セックスしたことないよ - B-REVIEW
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セックスしたことないよ    

セックスしたことないよ デートしたことないよ 告白したことないよ ナンパしたことないよ 車運転したことないよ プレゼントしたことないよ ホテル予約したことないよ 風俗行ったことないよ 繁華街の駅で抱き合いながら 別れを惜しんだことないよ 遅い朝に狭いキッチンで ブランチ作りあったことないよ 喧嘩した後 仲直りして 前より盛り上がったことないよ 帰りが遅いと問い詰められて 逆ギレして手を上げたことないよ マッチング専用スマホ作って 何股もかけたことないよ 秘密にするよと撮影しといて ネットにアップしたことないよ タイムマシンで あの子に会いにいって 継父からレイプされるのを 助けたことないよ リストカットの生配信を 思いとどまらせたことないよ クラスの男子に輪姦されるのを 止めに入ったことないよ ツイッターで言論を展開して 書籍を出版したことないよ ベンチャーを起業して 上場したことないよ 貧困家庭の子供たちに 支援したことないよ 水や食料や雇用の問題を 解決する発明したことないよ 長年に渡る宗教対立を 和解させたことないよ 木星に行ったことないよ 啓示を受けたことないよ なんにもしたことないよ

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作成日時 2021-01-08
コメント日時 2021-01-19
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セックスしたことないよ ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 34
P V 数 : 1772.2
お気に入り数: 4
投票数   : 1
ポイント数 : 109
#現代詩 #縦書き
項目全期間(2021/01/20現在)投稿後10日間
叙情性11
前衛性6363
可読性4242
エンタメ33
技巧00
音韻00
構成00
総合ポイント109109
 平均値  中央値 
叙情性0.30
前衛性210
可読性141
 エンタメ10
技巧00
音韻00
構成00
総合36.341
閲覧指数:1772.2
2021/01/20 06時02分42秒現在
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    作品に書かれた推薦文

セックスしたことないよ コメントセクション

コメント数(34)
宥樹〔記〕(ひろき しるす)
作品へ
(2021-01-08)

これは皮肉交じりの冗談ですか。 それとも血反吐はく慟哭ですか。 そうだ。 今日ご飯は食べてますよね? 何を食べられましたか。 おいしかったですか。

0
かずや
かずや
作品へ
(2021-01-08)

何でしょうね。自己卑下から段々と読み手に迫り、そして世間へと矛先が向いていく感じ。堕落論のようなその逆版のような。面白く読ませていただきました。

1
小林素顔
宥樹〔記〕(ひろき しるす)さんへ
(2021-01-08)

コメントありがとうだ! これは真面目な問題提起の詩だっかんね! そして今夜はカルボナーラだったかんね! 美味しかったかんね! 今後もよろしうだっかんね!

1
小林素顔
かずやさんへ
(2021-01-08)

コメントありがとうだ! 堕落論のようだと言ってもらえて嬉しいっかんね! 上茶谷! 梅津! 甲斐野! 東洋三羽カラス! 個人的な問題から世間/世界へ開いていく感覚を味わってもらいたかったかんね! 面白いって言ってもらえて小躍りだっかんね! 今後もよろしうだっかんね!

1
宥樹〔記〕(ひろき しるす)
作品へ
(2021-01-10)

先のコメントは遠回しに言い過ぎたため、ビーレビューのコメントとしては不十分なものであったと思い直し、再度コメントしています。 地方都市に住むヒトがよくつい口にしてしまう 「ここにはなにもない」 この想いは酌める、けれども、何気ないものとはいえ、実際《ある》様々な事物や情緒を毀損するか、もしくはそういった卑近な経験(日常のよき安心感)に立ち戻らせるだけの暴力的なものです。 この詩の最後 「なんにもしたことないよ」 には、同じ方向の暴力性を感じます。 そして難題なのは、これが三島由紀夫の「豊穣の海」のラストや藤原定家の「花も紅葉もなかりけり」の短歌などに典型的ですが、連綿と日本語につきまとうものではないか、という点です。 言外、否定、そして空虚がもたらすものに、もういい加減、詩情を認めていいものかどうか、とてもアンヴィバレントになります。 ある風潮への違和感を表現するために、そこから零れて顕れないものごとを著すための方法としてそれらを採用されたのであろうことは想像に難くありませんが、最後のひとことに激しい失望を禁じえず、とても残念に思います。 詩作に対して不躾かもしれませんが、解題をお願いできましたら幸いです。

0
小林素顔
宥樹〔記〕(ひろき しるす)さんへ
(2021-01-10)

 ここに、「セックスしたことないよ」の解題を述していきたいと思いますが、まず初めにお断りしておきたいのが、この詩が旧来の「女/男」の大分類によって語られた詩であることです。現状、LGBTQをはじめとした様々なジェンダーが存在する中で、旧来のシスヘテロの女/男の二項対立によって書かれていることは、時代遅れな作品かもしれませんが、私はシスヘテロ男性として、この女/男の二項対立が未だに解決されていないことが気がかりなうえでこの詩を書いたことを、皆様にお伝えしておきたいと思います。  さて、この詩を解題するうえでの大きなテーマは「男性の性体験マウンティング問題とそれに巻き込まれる女性」ということです。現代において男性は童貞の卒業というものを大きな課題として背負っており、卒業できたか否かによって、男性としての魅力を格付けされ、男同士のマウンティングの材料となり、またときに、女性からの性的魅力の判断材料とされます。しかし、この「童貞卒業」とはいかなるものなのでしょうか? 「女の膣に男のペニスを挿入することが童貞の卒業だ」とするなら、あらゆる「膣へのペニスの挿入」は、等しく「卒業」として、誇るべきものになるのでしょうか?  「膣へのペニスの挿入」には、性風俗業の女性への金銭を伴った挿入から、男性側からの暴力を伴った強姦まで、様々です。そういった「膣へのペニスの挿入」の内容を精査せず等しく価値あるものとして認めることは、男性側の傲慢だと言えないでしょうか? その上、考えて頂きたいのは、男性同士が「膣へのペニスの挿入」の内容を競い合っているという事です。「素人童貞」という言葉があります。これは性風俗業の女性としか性交渉の経験がない男性への、いわば蔑称ですが、この単語が蔑称として運用されているということは、男性同士での「膣へのペニスの挿入」そのものが格付けされていることに他なりません。それ以前に、性交渉した女性の人数を競い合ったり、どれだけ過激なプレイをしたかを自慢し合ったり、あらゆる形で男性側の「性体験マウンティング」は行われています。  その一方で、女性側のことを、男性は「性体験マウンティング」の過程の中で、真剣に考えたことがあるでしょうか? そもそも、女性側は男性の性体験マウンティングの道具にされることを、喜んでいるのでしょうか? また女性側も、男性の性体験マウンティングの価値観を無自覚に導入して、女性側のなかで性体験マウンティングを行ってしまっていないでしょうか?  そんな疑問に突き当たった結果、私は、男性が性体験マウンティングを行っている以上、「膣へのペニスの挿入」という事象そのものに、女性は付き合わされているだけなのではないかという疑念に至りました。つまり、男性のマウンティングの材料になっている「膣へのペニスの挿入」に巻き込まれた女性にとっては、どんな挿入も、男性を価値づけるセックスに値しない――「なんにもしたことない」のと同じであるのではないか、という疑義の提示なのです。女性が男性をパートナーとして選ぶ際に重要なのは「膣へのペニスの挿入」だけではないはずだ、という――ある種これも私の女性への幻想なのかもしれませんが――ことの事実確認の詩だと言えます。  さて、前置きが長くなりましたが、本文に入っていきたいと思います。 >セックスしたことないよ >デートしたことないよ >告白したことないよ >ナンパしたことないよ >車運転したことないよ >プレゼントしたことないよ >ホテル予約したことないよ >風俗行ったことないよ  第一連はまさしく現代の童貞の描写なわけですが、ここには様々なマウンティングの要素が含まれています。あらゆる経験値の無さを際立たせることで、童貞の社会的な地位の低さを提示しています。 >繁華街の駅で抱き合いながら >別れを惜しんだことないよ >遅い朝に狭いキッチンで >ブランチ作りあったことないよ >喧嘩した後 仲直りして >前より盛り上がったことないよ  第二連はパートナーのいる男女を描写することによって、男女関係に対するイメージを提示し、第一連の童貞との格差を引き立てます。 >帰りが遅いと問い詰められて >逆ギレして手を上げたことないよ >マッチング専用スマホ作って >何股もかけたことないよ >秘密にするよと撮影しといて >ネットにアップしたことないよ  第三連から、いよいよ男性側の女性に対するエゴを描いていきます。 >タイムマシンで >あの子に会いにいって >継父からレイプされるのを >助けたことないよ >リストカットの生配信を >思いとどまらせたことないよ >クラスの男子に輪姦されるのを >止めに入ったことないよ  続く第四連では「男性がセックスでは成し得ない女性の救済」を、ある種、極端な形で描いています。 >ツイッターで言論を展開して >書籍を出版したことないよ >ベンチャーを起業して >上場したことないよ >貧困家庭の子供たちに >支援したことないよ >水や食料や雇用の問題を >解決する発明したことないよ >長年に渡る宗教対立を >和解させたことないよ >木星に行ったことないよ >啓示を受けたことないよ  第五連描かれるのは、セックス以外での様々な社会的地位の確率の方法です。第五連の最後の二行では、未だに人間が達成したとは思われないことも描かれています。  そして、最後の >なんにもしたことないよ によって、それまでの性的優位性/社会的地位の提示が、すべて無に帰します。そうです。セックスしたことあるかどうかも、世界を救ったかどうかも、すべての優位性の競争が、同じ地平に降り立ち、無化し、意味をなさなくなるのです。  言い換えれば、セックスしたこと有ろうと無かろうと、世界を救ったかどうかも、女性にとっては男性を評価する基準ではない、ということの描写なのです。だから「なんにもしたことないよ」は「人間の価値を決める物なんてセックスではないよ」となるのです。  では人間の価値を決める物は何なのか? という疑問に対する回答は、この詩では用意しておりません。無責任とは思いますが、あくまで問題提起にとどめた詩になっております。 以上を持ちまして「セックスしたことないよ」の一旦の解題とさせていただきます。

4
藤 一紀
宥樹〔記〕(ひろき しるす)さんへ
(2021-01-10)

あそこまで書いて解題を求めるくらいなら、作品として否定すればいいだけの話でしょ。つか、ほぼほぼ否定的なコメントつけたあとに解題求めるとか違うんじゃないの?あなたは満足かもしれないけど、作品と向き合う前に解題されたら読む気も失せるというもので迷惑もなにもあったもんじゃない。以上。

2
stereotype2085
作品へ
(2021-01-10)

これは上手いんですよ。優れているんです。すこぶる。親友?もしくはカウンセラー、心療内科の医者?などへ粗雑に自棄的に開けっ広げに、自分の未経験なこと、特に一人の人間としては痛手になるようなことを投げ槍気味に告白している。しかし徐々にその未経験なことが、ネットの暗黒面や恋愛のダーティな一面にも触れ、社会問題にも踏み込んでいく。最後には啓示に至ると来ればこれは確信犯的に無神論めいた世界が描かれているとも読めてしまう。ミニマルからマクロへと拡大しつつ対象を変えていくこの話者は、一体どんな人物なんだ?という興味と脅威を孕みつつ進行させていくテクニックは流石。そしてこれは深読みかもしれませんが、この話者はとてもモラリスティックな理知と理性の象徴とも取れました。その話者が啓示を受けたことがないと言明することで、宗教の持つ美点あるいは欠陥またあるいは実際的な意味の精査が始まるような。そんな印象を受けました。僕はコメ欄を見ずにこの感想を書きましたがどんな返信が返ってくるかとても楽しみです。

2
小林素顔
藤 一紀さんへ
(2021-01-10)

大変申し訳ございません。私の落ち度であり、判断ミスです。 当初、こちらの作品への解題を宥樹さんに求められたのはツイッター上でした。私はその際、ほかの話題にも触れるツイッター上でビーレビの作品の解題を行うことは適切ではないと判断し、こちらのコメント欄で解題を行うことを宥樹さんに提案し、改めて宥樹さんに解題を求める旨を書いていただきたいとお願いし、そのうえで上記の解題を投稿しました。 皆様の作品の鑑賞の妨げになってしまう可能性を考慮せず、解題をコメント欄に投稿してしまったことは軽率でした。 誠に申し訳ございませんでした。

4
藤 一紀
作品へ
(2021-01-10)

すべて「ないよ調」で進行していくのが単調でしたが微妙に変化があるのも感じました。どこで面白く展開するのか楽しみにしていましたが、最後までこれといったピークもなく終わってしまったな、というのが正直なところです。 コメント欄の解題も読みましたが、そっちの方が興味深く思いましたが、作品としては昇華されていないように思います。さながら立派な厨房から出されたごく普通の料理、もしくは大言壮語のモテ男の下手なセックスのようです。同じ否定法を用いるでも単調さを避ける使い方はあったと思いますし、「否定」という個人の意思が強く働く語を連呼することは断言や告白を印象づける効果はあっても、問題を提起するには弱いと思います。

1
小林素顔
stereotype2085さんへ
(2021-01-10)

コメントありがとうございます。 ミクロからマクロへの視点の拡大は意識して書いていました。その意図が伝わっているとしたら嬉しいです。 話者がモラリスティックかどうか、という点ですが、明らかなのは、話者もやはり旧来の性役割のヒエラルキーにとらわれていることでしょう。そうでなければ、こうした問題に拘泥することもないのですから。 啓示については、純粋に「人類の未達の目標」という意味で書いただけだったのですが、そこからstereotype2085さんの読みが広がっていったのだとしたら、嬉しい誤算でした。

1
小林素顔
藤 一紀さんへ
(2021-01-10)

作品へのコメントありがとうございます。 思想が作品に昇華されていないのは事実なのでしょう。解題を求められる作品であったということは十全に相手にメッセージが伝わらない作品であることの証左なのだと思います。自分のなかでのメッセージの確立に満足してしまって、詩そのものへのメッセージの落とし込み、作品的・技巧的追究を怠ってしまったのかもしれません。そのメッセージ自体も人によっては反論があるでしょうし、言うなればこの作品は企画倒れというところなのでしょう。 否定形が問題提起する力が弱いという視点には気づいていなかったので、ご指摘いただきまして、ありがとうございます。 改めて、詩を書くということについて、考えてみようと思います。

2
宥樹〔記〕(ひろき しるす)
藤 一紀さんへ
(2021-01-10)

藤さんはじめ、皆さんがこれから作品を鑑賞するということに考慮することなく、この場で自身の問題意識だけに拘った話を進めたことについて、非常に手前勝手な行いでした。誠に申し訳ありませんでした。深くお詫びいたします。 とはいえ、僕が強く否定すべきと考えた最後の一行も、何かで「ない」ものを伝える方法がとられている以上、誤解をしている可能性があります。素顔氏の詩作で為そうとしたことへ近づくためには、一定の表現機構上の形式がある点も踏まえて問題の提起であれば、解題の必要の妥当性はあったものとしてご容赦いただければ幸いです。

0
藤 一紀
宥樹〔記〕(ひろき しるす)さんへ
(2021-01-10)

《誤解をしている可能性》という点について私なりに言えば、読み手は書かれた作品に対峙していかようにも読むことができるということです。 書き手には書き手の意図なり狙いなりがあるかもしれない。または書くことによって立ち現れてくるものを目指そうとするかもしれない、しかし、それとは別に〈書かれた言葉〉に読み手は向き合い、自分の読みを進めていくのです。その体験においてどのように読んでも──つまり、誤解や誤読があったとしてもということですが──いいということです。おっしゃる通り、〈書かれたもの〉に正しく接近したいという気持ちは、読む過程で自分の読みを疑うことを余儀なくさせることもありますが、それは読み手としての自分の変容を体験することでもあります。その上でやはり誤読は起こり得る。けれどもそこに読み手としての自由があると私は考えているし、言葉は読み手の読みのなかで変化する自由もあると考えています。まあ、そのせいで作者の意図とは斜め後ろの読みを呈することもあるわけだけど。そんな下手くそな読みでもね、読む自由がないんなら、というか自分の読むという言葉の身体で作品の言葉のなかに参入していく楽しみがないんなら、読むなんて面白味もないと思うんだな。ということで解題を求めたことに対して批判をしました。あなたは《残念に思います。》で終わらせるか、でないならば、他の読みの可能性を探って自分なりの読みを見出すべきではなかったかと思いますよ。自由になれるんだしね。 以上です。 小林さん、作品欄をお借りしての長文失礼しました。

3
小林素顔
藤 一紀さんへ
(2021-01-11)

藤さん、長文の件、お気になさらず。読み手同士の議論が活発に行える機能を備えているのがビーレビの特色だと思っておりますので。

2
小林素顔
宥樹〔記〕(ひろき しるす)さんへ
(2021-01-11)

宥樹さんに伺いたいのですが、私の解題をご覧くださった結果、「強く否定すべきと考えた最後の一行」に関して、どのようなお考えに至ったのでしょうか? 作品内での効果を評価いただけたのでしょうか、それともやはり「最後の一行」は「強く否定すべき」なのでしょうか?

2
入間しゅか
入間しゅか
作品へ
(2021-01-11)

読んでいてどう展開していくのか楽しめながら読めました。 単にしたことないだけでなく、世間一般の男らしさへの否定があるように思いました。 セックス経験を誇らしげに掲げることへの疑問はぼくも抱きます。

2
小林素顔
入間しゅかさんへ
(2021-01-11)

コメントありがとうございます。 おっしゃる通り「世間一般の男らしさへの否定」「セックス経験を誇らしげに掲げることへの疑問」はこの詩に込めたメッセージの一つでもあるので、その部分を読み取っていただけたことは光栄です。展開面も評価いただけたことは励みになります。 改めて、ありがとうございます。

0
宥樹〔記〕(ひろき しるす)
小林素顔さんへ
(2021-01-13)

解題ありがとうございます。 そんな弩ストレートに、セックスからにじみ出る《オトコらしさ》へ背負い投げを喰らわせるようなものだったとは。。。! と、正直驚いています。 5連の広がりから、てっきり無思慮に物語りをなぞるような生=性のあり方が空虚だと叩きつけるメッセージがあるのだろうと最初は感じたので。。。 そして、それならなおさら、そんな大技繰り出さずとも、いつもの素顔節?で お前ら、ホント鼻クソだな ぐらいに鼻クソに託して軽蔑を描く方が、相手のプライドをへし折る具体性と軽さがあり効果的ではないか、と考えます。 ここで素顔氏に参考にしてもらいたい曲=詩がひとつ。 これは相手がサムライですが。 「どろろの歌」 (作詞:鈴木良武=五武冬史) https://youtu.be/07cyiNcvMYY ↓歌詞 https://sp.uta-net.com/song/14183/ 加えて気になるのは、節度なのかもしれませんがオトコ目線に終始していること。このような問題提起であれば、女(の子)の求めているのは何か、幸せか、あるいは。。。そういったところまで踏み込んで 、愚直に問いの形で表現するのもメッセージのヒダが伝わるのでは、とも考えました。 女のコの求めているものは なんだろう 僕は、応えられているだろうか って感じでしょうか。。。 (オトナのオトコ目線での問い方もあるでしょうけれど)

0
宥樹〔記〕(ひろき しるす)
藤 一紀さんへ
(2021-01-13)

藤さんご教唆ありがとうございます。 藤さんの仰ることは不十分かもしれませんが承知しています。ここが批評サイトであることを前提に、託されたものを紐解く読み手としてだけでなく、書き手同士としてのやりとりを企図したものですが、思うに馴染みのある句会のノリ?を変に持ち込んでしまったのかもしれません。重ねての失礼と余談、なにとぞお許し下さい。

0
舞浜
舞浜
作品へ
(2021-01-13)

「したことがないよ」=「本当は~したい」という願望、と自分には読めました。それがだんだんとクレッシェンドしていって、やたらと規模が大きくなっていく、というおもしろさも確実に感じましたが、木星うんぬんからの一行で攻めていく感じがもっと続いて、おまけにそれがもっとぶっ飛んでいると、「なんにもしたことがないよ」という最後が(ここは願望ではなく言葉どおりに受け止めましたが)、もっと悲痛で哀れで滑稽に聞こえるのかな、などと思いました。

1
ささら
ささら
作品へ
(2021-01-13)

 読んでいて自分の無意識にしまい込んだ劣等感をぐさぐさと突きつけられました。  コメント欄を見てから考えたことを書いてみます。  この詩は一貫して社会のメインストリーム(強者、尊敬される業績)に属していないことを述べていきます。最後の3行目まではそうです。そこで終われば、この詩は社会の落ちこぼれのいじけの吐露として完成した作品なのだと思います。(逆に、これら業績をいくら拡大しても、無意味さが増すとは限りません。僕としては木星行けなくとも何も思いませんが、ハーバードとかNASAの落ちこぼれ意識がある人が見たら劣等感を抱く…かは分かりませんが立場により振れ幅があると思います)  しかしこの詩には、その次で、啓示を受けてないよ、という文句が入ります。  啓示というのは、それ以前の社会のメインストリームとしての業績と逆の業績です。啓示を受けるというのは、そういった俗世の流れから身を引く、反対の行為です。  最終行の、なんにもしたことないよ、はそんなメインストリームでも、あるいは逆の啓示を受けること、そのどちらをも否定している、究極の何もしてない、です。  個人的な論ですが、これで初めて、開放感ある何もしてない、にこの詩は至っているのだろうと思います。  そう考えると、啓示とそれ以外の分量が偏っています。  なので、啓示以外にも、禅修行したことない、修学旅行の班行動ぶっちしたことない、詩を書いたことない…みたいなのあってもいいんじゃないかなと思いました。

1
夏村木
夏村木
作品へ
(2021-01-13)

こんにちは。 とても言葉の食が進む詩であり、勉強になった詩でした。 この詩は性に関することに重きを置いていると認識しましたので、私の性に関することを粗々っと書いた後、感じたことを書きたいと思います。 重い!知りたくねー!と思われましたら読まなくて大丈夫です。 書きますね。 私の性別は女です。生まれた時から心の中まで全て女です。 性的対象は、その時愛した人、で性別は問わない人間です。 以上です。疑問がございましたら答えます。 あと、関係ないですが私は小学校から高校まで人に主に心を傷つけられて育ったトラウマがあります。こんな人間の思考です。 では感じたことを書きます。 私はこの「なんにもしたことない人」のことを「普通の人」なんだな、と思いました。 分かりにくかったらすみません。あまり慣れてなくて。 この詩に書かれていることをしてない人ってたくさんいると思うんです。私もそうですから。なので最後のなんにもしたことないよは、だよねって、思っちゃいました。小林さんの思いを汲みとれなくて、もっと詩に潜ればよかったと反省しました。 なんにもしたことない人はなんにもできない人だと勝手に思い込んでました。そこから人間には何もできない、非力で小さな存在だからこんなもん、との考えにいたりました。 人間の可能性の否定ですね。私は後ろ向きな質なのですぐそういう方向に転がってしまいます。 コメントを全て読み終わってから感じたことは、この詩って、女の人の視点からでも当てはまるし、小林さんが問題視している点は女の人同士、男の人同士の関係にも当てはまるのでは、です。 つたない文で申し訳ないです。 最後に、小林さんのキャラの落差にびっくりする!! ではではー。

1
小林素顔
宥樹〔記〕(ひろき しるす)さんへ
(2021-01-13)

解題を求めらる作品である時点でこの作品の程度は知れたものでしょう。 >てっきり無思慮に物語りをなぞるような生=性のあり方が空虚だと叩きつけるメッセージがあるのだろうと最初は感じたので 誤解を招いたのでしたこちらの過失です。 >鼻クソに託して軽蔑を描く方が、相手のプライドをへし折る具体性と軽さがあり効果的ではないか 第三者のプライドをへし折るのが目的ではなく、あくまで男性性への疑義なのですが、それを読み取れる作品に作りこめなかったという点で、こちらの過失です。 >節度なのかもしれませんがオトコ目線に終始していること。このような問題提起であれば、女(の子)の求めているのは何か、幸せか、あるいは。。。そういったところまで踏み込んで、愚直に問いの形で表現するのもメッセージのヒダが伝わるのでは、とも考えました。 節度というか、当事者性の問題だと思ったもので。すでに女性は女性側から何度も男性性に疑義を唱えてきたわけで、シスヘテロ男性である私は、シスヘテロ男性としての疑義を今回この詩で唱えたので、ここで女性視点での疑義を織り込むことは軸がぶれるかなと思ったのですが、メッセージ性が減衰するということであれば、こちらの過失です。

2
小林素顔
舞浜さんへ
(2021-01-13)

コメントありがとうございます。 >「したことがないよ」=「本当は~したい」という願望、と自分には読めました。 それは十分にあると思います。この詩の語り手は明らかに、旧態依然とした男性性にとらわれた立場から「なんにもしたことないよ」と自身を評価しているわけで、その視点への疑義がこの詩のテーマであったわけです。その点が伝わっただけでも、私はとても嬉しく思います。 >木星うんぬんからの一行で攻めていく感じがもっと続いて、おまけにそれがもっとぶっ飛んでいると、「なんにもしたことがないよ」という最後が(ここは願望ではなく言葉どおりに受け止めましたが)、もっと悲痛で哀れで滑稽に聞こえるのかな、などと思いました。 攻めていく感じですか、なるほどですね。確かに第五連のイメージの広がりは、後々考えるともっと大きくすることができたかなと思います。慌てて出してしまいましたね。悪い癖です。気を付けます。

1
小林素顔
ささらさんへ
(2021-01-13)

コメントありがとうございます。 >啓示というのは、それ以前の社会のメインストリームとしての業績と逆の業績です。啓示を受けるというのは、そういった俗世の流れから身を引く、反対の行為です。 >最終行の、なんにもしたことないよ、はそんなメインストリームでも、あるいは逆の啓示を受けること、そのどちらをも否定している、究極の何もしてない、です。 >個人的な論ですが、これで初めて、開放感ある何もしてない、にこの詩は至っているのだろうと思います。 >そう考えると、啓示とそれ以外の分量が偏っています。 ご指摘ありがとうございます。私は「啓示」という単語に対して無頓着でした。そこまでの情報量や文脈が「啓示」にあることを考えず、「啓示を受けるということは人の上に立つことなのだ」程度の考えで書いてしまいました。反省します。まさしく蒙を啓かれる思いがしました。

1
小林素顔
夏村木さんへ
(2021-01-13)

コメントありがとうございます。 >私はこの「なんにもしたことない人」のことを「普通の人」なんだな、と思いました。 確かにこの詩を書いた当人は性自認男性、性的対象女性、生殖器男性、非性転換者のシスヘテロ男性ですので、ごく一般的に言われてしまう「性的マジョリティ」に当てはまってしまうとは思います。ですので、配慮の書けた表現はあると思いますが、そのどこまで行っても無神経さを捨てきれないシスヘテロ男性が、どこまで自身の男性性への疑義を行えるかという試みがこの詩だったので、まずは、夏村木さんがこの詩をご高覧くださり、コメントを頂けたという、その点において、感謝しなければなりません。 >この詩に書かれていることをしてない人ってたくさんいると思うんです。私もそうですから。なので最後のなんにもしたことないよは、だよねって、思っちゃいました。 >なんにもしたことない人はなんにもできない人だと勝手に思い込んでました。そこから人間には何もできない、非力で小さな存在だからこんなもん、との考えにいたりました。 「なんにもしたことない」ことにも、「なんにもできない」ことにも、引け目を感じなくなるような世の中になればいいなという気持ちも込めてこの詩を書いたので、その感想を抱いていただけたのは幸いです。が、もう一歩、読んだ人が前進できるような詩を書ければ、理想的なのだなと、夏村木さんのコメントを読んで感じました。励みになります。 >コメントを全て読み終わってから感じたことは、この詩って、女の人の視点からでも当てはまるし、小林さんが問題視している点は女の人同士、男の人同士の関係にも当てはまるのでは、です。 その問題視に気付いていただけたなら、この詩は大成功と言えます。ありがとうございます。ただ、コメント欄の解題を含めての解釈ではなく、詩単体でそうしたメッセージを伝えられるようにならなければならないなと思っております。反省しております。 >最後に、小林さんのキャラの落差にびっくりする!! 今後もよろしうだっかんね!

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葵
作品へ
(2021-01-14)

見栄も虚栄もない、飾らないどこか子どものような純粋さを見たような気がして、読んではっとしました。でも、明らかに子どもではなくて… 感じることに偽りなく生きていきたい、そうしなきゃ、と思いました。 素敵な詩を、ありがとうございます。

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小林素顔
葵さんへ
(2021-01-14)

コメントありがとうございます。 素敵な詩、という言葉を頂き恐縮です。 子供のような純粋さのままでは生きづらく、また大人になろうとしてもいくつものハードルがあり、越えられないハードルの先では易々と越えていった者たちがこちらを指さして笑う…この詩はそんな悲しみを含んでいるとも言えますね。 問題提起どまりの詩だとは言えますが、葵さんが「感じることに偽りなく生きていきたい」と思える詩になっているとしたら、光栄なことです。

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沙一
作品へ
(2021-01-14)

コンプレックスさえも武器にしてるんです ——Mr.Children『フラジャイル』(作詞:桜井和寿) 上の歌詞をなんだか思い浮かべました。

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小林素顔
沙一さんへ
(2021-01-14)

コメントありがとうございます。 まあ確かに、私のコンプレックスを発露にした作品であることは間違いはないですね。私にコンプレックスを与えた世間が正しいかどうかは疑問だとは思いますが。

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妻咲邦香(小さな気持ち)
作品へ
(2021-01-18)

この中でどれかひとつだけ嘘ついてるような気がして、 さては木星にだけは行った事があるかなあ?と思って、 だいたいそういうのって終わりから2番目くらいに隠したりするんだよねって、 だから最後の一行は少しだけ焦ってるように見えます。

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小林素顔
妻咲邦香(小さな気持ち)さんへ
(2021-01-19)

コメントありがとうございます。 この作品にも確かに作者の嘘はありますが、木星に行ったことがないのは事実ですよ。でもたしかに最後の一行に焦りはあるのかもしれませんね。もう少しやりようがあった気がします。

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妻咲邦香(小さな気持ち)
小林素顔さんへ
(2021-01-19)

お返事ありがとうございます。その焦りがこの詩の救いであり、スタートラインにもなってる気がするので、惑わされないでいいと思います。その世界の中を泳いでみての褒め言葉のつもりで書いたので・・・わかりにくくて御免なさい。

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