B-REVIEW作品投稿掲示板


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眼病   

岩垣弥生 
作成日時 2019-02-14
コメント日時 9 時間前

 

今日もまた犯罪者の名前が美しい 雪のようにくっきりと わたしたちには秘密が多すぎる 空想の森は黒い森 灯りを消してベッドに倒れこむ 闇は光の母 野いばらの瞳が見たものすべてを傷つけるわたしは 瞳に流星が降るから盲目の少年の手を引き あだし野を歩く途中 虹を見たら死んでしまうギタリストと出会う 「眼病」という名の物語はつねに破綻する それで良い 適度なストレスは生きるのに必要 快楽にかわれば麻薬と同じ 太陽になりたかった月が自傷する 眠れ 眠れ 球体関節少女 たくさんのうてなを抱いたわたしたちを 同じ朝の光が射ぬく


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stereotype2085 (2019-02-14):

犯罪者の名前が美しい、とは! 最高の書き出しじゃないですか! だがしかし中盤から後半情報量が密になり、なおかつ意味を瞬時にはつかみかねる描写が多くなった分、惜しい作品になったかもしれません。しかし素晴らしい出来栄えなのは事実。久しぶりに即コメしたくなりました。

岩垣弥生 (2019-02-15):

stereotype2085さま 読んでくださりありがとうございます。 最初の一行は書くのに多少勇気が必要だったので、褒めていただき安心しました。 ニュースを見て憤るでもなく、犯罪者の名前が「涼しげで美しいな」などと感じるわたしは何か欠けているのかもしれません。 中終盤は仰るとおりですが、意図的に韜晦して多様に解釈できるようにしたので、気に入らないなら仕方がない所もありますね。 素晴らしい出来栄えとの言葉、心から嬉しいです。 コメントくださり本当に感謝しています。

ばたあし (2019-02-15):

読みやすかったです。比喩を飲み込むことに違和感なく受け入れられました。

沙一 (9 時間前):

こんにちは。 一行目から魅力的で、心を掴まれます。 あくまで私なりの解釈ですが、 快楽にかわれば麻薬と同じ などといった表現から、冒頭の犯罪者とは、原罪を犯した者、あるいはその末裔としての人間ではないかと思いました。 眼は口ほどにものを云う、という諺もあるように、眼は、見るための器官であると同時に、見られる器官でもありますね。そう考えると、作中人物たちの「眼病」とは、うまくいかないコミュニケーションの象徴のようにも捉えられました。後半は、そのもどかしさが表れているような。 幻想的な世界観や、美しい表現は、弥生さんの持ち味だとあらためて感じられて、とても好きな詩です。

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生活   

田中恭平 
作成日時 2019-02-01
コメント日時 2019-02-15

 

幽体に近い、 この体は、声は。 朝の活力を求める、 枯葉の滴を原因として。 たかぶる、 闇夜激しく 愛しあった 夜と曙は。 ミルクの中から 熱を帯びてくる、 コップはとうに下げられてしまって、 天使の翼は本当は汚い。 あちらこちらを飛んでいるので。 というのを、 視ている目は 路傍に置かれており、 花を愛している。 花に、毎日、ラヴレターを 書くほどに。 すべての音を消して、 アールグレイティーに神経を注ぐ。 神経は弛緩していたのだが、 張りつめる。 動悸がする、 薬を服す。 飲んだ薬は天上で回収される、 それもきれいなものではない。 朝焼けがきれいだ、 旅人もきれいだ、 これを憧れというのでしょう。 どこへもいけないものになってしまって 旅は こころの中。 嗚呼、背骨より天へ逃げる諸々の感情たち。


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エイクピアエイクピア (2019-02-02):

朝のひと時、お茶をしている。飲んだ薬、天井で回収される。 「朝焼けがきれいだ、 旅人もきれいだ、 これを憧れというのでしょう。 どこへもいけないものになってしまって 旅は こころの中。」 ここがただの感慨ではなくて、詩的宣言のように思えて、屹立していると思いました。

環希 帆乃未 (2019-02-03):

言葉が繊細ですね。

まりも (2019-02-15):

独特の語りのリズムが面白かったです。 言葉を区切る、ところで、ひと段落が付くように見えて、ふっとずれる。 日常生活の中で、「天使の翼は本当は汚い。」と気づいた瞬間の微妙さ。 花にそそぐ視線、音を消して、という集中の仕方を意識する細やかさが良いと思いました。

帆場蔵人 (2019-02-15):

日常の生活のなかに確かな詩情と書き手の息遣いが寄り添い、それが自然なことであると感じられる。こんな繊細なタッチなのに、読み終えてから歩いた道を確かめるように読み返してしまう。素晴らしいと思います。

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ishimuratoshi58 
作成日時 2019-02-01
コメント日時 2019-02-15

 

いいんだ 花は さかなくてもいいんだ いいんだ 麥の穂は みのらなくてもいいんだ いいんだ うたは うたはれなくても 笛は ふかれなくても 絵は えがかれなくても 木は 彫られなくても なみだは こぼれなくても 空をふるはせ ひびくものらよ どうして うまれてくるのか その罪に をののきながら


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エイクピアエイクピア (2019-02-02):

否定性に貫かれた内容は、慈愛に満ちた「いいんだ」と読むことも出来ます。「さかなくても」「みのらなくても」「うたはれなくても」等々。リラックス。そんなコンセプトでは無いのかもしれませんが、ふとそんなヴォキャブラリーが思い浮かびました。

環希 帆乃未 (2019-02-03):

優しい詩です。

ふじりゅう (2019-02-04):

~しなくてもいい、という言葉が優しく、惹かれました。

fiorina (2019-02-11):

他の習慣、教えでは肯定的にたとえば「愛」として讃えられるものが、 すべて執着にすぎないと、むかし初めて聞いたときと同じ驚きが、この作品にありました。 でも、詩は驚きをこえ、魂の震えに変わりました。最終3連のすばらしさ!    *** 「咲き」「実り」「うたわれ」「えがかれ」etc・・・ いずれも命の歓びそのもののはずですが、 「花は さかなくてもいいんだ」 「麥の穂は みのらなくてもいいんだ」 となぜか作者は語り出す。 田村隆一の「言葉なんかおぼえるんじゃなかった」(「帰途」)を想起させる屈折したひびきに、 この作品を書かねばならなかったおもいが隠されているのかも知れません。 いいんだ いいんだ とたたみかけながら、それでも 「罪にをののきながら うまれてくる」 後から後からどうしようもなく生まれてくるものたちへの不思議と慈しみ。 究極の歓びを生み出す源には罪があり、 生まれたその子どももまた罪の子としてふるえている。 この詩の新鮮さは、人間の存在そのものを罪と言っているのではなく、 行為を罪と表現していることです。 (少しニュアンスがずれそうでこわいのですが、) 私は以前から、詩(生まれた言葉は)は、そのものが傷だと感じていましたが (だから些細な酷評?もあれほど痛い・・) 詩作の中で作者が 「罪にをののきながら うまれてくる」 と書かずにいられなかったことが、読者をして身動きできないような静謐に取り残すようでした。

fiorina (2019-02-11):

訂正です。   誤「うたわれ」→正「うたはれ」

stereotype2085 (2019-02-11):

素朴で朴訥として優しい。「その罪に をののきながら」。罪以外に言葉がなかったのかなとも思いました。この無常観、叶わない想い、願いを淡々と描いていく手法はとても好きです。ただ僕だったら、このモチーフもう少し洗練された書き方をしたかなという印象です。だがしかしこの素朴さゆえに持ち味が充分に引き出されているのも事実。ishimuratoshiさんには「秘法」でハードルが上がってしまっているのかもしれません。

環希 帆乃未 (2019-02-11):

「すべてのすすめ」 証明を果たすことではなく 証明を果たされるのでもなく 証明を果たしていくのでもなく ただ あるという それだけでいいの ありたいようにあれ 証明を求めるでもなく 証明を求められるのでもなく 証明を求めていくのでもなく あるがままをあるがままに すべてへすすめ 「石村さんの言葉を借りずに、ツイートで書いてみました。罪という言葉が、前向きに進むの、良いと思います。ですが、優しい詩っていうのには、私には変わらないんですね。私には慈しみではなかったです。なので、私の感受性のセンサーのせいです」

らどみらどみ (2019-02-11):

環希 帆乃未さんのログからやって来ました。 参加しても大丈夫ですか?

渡辺八畳@祝儀敷 (2019-02-11):

運営の渡辺八畳です。参加者が増えるのは単純に嬉しいので気軽にどうぞどうぞ

らどみらどみ (2019-02-14):

はじめまして、運営の渡辺さん。 もちっと、ひっそりな場所かと思って、環希さんのログからジャンプしてきたのですが、いきなり運営さんの返答で驚きました。(頭越しですみませんね、環希さん)。全くわからないので、空気読んでいない率高めかもしれないので、気軽にどうぞどうぞと言われても、後で、ギャフンがいやなので、運営さん、逆参加条件の質問させてください。うざくてすみません。 作品を読むとみんなハイレベルですね(基準はネット詩)。 質問1 私は詩をかけません。それでも参加は大丈夫ですか? 質問2 ネット詩参加歴は25年以上前ですが、実際の参加は短いです。悪さをして出たタイプではなくて、つまらないとアクセスしなくなるタイプです。何が言いたいかというと、人間感情は強いかもしれませんが、ネット人間関係はゼロに等しいです(例外はいます)。それでも参加大丈夫ですか? 質問3 基本は、読み専門です。それでも参加大丈夫ですか? 質問4 自分では中道と思っていますが、側から見たら、結構、好き嫌いを主張しているようです。それでも参加大丈夫ですか? 質問5 歳とってます、それでも参加大丈夫ですか? 質問6 現実の生活を優先して生きてますが、それでも参加大丈夫ですか? 質問7 感動した作品には、コメントしてしまうかもしれません、それでも参加大丈夫ですか? 質問8 詩は書いたことありませんが、詩みたいなものをアップしてしまうことが、勢い余って、もしかすると、ないかも、あるかもしれませんが、それでも参加大丈夫ですか? 質問9 偉そうにアップして結果色々と、迷惑をかけるかもしれません、その時は直ぐに指摘されましたら、削除しますが、それでも参加大丈夫ですか? 質問10 古いタイプの人間なのでネット詩をバカにしていると言えば、何処かでバカにしてしまっているかもしれませんが、可能性も感じている、厄介者のおじさんですが、それでも参加大丈夫ですか? 質問11 最後に、もしかすると、他の方々と違って、極めて違って、連詩返詩と、コメントの違いを分かっていて、違うそんなことは作品に盛り込んでいないなんて嘘をついても、その人達の何作品か読めばネット詩孵卵期時代の25年前から繰り返しやってきた子供の嘘の言い訳を聞いている程度の繰り返しをみてるだけの、ばればれで、平均的な射程距離の長いライフル銃言葉を使うというゲーム感覚のつまらない言葉遊びではなくて、垂直稼働してしまう人生と肉体を掛けた(否定されても、時間や空間が味方なら良いと、[貴方]と同じように)言葉に偏ってしまう自分をマジで辟易しているところなのですが、それでも参加大丈夫ですか? 本当に 長々とすみません、 空気読めないタイプなので、不参加でも全然大丈夫です。

鈴木歯車 (2019-02-14):

そのままでもいいという優しさを感じました。

渡辺八畳@祝儀敷 (2019-02-14):

らどみさん たしかにうざいなぁ(笑) ガイドラインは読まれましたでしょうか。参加資格はガイドラインに準じます。なので「逆参加条件の質問」なるものに返答するまでもありません。 ビーレビに参加するかどうかはユーザー個人の自由意思です。ただし上述のようガイドラインに従うことが条件であって、それを遵守できない方はアクセス禁止処分が下されます。正直に申しまして、らどみさんはそれができない方だろうなという印象を現在抱いております。そもそも長々と「逆参加条件の質問」ものを書く時点でガイドラインを読んでいないのは明確だし、それを書くということは「罪」の作者であるishimuratoshi58氏への配慮が全くできていないということです。謝るのは環希氏にじゃあありませんよ。 いわゆる「変な人」を積極的に排除こそはしませんが、優先的に保護をするつもりもありません。場への適応を少しでもしようとせず「~ですが大丈夫ですか?」と保身ばかり考えている人は、たとえビーレビに参加してもやがて煙たがられる存在になるでしょう。 要は「参加したいならすればいいけど、オススメはしない」です。らどみさんがビーレビに参加してもあまりよい結果にならないと私は思います。25年前のパソコン通信時代とは違って、現代はさまざまネット詩サイトが存在します。ビーレビ以外のそういったサイトに行かれてみてはどうでしょうか? 以降この件について「罪」のコメント欄では返答をしませんし、上記のやり取りも一定期間後に削除します。追加で質問があればビーレビのフォーラムかTwitter(ビーレビ公式アカウント)にお願いします。フォーラムの使い方がわからないなどという質問にも答えません。それさえ使えないレベルの情報弱者ならそもそもビーレビを使い続けるのは困難でしょうし。 ishimuratoshi58さん、「罪」のコメント欄を汚してしまい申し訳ありませんでした。

まりも (2019-02-15):

生まれてくる、ということは、とうぜん、場を占める、ということで・・・それを罪と「自覚」することと、原罪(宗教的な)との差異について、しばし考えました。罪、という名付は、作者による発見である、わけですが・・・罪、という言葉の重さと釣り合うのか、どうか、ということ、ですね。 存在の神秘への慄き、いわば、畏怖が、本作のテーマなのではないか。と思う、のだけれど。 何かの意図のために、効果や効率のために、「加工」されなくてもよいではないか(ありのままで、どうして認められないのか)という悲しみ、を歌う作品であるならば・・・そのままで存在しようとすること、が、許されない、ということ・・・が、罪、と称される、ということへの疑義であるとして・・・やっぱり、題名のインパクトと、内容が、どうもずれているような印象を受けるのですが、どうでしょう。 それを、罪、

ishimuratoshi58ishimuratoshi58 (2019-02-15):

 貧しい作にコメントを寄せて下さった皆様、有難うございます。  自作自解にならないように述べたいのですが、小生がこの作品で捉えようとしたものは非常に重大なテーマです。それが理屈でなく、詩そのままで直に伝わるようにかくのが作者たる私の務めですが、頂いた皆様のご感想から判断する限り、その務めは果たし切れなかったようです。これは作者の「罪」でしょう。痛恨の至りです。  本作をかいた前後に創作力の「枯れ」を自覚したので現在は充電期に入っています。枯れた声で歌えない歌に立ち向かってしまった愚かさを今更ながらに口惜しく思いますが、枯れた声なりの叫び方にも何かしら存在価値はあるでしょう。いずれにせよ生まれてしまったこの作はその「罪」を背負いながら在り続け、理解や誤解、無理解という「罰」を負うことになるのです。  いずれまた同じテーマに立ち向かうことになる機会があるか、力及ばぬままくたばるのかはわかりませんが、生き続け、かき続けなくてはならない。その念願があるばかりです。  

ishimuratoshi58ishimuratoshi58 (2019-02-15):

渡辺八畳@祝儀敷様、ご配慮有難うございます。 お手数ですが、このコメントも一定期間を経たら同様に削除して頂ければと存じます。 ですが、お心遣いへのお礼だけはお伝えしたいと思いました。ご寛恕の程を。

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ベーゼンドルファー   

SirAsaku 
作成日時 2019-02-15
コメント日時 2019-02-15

 

暮れゆく庭の草陰に 肺患いの小人が一人 粉白粉と頬紅の 滲んだ顔で立って居る 其の喘鳴は雨粒の 砕けるようにしのしのと 軒先辺りと地獄との 合間を幽かに這って居た 彼が一体、何であるのか 如何して病んで居るのかと カップの底の珈琲の 染みを見乍ら考える まるで間引きの白桃や 蟻に喰われた花蟷螂の 憐れで可笑しい其の姿 如何して病んで居るのかと 小人が私に笑いかける 私は其れに気付かないで居る うつつの夢は滔々と 蛇口から一滴が落ちるように 薄闇の方へ流れゆく 老いたる猫は膝の上で 細く寝息を立て始め 私は擬態し街を想う


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渡辺八畳@祝儀敷 (2019-02-15):

テンポが悪いなという印象。それはどの行も3、4文節で改行されていてリズムが悪く、さらに空行がやけに多いからだ。改行や空行で読み進める流れが止まるし、その休符が単調かつ過多だから。あえて長く続かせる行を作るなどして起伏をもたせたい。 あと意図的にやっているのだろうけど、漢字が多すぎる。「其の」や「居る」などはひらがなに開いたほうがいい。演出なのはわかるが、上述のテンポの悪さを助長させてしまっている。

SirAsakuSirAsaku (2019-02-15):

渡辺八畳様 明確なお言葉でご指摘を下さいまして 心より感謝申し上げます。 ここしばらく、ずっと一人で モヤモヤしていたのですが お言葉を頂いた事で 自分が今、何で行き詰まっていて 何を課題とすべきなのかにようやく 確信を持つことが出来ました。 貴重な場を有難うございます。

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無題   

田中恭平 
作成日時 2019-02-15
コメント日時 2019-02-15

 

手につかまえる 雲のかけらが いまことばとなって 紙に定着する、 紙はすこし濡れる。 あたらしいことばが好きだが 古語も知らなければあたらしいことば あらためて時間をゆっくりころがし 雪だるまにしたら読書に耽ろう。 才はない、とつくづく思う しかしやってみなければわからない。 なにより滋養が必要だ、カツサンド食べる。 空腹では、血は腹へいってしまうので。 きみは神さまを信じているか。 じぶんの神さまを信じているか。 わたしはじぶんの神さまを奉り 袖をひいて歩いた或る日に帰りたい。 嗚呼、 今日もことばがしっちゃかめっちゃかだ。 頭のなかからうるさい言葉は天へ還る。 背骨より天へ還る諸々の感情たち。 混乱、して いる、 から 混乱した文となる。 やがて雨がふり、すべてが濡れて わたしは二度の吐血をする。 竹はかわらずさやかにふるえ この 手につかまえる 雲があたらしいおみきにでもなって 願いのひとつやふたつかけてみたくなる。


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空炎   

taishi ohira 
作成日時 2019-02-01
コメント日時 2019-02-15

 

雇われてる人は、金で動くようになってしまう。 ひたすら死ぬ気で生きよう。 たった一回きりの二度と戻ってこない人生なんだから。 笑っちゃいけないような人間の愚かさも所詮人間的で笑いに値する。 失恋自殺の少女も、殺人しちまったチビデブ不細工フリーターおじさんも、 西成で鬼畜輪姦のDVDを売りさばくホームレスも、それを馬鹿にしてかっこつける非正規社員も、 みんな豊穣な人生を送っていた。 包茎マイクロペニスの画像を形態に保存してにやついてる女子大生も、 パンパン巨根に犯されたがっており、 美人でもペチャパイのせいで、軽音楽部でトップシンガーになれなかったことをコンプレックスに思ってたりする。 トランプがプッシーつかんだからってしったこっちゃない。 今日も、夕日はひたすらに美しい。 膣土方とかいう、本物の土方に失礼な言い方される彼女たちも、マンコを夕日に照らして輝かせる。 om jun sah sah jun om 男優のキンタマを蹴り上げたAV女優より、男優のほうが気持ちよさそうだった。 もう30歳だ、しかし魂年齢は41歳だ。 男として生きるということ。 この世界は大いなる母の幻惑なのに。 娑婆こそが真実だ。 仮装こそが真実だ。 君たちはそれを認める強さがないために、方便を必要としたのだ。 om shribhaskaraya vidmahe saidevaya dhimahi tanno surya prachodayat 男として生きること。 男らしくなれば、女も女らしさをかもし出してくる。 世界は女だ。 母なる女神よ、許したまえ。 夕べの紫は、母の紫。 慈悲の化身、慈悲の大海。 いろんな人たちの中の悲しみ、そしてそこから起こる怒り、 それがあなたの怒り、 それが私の怒り、 全てはつながっているから。 わたしにはわかる。 ある境地を体験したものだけが作品などに見せるその片鱗を。 死に限りなく近く生きよ。 物体は流動し、流体は火となり、火は、風となり、 風は空間となった。 真空の炎。 あらゆる存在が生きていてつながってることが感じられるだろう。 そう、自然に達したんだよ。 戻ってきたんだ、我が家に。 くつろぎが安らぎへと深まる。 大いなる自然は、人間の個性には屈辱的なことだが、個人性などまったく気にかけず、円満で、荒々しく美醜を超えて美しいのでした。 わたしたちはその中で生きる一匹の雄や雌だった。


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エイクピアエイクピア (2019-02-02):

女性の風俗を描写するのが目的ではないように思えます。仏教の高みでしょうか、でもない気がしますが、ある高みのステージ。全てはつながっているからと言うフレーズがありましたが、そのために苦悩するか、達観できるかで詩作も大いに変わって来るのだと思いました。

taishi ohira (2019-02-02):

苦しみの終わりが安らぎです。 全てつながってることがわかるのは安らいでいるときだけです、 葛藤や苦悩は感受性を麻痺させます。

今野よーよー@詩 (2019-02-02):

最近の世間のジェンダー観から離れた詩だと感じました。 それゆえに感じる雄々しさ。 オスとメスという呪縛から人間は離れられないのでしょうか? オスであり、メスであるからこそ、自然とつながり、全てつながっているのでしょうか?

taishi ohira (2019-02-02):

真実はしばしば時代と逆行します。 雄と雌であるという屈辱的事実の故に自然とつながっているのです。

まりも (2019-02-15):

二行目以降の「標語」的な呼びかけが、その先を読む気を削いでいるように思います。 「人間的で笑いに値する」「人間の愚かさ」の諸例が、安易な性的快楽に限定されているところが表層的だと感じました。人間の愚かさは、性に関わる欲望のみである、として、徹底して掘り下げるのか、あるいはより領域の広い非性的な快楽を拾い出すのか・・・どちらかに振り切った方が良いと思いました。 後半、「母なる女神よ」以降、偽仏典のような風情があるのですが、いささか文言が自然回帰をイメージさせるエレメンツの安易な使用で終わっている感もあります。

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l*st for you   

白犬 
作成日時 2019-02-01
コメント日時 2019-02-15

 

流れる花の ゆっくりと踝を浸す 蒼褪めた頬に 口を寄せて 100円のライターで 風景が燃えていくのを見て笑う 私/犬の頭に穴を開ければ 虹色の闇が溢れ出す 嫉妬深い猫達の抽象の牙を折り 繁殖を準備する穢れた濡れたおまんこ 偽りの祈りを幾つ齧っても塩の味 祈り等無いのだと知っていて 君の手を離した 私は温い血を握りしめている 視ていた のは 無限だ 散る匂いを無視して さんざめく声の嘘の本当 吐く息は白く 泣いていただろうか 味気無い地獄に転生しても 覚えてる/忘れるだろう 焦げ付くベーコンの匂い 美味しそう/吐き気がする こびりついた感情の肉片を払う覚悟 が ためらい傷ばかりが増える 蒼褪めた夢を見ていた 幸福な夢だった 夢を視ている 殺される青 私は笑う 無限だ、って


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エイクピアエイクピア (2019-02-02):

視ていたのが無限だったり、無限だ、ってとら笑う私。 「蒼褪めた夢を見ていた 幸福な夢だった 夢を視ている」 こう言う連が詩のトーンを柔らかくしていると思うのですが、/を介した相反する感情や、犬と猫の対比から来る内容も興味深い詩内容になって居ると思いました。

環希 帆乃未 (2019-02-03):

うぅむ。いつも拝見している詩とは違いますね。でも、向き合っている詩であると思います。反発しているところも含めてです。

まりも (2019-02-15):

「偽りの祈りを幾つ」い、の音の連なり。「抽象の牙」は、音としては中傷、に響かせようとしているのか。 「穢れた」という自らの認識を入れるべきか、否か。(入れなくてもいいんじゃないか、ここは。繁殖を準備する濡れた~、では、あまりにもそのまま、だけれど。) 「さんざめく声の嘘の本当」そう、嘘、フィクション、虚構でしか表現し得ない、自らの真実、本当、を書きしるすこと、が・・・詩の機能のひとつ、ではあるはず。でも、嘘の本当、とつなぐのは、少し安易ではあるまいか・・・全体で、嘘の本当、を示すこと、が、詩であると思うので。 「こびりついた感情の肉片を払う覚悟 が」必要、なのか、欲しい、のか、無い、のか。そこを伏せて、ためらい傷に持っていく(一行アケでいったん、切り替えを入れて)潔さが小気味よい。

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環境   

左部右人 
作成日時 2019-02-01
コメント日時 2019-02-15

 

産まれた時は恵まれていた。 育った土地にも恵まれていた。 優しい母にも恵まれていた。 厳しい父にも恵まれていた。 穏やかな弟にも恵まれていた。 親切な教師にも恵まれていた。 元気なクラスメイトにも恵まれていた。 筆箱がないと気付いた時もまだ恵まれていた。 気が重くなった時もまだ恵まれていた。 指が炙られて痛かった時もまだ恵まれていた。 父に頬をぶたれながら引っ張られた時も恵まれていた。 母が泣きながらついてきた時も恵まれていた。 そうして校門をくぐった時は恵まれていた。 あれから何年も経って、カーペットさえも敷かれていない賃貸住宅の一室で自分が恵まれているのかいないのか一人声に出して問答をしている私は複雑なことを考えられるようになったと思ったので、恵まれている。


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エイクピアエイクピア (2019-02-02):

最後の現在形の「恵まれている」。それまでは回想のような「恵まれていた」。何か不気味さが演出されているようにも感じられました。あなたが私にくれたものとか言う歌詞のジッタリンジンの歌は最後まで回想だらけかもしれませんが、この詩は現在形が最後に出て来る。ジッタリンジンの歌も確か一番最後はさよならしてあげるわで、現在形が最後に出て来る形だったのかもしれません。ジャンルが全然違うので単純比較ができませんが、何か思い出すものがありました。

渡辺八畳@祝儀敷 (2019-02-03):

勿論皮肉としての意味合いが強い「恵まれている」なのだろうが、マイナス思考な語句で詩を書きがちなネット詩人へのアンチテーゼみたいだなっても思った。

環希 帆乃未 (2019-02-03):

恵まれているという点では何も変わらない事が多いですね。

enokizenokiz (2019-02-03):

前振りがいい感じで並んでたので終わりももうちょっとひねるだけで全然多分印象違う。(私見)

左部右人 (2019-02-03):

エイクピア 様 ジッタリンジンの曲に関しては存じ上げませんが、何か回想されるものがあるということで嬉しく思います。 コメントをありがとうございます。

左部右人 (2019-02-03):

渡辺八畳 様 そのような意図はありませんでしたが、なるほど。私は「ユーモア」や「笑い」の中に、言葉に出来ない切実さが孕んでいると考えます。あるいは、「笑いの中でしか真実を語ることができない」悲しみ(太宰)を詩的な言葉として表現していきたいと考えています。そういった意味合いで考えると「マイナス思考な語句」で発信される詩とは、一線を画したいという思いがあるのかもしれません。とは言っても、三角みづ紀さんの初期の詩(扱う言葉がマイナスでも、どこかユーモアがありますよね)が私は大好きですし、そういった詩も読んだり書いたりしますが。 コメントをありがとうございます。

左部右人 (2019-02-03):

環希 帆乃未 様 そうですね、「恵まれている」という点では変わらないことが多いのかもしれませんが、おそらく「恵まれている」に達する思考のプロセスは目まぐるしく変わっているのではないかと思います。歳を経るにつれて。 コメントをありがとうございます。

左部右人 (2019-02-03):

enokiz 様 なるほど、終わりをひねる、この詩ではこのパターン以外考えていませんでした。 もしよろしければお聞きしたいのですが、enokizさんであれば、この詩のラストをどのようにひねりますか? もし何かありましたら、ご教授ください。

帆場蔵人 (2019-02-04):

いつと比較して恵まれていたのか?と考えながら読ませていただきました。それは、あれから何年も経って、以降の文なのでしょう。しかし皮肉な意味合いで使われている、恵まれている、だろうからまさに今、複雑なことを考えられるようになって恵まれていると問答している自分に比べてまだ恵まれているという結論になり、生まれたときに視点は戻りまた全体を読み返してしまいました。なんだか延々と問答する詩の主体に巻き込まれる気持ちになりました。

左部右人 (2019-02-04):

帆場蔵人 様 確かな身体性を持った詩を書きたいと思って、最近は詩を書いています。ですので、「延々と問答する詩の主体に巻き込まれる」というご感想はとても嬉しく思います。 コメントをありがとうございました。

ふじりゅう (2019-02-04):

 拝見しました。どんどん陰惨になっていく主人公の状況に反して、強がりでなく「恵まれている」とする点が素晴らしいです。なにが素晴らしいかと申しますと、「恵まれている」が強がりでなく、皮肉でなく、本心からであると読者が認識させられる点です。ある種あっけらかんとした主人公の姿は、詩というジャンルでは珍しい「強い主人公」を見た気がしました。

左部右人 (2019-02-05):

ふじりゅう 様 「「恵まれている」が強がりでなく、皮肉でなく、本心からであると読者が認識させられる」 という感想、主体の「本心」かどうかは別として、嬉しく思います。 コメントをありがとうございます。

社町 迅社町 迅 (2019-02-05):

あくまでも、結論として、恵まれている、で終わる(終わらせる)ストーリーが逆説になって、観客に凄みを与えている作品だと思いました。 ストーリーそのものは詩のために簡素に作られたというか、あまりリアルな体験ではなさそうというか、淡々と並んで何だか単調な感じもしました。しかしそれが凄みの要因になっているのだとも思うので…意図的にそうされているのかまではわからなかったです。

左部右人 (2019-02-06):

社町 迅 様 その「単調さ」は意図的ではありましたが、今から読むと、もう少し私にとっての「リアルな体験」だと感ぜられるような特別性を出していくべきだったなと思います。 コメントをありがとうございます。

stereotype2085 (2019-02-11):

暗示ですね。まさに。幸福な家庭像をイメージするところから始まり、どうも違うなと思わせる中盤。そしてラストの賃貸住宅の一室での描写。これは皮肉な詩であり、シニカルな詩であり、実は「重い」。どんな現実を突きつけられても「恵まれている」から微動だにしない話者の姿勢は、抵抗しなくなった被虐者のようにも感じ取れました。面白いと思います。

左部右人 (2019-02-11):

stereotype2085 様 「面白」がってくださったようで何よりです。コメントをありがとうございます。

まりも (2019-02-15):

「筆箱がない」(書く物が無い、与えられていない、あるいは、奪われてしまった)というフレーズと、「一人声に出して問答をしている」(書けないので、音声に出す他ない)というフレーズが響きあっていますね。意図的なものなのか、無意識に表出したものなのか。 「考えられるようになったと思ったので」考えられるようになったので、ではない、ということ。~と思った、という、どこまでも自認の域に留まることの自覚が、意識的にせよ、無意識的にせよ、この作品のテーマなのではないかと思います。

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スグルくん   

まり 
作成日時 2019-02-13
コメント日時 2019-02-15

 

スグルくんは幼馴染で、家が近くで、お母さんがスグルくんのお母さんと仲いいから、よく家に遊びに来た。でもあたしは、スグルくんはいつも鼻をたらしてるし、なんか貧乏くさくって好きじゃなかった。 あたしもスグルくんも幼稚園のとき、いつものようにスグルくんが家に遊びに来た。あたしはスグルくんの家には行ったことがない。スグルくんみたく貧乏臭いから行きたいって思わなかった。 家に来たスグルくんはあたしのぬりえを見つけると、自分のものみたく勝手に塗り始めた。スグルくんはあたしの家に来ると、いつもあたしを無視して勝手に何かする。あたしはそんなスグルくんは不器用なんだって思って、スグルくんは好きじゃなかったけどつまんなかったし、いつもあたしから話し掛けてた。その時もちょっとしてからぬりえを覗いてみた。ぬりえはテレビのと全然違く塗られてた。目とかも片っぽずつ違う色だった。あたしが「そんな色じゃない」って言うと、スグルくんは「別にちゃんと塗らなきゃいけない決まりはないでしょ」って平然な顔で答えた。あたしは、塗り絵はちゃんとした色で塗るものだと思っていたし、ちゃんと塗れるとうれしかったから、そんなことを言うスグルくんが変だって思った。 でも、なんでか、ずっとそのことがどこかに引っかかっていた。 スグルくんとは小学生になってクラスも違かったから、そのまま自然と遊ばなくなったけど、5年生のときに同じクラスになった。もう鼻はたらしてなかったけど、なんかひげとかちょっと生えてて、なんかおじさんぽかった。 スグルくんはクラスで特に目立つって感じじゃなかったし、なんかあたしとは違う感じだったし、話すことはなかった。 6年生のお別れ会のときにスグルくんと同じグループになった。そのころ流行りの曲をみんなで歌うことになった。あたしはピアノを弾く役だった。 そのとき珍しくスグルくんが提案した。それは、その歌の「迷い込む」だか「迷路」がどうのってとこで迷路を行ったり来たりさせるオブジェを作ってみたらどうか、っていうのだった。みんな面白そうだって思った。あたしもぬりえのスグルくんを思い出して、やっぱりこの人は他の人とは違うすごい発想をするんだなって思ったりした。 けど練習のときにスグルくんが持ってきたのは、あたしたちの想像してたのとは違かった。それは、画用紙を迷路みたくくり抜いて、そのくり抜いたとこを豆電球で行ったり来たりさせるっていうのだった。画用紙に書かれた手書きの迷路はへたくそだったし、明るい教室で豆電球は光ってるんだかいないんだかわからなかった。それになんかすごい貧乏臭かったし、画用紙の裏から豆電球を行ったり来たりさせてるスグルくんは見てて恥ずかしかった。 結局あたしたちの出し物はぜんぜんウケなかった。 中学になってスグルくんとは同じクラスになったこともなかったし、高校も違かったから、それ以来スグルくんとは会ってない。 でも、なんかそれ以来あたしは貧乏臭い男はどこか信用できないし好きになれない。


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ゼンメツゼンメツ (2019-02-14):

これはとても僕好みの詩情の汲みかたです。文体もほどよい感じにあえて拙さを出せていると思いますし。ただ少々惜しまれるは、ゼロ距離のリアリティを重視しすぎたがために、その代償として、詩作品としての文学的飛躍を手放してしまったのではないかと見受けられるところがあり、それはちょっともったいないかなと。けっきょく額のうちに入れるのなら、詩的表現のためだけに多少は異世界を覗かせてしまっても良いのではないかと僕は思うのです。いや、すみません。なんかめっちゃ言っちゃって、でも本気で次の作品も楽しみにしております。

渡辺八畳@祝儀敷 (2019-02-15):

ありそうでなさそうな絶妙な日常感にゲシュタルト崩壊ギリギリの「スグルくん」の数。テンポも良いしこれは良い詩だと思う。

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グッド・バイ!   

左部右人 
作成日時 2019-02-14
コメント日時 2019-02-14

 

「私たちは詩を読むことができない」 「私たちは詩を聴くことができない」 「私たちが詩を読むことはできない」 「私たちが詩を聴くことはできない」 ≠ 「私たちには詩を詠むことさえできない」 「私たちには詩を聞くことさえできない」 「私たちにさえ詩を詠むことはできない」 「私たちにさえ詩を聞くことはできない」 ≠ 「わたしたちがやめたのは詩か」 「わたしたちがはじめたのは詩か」 ≒ 「わたしたちがかいたのはしか」 「わたしたちがきいたのは詩か」 ※ Q.わたしはしをかいていたのか


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左部右人 (2019-02-14):

A♯1. 途絶された言葉に 名、 増殖するシニフィアンに 名、 永遠に続くピリオド その間隙を、 「わたしはしとよんだ」

左部右人 (2019-02-14):

A♯A♯1へ. 人間は精神であると 超越した存在の死に 揺さぶられていた私たちは 詩 その制度を、 採用した ※ 私たちは詩を書いた。

左部右人 (2019-02-14):

↑のコメントまでが作品になります。

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