ルウさんちの写真館 - B-REVIEW
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PICK UP - REVIEW

よしっ

るるる

走るるる!

きょこち(╹◡╹)久遠恭子

アオゾラの約束

憧れ

こんなに良い詩を書いているのに、気付かなくてごめんね。北斗七星は君だよ。いつも見守ってくれてありがとう。

きょこち(╹◡╹)久遠恭子

藤の花

紫の香り

少し歩くと川の音が大きくなる、からがこの作品の醍醐味かと思います。むせかえる藤の花の匂い。落ちた花や枝が足に絡みつく。素敵ですね。

きょこち(╹◡╹)久遠恭子

冬の手紙

居場所をありがとう。

暖かくて、心から感謝申し上げます。 この詩は誰にでも開かれています。読んでいるあなたにも、ほら、あなたにも、 そうして、私自身にも。 素晴らしいと思います。 ありがとうございます。みんなに読んでもらいたいです。

きょこち(╹◡╹)久遠恭子

犬のしっぽ

カッパは黄色いのだから

良く目立ちます。 尻尾だけ見えているという事ですが、カッパには手足を出す穴がありますよね。 フードは、普通は顔が見えなくなるのであまり被せません。 それを見て、僕はきっと嬉しかったのでしょう。健気な可愛い姿に。ありがとうございました。

きょこち(╹◡╹)久遠恭子

あなたのために

永訣の詩

あなたが出発していく 光あれ

羽田恭

十月

あなたには「十月」が足りていますか?

もし、あなたが「今年は、十月が足りてない」と お感じでしたら、それは『十月の質』が原因です。 詩の中に身を置くことで『短時間で十分な十月』を得ることができます。この十月の主成分は、百パーセント自然由

真清水るる

だれのせいですか

どんな身体でも

どんな自分であっても愛してくれるか、抱きしめてくれるか、生きてくれるか SNSできらきらした自分だけを見せてそんな見た目や上辺で物事を判断しやすいこんな世の中だからこそ響くものがありました。例えばの例も斬新でとても魅力的です。

sorano

死んだベテルギウス

衝撃を受けました

ベテルギウス。まずそれに注目する感性もですが、詩の内容が衝撃。 猫。木。家族。犬(のようなもの)。女の子……。など、身近にあふれている極めて馴染み深いものベテルギウスというスケールの大きいものと対比されているように感じられました。

二酸化窒素

七月の雨

ずっと待っていた

渇いた心を満たす雨に満たされていく

afterglow

桃太郎の神殿

幻想的な具体、具体的な幻想

時刻、刻々、刻むということは生きるということである。生きる、生まれる、死を予感する全ての事象が望む新たな幻想、書かれるべき詩、読まれるべき詩がここにある。

狂詩人

優しい人が好き

淡くうかびあがる差異のせつなさ

自分にとって「優しい人」と他者にとって「優しい人」は同じ「優しい人」だろうか。同じ言葉を使っていながら思いうかべるものは同じだといえるだろうか——

沙一

死ね、ニュートン

こいつはいい

こいつはいいよ。文体とイメージは翻訳ランボーの剽窃だが詩の勢いはホンモノ。

豆大福の日

ひとつ私に くださいな。

仮に、お伽噺のような平和があるとしても 敵は、存在するする。人には 雉、猿、そして犬のようなタイプの人のように個性が色々であっても、共通する敵が いる。敵に勝つために、もっとも大事なことは、共通する喜びに きがつくこと

真清水るる

ひらいて、とがって

ひらひらとひらかれひかれて

ひざこぞう、に出逢ってください。そして手をのばして作品の言葉にためすすがめつ、触れてほしい。

ほば

薬売り

胡散臭さがたまらない

怪しいものや不思議なものが好きな方におすすめしたい、世にも奇妙な掌編——

沙一

書かざる言わざる、雄弁に水銀を

黙って笑ってろ、沈黙は金

これを見ているあなた、恥ずかしくはないんですか? 答えられないのですか。 なんでですか。 理由があるという訳でもないのですか? ああ、そうか。 全部、冗談だというのですね。

鳴海幸子

夏は夜。月のころはさらなり

田舎の夜道は暗くとも、恋は華やかで明るい——

沙一

あなたとどんぐりとハナミズ……

悪意のないホローポイント弾

ここには○○の残酷さが描かれている。 ○○が何なのかは、読めばわかる… …かもしれないし、わからないかもしれない。 感じ方は「人それぞれ」だから。

R

祖父の痕跡

黙想を貫いた彼が最後にみたものは…

祖父の遺物が並んだ「私」だけの世界… 彼の深層に踏み込むべく「私」は宝物箱に触れてしまうのか…祖父とは一体何なのか…

つつみ

直列つなぎ-うんこ!!(……

青春の現代詩

青春はいつも、エロくて汗臭い。そして切ないけど優しいところもあり、美しい瞬間もあるけど、昆虫たちも僕らも命を捨てて夫婦になることを受け入れる。それが生きるということだから。個人的には、僕は飯田華子さんの紙芝居を観に行きたい。

蛾兆ボルカ

ちがう星

ピッチャーとキャッチャーみたいだね

それから時々 おなじ星

三浦果実

いつまでもあいさつをしてゆ……

伝説の流行語はここから始まった

「かきかきたぶんしない」は伝説になった。わからない人には永遠にミューズは来ない。

三浦果実

粘土

こんにゃろっというやり場のない怒れる者よ

ほの暗い系男子がたどり着いた極北のモノローグがきみにはわかるまい

三浦果実

菊の花

2020年10月の裏番長/裏大賞

これの良さがわかるまで詩を書くんじゃない

三浦果実

この作品は読んだことがありません。


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ルウさんちの写真館    

捧げるばかりの人生だった 生まれて此の方、変わることがない 家業の写真館で、親父によく殴られた 現像の仕方が悪いといっては殴られ 挨拶の声が小さいといっては殴られ 殴られて痛そうな顔をするなといっては殴られた 親父に恨みなんかあるはずもない 厳しく鍛えて貰えなかったら 写真館を続けることなんて出来なかっただろう 着古しのボロが擦り切れるまで地に擦りつけられて 消えないアザが残るまで踏みつけられて それでも親父が大好きだったあの頃を思い出すと いまでも胸が熱くなる 気づけば一人になっていた 女房は暴力が辛いと言って家を飛び出し いつの間にやらこの世からいなくなっていた 息子からは縁切りを宣告され 家族に会えるのも写真の中だけになった 息子は結婚して子供が出来たらしい 「時々、意味もなく、子供を折檻してしまう  そんな時、親父を思い出し、許せない気持ちになる」 孫の写真とともに、息子から手紙が届いた        初めて息子が手紙をよこしてくれたの     が嬉しい。子供を折檻してしまうと聞     いてかなしい。憎しみを持って家族を     殴ったことなんて一度もないのに、い     っこうに分かって貰えないのがくやし     い。わたしが殴られた分の半分も殴っ     てはいないのに、親父のように愛され     ないのが寂しい。それでも、孫の写真     を送ってきてくれて、何よりも嬉しい。 孫の写真は、わたしの撮った数千枚の写真とともに 写真館の外壁に貼りつけてある 親父が死んでから 仕事とは別に、数え切れないほどの写真を撮った 親父が残した書き物机 女房が台所に立つ後ろ姿 息子の寝顔 いつの間にか来なくなった茶トラの猫 好きなものばかり選んで、撮って撮って撮りまくった インターネットの掲示板サイト「フォト・レビュー」に 写真を投稿したこともあった しかし、わたしの写真が受け入れられることはなかった 「規約を無視して、ありきたりな写真ばかり、大量に投稿されても迷惑です  それにルウさんは他の投稿者を口撃するようなことばかりするし  ルウさんの執拗な批判のせいで  投稿者がどんどん減ってしまっています」 主催者からわたしを排斥するためのメールが送られてきて 投稿するのはやめた 悪気なんてこれっぽっちもないが 迷惑というなら、引き下がるしかない 以来、わたしは撮った写真を、写真館の外壁に貼りつけることにしている      ぬくぬくと温室で育ったくせに、世界      を愛せない若造が、憂さを晴らすかの      ように写真を撮って、人様の目に晒す。      そんな輩は批判して、目を覚まさせて      やるのが親切だ。わたしは世界に感謝      を捧げる為に写真を撮る。君達だって      好きなものができたから、写真を撮り      たくなったんだろう?世界を愛して、      写真を撮るんだよ。それ以外何がある。 もうじき、わたしの写真館も取り壊される運命にある 市の経済発展のために 幹線道路を通して、家電量販店を誘致するらしい 「ルウさん一人だけがこんなにも長い間、立ち退き契約にサインしないなんて  公益の観点からも許されないことだと思います  ルウさんがいることでどれだけの迷惑がかかっているか、考えたりしないんですか」 小役人のような輩が写真館にやってきて、わたしを脅した しかしそれももう終わったはなしだ 迷惑というなら、引き下がるしかない わたしには写真館を捧げることしか、許されてはいないのだ      わたしの写真館は更地にしてくれれば      いい。写真は全て燃やして捨ててくれ      ればいい。わたしが死んでも、葬式な      んて、あげてくれなくてもいい。遺産      は全額、市に寄付してくれればいい。      そうすれば、わたしは許されるだろう      か。こんなにも、わたしは許してきた      のに。それとも、まだわたしは許し足      りないのだろうか。この世界の何かを。 対象化してフォトレビューに投稿したいんですとかなんとか ヘラヘラした今時の若造が 「迷惑老人ルウさんちの写真館」というテーマで、写真を撮りたいといってやってきた  捧げるために写真を撮ろうとしないどころか  わたしのような小さい人間を痛めつけるためだけに写真を撮るのかと、怒鳴りつけてやったのだが 「写真も一種の暴力だから  切り取って外に展示するだけで、十分です」と聞く耳持たず ありきたりなアングルで 平凡な写真ばかり、勝手に撮っていった 以来、わけの分からない若造達から いたずら電話がかかってきたり いたずらに負けるなといって、応援メッセージが届いたりする 気味が悪くて 眠ることさえできなくなった ルウさんちスタンプ、ルウさんちステッカー、ルウさんちポストカード 馬鹿な若造が撮った凡庸な写真をデフォルメして その上に、呪詛のようなポエムを書くことが インターネットで流行っているらしい      親父が残した書き物机。女房が台所      に立つ後ろ姿。息子の寝顔。いつの      間にか来なくなった茶トラの猫。わ      たしの写真館を切り取る凡庸極まり      ない写真の数々に呪いの言葉が加え      られる。わたしの生の一面を暴力的      に加工してデフォルメした写真が、      世界を愛せない若者達の慰み物とし      て、呪詛にまみれて、世界にのこる。 わたしは早々に写真館を引き払い 写真を撮るのもやめることにした いつの日か、彼らも自分が何をしているか気づく日がくるだろう いつか、息子から許されて 孫に会える日がきても 写真に撮ったりなんかしない わたしには捧げることさえ、許されてはいないのだから


作成日時 2017-03-01
コメント日時 2017-03-12

ルウさんちの写真館 ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 21
P V 数 : 693.8
お気に入り数: 0
投票数   : 0
ポイント数 : 0
項目全期間(2022/01/17現在)投稿後10日間
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2022/01/17 04時24分21秒現在
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    作品に書かれた推薦文

ルウさんちの写真館 コメントセクション

コメント数(21)
ユーカラ
(2017-03-02)

花緒さん、こんばんは。拝読させて頂きました。 余白を使うことによって、独白になって迫ってくる嘆き、後悔、怒り、自省、悲しみ。それがその他の表記によってより浮き上がってくる見事な作品だと思いました。 この主人公は、DVを家族に行っていたのでしょうが、その家族に受け入れられない理由が解らない、という救い難い人間のはずなのに、この作品を読む上では憎めない人物になっている、というところから、花緒さんの人を一面では判断しない深い眼差しを感じました。 暴力でしか、愛を示せない人、というのも、矢張りいるのでしょうか? どういう視点で描かれたのか、お聞きしたい気持ちになりました。 素晴らしい作品なのに、上手く講評が出来ない自分にもどかしさを感じますが、沢山の方がコメントを残されると思いますので、それを楽しみにしておきたいと思います。 また、勉強させてください。次の作品を待っています。

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もとこ
(2017-03-02)

暴力と虐待の連鎖。一言で表現すれば、そういうことです。個人的には、それで終わりにしたい。それくらい不愉快な詩でした。もちろん褒め言葉です。DVの被害者である語り手が、その自覚がないままに自分も妻子に暴力を振るい、彼らから見放される。しかも、我が子も自分と同様に子どもに対して無意味な折檻をしてしまうと嘆いているのに、この段階でも自らの過ちに気がつかない。吐き気がするほど悲劇的です。 この詩において一番グロテスクなのは、語り手が「父親を愛している」ことです。彼の息子と違い、語り手は親の暴力によって洗脳されてしまった。昔も今も、こういう歪んだ家族は存在しているのでしょう。時折、新聞記事になる親殺しや子殺しのニュースの中にも、こうした家族間における暴力の連鎖が原因となっているケースが少なからず存在するのではないでしょうか。そもそも許しを請うべきなのは自分の方なのに、自分が何一つ許してきたことがないということを自覚していない主人公。本当に吐き気がするほど悲劇的です。

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桐ヶ谷忍
(2017-03-02)

一読した時は、正直眉をしかめる程度でさらりと拝読しましたが、時間を置いてもう一度再読した時、涙が滲みました。 私と妹は、肉体的暴力こそさほどなかったものの、父からの言葉の暴力で育ちました。 そして私にも妹にも子供がいません。父と同じ仕打ちを子供にしてしまうかもしれないという恐れが、ひとつの理由です。 そして私も妹も猫を飼っています。私はこの猫を溺愛しているのですが、時折、噛みつかれたりすると頭に血が上って ほとんど虐待に近いような折檻をしてしまいます。しつけてやるのだ、という正当な理由は、我に返った時、なんの 効力も持たず、ただただ猫に対する罪悪感と自己嫌悪に悩まされます。 妹などは、まさに私と同じ理由からしつけと称して、虐待に近い育て方をしていて、それで当然と疑ってもいないみたいです。 なのにやはり、子供が出来たら、という怯えはあるのです。 私には、この詩の主人公が父と重なり、非常に読んでいて苦しかった。 なのに、この主人公が哀れで仕方ないのです。暴力としつけの境目に疑問を持たず、なぜこんな仕打ちをされなければならないのかと 自己憐憫に浸る姿は醜悪そのものなのに、かわいそうで仕方ありません。 そのように思わせられるほど、非常によくできた、私などのような読者がいたら、それこそ身につまされる詩を、嫌悪感を全く 全く抱かせない、素晴らしい詩だと思いました。 私にはループ詩は分かりませんが、それこそ花緒さんが私のコメントにくださったように、作者の幅の広さを感じました。 作者の書きたいもの、好みとしてのループ詩も良いですが、このような「無意味」でない詩も、もっとたくさん読みたいと思わされました。

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花緒
(2017-03-02)

ユーカラ様 お読みくださいまして、有難うございます。お褒めの言葉まで頂きまして、有難く存じます。 どういった視点から描いたのか、という問いですね。基本的には、フォトレビューに投稿しようとして写真を撮ったヘラヘラした若造が、わたしの視点には近いような気がします。 即ち、ありきたりなアングルで、凡庸な文体で、ルサンチマンの伝達とその帰趨について切り取って置いてみるだけ、というスタンスですが、もう少しはっきり描いたほうが良かったのかもしれないと反省です。

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花緒
(2017-03-02)

もとこ様 お読み頂きまして、有難うございます。本作は、不快に思われる方もいらっしゃるであろうこと、承知の上で、ルウさんというキャラクターを造形し、投稿させて頂きました。なにかしら希望を感受できるようなオチや、フォトレビューに投稿する若造への強烈な批判を編み込むことができれば印象も変わったのかもしれませんが、そこまでには至らず、といったところです。

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花緒
(2017-03-02)

桐ヶ谷忍さま お読みいただき、有難うございます。桐ヶ谷さんの作品に触れて、ストーリー仕立ての詩作品を制作したいと考え、本作を制作しました故、コメント頂けましたこと、大変嬉しく思います。なお、中原中也賞を取られた野崎有以さんの「長崎まで」からも影響を受けています。 虐待を受けた子供が大人になって、虐待をしてしまう、パワハラをされた部下が上司になったら、またパワハラをしてしまう、コンプレックスの強い者が、他者にも、コンプレックスを植え付けるような言動をしてしまうなどなど、ルサンチマンの伝達は、程度の差こそあれ、逃れがたく、現存し続けています。負の連鎖から逃れるためには、加害者を許す努力を自身に課す必要はなく、また復讐をする必要もなく、ただそれを切り取って、置いてみればいいのではないか、というアイデアで、本作を書いてみました。 暖かいコメントを頂戴しまして、嬉しく思いました。

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百均
(2017-03-04)

 読んで思うのは皮肉みたいなもので、僕は皮肉というものがあんまり好きではありません。基本的には陰口みたいな物だから。と思っていたんですけど。この作品読んで、皮肉もいいもんだなと思いました。そういう強さを感じました。ドキュメンタリー風に延々と映していくこの作風が本当にうまい。そういう意味でこの作品には人生を感じるし、人生を通した皮肉という物を疑似体験した気分になります。  僕はこの作品に、そういう意味で何も言い返せないだろうなと思いつつ、だからといって何が出来る訳でもないんですよね。こういう感想を書いたからといって僕はルウさんにもなれないし、ルウさんを最終的に庇う事も出来ない。ということでしょうか。ただ、話を聞きたいと思いました。ドキュメンタリーというのは、だから、皮肉という対話なんだと思いました。

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三浦果実
(2017-03-04)

作者:花緒氏のループ詩作品については、他の追随を許さない完成度ある。しかし、私の記憶では、その、ループ詩作品は文学極道時代、好評ではなかったと思う。どちらかというと、本作のような、少し濡れが入っている作風、マイナーコード系の作品の方が佳作に選ばれていた感がある。ここで、文学極道の選評基準を推測してもしょうがないけれども、私の偏見で云えば、マイナーコード系の作品の方が評価されやすい傾向があると思う。(まあ、花緒さんも俺も、今となっては、そんなこと、どうだっていいと思ってんだけど笑)なぜ、花緒氏は伝家の宝刀ループ詩だけで、勝負されないのか。それは、「反感傷」な作風を好みながらも、作者本人は情熱的な人柄なのではないかと想像する。是非、読者の皆さんは、詩作品とは、私的なことと完全に分離されたループ詩と、私的さが濃いマイナーコード系作品と、作者:花緒氏に読みたいと希望されるのは、どちらだろうか。

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花緒
(2017-03-05)

>百均さん コメント、ありがとう。写真のように切り取っているのではなく、だらだら長回ししてしまったかもしれないね。良くも悪くも、皮肉、以上のところまで感受され得る作にならなかったということなのだろう。精進します。はい。

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花緒
(2017-03-05)

>三浦果実さん コメント、有難うございます。現代詩は、ともすると、自己憐憫とか、愚痴っぽい社会非難とか、ルサンチマンポエムに堕してしまう危険性が高いジャンルと思っている。実際、わたしの自作に限らず、感傷を表面に浮かび上がらせたり、ルサンチマン要素を入れたほうが、評価の俎上に乗りやすくなる傾向はあるような気はする。という残念な状況を踏まえ、あえて、ルサンチマンポエムであることを標榜して、自分なりのルサンチマンポエムを書いてみた次第です。

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紅月
(2017-03-07)

面白い作品ですね。長文なのにストレスなく読めるのはやはり筆力だと思います。 虐待の連鎖。しかし語り手はそれを憎悪による暴力ではなく愛による暴力であると認識しています。 語り手が抱える「家族との断絶」は掲示板サイトへの写真投稿を契機に「コミュニティからの断絶」、やがて「世界との断絶」へとシフトし、最後には父親からの愛情の象徴である写真館を手放します。 >    わたしの写真館は更地にしてくれれば >    いい。写真は全て燃やして捨ててくれ >    ればいい。わたしが死んでも、葬式な >    んて、あげてくれなくてもいい。遺産 >    は全額、市に寄付してくれればいい。 >    そうすれば、わたしは許されるだろう >    か。こんなにも、わたしは許してきた >    のに。それとも、まだわたしは許し足 >    りないのだろうか。この世界の何かを。 語り手にとっては、写真を撮り、飾るという行為はある種の許しであって、それは(語り手の中では愛情からくる)暴力と同義なんですね。 そして世界はその「許し」を心なく批判し、呪詛を書きつけて踏みにじります。 しかし最終的に語り手はそれを受け入れます。これは写真館を失ったのではなく自ら手放したというところからも分かります。 相容れない他者や世界への許しは、作者の別の作品「ケレケレのはなし」にも見られます。 >もういいや、高かったけど/大事にしてたけど/わたしきっと何か勘違いしてしまってるんだ/何がおかしいのかよく分からないけど/ここで怒ることは恥ずかしいことなんだって思って/【花緒「ケレケレのはなし」より引用】 しかし「ルウさんちの写真館」において、最後に語り手は写真を撮る行為、すなわち「許し」を放棄します。 許すことを許されなかった語り手の深い悲しみとささやかな復讐が見て取れます。 穿った読み方をさせてもらうならば、この詩文中の「写真」という詩句をまんま「詩」と入れ替えてみると、まるでどこかで見たことがあるような情景が浮かび上がってきます。 自分の人生や価値観といったものを投影しながら創作をしている者にとっては、自分の作品への批判や罵倒はそのまま人生や価値観の否定に直結するでしょう。しかし、そんな環境で歪みを重ねながら育ってきた語り手は他人の作品への批判や罵倒に関してはどこまでも鈍感です。環境/世界と語り手との感覚のずれは徐々に肥大し、ついに抱えきれなくなったそれを語り手は「呪詛」として認識し創作を止めてしまう。 ここではあくまで創作行為は生活と同義であり、それを否定されるということは生きることを否定されるということに他ならないからです。

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花緒
(2017-03-08)

>からむくろまさん 丁寧な講評を頂きまして、有難うございました。嬉しく思いました。 ご指摘の通り、本作では、写真を撮る行為に、暴力と類似の意味合いを与えております。小説家の保坂和志が下記の主張を述べており、わたしは基本的に共感しています。すなわち、単一の理論なり考え方なりに基づいて、他人を批判したり、矯正したりしようとする行為と、他人の一面だけを自分の都合に合わせて切り取る行為(写真を撮る)には、何がしかの共通点があるのではないかと。そして、両者ともに、自分を変えようとしないという意味において、知的ではないし、マインドの硬直を感じさせる。 >批判は知的な行為ではない。批判はこちら側が一つか二つだけの限られた読み方の方法論や流儀を持っていれば簡単にできる。本当に知的な行為というのは、自分がすでに持っている読み方の流儀を捨てていくこと、だから考えるというのは批判をすることではなくて、信じること。 ご指摘の通り、本作は、既存ネット詩壇での合評欄から着想を得ております。B-REVIEWをはじめるにあたって、自分たちが決別しようとしているものがどういった性質のものであるか、描写してみたくなりました。無論、既存ネット詩壇の言論に対するわたしの批判も、一種の反知的行為であることから免れてはおりません。現段階においては、B-REVIEWもといフォトレビューの若造は、凡庸な写真を撮り、メディアの暴力に頼ることしかできないと、そのようにしか想像を巡らすことが出来ませんでした。本作は、一種の内輪ネタでもあり、失礼を致しております。 からむくろまさんに関しては、澤さんを通じて、伝説のネット詩人であると伺っており、今般、投稿いただいた作品を読み、そのレベルの高さに驚きました。斯様な方が、わたしの過去作を読んで、記憶して下さっていたことに驚きを禁じ得ません。拙作、ケレケレのはなしとの類似点には、あまり意識が及んでおらず、気づかされることろがありました。 講評、大変、嬉しく思いました。多謝。

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右肩ヒサシ
(2017-03-09)

花緒さん、こんにちは。 とても良い詩です。実は何度も読ませて頂いているのですが、どうにも気になりますね。感想はもとこさんとほぼ同じ。自分の中の不愉快さにきちんとした距離が取れないのでコメントをつけられないというのがありました。 物語を造型する力が非常に強いですね。言葉が言葉を呼ぶのではなく、事が事を呼ぶように詩が流れていくように思います。僕にはない資質です。ただし、そちらが勝るぶん言葉やモノの質感が低いようにも思えます。この詩に感じる、テーマの重さと裏腹などうにもやりきれない空々しい軽さは、作中の「ネット」という素材の性質とともに、ここに起因しているかも知れませんね。もっとも空々しさはこの詩の魅力のひとつでもあるし、作者の意図するところでもあるのでしょうが。こんな事を言うのは僕が俳句をやっているからでしょうね。(もっとも僕の俳句は残念ながら下手です。これはヒミツですw) 最後に小学生レベルの感想を付け加えると、「この詩の主人公のような人とは関わりたくありません」となっちゃうのかな、結局。苦手なんですね、こういう人。

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まりも
(2017-03-09)

前半、脚韻的というのか、語尾に余韻を残して空間を作って行く感じ・・・手の中でお手玉を右へ、左へ、と投げ渡していくような、そんな自問自答の甘さに浸る感じ・・・の歌いっぷりというのか、歌い方が心地よい回想モードを作っているな、と思って読んでいたのですが・・・ 中盤から、語りの方に比重がかかって行く。内容を伝えることに前のめりになっている、というのか・・・前半、自然に思い出されることを待って、それを手の中で右、左、と打ち返し打ち返し・・・しながら、余韻を保った回想空間を作りだしている、感覚があるのだけれども・・・そこから、意図的に「出よう」としているのであれば、方法としては成功だと思いますが・・・内容を伝えたい、という気持ちが先走って、歌のリズムというのか、揺蕩い感を突き破って外に出て行っている、としたら、果たして、それは成功、なのか?と考えさせられました。

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白犬
(2017-03-12)

簡単には贖えない個人史(それはたぶん大きな目で見ると歴史とも繋がっている)を端的に描いていて、とても重いものを感じました。 どうしようもなくなってしまう人間、というものに興味があります。自分自身がどうしようもない人間だからです。 この悲劇的な人生を送る男(初老くらいの人物でしょうか)が、それでも嘆きもせず(彼はもう人生を半ば諦めている、捧げることさえ許されていないと彼は言う)生き続け、死んでいくことに揺さぶられます。対比として描かれる軽薄な若者たちの描写に、一応若者の範疇に入り、まだまだ薄ぺらい詩を書いている自分としては恥ずかしい思いがしました。集団で浅はかな暴力行為に走りがちな人間たちの愚かさへの強い批判とも読めます。 最初読んだときは重たい気持ちになったのですが、読み返して、孫の存在をルゥさんは大事に思っているところが大切なように思いました。どうしようもない人生に縛られたうえでの、全てを諦め、それでもなお手放せない生きる上での希望のようなもの。けして絶望だけを描きたい詩ではないのかもしれない、とも思いました。 このようなテーマを選び、書かれた花緒様の視線に大切なものを感じます。

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5or6.(天川五ヵ六)
(2017-03-12)

爆弾岩がやってきたよ。 今回の写真屋の親父、まだカッコつけているな、と感じました。もっとクソミソになって最後写真館が爆破しても良かったかな?とビートたけし世代は感じましたが時代はそうもいってられないですね。 変わるものに取り残される感、良かったです。

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花緒
(2017-03-12)

>Migikataさん コメント下さいまして、有難うございます。言葉が言葉を呼ぶ、という格好になっていないという指摘。そうですね、根本的な資質として、あまり現代詩的な書き方ができないといったところがあります。そんな人間がB-REVIEWの発起人でいいのかという本質的疑問はありうるかと思いますが、出来うる限りキュレーション作業には関わらないという方針でお手伝いさせて頂いております。読者に不快感を催させた時点で、作者としてはしてやったりな気持ちもあるのですが、作品として昇華しきれていないということでもあるのでしょう。コメント頂き、嬉しく思いました。

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花緒
(2017-03-12)

>まりもさん コメント下さいまして、有難うございます。前半は、まだわたしなりに、多少の詩想があったのでしょうか、ループする感じの書きぶりにはなっています。しかし、ご指摘の通り、かなり早い段階から、ストーリー展開を優先する語りになってしまっています。これでは、現代詩作品として成立した作品と言えるのか、といった疑義が生じるのももっともでしょう。現代詩的な手つきを残しつつ、作品を編むことができなかったのか、今後の課題というか改善余地と考えています。コメント、嬉しく思いました。

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花緒
(2017-03-12)

>白犬さん コメント下さいまして、有難うございます。本作、どうしようもないキャラしか出てこないですね。全員が、程度の差はあれ、自覚の差はあれ、ルサンチマンに囚われている。どんな人間も程度の差はあれ、ルサンチマンとともに生きているでしょうから、見方によれば、皆、どうしようもない、ということかもしれません。その中で、希望を描くということ。本作では、成功していないという自己評価ではあります。ルウさんというキャラになんらかのリアリティを明確に持たせた上で、希望を想像するということが、わたしには十分できなかった。精進します。コメント、嬉しく思いました。

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花緒
(2017-03-12)

>5or6さん コメント下さいまして、有難うございます。そうですね、ルウさんがまだカッコつけてしまっている、まだある程度、自我を維持してしまっている、というところが、本作の欠点といわれれば、その通りでしょうね。もっとクソミソに爆裂できたらよかったかもしれません。現状、詩というよりはストーリー的ですからね。もっと爆裂できていれば、本作から、不快を催す人も少なかったかもしれませんですね。コメント、嬉しく思いました。

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黒髪
(2017-03-12)

花緒さん 暴力というのは、メッセージを込めて使うこともできるということを思います。そんなにも不器用に、とくにこの作品の人は、 みんな不器用です。頭が悪いんじゃないか、もっとうまくできるだろう、と呪い、不器用な人間への憎悪感を、僕は、 自分が弱いために、ずっと持っていました。でも、それでも意味がないわけじゃないということを、心で感情と共に、知ることが 出来たと思います。 日本橋ヨヲコという漫画家の、『極東学園天国』という漫画に、天才の定義として、「積極的な価値感情を広い範囲の 人々の間に永続的に、しかも稀にみるほど強く呼び起こすことのできる人格」とあります。一つには、考える価値が ある言葉だと思ったところです。

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