作品投稿掲示板 - B-REVIEW

Yoshi


投稿作品数: 26
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丸く大きく包み込まれた、暖かな空の世界で、登場する対象と対象が、詩情できっちりと、命綱のように繋がれていて、読んでいて、優しい人になれた気分にさせてくれるような、良い詩だなぁと思いました。 ※動画がエラーで観れなかったのが非常に残念でした。 (月のひたい)

2020-11-12

拾うと言う動作や、その姿勢、又は言葉そのものの響きが、とても物憂げな思いや気分にさせてくれる、心に響く良い詩だなぁと思いました。 (あなたとどんぐりとハナミズキの赤い実とわたし)

2020-11-12

オノマトペが上手く機能していて、心に音が響く、良い詩だなぁと思いました。 (歯磨きの前のバラード)

2020-11-12

トンボとえんぴつで、小学生の頃を思い出しました。大切なこと気持ちを思い出させてくれる良い詩だなぁと思いました。 (さよなら鉛筆、トンボ印のちびた秋)

2020-11-12

セックスも触れずに、見つめ合うだけで、良いところへ行けるくらいの、時間と余裕と気持ちがあれば良いなぁと思いました。 よく描写できている、良い詩だと思いました。 (挿入)

2020-11-12

疾走感が溢れる良い詩だなぁと思いました。 (フィラデルフィアの夜に XⅨ)

2020-11-12

とても良い詩だなぁと思いました。 (園主が言うように)

2020-11-12

ふじりゅうさん コメント、又、評価をありがとうございます。 オーソドックスに、詩作を楽しんでいる毎日です。 (未開の故郷)

2020-10-11

鷹枕可さん コメントありがとうございます。 洛陽は、落葉に掛けています。 又、冒頭の桃色の海に、イメージ的な絡繰で、唐、都、距離、それらを読者に広げて頂けるよう、重複させて使い願いました。 実は、うみなりは、それなり、という音感に頼りました。ですので、掛詞の発想はなかったのですが、掛詞なっているのでしょうか? 勉強不足で申し訳ありません。 (羽衣)

2020-10-09

よかだなぁ、←これは醜いタイプミスです、、、 よかったなぁ、です。確認せずに送信してしまってらごめんなさい。 (羽衣)

2020-10-07

ライ麦さん 感想コメントありがとうございます。 うんざりや称賛、その他、色んな感想を頂けからこそ、詩を投稿してよかだなぁ、とありがく感じます。 悪い意味と云う、その悪さについて、少し興味があります。もし、よかったら、教えてください。ライ麦さんも、とうぜん理由があって悪い意味でと、仰っておられるのでしょ? そこは明示したほうが良いと思いますよ。 (羽衣)

2020-10-07

くおん 文字描きわんこさん 感想ありがとうございます。 美しい言葉の使い方だと感じて頂き、とても嬉しいです。何故かと言うと、 日が沈むことを、一般的に洛陽と呼ぶので、  >洛陽が沈んでゆく と言う言葉は、  (日が沈むが沈んでゆく)と成ってしまい、その意味は被ってしまっているのですが、音感の良さを優先しました。 又、同様に、 > 砂粒が立ち尽くする砂浜で も(尽くする)なんて、おかしな日本語なのですが、思い切って使ってみてよかったです。 (羽衣)

2020-10-07

主題に希望を感じました。 希望も崇高なものから、癖になってしまって習慣的になっているものまで、色々とあると思いますが、描かれている希望は、日常の中にありながら、しかし、見落としがちな、一条の光のように感じました。 (ベランダ)

2020-10-06

おちばからから からっぽの よい音だなぁと思いました。 詩のよい音って、古代から、意味を伝って、不思議な感覚を汲み上げるような、効果があると思います。 (からっぽのぉせんたっき)

2020-10-06

パスワードを忘れ続けるさん コメントありがとうございます。 現実から虚構への流れを感じて頂き嬉しく思いました。 (未開の故郷)

2020-10-06

黎さんへ コメントありがとうございます。 たしかにそうですね、「詩」という文字は、難しいですね。 (秋)

2020-09-30

とても良いと思い思いました。 日本人にとって、暗喩と直喩を使って、詩情を表現する作詩の歴史は、西洋に比べて短いですね。漢字の詩ではなく、英語のPoemは、鎖国が終わった辺りに、海外から日本に輸入された文学です。(因みに漢字の詩は、中国から仏教の禅宗によって持ち込まれました。) 私の史観で、前置きが長くなって申し訳ございません。これを説明しておかないと、批評の前提が崩れてしまうので、、。 1連目、作者の息遣いが、人混みのなかで、しっかりとした芯(鉄)を支柱にして感じることができます。 2連目からは、作者の1連目の思想が、交差点と言う日常的な場所に、ズームされ、作者により、批評されています。 私は、この交差点と云う、なんの変哲もないような日常へ、視点が集中して、注がれ、そこからの展開の、とても広い視野を比喩により表現できていて、とても良いと思いました。とくに2連目の世界観は、暗喩を用いないと、表現できない規模の事柄だと思います。 1連目の鉄は、喩えるなら神のように感じます。神と言い放つと、気恥ずかしい感じますが、この神は、作者が自分の私観を支える為の、作者自身が由来の神だと思います。そこに人生観も薫り、詩を奥ゆかしくしていると思います。 (soundaround)

2020-09-30

はじめまして。 短くて簡素な良さが有るようにお見受けしました。 少ない文字数の方が、読後、考えてしまう前に、胸を打たれてしまい、心にイメージとして残り、忘れられない言葉になることを、よく経験します。 例えば、うすぐらい もやがかかって とありますが、 私は、「もやがかかると薄暗くなる」という心の様子を表したこの文は、とても散文的だと思いました。 (コロナ禍のなかで)

2020-09-30

訂正させてください。 作者の小林さんは、おやすみイメージしながら、× 作者の小林さんは、イメージしながら、◯ すみません、予測変換を確認してませんでした。 (果実)

2020-05-26

おはようございます。 あ、あ、あ、いやいやいや、そんな、つもりで、質問した訳ではないので、あ、あ、あの謝らないでください。 とても音が綺麗だったので、作者は作詩しながら、読者がその音を、例えば、川のせせらぎとして聴くのか、或いは、海の潮騒として聴くのか、作者の小林さんは、おやすみイメージしながら、楽しかっただろうなぁ、と想像してしまって、僕も、その世界を覗いてみたくなったのです。 とうぜん、僕自身の技量を向上させたいと思ったからです。 なんか、すみませんでした。これからも、楽しみにしています。 (果実)

2020-05-26

僕の拙い感想に対して、嬉しく感じて頂き、僕も嬉しく思いました。ありがとうございます。 ところで、 >ひとつの果実から、様々なものを受け取>ってくださったようで、 の、文章の中の、様々の中に、僕の感想は予想されていましたか? この作品に対して、僕が想った情景は、小林さんの作詩の情景の中で、既に予測済みで有りましたか? (果実)

2020-05-25

コメントありがとうございます。はい、そんな風に読み手さまを誘いたいと思っていました。どっちがどっちかやねん? みたいな感覚にです。 (手の平の孤独)

2020-05-24

追河さん お読みくださりありがとうございます。 アドバイスありがとうございます。 例えば、寂しさの中の孤独か、淋しさの中の孤独か、それら孤独の条件について、 又、 人それぞれ違うこと、みんな独りだよ、ということについて、 読者に、想像を巡らせて頂きたくて、この題名にしました。 ご意見、次に生かせるように 励みにします。 (手の平の孤独)

2020-05-22

stereotype2085さん お読みくださりありがとうございました。男女の手と手とは限りません。方法と方法や、死体と生人、かもしれません。( ^ω^ ) (手の平の孤独)

2020-05-22

Um Fantasmaさん  お読みくださりありがとうございました。 (手の平の孤独)

2020-05-22

果物の通し、ひとつの生命が放つ、水々しい言葉の鮮度、そして何れは熟れ、衰え、土の還る自然の鮮度に、健全なサイクルを想いました。作者の生々しい叙情が、儚く美しいと感じました。 (果実)

2020-05-20

とてもよかった。個人的に泣きました。 (母へおくることば)

2020-05-17

よかった。作者かイメージを読者に押し付けないスタイル。想像力は作者より、読者の為にあり! (豚とセックス)

2019-12-09

ボルカさん、僕の旧友ボルカさんだかから、バラします。 なぜ軽暖なのか?それはよく似た比喩として、僕が好きな歌手の曲の歌詞に軽使われている言葉だからでした。 しかし、それは、軽暖ではなく、実は階段の聞き間違えだったということを、20年ほど経ってから知りまして、この軽暖という言葉、僕には忘れられない言葉になってしまったのです。そして今回、どうしても使いたい衝動にかられて、自分自身を止められませんでした。 2番です。 https://youtu.be/4S_IPwkbqmg (秋の詩情)

2019-12-05

沙一さん コメントありがとうございます。まったくして秋は詩情に同感です。 僕は変な性格の人間なので、例えば、空き地にビルが建つと、詩情を、記憶の裡に探すようになり、閉じ籠りがちになります。 空き地のときに飛んでいた赤トンボは、探さなくても僕の胸にときどき帰ってきます。しかし、人に僕の胸の中の赤トンボを見せることは、もう詩情であっても危ういと感じる今日この頃です。 (秋の詩情)

2019-12-05

おむすびさん 貴重な感想をありがとうございます。 超感謝です。 コメント頂いた方、または読んで頂いた方、 (貴方)がネックになっているようです。また、かもしれません。 そこで、 僕は自分の詩の解説なんか、ぜったいにしないのですが、ここは良識のある善い人ばかりだと耳にしていますので、所詮は素人の詩ですけど読解します。嗚呼、恥ずかしいわ!) まず、貴方とは、だれか?それは読み手である( 貴方)です。先に言っておきますが、この思い、口にはだせないけれど、貴方にも解ってほしいと言う、片恋かまってちゃんの詩であることを予め御理解くださいね。 わたしの言葉は  路上で生まれた (路上が暗喩です。) わたしの意味は 異国の人々が交差する 街角に育った (街角が暗喩です。) (これらの路上、町角の暗喩には、育った環境、アイデンティティの形成みたいなことを、心の隅に置いといて下さい。) わたしには  色がなく 故郷がない 紅葉するポプラの森には 景色もなく (紅葉する楓の森に色がなく、その景色もないと云うのは、魚の目に水見えず、人の目に空見えず と云うことわざのような、或いは、雲煙過眼と云いましょうか、この下の行の、 「幹に縛りつけた糸をほどきながら   まるで踊り子のように こと切れるまで回りつづける、 (紅葉した楓の葉が秋の風に吹かれて 飛び散っている。) へ、繋げる為のアプローチ、それは、読み手である貴方が、喪失感という心象を効果的に抱き、又、深める為に用いました。ですので、末尾に句読点の 、 を付けています。今現在、ホップステップジャンプのポップです。) 幹に縛りつけた糸をほどきながら   まるで踊り子のように こと切れるまで回りつづける、  (紅葉した楓の葉が秋の風に吹かれて飛び散っている。) わたしの運命が 貴方へこの想い伝えたとき 役目は終えてしまうだろう (貴方へ、この喪失感を、言葉と意味にして伝えてしまったら、) かつての金や銀の 言葉が抱いていた意味に (言葉の中に意味として含んでいた、キラキラしたこと。) もうなりたくない (そんな思い出の言葉にはなりたくない。ここがステップです。) 今は人よりも (人にこの思いを伝えたら、貴方に届くかもしれないので) 風や空に向かって祈りたい 届け、届けよ (実は、それでも、心では貴方に届けと祈ってしまっています。ここが、ジャンプです。) 微笑みは陽だまりで 貴方の胸のその軽暖へ (この祈りが、わたしからだとは貴方に気付かれずに、少しだけ貴方に伝わり、何かの拍子に少し穏やかに、貴方の胸を熱くしてくれれば...。ここは、余韻です。)’ (秋の詩情)

2019-12-04

荻原さん ご指摘、アドバイスありがとうございます。超感謝します。 日常会話の言葉は、詩の言葉と異なり、役目を終えると、伝達を終えた時点で、その場で消えてなくなるけれど、しかし詩の言葉は、そもそも、「詩」それ自体に目的がないので、舞踏のように、永遠に回り続けると云うヴァレリィの詩論を当てはめてみたのですが、荻原さんには気づいてもらえなかったようで、いや、きっと多くの人が気づいてないと思います。もっと工夫して精進します。貴重なご意見をありがとうございました! (秋の詩情)

2019-12-04

おお、これもめっちゃ良いですやん。作詞作曲のセンスがあらはる。ぜひ僕が目指してる日本語のルンバを作ってみんなで歌おう活動を手伝ってほしいです。と言っても日本語のルンバってなんやねん?ということになりますが、日本語のルンバってこんな感じで、日本とバルセロナをルンバで繋ごうと言う試みです。この動画は5年前にバルセロナで撮ったものです。もし、興味あれは一報ください。心よりお待ちしています。 https://youtu.be/elXqdd-Atf0 (台所の廃墟)

2019-12-04

歌うまー!! 素晴らしいと思いました!! (秋影)

2019-12-03

るるりらさん 僕の音楽のコンセプトは、(聴いた人が明日も1日頑張れる) です。この気持ちを胸に27年間、ルンバという音楽を続けせてもらっています。 ああ、嬉しいです。 僕はスペイン語を話せませんが、 Que tú 100 veces de aplausos también me da energía. こんな気持ちです。 (どうしようもないときの歌 )

2019-11-15

帆場さん ありがとうございます。夜勤明けなのに逆に貴方の目を覚ましてしまいました。僕の声は貴方にとって鶏です。鳴いて人を起こしても詫びることはありません。謝らなくて済んだので、僕は僕で良かったなと思いました。 (どうしようもないときの歌 )

2019-11-15

舜舜さん 楽しんでもらえただけでも僕は光栄です。僕が貴方から得た光栄の輝きは夜空のひとつの星のよりも長生きします。ありがとうございます。 (どうしようもないときの歌 )

2019-11-15

stさん ありがとうございます。ほんまそうです、言わはる通りです。これ、ライブのときに誕生日の人が居はったらこれからも使ってみようとさっ思いつきまして、となるとやっぱ聴き取りにくいのは致命的までいかずとも、僕も気になってる部分です。ですので、あとは歌い込みと、歌詞の変更、思い出消してを思い出壊してにするか、ロウソク消してにしようかとか色々考えてます。ですのでstさんの言葉はとても励みになります。人のために歌うので、ひとりで考えるより、沢山の意見を編み込んで、そして僕が手渡しする方が、歌って貰う人も、なんかこう目には見えないけれど、厚みと暖かみは少なからず感じはると思います。貴重な意見ありがとうございます! (どうしようもないときの歌 )

2019-11-13

めっちゃいい。まどみちおと林柳波と北原白秋と金子みすずを3で割って2かけた感じ♪ 作者と読者の距離感が程よく良いし、いいわぁ。 (トマトとにんじん)

2019-11-13

ボルカさんお久しぶりですー。どうしようもないなこりゃ、、ってことがありまして、気晴らしに昔に和訳した歌詞をリニューアルして歌ってて、ついでに動画も作ってみよって思って、スマホの中の動画を使ってってってってってと作りました。はい、そのちょっとガンバロのちょっとが、人のためにはとっても良いと思いました。ありがとうございまーす。 (どうしようもないときの歌 )

2019-11-12

コメント頂いた皆様ありがとうございます。ブラックミュージックという言葉があるように、イエローミュージックという言葉も世界に浸透しないかなぁ、みたいな願いを込めております。 (カラーソング)

2019-10-25

エイクピアさん コメントありがとうございます。 いろんな読みがあってありがたい限りです。 頂いたコメントを読ませて頂きながら、この拙作を、名探偵コナンにも読んで欲しいくらいの気持ちになりました。w しかし僕は、この詩には、暗号とか予言めいたものは鎮めていません。謎がないところに謎が生まれて、まるで宇宙の歴史、ビッグバンですね。面白い!!! この詩作の時にした算数は、ころねさんへ返信した内容がすべてです。またよかったら読んでください。 ありがとうございます。 (おすわり)

2019-09-30

ころねさん おじさんをおんちゃんと呼ぶのですね。はじめて知りました。教えてくれてありがとうございます。 >飼い主がおっとりした人で、このチワワの性格を誤解してて、「怖かった>ね~」とか言ってるとこが思い浮かびました! 好い読みですね!詩に登場させていない飼い主の心情を想ってもらえると嬉しいです。嬉しいついでにネタ明かしします。(もう参ったw) 拙作は、「詩情に至る一歩手前」のような詩ですので、読み手さまが、お読みになり、ご自身で情景や風景をお描きになり、そのお描きなったお作に対して、詩情を興していただくというような算数で作ってます。 ですのでこの詩は、「無声映画」を観ているような要素もあるでしょう。それは、読み手さまがご自身の想像力で物語を膨らませいく、ということです。ですので、 >飼い主がおっとりした人で、このチワワの性格を誤解してて、「怖かった>ね~」とか言ってるとこが思い浮かびました! この報告は、めちゃくちゃ嬉しかったです。またこんな拙作ではございますが、またご時間が許すときは、想像したシーンを聞かせてください。 ありがとうございます。 (おすわり)

2019-09-30

ころねさん コメントありがとうございます。コミカルな感じを思って作った詩なので、そのまま読んでもらえてありがたいです。 チワワの(おんちゃん)とは、たぶんチワワのおっちゃんのことですかね? 絵として、まず体格的に、バッタを咥えてる猫の方がチワワより大きいです。 同じ散歩中でも、野良猫の散歩と、人間にリードで繋がれて散歩させられてるチワワとでは、どうしてもギャップが生まれてしまいます。 本能では、犬は猫を追いかけます。 散歩中に自分より大きくて、しかもバッタなんか咥えてる猫と、飼い犬であるチワワが鉢合わせしたとき、それを想像してもらえるえると嬉しいです。 この詩は、読者が詩世界から、映像を想像体験し、それを自分の体験に照会しながら創作しながら読む笑いの詩です。 余談ですがチワワってけっこう向こうっ気の強い品種だと思います。 (おすわり)

2019-09-26

年の功やろか?映像が浮かんでしまう。とうぜん性行為のセックスじゃなくて、地球とか宇宙、(そのものの)反復運動が。 大地の息遣いが、空の呼吸が、嫌だなぁ。(笑) (はじめてのSEX)

2019-09-21

左部さん こんにちわ。不快になんてまったく感じていません。それどころか、ご丁寧になご返信を頂きまして感謝の念を痛心し、又、今から左部さんへお返事出来ると思うと、わくわくしてきている次第です。 僕こそ、ここが、意見の交換ができる掲示板なのにも関わらず、返事の利点なんて失礼なことを言いました。 もし左部さんが、今でもご質問の件を僕が左部さんへ返信することに対して、僕に利点がないかもと憂慮されているとしましたらご安心ください。意見のやりとりは、水に投石するのと似ていると思っています。その波紋を、生かすも殺すも僕次第だと思っていますので。 さて、僕の読書歴ですね。実はこの10年以上、詩集も含めて、若い頃のように読んでいません。 ですので、好きな作家、作品名、心に残っている言葉なんかを、僕の読書歴に照らしながら、簡単に書いていきます。つまらんと思いますがお付き合い頂けると幸いです。冒頭に申しましたように数十年まじめな読書をしていませんので、うる覚えもありますので、細かな間違いがあったり、僕の言葉になってしまったりしていることもあると思います。 まず、今でもこの名言が僕の生きる支柱になっているという名言から... ・自分は何も知らないということしか知らない (山本空海) ・瞑想中に瞑想を実感できない (三木清) ・嫉妬は帰る家を持たない (三木清) 目標について階段はのぼるより作る方が難しい。 (不明) 詩の言葉は舞踏に似ていて伝達を目的としないので、日常会話の言葉は、伝達を目的としており、役目を終えると消える。 (ヴァレリィ/村野四郎訳) 数は陶酔なり (ランボゥ) 今、思い出すのはこのくらいです。 読書のきっかけは武者小路実篤だったんです。そして、岸田劉生、柳 宗悦といような路線に触れて走っていました。その後、上田敏、林柳波、三木露風、北原白秋、そしてこの頃、詩の自我にいちばん共感して好きなった詩人は金子みすゞです。(今では共感という感覚の危うさを思い知ることが多いので共感をしないようにしていますが。)そのあとは、金子光晴、黒田三郎、千家元麿、萩原朔太郎、(なぜか中也は好きになれない) 好きというか、今も心に残っている詩は、 髪の毛 ルミ・ドゥ・グールモン 泡 金子光晴 荒地 エリオット 初めての子供を 千家元麿 くらいです。たくさん忘れて思い出せません。 買ってよかったと思う本 詩集は 哲学ノート1、2 三木清 人生論ノート 三木清 こがね蟲 金子光晴 なぜ、植物図鑑か 中平卓馬 アメリカ名詩選 このくらいしか覚えてません。 こんな感じです。思い出していて楽しかったです。ありがとうございました。 (おすわり)

2019-09-21

志しが志死にはなってしまった。 失礼しました。 (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-20

渡辺さん 仲介ありがとうございます。掲示板の運営も大変ですね。しかもボランティアとのこと、その志死に頭が下がる思い出す。 そんな薮蛇を相手にするのは本望ではないので、渡辺さんの見解は少し違うということだけお伝えしておきます。 あとはご想像にお任せします。 (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-20

窓辺さん このレスレスは平行線になる恐れがあると思います。 ですので、私が間違っている、そして深い? (深いの意味がわからないまま誠意がなくて誠に申し訳ありませんが、) 私が深いと思い込み勘違いしているということで、すべて私の勘違いや思い込みが誤解を招いてしまった、窓辺さんほんとうに申し訳ありません。 ということで、これ以上レスレスを続けても詩作の話に歩み寄れないと思われるので、私はそういう決着で終わりにしたいのですが良いですか? (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-20

左部右人さん 良ささへ知れぬ僕の至作にわざわざのコメントありがとうございます。 僕の読んでいる詩を知りたいとのご要望についてですが、その理由は、 左部さんが、僕の畑(つまり僕の作詩の兆候を、僕が読んだ詩からお探りになりたい。)ということでしょうか?もしそうであれば、ごめんなさい、僕としては、今はまだちょっと、それは意味のない結果を生むような予感を、思い込んでしまっています。それはどのような予感かと云うと、 「Yoshiってこんな家庭に育ったんですって。」 「へー、どおりででそういう感じがしましたわ。」 という風なだけで終わってしまわないでしょうか?ということです。 非常に気になって頂いているだけに、仮に左部さんが、僕の詩のよさを知っても、または、わからないままでも、どちらにしろ、僕たちのお互いの知るという労力は泡のごとく消えてなくなるだけのような気がします、後々にその知識、知恵として生かせるのでしょうか? 左部さんはどう思われますか? 僕は、自分が読んできた詩を利用して、仮に僕の詩に良さというものがあるとして、その良さを他者に知らしめようと思ったことが、いや、そのような発想が過去にもなかったので、不躾な質問をしてしまって申し訳ありません。 左部さんのご提案の利点を、よかったら至らぬ僕に教えてください。申し訳ございませんがよろしくお願いします。 (おすわり)

2019-09-20

沙一さん コメントありがとうございます。 引用してくださった詩、僕の拙作なんか足元にも及ばない良作ですね。 紹介していただき、とても嬉しく、また感謝の念が胸に興りました。 これからも、沙一さんの危惧を本物にしないように頑張らなければなりません。そう思うととても励みになります。 あと、もしもよかったら、僕の他の詩を読んでいただけるとありがたいのです。実は、あまり関西弁の詩はないと思います。 そして、これから関西弁で詩作していこう!というような気概はあまりないので、どこか申し訳なくも感じています。 しかし、近日、それぞれの土地柄、気候や文化による言葉の訛りや韻律の違いも兼ねた、音楽の勉強をしに海外に行くので、とくに今は出身地である関西弁の詩が書きたくなっているのかもしれません。 (おすわり)

2019-09-20

藤さん 僕も、この詩はまだ推敲の余地が何処かにあるなぁと思いながら、投稿してしまったので、藤さんのご指摘のおかげで、なるほどここに推敲不足の芽が出たかと思っています。これからも忌憚なくご指摘ください。とても楽しいです。ほんとうにありがとうございます。 (おすわり)

2019-09-20

やっぱりジョージをスペ語読みのホルヘとした方がよかったかもしれません。 ご指摘ありがとうございます。 (おすわり)

2019-09-20

順に返信したいのですが、とりいそぎ藤さんのご指摘に一言だけ言わせてください。私には偏見の意は全くなかったのですが、そのように受け取られてしまい、本当にもうしわけなく残念に思います。 答えから申しますと、チワワという犬種はメキシコのチワワ州原産の犬でして、藤さんのご指摘の比喩も含んでないとも言えませんが、チワワの原産国はメキシコという方に意味をつなげているつもりです。 つまり、故郷は遠くメキシコですが、チワワには帰る家がある、しかし猫の方には野良のようで帰る家なない。さてどちらがおすわりを、きつく言うと強要されているのか?という趣旨の詩であってほしいと思っています。 (おすわり)

2019-09-20

窓辺さん とにかく私の勘違いならば良かったです。大変失礼しました。ご指摘もあわせありがとうございます。 しかしながら海辺さん、あなたは某という言葉の使い方を間違っていませんか? >某掲示板はどこにでもある掲示板のことですし とのことですが、某所の意味を国語辞典で引くと、 「ある所。その場所が不明な場合や、明示したくない場合に用いる。」 とあります。 つまり私は、あなたの言った某掲示板という言葉を読み、それはあなたがなんらかの理由で明示したくない掲示板だと察しました。 更に、某の使い方としては、ある固有名詞をぼやかして伝えたいときに、一般的には多く用いられませんか? https://hinative.com/ja/dictionaries/%E6%9F%90 ご存知だと思いますが、固有名詞とは、同じ種類に属する事物から一つの事物を区別するために、それのみに与えられた名称を表す語のことです。 例えるなら、犬ならば犬ではなく、その犬の呼び名の、たとえば「ジョン」のことです。 ですので、某掲示板という意味が、どこにである掲示板というのは、それはどこにでもいる犬という意味になってしまうので、某の使い方が間違っていると私は思うのですが、窓辺さんはどう思われますか? 窓辺さんのコメント読み、その意味として、 「窓辺さんご自身が明示したくない固有の掲示板では、嘘松と言われて一蹴されてしまう。」 と、私には伝わってしまいました。 ですので、そのような明示されていない某掲示板のことを、私は窓辺さんと共有することは出来ないと思いました。さらに、その、窓辺さんしか知り得ない掲示板では、嘘松として一蹴されるなんて噂も、私はあなたと共有したくありません。 「私は、実際に自分が見て感じたこと以外は信用しません。自分自身が見てもいないのに、人の噂を吹聴するのは、よくない陰口だと思っていますので、申しわけございませんがご勘弁ください。」 また、 >現実離れした内容だったので私自身が勝手に思っただけで とありますが、現実離れしていようが、していなかろうが、みなさん思われることは勝手であるべきだと思いますし、またとくに詩の感想は読者の勝手であり統制されるべきではないと強調して思います。 しかし、窓辺さんの感想は、ただ、現実離れしているとのことだけです。せめてどこがどのように、詩が現実を逸脱しているかくらいは、せっかくの詩の掲示板ですので感想がほしいと思いました。 ですので、窓辺さんのコメントは、詩の感想よりも、私にとっては、某所掲示板の噂話の方に目がいってしまった次第です。 ですので、意味の行き違いとはいえ、窓辺さんには失礼なコメントをしてしまい申し訳けなかったと痛心しております。なにとぞこれからも宜しくお願いします。 (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-19

survofさん まずご行為にありがとうございます。そしてなにより、survofさんの言葉で僕の詩が読めたことが本当に嬉しいです。これはしっかりと読解に読解をして、標準語と関西弁から読み取れる、文化の違いや、その方言の発祥の理由などを、考察してみたいと思います。それなりに考察など仕上がったら、ご返信しますので、またそのときは読んでみてください。宜しくお願いします。 (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-19

標準語バージョンです。作業的には翻訳に似ている感じでした。 関西圏は会話もレスポンスが早いので主語を省いて会話していると思いました。速いやり取りが連続する中で主語がないと、物事の対象は第一印象になりやすいと思いました。つまりあやふやな対象が想像されてゆき、勘違いも増えますし、また、つまるところで、よく云う「なんでやねん!」という笑いの息抜きを必要としているのかもと思いました。 私がここから飛び降りて落ちているときに 貴女の名前をなんど呼べるのでしょう? 落ちてしまったら、グジャと音がするのでしょう アスファルトの上を脳みそがグチャグチャに飛び散び散るのでしょう まるでビーフシチューをナベごとひっくり返したように 私の心は既にグチャグチャなのですよ 今すぐ早くここから飛び降りたい 貴女の名前を呼びながら死んで終わりにしたい 最後の最後まで 貴女の名前を呼びながら 貴女の名前の「子」部分だけ呼べなかったと云うような そんな間の抜けた尻切れトンボのようなことにならないように 私は貴女の名前をしっかりと抱きしめて死のうと思っています トンボといえば、今日の風は気持ちよいですね こんなにも気持ちがよい日に 貴女と一緒に居ることができれば 最高だったことでしょう 死ぬまで何度も何度も貴女の名前を呼びたい 今でも強く願っています しかし落下中に私の背中から羽根が生えてきたとすれば どうすればいいと思いますか? ははは、そうですね、羽根が生えたとしても、 トンボのように上手く羽ばたけるような 私はそんな器用な男ではありませんでした どちらにしたって 死ねば空へ昇っていくのですから良いのですね 私がこの世からいなくなっても 貴女は安心して生きていってください 貴女なら大丈夫です 貴女は強い女性だから 私よりももっといい男性と知り合い、そして一緒になり、 しあわせにやっていけます しかし先程から貴女貴女と言っていますが 私は彼女すらいないのです 何の為にここから飛び降りて死のうとしていたのでしょうか そのことすらスッカリ忘れてしまっています そう思うと少し恥ずかしいのです (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-19

帆場さん 読んでいただいたのですね。ありがとうございます。♫ ラングストン ヒューズ、僕はあまり読んでないのですが、確か、「夜空も肌のように黒いから星と瞳は同じ輝きだ。」みたいな比喩の詩が印象に強く残ってます。 たしかに方言にはペーソスが宿りやすいと思います。なぜでしょうね?僕はその答えはリズムだと考えています。ただリズムの概念を合わせるものではなく、取るものというように観たときに限定されますけれど。 僕たちはよく「リズム感がない。」という話をよく耳にします。 しかし、その言葉が本当に伝えようとしている意味は、「リズムを感じることができない。」或いは「一定の決められたリズムを刻むことができない。」だと思うのです。後者については、西洋音楽的なことでメトロノームで合わせる矯正をできます。 しかし前者の場合は、自主的に自分からリズムを取りに向かうわけですから、後者とは少し質が違うと思います。 例えば合わせる音の対象が、一定ではない風であっても、小川のせせらぎからであっても、取ろうと思えば自分からリズムを取れるわけです。仮にもし頬に当たる風からリズムを取るとすれば、そのときの基準がメトロノームでは役立ないことがわかります。そのときにふと故郷を想ったりするのは気のせいでしょうか? 韻律について、そんなことをよく思っています。 北の方なんですね。僕は東の端です。違うはあるとおもいます。探すと楽しいとおもいます。 (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-19

窓辺さん コメントありがとうございます。 「某掲示板では嘘松と言われて一蹴される」 それはどういう意味を孕んでいますか? その掲示板とはどこの掲示板のとこか? なぜ一蹴されるとあなたは思うのか? はっきりと明確に答えてください。 僕は陰口には加担したくないので。 (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-19

るるりらさん 拙作にコメントありがとうございます。ペーソスと笑い効いてますか。 ありがたいです。僕の人生、ペーソスの連続でした。 4歳の時には預けられてた家で、その家は変に厳格で、ご飯のおかわり許されてなかったのですよ。 だから毎日お腹が減って仕方がなくて、仕方なしに、その家の飼い犬の餌用の残飯を盗み食いしててしまい、それがまた運悪く見つかってしまい、その家の家長に半殺しにされたり、 又、中学生の頃には白血病を患いまして、抗がん剤治療中で吐き気でゲーゲーやってるのにも関わらず、父の再婚で新しくやってきた義母が、なぜか毎日トリのカラアゲを持ってきはるのですよ。ですので、吐き気=鶏カラというように、それらに纏わるすべてがトラウマになってしまって、それから向こう約10年ほど鶏肉が食えなくなったのは勿論のこと色んな物事が生きる為の弊害になってしまったり、、、と、 こんな風にペーソスに至るネタは豊富なんですが、でも、ペーソスだけでは辛すぎるので、やっぱり笑いが僕自身を悲観から救ってくれました。 ですので、嬉しいです。感想ありがとうございます。 とりあえず標準語バージョンはやります。みなさんがどんな印象をお持ちになるか感想を聞いてみて合評のネタにもしたいので。 (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-19

帆場さん コメント感想ありがとうございます。 もう10回読んでもらえましたかぁ? もしも、読んではる途中でじゃまになったらわかんと思って、 返信すんの、ちょっと待ってました。 これの標準語に近いバージョンも、このコメント欄に 投稿しますし、関西弁にはどのような効果があるのか? またはこれが津軽弁や鹿児島弁ならどうなるのか? そのアクセントやリズム感はどう変わるか? 色々検証できると面白いかもです。なんて思ってます。 (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-18

藤さん 了解です。 仕掛けの解説とかするのって、なんか、私をわかってください感が否めなくて、すごく恥ずかしいのですが、藤さんが音読していてひっかかった部分をやります。 ハハハ羽根が生えてきても、 トンボみたいに上手いこと羽ばたけるような >そんな器用な俺は男とちがったわ まずここですね。 この引用3行目は、最初はふつうに >俺はそんな器用な男と違ったわ でした。 でも、読みなおしいて、なんか俺という言葉が、我が我が的に、目立ってしまって、これは僕の詩の方程式とは違うとおもいました。 その理由は、俺という言葉が文頭にくると、トンボの姿が霞んでしまうように感じることでした。 つまりこの3行では、俺は虫より小さいしょうもない人間やねん、という比喩をしたかったのに、いきなり文頭から(俺は)と言ってしまうと、作中で、死のうとしている俺の理由が、まるで、ただ単に、この世を恨みはせんで死のうとしているように感じたからです。 そして、「心情の描写について」の説明は、僕の作詩が、めっちゃ拙過ぎて、ほんま恥ずかしいのですが、がんばってこの詩の全体の暗喩を、自分で読解晒し、この詩の暗喩を一言の広がりに委ねると、 ただ単に、生きてたらなんか死にたくなった であって、太宰治の人間失格だったと思うのですが、「死のうと思ったけど、冬用の服をもらったから冬まで生きよう。」みたいな死生観に少し似たころあるのですが、でも、そんな高尚なものではありません。僕の作品の俺は、アホやさかいに、ただ単に生きにくいから、あの世にへ逃げようとしているだけで、たとえると人間的よりも野生的です。これをキーにして、僕がここで埋めた仕掛けは、「なんか生きにくい」と思う作中の俺の死ぬ理由が、「何なのかわからないだよ!」そんな心情を読者に想ってもらい、そしてすぐに直感的に、「それはなんで?」と、読者ご自身が、ご自身に対して質問してくれたらいなぁ…、と云う願いを込めています。 でも、僕はツンデレなので、僕のレトリックの特徴に、以前、澤さんや夕狩さんが、僕のある詩の批評をしてくれはったときに、言ってくれてましたが、それは隠蔽がありますので、読者に気づいてもらえずに終わってしまうことが殆どです。(笑) さて、話がずれたので、メインの音読について説明します。 でも技術と云うの大袈裟なんで、 なぜ、読みやすくしなかったか。 >俺はそんな器用な男と違ったわ ではなく >そんな器用な俺は男とちがったわ と言う風になった経緯を説明します。 方法は、 まずこのふたつの文章を母音だけにしました。 >俺はそんな器用な男と違ったわ >おえあおんあいおうあおおおおいあぅああ >そんな器用な俺は男とちがったわ >おんあいようあおえあおおおおいあぅああ 他にもいろんな方法で、改ざんしたこれらの数パターンの文を、次々パソコンに喋らせてみたとき、 後者(現行文)の方が、音的に聞こえがよかったのです。 どのような基準で聞こえが良かったかと云うと、 現行文の方が、主観ですけど僅かに心の雄叫びに感じたからです。 僕は西の人間ですが、京都人です。(洛外ですが。)大阪人や神戸人ではありません。 京都人(洛中の人)は腹が黒いと云われます。 まさしくその通りで、思ったことをそのまま言わないは京都洛中ブランドです。 なぜ洛中の人は思ったことを、そのまま口にしないのか?これは僕が想いを巡らせ いちおう足を運んで調べた結果ですが、権威が集中している町の(京都なら朝庭) 民は常に人間不信です。 なぜなら、もしも甚兵衛さんが、 隣に住んでいる権兵衛さんのことが大嫌いで、なんとか自分で手をかけずに、 (きっと京都では火事と喧嘩は華でなかったと思います。) 懲らしめてやりたいと思ったとき、その方法はとても簡単で、権兵衛さんは、 「甚兵衛さんが天皇さんの文句言うてはります。」と役人に告げ口するだけでよかったのです。 じっさいこういうことが「はんなり」という糞みたいな言葉の意味の正体だと僕は思っています。 ですので、音的には、読んだときはモゴモゴと、でも心に何か残るとき、母音を優先にした後味を優先したという試みというか自由実験です。 長々と書きました。これが藤さんが、ご指摘頂いた箇所の僕の作詩論です。 そして、惜しげも無くついでに僕の思いを便乗的に吐きますと、読みにくい、わかりやすい、とか、そういうのって、なんか、親切と混同されて善とされてしまっています。それって如何なものでしょう?この善は人々の想像ではなく、もっと根本的な想像力を著しく奪っているように感じる今日この頃です。 えへへ。 (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-18

藤さん コメントありがとうございます。 とでも参考になりありがたいです。 頂いたコメントに対して一気に返信するのは難しそうなので、 藤さんが読んでていて引っかかり悩んだところに対してお返事しようかと思うのですが、ただこれを言うと、せっかく頂いたアドバイスへの反論みたい思わたら不本意だなぁと怖気付いてます。 どうしましょう? (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-17

あ、survofさんへのコメント重複した。すみません。 (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-17

survofさん コメントありがとうございます。読ましていただき僕は、survofさん考えに基づいた誠意をひしひしと感じました。 survofさんの合評の彼岸のために、僕はこの拙作を出来るだけ標準語で推敲して、このコメント欄にアップしますね。 あと一つ、他の方に当てたコメントでも言っていますが、僕の西弁は色んな地方の訛りが混ざってますので、正確ではありません。正確な言葉遣いについてですが、関西弁もたくさんあります。それはの中で、受け継がれているのは、花言葉くらいだと思います。 つまり僕の西弁は僕の西弁です。だからぼくは、他者に対して、 「本当にわかってんの?」みたいなことは言いませんよ。だから彼岸も概念的にありません。 (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-17

survofさん コメントありがとうございます。読ましていただき僕は、survofさん考えに基づいた誠意をひしひしと感じました。 survofさんの合評の彼岸のために、僕はこの拙作を出来るだけ標準語で推敲して、このコメント欄にアップしますね。 あと一つ、他の方に当てたコメントでも言っていますが、僕の西弁は色んな地方の訛りが混ざってますので、正確ではありません。正確な言葉遣いについてですが、関西弁もたくさんあります。それはの中で、受け継がれているのは、花言葉くらいだと思います。 つまり僕の西弁は僕の西弁です。だからぼくは、他者に対して、 「本当にわかってんの?」みたいなことは言いませんよ。だから彼岸も概念的にありません。 (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-17

参考にしていただいて本当に本当に感謝です。申し訳ない気持ちでいっぱいです。感謝って感じは感じて謝って謝ると書いて読むように、そんな心持ちです。ですので、このまま感謝感謝のままで僕だけ居るのも少し心苦しくありますので、僕の言葉の取り方で、引用参考して頂いた部分をさらに推敲いたしますと、 「トクントクン呟きごえ爽やかな。」とするかもしれません。 パターンは星の数ほどです。これは僕の今の感情の比喩かもしれません。 音楽性については、クラシックは世界のありとあらゆる方言を五線譜に表したものだと思っています。 僕は京都生まれ幼少を愛媛に育ち青少年期を再び京都に暮らし、そして20から26まで東海三県をウロウロしています。これが僕の韻律であり、ちょっと幼少辛かったトラウマがあり、おかしなところ吃る癖もあり、これも僕のリズムです。これを日本語の枠の中で詩のように置き換えています。 色々と感じます。それはなぜそう感じるのか?振り返って理由を勝手につけて自分が付けた名前で呼んで見つめるのが僕は好きです。 長々としつれしました。お作の少しでも励みに成り変われましたら幸いです。 (うつつ)

2019-09-15

好みの詩情です。 ただ、一言一言が大事にされすぎていて、 力んでガッチガッチになってしまってる感が否めません。 もっと風通しをよくして、自然な感じに僕なりの推敲をしてみました。 僕はアドバイスができるほど達人ではないので、どうかご容赦ください。 朝の紅茶はダージリン夜の網膜に色絵筆を洗うとちょうどこんな色になるのだろう ミルクを垂らす渦を巻いて濁って錆色ひと欠片の躊躇い透明を手放し トクン音をたてささやかつぶやき声 乳白に埋め振動だけ残し静かに窓を開けて空を眺めていた 隣の部屋を覗き込み佇む。 先の白い部屋で丁寧に本の頁をめくって頰をついているのもまた。 微かに震える薬指マグカップに添えた温もり 朝の手触り確かめながら破けないようにひどく丁寧 初めて桃の皮を剥くときのあのたどたどしい薄い表面の皮膜一枚 せきれい強いもの美しいもの小さな掌で包むこと鼓動の高まり手に入れることできない 体が伸びやかに糸を空に引き伸ばしても小さな羽根が孕んだ慎ましい酸素の渦、唇にふれた陶器の表面、控えめな曲率は確かに硬質なら瞳は瑞々しく大理石の冷淡さ液体を冷やし毅然と線を引くことができるのだろうか。 ここに一人、そこに一人、また埋葬が始まる。 腐敗した養分を枯葉に吸わせ、煙は揺れて炎は共鳴する倍音、景色はそこで始まっていた。 (うつつ)

2019-09-15

めっちゃ好みです。((涎)) 作者が控えめなお性格のおもちぬしなのでしょうか、 読ませる力にを欠いているように感じます。 こんなに素晴らしい叙情、 僕ならもっと改行や言葉の重複を、破天荒に歌い上げてしまいます。 僕がちょっと推敲したところで、この叙情はビクともしないと思いますので、 改行と詩句を削らせてもらいました。申し訳けございません。 夏になれば蝉が鳴くから蝉が夏なのだろう 見て今年も夏がきたな 秋になれば葉が赤くなる 見て今年もああ死ねばいいと思う現代人の秋の 秋の夕暮れに鳴き声を聞いた蝉もしかしたらひぐらしのさようなら言いたい 八日目か九日目か十日目野分とかいう台風か分からないけれど君は 君は抜け殻を集めている蝉は抜け殻が本体なんだよ 教えてくれた君 誰にも分からないよ だから信じてもいいと思えた時の止まる季節 (秋)

2019-09-15

つつみさん はじめまして。コメントありがとうございます。トンボの表現の扱い方など目をつけて頂くと、頂く程に自分の表現力の無さを知らしめられるような心持ちになり、もっと頑張らなければと有難くそして心入ります。 この拙作が数回も読んでいただけたことお知らせ頂き喜びでいっぱいです。 (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-15

あかん、やっぱ下から5行目の >でも が詩情の匂いに蓋をしてるわ。 (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-15

せいろんさん コメントありがとうございます。 こんな箸にも棒にもかからないような拙作に面白いなんて言ってもらえて、 ほんとうに申し訳ない気持ちでいっぱいです。 申し訳ないついでに、もう少しだけこの拙作に迫って頂きたく、 恥を忍んで解説させてもらいますと、 私はこの拙作の参考模範になっている坂田寛夫先生の(葉月)という詩に見た暗喩は、ふわ〜と増えてゆき、そして知らぬ間に社会問題にもなってゆく「意味なく自殺してしまう人達の心情」でした。 そこで、(暗喩のない詩は詩ではない)と考えている僕も、 坂田寛夫先生と同じような暗喩、つまりメタファーを詩から醸そうと試みたのですが、 やっぱり、まだまだ、マジで修行不足、こんなクソ駄作を投稿するに陥った次第です。 しかし、せいろんさんに面白く読んでいただいたことは無駄にしないよう、はやくせめて評価の最低基準になれるような詩を書けるように、目指したいと思います。 (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-15

それは とか そして とか接続詞の使い方が安易です。 つい最近も他所でそういう作品を見ました。 僕は、ですが、接続詞は読み手のものだと思います。 (蔦)

2019-09-15

あ、寺山はゆめじゃなくて馬でした。失礼! (世界に魔法をかけるには)

2019-09-15

夢破れて山河あり 寺山の競馬の本の題名ですね。 それの元ネタは、杜甫の 国敗れて山河ありなんですが、 どちらにしても有名ですね。 僕の来世の夢は生物学者ですので、 比喩に埋めて内容はわからんこともない気がします。 上手にひっかけましたね。 (世界に魔法をかけるには)

2019-09-15

コメントありがとうござます。 拙作は大好きな詩人、坂田寛夫先生の模作です。 お手本にした作品の凄みをご堪能ください。 https://nazuna7793.exblog.jp/9170590/ (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-15

アドバイスというか俺だったらこう推敲すると思ったら。 みつばちが戯れていた頃に尋ねた君の軽い秘密ほぼ同じに日常は個人へ過ぎている。 印をつけること始めたカレンダーあたしの忘れかたを笑っていて泣きたくなる。 さびしいという、さびしい。さびしい。みつばちの死骸を君にみせてあげたい。 女子中学生は金魚、尾びれをプールに放し一緒に泳いだのにあたし今までを変えてしまいたくなった、道化みたいな夜。 ((╹◡╹))

2019-09-14

下から5行目の >でも いらんかったわ、、。 (阪田寛夫に捧げる詩)

2019-09-14

三浦さん、敬称が抜けてました。すんません。陳謝。 (過密)

2018-03-20

花緒さん コメントありがとうございます。 後半は受け狙いというか、ラップに挑戦してみました。 (過密)

2018-03-20

まりもさん コメントありがとうございます。 70歳の爺さんの筋肉は、肉体労働者でもないもに、無駄にムキムキに鍛えてる、最近の中年年寄りに対する精神の不健康に対する皮肉です。ですので、冗長ですか?はその皮肉にも関連してます。三浦への返信と重複しますが、最近、走ってないなぁ、という自分への髀肉の嘆ですよ(^ω^) (過密)

2018-03-20

三浦へ 言葉が変になってた。 共同会見で、田中眞紀子が飢えの話をしてはったんですよ。 (過密)

2018-03-20

三浦さん コメントありがとうございます。 僕がネット詩のベテランですか?たしかに、2003年からですので、新しくはないかもですね。 僕は、文芸や美術も含めて、芸にベテランとかビギナーもないと思いますよ。横山大観とか朔太郎とか圧倒的なのは省いて。今現在も世界が2003年のままなら、僕はベテランだと思いますが、僕は今2003年の空の下には居ませんので、いつもど素人ですよ。この詩、回転寿司に行った時に、共同会見で世界中に飢えてる人間が9人1人も居るのに、飢えてない人間は、飽食が極まって棄ててるんですね。棄てなかったら、飢えてる、8億5千万人は飢えずに済むんですね。といって、僕が米粒を残さず食べても、この問題は解決しません。これってシステムの問題です。今まで、僕は詩で空想ばかりしてましたけど、なんかそういうフワフワとしたもんが飽きたのか、さいきんはまた、中野重治とか金子光晴をたまに読んでます。 (過密)

2018-03-19

訂正 作者命令× 作者名◯ (言葉遊び)

2018-03-17

ええやんこれ、 と思って作者命令をみたら、 いかいかだった。 (言葉遊び)

2018-03-17

8月の、 ついでに用水路のキラキラ という言葉に、作者の観察眼の鋭さを想った。 (近況報告)

2018-03-17

真っ赤な真っ赤なマグロ という言葉が好き。 説明的で、と、が惜しいことになっている。 (『火砕流』)

2018-03-17

羞恥心が一滴のミルクに炸裂してて面白かった。 (sign)

2018-03-17

百均さん コメントありがとうございます。 ここは年末ということで、頂いたコメントに便乗して、この詩を超肯定したいと思います。 そうなんです、詩は薫りが大切だと思います。昔の外人の有名な詩人さんも、詩とは薔薇の何ちゃらかんたら薫りだと言ってますので。又、東洋的な、これが嬉しいです。なんてったて僕の目標は、世界の人たちに、日本人である僕のルンバが持っているリズムの空気を、Rumba Japonesa として、ルンバ カタラーナや、ジプシールンバ、ルンバ フラメンカ、キューバルンバ、に並ぶ、ひとつのジャンルとして自然発生的に言わしめんことですので。今年は、フェイブックで、ルンバ オリエンタルと、コメントで呼ばれていましたので、あと一本というところです。 僕自身の存在がポエムになるように、頑張りたいと思います。 (埃立つ)

2017-12-29

まりもさん まりもさんの回想録が、僕の詩を柔らかくしてくれている感覚がして、読んでて、とても嬉しい気持ちになりました。ルンバは海外の音楽、例えるなら、他人さんの家の食卓のようで、土足で上がるわけにはいかず、やはりその土地のいろんな歴史を勉強することも、練習の一部だと考えています。 (埃立つ)

2017-12-26

大熊さん はじめまして。コメントありがとうございます。 読む時間ごとに変化する詩 というお言葉がとても嬉しく思います。僕は好きな読み物や詩は何度も読むことが多くて、なぜなら、読むたびに、まるで生き物のように印象が変わるからです。とても励みになりました。 (埃立つ)

2017-12-26

あ、誤字です。習慣性によって以上に発達ではなくて異常にの間違いでした。すみません。 (埃立つ)

2017-12-26

了解しました。僕がカタルーニャに行ったのは、カタルーニャは、ルンバ カタラーナという音楽の発祥の地であるからです。極東の国の、ルンバ演奏者の僕としては、このルンバ カタラーナが生まれた地の、空気が吸ってみたくて、現地に赴いたのでした。ですので、観光目的ではないので、実は、サグラダファミリアも、本物を生で観ていません。何の意地で観光しなかったのか、今になっては、意地を張りすぎだったと思うのですが、僕は、カタルーニャの空気に成分のひとつになっている、ルンバ カタラーナAire (この返信の場合は雰囲気としての空気)は、人に塗れた観光地には、薄そうな気がしていたのだと思います。 ムンタネール通りは、あ、その前に、カタルーニャ州の州都である、バルセロナにムンタネール通りはあります。バルセロナは、町の作りは碁盤の目になっています。僕は、この通りよく歩きました。ムンタネール通りについては、インターネットで調べてください。そして興味が湧いたら実際に行ってください。 五本の鉤爪については、カタルーニャが、王位継承戦争で、ブルボン王朝に総攻撃をされて負けたとき、戦いで負傷をし、城に戻ってきた瀕死になった兵士が、自分の傷口に指を付け、黄色い盾に、血の線を引くように付けそして勇敢に戦った。というお話がカタルーニャの国旗の由来の説にありす。(実際は4本です。) ここら辺は、今話題のカタルーニャの独立問題にも繋がってくるお話です。それについては、この記事が僕は好きです。www.uraken.net/rekishi/reki-sekai006.html ということは、偶然の一致とか、あるいは、漠然としたイメージからの「使用」ではなく、ガウディと並び評される建築家にちなむ・・・ムンタネール、ですね。 偶然の一致からの使用ではありませんが、先にお話しさせて頂いたように、サグラダファミリアも観ていないくらいですから、建築家のお名前に因んだものでなく、たまたま、僕がこの道をよく歩いたからという理由です。そんなん知らんがな!と怒られそうですが、僕は、詩の用語として、使用した、ムンタネール通りは、日常で使用する、一般用語のように、言葉の持っている、ひとつの意味が、習慣性によって、以上に発達しないように気をつけているので、例えば、五本の鉤爪についても、本当は、4本なのですが、なぜ、5本にしたかというと、詩の中での臨場感を損なさせない為です。 この詩は比喩物語であり、フィクションでありますが、その題材は、感じたことなど、それらの事実、ドキュメントに基づいています。ムンタネール通りも、事実の中では、グーグルマップでも観ることができ、由緒はネットで調べられる一本の道ですが、詩の中の、ムンタネール通りという言葉は、多くの性格を持っていると思います。ですので、これらは、意味の「仄めか詩」「当てっこ」ではなく、言葉の持つ機能の可能性を、拡げることを、念頭にし、作詩しました。 (埃立つ)

2017-12-26

まりもさん コメント、感想ありがとうございます。 僕は、読解に正解はなく、それは色々とあった方が楽しいと思っているので、 頂いたコメントを読みながら、「なるほどー。」と何度か肯きました。 ムンタネール通りや、五本の鉤爪のことなど、もしも、ご興味ございましたら、ご質問ください。また、違う印象で、読んで頂けるかもしれません。感想頂き、ありがとうございます。 (埃立つ)

2017-12-26

コメントありがとうございます。僕は文芸や文学の知識が乏しいので、平凡な言葉しか知りませんし、又、安易に使用できません。ですので、色々と、少ない語句で、詩になるよう工夫しています。そこを感じて頂けたようで、投稿してよかったなぁと思います。 (埃立つ)

2017-12-24

ハァモニィベルさん コメントありがとうございます。 言葉の切り貼り(カットアップ)の楽しみに目をつけて 頂き、しかもカットアップの返詩。 二重に嬉しいので喜びは返詩でお伝えします。 この草花ノートを作るときに、選抜から外れた 雑草さんたちの名前を使います。 聯 / &/ 聯 / を / ツルニチニチソウ オオイヌフグリ / つつましく/ 幻が / キジムシロ ノミノフスマ / やさしさのように / ナノハナ / 参考にしています。 トキワハゼ / 喜びと楽しみ / 微量の / 死体を / ヤブジラミ コナスビ / くすぐっている / 小さな / (なぜか) / カキドウシ ヒメフウロ /「くすぐったい風」/ で始まる / ヨナメ ナガミヒナゲシ /「小さな幸せ」/ 輝く心の&ゆれる / の / シャガ チャルメルソウ / 焦げくさい / (以上です)スズメノエンドウ ニガナ / 調和して /「ゆれる調和」/ ゝ / の / ツリガネスイセン (草花ノート)

2017-08-11

仲程さん お読みくださり、コメントありがとうございます。 嬉しいです。僕のは思いつきの言葉と花言葉を切り貼りしてるだけですから、 仲程さんの草花の詩の方がぜんぜん強度がありますよ。ちなみに題名は能登由来ですか? ……………… しつこい目に仲程さんのスレで説明してたました、キュレーションとはこちらのことです。↓ http://adzwsa.blog.fc2.com/blog-entry-35.html 僕の詩の言葉は、ふわふわして言葉の強度が薄いので、そのぶん、 その草花の花言葉の名付けの紆余曲折、そして草花の同定など、 ポケット図鑑的な視点から画像を用いキュレーションし、 詩情を醸そうとしているのですが、 仲程さんのは、ガチポエム、しかも上手い、(ハマダイコン良かった(=^▽^)σ) ので、詩の題材の草花を画像で一緒に見れたら、胸にポエトリーが キュンキュンきそうです。 (草花ノート)

2017-08-10

気分を害するなんてありえないですよ! 喜んでますよ。超めっちゃスゲー喜んでます。(^O^☆♪ (初夏/のと・かが)

2017-08-10

こんばんわ。 これは僕の草花ノートからインスパイアされたのでしょうか? もしそうならば、こんなに嬉しいことはありません。 なぜ嬉しいかというと、僕は草花が好きだからです。 そして、こうして草花が咲いている光景を、 心象で眺め捉えておられる。 これも、写真でキュレーション(Breview用語)すれば、 きっと僕の元祖草花ノートよりもっと涙ものになると思います。 僕は海辺に住んでないから生ハマダイコンみたことないのです。 ………………… 個人的には、僕の勘違いだったら申し訳ありませんが、 このように、この作品が、たまたま、僕の草花ノートがきっかけだっとして、 それでも、もしも、この作品を僕とまったく同じ様式で詩作しておられたら、 それはパクリとか、そういう意味ではなく、僕の草花ノートは 人の心のなかで、遺産になってしまうと考えていたからです。 だけど、こうして違う形で、(違う心で)マイナーチェンジしながら、 草花に触れてもらうと、草花で詩に触れるという根本的な行為が、 伝統になって引き継がれていくと思うからです。 そうなれば、誰もが草花を実際に見たとき、ちょっと気持ちよくなって、 この瞬間の喜びの気持ちを、また誰かに伝えたくなる。←ここが肝です。 伝統ではなく、遺産になっちゃうと、その形状、形式のみを守ろうとするあまり、 人ってバカだから、保守したいが故に、草花の周りを傷つけてしまうと思うのです。 だから僕は、ユネスコの世界文化遺産の概念には賛同なんですが、 山(自然の見た目だけの形状)守るために、マタギという尊い文化を事実上排斥した、 世界自然遺産の概念には猛反対なのです。 そもそも自然は生き続けているので、遺産じゃないですから! ………………… すいません、興奮のあまり話題が政治へすっ飛びそうになりました。 ………………… 僕はこの作品の、画像キュレーション(Breview用語)も作ることを推奨します。 まずその理由に、テーマの花を画像を通して実際に見て知れること。 第2に、その花の由来と、(若しくは生態←個人的オタク趣味) 詩文を合わせ読みできること。 第3に、新たな詩情が連想されること。 最後に、読者としての観覧者が、画像草花と実際に出会ったとき、ちょっと嬉しくなること。 これについては、賛否はあって当たり前ですが、ツイッターでも言いましたが、 100人中、99人が反対でも1人賛同なら、それは制作に対する大義になります。 なぜなら、賛同なするよりも反対する方が気軽ですから。 気軽なのですから、その作品が、人のために心根で善ければ、反倒していた人も、 気軽に賛同に転じてくれますし、きっと時勢とはそういうものだと思うからです。 長々と失礼しました。とにかく僕は、草花ノートを遺産としてではなく、 伝統として作者の中で変化しながら継承されていることが、 この際、僕の思い込みでもいいです。嬉しかったです。 (初夏/のと・かが)

2017-08-09

ボルカさん ご来場してくれたんですね。それに有意義な感想、意見まで頂き、ありがとうございます。最終項の詩句の、(草花の観察中に連想した言葉)をクリックすると、画像と説明がポップアップしてきて、その画像をひとつひとつ説明付きで観れるというコンセプトの同意はすんなり進みながら、しかし作成の段階では、澤さんと僕の役割は違うのですが、これがお互いに大変で、自分がすべきことで精一杯でしたので、ご意見は次回に必ず生かしたいと思います。 詩についての感想もありがとうございます。ほんとう今の詩板に過去の繁栄の欠片もないのですが、あの頃は楽しかったです。僕も翻訳機とか色々と使って、言葉が自分からはなれていく感覚を楽しんでいました。そうそう、それで結局はその作者風になってしまう感じ、ああ、懐かしいです。作品の意味から離れようとしてるのに、後ろから付き纏ってくる作意どうやって切り離すか、パツンと切り離せた方が、僕の中では格好良いと思ってたのですが、今になればその形跡は、形容して頂いてる「北節」に香ることしかできないという放浪感が身に染みます。 お読みくださりありがとうございました。 (草花ノート)

2017-08-08

るるりらさん 僕が誘ったので、再レスさせてしまって、こちらこそすみません。 ご来場、本当にありがとうございました。 詩の中に登場する草花を直接みることができ、その殆どの画像が、作者が実際に見たものである。という案は澤さんが最初に出してくれてたものでした。この、作者が実際に見て触れた草花の固体を画像によって生放送する感覚は、草花ノート キュレーション (Breview用語) ミュージアムのなかで、前半は詩文が画像のアナウンスとなり、最終はそれが転換し、詩文のアナウンスを画像がしている様式になっています。これも、澤さんの熱意に触発され生まれたアイデアですので、ありがたく感じています。 華鬘について教えて頂きありがとうございます。僕の家は神道なのですが、(僕は信仰している宗教はありません)が、東寺さんが好きで、今、調べると東寺は平安時代の華鬘を所蔵しているとのこと、見せてもらえるかどうかわかりませんが、その華鬘と同じ寺領なかに居るだけでも大したことだと思いますので行って見たいと思います。又、そもそも神社仏閣が好きなので、あらゆるところで、注意して見て比べてみたいと思います。 キケマン、ムラサキケマンも好きな花です。ムラサキケマンは、南禅寺の奥の院の滝の近くの碑の側に、毎年咲くので、来年は撮りたい思います。ご来場頂き、更に纏わる話を色々と教えて頂き感謝です。 (草花ノート)

2017-08-08

澤さん コメントありがとうございます。そして制作お疲れさでした。お声がけ頂いて、そして完成した頃より、時間が経った今の方が、好く観えますので、僕はこのキュレーションは、ほんまもんだと思いますよ。 さて、編集する側の熱弁をコメントして頂いたので、編集される側として思い感じたことを綴っておきます。草花ノートキュレーション (B-review 用語)の制作では、まだ文字だけの存在であった草花ノートは、編集される側だったのですが、共同制作中に、澤さんへ撮ってきた写真を渡したり、花の名前を説明させてもらったりしているうちに、編集されるということは、即ち観察される側になることだと思いました。 だからと云って僕が、この編集にあたり澤さんから、僕の観察される側としての自由を奪うような指図を受けることは一切なかったです。(ノンストレスでした。) その関係は、僕と草花との関係とよく似ていて、草花は僕の指示どおりに観察させてくれません。シャッターチャンスが来たと思うと、風が吹いてきたり、虫が寄ってきたり、太陽に雲がかかったり、そもそも昨日そこにあった種の草花が今日にはなかったりするので、やきもきするときもありました。 そして家に帰って写真に収めた草花の個体の同定作業に入るのですが、画像を見直すと花の顔ばかり撮ってしまってて、葉の部分が写ってなく同定に至らずなんてことが沢山ありました。 ですので、最初の頃はこの同定できていない画像を、何枚も澤さんに送ってしまい、あとで澤さんがアップした画像を差し替えなければならないということが多々ありまして、その上、お渡しする画像の解像度が大きいので、きっと澤さんは画像をいちいち圧縮しなければならなかったと思います。その他にも編集して展示する側の苦労は、観察される側には想像もつかない、そうとう大変なものだったと思います。 そんな中で、僕は自由奔放に草花について観察させて頂き、新たな発見や知るという楽しみも頂き、今もありがたく思っています。 このとき、僕が澤さんにレクチャーした草花についての話は、僕にとっての復習であったり、又、新たな発見であったりしました。タビラコについては、ほんとうに色んな発見がありました。(そのことについては、タビラコのロゼットという作品の中に長々と収録しました。) 澤さんはコメントの締めくくりのひとつ前に、 ただ、著者と編者が協力して一作品を作り上げるとなると、当然、両者の社会性の問題が浮上します。いっぺん出した転載許諾をいつ取り下げるかわからないような危険人物の作品転載は、精神的にもハイリスクですから、ぶっちゃけだれも編集など申し込まないでしょう。 と述べておられますが、これついては、僕は澤さんにとっては優等生ではなく、何度かゴネてブーたれたことがありまして、所謂前科持ちです。とうぜんその後は、丁寧に諭されて毎回反省させられる羽目になるのですが、最初から迷惑かけてやろうなんて思って共同制作しようなんて思いませんし、僕は実際の音楽の仕事の方でも、共同作業をお断りすることが多く、それはなぜかというと、共同制作する場合、製作者の言葉は辞書的な解釈を超えた場所で、理解を求めることが多くありますので、制作対象に対して真心が逸れると、軋みが生じる可能性を孕むからです。軋みがあるまま作った作品は、それはそれで残ったとしても、第三者に観てもらったとき、自信をもって大丈夫と言えるものでないことが殆どです。とくに近頃は媒体がデジタルですので、レコードやフィルム写真のように擦り切れたり色褪せたりしてくれませんので。 それは生命と一緒で、「一緒に作りましょう。」と合意した時点で、まずひとつ約束を破っているのと同じです。なぜなら明日は死ぬかもしれないじゃないですか?この遣る瀬無さというか、切なさというか、を、著作権をどのように解釈し守り合っていくか?が、共同制作のいちばんの課題だと思います。読み手と書き手の間では作品は生き物ですので、とくに大切にするべきだと思います。その気持ちを込めて、この、草花ノート キュレーション (B-review 用語)という題名に、ミュージアム足し、 草花ノート キュレーション (B-review 用語) ミュージアム と、僕は呼ばせて貰っています。これはある種の名誉心や虚栄心に根付く意味合いではなく、草花が根付いている、場所、そして季節、瞬間、その呼び名は、観覧者にとっても、製作者同様に、草花のフィールドであり、自然のミュージアムだからです。 (草花ノート)

2017-08-07

まりもさん お読みくださりありがとうございます。 作品よりコメントの方が遥かに秀作で、ちょっとウルッときました。このあとがきは、あからさまに独り立ちできない作品だと思いますので、逆に上手に支えていただき感謝します。 (草花ノート あとがき)

2017-08-06

竜野欠伸さん コメントありがとうございます。 言の葉の葉、意識してなかったんで、なるほど、そうか!っと自分でビックリしていました。大切に思って貰える詩が作れて嬉しいです。 (^ν^) (草花ノート)

2017-08-06

繰る井 莎鬼 さん 最後までお読みいただきありがとうございます。 この店、入る?いや、この店の店員さんとっつきにくいし、 めんど臭いし、やっぱ今日はやめとこか。 という感覚が、すっごくわかる気がしします。 僕的にはわかる人だけが集まる通の店にしたいのですが、なかなかそんなことを夢みても、やっぱり数に頼ってしまうために、愛想笑いでもいいから頑張れみたいな、ほんとうに反省しております。ありがとうございます。 (草花ノート)

2017-08-06

装飾というコンセプトからズレていると云うより、むしろキュレーションに装飾はかならずトッピングされる要素かもしれません。 (草花ノート)

2017-08-05

るるりらさん コメントありがとうございます。 まずは僕の詩を読んで、創作意欲が湧いたと言って貰えて、詩作甲斐があったという意味では、如何なる賞を貰うよりも名誉なことと感じます。幸せな心持ちです。ありがとうございます! るるりらさんも、是非是非、このような形式で詩作してください。この様式が詩作方法として認知されることは、作者冥利に尽きます。この詩作様式が、色んなマイナーチェンジを繰り返し、自由に人々に伝わって受け継がれていくことを切に願います。 引用してくださっている、水死体、焼死体の言葉が持つ印象は、金子光晴の戦争体験の詩を読んだときの、僕のインスパイアを、そのまま使用しました。(むかしのことですので、金子光晴の詩の題名などを忘れてしまいました。) 頂いたコメントの最後の締めくくりの言葉は、ほんとうに嬉しいです。僕も書いてよかったと思います。(o^^o) ところで、押し花の話題が出ておりますが、 押し花で詩篇のまわり飾りたい とのことですが、主旨的に装飾というコンセプトからは、少しズレているかもしれませんが、こちらで、草花ノートに登場する植物を写真付きでキュレーションをしています。写真の殆どは僕が実際にスマホで撮ったもので、web編集は澤あづささんがしてくれました。言葉が押すと花の画像がポップアップされたりして楽しいミニ博物館のようになっています。 ぜひ、ご覧ください。 http://adzwsa.blog.fc2.com/blog-entry-35.html (草花ノート)

2017-08-05

田中修子さん お読みくださりありがとうございます。 レイアウトに流されない作品作りを心掛けます。 (草花ノート)

2017-08-05

花緒さん コメントありがとうございます。 言葉の切り貼りで遊ぶのが好きです。この切り貼りをバロウズの手法、カットアップとして覚えたのが2003年、詩板が詩情のオアシス、中東戦争以前のアフガニスタンのように栄えていた頃です。又、この作品でも作詩中に使っている自動書記、などなど色んな詩作方法を他の住人さんと試して遊んでいました。 もっとコンパクトに、アドバイスありがとうございます。秋の草花ノートを作る機会があれば、その時は参考にさせて頂きます。 (草花ノート)

2017-08-05

訂正、趣向品ではなく手工品でした。 (タビラコと仏の座のロゼット)

2017-07-09

ボルカさん。コメントありがとうございます。 この作品、尾田さんもおっしゃてましたが、意匠がないのです。図鑑的でもなくファーブル昆虫記のようなものでもなく。植物史でもない。しかもこれだけこれら植物ついて多く語っておいて、最終的にカワラケナでいいじゃん?言ってしまってるので。もしもあまりタビラコに興味がない人が本作の中でタビラコに対して求めたとしてもタビラコのタも知ることはできないと思います。しかし、例えば模型好きとかラジオを分解して組み立てるのが好きとか、パソコン作るのが好きとか、金銭の節約の節約の為代用品が好きとか、このように既製品ではなく趣向品を好む、例えば目に見えないパーツを望んで生きてる人にはけっこう用途があると思います。が、どうでしょう?その路線でアドバイス頂けると、ムッハ=3 とするくらい嬉しいです。 (タビラコと仏の座のロゼット)

2017-07-09

オニタビラコとヤブタビラコの棘ですが、 葉先に棘ではなく鋸歯の先に棘です。さきほど修正しました。 説明の仕方が間違ってました。ここで修正させていただきます。 (タビラコと仏の座のロゼット)

2017-07-08

まりもさん、コメントありがとうございます。 面白く楽しく読ませて貰いました。 冒頭、翻訳文体を連想しました。 まるで翻訳文体?でも良いのですが、そんな文章をなぜ用いたかというと、こんな長文を最初から最後までしっかり聞いてたらシンドイよというメッセージを込めて、(儀礼的照れ隠しも含め)作品が開始する前で、作品に対する疑念などが、作品が置かれている構内(スレッド)で、ガヤガヤ、ザワザワ感が今の場を構成していると仮定して、僕も聴衆の心と僕の心の波長を合わせるために、あえてゴニョゴニョ書きました。 申し上げませば このような文体を使った理由は、 1、これから扱うのがタンポポの種子だということ。種子って赤ちゃんみたい未来をいっぱい詰め込んでる印象がありますので、申し上げますれば、申し上げますと、又、申し上げましとくと、等、他にも色んな候補があったのですが、何度も言うように種子ですから、真綿に包むイメージで口語的にしたいと思いました。 2、これから長文に及ぶ「対象に対して知識付け」してゆくので、僕は対象を知識付けしてゆくと、物事が固くなる印象を持ってますので、ゆるいことばを使いたかった。 3、仰る通り、申しませば、という言葉使いはこれから物語が始まりますよ、 という種子に対する切り火、カチカチです。 その伝承の歴史そのものを、植物を起点として捉えたい、そのような意欲を感じました。 これは植物を起点というよりも行為そのものを起点としています。ですので、伝承の歴史ではなく、伝統の歴史です。新しいことにチャレンジするという行為は伝統的です。伝統的だから歴史に応じマイナーチェンジしてゆきます。もし伝承のまま立ち止まってたら、僕の行為は遺産になります。例えば僕はユネスコ自然遺産という言葉が大嫌いなのです。遺産という言葉の意味は死後の財産です。自然は死んでいませんので、生きてる自然を遺産化するということは、根本殺人的思想と捉えています。 文献の引用部を註に追い込んで、本文では口語訳?のみを提示する、というような方法を取ってもよいのかな、とも思うのですが・・・ 引用を注に追い込むのは、自然観察という立場からすれば、非常に面白くないのです。実は引用文の、一文一文一行一行を、現代訳と対比的に表示し、引用文の時代背景と今風も言葉を比べながら読書がイメージできるキュレーションをしようと思ったのですが、手前の文章構成力が拙いので、該当全文を引用し、それに対し改行後、今風に訳したものを表示する方法を用いました。 しかしながら、解釈は作者の意図より多い方が良いと思います。その解釈の違いより生じた疑問こそが、伝統を守る推進力なると思いますので。 そういう念を込めて、 人日に七草を食する古よりのしきたりを万民の為に保存しようする問いかけに多くの植物に対する人間の答えはひとつでありましょう。あとはイロイロ食するのみです。 となっています。 また、最後の毒草に関する注は、気をつけていってらっしゃい」という比喩のつもりです。 (タビラコと仏の座のロゼット)

2017-07-05

kaz.さん いろんな感想があって良いと思ってるのですが、 これはいちばん望んでいた(嬉しい)コメントだと思います。 ありがとうございます。 (タビラコと仏の座のロゼット)

2017-07-04

HAneda kyou さん コメントありがとうございます。 HAneda kyou さんも野草を食べるのですね。 僕はほとんど食べませんけど、野草を摘んで食べる行為はきっと詩です。 それを文章化して伝えると図鑑的になりました。 (タビラコと仏の座のロゼット)

2017-07-04

あ、間違いました来月でした。 (タビラコとロゼット)

2017-06-30

花緒さんコメントありがとうございます。 改正版を今月もう一度投稿したいと思っています。 (タビラコとロゼット)

2017-06-30

エイクピアさん、コメントありがとうございます。 読みやすくそれで快適な構造を心掛けているというより、 僕はバカなんで、難しく複雑なことがわからないので、 必然的にわかりやすくなっているのだと思います。 アメニティはそんなに意識していませんが、 素朴な作りに快適さを感じる方です。 (2005-2006 詩・ポエム板 北 ◆FUCKcjokcg 恋の短編集 )

2017-06-28

まりもさん お読み頂き、コメントもありがとうございます。 色々と思って頂き、それを聞かせて頂きありがとうございました。 (2005-2006 詩・ポエム板 北 ◆FUCKcjokcg 恋の短編集 )

2017-06-27

お母さんのことを責めないでくださいね。これも説ですから。お母さんが言っておられるのも説ですし。いつかお母さんに美味しいパスタを作ってあげて、もしも、これどうしてつくるの?と聞かれたら、一人でちゃん暮らしてるよ、という報告ついでに教えてあげてください。、 (む(ム (無  (夢  )   )  口(くち) ちゃん、日曜日を過ごす)

2017-06-26

すいません、気になったのは 塩が少ないと麺が微妙に束になる というところです。 (む(ム (無  (夢  )   )  口(くち) ちゃん、日曜日を過ごす)

2017-06-25

ひとつだけ気になりました。 パスタを茹でるとき塩が少ないと茹で上がりに麺が絡まるというのは初耳でした。 なぜ、パスタを茹でるときに塩を入れるのか?お婆ちゃんの知恵袋的に色々とその理由が伝わっているようですね。 パスタを茹でるときに塩を入れる理由は、茹であがったパスタとソースとを絡めたとき、パスタにもソース同様に塩分を含ませておかないと、パスタとソースの間で浸透圧に差が出てしまい、パスタから水分が出てしまって水っぽくなり、そのせいで、ソースとパスタが美味しく絡まないからだと思います。 パスタの塩分とソースの塩分を調整することで、作ってすぐに食べるパスタ、または食べるまでに少し時間がかかりそうなパスタ、様々なシチエーションを意識して、その場のベストを探り当てパスタを茹であげるというのは、地方により素材に違いはありますが、素朴に素材を生かす傾向にあるイタリア料理の醍醐味にも通じるところがありますね。 (む(ム (無  (夢  )   )  口(くち) ちゃん、日曜日を過ごす)

2017-06-25

ボルカさん、お久しぶりです。コメントありがとうございます。 題名に記してますけど、これ詩板の自スレの自分の詩を拾ってきて、原文から背景描写とか、それに至る事情とか、脈絡とか、そういうの削ぎ取って作りました。 昔を思い出して憂いてる訳ではありませんが、当時はこんなピュアピやったんやなぁと、自分でも思いました。 この頃は武者小路実篤を読んで、武者小路実篤のお師匠さんみたいな感じの人、名前が覚え出せない、、柳なんとか、でしたか、ここら辺の思想にめっちゃハマってた矢先、寺山修司の人生論と出会って、毎日それをお経みたいに崇めて読んでた頃です。綾小路実篤とかトルストイとか、そういうのからまさに、抜け出そうと必死やったです。 森鷗外はいちおう目を通しましたけど、硬い言葉使ってる割に、 何を女々しいこと言うとんねん?と一蹴してしまいました。 といって、ほとんど本とか読んでないので偉そうに語れませんが。(๑◡๑) あの頃、詩板で書いてたものは、今、書いてるのより、ぜんぜん好きです。 ボルカさんからこうして今になってコメント貰えると、スゲー和みます。僕がずーーっとボルカさん名前を間違っていたことは、ホント申し訳ないという気持ちで、ごめんなさいしたまま、墓場まで持っていきますしね。それでも、ときどき思い出して、怒っててくださいね。 (2005-2006 詩・ポエム板 北 ◆FUCKcjokcg 恋の短編集 )

2017-06-25

田中さん コメントありがとうございます。 僕は巧いのでしょうか?長けているのでしょうか?僕は自身について巧い長けていると思ったことがありません。 しかし、人の感想はそれぞれあっていいと思うので、ヘタウマという表現に対して、掻い摘んでお礼申し上げます。 絶望させてしまったのは残念です。しかし、この絶望が田中さん自身の嫉妬が原因ならば、僕にはどうすることも出来ません。なぜなら、嫉妬心は誰にも届かないからです。嫉妬心は自分を苦しめるだけですし、亦、嫉妬心が原因で頑張れたとしても、足に合わないシューズを履いてジョギングしたときのように、最初は気付かなくても、結果的に足を痛めてしまうように、心が荒みます。 嫉妬心について、僕はこのように考えていますので、できる限り嫉妬しないよう、また嫉妬しても他人にバレないように心掛けています。 ですので、最後の、ありがとうございました。というお言葉は、僕がこのように至らぬ人間故に、素直に飲み込めないところがあります。忌憚なく申し上げました。 (2005-2006 詩・ポエム板 北 ◆FUCKcjokcg 恋の短編集 )

2017-06-23

花緒さん またコメントお待ちしてます。 誤投稿は僕のミスです。対処ありがとうございました。 (2005-2006 詩・ポエム板 北 ◆FUCKcjokcg 恋の短編集 )

2017-06-23

Migikataさん コメントありがとうございます。生者は未来の記憶、いい言葉ですね。と言いますのは、僕は来世で生物学者になろうと思っている、それはほぼ確定してるのですが、来世でちゃんとした生物学者になる為に、今世の生業を頑張っていまして、今年で25年になるのですが、年を重ねる度に、この生業にしがみついている感がありまして、しがみついているということは、力を抜くのも容易いことなのですが、来世の記憶を思い出しながら、頑張りたいと常に来世の記憶に尻を叩かれています。 詩への言及ありがとうございます。 僕が思うに * この接続の部分でジョイントしての機能が、素手にギクシャクしていると思っています。もっと工夫を!でもどうするこもできずに投稿しました。アイデアとしてはまんざらでもないので、またパート2という形で書いてみたいと思っています。そのときには、康子が鼓動する、くらいの薄めのラストで済むくらいに、内容を深めたいと思います。 (蒼ざめし)

2017-06-06

夏生さん コメントありがとうございます。死んでるのも生きてるのも一緒やん! と思ったときの記憶をもとにし、朧げですが、たしか、阪田寛夫さんの「若葉」という詩だったと思いますが、ひじょうに心に残っている(詩だから詩情しか覚えていません)ので、作品を見つけることはできませんでしたが、参考に作りました。 (蒼ざめし)

2017-06-05

まりもさん コメントありがとうございます。 ちょうど明日で、コメント付かない1ヶ月という名誉か不名誉かどちらでもいいのですが、記録を更新していましたので、非常に嬉しく思っています。 また、読んでいただくことで、作品を昇華して頂き感謝です。胡座の裡は僕にとっては造語だったのですが、そんな本があったのですね。歴史はとても好きなんで興味あります。ここまで読み解いて頂き楽しんで貰えると、レコード大賞を獲った歌手のコメントのように、産んでくれた親に感謝、周りに感謝みたいなお礼しか浮かびません。 これを書いたときは生業の方で四苦八苦してた時でした。「もう生きてんのか死んでんのかわからん!」という心境から生まれました。靖子さんは僕も誰でも良かったのですが、靖という漢字が、自分の頭蓋骨を抱いて立って青い空を眺めているシーンに合ってるかなぁと思い名付けました。 あと、メタファ的には、ヒンドゥー教のすべての心臓をひとつの宇宙に例えて、つまり心臓は繋がっているというか、この世に心臓はひとつ、貴方の心臓は私の心臓、その逆も然り、みたいな匂いを、この世のあちらとこちらの関係を入れ替え揺すってみることで、この世(心臓)はひとつみたいな感覚が読者に薫ることを委ねました。 (蒼ざめし)

2017-06-02

百均さん コメントありがとうございます。 引用して頂いたところは、僕も気に入っていますのでありがたいです。 声にするとき、口の中に蜜が湧いてくる感覚を想像して作りました。 (詩情)

2017-05-06

百均さん コメントありがとうございます。 風流だなんてもったいないお言葉ありがとうございます。 (疎水情繪)

2017-05-06

まりもさん コメントありがとうございます。 改行につきましては、非常に参考頂きました。ありがとうございました。文章に語風というのでしょうか、僕的はもっとわかりにくく良いようにしたかったのです。 例えば、 小鳥が帰ってきました。(※a) ありがとう よりも、 小鳥が帰ってきました。(※a あひがとふ くらいに造語してみたかったです。 ただ、僕の技術不足で造語がガラクタになってしまい、 申し訳ございません。 またよろしくおねがいします。 (琵琶湖疎水扁額史會)

2017-05-05

三浦さん コメントありがとうございます。大津市から京都市に至る琵琶湖疎水が舞台です。仰る通り自分の悦びを吐露しているのですが、歴史を辿るのは想像力無しでは語れないと思うので、(伊東博文に会ったことがありません。)ですので、なにかの機会があり、赴かれることがあれば、善知識のネタとしてお調べになられるきっかけくらいにはなれば幸いです。春夏秋冬まことに派手さはありませんが、均等の取れた美しい景色であります。 (琵琶湖疎水扁額史會)

2017-05-05

花織さん こういうラインも好きです。最近はこういうラインが少ないので、好んで書いています。三木露風とか、現代詩と和歌というか、内面をあまり吐露してないのを改めて読んでるからかもしれません。当時は、なんじゃこりゃ?だったんですけど、今はいい感じで読めてます。と言って、僕の日本の現代詩人って、葉月を書いた阪田寛夫さんくらいで、実はあまり知らないのです。 (疎水情繪)

2017-04-14

みなさん、すいません。お返事遅くなってごめんなさい。 花織さんが同郷とは意外です♫ まりもさん すいません、近日、ちゃんとお返事します。井上馨の扁額の文のその訳文は、じっさいに第二トンネルの入り口の扁額のそばに、その通り書いてあります。よく調べて頂けて嬉しいです。このバージョン古事に基づく僕のコメントで構成されてる含みが大きいので、そういう感じです。それよりなにより、別バージョンのコメントにも先ほど書いてきたのですが、本作の大きな趣旨は、現代への憂いであります。 もとこさん 余談ですがもとこさんがスパゲッティの人だと初めて知りました。 このバージョンは、どちらかというと、アイマイミーみたいな酩酊感を主観として軸に書いているので、まさしく、一杯やりましょか?みたいな感想は嬉しいです。 取り急ぎ失礼します。 (疎水情繪)

2017-04-14

すいません。批評苦手なんで、お中元とか返す感じのテンションで書いてしまいました。(心が入ってない。)もし、千家元麿のことをご存知でしたら、また別の意味で、ピンとくるかも知れませんが、来なくても良いと思います。 一、全世界の人間が天命を全うし各個人の内にすむ自我を完全に成長させることを理想とする。 一、その為に、自己を生かす為に他人の自我を害してはいけない。 一、その為に自己を正しく生かすようにする。自分の快楽、幸福、自由の為に他人の天命と正しき要求を害してはいけない。 一、全世界の人間が我等と同一の精神をもち、同一の生活方法をとる事で全世界の人間が同じく義務を果たせ、自由を楽しみ正しく生きられ、天命(個性もふくむ)を全うする道を歩くように心がける。 一、かくの如き生活をしようとするもの、かくの如き生活の可能を信じ全世界の人が實行する事を祈るもの、又は切に望むもの、それは新しき村の会員である、我等の兄弟姉妹である。 一、されば我等は国と国との争い、階級と階級との争いをせずに、正しき生活にすべての人が入る事で、入ろうとすることで、それ等の人が本当に協力する事で、我等の欲する世界が来ることを信じ、又その為に骨折るものである。 昔、このような理想を掲げたコミュニティがあり、一見、作品の土台に、このようなものを思い出したのですが、よく読めば、理想主義的な、そんな漠然としたものを引き合いに批評するに足りず、「心」の目で自然(人間の生死まで含めたこの世のすべての自然)をよく観察し、それがかなり正確ですね。という意味です。 (「春を待つ」)

2017-04-03

千家元麿のような倫理観の上に立っている草花や雪、自然現象の風景から、詩を捉えているように一見かんじられますが、ただそれを心のレンズで正確に観察し、事象の所以を紐解くような実験行為の繰り返しによるデータが詩的に認められた作品だと思いました。 (「春を待つ」)

2017-04-02

美しい文章だと思いました。金子光晴みたいな、繊細な骨太感にそれを感じます。 (one)

2017-04-02

これ、面白いですね。 ずっと同じはなしをきいている このシニックにも愉快にも捉えられて、 各連以降の日常も、上手に読むことができるほど、 いろんなことに当てはめることができ、 その幅も増え、益々、拡がる一方です。 (ずっと同じはなしをきいてる)

2017-04-02

まりもさん、コメントありがとうございます。莫かれ或いは勿れでもよかったのですが、(流れ)とはかけいないので、新しい読み方をして頂きありがとうございます。莫かれは「 〜してはいけないよ」という注意喚起の意味合いで使用しました。題名の詩情についてですが、僕は愛情を恋情で計ろうとすると、嫉妬的な気持ちを抱いてしまうことが多いです。ですので、愛情は愛情で、恋情は恋情で意思は交換した方が、良いと思っています。ですので、叙情は叙情で意思を交換した方がいいと願い、詩に呼びかけて見たのですが、なかなか難しいです。ご意見ありがとうございます。 (詩情)

2017-04-02

もとこさん、コメントありがとうございます。「コクリコ坂」は存じ得ないので、コメントに添えず申し訳ありません。もったいないお言葉ありがとうございます。 (詩情)

2017-04-02

桐ヶ谷さん コメントありがとうございます。今回は、主観と客観的の境界を取っ払ってみたかったので、出来るだけ詩の透明度を高めるようと工夫しました。しかし、縫い針の辺りは、まだまだ語感がバタついている感じがあります。3度読んでもらうと、僕の語句の使い方が下手糞なので、そのキズ曇りだらけなのがよく解って頂けると思います。 (詩情)

2017-04-02

花緒さん ありがとうございます。書いてたらこんな感じになりました。はい、そしてこういうなのも好きです。 (詩情)

2017-04-02

まりもさん コメントありがとうございます。 百均さんへのコメントにその理由は書いていますが、僕はその余談が欲しかったのです。 僕も、ここで、思い出を摺り合わすのもあれですけど、 この話には続きがありまして、僕、中卒なんですけど、三年の三学期、学生生活最後の通知簿、数学、五段階評価で「0」ってなってまして、「 なんやねんこれ?」って先生に聞いたら、0ちゃう、これは◯やって、わけのわからんこと言われました。今やったら、こんなの教育問題的に大問題ですけど、当時は、よかったんですね。っw (πをわりきる)

2017-03-31

百均さん コメントありがとうございます。 書き手が読み手に対して、詩読の方法を限定し求めるのは、詩読の幅を狭めるつまんないことだと、僕は思っています。 しかし、この詩は、文面通りの印象でしかなく、読者が想像で察することができるのは、八木先生の気持ちだけだと思います。ですので、百均さんの読みは的を得ていると思います。 しかし、僕にとっては、(作者の詩情の種明かしではありません。百均さんだから、誤解をされることを恐れず好意で言うのです。) これ実は、円周率じゃなくてもよかったのです。丸竹夷二押御池〜♩ (京都の通りの数え歌なのですが、これを歌えないと京都人とは言えない!と子供のころに無理矢理に大人の体裁の事情で覚えさせられました。)でも、歴史年表でも、覚えることで、大人に褒められるなら何でもよかったのです。しかし、そのような詩の軸になる事情を、出来る限り削ぎ落としたこの詩の文体の理由は、空白(余白)を、読み手さんの思い出で、埋めて欲しかったと言うのが、(僕の技術不足で元も子もないないのですが・・)僕のこの作詩に対する実情です。頂いたコメントに、いくつか読み手さん自身の思い出と重ねて読んで頂いているのがありますが、僕は、それら(思い出重ね)を読んで、ニンマリして喜びたいという試みでした。 (πをわりきる)

2017-03-31

まりもさん、コメントありがとうございます。そんな素晴らしい詩を書いている方が居られるのですね。嬉しいです。アドバイスありがとうございます。安定感ありすぎですか?きっと安定感への憧れが強くて最後まで書いてしまったのだと思います。読んでくれている人に対して、その最後の言葉は空白として残しておくべきだったと思いました。 (真実の体積)

2017-03-31

花織さん どうもすみません。訂正ありがとうございます。 僕はビックバン説が詳しくないのですが好きなんで、こんなの書きました。きっと、テレビのCSのナショジオとか、あそこらへんの番組から影響を受けているのだと思います。 (真実の体積)

2017-03-31

ぬおおお、また誤字やってしまった 謎えられえた ではなく、 なぞらえられた です。 漢字も間違ってますけど、意味は通じると思います。 おヒマなとき修正してください。またはこの間違いを許して頂きながらお読みください。ちょっと、この間違え、気に入ってもいますので。でも、よかったら、なぞらえられた に修正して頂けると、ありがとーを届かせます。 (真実の体積)

2017-03-30

祝儀敷さん 報告コメントありがとうございます。 その教えていただいた記事のことは一切知りません。僕、ホンマにアホなんで、暗算とかまったく出来ないので、そんなすごい暗算をされるなんて、素晴らしい頭脳をお持ちで素晴らしいと思います。 また更に、羨ましいなんて言葉を使用すると、羨ましいがられた側の立場の人からすれば、演技でも踏ん反り返るくらいしか方法がないと思いますので、ご迷惑だとは承知の上で、賢く頭の良い方に対して、羨ましいですと、僕みたいなバカちんは思い感じながら、恐れ多いと恐縮し、その才能を見上げてしまうばかりです。 (πをわりきる)

2017-03-30

湯煙さんへ 自分から土俵の外への の間違いでした。 (πをわりきる)

2017-03-30

湯煙さん コメントありがとうございます。 僕の中学の頃といえば30年と少し前になりますが、だからタバコ吸って良いと言う訳ではありませんが、なんかいまと違って、もっと緩かったですが、僕が学校でタバコ吸うようになったきっかけは、いちばん最初は学校でタバコ吸ってるの見つかって、親呼び出しになったのですが、そのとき職員室で、先生も親父も、悪ガキの首を取ったったー!くらいの勢いで、大人は2人とも鼻息も荒かったのですが、うちの親父の勇み足で、「煙草、吸うんやったら隠れて吸うな!」とか調子こいで口走ってしまって、そのノリで先生も「火事でもいったらどうするんだ?」と自分から土俵に落ちてくれたので、それ以来、大人の言ったことをキッチリ守って、隠れて吸わずに、他の生徒さんには迷惑かけない程度で、教室以外で堂々と吸ってました。っw アドバイスありがとうございます。上記のような記述も詩に折り込もうと思ったりもしたのですが、僕の技術不足と、この際は読み手さん達に、この余白をつかって、それぞれ物語を作って貰おうという苦しい言い訳で、このようなスカスカの作風になってしまいました。 (πをわりきる)

2017-03-30

霜田さん コメントありがとうございます。 なんていうか、嬉しいです。 ありがとうございます。 (πをわりきる)

2017-03-30

もとこさん はじめまして、コメントありがとうございます。 実話をネタしました。照れ隠しもありまして、愛想のない文体になりました。が、最後の問いかけで、八木先生の言葉を引き出して頂きとても嬉しく思います。八木先生とは実際には目でしか会話をしたことありません。数学の教師という職業柄、数字には甘かったのかもしれません。 (πをわりきる)

2017-03-27

花緒さん、遅ばせながら投稿させてもらいました。 修正ありがとうございます。 (πをわりきる)

2017-03-27