小林素顔

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宣伝垢 https://t.co/OZZFXFd1tp


揉む

2019-04-04

同衾

2019-03-04

夜行

2019-03-02

捨身飼虎

2019-02-10

名前 *

2018-12-01

嗚咽 *

2018-11-22

魔法 *

2018-11-22

なゆた創さま コメントありがとうございます。 >作品全体を通して、世界を素手で捉え直すための丁寧な手つきが見えて、こういう系統の作品としてはよいと思います。 お褒めいただき光栄です。 >素手で世界を捉え直す手つきは、「誰もがはっとする感覚」を提示していて、おそらく小林さんが志向するこの詩のテーマを最も直接的に実現した言葉のふるまい方だと思います。 おっしゃるように、「事物を手でとらえる、触ることの新鮮さ」ということにこだわってみた作品なので、その点をくみ取っていただけたことはありがたいです。 >徐々に観念的な叙述が顔を覗かせ、一連で見せた鮮やかさからは一段曇りのある感じがします。 すこし一連以降の気配りが足りませんでしたかね。精進します。 >下ネタでウケを取りつつお茶を濁すオチは、おそらく小林さんが目指す大衆志向としては間違っていないものの、やはりテーマから考えると精彩を欠く印象があります。 下ネタのつもりはなかったのですが、そう取られてしまうような作品としての雑さがあったのかもしれません。注意します。 改めて、講評ありがとうございます。 (揉む)

2019-04-17

帆場蔵人さま コメントありがとうございます。 >小林さんは日常と日常から離れたものをうまく作品内で混ざり合わせますね。いつだったかは宇宙人が出てきたし。 ありがとうございます。ただ実際は、勘と手癖で書いているので、上手くいっているかどうかについては、皆さんに読んでもらってから、あ、そうなんだなあ、と思うことが多々あります。 >給湯器の誰にも聞かれない呟き、が入っているところなどが素晴らしいと思いました。 独りで風呂を沸かすのは寂しいものです。湯沸かし器に呼ばれて湯を止める孤独を誰かに癒してもらいたくてこの詩を書いたようなものです。いっそ湯沸かし器に嫉妬されるように、誰かと同衾しながら風呂が沸くのを待ってみたいものです。 改めて、講評ありがとうございます。 (Diamond dust almighty all night)

2019-04-14

鈴木歯車さま コメントありがとうございます。 >なんでもない部屋から何もない夜空へと、グッとズームアウトしていく光景が浮かんできました。 >全体をざっと読みましたが、印象としては、個人生活と、生活とかけ離れた「宇宙」が、違和感なく混じり合っています。 本作からそれだけのイメージを掬い取っていただけて、嬉しいです。飛躍感は詩の醍醐味ですから、そこを味わっていただけたのだとしたら光栄です。 >ただ、英語のタイトルがとっつきにくいと思いました。すこし気取っているような気がしました。stereotype2085氏がおっしゃった通り、「体温」とかの、日本語の題の方が、ぼくはしっくりきます。 ひょっとすると、詩の本文だけを抽出して、タイトルは変更したほうがよかったのかもしれませんね。実際、ネットミームをローマ字化して、気取った感じを演出したかったのですが、それが逆効果だったのかもしれません。 改めて、講評ありがとうございます。 (Diamond dust almighty all night)

2019-04-14

stereotype2085さま コメントありがとうございます。 >何だろう。目立つ。新鮮さが、ぱっと見の鮮やかさが。ビーレビのサイト改変に伴い、詩の冒頭部分しかまずは表示されないようになって、見た目とか可読性、とっつきやすさが重要になってきたと思いますが、その課題を今作はクリアしていると思います。少なくともページを開こうと思った。 ビーレビがサムネイル表示されるようになってからの読者へのアピールは気にしながら書いているので、そこが狙い通りになっているのは嬉しいです。 >ただ一つ失敗だったのでは? と思ったのはタイトル。下手に意味をくみ取りづらい横文字を並べない方がいい、というのが僕の個人的な考えです。 このタイトルなのですが、じつは、Twitterのコピペ改変botでネタにされているネットミームから着想を得たものなのです。 https://twitter.com/search?f=tweets&q=%E6%98%94%E3%81%AE%E3%83%9D%E3%82%A8%E3%83%A0%E3%81%8C%E5%87%BA%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%9F&src=typd たしかに意味をくみ取りづらい横文字をタイトルに並べるのには抵抗はありましたが、この作品を「ポエム」として書くにあたって、このネットミームはタイトルにするべきなのではないかと思い、採用しました。 改めて、講評ありがとうございます。 (Diamond dust almighty all night)

2019-04-13

ふじりゅうさま コメントありがとうございます。 精密に読み解いていただいて恐縮です。私の解説したいことをほぼふじりゅうさんに書いて頂けたので、有難い限りです。ただこの作品を書いた本人、そこまで意図的ではなく、半分勘で書いてます。ですが、もう半分は、やはり、推敲を重ねて書いた、伝えたい思いにあふれた詩でありますので、気に入っていただけたようで幸いです。 改めて、講評ありがとうございます。 (揉む)

2019-04-11

小寄道さま コメントありがとうございます。 >乳房が出てこなければいいな、と思っていたら案の定・・。 >欲望を昇華しなければ、詩の女神は降りない、と私は思っています。 そうなんです、案の定なんです。乳房に関する連は凡庸な欲望について書いた連なので、昇華してはいないのです。そのかわり、詩の女神は降りてこなかったのかもしれません。 >「ぐたひ」とは何か、それを暗示するあるいは示唆する詩行があってもいいのでは。私には意味が通じなかったし、言葉は万人に開かれているものだと思います。 「ぐたひ」について示唆しなかったのは、「万人それぞれに『ぐたひ』は異なるものだ」という形での万人に対する語の開放です。 改めて、講評ありがとうございます。 (揉む)

2019-04-11

拝読いたしました。 すでにコメントされている方が、 >カナル型イヤホンが耳に入らない のリフレインを指摘されていることに関して、私なりの考えを書かせてください。 私は、ここまでリフレインをしつこくやることが、リフレインを通り越してゲシュタルト崩壊を思い起こさせ、一種の無力感を醸し出す効果の一助になっているのではないかと、勝手ながらに読み取ってしまいました。 そう考えてこの詩を読むと、その無力感が各連の詩句に呼応して、詩の中で訴えている「『君』への気持ちの無力感」のようなものをより強力にドライブさせているのではないかとさえ思ったのです。 つまり、リフレインもここまでやればきっちりとした詩情の効果になっているのではないか、ということを、作者の柿原さんはじめ、ほかの読者の皆さんにもお伝えしたく思ったのです。 (カナル型イヤホンが耳に入らない)

2019-04-09

花緒さま コメントありがとうございます。 B-REVIEWがサムネイル表示になったことを受けて、冒頭で読者の興味を引く表現には注力しました。そのせいか、おっしゃるような作品の冗長さへの注意力は、少し欠けていたのかもしれません。「ぐたひ」ですが、正直これも悩みました。「『ぐたひ』って何ですか?」という質問が来ることを恐れるあまり、つい説明を書いてしまいました。読者を信頼していないことの表れかもしれません。 改めて、講評ありがとうございます。 (揉む)

2019-04-09

拝読いたしました。 この詩を、私は、スマートフォンの縦画面、PCの横画面、そしてスマートフォンの横画面という順番で鑑賞しました。 最初、スマートフォン縦画面では「美術作品を題材にした詩」という先入観で読み、いまいち印象をつかみきれなかったのですが、PC横画面で鑑賞すると、この詩は「詩人が美術作品から受けた視覚的印象をそのまま読者の感覚に再現しようとする詩」としての意図があるのではないかと感じられました。そうして改めてスマートフォン横画面で鑑賞すると、「画像と文章の往復による鑑賞」が、かなり詩の解読に重要なのではないかと、勝手ながら感じました。恥ずかしながらそのとき初めて、この詩が「視覚詩」であることを再認識させられました。とても興味深い詩の体験をさせていただきました。 ただ一つ気になったのは、私の体験がほかの方にも共通するのであれば、この詩は「画面のサイズに印象を左右される詩」なのではないかと思ったところです。その点は詩人がすでに想定していたものなのか、よろしければ伺いたいです。 (PIPI粘膜 ~林千歩《人工的な恋人と本当の愛―Artificial Lover & True Love―》から~)

2019-04-06

taishi ohiraさま コメントありがとうございます。 今回、このタイトルの詩作では避けられないモチーフだと思って、陳腐かもしれないと思いつつあえて「乳房」も採り上げました。 改めて、講評ありがとうございます。 (揉む)

2019-04-05

南雲安晴さま コメントありがとうございます。しっかりした日本語と構成、と言われると、書いた本人のしっかりして無さに思い至り、正直照れます。お褒めいただいた想像力ですが、今回の詩作は、生活における実感よりも想像力を優先したのは確かです。その思考実験の中で抱いた疑問を素直に書いたことが、良い効果として表れているのかなと思います。 改めて、講評ありがとうございます。 (揉む)

2019-04-05

拝読いたしました。 「ふ」を「ふいに」「ふしぎ」「ふかしぎ」「ふあん」で視覚的に構成する手法には脱帽いたします。これによって「ふ」という文字が意味と触覚と質量を併せ持ってこちらに伝わってくるような印象を受けました。その「物理的に受け取った感覚をもって」から読んでいく、その続きの詩の印象は、前述の「ふ」があるのとないのとでは全く異なり、点在する「そ」までもが触覚のある言葉として受け取られるような感覚で伝わってきます。「キスして」「朝の剥ける音」「空のかさぶた」という語が指し示すような、「触覚」「触り心地」にこだわった詩なのだろうと私は感じました。 (朝が来ない日はない)

2019-04-03

拝読いたしました。 好きです、こういう詩。的確に「慎重さ」の「滑稽さ」を切り取って、最低限の言葉に凝縮している。その凝縮の中で「たんです」という音韻の冗長性で言葉の当たりを柔らかくしているのが素敵だなと思いました。 (笑い話)

2019-04-03

この作品、少し視覚詩の要素も見えるような気がしました。「くるくる」「まわり」「くすくす」などの単語が、行末にきたあと、次の行頭で繰り返される様子は、字数をそろえて連を構成した横書きの詩において、詩作品自体の図像的回転の残像を思わせる物だと感じました。その視覚的回転が「風見鶏」のイメージと直接リンクして、「すくすく/育って」の部分の健康的な朗らかさを強調しているように感ぜられました。好きな作品です。 (風見鶏)

2019-03-09

帆場蔵人さま コメントありがとうございます。帆場さんの講評を受け、自分で読み返して思ったのですが、「宇宙人」と「貴方」の距離感が、詩の主体からほぼ同じか、「貴方」のほうが遠いのですよね。その距離感の差異を違和感なく描けて、それが詩情の醸成に結び付いたのだとしたら、ある種のありがたい偶然だったのかもしれません。 改めて、講評いただきまして、ありがとうございます。 (同衾)

2019-03-09

鈴木歯車さま コメントありがとうございます。やはり「夜行」にはぎこちなさがつきまとっているようですね。それに比較すると「同衾」は肩の力を抜いて自然に書いたことで、うまくいったということなのでしょう。「同衾」では、とくにスケール感を意識したわけではないのですが、「ケーキを食べてるときに宇宙人が来たらどうしよう」と思ったことを素直に書いたことが、結果的に良い詩情を醸し出したのかもしれません。 改めて、講評いただきまして、ありがとうございます。 (同衾)

2019-03-08

stereotype2085さま コメントありがとうございます。stereotype2085さんに、この作品に関して、これだけ言葉を尽くしていただけるのは本当に光栄です。たしかにこの作品は「夜行」と比べると、体から自然に出てきたもので書けたという気がします。言葉の組み合わせだけで書いてしまった部分もありますが、それでも、評価していただけたのはとてもうれしいです。 改めて、講評いただきまして、ありがとうございます。 (同衾)

2019-03-07

stereotype2085さま 返答ありがとうございます。 私にこの作品に対する読解力がなかったのは認めざるを得ないのでしょう。 しかし、私の読解力とポストポエム論は別にして考えていただけないでしょうか。ポストポエム論は表現の幅を狭めることを詩人に求めているわけではありません。その辺りの議論が交わせるとしたら、このコメント欄ではなくTwitterでお願いしたく存じます。 (別れの流星群)

2019-03-06

コメントありがとうございます。 確かにおっしゃる通り、この詩でも固有名詞を使っておりました。そして、みうらさんの作品のように、固有名詞を知らない人のイメージを膨らませるような、固有名詞の効果的な使い方が出来ていないのかもしれないと、改めて読んでみて思いました。自分の作品での固有名詞の使い方が「理解できる人に伝わればいい」という、非常に内向きなものになっている気がしました。固有名詞のイメージに胡坐をかいていたのは私のほうだったのかもしれません。 大変勉強になりました。ありがとうございます。 (夜行)

2019-03-04

拝読いたしました。 この作品は、タイトルの「Saul Leiter」を知っているか否かで印象が全く変わってくると感じました。私は「Saul Leiter」を知っていましたので、この作品のイメージが、まさに「Saul Leiter」そのものだと感じ取ることができましたが、「Saul Leiter」を知らない読み手が読んだときに、果たして同じ印象を抱くかどうか、私には分かりません。「Saul Leiter」を知らない場合に、この断片的なイメージを読み手が接続できるかどうかという点で、少し私は疑問を感じました。ただ、この断片的な感じさえも「Saul Leiter」であることはとても理解できるので、私個人としてはこの詩の断片的な感じの「効果」は「Saul Leiter」にマッチしていると感じます。普遍的かどうかと言われると判りませんが、私はとても好きな詩です。 (Saul Leiter)

2019-03-03

拝読いたしました。 渡辺八畳@祝儀敷さんがコメント欄でも指摘されていますが、この詩において「フレンチトースト」はかなり取り扱いの難しい単語だと感じました。私個人としては、二回出てくるのは、少し違和感があると感じました。二回出てくるにしても詩人の作意が強くないような感覚を読み取ってしまいました。一回に絞るか、もしくは複数回繰り返して「フレンチトースト」でリズムを刻んでしまうか、どちらかに振ったほうが詩としての面白みが出るのではないかと感じました。 (生死の循環)

2019-03-02

拝読いたしました。 優しい詩だと思いました。ですが、あまりに読み手の読解力を信頼しすぎた詩になってはいないでしょうか。この詩は読み手がそれぞれのイメージをあてはめられる器の大きな詩だとは思いますが、詩人が伝えたいイメージというものが弱いように感じました。私のほうに読解力がなかったと言われてしまえばそれまでですが、stereotype2085さんがコメント欄でおっしゃっているような、「別れの瞬間の気持ち良さ、健やかさ」を読み手に与える方法としては、あえてそういう手法をとっているとしても、ピントがぼやけすぎていて像が浮かんでこないような感覚に陥りました。もう少し、具体的に事物にフォーカスしても、読み手が普遍的なイメージをその詩に読み取ることができれば、「別れの瞬間の気持ち良さ、健やかさ」をより強く伝達できる詩になるのではないかと感じました。 (別れの流星群)

2019-03-02

鈴木歯車さま コメントありがとうございます。 鈴木さんはひょっとすると首都圏のお住まいではないのでしょうか? だとすると確かに第5連はぎょっとするかもしれません。でも私が考えるに、「死に対して希薄かつドライな見方」というよりも、首都圏の電車の利用者も、いつ自分が人身事故の側になるのか分からないので、ただ目を背けているだけなのだと思います。 最終連と第4連は確かに地続きですが、「戦時中の風潮」と、言い切ることができるかどうか、ぜひ、考えていただきたいのです。 講評ありがとうございます。 (捨身飼虎)

2019-02-12

stereotype2085さま コメントありがとうございます。 この拙作における「乱交パーティー」「ケシ」は自分の肉体性とは絡んでないのですが、「扱おうとしている素材の巨大さ」というのは的を射ていると思います。事実、自分の内的世界で巨大に膨れ上がる情動を、詩作品に落とし込もうと今回悩んだのですが、まだまだ自分の手癖では表現できていない部分があると、痛感しております。もっと崩してもいいかもしれませんね。つい「あてはめてしまいたくなる」ものですから、それが今回、詩情を殺いだのかもしれません。それでも、この世界観を評価していただけたのは幸いです。 講評ありがとうございます。 (捨身飼虎)

2019-02-11

拝読いたしました。 私は俳句は不勉強なのですが、「頭から毛布をかぶる小夜時雨」「春めきて水彩絵具匂ひたる」などの句は、情景が目に浮かぶようで好きだなと思いました。 拙文失礼いたしました。 (唯識デカダンス)

2019-02-10

沙一さま コメントありがとうございます。 バンクシーもそろそろキャラクターとして手垢のついた一般性を持ち始めたかなと思ったのですが、まだまだ私の作品では太刀打ちできないようですね。 今回の作品では現代的-古風の軸で言葉を対立させることは意識しなかったのですが、選んだ言葉が意外なコントラストになったようで、良かったです。一方で、自分の詩を支配下にコントロールすることができていないのは反省点かもしれません。風刺的な意識も全くなく、ただただ自己の内的世界のモチーフで詩的飛躍を描こうと思ったのです。ただ、なんらか沙一さんの心に残るものがあったのなら、嬉しいです。 講評ありがとうございます。 (捨身飼虎)

2019-02-10

帆場蔵人さま コメントありがとうございます。 結局のところ、私は酷評という舞台に立つ覚悟なくこの詩に酷評OKを付記してしまったのだと思います。であるからこそ、私はこの詩に関して、「自信のない作品で統合失調症を扱う」という認識の甘さを露呈してしまったことに、深く反省すべきなのだと思います。皆様がご指摘していることからも、作品の仕上がりが物足りないというのは、共通認識というよりもすでに、客観的事実として受け止めるべきでしょう。そのような駄作が、統合失調症という深刻な疾病を取り扱うことこそが、すでにこの疾病を愚弄する行為であり、患者やその家族・関係者の皆様に失礼極まりない行為であることを自覚しなければならないのでしょう。そのうえで、「酷評の舞台に立つ覚悟のなかった作者」が、作品に対して説明責任を果たせない状態でいる状況は、愚かの極みであることを、私は自覚しなければなりません。 (ビューティフルマインド *)

2018-12-18

maruさま コメントありがとうございます。 結果的に統合失調症患者の皆さまへの裏切りになってしまうかもしれませんが、私は、患者の皆さまの寛解を願う立場を取らせていただくことにいたしました。その寛解には医師の協力は欠かせないものだと私は考えます。この詩作品に関しては、その視点が抜けていたことによって、逆に患者の皆さまの症状を深刻化させる表現になっていた可能性があると言えるのでしょう。 私の統合失調症患者の皆さまに対するシンパシーは、患者の皆さまの寛解に反するものだと考えて、この度、謝罪させて頂きました。 渡辺八畳@祝儀敷さま コメントありがとうございます。 確かに、一連目の症状とその他の連の症状はあまりに差があり、詩作品としても統一感のないものになったことは否めません。作品が質として低かった事実は真摯に受け止めます。 (ビューティフルマインド *)

2018-12-18

渡辺八畳@祝儀敷さま コメントありがとうございます。 私も当初は詩論を戦わせることを考えていましたが、この酷評の方のおっしゃっているような「人間性」の部分への批判に対して、いくら論を組み立てようとしても、それがすべて「人としての正義からの逃げ」になってしまうことに気づいたのです。無論、「人としての正義」に対しての疑義を唱える詩であれば、そこに踏み入った議論をすることができるのでしょうが、私はこの詩に対して、そこまでの思慮を持たずに書いていたのです。つまり、その程度の覚悟で、その程度の詩を書いていたということを、認めざるをえず、そういう不真面目な態度で書いた詩でこのB-REVIEWの作品投稿掲示板を汚していたことになります。 私は詩というものを、もっと気軽に書いて良いものだと考えていましたが、題材が題材だったので、傷つく人のことまで考えておらず、ただ、自分の狂気の作品化として、軽率に書いてしまったのです。 謝罪に対してもご批判はあるとは考えていましたが、自分はこの作品に対する人間性への批判に対しては、謝罪をするしかないと考えました。 (ビューティフルマインド *)

2018-12-18

酷評を頂きましたので回答させていただきます。 まず初めに、私が統合失調症という重いテーマを自信のない詩かつ駄作でB-REVIEWに公表したことを、統合失調症の治療中の方々およびそのご家族や関係者の方々に深くお詫び申し上げます。私は、統合失調症という病気に対しての理解を深めずにこの詩を公表したことを認めざるを得ません。そのことにより、ご病気の方々が社会から大きな誤解を招く可能性を考慮しておりませんでした。同時に、自信のない詩作品の中に病気のテーマを入れ込むという無責任な態度をとってしまいました。また、統合失調症的な作風というものが批判されているという詩壇の潮流というものに対しても、無学であったことを、ここに認め、改めてお詫び申し上げます。 大変申し訳ございませんでした。 (ビューティフルマインド *)

2018-12-18

IHクッキングヒーター(2.5kW)さま コメントありがとうございます。 おっしゃる通り、統合失調症患者をテーマにした詩です。 (ビューティフルマインド *)

2018-12-16

stereotype2085さま コメントありがとうございます。 「気持ち良く一気に読めた」とのことで、そこに救いを得たような気持ちです。ご指摘の「込み入った悲しみ」こそが、この作品の課題だと思います。この「悲しみ」が、中途半端な多面性を抱えていたため、読者の皆さんの評価が分かれたのだろうと思っています。一つの明確なメッセージを伝えられなかったのは、今回この作品においては失敗だったのかもしれないと思いつつあります。もちろん、様々な解釈が可能な作品があるのも知っていますが、今回のこの「嗚咽」に関しては、明確な伝達意図がありながら、その意図がすべての人には伝わらなかったと、振り返って考えています。 ですが、stereotype2085さんに評価いただいたこと、改めて感謝いたします。 講評ありがとうございます。 (嗚咽 *)

2018-12-13

つきみさま コメントありがとうございます。 私も、詩を書くにあたって、読者がどう理解するかということへの配慮が欠けていたのかもしれません。改めて気を付けて詩作をおこなっていこうと思います。 (嗚咽 *)

2018-12-13

るるりらさま 承知いたしました。 こちらこそ、誤解して申し訳ありませんでした。 どうか、お気になさらず。 (嗚咽 *)

2018-12-13

お世話になっております。 すでに投稿している拙作「嗚咽」「魔法」「名前」「ビューティフルマインド」の酷評OKをここに表明します。 よろしくお願いいたします。 (【実験企画】酷評OK箱の設置 )

2018-12-13

みうらさま コメントありがとうございます。 説明をさせてください。小林素顔がみうらさまのコメントから読み取る限りでしかないのですが、みうらさまは小林素顔のこの詩において、以下の三点の誤解をしておられるようです。 1.みうらさまの考える「あれ」と、小林素顔の考える「あれ」が同じものだと考えている点 2,この詩の作風が「ライトな文体」だとして、その「ライトな文体」が「あれ」を貶めていると考えている点 3,「あれ」が崇高なものだと考えている点 小林素顔がこの詩の中において、「あれ」として指示しているのは、具体的な現象の列挙ですが、みうらさまの考えておられるような「ヘビーなこと」だとは一言も言及しておりません。小林素顔としては、「詩人に共通しているであろう感覚」として書きはしましたが、みうらさまの考える「あれ」として書いたつもりはないですし、各詩人それぞれによって「あれ」は違うものだと小林素顔は考えております。小林素顔は、個々の詩人の「あれ」を貶めるつもりはありませんが、それほど崇高なものだと思ったことはありません。しかし、この「名前」という作品での文体によって、「あれ」を貶めようと考えたこともありません。むしろ「あれ」を、個々人の中でより親しみやすいものにとらえていただきたいと思って書きました。この詩が、みうらさまの「あれ」を貶めるような作風になっているのだとお考えであるとするなら、それは、小林素顔とみうらさまの「あれ」に対する価値観の違いということではないでしょうか。 もちろん、詩人が作品を発表した時点で、その作品は読者のものになりますので、解釈は自由なのですが、この詩を評価してくださる方々もいらっしゃいますので、小林素顔なりの、この「名前」という作品への弁護をさせていただきました。 失礼いたしました。 (名前 *)

2018-12-12

帆場蔵人さま コメントありがとうございます。 お褒めいただき光栄です。 「あれ」は、様々な読者や詩人の中で、それぞれに違っているものなのだとは思うのですが、その「あれ」について考えながら、作品を形作っていくことが、詩人の使命なのだと思います。 改めて、講評ありがとうございます。 (名前 *)

2018-12-11

斉藤木馬さま コメントありがとうございます。 改行に関しては、特に意識したわけではないのですが、ひょっとすると自分自身が落語に興味があり、その語り口の再現を無意識に改行で行っていたのかもしれません。それが功を奏して「突っ込みを入れながら読んでいる」作品世界を斉藤さまに提供できたのかと思います。 改めて、講評ありがとうございます。 (名前 *)

2018-12-11

蔀 県さま コメントありがとうございます。 そしてお褒めいただき感謝です。 何回も読みたいとおっしゃっていただき恐縮です。 (名前 *)

2018-12-10

stereotype2085さま コメントありがとうございます。 この詩を書いた後、自分でも「あれ」とはいったい何なのか、考えることが幾度かありました。しかし、「個人的な内的世界のパラダイムシフト」なのか、「意味性と身体性との連結における良性心身症」なのか、色々と名前を付けようとしたのですが、どれもしっくりこず、「あれ」のままなのです。詩人としては、やはりそこを言語化して、自分の外の世界へ送り出すことが使命だとは思うのですが、こればかりは一生かかっても、できるかどうか分かりません。もし、それができる詩人がいらっしゃったら、私は全力で応援しますし、それが実現したときは、まさにこの世界が「パラダイムシフト」を起こす瞬間になると思っています。 改めて、講評ありがとうございます。 (名前 *)

2018-12-10

拝読いたしました。 とても素敵な詩だと思いました。祈りの形をとった詩は、人によっては好みが分かれるでしょうが、すがるような気持ちを素直な文体で書き綴った詩人の、儚ささえ感じさせる詩情には、感動を超えて衝撃すら感じます。この詩はとてもいい詩です。「最古の詩人」という、時空間を超えた存在に対して声を届けようとする距離感は、浪漫的でもあり、しかし実に敬虔です。「最古の詩人」に対しての敬意と畏怖が感じられます。「最古の詩人」は神もしくは天上の存在の暗喩なのかもしれませんが、そのような理解が成り立つとすると、他の読者の中には興ざめしてしまう方もおられるかもしれませんが、私は一層、この詩人の敬虔さに対して、「動かされる」感じがします。 素晴らしい詩を拝読いたしました。 失礼ながら、このような形で、感想とさせていただきたく存じます。 (最古の詩人に捧ぐ)

2018-12-09

ご回答ありがとうございます。 この詩人が「統合や主題性の回避」を目論んでこの詩を書いているのだとしたら、それは失敗に終わっているのではないでしょうか。 まず「統合の回避」について分析するならば、統合の回避によって何らかのイメージが表れるべきだと思われますが、それがこの詩にはありません。ぶつ切りの文章が並べられているだけです。これは「統合の回避」ではなく「統合の失敗」です。さらに、「主題性の回避」に関して申し上げれば、最初の行で「大海原」という「水平線」をイメージさせる単語を採用し、最後の行に「地平線」を採用したという点で、視野が広がる印象の単語が対をなしてしまい、最初と最後が「統合してしまっている」ため、詩人の意図のいかんにかかわらず、主題性めいたものが立ち現れてしまっています。この「統合に失敗した全体の文章」と「統合してしまっている最初と最後」とがこの詩を構成していることによって、「言葉が噛み合う」ことも「言葉が噛み合わない」こともできない、矛盾した詩になっていると言えるでしょう。「統合の失敗」「主題性の回避の失敗」という、二つの失敗をもたらしていると見られます。したがって、「統合や主題性の回避」によって表現されているこの詩に、立ち現れてくるイメージは、読者である私個人としては、皆無だったと言えます。ただ、イメージが立ち現れてくるのを否定したいという詩の目論見があるのであれば、それは成功だと言えるのではないでしょうか。 失礼ながら、ご意見させていただきました。 (大海の王者)

2018-12-07

つきみさま コメントありがとうございます。 面白いとおっしゃっていただけて光栄です。中毒性があるという評価として受けとめて、喜びたく存じます。 改めて、ご講評ありがとうございます。 (名前 *)

2018-12-06

×直裁→〇直截 でした。誤字失礼いたしました。 (瓦礫の淵)

2018-12-05

拝読いたしました。 ぱっと見、素敵な詩だなと思って、熟読しても素敵な詩だったので、なぜこの詩に対して自分が素敵だと思ったのかを考えました。 「少年と少女と都市」というモチーフは、一歩間違えれば読者に陳腐な印象を与えますが、一方で、どれだけ繰り返し語っても語りつくせない魅力的なテーマであるとも言えます。それを詩の軸に持ってきたうえで、この詩の素敵な部分というのは、「2018年12月の現在進行形のはかなさ」なのだと思われます。それは、日付を明記しているだけでは語れない、2018年末の雰囲気を、この詩は十分に表現しているからだといえます。具体的に言えば「プログラミング」「プロテクト」「ビットコイン」という単語が、直裁にその役割を果たして、「少年と少女と都市」のイメージを、しっかりと時代的に更新しているのだということです。 この、現在進行形のはかなさは、いまこうして、ウェブ上で読んでいるからこそ浸れる、一種の「事件性」であり、次の瞬間には感動が変質して劣化している恐れもあります。それでも、この詩は、いま、目の前で、読む価値のある作品だと思います。 失礼ながら、講評させていただきました。 (瓦礫の淵)

2018-12-05

拝読いたしました。 疑問が2点、浮かびました。 まず、題名と序盤で海を示唆しながら何故最後の行で唐突に「地」平線が出てくるのでしょうか? それから、全ての行が意味の連接を欠いているように見受けますが、これは詩的飛躍と理解してよろしいのでしょうか? 宜しければご回答を願います。 (大海の王者)

2018-12-05

渡辺八畳さま コメントありがとうございます。 題名なのですが、一応説明させていただきますと、同タイトルの映画がございまして、オマージュのつもりでつけたものだったのです。申し訳ございません。 形容詞しかない感じというご指摘ですが、内容となる軸の不明瞭さは、おそらく、私自身の狂気への観察に対する覚悟の足りなさであるとか、無名性を好んで主体性を読者に放り投げる私の癖であるとか、そういったことが裏目に出ているのだと思います。 改めまして、ご講評ありがとうございます。 (ビューティフルマインド *)

2018-12-05

拝読いたしました。 この詩を読んでいて感じたものは、まず第一に「リズムが悪い」ということでした。それは私の好みの問題であり、リズムを否定して論理を突き詰めていく詩のスタイルもありますから、それはまず問題ではないでしょう。しかし第二に感じたことは、「メッセージがない」ということでした。ともするとこの詩人は自分の苦しみや悩みを虚心坦懐に記述すれば何らかのメッセージが相手に伝わるのだろうという考えだったのかもしれませんが、それはメッセージではなく、「詩人の思考」であり、詩人がアウトプットする段階に達していない「詩の材料」だと言えるでしょう。「詩の材料」をもとに、読者を振り向かせるための「メッセージ」を構築しなければ、この詩は「材料の陳列」にとどまった作品のままだと言いうるのではないでしょうか。ではどうすれば「詩の材料」を「メッセージ」にすることができるかといえば、ここまで評しておいて申し訳ないのですが、それは私もいまだ達していない領域で、自作品に反映させることができていない状況なので、ご提案することができません。 一緒に悩んでいければいいと思います。 失礼ながら、ご意見させていただきました。 (「願望」)

2018-12-05

みうらさま コメントありがとうございます。 講評をいただいて改めて読み直すと、確かに、狂気に真正面から向き合って描写するか、ノスタルジーを前面に打ち出した詩にするか、どちらかに寄せたほうが、より尖った仕上がりになったかもしれないと、反省しております。本人としては、狂気が時間軸の中にあり、過去と現在が判然としない状況の中で生きていることを表現したかったのですが、成功とは言い難いかもしれません。 改めて、講評いただきまして、ありがとうございます。 (ビューティフルマインド *)

2018-12-05

拝読いたしました。 この詩の第一印象としては「何かが欠落している」でした。その原因は何かを考えていると、繰り返して出てくる行にあると思いました。詩人は、この繰り返しが音楽性か詩情を伴った何らかの効果をもたらすと意図して書いたのかもしれませんが、個人的な感想としては、それが逆効果になり、ある種の弛緩を与えてしまっていると思われます。それから、 >グラスをかたむけて唇を染める >幾戦もくぐり抜けた土が言う >グラスが割れたらさようなら >ボトルが空いたらこんばんは 単一で存在しているこれらの行に関しては、繰り返しの行に比べてもモチーフの印象が弱く、すこしデカダンスにすぎると感ぜられました。これはあくまで個人の好みによりますが、この単一で存在している行を、この詩において最も伝えたい力点として重視し、もう少し、読者の胸先に刃物を突き付けるかの如く、迫るような一行を練り上げなければならないと感じます。 ただ、この弛緩と耽美こそが詩人の表現したいものなのだとすれば、その表現は成功していると思います。 失礼ながら、ご意見させていただきました。 (強盗列車)

2018-12-04

鬱海さま コメントありがとうございます。 自分の伝えたいことが伝わっていることに、少しホッとしました。 >共感以上の、読み手が思わずその表現から >意味を汲み取ろうとしてしまうような箇所 >みたいなのが個人的には欲しい おっしゃっている事はなんとなくですが理解しています。 この詩には飛躍がほぼ皆無です。自分も、読者に、パズルを解くように詩を読み解かせる醍醐味を提供したいとは常々思っているのですが、なかなかにうまくはいきません。精進します。 改めて、講評いただき、ありがとうございます。 (ビューティフルマインド *)

2018-12-04

つきみさま 講評ありがとうございます。親切という視点で詩を考えたことはなかったので、新しい考え方を得たような気がします。個人的には、「どのように詩を書けば読者に自分の『感情』を伝えられるか」は、いつも考えているので、そこが「親切さ」という部分につながったのかもしれません。 武器を増やして、自信をコントロールし、詩とは何かを自問しながら、これからも詩作を続けたいと思います。 ありがとうございます。 (ビューティフルマインド *)

2018-12-04

失礼いたしました。 自分の詩に自信がないもので、つきみさんのコメントを皮肉と受け取ってしまいました。誤解をしてしまい、大変申し訳ありませんでした。 詩とは何かという問題については、至らない自分にとっては、生涯追求していく問題だと思います。 (ビューティフルマインド *)

2018-12-04

コメントありがとうございます。 思い出であって詩ではないかもしれませんね。 (ビューティフルマインド *)

2018-12-04

拝読いたしました。 これは個人的な好みなのですが、第四連の一、二行目の抽象的な単語を、もう少し具体的にといいますか、心理描写を体の挙動で表現できるのではないかと思いました。そうすると第四連が、詩の中で浮かずに済むのではないかなと思ったのです。もちろん、そこで詩としてのフックをもたらすために敢えて抽象語を持ってきたという解釈もできますが、個人的には第四連が惜しいのかなと思いました。 失礼ながら、ご意見させていただきました。 (赫 *)

2018-12-04

拝読いたしました。 ぱっと見、ユーモラスな雰囲気の詩だとは思ったのですが、「5×5=青いタヌキ」が多くの日本人に共通のイメージをもたらす具体的なモチーフだと思われたため、そのほかの段の掛け算にも、なにか原典があるのかという気になってしまい、想像力を働かせるよりも、自分の無知を気にするような、入口の狭い詩になった印象を受けました。実際に原典があるなのだとしたら、私の無知をお許しください。もし、言葉の面白さで読者の想像力を喚起しようと思っていたのでしたら、5の段の掛け算が非常に惜しいものだと考えられます。 失礼ながら、ご意見させていただきました。 (ニューヨーク天神駅84「小児教育」)

2018-12-01

ありがとうですぞ (名前 *)

2018-12-01

拝読いたしました。 なぜか萩原恭次郎の『死刑宣告』を思い出しました。!マークぐらいしか共通点ないのですが、勢いと情景と文体がアナーキーと申しましょうか、実に力強い。 盆と正月と世紀末と改元が一度に来ると、確かに心はこれくらい浮き立つものかもしれません。 面白かったです。 (御節と鰹節)

2018-11-28

拝読いたしました。 個人的には好きな詩です。これぐらいモチーフとの距離感があるほうが自分の好みではあるのですが、淡白といえば淡白かもしれません。もう少し深掘りできる余地のある作品なのだと思います。ただ、そこを深掘りすると、この詩のモチーフとの距離感による幻想感が、なんというか、額縁に飾られた絵のなかの世界に触れられない感じといいますか、そういう寂寥感が失われそうな気がして、それも惜しいと思うのです。 私はこの詩のこのままの姿でもいいと思っています。ただ、もっと良くなる余地もまたある詩なのだともおもいます。 (境界)

2018-11-25

るるりら様 コメントありがとうございます。 ご指摘を頂いてから、なぜこんなケアレスミスを犯していたのかと、自分でも唖然としました。てっきり自分は、読者が、ある種の物語的に、「詩人はオフィスのデスクに座り、詩人の上司たる人へ、心の中で呼びかけている」シチュエーションを読み取ってくれるだろうと、勘違いしていました。自分の筆力を過信していた部分もございます。 私のミスです。申し訳ありません。 (嗚咽 *)

2018-11-24

みうら様 コメントありがとうございます。 この詩は、確かに、読者を多く獲得しようと書かれた作品です。小説投稿サイトに掲載していたものを、ほとんど改稿なしで掲載したため、そのような印象を抱かれたのかもしれません。仰るような指摘でのアプローチで詩を書いたことがないため、どこまでできるか分かりませんが、固有の誰かを意識することを、この作品の改稿や、新しい詩の執筆に取り入れたいと思います。 お褒め頂き、ありがとうございます。 (魔法 *)

2018-11-23

ふじりゅう様 コメントありがとうございます。 この詩は「詩っぽく書こう」と意気込んで書いたので、それが功を奏しているようで嬉しいです。特に最後の三行は、出てくるまで時間がかかったのもあり、表現が成功したのだなと感じます。 お褒め頂き、ありがとうございます。 (魔法 *)

2018-11-23

南雲 安晴さま コメントありがとうございます。 私の伝えたかったことを私以上に具体的に理解いただき、かつ詳細に説明頂きまして、申し訳ないくらいです。拙作そのものよりも、私の伝えたかったテーマが皆さんに理解いただけるコメントだと思います。 本当に、私から改めて説明を加えることができないくらい、緻密に解釈頂けたことに、感謝します。 まことに、ありがとうございます。 (嗚咽 *)

2018-11-23

藤 一紀様 コメントありがとうございます。 自分の詩ではあるのですが、ご指摘いただいたような解釈の仕方があるのだな、と、初めて知りました。詩は発表された後は読者のものになるとは言われますが、藤さんのコメントのような、ある種の散文詩的な世界が読者に広がるというのは、詩人にとって誇らしいことだと思いました。 ありがとうございます。 蛾兆ボルカ様 コメントありがとうございます。 詩人が、自分の書いた詩によって、作成意図とは異なる印象を読者に与えたとしたら、それは詩人の技量不足であり怠慢です。つまり私のせいです。共感できないのも無理はないと思います。共感頂けるだけのものを描写できなかったのは、私の技量不足という点につきます。 今後とも、率直なご意見をよろしくお願いいたします。 (嗚咽 *)

2018-11-22

まりも様 コメントありがとうございます。 個人的には「社会的な事象が目の前を通り過ぎていく無力感」を表現したかったのですが、仰るように、オムニバスで沢山の景を並べていくのは、詩に深みをもたらさない技法なのだなと、指摘を受けて確認しました。 本人としては社会派の自覚も正攻法の気構えもなく、結構ひねくれた気持ちで書いたつもりだったのですが、受け手によってこんなにも感想が違うのか、というのを知り、改めて詩というのは難しいものだと再認識いたしました。 ありがとうございました。 (嗚咽 *)

2018-11-22

読点に情景のカットインを、句点にイメージの集約を、括弧の使い方に時空の飛躍を感じて、そのシチュエーションの推移に、気持ちのいい詩情を喰らった感じがしました。好きな詩です。 (無題 *)

2018-11-22

アリとキリギリスという古典の、大きく懐の深い箱に、現代日本の時代性を放り込んでシェイクすると、このような面白い作品が生まれるのですね。興味深いです。 現代アメリカ・EU諸国・中国やロシアなどの場合でのパターンもみたいような気がしますが、そうするとエスニックジョークに堕ちてしまうかもしれませんね、失礼しました。 ともすると悲しさが前面に出てしまうモチーフを、関西弁の力で柔らかくしているのは、技術が高いと思いました。 (アリとキリギリス)

2018-11-22

私は、この詩について「スペースと読点の使い分け」に着目しました。この詩で使われるスペースには、詩が描く情景に意識が止まる/振り向かされる感覚をイメージさせる効果があり、一方で読点には、目の前の光景に注目する/集中する感覚をイメージさせる効果をもたらしているのではないかと感じました。この使い分けが、この詩に一種独特な緊張感を与えていると感じました。 (ひとひら)

2018-11-22

拝読いたしました。 一行目でキャッチされて、そのあとスルスルと読めました。 言葉の引っ掛かりも心地よく、連ごとの飛躍感も、良い詩を喰らった感じがありました。 中盤少し説明的になっている部分もあるかなとも思いましたが、最後の連できちっとまとまりを感じられたので、私はこの詩が好きです。 (お前は独り、)

2018-11-21