作品投稿掲示板 - B-REVIEW

もなか

投稿作品数: 1
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約束

2018-08-22

<…> 枠、という観点からみたら、面白いと思うのですよね、この話。 ということで、ゼンメツさんこんにちは。ビーレビのみなさんお久しぶりです。 さて。 この作品にはいろいろな枠が登場します。 テレビジョン、テレビ、味噌汁、スマホ、あ、あとインスタント麺(の器のふち) どうでもいいんですけどね。あ、カタカナが多いってのは、みなさんにまかせます。って、そういう指摘されていらっしゃる方がいないっていうもの興味深いですね。世代かしらん。 わたしは詩は恥の発見によって生まれる、と考えています。 異論反論もちろん認めますし、これはかなり暴論なんで、スルーしてくださっても構いません。 で。 恥、とは社会規範から外れること。 社会規範はたとえば枠、といってもいいかもしれません。 認識の枠と枠をすり合わせて社会は成り立っていて、その枠を外れないように外れないように私達は生きているわけですが、他者の枠がずれている、もしかしたら自分の枠もずれているんじゃないか、という幻想を持つわけです。 もちろん、枠、というのも幻想なんですが、コンプレックスっていうのも、もしかするとそこから生まれてくるのかもしれませんね。社会病理の原点は恥にある、というのはさらに暴論ですが。 そんなわけで、ゼンメツさんのこの詩は社会の最小単位である家族における枠の軋みを表現しているのではないか、と読みました。 とても現代的な主題で、興味深く読ませていただきました。 文体に関しては、好き嫌いがありますのでなんとも言えませんが(わたしは大好きです)、もっと最後、軽薄になっても良かったのではないか、と思います。 ゼンメツさんの作品はレトリックに満ちていて楽しいのですが、感傷の塊という甘い蜜菓子のようでもあります。そこをもう少し突き放すことができたら、あるいは違う地平が見えてくるのかもしれません。けっして悪いことではありませんが。 というわけで、以下に拙い読書ノートを晒しておきます。 お目汚し、失礼しました。 ************** 【一連】 ・「わたしたちはそれを家族そろって眺めながら、晩ご飯を食べます。」ここの句読点が面白い。「眺める」という行為と「晩ご飯を食べ」るという行為が「、」の一呼吸を置くことによって対照的あるいは決意を伴った行為として読める。 ・「ミジンも理解できない」は「ひとんちがそこかしこでぶっ壊れている」のを「ぐずぐずに潰されたお豆腐」に連結する素敵なイメージ。ミジン=微塵の語意を通して、テレビとお味噌汁(家庭)の共通点の発見を行っている。この詩的発見により、物語(?)が進行していくという宣言として読める。 ・「お味噌汁なんてぜんぶ流してやりたい。」崩壊していく家庭という社会のありかたの象徴。流したあとは空っぽになる。なることをうっすら考えているが、現実的には捉えていない。 ・「隣のマンションぜんぶがぐずぐずにぶっ潰れたら、うちからもいろいろ見渡せると思うんだけど。」事象をライトに捉える、現代的思考の発露。上記と合わせて、いろいろ阻害している各個人の持つ枠の崩壊を望む。お味噌汁のイメージと重複させての連続的打撃。 ・他者性に囲まれた社会。家庭もその縮図として提示する。 【2連】 ・「おまえも将来テレビに出られるくらい立派になれよ。そんなこと言われてもね。」社会認識のギャップ ・「なんかもうぐらぐらしてきちゃって、」の起因要素は「父さんも母さんも真面目な顔して見つめてて」であり、齟齬による社会認識は「ぐらぐら」と潰れる起因にもつながる。二重の示唆。 ・「ぎゅっとスマホ握りしめてるのに、祈るみたいに握りしめてるのに、」外的要員=社会との連続性を伝えるものを神格化している様子。 【3連】 ・「正確にはずっとテレビのほうを見つめてる。」同じ方向を見ているが同じものを見ていない。 ・味噌汁という手製の家族的要素の象徴から、インスタント麺、即席のものに救いを求めるのは興味深い。叶わないことをしって願う、あるいは願うことすら様式的に繰り返されているのかもしれない。 ・「、じっと待ってる。じっと。」の句読点は文頭の句読点と同じ役割を果たす。叶わないことを知っていながら、もしかしたら、というファンタジーに現実を委ねているのだ。 【タイトルについて及び総括】 ・「テレビ」ではなく「テレビジョン」とすることにより、普段遣いしない言葉として距離を置くことができる。(テレ自体が距離を表す冠詞であることと無縁ではない?→枠目線ではなく、距離感目線で読んだ方が面白かったかもしれない笑) ・一枚のフィルターを挟むような現実認識のうち、互いが互いの世界を独自に行きているその軋轢を感じることはできるのだが、そこにに確かに息づく実存性をもう少し露出して欲しかった。そこにもう一歩踏み込むことで、作中話者を通じたこの文章全体のシステムが機能し、共感することができたのではないか。 →報告文、観察日記のようで、詩的感興に乏しく感じた。 →散文的なレトリックが鼻につく感じがする。量を減らすか、もう少し埋没させたほうが、この文量にとっては良いのではないか (テレビジョン)

2018-11-15

委細承知いたしました。ご面倒をおかけいたしまして申し訳ありませんでした。 よろしくお願い致します。 (【必読】ルール変更などのお知らせ)

2018-09-01

渡辺さん 上記、把握し了解致しました。 ①リーダビリティに関しては向上するように想像します。私はスマートフォンユーザーですが、やはりスクロールに難を感じますので、その観点からです。 ②に関しては試行が必要であると考えます。やってみて修正する事は問題ないかと考えます。 「約束」の件に関しましてはよろしくお願い致します。 明文化に関して、私もこちらを覗かせて頂いていましたが、認識の違いがあるようです。私の得た認識に関しては謝罪は致しませんが、場に対して不安を抱かせるような文言の流れになっていたとしたら、それに関しては申し訳なく思います。 (【必読】ルール変更などのお知らせ)

2018-09-01

※この作品B-REVIEW大賞から除外して頂くようにお願いを致しました。レスを頂きました皆様に心より御礼を申し上げます。 仲程さん 分からない、けれどなんとなく良い。 というのが私目指しているものです。 ありがたく、お言葉を頂戴致します。 るるりらさんからのお言葉とは、違うように捉えましたので、仲程さんのお言葉も同じように宝物のように思えます。 また、にじませ方の意図、という言葉をとても興味深感じました。 ありがとうございます。 (約束)

2018-09-01

もう一点、場は違うかも知れないですが、新運営さんにお願いがあります。 私の8月投稿作品「約束」のB-REVIEW 大賞へのエントリを取り消したいのです。 理由は、三浦氏がカオティクル貴音さんの8月選評へレスした一言です。 >誤字をこのままにしておくと混乱を招くこともあるかと考え、三浦の方で訂正しておきました。 退陣されたはずの旧運営の方が、独断で著者の合意も得ずに勝手に投稿された文言を修正する。 上記の場合は三浦さんの人間味溢れる行動だと思いますが、本来の手順であれば、カオティクル貴音さんが自分の誤字に気づき、運営に修正報告をして、修正されるが正しい流れだと考えています。 独断で修正というのは、詩を書く人間として考えられない傲慢な行為です。 去年ですが、詩と思想という雑誌で著者校正が反映されず炎上した問題がありましたが、あの時の事と同じくらい起こってはいけない事だと考えております。 投稿された選評は作品です。作品に作者以外から作者の同意を得ずに手を入れたらどうでしょう? 自分の作品を他者が弄る。この行為を許せるでしょうか? 私は残念ながら、狭量で頭の悪い人間です。 この行為を知り、投稿をした事を後悔しました。 本来ならば投稿作品を消去して頂きたいのですが、それはルールではかないません。 ですので、せめて、思い入れを込めて書いた作品が、勝手に編集される可能性のあるこの場から少し身を引きたいと考えています。 ですので、今回の候補作品からの除外をお願いしたいと思います。 そして信頼できる運営以外の方の編集権を剥奪して頂きたいと思います。 拙く情けない文章ですが、ご一考頂けましたら幸いです。 (【必読】ルール変更などのお知らせ)

2018-09-01

「キュレーション」の一つの方法論としての文字制限という事でしたら、是とするべきでは、というのが私の見解です。 過去、こちらの場ではキュレーションの方向性に合わなければ出ていっても構わない、むしろ追い出す(ああ、キャスだと「あなた邪魔です」「ブンゴクに帰れ」でしたっけ?)というスタンスでやっていらっしゃったと認識しています。 キュレーションの方向性が合わない(例えば1行詩を投稿するにはツイッター連携をしなければ荒らしとみなす等)場合の排除は苛烈だったかと思います。 新運営の方々がその点に関してどう考えていらっしゃるかは分かりませんが、短詩や短詩型が見直され始めた昨今、キュレーションする作品に制限を付け投稿作品の精度を高めたい、という欲求があるのではないかと邪推します。 詩の教室などではまずは短詩から書く事が推奨されています。短詩として言葉を成型する事が詩の上達というか、詩情(ここではポエジーとよく言われていますね)を捕まえる助けになると考えられているからです。 実は普段私の書く作品の多くは3000字をゆうに超えていますので、今後投稿するのに厄介ではありますが、ネット詩の発表の場はここだけではありません。 文学極道さんや現代詩フォーラムさんは確か文字制限はなかったかと思いますので、そちらに投稿すればいいだけの話ですよね。2、3割の作品もそうすれば浮かばれますね。 ここが独自の観点からさらにネット詩の発展に寄与しようという姿勢は素晴らしいと思います。その土壌を育て上げてきた前運営さんにも頭が下がります。 ですので今回のこのルール改訂は、さらなる飛躍の為のトライアルとして前向きに捉え、行動してみるのはいかがでしょうか? ほとんど、作品も出さず、評もつけない読解弱者ですが、このように愚考しました。 (【必読】ルール変更などのお知らせ)

2018-09-01

るるりらさん >わたしにとって、ひかっていた語が、約束だったのです。 最高のお褒めの言葉と認識いたしました。 重ねて御礼申し上げます。 (約束)

2018-08-29

るるりらさん >【約束】という文字だけが 唯一の漢字ですね ひどく衝撃を受けました。もしかすると詩を書き始めてから1番の衝撃かも知れません。このお言葉を深く考える事が、私にとってとても重要な課題であると認識し、精進致します。 また、たてがみに関する読解、興味深く拝読いたしました。合一の思想に関して思いを馳せる、よいご提言と受け取ります。 ありがとうございました。 (約束)

2018-08-29

短詩の良さを充分に味わえる佳作だと思います。 ていうか、ふぁぁっ!!!いいなぁって感じで、私のちゃちな読みを伏せたい。 余計な事言うのははめんどくさいですね、猫みたいにくんくん匂いをかいでいたい詩。 とても素敵だと思いました。 (猫にまたたび)

2018-08-29

5or6さん レス遅くなりまして申し訳ありません。 うまい。との事、空隙のあるお言葉で色々考えさせられます。 ありがとうございます。 (約束)

2018-08-29

こんにちは。私の作品にとても興味深い読みを示していただきましたので、お礼、という訳ではありませんが、私も御作品に対して読解を試みました。 拙い読みですがどうかお許しください。 あ、あと結構長いです。それも併せてお許しください。 ところで、私はplastic treeというバンドが好きなんですが歌詞がとても女々しいのですね。女々しい男は良いです。格好つけようと躍起になって、でもそれはきっと自分の心にもある弱さだからって優しくなれる気がする。完全に錯覚なんですが、まあ、余談です。 【タイトル】 まずはとても興味深いタイトルですね「きみのしおり」。「きみ」という他者の存在がここで示されている訳ですので、当然「僕」や「私」といった自己が対比的に描かれるという示唆です。「きみ」という存在を通じて「僕(あるいは私)」を浮き上がらせるという宣言とも取れます。人称に注意して読み進めたいと思います。次は「の」ですね。通常ここで主格を出してくるとは考えにくいですし、続く語が名詞でありかつまた修飾を行っているので、所有の用法であると断定して良いでしょう。とすれば「きみの」があるとすれば「ぼくの」の存在も示唆される事になるので、文中に出てくる所有の用法にも注意して読む事が必要です。 そして「しおり」。「きみ」もそうなのですが、名詞が漢字で表現される事が出来るにも拘らず平仮名あるいは片仮名で表現された時は要注意です。掛詞の可能性があるからです。しおりを「栞」と読むか「詩織」と読むか、「塩理」と読むか。日本語の文字は音だけを表現するものではありませんので、どんなシニフィエを持っているか曖昧になりやすいのです。ここは文の内容をみつつ考えていく事にします。いったん保留。 余談ですが、私は詩を読む時にかなりの量の情報を保留しつつ読みます。なので分かりにくいかもしれませんがお許しください。 というか、この調子でやっていくと長くなりすぎますね。良くないので端折ります。 【1連】 いきなり人称がでます。「彼女」「僕」です。ここで嵌め手を直ぐに使ってくるのがゼンメツクオリティですね。タイトルに「きみ」とあるのに、登場してくるのが「彼女」しかも漢字。ここでは「きみ」=「彼女」である可能性とそうでない可能性の両方を持ち得ますが、十中八九、別人です。しかし決め手がこの段階ではないので保留です。 ……長くなりそうですね。もっと端折ります。論理的に順番に読解していってもいいのですが、飛ばします。私ごとですがPCが壊れて今タブレットでこの文章を綴っています。慣れないので、発狂しそうです。 この彼女、私は「スマートフォン」と読みました。「彼女」の行動に違和感を感じたからです。違和感を感じる、これが私は大事な事だと考えています。なんでこんな変な(失礼)書き方をしたんだろう、と言う作品への興味が読解の基本と考えているからです。 と、ここで、コンタクトが外れました。なんなのよ、もうっ。書くなと言われているようですが懲りずに続けます。 そう、「彼女」の行動、そして「彼女」にまつわる描写ですね。 解きます。 >床に転がった僕よりもほんの少しだけ背の高い椅子に座り 不自然です。そんな椅子、使いにくいです。床に転がった僕よりもほんの少しだけ高いのがクッションだったらまだわかりますが「ほんの少しだけ」とわざわざ書いているのが不自然です。ここは椅子を「スマートフォンの台」と読みました。 >いっとう安定したフィラメントになって フィラメントは光源と読みました。「>いっとう安定した」から、「僕」のいる空間は(この段階では)暗闇であり、スマートフォンから漏れる光(3連で言い換えられる)のみが照らし出していると考えられます。だって「>いっとう」ですもの。 >ときおり僕の視線に指を向けると ここにも違和感があります。なぜ「僕」ではなく「僕の視線」なのか。ここは所有の用法です。注意するべき箇所です。「視線」に注目した結果、スマートフォンを繰る動作、すなわちスワイプと読みました。「僕」は何かをスマートフォンで読んでいて、それを縦方向にスワイプ、つまりページ送りをしている、そう読みました。 「彼女」の「指」の話ですが、自動的にそうせざるをえない状況だと考えました。例えばメールを読む(読み返す)だとか、そんな風に。端折っているので、飛躍がありますが、お許しください。 >本の隙間にでっちあげた 行間を読む事の換喩です。 >ほぼほぼ神様みたいなやつ これは行間に潜む内容や詩情だったりそういう風にも考えられますが、私はあえて栞と考えました。栞、すなわちブックマークです。ほんとうは「神様みたいな」とあるので、神性を感じても良いところなのですが、私はさらにそれをリーディングリストと読みました。iPhoneをお使いの方は分かっていただけると思うのですが、リーディングリストのマークは眼鏡です。なんか神様っぽい。冗談です。もちろん本気も混じってます。 という事で1連の景が見えてきました。 「作中話者は暗い部屋でスマートフォンを弄っている。けして語られる事のなかった行間に潜む意味をいろいろ探しながら」 いかがでしょうか? 異論反論、色々あると思いますが、許してくださいね。 【2連】 解きます。 この連にはこの詩にとって最も重大な修辞が隠されていました。それは 「ダンマリ」です。 だんまり、歌舞伎での暗中殺陣ですが、きっと違います。江戸弁での「黙る」だとは思うのですが「だんまり」ではなく敢えて「ダンマリ」とカタカナ表記した事に意味が隠されていると読みました。 ダンマリと言えばダン・マリーノ。往年のマイアミドルフィンズのレジェンドQBですが、彼の強肩も関係ないのでここではこれ以上触れません。いえ、ただ言いたかっただけで作品とは無縁です。 私は「ダンマリ」を「断マリオカート」の略と読みました。 はい、物を投げないで下さい。本気です。 断マリオカートとは、マリオカートを断つ事です。なぜマリオカートを断ったのか。それは一緒にやる相手がいなくなったからです。 マリオカートはもちろんソロでも楽しめるゲームですが、対戦が華です。友人や恋人とわいわいきゃーきゃー言いながら楽しむのが王道のリア充爆発しろ的なゲームです。そのゲームを断つ事は、他者との関係性の断絶を意味します。例えば恋人と別れたとか、ね。 強引です。知ってます。でも続けます。 「断マリ」=関係性の断絶、その事を >数十行にわたってレシートの裏に書きとどめ るのは、やはりその断絶が「僕」にとって重要な関係性だったことを思わせます。 さらに「>書きとどめ」に注目すると「書き留め」ではないのです。ここにも掛詞が使われていて私は「書き+トドメ」即ち関係性の断絶を書くことによって「僕」自身にその断絶を思い知らせる、自傷行為的あるいは自嘲的に「トドメ」をさす。ここから「断マリ」がいかにこの作品において重要な事柄であるか、分かります。 続けます。 数十行のトドメを自分にさしながらレシートの裏に書かれたものはなんだったのか。 >そのうちの彼女がシチューに使った数行が から、「シチュー」を「詩中」と読み「僕」は詩を書いていた事が分かります。 「彼女が詩中に使った数行」 。ね、スマートでしょ? 断絶への言い訳、断絶への悲しみ、それは分かりませんが「僕」は詩に何かを託していたのかも知れませんね。 >僕を可能な限りカーペットの下へめり込ませていた >下へめり込む マリオカートのバグにキャラクターが道にめり込んで動けなくなる、と言うものがあります。 「僕」は断絶を詩に描き、自らにトドメをさす事でバグってしまったのかも知れません。バグる=通常ではない、という表現によみました。 >まだ陽に透けるいくつかの数字は、 レシートの裏に書かれているので、レシートの表が透けた事が分かります。ここで重要なのは「陽」です。太陽ですね。 1連で真っ暗だった部屋に太陽が射し込んでいる描写です。この太陽は3連で遍在を表す重要なキーとなりますので、見逃してはいけないと思います。 また >昔の動物占いで必要なものだったような、 なんで動物占いが唐突に出てくるのでしょうか。もちろん、「断マリ」と関係があります。 そう。動物、といえば同じ会社から出ている「どうぶつの森」。「マリオカート」の「どうぶつの森」コラボからの飛躍なんですね。「ダンマリ」が「断マリ」である可能性がより高くなりましたね。 で、「陽」=太陽=日、で透けた数字が日付であるという風に読みました。もちろん、動物占いに使うのも生年月日、日付です。 シチューの材料が表に印刷されているレシートのその日付。関係性の断絶=断マリが行われた日付であると読めるのではないでしょうか?けっこうきついシチュエーションですね。それが自然光の中で行われている。気づいてしまった「僕」がバグるのを責める事は出来ない気もします。 続けます。 >ただの猫背で 「猫背」から同じネコ科の「クロヒョウ」への飛躍。動物占いで「クロヒョウ」はスマートな性格。スマートフォンへの連絡もバッチリきれいに決まっています。 >いつまでもヒトの神様の名前をなぞっている ここは神の子であり人の子でもあるイエス・キリストの事を示唆していると読みました。 名前をなぞる「イエス」「イエス」とスマートフォンで肯定している事の示唆でしょうか。罪を悔やみ受け入れるとも読めます。 2連も景が見えてきました。 「作中話者は重要な関係性が破綻した事を悔いている。その事を詩に記すが過去は迫ってきて、悲しく通常ではいられない心持ちである。また陽の光はその断絶を思い起こさせるがために、作中話者は暗闇に逃げ込んだ」 【3連】 解きます。 でました「きみ」です。 >きみがめくる紙のページを 「僕」がスマートフォンを弄る事に対して「きみ」は紙の本を読む、という対比構造です。前段を踏まえると「きみ」は関係性の断絶したその相手とも読めるかも知れません。 >西陽が朱くそめていて 「きみ」が「僕」と同じ空間にいない示唆です。 >僕をてらす長方形の青空は、5インチちょっとで途切れてる 青空=ブルーライト、「5インチちょっと」という描写から、スマートフォンと読み取れます。 また最終行に活きてくるのですが、青空という描写から「僕」との位置関係も読み取れます。すなわち「僕」よりも上方にあるとおうこと。 つまり、この場面の「僕」は仰向けに寝転がり、スマートフォンをかざしている状態であるということです。 >めまぐるしくかわる灯りの下で 同じく位置関係を表すとともに、メタ化も示唆します。光源は陽であれ、スマートフォンであれ、「灯り」であるとすると、「僕」と「きみ」は別の空間、しかし同一の時間軸にいて、そうして時間が経っている、という風にも読めるのではないでしょうか? もちろん、「僕」が色々ブラウズしている、という風にも読めます >知らないやつが、知らない世界を救おうとしていて。 「。」に注目です。「していて」なんなのでしょうか?ここは私は行為の断絶を想起しました。 スマートフォンをブラウズして、(あるいはソシャゲをしているのかも知れません)「知らないやつ」描かれた物語の主人公が「知らない世界」その物語の世界を救おうとしているのでしょうね。それは「僕」の置かれた環境とはまったく無縁で責任のない世界の話です。そこに「僕」は逃避している。しているのですが。。。。 ここで「。」 >していて。 そうしてこの作品は終わります。 >とうとつに、物語を台無しにするキス。 私は行為の途絶として「していて。」を読みました。とすれば、この最終行は 「仰向けでスマートフォンを操作していて、自分に関係のない物語を読んでいたが、寝落ちしてスマートフォン 落ちてきた」 と読む事が出来ると思います。 スマートフォンが落ちてきて顔にぶつかった事をキスと表現しているんですね。間抜けですが、寂しさと愛しさを覚えます。 もちろん、「きみ」が読んでいた物語が終わる事を示唆しているとも読めます。ページとページがキスをとか。 でも愛すべきこの無気力作中話者にはスマートフォンが落ちてきてごっつんこ、の方が向いている気がしますね。 とじた「僕」の世界、そこに「彼女」は落ちてきた。痛み。心の痛みとは別の、身体のリアルな痛み。「彼女」=スマートフォンが提供する自身とは無関係な世界、物語に逃避していた「僕」に「彼女」は痛みを与え、目覚めよ、という。 スマートフォン、落ちたら灯りも消えちゃうんですよね。暗闇の中で自分の身体の痛み=実存と「僕」は対決をしなければならない。 素敵じゃないですか。格好いいです。情けなく、そして愛しい。 景をまとめると 「きみは僕のいない場所で本を読んでいる。僕は相変わらず暗い部屋でスマートフォンをいじり続ける。痛みのない世界、関係のない世界、きみのいない世界は僕にやさしい。けれど、スマートフォンが落ちて僕を現実に返すんだ。痛い痛いよ、僕はこの痛みに向き合わなければならないのか」 うーん、うまくいきませんね。困った。これは保留としますね。 時系列に連を並べると2連→1連→3連でしょうか。 【再びタイトル】 きみのしおり しおりは挟むものです。そして、読み続ける際に目印とするもの。「僕」は「きみ」との断絶を通じて「しおり」を無くしてしまったのかも知れませんね。「きみのしおり」をうらやみ、それだけで心をとざしてしまったのかも知れません。 この「きみ」はもしかして「彼女」の事なのかもしれませんね。はじめと言っていることが違いますね、ご容赦。スマートフォンにしおりはいりません。ほぼほぼ神様みたいなのがいるから。スマートフォンが生活を無為に過ごさせる道具から存在を突きつける存在に物語は変化しましたので、「の」を主格にとらえて「きみがしおり」新たなスタート地点に挿入されたしおりもまたスマートフォンだった、という見方も面白いかもしれませんね。これも、保留しておきます。 【総括】 私はこの作品を以上のように読みました。嫌いじゃないです。よい話だと思います。 けれど、この作品はこういった「ほのめかし」ではなくて、きちんと散文として構築してあげた方が喜ぶような気がします。 ゼンメツさんの描く散文、小説として、いつかまたこの作品に出会えたらな、と思いました。 とても素敵な作品ありがとうございました。 そして長々とお付き合い頂きましたこと、重ねて御礼申し上げます。 乱筆乱文申し訳ない。誤字脱字ご容赦願います。 via soul! (きみのしおり)

2018-08-28

ゼンメツさん いえ、とても嬉しいです。 コンゴトモヨロシク..... (約束)

2018-08-27

澤さん ウェールズの神話については残念ながら不勉強でしたので早速取り寄せて読もうと思います。貴重なご提案ありがとうございます。 ゼンメツさんへも宛てましたが、私はこれからも差延の種を蒔き続ける事でしょう。その実りを(できれば美味しく)召し上がって頂けたら幸いです。 ありがとうございます。 (約束)

2018-08-27

まりもさん まりもさんのご批評が頂きたくて投稿したようなものですから、たくさんお言葉を頂けるのは大歓迎です。 作者の凝らした技巧や工夫は読んで頂いても読み取られなくても問題はないと思っています。 読者によって読み方はたくさんあり、その中でどういう印象で評価されるのかが作者にとっては興味のあるところです。 まりもさんの読解の中で白鳥という語が出てきたのがとても嬉しかったです。 ふゆの星座の名を本当はふたご座を使いたかったのですが、あそこはカタカナでの表記がどうしても欲しかったので譲りました。南十字星(白鳥座)をみて思い浮かんだ作品でしたので、見透かされたようで、とてもドキドキしました。 技術は伝える為に存在します。どんな技術をどう使ったか、という事(を考えて頂けるのはイタズラ暴かれるようで恥ずかしくも嬉しいのですが)より、この作品で感じて頂いた事が作者である私にとっての幸福です。 ゼンメツさんは分析したくなり精緻に読んでくださった、まりもさんはそれをしたくないと仰った、このお二人の言葉は等価値であり、私にとって何よりの宝物となりました。 ありがとうございました。 (約束)

2018-08-27

とても良質なエセーだと思いました。 >同窓会があってもおだくんに会うことはないだろう 前段を全否定する手法は興味深く、拝読しました。 (おだくん)

2018-08-27

前言に対しては新運営のかるべさんのお話にもある様に軽率であったかと思います。失礼しました。 批評の俎上に上がるためにも、擦り合わせられていない曖昧な「常識」というものを振りかざすのはいかがなものかと思いますし、他者に対して揶揄する様な文言の記載も控えて当然です。その点に関しましても謝罪申し上げます。 ご理解頂ければ幸いです。 (ネット詩人の墓)

2018-08-27

詩誌などの例を出せば、スペースも通常は文字数として考えます。こちらの特例なのでしょうか? そう言えば田中さんの作品も3000字を超えてますね。形骸化したルールなのでしたら、失礼致しました。 (ネット詩人の墓)

2018-08-26

ゼンメツさん とても精緻な読みを頂きましてありがとうございます。とても嬉しく思っております。 感激を上手く言葉にできないのですが、読みに育つような種を蒔いてそれを読者に刈り取って頂けるのは、作者として望外の喜びです。 読んで頂けてまた気高いと仰って頂けて、感謝しかありません。 ひとつだけ、イタズラの種明かしを。 「欠ける」の「欠」は部首にするとどう読むでしょうか?さらに部首とはなんでしょうか? なんて言葉遊びもやっています。楽しんで頂けたらと思います。 (約束)

2018-08-26

3000字を超えていませんか? 2回目ではありませんか? 荒らしですか? (ネット詩人の墓)

2018-08-26

皆さまご感想頂きましてありがとうございます。少しずつ返信させて頂きます。お許しください。 stereotype2085さん かな表記に関して言及頂きましてありがとうございます。日本語はとても興味深い言葉で、表記にかな、カナ、漢字、アルファベットを用いる事が可能です。せっかく詩を綴るのですから、その美点を活かせたら良いと考えています。 世界観を好きと言って頂きましてありがとうございます。読み込んで頂ければ作品も喜びましょう。重ねて感謝申し上げます。 柿原さん 表現の柔らかさ、雰囲気を好んで頂きましてありがとうございます。抽象的であるとのご指摘は色々な事を考えさせてくれます。感謝いたします。 (約束)

2018-08-25

この短い詩の中での重複が果たして効果的なのか。 作中話者の発見の瑞々しさが素晴らしい作品なだけに、無駄な行替え、重複が残念でならないというのが一読の感想でした。 ゼンメツさんの仰るとおり、より短く収斂出来たら、もっと良くなると思いました。 (戒名)

2018-08-22

視覚と聴覚に訴えかけてくるとても意欲的な作品と感じました。 漢字の見た目、また読みの音、それら類型を駆使された文体は心地よくまた内容の共感性を潔く切り捨てたとも思える物語展開は或る意味尊敬出来ます。 円環の視点を上手く使ったカレイドスコウプのような展開はフォームとして活き活きとして機能していますし、読んでいて興奮を覚えました。 最終連、力尽きてしまったかのように終幕してしまうのはもったいなかった気がします。 もっと偏執的に耽美、高踏の世界を味わいたいと思いました。 勉強になりました。ありがとうございます。 (11月、転落する幌附乳母車)

2018-08-22

ネット詩において、とても古いスタイルの作風ですがなんだか安心しますね。 松本圭二を彷彿とさせる筆致です(異論は認めます笑)。行替えによる叙情が(個人的に)些か鼻につきますので(ポエジーの自動化)、散文化されたものを読みたく思いました。 楽しい読書経験でした。 (愛してる。)

2018-01-24

ビットコイン、ここまで化けるとは考えてませんでした。バスケットに入ってから元はとても元気で空恐ろしいですよね。いい思いもさせて頂いていますが。 さすがなアクチャリティで笑ってしまいます。けれども「面白い読み物」の範疇を超えきれていないもどかしさも感じます。 形式に縛られず、自由に、かつ同一性を強いる(感じざるを得ない)文章が読みたいものです。 言って仕舞えば陳腐。陳腐さは欠点とはなり得ませんが、美しくないのです。 ただ単純にそこが残念です。 明日には忘れてしまうでしょう。この快楽は。 (泣けたい。)

2018-01-05

>永い永い雨だ と時間の表現から始まり、最終的に >雨音は足音のようでもあり >いつも静かだった と音へ帰結していく流れが美しく思えました。 タイトルもあえて表音文字であるアルファベットを使い、音への示唆を含ませるというこだわりが、きちんと昇華していて、とても好もしく思えました。 「永遠」という言葉の反復は賛否の分かれるところだと思います。 きちんと作品の流れの中で時間を歌えているので、私には少々うざったく思えました。 (Butterfly)

2018-01-04

喩を喩として読む作品、喩を喩として読まない作品がわたしの中にあります。 この作品は喩を喩として「読解」という野暮な解釈を加えるのではなく、想起される風景を楽しむ作品(絵画や音楽の様に)としてわたしの身体に入ってきました。 南国と言うよりは亜熱帯、湿度を感じる。農村で黒い手をした父への郷愁と拒絶。 自らの人生の補遺として、故郷や過去を葬り去ることのできない葛藤。 父は野菜に関わる仕事をしていたのでしょう。農民か或いは八百屋でしょうか。 いまは追憶にだけ 凍えるのを許してほしい この許しを乞う姿勢こそがこの詩を支える最大の叙情として屹立し、補遺の補遺たる所以を照らすのではないかと感動しました。 とても美しい作品だと思います。 テクニカルな部分での野暮ったらしい読解をすると、 蟻酸がたつ の部分ですが、蟻酸生成するには大量の水分が必要となります。 防衛機制の中で蟻酸は武器となりますが、そのための水分はどこから来るのでしょうか。或いは涙なのかも、と言った酔いしれた(恥ずかしい)読解も可能です。 次聯の用水路や流れていくの描写にも連絡する凄まじいイメージの生起がここに存在するのだなぁと、感動しました。 こういった手法で心へのリフレクションを惹起する作品は今は少なくなってきているのかもしれません。 朝吹亮二を思い出す様な、素敵な作品だと思いました。 読めて嬉しかったです。 ありがとうございました。 (補遺)

2017-12-03

木馬さんの介護詩の時系列でここまできたのか、というなんというか切なさがいっぱいです。 簡素な感想ですが、「癌」告知および余命宣告と読めました。 「餌やり」での哀切さ(なんて簡単に行ってはいけませんね。とても複雑な空気が漂います)との連絡で、とても強く胸をうちました。 木馬さんがいつか作品をまとめられたら、その空気に浸かりたいと思います。 貴重な御作品、拝読できてうれしく思います。 (宣告)

2017-11-23

ふわぁ、いいなぁ。というのが初読の印象です。 ため息が出てしまいます。 連音・れのん・Lennon。 imagineですかね。そんな簡単なものとしてはいけないのでしょうけれど。 掛詞として、読んでしまいました。 連音が持つもともとの意味性もとてもこの作品にしっくりとして、沁み込んでくるようでした。 6・23の制定理由を初めて知ったとき、とても複雑な気持ちになったのを思い出しました。 けれども、その複雑さがきっと本音との連音としてわたしたちの生を支えているのかもしれません。なんて、よく分かりませんよね。笑 ライトな感想で申し訳ありません。でも、とても素敵な作品だと思いました。 (フラグメンツ/連音)

2017-11-05

弓巠さんへ お読み頂きまして、ありがとうございます。 勝手に返詩(?)のような事をしたわたしに、真摯にお返事を頂きまして感無量です。 >僕はこの詩をあまりわかることができませんでした。イメージや、感覚がとめどなく広がっていき、読者として置いていかれたように思ってしまいました。 自由口語詩において、読み方も自由ですので、弓巠さんがそう思われたことをお伝えいただけた事自体が作者にとっては宝物です。ありがとうございます。 >濁りはじめる時に、「僕」は、もう「僕ら」ではないのですね。 お気づき頂けたことに感謝します。 わたしのなかで言葉に出来なかった弓巠さんご自身の作品への憧れに対して大変丁寧なご自解を提示して頂き、嬉しく思います。 >理知的に、世界を切っていくような、あるいは、認識を疑ってかかるような姿勢、というものを、詩のなかで持ちようがない、あるいは、持たないことが一番自然に思えたのです。 このご発想には共感する部分が多々あります。わたしも認識から表現への昇華の際に、かならず足踏みをしてしまいます。 >そういったものの根幹には、やはり、ある種切り取ることができない、核のような何かがあるのではないか、僕はそう思って、いや、むしろ、そうありたいと思って、あの詩を書きました。 とてもよく理解できます。その核を分裂させ育て肉体として生育し、詩として歩かせることが大切だと共感します。 >書き手の、なぜ書くのか、というものの根っこのようなものを感じました。 わたしの作に対して過分なお言葉ありがとうございます。 わたしも、実を言うと、人に偉そうなことを言えるくらいの作歴はないのです。(時間は短いですが充実してした、と胸を張れますが) 弓巠さんの他の作品も拝読させていただきましたが、心惹かれる部分が沢山ありました。 これからも読者として楽しませて頂ければな、と思っております。 重ね重ねにはなりますが、本当に丁寧で真摯な、それだけで眩しいご返信をいただきましたこと、心より感謝申し上げます。 (be)

2017-10-25

まりもさんへ この拙い作を、お読み頂きましてありがとうございます。 「エクリチュール」 まずもって誤字のご指摘ありがとうございます。恥ずかしくて顔から火が出るかと思いました(///艸///) いまになって気づくなんて笑 だめですねぇ。。。 >一人の人間の体の各部がせめぎ合っている 興味深い鑑賞でした。 >情景描写や、詩の空間が生み出す抒情ということよりも、文体そのものが生み出す抒情性に傾いてしまわないか、そんな危惧を持ちました。 叙情性を含めた詩の機能の話と認識しました。危惧されるべきことはないと私は考えています。 さて、詩とはなんなのでしょうか? この言及に関してはまりもさんがどう詩を読んでいるのか(あるいはどう読みたいのか)垣間見ることが出来てとても興味深く感じました。わたしの詩論、詩想にも触れることになるので、あまり語りたくはないのですが「文体そのものが生み出す叙情性」に関してわたしは肯定的な観点を持っています。 (まりもさんが危惧されているのは、様式然とした陳腐化による内容の消滅なのではないかと思われますが、齟齬がありましたら申し訳ありません。) >神話という言葉が醸し出すイメージというのかニュアンスのようなものに、寄り過ぎているかもしれない、そんな甘さを作品に加えてしまうかもしれない 「神話」という語を敢えて用いたのは、そうなっても構わないという気持ちがあったからでした。 寄りたい(つまりそう読みたい)方にはそう読んでくださって問題はありませんし、「神話」という語によって詩の世界から乖離してしまう可能性も勘案しておりました。そこで読むのをやめられたらわたしの負け、読み続けて頂けたら幸いだな、位には思っていました。 直喩から神話までの語の流れで感得される方はいらっしゃるでしょうし、まりもさんのようにそこにだけ目がいってしまう方も勿論いらっしゃるでしょう。 基本的に「神話」や「感情を直裁的に示す語」をわたしも危惧を持ちながら用いる人間ですので、まりもさんのおっしゃいたいことは分かります。けれども詩文に違和を配置する喜びもまた得難いものであると考えています。 >感覚領域が拡大されていく、拡散していく そう読んで頂けて、嬉しく思います。感覚とは極々個人的なものである、と補足させて頂ければ幸いです。 >体感的に感じさせ、考えさせる作品 過分なお言葉に感謝します。個人的には昨今の流行り(というか、クリシェ)の身体性や体感などをさほど詩文には重視してはいないのですが(語弊があります、多くは語りません)、御身に引き寄せて考えて頂けたこと、またそういう機能がこの作にあったことを、とてもうれしく思います。 (be)

2017-10-25

まりもさん 鋭敏かつ繊細な鑑賞ありがとうございます。 >まだ幼い命の「ゆくさき」にひかりあれ、と願う、そんな若い母のくちずさむうた。 という読みをくださり、なによりも >いささか自分の思いに惹きつけすぎているかもしれません の部分に感激しました。 ※運営様 「もなか」アカウントの登録Eメールアドレスが間違っていた事が分かったため、正しいアドレスで「もなか」アカウントを作成しました。紛らわしい事をしてしまい、申し訳ありませんでした。 (ゆくえ)

2017-10-17