月刊『解釈と鑑賞と感想』

カテゴリ: 徹底討論

蛾兆ボルカ2017年9月5日
毎月、月替りで、1つのテキストを指定いたします。(その月の特集と思って下さいませ。)

そのテキストについて解釈した上で、批評したり、雑談したりして下さい。

1)解釈の方法は自由。独自解釈でも、書籍からの引用でも可。

2)批評や分析の方法も自由。ただし、ツールやタームはなるべく説明を入れ込んで下さい。

3)締め切り厳守。何日から始めても、月末でその月の話題は終わり。

4)鑑賞を踏まえた返詩でのご参加アリ。

コメント

  • 蛾兆ボルカ2017年9月5日
    編集済み:2017年9月5日

    2017年9月のテキストは、糸井重里作詞『TOKIO』1980年 です。

    http://j-lyric.net/artist/a000aa6/l0057ba.html

    当時、沢田研二が歌い、大ヒットしました。

    森田拓也2017年9月5日
    沢田研二さんはすごい良い歌手ですね。
    第二連目の歌詞があるとは知りませんでした。
    第一連は力強い印象の言葉。
    第二連目は恋を語った深みのある印象に感じます。

    蛾兆ボルカ2017年9月6日
    森田さん
    今晩は😁

    沢田研二、イカスよね。

    この歌は、前半元気がよいんだけど、後半は切ない不毛な恋なのかな。

    「時の過ぎゆくままに」に通じそうだし、全然違いそうでもあります。

    蛾兆ボルカ2017年9月6日
    編集済み:2017年9月6日

    ベルさん
    おはよう御座います。論考、レファレンス、ありがとうございます。
    これから、解釈の話をしていく上で、大変参考になりそうです。

    80年代を象徴するような詩が、幕開けと同時にリリースされてしまったこと。不思議です。しかもこの歌詞は、バブル崩壊後の時点から書かれているようだ、とも私は感じます。

    「大都会」を読んでみて、もう一つ考えました。
    TOKIOは、隠喩を駆使した難解な歌詞だし、博多を舞台にしたという「大都会」は怨みツラみを昇華できてるのか怪しいベタ過ぎる歌詞だと私は思います。ともに、どうして流行したのか不思議な二曲ですね。

    また、この二つは、飛翔のイメージを、(ニつともが唐突に)もっていますが、これはどう解釈するんだろう。

    ごくごく低い可能性を上げると、これ、サブリミナルメッセージだったかも知れないですね。二曲合わせて、核ミサイルのイメージなのでは。

    当時、日本を核武装したいと考え、そのためにプルトニウムを持ちたい、と考えたひとが誰だったろう、と考えたり。

    まあそれは、無視できるほど低い可能性の話ですが。

    蛾兆ボルカ2017年9月6日
    ベルさん
    ありがとうございます。

    (引用)東京=Tokyo ではなく、近現実未来的な《幻想都市》全てであろう
      という感触でした。(引用終わり)

    からの解釈、なるほどと思いました。
    近現実未来的ではあっても、BATMANのゴッサムシティや、天空の城ラピュタのような、幻想の都市。幻想と言う言葉をフアンタジーと言いなおして良ければ、私にはさらにしっくりきます。

    その解釈について考えましょう。私も先ずはそれで考えてみます。もし良かったら、次の2つのことについて、解釈がどう展開するのか、ベルさんからコメントお願いします。

    .「街が飛ぶ」とは、幻想都市トキオが、「砂クジラ」やラピュタのような、飛行物体であることを示しているのでしょうか?

    .「死にそう」と、呟いた彼女は、過去形で懐古されますが、どこにいたのか。何を見ていたのか?

    森田拓也2017年9月7日
    蛾兆ボルカさん、ハァモニィベルさん

    こんばんは♪
    よろしくお願いします。

    「TOKIO」の第二連目より第一連目の方が有名なのはやっぱり第一連目の方が力強い感じがして世間で受けてるのかなって思いました。
    ボルカさん、「時の過ぎゆくままに」の歌詞を読ませていただきました。
    「TOKIO」と「時の過ぎゆくままに」の歌詞を比べますと「TOKIO」は歌詞(詩)を生かすのに音楽的なリズムが必要な気がしますね。
    逆に「時の過ぎゆくままに」の歌詞は詩的でめちゃくちゃかっこいいですね。
    詩集に載ってても良い感じ。

    ボルカさんの「TOKIO」の核ミサイルのイメージとても面白いですね。
    たしかに、歌詞読んだら破壊的なイメージがする。

    ハァモニィベルさんの「TOKIO」の未来都市のイメージとても面白いですね。
    未来警察ウラシマンのテーマの歌詞にも通じますね。
    http://www.uta-net.com/movie/84616/

    蛾兆ボルカ2017年9月7日
    町田さんが、ブレードランナーからTOKIOを思い出すというのは、面白いです。あの映画の冒頭シーンは、キューブリックの膨大な没テイクフィルムから再合成したという美しい鳥瞰から始まり、反重力エンジンで三次元的に走る車からの視点で街を描いてました。

    ベルさんは、少し違うイメージを描いておられるようだけど、これを仮に「ブレードランナー説」と名付けるなら、僕には、何かかなりしっくりくる解釈です。
    確かに「飛んでる」感ありますし。

    この「ブレードランナー説」にわりと近い解釈として、僕は、トキオの「お前」と呼ばれる彼女ってロシア人とかの美女で、国際線の飛行機のなかで、隣の男に「光の泡ね。見詰めてると、死にそう。」と、言ったのかな、と思います。

    蛾兆ボルカ2017年9月7日
    それと、前半後半ですが、前半はバブル高景気に向かう時代の元気さを感じ、後半は恋愛かなあと思いました。
    ただ、「時の過ぎゆくままに」に繋げるかどうか、解釈を迷ってます。あれもカッコイイですけどね。
    むしろ、「私を月まで連れてって」のイメージに繋げるかも。
     http://fefnir.com/kt/sh/fly_me_to_the_moon.shtml

    蛾兆ボルカ2017年9月7日
    TOKIOの歌詞が優れているかどうかは、僕は今月末までには私見を語るつもりです。
    サックリ言えば、優れた歌詞だと予測してます。でも評価する前に、まずこれは何なのか、解釈したり分析したりしようと思ってるところです。

    このスレはテキストを主に扱いますが、楽曲として、または沢田研二として語るのもアリです。

    それと、ベルさんから東京についての話題が出てますけど、それは私の中では「ミサイル説」とも繋がるご意見です。
    東京周辺には、大宮の氷川神社など、川を竜に見立ててスサノオを祭った場所があります。フォッサマグナの峡谷であるこの地域は、富士の噴火の影響や地震や洪水などの他、大火事や空襲にも見舞われ、滅びる宿命を背負ったような地域でもあるなあ、と思います。

    森田拓也2017年9月7日
    編集済み:2017年9月7日

    蛾兆ボルカさん、ハァモニィベルさん

    こんにちは。
    ブレードランナーは本当にいい映画ですよね。
    フィリップ・K・ディックの原作の小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』もまた読みたい。
    監督さんは未来TOKIOを映像で表現されるために中国系の街に雨を降らせられたらしいですね。
    沢田研二さんは本当は世界に進出できたのにそうしなかったって残念がられるミュージシャン仲間が多いみたいですね。
    なぜ、TOKIOという表記なんだろう?
    なぜ、Tokyoという表記ではなかったんだろう?
    たぶん、TOKIOという表記の方が多くの人々に受けるからか。
    広島をヒロシマとかHIROSIMAとかって表記すると戦争の感じがする。
    くるりが「東京」という曲を作曲してますね。
    すごいいい曲。
    http://www.nicovideo.jp/watch/sm25457254

    蛾兆ボルカ2017年9月7日
    森田さん

    コメントありがとうございます。
    そうですね。この歌には国際的ななんかがあり、それがタイトルになっていると思います。
    だから語り手は、日本人とは限らないなあ、と思いますし。
    「トキオ」という言葉自体は、僕はYM0が印象的です。

    少し思いつきました。
    スイッチを一つ入れさえすれば、真っ赤に燃え上がる遊園地というのは、街全体ではないかも知れないですね。未来の幻想都市にある、一つの施設かも知れないです。

    また、どうせ隠喩だからと思ってイメージ化を諦めてしまうなら(それが解釈であって何も不思議はないけど)、燃え上がるのは誰かの想いや心かも知れないし、端的に、彼女さんのカラダかも知れない。

    蛾兆ボルカ2017年9月7日
    編集済み:2017年9月7日

    別の、一つの解釈を思いつきました😀

    TOKIOは、時尾さんという名前の宇宙飛行士かも知れない。
    人体を都市と見なしている彼女は、人間には無毒な、優しいウイルスで、吠える彼は、ミトコンドリアの中のトランスポゾンかも。ミトコンドリア、発熱体ですから。

    蛾兆ボルカ2017年9月7日
    くるりの、東京、イイネ。

    森田拓也2017年9月7日
    蛾兆ボルカさん、ハァモニィベルさん、みなさん

    こんばんは。
    ボルカさんの読みがとても魅力的ですねー♪
    新選組の隊長、斎藤一さんの奥さんが時尾さんというお名前らしいです。
    YMOの曲「テクノポリス」のオフィシャル・ビデオで東京タワーがロケットみたいに飛んでますね。(笑)
    YMOの曲での「トキオ」という言葉の表現について細野晴臣さんはフランスの方がトウキョウと発音できずに「トキオ」と言われたことが面白かったことと、電車なので駅員さんが「トウキョーウ!」と叫ばれていたため面白く感じたから「トキオ」と表現したといわれてました。
    「TOKIO」という表現からサイバーパンクを感じさせるという感想を持つ人がおられるようです
    「サイバーパンク」=テクノロジーの発展した退廃的な近未来社会のイメージの表現、サイバースペース(仮想空間、仮想社会)などの表現が大切にされる。
    映画「ブレード・ランナー」もサイバーパンクですね。
    twitterでこの間ある方がサイバーパンクとサーバーパンクの違いについて言われてました。
    「すごくごく雑に言うと、サイバーパンクは身体と機械の接合の際に生じるノイズとディストーションが味だったのに対して、サーバーパンクは精神と機械の接合の際に生じるそれが鍵になる。もっとも、ここで心身二元論を持ち出したり、一枚岩のネットワークを想定するのでは話にならない。」
    ってある人が言われてました。
    僕には難し過ぎて意味が分からなかったのですが……。
    他のサイトの名前を出して悪いのですが今日、現代詩フォーラムの散文カテゴリーに「芸術の進化について」という題でラスコーの壁画を観た感想を通して、芸術に進化は必要か?という問題について書いておられる方がいます。とても良い文章なので、みなさんも読んでみられたら良いと思います。
    僕からみなさんに質問なのですが、みなさんは未来化して行く世界、TOKIO化して行く世界で
    人間の芸術的な感性も変わる、変わってゆくと思われますか?

    森田拓也2017年9月8日
    沢田研二さんのTOKIO時のスタイル衣装はビート・タケシさんのタケちゃんマンの変身時の時の衣装なんですね。沢田研二さんは8時だよ全員集合に聖歌隊としてよく出られていて、その同じ時間放送の裏番組でありライバル番組であったオレたちひょうきん族でTOKIOの衣装でタケちゃんマンが活躍していたのは少しだけ印象的な出来事に思えた。

    蛾兆ボルカ
    2017年9月8日
    長文を書いたのに消えてしまった(泣)
    「送信」ボタンすぐに隠れてしまい、探さなきゃならなくなる。しかし、長押しやタップで何故かトップに移動する仕様。なのですな。
    めげずに書き直します。

    森田拓也2017年9月8日
    蛾兆ボルカさん

    こんばんは♪
    長いセンテンスを打ってエンターキーを押してしまうと多くの文字が消えてしまうので、三文字ずつぐらいでエンターキーを押して打ち込んだ方が良いですよ。
    がんばってね、待っていますね♪

    蛾兆ボルカ2017年9月8日
    どうにも(送信)ボタンが押せないので、三回に分けます。

    現代詩フォーラムにある散文、読んできました。
    僕もラスコー展で感動したので、よくわかります。

    あの壁画はピカソの絵画に深く通じています。ピカソ自身が洞窟に忍び込んで描いたのだとしか思えないほどです。

    絵画を観るとき、僕は色彩や、マチエールを愉しみますし、量塊を味わいます。もちろん主題や観点もですが。
    しかし、ある作家を好きになるかどうかは、色面の構成と、線の表情ですね。すなわち、その作家の生き方(モード)と、その作家がほとんど生まれつきに背負う、身体的な力(才能)です。(続く)

    蛾兆ボルカ2017年9月8日
    (2)
    例えばビアズレーの線が大好きです。
    どれほど多くのひとが、どんなに真剣に、あのスタイルを模倣しようとしたか知れませんが、彼のようにして滅びる者にしか、あの線は引けません。ムンクの線もムンクにしか引けない線ですね。
    同じように、僕はピカソの色面が好きです。ピカソの色面にも、ピカソのように戦う男にしか到達できない、人類の悲願のような美の深淵があります。
    青い四角とは、人類にとって、どういう願いか。赤い三角とは、人類のどんな祈りか、それをピカソはピカソのみが可能な身体的動作でキャンパスに実現します。
    真剣な尊敬に値することだと思いますよ。

    ところが!
    なんと二万年前に、まるでピカソそのもののようにして、茶色いとは人類にとってどういうことかを描いてみせた画家がいたわけです。

    困るよなあ。😆(続く)

    蛾兆ボルカ2017年9月8日
    編集済み:2017年9月8日

    ピカソは、あの時代、あの場所に居合わせたからこそ、偉大な芸術家なのだと、普通思うじゃないですか?
    それが美術史でしょう?

    でも、百年ずれようが、千年ずれようが、やっぱりピカソはピカソだったのです。
    二万年前にも、ピカソは偉大な芸術家だったわけですから。

    芸術は人類の本能である、ということを、ラスコーの壁画は示しています。
    本能が十年や其処らで変わったりはしません。
    アートは進化するのか?

    すると思いますよ。
    ただし、ゆっくり、なんじゃないかな。

    (ラスコー、進化についての、このコメント終わり。)

  • 蛾兆ボルカ2017年9月8日
    編集済み:2017年9月8日

    ところで、TOKIOサイバーパンク説、面白いと思いました。
    半分ぐらい電脳空間だと考えると、それだと、ボタン1つで燃え上がるというのもわかるし、モナリザオーバードライブでいう、「ジャックイン」の場面を、前半にも読めるように思います。

    サイバーパンクは、なかなか侮れなくて、僕が今はまっているアンソニー・ドーアの最近の小説(メモリー・ウォール)にも、かなり近い設定が出てきます。
    また坂本がその後、テクノに拘らず、ピアノの生音をしばしば使ったり、細野が時代錯誤をあえてやるような音楽を戸川純とかとやったのも、映画「ブレードランナー」が遺伝子工学への反乱を描いたとも言えるのも、二万年前からの芸術する魂と機械文明のせめぎ合いでもあるかも。
    坂本は、数年前から文化人類学と交流してます。

    森田拓也2017年9月9日
    蛾兆ボルカさん、ハァモニィベルさん、みなさん

    こんばんは♪
    こないだ僕の母親が徳島県の大塚国際美術館に行って来ました。ものすごく感動して帰ってきました。ピカソの息子さんのクロード・ピカソさんも絵画修復に参加されてるようです。僕の母親は自宅でパッチワークの講師をしているのですが、その関係もあったりでよく母親と芸術について話したりします。芸術的な才能についてなのですが、母親は天性の才能と努力して得た才能とは違うという考え方みたいです。母親は努力して得た才能には限界があるという考え方です。でも、僕はそうは思いません。僕は努力して得た才能が時として天性の才能を越えることもあるんじゃないか?って思っています。ボルカさんが以前発言されていたのを覚えているのですがボルカさんは生涯にたったひとつだけでも良い詩を書いた人を高く評価するって言われてたじゃないですか?とても良い言葉だと僕は思う。ビアズレーの絵を今画像検索で観てきました。とても個性的な線で絵を描かれる人ですね。オスカー・ワイルドの肖像画や『サロメ』の挿絵も書いておられるみたいですね。ちょうど今まりもさんのスレでハァモニィベルさんがオスカー・ワイルド論を書かれていますね。アンソニー・ドーアは詩的な作風で僕も好きです。今僕もアンソニー・ドーアの『すべての見えない光』という小説を読んでいます。訳者が藤井光という方でとても上手いですよ。この小説はピュリツァー賞受賞・全米図書賞最終候補・日本翻訳家協会賞受賞しています。詩人の北村太郎さんが戸川純さんのことが大好きだと言われていました。ウォシュレットのおしりのCMは僕も好きです。ジョルジュ・バタイユが『ラスコーの壁画』ってな本を書かれていますね。ラスコーの壁画は地元の少年たちが偶然見つけたとのことで少年たちにとってすごく貴重な経験だと思いました。今人間の感覚も少し変化しているようで恋愛の告白なんかでもメールやラインで済ます人がいるようですね。人から何かを待つということが失われつつある時代なのかなって思います。何か大切なことを待てない、つまり速くて浅い感性・心が今の時代に育っているんじゃないかって僕は思います。ピカソ語録っていうのをさっき読んでいたのですがピカソが「明日描く絵が一番すばらしい」って言ってました。ピカソやビアズレーは何かを待つこと、つまり遅くて深い感性・心を大切にして芸術表現していたんじゃないかって思いました。ラスコーの壁画を描かれた人ももしかしたら明日狩りに失敗して命を落とすかもしれないという心境にありながら明日また楽しんで壁画を描こうって思われていたのではないかって想像してるんですけどね。映画「ブレードランナー」でも最後寿命の到来を悟ったレプリカントのバッティが追い詰めた主人公のデッカードの命を救うじゃないですか?僕はそれはたぶんバッティが自らの寿命を悟った瞬間にまだ明日という希望を持っているデッカードに何かを感じたんじゃないかって僕は思いました。その何かっていうのがたぶん遅くて深い感性・心、つまり何かを大切に待てる心だったのではないかって僕は思いました。そのあたりでピカソやビアズレーの芸術観、ボルカさんの才能に対しての大切なお考え、明日を大切に待てるラスコー壁画の画家やレプリカントのバッティの人生観などが繋がってくるんじゃないかなって思いました。

    蛾兆ボルカ2017年9月9日
    編集済み:2017年9月11日

    森田さん

    僕の、ささやかな才能論、憶えていてくれてありがとう。
    そのとおり、詩人は生涯に1つ、ホンモノを書くかどうかだと僕は思ってますし、誰がそれをやり遂げるか、見分けはつかないと思っています。既存の大詩人だって、本当の傑作は一生に僅かしか書かないし、今、松下さん(お名前の誤字、すみませんでした。)
    が語り続る言葉も、全部が傑作でなくても、本当に素敵です。焦らずに書いていきましょう。

    蛾兆ボルカ2017年9月9日
    詩の使命は意表をつく意想でわれわれを眩惑することではなく、存在のある一瞬を忘れられないもの、支えきれないノスタルジアに値するものにすることである。《不滅》ミラン.クンデラ

    最近、僕の気に入ってる詩論。

    森田拓也2017年9月9日
    ハァモニィベルさん

    こんにちは♪
    エッフェル塔論をどうもありがとうございます。
    とても楽しんで読ませていただきました。

    しばらく美の効用についてネットで調べてました。
    「美とはなにか、カントの美について」
    http://soucreator.hatenablog.com/entry/2014/12/26/141930
    ってサイトがあったよ。

    ハァモニィベルさんのエッフェル塔論と上記のサイトを通してちょっくら美について考えてみたよ。

    エッフェルさんがエッフェル塔を作られたのは技(術)で、なので塔を作られたエッフェルさんの頭の中では美よりも技という概念が勝っていたんだと思う。だからエッフェルさんは若者達にエッフェル塔の美を褒められても素直には受け入れられなかったんだと思う。それに対してエッフェル塔を高く評価した若者達の目にはエッフェル塔が作られた技(術)よりも時間の経過によってエッフェル塔が獲得した自然美の方が大きく見え感じられたから若者達はエッフェル塔を高く評価したんだと思いました。死後に評価される芸術(家)はたぶん作家の死後の作品の技術度が薄れて経年美を獲得した作品状態への評価・賛美ではないだろうかって思います。ラスコーの壁画の場合はどうだろう?ラスコーの壁画の作者は記念碑的に自ら描いた壁画を後世に残そうと思っただろうか?僕はたぶんラスコーの壁画は純粋に仲間内で楽しむ為だけに描かれたように思いました。ラスコーの壁画が描かれた当初は上手い絵(技術度)として仲間(鑑賞者)に観られていたんじゃないかって思いました。このような評価で終わっていてもラスコーの壁画の作者は十分満足だったんじゃないかなって思いました。でも子供達が偶然壁画を見付けてくれたのでラスコーの壁画は技術度だけではなく自然美(当時の生活の様子の表現・証明)の獲得に成功した形で純粋な美として現在鑑賞者に観られているのかなって思います。

    TOKIOを沢田研二さんのバックで演奏されていたバンドも沢田研二さんがパラシュートの衣装で飛んでいるのを見て何か違うと感じて解散したらしいですね。つまり飛んだのは沢田研二さんだけじゃなくて糸井重里さんもバックバンドのメンバーも違う意味で飛んだと……。

    森田拓也2017年9月9日
    蛾兆ボルカさん

    こんにちは♪
    ボルカさんの大切な才能論を僕はとても大切にさせていただいています。
    ボルカさんの才能論を教えていただいてから僕は詩が書けない期間でもぜんぜん焦らないようになりました。
    以前にやってた詩の読書会も楽しかったね♪
    ボルカさんが大切に新たに作って下さったこの楽しいスレとB-REVIEWさんに感謝しています。
    このスレでボルカさんを中心にして皆で楽しくゆっくり詩の勉強をしていけたらいいなって思います。
    ミラン・クンデラは『存在の耐えられない軽さ』を積読中です♪
    『不滅』かなり面白いらしいですね♪
    小説家のレイモンド・カーヴァーも意表を突く作られ過ぎたトリックは芸術に必要ないって言ってました。

    蛾兆ボルカ2017年9月9日
    こちらこそ。お二人に参加して頂けて、とても嬉しいです。ありがとうございます。おかげさまで、既に僕が予想した展開は遥かに超えて、作品TOKIOをつかめて来てると思いますよ。
    来月の主題も用意してあります。

    お二人も、他のかたも、いつでもお気兼ねなく、ご自由にご参加下さい。

    エッフェル塔は、鳥の眼でパリを見る、ということをパリという都市に提供した、革新的なアートだったのかも知れません。
    TOKIOで、沢田研二さんのバンドが解散したのは知りませんでした。でも分かるような気もします。
    あの衣装をウケ狙いと見たか、あれを含めたアートと見たかは批評的な行為だと思うけど、リアルタイムであの曲を批評することは、糸井さんにも、プロデューサーにも、沢田研二にも、できなかったかしれません。

    蛾兆ボルカ2017年9月9日
    さて、これまで様々なお話を頂いたおかげで、僕は自分のTOKIO解釈がようやく準備できてきました。
    もちろん、多様な解釈が可能な歌詞ですが、一人の人間がこの歌詞を鑑賞するなら、自分としてはこう解釈するということがあって、その人なりの鑑賞をするのだろうと思います。バームクーヘン的に多層なら多層で、どの層とどの層とを味わい、批評するのか、というようなことです。

    僕はここで一度クールダウンして、自分としての、このテキストの批評を試みてみようと思います。皆様も良かったら、ご自分の読みをリテイクしてみて下さい。

    それぞれ自分の読みを述べることを1週間ほどやり、そのあとまた、月末までディスカッションかフリートークしましょう。

    蛾兆ボルカ2017年9月10日
    ハァモニィベルさん

    ありがとうございます。後日、レスさせていたきます。
    僕も考えはまとまりつつありますが、来週いっぱいかかりそうです。

    以下、ベルさんの批評に対するレスではなく、ネタ提供の補足として、
    【拙稿作成のための素材より、隠喩に関するもの2つ】をアップします。

    蛾兆ボルカ2017年9月10日

    蛾兆ボルカ2017年9月10日
    編集済み:2017年9月10日

    これは私が買った一個200円のガチャのフィギュアですが、おそらく隠喩です。「かいかぶられてしまいたい。」の比喩ではないでしょうか。この表現が、買いかぶられることへの不快や恐怖をも表していると解釈することは、おそらく妥当です。しかし、これを見ていると、買いかぶられることを面白がるウィットや、芸術に身を捧げたいという(鑑賞者には、知っているとは主張できないはずの)作者の想いのほうが、より強く伝わってきます。その理由は、貝の造形の丁寧さにあります。

    蛾兆ボルカ2017年9月10日
    編集済み:2017年9月10日

    引用(ネタその2)
    さて、「昨日バンダが美人と一緒に歩いていたぜ。」とか、「白髪は増えたけど、バンダは相変わらず元気だった。」などと言うとき、一見主語名詞と見える「バンダ」について、私たちはそれが、「X氏は バンダ的である。」という判断の述語であることを忘れている。
    つまり、述語を主語化し、修飾語を実体化している。
    (レトリックの記号論 佐藤信夫)

    蛾兆ボルカ2017年9月11日
    編集済み:2017年9月11日

     https://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/B01D8HMRWA/ref=mp_s_a_1_18?__mk_ja_JP=カタカナ&qid=1505055587&sr=8-18&pi=AC_SX236_SY340_FMwebp_QL65&keywords=オードリー・ヘプバーン+ポスター
    もう一つ、ネタを追加します。

    【広告における隠喩と提喩】
    商品広告では、似り寄ったりの商品を差別化し、出来れば価値を付与することが図られる。一方隠喩は、異なるカテゴリーにある2つの事物を連結し、喩えようとする事物を本来は他のカテゴリーの関係性に関連づける。
    このポスターでは、ヘップバーンのエレガント、知性、活発、フェミニンなイメージなどが、隠喩として、シャネル商品の提喩であるロゴに関連付けられ、付与される。

    蛾兆ボルカ2017年9月12日
    (参考資料)
    1980年 封切りの画像

     

    初音ミク 

    ジュリー60歳の"TOKIO"

    耳で聞いて判りにくいのは、「かう」。
    これは、「夢を飼う」です。

    蛾兆ボルカ2017年9月16日
    僕なりのTOKIO論、書きました。
    http://breview.main.jp/keijiban/?id=728

    少し長いので、こちらには転記しませんが、読んでくださり、コメントを頂けると嬉しいです。

    ハァモニィベル2017年9月18日
    リンク先のほうに、
             コメント致しました。

    蛾兆ボルカ2017年9月19日
    コメントありがとございました。

    ではここから、今月末まで、フリートークです。

    森田拓也2017年9月19日
    蛾兆ボルカさん、ハァモニィベルさん、みなさん

    こんにちは。
    先週のTOKIO歌詞再考期間中にボルカさんが提出して下さったネタ4つについて楽しんで考えてみました。

    ネタ1:
    とても魅力的なフィギュアですねー。
    僕は貝よりも買いかぶられているスカート姿で裸足で表現されている少女に目がいきました。
    買いかぶっている貝は何か重い負担を感じさせるものに感じて、
    裸足という姿で表現されている少女は何か汚れ無き無垢なものを感じます。
    でもでも、不思議な点が一つ。
    少女は買いかぶっている貝を何となく大切そうに両手で支えていますね。
    その点でボルカさんの解釈、「貝かぶられてしまいたい」っていう比喩的表現が
    とても理解できました。

    ネタ2:
    佐藤信夫さんの本はめちゃくちゃ難解ですよね。
    僕も『レトリック感覚』を読みかけで積ん読してあります。
    僕は何回読んでもバンダが主語名詞にしか思えませんでした。
    でもでも、ボルカさんや佐藤信夫さんからの正しい読みではバンダは述語なんですよねー。
    うーん、これは難しいな。(笑)

    ネタ3:
    たぶん、へップバーンの女優さんとしての価値を会社宣伝のポスターなどによってシャネル商品に反映することによって、シャネル商品にある種の信用みたいなものが生まれて、商品の価値が上がるのかなって思いました。
    これは何となく自己をアピールする時に、経歴に~賞受賞とか、~大学卒業とか書いておくことによって他からの信用を得ることと同じなのかなって思いました。

    ネタ4:
    詩掲示板でボルカさんが指摘して下さったように僕も60歳の時の沢田研二さんのTOKIOに一番心を打たれます。
    沢田研二さんが「俺、この曲で人生いろいろあったよなー」って自らの歌手人生を回想しながら歌われている、そんな感じがします。
    とても、いい感じで歌われていますよね。
    1980年時のヴァージョンは何かこれからの輝かしい歌手人生についての希望を大切に込めて歌われているようにも見えます。
    初音ミクさんヴァージョンも良いものですね。
    なんか良い意味で都会で生活をされている娘さんがカラオケ屋さんで一生懸命歌われている、そんな感じがして。

    でもでも、沢田研二さんは歌を通してとても過酷な人生だっただろうなって僕は思ってるんですけどね。

    蛾兆ボルカ2017年9月20日
    ハァモニィベルさん

    フリートークですので、何でも語って頂いてオツケイです。表現力ということから何かあれば、お願いします。

    あと、ワークショップと位置付けますので、参加した人にとって意味があれば、どう見えるかは気にしないで良いんじゃないかと思います。

    蛾兆ボルカ2017年9月20日
    それと、解釈、ありがとうございました。自由落下すれば無重力だし、パラシュートだと上に引っ張られますから、飛んでる感じになると思います。
    その着想、僕も参考にさせて頂きました。初音ミクも飛んでるイラスト付きですし。
    墜落途中での、刹那的な快楽とかお祭り騒ぎというのも、この歌詞の解釈としてありうるなあと思いました。

  • 蛾兆ボルカ2017年9月20日
    たくさん紹介、ありがとうございます。

    こうして東京を主題舞台にした、他の歌詞を見てみると、今回話題にした「TOKIO」は、やはり異質だと僕は思うなあ。

    ハァモニィベルさんはいろいろ読んでおられるので、ご存知かもしれないけど、「限界芸術論」という本がありますね。僕の手元に今はないから、記憶で書きますけど、商業的な大衆芸術ではなく、労働や生活を離れた、いわば純芸術でもないカテゴリーとして限界芸術というものを考え、無名の朝鮮人が造ったのだけど茶道で珍重されている李朝の焼き物とか、洞窟壁画とか、柳田国男が研究した民謡とか、宮沢賢治の作品や文書を、労働する生活をベースとして、しかしそこから離れたところも持つ「生活と芸術の臨界」として着目していく考え方の本です。

    僕自身は、ずっと芸術の生活化ということを主題の一つに詩作してしましたので、限界芸術みたいなことがしっくりくるんですけど、TOKIOは、ちょっとそれから外れてる気がしますね。
    見てきたように、また僕は指摘してきたと思うんですが、TOKIOは簡単に理解できる、わかりやすい作品ではない、と僕は思っています。なのに歌謡曲なんですよね。
    これは逆限界芸術というか、臨界だけとばして、大衆芸術と純粋芸術をMIXでやってるんじゃないかな、と思います。

    蛾兆ボルカ2017年9月21日
    森田拓也さん

    こんばんは。今回はいろんなご意見をありがとうございました。
    おかげさまで、TOKIOの解釈と鑑賞が深まって嬉しいです。

    ① それ、いいでしょ。僕はアーム貝バージョンが気にいってます。いつかアップしたいです。

    ➁たぶん、こういうことでは。

    「X氏は(主語)、ある意味ではパンダである(述語)」
    この文を、意味としては、「昨日パンダが(主部)美人と歩いていたぜ(述部)。」という文は含んでいる。
    だからその文は
    「X氏(彼は(主語)パンダみたいなひとだ(述語))が(主語)、美人と歩いていたぜ(述部)。」と言い換えることもできる。

    僕が思ったのは、「TOKIOは空を飛ぶ」という文も、同じように何かが省略された文として解読できないかな、ということでした。
    でも、なかなかそんなにスッキリはいかないですね。

    蛾兆ボルカ2017年9月24日
    ネタ3

    結果的には、その2つは似ているかも知れません。
    僕は、後者は、その人が「持っているもの」でその人を代表させるレトリッだと思います。だから、シャネルが持っているものではないオードリーを、シャネル商品と結びつける広告とは違うと考えました。

    でも、観点が違えば、その2つは似たようなものだ、と言えると思います。

    蛾兆ボルカ2017年9月24日
    編集済み:2017年9月24日

    ネタ4

    ミクのも良いでしょ😁

    あの歌詞は、沢田研二をヌキにしても、味わい深い作品だと思ました。

    蛾兆ボルカ2017年9月24日
    【次号予告】
    2017年10月号で批評対象とするテキストは、
    「止まれ」(以上全文)です。

    蛾兆ボルカ2017年9月24日
    これも同じテキスト。

    森田拓也2017年9月27日
    おはようございます。
    ↓これも一つの読みの可能性として♪

    蛾兆ボルカ2017年9月27日
    ネ申レスですね😆

    蛾兆ボルカ2017年9月28日
    編集済み:2017年9月28日

    さて、9月号はここらで締めさせて頂きましょうかね。
    ご参加頂いた各位、読者の皆様、場を使わせて頂いているサイトの管理者の皆様、ありがとうございました。

    【編集後記】
    現代詩手帳が最も難解だった超隠喩の時代の前夜1980年、昭和歌謡史上に、謎として登場し、謎であることに気づかれもせず大ヒットし、謎のまま残ってしまった詩のオーパーツ「TOKIO」。
    初音ミク生誕20年となる今日の視点から見ても、何だったのか良くわからない、このテキストの魅力を、この特集が、少しでも語れていたことを祈念します。

    来月号は、さらに難しいテキストに挑みますが、難しすぎますので、詩作コンペなど、言葉遊び要素も入れつつ、取り組もうと思っております。飛び入り大歓迎ですので、どちら様もお気軽にご参加下さい。

    蛾兆ボルカ2017年10月1日
    2017年10月号 特集【止まれ】

    今回取り上げるテキストは、道路標識「止まれ」です。

    小特集(1)五行詩バトル「『止まれ』のある風景」
    「止まれ」の写真を撮って、それに添える五行詩を書いてみて下さい。互選投票もしようと思います。

    小特集(2)「止まれ」研究と雑談
    「止まれ」に関する情報とか、気付いたこととか。

    【解釈と批評】作品「止まれ」をテキストとして解釈し、批評しましょう。

    蛾兆ボルカ2017年10月14日
    ちょっとお題が悪かったですかね(^^)
    まあ、そういう時もあります。

    少し雑談。

    「止まれ」について考えていて、今日気付いたんですが、これはゴシック体なんですね。もし明朝体とかだと、なんか変な感じがします。フォントも含めて作品なんだな。

    あと、三文字であることが、デザインとして効いていると思う。ふと思ったんですが、中国ではどうなんだろ。
    何文字なんだろうか。

    森田拓也2017年10月14日
    ボルカさん、元気出しなっせ!(笑)

    中国では、どうも八角形の標識に「停」という一文字みたいですね。
    人口が多いこととかと何か関係してるんでしょうかね。
    多くの人に対して簡潔に説得力で済ませたいのかなー。

    中国の「止まれ」の標識
    http://blog.excite.co.jp/t-director/22520615/

    なぜ、日本の看板には丸ゴシックが多いのか?
    https://ddnavi.com/news/171000/a/

    cow H.T.2017年10月28日
    今日は。アカウントを紛失しまして、再登録しました。蛾兆ボルカです。

    森田さん、ありがとう。
    すると「止まれ」は、翻訳ではなく、オリジナル作品とみなせそうですね。

    ところで、今月ももうすぐ終わり。
    2017年11月号を予告します。

    次号のテキストは、「ラッセル・アインシュタイン宣言」です。
    フツウに、解釈と批評と雑談をします。訳はどれでもかまいませんが、オリジナル版か、もし違う訳があるなら、日本学術会議とか日本科学者会議さんあたりのものを推奨します。

    今月は、こりゃあ休刊ですな^_^

    「止まれ」は、これだけ有名で、分かり易く、みんな親しんできたテキストですから、批評できないこともないのでしょうけど、皆様、関心が無かったかな。

    cow H.T.2017年11月5日
    では、11月号を始めます。

    と、思ったのですが、サイトが重すぎて、僕のスマホからは書き込みが困難です。
    ここで無期限休刊します。

    森田拓也2017年11月13日
    蛾兆ボルカさん、こんばんは

    しばらくフォーラムに入れない状態でした。
    イイネのハートマークとかも押せなくて、このボルカさんのスレの3ページ目も閲覧できない状態でした。
    今日から、まったく問題なく書き込み閲覧できるようになりました。
    嬉しいです。
    ……と思って見たら、無期限休刊かよ!(笑)

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