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風のつよい日に   

作成日時 2018-01-02
コメント日時 2018-02-07

いつもかぶっていた帽子が つよい風で飛ばされてしまったんだ たったそれだけのことだけど とても小さなことだけど 喪失感におそわれて 捜しても見つからなくて こんなにつよい風なんだから 仕方ないと 諦めて 失ったものはきっと もう必要ないものなんだと 自分自身に言い聞かせ また歩き出して 思い返せば いつもこうだったな 失って 諦めて また歩いて だから なくしたと思っていた帽子が すぐそばに落ちていたと知り また手にしたときは とてもうれしくて もう失いたくない 大切にしようと つよく想うよ たったそれだけのことだけど とても小さなことだけど


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コメント数(15)
アラメルモ (2018-01-03):

修飾に用いて意味を強調する副詞とか接続詞。これも考えて用いないと文章を緩めてしまうきらいがありますね。 ちょっと推敲されることでずいぶん佳くなると思いますよ。

沙一 (2018-01-03):

アラメルモ様へ 書いた当初から、文章の力の入ってなさに、これでいいのかという気持ちがありました。 その原因について指摘してくださり、ありがとうございます。

まあ (2018-01-03):

無くしたと思っていたものが見つかった時ってすごく嬉しいですね。 探せばあるかも、という小さな希望さえ消えさり、完璧に「無くした」気分でいる時に見つかる帽子ほど、有難いと感じるものはないなと思いました。 感想だけですみません。

沙一 (2018-01-03):

奇偶様 はじめまして。 ありのままのご感想をいただき、うれしく思います。 ありがとうございます。

沙一 (2018-01-04):

右肩ヒサシ様へ ツイートを拝見致しました。 返詩を書いて頂き、誠にありがとうございます。

沼尾奎介 (2018-01-06):

「失ったもの」が何なのか、自分が失った大切なものは何なのか。 詩を読んで、作者の心中より自分の心中を考えました。曖昧に書かれているから、自分の事に置き換えて、捉えられるのだと思います。 それと、タイトルいいですね。読みたくなるタイトルです。

沙一 (2018-01-06):

奎介様 はじめまして。 ご自身に置き換えて読んでくださり、とてもうれしく思います。 題名も気に入ってくださり、ありがとうございます。

緑川七十七 (2018-01-10):

自分と帽子以外の映像は提出されず、つよい風が二者を弄んでいく。 シンプルな作りゆえに、読み手の心境を省みさせる詩だと感じました。失ってしまった、「たったそれだけのこと」を、また大切にしていくこと。私にとっての帽子は何だろうと考えてしまいました。

沙一 (2018-01-10):

緑川七十七様 はじめまして。 自分は複雑な詩を書くのがあまり得意ではなくて、シンプルな詩を書くことが多いです。 失くしてこそ気づく、大切な気持ちがありますね。 あたりまえのように感じてしまっているものへの感謝を、忘れずにいたいですね。 コメントありがとうございました。

百均@B-REVIEW ON/ (2018-02-07):

シンプルな作だと思いますが、しかしであるが故に読んでいて、読みやすかったです。正直に言ってしまうと心地よかった。 人間の感覚を拡張する道具としての代表例として眼鏡とかあると思うんですけど、そういうものって付け始めた時は興奮すると思うんですけど、であるが故に、使い慣れてくるとそういう物を付けている感覚が薄れてきます。それが体の一部として無意識の内に取り込まれていくので、だからこそそ、眼鏡がなくなると困る訳だし、それだけで話は成立するのだと思います。 本作では帽子が選択されています。今回は帽子なので、帽子を被るのは外ですよね。だからこの詩の主体は外に出ていて帽子を被っている。そして帽子だから風によって飛ばされます。それは当たり前なのですが、帽子が外れる瞬間、それが風で飛ばされる瞬間ってもの凄く怖いよなと思います。 帽子というのは自分を守ってくれる物ですよね。例えば暑い日差からとか。守ってくれる事によってそれによって守られる自分が居るわけですが、それらが意図しない形で風に飛ばされてしまうことによって、詩の語り手は「喪失」感を抱きます。その帽子は案外近くの所に落ちていたというラッキーがあるわけですけれども、詩の語り手はそれまでの自分の人生を風に飛ばされた帽子に見るわけですね。些細な喪失感のイメージの集積が、帽子を飛ばされそれを無くしてしまっている今の自分が契機となって心の中にあふれ出してくる。だから、そういう物の喪失のイメージを癒す為のきっかえとして帽子を見つけるという成功のプロセスが必要になる。だから、どんなに些細な事であっても語り手が帽子を見つけた事は大事な事だったのだと僕は思いました。

沙一 (2018-02-07):

百均様へ コメントをありがとうございます。 喪失だけを表現することも考えましたが、それでは救われないだろうと思いました。 実際に風で帽子が飛ばされたときに着想を得て、ありのままを詩にしました。

藤 一紀 (2018-02-07):

拝読。 ささいなことですが、時制が一致していないような気がして戸惑いました。 《また手にしたときは》なら《つよく想った》ではないでしょうか。あるいは《つよく想う》なら《手にするたびに》という具合では。 改行に歩くペースではなく、思考のペースの変化を感じました。

ユーカラ(でこちん) (2018-02-07):

失ったものはきっと もう必要ないものなんだと 自分に言い聞かせ と、この部分がすごくわかる気がしました。 そうでも思わないと やってられないほど、諦めつかない大事なものであったことが分かります。“帽子“に象徴されるそのものが、頭=心、の気がしてなりませんでした。単純なようで、深い思いの綴られた作品だと思いました。

仲程 (2018-02-07):

先の方々のレスとかぶるかもしれませんが、文が若さとか、素朴さというか練り上げてもっといいものになるとは思いますが、この雰囲気もありなのかなぁ とかも感じます。 時制も、そろえなきゃいけない場合と、そうでないものもあるような気がします。この詩の場合はどうでしょう。 (関係ありませんが、ちょっと昔に「よろしかったでしょうか?」が、問題だってやってましたね。) で、読後の印象ですが、蛾兆ボルカさんの「黄色くて丸いパン」(でしたっけ)の余韻と共通するものがあるなぁ と感じました。 個人的な感想なので失礼ありましたらどちらさまもご容赦お願いします。

沙一 (2018-02-07):

藤一紀様へ 思考のペースの変化を感じとっていただき、ありがとうございます。 ユーカラ(でこちん)様へ きっかけは些細なことでしたが、込み上げてくる想いがあり、詩になりました。 共感していただけて、うれしく思います。 ありがとうございます。 仲程様へ ありのままに綴ったので、素朴さはあると思います。 それがよいかどうかは、読み手によるかもしれません。 コメントをありがとうございます。

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