」でもなんでもない。 作者さんのことをいってるのではありません。詩人全般のことです。何も知らないくせにすぐに現代の戦争のような、善悪など 決められないものを裁いて、なにか犠牲者をつくりだして、正義の側に立って嘆いてみせる。吐き気がする偽善です。 だからこそ、わたしは作者さんのようにこのような表現でいいと思うのです。これが詩人にできる精一杯の表現だろうと。 長々と個人的な政治談義、失礼しました。お詫び申し上げます。 (нет войне)

2022-02-26

追記 素人が偉そうなことをコメントしてしまったと後悔先に立たたずです。 記し忘れましたがストーリー自体はとても魅力的な内容だと思います。映画『静かな生活』の 姉と弟の関係を思い出させるものでした。また姉のほうは子豚のようにぶくぶくだったのに ケニヤから帰ってびっくりするほど野性的でスマートな美少女になっていた羽仁未央を思い出させるものでした。 この小説の雰囲気自体は悪くないと思います。失礼しました。 (無題)

2022-02-26

おはようございます。三浦果実さん。 前作と合わせて読ませて頂きました。  正直いいますとわたしは純文学がわかりません。 とうぜん評価もできません。もう二十年以上、日本の戦後小説(通俗エロ小説を除く)は一冊も読んでませんから 最近の日本の文学の傾向や感覚もわかりません。 この作品が詩なのか小説なのかも判然としないのですが、あえてテキスト(書き物)として どう感じたか。それをいうと、じぶんが書きたいと思うことがそのまま書かれているように見えました。^^ これはまあ、そうとう辛辣な感想なので不愉快に思われるかもしれません。ご容赦。ほんとうならコメントなど しないほうがいいのですが、三浦さんにがんばってほしいからあえてコメントすべきと決断しました。 以後に書くことは黙殺してくださったほうがいいのですが、 じぶんが書きたいと思うことと、それをどう表現するかはまったく別物であるのだなと わたしにもたいへん勉強になった次第です。わたしならここをどうするかとか、ああ、ここはいらないなとか、 わたし流に添削しいったのですが、そうすると、この作品はテキストとしては真っ黒に消されて、赤い傍線だらけ になりました。ひとつだけ例をあげますと、 THE CLASHの「獣を野に放て」を流しながら、ジョー・ストラマーの眼のぎらつき方を17歳になった弟は姉に説明をする。それにかまわず、ゲラダヒヒに近づいて撮ったという写真を指差しながら  「ドレッドに編んでもらった後に撮ってもらった」と姉は笑う。 こういうのはひょっとして一般には「あらすじ」と呼ばれるものじゃないでしょうか。^^ 小説ならこうはならないのじゃないかと思いました。   「脳天につららが刺さったような顔して、なんの真似?」   ひーひひっひ。弟はおどけながら「ストラマー知らないの? こんな目してんだよ」   「あきれた」姉はスマホの写真をみせる。 へたな改変ですが、説明じゃなく小説なら具体的な出来事を描写するのじゃないかと。これは素人のわたしの個人的な感想ですが 小説というものはイメージのリアルに入っていくだろうと思ったのです。でも詩なら説明でいいと思うんです。 まあ、詩というのはたいてい説明ですから。そこでこの御作が詩なら非常にむつかしい詩だと思われました。 わたしの手には負えないものだと思われました。それでコメントしたいとは思ってもためらっていたのです。 本来、わたしは小説、とくに日本の純文学は糞だと思っているので一切読みません。 そのわたしの感想なのでまったく個人的なたわごとです。ご容赦。 (無題)

2022-02-26

つつみさん、おはようございます。 丁寧なご返信に感謝します。なるほどなあとうかつだったことを反省することしきりです。 参考になるご意見にいちいちうなずいておりました。 ネットを通じて見知らぬ人と交流するということでしたら、これはほんとうに大変なことだと思います。 相手のことなどまったく知らないのですから断片的な知識や情報からしか物を言えないのですから どうしても双方に誤解が生じます。投稿作品への感想なら作品だけを相手にものをいえますが、向こう側にいる 生身の人間と交流するとなるとこれは至難の技です。どうしても一度直接会ってからしか無理ですね。 そういうことをあらためて再認識することができました。 蛇足ですがブルーライト対策のメガネを買いましたがいまは外しています。そのかわりちょっと高めの目薬を 時たま指しています。でも、やっぱりブルーライト対策のメガネをこれからはかけようと思います。 ご指南ありがとうございます。感謝です。 (ネット依存してる私は死ね)

2022-02-24

おはようございます。仄秋チズさん。 余談ですがハンドルネームが絵画的な印象で非常にかっこいいと思いました。 本文のほうですが めちゃくちゃ言葉の選び方がうまいなあと頭の悪いわたしなど ため息が出ます。ラストの "おはようございます、諦観。" が 、それまでの 幽閉された学童期に対する詩人の抵抗の思想をぐっと締めた、いいフレーズに なっていると感嘆しました。 (逃避の地図)

2022-02-24

三浦果実さん、こんにちわ。 どうして「ゆきゆきて神軍」が出てきたのか血の巡りの悪いわたしにはよくわからないのですが、 複数の人間による1人への暴力を私は否定する、というご意見には無条件に賛同します。 世の中でだれかが叩かれる場合は必ずそういう構図になってますね。 たとえわたしが嫌いな人であっても、その人物の思想や信条に嫌悪感をもっていてもわたしは常に そういう立場に置かれた人の側に立って擁護してきました。それがどういう結果をもたらすかといえば、 必ず世の中から弾き出されます。そういうことを何度も何度も何度も体験してきた結果、今のわたしがあるのです。 ゆきゆきて神軍の監督、原一男とは面識もあり、原の弟子とも知り合いで、映画も何度かみましたが、 奥崎謙三が体力も気力も衰えて よろよろになって刑務所から出てきてからのことを原は撮っていない。撮ったのは頭のイカれた悪ガキの アングラ系監督だった。奥崎は騙されてこのミニ映画に出演してしまったのですが、おそらく金銭的にも困っていたのでしょう。 サドイストのようなこの連中に殴られたり、連れ回して蹴られたり、さんざんな目に遭う。 連中はそれを撮って面白がっている。わたしは映像をみながら奥崎、がんばれ! 立ち上がれ! 悪ガキ共を威嚇して殴り回してやれと心の中で応援しましたが、最後まで見るも無残ないたぶりがつづいて 映画は終わる。非常に腹が立ちました。これはいったいなんなのだろうと。 今回の投稿も、思想信条なんか関係なく、嬲られている側に立ってほんとうのことを書きたいという一念で書いただけです。 お読み下さりありがとうございます。 (あいちトリエンナーレ展ー芸術的抵抗と挫折ー)

2022-02-23

お二方ともわたしなんかよりずっと堅実ないい詩を投稿されている。 もっと建設的なコメントしましょうよ。こんなコメントなんかしては せっかくのいい詩を投稿されているのに人間性の根暗さが伺えて残念じゃないですか。 いやなら読まないでスルーすることもできないのでしょうかねえ。 (あいちトリエンナーレ展ー芸術的抵抗と挫折ー)

2022-02-23

湯煙さん 山田太郎ってだれなんですか? 根拠のない誹謗中傷はここではありなんですか? (あいちトリエンナーレ展ー芸術的抵抗と挫折ー)

2022-02-23

レポートではなくこれは詩のつもりです。 読めばわかるでしょ。 (あいちトリエンナーレ展ー芸術的抵抗と挫折ー)

2022-02-23

おはようございます。三浦果実さん。 一読して共感がもてる内容でした。とくに、 詩に愛着なく、未だに古典に精通もせず、時に読めない漢字をそのままに、ネット詩だけをただひたすらに好んできた無学な私 という文は三浦さんの謙遜でしょうが、わたしの場合はずばりそのまま言い当てられた感がしました。 ただ、三浦さんのコメントには詩のようなあそびがあり、以前からひそかにうらやましく思っていたところがあり、今回、 そのことに言及されているのをみて然りとおもったものです。 詩書きの上達とは、他者との言語による関係性の見直しに鍵が隠されている。このお考えに100%もろ手を上げて賛成です。 (くたばれビーレビュー その弐)

2022-02-23

おはようございます。渡辺八畳さん。  病を背負った大人たちが連なり歩く これを書きたかったのだろうと感じました。 (Plung into concrete)

2022-02-23

つつみさん、おはようございます。 ネット依存に何か不安を感じておられるようですが、まったく何の問題もありません。 わたしはこの十年間、毎日朝5時から夜は9時までずっとパソコンの前に座ったままです。^^ こんなことを続けていたらおかしくならないかと最初は心配でしたが、毎日、快食、快眠、快便が 続いています。まったく100%何の問題もありません。頭のほうもおそらく、たぶん正常です。^^ ネット依存へのマイナーな攻撃は、そんなものはおそらく何かの政治的なあるいは 教育的な洗脳や刷り込みでしょう。わたしはまったく心配していません。とはいえ、今急にネットがなくなっても まったく心配していなことも確かでして、そうなれば本を山程買ってきて毎日朝から晩まで読みふけるでしょう。 要するに人間も世の中もたいしておもしろくもないし退屈しのぎなのですよ、人生は。^^ (ネット依存してる私は死ね)

2022-02-23

トビラさん、こんばんわ。 谷町九丁目 歯磨きする童貞  の間違いでした。すみません。 「あいあいうおうえ」がたぶん重複してます。 自作を期待しております。 (┣強制大人計画┳シンプルプラン┫)

2022-02-05

おはようございます。入間しゅかさん。 なにひとつ、一っところにとどまらないで流転していく ことばの流れに乗りました。まあまあでした。 (「 。」)

2022-02-05

トビラさん、こんばんわ。 洪水のような踏み韻に圧倒されました。 谷町九丁目歯磨く童貞のような韻があればもっと面白いと おもいました。 (┣強制大人計画┳シンプルプラン┫)

2022-02-04

こんばんわ、あめんぼさん。 ひとはみなそれぞれの端子をもっていて抜き差ししているのだということを 改めて思い出させてくれる作品でした。 (端子)

2022-02-04

田中広輔さん、こんばんわ。  生のままの声のまえでは、いかなる文法も沈黙せねばならない。 まったく同意します。 (詩の日めくり 二〇一七年七月一日─三十一日)

2022-02-04

こんにちわ、田中宏輔さん "詩集を出すのに1500万円くらいかけたけれど、1円も手にしていない。" えっ! すげえなとおもいました。尊敬します。 "ほんとうに趣味なのだ。しかも、これからさきも死ぬまで1円も手にしないだろう。 永遠のシロートである。しかし、詩人はそんなものであってもよいと思っている。 むしろお金を儲けない方がよいとすら思っている。" 宿命の詩人ですね。 (詩の日めくり 二〇一七年六月一日─三十一日)

2022-02-04

こんにちわ、作者さん いくらwebで捜しても「竹見一毅」が出てこなかったので、 まあ、いいや。ちょうどおひるどきで、おいしいお茶をいっぷく飲ませて いただいたような気分です。それにしても「竹見一穀」ってなんだろうな。 わたしだけが知らないのだったら恥辱です。 (竹見一毅)

2022-02-04

あめんぼさん、こんにちわ。 恥ずかしき駄文をお読み下さりありがとうございます。 他者への礼儀をわきまえた上でのことになりますが、 詩、小説、批評などの空間がなんでもありの場であることを いちおう希望しています。 (情況論2 日本防衛論)

2022-02-04

おはようございます。田中宏輔さん。 言葉の洪水ですね。 いつもお粥を食べているわたしが突然、大盛りのカツ丼を手にしたように その、超弩級の大盛り感に圧倒されています。 ロボットの詩は、ひとつの暗示でした。ひょっとするとこの超弩級の大盛り全体が ロボットなのじゃないかと。^^  立ち止まること無く疾走するしかないのじゃないかと。 (詩の日めくり 二〇一七年五月一日─三十一日)

2022-02-04

蛾兆ボルカさん、おはようございます。 コメントありがとうございます。 小説は読んでないとおもいます。 子供の頃映画でみた記憶があるような気がします。 (情況論2 日本防衛論)

2022-02-04

田中宏輔さん、おはようございます。 お読み下さりありがとうございます。「い」がひとつ多いのに気づきましたが...... いまだに訂正の方法がわからなくて難儀しております。 ご指摘くださり感謝です。 (情況論2 日本防衛論)

2022-02-04

ラッパーのような独特の韻を踏んで 見たこともない異質な世界に変えてみせてくれますね。 とくに二連目、パンチが効いている。 他の投稿作品も非常に面白く読ませて頂きました。 (情報アナルケツ穴探知機)

2022-02-03

三浦果実さん、こんばんわ。 散文の流れがとてもかろやかなのでその筆致の巧みさに驚きました。 このような軽やかな散文を書かれるのはネットでは田中宏輔さんだけだと思っていましたので ちょっと見直しました。 詩のほうがこれほどに軽やかであれば、どれほどかとは思いますが、詩はそれほど甘くはないということ かもしれません。 偉そうな感想を失礼しました。いやあ、でも面白かったし、どきどきしましたよ。^^ (魔法はある)

2022-02-03

鷹枕可さん、こんばんわ。 ていねいなコメントを下さりありがとうございます。 ご承知であると思いますが詩を書くという密室の作業というものは外からみるとだれのなにであれ 健全な生活人からみれば、なにか、いかがわしいものに映るようですね。 荒川洋治が詩人を見たら石を投げろ、ぼくなら投げる といったように詩人という営為を行う者は決して 健全な社会人じゃないと思われているし、むかしなら世間から石を投げらる宿命みたいのものがある。 もし、それが谷川俊太郎のように詩人が健全な生活人から石を投げられなくなったとき、詩の全体的な豊かさ、余剰な豊かさは 失われたのじゃないかとすらわたしは思うのです。 "玉石混交の気紛れ、に生ずる、未発見の才能の萌芽、その後の経験、成長を潰し兼ねない"と思います。 短いことば=詩のことばというものは絵画や音楽と違ってあんまりカネ儲けにふさわしくないし、世間からもあまりもてはやされないのですけど、 怖ろしい力をもっている。 小泉純一郎の「郵政民営化」というワンフレーズが日本人を夢遊病にかけたことがある。和合亮一の詩の礫はひょっとするとそんな力をもちそうな 気配があった。 その怖ろしいことばの力がときどき投稿作品のなかに姿をあらわすことがあるとするならば、 捨てたものじゃないと思っています。 鷹枕可さんや深尾貞一郎さんの詩のことばにはそういったパワーが宿っていると感じます。 お読み下さり貴重なコメントもいただき感謝しております。 (情況論2 日本防衛論)

2022-02-03

よびなさん、こんばんわ。 コメントをいただきありがとうございます。 お金をもった人間が悪いことをするとはどういうことか、これはむつかしい問題ですよね。 原点にもどって考えてみようと今、思いました。 (情況論2 日本防衛論)

2022-02-03

こんにちわ、三浦果実さん。 おじさんたちが大好きになる作品だといって下さりありがとうございます。でも、 こんな文芸の場で驚愕情報を真顔で語るおじさん達というのは、やっぱり痛いのです。 痛いおじさんなんです。映画「シャルウイダンス」に出てくる竹中直人みたいに気持ち悪いといわれるのが筋です。^^ それとぼくやっぱりおじさんより若い人にほめられたいなあ。もう、やめようかな。 (情況論2 日本防衛論)

2022-02-03

こんにちわ、湯煙さん コメントありがとうございます。 詩か否かは読み手の判断による。まったく同意します。 これが読むことの面白みであり投稿することの面白みですよね。 曖昧さを無理にはっきりさせないのもテキストの醍醐味じゃないでしょうか。 もちろんわたしの駄文がそのような醍醐味を提供しているという意味ではなく 一般論ですが。ほのかな関心をたとえ少しでも持って下さり、コメントをして 頂いたことに感謝申し上げます。 (情況論2 日本防衛論)

2022-02-03

深尾貞一郎さん  再度のコメントありがとうございます。 おっしゃるとおり理路整然と語る能力が欠損しておりまして度々破綻します。 頭の中にあるあいだは自分なりに理路整然としているのですが、日本語文法に載せると 非常にむつかしいものを感じます。 暴力というのは非常に詩的な側面を持っていますね。わたしは暴力を全否定していますが ときどき巨大な暴力の支えがなければ真実は存在しえないのかと 暗澹とすることがありますね。若い頃、道路に停まっている自衛隊のジープの脇を通る時、ああ、 これだ、この力が示すところが真実なのだ、力の背景なくしてどんな真実も存在しえないと 思ったことがあります。文学や芸術は別ですが。 (情況論2 日本防衛論)

2022-02-03

深尾貞一郎さん、こんにちわ。 だれか何でもいいからこの駄文にひとことくれないかなとぼんやり寝転んで鼻くそをほじくっていたところでした。 コメントありがとうございます。 そして深尾さんのこのコメントこそわたしが欲しかった正統派の内容であって非常にほっとしました。 やはりわたしのこの駄文は宙に浮いた妄想のごときものであって、実生活者には何の関心も興味もないものであったことに へんな言い方ですがいたく満足しています。つまりこれはいまどきの詩の裏地のようなものであるともいえます。 じぶんで投稿しておいて何ですが、だれもこんなものを相手にしないで黙殺するのが一番健康的な態度だとおもいます。 (情況論2 日本防衛論)

2022-02-03

こんにちわ、三浦果実さん。 URLが紹介されていたので加藤万結子さんの批評、読んでみました。 うーんと、言いたくないのですが、これは加藤さんには大変申し訳無いんですが詩の批評にはなっていないのじゃないかと。 決して悪いテキストじゃないんです。加藤さんは真面目な方なんだろうと思います。 でも、つまりこれでは詩の批評ではなく社会批評じゃないかと。そう思わざるを得ないんです。 わたしも大賞作品ということで読ませていただきまして簡単な感想を書きましたが、投稿された栞さんは わたしのコメントをみてちょっとがっかりされたんじゃないかと思うんです。つまりこれはべつに 「平等」の話なんかじゃないですからね。作者はそんなこと、どうでもいいと思っているはずですよ。 これは社会批評じゃなくて詩です。じゃあなんの詩かというと万人に普遍的に訪れる「喪失」という問題を扱っているんです。 平等という概念はたんに触媒でしかなく、それは本題じゃないのじゃないかと思うんです。 つまりこれは人間の純粋性が成長によって失われるその「毀れ」のときをつかんですてた記録なんじゃないかと思います。 こういうのたとえば戦時中、日本は皇国で、敵は非道な悪鬼だと教えられた子どもたちが額に汗して竹槍の稽古に励んだことと 重ね合わせることができるんじゃないかな。真面目で純粋な子ほどそれを信じて育ち、そして敗戦の日に大切な何かが失われることを知る。 これが成長ということなら、大人になるということは、なんとまぶしいことかと。したがって湯煙さんの「平等即差別ですね..... うんぬん」は、わたしからするとちょっとそれは全然違うんじゃないかと、それは詩の話じゃないのじゃないかとそう思わざるを 得なかったわけです。やっぱり栞さんから返事もなにもないのはわたしなんかのコメントにちょっと呆れ返ったのじゃないかと そんなことを心配しています。 (2021年12月大賞作品「平等」)

2022-02-02

こんにちわ、黒髪さん。 神話的なフレーズを重ねておられるのが印象的でした。 決して身体的なたしかさに裏付けられたものではないけど、 人間が頭だけで出来ていればこれほど耽美的な世界はないでしょう。 教祖的な魅力をもつことばだと思いました。 (モノと心)

2022-02-02

おはようございます。 真清水るるさん。 わたしは田中修子さんのことは何であれまったく何も知らないのです。 ときおり現代詩フォーラムに投稿される詩をみて痛ましい思いをしていました。 (血が逆さまに滴るような、こんな詩を書く人とはいったいどんな方なのだろう?) とはいえ読んだ一瞬の感慨で、文字列から目を離せばすっと忘れていました。 しばらくして現代詩フォーラムのお知らせ欄で田中さんが亡くなられたことを知った瞬間、あ、と背筋に稲妻が走りました。 一片ほども気にしてなかったはずなのに、ああ、おれは長い間あの投稿者のことを気にしていたのだなと。 稲妻のような衝撃というのは人間は死ぬのだなという当たり前のことが身に迫ってきたからです。 そうか、おれもいつか死ぬのかと思いました。生まれて初めて死ぬことが実感されたのです。 そこで田中修子さんの詩を読み返そうと思っていたのですがまた、次の瞬間、そのことを忘れていました。 この詩を読んで忘れていたそのことを思い出しました。 (『幻肢』(田中修子さんに捧ぐ))

2022-02-02

失礼。作者は ほぼ さんでした。 わたしのコメントは作者へのものです。 ほぼさん、エイクピアさん、どうもすみません。 (何処かの惑星で)

2022-02-02

おはようございます。エイクピアさん。 どこかの〈惑星〉から帰ってこられたのでしょうか。 ほんとうに耳から〈みず〉がはいってきたような感じになりました。 身体中が〈みず〉に満たされあふれているような。 (何処かの惑星で)

2022-02-02

三浦果実さん、おはようございます。 コロナもそうですし、沖縄、北海道の独立の気風など、あるいは自民党のサヨク化など、 あらゆる現象がひとつのことを目指しているのにそれを書けなかった反省をしています。 夢遊病者が夜中にわっと叫んで外に飛び出してわめきだしたような文章です。 あるいはよく街なかでキリストは偉大なりとひとりで演説している、まったく世の中から浮いた 狂信徒のような所作で、この狂信徒と同じく文章も支離滅裂気味であったでしょう。 それだけ何かわっと叫ばずにはいられなかったなにかがあったようです。しかし詩に書く力がないので 散文にしました。でも、アホのような駄文を書いたお陰で、何を書くべきかわかってきました。 次があればもっと掘った穴をお見せ出来るような気がしております。 (情況論 -ウィグルのアンネ-)

2022-02-02

おはようございます。 うろたん颱風さん、面目ありません。でもコメントを頂くだけでありがたいです。 次があればもっと考えて書こうとおもいます。 お読み下さりありがとうございます。 (情況論 -ウィグルのアンネ-)

2022-02-02

深尾貞一郎さん、こんにちわ 自分を相手に全力を出し切って闘い、自分にノックアウトされて大の字に倒れる。 これはとても気持ち良い倒れ方ですね。思い残すことはもう何もないと思います。 そういうものを言語化できていると思いました。 (ドッペルゲンガー)

2022-02-01

エイクピアさん、おはようございます。 お読みくださりありがとうございます。 ドゥルーズのところですね、唐突でしたね、は、まったくちんぷんかんぷんなわたしの 劣等感のあらわれかもしれません。 (変態自称詩人の生き甲斐は恥辱)

2022-02-01

こんにちわ。三浦果実さん。 コメントありがとうございます。 これは結構まじめに書いたものですが、しかし、蒸留したての焼酎のように かーっと刺激があるだけであまり奥の深いものではなかったことは認めざるをえません。 もう2日3日、発酵させればよかったと悔やんでいます。 現代詩フォーラムに投稿されていた花形新次さんの「恥ずかしいものを見せて平気な自称詩人は変態だ」 があまりに愉快、痛快だったので便乗させていただきました。 花形さんの余韻のある詩風にはまだまだ及ばないものと痛覚いたしました。 (変態自称詩人の生き甲斐は恥辱)

2022-01-31

こんにちわ。湯煙さん コメントありがとうございます。 正統派の真面目な詩を書かれる湯煙さんから無視されなかっただけでも ありがたいことです。それでも湯煙さんのような方にも なにかあるぞと思わせるような詩を書かないといけません。 精進いたします。 (変態自称詩人の生き甲斐は恥辱)

2022-01-31

こんばんわ、ふくこさん なんか綿あめみたいなふわふわしたものを味わった気分です。 書き手はきつい気持ちをあらわしているのでしょうが、わたしは悪い気分じゃないです。 ことばはそのまま何も考えずに書いたらただのことばにすぎないのですが ことばをリアルにさせているのは書き手の思いのふかさでしょうかね。 (ゆめゆめ)

2022-01-30

おはようございます。 水平線が空と海に線を引いている小さな入り江の崖の下で さざ波に洗われている巻き貝や藻など。 これを今はもう無い枯野とすれば、 生命力の強い"現在"が"神仏"を殺してその死肉を食らっている。 先には何があるのか、自然と一体であった世紀の者にはわからない。 わかりたくもない。夢は枯野をかけめぐる。などの情景、想念が浮かんできました (願い)

2022-01-30

書き手の気持ちが深く滲むことばでした。 カップ麺のうどんという素朴なものへの思い入れもなごやかさを増します。 ただ、作者にとっては損なことにこのような感慨や構成は ややありきたりに文学や映画などで見聞きすることですので もったいないなあと思いました。 (肉うどん)

2022-01-28

こんにちわ。 月間B-REVIEW大賞をとられたということをみて拝読させていただきました。 平等なんてことは生まれてからこれまで考えたこともなかったので勉強になりました。 やっぱり平等は大事ですよね。そういう社会が実現されればいいなと思いました。 (平等)

2022-01-27

白川ロイヨさん、こんばんわ。 ご感想ありがとうございます。 (龍之介と修司がいる台所)

2022-01-26

こんばんわ、深尾貞一郎さん 蛾兆ボルカさんの秀逸な指摘に反論はないので深尾さんへひとことだけ。 教育の重要性はまったく同感です。ただ、倫理というものがどこから派生したのか。 宗教からだとは考えにくいですね。倫理は必ず思想 信条 信仰の相違を超えているものだと思うからです。 信仰が違うからといって殺し合いをするような教えはないでしょうが人間が教団を持つと必ず異教徒を排撃します。殺し合う。 あるいはマルクス主義やレーレニン主義がこの理論に同意しないものは殺せとはいわないでしょうが思想が衝突すると人間は殺し合う。 そこに倫理はないわけです。倫理は思想、心情、信仰を超えています。でも、一見倫理に見せかける言説は非常に多い。 たとえば昨年、日本オリンピック組織委員会の森会長が女性蔑視発言で辞任しました。 森会長を糾弾したリベラルの人たちは女性蔑視に対する倫理的ないきどおりを覚えて森氏を批判したのでしょうか。 あるいはテレビのコメンテーターは森氏の発言に倫理的な怒りを覚えて糾弾したのでしょうか。 一見、倫理に見えます。しかしその後、この人たちはたとえば静岡県知事の女性蔑視発言には沈黙しています。 知事が左派系だからです。つまり一見倫理的な発言をしているようで実は倫理ではなく政治的発言であることがほとんどです。 ほんとうに倫理から発した言葉は右左の政治的主張に左右されないし、信仰の有無や党派性にも左右されない。 つまり倫理はどこから来たのかという場合、宗教や思想、心情から来たのではないのじゃないかと思うのです。 人間の愚かさは党派(教団)をもつことで本来のキリストの教えを粉砕してしまう。これは親鸞の教えもそうです。 今の浄土宗系教団に親鸞の教えは跡形もありません。そもそも親鸞は仏像も寺も否定しています。 キリストも親鸞も倫理的であった。しかしその倫理性は宗教的感性から来たのではなく、経験から来たものです。 倫理は受難や貧困や苦痛の中から生まれるのじゃないかと思っています。そうなら当然、宗派や党派や主義心情から自由なものです。 ところが今の社会には倫理が巧妙に党派や宗派によって偽装されている。そういう情けない時代だと認識しています。 (詩人のオーダー(詩人であることの要件としての「賢さ」についての覚書として))

2022-01-25

ずいぶん技巧的な詩だな と感じました。 とはいえ技巧は感性でもあるから作者が天才的にもっている 詩人性の発露であるのだなと感心すると同時にうらやましくもあります。 (誤解)

2022-01-25

こんにちわ。 yatukaさんの詩はすべて気にいってます。 わたしの考える詩がそこにあるとおもえるからです。 若輩が偉そうなことをいって恐縮です。 なを個人的なお話になりますが、現代詩フォーラムで わたしの素晴らしい詩にポイントありがとうございます。 (春の海)

2022-01-25

 鉛筆の例は、道具の目的外使用の例です。  道具は目的により作成されてますので、外見や物理・化学的な特徴よりも、目的にフィットする分類が便利なケースが多いと思われますが、  目的にあわせた分類は、目的外の使用には役に立ちません。 おっしゃるとおりだとおもいます。 目的にフィットする道具分類が便利なことにはまったく同意します。 また、目的にあわせた分類は、目的外の使用には役に立たないことにも同意です。 わたしが鉛筆の例でいいたかったことは現実世界では道具目的が常に揺れ動いているということです。 一瞬の殺意が鉛筆の道具的な目的を新たに作り出すということです。 平たく言えば観念的に硬直した基準は現実では役に立たないことがままあるということでしょうか。 人間がもしサルより賢いとすればそういう基準から抜け出す自由を持つということではないかと思っています。 (詩人のオーダー(詩人であることの要件としての「賢さ」についての覚書として))

2022-01-25

まるでコーラン(しらんけど)を読むような、あるいは 歌うような、視野の広さというか空域のひろさを感じました。 ちっとも湿り気がなくて、なにかの情感が天に向かって突き抜けている。 おもしろいと思います。 (許さない)

2022-01-25

ボルカさん、こんにちわ 人間であるなら猿より賢い動物であり、と仰られておりますが、 賢さとは知能ではありません。知能が良いことと賢いこととはまったく別の次元の話です。 昨今の世界情況をみますと果たして猿より賢いのかどうかそこには疑問があります。 猿はカネのために仲間を売りません。猿は仲間の腎臓をとって売りません。 猿はおれは東大出だといって威張りません。猿は必要以上にカネやモノを溜め込みません。 猿はおれは知的だといって無意識に大衆を見下しません。ああ、もうこれくらいにしておきましょう。 人間が猿より賢い生き物ならどれほど良かったでしょうか。とわたしは思います。 知能が良いこと=賢いことという短絡には同意できかねます。 (詩人のオーダー(詩人であることの要件としての「賢さ」についての覚書として))

2022-01-25

ABさん、こんにちわ。 あとになって、寺山のあの詩は  名にし負はばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと に似ているなとか気がついたのですが、やはり、もう少し考えを詰めておればと しょうしょう悔やんでおります。 (龍之介と修司がいる台所)

2022-01-25

おはようございます。三浦果実さん ただの散文めいた詩をお褒めくださりありがとうございます。 実のところまだ何もわかっておりません。頭が悪すぎますわたしは。 (龍之介と修司がいる台所)

2022-01-25

こんばんわ。 観念というものはしょせん硬直した幻想しか生み出さないのだなと勉強になるテキストでした。 この散文では階層構造の区分原理を扱っておられますが、 多次元構造の区分原理だと「賢い詩人」はどう位置するのかと考えました。別に多次元構造でなくとも 筆者の言いたいことはわかるのだけど、たとえば鉛筆。 鉛筆には色鉛筆もあれば筆ペンもある。これの上位カテゴリーは筆記具でしょうか。筆記具の上の分類は事務用品にでもなるのだろうか。 でも、このような観念上の区分原理は現実の前ですぐに崩壊する。 たとえばわたしが鉛筆を使って恋人を奪った男の眼を突いて殺せば、鉛筆は筆記具から鋭利な凶器に変わる。 このとき鉛筆は階層構造から完全に抜け出して多次元構造の中に置かれる。たとえば 1.先が尖った人を殺せる棒 2先が尖ってない人を殺せる棒 3先が尖った人を殺せない棒 4先が尖ってなく人も殺せない棒 という4次元の区分のどこかに置ける。もちろん、これ以外の区分も無限大だ。 何がいいたいかというと人間の観念なるものはたしかに区分の原則を様々に決定できるかもしれないけれど、現実の前では そのようなものはあっという間に霧散してしまうということだ。 人間は観念によって不自由になり現実によって自由になれることもあると考えた次第。うすっぺらく雑な考えですが何か気づきを 与えてくれました。ありがとうございます。 (詩人のオーダー(詩人であることの要件としての「賢さ」についての覚書として))

2022-01-24

こんばんわ。 読ませて頂きましたが、むつかしいものですね。 何も考えずに風景をそのままぱしゃっと写真に撮ってもそれは風景じゃないと ある写真家がいってました。貧しい生活社会が生み出す愛憎のドラマの配役が 全員並べられて点呼を終えたような感じがしました。 (Blood.)

2022-01-22

こんにちわ。 静止よりほんの少し速くというフレーズに惹かれました。 お陰様で吉岡実の『静物』という詩の理解がほんの少しすすんだ気がします。 (静止よりほんの少し速く)

2022-01-22

こんばんわ。 湯煙さんがおっしゃってますがわたしも雨が睫毛に降るというイメージが新鮮でした。 その他、ところどころに素晴らしいフレーズがあって、いいなと思いました。 神風船というのも、なんだろうなと思わせますが、それ以後の展開とどうつながるのか 稚拙なわたしにはよくわかりませんでした。 神風特攻隊についていえば今からみれば愚かかもしれませんが、そんなもの 愚かといえばすべてあとの時代からみれば愚かなことを人間はしているのじゃないでしょうか。 でも当時は真剣に一人一人の航空兵が死をみつめて極限の人間的思惟を重ねたのであって、今のわたしたちが それをどう言い募ることもできないし、安易に、見下すことは人間への冒涜だと思いますので、 わたしは別に神風でもかまわないとおもっています。 (羽化)

2022-01-21

日傘は見せるものでもあり、柄のうつくしさに はっとすることがあります。実用本位ではないところが 詩などの文芸にもいえますね。 (日傘のしらべ)

2022-01-20

こんにちわ。 実のところまだよく読めてないのですが、 シャガールの絵のようなノスタルジアを感受しました。 (記憶の街)

2022-01-20

こんにちわ じぶんの名前を三回唱えられるかい? それができないなら、きみは自分が嫌いなんだ という行にはっとしました。じぶんの名前がすぐに思い浮かばなくて あっと声をあげました。 (大晦日 あいつと)

2022-01-20

こんにちわ。 泣くほどだれかを大好きになってみたいものです。 うらやましい人だ。 (泣く)

2022-01-20

こんにちわ まことに申し訳ないのですがわたしには難しすぎてよくわからないところがありました。 でも、作者が一生懸命詩と格闘しているというか頑張っているのだなという熱意は伝わってきました。 (びーれびしろねこ社賞の作品群を読んで)

2022-01-20

こんにちわ。 高い時計も安い時計も一秒は一秒。 一見、当たり前かもしれませんが、なるほどとおもいました。 (全ての狂人たちへ)

2022-01-20

おはようございます。 日常のような非日常とは世界的なコロナ騒動のことでしょうか。 あるいはトンガの火山爆発や中国の皇帝主義が世界にもたらす恐怖もあるかもしれません。 独特のことばの切片がある人には独特のイメージを当たるのかも知れません。 しかし日常のような非日常といってしまえばそこでそういうことになるのですからあとは 付け足しのような気がしないでもありませんでした。 (リフレイン)

2022-01-20

安里和幸さん、こんばんわ。 この詩にさそわれて過去の二作を読ませていただきました。 投稿初作には感銘を受けました。二作目もすばらしいとおもいました。 これも前二作の硬質なことばがみせる佇まいを感じさせます。 残念ながら前二作に比べてこれはそうとう出来は悪いですが、今後の作品に 期待をもたせる作者であるとおもいました。 素人が偉そうな感想を書きました。ご容赦。 (寒暁)

2022-01-19

沙一さん、こんばんわ。 ただ何かを書きたいという思いだけで書きました。 何かを より 書きたいという無形無心の願望が優先しました。 お読みくださりありがとうございます。 (龍之介と修司がいる台所)

2022-01-18

わたしにとって”分割された牛”ということばからイメージされたものが新鮮でした。 ちょうど現在社会のどうしょうもない情況に絶望していたからでしょうか、ここに書かれたことばを よく理解できてはいませんが、なにやら、わたしの心情をゆるがせるものがありました。 (いつ?どこで?きみはなんのために)

2022-01-18

ことばを辿っていくこと自体が黄昏どきの情景をみるようでした。 一幅の絵でした。 (春老い色)

2022-01-15

沙一さん、感想をたまわりありがとうございます。 わたしも同じことを感じていたのでやっぱりなあという感じです。 わかっていてもどうすればいいのかわからないのだから、ほんとうに無能な 下手の横好きなんだなと納得した次第です。でも、いつまでも投稿できないから さっと書いて目をつむって投稿させていただきました。ありがとうございます。 (眤月)

2022-01-15

深尾貞一郎さん、拙作にていねいなご講評をたまわり感謝です。 なんというのでしょうか、才能のない引かれ者の小唄かもしれませんが、わたしは近頃、 つぶやきを目指しています。囁きでも歌でもなく。 つぶやきというのはだれに聞かせるものでもないのですが。でもやっぱり聴いてほしいという なんとも矛盾した複雑な感じでいます。 (眤月)

2022-01-15

Comoestanuquiさん、こんにちわ。 正月は今もそうですが手軽で簡便な餅ばかり食っていたので 想像力の単純で狭いわたしには餅くらいしか思いつきませんでした。 お読みくださりありがとうございます。 (眤月)

2022-01-14

三浦果実さん、こんばんわ。 貴重なご批評ありがとうございます。 無能ゆえご期待に応えられるかどうかわかりませんが ありがたく頂戴しておきます。 (眤月)

2022-01-14

真清水るるさん、こんにちわ。 記憶という原石を時間がこつこつと磨いて美しく光らせてくれたのかもしれないな と思えるときがあります。 (眤月)

2022-01-14

きょこち(╹◡╹)久遠恭子さん、おはようございます。 三ヶ日、自炊が面倒なのでコタツに入って毎日、餅を焼いてます。 おいしいですね、お餅は。こちらこそどうぞよろしくお願いします。 (眤月)

2022-01-14

すいすいと読めました。 なにも残らなかったけど。 (投稿サイトによくいる上手な詩を書くおじさん)

2022-01-13

ああ、そういうものかもしれませんね。布団こそ宇宙船の原型てか、 布団は宇宙船です。 (ただの、一点。)

2022-01-13

こんにちわ。 ラストの一行が詩になっているようにおもわれました。 (さようなら)

2022-01-12

介護者のリアルな心情が身に迫ってきました。 (肛門のリアリティ)

2022-01-12

純愛ですね。純愛であるからこそ動物的欲望を飲み込み聖化する。 そのきわきわのところでぴりぴりと神経が逆だっている感じです。 (びりびりびり)

2022-01-11

おかげさまで「わたしの風の又三郎」という未読の投稿詩があることを知りました。 よるの海を見にでかける。なぜよるの海なのか。どうしてネオンが反射する裏町のドブ板じゃないのか。 それが不思議。かつまた、どうして判を押したように詩を書く方々はよるの海へ出かけるのが好きなのか興味をもちました。 (物語をノンフィクションと断言できる人)

2022-01-11

詩作と投稿詩とは別のものじゃないかと思います。 そういう意味では出版された詩などはすべて投稿詩の部類に入るのじゃないかなと。 投稿詩とは「じぶんを知ってもらいたい。分かってもらいたい。その上でそんなわたしを受け入れてもらいたい」という願望が中心にある。 そういう意味では「詩についていの詩」も投稿詩としては同じで、べつに別け隔てる必要はないと思います。 (詩作についての詩はやめたほうがいい)

2022-01-10

一瞬、詩とはなにか、詩の価値とはなにか、詩の評価とは何かを考えさせられました。 ときどき立ち止まって、こういうことを考えてみるのも案外、必要なのかもしれません。 もちろん、答えなど出るわけでもなく、いつもの伝で堂々めぐりの愚考をこらしただけですぐに忘れましたが。 これからもどんどんこの手の詩を書いてください。期待してます。 (Twitterによくいる下手くそな詩を書くおばさん)

2022-01-09

仏はなんとなくわかるんですけど鬼って何なんですかね。 じぶんを失って激怒したひとの姿を一度みたことがあるんですが ああいうのを鬼というのならそうかもしれない。 (小鬼たべらこ)

2022-01-09

いい詩なのかダメな詩なのかわたしごときにはわかりませんが、 略称連続射殺魔、作家の永山則夫先生の姉のことを思い出しました。  (俺の姉が障害者になっていた)

2022-01-08

お題は「初恋の日」でしたね。 投稿してしばらくたってから気づきました。 ミスです。みすみす見過ごしてしまいました。 ほんとうです。 (初恋)

2021-10-13

しずかな心境が 流れるようにこちらに しみてきました。 (無念の夜更け)

2021-10-08

こんにちわ。 おとぎ話はよくみます。 中韓のドラマが大好きですが、中韓のはすべてシンデレラストーリ。 大金持ちの男が貧乏な女に恋をするが貧乏な娘は相手にしないというパターン、 あるいはその逆。これは恋愛ドラマでも刑事ものでもそう。 貧乏な刑事が大金持ちを追い詰める。出てくるのは巨大企業の社長や政治家、そして貧乏な女か男。 中韓ドラマはおとぎ話のパターンの一つであるシンデレラストーリーの変化型ばかり。 韓ドラ『椿の花の咲く頃』はめずらしく違いましたが。 さて、なぜか日本のドラマには中韓のようなシンデレラ・ストーリーはほとんどない。 一般平民のラブコメやサスペンスばかり。 どうしてかと考えてあることに気づいた。貧しいのだ。あるいは貧しかったのだ。 おそらく中韓ともに経済大国を自称しているが、一部であって、ほとんどの大衆は貧困の極みにいる。 それが中韓ドラマの背景にあるものだろう。わたしも貧困なので中韓ドラマのそういうのが 大好きでよくみているが、これ、終わりがない。いつまでも続く。そして終わるとサイダーの泡のように忘れる。 中韓の一般庶民に真の平和が訪れるまでシンデレラストーリーは続く。 失礼ながら、身勝手な感想ですが、そんなことを考えました。自分語りみたいですみません。 (おとぎ話は、いつ始まって、誰が書いて、誰が演じて、そしてなぜ終わらないのか)

2021-09-18

こんにちわ。 なにか童話のような詩でたのしかったです。 (『俺と僕』)

2021-09-10

不思議なことがあるものだ。 だれかを待っている。 ずっと待っている。 それが現れることを待っていたのに それが現れるとなにかつまらないような気がして背を向ける。 背を向けると、途端に、またすぐにそれを見たくなる。 一つのことしか書いていないのに、 とはいえ、現在ではそれがまたすべてなのかもしれないが。 考えてみると。 これが現代詩のさいたるものなのかもしれない。 いまや、ただひとつのこと、幻滅と絶望を書くしかないのかもしれない。 ああ、またわたしはこの作者の次の作品を待つだろう。 そしてまた同じことが書かれていることに少し落胆し、 また、次の作品を待ち続けるのだろう。 これが現代詩なのかもしれない。 (ツララ、ツェラン、ラララ、ツェラン、パパパパパパ、パウロ、ツェラン、つらたん(´;ω;`))

2021-09-10

こんにちわ。 失礼。わたしもあらゆるものが貧しいので思わず熱中して読みました。 最低限の生活さえできればカネはそれほど欲しいとも思わないけど それよりおのれの心の貧しさにいつも恥ずかしさを覚えています。 もっとこのテーマで読みたいと思いました。 (貧しいとは)

2021-09-06

こんにちわ。 いきなりとびこんできた写真のド迫力に一瞬、気圧されて ことばが出ませんでした。失恋の記録?でしょうか。 よくわかりませんが迫力がありました。 (1/2)

2021-09-03

こんにちわ。 愚鈍なわたしが感想などおこがましいのですが、 いや、かえって貴方様をがっかりさせるかもしれませんが これはウソ、いつわりのない正直な気持ちなのでごめんください。 じつは、冒頭の、叔父さんが「鞄職人」というのがかっこいいなと思いました。 事実かどうかではなく、もし虚構ならかっこいいし、現実であってもかっこいいと。 わたしの知人は包丁の研ぎ職人になるのが夢でしたが、あれは許可制になっていて縄張りもあり 既存の職人さんから認可をうけるのが難しいとか。あ、自分語りになってもうしわけありません。 この御作、最後までするすると読めました。かっこいい文体だとおもいます。 (蜆かぞえ)

2021-09-02

胎と胎児について考えさせられました。つまり〈空間〉について。 私個人としては人間の87%くらいは神様じゃないかと思っています。 神の領域にあるものがほとんどなのに、じぶんで何とかしようとあがいている人間が 滑稽ですが、そういう滑稽さに気づくには年月が必要かと。 偉そうなことをいってすみませんが、これが感想です。 (詩の日めくり 二〇一六年八月一日─三十一日)

2021-09-01

他人からすればなんとつまらないことをいうようですが、 一行目の"橋の欄干から”身を乗り出”"すという描写に不意をつかれ 詩行に新鮮なものを感じました。 (覆水も お盆には かえりますか?)

2021-08-29