作品投稿掲示板 - B-REVIEW
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草花ノート   

作成日時 2017-08-03
コメント日時 2017-08-11

春から初夏に咲く草花 (山野草) を野外観察しました。好みの生体を選び、その花の名と、その花言葉と、そのときに連想した言葉を貼り合わせました。 ゝ観察した草花とその花言葉のリスト ・タビラコ 花言葉:秘かな楽しみ ・ヤブヘビイチゴ 該当なし ・ヘビイチゴ 可憐、小悪魔のような魅力 ・カタバミ 喜び、 輝く心、母のやさしさ ・タチツボスミレ 小さな幸せ、つつましい幸福 ・キランソウ 追憶の日々、健康をあなたに ・ナズナ あなたにすべてをお任せします ・ハナニラ 悲しい別れ ・ホトケノザ 調和 ・クサフジ 生命力の旺盛な ・カラスノエンドウ 小さな恋人達、喜びの訪れ、未来の幸せ ・シロツメクサ 私を思い出して、幸福、幸運、復讐 ・キツネノボタン 嘘をつくなら上手に騙して ・オドリコソウ 快活、陽気、隠れた恋 ・カキツバタ 幸運は必ず来る、幸せはあなたのもの ・キショウブ 信じる者の幸福、私は燃えている ・ハハコクサ いつも思う、温かい気持ち、いつも想っています ・シロバナタンポポ 私を探して、そして見つめて ・ハルジョオン 追想の愛 ・ケマンソウ あなたに従う ・ササユリ 清浄、上品、純潔 ・ワスレナグサ 真実の愛、私を忘れないで ・ツルアリドオシ 無言の恋 ・オカタツナミソウ 私の命を捧げます ゝ草花の観察中に連想した言葉のメモ ・ゆれる ・あなたはあつい ・微量の乙女心のこる ・焦げくさい三月の手紙 ・畦道の空 ・夢をしている ・道標 ・幻が停車している ・ああ、父よ ・その色 ・わたしたちの弟は、話し下手な ・里山の血 ・もしくは ・土の故郷 ・幸せの探しかた ・占った ・あてずっぽ ・四月を摘む ・栞にはさんだまま ・ここにいないということ ・くすぐったい ・すべてのいないということの意味 ・風を帯びた ・ほら、あなたの母性 ・ごらん、これは水死体 ・あれが焼死体 ・来世もわたしたちいちりんの(ね ・一寸法師はあとすこしのところでカマキリに食べられました ・緑命の五月 ・神社の水 ・人間が果物を食べる ・人の味がする ・母乳のふるさと ・涙は海の母 ・世界自然遺産は既に死んでいる ・パンダこそ蟄居する自然の姿 ・笛の音遠ざかる ・草花は死に切れない ・生き返らない生命 ・誰かに枯らされるまえに ・ト、ヘンのまえ ・潔く自害して果てる ゝ草花の観察中に連想した言葉に草花の名を添えました ゆれる・タビラコ ・ヤブヘビイチゴ あなたはあつい ・カタバミの 微量の乙女心のこる 焦げくさい三月の手紙 ・タチツボスミレ 畦道の空 ・ナズナが ・キランソウの夢をしている 道標 ・ハナニラの 幻が停車している ああ、父よ・ ホトケノザ ・クサフジ色 わたしたちの弟は、話し下手な ・カラスノエンドウ 里山の血 もしくは 土の故郷 幸せの探しかた を占った ・シロツメクサ あてずっぽのクローバー 四月を摘む そして、栞にはさんだ ここにいないということ ・キツネノボタン すべてのいないということの意味 くすぐったい 風を帯びた、・オドリコソウ ほら、 あなたの母性 ごらん、 これは水死体 ・カキツバタ あれが焼死体 ・キショウブ 来世も わたしたち いちりんの・ハハコクサ 一寸法師は あとすこしのところで カマキリに食べられました ・シロバナタンポポ 緑命の五月 神社の水 ・ハルジョオン 人間が果物を 食べると 人の味がする 母乳のふるさと・ケマンソウ 涙は 海の母 世界自然遺産は既に死んでいる パンダこそ 蟄居する自然の姿 ・ササユリの笛 遠ざかる ・ワスレナグサ 草花は死に切れない 生き返らない 生命は・ツルアリドオシ 誰かに枯らされるまえに ト、ヘンのまえで 潔く自害して果てる・オカタツナミソウ ゝ草花の観察中に連想した言葉と草花の名に花言葉を添えました ゆれるタビラコ (秘かな楽しみ、調和 ヤブヘビイチゴ (小悪魔のような魅力 あなたはあつい カタバミの (喜び、 輝く心、母のやさしさ 微量の乙女心のこる 焦げくさい三月の手紙 タチツボスミレ (小さな幸せ、つつましい幸福 畦道の空 ナズナ (あなたにすべてをお任せします キランソウの (追憶の日々、健康をあなたに 夢をしている 道標 ハナニラの (悲しい別れ 幻が停車している ああ、父よ、ホトケノザ (調和 クサフジ色 (生命力の旺盛な わたしたちの弟は、話し下手な カラスノエンドウ (小さな恋人達、喜びの訪れ、未来の幸せ 里山の血 もしくは 土の故郷 幸せの探しかたを占った シロツメクサ (私を思い出して、幸福、幸運、復讐 あてずっぽのクローバー 四月を摘む そして、栞にはさんだ ここにいないということ キツネノボタン (嘘をつくなら上手に騙して すべてのいないということの くすぐったい意味 風を帯びた、オドリコソウ (快活、陽気、隠れた恋 ほら、あなたの母性 ごらん、 これは水死体 カキツバタ (幸運は必ず来る、幸せはあなたのもの あれは焼死体 キショウブ (信じる者の幸福、私は燃えている 来世もわたしたち いちりんのハハコクサ (いつも思う、温かい気持ち、いつも想っています 一寸法師は あとすこしのところで カマキリに食べられました シロバナタンポポ (私を探して、そして見つめて 緑命の五月 神社の水 ハルジョオン (追想の愛 人間が果物を 食べると 人の味がする 母乳のふるさと ケマンソウ (あなたに従う 涙は海の母 世界自然遺産は既に死んでいる パンダこそ 蟄居する自然の姿 ササユリの笛の音 (清浄、上品、純潔 遠ざかる ワスレナグサ (真実の愛、私を忘れないで 草花は死に切れない 生き返らない 生命はツルアリドオシ (無言の恋 誰かに枯らされるまえに ト、ヘンのまえで 潔く自害して果てるオカタツナミソウ (私の命を捧げます ゝ草花の観察中に連想した言葉と花言葉を本来在った場所に戻しました ゆれる調和、秘かな楽しみ 小悪魔のような魅力 あなたはあつい 喜び、 輝く心、母のやさしさ 微量の乙女心のこる 焦げくさい三月の手紙 小さな幸せ、つつましい幸福 畦道の空 あなたにすべてをお任せします 追憶の日々、健康をあなたに 夢をしている道標 悲しい別れ 幻が停車している ああ、父よ、調和よ 生命力の旺盛な わたしたちの弟は、話し下手な 小さな恋人達、喜びの訪れ、未来の幸せ 里山の血 もしくは 土の故郷 幸せの探しかたを占った、私を思い出して 幸福、幸運、復讐、あてずっぽのクローバー 四月を摘む そして栞にはさんだ ここにいないということ 嘘をつくなら上手に騙して すべてのいないということの意味 くすぐったい風を帯びた 快活、陽気、隠れた恋 ほら、あなたの母性 ごらん、これは水死体 幸運は必ず来る、幸せはあなたのもの あれは焼死体 信じる者の幸福、私は燃えている 来世もわたしたち いちりんの温かい気持ち いつも想っています 一寸法師は あとすこしのところで カマキリに食べられました 私を探して、そして見つめて 緑命の五月 神社の水 追想の愛 人間が果物を 食べると 人の味がする 母乳のふるさと あなたに従う涙は 海の母 世界自然遺産は既に死んでいる パンダこそ 蟄居する自然の姿 清浄、上品、純潔の笛の音 遠ざかる 真実の愛、私を忘れないで 草花は死に切れない 生き返らない 生命は無言の恋 誰かに枯らされるまえに ト、ヘンのまえで 潔く自害して果てる私の命を捧げます


項目全期間(2019/11/18現在)投稿後10日間
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2019/11/18 08時49分49秒現在
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コメント数(22)
花緒 (2017-08-03):

興味深いコンセプトの一作ですね。言葉を切ったり貼ったりすることと、草を見つけたり、植えたり、観察したりすることのアナロジーについて思いが及びます。草も、言葉も、一つ一つはありふれたものですが、よくよく考えてみると、一つ一つの言葉に期限があり、独特のニュアンスがあり、詩心が宿っており、しかし、草は草でもあり、やはり植えたり、抜いたり、できるものでもあり。最終練がカッコイイです。もう少しコンパクトに纏まっていた方がと思わなくもないですが、なにわともあれ、着想が目を引きますね。

田中修子 (2017-08-04):

私の詩ができる過程を公開! という感じですね。 スマホから見ると読み飛ばしちゃうんですが、パソコンからダーっと読むと面白いのです。

るるりら (2017-08-04):

拝読していて とても創作意欲が刺激されました。 花々からもらった言葉が再編成されてゆく過程が楽しかったです。 この詩の真似をした作品を 私も制作してみたくなりました。 個人的に とても好きだった行が あります。 ≫ごらん、 ≫これは水死体 ・カキツバタ ≫あれが焼死体 ・キショウブ 「死体」という表現をしておられるのに、逆に言葉が すっくと直立し生きていると感じました。 もしも私が ほんとうに この詩の真似をして詩編を制作するとしたら、作品中に登場した花を押し花にして詩編のまわりを 飾りたいな。などという夢想をいたしました。 しかし、押し花を飾ろうなどという考えの私には、 この詩編は書けない気がします。押し花みたいな発想よりも、 この詩編は もっともっと広がりがあります。第一、カキツバタもキショウブなんて 目が覚めるような表現が できません。 この詩には 広がりがあり、 しかも きままに散策できる野原の風や水が 流れています。 生き物たちが ささやかに生きたり死んだりしているところも、わたしには とても魅力的な作品でした。

Yoshi (2017-08-05):

花緒さん コメントありがとうございます。 言葉の切り貼りで遊ぶのが好きです。この切り貼りをバロウズの手法、カットアップとして覚えたのが2003年、詩板が詩情のオアシス、中東戦争以前のアフガニスタンのように栄えていた頃です。又、この作品でも作詩中に使っている自動書記、などなど色んな詩作方法を他の住人さんと試して遊んでいました。 もっとコンパクトに、アドバイスありがとうございます。秋の草花ノートを作る機会があれば、その時は参考にさせて頂きます。

Yoshi (2017-08-05):

田中修子さん お読みくださりありがとうございます。 レイアウトに流されない作品作りを心掛けます。

Yoshi (2017-08-05):

るるりらさん コメントありがとうございます。 まずは僕の詩を読んで、創作意欲が湧いたと言って貰えて、詩作甲斐があったという意味では、如何なる賞を貰うよりも名誉なことと感じます。幸せな心持ちです。ありがとうございます! るるりらさんも、是非是非、このような形式で詩作してください。この様式が詩作方法として認知されることは、作者冥利に尽きます。この詩作様式が、色んなマイナーチェンジを繰り返し、自由に人々に伝わって受け継がれていくことを切に願います。 引用してくださっている、水死体、焼死体の言葉が持つ印象は、金子光晴の戦争体験の詩を読んだときの、僕のインスパイアを、そのまま使用しました。(むかしのことですので、金子光晴の詩の題名などを忘れてしまいました。) 頂いたコメントの最後の締めくくりの言葉は、ほんとうに嬉しいです。僕も書いてよかったと思います。(o^^o) ところで、押し花の話題が出ておりますが、 押し花で詩篇のまわり飾りたい とのことですが、主旨的に装飾というコンセプトからは、少しズレているかもしれませんが、こちらで、草花ノートに登場する植物を写真付きでキュレーションをしています。写真の殆どは僕が実際にスマホで撮ったもので、web編集は澤あづささんがしてくれました。言葉が押すと花の画像がポップアップされたりして楽しいミニ博物館のようになっています。 ぜひ、ご覧ください。 http://adzwsa.blog.fc2.com/blog-entry-35.html

Yoshi (2017-08-05):

装飾というコンセプトからズレていると云うより、むしろキュレーションに装飾はかならずトッピングされる要素かもしれません。

繰る井 莎鬼 (2017-08-05):

初めまして。 最初はちょっと読みにくいかな…?と思ったのですが、読めば読むほど面白かったです。花言葉も元々好きなのですが、そこから得た解釈などがどんどん広がって、物語になっていく様は圧巻でした。 ただやはり取っ付きにくいかな…と。きちんと読めばとても興味深い作りでした。

Yoshi (2017-08-06):

繰る井 莎鬼 さん 最後までお読みいただきありがとうございます。 この店、入る?いや、この店の店員さんとっつきにくいし、 めんど臭いし、やっぱ今日はやめとこか。 という感覚が、すっごくわかる気がしします。 僕的にはわかる人だけが集まる通の店にしたいのですが、なかなかそんなことを夢みても、やっぱり数に頼ってしまうために、愛想笑いでもいいから頑張れみたいな、ほんとうに反省しております。ありがとうございます。

竜野欠伸 (2017-08-06):

北さん はじめまして。 言葉には、葉と言う漢字がついていますが、その所以を、採集標本にされている着想がとても素敵です。圧巻です。植物に興味をそそられる気にもなりました。大切にしたい詩です。

Yoshi (2017-08-06):

竜野欠伸さん コメントありがとうございます。 言の葉の葉、意識してなかったんで、なるほど、そうか!っと自分でビックリしていました。大切に思って貰える詩が作れて嬉しいです。 (^ν^)

澤あづさ (2017-08-07):

北さん、わたしの編集物をご紹介くださりありがとうございます(oωo)  http://adzwsa.blog.fc2.com/blog-entry-35.html この編集では著者の北さんに、撮影写真の提供やら予備知識の講義やら、もろもろ大変お世話になりました。著者の全面的な協力を仰いで編集するというのが、わたしには初めての経験だったので、結局ボツにした無駄なものを大量に制作するなど手際も悪く、ご迷惑をおかけしつつ勉強させていただきました。 ちなみに、結局ボツにした無駄なもののなかに、「ケマンソウ(ハートの花)とカタバミ(ハートの葉)とナズナ(ハートの実)のコラージュ」があります。そのように恣意的にハートマークばっかり選出する行為は、全草花を注視する北さんの詩にそぐわないと気づき、結局ボツにしたのでした。 作品(の一部)については、文学極道のコメント欄ですでに熱弁したので、ここではキュレーション(展示)のことを熱弁させていただきます。 * いかなる作品も編集されると、著者の(作品に関する)意向とは別に「編集のテーマ」が生じます。今回編集の最大のキモは「最終章」です。 http://adzwsa.blog.fc2.com/blog-entry-35.html#NONAME この部分だけテキストの色を「花言葉が本来あった場所(花の咲き群れる草原)」に見立てて変更したのは、著者の北さんご本人のアイディアです。したがって著者の意向と編集のテーマが合致しているのが、今回編集の自慢です(oωo) この部分にこうして「花言葉とそうでない部分」の区別をつけることで、作品のリーダビリティが格段に上がったと、わたしは勝手に思っているのですがいかがでしょう!! * 今回の編集物は、わたしのスキルがしょぼかったため、大きな高解像度ディスプレイ(iPad ProとかMacBookとかiMacとか)に対応できていません。多くのユーザーに、せっかくの写真をボッケボケで見せてしまい、かえってがっかりな悪印象を与えたかもしれません。この編集を終えたあとで、この問題を解決する手段を見つけましたので、次回の編集物にはスマホにも5Kディスプレイにも適切な画像を表示できる見込みです。 ミニ博物館になるにはまだまだ(展示者であるわたしの)知識も足りません。そんなこんなで、来年あたり、全画像を北さんの撮影写真に差し替えた新版を制作するのが、わたしの(北さんの許可も取らずひとりで勝手に抱いているところの)夢であります。 しかし、もしかして北さんに、 「いやいやいやいやおまえの編集はもういいから、おれに自作をみずから編集させろ! 詩と写真の展示に特化した環境(無料)をおれによこせ!」 といった表現者として当然すぎる要求がありましたら、ぜひわたしにご相談くださいませ。それはそれで渾身で協力いたします。 * それにしても、この編集を終えてつくづく思ったのは、「編集はやはり、著者の許諾のみならず協力を仰ぎ、著者の意向を尊重しておこなうのが理想」だということです。 ※「著者の意向などガン無視して、編者の好きなように作品を作り替えたいのだ!!」というのは、いわゆる「オマージュ」として過剰なほど氾濫しており、批評にもそれに近い体裁のものがあるわけで、その行為それ自体にはたいした価値を見い出せないと思っています。 ただ、著者と編者が協力して一作品を作り上げるとなると、当然、両者の社会性の問題が浮上します。いっぺん出した転載許諾をいつ取り下げるかわからないような危険人物の作品転載は、精神的にもハイリスクですから、ぶっちゃけだれも編集など申し込まないでしょう。 そういうわけで、北さんと出会えたこと、このような共同作業を経験できたことは、わたしにとって大きな幸運だったのでした。どうぞ今後もよろしくお願いいたします。

Yoshi (2017-08-07):

澤さん コメントありがとうございます。そして制作お疲れさでした。お声がけ頂いて、そして完成した頃より、時間が経った今の方が、好く観えますので、僕はこのキュレーションは、ほんまもんだと思いますよ。 さて、編集する側の熱弁をコメントして頂いたので、編集される側として思い感じたことを綴っておきます。草花ノートキュレーション (B-review 用語)の制作では、まだ文字だけの存在であった草花ノートは、編集される側だったのですが、共同制作中に、澤さんへ撮ってきた写真を渡したり、花の名前を説明させてもらったりしているうちに、編集されるということは、即ち観察される側になることだと思いました。 だからと云って僕が、この編集にあたり澤さんから、僕の観察される側としての自由を奪うような指図を受けることは一切なかったです。(ノンストレスでした。) その関係は、僕と草花との関係とよく似ていて、草花は僕の指示どおりに観察させてくれません。シャッターチャンスが来たと思うと、風が吹いてきたり、虫が寄ってきたり、太陽に雲がかかったり、そもそも昨日そこにあった種の草花が今日にはなかったりするので、やきもきするときもありました。 そして家に帰って写真に収めた草花の個体の同定作業に入るのですが、画像を見直すと花の顔ばかり撮ってしまってて、葉の部分が写ってなく同定に至らずなんてことが沢山ありました。 ですので、最初の頃はこの同定できていない画像を、何枚も澤さんに送ってしまい、あとで澤さんがアップした画像を差し替えなければならないということが多々ありまして、その上、お渡しする画像の解像度が大きいので、きっと澤さんは画像をいちいち圧縮しなければならなかったと思います。その他にも編集して展示する側の苦労は、観察される側には想像もつかない、そうとう大変なものだったと思います。 そんな中で、僕は自由奔放に草花について観察させて頂き、新たな発見や知るという楽しみも頂き、今もありがたく思っています。 このとき、僕が澤さんにレクチャーした草花についての話は、僕にとっての復習であったり、又、新たな発見であったりしました。タビラコについては、ほんとうに色んな発見がありました。(そのことについては、タビラコのロゼットという作品の中に長々と収録しました。) 澤さんはコメントの締めくくりのひとつ前に、 ただ、著者と編者が協力して一作品を作り上げるとなると、当然、両者の社会性の問題が浮上します。いっぺん出した転載許諾をいつ取り下げるかわからないような危険人物の作品転載は、精神的にもハイリスクですから、ぶっちゃけだれも編集など申し込まないでしょう。 と述べておられますが、これついては、僕は澤さんにとっては優等生ではなく、何度かゴネてブーたれたことがありまして、所謂前科持ちです。とうぜんその後は、丁寧に諭されて毎回反省させられる羽目になるのですが、最初から迷惑かけてやろうなんて思って共同制作しようなんて思いませんし、僕は実際の音楽の仕事の方でも、共同作業をお断りすることが多く、それはなぜかというと、共同制作する場合、製作者の言葉は辞書的な解釈を超えた場所で、理解を求めることが多くありますので、制作対象に対して真心が逸れると、軋みが生じる可能性を孕むからです。軋みがあるまま作った作品は、それはそれで残ったとしても、第三者に観てもらったとき、自信をもって大丈夫と言えるものでないことが殆どです。とくに近頃は媒体がデジタルですので、レコードやフィルム写真のように擦り切れたり色褪せたりしてくれませんので。 それは生命と一緒で、「一緒に作りましょう。」と合意した時点で、まずひとつ約束を破っているのと同じです。なぜなら明日は死ぬかもしれないじゃないですか?この遣る瀬無さというか、切なさというか、を、著作権をどのように解釈し守り合っていくか?が、共同制作のいちばんの課題だと思います。読み手と書き手の間では作品は生き物ですので、とくに大切にするべきだと思います。その気持ちを込めて、この、草花ノート キュレーション (B-review 用語)という題名に、ミュージアム足し、 草花ノート キュレーション (B-review 用語) ミュージアム と、僕は呼ばせて貰っています。これはある種の名誉心や虚栄心に根付く意味合いではなく、草花が根付いている、場所、そして季節、瞬間、その呼び名は、観覧者にとっても、製作者同様に、草花のフィールドであり、自然のミュージアムだからです。

るるりら (2017-08-08):

おはようございます。再レス失礼します。 澤さんが編纂をしておらる写真の植物写真も共に 鑑賞させていただきました。 これらの植物名を目にしただけで 実際に大地に根差している姿を想起できる人とできない人とでは受け取れることのできる事柄が ずいぶん違う。けれど、澤さんのご尽力による写真という手かがりが増えたことで、詩編の彩が明確になったなあと 感じさせていただけました。 ただ、植物名の世界も  奥が深くて、写真を添付しても それでもやはり植物名の知識の差で鑑賞の差は生じるだろうなあと想う部分も ありました。  たとえば 春の七草の「ホトケノザ」は「タビラコ」とも呼ばれていますし、一概にこの植物名なら、これだとは限定できにくいケースもあるなあと思いました。通常「ホトケノザ」と呼ばれていることの多い植物は「タビラコ」とは別物だったりします。植物名には ゆらぎがあります。たぶん 北さんの別の詩作では そのあたりのことを踏まえておられるんなんだろうなあと 思わせていただいているところです。 澤さんも言っておられましたが、たとえばケマンを見たことがある人と無い人では 鑑賞が違うという ご意見は とても賛成です。ただ、写真を見ても植物についての洞察のあるなしによる鑑賞の違いは どうしても生じます。 たとえば、ケマンソウと言えばハートなのです。しかしケマンで思い出すことのできる植物と言えば、キケマンや紫ケマンという植物もあります。華鬘(ケマン)とは 仏具のひとつで 煌びやかな装飾品のことを指します。 ケマンソウも キケマンや紫ケマンも 一つの茎に花々が繋がって咲いている植物です。 このように植物名は奥が深いのですが、 花言葉も 一つの植物に対して たくさんの花言葉があります。そのなかで作者が、なにをセレクトしたがが詩編として素敵でした。 ≫・ケマンソウ あなたに従う ↑ 数ある花言葉の中で これの言葉をセレクトされているところが好きでした。 ≫母乳のふるさと・ケマンソウ ↑ つながりをたどれば、この言葉に行きついておられたりする。キケマンや紫ケマンのことではないことは 百も承知でしたが、でも キケマンや紫ケマンでも この言葉に辿り着くことはできそうです。川は違っても海に 辿り着くみたいなことが、私には楽しい体験でした。 言い換えれば、花を思えば 花は違っても美に出会うみたいなことが、私には 楽しかったのです。花と言葉の間で 曖昧な人の思いの間で、詩を紡ぐこと。なにを感じたかを漠然と思うことを いろんな角度から鑑賞させていただきました。 楽しい時間をいただきましたの、北さんにも感謝ですが、澤あづささんも 素晴らしいです。ありがとうございました。

蛾兆ボルカ (2017-08-08):

面白いと思います。 私の鑑賞では、最後のブロックが作品で、そこに至る過程も読者に経験させる、インスタレーション作品として読みました。 その鑑賞だと、澤さんのディスプレイでは、力点が最終パーツに集約せず、分散してしまうことと、写真が鑑賞でかてしまうため、詩が発生してしまうことを読者が経験する、ということからは逸れてしまうように思いました。

蛾兆ボルカ (2017-08-08):

2000年代初期、陰口専門の人に侵略される前の2ちゃんねるで、北さんも楽しんでいましたが、私や私の仲良くしてたひとたちも、テキストが自分から離れたところから発生することを楽しんでいました。 ポチツトナー氏による、現代詩自動生成ソフト「詩人の辞書」や、最強詩人氏による、いったん書いた詩のテキストをランダムカットバックをするためのマクロ「テキストツイッター」が面白かったです。 そうしたことをしても、最後は何故かそのひとらしい詩になってしまう。不思議なことです。 この作品でも、だいぶ「北さん節」みたいなところがあり、なんかイイね、と、思いました。

Yoshi (2017-08-08):

るるりらさん 僕が誘ったので、再レスさせてしまって、こちらこそすみません。 ご来場、本当にありがとうございました。 詩の中に登場する草花を直接みることができ、その殆どの画像が、作者が実際に見たものである。という案は澤さんが最初に出してくれてたものでした。この、作者が実際に見て触れた草花の固体を画像によって生放送する感覚は、草花ノート キュレーション (Breview用語) ミュージアムのなかで、前半は詩文が画像のアナウンスとなり、最終はそれが転換し、詩文のアナウンスを画像がしている様式になっています。これも、澤さんの熱意に触発され生まれたアイデアですので、ありがたく感じています。 華鬘について教えて頂きありがとうございます。僕の家は神道なのですが、(僕は信仰している宗教はありません)が、東寺さんが好きで、今、調べると東寺は平安時代の華鬘を所蔵しているとのこと、見せてもらえるかどうかわかりませんが、その華鬘と同じ寺領なかに居るだけでも大したことだと思いますので行って見たいと思います。又、そもそも神社仏閣が好きなので、あらゆるところで、注意して見て比べてみたいと思います。 キケマン、ムラサキケマンも好きな花です。ムラサキケマンは、南禅寺の奥の院の滝の近くの碑の側に、毎年咲くので、来年は撮りたい思います。ご来場頂き、更に纏わる話を色々と教えて頂き感謝です。

Yoshi (2017-08-08):

ボルカさん ご来場してくれたんですね。それに有意義な感想、意見まで頂き、ありがとうございます。最終項の詩句の、(草花の観察中に連想した言葉)をクリックすると、画像と説明がポップアップしてきて、その画像をひとつひとつ説明付きで観れるというコンセプトの同意はすんなり進みながら、しかし作成の段階では、澤さんと僕の役割は違うのですが、これがお互いに大変で、自分がすべきことで精一杯でしたので、ご意見は次回に必ず生かしたいと思います。 詩についての感想もありがとうございます。ほんとう今の詩板に過去の繁栄の欠片もないのですが、あの頃は楽しかったです。僕も翻訳機とか色々と使って、言葉が自分からはなれていく感覚を楽しんでいました。そうそう、それで結局はその作者風になってしまう感じ、ああ、懐かしいです。作品の意味から離れようとしてるのに、後ろから付き纏ってくる作意どうやって切り離すか、パツンと切り離せた方が、僕の中では格好良いと思ってたのですが、今になればその形跡は、形容して頂いてる「北節」に香ることしかできないという放浪感が身に染みます。 お読みくださりありがとうございました。

仲程 (2017-08-10):

北さん 拙詩へのコメントありがとございます。 この草花ノートの花言葉の項目まで読み進めて、忘れかけてたことがよみがえり、がまんできす投稿してました。 花言葉の次に連想される言葉の最初!! 「ゆれる」 これが、はぁ~ となりました。きづきもせず私が感じていたものも「ゆれる」ことだったようです。 それと「ゆれる」ための「風」 また、ゆっくり草花、ふれてみようと思いました。

Yoshi (2017-08-10):

仲程さん お読みくださり、コメントありがとうございます。 嬉しいです。僕のは思いつきの言葉と花言葉を切り貼りしてるだけですから、 仲程さんの草花の詩の方がぜんぜん強度がありますよ。ちなみに題名は能登由来ですか? ……………… しつこい目に仲程さんのスレで説明してたました、キュレーションとはこちらのことです。↓ http://adzwsa.blog.fc2.com/blog-entry-35.html 僕の詩の言葉は、ふわふわして言葉の強度が薄いので、そのぶん、 その草花の花言葉の名付けの紆余曲折、そして草花の同定など、 ポケット図鑑的な視点から画像を用いキュレーションし、 詩情を醸そうとしているのですが、 仲程さんのは、ガチポエム、しかも上手い、(ハマダイコン良かった(=^▽^)σ) ので、詩の題材の草花を画像で一緒に見れたら、胸にポエトリーが キュンキュンきそうです。

ハァモニィベル (2017-08-10):

はじめまして。よろしくお願いします。 確かに「ノート」だな、と思って拝見しました。意図的に地味にしている筈の冒頭部分の置き方で読者を限定しますね。ここで処理されているようなゲームは、以前からわたしの好むものなので、過程を作品に織り込んで応用するアイデアは良いなと思いました。その結果仕上がってくる筈の作中作品の質については、コメントの替わりに、この作品のコメント欄だからこそむしろできる返詩を以下に添えることにします。 死体をくすぐっている 微量の幻が(なぜか) やさしさのように つつましく 調和して ゆれる 小さな輝く心の 焦げくさい喜びと楽しみ ゝ「ゆれる調和」で始まる聯 &   「小さな幸せ」&「くすぐったい風」の聯 を参考にしています。 (以上です)

Yoshi (2017-08-11):

ハァモニィベルさん コメントありがとうございます。 言葉の切り貼り(カットアップ)の楽しみに目をつけて 頂き、しかもカットアップの返詩。 二重に嬉しいので喜びは返詩でお伝えします。 この草花ノートを作るときに、選抜から外れた 雑草さんたちの名前を使います。 聯 / &/ 聯 / を / ツルニチニチソウ オオイヌフグリ / つつましく/ 幻が / キジムシロ ノミノフスマ / やさしさのように / ナノハナ / 参考にしています。 トキワハゼ / 喜びと楽しみ / 微量の / 死体を / ヤブジラミ コナスビ / くすぐっている / 小さな / (なぜか) / カキドウシ ヒメフウロ /「くすぐったい風」/ で始まる / ヨナメ ナガミヒナゲシ /「小さな幸せ」/ 輝く心の&ゆれる / の / シャガ チャルメルソウ / 焦げくさい / (以上です)スズメノエンドウ ニガナ / 調和して /「ゆれる調和」/ ゝ / の / ツリガネスイセン

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