【弓庭夜話スピンオフ】なかたつ詩論喫茶(永遠に仮)

B-REVIEW フォーラム&ブログ B-REVIEW フォーラム&ブログ フォーラム 【弓庭夜話スピンオフ】なかたつ詩論喫茶(永遠に仮)

このトピックには1件の返信が含まれ、1人の参加者がいます。2018-10-14 14:50 なかたつ さんが最後の更新を行いました。

2件のコメントを表示中 - 1 件 2(全2件中)
  • 投稿者
    投稿
  • #381 返信

    なかたつ
    参加者

    弓庭夜話の中から話があがったスピンオフです。
    各々が詩について抱く疑問などについて語り合えたらと。

    参加希望者につきましては、僕もしくは参加者までお声がけください。

    • このトピックは なかたつが1 ヶ月前に変更しました。
    #382 返信

    なかたつ
    参加者

    平成30年10月13日(土)20:00~22:00頃
    なかたつ詩論喫茶(仮)第1回目

    [なかたつ]  みなさん、いらっしゃいますかね、こんばんは

    [杜 琴乃] こんばんは!間に合いました!

    [fiorina] こんばんは!

    [なかたつ] うーん、特に話すことは決まっていないです。どうしましょう。
    いや、いくらでもお話はできますが、先ずは僕自身の経歴をつらつらと書きます。

    [杜 琴乃] お願いします!

    [帆場蔵人] こんばんは、よろしくお願いします

    [なかたつ] 大学1年の時に白石かずこの講演会に行って、元々小説家志望だったのですが、その会で魅了され、詩を書き始めました。卒業論文は創作が認められていたので、卒業制作で詩集を。それと同時に、4年間書き続けていた割には、「読む」ことが全くできなかったので、院で「読む」ことを学ぼうと、文芸批評・哲学・詩論などを読み漁りました。修士論文は萩原朔太郎と西脇順三郎と飯島耕一の3者を歩行で比較することについて書きました、以上です。
    大学院に行ったのは、やはり、詩がわからなかったからです。そこで、偉大な先人たちの言葉に多く出会いました。一気に列挙しますね。それぞれの人たちがどう考えていたか。
    萩原朔太郎は「詩とは実に主観的態度によって認識されたる、宇宙の一切の存在である」「詩という文学の本質は、所詮するに『感情の直接法的表現』という定義に尽きる」
    西脇順三郎は「詩は現実に立っていなければならぬ。しかしその現実につまらなさを感ずることが条件である」
    吉本隆明は、詩を書くこととは「わたしは自己慰安のため<書き>、うっとりとしていた」
    野村喜和夫は「詩とは言葉による世界の捉え直し、あるいは再構成である。そしてそれは驚きを、エロスをさえ伴う。」

    [杜 琴乃] 萩原朔太郎は『かつて詩集「月に吠える」の序に書いた通り、詩は私にとつての神秘でもなく信仰でもない。また況んや「生命がけの仕事」であつたり、「神聖なる精進の道」でもない。詩はただ私への「悲しき慰安」にすぎない。』と述べ、大岡信は『対話が一番大事』と述べているのを読みました。

    [なかたつ] なるほど、ここで、問いたいのは、同じ「詩」について語っているはずなのに、なぜ、ここまで違うのか、ということです。

    [杜 琴乃] はい。気になります。

    [なかたつ] その答えを簡単に言うならば、「私にとっての詩とはこれだ!」という読者体験が違うからでしょう。それと同時に、同じ詩を読んだとしても、読者によって反応が違います。
    そこで、当時の僕が救われた言葉として、岡井隆さんの言葉をひきます。
    「詩は個人的な体験の奥深いところから作られれば、作られるほど、よい詩となるのである。個人的な体験として、読者一人一人の内側に持ち込まれて、私生活の内部で読まれれば読まれるほど、詩の感銘は深い」
    「難解さをおそれないこと。どこかで解説をこばむような痼が詩の中にあることを、むしろ、よろこぶことが大切だ」
    つらつらと、引用ばかりしてきましたが、たとえば9月投稿作品で帆場蔵人さんの作品がまさに読者の体験が活かされる作品になっています。
    https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=2271

    [fiorina] 岡井隆さんのことば、書く人に直に伝わる言葉ですね

    [杜 琴乃] 解説を拒むか…。最果タヒは自分の書いたものをいつまでも分かりたくない、というようなことをあとがきで言っていた気がする。

    [なかたつ] あ、無論、引用したものについては、全て理解する必要ないと思います。最終的には、信じたいものだけを信じて欲しいのですが、その理由を皆様なりに持っていてほしいなあと

    [fiorina] (私も凄く好きな詩です)

    [なかたつ] 「ポスト」と書かれていなくても、ポストについて書かれた作品だとわかると思います。それは、なぜか。読者がポストについて知っているからです。

    [帆場蔵人] 岡井隆さんは未読ですが、個人的な体験を普遍化して詩にする。というのは、師匠と思っている方から言われました

    [なかたつ] ただ、ポストはあまりにも日常的になりすぎていて、近所のポストの場所はわかっていても、ポストには目的があり、その目的を果たせばいいだけなのです。
    ポスト=日常的なもの、として、忘れやすい/大事ではないもの、を敢えて作品に書くという、作者の選択、が、作品を作品たらしめるものです。
    作家を英語で、writerとも言いますが、authorとも言います。
    権威を英語でauthorityと言います。
    これは完全に自論で誰も語ってないのですが、つまり、作品に対する権威authorityを持つ者こそが作家authorなのです。

    [fiorina] 朔太郎の「主観」に通じるものがある気がします

    [なかたつ] では、作品に対して権威を持つというのは、どういうことか。それは、テーマや言葉の「選択」をするということです。つまり、唯一の視点/選択/判断というのが、作品にはあります。
    平易に言えば、推敲する時に言葉を削ったりする権利です。読者は、その過程を目にすることはできず、結果として生まれた作品だけを読みます。
    ああ、一方的に語りすぎてすいません、コメント拾います。最果タヒさんのお話は、その根拠/理由が明確ではないですが、何を言わんとしているかはわかるのですが、話すと長くなる気がします。
    ここで、話はがらっと変わりますが、この間海飛さんにも語ったことで、
    さて、みなさん、何かものを掴んで、その手を挙げ、手を離してください、すると、ものは必ず地に落ちます。
    いつ/どこで/誰が、やったとしても、同じ理由に同じ結果が得られるのが、物理法則です。条件づきではありますが
    では、目の前に涙を流した人がいます。その理由は何でしょうか。
    その理由は、その人の数だけあるでしょう。
    つまり、一概には言えないですが、自然科学/人文科学を分けるものとは、理由と結果の結びつきに対する考え方が違うと言えるでしょう。
    涙を流した、それは、蜂に刺されたから
    涙を流した、それは、母が亡くなったから
    涙を流した、それは、憧れのアイドルに会えたから
    涙を流した、それは、宇宙が消えたから
    涙を流した、それは、涙を流したから
    涙を流した、それは、サラダを食べたから

    [帆場蔵人] 涙を流した理由を描くとき詩になっていくのでしょうか。
    その内部は個々の体験によって変わるわけですが。

    [なかたつ]納得できないもの、わからないもの、があると思います。でも、否定はできません。作品でそう書かれていたら、とりあえず、一回それを信じましょう。
    作品で書かれていることが、現実で起こり得るかどうかは重要ではありません。作品では起きているのですから。
    読者が読むべきは、なんでそれが起きたのかを想像することです。そのことによって、作品世界が見えてくるのではないでしょうか。
    それと同時に、作者と作品が必ずしも同一ではないことも。

    [fiorina] >とりあえず、一回それを信じましょう。
    >作品では起きているのですから。

    [なかたつ] 帆場さん、必ずしもそうだとは言えないですが、さきほどの岡井さんの論を敷衍すると、そういうことが言えるのだと思います。
    「涙を流した理由」が個々の体験によって変わるからこそ、その作品を読む意味があるのだと思っています。「涙を流した理由」について普遍的な作品が1つあれば、他の作品がいらなくなるかと、そうではなく、「その人なりの視点や選択」=authorityを、僕は見ていきたいです。
    普遍的な理由など、存在しないと思っていますが、様々な人が違う視点で同じテーマについて書き続けるからこそ、そのテーマについての理解が増していくと考えられる気がします
    わかりにくかったり、疑問があったらなげてくださ~い

    [fiorina] すべての道はローマに通ず、
    すべての体験は詩に通ず、と言う・・・

    [なかたつ] 「すべての体験は詩に通ず」は、僕が最も大事にしていることかもしれません

    [fiorina] 一瞬ごとに個人的体験はしているので、詩の宝庫ですね。

    [なかたつ] そこで、まりもさんの「わかる/わからない」問題に話を繋げますと、そもそも作品を読んだ時、何についてわかる/わからないのかを示す必要があります。
    僕の後輩にこんなことを言った人がいます。
    「わかると言われるとむかつく」と。その理由は、簡単にわかると言わないで欲しい。この気持ちについて、同じ体験をしているわけでもないのに、「わかる」と言われて、わかったつもりになられても、疑ってしまうと。
    それこそ、さきほど述べた、たとえば「悲しい」という気持ちに対して、わかるのは、「悲しい」という気持ちがどんな気持ちであるかはわかります。それは、同じような体験をして、「悲しい」という言葉の意味を知っているからです。
    「悲しい」という言葉の意味を知っている、ということは、どういう時に「悲しい」という言葉を使うのが適しているのかを知っているということです。
    「悲しい」という感情は、単なる結果/結論です。だから、使い方を知っているだけであって、そこにいたる過程については、場面によって全く違うわけです。「わかる」と言う時、そこにまで目を向けているかどうかが重要なのではないでしょうか。
    でも、「わからない」という時、同じ体験をしていなければ、永遠にわかりあえないのか。そうでもないです。読者の中に秘めている体験を敷衍します。
    たとえば、目の前に、蜂に刺されて「痛い!」と言っている人がいても、蜂に刺された痛さを体験することはできません。それでも、注射器に刺された時の体験を持って、想像することはできます。それと同時に、蜂に刺された時と注射器に刺された時の痛さを比較して、その違いを知ることができます。
    つまり、100%人と分かり合えることなどできませんが、5%の理解を10%,20%のわかるに、%を上げることはできると僕は信じています。それこそ、
    読者の体験の積み重ねなのかなあ、と。

    [fiorina] よりよくわかることが、詩を読む歓びでしょうか?

    [なかたつ] 詩を読む歓びは、人によって違うのかなあ、という気もします。
    みなさんは、なんで詩を読むんでしょうか

    [オーディエンスA] 「パッと読んでなんかいいな」を得るためです

    [fiorina] あと、わからないのにわかる、と言う、言葉に酔いしれたいときがあります

    [帆場蔵人] より良くわかる、も詩を読む喜びですが読み上げたときの言葉の連なりやリズム流れの気持ち良さ、なんかもありますね。

    [なかたつ] オーディエンスAさん
    「なんかいいな」と思える作品は、結果として、共感できる作品ですか?それとも、自分の生きている世界とは遠い世界が描かれている作品ですか?

    [オーディエンスA] どちらもですねえ。
    でも、その「パッ」が何からくるのかはよくわからないです。

    [なかたつ] fiorinaさん
    「わからないのにわかる」というのは、僕もあります。それは、結論が書かれておらず、描写に徹した作品がその1つにあるなあという気がしています

    [杜 琴乃] なぜ読むか。日常の些細なことが、素敵にみえたり、悲しくみえたりする、そんな体験を求めている…のかも。

    [なかたつ] 帆場さん
    確かに、今日は、その音韻については全く触れていませんでした。言葉遊び、とは違いますが、まるで、子どものときに新しい言葉を覚えていく時のような喜びに近い気がします
    オーディエンスAさん
    なるほど。どちらもあるんですね。おそらく、具体的作品を並べて語った方が見えてくるものがあるかもしれないです。

    [オーディエンスA] 現代詩というもののほとんどに「パッ」センサーが反応せず、近代詩ばかり読んでいます。それでこちらに現代詩の勉強をしにきました〜

    [鈴木 海飛] 学校でさ。詩を覚えて校長先生の前で暗記したのを発表する、それがなんか好きで
    人生カクゲン集よりかは詩の方に汲みたいものがあるかなー。

    [なかたつ] 杜さん
    日常にこそ、見落としがちなものがあって、さきほど例示した帆場さんの作品こそまさにそんな作品ですね。僕は実体験で誰かから言われた言葉=声を題材にして詩を書きます。僕は僕が大事にしたい僕宛の言葉を書き留めたい、日常会話にこそ詩は宿るような気がして
    オーディエンスAさん
    近代詩/現代詩の違いというのも、一言での定義は難しく…。現代詩も様々なスタイルの人がいて、僕も現代詩を知りたくて腐るほど読みましたが、正直合う/合わないはあります。それでも、好きな作品にいくつか出会えたその喜びがあるから、読み続けています
    海飛さん
    詩というものを通じて、人に認められる、そういうこととは違うかもしれないですが、それも一つの喜びかもしれません。詩って、朗読向きとかもありますが、それはまた後日にします

    [fiorina] 自分宛の言葉・・・百均さんの「祖母包茎」をおもいだしました。おばあちゃんのことば・

    [なかたつ] なるほど、音韻性とか朗読の話が出てきたので、それについては、後日語ります。

    [杜 琴乃] なかたつさんが仰った、忘れやすい大事ではないもの、が、忘がたい大事なもの、に思えた時、詩を書こうと思うのかも…。

    [fiorina] 自分の中の祖母や祖父の言葉がたくさんあったので、ひびきあった

    [なかたつ] 今日はあくまでも詩を読む姿勢についてだけ語りました。ちょっとおさらいしますと。
    どんな作品にも作者がいて、そこには作者の選択が含まれている。読者は同じ感情/気持ちを抱くことができるかもしれないが、その結果にいたるまでの過程については、人によって違う。その過程を描くことが、作者の選択であったり、作者自身の反映であったりして、それについて100%わかることはできなくても、読者の体験を活かして、0%~99.999….%理解することはできる。

    [fiorina] それに、自分の何げなく放ったことばが、誰かの中で詩になるのを想像すると、。。

    [なかたつ] 杜さん
    詩を書く、ということについて、僕はまさにそれですね。
    fiorinaさん
    「自分の中の祖母や祖父の言葉がたくさんあったので、ひびきあった」というのが、まさにfiorinaさんの体験が活かされているのですね。

    [オーディエンスA] 生きるか死ぬかってときにふと思い出せてふみとどまれる力を持つ言葉を求めてるなあ。

    [なかたつ] たとえば、僕はfiorinaさんに「全然話はできなかったけれど、富山の人と聞いて、安心しました」というようなことを言われたことを覚えていますし、逆に僕はオーディエンスAさんに言った言葉が後日オーディエンスAさんに「~~~~」だとあの時言われた、と指摘されましたね…。
    すいません、これは詩論と言えども、詩を書く論で、詩を読む論とは別物ですね。

    [帆場蔵人] ぼくはそれこそありふれた物が自分の生活や人にとって、どんな風に存在しているのか?という思いがあって、ポストもそうですが、箸なんかの詩を書いたりします。
    それは本当にある日、ふと思い出したことが着想になるんですが、他人の話しから現れることが何故か多いですね。

    [なかたつ] オーディエンスAさん
    そのようにして、自分が求めていることを宣言できるのは、尊いことです。ぼくはそれを否定することなど到底できないですし、誰が何と言おうとオーディエンスAさんにとっての大事なことだと思います。
    僕が「生きるか死ぬか」って時に、なんて思うだろうか、と考えるきっかけをもらいました。ある意味、この短い言葉も、詩なのかなあと。

    [オーディエンスA] わはは。「私はそう思う」ですから、他の皆さんの詩論も興味深いです。

    [杜 琴乃] なぜ読むか、を考えることでなぜ書くか、ようやく自分にとっての「詩とは」が少し具体的になりました。冒頭の、萩原朔太郎と大岡信の真逆の考えに、どちらにも「なるほどそうだなぁ」と思っていて、かなりグラグラしていたので。

    [なかたつ] 帆場さん
    他人の話から現れること、ありますよね。
    「ありふれた物が自分の生活や人にとって、どんな風に存在しているのか?」この疑問が、帆場さんにとっての出発点であるのだとわかりました。それこそ、正解/心理を探すというものではなく、単に他人に対する興味へとつながるのだと思います
    皆さんの話を聞いていて、僕が後輩らによく言っていたことを思い出しました。
    ここにいらっしゃる皆さんは、少なくとも、他人の話や人生、視点といったものに興味を持っている方です。たまに「私が一番だ!」として、他者を受け付けない方もいますが、書くというより、
    特に、読む、ということは、話を聞くことと一緒です。
    太宰治だって、三島だって、いろんな優秀だとされる作家でも、そこに、「私(なかたつや皆様)」を主人公にした作品などありません。あくまでも、誰かの人生が書かれただけです。読む、ということは、多少なりとも他者への関心がないとできないことです。
    他者の視点を借りた世界を見ることで、新たな世界の見方、あくまでも、新たな世界ではなく、世界の見方が見えてくるのではないでしょうか。

    [オーディエンスA] なぜ、「詩」なのかというのが興味深いなあ。

    [なかたつ] あー、たしかに…

    [オーディエンスA] 世界が変わって見えるのは、小説でもエッセイでもあると思うんですよね。なぜ、「詩」なのか。
    すごく興味あるなあ、と思って。

    [なかたつ] それこそ、僕が答えを持っているわけではないので、なぜ詩を選んだのか、その理由を皆様なりに語ってもいいですね
    というわけで、あとはオープンにして、喋り場にしまする。

    [杜 琴乃] 小説やエッセイは線、詩は点、という感じがします。

    [帆場蔵人] ぼくは現代詩という物が解らず、何を書いて良いのか悩んでいましたがここでの皆さんの言葉を読んで悩み過ぎる必要はないのかな、と思いました。

    [オーディエンスA] そうか、答えはないのか!
    ちょっとホッとした……

    [なかたつ] それこそ、冒頭で、様々な先人の言葉を引用したとおり、あれだけの人たちですら、同じ定義ではないですから

    [fiorina] 友人で、泣きそうになりながら、詩じゃなきゃあだめなんだ、と言う人がいました

    [なかたつ] 杜さん
    どういう点が線で、どういう点が点なのか、もう少しだけ付け加えることは可能でしょうか
    筋立て、ストーリーというところと関係ある気がしております
    現代詩なんてわからないです。わからないからこそ、読み続けています。

    [オーディエンスA] (詩と散文詩と小説の違いをだれか教えてー!)
    詩でなくちゃいけない! フィオリナさんのそのお友達がこの場にいたらなあ!

    [fiorina] ゆくえふめいですw

    [なかたつ] fiorinaさん
    私見を述べると、「詩がないと生きていけない」という人は、あまり信じていなくて、その理由は、では、そういう人は、たとえば、本屋の詩集コーナーの詩を全部読んでいるかと言えば、読んでいるわけではない。詩が必要なら、端から端まで詩を読んでもいいのではないかと。
    でも、否定はできません。
    たとえば、「モテたい!」と言う人がいた時、相手は誰でもいいのかと言うと、実はそうでもなかったりする。「(〇〇みたいな人に)モテたい!」という括弧が隠れていたりする。
    だから、「詩がないといけない」という人に対して、「(〇〇みたいな)詩がないといけない」という括弧に隠された部分について話を聞いてみたいです。
    それこそが、まさに作品を読むことと繋がっていると思っています

    [fiorina] あまり代弁してはいけないと思いますが、
    表現された形として、美というか、光というか、魔力というか、火というか、

    [杜 琴乃] 小説やエッセイは次々と話が展開して進むけど、詩は一点を見つめてそれについて様々な思いを巡らせている、というか…。

    [オーディエンスA] 行方不明!?
    詩を読んで、その人の人生におもいをめぐらせ、その人のなにかと友達になった気になることがあるなあ。
    もちろん本人と友人になりたいというわけでなく。
    小説にはそういう力はないですね、あまり。ときたまあるけど。

    [fiorina] そんなものが詩にはあると感じているような。

    [なかたつ] fiorinaさん
    おそらくですが、その時その場所、特定の時・場所で読んだ特定の詩についての体験があると想像できます。その体験を僕は知りたくなってしまいます。これが、詩を書く/読むことに繋がる気がします。
    そういう体験が1回でもあると、詩から離れられなくなってしまう。悪い意味ではないです。むしろ、それこそが詩の持つ力なんだと

    [fiorina] 小説にも、そんな詩があるのがあるとはいっていましたが。(代弁終わります)

    [なかたつ] 杜さん
    なるほど、やはり筋立ての話が関わってきますね。詩はひと場面でも成り立ちます。
    同じ主題を語っていたとしても、語り方の違いがありますね。
    読む時、whatばかりに目が生きがちですが、音韻のことを考えると、どう語られているかというhowについても目を向ける必要がありますね

    [杜 琴乃] 点を連ねて線にするというより、点を重ねて濃くしていくような。
    どう語られているか、ですね。

    [fiorina] 朔太郎に、詩は何を書くかでなくどう書くかだ、と言うことばがありました。

    [なかたつ] 昔書いたメモ書きですが…、参考までに
    https://po-m.com/forum/showdoc.php?did=276133

    たとえば、小説ですと
    「メロスは激怒した」と述べられますが、本当に激怒している人って、「私は激怒している」とは言わないですよね。「ざけんじゃねえよ!」とか、これが叙述と声の違いなのかなあ、と。こういったことが作品世界の現場性というか、そんな違いがありますね

    [杜 琴乃] おお!後ほどじっくり読ませて頂きます!
    「私は激怒している」て、主語は私なのに、すごい客観的ですよね。

    [オーディエンスA] 私が思うのは、詩には書く方法論がなかなか通用しないと思う。
    小説は極論したら、方法論と取材だけで書ける。
    そこが詩と小説の違いなのかな、と思います。

    [なかたつ] どっちかというと、書き方に対する詩論になってきましたが、
    ある一つの出来事に対して「悲しい」と書きたい時に、その出来事に対して、視点をどの時間で設定するかが重要で、本当に悲しい時って、むしろ無で語りようがないですが、後になってから見えてくるものがある。
    それが、僕の詩論の根幹である「物語り論」なのですが、これは後日です。詩は、物語ではないですが、「物語る行為」と密接に結びついていると。
    それについては、こちらの記事ですね…、これはちょっと難しいので、適当に読み流してください。
    https://po-m.com/forum/showdoc.php?did=273834
    「悲しい」という感情は、何かの結論であって、その理由をその人なりに見つけて、1つの物語化することによって、その物語を了解し、「悲しみ」を理解するという論です。この「物語化/物語る行為」こそ、詩を書く価値であって、詩を読む時にも、この「物語り行為」に注目したいな、と。その人がその出来事をどういう形で了解するにいたったのか、もしくは、了解できなかったのかを読み解きたいと。
    ごめんなさい、難しい話です。

    [帆場蔵人] 詩を書く練習というか方法論として一人の人間を

    ①男か女か
    ②何歳くらいか
    ③立ってるか座っているか
    ④戸外か室内か
    ⑤季節は?
    ⑥どんな服か?
    ⑦髪型は?
    ⑧その人の悲しい過去は
    ⑨その人の描く未来は
    ⑩その人が愛した人は
    ⑪その人と共にいた犬は?
    猫は?ペットでよい

    こういった質問で、20個の質問に答え繋げると詩のようなものが出来る、という方法を教わったことがあります。

    [なかたつ] 帆場さん
    岩田宏さんの詩で、「~~~が好き」をただ列挙しただけの詩があった気がします。それを好き、というのは、その人の選択がそこにあって、その選択したという行為を示すからこそ、詩になるのかなと思います。それは単なる結果の列挙でしかないのですが

    [オーディエンスA] 詩はなぜ流行らないんだろう? みんなこんなに一生懸命なのに〜

    [なかたつ] 谷川俊太郎の「私」という作品もありましたね、単なる自己紹介。
    詩が流行らないのは、「わかりにくさ」ではないでしょうか。
    僕も最初はわかりらなかったですし、いまだにわかりません。

    [杜 琴乃] 好きや嫌いを列挙しただけのものを詩とさせているは、使う言葉、表現の方法、そしてやはり視点ですね。「え!?そんなところ気になる?」みたいな。そこに書き手、主人公の生き様がチラっと見えると、やはり面白い、と感じる。

    [帆場蔵人] たしかに谷川俊太郎だと挨拶の言葉を並べていく詩とかありますね。
    詩はわかりにくい。確かに最初、そう感じた作品がありましたし、未だにわからない作品があります。

    [fiorina] 私は自分の痛点を探って、その痛点のまわりにぼ~としたオレンジ色の輪を描いていくと物語になってしまうと言う経験がありました
    物語を書きたいわけではなく、痛点を探らないといたいままなので。

    [なかたつ] 大学の教壇に立って、詩を書いたことない人たちに詩の書き方を教えたことがあったのですが、その際に「言葉のまわり道をしてください」と伝えました。それは、結論を急がずに、あなたなりに、一つの出来事について、考えてくださいと。
    今は、結論や情報だけが求められがちで、時には立ち止まって欲しいなあ、と。
    あと、電車乗っているとみんなスマフォいじりすぎで、1~2分あれば、1篇読めるのになあ、と。詩は短い分、読む時間がかからないですが、その分たくさんありすぎて、いわゆる「あたり」に出会う可能性も少ないかもしれないです。

    [オーディエンスA] それで、分からない! って書くと怒涛の反論がきてびっくりしたりします。笑
    逆に、深読みしてただいて???ってなったり。

    [なかたつ] それだったら、僕がポエムコンシェルジュとして、「~~みたいな作品を読みたい!」って言ったら、「これどうぞ」って紹介しまくる商売したい、というのは、冗談です

    [オーディエンスA] いや、案外なりたつかもう笑笑

    [帆場蔵人] いや、ポエムコンシェルジュは面白いかも。

    [なかたつ] 杜さん
    そう、言葉にするからこそ、他者の視点って見えてくるんだなあ、と思いました。何を思ってるとか、何が見えてる、とかわからないですからね。

    [fiorina] 回り道が多いほど、道々の景色や空気感がついてきますね

    [オーディエンスA] てか、古いタイプのカウンセラーさんとか、そういう人いますよ。
    こういう気分なんです、って言うと、昔のことわざとか教えてくださるのね。

    [fiorina] ポエムソムリエw

    [オーディエンスA] だから、「悲しい気持ちの私に合う詩を教えてくださーい」とか! わはは

    [なかたつ] 痛点を探る作業、それ、大事ですね。楽だったり、近道ばかりだと、多分詩はいらない、無論、小説だったり。
    相手に合う詩を提案するためには、どんなことがあって悲しいのか、とか聞いたうえでないと、安易に出せないですね…。カウンセリング!?
    どうしましょう、2時間経ちそうです…、一度〆ますか

    [帆場蔵人] 詩とは少し違うのですが、物語でふと思い出しました。
    福祉の現場で一人のご利用者を一、二時間かけてその行動を観て、その方の内的な世界をその人の主観で描いてくださいという研修をしてもらうのですが、あれって詩に近いのかもしれないなぁ、と感じました。
    いやぁ、面白いしためになります。

    [fiorina] そうですね、次回に。楽しみです!

    [オーディエンスA] 面白かった〜! ズレまくり、申し訳ないです。

    [なかたつ] 帆場さん
    それ、僕が考える詩にも近いなあと思います
    いや、「言葉のまわりみちをしてください」と言った以上、ズレるのも大事です。僕が見えないところに、眼を向けて下さるので。

    [帆場蔵人] 時間が直ぐに飛んでいきますね。学んでも、学んでも尽きない。ズレって意外な発見をしそうですからね。

    [杜 琴乃] とっても楽しかったです。
    なかたつさん、丁寧なレスを有難うございます。皆さんのコメントにも反応しきれてませんが、首を痛めるんじゃないかと思うほど始終うなづいてました。

    [fiorina] もう、すぐ詩が書けそうw

    [杜 琴乃] ぜひフォーラムで多くの方にも読んで頂きたいです。

    [なかたつ] (夕狩さんは僕以上に勉強家なので、皆様、次回に期待しましょう)

    [芦野 夕狩] 私もこの芦野というキャラはどうしても女性詩が書きたくて、ネカマとして作ったキャラで、25歳OLの設定だったんですが、「内的な世界を主観で描く」というのはやってみて、すごく難しいけどやりがいがありました。架空の人物だから難しかったのかも知れませんが…。けどその人の視点になることって、その「眼差し」を想うことって、何より詩なんだなと思いました。
    帆場さん
    我ながら遅レス失礼しました…

    [杜 琴乃] ぜんぜん一方的ではないです。次回も楽しみにしています!

    [帆場蔵人] 芦野さん
    なるほど、キャラクターから作る。それはすごいです。ぜひ、芦野さんの詩が読みたくなりました!

    [なかたつ] けどその人の視点になることって、その「眼差し」を想うことって、何より詩なんだなと思いました。
    って、すごい大事だなあ

    [fiorina] 一方的な感じは全くないです。次のコメントが待ち遠しいような時間でした。

    [オーディエンスA] 一方的でないです、面白かった〜!

    [なかたつ] 正直に言うと…、
    楽しかったです。

    [fiorina] ww

    [杜 琴乃] 良かった!!

    [帆場蔵人] 全く一方的には感じませんでした。良い加減ですね。次回が楽しみです!

    [芦野 夕狩] 私がかなり不器用なので、なりきらないと書けないんですよね…ありがとうございます。確かびーれび今年の始め辺りに投稿させていただきました(あの頃にはもう夕狩というキャラに限界を感じてしまい素に戻っていますが)

    [fiorina] 会話がいいのですね、文章で一気に読むと

    [鈴木 海飛] つぎはちゃんと喋れるようにお酒飲んできます。
    ほぼ見てるだけでしたが
    皆様の会話が面白かったです。またよろしくお願いいたします。

    [fiorina] 難しいかもしれないことが、会話の中では入ってきます

    [なかたつ] そうですね、対話形式で、疑問とかをお互いに意見言い合う、それがいいですね。

    [芦野 夕狩] なかたつさん、ありがとうございます。詩を読んでいて常々思うのですが、本当に人のことを想うことのできる人の詩って、物凄くドキッとするんですよね(思いやりとかそういう事ではなく)、本当に最近、「詩と眼差し」ということに深く思うことがあったので。
    (すみません、いつもワンテンポ会話が遅いのですが、ご容赦くださいませ)

    [なかたつ] 次回は、27日(土)、仮予定、随時疑問や語り合いたいこと募集しています。平日はほとんどあれですが、時たまお返事できます。
    作業は明日以降やります。既にお休み体制の方もいらっしゃるかと思いますので、閉会します。ログ上げます。
    お疲れさまでした、おやすみなさい。

    • この返信は1 ヶ月前に  なかたつ さんが編集しました。
2件のコメントを表示中 - 1 件 2(全2件中)
返信先: 【弓庭夜話スピンオフ】なかたつ詩論喫茶(永遠に仮)
あなたの情報:




<a href="" title="" rel="" target=""> <blockquote cite=""> <code> <pre> <em> <strong> <del datetime=""> <ul> <ol start=""> <li> <img src="" border="" alt="" height="" width="">