「弔い人形」 - B-REVIEW
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PICK UP - REVIEW

よしっ

るるる

走るるる!

きょこち(╹◡╹)久遠恭子

アオゾラの約束

憧れ

こんなに良い詩を書いているのに、気付かなくてごめんね。北斗七星は君だよ。いつも見守ってくれてありがとう。

きょこち(╹◡╹)久遠恭子

藤の花

紫の香り

少し歩くと川の音が大きくなる、からがこの作品の醍醐味かと思います。むせかえる藤の花の匂い。落ちた花や枝が足に絡みつく。素敵ですね。

きょこち(╹◡╹)久遠恭子

冬の手紙

居場所をありがとう。

暖かくて、心から感謝申し上げます。 この詩は誰にでも開かれています。読んでいるあなたにも、ほら、あなたにも、 そうして、私自身にも。 素晴らしいと思います。 ありがとうございます。みんなに読んでもらいたいです。

きょこち(╹◡╹)久遠恭子

犬のしっぽ

カッパは黄色いのだから

良く目立ちます。 尻尾だけ見えているという事ですが、カッパには手足を出す穴がありますよね。 フードは、普通は顔が見えなくなるのであまり被せません。 それを見て、僕はきっと嬉しかったのでしょう。健気な可愛い姿に。ありがとうございました。

きょこち(╹◡╹)久遠恭子

あなたのために

永訣の詩

あなたが出発していく 光あれ

羽田恭

十月

あなたには「十月」が足りていますか?

もし、あなたが「今年は、十月が足りてない」と お感じでしたら、それは『十月の質』が原因です。 詩の中に身を置くことで『短時間で十分な十月』を得ることができます。この十月の主成分は、百パーセント自然由

真清水るる

だれのせいですか

どんな身体でも

どんな自分であっても愛してくれるか、抱きしめてくれるか、生きてくれるか SNSできらきらした自分だけを見せてそんな見た目や上辺で物事を判断しやすいこんな世の中だからこそ響くものがありました。例えばの例も斬新でとても魅力的です。

sorano

死んだベテルギウス

衝撃を受けました

ベテルギウス。まずそれに注目する感性もですが、詩の内容が衝撃。 猫。木。家族。犬(のようなもの)。女の子……。など、身近にあふれている極めて馴染み深いものベテルギウスというスケールの大きいものと対比されているように感じられました。

二酸化窒素

七月の雨

ずっと待っていた

渇いた心を満たす雨に満たされていく

afterglow

桃太郎の神殿

幻想的な具体、具体的な幻想

時刻、刻々、刻むということは生きるということである。生きる、生まれる、死を予感する全ての事象が望む新たな幻想、書かれるべき詩、読まれるべき詩がここにある。

狂詩人

優しい人が好き

淡くうかびあがる差異のせつなさ

自分にとって「優しい人」と他者にとって「優しい人」は同じ「優しい人」だろうか。同じ言葉を使っていながら思いうかべるものは同じだといえるだろうか——

沙一

死ね、ニュートン

こいつはいい

こいつはいいよ。文体とイメージは翻訳ランボーの剽窃だが詩の勢いはホンモノ。

豆大福の日

ひとつ私に くださいな。

仮に、お伽噺のような平和があるとしても 敵は、存在するする。人には 雉、猿、そして犬のようなタイプの人のように個性が色々であっても、共通する敵が いる。敵に勝つために、もっとも大事なことは、共通する喜びに きがつくこと

真清水るる

ひらいて、とがって

ひらひらとひらかれひかれて

ひざこぞう、に出逢ってください。そして手をのばして作品の言葉にためすすがめつ、触れてほしい。

ほば

薬売り

胡散臭さがたまらない

怪しいものや不思議なものが好きな方におすすめしたい、世にも奇妙な掌編——

沙一

書かざる言わざる、雄弁に水銀を

黙って笑ってろ、沈黙は金

これを見ているあなた、恥ずかしくはないんですか? 答えられないのですか。 なんでですか。 理由があるという訳でもないのですか? ああ、そうか。 全部、冗談だというのですね。

鳴海幸子

夏は夜。月のころはさらなり

田舎の夜道は暗くとも、恋は華やかで明るい——

沙一

あなたとどんぐりとハナミズ……

悪意のないホローポイント弾

ここには○○の残酷さが描かれている。 ○○が何なのかは、読めばわかる… …かもしれないし、わからないかもしれない。 感じ方は「人それぞれ」だから。

R

祖父の痕跡

黙想を貫いた彼が最後にみたものは…

祖父の遺物が並んだ「私」だけの世界… 彼の深層に踏み込むべく「私」は宝物箱に触れてしまうのか…祖父とは一体何なのか…

つつみ

直列つなぎ-うんこ!!(……

青春の現代詩

青春はいつも、エロくて汗臭い。そして切ないけど優しいところもあり、美しい瞬間もあるけど、昆虫たちも僕らも命を捨てて夫婦になることを受け入れる。それが生きるということだから。個人的には、僕は飯田華子さんの紙芝居を観に行きたい。

蛾兆ボルカ

ちがう星

ピッチャーとキャッチャーみたいだね

それから時々 おなじ星

三浦果実

いつまでもあいさつをしてゆ……

伝説の流行語はここから始まった

「かきかきたぶんしない」は伝説になった。わからない人には永遠にミューズは来ない。

三浦果実

粘土

こんにゃろっというやり場のない怒れる者よ

ほの暗い系男子がたどり着いた極北のモノローグがきみにはわかるまい

三浦果実

菊の花

2020年10月の裏番長/裏大賞

これの良さがわかるまで詩を書くんじゃない

三浦果実

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「弔い人形」    

なるべく私に似た人形を探す わずかな共通点でも、あれば良い 髪の長さや笑顔の醜さ 眼のうつろな度合い ひとつでも似ているところがあるならば、それで良い わりと容易く見つけられるものだ 私が 人形に似ているせいなのかもしれない 贈り物用として包装してもらう たまに、のし紙をお付けしましょうかと問われると 哂い出しそうになる衝動を抑えて 要らないと断る のしなど貼って何と書けと言うのだ 銀色に蝶結びされたリボンを解き 私は私に似た人形を抱き上げる 薄っぺらな笑顔に微笑み返す お前に 私の名をやろう 私と同じように髪の毛を切りそろえ 赤すぎる唇を白い絵の具で薄め せめて頬紅を差してやり 死化粧を終えてようやく ハサミを振り下ろす 胸を中心に何度も 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も突き刺す 私はねえ 死にはしないと約束してしまったの 私と、あの人に約束してしまったの だからお前 私の代わりに死んでおくれよ 何がどうあろうと生きねばならない私に代わって 死んでおくれよ ざんばらになった黒髪を整えてやり 元通り包装箱に納め 仕上げに真っ赤な絵の具をぶちまける それからようよう 私はむせび泣く 泣きながら菊の花びらを一枚ずつちぎり 私の名を持つ人形に振りまく ごめんねえ かわいそうなことをしてしまったねえ かわいそうに かわいそうに そして なんと、うらやましい リボンはかけずに 裏の庭に深く、深く埋める さびしがらなくとも良いよ お前に似た、同じ名の人形が そこかしこで眠っているから


作成日時 2017-02-09
コメント日時 2017-03-12

「弔い人形」 ポイントセクション

作品データ

コメント数 : 40
P V 数 : 956.1
お気に入り数: 2
投票数   : 0
ポイント数 : 0
項目全期間(2022/01/17現在)投稿後10日間
叙情性00
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閲覧指数:956.1
2022/01/17 03時39分25秒現在
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    作品に書かれた推薦文

「弔い人形」 コメントセクション

コメント数(38)
塚本一期
(2017-02-09)

私も同じように自分を何度も殺す衝動に駆られる。 これは容易に想像できました。 容易に想像しやすいというか、容易に想像できるように作者が導いてくれたものなんだろうと考えます。 たくさんの孤独の分だけ眠っているとおもわれるたくさんの人形。 最初に読んだときは、自分の感性と似てると感じましたが、作者の方が妖しく美しい世界を創り出すことに長けているように感じられました。 和の持つ妖美さを感じるんですよね。

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花緒
(2017-02-09)

投稿有難うございます。気合の入った作品を有難う御座います。 作品として仕上がっていると思う。いわゆるメンヘラポエムというかジャパニーズホラーというか、作風そのものはダークとしか言いようがなく、好き嫌いは分かれるだろうが、気持ちいいくらいに徹底的にやりきっているので、十分読める。何度も、の連打により、強調されるサイコ感。なんと、うらやましい、で一旦、緩めてから、オチでぞっとさせる構成の妙。作品として仕上がっており、端から、もっとここをこうした方が、というような安直なアドバイスをさせる余地が無い、瑕疵の無い作品だ。 と褒めちぎるのも作者の望むところではない可能性があるので、あえて指摘しておくと、作品として仕上がり過ぎている、ということが本作の瑕疵と言えるかもしれない。たとえば、作中話者は、なぜ、「あの人」と約束したのだろう、なぜ、約束するような人がいるのに、自殺衝動を抱えて生きているのだろう。ここらあたりを書き始めると、おそらく作品としても纏りを欠いていくというか、本作の範疇を大きく逸脱していくのだろうが、ある意味では、肝心なことを捨象することによって、成立している作品とも言える。 と、作品コンセプトとははっきりズレる方向性からしかツッコミを入れられない、完成度の高い作品と読んだ。普段、詩を読まない人からも読まれうるリーダビリティの高い作品だし、何よりインパクト抜群だ。

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もとこ
(2017-02-09)

テーマは斬新なものではないけれど、それだけにきちんと仕上げるのは難しい。その点、この詩は最終連でシリアルキラーの遺体遺棄現場のような庭の様子が、容易に視覚化されるほど巧みな表現で感心しました。

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まりも
(2017-02-10)

自分で自分を埋葬して、そこから(ひそかな)再生を図る、感じなのかな、と思いました。 たんたんと始まって、ガーッと盛り上がって、静かに締める。音楽的な構成が、さりげないけれど巧みだな、と。 代わりに死んで、と願い、かわいそうに、とうそぶいて、うらやましい、と「死んでしまえる」幸福を羨望して・・・ その「羨望」ごと、埋葬するのでしょうね。詩の世界で行う、死を眠りとする就寝儀式のような。

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kaz.
(2017-02-10)

もっと感性を磨いた方がいい、という感想に終始する。より芸術的に、ね。

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kaz.
(2017-02-10)

天才詩人さんへ。はーい、真面目にやりますよ。ただ、あなたがお手本を見せるべきだとは思いますけどね。 作品内容に触れないことが問題だと言われたので、作品内容にできるだけ触れてみますね。テクストに実際に触れるという経験をあまりしたことがないので、この作品をコンテクストに即して読むと、自分に似た人形を探してそれにハサミで何度も突き刺すという、それこそ「薄っぺらな笑顔」みたいな表現が鼻につくわけです。これに限らず、どの表現を取っても面白味がない。そして物語としても面白くない。だから、私は先のように言ったわけです。

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kaz.
(2017-02-10)

そして、これをジャパニーズホラーだのハイブリッドだの言ってるのは、少し時代錯誤のように思うわけです。むしろこの詩の中で強烈な核となっているのは、 「さびしがらなくとも良いよ お前に似た、同じ名の人形が そこかしこで眠っているから」 この一節は、私にとってはすごく強い言葉です。それは一つには「お前に似た」というのの指す「お前」、要するにYouは、私たち詩人のことを指しているのかもしれない。この箇所を、お前に似たやつはいくらでもいる、というざっくばらんな解釈でもって通しても構わないでしょうね。そしてこの一節で「お前」はYouを誘致し、ひぐらしのなく頃にを想起させる。天才詩人さんがジャパニーズホラーと言ったのは、この辺りのことでしょうか。

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花緒
(2017-02-10)

>kaz.氏 参加してくれて有難う。他の作へも含め、先ほどからのコメントのつけ方をみると、必要以上に攻撃的。まりも氏への作品コメントなどもそうだが、変な突っ掛かり方をしているに過ぎない。貴兄が文学極道で投稿している時と同等かそれ以上に攻撃的で、「コメントで攻撃し合う場である、批判し合う場である」という前提で、レスをつけているとしか感受できない。わたしたちは文学極道とは異なるリテラシーで運営される場を醸成していきたいと考えている。作品を批判するときこそ、丁寧に書いてほしいし、作者への礼を失わない在り方で批判してほしい。どこまで許容して、どこまで許容しないのか、難しい問題だが、現状のやり方は、わたし的にはアウト。わたしたちのスタンスを明確化する意味で、わたしの権限でイエローカードを出します。次、何かあるなら、投稿権限を制限せざるをえない。貴兄のように、力があって、やる気のある投稿者をなるべく大勢、包摂したいので、協力してほしい。

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kaz.
(2017-02-10)

花緒さん うーん、文極の感覚が抜けきらないようですね。そんなに丁寧に反論されたら、大人しくカードを受け取るしかないですよ。もう少し優しく書いてみます。どうもありがとう。

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kaz.
(2017-02-10)

よく読んだらジャパニーズホラーと言ったのは花緒さんでした。失礼しました。

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桐ヶ谷忍
(2017-02-10)

Ichigo Tsukamoto様 コメント頂きありがとうございます。 自己紹介の掲示板でも書きましたが、私は考えて書ける人間ではないので、何か意思をもって 和の持つ妖美さを感じるんですよね。 と仰って頂けるのは望外に嬉しく思います。 Ichigo様と私が似たような感性をお持ちとの事。 どういうものを書かれるのだろうと、早く読んでみたいと思っております。

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桐ヶ谷忍
(2017-02-10)

花緒様 コメント頂きありがとうございます。 事前に予告していた通り、某社のコンクールで入賞したものを持ってくるというセコイ真似をしてしまいました。 入賞はしたけど、賞状とメダルだけで、選者の選評はもらえませんでした。 だから他人様の目から見てこの詩のどこが良いのか分からなくて、今回このような形でお褒めの言葉を頂き、 嬉しく思っております。 コメント後半でご指摘頂いた通り、この詩には花緒様の疑問ももっともな事を書いておりません。 仰る通り、肝心な事を捨てました。必要ないからです。徹底的に「私」視点で話を進めるためには 余計な事と思ったからです。そこまで書いてしまったら小説かショートショートになってしまうので 敢えて読み手の方の想像力に助けてもらおうと思いました。 人の何倍か分からないけれど打たれ弱い私のトピックでの訓告をして頂いた事にも感謝いたします。

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桐ヶ谷忍
(2017-02-10)

天才詩人様 コメント頂きありがとうございます。 作者個人の世界との対峙が構築されていて興味を感じました。 言われてみれば、確かに思い当る節があります。 詩を書くという行為は、書き終えた後の自己分析を促す面が私にはあり、それだけ普段自分の思った事感じた事が 分からないのです。 だからご指摘頂いて初めて気が付きました。 また、人形の持つテーマも興味深く拝読させて頂きました。 どうもありがとうございます。

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桐ヶ谷忍
(2017-02-10)

もとこ様 コメント頂きありがとうございます。 私は他人様の詩をあまり読まないので、そうかこれ斬新なテーマじゃなかったんだ、ってちょっとしょんぼりしましたが それでも読むに堪えうる程度には書けていると認められたようで安堵しました。

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桐ヶ谷忍
(2017-02-10)

まりも様 コメント頂きありがとうございます。 音楽的な構成、などと評されたのは初めてですが嬉しかったです。 また、天才詩人様へのコメントとも少し被りますが、書いた後に自己分析した結果とまりも様が汲み取って頂けたところが 私と一致していて、喜びを隠せません。そう、そういうことを書きたかったんだな私は、って。 どうもありがとうございます。

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桐ヶ谷忍
(2017-02-10)

kaz.様 コメント頂きありがとうございます。 不運な事に、私は自分の感性がどうやったら磨かれるのか分かりません。 かといって他人様に聞いてもそれが自分に当てはまるとも思えないので、分からないままです。 ただ、芸術的な方より大衆的な感性を磨きたいと思っております。 面白くない。そういう感想を持たれる方がいてもなんとも思いません。 ちょうど他の方に話した内容そのままなんですけど、10人の読み手がいて10人とも諸手を挙げて、これは面白いなんて 異常ですし、あり得ない事ですから。 kaz.様が代表して「面白くない」と言って下さったのだと受け止めます。 ただ、表現力、これが私の悩みどころです。 仰る通り、私には詩的な表現力が決定的に欠けている自覚があります。 私たち詩人のことを指しているのかもしれない 基本的にどういう解釈で読まれようとOKなんですが、私は詩書きに向けた詩が大嫌いです。 これだけは譲れないので、すみません。 詩書き同士にしか分からない所で盛り上がっているさまを見ると気持ち悪いと思ってしまうのです。 どんだけ自分を特別な人間だと勘違いしてるのだろうと邪推してしまうのです。 ですから「詩人のことを指す」という事は、私の書く詩にはひとつもありませんし、これからもありません。 せっかくして頂いた解釈を否定してしまい、申し訳ありません。

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kaz.
(2017-02-10)

Umm...詩書き同士でしかわからないところで盛り上がっているとは、私は思いませんよ。本当に面白いのであれば、詩人という枠組みを超えて、幅広い世界で盛り上がると思います。私の言い方が悪かったようで申し訳ないです。

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桐ヶ谷忍
(2017-02-10)

kaz.様 すみません、私も考え不足だったようです。 「要するにYouは、私たち詩人のことを指しているのかもしれない。(略)そしてこの一節で「お前」はYouを誘致し。」というコメントが 詩書きが詩書きを誘致し、詩書き同士寄り集まって盛り上がっている様を仰られているのかと思ってしまいました。 確かに本当に面白ければ、仰る通り幅広く盛り上がれるでしょうね。 こちらの落ち度なのに謝らせてしまい、申し訳ありませんでした。

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三浦果実
(2017-02-11)

今回の投稿作品『弔い人形』は昔から桐ヶ谷忍作品に親しんできた読者の私からすると、衝撃度数は98%である。参考までに申し上げると(そもそも私のコメントなどウザがられてるかもしれないが笑)度数100%の作品を私は二つ知っている。というのも、桐ヶ谷忍さんのコアなところである「正気と狂気の境界に立つ者のみが知る生の実感」が『弔い人形』は2%マイナスなのだ。その「生の実感」とは、私流に言うと、桐ヶ谷忍さんが物語依存から脱却した時の「ゾーン」。そして、その「ゾーン」に入ることは稀なことで、残念ながら『弔い人形』は突入していない。おそらく、桐ヶ谷忍さん御自身もお気づきなのだと思う。未だ彼女には降りてきていないのだ。超越した時の彼女の新作が読みたい。心の底からそう思う。危険なことだけれども。

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双葉月ありあ
(2017-02-12)

この作品の本質がそこであるかどうかはともかくとして、人形に死化粧を施すシーン、美しいんだよなあ。読んでいてドキドキする。

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桐ヶ谷忍
(2017-02-12)

三浦果実様 お尋ねしたいのですが、その二作とはなにを指しているのでしょう。 ご返答を頂いてから、コメント返しをしたいと思います。

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三浦果実
(2017-02-12)

桐ヶ谷忍さん 『自殺未遂』と筆舌に尽くし難く、です。誤った回答をしてはならないと、念の為、確認したのですが、『自殺未遂』は確認出来ましたが、筆舌に尽くし難くは・・・現時点では未確認です。ごめんなさい、筆舌に尽くし難くは、もしかしたら、私の夢の中で読んだのであって現実には存在しない作品かもしれません。

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三浦果実
(2017-02-12)

付記:回答しました作品はなぜ超越していると云えるのか。言葉と文節のどこがどうということは、私自身も説明出来ないのですが、桐ヶ谷忍さんの情念が、はっきりと伝わって来た、そのようなことです。

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桐ヶ谷忍
(2017-02-12)

三浦果実様 ご返答頂きありがとうございます。「筆舌に尽くしがたく」とい詩もあります。 コメント返しは後ほどさせて頂きます。

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桐ヶ谷忍
(2017-02-12)

三浦果実様 改めて、コメント頂きありがとうございます。 また、古い作品を覚えていてくださってありがとうございます。 ただ、私の中では、三浦様が挙げて頂いた二作は自己評価の低いものだし、およそまともな精神状態で書いたものではないので そういうものと比べられ、求められてしまうのはキツイものがありますねぇ…。 ともかくも、この詩では情念がはっきりとは伝わらなかったという事で、精進します。

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桐ヶ谷忍
(2017-02-12)

双葉月ありあ様 コメント頂きありがとうございます。 全く思いもよらなかった箇所をお褒め頂き、こちらもドキドキしました。 細部に渡ってお読みいただきありがとうございます。

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まりも
(2017-02-13)

桐ヶ谷忍さんへ 雑談コーナーを読んで、気になったので来てみました。 「面白くない」と言われたら、確かにムッとしますよね。あんた一人のために書いてんじゃない、と言いたくなる。 なぜ、面白くないんですか、と、ストレートに聴く権利もある、と思います、作者には。でも、非建設的な、感情的な応酬になったら、いやだな・・・と、放置してしまうかもしれない(内心、ムッとしつつ。) でも、もし・・・展開が予想内に収まってしまう、そこが惜しい、もっと面白くできるはず・・・というコメントだったら、どうでしょう? 花緒さんの評の通り、とても完成度の高い作品だと思います。クラシック音楽でいう、コーダが、きちんと収まっている。安心して読める。でも、意外性というのか、予想外の展開を求める人にとっては、もの足りないかもしれない・・・。 語り手の「私」が、もう一人の「私」を、埋葬する、わけですが・・・もう一人の「私」は、最後まで「物」として、身代わりのままでいる。もう一人の「私」の感情を解放してあげることができたら・・・と、思いました。 かといって、人形に血が通っていたり、突然手をつかみに来たり・・・涙を流したりしたら、それこそ安っぽいホラーになってしまう。一年後に、この場所に来てみたら、不思議な花が咲いていて・・・とか、埋める時に人形がふっと重くなり、その瞬間、自分の中に刺さっていた棘が、すうっと溶けるような気がした、というような、事後の体感、内観があったり・・・人形たちが反乱を企てたり・・・というような、自由な展開があると、また、別の面白さが出るかもしれない、と思いました。埋めた時、なぜか懐かしい匂いがして、気持ちが安らいだ、とか・・・その場に木が芽吹いて、私にはわからない、でも、心地よい葉擦れの歌を歌っている、などなど(もちろん、これはあくまで提案であって、いや、バシッと決めたいのだ、そうした方が書き手の気持がしっくりくるのだ、ということであれば、一番、そのようにするのが良いのだと思います。) 人形(として、「私」のかたしろ、になっている物の声)が、何かの形で(人間の声、でなくても)聞こえて来ると、風がもっと通うのにな、と思いました。私は、感情の強度が足りない、といつも言われる方なので・・・桐ケ谷さんのように、感情をぶわっと溢れさせるような、そんな書き方ができる人、スゴイと思います。

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コーリャ
(2017-02-14)

生きる、ということは、死ねないということ。それは約束だ。約束だが、私は深い穴で眠りたい。だから人形を買う。人形はどれも姿形が違う。なるべく私に似ているものを選ぶ。似ているといっても、どこか似ているものであればいい。 人形は微笑んでいる。私も微笑む。人形に私の名前をつける。髪の毛はそっくりにカットする。死化粧をしてから、ハサミを持って何度も胸の辺りに突き刺す!何度も。何度も。 私は死ねないから、人形を殺す。箱に戻して、赤の絵の具をぶちまける。そして、謝る。かわいそうにと言って涙をながす。うらやましい。と涙をながす。そして深い穴をまた掘り、たくさんの同じものと同じように埋める。

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桐ヶ谷忍
(2017-02-17)

まりも様 2度もコメント頂きありがとうございます。 えーと…ムッとはしませんが(する場合もありますが)、困惑してしまいますねぇ。 それに今回に限って言えば、何もかも面白くないという趣旨のコメントを頂いたので それはもう相性が悪かったと諦めるより他にないと思いました。 とはいえ、もし今後反論したいコメントを頂くことがあったら、遠慮なくさせてもらうつもりです。 さて、まりもさんの、この詩に付加するアイディア、非常に面白かったです! なるほどそういう展開もあり得たか、と唸りました。 ご提案下さったアイディアを一つ一つ考えてみましたが、例えば一番面白いと思ったのは 「埋める時に人形がふっと重くなり…」なんですが、重くならないという結論しか出ませんでした。 なにしろ詩の中の「私」はまた明日も自分に似た人形を探しに行くでしょうから。 というか、ああこの女まだまだ同じこと繰り返すぞ、って読み取れるように書いたつもりなのですが そこが伝わらなかったのは私の明らかに力量不足です。 頂いたアイディアは面白いのに、私にはこれがもう完成型として終わってしまっているので 書き直しようがなくて、大変残念です。 ただ、もう一度、これで本当に完成として良かったのかとか、いちから書き直して別の作品になるかもとか 自問する機会を与えて頂いた事に深くお礼申し上げます。 ありがとうございました。

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桐ヶ谷忍
(2017-02-17)

Kolya様 コメント頂きありがとうございます。 要約して頂いて、これは自分でもする事なんですが、書き終えてから数日から数か月、あるいはそれ以上経って 読み返すと、たったそれだけのことを書くためにこれだけの文量を必要としたのか、と後になって落ち込むことが しばしばありますが、他人様からこうやって要約して頂いたものを拝読したのは初めてです。 私のモットーとして中学生でも読める詩を書きたい、というのがあるので、必然的に読み手の読解力を試すような 詩はあまり書いた事がないし、さほど書きたいとも思ってません。 Kolya様の要約は、実に簡潔で、しかも私が押さえてほしいところを、きっちり拾い上げてくださって 嬉しく思います。 ありがとうございました。

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百均
(2017-02-24)

こんにちは、百均です。 「人形」を見つめる眼差しが凄く切ないと思いました。人形と私の関係性がこの作品は的確な筆致で静かに描かれていて好きです。物であり人ではない「人形」と人でありながら少しずれている「私」の関係性を「外見」によって最初は繋げようとします。次に、名前を付ける事によって「人形」と「私」の関係を接近させようとする。でも、人形は物であるから、人である私にはなれないんですよね。 それは人形には生死を持ちようがないという事。それから心、感情も同じで、人形は私のように何かを思う事は出来ないという事。どれだけ外見が私に似ていたとしても人形は私になれないし、私は人形になれないという事。つまり「似ている」という所から「同じ」という所には立てないという事。 この作品では、人形は殺されないんです。ただはさみで刺されるだけ。感情を覚えるのは私だけなんです。人形は私に感情を向けてくれる事はありません。それは「似ている」という表現が持つ私と人形の間にある埋められない大きな溝があるからです。物は物だし、人は人なんです。そういう意味において、人形と私は友達になりようがないという事です。それは人形のように命を持たずにすんだり、感情を持たないようになりたくてもなれないという事。人間である以上それを捨てる事は出来ないという事です。 この作品といい意味で真逆の歌を最近見つけたのでそれを紹介して終わろうかなと思います。 amazarashi 「命にふさわしい」https://www.youtube.com/watch?v=HEf7p_7MjkM 人形には生き死にがありません。ならば、生死を、感情を、与えたら彼らは命を、生きるという事をどう捉えるのだろうか、という作品は結構出てくると思うんですよ。それは人間の持つ命の大切さを伝える為には、人の形を模した何かを通して伝えるが一番早いからだと思うんです。でもこの作品は、命や感情のない、人形に自分もなりたいという心(これが切ない)を描こうとしている。だから人間側から描いてるし、だからそこに必然性を感じるのかな、と僕は思ったので、なんだろうな、逆もいいなと思ったのです。

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桐ヶ谷忍
(2017-02-24)

百均様 まずは何日にもわたり悩ませ、このようなコメントを頂けた事に感謝します。 私の詩作品と、百均様のコメント作品、正直負けた…と思いました。 詩作品以上に深い考察をして下さり、有り難いやら恐れ多いやらなのに 悔しい気持ちもあります。 百均様の考察にあたうかどうか分かりませんが、改めて私も考えてみました。 私は記憶にある限り、誰からも人形を贈られた事がありません。 両親は子供の遊び道具に金を使うなんて無駄だとしか考えていなかったようで、人形は勿論、ぬいぐるみも、親元にいた時は手にした事がありません。 だからでしょうか。人形というものに憧れと、そしてそれは望んでも手に入らないという憎しみのような相克する感情があったのだと思います。 結婚した今も、未だに人形というものを手にしておりません。 いまさら人形を欲しがる歳でもないし。 何度か書いた事がありますが、私は考えて詩を書く事が出来ません。 日々言葉にならないものを蓄積していき、ある時突然、その言葉に出来なかったものが、情景や幾つかのキイワードとしての少しの言葉の連なりが降ってきます。 私がこの詩を書いた当時、狂人から、やっと少しマトモな思考が出来る程度に回復した時でした。 ある程度のマトモな思考の末は、死にたい、それだけでした。けれど死ねない。 たぶんその時、友達が一人もいなかった幼少期に切実に欲しかった「友達代わり」としての人形が、どういう経路を辿ったのか分かりませんが、「身代わり」にすり替わって、この詩が出来たのだと思います。 …どうも、自分で書いた詩なのに、やはり明瞭に分かりません。 「思う」と推察できる程度で、実際のところ、私は人形というものにどんな感情を抱いてこの詩になったのか不透明です。 「命にふさわしい」観ました。 私はホラーとかグロテスクなものが大の苦手で、目を逸らし逸らし観ましたが、歌詞とは裏腹に、MVの人形が破壊されるのを観て、すごく怖かったし、おぞましかったし、哀れを通り越してショックでした。 なのに、この詩に相通じるものがあるみたいで、己の残忍さを突き付けられたような気持ちになりました。 (それにしても素晴らしい歌詞ですね) ショックでしたが歌の紹介と、深い考察に、改めてお礼申し上げます。 ありがとうございました。

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右肩ヒサシ
(2017-02-24)

桐ヶ谷忍さん、こんにちは。 僕は他人というのはみんな自分の似姿の人形だと思っています。毎日毎日、自分以外の人たちが凄まじい数で亡くなっていきます。他人が死んで自分が生きている、ということが既に自分の身代わりのような気がします。無関心や鈍感というナイフで、僕らは日々刻々と誰かの「掛け替えのない死」を踏みにじり切り刻んでいるとも言えます。そして僕自身もいつかそういう他人の似姿となって、一方であまりにも重い自分の死を引き受けていくのですね。恐ろしいことだけれど、当たり前のことでもあり、僕たちは宗教とは別の次元で自分なりの祈りと謝罪を何処かに持っているはずです。 覚悟を決めて生き切る。そういう不条理をきちんと受け止めきれば、総ての人形が微笑みかけてくれるかも知れない。せめてそんな夢想をしてみます。

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クヮン・アイ・ユウ
(2017-02-24)

桐ヶ谷忍 様 はじめまして。私はクヮン・アイ・ユウと申します。作品を読ませていただきました。拙いコメントですが書かせていただければと思います。 本作からは、作中の「私」の自己嫌悪が読み取れました。「共通点」からも「薄っぺらな笑顔」という言葉からも、そして何より刺す行為から。 ある時期に、自分や誰かと不本意な約束を交わした。その時から、生きながら死んでいる自分で居るということにも気がついている。そしてその事実が、ますます嫌悪感を強めているのではないか、そう思われました。 では果たして、本作は「私」の絶望が描かれた詩なのだろうかと考えました。 最終的に、私はこう考えました。 そこかしこで眠っている人形たちに名前をつけるとしたら、「生きたい」ではないかと。 すみません。かなり自由に書かせていただきました。読ませていただき、ありがとうございました。

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桐ヶ谷忍
(2017-02-25)

Migikata様 コメント頂きありがとうございます。 頂いたコメントと少しずれるかもしれませんが、昔、自分以外の人間は本当に「生きて」いるのだろうかという恐怖を詩に書いた事があります。 例えば長い間、悪意を向けられる対象として生きてきた事や、例えば新宿の雑踏を歩いていても誰ともぶつからずスッと通り過ぎていく人々、 彼らは私を「消す」為にプログラムされたヒトガタ、彼らは本当に私と同じ人間なのかと、病気がひどい時に病的な妄想をしました。 「生きて」いる人間が本当に生きているのか怯えていた経験があります。 逆説のようですが、死んだ人間にこそ私は「生」を強く感じました。死んだのだから「生きて」いたのだろう、と。 生きている人間には感じられない命の重みが、死んだ事によって感じられる。 私は時々、鬱状態になるとテレビが見られなくなります。ニュースが伝える人の死が恐ろしくて泣き出してしまうからです。 なのに自分の死については全く重みが感じられません。ただ、私には感じられないけれど、私の死の重みを懇々と諭してくれる伴侶がいます。 自分に限って言えば死は解放だと思っていますが、伴侶の命がある限りは生きていよう、と思っています。 Migikataさんの仰る「覚悟を決めて生き切る」は私には大変な苦痛ですが、仰られている意味とは真逆の意味で覚悟を決めています。 申し訳ありません、嚙み合わないレスをしてしまいまして。 Migikataさんのコメントが非常に面白くて、いらぬ話をしてしまいました。そしてそのように考えて生きられる人間になれたらと願いました。 どうもありがとうございました。

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桐ヶ谷忍
(2017-02-25)

クヮン・アイ・ユウ様 コメント頂きありがとうございます。 仰る通りです。うんうん頷きながら拝読させて頂きました。 この詩から深く丁寧に掬い取ってくれて嬉しく思いました。 ただ、そうですね、 「そこかしこで眠っている人形たちに名前をつけるとしたら、「生きたい」ではないかと。」 Migikata様へのレスと被ってしまうのですが、敢えて言うなら「生きたい」というより「生きなければならない」かなあ、と思ったのですが でも今一度考え込んでいたのですが、いや、やはり「生きたい」なのか? と。 すくなくとも、この詩の話者は「生きるために」人形を身代わりにしているのですから、やはり「生きたい」という事なのではないのかと 考え直しました。 示唆に富んだコメントありがとうございました。

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なかたつ
(2017-03-12)

 人形に感情はありません。だから、「わずかな共通点でも、あれば良い」「私に似た人形を探す」を探す作業は私の見た目を元に探すしかないのです。それでも、この私は「私と同じように髪の毛を切りそろえ」て、人形をより私へと近付ける作業をします。そこまでして、私に似せる必要性はどこにあるのでしょうか、そんな疑問が湧きます。  そして、もう一つ湧き立つ疑問として、どうして私は人形をめった刺しにして、私自身を傷つけることができないのでしょうか。それは、「死にはしないと約束してしまったの/私と、あの人に約束してしまったの」という約束があるからです。それがどんな約束であるのか、あの人は一体誰であるのか、それは私のみ知るものですが、ただわかるのは、その約束が私にとって到底破りえない約束であり、無残な姿になった人形を見て「なんと、うらやましい」と抱く感情から、その約束に対して後悔していることがわかります。  最後の連は、果たして誰の声によるものでしょうか。私でしょうか、それとも、人形が私に対して語りかけているのでしょうか。「お前に似た、同じ名の人形が」というのは、私が人形に対して語りかけているだけでなく、人形が私にかけて語りかけても成立するものです。だからこそ、この作品に対して「ホラー」という批評が成り立つのではないでしょうか。  同じような人形を何度も買って、何度も繰り返されるこの作業は、私の「約束に対する後悔」という無意識的な感情がそう動かしているわけですが、それでも、私を傷つけずに人形に執着するあたりが、私の冷静さというものが垣間見えるように思えます。そう思うと、勝手に位置付けたものではありますが、「約束に対する後悔」が昇華され、そこに目的はなく、「人形を傷つけること」そのものが私にとっての目的化(惰性化、習慣化された行為)されているようにも思えます。私は私を傷つけることができず、いくら人形を私に近づけようとも人形を傷つけることしかできない。約束を破ってしまいたいなら、人形を私に近づけるのではなく、私が少しでも人形に近づくことによって、ようやく私は私でなくなり、私が人形になることによって、この私が繰り返される行為から脱却できるのだと思います。

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桐ヶ谷忍
(2017-03-12)

なかたつ様 コメント頂きありがとうございます。 すみません、私は自作を解説する事が不得手に加えて、一定の年齢の人が読めば誰でも簡単に読める詩を書く、というのをモットーにしている為 こんなに細かく解析して下さって、嬉しさと同時に驚きがありました。 なるほど、そんな読み方も出来るんだって。 ちょっと考え込んでみたのですが、私には自傷行為を繰り返していた時期がありました。 でもそれを泣きつかれて禁止されてしまいました。次にまた自傷行為をしたらどうするかという、私には受け入れ難い半ば脅し付きでの禁止でした。 自分に向けてはいけない行為の代替品として私は薬をたっぷり服用していましたが、この詩の語り手はどうなのかな。 なかたつ様の仰る通り、語り手が人形のように心をなくすかもしれないし、或いは時間が経てば人形を代替品にしなくても良い日が来るかもしれないし。 すみません、本当に解説が出来なくて…。 でもとても驚きに満ちた面白い解釈をして頂けた事に感謝します。 ありがとうございました。

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